クセナキス《エリフソン》と《ホアイ》

※9年前、アルケミスタ・武田浩之氏のメルマガ用に、《エリフソン》と《ホアイ》の相関関係について書いた記事が長らくリンク切れになっていたのですが、サルヴェージ先を御教唆頂きました。念のためにブログにも転載しておきます。


クセナキスのチェンバロ独奏曲《ホアイ》(1976)と第2ピアノ協奏曲《エリフソン》(1974)の間の素材援用について

c0050810_1595844.jpgつい先日(2004年6月8日夜〜9日昼)、アルトゥーロ・タマヨ指揮ルクセンブルク・フィルと、ヤニス・クセナキスの第2ピアノ協奏曲《エリフソン〜ピアノ独奏と88人の奏者のための》(1974)の世界初録音を行ってきました。私にとっては、2002年5月に収録した「シナファイ」に続く、2枚目のCDとなります。

樹形曲線(樹木や稲妻や血管の枝分かれ)をそのまま音楽におきかえたスコアは非常に「バロック的」であり、また、20世紀チェンバロ作品の最高傑作《ホアイ》(1976)と大変緊密な関連があるので、その話題を少々させて下さい。極小時価での螺旋の微細な絡み具合にじっくり取り組む、フランス・バロックのクラヴサン音楽の経験が非常に役立ったのも、事実です。

【解題と「参考録音」】

c0050810_1282477.gif《エリフソン(エリフソニオス)》(原義は「大地の力」)とは、神話上のアテネ王の名前とされています。アテーナー女神が武器を注文しにヘーパイトスを訪れた時、いきなり強姦されかかり、脚にふりかかったヘーパイトスの精液を女神が毛で拭き取り地に投げ捨てたところ、大地がみごもって生まれたのがエリフソニオスでした。アテーナーは神々に秘して箱の中でエリフソニオスを育てていましたが、ケクロプス王の娘達が好奇心にかられて箱を覗き、蛇の姿をした赤子を見て発狂・投身。長じてエリフソニオスは、ケクロプスの後を襲ってアテネ王となり、水のニンフのプラークシテアーを娶りました。

現在に至るまで、サラベール出版社が頒布している《エリフソン》の唯一の参考録音は、1974年5月21日にヴァンセンヌ植物園でミシェル・タバシュニク指揮ORTF管弦楽団、独奏クロード・エルフェで世界初演されたときのライヴです。スコアの完成が遅れたとは言え、3ヶ月前には到着していた筈の冒頭ページからして完全に滅茶苦茶、というのは、ダグラス・マッジの「シナファイ」LPのほうが遥かに良心的と言えるくらいのレベルです。十数年前に藤田現代音楽資料館でスコアを見ながらこの録音を初めて聞いてみた時には、なにやら轟々としたノイズのみで、作品に全く興味を覚えられなかったのも当然でした。(しかも演奏終了後はブラヴォーの嵐だったりするので大笑いです)。サラベールによる清書譜のクレジットは1974年ですから、数度あったらしいエルフェによる再演では、確実に清書譜を使用している筈なので、「片目の作曲家の譜面が汚くて読みづらい」などという莫迦げた釈明は通用しません。

なお、スコアの遅れ具合についてのエルフェ氏のコメントは、ヨーロッパでのインタビューに比べると、日本人向けのインタビュー(「ミュージック・トゥデイ・クォータリー」)では話が大袈裟に(〜すなわちエルフェ氏に都合が良いように)なっております。現代音楽を得意とする別の仏人演奏家のインタビューでも、似たようなケースを見かけましたが、要は我々は舐められてるんですね。

もっとも、クセナキス関連の日本語文献は、大体そんな程度のものかもしれません。

【日本初演までの経緯】

c0050810_1511403.jpg2001年6月に私がこの《エリフソン》を日本初演したのは、偶然の成り行きでした。

同年2月にクセナキスが死去し、たまたま、その僅か10日後に出光音楽賞受賞の通知を頂き、授賞セレモニーで東京シティ・フィルと数十分、希望曲を演奏することになりました。自分で好きにコンチェルトの選曲を出来る機会など、めったにありません。まずは追悼演奏として、クセナキス《エリフソン》を、それに望月京さんの二重協奏曲《ホメオボックス》の両日本初演を挙げました。望月作品については、ベルリンでの世界初演(2001年3月)の直前の頃の話です。

当初この授賞演奏会で指揮予定であった、選考委員の岩城宏之氏から、「現代音楽のエキスパートと言うけれど、音楽に区別があるなんてオカシイ。ボクは大井さんのモーツァルトが聞きたい」との御意見があり、(因みにその3年前に同賞を受賞した木ノ脇道元氏にも同じ科白を仰ったそうな)、「それだったらシティ・フィルみたいなモダンオケじゃなくて、バッハ・コレギウム・ジャパンか東京バッハ・モーツァルト・オケを雇って、フォルテピアノ・自作即興カデンツァで弾き振りしたい」などと私がゴネておりましたらば、氏は13回目の入院(癌手術)で急遽出演不能になってしまいました。(受賞演奏会自体にはお見えになってました。)

代わりに第1回出光賞受賞者でもある沼尻竜典氏にタクトをお願いすることとなり、また、最終的には望月作品ではなくメシアン「異国の鳥たち」が選ばれました。

クセナキスとメシアンの両作品はオーチャードホールで公開録画され、テレビ朝日系「題名のない音楽会」でその一部が、インタビューや練習風景とともに放映されました。羽田健太郎氏のインタビューで、「大井さんは現代ピアノ音楽のエキスパートでおられるのですが、御自宅ではなんと、チェンバロでバロック音楽を楽しまれることもあるそうです」、とのコメントがあり、「いえ、実は今チェンバロに専念してるんですけど・・・」と申し上げたら、その部分はまるごとカットになりました。


【ルクセンブルク・フィルとクセナキス作品全集】

c0050810_1512184.jpgルクセンブルク・フィルはここ数年、相当数のクセナキス作品を演奏し続けてきたせいで、すっかりこの作曲家の様式に慣れ切っているとはいえ、《エリフソン》収録では、オケの練習をいれても3+3時間のセッションでほぼ録音完了、という異常な速さでした。・・・もっとも、最初から最後までピアノが弾きまくっているような曲ではありましたが。

まず6月8日(火)の夜のセッションで、ひとまず第220小節まで終了(午後6時半〜9時半)。翌日、9日(水)は午前中3時間のセッションで、最後(第385小節)までのテイクを幾つか収録しました。この日の午後に予備のセッション3時間ぶんは確保してありましたが、結局いくつかの小部分の手直し程度で20分間で終了(午後3時)。シェーンベルク「期待」とプーランク「人間の声」で、ジェシー・ノーマンとの来日公演を終えたばかりの、アルトゥーロ・タマヨ氏の棒も、いつもながらに冴えておりました。

かつてタマヨ/ルクセンブルク・フィルのコンビによる、クセナキス「ジョンシェ〜藺の茂る地」(1977)や「リケンヌ〜地衣類」(1983)の凄まじいライヴに接したことがあります。ハジけ切れる打楽器奏者数名を確保出来るなら、あれこそ「小学生のための音楽教室」や、あるいは「1万人の第九」の前座などにピッタリの選曲だと確信しました。

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《エリフソン》は、『クセナキス管弦楽全集・第4輯』として、《アタ〜89奏者のための》(1989)、《アクラタ〜16管楽器のための》(1964-65)、《シルモス〜36弦楽器のための》(1959)、《クリノイディ〜71奏者のための》(1991)とカップリングされ、パリのTIMPANIレーベルから、今年(2004年)10月にリリース予定です。


【エリフソンとホアイの相関関係について】

c0050810_15132376.jpg《エリフソン》では、絡み合い、枝分かれし、増殖するメロディー線の束(樹形曲線)が、方眼紙上で相似的変換・回転・歪曲を施されたアラベスクを、作曲の基盤としています。バッハの無伴奏ヴァイオリン・チェロ曲では暗示されるだけだったものが、どんどん帰納されて、線的多声法の一般化に至った、と考えれば良いでしょう。それにしても、accel./rit.する同一音の重ね合わせを分配しただけの「シナファイ」同様、シンプルなアイデアで一品作ってしまう力量には脱帽です。

《エリフソン》と《ホアイ》の同一素材箇所を比べてみると、大別して、

(1)…同じグラフから作成したらしく曲線が似ているもの[移高形]
(2)…音高はほぼ同じだが、奏法が同音連打などに変化しているもの
(3)…最終結果の譜面としてもほぼ同一のもの、の3つのタイプに分類されます。


《ホアイ》で想定されている5本ペダル付きのモダン・チェンバロは、ヒストリカル・チェンバロやモダン・ピアノに比べて同音連打が非常に容易であり(和音でも)、また長い音符が良く響かないという特性を持っています。上記の(2)は、ピアノのために書かれた譜面をチェンバロ用に変換したもの、と捉えることが出来るでしょう。(2)や(3)のケースでは、譜面は相当似ているものの、チェンバロとピアノで同じ指使いを使うわけにはいかなくなります。とまれ、素材はバラバラに配置されていることもあり、聴覚上で対応関係を識別するのは非常に困難なはずです。

オルガン独奏のための《グメーオール》(1974)は、《エリフソン》と同じ年に書かれ、ほぼ同一の書法で貫かれているにもかかわらず、全く共通した素材は見られません。してみると、「面白げ」な樹形図パターンが少ないから使い回している、という仮説も成り立たなくなります。

なお、《ホアイ》出版譜の致命的ミスプリントについてユッカ・ティエンスー氏と雑談した際、ソプラノとアンサンブルのための《アカンソス》のピアノ・パートにも《ホアイ》と類似したパッセージが出てくると伺いました(私は未確認)。

余談ながら、ピアノとヴァイオリンのための《ディフサス》(1979)の第124〜131小節は、ピアノ独奏のための《エヴリアリ》(1973)の第143〜150小節の順序を変え、一部音高移動させたものに等しいですし、《ケクロプス》(1986)には、《ミスツ》(1980)とほぼ同一の箇所が現れます。

フランソワ=ベルナール・マーシュの《コルワール》(1971)(チェンバロ+電子音響のための)は、追って書かれたクセナキスの《エヴリアリ》(1973)や《ホアイ》(1976)にそっくりな響きを先取りしています。1958年以来クセナキスの親友だったというマーシュ氏にそのことを申し上げたら、「彼が私から意識的に借用したのは、植木鉢を楽器として使う、というアイデアだけだったと思う。あと、《カッサンドラ》という題の曲を、彼の同じタイトルの曲より私が10年前に書いたくらい。」とのことでした。

【該当箇所・対応表】

c0050810_15145144.jpg以下、《エリフソン》と《ホアイ》の素材が共通している部分を、気づいた範囲で列挙致します。

「E 1-5 / K 176-180」とは、エリフソン(Erikhthon)第1小節〜第5小節が、ホアイ(Khoai)第176小節〜第180小節に対応していることを示しています。各々の箇所について、前者(エリフソン)を基準として簡単な比較も行いました。ここに挙げた以外の短い断片でも、「指の記憶」が呼び起こされるものが幾つかありましたが、今回は対応箇所を見つけることが出来ませんでした。

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E 1-5 (冒頭5小節) / K 176-180
長い音価は同音連打で細分化。《ホアイ》ではこの部分がクライマックス的山場である。

E 22-30 / K 166-173
最初は3全音下の音程で始まるが、最後の8拍分では同一音程。細部で様々な差異がある。

E 37-43 / K 215-221
完全4度ないし5度下へ。細部でリズムに差異。

E 199-204 / K 111-117
2オクターヴ下に。細部での音選択やトレモロによる音価の細分化に、興味深い差異が見られる。

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c0050810_15105471.jpgE 258-259 / K 92-93
上声部の3拍分。以下、《エリフソン》第258小節〜276小節の該当箇所は、いわば《シナファイ》的なトレモロ奏法によっている。

E 263 / K 153
上声部の一部を2オクターヴ下に。

E 264 / K 157
音高も完全に同一。

E 268 / K 95-96
1オクターヴ下に(3拍分)

E 269-270 / K 164-165
4拍半分のうち、最後の1拍分は音域が1オクターヴ下へ変更。

E 270 / K 90-91
上声部の2拍分。

E 271 / K 88
上声部のみを1オクターヴ下に。

E 272-273 / K 163
上声部のみを1オクターヴ下へ。

E 275-276 / K 160
1拍半分。

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E 357-362 / K 82-87
音域は1オクターヴ下に。長い音価はトレモロで同音連打に。

E 371-374 / K 316-319
冒頭の和音はトレモロで細分化。

E 374-378 / K 297-301
1オクターヴ下へ。幾つかの声部の加減が見られる。

E 377-381 / K 309-313
前項(エリフソン第374〜378小節)の部分で未使用だった声部を使用。

E 381-385 (最後の5小節) / K 275-279
ほぼ完全に同一の譜面。


【終わりに】

c0050810_15152518.jpg…などという、愚にもつかない指摘であっても、もっと無内容な音楽学テーズが跋扈する世の中とあっては、お茶請けくらいにはなるでしょうか。

ところで、エリフソンは神話上の人物でもあり、また後世トロイ王の名前でもありました。クセナキス《エリフソン》の追い込み練習中に、アガメムノンの亡霊が数千年の眠りから目覚めて我がコンピュータに侵入、メールの送受信が全く不可能となったことを付記しておきます。
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by ooi_piano | 2013-08-30 15:25 | プロメテウスへの道 | Comments(0)