6/4(日)バルトーク弦楽四重奏曲全6曲(ピアノ独奏版)


by ooi_piano

<   2011年 01月 ( 4 )   > この月の画像一覧

松平頼曉のための祝詞 ―――――――石塚潤一

c0050810_1058999.jpg 松平頼曉氏からは、これまでたびたびお話を伺う機会があったのだが(以降敬称略)、ある晩、八村義夫が唐突にかけてきたという電話の話が一際印象に残っている。「時計の針が時を刻む音だが、あれはいったい何拍子なんだろう?」。電話口でそう訊ねる八村に、松平は「1拍子だ」と即答したとか。この二人の作風を知るものからすると、あまりに良く出来た笑い話のような話だ。

 時計の刻みに何らかの拍子感を幻視せずにいられない八村と、時計を動かす機構は一定であるがゆえ刻みに変化があるわけはない、ならば拍子感など生まれようがなく、言うなれば「1拍子」だという松平。少々突飛ではあるが、筆者は前者の感覚に表現主義、後者に新古典主義を連想する。八村といえば、表現主義の王道を往く12音技法導入以前のシェーンベルクを、さらに凝縮したかのような作品で知られる作曲家であったわけだし、松平の、音/音楽にいかなる感情/物語も乗せず、あたかも「振動する建築」の如く構築しようとする態度は、新古典主義を現代に蘇らせ、さらにその極北を行くものと言えよう。

しかしながら、前者はともかく後者に対する共感は、現代の日本にはほとんど存在しない。それは第一に、日々私たちの生活へと浸入してくるマスメディアが、詰まらない感情を増幅するための音楽で、溢れかえっていることによるのだと思う。こうした状況が逆作用し、あらゆる音楽に何らかの感情や物語を背負わせてしまっていることに、人々はどこまでも無自覚だ。筆者はかつて、一流のキャリアをもつあるクラシック演奏家が、「音楽はどのような感情も表現するものではない」という松平の言葉に、ほとんどアレルギー的な拒否反応を示すのを目の当たりにしたことがある。日本の音楽界は、聴衆から演奏家にいたるまでかくも情念漬け。こうした状況なればこそ、これに敢然と反旗を翻す松平のスタンスは一層受け入れ難いものとなるだろう。

c0050810_1101134.jpg ゆえに、松平頼曉について限られた紙幅で述べるということは、建築の前の地ならしに相当の労力がいる、という理由もあり、些か気の重い作業となる。だが、新古典主義の体現者であるストラヴィンスキーの名前を、補助線のように書き加えてみるならば、松平の「特殊」なスタンスを、一般的な聴き手へと僅かでも伝えることが出来るような気がする。ただし、ストラヴィンスキーを思い起こすだけで、松平の美学が幾らかでも判りやすくなるということは、日本の音楽界がストラヴィンスキーに限らず、新古典主義を十分に咀嚼せぬうちに今日に至ったことを示す、何よりの証拠とも言え、こちらもあまり明るい話とはならないのだが、今はその話は措くとしよう。

そのキャリアの中期に、発想記号によらず、♪=88などとテンポのみを指定する音楽など量産していたこの作曲家は、演奏においてはスコアに書いてあることしか起こり得ないとでも言いたげな、ある種の見切り(この見切りが、恐ろしく研ぎ澄まされた耳に裏打ちされていたことは言うまでもない)の鋭さでもって、他の新古典主義的作曲家とは一線を画した存在であった。彼は、自身の作品に余分な感情や物語が乗せられることなど遠慮したかっただろうし、スコアが生みだす音の愉悦に聴くものがただただ浸ることを望んだに相違ない。こうした態度が松平の態度とどれほど違うというのだろう?新古典主義を前衛運動と再定義し、その系譜の突端に連なる作曲家としての松平を捉えるなら、そのスタンスを理解することはかなり容易となる。

 さらに一歩踏み込もう。筆者は松平頼曉を、最も本質的な意味でストラヴィンスキーからの強い影響を受け、消化した-おそらく伊福部昭や黛敏郎よりも-日本人作曲家の一人と考えている。考えてみて頂きたい。松平以外の誰が、ストラヴィンスキーのようにドライかつ軽やかに音と戯れることが出来ただろう?そしてもう一つ。松平の形式についての卓抜した意識にも、他の日本人作曲家には決して見られぬ形で、ストラヴィンスキーからの影響が見て取れはしないか?

 多くの現代作曲家と同様に、松平もまた、ストラヴィンスキーの《春の祭典》から大きな影響を受けている。しかしながら、松平は表面的な音響のトレースに向かうことはなかった(常に明晰を志向した松平の楽器用法が、ストラヴィンスキーと似ていなくもない、位のことは言えるにしても)。《春の祭典》第1部の終結部。熱狂的な高揚の頂点で、断ち切られるように終わる音楽に松平は衝撃を受けた。「真の表現の革命は必ず形式の革命を伴う」と喝破したのはメイエルホリドであったが、いかに新奇な音響を構築しようとも、形式が前時代的であれば、音楽もまた前時代的なものへと帰着してしまうものなのだ。

 《春の祭典》でストラヴィンスキーが作り上げた新しい音楽語法は、それまでの音楽のような勿体ぶったコーダを必要とはしなかった。逆をいうなら、この終結部にロマン派の楽曲のような終結部が付随していたなら、この曲の刺激的な不協和音も精緻なリズムも驚愕すべき楽器用法も、単なるこけ脅しのように聴こえたに違いない。キャリアの出発点において、このような音楽の在りように衝撃を受けたがゆえに、松平の作品には、一作ごとに異なった形式上の工夫が凝らされることになる。一見、様々な要素が単に羅列されているような作品でも、イベントの出現頻度を柔らかに制御するための工夫が凝らされていることに驚く。こうした形式についての工夫は見過ごされがちであるが、松平の創作を語る上でもっとも重要なものと言えよう。

c0050810_1111983.jpg さらに、松平といえばシステマティック方法論を創作に持ち込むことによって知られる作曲家でもある。経歴にもあるように、まず総音列技法によって作曲家としてのキャリアを築き、不確定性の時代、引用の時代を経て、1976年以降、旋法による作曲を始めている。旋法による作曲は、1982年の《オーケストラのための尖度I》にて初めて厳密に適用されたピッチ・インターヴァル技法を生み出し、近年の《24のエッセーズ》など、数多くの作品がこの技法を用いて作曲されている。

 総音列技法について、ある作曲家は「才能のないものでも音楽が作れるシステム」と嘯いた。だが、それは大きな間違いだ。総音列技法に限らず、システムとはある程度までの作品の質を保証してくれるかも知れないが、それを運用するものの知性や才能を、無慈悲なほどに露にしてしまうものでもある。これについては、総音列技法も、パリ音楽院仕込みのエクリチュールも、芸大和声も、バークリー・メソッドも変わらない。ただ一つ確かなことは、どのような高度なシステム/技法であれ、それを無批判に信奉してしまう者には、霊感は決して降りてこない、ということだ。

 松平頼曉という作曲家について真に特筆すべきは、そのシステムとの距離のとり方の非凡である。システマティックな作曲に身を投じつつも、システムの適用範囲を冷静に見定めることを忘れない松平の態度は、優秀な科学者のようでもあるし(事実、松平は立教大学理学部で長期に亘って生物物理を講じた科学者でもある)、高度なセキュリティ・システムを作り上げると同時に、自らそれを突破してみようと試みるハッカーのようでもある。

 「作曲作業が乗っている時には、敢えてペンを置きます。そのような場合には自分の批評能力が落ちていて、霊感に乏しいものを書いても、これで良しとしてしまう恐れがあるので」

 「自作に引用する音楽は、自分の好きな作品とは限りません。むしろ、自分が嫌いな作品の場合もある。なぜかといえば、自分が好きな作品には自作に近い要素が含まれているもので、敢えて自分にないものを導き入れようとするならば、嫌いな作品を引用した方が良い」

このような言葉(大意)をサラリと口にする現代音楽の、しかも80歳になろうとする作曲家を筆者は寡聞にして他に知らない。世界のどこにも居ないのではないか、とすら思う。こうしたスタンスが、ともすれば硬化してしまいがちな作曲におけるシステム運用を柔軟なものとし、前述の形式上の工夫と相俟って、創作の鮮度を瑞々しく保っているのだ。霊感もアイディアも、えてしてこうした風通しの良いところに降りてくることを考えれば、松平のスタンスのユニークネスがその作品の際立った質の高さに結びついていることが、驚きとともに理解されるだろう。

***

c0050810_1121948.jpg 筆者はあるコンサート会場で、秋山徹次(名前に思い当たらない方はググってみて頂きたい)にギターの特殊奏法について熱心に質問する松平の姿をみかけ、その恐るべき好奇心に心底驚愕したことがある。考え抜かれた形式の上に乗った、柔構造のシステムは、まだまだ新しいアイディアを取り込む余地をもっているということだろう。若さが単に年齢で計られると思うなら大間違いである。自らに新しいものを取り込ための隙間が空けておくしなやかさこそが若さなのだ。よって、正直、筆者には現代音楽の世界において、松平頼曉よりも若々しい感性をもっていると思われる作曲家を見出すことが出来ない。これはおべっかでも社交辞令でもなく、原稿執筆時点での筆者のまこと正直な実感なのだから仕方が無い。ゆえに、3月27日に80歳になる作曲家への期待は、ますます高まるばかりである。”What's Next?”
[PR]
by ooi_piano | 2011-01-28 10:57 | コンサート情報 | Comments(0)
c0050810_995736.jpg

松平頼曉(1931- ) Yori-Aki MATSUDAIRA, composer
  作曲、ピアノを独学。1957~60、総音列主義によって作曲。次の6年間、不確定性に関心をもつ。1967~76、新しい引用音楽を始める。1976以後、旋法による作曲を始める。その後、その延長としてピッチ・インターヴァル技法を開発。1958、67、69、72、75、84、87、91、93、2009、国際現代音楽協会(ISCM)主催の音楽祭に入選。1990、第3回K.セロツキ国際作曲家コンペティションでメック出版社特別賞を受ける。2001、ISCM日本支部委員長として「ISCM世界音楽の日々イン横浜」を主催。2008、ISCM名誉会員となる。

主要作品
・オペラ: The Provocators
・オーケストラ: Kurtosis I、Oscillation(マリンバソロ付)
・室内オーケストラ: Configuration I & II、Recollection(ピアノソロ付)
・吹奏楽: Expansion
・合唱: Requiem(オーケストラ付)、Le Tombeau de Olga Brodsky
・室内楽: Sparkle
・独奏: GALA for piano
・声楽曲: Substitution(ピアノ伴奏付)、Card Game(無伴奏)
・オルガン曲: Prayer
・電子音楽: Transient '64(テープ)、Accumulation(ライヴ)
・シアターピース: What's next?
・エスニックピース: To the Victims of Cain
・コンピュータ音楽: Core
 等 150作品



作品解説――――――――松平頼曉

c0050810_9104082.gif■左手のためのトランスフォーメーション
 2009年、舘野泉さんのために作曲。はじめに提示される単旋律が様々に変形される。

■アルロトロピー
 1970年、高橋アキさんのために作曲。8セクションズから成る。題名は同素異型を意味するもので、すべて連打音が素材となっている。周期の異なる数音の連打はやがてアルペジオになり、アルペジオの集積はクラスターになる。終わり近く、一種のレファレンスとして、連打音による有名な作品が引用される。Ed.S.Zerboni社版。


■ピアノのための練習曲集
 “ピアノのための練習曲集”は1970~71年の作品である。内容は10課程23曲から成る。

I. 1個の鍵盤上の練習曲(3曲)
 C音のみを使った練習曲である。第1曲のリズムは乱数表によっている。左右1本ずつの指を用いる。鍵盤はCを指定しているが、半音ずつ順次移音して練習するとよい。指も第1指から第5指まで変えて練習する。
 第2曲は第1曲のアイデアに、強弱練習を付加したものである。
 第3曲は連符が混在する時の練習曲である。右手は32分音符単位で、左手は16分音符単位で。両方の手は強弱・アタック・共に違った指示で4通りの練習法が与えてある。両手同時に演奏する箇所では、スタッカートのあと直ちに音がしないように鍵盤を押さえる(cf.Stockhausen:Klavierstuck XI)。

II. 全音域上の練習曲(拡大カノンを含む音列による)(3曲)
 ピアノの鍵盤88個の全部を使う。この曲において鍵盤の出現順に番号をつけると、1 2 2 3 2 4 3 5 2 6 4 7 3 8 9 2 10 ……となるが、これを一つおきにとったものが、原数列と一致する。音高や各音の音価は第I課程から派生したものである。2曲の変奏曲が加わって計3曲一組みになっている。演奏会用練習曲である。

III. せまい音域内の練習曲(1曲)
 単音の連打にはじまり、数段階の変化を経て、完全4度幅の半音によるクラスターに至る。各段階とも、その音価は第I課程第1曲に由来している。

c0050810_913333.gifIV. 一定の音程のための練習曲(3曲)
 第1曲は4度のための練習曲である。音価は第I課程による。第2曲は3度のための練習曲で、第II課程第1曲のリズムを踏襲している。第3曲は7度のための練習曲で、リズムは第I課程の変形である。

V. クラスターによる練習曲(3曲)
 第1曲(同音で)はC音上の長7度のクラスターの練習で、第I課程第1曲のリズムを用いている。第2曲(同じ音程の幅で)はクラスターの最低音が移動する。幅は長7度から長2度まで可変である。リズムは第I課程第2曲のものである。第3曲(様々な音程の幅で)は様々な幅のクラスターが混在している。最低音も移動する。第I課程第3曲と同じリズムが用いてある。クラスター奏法においてはアタックの直後にペダルを踏むことによって、多彩な音色がえられる。

VI. 鍵盤演奏のための練習曲(1曲)
 第II課程第1曲の3番目の変奏である。これまでに現れた鍵盤奏法上の技法の外に、指や掌によるグリッサンド、無音で押さえるクラスターなどが指定されている。

VII. ピッチカートとミュートのための練習曲(2曲)
 ピアノ演奏は現代にといては鍵盤奏法だけとは限らない。第VII、VIII両課程はそのことを考慮して設けられている。
 第VII課程第1曲は再びC音のみによっている。しかも第I課程第1曲と同じリズムである。しかしここでは、通常の鍵盤奏法ではなく、弦を右手で押さえ左手で鍵盤を奏するミュート、弦を指先ではじくピッチカート、ミュートしながらはじくピッチカートおよび音を発しないように鍵盤を押さえる奏法が指定されている。最後の奏法はピッチカートと併用される時、ペダルと同じ効果を持つ(cf.Cowell:The Aeolian Harp)。ピッチカートやミュート奏法では運指に関する考慮が重要である。特にミュート奏法は、単音であっても両手を必要とすることを忘れてはならない。この課程では音符の両端に符尾を附してそのことを明示しておいたが、一般の作品ではそのように記していない(cf.Maderna:Piano Concerto)。この練習曲は、音域を変えて練習することが望ましい。鍵盤奏法では一般にオクターヴ移高しても、それ程違ったメカニズムを要しないが、いわゆる内部奏法では、オクターブの移高であっても全く違った訓練を必要とする。第2曲は音程が動く場合の練習曲で、第IV課程第1曲がほとんどそのまま転用されている。

c0050810_9141388.gifVIII. 打楽器のように(3曲)
 第1曲は手を使う奏法のためのもので、グランド・ピアノの上蓋、側面、鍵盤の蓋、前面、下側の5箇所を右手の拳と左手掌で叩く。
 第2曲はブリッジとフレームを小太鼓のスティックで叩く練習曲である。
 第3曲(J.Cageへの敬意をこめて)はスクリュー、ゴム、ボルトによってプリペアされた鍵盤の演奏である。弦にはさむ材質が同じでも響く音色は毎回異なることに注意してほしい。

IX. アレアトリックな練習曲(6群)
 A~Fの6個の群を記譜してあるので720通りの連結法がある。ただしテンポは前の群の末尾の指示に従う、という一種のマルコフ鎖が適用されている(cf.Stockhausen:Klavierstuck XI)。新にあらわれる技法としては、鍵盤の蓋の開閉、スティックによるミュートと打弦、スティックで弦に軽く触れながらそれを弦沿いに滑らす一種のハーモニックス、巻き線の縦こすりがある。

X. 図形楽譜による練習曲(3曲)
 第1曲は文字通り図形楽譜によっている。記号についての指定はほとんどないので、各自でそれを決めてから練習してほしい。十分練習したあと、記号の意味を変えて練習をくりかえしてほしい。
 第2曲は楽譜がなくインストラクションだけである。これは私の“Why not?”とほとんど同じ文章である。
 第3曲は数字の群とインストラクションから成っている。数字を楽譜として解釈する例は数多くあり、またその解釈の仕方も様々である(cf.Feldman:Intersection 3 ; 湯浅:Inter-posi-play-tion 1 ; 松平:Assemblages for Voice)。これらの作品を参考にしながら練習者がこの練習曲に別のインストラクションをつけて練習してもよい。
[PR]
by ooi_piano | 2011-01-27 09:03 | コンサート情報 | Comments(0)
c0050810_516791.jpg

◆田中吉史氏Blog
◆ken_hongou氏による関連記事 

作品解説――――――――田中吉史

 今晩のコンサートでご一緒させていただく松平頼曉氏はおそらく現代日本で最もピアノ曲を得意とする作曲家だろう。それとは対照的に、ピアノ曲は必ずしも私の得意分野というわけではないし、ピアノ曲を書く機会もごく限られていた。とはいえ、数年おきに書かれたこれらの作品を振り返ってみると、それぞれの時期の興味がどこにあったのかが端的に反映されているようで興味深い。

TROS III(1992)
c0050810_5192633.jpg  作品表に残された中で最初のピアノ曲。大井浩明氏のために作曲され、同じ年の12月に芦屋で初演された。その後、改訂版を作り、ヨーロッパで何度か大井氏に演奏していただいているが、今回は改訂版での日本初演になると思う。このころ、音楽を構成する様々な要素(音高、音価、あるいは特徴的なブロックなど)の順序を、組織的な方法で入れ替えながら並べて作品を書くことを試みていた。TROSという題名も"sort"という単語を後ろから綴ったものである。このTROS IIIでは、音高、音価だけでなく特徴的なブロックが順序を入れ替えながら、時として同じ音域上でぶつかるようにして、並置されていく。ブロックを並置して構成していくやり方には、松平頼暁作品からの影響が見て取れなくもない。

eco lontanissima II(1994/6)
  TROSのシリーズでとっていたような要素を並べ変えて構成していく発想では、音響的素材は一度記号列に置き換えられてから操作され、個々の素材が持つ質的な特性を直接扱うことには結びつきにくい。そのことに気づいてから、個々の素材を記号化するのではなく、その響きの質感に基づいて作曲することに、関心が移った。中村和枝さんのために書かれた「eco lontanissima II」はそうした試みの一つである。「非常に遠いこだま」といった意味のイタリア語がつけられた独奏楽器のための連作では、強弱や音色、濃淡を変えつつ類似した音響が連ねられていき、時としてパルスや不規則な反復が現れる。こうしたやり方をとることで音の質感を強調することを目指していた。今日演奏される"II"では、パルスや反復に加えて、様々なペダリングによって多様な残響を作ることが試みられている。1994年に最初の版がTEMPUS NOVUM第5回演奏会で、改訂版が1996年にそれぞれ中村和枝さんにより初演された。

air varié(2004)
c0050810_5201199.jpg  ピアノ曲ではないのだが、1995-6年に書いた「Attributes II」は一つの転回点となった作品で、アルトサックスとピアノという非常に異なる楽器が一つの旋律をごくわずかにずれながら辿っていく、という方法が用いられている。これをきっかけに、旋律や線的な動きが作曲するときの発想の中心におかれるようになってきた。2004年に、山本裕之氏と中村和枝さんのユニットclaviareaのために書いた「air varié」も基本的にそうした発想に基づいている。この作品では、様々な旋律的な断片が飛び交うが、それらの断片の違いを際立たせるために、音域の配置や様々な音程で別の音を重ねることで、独奏ピアノによる「オーケストレーション」が試みられている。同じ年のclaviarea葉山公演で中村和枝さんにより初演された。

air (de Cherubino)(2005)
  「air varié」を作曲するときにつけていたメモを後で読みかえすと、いくつかのアイディアが実現されないまま残っていた。そこで、そのアイディアのひとつを改めて実現してみようと考えた。こうして書かれたのが「air (de Cherubino)」である。この作品は、ある有名なオペラのアリアに基づいており、その原曲とほぼ同じ演奏時間を持つ。原曲の旋律線が取り出され、様々な形でぼやけさせられる。その状態は原曲のフレーズやテクスチャーの変化に対応して移り変わる。原曲が何だったかはまず聴きとれないだろうが、それでも原曲の特徴はいくらか残っている。この曲は「air varié」といくつかの素材を共有しており、この曲のあとに「air varié」をつづけて演奏することができる。2005年5月、篠田昌伸氏により初演され、その後黒田亜樹さんによりイタリアでも演奏されているが、「air varié」とセットにしての演奏は今回が初めてとなる。

Umbrella for Yori-Aki Matsudaira(2010-11)
c0050810_5203464.jpg  松平頼曉氏の傘寿を記念して、今日のために作曲されたこの作品は、最近取り組んでいる作曲家の発話に基づく連作の一つである。この連作では、インタビューなどでの作曲家の話し声の録音が、西洋伝統音楽の記譜法に従ってできるだけ忠実に採譜され、素材として用いられている。
  人の話し声も音楽も、共に人間が生み出す何らかの組織化された音響である点では共通しているが、人の話し声を楽器で完璧に再現することは殆ど不可能である。人の発話も楽器も別の物理的・身体的制約に従っていることや、我々のなじんだ記譜法が人の話し声の記述には適していないことなどにより、自然な発話と器楽とは互換性が非常に乏しいのである。このことが逆に、楽器による音楽とは何なのか、どのようなものであるかを際立たせているようにも思われる。人の自然な発話を器楽に移植すれば、それはなかなか話し声には聞こえないし、普通の器楽曲からもどこかはずれたものになるだろう。
  この連作では他の私の作品には殆ど見られない複雑なリズムが用いられる。現代作品では複雑で難解なリズムをしばしば目にするが、それらの多くは非常にシステマティックな手法によってリズムが生成されている(ようだ)。しかし、この連作に見られる複雑さはそうした「理論的な」方法によって生み出されたものではない。現実のある時点にある場所で発せられた人の自然な話し言葉をとらえて丁寧に記述することで、日常生活の中にあるごく些細な出来事の複雑さがあらわになる。私は、システムや方法の複雑さよりも、そうした現象自体が持つ微妙さや脆さに強く惹かれる。また、自然な発話を転写しながら作曲するのは、写真や映像を加工しながら美術作品を制作するのと似たところがあるかもしれない。
c0050810_522163.jpg  「松平頼曉のための傘」では、松平氏が彼の作品を特集したラジオ番組に出演した際の録音が素材として用いられている。これまでに書いたものはいずれもイタリアの作曲家の発話に基づくもの(「ヴィオラとピアノの通訳によるL.B.へのインタビュー」(2006)はルチアーノ・ベリオへのイタリア語の、「ブルーノのアウラ、あるいはチューバとピアノの通訳によるインタビュー」(2008)はブルーノ・マデルナへの英語のインタビュー)だったが、日本語による発話を素材とするのは初めてである。
  この曲の前半で用いられているのは、おそらく1986年に放送された番組で、松平氏が一人で解説をつとめている。(おそらく)あらかじめ用意された台本に基づいて淡々と説明が行われ、発話のテンポは比較的安定しており、また日本語の特性により、等拍に近いリズムが続く傾向がある。後半は2006年に放送された番組に基づいており、ここでは西村朗氏との対談が行われている。前半とは異なり、かなりリラックスした雰囲気の中で、生き生きとした会話が行われている。こうした自由な会話の特徴として、時々言葉を探して沈黙したり、言い淀んだり、発話に緩急の変化が多く見られる。また、西村氏の発話は抑揚が大きく、より声域が低く、松平氏の話し方と対照的である(この曲の後半に現れる低音域の音型の多くは西村氏の発話である)。なお、この作品は特に録音された発話に忠実な部分が多く、そのためこれまで以上に線的な性質がかなり強く前面に出ている。


定着しない音の行方――――――――山本裕之

c0050810_5283669.gif  「かつて我々がよく耳にした日本の作曲家といえばタケミツでしたが、もちろんそれ以外にも山のような数の作曲家があの国にはいたわけで、今日はその中からヨシフーミ・タナカを取り上げようと思います。タナカは面白いことにイタリア文化に強い関心を持っていたので、我々にとって理解しやすい部分があるのではないかと思い、今日のゼミで聴いてみることにしました。私の印象では彼の音楽には、ドイツあたりの作曲家が好んで書くような重たい和音やクラスターはあまり存在せず、どちらかといえば線的で繊細な要素が随所に散りばめられるような書かれ方がされています。またその線は細かく動き、留まることをあまり好まない。なので『ある音響』を聞かせることが目的ではなく、限定された要素、あるいは短い単位の断片的な時間がどのように移り変わってゆくのかに興味があったのだと思います。
  まずはタナカが1996年から97年にかけて書いた《fuggitivi》という弦楽四重奏曲を聞いてみましょう」

 (《fuggitivi》聴く)

c0050810_5321180.jpg  「如何でしょうか。この作曲家の特徴として、どのようなことがいえると思いますか」
  「ええと、いま聴く前にプロフェッソーレが仰ったことの他には、どちらかというとさらりとした音楽を聴いた印象があります。いや、印象で語るのがいけないとしたら、この作曲家の音楽にはかつて多くの日本の作曲家に見られたような情念的なものがあまり見いだせません」
  「情念とは曖昧な言い方だね。まあわからないでもない。しかしタナカと同世代以降の日本の作曲家には多かれ少なかれそのような情念的な表現を避ける傾向が見られると思います。我々にとって日本の情念的な音楽は理解しがたい部分がある一方、ミステリアスであるが故の魅力を感じることもありますね。中には具体名は出しませんがそれを武器に注目を惹こうとする作曲家もいたわけですが、タナカ以降の世代はそれをあまり潔しとはしません。また日本では『秋吉台世代の作曲家』という言い方があって、1960~70年代の生まれの作曲家を総称する言葉となっています。タナカは1968年生まれですから年代としてはその中心的な存在になります。秋吉台とはその頃に現代音楽の夏季講習会が行われていた場所です」
  「私のかつての恩師が、招かれて行ったことがあります。ノーノがなぜか自分の舞台を作ったそうですね」
  「そうです。すごいですね。なんでわざわざ鍾乳洞でそんな勉強をしていたのかはよく分かりませんが、日本開国の成果の一つといわれています。そこで日本の当時の若手は日本にいながらにしてヨーロッパ音楽を学んだのでしょう。しかしタナカには他の作曲家とは違う特徴があります。それは彼が認知心理学のドクターだったということです。彼の研究対象は主に記憶や学習に関するものでしたが、もちろん音楽の認知心理学的側面も研究していたはずで、実際そのような著作もあります。タナカのこの専門的研究は当然自分の作品にも反映されていると考えてしかるべきでしょう」
c0050810_5323799.jpg  「作曲家が他の専門領域を持っているのは珍しくありませんね。例えば日本ではヨリァーキ・マツダーイラも生物学者でした。しかし専門的研究がそのまま作品にも反映されていると考えるのは、いくぶん短絡的ではないでしょうか?」
  「もちろん直接的にそうだとは言いきれません。作曲家自身も気付かない深層心理レベルでの影響があるという解釈はいつでも可能で、かつ危険なことです。しかし彼自身が心理学の研究者であるというのは重要です。彼はその道の専門家らしく観察することを好んでいました。こんなエピソードがあります。タナカがミラノに来たとき、あのドゥオーモの広場でジプシーの子供に手帳を盗まれました。彼はすぐさま気付いて、逃げていたその子供を捕まえて手帳を取り返したそうです。次に彼はドゥオーモの屋上に登って、物盗りの親子がどのような動きをするのかをずっと観察していたそうです」
  「ああそれで!」
  「ん?」
  「さっきの弦楽四重奏曲のタイトル……」
  「《fuggitivi》(訳注:「逃げ去るものたち」の意)? あいや、それは関係ないでしょう。情景描写的な作品は彼は一度も書かなかった。たぶん違うはずです。たぶん。きっとね。でもこのタイトルが何を示唆しているかお分かりですか。タナカはこのタイトルが意味する「うつろいやすいもの」「逃げ去るもの」というものに興味がある、と語っています。つまり一般的に音楽は聴く人の耳に定着されるように書かれているわけですが、この音楽ではむしろその逆、掴まえようとしても逃げていってしまう楽想が意図的に書かれているのです。
  タナカの音楽にはそのような例がたくさんあって、次に2001年に書かれた声、クラリネットとコントラバスのための《Gestes》というデュファイの作品をベースにした曲を聴いてみましょう」

 (《Gestes》聴く)

c0050810_5333548.jpg  「これは今世紀最初の年に書かれたものです。タナカはデュファイの「気ままに移ろう楽想やリズム」に関心を持ち、それらを音楽のジェスチャーとしてとらえたと語っています。ジェスチャーといえば《bogenspiel》というヴァイオリンソロの曲でも、奏者の身体性に焦点を当ててるんですね。決して大げさな所作ではない、何気ない身体の動き。明瞭に把握したり、特徴を説明するのが難しいとらえどころのない動作。それらを人はどう認識するのか。あるいはそういう現象を音楽の上で認識されるようにしむけるとしたら、どのようなものになると思いますか」
  「うーん、何を仰っているのやらプロフェッソーレ」
  「あれ、ここ重要なんだけどな。例えばこの《Gestes》にいくらか出てくる、素早く動く、断片化された音階がありますね。これはこの時期以降のタナカの音楽に頻繁に使用されています。音階ですよ。音階というものは耳が認識しやすいオブジェクトの一つです。なのにタナカの書く音階は、手で掴んだと思ったらするりと逃げてしまい、その直後にどこに消えたのかもよく分からない、捉えどころのない音階の断片群です。もちろん音階に限らず様々なオブジェクトが顕れては消えて、なかなか聴き手の記憶に食い込んで来ようとしないので、音楽の構造自体も語りえない不定型なものとして、最後に残るのです。タナカは音楽を聴き手の耳にどう定着させようかとするよりも、音楽が認識あるいは記憶されるべきものという観念に疑問を呈したといえるのではないか、そう私は考えています」
  「しかし聴き終わってから、それがどういう音楽だったかという印象は明確に残ってますが……」
  「うむ、説明不足でした。音楽の全体像はもちろん明確にあるのですが、細部ははたしてどうでしょう? 例えば美味しいサラダを食べた。全体の味を決めるドレッシングはこんな感じで美味しかった。お皿全体の色合いも憶えている。サラダを構成する材料が何なのかは食べた瞬間にはわかる。ところがすべてを食べ終わったときにそれら食材の種類をあまりよく憶えていない。でもサラダの存在感は否定出来ない。変な例えですがそんな感じでしょうか。私はタナカの音楽に、パルメジャーノがよく効いたシーザーサラダの香りを覚えます」
  「最後のだけわかりませんプロフェッソーレ」
  「おや、もうこんな時間だ。諸君失礼、私はこれからローマの日本文化会館に出かけなければならない。ピアニストのヒロアキ・オーイがPOC#30と題した日本人作品によるリサイタルを行うのです。実はそのオーイがタナカに委嘱した《松平頼暁のための傘》という四半世紀も前のピアノ曲を諸君に聴かせたかったのですが、それはまた次回にしよう。そういうわけで今日はこれにておしまい。ぐらっちぇ、ちゃお」
[PR]
by ooi_piano | 2011-01-23 04:32 | POC2011 | Comments(0)
c0050810_442344.jpg
  第1回~第4回公演同様、POC第5回「松平頼暁×田中吉史」の告知番組が、以下の時間帯に放送されます。
   ゲストに田中氏ご本人をお迎えし、独学で作曲を始め、心理学を専攻する学部生時代(2年生・3年生時)に日本現代音楽協会作曲新人賞に連続入選し、そこで初めて「音楽関係者」に出遭ってグループを結成・・・あたりを中心にインタビュー致しました。

●1/24(月) 18:00~18:30
●1/26(水) 24:00~24:30(再放送)


ラヂオつくば: FM 84.2 MHz
同時間帯に、インターネットのサイマル放送でもお聴きいただけます。
(このサイマル放送には地域制限はありませんので世界中で聴くことができます。)


サイマル放送聴取方法:
Windowsの場合:
http://www.simulradio.jp/  のページを下にスクロールすると
「関東」の中に「ラヂオつくば」がありますが、
そのリンクの右側にある「放送を聴く」をクリックすると再生が始まります。
「ラヂオつくば」をクリックするとラジオ局のページに行ってしまうのでご注意ください。)

Mac の場合:
インターネットから
mms://ir298.com/IRTsukuba/radiotsukuba.asx
をアクセスして再生いただく形になります。
VLCという無料のソフトを使う方法があります。


田中吉史(1968- ) Yoshifumi TANAKA, composer

c0050810_443256.jpg  兵庫県伊丹市生まれ。作曲を独学にて開始、1988年、89年に現音作曲新人賞入選。1990年に作曲家グループTempus Novumを結成、鈴木治行、横島浩、山本裕之、田村文生らとともに10年以上にわたってコンサートやCD制作を行う。1995-6年、JMLセミナーにてChaya Czernowinに師事、また1996年に秋吉台国際20世紀音楽セミナー&フェスティヴァルにて秋吉台国際作曲賞を受けた。
  これまでにアルセナーレ・ムジカ、アンジェリカ・フェスティヴァル(以上イタリア)、ミッデルブルク現代音楽週間、フローニンゲンの日本週間、ガウデアムス音楽週間(以上オランダ)、サスカチュアン現代音楽週間(カナダ)、ダルムシュタット夏期講習会(ドイツ)、メルボルン・フェスティヴァル(オーストラリア)、ISCM世界音楽の日々2001(横浜)、ACLアジア音楽祭2003(東京)、秋吉台の夏、トンヨン国際音楽祭2009(韓国)などの音楽祭で、Klangforum Wien、 musikFabrik、 アンサンブル・ノマド、 アールレスピランなど様々な演奏団体や演奏家によって作品が演奏されている。また、秋吉台国際20世紀音楽セミナー&フェスティヴァルやベートーヴェンハウス室内楽ホール(ドイツ)、武生国際音楽祭、Klangspuren2002(オーストリア)、立川舞台芸術フェスティヴァル、ヴォクスマーナなどの様々な音楽祭や演奏家、演奏団体、放送局等からの委嘱を受けて作曲を行っている。その他「作曲フォーラム'99」やJMLセミナーなどレクチャーの企画などにも携わった。楽譜、CDがArs Publica(イタリア)、マザーアース、ALMレコードから出版されている。
  これまで、主として室内楽を中心とする器楽作品を手がけてきた。また、近作の傾向として、楽器を演奏する際の身体性に注目した独奏曲や、既存の音楽作品から素材を抽出した作品、人間の会話やインタビューの録音に基づく器楽作品を多く書いている。 Website: http://homepage3.nifty.com/yostan/

作品リスト

TROS II(1992,fl), III(1992/97, pf), IV(1993/99,t-sax)
eco lontanissima II (1994/96, pf), III(1994, a-sax), IVb(1995/99, t-sax), V(1996/97, Zephyros), VI(1998/99, gt)
Attributes I (1994, s-sax), II (1996, a-sax,pf)
fuggitivi (1996/97, string quartet)
linea-respiro (1997, chamber orch)
Sniff (1997, 2pf)
φphi) (1998-9, fl, cl, trb, perc, vla, cb)
study/limen (1999, tape)
Notturno correndo (1999, cl, vlc, pf)
Ventò (2000, picc, pf)
Gelsomina-Distanza (2000, trp, pf)
Lessico famigliare (2000, vla, pf, tape)
Gestes (2001, sop, cl, cb)
つむぎ歌 (2002, 2二十絃)
Luftspiel (2002, accordion)
Concerto for wind orchestra (2002-3)
bogenspiel I (2003, vln), Ib (2004, vla)
air varié (2004, pf)
Uccello magico (2004, fl, pf)
Come ricordarti la melodia? (2005, 2vln, 2vla, 2vlc, 2cb)
air (de Cherubino) (2005, pf)
Instabile (2005, cl)
両手の中の踊り (2005, 笙)
No.9 - Quintetto (2005/07, 12vo)
ヴィオラとピアノの通訳によるL.B.へのインタビュー (2006, vla, pf)
うろおぼえの旋律とコラール (2007, 3ピアニカ)
思い出せないタンゴ(たぶんストラヴィンスキーの)(2007-8, accordion, pf)
レチタティーヴォ・セッコの諸段階 (2008, 8vo)
ブルーノのアウラ、あるいはチューバとピアノの通訳によるインタビュー (2008, tuba, pf)
田口行弘"NEST"のための音楽 (2009, a-sax, vln, perc, pf,film)
科学論文の形式によるデュオ(2009/10, bar, tuba)
線と空間(2010, cho, pf)
la rondine (2010, sop, euphonium)
Gioco di braccio e labbro (2010, trb)
Gioco di dita e respiro (2010, fl)
松平頼暁のための傘 (2010-11, pf)

[PR]
by ooi_piano | 2011-01-23 04:23 | コンサート情報 | Comments(0)