6/4(日)バルトーク弦楽四重奏曲全6曲(ピアノ独奏版)


by ooi_piano

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Synthesising voices: Mozart’s clavier concertos nos. 15-18

c0050810_21252369.jpg  1783年の終わりからの数年は、モーツァルトの人生において最も充実し、成功に満ちた時期だった。自身の定期公演でウィーンの聴衆に新作や即興演奏を披露する一方、貴族たちの主催する私的な演奏会でも彼の作品は好評を博し、鍵盤演奏の名人としての名声も確立された。委嘱も増え、作品の出版も次々と決まった。当代一流のフリーランス音楽家としての自負を固めたモーツァルトは、1784年の2月から、表紙に「Verzeichnüss aller meiner Werke(私の全作品カタログ)」と題したノートに自作の種類と日付、そして冒頭の数小節を記録することを始める(このノートは大英図書館に保管されている)。本公演で演奏されるのは、この年に作曲された6つのクラヴィア協奏曲のうちの4つである。

  本シリーズの前公演で演奏されたK.413~415、そして449の4作品は、オーケストラでなく弦楽四重奏でも伴奏が可能であるとモーツァルト本人が記しており、その意味で室内楽的な性格であるといえる。これ以降のクラヴィア協奏曲では、しかし、独奏部にさらに技巧的に華麗な洗練が与えられるだけでなく、楽章の構成や器楽法もより交響的になっていく。ピアノ、弦楽器、そして管楽器が様々な関係を持ちながら有機的な全体を作りあげていくこれらの作品では、1782年に初演され、モーツァルトの生涯では最もポピュラなオペラとなった『後宮からの誘拐(Die Entführung aus dem Serail, K.384)』をはじめとする音楽劇作品で培われた、ドラマティックな音楽の息遣いと異なる音色の呼応を自在に操って統合する表現力が存分に発揮されている。

c0050810_21262537.jpg  第15番変ロ長調(K.450)の第1楽章は管楽と弦楽の楽しげで気品ある対話で始まる。ピアノが登場する前の提示部では主調の変ロ長調が保たれるが、交響的で鮮やかな色使いのオーケストレーションによって退屈さを感じさせない。展開部は文字通りソロイストの独壇場で、主題を労作するというよりは、極めて単純な楽想から技巧的なパッセージが次々と自由に繰り出され、「ファンタジア風」という形容がよくあてはまる。再現部では弦楽の代わりにピアノが管楽との対話相手となり、主要な主題は登場した時とは異なる順番で再帰し、楽章に統一感を高めつつ自由な広がりを持たせる。
   第2楽章は、敬虔で心が静まる聖歌のような主題が、細かい刺繍のようにきらびやかに飾られていくアンダンテの変奏曲。音楽学者アルフレート・アインシュタインはソナタ・ロンド形式のフィナーレを「狩のシーン」と一言で表しているが、冒頭にpで提示される主題は、燃えるような快活さの中にも優美な繊細さを秘めている。この主題が中間部で様々な楽器、声部でエコーされながら転調を繰り返して目まぐるしく展開する場面は、神秘的な森の深くへと翼を持つ白馬が駆けていくようだ。全曲を通して高い技量が要求される独奏パートからは鍵盤演奏の名人としてのモーツァルトの自信が感じられ、完全に独立した声部としての管楽器の豊かな扱い方は、気鋭の作曲家としてのモーツァルトのさらなる前進を示している。

c0050810_21273516.gif  K.450からたったの1週間後に完成した第16番ニ長調(K.451)の主題群は、個別にみると、明快であるが単純で、やや独創性に欠けるきらいがあるかもしれない。しかし、そのような「慣習的」な素材も、pとf、全音階と半音階、独奏ピアノとオーケストラといった対比が絶妙なバランス感覚で駆使された構成の中で展開し、全体としては威風堂々たる秩序が達成されており、これはベートーヴェンに至って絶頂を迎える古典的様式の一つの理想を体現するものとして重要である。
  第1楽章は、第17番以下3つのクラヴィア協奏曲でも様々に開拓されるマーチのリズムで力強く幕を上げる。音階や和音の構成音を基にした主題はダイナミックだが、その下では保属音が確かに脈打っていて、情熱と節度が共存して音楽に威厳を与えている。展開部は短いが非常に自由で、鍵盤を駆け巡る右手のアルペジオが聴衆をまぶしく魅了する。官能的にたゆたいながら茶目な側面も垣間見せる主題が主役の第2楽章はシンプルなロンド。楽譜をみるとピアノが舌足らずに思われるような音数の少ない部分があるが、書かれているのは旋律の青写真であり、独奏者は適宜即興的に装飾を加え、カンタービレで歌い上げる。フィナーレではソナタ・ロンド形式の標準的な形に完璧に則って書かれており、この形式の統一された有機的構造を初めて獲得したのはベートーヴェンではなくモーツァルトであることが再確認できる。ロンド主題の最初の部分、三和音の構成音からなる動機が様々な声部にトスされながら転調を繰り返す展開部はジェットコースタのようにスリリングだ。

c0050810_2130074.jpg  K.449と同じく鍵盤演奏の教え子、バーバラ・プロイヤーのために書かれた第17番ト長調(K.453)の性格を一言で表すのは難しい。親密だが気品にあふれ、牧歌的な素直さと都会的な洒脱が共存し、純粋な喜びや悲しみが表現されているが、それはつつましやかで決して大げさにならない。自信に満ちている一方、デリケートでしなやかな感性も感じさせる。うきうきするようなチャーミングさがあり、また優雅な平静をもたらすようでもある。このような複雑で美しい機微を凝縮したような第1楽章冒頭の主題はそよ風のようで、ヴァイオリンが通り過ぎるとそこに木管が小さな花を咲かす。独奏パートの技巧性はモーツァルトが自身のために書いた作品に比べてやや控え目だが、綿密にして大胆な調性操作によって構築される深みや立体感はモーツァルトの全作品の中でも突出している。例えば第1楽章の要所で登場するドミナントから半音上に進む偽終止的な進行は、楽章の内的均整を明らかにすると同時に、その部分に絶妙な浮遊感を与え、特に展開部の緊張度の高い転調の連続を準備、正当化する役割を果たす。
  第2楽章の4つのセクションは音楽学者リチャード・タルースキンが「ほとんど文字通り一つの問い」と形容する5小節のモットーによって導入される。この未解決の楽想の最後でサスペンスを高めるフェルマータつきの休符は、楽章の形式的な区分を印すだけでなく、その後に続く異なる調の応答を劇的で厳しく、凛としたものにする。展開部に当たる部分の最後、嬰ハ短調にまでさまよった音楽を美しい詰め将棋のようにたった4小節で主調のハ長調に回帰させるパッセージ、またカデンツァの後でようやく訪れる、極めて巧妙かつ自然な「問い」の「解決」は、この独創的な作品の中でも圧巻だろう。モーツァルトの協奏曲で唯一変奏曲形式をとる第3楽章の主題は明朗、軽やかであり、モーツァルトはこれを当時飼っていたムクドリに覚えさせた(!)と手帳に記している。楽章のおよそ3分の1を占めるプレスト・フィナーレはオペラ・ブッファのスタイルで、神秘的な翳りを持って展開部の役割を果たす短調の第4変奏、軍隊風の勢いと華やかなカデンツァ風のパッセージが統合された第5変奏とともに作品全体をきびきびと引き締める。

c0050810_21303787.jpg  1784年の冬から春にかけてのわずか3ヶ月間ほどで、モーツァルトはK.449、450、451、453の4つのクラヴィア協奏曲(第14~17番)に加え、父レオポルドへの手紙で自身の現時点での生涯最高傑作とした『ピアノと管楽のための五重奏曲(変ホ長調、K.452)』や、イタリア出身の女流ヴァイオリニスト、レジーナ・ストリナザッキとともに演奏するために作曲した『ヴァイオリンソナタ第40番(変ロ長調 K.454)』など、大規模で重要な作品を怒濤の勢いで完成させた。夏にはしかし、モーツァルトはかなり深刻な病気を患ってしまう。本公演を締めくくる第18番変ロ長調(K.456)は、病み上がりのモーツァルトが、その年の秋にパリで演奏ツアーをした盲目のピアニスト、マリア・テレジア・パラディスのために書いた作品である。オーケストラの規模こそ前作と同じものの、構想においても技巧においてもモーツァルトが自分で演奏するために書いた作品で聴けるような野心や光輝は影を潜め、代わりに女性的な柔らかな円(まど)かさが全曲を通して感じられる。
   第1楽章冒頭、管弦楽の音色を豊かに使って奏される数々の主題はどれも余所行きのドレスを着た女の子のようにたおやかでやや遠慮がちである。第2主題こそ息の長い変ロ短調のパッセージによって緊張感を持って準備されるが、これ以外に特筆すべきドラマティックな仕掛けはなく、楽章全体としては物語というより、どの部分から観始めても愛らしい風景画のようだ。第2楽章はこれとは対照的で、哀惜のように悲痛な主題が5つの変奏とコーダを通して一つの悲劇を描き出す。嵐のように憤りが湧きあがる第3変奏の後、第4変奏のマジョーレでわずかに陽の光が射すものの、再び闇は事も無げに忍び寄る。同音連打と勢いよい跳躍が組み合わさった動機が幾つも登場するソナタ・ロンド形式のフィナーレでは、中盤のアインガング(即興的で短いカデンツァ)のすぐ後、ロ短調の猛々しい宣言からはじまる、6/8拍子と2/4拍子が交差しての悲嘆を含む短調の飛翔が特に聴き所だ。

Yuuki Ohta
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by ooi_piano | 2010-12-21 03:54 | コンサート情報 | Comments(0)
二台のフォルテピアノが斬り結ぶ スリリングな新地平!
モーツァルト全ての粋が詰まったクラヴィア協奏曲 全21曲演奏プロジェクト 注目の第3回公演!!


2011年1月13日(木) 18:30開演(18:00開場)
重要文化財 自由学園明日館 講堂 http://www.jiyu.jp
〒171-0021 東京都豊島区西池袋2-31-3 TET:03-3971-7535
JR池袋駅メトロポリタン口より徒歩5分、JR目白駅より徒歩7分
[全席自由]一般3,000円、学生1,500円

W.A.モーツァルト (2台のフォルテピアノによる編曲版)
クラヴィア協奏曲 第15番 変ロ長調 K.450 (1784)
クラヴィア協奏曲 第16番 ニ長調 K.451 (1784)
クラヴィア協奏曲 第17番 ト長調 K.453「第2プロイヤー」 (1784)
クラヴィア協奏曲 第18番 変ロ長調 K.456 (1784)


[使用楽器]クリス・マーネ製作(Anton Walter 1795年のレプリカ)、太田垣至製作(Johann Lodewijk Dulcken 1795年のレプリカ)
[チケット販売&お問い合わせ] メヌエット・デア・フリューゲル Tel&Fax 048-688-4921 http://www.h2.dion.ne.jp/~kikukohp/metooi.html
[チケット取り扱い] 東京芸術劇場チケットサービス Tel 03-5985-1707

  コンサートで実際に作品を耳にする機会が遥かに少なかった18〜19世紀には、協奏曲演奏の最もコンパクトな形態、すなわち2台のフォルテピアノによるアレンジで楽しむのが一般的であった。本シリーズでは、モーツァルト全作品の中でも屈指の傑作群であるクラヴィア協奏曲のうち、2台あるいは3台のクラヴィアのための作品を除く全21曲を、当時のフォルテピアノ2台(アントン・ヴァルターならびにアンドレアス・シュタイン)を用いて、作曲順に系統立てて聞き進めてゆく。会場は、フランク・ロイド・ライト設計により大正10年に建てられた、自由学園明日館(重要文化財)。
  クラヴィア独奏は、世界的なフォルテピアノ奏者であり、天衣無縫なモーツァルト解釈にも定評がある小倉貴久子。一方、管弦楽部分を第2クラヴィアで担当する大井浩明は、現代音楽分野での活躍とともに、近年は古楽器によるバッハやベートーヴェンのディスクで注目を集めている。
  シリーズ第一回公演(3月18日)と第ニ回公演(7月27日)では、協奏曲第5番から第14番までの8曲、ならびにアンコールとしてロンド ニ長調 K.382や協奏曲第7番《ロドロン》の2台クラヴィア用編曲を取り上げ、詰め掛けたモーツァルティアンを唸らせた。その熱狂的な反響については、下記当日アンケート集成を是非御覧頂きたい。
  帝都ウィーンでの確かな手応えを感じた28歳のモーツァルトは、自作の目録を作り始める。その冒頭を飾るのが、この年(1784年)に立て続けに作曲された6つのクラヴィア協奏曲である。父親への手紙でも、誇らしげに自信の程を繰り返しもらしているのも頷ける。いずれも力作の4曲をお届けする。お聞き逃し無く!!
 
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by ooi_piano | 2010-12-21 03:43 | コンサート情報 | Comments(0)
c0050810_13121565.jpg  例えばサッカーや野球の選手は、ジュニアユースやリトルリーグに始まり、年齢とともに気付くとプロになっていた、ということは、よくある。職人や伝統芸能に携る者が、幼少時よりその「一事」を生涯にわたって続けることも、よくある。彼らは自身の幼少期を振り返ったときに、それを「早熟」とは思わないだろう。彼らにとってそれは普通のことだった筈だ。これらの、一貫した成長のあり方にはある種の幸せがあると思うが、その点で杉山洋一は幸せな音楽家といえるのではないだろうか。

  多くの作曲家の場合、大学入学以前は「古典的な作品」を作曲し、学習ソナタを習得し受験をする。そして大学に入り「現代音楽」と出会い、作曲するようになる。それは、年齢とともに世界が広がり未知のものと出会う流れの中での自然な変化と言えるが、およそ自分の中学高校時代には予想だにしなかった音楽でもあるだろう。さらには海外留学をし、突如日本人のアイデンティティーに目覚め、自分の祖母が茶道の師匠であったとか、叔父の義理の祖父の妹の長男が書道家であるとか、日本との繋がりを無理にでも意識しだす。恰も南米やアフリカのサッカー選手がEU国籍の取得のために系図を洗い出すようにして。

  こういった一般的な日本人音楽家の、成長過程での変容とか迷いとかと、杉山はほとんど無縁だったのではないだろうか。

* * * * *

c0050810_13123659.jpg  杉山は高校受験のために(ということは中学生で)高橋悠治の「毛沢東」を弾いたと述べている。私の記憶では、「そのころ水牛通信の定期購読の仕方を高橋本人に電話して問い合わせた」という話も聞いたように思う。また、杉山は「ピアノがほとんど弾けない」と語っているが、一方で、ヴァイオリンを篠崎功子さんに師事していた。ピアノ以外の楽器に現代音楽の第一人者を通して接していた事は、彼の深層の部分に影響を与えているように思う。

  以下、思いつくままに挙げてみよう。すでにその当時からイタリアの文化に並々ならぬ興味を持ち、精通していた。音楽に限っても、イタリアバロックはもとより、当時ほとんど日本では知られていなかったイタリア現代作曲家のレコードも大量に所有していた。高校時代の作品を聴かせてもらった事があるが、それはシャリーノの影響の強い曲だったし、細かいアナリーゼを書き込んだブソッティの譜面を見せてもらった事もある。大学でのワークショップでは自作、スカルラッティ、エマニュエル・バッハ、中川俊郎、といったプログラムの室内オーケストラ演奏会を自身の指揮で主催していたのをはじめ、後に彼の師となるサンドロ・ゴルリやアルド・クレメンティ、ファビオ・バッキなどが次々と日本初演されていた。ここで特筆すべきは、現代音楽のみならずバロック作品も取り上げられていたことで、それがまったく自然に音楽的に並列されてしかるべき、と思わせる説得力を持っていたことだ。

c0050810_13133915.jpg  高校、大学時代の彼にとって、同期の作曲家・ピアニストの新垣隆とその師である中川俊郎の存在は大きく、単なる協力者をこえる、彼にとって精神的支柱ですらあったと思う。そして中川とともに『三年結社』の活動をしていた南聡、久木山直らの先輩作曲家との交流、その『三年結社』の間接的な生みの親とも言える故・八村義夫も彼に影響を与えていたと思う(大学一年の文化祭で杉山は八村特集を企画していた)。今振り返れば、わたしもまた大学一年の時、八村義夫は重要な位置にあったが、そのことが後に、杉山や新垣らと『冬の劇場』を立ち上げる契機となったのかもしれない。

  2年前、ブソッティが桐朋学園で一週間近くワークショップを開催したが、そこで、杉山、新垣、中川、久木山らが演奏に参加していた。その折、現在作曲科主任である石島正博氏が、学生時代の師であった八村義夫がブソッティの音楽を本当に好きだったこと、ここに今ブソッティがいること、同僚だった中川や後輩の杉山らがそれを演奏していること、を深い感慨をもって語っていた。その言葉は、歴史を知る者が思いあふれて口をついてしまった実感がこもっていて、とても記憶に残っている。石島氏の言葉(というか、その語り口)は感動的ですらあった。


c0050810_1314399.jpg  少し逸れてしまったが話を進めよう。大学以降の彼の作風は、特殊奏法や不確定な要素はほとんど姿を消し、ドナトーニの影響のある複雑で軽快で、そしてコメディア・デ・ラルテのように諧謔的でイタリアオペラのように壮大で華麗な音楽へと進化していく。彼の譜面は、恐ろしく複雑で細かい。しかし、それを正確に演奏したとき、そこには感動的な世界が約束されている。確実に。それは西洋音楽の醍醐味の本質にある音楽とも思える。また、出演者として、かつてはパフォーマーとして舞台に上がることもあったが、今は指揮者としてオーケストラや合唱団などの大編成の統率者として登場することがほとんどである。このありかたもまったく西洋音楽の本流の中にあると言えるだろう。

  POCに登場する作曲家、野村、山本、伊左治、田中は、それぞれ個性ある作曲家であるが、日本という(西洋から見たら)遠方の地の特殊な個性でもある、と思う。誤解を恐れずに言うなら、彼らは少し、「制度」から外れてしまっている。杉山はその点で少し異なる。今日聴かれる音楽は、まさに西洋音楽なのだ。
  

  イタリアが好きで、本当にイタリアへと渡り、その地で生活し音楽をし、今や水牛webにエッセイを寄稿する彼のあり方は、中学生の頃(もしかしたらもっと以前)からの、まったく自然な一貫した流れの中にある。海外滞在の長い作曲家は今も多くいるが、彼らとも杉山は違うと思う。彼の場合、強い意志を持って留学する、習得する、といったものと、無縁な気がしてならない。彼はまったく自然にイタリアにいるのだと思う。海外で活動することの困難ももちろんあるだろうから理想化はしないが、その自然さにおいて、彼は幸せな音楽家であると、思える。
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by ooi_piano | 2010-12-06 10:55 | コンサート情報 | Comments(0)

平義久・曲目解説等

ピアノ作品について――――平義久


《ソノモルフィー I》(1970)
  多くの作品がそうである様に、私も限られた素材で豊かな変化を求めてみました。
第1曲 Resonances (余韻)
  素材の垂直的な積み重ねとその余韻
第2曲 Elans (飛翔)
  同じ素材の水平的な発展的変化


《鐘楼》(1994)
  山手ゲーテ座ピアノ祭委嘱作品。1994年12月18日、横浜・山手ゲーテ座にて、林今日子により初演。

・・・・・・・・・・・・・・・・・の内にある・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・無数にある鐘の群・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・時にはひび割れた・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

  私の訥々(とつとつ)と打ちならす鐘の音が、聴いて下さる方々にメッセージとして届きますかどうか。そうある様願いつつ。

《ピアノロジー》(1999)
  山手ゲーテ座ピアノ祭委嘱作品。1999年9月15日、横浜・山手ゲーテ座にて、林今日子により初演。同9月17日、芦屋・山村サロンにて関西初演。
  この曲は、ピアニスト林今日子さんの依頼により、私自身、ピアノ作品というものについて、もう一度考えてみようと作曲したものです。曲は、
    第一: 歌 (Le chant)
    第二: 共鳴 (La sympathie)
    第三: 総合 (La synthèse)
の3つの部分から成り立っております。


平 義久 Yoshihisa Taïra, composer
  1937年6月3日東京都に生まれる。姉の弾くショパンやモーツァルト、父の弾くジャズピアノを聴きながら育つ。16歳のときドビュッシー「沈める寺」を聞き大きな感銘を受け、作曲家を志す。東京藝術大学で池内友次郎に師事したのち、フランス政府給費留学生として1966年に渡仏、パリ国立高等音楽院でアンリ・デュティユ、アンドレ・ジョリヴェ、オリヴィエ・メシアンらに学ぶ。1971年リリー・ブーランジェ賞、1974年SACEM作曲大賞、1982年ユネスコ国際作曲家会議賞、1985年フランス芸術アカデミー・フローラン・シュミット賞等を受賞。ドメーヌ・ミュジカル、アンサンブル・アンテルコンタンポラン、イティネレール、フランス国立管弦楽団といった演奏団体、ロワイヤン、メッス、オルレアン、ストラスブール、アヴィニョン、東京、ニューヨーク、ダルムシュタット、ベルリン、アムステルダム、タングルウッド等の音楽祭で作品が委嘱初演される。1984年からパリ・エコール・ノルマル音楽院作曲科教授として、長く後進の指導に当たった。2005年3月13日、肺炎のためパリで死去。
1969 Hierophonie I (4チェロ)
1969 Hierophonie III (オーケストラ)
1970 Hierophonie II(15奏者)
1970 Sonomorphie I (ピアノ独奏)
1971 Stratus(フルート、ハープ、22人の弦楽アンサンブル)
1971 Hierophonie IV(フルート、ピッコロ、アルトフルート、バスフルート)
1971 Fusion (2フルート、3打楽器)
1971 Sublimation (ハープ独奏)
1972 Stratus(フルート、ハープ)
1972 Dioptase(弦楽三重奏)
1972 Maya(バスフルートあるいはアルトフルート)
1972 Ignescences(2ピアノ、1打楽器)
1973 Chromophonie(オーケストラ)
1973 Radiance(ピアノと13奏者)
1974 Pantalpha (5奏者)
1974 Hierophonie V (6打楽器)
1974 Eveil(オーボエ、ハープ)
1975 Sonomorphie III (オーケストラ)
1975 Convergence I (マリンバ)
1976 Clea(12人の弦楽アンサンブル)
1976 Convergence II(コントラバス独奏)
1976 Interferences I (2チェロ)
1976 Convergence III(ヴァイオリン独奏)
1977 Meditations (オーケストラ)
1978 Campanella (3または5つの鐘/環境音楽)
1978 風紋(4フルート)
1978 Prelude bleu (アルト・フルート、ハープ、ファゴット)
1980 Erosion I (フルート独奏とオーケストラ)
1980 Dimorphie(2打楽器)
1980 Fu-mon (4フルート)
1980 Cadenza I (フルート独奏)
1981 Ressac (14奏者)
1981 Penombre I (2ギター、12人の弦楽アンサンブル)
1982 Delta (室内オーケストラ)
1983 Moksa, vimoksa (オーケストラ)
1984 Tourbillon(6人の打楽器とオーケストラ)
1984 Proliferation(オクトバスフルートと14奏者)
1984 Monodrame I (打楽器独奏)
1986 Synchronie(2フルート or フルート、尺八)
1986 Monodrame II(ファゴット独奏)
1987 Polyedre(オーケストラ)
1987 Penombre III(ハープと6奏者)
1988 Flautissimo(32人のフルートオーケストラ)
1988 Monodrame III(ギター独奏)
1989 Aialos (フルート、ハープ、テープ)
1990 Synergie(2コントラバス)
1991 Penombre IV (4奏者)
1992 Hexaphonie (弦楽六重奏)
1992 Trichromie (3打楽器奏者)
1993 Pentamorphe (木管五重奏)
1994 Facettes (エレキギター独奏と室内オーケストラ)
1994 Penombre V(ヴィオラ、ピアノ)
1994 Filigrane I (フルート、ピアノ)
1994 鐘楼 (Campanile) (ピアノ独奏)
1996 Penombre VI (アルトサックス、ピアノ)
1996 Divergence (弦楽四重奏)
1996 Diffraction (4鍵盤打楽器)
1996 Zephuros (アルト・フルート、ピアノ)
1997 彩層(オーケストラ)
1998 Reminiscence (フルート独奏とオーケストラ)
1999 時空-人間 (オーケストラ)
1999 Pianologie (ピアノ独奏)
2002 彩雲(室内オーケストラ)
2002 Monodrame IV (ヴィブラフォン独奏)
2003 Ambre (2フルート)
2003 Ennea (9奏者)
2003 Retour(ソプラノ独唱と室内オーケストラ)


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by ooi_piano | 2010-12-06 10:10 | POC2010 | Comments(0)
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  第1回~第3回公演同様、POC第4回「平義久×杉山洋一」の告知番組が、以下の時間帯に放送されます。
   ゲストに伊左治直氏をお迎えし、桐朋学園大学入学直後の杉山氏の早熟っぷりや「冬の劇場」設立のいきさつ、私(大井)と平氏・杉山氏の出会いなどを御紹介しております。

●12/6(月) 18:00~18:30
●12/8(水) 24:00~24:30(再放送)


ラヂオつくば: FM 84.2 MHz
同時間帯に、インターネットのサイマル放送でもお聴きいただけます。
(このサイマル放送には地域制限はありませんので世界中で聴くことができます。)


サイマル放送聴取方法:
Windowsの場合:
http://www.simulradio.jp/  のページを下にスクロールすると
「関東」の中に「ラヂオつくば」がありますが、
そのリンクの右側にある「放送を聴く」をクリックすると再生が始まります。
「ラヂオつくば」をクリックするとラジオ局のページに行ってしまうのでご注意ください。)

Mac の場合:
インターネットから
mms://ir298.com/IRTsukuba/radiotsukuba.asx
をアクセスして再生いただく形になります。
VLCという無料のソフトを使う方法があります。


ピアノとわたし―――――杉山洋一

  実は自分はピアノがほとんど弾けない。正確にいえば、弾けなくはないが、到底弾けるというよべるものではない。ピアノは高校に入る直前に独学ではじめ、一度目の受験は高橋悠治さんの「毛沢東」を弾いたのだが、ピアノがひどすぎて浪人してしまった。二度目はプーランクを弾いた。それから初めて試験のためにまじめにピアノをさらうようになった。実のところ、自分は指に問題があったりして、子供の頃からいつもピアノを遠巻きにしていただけで、実際にさわってみると下手ながらたのしいものだった。もっとも、周りはピアノに特に秀でた作曲の友人ばかりだったので、最初から自分の目標はきわめてひくいものだった。
  とはいえ、弾くのは楽しいピアノを書くという感覚がまったく掴めぬまま大学生活もおわり、あれから20年ちかくたって、いつのまにか意外なくらいピアノの作品があることに、あらためてびっくりした。なにしろ、普通のピアニストの指使いの感覚が自分にはないので、当然のようにどれも自分の手癖がみえるか、不器用な書き方をしているのが目に余るが、一度書き終えた作品はひどかろうと日記のようなものだとおもっているので、特に手を入れないと決めている。特に一貫したピアノとの距離感やつきあい方があるわけでもなく、作曲技法的に標榜するものもなく、ここで聴かれるのは、おなじような音の趣味で一貫性のない作品のつらなりになってしまう。
  ただ演奏会は作品を鑑賞するより、演奏家のエネルギーを存分に愉しむべきだとおもっているので、昔からよく知っている大井くんのていねいで大胆な演奏を自分もみなさんと一緒に愉しむ心積もりで、今から心を躍らせている。尊敬する大先輩、平さんの作品と並べていただけること何より光栄に思っており、この機会を与えてくれた大井くんに、改めて心からお礼をもうしあげたい。
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Diventa piu chiara quando ridi... ( 1995) 君が微笑めば、それはより一層澄んでゆく
  高校から大学まで同期だった作曲の星谷晋太郎の死を悼み作曲。冒頭の旋律が崩れるなかで音列が形成され、リズムは星谷の名前を数字に読み替えた。ドナトー二やゴルリの作曲技法に影響をうけている。臍にあたる部分に南聡作品の引用がある。曲名はタルコフスキーの「ノスタルジア」に登場する狂人の台詞による。オルガンのためのL'aria è qualcosa gira intorno alla tua testa(空気はあなたの顔の周りにそよいでいて)と対を成し、 "O madre, o madre, l'aria è qualcosa che gira intorno alla tua testa, diventa piu chiara quando ridi...." と、原文では一つの台詞。冬の劇場において新垣隆により初演。

Intermezzi I, II,III,IV (2000)
  2000年はイタリアで偶然指揮を学ぶことになり、そこで思いがけず知った演奏に於ける肉体性を、作曲に反映させられないか考えていた時期。これら間奏曲も、「演奏者の演奏行為は、音符を弾くことが全てではないはずだ。聴衆が音楽を通じて感じるものは、音ではなく、音を通して演奏者が伝える感情の起伏や、肉体性ではないのか」という仮定に基づく。
Iは演奏者の声や身体で発する薄いノイズが、ピアノの音に纏わりつく。IIは24声に及ぶ対位法。これら2作は冬の劇場で新垣隆により初演。IIIは沖縄の「国頭(くんじゃん)ジントーヨー」に基づく。すこし揺らぐ島唄のリズムはどことなく南イタリアのサルタレルロにも似ている。オーストリアErl音楽祭でAlfonsoAlbertiにより初演。IVは身体性の追求の極端な例で、演奏者は指使いのみ指定されたタブラチュアからアラベスク模様の音響を作り出し、自らの感情のみを表現する。ロマンツァという副題がついている。中川賢一によって初演。

Intermezzo V (2010)
  昨年秋Milano Musicaから委嘱された武満徹のオマージュを「湖のなかの小川」としてジャズ・ヴァイブラフォン奏者Andrea Dulbeccoのために書いた。その素材を解体しPOC のため再作曲を試みた。「小さな空」に基づく。

ビオンディネッタ
  Gérard Pessonより委嘱。彼が編纂する子供のためのピアノ曲集Musica Fictaに収録。ピエモンテの旧い民謡、ビオンディネッタに基づく、自由なパラフレーズ。曲想は民謡の歌詞とも繋がる。うら若い妙齢と羊飼いの淡い恋は厳格な父の反対に遭いすれ違いに終わる。

翔る(Vuelo)
  スペイン・フランコ政権下で囚われた詩人Muguel Hernandezが獄死直前、妻と幼い子供に捧げた詩の一つ「Vuelo(翔る)」に基づく。曲を通してホ音が中心音として執拗に貫かれるのは、韻を踏む詩とそこに、剥き出しとなる滾る想いへの共感による。ロマン派的ピアニズムからエルナンデスの豊潤な詩の世界に近づこうとした。中嶋香より委嘱、初演。

翔る(vuelo)
愛するものだけが飛ぶ。でも誰が
何よりも軽く、はなかい鳥のように、愛せるのだろうか。
生きたまま、立ち昇りたいと望むすべてのものを
憎しみが埋め尽くす。

愛する。でも誰が愛するのか。飛ぶ。でも誰が飛ぶのか。
僕は羽を欲する蒼を支配するにちがいない。
しかし愛はいつも遥か下の彼方にみえて、
絶対的の勇気を与える翼を見つけられず、悲しみに沈んでゆく。

はっきりとした欲望で、翼の生えた、燃えさかるものが、
巣を構えるため自由を求め、昇りつめようとした。
鎖に繋がれた男は逃げることを忘れようとした。
しかしそこには、勇気と忘却の羽が欠けていたのだ。

時にそれ程まで高く飛んだ。
肌の上に空が輝き、肌の下に鳥が輝いた。
それをひばりと間違えたお前であってくれ。
その他、すべてお前があられにして降らせてくれ。

お前は既に、残りの生命が、お前を囲っている板石なのを知っている。
お前の生命を呑み込む牢獄。
身体の中で、美しい鉄格子の中で、生命は過ぎる。
鉄格子から、血が自由にあふれ出す。

悲しい楽器を着るのは愉快だ。
炎を欲し、呼吸する管が、
いつでも使える熱望の剣が
閉じた地平線が口をあける身体が、すぐにも必要だ。

でもお前は飛ぶことはない。お前は飛べない。
空気が僕をつないでいる坑道を伝い、身体は徘徊する。
立ち昇るため、すさまじい苦難を強いて、お前は挫折したのだ。
お前は叫ばない。お前の後ろにひろがる風景は、無人で無音だ。

両腕は羽ばたかない。それはもしかして
心が大空にちりばめようとした、尾羽だったかもしれない。
血は孤独に闘うことに悲嘆し
二つの眼差しは、悪しき理解に再び悲しみに沈んだ。

どの街も、眠り、狂いながら目を覚まし、
牢獄の、燃えさかる夢の、雨を濡れそぼる夢の、沈黙を吐く。
飛ぶ力を失った、しわがれた虫のように、
男は横たわる。空は一人でに昇り、空気は動く。

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杉山洋一 Yoichi SUGIYAMA, composer
  1969年東京生まれ。作曲を三善晃、フランコ・ドナトーニ、サンドロ・ゴルリに、指揮をエミリオ・ポマリコ、岡部守弘に師事。指揮・作曲ともに日欧で活躍。作品はミラノ・ムジカ音楽祭、ヴェネチア・ビエンナーレなどの新作委嘱のほか、東京混声合唱団、多治見少年少女合唱団、ブルーノ・カニーノ/大井浩明デュオ、安江佐和子、加藤訓子などより委嘱をうけ、ヴェネチア・ビエンナーレ、ザグレブ・ビエンナーレ、ミラノ・ムジカ、エール・ティロル音楽祭、ボローニャ・アンジェリカ音楽祭、東京の夏、武生音楽祭など各地で演奏される。指揮者として、東京都交響楽団、アレーナ・ディ・ヴェローナ、ボローニャ・テアトロコムナーレ交響楽団、ジュネーブ室内管弦楽団、アンサンブルモデルン・オーケストラ、クランクフォールム、ニーウ・アンサンブル、コントルシャンなど各地で活躍。95年伊政府給費留学生として渡伊来、在ミラノ。現在ミラノ市立音楽院にて教鞭をとる。

作品リスト
間奏曲V ピアノのための (2010)
色ガラス歌集 尾形亀之助のテキストによる 5声とピアノのための(2010~)
舟歌 II  5楽器のための (2010)
ケン・サロウィワをわすれるな ウードゥー・ドラムのための (2010)
Diario 2010 ピアノ4手のための (2010)
湖の中の小川 ヴィブラフォンのための(2009)
カワムラナベブタムシ フルートとピアノのための (2008-2009)
Bianco I,II  バスフルートのための (2008)
ツリーネーション 打楽器のための (2008)
翔る ピアノのための(2007)
たまねぎの子守唄 ミゲル・エルナンデスのテキストによる 児童合唱のための(2006)
ビオンディネッタ ピアノのための(2006)
ノヴェレッテ 2本のリコーダー、クラリネット、打楽器のための(2006)
ひかりの子  ミゲル・エルナンデスのテキストによる 混声合唱のための (2006)
Clowd Dawning 5奏者のための(2004)
国境の向うで 5奏者のための(2003)
アリア ヴァイオリンのための(2002)
カンツォネッタ ハイネの詩による ソプラノと3楽器のための(2001)
舞曲Ⅱ トランペットとピアノのための(2001)
嬉遊曲Ⅱ2台ピアノのための(2001)
間奏曲 IV (ロマンツァ)ピアノのための(2000)
舟歌I ヴィオラと任意の3本のリムのための (2000)
間奏曲 III ピアノのための (2000)
間奏曲 I, II ピアノのための (2000)
綺想曲集 テープのための (1999)
道化師(ブルレッタ)ミラノ方言の諺のテキストによる2声とガンバ、チェンバロのための(1999)
綺想曲 フルートとギターのための(1998)
フランコII  フルートとピアノのための (1998)
夜想曲 リコーダーのための(1997)
ロンド ヴァイオリンと10弦楽器のための(1997)
舞曲 ホルンのための(1997)
嬉遊曲I 5楽器のための (1997)
おくりもの マリンバもしくは鍵盤楽器のための(1997)
わたしは、お前を 3打楽器のための(1996)
1923  リコーダー、ピアノ、アコーディオン、ギターと無声映画のための(1996)
灰 ウンベルト・サバのテキストによる 24の男声のための(1995)
ミロの太陽 ヴァイブラフォンとグロッケンシュピールのための(1995)
君が微笑めば、それはより一層、澄んでゆく… ピアノのための(1995)
沈みゆく太陽 小オーケストラのための (1994)
空気はこんなにも軽く、あなたの顔にそよいでいて オルガンのための(1994)
フランコI 6楽器のための(1993)
ルクレール「やさしい音楽の慰め」第2集より室内オーケストラのための編作(1992)
思い出 ピアノトリオのための(1992)
アラベスク W.B.イェーツのテキストによる ソプラノと11弦楽器のための (1991)
ロマンツァ オーボエ・ダモーレと小オーケストラのための(1990)

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●杉山洋一「ミラノ日記」(1997年3月~98年12月末日/初出 Yominet、文芸フォーラム yomiuri lane) [.tzzファイル]
  →.tzzファイルを読むためのT-Time5.5ダウンロード
●杉山洋一「しもた屋之噺」(2001年12月~2004年11月/初出 サイト「水牛」)[.tzzファイル]
●杉山洋一「しもた屋之噺」(2001年12月~現在)

◆ブルーノ・カニーノ+大井浩明による杉山洋一《嬉遊曲第2番》の世界初演ライヴ音源(2001年11月8日)
◆黒田亜樹氏による杉山洋一《間奏曲第2番》のライヴ演奏映像 (イタリア:Limenmusic、2010年収録)
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by ooi_piano | 2010-12-02 18:08 | コンサート情報 | Comments(0)