木戸敏郎氏:「1977年東京で――《暦年》世界初演」(つづき)

(承前)

5  オペレーション(1) 合奏

パラメータ(媒介変数)
 舞台デザインにサンプリングした音をインプットしてオペレーションすると作品の本質が現れる。
 古典の舞楽では舞台が正方形であるから舞人は四人,これが賽の四つ目のように正方形の上に位置して同じ舞をユニゾンで揃って舞う。正方形の舞台からくる必然の結果である。左方と右方が一つの舞台で交互に演じる順番は,天体の運行に準じて,まず左方が先行し次に右方が演じる。この一組を番(つがい)といい,五番演じるのが原則である。このことで東西という方位は昼夜や春秋の交代にトランスフォーメイションされて,空間から時間がたち現れる。
 ヤーレスラウフでは四桁の数字の平面プランの上に割り当てられた四人の舞人が動き出し,その動きが四つの時価の落差がある楽器の音に変換されると,四種類の密度が違う音の塊が同時進行しながらトータルで一つに統合された音楽となって現れてくる。

 一年の位の舞人が一年の位の数字7の上をすばやく移動して折り返す度にタイマーとして太鼓が打たれ,それを目安に琵琶と箏のデュオが奏でられる。太鼓が打たれる度に背後の窓枠に1から7までの数字がデジタル風に現れ,7で終わるとまた1から繰り返される。

 十年の位の舞人は,一年の位の舞人が一年の位の数字7の上を7回折り返す間に,十年の位の数字7の上をやや早い動きで1回移動し,折り返す度にタイマーとして鞨鼓が打たれ,それを目安に三本の篳篥がグリッサンドしながら和音を奏でる。鞨鼓が打たれる度に背後の窓枠に1から7までの数字がデジタル風に現れ,7で終わるとまた1から繰り返される。

 百年の位の舞人は,十年の位の舞人が十年の位の数字の上を7回折り返す間に,百年の位の数字9の上を1回移動し,折り返す度にタイマーとして鉦鼓が打たれ,それを目安に三本の龍笛が初めは音の点,次第に点と点を結んで旋律の状態になって大きなうねりを形成する。鉦鼓が打たれる度に背後の窓枠に1から9までの数字がデジタル表記ではあるがゆっくりしたアナログ的な動きで現れ,9で終わるとまた1から繰り返される。

 千年の位の舞人は,百年の位の舞人が百年の位の数字9の上を9回移動する間に,千年の位の数字1の上を非常に静かな動きで1回だけ移動する。その間三口の笙が他の音に比べると遙かにゆっくりとしたテンポであるがそれでも他の音と同じように徐々に高くなってゆく。背後の窓枠の数字は1のみである。

 時価によって分類された各グループの時価の落差はパラメータによって補正され,統合される。この場合,1・9・7・7という年紀の数字がパラメータに引用されている。この辺がニクイところだ。

アウトプット  密度の階層と集積
 オペレーションの結果,時間の四つの密度がアウトプットされる。即ち
  一年の舞人が441回(1×9×7×7=441)7という数字の上を移動する間に,千年の舞人は1回1という数字の上を移動するだけである。その関係は441対1。
  十年の舞人が63回(1×9×7=63)移動する間に千年は1回。即ち63対1。
  百年の舞人が9回(1×9=9)9という数字の上を往復する間に千年の舞人は1という数字の上を1回。即ち9対1。
である。
 『このヤーレスラウフの中で一番大切なのは時間の四つの層である。』と,彼はプログラムノートに書いている。舞人は一の位が最も激しく動き,十,百と逓減して千の位が最も静かである。これで釣り合っているということは千の位の時間が最も密度が濃く,百,十と逓減して一の位の時間は希薄であるということだ。
 四つの層はそれぞれ,初めはその楽器の音域で低音を,進行するにつれて高音へ移行し,最高音で終結する。また音の形は,初めは点の状態,やがて点と点は結ばれて旋律になり,最後は束ねられて群になる。シェーンベルクからアルバン・ベルクを経て,シュトックハウゼンに至るセリーの歴史を追体験しているようだ。
 こうして空間と時間を掛け合わせて,アウトプットされてくるものはガソリンスタンドのメーターのようなメカニズムによって刻々と蓄積されてゆく形而上の密度の集積である。オペレーションによる物理的な時間は約40分,しかし,観念的には1977年という時間が凝縮されてアウトプットされる。
 このオペレーションで指揮者の役割を果しているのが舞人である。そして4人の舞人の中で最も重要なのが一年の位の舞人である。
 一年の位の舞人の動きの7回分が十年の位の舞人の1回であり,十年の7回分が百年の1回,百年の9回分が千年の1回となる。つまり一年の位の舞人の動きで他の舞人も動くのであって,もし一年の舞人が途中で疲れて動きが遅くなれば,作品全体のテンポが遅くなる。その効果は実際に上演においても表れていて,彼はそれがよい効果だと言っていた。だから一見無機的に見えるこのメカニズムがオペレーションによって有機的な表現に変換されるのだ。
 

6  オペレーション(2) ソロまたはデュオ

楽器の個性(構造と奏法)
 ヤーレスラウフの時の流れを中断して途中に三度,龍笛のソロ,琵琶と箏のデュオ,篳篥のソロが各々にタイマーとして寄り添っている打楽器を伴って登場する。ここで合奏では充分に発揮することが出来ない各々の楽器の特色を存分に聞かせることになる。

 最初に登場するのが龍笛のソロと百年の舞人である。鉦鼓の一打と龍笛の第一奏者が奏でる甲高い音が他の楽器の演奏を休止させる。笙だけは殆んど動きのない千年の位の舞人の動きに合せて,小さい音で演奏を続ける。他は耳を澄まして見守る。ソロはやがて龍笛全員による高音でのトリルとなる。
 この部分は龍笛のエアリードの管楽器と言う特性を活かして,ヴィブラートやアタックなどの特殊奏法が要求されている。これらの特殊奏法は龍笛という楽器の機能からすれば無理がなく,やる気であれば可能であるが,雅楽の古典では禁じられている奏法である。然し,「十換記」や「長秋竹譜」(平安時代の楽書)によれば古くはこれに類する特殊奏法が行われていたことが知られる。これらの奏法は演奏を活きいきとさせるが「十換記」には品のない奏法として戒めており,雅楽の古典はこのような奏法を削ぎ落として今日の上品な様相を培ってきたのだ。

 次に登場するのが琵琶と箏のデュオと一年の舞人の舞で,太鼓が拍子をとり分節する。この間も笙は静かに演奏を続け千年の舞人も殆んど動かない舞を続ける。琵琶と箏のデュオがいよいよ入り組んで頂点に達した時,他の楽器も全員が演奏を再開しデュオが続く中,篳篥や龍笛のグリッサンドがクラスター状に重なって激しいパッセージとなる。
 この部分では楽器を演奏する奏者の人間工学がクローズアップされる。琵琶は腕で撥を動かし,箏は指で爪を動かす。腕より指のほうが細かい動きをするので,箏の二拍を琵琶の一拍に数えて音を重ねている。また箏の奏法は両手で弾くことが要求されており,楽譜で見るとハープのようだ。楽器の構造と人間工学からいえばこれは極く自然なことであるが,雅楽の古典では右手だけで演奏して左手を使うことは禁じられている。然し,古い楽書によれば左手が押し手に使われていたことが知られる。この手法は応仁乱で途絶えて右手だけの演奏になった。江戸初期に左手の復活が計画されたことが有ったが,時の天子に,右手だけでも危なっかしいのに左手まで使うとは楽しみだ,とからかわれ怖気付いて沙汰止みになったといういきさつが有り,今日に至るまで右手だけである。

 最後のソロは篳篥で鞨鼓が伴奏し,十年の舞人が舞う。ここでは篳篥の第一奏者がシュトックハウゼンのハルレキン・イノリ・マントラの三作品から引用した主旋律を結び合わせたソロを奏し,鞨鼓がリズムのきっかけを与え,輝くような笙の高い和音と柔かい低
音の龍笛の和音が伴奏,太鼓と琵琶,箏は沈黙。
 シュトックハウゼンは冒頭部分数ページをキュルテンで作曲して来日し,国立劇場の大稽古場で実際の楽器による効果を確認した際,特に篳篥が事前に私が作成して送った音のデータ(雅楽の楽器の音ではなく雅楽という音楽の音階を収録・採譜していたことに彼は不満を漏らした)には無い音も自由に出していることに注目した。その後の京都で作曲した部分では雅楽の音階には無いが楽器としては可能な音も使って作曲している。ハルレキン・イノリ・マントラから引用した旋律は雅楽音階では演奏できるはずがない。

アウトプット  両義性の出現

 合奏で時価が異なる各楽器がパラメータで補正されながら一つに統合されている様子は,キュルテンの彼の自邸で住人が異なる各部屋が,コアとの関係で一つに統合されていることに似ている。そして,ソロやデュオは,庭に散在しているコテージが単独であることによって,それぞれの有り様のままに存在していることに似ていた。
 また,このソロ(デュオ)の箇所は合奏で時価の差をパラメータで調整しながら統合している部分を21世紀になって登場した単一通貨ユーロによるEU の通貨統合に譬えるなら,EU 域内の各都市の個性を尊重して順次交替で開催しているフェスティバルのカルチャル・キャピタルシティーに譬えられるだろう。通貨統合ではさまざまの制約を課せられている各国は,文化面では遠慮なく自らのアイデンティティーを主張してバランスをとっている。
 この作品から両義性という大きな問題が現れてくる。この他に,演劇的な要素も含まれていたが,本稿は音楽誌に寄稿する論考であるから省略する。


7  ヨーロッパで,洋楽器ヴァージョンが

 初演のステージの様子はビデオに記録されて国立劇場に保存されている。確か10月31日に上演したものの記録だと記憶している。練習では中々うまくゆかなかった箇所も本番ではきちんと出来ている。宮内庁の楽師達もさすがにプロの演奏家だ。終演後の大きな拍手やブラボーの叫び声も収録されており,それに応えるべくステージに現れたシュトックハウゼンの服装が晩年の服装と同じであることが印象的だ。この初演が作品は画期的であり演奏も完璧で大きな舞台成果を上げ,聴衆からも大いに喜ばれたことの証拠物件である。
 ところが,数日後の新聞や週刊誌などに掲載された音楽批評家(その中には作曲家も多く含まれていた)の批評はすべて悪評ばかりであった。中には罵倒に近いもの,或いは終演後に拍手が殆んど無かったという虚偽の報道もある。批評家は音楽のプロであるはずでアマチュアの一般聴衆が気が付かない作品の仕組みを専門知識でもって解説することが批評の役割のはずであるが,この作品をトータルセリエリズムの理論で分析し,その是非を論じた解説は皆無であった。好き嫌いを言うだけである。今ではインターネットで昔の新聞を読むことが出来るから興味のある方は朝日新聞(柴田南雄)や読売新聞(広瀬量平)など大新聞だけでも生の資料に当たって,当時の音楽批評がどんなものであったかを確認していただくと面白いと思う。後年,雅楽の楽器のための委嘱作品を書いたジャン・クロード・エロアはこのビデオを見て,「作品は素晴らしいし,演奏も立派なのにどうしてこれが不評だったのか。」としきりにいぶかしがっていた。
 批評は批評家の理解力や主観を表明したものであり,作品はそんな批評とは無関係な存在で別物である。然し,そんな批評がひとたびジャーナリズムに現れるとロラン・バルトの言う神話化作用(デマゴーグ)を引き起こす。国立劇場には運営に関する諸々の提言をする有識者による評議員会が設けられており,殆んどの評議員はリヒトの初演を聞いていなかったにもかかわらず,神話化された批評が一人歩きをして,今後この種の公演は行わないように要請された。良識とはこんなものだろう。こんな状況の中で再演はおろか,音楽雑誌から依頼された原稿の中で少しでもリヒトを擁護することを書けば編集者から削除を要求されたりした。こうして日本ではリヒトは逼塞状態におちいっていった。私は当分の間,楽器の音の情報量の再開発(始原楽器の復元と演奏)に向かうことにした。
 然し,この作品は作曲の時点で雅楽の楽器を洋楽の楽器にトランスクリプトすることが計画されていて,楽譜はそのままで洋楽器でも演奏できるようになっていた。トランスクリプトする根拠は楽器学的に同属へトランスクリプトするのではなく,音の情報量を接点にしてトランスクリプトしている。篳篥は普通ならオーボエとするだろうがソプラノサキソフォン。箏は普通ならツィターだろうがチェンバロ。傑作なのは鉦鼓でアンボスになっている。こんな楽器は知らない。字書で調べると鍛冶屋の金床であった。この作品はあくまでも雅楽の音の情報量を尊重した作品である。
 この洋楽器ヴァージョンによって,リヒトはヨーロッパで大きな展開をとげることになる。東京に於ける世界初演の翌年(1978)にケルンで洋楽器ヴァージョンがコンサート形式でヨーロッパ初演され,その翌年(1979)にはパリのオペラコミックの舞台機構の中で完全なシアターピースの形のヨーロッパ初演が行われて大きな成功を収めている。この時衣装デザインを担当したのがケンゾー・タカタで,東京のオリジナルヴァージョンでは省略した千年の位は古代の服飾を,百年の位は中世,十年の位は近世,一年の位は現代の
服飾をトランスフォーメイションしたものとするシュトックハウゼンのアイディアが実現している。パリでの成功の話題はヨーロッパ各地に伝えられ,以後続々と各都市でそれぞれの劇場に応じた形で再演されると共に,ヤーレスラウフの姉妹編が次々と作曲されてリヒトは全曲の演奏に1週間を要する大作として,彼の畢生の代表作に生長してゆくことになった。
 シュトックハウゼンは古典の雅楽が内包している音の情報量をジェネシスのままに尊重して,古典のヘテロフォニーというメカニズムを脱構築し,トータルセリエリズムという違うメカニズムの元で再構造化したのである。それはアカデミックな音楽概念では扱いきれず,噪音とみなされている音素材を整然と秩序付け,或いは伸び伸びと羽ばたかせたコペルニクス的展開であった。この状態で雅楽の音はもはや噪音ではない。私が目論んでいた音楽の中のエントロピーをネゲントロピーに逆転することに成功している。
 これを洋楽器でトランスクリプトした洋楽器ヴァージョンは,私は録音でしか聴いていないが,疑いもなく雅楽の楽器の音の情報量のままである。オリジナルヴァージョンと比較するとおかしくなるくらい雅楽の音の情報量を正確にトランスクリプトしている。作品が雅楽の音の情報量を前提にしたものであるからこのことは必要条件であったのだ。この作品がヨーロッパの音楽関係者に理解されたということは,雅楽の音の情報量の理解でもあった。これこそ雅楽の伝統である。1900年パリ万博で雅楽の笙の合竹のメカニズムがドビュッシーによって近代和声にトランスフォーメイションされてから80年後のことである。雅楽はこれに対処する方法論が適切であればいまも世界の音楽に影響を与え続けていく伝統である。

 本稿を7章仕立てにして書いたのはリヒト連作の7日間になぞらえたもので,私のシュトックハウゼンに対するオマージュである。

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by ooi_piano | 2012-01-14 11:02 | POC2011 | Comments(0)