8/25(金) ソラブジ《オープス》& 古川聖《ノベレッテ集》完演


by ooi_piano

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伊左治直 Sunao ISAJI, composer

c0050810_10485021.gif  1968年生まれ。
  1989年、東京音楽大学に入学。一年先輩の福島康晴、桐朋学園大学の同期にあたる杉山洋一、新垣隆らと出会い、学内にてワークショップを重ねる。その発展形として1991年〜2000年まで現代音楽祭「冬の劇場」を主宰。また同時期、片岡祐介、岡野勇仁らと度々、即興演奏をする。
  1990年、最初の作品、《Heterochromia/残絲》(vl.pf)を作曲。その後の活動の原点ともいえる。
  1995年、東京音楽大学大学院修士課程修了。在学中、作曲を西村朗、中世西洋音楽史を金澤正剛の各氏に師事。
  1996年、最初の個展「原口統三没後50年祭—伊左治直個展」を開催。
  1998年、打楽器アンサンブルのための《南蛮トリプル》作曲。打楽器が自分の中で重要な位置を占める契機となった作品。
  1997年、水戸芸術館の「日本の実験音楽1960s」での一柳慧《サッポロ》に参加。ちなみに担当楽器欄には(一柳氏により)「アクション」と記載されていた。
  1999年、サントリーホール国際作曲家委嘱シリーズ「湯浅譲二」にてフルート協奏曲《畸形の天女/七夕》が招待演奏。
c0050810_10491822.gif  2000年、ラジオオペラ「密室音響劇《血の婚礼》」(F・ガルシア・ロルカ原作)制作。
  2001年、日本の作曲21世紀への歩み第16回「音楽の前衛I〜ジョン・ケージ上陸」(紀尾井ホール)にて、アート・ディレクター。武満徹、一柳慧、黛敏郎、塩見允枝子らの図形楽譜、パフォーマンス作品をリアリゼーションし、全体を一つの作品となるよう再構成する。また、この頃より、ブラジル音楽や古い日本の童謡などを独自にアレンジし、犬塚彩子(vo. guit.)、北口大輔(vc.)らと代官山(後、公園通りに移転)クラシックスでライブ活動を始める。このライブに来場した野村誠と初めて会う。
  2002年、2 度目の個展「南蛮夜会—伊左治直個展」開催。この年、日韓W杯でブラジル代表が、まさかの優勝。
  2003年、ジャック・タチ映画祭「プレイタイム」70mm版プレミア上映会(渋谷パンテオン)にてオープニングライブ。
c0050810_10505169.gif  2005年、サントリー音楽財団コンサート「対話する作曲家—伊左治直」(大阪いずみホール)開催。ここでは自作品、《マイザレーム》《ディオラマ》《魔法の庭》《機械の島の旅(夜明け)》《空飛ぶ大納言》とともに、ブラジル音楽よりジョアン・ボスコ《酔っぱらいと綱渡り芸人》、カエターノ・ヴェローゾ《サンバがサンバであったときから》ホベルト・カルロス《君の巻き髪のもとで》をアレンジしたものを加え、一つの舞台作品として構成した。
  2006年、いずみホール&紀尾井ホール共同委嘱作品《綱渡りの娘、紫の花》の初演。この作品は《酔っぱらいと綱渡り芸人》とブラジルに咲く紫の桜、ジャカランダからイメージされた。
  このほか、NHK-FM「現代の音楽」での特集放送(95年、00年、09年)。合唱団VOX HUMANAの委嘱初演(06年、08年)および定期公演アンコールピースの作曲(09年より継続中)。現代音楽祭「Music from Japan」参加(03年、10年)など。
  91年、第60回日本音楽コンクール1位なしの第2位(室内楽作品)、93年、第9回現音作曲新人賞、94年代63回日本音楽コンクール第1位(オーケストラ作品)、95年、第5回芥川作曲賞、98年、第8回、出光音楽賞など受賞。

c0050810_10512488.gifCD
「熱風サウダージ劇場」(FOCD-2565)

  《綱渡りの娘、紫の花》《機械の島の旅(夜明け)》《橋を架ける者》《フィネガン前夜祭》《墜落舞踏綺奏曲》《ゆっくり蛇の足》《テューバ小僧》《THE》収録。本来独立している各作品を「熱風サウダージ劇場」という一つの組曲としてイメージし、構成。

「南天夢譚—ジャック・タチの優しい夜」
  完全自主制作。ジャック・タチの映画全作品のサントラからのアレンジに、名作《ぼくの伯父さん》日本公開時(1958年)に日本語歌詞が付けられた幻の歌謡曲(しかも2曲も存在した)の発掘再アレンジ等を加え、アルバム一枚をタチ・ワールドとして構成。 http://homepage2.nifty.com/officesasaki/tati/nanten.html

「黒船以来〜日本の吹奏楽150年の歩み」(KICC407/408)
  《英国歩兵連法〜信号喇叭「早足」》などから《軍国に踊るリズム》、《カン・カン・ムスメ・マーチ》(ドラム演奏はフランキー堺!)、《万国博マーチ》などを経て、伊左治作品《南蛮回路》までの吹奏楽150年をたどるCD。

「ユーフラテスの響き」(KOCD2528)
  ユーフォニアム奏者、外囿祥一郎氏の委嘱作品《ワクワク島周遊記》が収録。

「Racoondog」(ZIP-0028)
  甲斐史子さん(vl.)、大須賀かおりさん(pf.)のデュオ、“ROSCO”のCDへ、中山晋平作曲《証城寺の狸囃子》を書き下ろし編曲、収録。めでたくタイトルチューンとなった。ちなみに、わたしと(作詞の)野口雨情とは誕生日が同じ。


伊左治直の音楽 ――――――――――野村誠

c0050810_10515385.gif 伊左治直という作曲家がいる。若い頃から数々の賞を受賞し、自ら「冬の劇場」を主宰し、アクティヴに活動する現代音楽の旗手として知られる。そういった 伊左治直を、野村誠という偏った視点で論じてみよう、というのが、今回のお題目なので、一度、数々の経歴はリセットして、ぼく自身が体験した 伊左治直について書いてみようと思う。

 伊左治直を初めて知ったのは、1992年頃だと思う。大井浩明から、1968年生まれの作曲家を集めたコンサートの企画を持ちかけられた。企画書の中には、伊左治直、田中吉史、夏田昌和、野村誠ほか、数多くの68年生まれの作曲家の名前があがっていた。その中で、ぼくの企画は、歩行器にスライドや鍵盤ハーモニカを載せて行うパフォーマンス色の強い作品で、伊左治直もピンポン球を使用するパフォーマンス性の高い作品を提示していた。その当時、ぼくもピンポン球をスチールドラムや大太鼓と組み合わせるパフォーマンスを行っていたこともあって、彼の作品に興味を抱いたが、企画は実現せず、彼との出会いは、ずっと先になる。

 伊左治直と出会い親しくなったのは、21世紀の初め頃だ。ぼくの「しょうぎ作曲」のプロジェクトにも、何度か参加してもらい、作曲家としてというより、クリエイティヴ・パフォーマーとしての関わりと言った方が良いかもしれない。そんな折、音楽家の友人たちが集まってボサノヴァのライヴをする時、ぼくは鍵盤ハーモニカを持って遊びに行ったが、その時にピアノを弾いたのが、伊左治直だった。そして、彼のアレンジによる「大きな古時計」を体験した。それは、まさしく体験だった。彼の繊細のピアノの音色がポロン、ポロン、と響きながら、延々とイントロ部分が続いていく。景色を微妙に変えながら、心地よくありながら、しかし、不安定に進んでいく音楽。ずーっと着地することなく浮遊し続けた音楽が、10分近く経った時に、ようやく着地し、あの良く知られた「大きなのっぽの古時計」という歌が始まった時、背筋が凍りつくような瞬間に遭遇した。古時計が味わった100年間が凝縮されたこの音楽は何だろう?そして、この着地点を知らずに浮遊し続ける不安定さ、そして、突如、異界の景色が立ち現れるあざやかな着地、これこそが伊左治直という才能なのだ、ということを思い知った。

c0050810_10554537.gif その後、彼の所謂「現代音楽」作品に出会った時にも、この不安定に浮遊する音楽を体験することができた。飛んでいくわけでもない。落ちていくわけでもない。浮遊するのだ。この浮遊感が、本当に独特なのだ。例えば、「空飛ぶ大納言」という作品。空を飛ぶというよりも、浮遊するという感覚の方が近いと思うのだ。高所恐怖症で飛行機やジェットコースターが苦手なぼくも、彼の音楽で浮遊するのは、大好物になった。
 この浮遊する感覚を生み出すために、彼の音楽は常に重力から自由でなければならない。古典的な主和音に帰結するという調性音楽の重力、いつも同じ強迫が繰り返されるビートという重力、一つのコンセプトに集約される様式の重力。これらの重力から、常に自由でいるにはどうしたら良いか?それこそが、 伊左治直の格闘なのだと思う。

 こうした重力から解放されるための様々な試みは、20世紀の現代音楽で随分試行錯誤されたのだと思う。「調性音楽」の重力から解放されるべく「12音技法」が編み出されたり、「ビート」の重力から解放されるべく不規則な音価の音楽が編み出され、「様式」の重力から解放されるべくポストモダンの音楽が試行錯誤を繰り返した。しかし、その結果、かえって不自由になっていくことが、20世紀の現代音楽には非常に多かったように、ぼくは思う。

 しかし、伊左治作品は、意識的にシステマティックに無重力状態を作ろうなどとは決してしない。逆の発想なのだ。重力が存在しているからこそ、浮遊への欲望が生まれるのだ!中心が存在するからこそ、人は浮遊を夢見るのだ。重力が存在しなくなれば、全てが相対化されて、浮遊という概念自体が意味をなさなくなってしまうから。

 彼の音楽の浮遊感は、こうした重力の存在を大前提に成立する。しかし、調性だったり、拍節だったり、様式だったり、既存のシステムに、少しでも安直に根を下ろしてしまえば、浮遊感は瞬く間に消えてしまい、大地に根付いた陳腐な音楽になってしまうだろう。そうした際どさを、絶妙なバランスで巧みな肩すかし、実現する。それが、伊左治直の本領なのだと思う。このバランスは、本当に微妙なので、細部まで緻密に実現しなければ、いとも簡単に重力に回収されてしまう。だから、彼の作品は非常に繊細で、しかしながら、力強い。

 それは、この世界に存在する権威などに、真っ向から抗うのではなく、しかし、権威に回収されずに、浮遊し続ける生き方とでも言える。これこそが、伊左治作品の強さであり、真の自由への探求だとぼくは思う。
 伊左治直の音楽を聴きに行こう。彼の音楽に触れれば、論理的な思考などあっという間に吹っ飛び、気がつくと、彼の音楽に身を委ね、浮遊し始めるだろう。こうした音楽的浮遊が体験できたことに、ぼくは自由を獲得する勇気をもらう。今度は、ぼくの番だ。ぼくはぼくのやり方で、自由への更なる一歩を踏み出し続けていこうと思う。
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by ooi_piano | 2010-11-11 10:47 | コンサート情報 | Comments(0)
  第1回・第2回公演同様、POC第3回の告知番組が、以下の時間帯に放送されます。
  大井⇔塩見、大井⇔伊左治、塩見⇔伊左治のエピソード色々の紹介です。

●11/8(月) 18:00~18:30
●11/10(水) 24:00~24:30(再放送)


ラヂオつくば: FM 84.2 MHz
同時間帯に、インターネットのサイマル放送でもお聴きいただけます。
(このサイマル放送には地域制限はありませんので世界中で聴くことができます。)
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サイマル放送聴取方法:
Windowsの場合:
http://www.simulradio.jp/  のページを下にスクロールすると
「関東」の中に「ラヂオつくば」がありますが、
そのリンクの右側にある「放送を聴く」をクリックすると再生が始まります。
「ラヂオつくば」をクリックするとラジオ局のページに行ってしまうのでご注意ください。)

Mac の場合:
インターネットから
mms://ir298.com/IRTsukuba/radiotsukuba.asx
をアクセスして再生いただく形になります。
VLCという無料のソフトを使う方法があります。
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by ooi_piano | 2010-11-07 23:34 | コンサート情報 | Comments(0)
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【ポック #3】 〈塩見允枝子×伊左治直〉
Mieko SHIOMI × Sunao ISAJI
2010年11月13日(土)午後7時 門仲天井ホール 
Sat, 13 Nov. 2010, Mon-naka Tenjo Hall, Tokyo

大井浩明(pf+performance) 柴田暦(recitation、※) 伊左治直(performance、#)

●伊左治直:《墜落舞踏遁走曲》(1997)
Sunao ISAJI:FALLINGDANCE Getaway (fuga?) (1997)
●塩見允枝子:《フラクタル・フリーク》(1997/98/2002、全曲通奏による東京初演) 第1番「カスケード」
Mieko SHIOMI: (1997-2002) Tokyo premiere with all 4 pieces -No.1 "CAsCAde"
●伊左治直:《虹の定理》(1998/2002)
Sunao ISAJI:Teoría del arco iris (1998/2002)
●塩見允枝子:同第2番「鏡の回廊」
Mieko SHIOMI: No.2 "A Mirror Cloister"
●伊左治直:《海獣天国》(2010、委嘱新作初演)
Sunao ISAJI:Marine mammal Paradise (2010) commissioned work, world premiere
●塩見允枝子:《午後に又は夢の構造》(1979)(ピアノと朗読のための※)
Mieko SHIOMI:In the afternoon, or the structure of the dream (1979) [with Reki Shibata, recitation]

(休憩15分 intermission 15min.)

●伊左治直:《ガルシアは寒かった》(2006)
Sunao ISAJI:García tenia frio (2006)
●塩見允枝子:同第3番「パラボリック」
Mieko SHIOMI: No.3 "Parabolic"
●伊左治直:《ビリバとバンレイシ》(2010、委嘱新作初演)
Sunao ISAJI:Biriba and Sweetsop (2010) commissioned work, world premiere
●塩見允枝子:同第4番「彩どられた影」
Mieko SHIOMI: No.4 "Animated Shadows"
●塩見允枝子:《シャドウ・ピース》+《バウンダリー・ミュージック》(1963/2010、新ヴァージョン初演、#) 
Mieko SHIOMI:Shadow Piece + Boundary Music (1963/2010) new version premiere [with Sunao Isaji, performer]
●伊左治直:《魔法の庭》(2001)
Sunao ISAJI:Il giardino magico (2001)

ピアノ作品総説  ――――――――――伊左治直

■序
  大井浩明氏とは、1995年1月に水戸芸術館での塩見さんのイヴェント『ジョンケージローリーホーリーオーバーサーカス』で共演して以来のお付き合いになる。その同年3月、フルートとピアノのデュオのための《“KO….”“OK!”》の委嘱初演、2004年ジャーマンチェンバロのための《機械の島の旅(夜明け)》の委嘱初演(その後、モダンチェンバロやクラヴィコードでも度々再演)、2005年ロマンティックオルガンによる《機械の島の旅(黄昏)》のルクセンブルク初演、2008年バロックオルガンによる《橋を架ける者》のベルギーでのCD録音等々、これまで大井氏には幾度となく演奏して頂いてきた。そして昨年には、ベートーヴェンの大フーガ編曲版の一部手直しをお手伝いしたが、それはフォルテピアノの演奏だった。
  なんと、「ピアノソロ」の演奏は、(出会いより15年後の)今回が初めてのことになる。
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■ピアノ作品について
  過去の作品を振り返ると、デュオからオーケストラまでの編成の中ではピアノの登場機会は、かなり多い。クラシックはもとより、ジャズのコンボ、特にクインテット以下の小編成でのピアノの硬質な響きは、わたしをとても魅了していて、「アンサンブルとしてのピアノ」は自然に受け入れられていたのだ。
だが、ピアノソロ作品、となると、(おそらく他の作曲家と比較してみても)とても少ない。これは20代の頃、弦,、管楽器のように音の質感が多様であるものへ強い興味があったこととも関係があるだろう。楽器と一対一で向き合う時には、鍵盤を押さえれば苦もなく正確に鳴り響くピアノより、わたしのような素人が弾けば奇妙な倍音が含まれたり、音が曲がってしまったり、息ノイズの方が楽音より多くなってしまうような楽器に、逆に、楽器としてのある種の「信頼」のようなものがあったのかもしれない。これは、もしかしたら「鉄の塊が空を飛ぶなんて騙されている(←飛行機のことです、念のため)」に似た感覚とも言える。
  したがって、ピアノと正面から向き合わなければならなかった最初のソロ作品《墜落舞踏遁走曲》の作曲は、難航した記憶がある。とはいえ、その一方で、いわゆる調性のあるピアノ小品は《墜落舞踏遁走曲》よりも前から作曲されて今日に至っている。今思うと、これらの小品は、ピアノという楽器を(無意識のうちに)別の角度から捉えていたのだろう。そして、「現代音楽」とは別の機会に、友人や私自身で演奏され、現在も作曲中の子供向けの小品を含めると、かなりの数になっている。なお、《魔法の庭》など、その一端が本日演奏されるが、これらは決して気楽に書かれたものではなくて、作曲時の集中力の比重は他の作品と何ら変わることは無いことを明言しておきたい。
  それはさておき、《虹の定理》以降の作品は、それら調性作品の経験にも助けられて、自由に、身体的にも開放されて作曲できた気がする。10数年前にはピアノと同様の理由で苦手だった打楽器もまた、ピアノ共々、今ではわたしの中で最重要な位置を占めるに至ったことを思うと、ホント、人生とは何が起こるかわからないものである。


●墜落舞踏遁走曲
  1997年3月、カザルスホールにて門光子さんにより委嘱初演。
  ある日わたしは、「墜落」と「堕落」は、よく似ている、ということから、『墜落舞踏』という架空のダンスのためのシリーズ物の作曲を思い立った。そして曲名にはそれぞれ、西洋音楽の形式の訳語をあてることにした。ちなみに、このシリーズは他に《墜落舞踏行進曲》《墜落舞踏綺奏曲》がある。
なぜこの作品が遁走曲になったのか(鍵盤楽器のための作品ということはあったと思うのだが)、また、どのように作曲したのか(多少はFugaを意識していた筈だが)…13年も前のことで、全く覚えていません。

  さて、大バッハをはじめ多くの偉大な先人たちの英知の結晶ともいうべきFugaが、邦訳されたら「遁走曲」とは、これ如何に。ずいぶんと、あんまりなんじゃありませんか。もっとほかに厳粛な訳語はなかったのだろうか。なにせ「とんそうきょく」である。「とんそう」「とんそう」「とんそう」etc.フォントを変えてみてもなおのこと、おかしさは増すばかりである。その語感も含めての作曲であったことは、なんとなく覚えている。
  その一方で、純情きらりと光る昭和初期は旧東京音楽学校時代、Fugaを「遁走曲」と真摯に呼び、研鑽を積んでいたであろう大先達の演奏家の方々に、わたしは(真面目に)敬意を持っていることもまた、付け加えておきたい。

  これは最初のピアノソロ作品である。大概、音大生であれば在学中にピアノソロ曲の一つも書いていそうなものだが、その作曲は学生生活を終えて2年も後のことであった。
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●虹の定理
  1998年11月、中野ゼロホールで開催された「ガルシア・ロルカ生誕100年祭」において、門光子さんにより委嘱初演。
  スペインの詩人、ロルカは《ジプシー歌集》や《カンテ・ホンドの詩》など、民族色の強い作品がよく知られているが、わたしはそれ以前の初期詩の多くにこそ、強い魅力を感じている。そこでタイトルは、初期詩の一つ《七人の娘の歌—虹の定理》(Cancion de las siete doncellas – Teoria del arco iris)から取られた。なお、この作品は2002年に中嶋香さんにより改訂初演されている。
  曲の最後の連打音を、大井氏は「出来ればカンテレとか民俗楽器風に弾きたい」と語っていた。彼の繊細な指からどのような響きが現れるか楽しみである。

七人の娘の歌 − 虹の定理

(天空に、落日の見本のような虹)
七つの声の心、七人の娘
(白い大気のなかに、とおく七羽の小鳥)
七人の娘が死に絶える
(なぜ九人では、二十人ではなかったのか?)
川は娘たちを運ぶけれど、誰もそれを目にすることは出来ない。


●海獣天国
c0050810_23284530.jpg  2010年に作曲。本日が初演。
  わたしは作曲する時、演奏家のキャラクターや、作品が演奏されている風景をイメージすることが多く、この作品もその系列の一つである。
  昨年春、前述の《大フーガ》を含むベートーヴェン作品を、大井氏が各時代楽器で演奏するBS放送を見た。クラヴィコードからフォルテピアノまでの数種の楽器が、(いずれもグランドピアノより小さいこともあっただろうが)わたしには奏者に包容されているように見えた。その印象は、このPOCシリーズでのピアノの演奏に、間近で接してみても変わらなかった。奏者と楽器が対峙しないピアニスト、ピアノを包容できる奏者は極めて稀であろうし、それは彼の類い稀な資質であろう。そして、その姿にラッコ、トド、オットセイ、アシカetc.愛らしくも恐ろしげでもある海獣たちが重なって見えたのは、とても自然なことだったと思う。そういえば武満徹は鯨に憧れていたことを、いまふと思い出した。
  この曲は、海獣たちの祝福の踊りのなかで幸せに包まれたハッピーエンドを迎える。


●ガルシアは寒かった
  2006年12月、津田ホールにて碇山典子さんにより初演。
  この年はショスタコーヴィチの生誕100年で、日本での出版元である全音楽譜出版社の主催により、彼にちなんだピアノ作品の委嘱新作を集めた演奏会が開かれた。この作品は、その演奏会のために作曲されたものである。
  この演奏会の一月前、わたしは林光さん、寺嶋陸也さんらと、池田逸子さん企画の『ロルカ祭』に参加した。この年はロルカの没後75周年でもあったのだ(ちょっと微妙な記念年なところがまた、よかった)。そこで、このショスタコーヴィチ企画で、わたしは《交響曲第14番》の1、2楽章をもとに再作曲を施すことにした。この1、2楽章にはガルシア・ロルカの詩がロシア語訳でテキストに使用されていたからである。
  ロルカは、スペインでも特に暑く「真夏は、まるでフライパンの上のようだ」とまで言われるアンダルシア地方の出身である。その彼の詩が、こともあろうにロシア語訳され(!)、しかもショスタコーヴィチによって作曲される(!?)。ロルカ愛好家としては、そのギャップの衝撃度はかなり大きいのだ。ロルカもさぞや寒かろう…、というところから、このタイトルとなった。そして、ショスタコーヴィチは映画音楽も手がけていることとも関連し、ここでは架空の短編映画『ガルシアは寒かった』を想定し、それに劇中伴奏曲を付ける、という状況設定を自らに課して、作曲した。
  《ロルカは寒かった》ではなく《ガルシアは寒かった》としたのは、あえて「ロルカ」の名前を出さないことで、なにか抽象的に関係を暈して、イメージを制限したくなかったからである。
  楽譜は全音楽譜出版社「PIANO2006」に収録。
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●ビリバとバンレイシ
  2010年に作曲。本日が初演。
  ビリバとバンレイシはともに、外見は異様だが食すれば甘く美味なトロピカルフルーツの名前である。ビリバは「伯爵夫人の果物」、バンレイシは「伯爵の果物」と呼ばれ親しまれている。余談ながら(題名から推察頂けると思うが)この作品は来月3日に初演予定のギターソロ《熱帯伯爵》とも関係がある。

  さて、この曲は門天ホールという場所柄から、せっかくなら大井氏と共演できる曲を、ということで、書かれたもの。
  このPOCシリーズは、毎回がオリンピックと言える程の難曲揃いだが(しかも5ヶ月も連続で!)、ちょうど折り返しの今回ならば、一つくらい怠惰で冗長な曲もアリではないか、と思っている。怠惰で冗長と書くとネガティブだが、時間軸が歪んでいくように推移する作品、と書けば良いだろうか。
  わたしの作品集CD《熱風サウダージ劇場》の評に、長木誠司氏は「現実にあるものを異化しようとか、別の意味のように聴かせようといった戦略ではなく、現実そのものがひと揃いそっくり入れ替わってしまうような、奇妙なヴァーチャル現実感を味わわせてくれるという意味では、やはりユニークな創作と言うべきだろう。それは例えば夢のなかでどこまでも煙に巻かれて落下してゆくときの、重力から自由になった快感に近い。」と述べているが、その世界がこの曲からも感じて頂けるのではないかと思っている。

  なお、ビリバは英語で「Biriba」だが、バンレイシの方は「Sugar apple」や「Sweetsop」などの表記があるが「バンレイシ」そのものがないようだ。「レイシ」は「ライチ」の意味らしく、ならば「バンレイシ」のローマ字表記があってもおかしくない筈だが…。もしご存知の方がいらしたらお教え下さい。


●魔法の庭
  2001年6月、近藤嘉宏さんのCD(UCCP-1033)への書き下ろし。
  このCDは映画音楽などの、いわゆる「聴き易い小品」を集めた企画のもので、その頃のわたしは、ポピュラー音楽の中では、ジャズよりブラジル音楽に傾倒しはじめた時期だった。そして当時「現代音楽」しか音楽と関わる場が無かったわたしには、(ほとんどの作曲家とは逆に)これは、とても貴重な機会に思われ、そうとう気合いを入れて作曲したことを覚えている。
  委嘱に関しては、漠然とでいいけれど「水」からイメージを拡げてほしい、という話があり、水から海を思い、遠い異国を思う、という順にイメージが進み、異国の不思議な長方形の庭を思った。すなわちサッカーのフィールドへとイメージは進んだ。
  当時、イタリアはフィレンツェの「フィオレンティーナ」というチームで、ポルトガル代表のルイ・コスタという名選手が10番を背負いチームを牽引していた。彼と、当時のフィオレンティーナ、そしてポルトガル代表の試合は、一般的にイメージされる「球技」としてのサッカーとは、何かが決定的に違っていた。サイボーグのようなジダンや技巧的なメッシとも違う。そこには幻想的な空間と時間が広がっていたのだ。わたしには、このような陳腐な表現しかできないが、当時を知る人にはご理解(というより共感を)頂けると思う。それは確かに、普通ではなかった。

  …という話を始めると切りがないので、この辺でやめます。

  この曲は幸いなことに、初代ピアノ屋・岡野勇仁さん、ザウルス・赤羽美希さんはじめ、多くの友人のライブで演奏して頂き、また2005年には、「楽しいムーミン一家」のキャラクターデザインとしても知られるアニメーター名倉靖博さんにアニメーションをつけて頂いた。
  全音楽譜出版社から出版されている。
魔法の庭

緑が敷き詰められた広大な長方形では
時として信じ難いことが起こるもの

6は基点となり 10はまだ見ぬ世界へ穴をあける
1と5は意志の力
7は恐るべき斜線を引き 11の足は白く染まる
では21は? 21は最後の希望

踊れポルトゲーザ
踊れ 踊れ 踊れ

一面の青 横切る一点の白

呼吸が歌に変わるとき
紫の扉が開け放たれる
魔法の庭で何が起こったのか?

踊れ 踊れ 踊れ


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by ooi_piano | 2010-11-07 23:12 | コンサート情報 | Comments(0)