POC2016 《先駆者たち Les prédécesseurs》

c0050810_03814.jpg大井浩明 POC[Portraits of Composers] 第27回~第31回公演 《先駆者たち Les prédécesseurs》
大井浩明(ピアノ)
松涛サロン(東京都渋谷区松濤1-26-4)
JR渋谷駅徒歩8分、井の頭線神泉駅徒歩3分

3000円(全自由席) [3公演パスポート8000円 5公演パスポート12000円]
【お問合せ】 合同会社opus55 Tel 050(5849)0302 (10~18時/水木休) Fax 03 (3377)4170 (24時間受付) http://www.opus55.jp/
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c0050810_891668.jpg【ポック[POC]#29】
2016年12月23日(金・祝)18時開演(17時半開場) 松涛サロン(渋谷区)

ベラ・バルトーク(1881-1945):
ラプソディ Op.1 Sz.26 (1904) 21分
  Mesto/Adagio - Più vivo - Presto
14のバガテル Op.6 Sz.38 (1908) 24分
  I.Molto sostenuto - II.Allegro giocoso - III.Andante - IV.Grave 〈俺が駆け出しの牛飼いだった頃...〉 - V.Vivo 〈ああ、家の前で...〉 - VI.Lento - VII.Allegretto molto capriccioso - VIII.Andante sostenuto - IX.Allegretto grazioso - X.Allegro - XI.Allegretto molto rubato - XII.Rubato - XIII.Lento funebre 〈彼女は死んだ...〉 - XIV.Valse, Presto 〈恋人が踊っている...〉

 (休憩10分)

東野珠実:《星筐(ほしがたみ) IV》(2016)(委嘱新作・世界初演)
ベラ・バルトーク:アレグロ・バルバロ Sz.49 (1911) 3分
3つの練習曲 Op.18 Sz.72 (1918) 8分
  I.Allegro molto - II.Andante sostenuto - III.Rubato/Tempo giusto
舞踏組曲 Sz.77 (1925) 17分
  I.Moderato - II.Allegro molto - III.Allegro vivace - IV.Molto tranquillo - V.Comodo - VI.Finale; Allegro

 (休憩10分)

ピアノ・ソナタ Sz.80 (1926) 13分
  I.Allegro moderato - II.Sostenuto e pesante - III.Allegro molto
戸外にて Sz.81 (1926) 15分
  I.笛と太鼓で - II.舟歌 - III.ミュゼット - IV.夜の音楽 - V.狩
弦楽四重奏曲第4番 Sz.91 〔全5楽章〕(1928/2016、米沢典剛によるピアノ独奏版・世界初演)  23分
  I.Allegro - II.Prestissimo, con sordino - III.Non troppo lento - IV.Allegretto pizzicato - V.Allegro molto

 [Péter Bartók(1924- )による最終校訂エディション(1991/2009)使用]



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c0050810_810105.jpg【ポック[POC]#30】
2017年1月22日(日)18時開演(17時半開場) 松涛サロン(渋谷区)

イーゴリ・ストラヴィンスキー(1882-1971):
ピアノソナタ 嬰へ短調(1903/04)〔全4楽章〕(日本初演) 28分
  I.Allegro - II. Scherzo, Vivo - III.Andante - IV.Finale. Allegro
四つのエチュード Op.7 (1908) 8分
  I. Con moto - II. Allegro brillante - III. Andantino - IV. Vivo
ペトルーシュカからの3楽章(1911/21) 15分
  ロシアの踊り - ペトルーシュカの部屋 - 謝肉祭
交響詩《夜鶯の歌》(1917)(作曲者による独奏版、東京初演) 21分
  故宮の祭礼 - 二羽の夜鶯(本物の夜鶯と機械仕掛けの夜鶯) - 皇帝の病気と快気

 (10分休憩)

大蔵雅彦(1966- ):《where is my》 (2016)(委嘱新作・世界初演)
イーゴリ・ストラヴィンスキー:11楽器のラグタイム(1917/18)(作曲者による独奏版) 4分
《兵士の物語》による大組曲(1918)(作曲者による独奏版、日本初演) 25分
  I.兵士の行進 - II.兵士のヴァイオリン - III.王の行進曲 - IV.小コンセール - V.3つの舞曲(タンゴ/ワルツ/ラグタイム) - VI.悪魔の踊り - VII.コラール - VIII.悪魔の勝利の行進曲
ピアノ・ラグ・ミュージック(1919) 3分
管楽器のシンフォニー集――C.ドビュッシーの思い出に(1920)(アルトゥール・ルリエと作曲者による独奏版、東京初演) 8分
コンチェルティーノ(1920)(アルトゥール・ルリエによるピアノ独奏版、日本初演) 6分

 (10分休憩)

八重奏曲(1923)(アルトゥール・ルリエによるピアノ独奏版、日本初演) 16分
  I.シンフォニア - II.主題と変奏 - III.終曲
ピアノ・ソナタ(1924) 9分
  I. - II. Adagietto - III.
イ調のセレナード(1925) 12分
  頌歌 - ロマンス - ロンドレット - 終止曲
タンゴ(1940) 3分
仔象のためのサーカス・ポルカ(1943) 4分



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c0050810_811861.jpg【ポック[POC]#31】
2017年2月19日(日)17時開演(16時半開場) 松涛サロン(渋谷区)

古川聖(1959- ):《七つのノベレッテン》(2017)(委嘱新作・世界初演)
カイホスルー・ソラブジ(1892-1988):《オプス・クラウィケンバリスティクム(鍵盤楽器の始源に捧げて) Opus Clavicembalisticum》(1930/全曲による日本初演)〔全12楽章〕(約4時間)

 【第一部】 (50分)
I. 入祭唱 3分
II. コラール前奏曲 13分
III. 第一フーガ(四声による) 12分
IV. ファンタジア 4分
V.第二フーガ(二重フーガ) 16分

 (休憩10分)

【第二部】 (1時間半)
VI.第一間奏曲(主題と49の変奏) 45分
VII.第一カデンツァ 5分
VIII. 第三フーガ(三重フーガ) 35分
   [第一主題 10分 - 第二主題 11分 - 第三主題 12分]

 (休憩10分)

【第三部】 (1時間40分)
IX. 第二間奏曲 56分
   [トッカータ 5分 - アダージョ16分 - 81の変奏によるパッサカリア 35分]
X. 第二カデンツァ 3分
XI. 第四フーガ(四重フーガ) 32分
   [第一主題 8分 - 第二主題 7分 - 第三主題 8分 - 第四主題 10分]
XII. 終結部(ストレッタ) 8分



(終了)÷━÷━÷━÷━÷━÷━÷━÷━÷━÷━÷━÷━÷━÷━÷━÷━
c0050810_855583.jpg【プレイベント】 2016年9月22日(木・祝) 19時開演(18時半開場) 公園通りクラシックス(渋谷区) 
●イーゴリ・ストラヴィンスキー(1882-1971):《4つのエテュード》(1917)、舞踊カンタータ《結婚(儀礼)》(1917)、舞踊音楽《浄められた春(春の祭典)》(1913) (共演/浦壁信二)


c0050810_863877.jpg【ポック[POC]#27】 2016年10月10日(月・祝) 18時開演(17時半開場) 松涛サロン(渋谷区)
●見澤ゆかり(1987- ):《Vivo estas ĉiam absurda》 (2016)(委嘱新作・世界初演)
●アルノルト・シェーンベルク(1874-1951):浄められた夜 Op.4 (1899)[M.ゲシュテールによるピアノ独奏版(2001)](日本初演)、室内交響曲第1番ホ長調 Op.9(1906)[E.シュトイアーマンによるピアノ独奏版(1922)]、三つのピアノ曲 Op.11(1909)、六つのピアノ小品 Op.19(1911)、五つのピアノ曲 Op.23(1920/23)、ピアノ組曲 Op.25(1921/23)、ピアノ曲 Op.33a(1928)、ピアノ曲 Op.33b(1931)、室内交響曲第2番変ホ短調 Op.38(1906/40)[米沢典剛によるピアノ独奏版(2016)](世界初演)


c0050810_873735.jpg【関連公演】 2016年11月16日(水)18時20分開演(17時50分開場) 静岡文化芸術大学・講堂(浜松市)
●アルバン・ベルク=米沢典剛:《抒情組曲》〔全6楽章〕(1926/2016、ピアノ独奏版・世界初演)、アルノルト・シェーンベルク=米沢典剛:《映画の一場面のための伴奏音楽 Op.34》(1930/2016、ピアノ独奏版・世界初演)、アントン・ウェーベルン=米沢典剛:《交響曲 Op.21》(1928/2016、ピアノ独奏版・世界初演)


c0050810_883180.jpg【ポック[POC]#28】 2016年11月23日(水・祝) 18時開演(17時半開場) 松涛サロン(渋谷区)
●藤井健介(1979- ):《セレの物語》 (2016)(委嘱新作・世界初演)
●チャールズ・アイヴズ(1874-1954): スリーページ・ソナタ(1905)、ピアノソナタ第1番(1902/09) 〔全5楽章〕、ピアノソナタ第2番《マサチューセッツ・コンコード》(1909/15) 〔全4楽章〕





POC2016:戦後前衛の源流を求めて────野々村禎彦

c0050810_21303021.gif POCシリーズも今年度で6期目。今回の特集作曲家はみな19世紀生まれであり、このシリーズでは従来試みられなかった、若手/中堅作曲家(特集作曲家ではない)への新作委嘱も毎回行っている。昨年度のシリーズも、60年代以降に生まれた作曲家の特集ではなく、戦後前衛第一世代の作曲家の補遺であり、いよいよネタ切れ…と思う向きもあるかもしれない。だが、このシリーズは近年の大井の活動の中ではむしろ特異な位置にある。彼の普段の活動の中心は、新作委嘱と古典を組み合わせたプログラムであり、委嘱先も現代音楽業界での常連ではなく、アウトサイダーや境界領域で活動する音楽家(や非音楽家!)が主体。今回のプログラムの方が大井の本来の姿なのである。

 もちろん、19世紀後半に生まれ、主に20世紀前半に活動した作曲家を漫然と並べているわけではない。戦後前衛に焦点を絞ったシリーズにふさわしく、戦後前衛(第一世代に限らない)に直接的な影響を与えた作曲家に限られ、すると1874年生まれのシェーンベルクとアイヴズが最初になる。この戦後前衛の源流にあたる作曲家たちに大きな影響を与えた、「源流の源流」のドビュッシーは対象外である。ストラヴィンスキーの新古典主義とバルトークの「夜の音楽」への影響は言うに及ばず、アイヴズの深い淵のような無調ポリフォニーも、彼の音楽がなければ有り得なかった。彼の音楽とは無関係でいられたのは、シェーンベルクとソラブジくらいかもしれない。

c0050810_21312484.gif 生年だけ見ればラヴェルは1875年であり、シャリーノを筆頭に、彼の直接的な影響下にある戦後前衛の作曲家も少なくないが、彼もまた「源流の源流」に他ならない。作曲家としては遅咲きだったドビュッシーと早熟なラヴェルは、影響を与え合うライバルだった(《版画》―《鏡》―《映像》―《夜のガスパール》―《前奏曲集》という時系列)。ラヴェルの影から解放されたドビュッシーは、今度はストラヴィンスキーを意識し、《白と黒で》《練習曲集》で彼の進むべき道を示した。

 シェーンベルクを「戦後前衛の源流」のひとりに数えるのは今日では自然だが、前衛の時代には決してそうではなかった。特に戦後前衛第一世代にとっては、新ウィーン楽派でモデルになった作曲家はまずヴェーベルンであり(管理された偶然性以降の時代にベルクも加わった)、シェーンベルクは「12音技法と引き換えに新古典主義に退行した反動」にすぎない。またヴェーベルンベルクは、《浄夜》や《室内交響曲第1番》の後期ロマン派を佃煮にしたような作曲家を、「別な惑星の大気」を感じさせる清々しい無調音楽の作曲家に変貌させた、「源流の源流」とみなすことも可能だ。

c0050810_2132418.gif 紆余曲折を経て、シェーンベルクが「戦後前衛の源流」として見直された背景はふたつある。前衛の時代を代表するドイツの作曲家は、電子音楽の体現者シュトックハウゼンと、視覚的要素を重視しヨーロッパの伝統に疑義を突きつけたカーゲル(及びその縮小再生産版のシュネーベル)程度だったが、前衛の時代以降に頭角を現したラッヘンマンファーニホウ(英国を早々に見限った)は、当初こそ「伝統の異化」を標榜していたものの、しだいに伝統主義者の側面を露わにし、そこでモデルになったのはブラームスマーラーとの連続性が明確なシェーンベルクだったことがひとつ。カーゲルやシュネーベルすら、いつの間にかドイツ音楽の伝統の再利用を創作の中心に移していた。

 もうひとつは、ブーレーズが「怠惰による偶然性」と非難したケージ及びニューヨーク楽派の音楽が、ヴァンデルヴァイザー楽派を経てドイツ音楽の伝統に回収されたこと。彼らの音楽は、実は米国実験音楽としては異端であり、その源流は若き日のケージがシェーンベルクに師事し、終生最も影響を受けた人物のひとりとしてリスペクトしていたことに由来する。即興の可能性を疑い、理念を厳格に形にする姿勢は、師シェーンベルクが体現した精神の深いレベルでの継承に他ならない。ケージらの音楽の性格は、米国実験音楽の多数派の「大らかさ」とは全く異なっている。

c0050810_21334169.gif このようなシェーンベルクの位置付けを前提にすると、なぜアイヴズが今回取り上げられたのかも見えてくる。「米国実験音楽の源流はアイヴズであり、彼は奇しくもシェーンベルクと同年生まれ」という単純な話では決してないのだ。非アカデミックな「アメリカ音楽」(中南米も含む)を包括的に内外で紹介し、文字通りの「日曜作曲家」アイヴズを見出して最初に出版したカウエルこそ「米国実験音楽の源流」にふさわしい。ピアノ独奏曲も一晩に余るくらい書いている。だが彼の「実験」は「戦後前衛」とは接点がないタイプのものであり、POCシリーズにはふさわしくない。

 もちろん、アイヴズの音楽も「戦後前衛」との直接の接点はない。シェーンベルクのテニス仲間であり、ベルクのオペラを参照して《ポーギーとベス》を書き上げたガーシュウィンの方が、まだ近いかもしれない。「トーン・クラスターの使用」「微分音調律」「音楽の空間性の探求」といった要素に切り分けて、アイヴズの音楽の「前衛性」が喧伝された時期もあるが、このような要素への分解を徹底すれば、セリー主義以外の「戦後前衛」の構成要素の大半は19世紀までの音楽に見出せる。

c0050810_21343028.gif アイヴズの音楽の本質的な特徴は、今回の曲目で言えば第2ソナタの第3楽章のような素朴な調性と、第4楽章のような深遠な無調が全く矛盾なく並んでいるところにある。これは戦後前衛における「引用」や「異化」とは性格を異にし、対立する美学を折衷主義に陥らずに受け止める、真の多文化主義と呼べる。これこそが、米国実験音楽の大らかな多数派に欠けている美質であり、ニューヨーク楽派(及びチューダー、オリヴェロス、テニー、初期ミニマル音楽)以降で体現しているのは、フランク・ザッパやジョン・ゾーンをはじめ、実験的ポピュラー音楽の最も先鋭的な音楽家たちである。これがアイヴズを「源流」とみなす意味であり、今回の委嘱作曲家の人選にも反映されている。

 1880年代前半に生まれたストラヴィンスキーとバルトークを「源流」とみなすことは、シェーンベルクとアイヴズの場合よりも議論の余地は少ない。ストラヴィンスキーは、第一次世界大戦後から戦後前衛が歴史的地位を確立するまで、「芸術音楽」のマジョリティであり続けた新古典主義の中心人物であり、アンチ新古典主義は戦後前衛勃興期の活動の原動力だったという意味でも、「源流」とみなせる。そもそも、アンチ意識は似た者同士だからこそ生まれる。新古典主義も戦後前衛も、同じ新即物主義の土壌から生まれた。美学は共有するが素材や技法だけが違うから、内ゲバになる。

c0050810_21354191.gif バルトークは、民謡収集で得られた素材を作曲に持ち込んだ、というレベルではヨーロッパ周縁部(中南米やアジアも含む一般的な概念)の多くの作曲家のひとりに留まるが、それを抽象化・普遍化する姿勢において突出していた。特に、クラシックの伝統における抽象化の頂点である弦楽四重奏においてその美質は発揮された。ペンデレツキやリゲティらの前衛の時代の作例は言うに及ばず、その影響はポスト前衛の時代まで及んでいる。クセナキス《テトラス》、ラッヘンマン《精霊の踊り》、グロボカール《ディスクールVI》、シュニトケ《弦楽四重奏曲第4番》という、80年代のこの編成を代表する多様な作品ですら、各々バルトークの3・4・5・6番のマイナーチェンジとみなせる。

 ただしピアノ独奏曲に限ると、ふたりの独自性は十分に発揮されているとは言い難い。ストラヴィンスキーの新古典主義は、原素材の編成やコンテクストを置き換える過程が面白いが、抽象度の高いこの編成では十分に機能しない。彼は最終的に、戦後前衛の点描書法まで取り扱うようになったが、この編成で扱った対象ははるかに狭いことが傍証になる。バルトークの場合も、ピアノの打楽器書法ではカウエルら、「夜の音楽」ではドビュッシーらとの本質的な差異は見出せない。こちらはストラヴィンスキーの場合とは反対に、元々抽象的な素材では「抽象化力」が発揮されないのだろう。

c0050810_2137586.gif だが、彼らがモダニズムに目覚める以前の最初期の作品から、従来は副次的だと顧みられなかった作品まで、一晩で網羅的かつ年代順に聴き進めることで、新たに見えてくるものがあるのではないだろうか? POCシリーズの全曲演奏主義にはそのような狙いがあり、戦後前衛を代表する作曲家たちの場合には大きな成果を挙げてきた。今回のプログラムでは、ストラヴィンスキーとバルトークに関して、このシリーズならではの発見が特に期待される。

 最後に、誰にとっても意外であろう、ソラブジ《オプス・クラヴィチェンバリスティクム》全曲。前衛の時代が過ぎた後、かつての「前衛弾き」たちが続々と挑んだことも手伝って、アルカン作品やゴドフスキ編曲版など、所謂「体育会系」ピアノ曲愛好家たちの間でカルト的な人気を集めている。ただし、この5時間近い規模ですら、このピアニスト=作曲家の創作歴の中では、「中程度の長さのまとまりの良い曲」なのだが。

c0050810_2138154.gif この作品が、直接的に「戦後前衛の源流」のひとつとみなせるのかどうかは疑わしい面もあるが、ピアニスト=作曲家が、退嬰的とまでは言えないが前衛的とも言えない、演奏家として慣れ親しんだ語法で即興的な手癖を交えて長大かつヴィルトゥオジックな作品を量産することは、戦後前衛を経たポスト前衛の時代の見慣れた風景ではある。ジェフスキしかり、フィニスィーしかり。大井は最近、ジェフスキ《「不屈の民」変奏曲》もレパートリーに加え、「源流」に挑む良い時期ではある。

 ただしソラブジは、ブゾーニの薫陶を受けたJ.S.バッハをリスペクトする作曲家であり、この作品の表題は『チェンバロ風の鍵盤作品』を意味することは、ピアニスト=ソラブジの後期ロマン派的な手癖も手伝って、必要以上に忘れられていたのかもしれない。作曲家=ソラブジがこの作品で意図していたのは、新即物主義を背景にしたモダニズム版《フーガの技法》だったのではないだろうか? POCシリーズの目的は、古楽奏法を通じてクラシックレパートリーの真価を引き出した体験を通じて、作曲家自身も気付いていない現代作品の真価を引き出すことだったのを、いま一度思い出そう。
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# by ooi_piano | 2016-12-03 01:01 | POC2016 | Trackback(1) | Comments(0)

12月28日(水)&29日(木) ビーバー《ロザリオのソナタ集》全16曲@横浜

c0050810_14332910.jpg──朗読、バロックバイオリン、通奏低音の演奏で辿る聖母マリアの秘蹟──
H.I.F.v.ビーバー(1644-1704):《ロザリオのソナタ》(全16曲、1674) [二夜連続公演]
2016年12月28日(水)&29日(木) 18時30分開演(18時開場)
横浜・末吉町教会 (横浜市中区末吉町1丁目13)
 [京急線・日ノ出町駅出口から徒歩約4分/黄金町駅出口から徒歩約7分/ブルーライン伊勢佐木長者町駅6B出口から徒歩約8分]

c0050810_6592793.jpg【出演】
朗読:濱田壮久神父
バロックバイオリン:阿部千春
オルガン:大井浩明
テオルボ:蓮見岳人


【チケット】全自由席 一回券 5000円 一般通し券 8000円/学生券一回券 4000円 学生通し券 7000円
【申し込み・問い合わせ】 03-6411-1997 yurikaviolin[at]kvj.biglobe.ne.jp (辻)

チラシpdf  FB公式ページ  FBイベントページ



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ハインリヒ・イグナツ・フォン・ビーバー:《ロザリオのソナタ集》
Heinrich Ignaz Franz von Biber: Rosenkranzsonaten


【第一夜】 12月28日(水)

「キリストの誕生」− 喜びの神秘 −
Der freudenreiche Rosenkranz

c0050810_6412089.jpg第1番 お告げ ニ短調
Die Verkündigungd-Moll
スコルダトゥーラなし senza scordatura : g - d' - a' - e"
Praeludium – Variatio / Aria allegro /Variatio / Adagio – Finale


c0050810_6413560.jpg第2番 訪問 イ長調
Die HeimsuchungA-Dur
スコルダトゥーラ scordatura : a - e' - a' - e"
Sonata (– Presto) – Allaman(de) – Presto          


c0050810_6415367.jpg第3番 降誕 ロ短調
Geburt Christih-Moll
スコルダトゥーラ scordatura : h - fis' - h' - d"
Sonata (– Presto – Adagio) – Courente / Double – Adagio


c0050810_642830.jpg第4番 キリストの神殿への拝謁 ニ短調
Darstellung im Tempel d-Moll
スコルダトゥーラ scordatura : a - d' - a' - d"
Ciacona ( /Adagio / Presto / Adagio )


c0050810_6423026.jpg第5番 神殿における12歳のイエス イ長調
Auffindung im TempelA-Dur
スコルダトゥーラ scordatura : a - e' - a' - cis"
Praeludium (– Presto ) – Allaman(de) - Guigue – Saraban(de) / Double




「受難」− 哀しみの神秘 −
Der schmerzhafte Rosenkranz

c0050810_6424714.jpg第6番 オリーヴ山での苦しみ ハ短調
Jesus am Ölberg c-Moll
スコルダトゥーラ scordatura : as - es' - g' - d"
Lamento


c0050810_643035.jpg第7番 むち打ち ヘ長調
Geißelung Christi F-Dur
スコルダトゥーラ scordatura : c' - f' - a' - c"
Allamanda / Variatio – Sarab(ande) / Variatio


c0050810_6431775.jpg第8番 いばらの冠 変ロ長調
Krönung Christi mit der DornenkroneB-Dur
スコルダトゥーラ scordatura : d' - f' - b' - d"
Sonata. Adagio (– Presto) – Guigue / Double. Presto / Double 2



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12月29日(木)
「受難」− 哀しみの神秘 − (続)
Der schmerzhafte Rosenkranz

c0050810_6433466.jpg第9番 十字架を背負うイエス イ短調
Die Kreuztragung a-Moll
スコルダトゥーラ scordatura : c' - e' - a' - e"
Sonata – Courente / Double – Finale


c0050810_6434625.jpg第10番 イエスのはりつけと死 ト短調
Die Kreuzigung g-Moll
スコルダトゥーラ scordatura : g - d' - a' - d"
Praeludium – Aria / Variatio (– Adagio)




「復活」− 栄光の神秘 −
 Der glorreiche Rosenkranz

c0050810_644182.jpg第11番 復活 ト長調
Auferstehung Christi G-Dur
スコルダトゥーラ scordatura : g - g' - d' - d"
Sonata – Adagio – Surexit Christus hodie (Choralpartita) − Adagio


c0050810_644137.jpg第12番 昇天 ハ長調
Himmelfahrt Christi C-Dur
スコルダトゥーラ scordatura : c' - e' - g' - c"
Intrada – Aria Tubicinum – Allamanda – Courente / Double


c0050810_6443187.jpg第13番 聖霊降臨 ニ短調
Sendung des Heiligen Geistes d-Moll
スコルダトゥーラ scordatura : a - e' - cis" - e"
Sonata – Gavott(e) – Guigue – Sarabanda


c0050810_6444519.jpg第14番 聖母マリアの被昇天 ニ長調
Himmelfahrt Mariä D-Dur
スコルダトゥーラ scordatura : a - e' - a' - d"
(表示なし) – Grave / Adagio – Aria – Aria – Guigue


c0050810_645232.jpg第15番 聖母マリアの戴冠 ハ長調
Krönung Mariä im Himmel C-Dur
スコルダトゥーラ scordatura : g - c' - g' - d"
Sonata – Aria – Canzon – Sarabanda


c0050810_6452413.jpg終曲 パッサカリア 守護天使 ト短調
Passagalia Der Schutzengel g-Moll
スコルダトゥーラなし senza scordatura : g - d' - a' - e"
Passagalia



c0050810_6404028.jpg

 15のロザリオの秘跡をテーマにしたこのソナタ集は(16曲のソナタからなっています)音楽史上特異な位置を占める作品です。現在唯一残っている原典はドイツ・ミュンヘンのバイエルン州立図書館に保存されており、1905年に現代譜として出版されるまで忘れ去られていました。

 ハインリッヒ・イグナーツ・フランツ・フォン・ビーバー(1644 〜 1704) は、ヨハン・ハインリッヒ・シュメルツァー、ヨハン・ヤコブ・ワルター、ヨハン・パウル・ヴェストホーフに並ぶ17世紀のヴァイオリンの巨匠です。北ボヘミアのヴァルテンブルク (現チェコ) に生まれました。シュメルツァーの元で研鑽を積んだと言われ、1668年から1670年の間クロムニェジーシュ のカール・リヒテンシュタイン−カステルコルノ公に仕えていました。公の注文した楽器を受け取りに、当時一番とされていたヴァイオリン製作家シュタイナーの工房へ出発した彼は、そのまま無断でザルツブルクに向かいそこの宮廷楽団の仕事を得ます。作曲家としても活躍した彼は、宮廷のみならず教会のためにも作品を残しています。大司教庁1100年記念の1682年に書かれた53声部のザルツブルク大聖堂祝典ミサ曲は、イタリア建築様式の大聖堂の構造を生かしたヴェネチア・複合唱様式の傑作です。

 大司教の街ザルツブルクは地理的・政治的特殊性を生かし、文化の中心のひとつとして賑わっていました。前任者の絶対君主制を引き継いだ大司教マクシミリアン・ガンドルフ・フォン・クーエンブルク公の元では、権力の象徴としてレベルの高い楽団が結成されていました。ビーバーやムファットといった音楽家がそれぞれの持ち味を生かし活躍します。大司教は消防法や衛生法を作り市民生活の向上を図る一方、警察国家的な監視統制を敷いていました。1678年には109人が魔女狩りの犠牲として処刑され、1684年には1000人ものプロテスタント信者がザルツブルクから追放されました。
 富と権力への執着がエスカレートしていたローマ・カトリック教会への批判が高まる中、16世紀のキリスト教世界には宗教改革の波が押し寄せます。カトリック教会内においても、1534年のイエズス会の設立など、教会本来の宗教生活を取り戻そうとする運動が起こります。17世紀には反宗教改革の運動が盛んになり、その一環としてロザリオ信心会の設立が相次ぎました。
 ロザリオの祈りは13世紀に形がまとまり、初の信心会がドイツ・ケルンで1474年に結成されました。ザルツブルクでは1631年に設立され、大司教マクシミリアン・ガンドルフは1674年にそのメンバーとなります。イエズス会のギムナジウムで学んだビーバー自身も信仰熱心だったと思われ、1678年副楽長就任の際にその感謝の印としてロザリオのソナタ集を公に献呈したのではと推測されます。
 2008年、ザルツブルク大司教庁図書館でひとつの印刷物が発見されました。ロザリオ信心会入会の心得が記されている案内のようなもので、ビーバーがソナタ集に用いた15の秘跡の絵がそこにあります。長い間議論されてきたソナタ集の成立年も、この印刷物の発行年と同じ1678年とみられます。


 ロザリオの祈りは、カトリック教会において、天使祝詞「アヴェ・マリア」を繰り返し唱えながら福音書に記されているイエス・キリストの生涯などの信仰箇条を黙想していく祈りです。この信仰箇条を神秘 (玄義) と呼び、これは喜び・苦しみ・栄えの神秘と分けられています。2002年には教皇ヨハネ・パウロ2世によって「光の神秘」が付け加えられました。

 〈喜びの神秘〉 1. お告げ(受胎告知) 2. エリザベト訪問 3. 降誕 4. 主の奉献 5. 神殿にて

 〈苦しみの神秘〉 1. ゲッセマネの苦しみ 2. むち打ち 3. いばらの冠 4. 十字架 5. はりつけと死

 〈栄えの神秘〉 1. 復活 2. 昇天 3. 聖霊降臨 4. 聖母マリアの被昇天 5. 聖母マリアの戴冠 

 〈光の神秘〉 1. キリストの洗礼 2. カナの婚礼 3. 宣教のはじめ 4. 主の変容 5. 聖体の制定


 伝統的には、月・木曜日は「喜び」、火・金曜日は「苦しみ」、水・土・日曜日は「栄え」と一週間の各曜日に振り分けて黙想することが勧められています。

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楽曲について

 このソナタ集は儀式に用いられる典礼音楽ではなく、私的な信心を目的にしたもので、17世紀における標題音楽の一例です。テーマとなる各神秘に関連した調性、形式、音型を用いて具体的・間接的にその情景を表しています。
 絵画的・直接的な描写は、例えば12番「昇天」冒頭のファンファーレ音型、7番「むち打ち」終わりの叩くような音型に見られます。特定のメロディー・形式の使用による情景推測の手法は、11番「復活」における復活祭賛歌「今日キリストは蘇られた」(surexit christus hodie)や、6番「オリーヴ山での苦しみ」冒頭の「ラメント」(Lamento)において使われています。3番「降誕」には9番「はりつけ」に出てくるモチーフの引用があり、誕生における”死への暗示”とも解せられます。1番「お告げ」の冒頭の音型は天使の到来を思い起こさせ、11番「復活」冒頭におけるモチーフの音高を変えての使用は天使との会話を暗示しています。

 チクルスの調性を見てみると、1番〜5番「喜びの神秘」、11番〜15番「栄えの神秘」にはシャープ系の調性が使用されています。ニ短調 (1番、4番、13番) は教会旋法のドリア調にあたり、伝統的な書法により調号は書かれていません (現在はフラットひとつで記されます) 。6番〜10番「苦しみの神秘」ではフラット系の調性が使用されています。イ短調で書かれている9番では、Finaleで属音による持続低音(ホ長調主和音) が使われています。これは教会旋法のフリギア調で哀しみ・苦しみの調として使われていました。

 特別な技法として、スコルダトゥーラ (変則調弦) が1番と16番を除く14曲に指定されています。

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 ヴィオラ・ダ・ガンバにも通じていたビーバーは、調弦法の変更には慣れていたと思われます。この技巧により、普通の調弦法 ( g - d'- a'- e" ソ、レ、ラ、ミ) では得ることのできない独特な響きを実現することができます。
 曲の調性に合わせた調弦法では開放弦が共鳴し楽器の鳴りがよくなります。また6番のような調弦法では共鳴しにくい抑えられた響きとなります。11番においては、4本の弦のうち真ん中の2本を駒の手前とペグボックスの中で交差させ、十字架の象徴としています。この調弦法によって隣り合わせの2本がオクターブとなり、メロディーのオクターヴでの演奏が簡単になります。

 またこのソナタ集には様々な形式の混合が見られます。アタナシウス・キルヒャーが言うところの「スティルス・ファンタスティクス」(Musurgia universalis 普遍音楽、1650年) による即興的なプレリュード (1番、5番、10番、14番) 、バリエーション形式の舞曲 (4番のシャコンヌ、16番のパッサカリア)。典礼を前提としていなかったのもあり、アルマンド、クーラント、サラバンド、ジーグ、ガヴォットといった舞曲を多く取り入れ、当時ドイツ語圏で組曲という意味としても使われた"Partia"の形をとっています。これらの舞曲には変奏 (Variatio, Double) がついているものもあります。また、アリアとそれに続く変奏もあり、11番は復活祭賛歌"surexit christus hodie"をテーマとしています。

 15の神秘の最後に付け加えられているパッサカリアには守護天使の絵がついています。g-f-es-d ( ソ、ファ、ミ♭、レ ) の4つの音をオスティナートバスとしての( 65回繰り返されます ) 変奏曲ですが、この4つの音から成るテトラコードには守護天使への賛歌 "Einen Engel Gott mir gegeben" (ケルン、1666年) や、賛美歌 " Süßer Jesus, süßer Christus " ("dolcis christe" グランチーニ作曲、1646年) との関連を見ることができます。
 1571年10月にレパントの海戦においてトルコ軍に対して勝利を収めたことを記念し、教皇ピオ5世が10月7日をロザリオの祝日と定めました ( 10月はロザリオの月とされています)。また1670年クレメンス10世が守護天使の祝日を10月2日とし、ロザリオの祝日と守護天使の祝日を一緒に祝う習慣があったと言われます。ビーバーはこの習慣に従い、最後に守護天使のパッサカリアを付け加えたのではと推測されます。(阿部千春)


本日の演奏について

 ピッチは時代・地域により異なっていました。1939年ロンドンでの国際会議で、a'=440Hzと定められ、現在では442〜443Hzがよく使われています。
  ビーバーの時代のハプスブルク圏では教会においてヴェネチアの高ピッチ、宮廷などその他でそれよりも半音低いピッチが使われることが多かったのですが、ザルツブルクにおいては高ピッチ(約465Hz) が一貫して使われていたようです(ブルース・ヘインズ著 "A history of performing pitch" より)。 本日の演奏ではこのピッチを採用しています。
 また使用するヴァイオリンには当時のセッティングと同様、金属の巻線なしでのガット弦、弓はザルツブルク大聖堂で発見された17世紀の弓のコピーを用い、当時に近い響きを想定しています。


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【過去の公演】
2015年9月7日 《17世紀イタリア・ヴァイオリン音楽の精華》
阿部千春(バロック・ヴァイオリン)+大井浩明(チェンバロ)

●ビアージョ・マリーニ (1594-1663):ヴァイオリンのための変奏ソナタ第3番 (1629)
●ジョバンニ・バッティスタ・フォンターナ (1589?-1631):ソナタ第6番 (1641)
●カルロ・ファリーナ (c.1600-1639):ソナタ “ラ・デスペラータ”(1628)
●マルコ・ウッチェリーニ (c.1610-1680):ソナタ第3番 “ラ・エブレア・マリナータ”(1645)
●ジョバンニ・アントニオ・パンドルフィ・メアッリ(1624-c.1687):ソナタ “ラ・クレメンテ” 作品3-5 (1660)
  (休憩)
●アンジェロ・ベラルディ (c.1636-1694):カンツォーネ第1番作品7 (1670)
●アレッサンドロ・ストラデッラ (1639-1682):シンフォニア第6番(1670s)
●カルロ・アンブロジオ・ロナーティ (c.1645-c.1712):ソナタ第5番(1701)
●アルカンジェロ・コレッリ (1653-1713):ソナタ作品5-10 (1700)


2009年7月25日 W.A.モーツァルト:クラヴィーアとヴァイオリンのためのパリ・ソナタ集 (全6曲、1778)
阿部千春(クラシカル・ヴァイオリン) 大井浩明(フォルテピアノ)

●ト長調K.301 (293a) 全2楽章
●変ホ長調K.302 (293b) 全2楽章
●ハ長調 K.303 (293c) 全2楽章
 (休憩)
●ホ短調 K.304 (300c) 全2楽章
●イ長調 K.305 (293d) 全2楽章
●ニ長調 K.306 (300l) 全3楽章


2010年10月13日 W.A.モーツァルト:クラヴィーアとヴァイオリンのためのアウエルンハンマー・ソナタ集 作品2 (全六曲) (1778/81)
阿部千春(クラシカル・ヴァイオリン) 大井浩明(フォルテピアノ)

●ヘ長調K.376(374d) Allegro - Andante - Allegretto grazioso
●ハ長調K.296 Allegro vivace - Andante sostenuto - RONDEAU /Allegro
●ヘ長調K.377 (374e) Allegro - Andante(主題と6つの変奏)- Tempo di Menuetto
 (休憩)
●変ロ長調K.378 (317d) Allegro moderato - Andante sostenuto e cantabile - RONDEAU /Allegro
●ト長調 K.379 (373a) Adagio/Allegro - Andantino cantabile(主題と6つの変奏)
●変ホ長調 K.380 (374f) Allegro – Andante con moto – RONDEAU /Allegro


2012年2月10日 ピリオド楽器によるモーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ全曲シリーズ 最終回
阿部千春(クラシカル・ヴァイオリン) 大井浩明(フォルテピアノ)

●ソナタ第40番 変ロ長調 K.454 (1784/1784出版)[全3楽章] Largo/Allegro - Andante - Allegretto
●フランスの歌《羊飼いの娘セリメーヌ》による12の変奏曲 ト長調 K.359(374a) (1781/1786出版)
●ソナタ第41番 変ホ長調 K.481 (1785/1786出版)[全3楽章] Molto Allegro - Adagio - Allegretto/Allegro
 (休憩)
●《泉のほとりで》による6つの変奏曲 ト短調 K.360(374b)(1781/1786出版)
●ソナタ第43番 ヘ長調 K.547 (1788)[全3楽章]  Andantino cantabile - Allegro - Andante
●ソナタ第42番 イ長調 K.526 (1787/1787出版)[全3楽章]  Molto Allegro - Andante - Presto
●ソナタ第39番 ハ長調 K.404(385d)(1782)[全2楽章] Andante - Allegretto
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# by ooi_piano | 2016-12-02 06:46 | コンサート情報 | Trackback | Comments(0)

11月23日(水・祝) アイヴズ全ピアノソナタ+藤井健介新作 (その1)

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c0050810_723323.jpg大井浩明 POC[Portraits of Composers] 第27回~第31回公演 《先駆者たち Les prédécesseurs》
大井浩明(ピアノ)
松涛サロン(東京都渋谷区松濤1-26-4)
JR渋谷駅徒歩8分、井の頭線神泉駅徒歩3分

3000円(全自由席) [3公演パスポート8000円]
【お問合せ】 合同会社opus55 Tel 050(5849)0302 (10~18時/水木休) Fax 03 (3377)4170 (24時間受付) http://www.opus55.jp/
チラシ表側(pdf)  チラシ裏側(pdf)


【ポック[POC]#28】 2016年11月23日(水・祝) 18時開演(17時半開場) 松涛サロン

■チャールズ・アイヴズ(1874-1954): スリーページ・ソナタ(1905) 約8分
  Allegro moderato - Andante - Adagio - Allegro / March time

■チャールズ・アイヴズ:ピアノソナタ第1番(1902/09)  約45分
  第1楽章 Adagio con moto - Andante con moto
  第2楽章 Allegro moderato (第1節 [IIa]) - Allegro 「宿の中で」(第2節 [IIb])
  第3楽章 Largo - Allegro
  第4楽章 (Allegro) [IVa] - Allegro/Presto [IVb]
  第5楽章 Andante maestoso - Allegro
  
 (休憩15分)

■藤井健介(1979- ):《セレ Sèlèh》 (2016)(委嘱新作・世界初演)  約4分

■チャールズ・アイヴズ:ピアノソナタ第2番《マサチューセッツ州コンコード 1840~1860年》(1909-15) 約45分
  第1楽章 〈エマスン〉
  第2楽章 〈ホーソーン〉
  第3楽章 〈オルコット親娘〉
  第4楽章 〈ソロー〉


藤井健介:《セレ Sèlèh》 (2016)
c0050810_12121846.jpg  アンサンブルのための近作で私は、自律的に動く複数の線をまずは同居させ、それから衝突を調整し、全体の辻褄が合う道を探るという作曲方法を試している。具体的には、独奏曲のように1つの声部を始めから終わりまで作り、終われば次の声部を別個に作り、重ね、調整する、という方法である。ある声部を作る際にはコンピュータでループレコーディングを行いながら、実際のテンポで鍵盤を弾き、「納得のいく動きが作れるまで」MIDIデータの録音を行う。これは、ある“調子”や“節”を共有する人々による架空の民族音楽をトレースするような作曲方法かもしれない。
  本作もその作曲の延長線上にあるが、「トレース」に、より重きが置かれている。特に本作では、記譜されることのない民族音楽的なリズムの揺れを五線上の音価として定量的に記譜することで、そのグルーヴに再現性を与えることを試みた。曲中の各フレーズのリズムは、ジャワガムランのなかでも形式が同じ数曲の音源をコンピュータで解析して音のアタックを検出し、得られた特徴的な連なりを抽出・再構成することで作られている。つまり本作はガムランにおけるある奏法の「訛り」の標本化でもある。西洋式記譜のグラフ上にマッピングされたそれらは視認し難く、演奏困難だが、正確であればあるほど、Tempo rubato や Senza tempo よりも複雑かつ自然な揺れとズレが聴こえてくるだろう。
  セレ Sèlèh とはガムランにおいて、4拍ごとに形成される小節のような時間単位の最終拍(4拍目)の音を意味する用語だが、今回は「辻褄合わせ」を象徴する語句として題に戴いた。ヘテロフォニーとされるガムランの音響は、1本の線から分岐した変奏の集合にも聴こえるが、実際のところ、もともと自律した異なる線がそれぞれセレへの方向感をもつことによって、最大公約数のような太い線が現れる様子に近い。(藤井健介)

藤井健介 Kensuke FUJII, composer
c0050810_12124165.jpg  1979年生。器楽の作曲、音源制作、ラップトップによる電子音即興、ジャワガムラン演奏を行う。東京音楽大学作曲科卒業、作曲を伊左治直に、ジャワガムランを佐藤まり子に師事。近作に、《Dubbing Dance Steps》(2010, vn/va/vc)、《Daphne and Violet》(2012、va/viola da gamba/cb/pf)、《Apple Symbols ttf CPY》(2015、ラップトップ即興のためのプログラム)等。演出家・小池博史とパパ・タラフマラ以来これまで長く協働し、そのパフォーミング・アーツ作品に多数参加。近年では《注文の多い料理店》《銀河鉄道》《マハーバーラタ Part 1〜3》等で作曲を担当。エレクトロ・アコースティック作品《Varfix》がジョグジャカルタ現代音楽祭の招聘作品となる。映像作家・田中廣太郎との協働によるミュージック・ヴィデオ『Varfix』でDOTMOV2010入選。「Contemporary Conversations 04」「電力音楽奉納演奏会」などでラップトップ演奏を行う。ガムラングループ「ランバンサリ」所属。邪伝説バンド「平和ボケ」ラップトップ担当。




アイヴズは、どの「戦後前衛」の先駆者だったのか ───野々村 禎彦

c0050810_12172068.jpg チャールズ・アイヴズ(1874-1954) が正式な音楽教育を受けたのは、1894年にイェール大学に入学してからだが、基礎的な教育は同年に逝去した父親のジョージ・アイヴズから受けていた。南北戦争で北軍軍楽隊の隊長を務めた父は、その後もアマチュア吹奏楽団を率い、彼は父の楽団の打楽器奏者として音楽を始めた。13歳から教会のオルガン奏者を務め、最初の作品はオルガン独奏のための《アメリカ変奏曲》(1891) である。当時の米国国歌(英国国歌《女王陛下万歳》に独自歌詞を付けたもの)に基づく変奏曲であり、賛美歌・フォスターなどの民衆歌・クラシックの泰西名曲の旋律を素材とする、彼のその後の創作の出発点でもある。

 賛美歌の伴奏がオルガン奏者の仕事、民衆歌や泰西名曲は父の趣味ということだが、,彼が父から受けた影響は大きかった。近所の吹奏楽団を集め、調もテンポも違う曲を広場のあちこちで演奏して複調・ポリテンポ・音響の空間配置等を試みていたことは名高いが、これに限らず「前衛的」とされるアイヴズの試みはすべて父譲りだという。大学で和声規則を学んで困惑する息子に「気に入らなければ守る必要はない」とすら教えた。こんな父のもとで育った彼にはアカデミズムは保守的すぎた。交響曲第1番(1898-1901) は大学卒業作品に手を加えたものだが、この程度の穏健な曲でも悪ガキ扱いされる現実を前に、「不協和音で飢えるのはご免だ」と、保険業界を生業に選んだ。

c0050810_12174287.jpg ファイ・ベータ・カッパに属する優秀なアイビーリーガーだった彼は、生業でも才能を発揮した。1907年に後輩と起業した保険会社では、1930年に引退するまで副社長を務めた。生命保険特約のセット販売相続税節税計画の設計という、現在でも保険会社のドル箱の商品を開発し、1918年には業界の古典とされる指南書も書いている。社長は後輩に任せて表舞台には立たなかったのは、起業前に心臓発作を起こした健康上の理由もあるが、天職である作曲に時間を割くためだろう。安息日の仕事である教会オルガン奏者も続け、東部諸州から呼ばれる腕前になっていたが、起業翌年に結婚(パートナーの名前はハーモニー)すると生活のリズムは一変し、オルガン奏者は引退した。

 弦楽四重奏曲第1番(1901-02) の終楽章では初めてポリテンポを試み、交響曲第2番(1897-1902) は盛大な不協和音で終結するが、それ以外の部分は大学時代の作風を引きずった後期ロマン派的なもので、これら初期作品は父の域にも達しているとは言えない、交響曲第3番(1901-04) は賛美歌に基づくオルガン曲のオーケストラ版であり、室内管弦楽のための3楽章20分程度の規模も手伝って4曲の交響曲の中では最初に初演され(それでも1946年)、翌年にピュリツァー賞を受賞したが、本領を発揮した曲ではないため演奏には立ち会わず、賞金も初演の実現に尽力し指揮も行ったルー・ハリソン(西海岸時代のケージの盟友)に手渡した。交響曲第2番は1951年にバーンスタイン/NYPが初演したが、この時も隣家でラジオ中継を聴いただけだという。

c0050810_1219283.jpg 《スリー・ページ・ソナタ》(1905) は、自ら「甘やかされた坊やを閉じこもった箱から引きずり出し、軟弱な耳を叩き出すためのジョーク」と述べており、アイヴズがアイヴズになった最初の作品と言えるだろう。旋律素材こそ初期作品と共通するが、不協和音やポリリズムの大胆さが桁違いだ。彼の作品は管弦楽曲から知られていったが、譜面の細部は矛盾の山だった。文字通りの日曜作曲家が演奏を前提とせずに書き溜めた譜面なので当然とも言えるが、全体像をソルフェージュして書いたのではなく、ピアノで一音一音探りながら書き進められたのは明らかだ(このような素人っぽさは必ずしも欠点ではなく、演奏してみなければわからないような後期作品のカオスが結果的に実現した)。その意味でも、ピアノ独奏曲にこそ彼の音楽の本質は純粋な形で表現されているはずだ。

 ブレイクスルーの後は、《宵闇のセントラルパーク》(1906)、《答えのない質問》(1908) など、彼らしい曲が次々と生まれ始める。この時期の作品では、タイトルから連想される出来事やコンセプトが極めて直接的に音楽に変換されるが、あまりに直接的であるが故に音楽的コンテクストすら剥ぎ取られ、賛美歌や民衆歌を素材にした描写音楽のはずなのに、最終結果はむしろ後期ヴェーベルンに近いような、奇妙な音楽的平衡状態が得られる。ピアノソナタ第1番(1902-09) は、この時期の特徴を煮詰めた作品。楽章ごとにひとつのコンセプトが繰り返し提示され、旋律素材は純粋な素材にすぎない(クラシックのような動機としての関連も、前衛音楽における引用のような意味付けもない)。

c0050810_1219462.jpg ピアノソナタ第1番に代表される時期と第2番(1904-15) に代表される時期(組織的・体系的な作曲を行わなかったアイヴズの場合、音楽の特徴は概ね作曲終了年代で決まる)の過渡的な性格を持つ(彼自身がそのように位置付けている)作品が、《ロバート・ブラウニング序曲》(1908-12) である。ブラウニングの他、エマーソンやホイットマンらの名を冠した序曲が並ぶ《文学者たち》という大作を構想したが、結局完成したのはこの曲だけだった。文学者の肖像を音楽で描く意図と、素材の意味性に頼らず単一コンセプトで押し通す姿勢は折り合いが悪く、強烈な不協和音があてどなく積み重なる、表現主義期シェーンベルクが錯乱したような、奇怪極まりない音楽が果てしなく続く。作曲年代は次の大作《交響曲:ニューイングランドの祝日》(1887-1904/09-13) と重なっており、新たな様式を固めて行く中で、かつての無意識の選択を意識的に振り返って完成に漕ぎ着けた。

 《ニューイングランドの祝日》は、〈ワシントン誕生日〉(1909-13)、〈戦没将兵追悼記念日〉(1909-12)、〈独立記念日〉(1911-12)、〈感謝祭と清教徒上陸記念日〉(1887-1904) の4曲からなる。幼年時代の祝日の思い出を描いた3曲に、賛美歌による若書きオルガン曲(教会オルガン奏者を始めた時期の曲)を管弦楽化した初期作品を付け加えた構成だが、各曲が伝統的な意味でのストーリーを持っているのが前の時期との大きな違いで、それに沿った形で素材の意味性を活用し、素材を変形して象徴的な意味を持たせたりしている。結果的に音楽の成り行きは伝統的なあり方に近づき、初期作品を組み込んで対比を強調することも可能になった。

c0050810_12203382.jpg この特徴は、《ニューイングランドの3つの場所》(1903-14/29)、ピアノソナタ第2番、交響曲第4番(1910-24) など、他の同時期の作品にも当てはまる。アイヴズ最晩年の再評価は初期作品に留まっていたが、大指揮者ストコフスキーは交響曲第4番こそが「アイヴズ問題の核心」であると見抜き、演奏譜の準備と練習に多くの時間と費用をかけて1965年に初演と録音を実現し、アイヴズ像を一新した。結果的に、初演がこの年までずれ込んだことが、この作品にとってはプラスになった。戦後前衛が最初の曲がり角を通過し、B.A.ツィンマーマン《軍人たち》(1957-64) やベリオ《迷宮II》(1963-65) など、重層的な引用で特徴付けられる作品が最先端とされる時期に初演されたことで、「ヨーロッパの最先端を半世紀前に先取りしていた前衛作曲家」として見直されることになった。

 当時のアイヴズ受容は、作品を要素に切り分け、トーンクラスターの使用、微分音の使用、ポリテンポやポリリズムの使用、音響の空間配置といった「前衛的な要素」のみを評価し、素朴な調性的旋律が素材の中心だという明白な事実は「時代的な限界」として見ないことにするという、これはこれで歪んだものだった。また、再評価の原点が交響曲第4番だったことで、伝統的構成感こそが音楽的成熟の結果と看做され、専らこの時期の作品が「代表作」として扱われることにもつながった。

c0050810_1221881.jpg この時期の作品でアイヴズ自身がとりわけ重要視していたのが、ピアノソナタ第2番である。超越主義を信奉していた彼だけに、主導者エマーソンを第1楽章、超越主義に強く影響された文学者たちをそれ以降の楽章:第2楽章で純文学代表のホーソーン(『緋文字』)、第3楽章で大衆文学代表のオルコット(『若草物語』)、第4楽章でエッセイ代表のソロー(『森の生活』)の名を掲げ、未完に終わった《エマーソン序曲》の素材を活用し、《文学者たち》の構想も形を変えて実現した。

 この作品の自費出版に先立ち、彼は「あるソナタの前のエッセイ」という長文の自作解説を書いているが、そこでの「エマーソンとソローの印象派風の絵画であり、オルコット家(作家とその父)のスケッチであり、ホーソーンの軽妙な部分を反映したスケルツォである」という言葉が作品の狙いを端的に示している。すなわち、両端楽章はドビュッシーの音楽の強い影響を受けており(作品全体で引用されるベートーヴェンに並ぶ頻度で言及され、意識しているのは明白だ)、第3楽章は初期作品使用枠であり、第2楽章はホーソーンがバイロン『天路歴程』のパロディとして発表した短編『天国列車』に基づくプログラム音楽に他ならない(素材の意味性を利用するこの時期ならではの趣向)。

c0050810_12215217.jpg 1918年に再び心臓発作を起こした後の彼は、初期から最新の歌曲までをまとめた《114の歌曲》を1922年に自費出版するなど、出版を目指して自作を整理する方に重きを置き始める。これ以降の作品で重要なのは《四分音ピアノのための3つの小品》(1923-24) であり、この創作経験に基づいてピアノソナタ第2番の第2楽章を管弦楽化し、四分音パッセージ等をさらに堆積させて副指揮者2人を要する難曲にまとめたのが、交響曲第4番の第2楽章である。1926年に最後の曲を書いた後は、それ以外の方法で自作を世に問おうとした。例えば1929年にスロニムスキー/ボストン室内管から委嘱を受けると、《ニューイングランドの3つの場所》の縮小編曲で応え、国内初演に加えてヨーロッパツアーを提案し、費用は自らの寄付で賄った。この時は初演にも立ち会っており、代表作と初期作品では意気込みが違うが、生前に代表作を音にする機会は限られていた。


                ***********

c0050810_12235621.jpg POCシリーズは「戦後前衛に焦点を絞った企画」だとたびたび紹介してきたが、「戦後前衛」が指し示す範囲は通常よりも広く、米国実験主義を代表するケージとその後継者としての近藤譲、及び「ポスト戦後前衛」を代表する作曲家は一通り取り上げられている。だがアイヴズは、彼らの同僚まで範囲を広げても、誰の先駆者でもない。今回のシリーズでは異端に見えるソラブジでも、ピアニストとしての手癖を交えつつ、前衛的でも退嬰的でもないが超絶技巧を駆使した作品を量産する作曲家という意味では、米国実験主義第二世代のジェフスキ(1938-) や、ファーニホウと並ぶ「新しい複雑性」の祖にあたるフィニスィー(1946-) らの先駆者と看做せなくもないのだが。

 一般には、アイヴズは米国実験主義の先駆者だと看做されているが、実際には誰とも異質である。ケージらニューヨーク楽派の本質は、理念を厳格に形にして即興性を排除する(彼らの図形楽譜は、五線譜への慣れを排除する手段である)シェーンベルク譲りの姿勢にあり、アイヴズの経験主義とは相容れない。米国実験主義の反対側を代表し、アイヴズの支援者でもあったカウエルやハリソンは、折衷主義的な姿勢においてアイヴズとは相容れない。彼が賛美歌や民衆歌を終生素材として用いたのは、それを通じて作品に社会的意味を与えるためではなく、純粋に愛していたからだった。唯一接点があるとすればナンカロウだが、アイヴズと同程度に隔絶した存在である。かつてリゲティは20世紀で真に突出した作曲家はアイヴズとヴェーベルンであり、ナンカロウは彼らに匹敵する作曲家だと主張したが、これはもうひとりは自分だと暗示するためのポジショントークに他ならない。

c0050810_12245123.jpg だが「戦後前衛」の範囲をもう少し広げ、フランク・ザッパ(1940-93) やジョン・ゾーン(1953-) のような実験的ポピュラー音楽も含めるならば、アイヴズはまさに彼らの先駆者である。彼らの音楽は多様式の混淆で特徴付けられるが、アイヴズが「前衛的」な諸語法と民衆歌をともに愛したようにザッパはヴァレーズやヴェーベルンとR&Bをともに愛し、ゾーンはカーゲルやウォーリネンとハードバップをともに愛した。彼らはみな折衷主義とは無縁だった。演奏家を通じても、アイヴズの理解者だったスロニムスキーは晩年にザッパと親交を結び、アイヴズ作品に積極的に取り組んでいるアンサンブル・モデルンはザッパ作品にも真摯に取り組んでいる。ピアニストとしてはアイヴズの権威のひとりであるステファン・ドゥルリーは、指揮者としてはゾーンのアンサンブル作品の権威でもある。POCシリーズで彼らが取り上げられていないのは、「一晩を埋める程度の鍵盤作品を書いている」という条件の問題にすぎない。今回のシリーズや芦屋での関連公演の委嘱作曲家に大蔵雅彦や中田粥が含まれているのは、このような背景があるからである。



次回予告─────────────────────────────
【ポック[POC]#29】 2016年12月23日(金・祝) 18時開演(17時半開場) 松涛サロン(渋谷区)
  ●東野珠実:《星筐(ほしがたみ) IV》(2016)(委嘱新作・世界初演)
  ●ベラ・バルトーク(1881-1945): ラプソディ Op.1 Sz.26 (1904)、14のバガテル Op.6 Sz.38 (1908)、アレグロ・バルバロ Sz.49 (1911)、3つの練習曲 Op.18 Sz.72 (1918)、舞踏組曲 Sz.77 (1925)、ピアノ・ソナタ Sz.80 (1926)、戸外にて Sz.81 (1926)、弦楽四重奏曲第4番 Sz.91 〔全5楽章〕(1928/2016、米沢典剛によるピアノ独奏版・世界初演)
  [以上、Péter Bartók(1924- )による最終校訂エディション(1991/2009)使用]
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# by ooi_piano | 2016-11-14 12:04 | POC2016 | Trackback | Comments(0)

11月23日(水・祝) アイヴズ全ピアノソナタ+藤井健介新作 (その2)

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コンコード散策の記───武田将明

  (・・・)昨日(2016年2月29日)はボストンから少し足を伸ばしてコンコードに行ってきた。ごく簡単に覚書を残しておく。

  ボストンからコンコードには鉄道で比較的簡単にアクセスできる。Harvard Squareから一駅のPorter SquareまでRed Lineに乗り、そこからFitchburg行きのcommuter railに乗り換れば、およそ30分でConcord駅に着く。commuter railの切符は片道8.5ドル。駅から町の中心部までは徒歩で10分〜15分くらい。最初に目に入るのはthe Concord Free Public Libraryという立派で趣きのある図書館(写真001)。そこから少し進んで左に入るとVisitor Centerがあるが、冬は閉まっている。ただし公衆トイレは利用できるので、サイクリストたちが休憩をしていた。町の中心部には景観を配慮した瀟洒な店舗や宿屋が並ぶ(写真002)。スターバックスやダンキンドーナッツまで、観光地仕様の色調になっていた。南北戦争の戦没者を追悼するモニュメントが大通りの中心にあり、ここが観光の基点となる。
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(※写真はクリックすると拡大表示されます。)

  今回の主要な目的はソロー関係の場所を訪ねることなので、まずはあのウォールデン湖(英語だとWalden Pondなのでウォールデン池とも訳せるが、やはり湖でないと気分が出ない)に向かう。途中、ソローの盟友(というか世話人?)のエマソンの旧家があり、いまは記念館となっているのだがやはり冬場はお休み(写真003)。ちなみに徒歩では遠いので行かなかったソローの生家跡もこの季節は中に入れない(もっともメールや電話で連絡すれば開けてくれるようだ)。それに対し、『若草物語』のオルコットの旧家は年中無休(写真004)。これは時間の関係で外から見学するに留めたが、周りには車が多く停まっていた。さすがの人気ぶり。
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  話を戻すとエマソンの家のあたりからウォールデン湖まではEmerson-Thoreau Ambleと名づけられた森の中の小道をたどって行くことができる。この道でなければ、交通量が多く、歩道もないような道路を歩かねばならないので、徒歩でウォールデン湖に向かう場合にはお勧めする。ただし、水辺は板や橋で整備しているとはいえ、途中にはぬかるんだ道もあるので濡れても大丈夫な靴で行くべき。このEmerson-Thoreau Amble、実際にこのふたりが通っていた道を再現したものらしく、気持ちのよい自然を満喫できる。きっと草木生い茂る夏場であれば、さらに愉快だろう。まあ、こんな季節にわざわざ徒歩で観光する人間はわたしくらいだったようで、ロマン派的寂寥感を味わうには最高の時期だったのかもしれない。特に往路では、時間が比較的早かったこともあり、1.6マイルほどをそぞろ歩くあいだほとんど人に会わなかった。

  (写真005-017)はAmbleの途中の写真。(写真5)Emerson Houseの裏手にある入口(空地の奥なので少し分かりにくい)。(写真009)途中、フェアリーランド池と呼ばれる場所があるが、これはウォールデン湖ではない。このあたりはソローがオルコット家の娘たちとベリー摘みを楽しんだ場所だという。(写真010)この近くに住んでいた解放奴隷の名にちなんで「ブリスターの湧き水」と呼ばれている場所。地下から水が湧いているらしいが、観察してもよく分からなかった。なお、この標識はとても小さくて分かりにくい。わたしは一度素通りしてしまった。(写真011)途中、「ソローの小路」なる別の散歩道の案内もあった。1マイルくらいの丘をのぼる道らしいが、ウォールデン湖まであと少しなので寄り道はしない。(写真012)途中、車道を渡ることもある。(写真013)しかしすぐにまた森に入る。車の音に包まれながら森林散策するのは不思議な感覚だ。(写真014)『ウォールデン』にも登場するソローの豆畑の跡。豆は一粒もなかった。(写真015)いよいよ湖が見えてきたが、いったん向きを変えてソローの小屋の跡地をみる。(写真016, 017)ソローが自給自足の生活を試みた小屋の跡。もっとも町から歩いて行ける場所なので、よくエマソンなどの友人と会ってはいたようだ。
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  (写真018-028)はウォールデン湖とその周辺。『ウォールデン』にも書いてある通り、湖面の色は場所によって緑や青に変化する。湖岸は細かい白砂か砂利に覆われている。砂浜のような場所もあり、夏には湖水浴を楽しむ人もいるようだ。小屋の跡地から湖をはさんだ対岸には鉄道の線路が敷かれている。脱文明の「聖地」には似つかわしくないが、実はソローがウォールデン湖に住む前年から同じ場所を鉄道が走っていた。そしてこの線路を通ってわたしもコンコードに来たことになる。湖岸を散歩していると、ときおり通過する電車によって静寂が破られた。ソローの小屋のレプリカは、湖から道路をわたった駐車場のとなりにあるので、徒歩で湖を訪ねる人はうっかりすると行きそびれるかもしれない。再現された小屋の近くにはvisitor centerがあるのだが、いまは改修中。近々"Thoreau"ly renewedされるというダジャレが湖岸の空気をさらに寒くしていたが、きっと夏にはにぎわうだろう。
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  空腹になったが、プレハブ小屋の売店にあった食べ物は3ドル50セントのチョコレートのみ。しかし徒歩圏内で売っている食べ物はこれしかなさそうだったので購入し、湖面を眺めながらハックルベリー風味のチョコという、なぜかマーク・トウェイン風?の貧しい食事をすます。

  帰路もEmerson-Thoreau Ambleを通る。Fairyland Pondで往路とは違う岸辺をたどったほかは、基本的に同じ行程。ただ、湧き水の名前の由来となった解放奴隷のブリスターが住んでいた家の跡を示す碑に立ち寄った。ウォールデン湖を出て車道をわたり、Ambleの道に入ってすぐ、左に折れる小路がある。そこを入ると間もなく、素朴な石の碑が立っていた。
  この時点で午後2時くらい。5時45分の電車で帰る予定なので、まだまだ観光できそうだ。

  Emerson-Thoreau Ambleを名前の通りのんびり歩き、またEmerson Houseの前に戻った。そこからLexington Roadを町外れの方に歩いて行くとLouisa May Alcott's Orchard House(写真101, 102)。季節外れでもここだけは車が何台も停まっているのですぐに分かる。ガイドつきツアーで中を見学できるが今回はパス。この季節に唯一開いている記念館をわざわざ外したのは、別に『若草物語』に含むところがあるわけではなく(まあ、特別好きとは言えないけれども──『ガラスの仮面』で北島マヤが演じた場面は脳裏に焼き付いているが──なんて言うとファンの方から顰蹙を買いそう)、他にいくつも回りたいところがあるからだ。
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  Orchard Houseの隣家を見学する人は当然のように誰もいないが、実はこのThe Waysideという建物も文学愛好者には見逃せない場所だ(写真103, 104)。Orchard Houseより前にオルコット家が住んでいただけでなく(そのころはHillsideと呼ばれていた)、オルコット家が一時期コンコードを去ると今度はThe Scarlet Letter(『緋文字』)の著者ナサニエル・ホーソーンも居住した家なのだ。ここは現在改修中。そもそも冬場は閉館だったはずだが。きっと観光シーズンまでには工事も終わるだろう。
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  ちなみにLexington Roadという名前からアメリカ独立戦争を連想した人は正しくて、まさにここコンコードとその近隣のレキシントンにおいて、アメリカ植民地軍とイギリス軍とが最初の戦火を交えている。1775年4月19日の出来事だった。
  それはさておき、Lexington Roadを引き返して三たび閉館中のEmerson Houseの横をすぎ(近所の人からは時代を超えたエマソンのストーカーと疑われたかも知れないが)、その道路の向かいにあるコンコード美術館に立ち寄った。大人は10ドル。小さいながらも煉瓦作りの建物も美しく(いい写真がなくて残念)、館内の説明も丁寧で、時間があればぜひ訪問すべき場所である。私の目当てはエマソンとソローの書斎を実際の調度品を用いて復元した展示だが、それ以外にも18世紀と19世紀を中心にしたアメリカの市民生活に関する展示や、先述のレキシントン・コンコードの戦いでイギリス軍の接近を警告するのに使われた伝説のランプなど、興味深いものを見ることができる。それから、この美術館の外にもソローの小屋のレプリカが作られていた(写真105)。ウォールデン湖のものと変わらないが、こっちの方が少し年代を感じさせた。
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  さて、目当てのエマソンとソローの書斎だが、自分としてはこれを見るだけで10ドルの価値は十分すぎるほどにあったと思う。エマソンの書斎は家族や友人との交流を感じさせ、彼の著作がまさに活発な議論から吹き出すようにあふれたものだと想像させる(写真106)。彼はいつも揺り椅子に座りながら膝の上で原稿を書き、子どもたちが周りで遊んでいても気にしなかったという。これに対してソローの「書斎」として展示してあるのは緑色の小さな机と椅子だけ(写真107)。さすがにある程度本は持っていただろうが、例のウォールデン湖の小屋にもこの机と椅子を運んで執筆していたらしい。また、家には鍵をかけないのに、この机の鍵だけはかならず閉め、他人に書き物を見られないように注意していたようだ(鍵穴の周りの塗装が剥げているのがその証拠ということだ)。この二人が無二の友人だったというのだから、ワーズワースとコールリッジの組み合わせにも匹敵する、最高の二人組ではなかろうか。そしてアメリカ文化の素人として無責任に言わせてもらうならば、このふたつの書斎の対比のうちに、アメリカ文化の美質が凝縮されているように思える。家庭と社交を重視し、親密な対話のなかから新しいものを創造する気持ちのよい自由と、余計なものを省き、独力で生の本質を摑もうとする厳しくも激しい探究心(これが本を積み上げた「書斎」で思索に耽溺するものとは異なり、外界との風通しが意外によい──家に鍵をかけない──のも重要だろう。ソローの偏屈さにはスティーヴ・ジョブズを思わせるところがある)。明らかに矛盾するようだが、これが両立できたことによって、アメリカという「交通」と「自然」(ただしこれは文明と未開の対比とは似て非なるものだ。ソローの著作には、ネイティブ・アメリカンや解放奴隷に対する共感が率直に示されている)を空前の規模で抱え持つ人工国家はひとつの新しい文明を築くことができたのだ。

  といったあやしげな文明論を妄想しながら美術館を後にして、エマソン、ソロー、ホーソーン(ちなみに彼は立ったまま執筆していたらしい)、オルコットの眠るスリーピー・ホロウ墓地へと向かう。時刻は午後4時。帰りの電車が気になりはじめるが、いったん町の中心に向かってLexington Roadをさらに引き返し、別の通りに入ると間もなく「スリーピー・ホロウ墓地」と書かれた看板が目に入った(写真108)。実は墓地に到着する前、iPadで地図を見ながら歩いている私を見た地元の人が「Authors' Ridgeは墓地の奥だよ」と声をかけてくれていたので、「奥」を目指して進む。ところがこの墓地、あまりに広すぎてどこが本当の「奥」なのかよく分からない。間違えてまだまだ手前のところで丘を上がったりしながら、ようやくAuthors' Ridgeの標識を発見した(写真109)。「作家の丘」とでも訳せるこの言葉から分かるように、上記の文筆家たちの墓はすべて小高い丘にある。
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  丘を上がってすぐ目に入るのが、向かい合ったソローとホーソーンの墓。ソローの墓は、比較的大きな家族の墓標のまわりに、それこそiPadくらいの大きさしかない個人の墓標が並んでいる(写真110, 111)。それも"Father"と"Mother"という個人名のないものまで。ホーソーンの墓も家族と一緒だが、(私の確認不足でなければ)Nathanielと明記された墓標はなかった(写真112)。また、(これもいつできたのかは知らないが)なぜかホーソーン家の墓には鎖がめぐらされていて、足を踏み入れるのがためらわれた(写真113)。謎めいた『緋文字』の作者らしい墓地と言えばそうなのだが。ソロー家の墓からひとつふたつ隔てたとなりにオルコット家の墓がある。こちらも大きな墓標のまわりに個人の墓標が並び、あのルイーザ・M・オルコットの墓標はこれもなぜか二種類あり、いずれも大作家らしからぬ慎ましさだった(写真114-116)。一輪の花の周りに何本もの鉛筆が供えられているのが微笑ましい。エマソン家の墓はすこし先、Ridgeのなかでも一等地にあり、ここはいまでも子孫の墓標が増え続けている様子で、墓場でさえも賑やかな印象を受けた(写真117, 118)。エマソン個人の墓はひときわ大きく、また特別な石を使ったもので、実は裏手に回らないと墓標と分からなかった(写真119)。
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  迷ったこともあり、時刻は午後4時45分。帰りの電車までちょうど1時間。これまでチョコレートだけでさんざん歩き回ったことを思うとそろそろ駅前にもどってコーヒーでも(あるいはビールでも)飲みながら電車を待つのが賢明かと思ったが、コンコードといえば見なければならないものがもうひとつあるので、早足でそこに向かう。また一度町の方面に戻り、そこからMonument Streetを北上すると、15分くらいで(かなり急いだので、普通の徒歩だと20分くらいか)The Old Manseという建物に到着する(写真120)。ここはエマソンの祖父の代からエマソン家が住んでいた場所で、後にはホーソーンも住むことになる(先述のThe Waysideよりも前である)。当然のごとくここも休館なのだが、入口には"Closed"という看板の下に"Welcome!"と書かれた黒板があった(写真121)。これはニューイングランド風のアイロニーだろうか。どこかホーソーンっぽい感じがする。さて、このOld Manse、とてもよさそうな建物だったので、観光シーズンにコンコードを訪ねる人は、少し足を伸ばしてぜひ見学すべきだろう(写真122)。近くには川が流れており、ボートを出すための小屋もいい感じで保存されている(写真123)。ちょうど夕暮れを迎え、うらぶれたボート小屋の向こうから差す夕陽が川べりを彩りはじめた(写真124)。
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  このボート小屋のとなりにある桟橋からはOld North Bridgeが見える(写真125, 126; 写真127は逆にOld North Bridgeからボート小屋を見たもの)。この橋こそ、件のレキシントン・コンコードの戦いで植民地軍がイギリス軍に発砲し、撤退に追い込んだ場所である(写真128-131)。ここで放たれた数発の銃声が、結果的には世界史を変えたことになる。エマソンの祖父と父は、Old Manseからその戦闘を目撃したという。だから、先ほどエマソンとソローの書斎を見て、アメリカ文明の縮図のようだと妄想したが、それは歴史的に見てまったく無根拠な話でもないらしい。ここコンコードはTranscendentalismの文化的中心となる前に、アメリカ独立の発端ともなっていたし、このふたつはOld ManseとNorth Bridgeという形で物理的に隣接さえしていたのである。エマソンを賢者と呼び、ソローを隠者と呼ぶのは必ずしも間違いではないが、その呼称によって彼らの活動の背景に広がっていた歴史のうねりが見えなくなってはいけないだろう。
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  これでざっくりとしたコンコードの報告を終える。どうにか早足で駅に戻り、ほとんど待たずに帰宅の電車に乗った。どうしてもビールが飲みたくなり、ケンブリッジ(もちろんイギリスではなくマサチューセッツ州の方)に戻ってから入ったパブの名前がなぜかPeople’s Republic(写真132)。オーナーが共産主義者というわけでもなさそうだが(ちなみにカード不可)、これがジョークとして受け容れられるのは、ここがアメリカでも特にリベラルな町だからだろう(そういえばコンコードにはバーニー・サンダースを応援する看板がちらほら見られた──と書いてから、今日(2016年3月1日)の大統領選挙の候補者争いの結果をみたら、マサチューセッツ州で共和党はトランプが圧勝。。。民主党はクリントンとサンダースがかなり熾烈な争いを繰り広げた末に、前者が勝利した)。現金の持ち合わせがなく、ATMで下ろすのも面倒(もう歩きたくない)だったので、一番安いフレンチフライとギネスを注文(しかしすごい食生活だな)。黙々と食べはじめたらとなりに座っていた人から「ポテトだけ食べるの!?」と驚かれた。それからなぜか1時間ほど話したが、南部の高校を出て学年でひとりだけ地元を離れてMITに入り、いまはここでスピーカーを作っている人だという。ギネスが好きなようで、私を同好の士と認めてくれたらしい。いろいろと楽しい話を聞いたが、それはまた何かの機会に。「ここは俺が持つから好きなだけ飲んでくれ」と言ってくれて、ギネスを3杯飲むことになった。私のグラスが空くと、こちらが何を言わずとも「彼にギネスを」と注文してくれた。おかげで大量のフライドポテトとギネスという、おそらく今後経験できないようなジャンクなディナーを楽しませていただいた。もっとも、彼自身は2杯目からバーボンと水の組み合わせに移行していたのが少し解せなかったけれども。(たけだ・まさあき、英文学)
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# by ooi_piano | 2016-11-14 11:57 | POC2016 | Trackback | Comments(0)

11/16(水) ベルク《抒情組曲》ピアノ独奏版・世界初演(浜松)

c0050810_11314916.jpg2016年11月16日(水)18時20分開演(17時50分開場)《美術と音楽の西洋史》
静岡文化芸術大学・講堂(浜松市) 入場無料 /申込不要(直接会場にお越しください)
[レクチャー講師]立入正之(芸術文化学科准教授)、上山典子(芸術文化学科講師)
http://www.suac.ac.jp/news/event/2016/01040/
http://www.suac.ac.jp/news/event/2016/01040/file/8331/bijutuonngakuseiyoushi.pdf


〈演奏曲目〉
●アルノルト・シェーンベルク=米沢典剛:《映画の一場面のための伴奏音楽 Op.34》(1930/2016、ピアノ独奏版・世界初演) 約9分
  〈迫り来る危険 Drohende Gefahr〉 - 〈不安 Angst〉 - 〈破局 Katastrophe〉
●アントン・ウェーベルン=米沢典剛:《交響曲 Op.21(1928/2016、ピアノ独奏版・世界初演)   約8分
  I. 穏やかに、歩むように - II. 主題と7つの変奏
●アルバン・ベルク=米沢典剛:《抒情組曲〔全6楽章〕(1926/2016、ピアノ独奏版・世界初演)   約30分
  I.Allegretto gioviale - II. Andante amoroso - III. Allegro misterioso / Trio estatico - IV. Adagio appassionato - V. Presto delirando / Tenebroso - VI. Largo desolato
  

  ヨーロッパの芸術文化の歴史において文化運動や様式などを特徴づける「ルネサンス」、「バロック」などの用語は美術、音楽、建築などの領域に幅広く使われていますが、分野により地域や年代に差異が認められます。 2016年度は、「後編」として全3回にわたりヨーロッパの美術と音楽について「ロマン主義」、「印象派」、「現代」という3つのキーワードにより解説します。また、各回のセミナー後半では各様式の音楽作品を鑑賞していただきます。

【お問合せ先】 静岡文化芸術大学 地域連携室(担当 冨田) TEL:053-457-6105 E-mail:acrc@suac.ac.jp
【交通アクセス】 駐車場はございませんので、車での来場はご遠慮ください。(公共交通機関又は他の駐車場をご利用ください。) http://www.suac.ac.jp/access.html


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音楽学者の白井史人氏(早稲田大学助手)から、雑誌『音楽学』第61巻(2015)に掲載された論文の転載御許諾を頂きました。
(全文pdf) http://ci.nii.ac.jp/naid/110010050854

【題名】シェーンベルク《映画の一場面のための伴奏音楽》の作曲過程とその背景 ――未発表の構想メモと 1920 年代の映画の伴奏音楽との関連――
【著者】白井史人(早稲田大学演劇博物館演劇映像学連携研究拠点・研究助手)
【要旨】
 アルノルト・シェーンベルク《映画の一場面のための伴奏音楽 Begleitungsmusik zu einer Lichtspielszene》作品 34 は,1929 年秋から 1930 年 2 月にかけて作曲された。全曲が 12 音技法に基づき,「迫りくる危険」「不安」「破局」という 3つの副題が添えられているが,特定の映画のための伴奏音楽ではなく,演奏会用作品として作曲された。
  先行研究では,シェーンベルクは副題間の場面展開を考慮していないとされてきた。しかし,2011年出版のシェーンベルク著作目録で,副題と深い関連を持つ「構想メモ」の存在が発表された。本論文は,この構想メモの記述を手掛かりに,《映画の一場面のための伴奏音楽》と 1920 年代の映画伴奏の言説・実践との関連を明確化することを目的とする。
  第1 節では,ラオホ(Rauch. Die Arbeitsweise Arnold Schönbergs, 2010)の分析方法を参照し,草稿に基づく作曲過程の分析を行った。「構想メモ」の検討を通じてシェーンベルクが 3つの副題の間に場面展開を構想していたことを示し,その場面展開を強調していく推敲過程を明らかにした。第 2 節では、シェーンベルク自身や後妻・ゲルトルートのスケジュール帳,トーキー映画技術者であるグィド・バーギエの遺稿の調査を通じて,1920 年代のシェーンベルクと映画産業との人的交流を示した。無声映画からトーキー映画への移行期に,シェーンベルクがトーキー映画へ高い関心を示した点が明らかになった。第 3 節では,本作の成立の背景となる同時代の映画館での伴奏音楽の実践・言説を,映画音楽専門誌『フィルム・トーン・クンスト』を中心に検討した。同時代の実践・言説が,伴奏項目の恣意的な羅列に対する批判や映画作品全体に即した劇的展開を重視するなど,本作と共通する傾向を持つ点を明らかにした上で,音楽語法や楽曲の抜粋法の面で大きな齟齬がある点も指摘した。



(※クリックすると拡大表示されます。)
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# by ooi_piano | 2016-11-12 11:24 | POC2016 | Trackback | Comments(0)

ペダル・クラヴィコード公演 J.S.バッハ《トリオソナタ集》全曲(その1)

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HIROAKI OOI pedal clavichord recital
大井浩明 ペダルクラヴィコード・リサイタル


http://wmusic.jp/concert.html#35kai

●栃木公演 西方音楽館 木洩れ陽ホール
2016年10/23(日)14:30開演(14:00開場)
https://www.facebook.com/events/326810837674056/
●東京公演 東京オペラシティ 近江楽堂
2016年10月31日(月)18:30開演(18:00開場)
https://www.facebook.com/events/296738530710056/

【お問合せ】 
西方音楽館 Tel 0282-92-2815 http://wmusic.jp/
〒322-0601栃木県栃木市西方町金崎342-1
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《プログラム》
J.S.バッハ(1685-1750):トリオ・ソナタ集(全6曲) BWV525-530 (1730)

トリオ・ソナタ第1番 変ホ長調 BWV 525
   (Alla Breve) - Adagio - Allegro
トリオ・ソナタ第2番 ハ短調 BWV 526
  Vivace - Largo - Allegro
トリオ・ソナタ第3番 ニ短調 BWV 527
  Andante - Adagio e dolce - Vivace
  (休憩)
トリオ・ソナタ第4番 ホ短調 BWV 528
  Adagio/Vivace - Andante - Un poc'allegro
トリオ・ソナタ第5番 ハ長調 BWV 529
  Allegro - Largo - Allegro
トリオ・ソナタ第6番 ト長調 BWV 530
  Vivace - Lente - Allegro
パッサカリアとフーガ ハ短調 BWV582 (1712)

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Johann Sebastian Bach: Six Trio Sonatas BWV525-530 (1730)
Trio Sonata No. 1 in E-Flat Major, BWV 525
Trio Sonata No. 2 in C Minor, BWV 526
Trio Sonata No. 3 in D Minor, BWV 527
(intermission)
Trio Sonata No. 4 in E Minor, BWV 528
Trio Sonata No. 5 in C Major, BWV 529
Trio Sonata No. 6 in G Major, BWV 530
Passacaglia in C Minor, BWV 582 (1712)

使用楽器:ヨーハン・ダーフィット・ゲルステンベルク1760年専有弦ペダル・クラヴィコード(ライプツィヒ大学楽器博物館蔵)/小渕晶男によるレプリカ、2016年
  Akio Obuchi 2016 Unfretted Pedal Clavichord after Johan David Gerstenberg, 1760 (Museum für Musikinstrumente der Universität Leipzig)

チラシ表面 pdf    ・チラシ裏面 pdf


大井浩明(ペダル・クラヴィコード)  Hiroaki OOI, pedal clavichord
c0050810_2114370.jpg  京都市出身。スイス連邦政府給費留学生ならびに文化庁派遣芸術家在外研修員としてベルン芸術大学(スイス)に留学、同芸大大学院ソリストディプロマ課程修了。チェンバロと通奏低音をディルク・ベルナーに、オルガンをハインツ・バッリ、ダニエル・モレの両氏に師事。ミクローシュ・シュパーニ、ルイジ・フェルディナンド・タリアヴィーニ、ヤン・ヴィレム・ヤンセン等の講習会を受講。
  ヒストリカル・クラヴィコードにおいて世界的に最も意欲的な活動を行う奏者の一人であり、NHK-BS「クラシック倶楽部」にてベートーヴェン:《選帝侯ソナタWoO47》が放映された他、リサイタルではJ.S.バッハ:《平均律クラヴィア曲集第1巻》(全曲)、《同第2集》(全曲)、《6つのパルティータ》、《ゴルトベルク変奏曲》《フランス序曲》《イタリア協奏曲》、《イギリス組曲》(全6曲)、C.P.E.バッハ:《ヴュルテンベルク・ソナタ集》(全6曲)、ハイドン:《エステルハージ・ソナタ集》(全6曲、レクチャー/伊東信宏)、モーツァルト:連弾ソナタ集K.19d/K. 381/K.358/K. 501/K. 521 (共演/上尾直毅)等を取り上げている。J.S.バッハ:《フーガの技法》(全曲)のヒストリカル・クラヴィコード(ヨリス・ポトフリーヘ製作ザクセン様式専有弦モデル)による世界初録音CDは、国際的に高い評価を得た(2008年9月/ベルギー・聖セルヴァティウス修道院)。また、バッハのクラヴィコード教授法に関するフリードリヒ・コンラート・グリーペンケルの記述(1819)ならびにミクローシュ・シュパーニによる注釈(2001)を邦訳し(2004年6月)、雑誌《ムジカ・ノーヴァ》等やウェブ上で奏法論についての考察も発表している。2014年3月には、クラヴィコード独奏のための福島康晴《楽興の時》(全3楽章)の委嘱新作初演を行なった。
  オルガン奏者としては、クセナキス:《グメーオール》日本初演(川口リリアホール)がTV(CX系「とくダネ!」)・雑誌(週刊新潮他)で広く紹介され、サンサーンス:交響曲第3番《オルガン付き》独奏(大阪、ザ・シンフォニー・ホール)、ジャン・ギューらと参加したデュドゥランジュ大聖堂オルガンフェスティヴァルでのリサイタル(ルクセンブルク)、京都大学創立記念行事音楽会でのリサイタル(ヴィドール:《オルガン交響曲第6番ト短調》他、京都コンサートホール大ホール)、オムロン・パイプオルガン・コンサートシリーズでのリサイタル(J.S.バッハ:《ドイツ・オルガン・ミサ》全曲、京都コンサートホール大ホール)、委嘱新作初演を中心としたリサイタル(シェーンベルク:《レチタティーヴォ主題による変奏曲Op.40》他、淀橋教会小原記念聖堂)、中全音律バロック・オルガンによるフレスコバルディ:《音楽の花束》全曲公演(日本基督教団本郷教会)等を行っている。 公式ブログ: http://ooipiano.exblog.jp/


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(西方音楽館・会報より)
10月23日、31日にペダルクラヴィコード・リサイタルを行っていただく大井浩明氏へ、ペダルクラヴィコードについてご質問しました。

---練習楽器としてはどう思われますか?

c0050810_21151559.jpg  ペダルクラヴィコードは、響きがやや異なる通常のクラヴィコード(手鍵盤)2台が積み重ねられ、その下に足鍵盤による低音クラヴィコードを合体したものです。ゆえに、鍵盤間の連結装置(カプラー)はありません。足鍵盤は通常より横幅が広く、下鍵(白鍵)に比べ上鍵(黒鍵)の位置が高目で、足の縦方向の稼動域も狭いため、どのみち踵(かかと)を使うのは困難に思えます。足鍵盤も手鍵盤と同様に繊細なタッチが求められます。もしこれがオルガン用の練習楽器であるなら、「最上度の鍛錬になる」ことは確かです。手鍵盤部は分離しても使用可能ですので、そのまま《平均律》や《フーガの技法》も演奏出来ますね。西洋音楽史の根幹に位置する、伝説の楽器を目の当たりにするのは、私にとっても素晴らしい体験です。現代のピアニストがチェンバロやクラヴィコードに面食らうのに喩えれば、(言い方は変ですが)ペダルクラヴィコードはあたかも「古楽器のオルガン」に触れたかのような衝撃でした。

---演奏楽器としてはどう思われますか?

c0050810_2116796.jpg  パイプオルガンが教会の豊かな残響の彼方で高らかに吹き鳴らされているのに対して、ペダルクラヴィコードでは耳元でヒソヒソと内緒話をささやく感じで、二者には大きな時空間的なへだたりがあります。どちらでも成立するように書かれているのが、バッハの譜面の面白いところです。オリジナル楽器を精査なさった小渕晶男氏によるレプリカは、ペダルクラヴィコード独特のニュアンス、アーティキュレーション、音色など、弾き手・聴き手ともに想像力をかきたてられる、多様な可能性を秘めていると思います。

パイプオルガンで演奏されることが圧倒的に多いJ.S.バッハのトリオ・ソナタ、パッサカリアが、大井浩明氏の手でどのような音楽に姿を変えるのか、ぜひ聴きにいらしてください。




製作うらばなし───小渕晶男

c0050810_2117143.jpg  クラヴィコードは今まで共有弦型、占有弦型合わせて30台近くを製作してきたが、ペダルクラヴィコードは今回初めてであった。ペダルクラヴィコードの歴史としては14世紀にすでにその存在を示唆する文献が残っている。現在残された歴史的な楽器としては1760年のGerstenberg, 1815年のMarckhert, 1844年のGlück製作によるものなどがいずれもドイツに保存されている。ザクセンのドレスデンとライプツィッヒのちょうど中間にあるゲリングスヴァルデのGerstenbergの楽器は手鍵盤2段と16フィートの付いた足鍵盤を備えたオルガン製作者Gerstenbergならではの作品でその大きさ、構成からひときわ存在感のある楽器である。
  この楽器に関しては近年ヨーロッパを中心に数台の復元楽器が製作されている。ヨーテボリのオルガン研究所のJoel Speerstraの描いた図面には有用な情報が多く含まれており、製作に当たっては大いに参考にさせていただいた。しかしながら、図面に表し切れていないか、あるいは理解しきれない箇所があり、どうしてもオリジナルを見ないと正確な復元は難しいと判断し、以前にサルテリオの採寸などで便宜を図っていただいた、ライプツィッヒのGRASSI博物館のMarkus Brosig氏に再び調査依頼をしたところ、そういう仕事なら、誰にも邪魔されない休館日の月曜日に来ると良いといって休みの日にわざわざ開けていただいた。そればかりでなく、Speerstraが同楽器の調査をしたときの指導教官であるエディンバラ大学のJohn Barnesが独自に書いたこの楽器に関する研究論文とその時に撮影した大量の写真のコピーを取らせていただいた。
c0050810_21174966.jpg  オリジナル楽器に当たらなければなかなかわからないことの一つに弦張力による楽器の変形という問題がある。John Barnesはこのことに関しても研究論文の中で彼が調査した時の変形量を記述している。そして、今回実際の楽器に当たってそれを確かめることが出来た。2台の手鍵盤楽器と16フィートを含む足鍵盤楽器はいずれも1台当たり約100本の弦が張られており、弦による張力の総和は1台当たり500Kgほどになる。クラヴィコードはその構造上弦の張力によって楽器の底板が、下に凸になるように変形する。その変形量がわかっていれば、組み立てる前にあらかじめ底板を反対向き、すなわち底板を下の面がへこむように弓なりに変形させておくことが出来る。足鍵盤楽器については全長が長いので、あらかじめ変形させておくだけでは長い年月のうちに変形が進む可能性を考えて、オリジナルには無い補強を入れた。
  ザクセンの楽器の多くは広葉樹を使っているが、この楽器は針葉樹を用いている。今回の製作に当たっては、近くに住む古民家移築なども手掛ける若い大工の資材置き場に長い間眠っていた十分エージングされた木材を使うことが出来たのは幸運であった。
  最後に今回この復元製作の機会を与えていただいた西方音楽館の中新井紀子さん、横山博さんに感謝します。

小渕晶男 Akio OBUCHI
c0050810_21182263.jpg  1969年よりチェンバロの製作を始め、75年にヨーロッパ各地の博物館や製作家を訪ねて以来、歴史的な楽器から学ぶ事を基本に現代に残る歴史的楽器のレプリカ、および時代的地理的に特徴付けられるスタイルの範疇の中で製作を行っている。 復元製作にあたっては、オリジナル楽器の外面的な再現だけでなく、製作者の製作意図を復元することが出来ればそれが理想と考えている。全ての工程において常に最終的な音のイメージを持ちながら作業を進めることを心がけている。 1993年にレオナルド・ダ・ヴィンチの手稿に見られるヴィオラオルガニスタ(ガイゲンヴェルク)の試作を行って以来、音程とダイナミックスを奏者がコントロールできる鍵盤楽器への素質を持ったこの楽器に対する夢を捨てきれずに継続的に擦弦鍵盤楽器の研究と製作を続けている。バロック時代の打弦楽器サルテリオや15世紀に描かれたチェンバロやピアノの源流と考えられる弦を弾く叩くの双方を備えた、クラヴィシンバルムの製作も行っている。
  1971年日本大学大学院理工学研究科修士課程修了。音響メーカーにて電気音響変換機の研究開発、多国籍サービス会社にて石油、天然ガスの音響探査機器開発に従事。その後、携帯電話事業者に勤務の後2004年退職して以降、この間限られた時間を活用して継続してきたピリオド鍵盤楽器の研究および製作に専念。現在はクラヴィコードを中心に製作を行っている。American Musical Instrument Society会員。公式サイト:http://obuchi.music.coocan.jp/


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【関連リンク】
クラヴィコード公演《平均律第1巻》プログラム・ノート [2005.02.01]
クラヴィコード公演《平均律第2巻》プログラム・ノート 「平均律と吉本漫才の比較論」 [2006.08.20]
J.S.バッハのクラヴィコード演奏法・教授法 [2004.06.17]
[再掲] バッハのクラヴィコード教授法 (上)(中)(下)
  ――「バッハ・タッチ」について(ムジカ・ノーヴァ誌2006年1月号)  [2006.01.20]
  ――「バッハ・タッチ」補説  [2006.01.06]
●バッハ:フーガの技法 大井浩明インタビュー(英文)   同・日本語版 [2009.03.31]
同盤:古楽専門誌《アントレ》2009年9月号での神倉健氏による批評文 [2009.12.16]
●クラヴィコード公演ツイート集  J.S.バッハ:《6つのパルティータ》  《イギリス組曲(全6曲)》  《ゴルトベルク変奏曲》  C.P.E.バッハ:《ヴュルテンベルク・ソナタ集(全6曲)》  J.ハイドン《エステルハージ・ソナタ集(全6曲)》
■クラヴィコードによる平均律第2巻公演の感想ブログ集(2006年)
 http://bloomingsound.air-nifty.com/ongei/2006/09/20060906_c58f.html
 http://suralin.blog48.fc2.com/blog-entry-77.html
 http://www.oekfan.com/review/2006/0901.htm
 http://baybranch.exblog.jp/3704211/
 http://blog.goo.ne.jp/kananagano/e/5bdf317dd069f1f2bc8bdd2ddf69a27a
 http://okaka1968.cocolog-nifty.com/1968/2006/09/post_3bd1.html
 http://onkichi.exblog.jp/3735118/
 http://umeokagakki.cocolog-nifty.com/blog/2006/09/post_4a3a.html
 http://blog.nsk.ne.jp/suzu/archive/month200609.html



(続き) ペダルクラヴィコードをめぐって───横山博

    
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# by ooi_piano | 2016-10-18 02:37 | クラヴィコード様への五体投地 | Trackback(1) | Comments(0)