8/25(金) ソラブジ《オープス》& 古川聖《ノベレッテ集》完演


by ooi_piano

9月22日(祝・木)2台ピアノによるストラヴィンスキー傑作集

c0050810_15253444.jpgСТРАВИНСКИЙ ОСТАЕТСЯ ~二台ピアノによるストラヴィンスキー傑作集~
2016年9月22日(祝・木)19時開演(18時半開場)
浦壁信二+大井浩明/二台ピアノ

公園通りクラシックス (東京都渋谷区宇田川町19-5 東京山手教会B1F)
全自由席 3,000円  http://koendoriclassics.com/
予約・問い合わせ tel. 080-6887-5957 book.k-clscs[at]ezweb.ne.jp 
〔予約フォーム〕 http://koendoriclassics.com/events/149/
FBイベントページ 

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c0050810_5113286.gif■ストラヴィンスキー:《4つのエテュード》(1917)
  I. 踊り - II. 変わり者 - III. 雅歌 - IV. マドリード
■ストラヴィンスキー:舞踊カンタータ《結婚(儀礼)》(1917)  (歌詞邦訳全文
  花嫁の家で(おさげ髪) - 花婿の家で - 花嫁の出発 - 婚礼の祝宴(美しい食卓)

  (休憩15分)

■ストラヴィンスキー:舞踊音楽《浄められた春(春の祭典)》(1913)
  〈大地讃仰〉 序奏 - 春の兆しと乙女たちの踊り - 誘拐 - 春の輪舞 - 敵の部族の戯れ - 賢者の行進 - 大地への口吻 - 大地の踊り
  〈生贄〉 序奏 - 乙女たちの神秘の集い - 選ばれし生贄への賛美 - 曩祖の召還 - 曩祖の祭祀 - 生贄の踊り


〔いずれもイーゴリ&スーリマ・ストラヴィンスキーによるピアノ・リダクション版〕



■《4つのエテュード》(1917)

c0050810_5204862.jpg  最初の3曲が《弦楽四重奏のための3つの小品》(1914)、終曲が《自動ピアノのためのエテュード》(1917)の管弦楽配置である。ピアノラ(自動演奏ピアノ)というのは、空気を通す穴が開いた紙がロール状に巻かれていて、この紙がトイレットペーパーを引きだすごとく順次ピアノに送られ、この穴が個々の音符であり、穴からの空気で鍵盤が叩かれピアノが無人で音楽を奏する仕組み。20世紀の初頭に流行した。ストラヴィンスキーは後年になって、「作曲家は10本の指で出せる音以外を同時にピアノで鳴らせなかったけれども、ピアノラは自分に音楽をオーケストラ化する可能性を与えてくれた」と語っている。また、この曲を書くにあたってはグリンカの「マドリッドの夏の夜の思い出(1848)」から影響を受けたことを認めている。今も昔もロシア人は総じて太陽の光が燦燦とそそぐ地中海沿岸に惹かれるらしい。現代のロシアではトルコとエジプトに絶大な人気があったが、原油価格の暴落に連動した自国通貨のルーブル安、加えてイスラム国の台頭、欧米との泥仕合となりつつある経済制裁が、彼らの旅行の楽しみをおおいに制限してしまっている。



■舞踏カンタータ《結婚(儀礼)》(1917)

c0050810_5214996.jpg  イーゴリ・フョードロヴィチ・ストラヴィンスキー(1882 - 1971)は、帝政ロシアの俗福な家庭に生まれた。父はサンクト・ペテルブルグの王立マリインスキー歌劇場のバス歌手で、1893年にこの街でチャイコフスキーが没したとき、その死の床にかけつけたリムスキー=コルサコフ、グラズノフといった音楽家の中に、イーゴリの父、フョードル・ストラヴィンスキーもいたと記録されている。
  ストラヴィンスキーは革命の3年前、1914年に家族とともにロシアを出ている。その後ヨーロッパで興行師ディアギレフと組んで作曲・編曲活動に拍車がかかる。その点、1917年に同じくロシアを出たラフマニノフがその後アメリカに渡ったあと創造活動が委縮してしまったのとは対照的だ。
  ストラヴィンスキーはロシアを捨てたあと、純粋な望郷の念にかられただけの理由で曲を書いたとは思えない。《結婚(儀礼)》はロシアの古い婚礼の儀式を題材としているけれど、たとえばチャイコフスキーやムソルクスキーのように古いロシアの旋律をそのまま持ってきている、というものではない。全音階、アンヘミトニー(無半音)が通常のロシアの民族音楽よりもはるかに多用されている。おそらく当時の一般のロシア人が聴いても「なんやこれは」と違和感を覚えたはずだ。19世紀後半にロシアのインテリ家庭で育った人間として、またあのやや人をおちょくったような風貌からしても、この20世紀を代表する作曲家の屈折した発想と構想は、現代の我々にそう易々と覗き込めるものではなかろう。
c0050810_5224770.jpg  《結婚(儀礼) Les noces(仏), Свадебка(露)》は、作曲家自身によるいくつかの異なる楽器編成によるドラフトがあるが、1923年の最終ヴァージョンは、4台のピアノ、打楽器、声楽(ソロと合唱)という編成である。この20分強の曲は4つの場面から成り立っており、連続して演奏される。
 ● (婚礼に出かける前の)花嫁の家で。原タイトルは「おさげ髪, Коса(露)」
 ● (同じく)花婿の家で。
 ● 花嫁の出発。
 ● 婚礼の祝宴。原タイトルは「美しい食卓、Красный Стол (露)」

  曲名が示すとおり、扱われているのは「結婚儀礼」、つまり「しきたり」であり、花嫁、花婿がどういう人間であるかということは全く問題にされていない。古いロシアでは、若い結婚前の女性は髪を三つ編み(коса)にして、一本の長く垂れたおさげをこしらえ、処女の象徴とした。この一本おさげ髪が嫁入り前に花嫁の家において解かれ、人妻の象徴である二本のおさげに結い直され、これがプラトーク(ネッカチーフ)で覆われて、婚礼の祝典に出発する。革命後、このкосаという言葉・象徴性は共産主義の思想に合わず鳴りを潜めていたようだが、ソ連邦崩壊後(当のストラヴィンスキーは知るよしもない)、今度はファッション用語として使われ始めた。この場合、三つ編みは長く垂れなくてもよい。美人の首相と一時期脚光を浴びたウクライナのユリヤ・チモチェンコのあの髪型もкосаである。もちろん垂れた一本おさげを編んでいる女性と処女性は現代のロシアにおいて全く関係は無い。
c0050810_5235071.jpg  「婚礼の祝宴」の儀式は、日本の昔の嫁入り儀式、つまり殆どなんの会話もしない花嫁・花婿が仲人に挟まれて座敷の中心に置物のように座らされ、親戚一同が回りで飲めや歌え踊れのドンチャン騒ぎをしている光景に似ているかもしれない。面白いのは、その祝宴のさ中に新郎新婦の寝床に先にはいって床を温めている係りの別夫婦がいて、祝宴が続いている間に新郎新婦は「ゴーリカ!ゴーリカ!(苦いぞ、苦いぞ。酒がまだ苦いから、もっとキスをして甘くしろ)」という回りの掛け声に促されて、半ば強制的に温められた寝床に急き立てられる、という場面。なお結婚披露宴で客たちが「ゴーリカ!ゴーリカ!」と叫んで新郎新婦にその場でキスを迫る風習は、現代のロシアの結婚式でもよく見られる。
  ストラヴィンスキーはその育ちからしてこのようなロシアの田舎の古い慣習を日常として経験したことはあまりないはずで、こういった民俗的な結婚儀礼を原始的な生活への回帰というテーマとして書いたのか、あるいは曲を献呈しているディアギレフ率いるロシア・バレエ団(バレエ・リュス)の増収増益を促すネタとして商業的にこのテーマを選んだのか、あるいはその両方なのか、これはいろいろな見方があろう。


■舞踏音楽《浄められた春(春の祭典)》(1913)

c0050810_5321366.jpg  題名は仏語でLe sacre du printemps、英語で The Rite of springでこれらはまさに「春の祭典」なのだが、露語では Весна священная, 「神聖なる春」、「浄められた春」という意味に訳せる。太陽の神への生贄として一人の乙女が選ばれ、踊り続けされて最後は死に至るというおどろおどろしいストーリーを彷彿させるタイトルはロシア語の方だ。ストラヴィンスキーはこの曲を書くにあたって、リトアニアからウクライナ周辺に至る多くの地域を回って現地民謡の素材を集めたという。その点ではバルトークもそうであったが、ストラヴィンスキーはこれをロシア・バレエ団という当時欧州で最先端を行っていたショウ・ビジネスの中に持ち込んだというところが決定的に違う。
  かつては「変拍子、不協和音」という言葉がこの曲の代名詞のように使われたけれども、いまの人たち、少なくともクラシック音楽ファンは、そういう観点からだけでは聴いていないと思う。たとえば第一部の「春の兆し」の冒頭、オーケストラでは弦とホルン八本で八分音符をダッ、ダッ、ダッ、ダッと刻むところ。E♭7とE(F♭)のコードが重なった音を現代の我々が聴くとき、確かに音楽理論上は不協和音ではあるが感覚的に「不協和」と感じるかと問われれば、多くの人が否であろう。ましてピアノの透明な音色による演奏では尚更である。耳を澄まして「春の兆し」の響きを聴いてほしい。
c0050810_533452.jpg  1913年のパリにおける初演において、乱闘も出るような大スキャンダルになったことは有名だが、故国のサンクト・ペテルブルグ、モスクワでの初演では、ロシアの評論家たちはこの曲を単にいま流行の雑音(ノイズ)として片づけてしまったという。筆者はそれに似たような体験をまだ「鉄のカーテン」の時代のソ連、レニングラード(現サンクト・ペテルブルグ)でした。ディアギレフやストラヴィンスキーとも親交があり、《春の祭典》初演の振付をした天才ダンサー、ニジンスキーの娘と結婚した(後に離婚)指揮者イーゴリ・マルケヴィッチ(1912-1983)がその亡くなる直前にレニングラード・フィルハーモニーに客演したときのこと。曲目はベートーヴェンの第7交響曲と《春の祭典》。ともに指揮者の得意とするレパートリーで、客席には珍しくムラヴィンスキー(1903-1988)の姿もあった。世界最高レベルのオケとのベートーヴェンは感動的な演奏。耳の超えた聴衆達も惜しみない拍手を送った。空気がちと変わったのは後半の8春の祭典》。巨匠マルケヴィッチが暗譜で振る指揮棒の下、オケはあのシャープなサウンドで熱演したが、聴衆は明らかに「引いて」いて拍手も前半ほどではなく、曲はもちろん知っているがこれは我々が楽しむ「クラシック」とは違う、という態度が感じられた。1980年代の前半でも、レニングラードという街における演奏と聴衆は相当に保守的で革命前の貴族社会の雰囲気をひきずっていたのではないか、と今になって改めて思う。
   なお、Stravinsky は、ロシア語のアクセントにこだわる人はストラヴィーンスキイと綴るが、ここでは一般的なストラヴィンスキーとした。その他のロシア人の名前も一般的なカタカナ記載にとどめた。(大塚健夫/音楽評論)


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【関連公演】
〔ポック[POC]#30〕 2017年1月22日(日) 18時開演(17時半開場) 松涛サロン(渋谷区)
●大蔵雅彦(1966- ):《where is my》 (2016)(委嘱新作・世界初演)
●イーゴリ・ストラヴィンスキー(1882-1971): ピアノソナタ 嬰へ短調(1903/04)〔全4楽章〕(日本初演)、4つのエチュード Op.7 (1908)、ペトルーシュカからの3楽章(1911/21)(ティバダール・サーントと作曲者による独奏版)、11楽器のラグタイム(1917/18)[作曲者による独奏版]、交響詩《夜鶯の歌》(1917)[作曲者による独奏版]、《兵士の物語》による大組曲(1918)[作曲者による独奏版](日本初演)、ピアノ・ラグ・ミュージック (1919)、管楽器のシンフォニー集(1920)[アルトゥール・ルリエと作曲者による独奏版]、コンチェルティーノ(1920)[アルトゥール・ルリエによるピアノ独奏版](日本初演)、八重奏曲(1923)[アルトゥール・ルリエによるピアノ独奏版](日本初演)、ピアノ・ソナタ(1924)〔全3楽章〕、イ調のセレナード(1925)〔全4楽章〕、タンゴ(1940)[作曲者による独奏版]、仔象のためのサーカス・ポルカ(1943)[作曲者による独奏版]

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ストラヴィンスキー自身の編曲による、プレイエル社自動ピアノ(88鍵)のための作品一覧の広告:《春の祭典》《ペトルーシュカ》《火の鳥》《夜鶯の歌》《結婚》《兵士の物語》《プルチネルラ》《コンチェルティーノ》他
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※ストラヴィンスキーとその家族
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※1913年《春の祭典》初演のジャン・コクトーによる素描
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浦壁信二+大井浩明 ドゥオ

■2014年9月12日 http://ooipiano.exblog.jp/22474259/
D.ショスタコーヴィチ:交響曲第4番ハ短調作品43 (1935/36) (作曲者による2台ピアノ版、日本初演)[全3楽章、約60分]
A.スクリャービン:交響曲第4番作品54《法悦の詩》 (1908) (レフ・コニュスによる2台ピアノ版)[単一楽章、約20分]
(アンコール)B.バルトーク:《管弦楽のための協奏曲》より第4楽章「遮られた間奏曲」(1943、ヴェデルニコフ編)
三宅榛名:《奈ポレオン応援歌》(1979)

■2015年3月13日 http://ooipiano.exblog.jp/23322462/
A.オネゲル:交響曲第3番《典礼風》(1945/46)(ショスタコーヴィチによる2台ピアノ版、日本初演)[全3楽章、約30分]
  I. 怒りの日(Dies irae) - II. 深き淵より(De profundis clamavi) - III. 我らに平和を(Dona nobis pacem)
O.メシアン:《アーメンの幻影》(1943)[全7楽章、約50分]
  I. 創造のアーメン - II. 星たちと環のある惑星のアーメン - III. イエスの苦しみのアーメン - IV. 願望のアーメン - V. 天使たち、聖人たち、鳥たちの歌のアーメン - VI. 審判のアーメン - VII. 成就のアーメン
(アンコール)A.オネゲル:《パシフィック231》(1923)(N.キングマン(1976- )による二台ピアノ版(2013)、世界初演)
P.ブーレーズ:構造Ia (1951)

■2015年5月22日  http://ooipiano.exblog.jp/24126209/
G.マーラー:交響曲第2番ハ短調《復活》(1888/94) [全5楽章] (約80分) H.ベーン(1859-1927)による二台ピアノ版(1895) (日本初演)
  I. Maestoso - II.Andante con moto - III. In ruhig fließender Bewegung - IV.Urlicht - V. Im Tempo des Scherzos. Wild herausfahrend
B.A.ツィマーマン:《モノローグ》(1960/64) [全5楽章]  (約20分)
  I.Quasi irreale - II. - III. - IV. - V.
(アンコール)G.マーラー:交響曲第3番第5楽章「天使たちが私に語ること」(J.V.v.ヴェスによる四手連弾版)
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by ooi_piano | 2016-08-30 02:45 | POC2016 | Comments(0)