6/4(日)バルトーク弦楽四重奏曲全6曲(ピアノ独奏版)


by ooi_piano

■2005/04/02(土)必要なのは愛だけさ 愛だけさ 笑うなよ 殺すぞ ラララ

c0050810_21244377.jpg去る2月上旬にロシア人ピアニスト、ラザリ・ベルマン氏が亡くなったそうです。享年七十四。

6年ほど前に一度、彼の講習会に参加したことがあります。顔の半分を占める巨大な鷲鼻と物凄い巨躯で威風堂々たる彼ですが、天才少年がそのまま大人になったような茶目っ気があって(少し故・園田高弘氏を彷彿させる)、非常に気さくで親切な方でした。





c0050810_21255136.jpg講習会前夜のリサイタルでのプロコフィエフ第6ソナタのカンニバル系ブラストビートの炸裂っぷりに、どれだけ巨大な手をしてるのかと慄いていたら、案外同じサイズでした(10度)。ただ肉厚で、一本一本がササミのように太かった。そういえば、アンドラーシュ・シフやピエール=ロラン・エマールのマスタークラスに行った時も、あれだけの名演奏家のくせにやはり他人の手のサイズが気になるようで、「ねぇ、何度届くの?」と訊かれた覚えがあります。ブルーノ・カニーノは楽に届くのが9度までらしく、私の手を見てはマンマミーアを連発していました。(余談ですがシフとベルマンは同じフィレンツェの在住でした。)

ベルマンの講習会に持っていたのは、ストラヴィンスキー《ペトルーシュカによる3楽章》、ラフマニノフ=ワイルド《ヴォカリーズ》、プロコフィエフ《第2協奏曲》。結局プロコフィエフを見てもらう時間はありませんでした。ペトルーシュカに関しては、オケ版総譜とギレリス・ライヴなどを参考に、リズム・音を追加・変更しまくりました(特に第2曲)。

c0050810_21272324.jpgワイルドによる《ヴォカリーズ》は、終わり近くに第3協奏曲的なちょっとした華麗なカデンツァを挿入して演奏会用小品に仕立てたものですが、ベルマンは聞いたことが無かったらしく、かつ余り気に入らなかったようで、「この編曲でワイルド氏が成功しているとは思えない」とボヤいてました。

講習会のクライマックスは、ベルマン氏がこの《ヴォカリーズ》の冒頭の和音を弾いた時にやってきました。日頃、カニーノ師匠の「ナーポリ湾は今日も雲一つない五月晴れアッケラカーンのサンタルーチア」的音色に親しんでいたため、ベルマンがまさぐるように《ヴォカリーズ》劈頭の嬰ハ短調の和音に触れた瞬間、突然あたりの空気がサーッと暗闇に包まれたのをまざまざと思い出します。(ひとくちメモ:「色を暗くしたいときは、ボーゼンと遅く(定テンポ推奨)、ボーゼンとした両手バランスで弾くこと」。)50cmの至近距離であの「音色」に接することが出来た(・・・かつダンパー近くに仕込んだDATで後から再度チェック出来た)のは、非常に幸運でした。
最初のVorspielでは相当メロメロに弾いたところ、「大変宜しい」と言われたものの、録音を聞いてみたら余りに崩しすぎだったので、少し整えて翌日弾いたら、「結構結構」との仰せ。再度その時の録音をチェックしたらそれでも甘ったれ過ぎていたので、ほとんど何もしないくらいに抑制した表現で持っていたら、曰く「やっと分かったか」。

#ところで欧米留学中の音楽学生が、例えば内田のシューベルト等を「まるで演歌みたい」などと批評するのを何度か聞いたことがありますが、まず演歌に対する誤解があります。シュプレヒシュティメそのもの、などと80年代中盤は揶揄されていた八代亜紀でさえ、先日新幹線の待合室で久々に聞いた《舟唄》では、完璧な音程、かつ極めて抑制された深々とした表現で非常に感動的でしたし、五木ひろしも美空ひばりも同様だと思います。こぶしが悪いのならエール・ド・クールのメリスマはどうなる。

閑話休題。ペトルーシュカ1曲目2ページ目あたりの左手のパターンについてベルマン氏は、(デスメタルの下水道ボイスで) 「ごれ"は、ガ・ガ・ガ、ガルームシュカぢゃああ!御前ガルムーシュカを知っとるのか~」との仰せ。 知らんっちゅーねん。 どうやらロシアのアコーディオン型民族楽器のようでした(バヤンとどう違うんだろう)。すなわち、あの左手パターンは全部スタカートにするのは誤りで、ブーワッ、ブーワッと弾かなくてはならなくなります。
あと印象に残っているのは、第3曲「謝肉祭」のオクターヴ跳躍が続く例の難所です。ベルマンは約1ページ半、ペダルを全く踏みっ放しにしていました(!)。こうすれば確かに、街の各所から鐘がリンゴーンリンゴーンと鳴り響いてくるイメージにぴったりで音楽的だし、下らない跳躍にあくせくせずに済みます。5:6のリズムを堂々と8分の6拍子で弾いてしまう「伝統」には絶句しましたが。
ペダルと言えば、《謝肉祭》冒頭からして、「あれは雪が降っている情景なんだから、幻想的でなくちゃ」、とは園田御大の仰せでした。アメリカへ移住した恩師レオ・シロタに会いに行ったら、「先日のリサイタルで俺はペトルーシュカを完璧に弾いた」と自慢されたとか。
ポリーニによる「ペトルーシュカ」とショパン練習曲集(DG)は、録音以降50年間は誰にも近寄れない双璧の金字塔だと思いますが、その呪縛から逃れるために、かえって戦前世代からの「声」に耳を傾けるべき、というのは、まさにレオンハルトの「昔やっていたことを思い出す」古楽奏法の原則と通じるものがあります。

c0050810_2128489.jpg「美しい音というのはどうやったら出るんでしょう」と単刀直入にベルマン氏に訊いてみたら、「ワシが学生時代だった時のモスクワ音楽院には、ゴリデンヴァイゼルやらリヒテルやらギレリスやら大勢の大ピアニストがいて、《美しい音》を聞くのに事欠かなかったからのー」、と言いながら弾いてくれたショパンのホ短調夜想曲の嫋嫋たる美しさ。 あのササミのような指で捻り込むタッチに秘密があるようにも思えました(歴史的鍵盤奏法とは全く無縁のものですが・・・)。
ネイガウス派のタッチ訓練法で、同じ音を連打しながらゆっくりデクレッシェンドする、というのがあるそうな。「普通は15回だが、ある者は16回も出来る」。

ブルガリア・ツアーのためにベートーヴェンの三重協奏曲をこれから個人練習をなさるというので、「聞かせて頂いても宜しいですか?」とお訊きしたら「勿論」と仰るので離れて聞いていたところ、やはりえらく気が散っている御様子で、「大ピアニストでも気が散るもんなんだなあ」と得心致しました。

c0050810_21284542.jpg選抜受講生による最終コンサートでは、ペトルーシュカとヴォカリーズをトリで弾かせてもらい(このくらい自慢したって良いよね?)、記念サインをお願いしたらBooseyの楽譜に特大のBravoを書いて下さいました。

「ところで御前、日本のホテルでテレビを見てたら、こういうもんが出てきてキーキー喚いとったが、知っとるか?」と言いながら円2つと目玉を書くので、最初ダルマか何かかと思ったのですが、ハタと思い当たるフシがあり、6月6日にUFOがあっち行ってこっち行って落っこちてお池が2つ出来ました、と描いて差し上げたら、「これぢゃー!」と御満悦の御様子で、その紙を持って帰られました。
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by ooi_piano | 2005-04-02 15:16 | Comments(0)