[寄稿]「数学者としての松下眞一」(松井卓)

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数学者としての松下眞一
                        松井卓(九州大学数理学研究院教授)

c0050810_22105074.jpg  作曲家・松下眞一の肩書きとして「位相解析の世界的権威」がある。「世界的権威と言ってもどの程度に?」という疑問を持つ方も多いであろう。数学の専門家として彼が何をしていたかを分かる範囲で述べてみる。松下眞一が大阪市大の助教授として数学の研究論文を発表した時代から既に50年近く経っているわけで、当時の数学会の様子など自分には不明な事も多々ある。彼は宇宙論も研究していたと言うことだが、両方を本格的に研究するのはそう容易いことではない。自然科学の研究に縁のない人にはピンと来ないであろうが物理学と純粋数学は似通った数式を書いていても全く感覚的に違っている。また研究者の人間的タイプも異なる。物理から数学へ転向して成功した例は多数ある反面、その逆は非常に少ない。実は、この文章を書いている時点で松下眞一の宇宙論の研究論文が見つからず、彼の宇宙論の研究成果については分からない。

 松下眞一は三高(京都)卒業後なぜか九州帝国大学の数学科へ進んだ。 九大理学部数学科は帝国大学の数学科としては設置が遅く昭和17年、戦時中の理工学系教育強化を狙ってのこともあり、数学科としては応用志向の強い所だった。哲学や宇宙論にも興味のあった松下真一の好みとは方向性が違う。

 松下眞一は第二次世界大戦末期に大学を卒業し、大学院に入る時は文部省特別研究生という身分であった。文部省特別研究生という制度自体、戦争中に帝国大学と早稲、慶応の学生対象に出来たが、戦後ほどなくして終わった。当時、帝国大学時代、大学を卒業して研究を続ける場合、 ほどほどに優秀だと直ぐに大学の助手に採用されたが、更に優秀なら 文部省特別研究生になったようである。特別研究生に対しては研究費と称して助手の給料より 良いお金が支払われたと思われ、 松下眞一は数学科の学生の中では目立って優秀と評価されたのは 間違いない。指導教官・近藤基吉教授の専門は数学基礎論であるが、松下眞一は指導教官の研究とは独立に雑多な分野の勉強をしていたようである。戦中、戦後の物のない時期に大阪大学の数学科が中心となって出していた「紙上談話会」というガリ版刷りが情報源であったようで、松下眞一自身も投稿していた。この時期、彼は調和解析(フーリエ解析の抽象化した物)や群の表現論などに興味があったらしい。

c0050810_22115263.jpg  1949年に「数学と物理学における調和解析」を専門分野として大阪市立大学に教職を得た松下眞一だが、このころより10年間に26の研究論文(全て単著)を英語、ドイツ語またはフランス語で専門誌に発表した。その他に日本語で書かれた論文も複数あり、この時期に書かれた論文が正確にいくつあったかはデータベースでは調べにくい。

 26の論文の内容であるが、分野としては関数解析(かつては位相解析と呼ばれた)、より詳しくは作用素環、非可換群上の調和解析が中心で、その他、束論、ポテンシャル論などがある。今日的な目で見ると雑多なテーマを扱っている。当時の日本で多くの数学者が、どういう方向で何を研究すれば良いか模索した時期で松下眞一もその例外ではないことが分かる。26の論文中、4つはヨーロッパの雑誌で出版された。雑誌の格付けとして中堅クラス。作曲で言えば新作がドイツの放送局オーケストラの定期演奏会で演奏された感じであろう。松下自身もどこかで書いていたが、この時期の論文の中ではポテンシャル論に関するものが最も評価が高く、フランスの研究者にも引用されている。同時期、松下眞一より少し世代が上で既に国立大で教授の地位にあった何人かの日本人数学者の業績と比較して松下眞一の業績は見劣りするものではないので、このまま数学だけに専念すれば国内の大学で教授になったに違いない。

 一方、1960年代の松下眞一の論文は、アメリカ数学会の検索サイトMathSciNetではスペイン系ドイツ人物理学者のパスクァル•ヨルダンとの共著2編のみしか見当たらない。ヨルダンは1920年代から30年代に量子力学の定式化で大きな功績のあったドイツ人物理学者で、量子力学の教科書にヨルダンの名前のつく単語が複数出てくる。彼は、後にヨルダン代数(ジョルダン代数)と呼ばれることになる概念を用いて量子力学を数学的に記述しようと試みたがヨルダン代数は量子力学以外に純粋数学、特に対称空間の研究で有効で、数学者の間でもパスクァル•ヨルダンの名前は知られている。しかしヨルダンは、第二次世界大戦前にはナチス党員、突撃隊のメンバーであったため戦後一度、大学から追放されており、大学に復帰後も、冷戦時代にネオナチ運動が現れると、その活動に入いった。研究者としての功績では尊敬されながらもヨルダンと彼の共同研究者は、ハンブルクの他の理論物理グループから孤立した存在であった。ヨルダンがナチに加担しなければノーベル物理学賞を受賞したであろうという意見もある。1980年にヨルダンが亡くなった時、岩波の雑誌「科学」に松下眞一は追悼の文章を書いていて、それによればヨルダンの葬式にはローマ法王、カラヤンからも弔意が捧げられたとある。

c0050810_22124783.jpg パスクァル•ヨルダンは、数学者•松下眞一の論文に注目してハンブルクへ招待したが、松下眞一がヨーロッパを拠点として作曲活動するきっかけになっただけでなく、純粋数学の研究から宇宙論の研究に移ることになった契機でもある。MathSciNetに1960年以降、松下眞一の数学の論文が見当たらないのでメジャー数学雑誌に発表した研究論文は無かったと断言できる。表された音楽作品の数が多くなっているので、音楽創作へ精力を使ったであろうが、数学より理論物理の研究のために割いた時間も増えたのではないか? この文章を書いている時点で松下眞一の宇宙論の論文を見つけられなかったため彼がどのような宇宙論を研究していたか定かではない。1979年から80年にかけて理論物理にも関係した一般向けの本2冊を松下眞一は執筆している。「法華経と原子物理学」(光文社 1979年)「時間と宇宙への序説」(サイエンス社1980年)でだが「般若心経とブラックホール」(光文社1985年)は題名から期待される内容に反してヨーロッパに長期滞在した日本人から見た日本社会のあり方に関する随想集である。「法華経と原子物理学」は私が京都で大学生であった時代に出版されて読んだのだが、正直いかがわしいタイトルの本という印象しか頭に残ってなかった。偶然、最近、実家の書棚からこの本が見つかり読み返して見た。仏教に関しての記述の正当性は私には判断できないが啓蒙書として中々面白く分かりやすく書いてある。この「法華経と原子物理」から松下眞一の研究を推測すると、一定期間はヨルダンと共にアインシュタインの一般相対論の修正理論を研究したと思われる。ヨルダンの研究とは一般相対論における定数(宇宙定数)が時間の関数である修正理論が成立すれば宇宙は振動を繰り返すか?宇宙はある方向に向かって爆発するのか?という研究である。この修正一般相対性理論は、元々イギリス人ノーベル物理学賞受賞者であるポール・ディラックのアイディアである。ディラックのアイディアは実験的には支持するデータもないため今はあまり話題にならない。松下眞一の宇宙論研究の貢献度は計り辛い。

 1970年代後半から80年代には素粒子論・宇宙論で、クォーク閉じ込め、超対称性、超重力理論、超弦理論など新しい理論が次々と提唱され、高齢(40歳以上のこと)の研究者が追いついてゆくのは困難になりつつあった。アインシュタイン、ハイゼンベルクといった20世紀初頭の物理学研究の巨人による思考実験に基づく研究態度と異なり、新しい研究の推進力となったのは、よりプラグマティックで新しい数学による手法である。時間論、形而上学的論議するのを好む旧世代の松下眞一が、新しい物理理論についてどう感じたのか今となっては本音は分からない。


松下眞一のピアノ作品における数学・物理用語について

c0050810_3123798.jpg可測と位相
 数学科の必修科目で学生から嫌われる科目の筆頭にあがるのがルベーグ積分と一般位相(位相空間論)である。どちらも抽象的な議論が続き、深入りすると病的な例を調べることになるから嫌がられる。可測はルベーグ積分の用語。位相はトポロジー(topology)と言う。位相には、もう1つフェィズ(phase)という意味もあるがトポロジーとフェィズは無関係である。
 ルベーグ積分では面積、体積、長さを測るという事(積分)はどのような条件が最低必要かを抽象的に考えて抽象的な積分論を展開する。そこで体積が定まる領域、面積が定まる図形を指定する必要がある。可測とは「体積、面積長さ等の量を測る事の出来る」という意味である。通常考える図形は、ほとんど全て可測である。ルベーグ積分の世界は量だけが問題なので平面から一点除いても何も変わらないと考える。また体積を考える時は、図形を2つ切り離しても全体の体積が同じであれば同等と見なす。一方、位相は図形のつながり方を連続変形の範囲で問題にする。位相空間としてドーナツを考察するときは、ゴムみたいな素材でドーナツが出来ていて、少し横に引っ張って変形しても穴が空いたり2つ切れたりしない限り同じドーナツと見なす。
 さて時間論という言葉に人一倍敏感な松下眞一は可測な時間と位相的な時間という言葉に何を籠めたか興味ある所である。「可測な時間と位相的な時間」の楽譜の最後にある作曲者の言葉から推測すると「可測」という言葉のイメージは松下眞一と私ではいささか違うようだ。

c0050810_3133790.jpgスペクトラ、スペクトル
 今回のコンサートで演奏されるスペクトラ6曲の楽譜表紙にある題名にはSpectraとSpectreが混在しているので特に仏語、独語、日本語を区別なく使っていると思われる。
 光、音、或は原子レベルの量子力学的な世界の状態も全て波のような状態で表されるが、スペクトルとは、どのような波に対応するかという名前、ラベルと言える。音なら高低、光の波長、量子力学ではどのエネルギー順位など。数学用語としてはスペクトル解析がある。これは様々な名前、ラベルの波が、どのような形で現れるかを調べる研究である。スペクトル解析はフーリエ解析と密接に関係しており松下眞一の作品名も、この辺を念頭においたのではないか。

群論
 スペクトラ2番は群論による手法で作曲されたと書いてある。数学で言う「群」とは、かけ算と割算はあるが足し算、引き算のない世界。さらにa×bとb× aは同じ結果を与えない場合もある。 ピアノ曲といってもソナタ、ワルツ、ノクターンなど様々な形式があるように「群」には様々な「群」がある。物の置き換えを表す置換群、図形の回転を表す回転群、怪獣のように大きい怪獣群なetc. 群に付随してクセナキスが作曲に使った樹木図に似たグラフを書くことが出来る。
 私自身が楽譜を読む能力に欠けるため群論が作曲上どのようにかかわるか解き明かせないのだが、特定の群を設定して要素と要素の掛算の規則を決めるとセリー的な部分が順次定まるという事ではないかと想像する。

c0050810_35198.jpgフーリエ変換
 スペクトラ6番は12の小品(バガテル)からなる曲集と構想されていて、未完成の7曲目の副題がフーリエ変換。スペクトルの項目で述べた波は、三角関数の和(または積分)で表すことが出来る。フーリエ変換とは波の形を三角関数の和、積分で表すことである。NHK大阪で松下眞一が制作した「黒い僧院」のCDの解説を見ると、初期の電子音楽制作ではフーリエ変換を逆に利用して三角関数の波形の発振音を組み合わせれば、どのような音も合成できると考えたらしい。大阪から東京へ出向いて松下眞一は、それを現実的ではないと批判するセミナーもしたようだ。「フーリエ変換」という曲の後9曲目は「月の光」という組み合わせは松下眞一らしいと言えばらいしいのだが。

スペクトラ4番の数式
 スペクトラ4番は10の断片からなるが1,2,3,6,8、9には理論物理の数式が書かれている。1にはシュレディンガー方程式、6は一般相対性理論のアインシュタイン方程式、9はS行列のダイソン展開式である。何人かの物理学者に2、3、8に書かれている数式が何か聞いてみたが明確な解答は得られなかった。いずれにしても2、3、8は基本的な方程式というより、基本的な方程式を何らかの特殊化した変形で得られた式である。1のシュレディンガー方程式と9のS行列は素粒子論のようなミクロの世界を記述する式、一方アインシュタイン方程式は宇宙の全体を記述する方程式。松下眞一が量子重力理論などを研究した様子もないため、これら数式の間に物理的関連は直接には思い当たらないし音楽の進行と数式間の関連は直ぐには見えてこない。
 量子重力理論的な見方で宇宙論を展開するスティーブン・ホーキングが楽譜を見たらブラックホール輻射を表す音楽と言うのであろうか。是非、ケムブリッジで演奏して欲しい。
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by ooi_piano | 2010-02-14 21:54 | コンサート情報 | Comments(0)