7/2(日) シベリウス交響曲第6番・第7番・「タピオラ」(ピアノ独奏版)


by ooi_piano

Mozart on his own: clavier concertos nos. 11-14

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《…こんな楽器が日本に有って、こんなにも弾ける演奏家が居ること。…》
(木戸敏郎氏/第1回公演アンケートより/転載許諾済)


(↓バナーです。ご自由にお使い下さい。告知に御協力頂ければ幸甚です)
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http://www.h2.dion.ne.jp/~kikukohp/metooi.html
2台のフォルテピアノが斬り結ぶ、スリリングな新地平!
モーツァルト全ての粋が詰まったクラヴィア協奏曲 全21曲通奏プロジェクト、ここに始動!!

《第二回》2010年7月27日(火)18:30開演(18:00開場)
c0050810_47055.gif自由学園明日館 講堂 東京都豊島区西池袋2-31-3 (tel.03-3971-7535)
JR池袋駅より徒歩5分/JR目白駅より徒歩7分

W・A・モーツァルト (一七五六~一七九一)

■ピアノ協奏曲第一一番ヘ長調 K・四一三 (一七八二~八三)
 第一楽章 アレグロ
 第二楽章 ラルゲット
 第三楽章 テンポ・ディ・メヌエット

■ピアノ協奏曲第一二番イ長調 K・四一四 (一七八二)
 第一楽章 アレグロ
 第二楽章 アンダンテ
 第三楽章 ロンド/アレグレット

  〈休憩十五分〉

■ピアノ協奏曲第一三番ハ長調 K・四一五 (一七八二~八三)
 第一楽章 アレグロ
 第二楽章 アンダンテ
 第三楽章 ロンド/アレグロ

■ピアノ協奏曲第一四番変ホ長調 K・四四九 (一七八四)
 第一楽章 アレグロ・ヴィヴァーチェ
 第二楽章 アンダンティーノ
 第三楽章 アレグロ・マ・ノン・トロッポ


□使用楽器
クリス・マーネ製作(アントン・ヴァルター 1795年頃のレプリカ)[小倉貴久子所蔵]
T.&.F.ウルフ製作(アンドレアス・シュタイン 1780代のレプリカ)[梅岡楽器所蔵]

チケット:全席自由 一般3,000円 学生1,500円(税込み)
[チケット販売/お問い合わせ]メヌエット・デア・フリューゲル 048-688-4921 
mailto: mdf-ks[at]h7.dion.ne.jp http://www.h2.dion.ne.jp/~kikukohp/
[チケット取り扱い]東京芸術劇場チケットサービス 03-5985-1707 http://www.tgg-ts.jp/
 
c0050810_957542.jpg    コンサートで実際に作品を耳にする機会が遥かに少なかった18〜19世紀には、協奏曲演奏の最もコンパクトな形態、すなわち2台のフォルテピアノによるアレンジで楽しむのが一般的であった。本シリーズでは、モーツァルト全作品の中でも屈指の傑作群であるクラヴィア協奏曲のうち、2台あるいは3台のクラヴィアのための作品を除く全21曲を、当時のフォルテピアノ2台(アントン・ヴァルターならびにアンドレアス・シュタイン)を用いて、作曲順に系統立てて聞き進めてゆく。会場は、フランク・ロイド・ライト設計により大正10年に建てられた、自由学園明日館(重要文化財)。
     クラヴィア独奏は、世界的なフォルテピアノ奏者であり、天衣無縫なモーツァルト解釈にも定評がある小倉貴久子。一方、管弦楽部分を第2クラヴィアで担当する大井浩明は、現代音楽分野での活躍とともに、近年は古楽器によるバッハやベートーヴェンのディスクで注目を集めている。
     今年3月18日に開催された第一回公演では、モーツァルト20代の快進撃の嚆矢とされる初期の代表作《ジュノム》(協奏曲第9番K.271)、ならびにその直前に書かれた協奏曲第5番K.175、第6番K.238、第8番K.246《リュッツォウ》、そしてアンコールとして第5番終楽章異稿であるニ長調ロンドK.382を取り上げ、詰め掛けたモーツァルティーアンを唸らせた。その熱狂的な反響については、第1回当日アンケート集成を是非御覧頂きたい。
 マンハイムでの失意、パリでの母との死別など、人生の苦渋も舐め一際逞しく成長した青年作曲家モーツァルトが、ついに生地ザルツブルクを飛び出し、ウィーンで一旗あげるべく真っ先に書き下ろしたのが、第11番〜第13番の3曲セットの協奏曲であった。本公演では、「豊饒の年」1784年の劈頭を飾る第14番変ホ長調を加えた計4曲を一挙に演奏する。お聞き逃し無く!!



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c0050810_9575485.gif 1770年代最後の数年は、安定と富裕という観点からは決して恵まれていたとは言えないモーツァルトの人生の中でも、特に厳しい艱難の時期だった。マンハイムで恋に落ちたアロイジア・ヴェーバーをイタリアでプリマ・ドンナに仕立て上げる計画は父レオポルドを激昂させ、その父の命で赴いたパリでも、賃金面で満足のいく定職は見つからなかった。78年の夏には、帯同していた母アンナ・マリアが病気で客死する。同じ年の末、故郷ザルツブルグへの帰途で滞在したミュンヘンでは、宮廷オペラ座の歌手となったアロイジアに冷たくあしらわれ、モーツァルトは失意の内にレオポルドの下へ戻った。ザルツブルグでは宮廷オルガニストの職が与えられたが、ここでも彼は大司教ヒエロニュムス・コロレドの要求を充分に満たすことができなかった。

 転機となったのは1781年1月にミュンヘンで初演された『イドメネオ(K.366)』で、このイタリア語オペラ・セリアで自信をつけたモーツァルトは、同年5月にはコロレドと決別し、ウィーンで独立する決意を固める。初めて本当の意味で独りでザルツブルグを後にし、ウィーンの中心街グラーベンに居を移した25歳の音楽家は、作曲・ピアノの教師としては数人の生徒を指導し、鍵盤演奏家としてはクレメンティを凌ごうかという名声を得る一方、フリーランスの作曲家としても精力的な活動を始めた。82年の夏、ドイツ語オペラ『後宮からの誘拐(Die Entführung aus dem Serail, K.384)』が大成功を収めた後、程なくしてモーツァルトはアロイジアの妹コンスタンツェと結婚する。本公演で演奏される4つのクラヴィア協奏曲(K.413, 414, 415, 449)は、この躍進の時代に、モーツァルトが自身の定期コンサートで演奏し、ウィーンの聴衆に彼の芸術的創造を問うために作曲されたものである。

 K.413〜415の3作品はパリでの出版を念頭に書かれた。出版者のJ. G. Sieber宛の手紙で、モーツァルトは、これらの協奏曲はオーボエとホルン(K. 415の場合はこれに加えてトランペットとティンパニ)を含むオーケストラとも、あるいは弦楽四重奏とも演奏可能であると書いている。独奏楽器と合奏のドラマティックな対話の可能性を独創的で野心に満ちた筆致で大胆に描き出し、協奏曲という形式を新たな次元へ高めた第9番(K.271, “Jeunehomme”)とは対照的に、ウィーンの聴衆やアマチュアの演奏者を意識した、室内楽的で簡潔なつくりである。とはいえ、独奏部の書法は初期に比べて複雑で技巧的になっているし、極めて自然に流れ出るような楽想も、細かいアーティキュレーションや音の組み合わせによる質感など、繊細な試行錯誤を経て配置されている。

c0050810_9584745.gif 第11番ヘ長調(K.413)の第1楽章は、この時代の協奏曲としては珍しく3拍子で書かれており、のびやかで親しみやすい主題と明快な構成を持つ。第2楽章はレオポルドの手によって書かれたカデンツァを含む二部形式。ほとんどナイーヴなほどに穏やかな主題を、時折翳りを見せる独奏ピアノが装飾的に歌い上げる。ロンド形式の第3楽章は「メヌエットのテンポで」と指示されており、作品の室内楽的性格を物語っている。対位法的に反行する声部が草原にはだけるそよ風のように美しいロンド主題の再現は、独奏ピアノの角笛によって呼び込まれるようだ。

 第12番(K.414)の第1楽章では、モーツァルトのイ長調に特徴的な清爽とした抒情を存分に楽しむことができる。冒頭、オーケストラによる提示部では少なくとも4つの楽想が矢継ぎ早に表れ、独奏ピアノはさらに2つの新しい主題を加える。息の長い伴奏の音符の上を独奏ピアノが軽やかに駆け巡る展開部でも新しい音型が次々登場するが、楽章全体の統一感が損なわれる事はなく、すべての素材の有機的な繋がりが見事に表現されている。第2楽章の中心主題はニ長調だが、ほとんどシューベルト的ともいえる哀しみを孕んでいて、これは1782年の年明けに世を去ったヨハン・クリスチャン・バッハの作品からの引用である。これに応答する旋律は第1楽章の第1主題と同型で、このアンダンテがモーツァルトによるロンドン滞在時の恩師へのオマージュであることを窺わせる。きびきびとしたロンドの終楽章には、代替案として構想されたと思われるロンド(K.386)があり、こちらには第1楽章の楽想が再登場する。

c0050810_9594917.jpg ハ長調の第13番(K.415)のオーケストレーションにはトランペットとティンパニが加えられ、調性本来の明快さを輝かしく際立たせる。しかしここでも、例えば第1楽章では、軍隊行進曲風の勇ましい開始部の直後に属音のペダルポイント上で暗雲を予感させるような弦楽の対話が挿入されたり、独奏ピアノが全く新しい主題と伴に奔放に登場したりと、様々な工夫が凝らされている。第2楽章は元々ハ短調で構想されたが、最終的にはヘ長調のとても純朴な緩徐楽章に仕上がっている。その代わり、とでも言うかのごとく、細かく転回するロンド主題がメリーゴーラウンドのように気まぐれで楽しい第3楽章では、ほとんどコミカルにも感じられるハ短調、アダージョの挿入句が置かれている。

 1784年から1786年にかけて、モーツァルトの音楽家としてのキャリアは頂点に達する。1784年だけでも6つのクラヴィア協奏曲が書かれており、教え子のバーバラ・プロイヤーのために書かれた第14番変ホ長調(K.449)は、その口火を切る作品だ。この作品を持ってモーツァルトの器楽創作は真に円熟期に達したと考えてよい。モーツァルト自身は、この作品も前3作品と同様、管楽器を省略して弦楽四重奏の伴奏だけで演奏可能であるとレオポルドへの手紙で述べているが、これはプロイヤーや彼自身の現実的な演奏環境を考慮しての発言だろう。実際、管楽器パートは単にリズムの均整を整えたり和声に彩りを加えたりするだけでなく、独奏部と弦楽との対話において重要な役割を担っており、どのようなアレンジメントでもその効果を無視する事はできない。

 リズム的に緊密な関係を持つ数々の激しい主題がひしめきあう第1楽章は、モーツァルトのオペラに組み込まれていたとしてもおかしくない程に劇的で、変ホ長調の開始部の直後、オーケストラが嵐のようなハ短調に怒濤のごとく突入する部分などは特に印象的だ。イギリスの音楽学者C. M. Girdlestoneがこの音楽を「焦燥的な不安(inquiétude fiévreuse)」と形容したのは至言である。独奏ピアノは舞台の中央でスポットライトを独占するのではなく、むしろ一人のキャラクタとして伴奏部と共になって楽章を構築する。

 悲しみを知る優しさと平穏があり、かつ感傷にひたらないアンダンティーノの第2楽章では、独奏ピアノはまず変ロ長調の主題を属調のヘ長調へ導く。この進行がそのまま変イ長調で繰り返されると少し俯いた様相で、これが展開部のような役割を果たす。じわりと闇が一瞬深まるような、たった1小節のロ短調を含む転調を経て主調が回帰する。

モーツァルトがフィナーレに対位法的な技術を応用しようとしたのはこの作品が初めてではないが、このロンドソナタ形式の第3楽章においては、対位法の書法とオペラ・ブッファのスタイルが非常に高い完成度で、自由自在な想像力を持って結合されている。華やかな足取りのロンド主題はステージに登場する度に異なる衣装をまとうファッションショーのモデルのようで、そのお膳立てをする挿入句では、じらすような半音階や緊張感を高める転調が、成熟して自信に満ちた筆致で使用されている。

Yuuki Ohta
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by ooi_piano | 2010-07-18 09:20 | コンサート情報 | Comments(0)