[未訂正]■2007/03/04(日) 世の中ね、顔かお金かなのよ


(承前)
《Aという場合で筋肉にこわばりが発生する一方、似たようなA’では余りこわばらず、さらに発展させたA’’だと全くこわばらない。考えられる要素を変奏させて、癌(クレーブス)を見つけ出すこと。》

  この変奏法の一つに、原型を時間的に、あるいは空間的に変形(反転・拡大・縮小・部分改変など)させて比較衡量するやり方があります。

c0050810_5384341.gif【時間軸上の逆行形】
  原形が「レ・ミ・ファ#・ソ・ラ・シ・ド#・レ」(右手指使い:12312345)を時間的に反行させると、「レ・ド#・シ・ラ・ソ・ファ#・ミ・レ」(右手指使い:54321321)となります。ニ長調の上昇音階に比べて下降音階が弾き易いならば、いったい何が違っているのか。
  「ミ・ファ#・ソ・ラ」(指使い2312)の部分を取り出し、それをビデオのスローモーション逆回しのつもりで「ラ・ソ・ファ#・ミ」(指使い2132)と弾いてみる。もし、「ミ・ファ#・ソ・ラ」と弾いた際の筋肉の使い方を、完全に逆回しに出来たとしたら、両者の難易度は同じ筈である。下降にくらべて上昇時には、何か余計な肘の緊張や、不適切な親指のモーションが発生していないかどうか。

  ※上昇時に、ソを弾く親指が硬くなってそこに断層が発生しがちなのは、往々にして人差し指が脱力出来ていないからです。ミを弾いた人差し指は、中指がファ#を押えている頃にはファ・ナチュラルあたりを茫然と漂っているべきで、それは、その前後では一切使用されていない筈の小指の脱力によって助けられるでしょう。

【空間的変形の例】
  これがニ長調ではなくニ短調だと、中指が黒鍵ではなく白鍵に来る、という違いが発生します。この程度の違いでも、弾き易さにちょっとした変化が現れます。
  「レ・ミ・ファ#・ソ・ラ・シ・ド#・レ」を、「・ミ・ファ#・ソ・ラ・シ・ド#・レ」や「ド・ミ♭・ファ#・ソ・ラ・シ・ド#・レ」(指使いは一緒)に変形したら、親指くぐりはラクになるかどうか。もしラクになるのだとしたら、何が原因なのか。


【時間軸上の拡大・縮小】
  「拡大」は、いわゆるスローモーションです。スローモーション練習では、一つの動きのプロセスを出来るだけ細分化すること(0.1秒単位のコマ送りなどをイメージ)、そしてそれを出来るだけ滑らかにつなげてゆくことを心がけます。音は出なくても構いません。チェンバロやオルガンでは無音練習が可能ですが、ピアノだと多少苛立たされるので、電子ピアノの電源を切るくらいしか方策がありません。
  「縮小」とは、逆に動きを「早回し」にすることです。ある複雑なパッセージについて、細部に拘泥することなく、それが軽やかな「ワンモーション」により快刀乱麻されるような指の回りを想像します。鍵盤上ではなく、テーブル等の上でイメトレするほうが良いでしょう。指/手首と、肘の動きの位相がズレている(ズレるべきである)ことに気付くためには、この早回し練習が有用です(弦楽器のボーイングしかり)。
  テンポを速くしたら弾けなくなる、というのは、その弾けなくなる箇所そのものではなく、直前・直後の「何がしか」がネックになっていることも多いです。「バス・ガス爆発」だと言いにくいのに、「バスが酢爆発」だとちょっとラク、等。


c0050810_68798.jpg【空間上の反行形】
  右手では指パッチンが鳴らせるのに、左手ではスカってしまう場合の練習方法を考えてみます。
  まず左手を、右手の完全な対称形(鏡に映った形)に構えます。それから、各々の指にかける圧力、滑らせるときのスピード等の諸要素を、全く同一に設定します。 そうすると必ず鳴るようになります。

  右利きの人が左手で字を書く練習のプロセスを考えてみましょう。
  鉛筆を持つ右手と全く同じ(鏡に映った形)で、左手に鉛筆を持ちます。そして、左手で「N」を書きたかったらまず右手で「И」を、左手で「R」を書くときにはまず右手で「Я」を書き、その右手の動きを左手で対称にコピーします。左手での最終的な書き順を考えて、右手で「И」を書く際、「(i)右側縦線→(ii)斜め線→(iii)左側縦線」と、わざわざ通常とは逆方向から書いていきます。(ii)の斜め線や、(i)から(ii)へ移るモーションなどが、右手による予備練習段階で既に容易ではないことが判明します。

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  さて、ピアノの黒鍵は2つ、3つ、2つ、3つと規則的に並んでいます。この2つの黒鍵の真ん中(Dの音)にを置くと、鏡の向こうには、こちら側から連続した、全く同じ鍵盤の並びが見えます。3つの黒鍵の中間(A♭の音)に鏡を置いても同様です。
  人間の体は左右対称ですので、この「鏡の世界」を利用した練習法が考えられます。
  右手で弾かれた「レ・ミ・ファ#・ソ・ラ・シ・ド#・レ」(指使い:12312345)を鏡に映すと、左手で弾かれた「レ・ド・シ♭・ラ・ソ・ファ・ミ♭・レ」(指使い;12312345)となります。(体の中心線をDかA♭の鍵盤位置に合わせましょう。)
  この「変換(変奏)」は、幾つか譜例を書き出してみれば、あっけないほど単純な原則に基づいていることが分かるでしょう。
D→D / A♭→A♭ (この2音は不変)、 
{C→E、 E→C}
{B→F、 F→B}
{A→G、 G→A}
{C#→E♭、 E♭→C#}
{F#→B♭、 B♭→F#}

●長3度+短3度が、短3度+長3度に逆転するため、長調は短調に、短調は長調に変換される。
●調号は、#が♭に変わる(調号の数は一緒)。たとえば「イ長調(#3つ)」は「ハ短調(♭3つ)」になる。
●本位記号(ナチュラル)はそのまま。
●重変位記号は、#が♭に変わる(ダブルシャープはダブルフラットになる)。
●上昇音型は下降音型に、下降音型は上昇音型になる。指使いは常に同じである。

右手「ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ・ド」(指使い:12312345) ⇔ 左手「ミ・レ・ド・シ・ラ・ソ・ファ・ミ」(指使い:12312345)
右手「シ♭・ド・レ・ミ♭・ファ・ソ・ラ・シ♭」(指使い:21231234) ⇔ 左手「ファ#・ミ・レ・ド#・シ・ラ・ソ・ファ#」(指使い:21231234)
右手「ソ#・ラ・ソ#・ソ#・ラ・ソ#・ソ#・ラ」(指使い:45445445) ⇔ 左手「シ♭・ラ・シ♭・シ♭・ラ・シ♭・シ♭・ラ」(指使い:45445445)

  右手が利き腕の場合、この「鏡像」練習によって、不器用な左手が器用な右手に叱咤される一方、妙な癖の付いてしまった右手が朴訥な左手から教えられることも多々あります。左右同時に対称形を弾きながら、非常な細部まで完璧に徹底比較すること。
  例えば、弾き終わった直後の指が、どういう軌跡を描いて次のポジションへ移動していくか。指の形(曲げ伸ばし具合)、そして音量や音質(アタック)の差異の発生、手首・下腕・肘・上腕の筋肉がどのように動いているか、等。

  先述の【空間的変形の例】のように一部の音高を変えてみたり、あるいはレガートをポルタートにしてみたり、といった変奏と組み合わせてみた際、苦手なほうの手がその変化について行けなくなる---と、問題をさらに顕在化出来ます。こういうリフレクション作業は一回で済まされるものではなく、試行錯誤が付き物です。
  概して、物をやわらかく撫でる等、手首から先の脱力については右手(利き腕)が優れ、肩から肘にかけては左手が脱力に優れる傾向にあるようです。


c0050810_631618.jpg  回文に代表される数々の言葉遊びのように、原型を時間的・空間的に変形させて眺めるのは、西洋音楽では古来マショー・バッハ等数多く行われてきました。調性応答を無視した反行・蟹行(symmetrische Umkehrung)は、シカゴのベルンハルト・ツィーンによって発想され、マーラー死去直前の1910年にブゾーニによってベルリンへ持ち帰られて、ブゾーニ門下のピアノ練習法のみならず、シェーンベルクらの作曲法にも有形無形の影響を与えたと思われます。
  上述のような「鏡像形」を両手で同時に弾くアイデアは、調性枠ではウェーバーやショパンに先例が見られるものの、厳密に実施した場合、かなり珍妙な(しかも余り魅力的でも無い)複調を引き起こすため、ブゾーニ《第2ソナチネ》《対位法的幻想曲》以降、パーシケッティやカプースチン、あるいはフルクサス・イヴェントに数例が見出されるだけとなっています。これらをさらに折句(アクロスティック/縦読み)にしたり、強度や音価にまで広げたものが、総音列主義です。
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by ooi_piano | 2007-03-04 22:42 | プロメテウスへの道 | Comments(0)