7/2(日) シベリウス交響曲第6番・第7番・「タピオラ」(ピアノ独奏版)


by ooi_piano

J.S.バッハによるクラヴィコード演奏法・教授法について (下)

【脚注/シュパーニ】

c0050810_1581212.jpg[注5] このことにより、手首は比較的高いポジションに来る。腕の重みの使用は、バッハの打鍵法の最も重要なポイントである。 このメカニズムを、初めは「不自然に高い位置」に座りながら、あるいは、楽器のそばに立って、試してみるとよい。立ったままキーの上に指を置いて、その指先に脱力した腕の重みを感じることが出来るようになったら、今度は高めの椅子に座ってそれを確認し、本文が要求する手と腕の位置を実現出来るようになるまで、徐々に椅子を低くしてゆくこと。——脱力した腕の重みは、常に指先に感じながら!

[注6] このタッチから生まれる、快く力強い音は、タンジェントと弦が非常にしっかりと接合していることに起因する。腕の重みの連続的使用は、発音から離弦まで均一な音を保証する。またこのことは音質にも影響し、また、音高が不必要に変化する(高くなる)ことが無くなる。

[注7] すなわち上下する分散和音、恐らく現代のピアニスト達が実行しているやり方と同様である。

[注8] バッハによる課題は全て、とても単純に見える、がその効果は驚くべきものだ。これらの課題によって初学者は「バッハ・タッチ」を学ぶことが出来るが、同時にまた、日々の練習やコンサート前のウォーミングアップ練習として、熟練者もこれを効果的に利用することが出来る。

[注9] いかに多くの2声インヴェンションが、上述された課題に密接に関連した動機的要素を含んでいるかは、実に驚くべきことである。 これはまた、バッハが指練習課題からインヴェンションを作成した、というフォルケルの所見を正当化するものである。

[注10] すなわち、クラヴィコードのこと。

[注11] 「グリーペンケルルのテクストは、バッハ一門の伝統というよりむしろ、バッハの音楽を演奏するに際しての当時のロマン派の観点を単に反映しているに過ぎない」、などと論ずるものは誰でも、これらの文章に照らして意見を再考すべきである.。


(�) 【解説/大井】

c0050810_1594528.jpg(III)のグリーペンケルルの記述は、非常に明解である。そこに、彼がこのメソッドを後世へ伝えようとする、意思と良心が感じられる。このテクストに書かれている通りそのまま、各々実践して頂くのが、「バッハ・タッチ」への一番の近道だと思われる。

以下は、私がシュパーニの講習会に参加したときのメモランダムである。このときは、グリーペンケルルの手記に従ってトレーニングしたわけではなく、あくまでシュパーニ氏が即興的に課題した。氏の述べる通り、「良いクラヴィコード」があれば出来不出来が明確に判別できるが、エクササイズ自体はいかなる鍵盤楽器でも可能である。5指を「シュネレン」させる(手前方向へすべり上げる)基本エクササイズは、やろうと思えば、散歩しながら腿の横でさえ出来る。なお、「いかに脱力するか」については、本稿の論ずるべきところでは無い。太極拳・アレクサンダーテクニック・こんにゃく体操・エアロビクス等々、さまざまな方法があろう。ただし、「はじめは楽器の横に(座らずに)立って始める」、というシュパーニの示唆(脚注(IV)参照)は、中々良い着眼点だと思う。

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A.最初は同音連打

◆右手の2⇒3⇒4⇒3⇒2⇒3・・・の繰り返しで、同じ音をシュネレンにより連打する。(すなわち、この時点で親指と小指は使わない。)手首はゆるめられており、指の動きに合わせて自動的に右傾/左傾することになる。手の甲は高めにする(低くなりすぎないこと)。キーを保持している以外の指はリラックスせよ(背筋を伸ばそう)。まずは「完全に均等」なデュナーミクを目指す。弦と接触しているタンジェントが、打弦後にブレないこと(=一定になること)。鍵盤の端っこを使う。美しく伸びる音で。
◆指先の頂点に、腕の自然な重みを常に伝える。もしキーがなければ、指が下へずり落ちてしまうように。[鍵盤上でなく、私(大井)の腕の上で実践してもらったが、結構重く感じられた。] 厚目の本を誰かに支えてもらい、その上で指の重心のすばやい移行を練習してみる。[「脱力」という大義名分はあるものの、足で「歩く」程度の筋肉の収縮は必要。]
◆たとえデュナーミクがpp〜pであっても、「俊敏な」アタック・初速が必要であり(指の動きは小さくなるが)、打鍵速度をノロくしてしまうのは間違いである[〜非常に興味深い指摘]。逆にfの時、わざわざ大袈裟な動きをする必要は無い。
◆紙を1-2(親指と人差指)でつまみ、そこから1-3でつまんでいる状態、1-4でつまんでいる状態へ、紙を落下させずに、素早くスパッ・スパッと移行する訓練。
◆あまりゆっくりすぎでは練習せず、メトロノーム80くらいでサクサク交替させていた。

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B.[譜例1]を色々な指使いで。

◆二指の交替課題は、2⇔3、3⇔4、4⇔5を行ったのちに、1⇔2をやった。あくまで「完全に均等」であること。
◆2から3へシュネレンで移行したとき、3以外の全ての指(すなわちキーを押えている以外の4本の指)が、瞬時に脱力していること。
◆5(小指)は、本当に「先端」で突く感じである。指を立ててキーに着地させること。爪先で弾くつもりで(爪をちゃんと切ろう)。小指の関節を伸ばしていれば自動的にキーに平行になるはずであり、斜め(外側)に傾いて打鍵効率が低まってしまうのを防ぐことが出来る。そして、その角度のまま手前へ折り畳まれる。
◆1(親指)は軽く内側へ曲げ、先端というよりは左上部側面(爪の左上端あたり/右手の場合)で弾くつもりで。親指が移行の直前に滑り落ちてゆく方向は、キーに平行方向ではなく、手の甲の内側、すなわち親指関節が曲がる方向へ、自然に退去してゆくこと。
◆5のみで連続して同音連打をする。その合間に4⇔5のエクササイズを挿入してみる。関節を伸ばした(一直線にした)4と5の指がキーに垂直になり、なおかつリラックスした状態であるためには、手の甲の位置はかなり高くなる(肩・肘のラインと連結させる)。初めのうちは、高めの椅子で良い。
◆4で指先がグラつくことがあるので、その予備練習として、3と4を2度の和音として同時に弾いてみて(同時に鍵盤に「引っ掛ける」)、重心の取り方を探ってみる。[指の形を整えてゆくため、最初は幅2センチ程度の半透明の合成樹脂製絆創膏で関節を固定して練習する、という手もある。]
◆C-Durの音階上を、2→3の指使いを繰り返しつつ2オクターヴ上昇下降する(C-D、D-E、E-F、etc)。3→4や1→2の繰り返しでも行う。次にCis-Durの音階上でやる。[このとき、親指・小指が上鍵[黒鍵]に来ようとも、指使いは一切変えず、また指はキーに垂直のままであること。] 左手も同様に。

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C.指の移行モーションのイメージ例(私見)

c0050810_20332.jpg「脱力した筋肉」の状態をもどかしく説明するのと同様であるが、この『バッハ・タッチ』は、決して未知の筋肉の動きではない。似たようなモーションは、一日の生活のどこかで、立ち現れているはずのものである。

◆指パッチンのモーションに少し似ている。
(i) 親指と人差指の先端で「きれいな」輪をつくる(中指・薬指・小指は脱力)。その接点に意識を集中する。力は入れない。
(ii)親指と中指の先端で輪をつくる(以下同様)。
 上記の(ii)から(i)の状態へ、素早く、しかし最小限の動きで移行する。これは、指をパチンと鳴らす時のモーションを、指の第一関節のみで行うことに似ている。
◆公園などにある運動器具の「うんてい(雲梯)」にぶらさがって前方へ移動していくとき、片手を離しながらその勢いですかさず次の棒をつかんでゆく、あのイメージ。
◆逆立ちして歩くときの腕の動き、重心の移動。
◆「ケーン、ケーン、パッ!」の前半、片足から片足への素早い重心の移動。
◆「つかむ」という動きについて。
(a) 寝ている時、あるいは腕をダランと垂らした時などの、自然にリラックスした手の形(親指を含めて5指は軽く内側へ向いている)。
(b) にぎりこぶし。
上記の(a)の状態の手をそのまま鍵盤の上に置くと、指は鍵盤にほぼ垂直となる(人によって差はあるかもしれない)。そこから(b)へ向けて、親指を含めて数ミリ指を内側へ動かす(「つかむ」モーションの最初の数ミリぶん)。
◆グリーペンケルルのテクストにある、「手の仕組みは、つかむ、という動作に向いている。」という一文であるが、ドイツ語fassen、英語grip、日本語「つかむ/握る」ともに、誤解を招きやすい。「すでに手の中にあるものを《握る》」というよりは、「少し離れたところにあるものを、腕をのばしてパッと《つかむ》」、すなわち、動作の基点は肩・腋(あるいは鎖骨)にあるイメージ。
◆ハープだと親指は外へ突き出すように奏するが、それ以外の各指(なかんづく薬指)が独立して弦をパチンパチンとはじいているのは、かなり似ている。笙の「指擦り」の速度をあげれば、これも似ている。
◆ハープの撥弦法について、「空中の蚊をパッとつかむ時の手の動き」、という喩えがある。これは、親指以外の4指をそろえて「つかむ」という瞬間的なモーションを意味する。腕や肘はリキんでおらず、指の付け根を内側へ垂直に急激に折り畳み、「つかみ取る」。指先で「クリックする」という動きは含まれていない。』

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D.[譜例4]、[譜例5]、[譜例6]など

◆たとえば[譜例4]で、4を弾いているときに、既に2をキーの上にスタンバイさせること。
◆各課題とも、右手・左手ともに、移調して練習すること。ポジションによっては演奏困難になることもあるが、つねに次の音へ「すべり落ちてゆく」感覚で。
◆[譜例6]を移調してゆくとき、次のフレーズを始める前に1を完全に空中に上げて宜しい。[譜例6]を左手で行うときは、C→B→A→G→F(F-Dur)で開始、そののち下方向へ移調していく。特に左手で自然に脱力していないと、3→4→5での音量が下がっていきがち(クラヴィコード低音域の豊かな音色を味わおう)。逆に、右手高音域の3→4→5では、楽器の限界を感じつつ制御すべき。
◆背筋を伸ばしましょう。

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E.分散和音(C-E-G-cなど)で弾く

c0050810_214629.jpg◆手首はリラックスさせるが、1→2→3→5の時に手首が回転し過ぎるのは良くない。各々の和音のポジションを基本的に崩さないこと。
◆3→5の時に3が不安定であった(これは4の指がリキんでいるため)。打鍵した後は、あくまで「安定した、一定の重み」でキーを保持し、移動の「直前」に瞬間的に指を滑らせること。手が広がると、これらの原則が守られにくくなる。手の甲のかたち、指の自然な曲がり具合を失わないこと。左手よりも右手のほうが不安定であった。
◆1→2→3→5(C→E→G→C)を上下に移調してゆく。ポジション移動したとき、人差指が不安定になりがちであった。

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F.クラヴィコードのベーブング(ヴィブラート)奏法について

◆ベーブングは一度音をしっかり確保・不動保持してから、その軽い余韻として、キーの底の方で「垂直方向」に(横方向ではなく!)揺らす。打鍵と同時にベーブングすると、音程が変わってしまう。イメージとしてはあくまで「声楽」的表現の模倣であって(すなわち強弱のヴィブラート)、弦楽器的に音程がウネウネ変化してはならない。クラヴィコードの音楽表現の中核にあるわけではない。
◆プローベシュトゥック等ではっきり記号で指示されている以外では、例えばドミナントの上声etcで使用することもある。
◆幾つかの音符の上に打たれた点の上にスラー記号がかかっている「音のトラーゲン」(Tragen der Toene)は、最初の一音をベーブングして、後はレガートで奏する(ポルタート奏法ではない)。これは各音毎にベーブングすることへの、代替表現である。

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G.指トレーニングののちに

◆音階・アルペジオの断片を「明日のために辛抱強く」、「少なくとも数日間」続けたのちに、2声インヴェンションのハ長調やト長調を、片手ずつゆっくりと弾いてみる。最初はとにかく「均等に弾く」ことに集中せよ。
◆「上手になるためには、他のことは何も考えないで10年から12年もの間を、そのために費やさなければならない」と云うのは、大袈裟である。しかし、まず最初の指訓練だけで、集中して数ヶ月は必要であろう。
◆アンドラーシュ・シフは自宅にクラヴィコードを持っていて、愛奏してらしい。[この講習会では、シフとシュパーニの対談コピーが配布されていた。] [バレンボイムの高い椅子と垂直に立った指というのも、幼少時のクラヴィコード体験に由来しているのかもしれない。](完)
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by ooi_piano | 2013-09-21 14:44 | クラヴィコード様への五体投地 | Comments(0)