Blog | Hiroaki Ooi


9/20(水) 現代日本人作品2台ピアノ傑作選
by ooi_piano
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■2005/03/14(月) 日々是決戦

私が1993年に東京で初めて演奏会をした際、ピアノ調律師の原田力男氏(1938-1995)が自身のニューズレター〈プライヴェート通信〉として知人・友人に配布なさった文章を、以下に御紹介致します。これは、去る3月12日に東京ちひろ美術館で開催された同氏没後10周年追悼演奏会で、プログラム・ノーツの一部として再公表されました。
甲斐史子さんや私やご本人の発言で、明らかに事実と異なる「脚色」が見られる以外は、実にまっとうな正論であり、今でも返す言葉も御座いません。なお挿入写真は本文とは無関係です。





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〈private concert いがいの 演奏会 をめぐる エッセー〉
《大井浩明・現代ピアノ作品〈東京デビュー〉コンサート/93' 7月4日》に寄せて


チラシとチケットでは《vom Jugendfeuer》と表記され…、本番パンフレットでは、《New Works for piano solo et cetela―vol.2》と変えられており…、そのじつ、《大井浩明・現代ピアノ作品コンサート》とうたうのが最もふさわしい演奏会を聴く。てらいなく、ごく通常の日本語表記が、なぜ出来ないのであろうか。

赤坂霊南坂教会に近いマンションの地下「榎坂スタジオ」という猫のヒタイ空間。椅子が70席も並べられるかしらん。招待状は京都の大井浩明君からきていたが、当日券ではいる。斜陽産業への“貧者の一灯”的テコ入れ処置とでも。ムリヤリ誘った手前、若き友人・丸山智氏のチケットも買う。この不景気時代に5000円も支出したので感想はきびしくなるはずだ。



主客の関係に昏いのが若さの特権ででもあるかのように振る舞う年回りがあるものだ。多人数を巻きこんでいるらしいこのコンサートも例外ではない。スタッフとおぼしき若者たち、猫のヒタイ空間に渦まき、客の通路の確保も覚束ないありさま…。受付の女の子がどうぞと進行の方向を指さすが、黒の衣裳でキメた男の子たちがそこいらじゅうにたむろし、しゃべりまくっている。「お客さんのお通りだよ、スタッフはもっと脇へ寄りな」なんて言わない・言わない。お金を払ってコンサートを聴いてくれようというやさしいおとなの聴き手へのサーヴィス精神など、てんからない・ない。
なじみの景色だから別にハラは立たない(その点、わがPrivate Concertのスタッフは優雅にして優秀だったんだなぁ…なんて述懐今更に!)。みんながアホウだとはさすがに思えないから、ただ①気の遣い方を知らない、②知っていても身体が不自由か、やる気がないか、はたまた③だれからも教えられていない、従って④手ほどきをうけないかぎりイメージがわかないという……端的に申さば、ま、てめえのことしか眼中にない頭でっかちの餓鬼グループということだろうか?

三菱信託芸術文化財団に金を出さしめて(~バブル崩壊があったから、そろそろ出し渋る時期じゃないかな?)細川俊夫氏が主宰している山口県秋吉台の二十世紀音楽セミナーで御手盛り作曲賞を与えられた複数の作曲学生やら、本家ダルムシュタット夏期講習受講などと、ま、裕福な親をもった幸福な境涯にあるヤング・コンポーザーたちの、派手やかな経歴がパンフに嬉しげに書かれてあるが、コンサートのつくり方というたぐいの〈基礎的学習〉はなおざりにされているのだ、きっと。それにしても、あの若々しさで、ゴテゴテぬりたくって身を飾らねば作品が披露できない精神は、みすぼらしいと思うなぁ。
自分の大切な芸術表現・表出営為を、ああもガサガサとしまりのない混乱状態のなかですませてしまうのは惜しいとか、悔しいとか思わないのだろうか。パーフォーマンス全体を「ひとつらなり」と捉える…まずは視点の欠如、訴えにリアリティーが乏しいのも疑問だ。あたかも幼稚園児のお遊びのようにワイワイ仲よくやってはいるが、すがすがしい冷静さがまるでないもんなぁ。



席にとりつくと、甲斐史子が目敏くみつけて、「アラ、原田のおじさま」だって。史子はもっか桐朋学園のヴァイオリン専攻学生2年生。桐朋の仲間二人[Vn双紙正哉/ Vc古川展生]が出演しているとか。すぐうしろに音楽評論の富樫康先生がおられたので、この子が15年前亡くなった作曲の甲斐説宗の娘です、お見知りおき下さい、と、ひき会わす。現代音楽のコンサート会場で史子に会うのは初めてだけど、古典をしっかり勉強しないうちに、コンテンポラリーになぞ興味を持ってほしくない…のが、かっての父君の友達「原田のおじさま」の立場なのだけれど。

c0050810_0531130.jpgたちまちスタジオにめいっぱい人が入る。開演直前、高橋悠治さんが現れ、ピアニストの背後、下手寄りナナメに置かれた椅子、メイン客席に横顔をさらす位置にすわる羽目に…。[休憩時、あなたがあそこにいちゃピアニストは生きた心地がしないね、というと、「アソコしかあいてなかったんだよね」と苦笑]。小生の二列うしろには、三宅榛名女史が座っていて、目礼。昨夜の東京新聞のエッセー良かったですよ、というつもりが、言いそびれてしまった。原田英代ちゃんの同級生のピアニスト・蛭多令子さんが一列目に腰かけていて、しばし歓談。病後を気遣ってくださる。

小生は二列目の真ん中辺に着席。左側に高久暁・丸山智両氏。右側は甲斐史子の連れのカワイコチャンが四人、その端には片山杜秀青年が着席―。小生のすぐ前の特等席は、今夜、作品を発表する女性作曲家が確保し、デンスケを床にマイクを椅子の上に置いて、録音準備に余念がないときた。ヨイ席だから、お客のためにこそ提供すべきという気持ちはサラサラないらしかった。かっての小生なら、間違ったフリをして椅子を蹴っとばし、マイクを潰してやるくらいのことはやってのけ、関係者だろ、もっと慎ましく振る舞うもんだよ、お金を払って聴いてくれるお客さんを、そのヨイ場所に座らせたいとは思わないのかい、ぐらいのジャブは入れたはずだが、黙っていた。てめえ事にか眼中にないものにつけるクスリがあるとは思えないもの。コンテンポラリー・シーンには、昔からこの種の思い上がり連中が多いので、まっとうなお客はツイツイ遠ざかりたくなるものさね。
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●さて、音楽評論家ではないから碌なことは書けないが、京都の大井浩明君に日記断片ぐらいは送ってやらねばと…聴きながらチラシの裏紙にMEMO[①②③…]しておいたものを『93'梅雨日記』に清書しておく試み。
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★1曲目/ブーレーズ作曲『第2ソナタより第一楽章』(1948)Pf=大井浩明.
[①鍵盤上を疾風のごとくただ撫でるだけ ②速く走るところ 冬季オリンピックのボブスレー競技なり ③ピアノはヤマハのS400B― この大曲をささえる容量があのピアノにあるわけない ④Tuningがたちまちガラガラと崩れいたたまれない気持 ⑤New York/SteinwayD型が必要 ⑥穏やかな表情で背後からみつめるTakahashi Yuji]
/メモで言い尽くし加筆する事はない。楽曲の一部をコレミヨガシに弾いて“コケ脅し”に聴こえるのは若いがゆえの修行不足。隣席の高久暁氏は自分もピアノをよくするものだから褒めちぎっていたけど。
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c0050810_0551117.jpg★2曲目/福井知子作曲『超ラセン』(1992,東京初演)Pf=大井浩明.
[①明解でよろし ②後半の美しさはなかなか ③ヤマハピアノの最高音部ユニゾンの狂い耐え難いまでに]
○大阪音楽大学作曲卒業。秋吉台作曲賞入選。ダルムシュタット夏期講習参加。

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c0050810_0552419.jpg★3曲目/山本裕之作曲『東京コンチェルト』(1993,初演)Pf=大井浩明.
[①ペラペラ紙の原譜、小空間なりにある対流風?(=人間が狭い場所に犇めくため熱気で薄紙はロール原型に戻りたがる)にあおられてしばしば不安定に ②とめにはいった女の子もやることが不徹底、客との間に立つなど無作法、静かに左側に移りて臨機応変に対処すべし ③しかしもとはと云えばピアニストが厚めの台紙に貼って本番に臨めば済むこと ④楽譜を丁寧に扱わない演奏家は大成しない ⑤心掛けの悪さが客前に舞うなどパーフォーマンスとして愚の骨頂!]
/ただ、たいへんよい一点あり。大井浩明君は楽譜を見据える眼がジャガーの眼になる一瞬がある。山下和仁君が“展覧会の絵”をわがスペースで初演した折の眼とまったく同じ目つきだったぞ。
○1967年生まれ。作曲者は東京芸大作曲院作曲専攻修了。近藤譲・松下功に師事。

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c0050810_0554037.jpg★4曲目/夏田昌和作曲『星々と生命の岸辺にて』(1992,改訂初演)Pf=大井浩明/指揮=作曲者/ほか14人の主として打楽器群.
[ざわざわしいのは好みじゃないので一行のメモもなし]
/自発性・即興性の感じられない集団演奏はしらじらしい。プログラムの"De musica quaestiones stultae solutionesque"という欄の、作曲者の野放図な紙面の使い方の一種の節操のなさ加減!
○1968年生まれ。東京芸大作曲院音楽研究科修了。出光音楽賞受賞。

●休憩時、初対面の大井浩明君に会う。高久暁氏経由の文通友達との初対面である。今すぐ京都へ逃げ帰りたい気分デスだって。さもありなんと思ったが、始めたことだから落ち着いて乗り切るんだよ、と一言。
●ロビーで史子をYujiさんに会わせる。「顔が説宗さんによく似ているネ」と。
それからの会話は聞かなかったが、あれでも1~2分は大ピアニストと話をしたみたい。説宗の遺児も確実に成長しつつあると…涙ぐむほど嬉しかった。
●Yujiさんから…病後のことを気遣う挨拶あり。そういう通常のつまらないアイサツができないお人だと長らく信じていたので、少々驚いた。今、どこに住んでるの? と聞いたら「イヤ、昔のままだよ」だって。

c0050810_056063.gif★5曲目/大村久美子作曲『揺曳の時』(1993,初演)笙=大井浩明/コントラバス=吉田秀/打楽器=二ッ木千由紀.
[①Very Good ②コントラバス奏者の間合の巧みなこと、若くして名演奏家なり。③笙はやや一本調子にすぎてうるさかった ④打楽器も悪くない]
○1970年静岡生まれ。東京芸大作曲学科。秋吉台作曲賞入選。ダルムシュタット夏期講習参加。
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★6曲目/川島素晴作曲『静寂なる廢癲の淵へ』(1992/93改訂初演)Pf=大井浩明.
[①Very Good ②ピアニストの柄にあって演奏迫力充分、性能のよいピアノで聴きたいもの ③Yujiさん~似たイディオムの作品をいっぱいやらされたすぐる30年の“過去”を振り返ってか笑いをしばしば噛み殺す表情、真正面に顔を見せているので嫌でも表情が見えてしまうのだ ④今宵いちばん好きな曲だった]
/作者の青春のいらだち。迫力ある体躯で楽器を組み敷くピアニストの力技。
○1972年東京生まれ。東京芸大作曲学科在学中3年。金子晋一、松下功に師事。秋吉台作曲賞受賞。
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c0050810_13865.jpg★7曲目/シェーンベルク作曲『浄夜/ピアノトリオ版』(1899)Pf=大井浩明/Vn 双紙正哉/Vc 古川展生
[①チェリスト~楽器よく風采よく屹度未来の大器ならん②清洌なる名品なれど名演奏とはチト云えないのが残念 ③ヴァイオリニスト~やや指の不調(怪我をしているらしい)~楽曲にも合奏にもノッていないところ明瞭 ④ピアニストは室内楽という、この厄介きわまるものを理解しているようには見えなかったぞ ⑤練習不足か? ⑥めったに演奏されないいい曲なのに、ああいうふうに処理するのは手荒な仕打ちというもの(“エウテルペの手籠”とでも)]
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★礼奏/小内將人作曲『神籬(ひもろぎ)』Pf=大井浩明.
[①陳腐!]
/こういう大した物量作戦コンサートのあとでは、蛇足。
/充分な拍手がないのに「礼奏」にしゃしゃり出るのも、もの欲しげで嫌だな。

/いろいろケチはつけたが…大井浩明君が、十年に一人も現れないタイプの現代音楽に優れた資質を持つピアニストということだけは、はっきりわかった。将来がじつに楽しみ。
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*おしなべて、ステージ・マネージャーに人物を得なければダメだなぁ。箸にも棒にもかからないステージ運営! ただ、総じて、昨今はやりの…妙に身体をくねらせるテイのうつろな美しさが強調されるだけのロマンチック作品がなかったのは、古い聴き手としてともかく精神衛生上、よかった・よかった。新作ばかりの現代音楽コンサートに立ちあったのは手術後はじめて(~およそ五年ぶり)で、けっこう楽しかったぜ。
*長いコンサート(2時間半)を終え、TBSのへんで、片山杜秀・高久暁・丸山智の4人で生ビール。東京サミットが間近なので赤坂界隈は厳重なる警備体制がしかれていた。
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(初出=93'梅雨日記/7月4日付)



c0050810_1474516.jpg鈴木悦久氏の車に飾られていた「シーサーキティちゃん」(表)。沖縄限定発売。


c0050810_1482986.jpg「シーサーキティちゃん」(裏)
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by ooi_piano | 2005-03-14 00:20 | Comments(2)
Commented at 2005-03-19 18:48 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by ooi_piano at 2005-03-21 00:10
↑この非公開コメントに公開で回答申し上げます。
3月2日付けのブログで既に書きましたように、例えば事実上即興に近かった川島作品を最高に評価するなど、演奏者側としては頓珍漢なコメントもあります(尤も、その演奏が実際に「良かった」可能性は留保されます)。こういうモノスゴイ文章をいきなり首都圏一円にばら撒かれた、24歳・地方在住の若者の心境はいかばかり(笑)・・・、ですが、当時も(今も)、なぜか怒りなどは全く感じませんでした。それはやはり、行間から愛情の裏返しが読み取れるからでしょう。やはり「プロデューサー」はいて欲しいものです。原田氏の追悼演奏会や追悼作品が死後10年に亘り存在しなかったのは、誠に遺憾でした。
ところでもし原田氏が存命だったら、「世界初演にも立ち会わないような作曲家なんて先が知れてますヨ!」と某氏を一喝なさったことでしょうなあ。つーか今頃夢枕に立ってるかも。
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