8/25(金) ソラブジ《オープス》& 古川聖《ノベレッテ集》完演


by ooi_piano

POC2015&関連公演 (一部曲目追加)

大井浩明 POC[Portraits of Composers] 第22回~第26回公演
大井浩明(ピアノ+笙)
松涛サロン(東京都渋谷区松濤1-26-4)
JR渋谷駅徒歩8分、井の頭線神泉駅徒歩3分

3000円(全自由席) [3公演パスポート8000円 5公演パスポート12000円]
【お問合せ】 合同会社opus55 Tel 050(5849)0302 (10~18時/水木休) Fax 03 (3377)4170 (24時間受付) http://www.opus55.jp/


c0050810_1721383.jpg【ポック[POC]#25】 2016年1月24日(日)18時開演(17時30分開場)   カーゲル全ピアノ作品
ヴィンコ・グロボカール(1934- ):一人のピアニストのための《音符(ノーツ)》(1972、日本初演) [招待作品]
ブライアン・ファーニホウ(1943- ):《クヮール - 自己相似リズムによる練習曲》(2011/13、日本初演) [招待作品]
マウリシオ・カーゲル(1931-2008):《4つの小品》(1954、日本初演)、《メタピース - 擬態》(1961)、《MM51 - 映画音楽の小品》(1967)、《鍵盤で - 練習曲》(1977)、《Rrrrrrr...》(1980/81)より「ラーガ」「ラグタイム-ワルツ」「ロンデーニャ」、《ヒポクラテスの誓詞》(1984)、《複合過去 - 狂詩曲》(1992/93、日本初演)、《二本の手で - 即興曲》(1995、日本初演)、《即興曲第2番》(1998、日本初演)


c0050810_1721182.jpg【ポック[POC]#26】 2016年2月21日(日)18時開演(17時30分開場)  一柳慧 主要ピアノ曲
一柳慧(1933- ):《ピアノ音楽第1》(1959)、《ピアノ・メディア》(1972)、《タイム・シークエンス》(1976)、《星の輪》~独奏笙のための(1983)、《雲の表情》(1984-99)(全10曲) [雲の表情I、II、III、IV『雲の澪』、V『雲霓(うんげい)』、VI『雲の瀑』、VII『雲の錦』、VIII『久毛波那礼(くもばなれ)』、IX『雲の潮』、X『雲・空間』]《ピアノ音楽第9》(2015、世界初演)



─────────────
【プレ・イヴェント】

c0050810_17231187.jpg■原田力男(1939-1995)歿後20周年追悼コンサート
2015年9月23日(水/祝)19時
 渋谷・公演通りクラシックス
甲斐史子(ヴァイオリン)+大井浩明(ピアノ)
甲斐説宗(1938-1978):《ヴァイオリンとピアノのための音楽Ⅰ》(1967/74)、《ヴァイオリンとピアノのための音楽Ⅱ》(1978)、《ピアノのための音楽Ⅰ》(1974)、《ピアノのための音楽Ⅱ》(1976)、ベラ・バルトーク:《ヴァイオリン・ソナタ第1番 Sz.75》(1921)、《ヴァイオリン・ソナタ第2番 Sz.76》(1922)、ヤニス・クセナキス:《ディフサス Διχθάς》(1979)


c0050810_17235529.jpg■ブソッティ《ラーラ・フィルム》生演奏付き上映会
2015年10月6日(火)19時
 渋谷・公演通りクラシックス
日野原秀彦+大井浩明(二台ピアノ)、薬師寺典子(ソプラノ)、恩地元子(プレトーク)
シルヴァーノ・ブソッティ(1931- ):《タブロー・ヴィヴァン(「サドによる受難曲」に先行する活人画) Tableaux vivants avant 'La Passion selon Sade'》(1964)〔約15分〕、同:《ラーラ(フィルム) - 未公表ミュージック・シーケンスによる新編集版 RARA (film), Nuovo montaggio d’inedite sequenze musicali》(1967-69/2007、日本初演)〔約70分〕



c0050810_17201494.jpg【ポック[POC]#22】 2015年10月11日(日)18時開演(17時30分開場) ドナトーニ(歿後15周年)全ピアノ作品
フランコ・ドナトーニ(1927-2000):《四楽章の作品》(1955、日本初演)、《三つの即興》(1957)、《抜刷》(1969)、《韻(リーマ)》(1983)、 《フランソワーズへ》(1983)、《フランソワーズ変奏曲(1~49)》(1983/96)、《レンゾとマルチェラへ》(1990、日本初演)、《レオンカヴァッロ》(1996、日本初演)


c0050810_1720292.jpg【ポック[POC]#23】 2015年11月3日(祝)18時開演(17時30分開場)  バラケ全ピアノ作品
●シルヴァーノ・ブッソッティ(1931- ):《クラヴィアのために》(1961、日本初演) [招待作品]
ジャン・バラケ(1928-1973):《回帰》(1947/48、日本初演)、《ソナタの間奏曲》(1949、日本初演)、《小曲》(1949、日本初演)、《二つの断章》(1949、日本初演)、《主題と変奏》(1949、日本初演)、《ピアノ・ソナタ》(1950/52、新校訂版による日本初演)



c0050810_191878.jpg【ポック[POC]#24】 2015年12月20日(日)18時開演(17時30分開場)  篠原眞 全ピアノ作品
篠原眞(1931- )《組曲》(1950、世界初演)、《4つのピアノ曲》(1951/53)、《ロンド》(ピアノ独奏版)(1953)、《ピアノ曲》(1956、世界初演)、《タンダンス(傾向)》(1969)、《アンデュレーションA(波状A)》(1996)、《ブレヴィティーズ(簡潔)》(2010/15、世界初演) [1. Decrease - 2. Articulations - 3. Dispersion - 4. Fluctuating stability - 5. Extension - 6. Instability - 7. Movement - 8. High tones - 9. Echoes - 10. Progression - 11. Arpeggios - 12. Reflection - 13. Accel Rit - 14. Low tones - 15. Instant - 16. Changes - 17. Motions - 18. Superimposed divided values - 19. Distribution - 20. Clusters 21. Dissolution-Coagulation - 22. Contrasted values - 23. Regular Irregular - 24. Superimposed dynamics]






POC2015:2周目の戦後前衛第一世代 ───野々村 禎彦

c0050810_1926717.jpg POCシリーズも今年度で5期目。「現代音楽」の歴史を鍵盤曲の全曲演奏で振り返るシリーズは、「戦後前衛第一世代から自身の同世代(60年代後半生まれ)まで、日本の作曲家をまず押さえる」(第1期)、「彼らと同時代の海外の作曲家も、厳選した上で網羅する」(第2期・第3期)という基本方針のもと、第4期で戦後生まれ世代を集中的に取り上げたことで、一通り完結した。第3期と第4期の間は、フォルテピアノによるベートーヴェン・ピアノソナタ全曲演奏東京公演を挟んで1年空いたが、大井にとっては両公演の意味は等価だという。ベートーヴェンの32曲の出来には凸凹があるが、全曲通奏に本質的な意義があるならば、「現代音楽」でも事情は同じはず、ということだ。クセナキスとリゲティはチェンバロ曲、ミュライユはオンド・マルトノ曲まで含めた全曲演奏だが、こんなことは世界中で彼にしかできない。日本人作品でも、演奏機会が多いものよりも正当な評価を受けていないものを重視するのが基本姿勢。実験工房同人よりも松下眞一や平義久を先に取り上げ、実験工房でも福島和夫にスポットを当てた。海外作品を中心に日本初演が多いが、松平頼則《美しい日本》全曲もこれが公開初演。三輪眞弘《虹機械:公案001》など、新作初演も少なくない。

 今期の位置付けは過去4期の補遺。単純に空白地帯を探すと、ケージ以外の英語圏の実験音楽と、海外の60年代生まれの世代ということになる。海外でW.リーム以降の50年代生まれ世代には、少なくとも鍵盤曲では重要な作曲家はいない。50年代生まれ世代と60年代生まれ世代の間には、実験的ポピュラー音楽が台頭し「現代音楽」と本質的な区別ができなくなったという大きな出来事があり、以後の世代の優れた作曲家は、あえて「現代音楽」という様式を選ぶ理由を考えている点が前世代とは違う。ただし、今期の作曲家選択で大井が主張しているのは、戦後前衛第一世代をさらに取り上げる方が重要だ、海外はクセナキス、リゲティ、ブーレーズ、シュトックハウゼンの超大物4人だけでは全然足らず、日本も松平父子、松下、実験工房同人だけでは不十分だということである。

c0050810_1959356.jpg 演奏会は作曲家の生年順に行われるが、本稿では主要作品の時代様式順に触れてゆく。すると最初はバラケ。この回の中心になる《ピアノ・ソナタ》(1950-52) は、ブーレーズの第2ソナタ(1948)、シュトックハウゼンのクラヴィア曲X(1956-62) と並べて、「戦後前衛三大ピアノ曲」と呼ぶにふさわしい大曲。戦後前衛の20年は、基本フォーマットに忠実な最初の10年と、個性的な逸脱が本質的な次の10年に大きく分かれ、どちらの時代にも大きな成果を挙げた作曲家は少ない。この3人でも、次の10年も進み続けたのは、即興性とライヴエレクトロニクスを全面的に導入したシュトックハウゼンのみ。ブーレーズは指揮者=音楽教育者としての名声で作曲委嘱を受け続けたに過ぎず、バラケは交通事故の影響もあって元々寡作だった創作ペースはますます落ち、未完成作品を多数抱えて早世した。1947-49年のピアノ小品群が最近発見され、一挙日本初演と合わせて一晩が埋まった。

 日本の戦後前衛第一世代を代表するセリー主義者は、第1期で取り上げた3人の他にふたりいる。ひとりは黛敏郎(1929-96) と共に戦後前衛最初の10年を支えた諸井誠(1930-2013)、もうひとりが篠原。彼は池内門下の逸材としてパリ音楽院に留学したが保守的な教育に飽き足らず、まずGRMに出入りしてフェラーリからミュジック・コンクレートを学び、B.A.ツィンマーマンを経てシュトックハウゼンに師事し、基本的な前衛語法を身に着けた。管理された偶然性による打楽器アンサンブル曲《アルテルナンス》(1962) でデビューすると同時に高く評価され、ストラスブール打楽器合奏団による録音がある。続いてシュトックハウゼンの助手としてライヴエレクトロニクス作品の浄書や音響操作を担当し、ヨーロッパ戦後前衛の転換期を心臓部の内側から体験した。ユトレヒトのソノロジー研究所に職を得た後は、フェラーリに劣らずユニークなミュジック・コンクレートを制作する傍ら、《エガリザシオン》(1975) など充実したアンサンブル作品を書いた。前衛の時代以降はエキゾティシズムに依らない和楽器と洋楽器の融合という新たな発想を得て、《コゥオペレーション》(1990) など旺盛な創作を続けた。今回のメインは8月に完成したばかりの最新作《プレヴィティーズ》。

c0050810_200629.jpg その次はカーゲル。アルゼンチンの劇場演出畑出身ながら戦後前衛の中心地ケルンに移住した二重のアウトサイダーは程なく、ヨーロッパ中心主義・芸術至上主義など、戦後前衛が無批判に継承した伝統を、視覚表現を駆使して批判し始めた。彼のような根源的な批判者を、だからこそ内部に取り込もうとしたのが、ヨーロッパ戦後前衛の懐の深さである。だが、彼の音楽は日本にはなかなか伝わらなかった。ドイツ音楽の精神性に連なるべく戦後前衛に向かった松下眞一は彼のスタンスを嫌悪し、海外の動向の紹介に大きな影響力を持った武満徹も彼を完全に無視した。彼の本格的な紹介は90年代に入ってから、海外情報の扱いに慣れた若い世代によって行われたが、彼らの理解も「親切にオチまで付けた寒い笑い」に留まりがちだった。「あまりの不条理さにまず唖然とし、その意味を考えるうちに毒が回り始める」彼の表現の受容は、今日でも依然不十分なのかもしれない。また、彼のスタンスもJ.S.バッハ生誕300周年記念作《聖バッハ受難曲》(1981-85) の頃から変わり始め、近藤譲は「自分をドイツ音楽史に連なる偉大な作曲家と看做し始めてからの彼はつまらない」と述べている。カーゲル作品を数多く初演したカニーノ(実は批判的だったそうだが、だからこそ適任者!)に師事した大井による全曲演奏は、彼の音楽の真実を各自の耳で問い直すまたとない機会だろう。

 そして一柳。高校時代に日本音楽コンクールに連続入選してジュリアード音楽院に留学した彼は、その数年後にはケージに師事して最初の図形楽譜作品《ピアノ音楽第1》を書いた。60年代の彼はケージ直系の厳格な図形楽譜に専念し、ケージとチューダーの日本公演をプロデュースして「ジョン・ケージ・ショック」をもたらした。雑多な素材をポップに混合した60年代末のテープ音楽を境に、70年代はミニマル書法に傾倒し、80年代以降は伝統回帰を強めて尾高賞の常連になった。ただし、ケージから「自我の放棄」を学び、企画側に回ることも多かった彼のスタンスは、委嘱者の意図になるべく応えることだった。日本のピアノ曲を1曲に絞るならば《ピアノ・メディア》以外有り得ないと公言する大井が、80年代以降の代表作である《雲の表情》全曲を中心に、《星の輪》では笙まで吹いて届けようとするのは、安易な図式化の先にある、この作曲家の全体像に他ならない。この日のために準備されている最新作《ピアノ音楽第9》は、再び厳格な図形楽譜で書かれている。

c0050810_2005293.jpg 最後はドナトーニ。前衛の時代に大きな成果を挙げた他の作曲家たちとは異なり、この時代の彼は苦しんだ。セリー時代には個性を発揮するには至らなかった。ケージの音楽に衝撃を受けて編み出した、素材の個性をオートマティックに消す「自己否定」書法は一定の成果を挙げたが、入力する断片がシェーンベルク作品でも自作でも、出力されるのは似たり寄ったりの灰色の線ならば、作曲を続ける意味はあるのだろうか?悩んだ末、筆を折ることを決意した彼は、最後だからと前衛作曲家として避けてきた、三和音を単純なリズムで連ねた断片を入れてみた。すると出てきたのは、因襲的な意味性は除かれているが原初的な愉悦感は失われていない、未聴感あふれる魅力的な素材だった。自分が作り上げたシステムの正しい使い方に最後の最後に気付き、「この年をもって、私は《ドナトーニ》になった」と自認する翌1977年以降は、シャリーノと並ぶイタリアのポスト戦後前衛を代表する作曲家として、多くの委嘱と弟子を抱えた多忙な生活を送ることになる。絶頂期の大作《フランソワーズ変奏曲》全曲と関連曲を中心とする俯瞰的選曲で、数奇な歩みを振り返る。


c0050810_21355630.jpgc0050810_21364590.jpg
チラシpdf (表)  (裏) 
[PR]
by ooi_piano | 2015-12-12 06:52 | POC2015 | Comments(0)