8/25(金) ソラブジ《オープス》& 古川聖《ノベレッテ集》完演


by ooi_piano

6/15(日)メシアン公演 平野貴俊氏寄稿 (脚注) [増補]

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(註1)Olivier Messiaen, Traité de rythme, de couleur, et d’ornithologie (1949-1992), Paris, Alphonse Leduc, 1994-2001 (en 7 tomes et 8 volumes). メシアンによるプログラム・ノートの戦略的な利用については次の論文を参照:Yves Balmer, « Entre analyse et propagande : Olivier Messiaen et son usage des notes de programme », Michel Duchesneau, Valérie Dufour et Marie-Hélène Benoit-Otis dir., Écrits de compositeurs : une autorité en questions (XIXe et XXe siècles), Paris, Vrin, 2013, p. 27-47.

(註2)ロリオはパリ国立高等音楽院でメシアンが教えた最初の生徒のひとりである。1941年5月7日、和声クラス教授に就任したメシアンが初めて行った授業(《牧神の午後への前奏曲》の分析)はロリオに深い感銘を与えた。のちにロリオは、そのときのメシアンを「天から降りてきた先生」と形容している。Jean Boivin, La classe de Messiaen, Paris, Christian Bourgois, 1995, p. 31-32.

c0050810_1451463.jpg(註3)La classe de Messiaen の著者ジャン・ボワヴァンは、同書に収められたメシアンによる《春の祭典》分析に関する記述がメシアンの教えた内容と完全に異なる、という理由で激しい叱責を受けたという(2014年5月、筆者とボワヴァンとの私的会話)。

(註4)Peter Hill et Nigel Simeone, Messiaen, New Haven et Londres, Yale University Press, 2005.(独訳:Messiaen : eine Biografie, Übersetzung von Birgit Irgang, Mainz, Schott, 2007. 仏訳:Olivier Messiaen, traduction par Lucie Kayas, Paris, Fayard, 2008.)ヒルはメシアンと親交が深かったピアニストで、音楽学者シメオンとともにシェフィールド大学で教えていた。2007年には、メシアン研究者クリストファー・ディングルが、ヒル=シメオンの伝記に依拠しながらよりコンパクトな伝記を上梓した。Christopher Dingle, The Life of Messiaen, Cambridge, Cambridge University Press, 2007.

(註5)François Porcile, Les conflits de la musique française 1940-1965, Paris, Fayard, 2001, p. 65.

c0050810_14521842.jpg(註6)Yves Balmer, « La diffusion de l’œuvre d’Olivier Messiaen aux États-Unis : un révélateur des objectifs de la diplomatie culturelle française », Relations internationales, 2014/1 (n° 156), p. 37-51. 本論文によれば、フランス国外でのメシアン夫妻の演奏旅行は、フランス外務省の外郭団体によって全面的に援助されており、その要請を行っていたのは他ならぬロリオであった。リヨン高等師範学校准教授であるバルメールは、2008年からメシアンの弟子ミシェル・ルヴェルディの後任として、パリ国立高等音楽院で器楽専攻者向けの分析クラスを受け持っている。

(註7)Nigel Simeone, « Music Making in Occupied Paris », The Musical Times, vol. 147, no. 1894 (Spring, 2006), p. 23-50. Myriam Chimènes, La Vie musicale sous Vichy, Bruxelles, Editions Complexes, 2001.

(註8)Yves Balmer et Christopher Brent Murray, « Olivier Messiaen et la reconstruction de son parcours sous l’Occupation : le vide de l’année 1941 », Myriam Chimènes et Yannick Simon dir., La musique à Paris sous l’Occupation, Paris, Fayard / Cité de la musique, 2013, p. 149-160.

c0050810_14525656.jpg(註9)《まなざし》の成立経緯については次の論文を参照:Edward Forman, « ‘L’Harmonie de l’Univers’ : Maurice Toesca and the genesis of Vingt Regards sur l’Enfant-Jésus », Olivier Messiaen : Music, Art and Literature, Aldershot : Ashgate, 2007, p. 13-22. Lucie Kayas, « From Music for the Radio to a Piano Cycle : Sources for the Vingt Regards sur l’Enfant-Jésus », Christopher Dingle et Robert Fallon éds., Messiaen Perspectives 1 : Sources and Influences, Aldershot, Ashgate, 2013, p. 85-100. 同様の実験は1993年と2002年7月にブリストル、2002年6月にシェフィールドで行われているが、トエスカとマルミオン以外の朗読テクストに関しては、本公演とは異なるテクストが選ばれている

(註10)Maurice Toesca, Cinq ans de patience : 1939-1945, Paris, Émile-Paul, 1975.

(註11)Henry Barraud, « Henry Barraud : une longue carrière radiophonique au cœur de la vie musicale et au service de la culture (1938-1965) », Pierre Dellard and Louis Courtinat, éds., Cahier d’Histoire de la Radiodiffusion, 11-12 (1986), p. 160. バローはシェフェールとともに、第2次大戦後のフランス国営放送の再建に尽力し、同放送の音楽監督(のち教養放送監督)を20年間務めた (1944-1964)。1930年代から作曲家としても活動し、第2次大戦前後のパリ音楽界で大きな影響力をふるった。《まなざし》を扱ったこれまでの研究はこのインタヴューを参照していない。カイヤスは註9の文献で委嘱主をシェフェールと仮定しているが、バローの言葉を信じるならばこの仮説は誤りということになる。しかしバローの言葉自体、信頼をおくことができるかどうか疑わしい(次註参照)。ジョリヴェ《ピアノ協奏曲》については、委嘱が行われたことを証する手紙が存在する。Lucie Kayas, André Jolivet, Paris, Fayard, 2005, p. 390.

c0050810_14533080.jpg(註12)アンリ4世高校で哲学者アランに師事し、。フランス各地で副知事、県警の経理係を務めたのち、1942年6月、アメデ・ビュシエール(ヴィシー政権首相ピエール・ラヴァルによって任命されたパリ警視総監)とともにパリに着任。トエスカが県警にいた期間は、フランス最大のユダヤ人大量検挙が行われた1942年7月を含んでいる。このいわゆる「ヴェル・ディヴ Vel d'hiv」では、ユダヤ人をアウシュヴィッツなどに送るため約9000人におよぶ警官が動員されたとされる。トエスカが対独協力に与した可能性については、1998年2月3日『ル・モンド』に掲載された彼の訃報でほのめかされている。訃報掲載の10日後、同紙に掲載された文学史家ジャン=マルク・ベルリエールの記事はその可能性を高く見積もっている:Jean-Marc Berlière, « L’autre Maurice Toesca », Le Monde, le 13 février 1998, p. 13. ジョルジュ・サンド、ルナール、ラマルティーヌなど19世紀の作家の伝記を著し、1959年からフランス国営放送ORTFでラジオ番組の制作に携わった。なお、バローはトエスカを「小物三文文士 piètre écrivaillon」と評しており、両者の関係は良好でなかったと推測される。バローは上記インタヴューおよび自伝のなかで、《まなざし》とジョリヴェ《ピアノ協奏曲》、レイモン・ルシュール《マダガスカル狂詩曲》の委嘱が、フランス植民地に関連する作品を委嘱する企画の一環であったと語っている。メシアンがインド音楽に関心を寄せていたことから、バローはインドにまつわる作品をメシアンに委嘱し、その結果誕生したのが《まなざし》であったという。しかしこの発言は、クリスマス用のラジオ番組という企画の存在自体を疑わせるものである。委嘱に間違いなく絡んでいたバローがこのような内容の発言をするとは驚きであるが、それを裏づける証拠は現在のところまだ現れていない。Henry Barraud, Un compositeur aux commandes de la Radio : Essai autobiographique, édité sous la direction de Myriam Chimènes et Karine Le Bail, Paris, Fayard / Bibliothèque nationale de France, 2010, p. 471, 929.

(註13)ロリオは「メシアンとトエスカは、たまたま一度会っただけで一緒に仕事はしていない」と述べている。トエスカは1944年6月8日、ベルナール=ドラピエール邸でメシアンの《時の終わりへの四重奏曲》を聴いて作曲家に賛辞を送っている。Forman, op. cit., p. 13, 21.

(註14)メシアンはこの間、6月28日にピエール・ブーレーズと初めて対面している。ブーレーズが初めてメシアンの授業に出たのは同年12月8日、ベルナール=ドラピエール邸での分析講座においてである。

(註15)作曲家、画家。ナディア・ブーランジェに音楽を学んだが、1958年以降は美術に専念した。画家としてさまざまな賞を受けており、2002年には国家功労勲章コマンドゥールを受章。《まなざし》の計画が頓挫したあと、シリーはトエスカの『降誕』に独自の音楽を付けている(編成は2台ピアノ、打楽器、管楽器、弦楽器)が、スコアは出版されていない。なおシリーは《まなざし》初演からほどなくして起こった論争「メシアン事件 cas Messiaen」において、メシアンの音楽に否定的な見解を示している: Forman, op. cit., p. 21.

(註16)Maurice Toesca, La Nativité : eaux-fortes originales de Michel Ciry, Paris, Marcel Sautier, 1952.

c0050810_14542591.jpg(註17)1881年ダブリンで司教となり、1886年同地を離れてベルギーのマレッツ修道院(ベネディクト派)に入る。1899年ルーヴァンのモン・セザール修道院長、1909マレッツ修道院の大修道院長。1917年から順次出版された講話(『キリスト、魂の生』、『神秘のなかのキリスト』、『キリスト、僧の理想』)は広く読み継がれた。

(註18)Claude Samuel, Permanences d’Olivier Messiaen : Dialogues et commentaires, Paris, Acte Sud, 1999, p. 17. 本書は Musique et couleurs – Nouveaux entretiens avec Claude Samuel, Paris, Belfond, 1986. の増補版である。こちらは1993年戸田邦雄によって邦訳されている(クロード・サミュエル『オリヴィエ・メシアン その音楽的宇宙:クロード・サミュエルとの新たな対話』音楽之友社)。初版は1967年の Entretiens avec Olivier Messiaen, Paris, Belfond. であり、本書も1975年同じく戸田によって訳されている(クロード・サミュエル『現代音楽を語る:オリヴィエ・メシアンとの対話』芸術現代社)。

(註19)Brigitte Massin, Olivier Messiaen : une poétique du merveilleux, Paris, Alinéa, 1989, p. 27.

(註20)ibid., p. 53. メシアンの母セシル・ソヴァージュは詩人、父ピエールはシェイクスピア劇の翻訳で有名な英文学者。母はメシアンが18歳のときに亡くなった。妊娠中にセシルが書いた詩集『芽ばえる魂 L’Âme en bourgeon』(1908) はメシアンに重要なインスピレーションを提供したという。

(註21)ibid., p. 54.

c0050810_14545590.jpg(註22)第10曲〈喜びの聖霊のまなざし〉で高らかに鳴り響く「狩りの歌 air de chasse」は、中世の絵画でしばしば描かれる一角獣の神秘の狩りに由来している。この神秘の狩りの場面において、マリアは「閉ざされた庭 hortus conclusus」(『雅歌』4 : 12)にとどまり、大天使ガブリエルが狩りの衣に身を包んで角笛を吹く。ガブリエルは4匹の犬に支えられ(「狩りの歌」は4音の和音からなる)一角獣を追うが、一角獣は園のなかに入ってマリアの膝の上に飛び込む。7世紀以降、一角獣のモティーフが降誕および受胎告知の場面で登場するようになり、やがて一角獣は受胎告知の象徴となった。Siglind Bruhn, Les "Visions" d'Olivier Messiaen, Paris, L’Harmattan, 2008, p. 267-268.

(註23)Olivier Messiaen, Traité de rythme, de couleur, et d’ornithologie (1949-1992) tome II, p. 439, 472. メシアンは同書437頁から509頁にかけて《まなざし》の分析を行っている。編纂したロリオによれば、この分析は1954年にザールブリュッケン音楽大学で行われたメシアンの講義内容にもとづいている。

(註24)Michèle Reverdy, L’œuvre pour piano d’Olivier Messiaen, Paris, Alphonse Leduc, 1978, p. 54. 本書はメシアンの弟子ルヴェルディの著書であるが、メシアンは刊行前にその内容をチェックし、場合によっては書き換えを要求していた(Hill et Simeone, Messiaen, p. 182.)。なお「慢大葉」(만대엽、「マンデヨップ」)は「遅くて大きい歌」という意味で、韓国の歌曲および器楽曲におけるテンポと規模を表す「慢大葉」・「中大葉」・「数大葉」のひとつであり、このうち「数大葉」がもっとも速い。

(註25)メシアンがバリの音楽を初めて聴いたのは1931年のパリ植民地博覧会においてである:Hill et Simeone, Messiaen, p. 137.

(註26)Lucie Kayas, « From Music for the Radio to a Piano Cycle : Sources for the Vingt Regards sur l’Enfant-Jésus », p. 96.

(註27)Peter Hill, « Piano Music I », The Messiaen Companion, Peter Hill dir., Londres, Faber and Faber, 1995, p. 89-90.

(註28)メシアンがストラヴィンスキー《春の祭典》の分析で援用した概念。特定の音価を基準として、増大する音価、減少する音価、変化しない音価の3つのグループを認め、これらを劇中の人物に喩えている。ベートーヴェン作品の分析でメシアンが援用した「省略による発展 développement par élimination」も同様の発想にもとづいているが、この概念はヴァンサン・ダンディが『作曲法講義 Cours de composition musicale』第2巻 (1909) ですでに導入していたものである。Jean Boivin, op. cit., p. 249.

(註29)第6曲〈その方によって万物はつくられた〉では、左手で奏される主題の変形が9回反復され、非対称的拡大を被る。主題の変形を構成する11音のうち、第1音は不変だが、第2音から第4音は反復されるごとに半音ずつ上行する。第5音と第6音は不変だが、第7音と第8音は反復されるごとに半音ずつ下行する。第9音と第10音は最初の3回で半音ずつ下行し、次の6回で半音ずつ上行する。第11音は最初の3回は不変だが、次の5回で半音ずつ下行する。非対称的拡大という語はスコアには記されているが、『わが音楽語法 Technique de mon langage musical』(1942年執筆、1944年刊行)および『リズム、色彩、鳥類学総説』には言及されていない。もっとも後者には、リズム人物と関連する技法として本技法に関する解説がある。Messiaen, op. cit., p. 34-36.
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by ooi_piano | 2014-06-10 22:03 | Chiersance2014 | Comments(0)