8/25(金) ソラブジ《オープス》& 古川聖《ノベレッテ集》完演


by ooi_piano

10/27(日) 湯浅譲二全ピアノ曲 + 10/30(水) イギリス組曲全曲(クラヴィコード独奏)

湯浅譲二全ピアノ曲・感想集 http://togetter.com/li/582757

○カフェ・モンタージュ(京都) http://www.cafe-montage.com/ (地下鉄「丸太町」徒歩5分)
〔お問い合わせ〕 カフェ・モンタージュ 075-744-1070 montagekyoto[at]gmail.com 〔予約フォーム〕 http://www.cafe-montage.com/mail/mail.html
○入場料:2000円(全自由席) ※各公演終了後にワイン付レセプションあり(無料)
FBイベントページ(追加情報等) https://www.facebook.com/events/215429498631735/
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■湯浅譲二(1929- ):全ピアノ作品演奏会
10月27日(日) 15時開演(14時半開場)

大井浩明/ピアノ独奏、有馬純寿/電子音響(※)、湯浅譲二/ゲスト

【第一部】
●二つのパストラール (1952) 約5分
●スリー・スコア・セット (1953) 約8分
●セレナード[ド]のうた (1954) 約3分

【第二部】
●内触覚的宇宙 (1957) 約7分
●プロジェクション・トポロジク (1959) 約10分
●ピアノのためのプロジェクション・エセムプラスティク(1962)+ホワイトノイズのためのプロジェクション・エセムプラスティク(1964)(同時演奏、※) 約8分

【第三部】
●オン・ザ・キーボード (1972) 約8分
●「夜半日頭」に向かいて ~ピアノと電子音響(1984) (※) 約20分
●内触覚的宇宙 II ~トランスフィギュレーション~ (1986) 約12分

【第四部】
●サブリミナル・ヘイ・J (1990) 約4分
●メロディーズ (1997) 約7分
●バレエ音楽《サーカス・バリエーション》より「ワルツ」(1954/2012) 約3分


c0050810_5435232.jpg  湯浅譲二は1929年8月12日、福島県郡山市に生まれる。作曲は独学。慶応大学医学部進学コース在学中より音楽活動に興味を覚えるようになり、やがて芸術家グループ<実験工房>に参加、作曲に専念する(1952)。以来、オーケストラ、室内楽、合唱、劇場用音楽、インターメディア、電子音楽、コンピュータ音楽など、幅広い作曲分野で活躍、作品は国際的に広く演奏されている。
  ベルリン映画祭審査特別賞(61)、イタリア賞(66、67)、サン・マルコ金獅子賞(67)、尾高賞(72、88、97、03)、文化庁芸術祭大賞(73、83)、飛騨古川音楽大賞(95)、京都音楽賞大賞(95)、サントリー音楽賞(96)、芸術選奨文部大臣賞(97)、紫綬褒章(97)、日本芸術院賞・恩賜賞(99)、旭日小綬章(07)等、受賞多数。
  1981年より94年まで、カリフォルニア大学サン・ディエゴ校(UCSD)教授として、教育と研究の場でも活躍。現在、UCSD名誉教授、日本大学芸術学部大学院客員教授、国際現代音楽協会(ISCM)名誉会員。

  処女作《二つのパストラール》(1952年5~6月作曲/1981年出版)は、「Pastorale A/ Largo deciso」(自然の中に流れる厳粛な精神)、「Pastorale B/ Moderato」(自然の中に流れる活動的な精神)の2曲からなる。1952年8月9日東京で松浦豊明により初演。第2作《スリー・スコア・セット》は、1953年9月実験工房公演にて松浦豊明により初演。「プレリュード」「コラール」「フィナーレ」の短い3曲からなる。《セレナード/〔ド〕のうた(Serenade, Chant pour "Do")》(1954年作曲/1981年出版)は、連打されるドに基づく即興曲。作曲当時は公開されなかった。
  《内触覚的宇宙》は、1957年6月22日実験工房ピアノ作品演奏会にて園田高弘により初演。「内触覚的」とは、原始的な洞窟絵画のように「外的な観察によってではなく内的な感覚(sensation)によってフォルムが描きとられてゆく型の芸術」[Herbert Read “Icon and idea”(1955)]を示している。同タイトルのシリーズは、ピアノ曲(1957/1986)・二十弦筝と尺八(1990)・チェロとピアノ(1997)・オーケストラ(2002)の五曲を数える。《プロジェクション・トポロジク》は、1959年8月19日軽井沢にて園田高弘により初演。プロジェクション第1(静的な時間空間)、同第2(浮動的な時間空間、偶発するエネルギー)、同第3(静的な形の中に浮動的な時間空間エネルギーの交替)、の3部からなる。《ピアノのためのプロジェクション・エセンプラスティック》は1961年12月作曲、翌年2月23日に武満徹《コロナ》やクセナキス《ヘルマ》とともに高橋悠治により初演。同タイトルにはピアノのためのもの(図形楽譜)と、ホワイトノイズを素材にした電子音響作品があり、両者は音楽の考え方(細かいものが寄り集まって全体を作る= ἕν + πλαστικός)が共通している。今回は初の同時演奏を試みる。
   《オン・ザ・キーボード》は高橋アキの委嘱、1972年2月15日初演。タイトルは、鍵盤とペダルのみによる新しい世界の開拓を指すと同時に、内部奏法に否定的である日本楽壇への揶揄も込められている。《「夜半日頭(やはん・じっとう)」に向かいて》は、1984年春カリフォルニア大学音楽実験センター(CME、サンディエゴ)にて作曲、同年6月3日にNYリンカーン・センターにてアラン・ファインバーグ(ピアノ)により初演。世阿弥『九位』の能実践の喩え、「夜半、日頭明らかなり」(新羅では真夜中に太陽が煌々と照っている)に縁る。《内触覚的宇宙II・トランスフィギュレーション》は高橋アキの委嘱、1986年2月21日に横浜で初演。巨大なリゾネーター(響鳴体)としてのピアノという楽器のソノリティの変幻、変遷(トランスフィギュレーション)を時間軸に従って聴き込んでゆく。
  《サブリミナル・ヘイ・J》 (1990)は高橋アキのビートルズ・コレクション(東芝EMI)の委嘱。ポリクロニックな多層的時間のうちに、「Hey Jude」とHey Joe(作曲者自身)が意識と潜在意識の間を懐かしく往復する。《メロディーズ》 (1997)は里見暁美により1997年7月11日に委嘱初演。作曲者の敬愛するバッハ(BACH)と、BRAH(M)S(没後100年)、FRA(NZ) SCHUBER(T)(生誕200年)をメロディに置き換えたものが、順次浮き彫りにされる。バレエ音楽《サーカス・バリエーション》より「ワルツ」(2012)は、ショット出版社社長ペーター・ハンザー=シュトレッカー博士の70歳を記念して、26ヶ国・70人の所属作曲家に「我々の時代の舞曲」をテーマに新作ピアノ曲を委嘱した、《ペトルーシュカ・プロジェクト》の一環として、旧作を書き直したものである。

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感想集 http://togetter.com/li/585237

■J.S.バッハ:イギリス組曲 Englische Suiten (全6曲) ~クラヴィコード独奏による
10月30日(水)20時開演(19時半開場)

c0050810_455959.jpg●第1番イ長調 BWV 806
Prélude - Allemande - Courante I/II - Sarabande - Bourrée I/II - Gigue

●第2番イ短調 BWV 807
Prélude - Allemande - Courante - Sarabande - Bourrée I/II - Gigue

●第3番ト短調 BWV 808
Prélude - Allemande - Courante - Sarabande - Gavotte - Gigue

●第4番ヘ長調 BWV 809
Prélude - Allemande - Courante - Sarabande - Menuett I/II - Gigue

●第5番ホ短調 BWV 810
Prélude - Allemande - Courante - Sarabande - Passepied I/II - Gigue

●第6番ニ短調 BWV 811
Prélude - Allemande - Courante - Sarabande /Double - Gavotte I/II - Gigue

  《イギリス組曲》の各曲の正確な作曲年代はわかっていないが、1720年代の前半に作曲されたと見られる《フランス組曲》より数年早く、ヴァイマル時代後期には既に着手されていたとみられる。バッハは1730年代もこれらの作品の改訂を続け、また現存する写譜にはバッハ以外の人間による装飾音も施されており、このうちのどれがバッハの演奏やレッスンに基づくものかは判断が難しい。《イギリス組曲》も《フランス組曲》も、 演奏のための“決定稿”と呼べるようなバッハの清書自筆譜は残っていないのである(《平均律クラヴィーア曲集》第2巻なども同様)。「イギリス」というタイトルはバッハによるものはなく、初期の史料にも見られない。バッハの最初の伝記(1802年出版)の筆者であるJ. N. フォルケルは、これら6つの組曲はあるイギリス人貴族のために作曲されたので《イギリス組曲》として知られているとするが、これは証拠に乏しい。音楽そのものに関しては、後述するように《イギリス組曲》にイギリス的な要素はほとんどないと言ってよい。

  バッハの鍵盤組曲はすべて、アルマンド(ドイツ)・クーラント(イタリア)・サラバンド(スペイン)・ジーグ(イギリス)と、4つの国の舞曲を緩・急・緩・急の順で並べる配列を基礎としており、このような“バロック組曲”の形式を確立したのは、17世紀の南ドイツの作曲家、フローベルガーであるとされている(バッハの組曲では、この枠組みにギャランテリィエン(Galanterien)と呼ばれる楽章が幾つか加えられる)。しかし、18世紀にこのジャンルがチェンバロのための音楽を代表するようなものになるまで発展したのは、シャンボニエールからフランソワ・クープラン(“大クープラン”)に至るまでのフランスの作曲家達の功績によるところが大きい。18世紀フランスの美学では“良い趣味(le bon goût)”と呼ばれる定義の難しい微妙な概念が一つの理想として論じられた。バッハがこのスタイルを学んだのは、主にイギリスで活躍したフランスの作曲家デュパールや、前述のクープランなどの作品からである。もちろん、バッハの作品群はそういった伝統の単純な模倣ではない。彼の組曲では、フランス的なホモフォニックで比較的自由な様式と、ドイツの伝統的な様式である模倣的対位法による和声の強い構築感との統合が試みられており、また、《イギリス組曲》第2~5番のプレリュードではイタリアの管弦楽書法であるリトルネロ形式の“協奏曲(concerto)”のスタイルがとられている(最後の2曲ではそれにフーガが融合される)。このように、各国の様々なジャンルやスタイルを実験的に組み合わせることによって、バッハは、後に後期バロックの代名詞ともなるような彼独特のイディオムを築き上げたのである。
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by ooi_piano | 2013-10-28 23:32 | POC2012 | Comments(0)