7/2(日) シベリウス交響曲第6番・第7番・「タピオラ」(ピアノ独奏版)


by ooi_piano

7/12(日) マーラー交響曲第9番+シェーンベルク変奏曲Op.31ピアノ独奏版 世界初演


ピアノによるマーラー交響曲集
Mahlers Sinfonien am Klavier vorgetragen

c0050810_21572667.jpg【第四回公演】
2015年7月12日(日)19時
開演(18時半開場) Sunday, July 12, 2015, 7 PM
 大井浩明/ピアノ独奏 Hiroaki OOI, piano solo

公園通りクラシックス (東京都渋谷区宇田川町19-5 東京山手教会B1F)
全自由席 3,000円  http://k-classics.net/
予約・問い合わせ tel. 080-6887-5957 book.k-clscs[at]ezweb.ne.jp


■A.シェーンベルク:管弦楽のための変奏曲 作品31 (1926/28) 約25分
 Arnold Schönberg - Dante Anzolini: Variations for Orchestra Op.31 arranged for piano solo (World premiere)
 D.アンゾリーニ(1959- )によるピアノ独奏版(2001) (世界初演)
  Introduktion - Thema - Var.I - Var.II - Var.III - Var.IV - Var.V - Var.VI - Var.VI - Var.VII - Var.VIII - Var.IX - Finale

(休憩10分)

■G.マーラー:交響曲第9番ニ長調(1909/10) [全4楽章]  約80分
 Gustav Mahler - Albert Breier: Symphony No.9 arranged for piano solo (World premiere)
 A.ブライアー(1961- )によるピアノ独奏版(1993) (全曲による世界初演)
第1楽章 Andante comodo
第2楽章 Im Tempo eines gemächlichen Ländlers
第3楽章 Rondo-Burleske
第4楽章 Adagio. Sehr langsam und noch zurückhaltend



シェーンベルクが観たマーラーの《交響曲第9番》 ~シェーンベルクの未完の理論書に基づく考察~
      ─────────佐野旭司(音楽学)


c0050810_2158990.jpg  シェーンベルクは1917年にマーラーの《交響曲第9番》に関する理論書の執筆を試みた。その手書きの草稿は現在ウィーンのシェーンベルクセンターに所蔵されている。この理論書は未完に終わっているが、シェーンベルクが書き残したメモの内容は、彼がマーラーの《第9》をどのように考えていたのかを考察する手掛りとなる。ここではシェーンベルクのメモの内容から、彼が考えていたマーラーの《第9》の特徴とはどのようなものだったのか、そしてシェーンベルクにとってこの交響曲がどのような意味を持っていたのかを探っていきたい。



手稿の内容とシェーンベルクのマーラー観

c0050810_21583287.jpg  この手稿は4ページからなっており、そのうち最初のページが表紙で残りの3ページが本文である。そして本文は11項目のメモと、結論部分からなっており、メモは2、3ページ目に、結論は4ページ目にそれぞれ書かれている。その中でも特に内容の核心をなす文章の一部を以下に紹介しよう。


3) この最後の作品は、あらゆる観点において最も円熟した状態を示している。
4) その熟達さは次の点で分かる。
 a) 内容において。
 b) 表現方法(様式、形式、etc.)において。
5) 音楽において、内容の比較は困難である。何故ならそれは比較しようのないものであるからだ。
6) これに対して、表現方法(形式、様式、etc.)はより簡単に判断できる。
7) マーラーの第9交響曲のような作品、彼の最後の作品に分け入ろうとするならば、技法の最高点という特徴を、正しく探求するであろう。
8) その特徴が何であるのかを、まず考えてみるのがよいだろう。
9) 全体として、次のように言うことができよう。
より少ない言葉でなす者はより多くを語る。ゆえに表現の簡潔さと精密さが本質的な特徴となる。


c0050810_2159374.jpg  この手稿は、その分量の少なさからも彼がこの時点で思いついたことをメモ程度にまとめたものと考えられる。しかし1917年という時期にシェーンベルクがこの曲に着目していたということは興味深い事実である。では彼はマーラーの《交響曲第9番》をどのように見ていたのだろうか。
  上記の文章のうち5)~7)の内容から、シェーンベルクはマーラーのこの曲の作曲技法について述べようとしていたことが分かる。そして9)の中でマーラーの《第9》の技法的特徴について「少ない言葉で多くを語る」、「表現の簡潔さと精密さ」と述べている。
  ではこの「少ない言葉で多くを語る」、「表現の簡潔さと精密さ」という言葉はマーラーの《第9》のどのような技法的特徴を指しているのか。シェーンベルクが1912年に行ったマーラーについての講演の原稿には、類似した内容の発言が見られる。彼はこのとき、「マーラーがほんの2、3の音から空想と芸術性と豊かな変化によって果てしない旋律を作り上げていくのを観察すれば[中略]、マーラーの主題は高度な意味において独創的であるといえる」(A.Schönberg Stil und Gedanke / Aufsätze zur Musik. ed. by Ivan Votèch : S. Fischer, 1976)と述べている。この発言は「少ない言葉で多くを語る」、「簡潔さと精密さ」という言葉とほぼ同義であろう。シェーンベルクはここで、音楽は主題そのものが重要なのではなく、その主題から音楽全体をどのように作るか、すなわち主題を如何に徹底して労作させるかが問題であると述べることによりマーラーを称賛している。つまりシェーンベルクはマーラーの動機労作の手法が如何に優れているかを語っているのである。
  この言葉は《交響曲第9番》に限定したものではなく、むしろ彼の作品全般に対するものである。しかしシェーンベルクはこの発言をした時点ですでにマーラーの《第9》を知っており、この曲の楽譜も入手できる状況にあったことを考えれば、この発言も《第9》の様式を知った上で述べていると考えられる。さらに、もしそうであるならばこの曲はシェーンベルクが1912年の時点で最も新しく知ったマーラーの作品ということになる。
  そしてこの発言と《第9》についてのメモの内容を合わせて考えると、シェーンベルクは限られた音から大きな構造を作るという構成法を、マーラーの《第9》の特徴の1つと見做していたと考えられよう。


マーラーの《交響曲第9番》の技法的特徴

c0050810_21593839.jpg  実際にマーラーの《交響曲第9番》を見ると、シェーンベルクの言葉通り簡潔かつ精密な構造であることが分かる。
  まずこの交響曲の構成上の特徴としては、4つの楽章がいずれも2つの主題の交替によって作られており、さらに曲中の主要主題がいずれも第1楽章の第1主題の冒頭動機と関連性を持っている。
まず第1楽章の第1主題は2度下行の音形で始まるが、この2度音程は交響曲全体にとって重要な意味を持っている。まず第1主題の内部ではこの2度下行音形が多様に変形する。一方第2主題には2度の要素は見られないが、その音形は第1主題の部分動機から派生していることが分かる。
  第2~4楽章はいずれもABABAという形式であるが、第2楽章と第3楽章ではそれぞれ、AとBの両主題において2度音程の要素が明瞭に表れている。また第3楽章のA主題は楽章内で変形するが、それは第4楽章のA主題となる。一方第4楽章のB主題は、その主旋律は既出の動機との関連性がほとんど見られない。しかしこの主題の対声部には2度下行音形が用いられることにより他楽章の主題との関連性が保たれている。
  以上のように、各楽章とも2つの主題のみにより構成されており、それらの主題が第1楽章の第1主題と何らかの形(主に2度音程の要素)で関連していることから、この曲は限られた素材や音によって構成されているといえよう。このような曲のあり方は、「少ない言葉で多くを語る」というシェーンベルクの言葉にまさに相応しい。
  さらに、第1楽章の第1主題冒頭のわずか2音の動機が徹底して労作されるところに、シェーンベルクの言う「表現の簡潔さと精密さ」という特徴を見ることができる。


マーラーとシェーンベルクの交流と音楽上の影響関係
 
c0050810_2202033.jpg  マーラーは1901年末から1902年の初め頃、おそらくシェーンベルクと出会う以前に、シェーンベルクの《浄夜》の楽譜を見る機会があり、この曲に感銘を受けたという。そして1905年に書かれた《交響曲第7番》では動機労作の手法が《浄夜》と類似している。そしてマーラーは《交響曲第8番》(1906)において動機労作をさらに徹底させ、単一の主題を発展させることで曲全体を作るという手法を確立した。そしてシェーンベルクも同年に、《室内交響曲第1番》において初めて単一主題による手法を用いている。
  マーラーとシェーンベルクがいつ出会ったかについては先行研究の間で諸説あるが、現存の資料からは1903年秋から「創造的音楽家協会」※が発足する1904年4月までの間と推察できよう。彼らはこの団体の活動を通して互いの曲を深く知る機会があり、またマーラーの妻アルマは、当時2人は頻繁に専門的な議論を交わしていたと述べている(アルマ・マーラー『グスタフ・マーラー――回想と手紙』酒田健一訳、白水社、1973年)。このことから、当時マーラーとシェーンベルクの間で如何に親密な音楽的交流があったかが分かるだろう。さらに1905年2月3日のウェーベルンの日記によれば、創造的芸術家協会での演奏会の後、シェーンベルクや彼の弟子たちがマーラーと食事をしている際に、マーラーは「音楽において大きな構造は、後に現れる全ての素材の胚芽を含む単一の動機から発展させられるべきである」と語ったという(F. Wildgans “Gustav Mahler und Anton von Webern” in Osterreichsche Musikzeitschrift, 15 Jahrgang, Heft 6. 1960)。
  このように、マーラーの《交響曲第7番》と《浄夜》や同時期に作られたマーラーの《交響曲第8番》とシェーンベルクの《室内交響曲第1番》の間に手法上の共通性が見られることと、この時期に2人が音楽を通じて密接な交流をしていたことを合わせて見ると、単一主題とその発展による手法は、マーラーとシェーンベルクの相互の影響関係により生まれたと考えることができよう。
  そしてマーラーは《交響曲第9番》においてこの手法をさらに徹底させた。彼の《第8》では冒頭主題の全体が動機労作に用いられるのに対し、《第9》は第1楽章第1主題の冒頭の2音が曲全体の主要動機の素となっている。それにより《第9》はより一層統一性が与えられているのである。つまり《第9》の方が、「少ない言葉で多くを語る」、「表現の簡潔さと精密さ」というシェーンベルクの言葉に当てはまるだろう。


シェーンベルクがマーラーの《交響曲第9番》に着目した背景

c0050810_2215238.jpg  ではなぜシェーンベルクは1917年という時期にマーラーの《第9》に着目したのだろうか。シェーンベルクはこの年にオラトリオ《ヤコブの梯子》の作曲に取りかかった。この曲は6音の集合体により構成されている。つまり6つの音(嬰ハ・ニ・ホ・ヘ・ト・変イ)を自由に並べ替えることにより諸動機を作るという手法である。曲の構成原理は根本的に異なるものの、「限られた音により曲全体を作る」という方法は、マーラーの《第9》における手法をさらに押し進めたものといえる。
  のみならず《ヤコブの梯子》は徹底した動機労作を突き詰めた1つの帰結点ともいえよう。前述のようにシェーンベルクはマーラーとの相互影響により単一主題による手法を確立した。そして彼は《室内交響曲第1番》以降、音列作法を用いる以前の無調の作品において動機労作をさらに徹底させる。そしてその手法を極限まで推し進めた結果が《ヤコブの梯子》に見られる6音の集合体による作法である。
  つまりシェーンベルクはこの曲によって新たな世界に入った。それは続く12音技法の先駆ともいえる。そのような時期だからこそ自らのそれまでの手法を顧みようとしたのではないだろうか。つまりシェーンベルクはマーラーの《交響曲第9番》の中に、自らがそれまでに行ってきたことの共通点を見出したのだろう。シェーンベルクがマーラーの《第9》に着目した背景にはシェーンベルクのこのような様式変遷の過程があったといえる。
  以上のことから考えて、マーラーの《交響曲第9番》は、シェーンベルクが作曲技法の理論書を書くための材料として理想的なものであったと推察できよう。そしてそれが未完の草稿の中に見られる「あらゆる観点において最も円熟した状態を示している」、「技法の最高点」という言葉に表れているのではないだろうか。

c0050810_22123967.jpg

Arnold Schönberg: Portrait von Gustav Mahler, 1910
c0050810_207274.jpg

c0050810_2073415.jpg

c0050810_2075452.jpg

c0050810_2081275.jpg

[PR]
by ooi_piano | 2015-07-09 21:52 | コンサート情報 | Comments(0)