10/22(土)リゲティ公演・曲目解説

【曲目解説】

●模索された音楽(ムージカ・リチェルカータ)
c0050810_22533019.jpgブダペスト音楽院で教鞭を執り始めた1951年~53年に完成。ただちに抜粋(第3、5、7、8、9、10曲)を木管五重奏のための「6つのバガテル」に、終曲をオルガン独奏のために編曲。亡命後の1969年11月18日に、スウェーデン・スンツヴァル市で初演。1995年にショット社刊、献辞無し。第1曲から使用ピッチ・クラスを一音ずつ増やしてゆき、第11曲(最終曲)で12音が揃う。この終曲は「フレスコバルディへのオマージュ」と題され、フレスコバルディ:『使徒のためのミサ曲』の「信経のあとの半音階的リチェルカーレ」(1635)の主題がそのまま引用、展開されている。第1曲のアイデアは、バルトークがピアノ独奏用に編曲したフレスコバルディ:トッカータ第2集の第5トッカータ(1627)の終結部に基づく。第2曲はスタンリー・キューブリック監督の遺作「アイズ・ワイド・シャット」(1999)で使われた。第4曲は「自動オルガン風ワルツ」、第9曲は「ベラ・バルトーク追悼」の副題を持つ。第7曲は後にヴァイオリン協奏曲(1992)第2楽章に転用された。なお今月(2011年10月)初めには、母校・ブダペスト音楽院に新たに「ジェルジ・リゲティ記念棟」が建立、記念行事が行われている。


●デイヴィッド・チューダーのための3つのバガテル
c0050810_2254088.jpg1961年作曲、2000年にショット社刊。J.ケージの協働者である米人ピアニスト、D.チューダーに献呈。第1曲dolcissimo(8分音符=40-48)、第2曲L'istesso tempo/molto espr.、第3曲Più lento。演奏時間は不確定。暗譜で演奏してはならない事、各曲の終わりは譜面をめくることによって、また、全曲の終わりは立ち上がって礼をすることにより、聴き手に示すよう、楽譜に指定されている。


●連続体(コンティヌウム)
1968年作曲、1970年ショット社刊。スイス人チェンバロ奏者、アントワネッテ・M.フィッシャー夫人(1909–1973)に献呈。二段鍵盤チェンバロの同音域を片手ずつで重ね合わた無窮動である、大クープラン第18オルドゥル「ティク・トク・ショク」に想を得たと思しき交差曲(pièce croisée)であり、同じ動きがハイスピードカメラのように徐々に細部を変えつつ繰り返される点はバッハのオルガン幻想曲BWV572(の終結部)の翻案と言えよう。


●ハンガリー風パッサカリア、ハンガリー風ロック(シャコンヌ)
オペラ《大いなる死者》完成直後に2曲続けて作曲、翌1979年にショット社刊。前者はスウェーデンのオルガン・チェンバロ奏者オヴェ&エヴァ・ノルドヴァル夫妻に、後者はポーランドのチェンバロ奏者エルジュビエタ・ホイナツカに献呈。ハンガリー風パッサカリアは、中全音律における8つの純正な長3度と短6度の音程が、パッヘルベルのカノンと同様にパッサカリアとして繰り返される。ハンガリー風ロック(シャコンヌ)では、ストラーチェやモンテヴェルディといった初期イタリア・バロックのチャコーナ(ciaccona)を模した、陽気な4小節単位のオスティナート音型(8分の2+2+3+2拍子)の上下に、技巧的なディミニューションが飛び交う。


●エテュード集第1巻(第1番~第6番)
c0050810_22554958.jpg西欧亡命後では、オフィシャルには最初のピアノ曲であり、最初の3曲は盟友ブーレーズに献呈されている自信作でもある。グロマイヤー作曲賞を受賞。第1番《反秩序》は、バルトークらが愛用したバルカン半島の変拍子の舞曲の旋律と、ウガンダの木琴音楽に見られるフレーズ同士の重ね合わせや拍のズラしを取り入れたもの。右手は白鍵(全音階)、左手は黒鍵(五音音階)で、8分の3+3+2拍子または8分の3拍子の素朴なメロディを打ち出すが、徐々にシンクロは崩れてゆく。第2番《開放弦》は、ドビュッシーの練習曲「組み合わされたアルペジオのための」を、彼の用いなかった五度音程、すなわち弦楽器の開放弦の響きによって彫琢したかのようである。第3番《遮られた打鍵》は、ハンガリーの子供たちの、シラブルの似た単語を取り替えてゆく遊び、あるいは、アフリカの親指ピアノを掌でピロピロと玩ぶ情景。第4番《ファンファーレ》は、前作「ホルン三重奏曲」と同じく、8分の3+2+3拍子のオスティナート音型に乗って、遠くや近くで角笛が呼び交わす。バルカン半島風であると同時に、カリブのサルサ、キューバのルンバ、ブラジルのサンバ的なポリリズムも感じられる。第5番《虹》は、微細にうつろいゆく天空の虹の七つの色彩のような、ハーモニーのエテュード。合唱曲やオルガン練習曲のように持続音ではなく、和声は分散され不均等(inégale)にスウィングする。曲中には、作曲者の愛するコールマンの得意のコードも忍び込ませてある。「ポーランドの友人たち」に捧げられた終曲《ワルシャワの秋》では、苦難の歩み(パッスス・ドゥーリウスクルス)である下降半音階が、透明な反復音のなかで三重四重に相を違えて重ねられてゆく。


●エテュード集第2巻(第7番~第14番+第14a番)
c0050810_22562661.jpg1988年から1994年にかけて書き継がれた8曲が、タイトルや順番、曲数の度重なる変更を経て、「第2集」としてまとめられた。第7番《伽藍梵論》では、ピアノ協奏曲(1985/87)の終楽章に既に聴かれたように、二種類の全音音階(六音音階)を同時に混ぜ合わせ、ジャワのスレンドロ(五音音階)を模した効果を生み出そうとしている。冒頭はあたかも変ニ長調のように開始されるが、第8小節目でクルリとひっくり返る(しかも前後の記譜法には全く変化は無い)のは、いわゆる「騙し絵」を聴覚で試みたように思える。タイトルは、まるでガムラン音楽にありそうなエキゾチックな響きを持つが、実はハンガリー語のありふれた単語による言葉遊び。第8番《メタル》では、第2番と同様、キラキラした五度の堆積が、右手は8分の3+4+3+4+4拍子、左手は8分の4+4+4+4拍子で平行進行してゆく。舞曲のあとで、主題がゆっくり途切れ途切れに朗誦されるのは、「ハンガリー風ロック」と同様である。Fémはハンガリー語で金属の意味であるが、作曲者は発音の似た言葉fény(光)の輝かしい語感も含ませたいらしい。(詩人シャーンドル・ヴェレシュふうの発想。)第9番《眩暈》について、「下降半音階の波紋が次々に重層し、それらの〈干渉〉の結果、波源は不規則に発生し、アラベスクは不規則に変容する」と作曲者は説明する。おそらくは心理学者ロジャー・シェパードの無限音階(pitch paradox)に直接のヒントを得、また「不思議の国のアリス」冒頭のウサギ穴をどこまでも落ちてゆくイメージ等も作曲のモチーフになっているのだろう。果てしなく落下しているにもかかわらず、エッシャー「瀧」のように、結果として定常的な印象になるのは興味深い。
c0050810_7264490.jpg 第10番《魔法使いの弟子》は、デュカスの交響詩、プロコフィエフの管弦楽用スケルツォ、デーバーの歌曲と同じく、文豪ゲーテのバラードから採られた。第3番同様、如実にアフリカ音楽の影響が聴かれる。第11番《宙ぶらりん》は、第5番と同じく、後続するフィナーレへの穏やかな間奏曲、という趣である。のんびりとスイングするメロディに、あどけないグリッサンドが絡むあたりなど、この曲の献呈者である同胞ジェルジ・クルタークの連作ピアノ曲集《遊び》との強い関わりを感じさせる。第12番《入り組み模様》では、両手がそれぞれハ、変ニを主音とする全音階上を動く。入り組み模様(何本かの帯を縦横に編んだもの)を三次元パターンとして認識するとき、我々は知らず知らずのうちに二次元上での形や線に連続性を仮定している。模様として静的に存在しているものが、エッシャーの版画「爬虫類」のように次元を飛び越えて立ち現れてくる(または奥行錯覚により図と地が反転する)といった過程をイメージしているのだろう。第13番のタイトル《悪魔の階段》は、非線形物理学に時折現れる自己アフィン的な階段パターンのグラフの渾名から採られたと思われる。リゲティが「影響」を受けた人物として好んで挙げるマンデルブロの著作には、いわゆるカントール集合の質量をバーに沿った位置の関数として表した時のものが掲載されているが、小刻みのギザギザとプラトーが不規則に交代する点以外、音楽との共通点は無い。
c0050810_521036.jpg  第2巻最終曲として、まず4声体の第14a番《終わりの無い柱》が書かれたが、初演予定者の演奏拒否に遭い、3声体の第14番《無限柱》として全面的に書き直された。タイトルはルーマニア出身の彫刻家ブランクーシの作品に由来する。偏菱形(ソロバン珠の形)を縦に細長く積み上げ、その繰り返しが天空へのダイナミックな上昇を感じさせるこの作品について、ブランクーシは「“天国への階段”と呼んでもいい」と語ったという。


●エテュード集第3巻(第15番~第18番)
c0050810_22575183.jpg第15番《白の上の白》は、カジミール・マレーヴィチの有名な絵画に基づいていると目されるが、内容的な相関は無い。ショパンの「黒鍵のエテュード」を移調してゴドフスキーが試みて以来の「白鍵のエテュード」とも呼べようか。第16番《イリーナのために》は、P.-L.エマール夫人(当時)のロシア人ピアニスト、イリーナ・カタイェヴァのために書かれ、彼女によりドナウエッシンゲン音楽祭で初演。第17番《勝手にしやがれ(息も絶え絶えに)》では、右手と左手がカノン--というよりは、もはやエフェクターでディレイやフランジャーをかけられたような音響を志向しているようだ。第18番《カノン》は2001年春に完成したが、リゲティの2006年の死を待つことなく、4曲のみの清書譜が2005年にショット社から刊行されている。
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by ooi_piano | 2011-10-19 22:27 | POC2011 | Comments(0)