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c0050810_6142935.gif■2001年度-2018年度の個人委嘱作品リスト

【現代音楽奏法】
サラベール社「Oser Xenakis(クセナキスに挑む)」寄稿 [2011.4.2]
ピアノ内部奏法入門 [2005.02.27]
プリペアド・ピアノ入門 [2012.10.25]
ケージ《冬の音楽》の奏法について [2012.12.31]
ケージ《南のエチュード集》の奏法について [2013.4.12]
メシアン《音価と強度のモード》演奏法 [2005.07.02]
 ――総音列主義作品における種々のアタック/タッチ/音色の定義 (レガート、スタッカート、テヌート、ポルタート、ノン・レガート)
ブーレーズ《フルート・ソナチネ》《第1ソナタ》演奏法 [2006.05.26]
ブーレーズ《第3ソナタ》演奏順についての雑記 [2009.11.09]
●M.シュパーリンガー《エクステンション》特殊奏法総覧
 ――その1 (序文/第1~第236小節) [2005.04.19]
 ――その2 (第237~コーダ) [2005.04.20]
 ――その3 (ヴァイオリン・パートについて/曲目解説)  [2005.04.20]
現代作品での譜めくり [2005.12.22]
●CD《シナファイ》 木下健一インタビュー(2002年5月7日、於ルクセンブルク) 木下健一エッセイ(仏語) 国内批評集 仏ディアパゾン誌評 CD《エリフソン》評ほか
クセナキス《シナファイ》 音源と概説 [2005.09.29]
同曲ライヴ映像についての雑記 [2007.08.01]
クセナキス《エリフソン》と《ホアイ》の素材援用について [2004.06.22]
サルでも見破れる現代音楽演奏 [2006.11.26]
演奏教育現場における現代音楽の効用・目的について [2006.12.08]
武満徹「実証研究」の諸相 [2006.12.03]
シュトックハウゼン追悼演奏会 [2008.10.20]
シュトックハウゼン:ピアノ曲第13番《ルツィファーの夢》ロケット製作法 [2014.2.16]
原田力男・没後10周年追悼演奏会 [2005.3.12]
●原田力男歿後20周年追悼コンサート 感想集 - 高久暁〈原田力男歿後20年に寄せて〉 [2015.9.23]、 原田力男「プライヴェート・コンサート」委嘱作品リスト、リンク集等、 原田力男ポートレート集(青柳聡) 


【POC第1回~第31回公演 演奏曲目一覧+感想集・動画リンク】

☆╋━━… POC(ポック)2010年度 …━━╋☆
c0050810_615318.gifPOC2010関連ライヴ演奏動画集 (委嘱作品を中心に)
●POC#1 松下眞一(全ピアノ曲)+野村誠 [2010.09.23]
感想集 松下曲目解説  「数学者としての松下眞一」(松井卓) 「松下眞一個展・東京公演に寄せて」(白石知雄)  野村曲目解説  野村プロフィール+関連リンク集  松下京都公演讀賣評
●POC#2 松平頼則+山本裕之(全ピアノ曲) [2010.10.16]
感想集 山本/松平作品奏法雑記 松平「美しい日本」について(石塚潤一)  「松平頼則が遺したもの」(石塚潤一)  山本作品解説+プロフィール/作品リスト  「曖昧な明晰/明晰な曖昧:山本裕之試論」(田中吉史)
●POC#3 塩見允枝子+伊左治直(全ピアノ曲) [2010.11.13]
感想集 塩見曲目解説+プロフィール/作品リスト  伊左治曲目解説  伊左治プロフィール+「伊左治直の音楽」(野村誠) 
●POC#4 平義久(全ピアノ曲)+杉山洋一(全ピアノ曲) [2010.12.15]
感想集 杉山「間奏曲集」奏法メモ 平曲目解説・プロフィール/作品リスト  杉山曲目解説・プロフィール/作品リスト  「杉山個展に寄せて」(伊左治直)
フランコ・ドナトーニについて(杉山洋一) その1 その2 その3 その4 その5 その6
●POC#5 松平頼暁+田中吉史(全ピアノ曲) [2011.01.29]
感想集 松平曲目解説  「松平頼暁への祝詞」(石塚潤一)  田中曲目解説+「定着しない音の行方」(山本裕之)  田中プロフィール・作品リスト 

☆╋━━… POC(ポック)2011年度 …━━╋☆
c0050810_02440100.gifヨーロッパ戦後前衛音楽の「演奏実践(パフォーマンス・プラクティス)」再考(野々村 禎彦)
TOWER RECORDS 「大井浩明の空前絶後現代音楽菩薩行を体験せよ!」(片山杜秀)
■POC#6 クセナキス全鍵盤作品 [2011.9.23]
感想集 彼岸のクセナキス(野々村 禎彦) クセナキス初来日時のエッセイ《日本の閃光――1961》
■POC#7 リゲティ全鍵盤作品 [2011.10.22]
感想集  曲目解説 音楽史の中のリゲティ(野々村 禎彦)
■POC#8 ブーレーズ全ピアノ曲 [2011.11.23]
感想集 ブーレーズとは何だったのか(野々村 禎彦)
■POC#9 尹伊桑(ユン・イサン 윤이상)/姜碩煕(カン・ソッキ 강석희)/朴琶案泳姫(パク=パーン・ヨンヒ 박-파안 영희)/陳銀淑(チン・ウンスク 진은숙)・全ピアノ曲 [2011.12.23]
感想集 曲目解説 韓国作曲界の「河」の流れ(伊藤 謙一郎) 「統営の娘」写真等
■POC#10 シュトックハウゼン:クラヴィア曲第1番~第11番+第18番(日本初演) [2012.1.29]
感想集 曲目解説 シュトックハウゼン素描(野々村 禎彦)
「1977年東京で――《暦年》世界初演」 (木戸敏郎) 前編 後編
「三人称の雅楽《リヒト》」(木戸敏郎) 前編 後編

☆╋━━… POC(ポック)2012年度 …━━╋☆
c0050810_0251457.gif●POC#11  ラッヘンマン+ホリガー 全ピアノ作品 [2012.10.4]
感想集 ― ラッヘンマン作品解説 ― ホリガー作品解説 ― 「『戦後前衛第二世代』について:ラッヘンマン、ホリガーを中心に」(野々村禎彦)
●POC#12 ジョン・ケージ生誕100周年(その1)
感想集 ― 曲目解説+「ジョン・ケージ素描(上)」(野々村 禎彦)
●POC#13 ファーニホウ全ピアノ作品+シャリーノ・ソナタ全5曲 [2012.12.12]
感想集 ― 曲目解説 ― 「『ポスト戦後前衛世代』について:『新しい複雑性』を中心に」(野々村 禎彦)
●POC#14 ジョン・ケージ生誕100周年(その2) [2013.1.26]
感想集 ― 「ジョン・ケージ素描(下)」(野々村 禎彦)
●POC#15 実験工房特集(武満徹/湯浅譲二/福島和夫/佐藤慶次郎/鈴木博義) [2013.2.22]
感想集 ― 曲目解説+「日本の戦後前衛第一世代について:「実験工房」同人を中心に」(野々村 禎彦)

☆╋━━… POC(ポック)2014年度 …━━╋☆
c0050810_6554519.gif概説: 野々村禎彦〈POC2014:戦後前衛の先に広がる豊穣を聴く〉
●POC#16 トリスタイン・ミュライユ 全ピアノ作品+全オンドマルトノ作品 [2014.09.21]
感想集 - 曲目解説+野々村禎彦〈スペクトル楽派概観〉
●POC#17 近藤譲 全ピアノ作品 [2014.10.21]
感想集 - 曲目解説 - 野々村 禎彦〈日本の戦後前衛第二世代について:あえて近藤譲を中心に〉
●POC#18 ヴォルフガン・リーム《ピアノ曲》全7曲+《再習作(ナッハシュトゥディー》 [2014.11.22]
感想集 - 曲目解説+野々村 禎彦〈「新ロマン主義」の曖昧さとW.リームの特殊性について〉
●POC#19 西村朗・自選ピアノ作品集 [2014.12.14]
感想集 - 曲目解説+野々村 禎彦〈新ロマン主義とアカデミズム:西村朗を読み解く補助線として〉 - 京都公演(《炎の書》を追加)
●POC#20 細川俊夫+三輪眞弘ピアノ作品集 [2015.01.25]
感想集 - 曲目解説
●POC#21 南聡ピアノソナタ全5曲 [2015.02.22]
感想集 - 曲目解説(他のピアノ作品の解説含む) - 野々村禎彦〈日本のポスト戦後前衛世代について〉

☆╋━━… POC(ポック)2015年度 …━━╋☆
概説: 野々村禎彦〈POC2015:2周目の戦後前衛第一世代〉 
●POC#21 フランコ・ドナトーニ 全ピアノ作品 [2015.1011]
感想集 - 曲目解説+杉山洋一〈ドナトーニ歿後15周年に寄せて〉  
●POC#22  ジャン・バラケ 全ピアノ作品 [2015.11.3]
感想集 - 曲目解説+野々村禎彦〈ヨーロッパ戦後前衛第一世代の光と影(そしてバラケもそこにいる)〉 
●POC#23 篠原眞 全ピアノ作品 [2015.12.20]
感想集 - 高久暁〈篠原眞の歳月~POC♯24「篠原眞全ピアノ作品」に寄せて〉
●POC#25 マウリシオ・カーゲル 全ピアノ作品 [2016.1.24]
感想集 野々村禎彦〈マウリシオ・カーゲル覚書〉(前半後半
●POC#26 一柳慧 主要ピアノ作品集 [2016.2.21]
感想集 西田博至〈一柳慧のピアノ音楽から〉(その1その2その3その4その5

☆╋━━… POC(ポック)2016年度 《先駆者たち Les prédécesseurs》 …━━╋☆
●POC#27 シェーンベルク 全ピアノ作品 [2016.10.10]
●POC#28  アイヴズ ピアノソナタ全曲 [2016.11.23]
●POC#29 バルトーク主要ピアノ曲 [2016.12.23]
●POC#30 ストラヴィンスキー主要ピアノ曲 [2017.1.22]
●POC#31 ソラブジ《オプス・クラウィケンバリスティクム》 [2016.2.21]


【POC関連公演】
c0050810_0255061.gif関連公演・感想集などまとめ [2013.3]
●メシアン《20のまなざし》 プログラム 曲目解説 脚注 [2014.6.15]、 ●メシアン《鳥のカタログ》 プログラム 曲目解説 (前半)+(後半) 脚注 [2014.8.31]、 ●メシアン《シャロットの姫君》《4つのリズム・エテュード集》《庭虫喰》(片山杜秀レクチャーコンサート) [2014.12.01]、 ●メシアン《アーメンの幻影》 [2015.03.13]、 ●メシアン《ヴォカリーズ・エチュード》+《未刊の音楽帖》 (オンド・マルトノ独奏) [2016.5.22]、 ●メシアン《ハラウィ》《天と地の歌》《前奏曲集》 甲斐貴也〈メシアンの三人のミューズ ~ソヴァージュ/デルボス/ロリオ〉 その1 その2 [2016.6.26]、 ●シェルシ傑作撰(前半後半) [2015.7.24]、 ●ベリオ全ピアノ作品 [2015.6.14]、 ●武満徹 全ピアノ曲 [2013.2.6]、 ●湯浅譲二 全ピアノ曲 [2013.10.27]、 ●一柳慧《月の陶酔 Intoxicant Moon (オンドマルトノ独奏)》(1991)  [2016.5.22]、 ●一柳慧《時の佇い I (笙独奏) 》(1983/86、全4楽章)   [2016.8.26]、 ●細川俊夫 全ピアノ曲 [2013.7.13]、 ●藤倉大 全ピアノ曲 [2013.6.15]、 ●シュトックハウゼン:クラヴィア曲第12番~第14番 [2013.08.24]、 ●シュトックハウゼン:クラヴィア曲第17番(日本初演)他 感想集曲目解説 [2011.3.25]、 ●シュトックハウゼン:自然の持続時間 [2012.11.3]、 ●ケージ《北のエチュード》《31分57.9864秒》 [2012.10.20]、 ●ケージ《冬の音楽》  [2012.12.29]、 ●ラッヘンマン《アレグロ・ソステヌート》他、高安啓介(愛媛大学法文学部准教授):《仮象とアンチ仮象:ラッヘンマンの作曲によせて》 [2013.5.13]、 ●フェルドマン《バニタ・マーカスのために》 [2012.7.17]、 B.A.ツィマーマン:《モノローグ》 [2015.5.22]、 ●ブソッティ《タブロー・ヴィヴァン》《ラーラ・フィルム》 感想集 - 解説(その1その2) [2015.10.6]、 ●ジェフスキ《不屈の民》 宮尾幹成〈ピノチェト、アラウ、大内啓伍〉[2017.3.27]

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by ooi_piano | 2011-12-31 15:48 | 雑記 | Comments(0)

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韓国作曲界の「河」の流れ ―――― 伊藤 謙一郎(東京工科大准教授)


 1968年、春のソウル。その日、二人の作曲家が初めて顔を合わせた。その場所は、音楽について語り合うには不釣り合いな「病院」であった。二人の男から厳しい視線を注がれていた彼らに、自由な会話は許されていなかった。この男たちはKCIA(韓国中央情報部)の職員。彼らの言動を監視する命令を受けていた。

 30才過ぎのその若い作曲家は、尊敬すべき先達に面会できた喜びもあって、つい思いのままに話をしてしまい、そのたびに初老の作曲家は無言で目をしばたたいて、話を止めるようサインを送らねばならなかった。しかし彼も、自国の若い作曲家の思いもよらぬ訪問に嬉しさを感じていた。この二人の作曲家の名は、尹伊桑と姜碩熙。この出会いが、その後の韓国作曲界を大きく変えていく契機となった。

c0050810_2216181.jpg 1967年6月17日の西ベルリン。尹は住んでいたアパートから突如拉致され、KCIAによってソウルに連れて行かれた。北朝鮮のスパイ容疑によりKCIA本部と刑務所で連日激しい拷問を受け、裁判では死刑を宣告された。その後、第一審で終身刑に減刑され、西ドイツ政府、シュトックハウゼンやリゲティをはじめとする世界中の作曲家・音楽家や数多くの文化人らの強い抗議によって、第二審ではさらに懲役15年に減刑された。やがて尹は市内の病院に身柄を移されたが、病院への移送を知った姜が尹への面会を希望したところ、思いがけずKCIAから特別に許可が下りたのである。《ピアノ・スケッチ》(1966)や韓国初の電子音楽《原色の饗宴》(1966)によって若手作曲家の急先鋒となっていた姜は、自国の伝統といかに向き合うかということと、電子音楽の制作を通して直面した、音楽の要素をいかに制御するかという点を考え続けていたが、その解決の糸口を、尹を通して見出したいと思っていたのである。

c0050810_22162894.jpg 一方、すでにヨーロッパで国際的作曲家の地位を確立していた尹の目には、韓国の作曲家たちの活動は、まだ不十分なものと映っていた。そこに危険を顧みず若い作曲家が急に訪ねてきて、想像を超える高いクオリティの作品を見せたのだから、尹のその驚きと喜びは大きいものであったに違いない。そして、理想とする音楽や自らの作品について熱弁をふるうこの若い作曲家を、尹は期待と信頼の気持ちをもって温かく迎えたのだった。

 この邂逅を機に、尹が入院している病院で毎週火曜日と木曜日の午後、姜は尹からヨーロッパの現代音楽の情報を聞くとともに作曲のレッスンを受けることとなり、尹がドイツに戻るまでの約1年間続いた。男声独唱、男声合唱、30人の打楽器奏者のための《禮彿》(1968)や、管弦楽のための《生成 ’69》(1969)といった初期の作品は、尹の助言によって書き上げられたものである。姜によれば、そのレッスンは書き直しや修正を求めるものではなく、主に創作上のアイデアを与えるものであったという。

c0050810_22175130.gif 当時、伝統に対する姜の関心は仏教に向けられていて、《禮彿》のほか、チェロ、ピアノ、打楽器のための《ニルマナカヤ[応身]》(1968)などに結実する。《生成’69》では、韓国的な音響と西欧的な音響との対比を追究する姿勢を見せ始めるが、その後のフルートとピアノのための《弄》(1970)やピアノのための《アペックス》(1972)では、いくつかの独立した音響の断片を組み合わせ、調和させて全体を構成する作曲法の萌芽を認めることができよう。なお、《禮彿》、《生成’69》、7奏者のための《原音》(1969)は、いずれも大阪万博からの委嘱によるもので、これをきっかけに姜と日本とのつながりが一気に深まるのである。これについては後述しよう。《生成’69》は大阪万博に先立ち、1969年3月24日にソウルの国立劇場で初演されたが、尹はこの曲の初演を聴くために病院を出て演奏会場に足を運んだという。彼はその一週間後、恩赦によって釈放され、姜をはじめ多くの人々に見送られてドイツに戻ることとなった。

* * * 

c0050810_22182515.jpg ここで二人の創作の姿勢や置かれた状況を比較してみたい。
 まず、尹も姜も、韓国に生まれた人間として、自身がもっている音楽上の言語をいかに西洋音楽と融合させるかという問題意識をもち、創作を通してその実現を試みてきた。しかしながら、両者の作風は大きく異なっている。例えば、韓国伝統音楽には「弄絃」[ノンヒョン]とよばれる、弦を素早く押したり揺すったりして音高を変える技法があるが、尹の作品では、それらが「主要音」「主要音響」といった形態の中で明確な輪郭を伴って表れる。韓国伝統音楽における表現の根幹を成すともいえるこの「弄絃」を尹は高い次元で様式化し、西洋楽器を用いながらも民族的な生命力あふれる作品を次々と生み出していった。姜の作品でも「弄絃」のほか、歌や舞踊に見られる「長短」[チャンダン]という伝統音楽特有のリズム型が認められるが、それは外面的には目立たぬように、しかし楽曲の重要な構成要素として昇華された形で取り入れられている。さらに、音高、音強、リズム、ハーモニーをはじめとするさまざまな要素が数理的な思考を通してそれぞれ結合され、楽曲全体と部分とが有機的かつ緊密に関係づけられているのが大きな特徴である。「ダイヤモンドはそれ自体でも美しいが、こなごなになっても、顕微鏡で見れば美しい結晶を見ることができる」という彼の言葉は、その創作の姿勢を示していると言えよう。

c0050810_22185350.jpg また、尹も姜も、「内鮮一体」「内鮮融和」が政策として掲げられた日本の統治下の韓国に生まれ、音楽に限らず、西欧諸国に関する情報を主に日本の書籍や雑誌、先達の留学経験談から得ていた共通の境遇をもっている。尹以前の韓国の作曲家は、文化的にも地理的にも近い日本に留学する者が多く、それに次ぐ留学先はアメリカだった。日本の場合、ヨーロッパへの留学が圧倒的で、ドイツに学んだ瀧廉太郎(1879~1903)や山田耕筰(1886~1965)、諸井三郎(1903~77)、フランスに学んだ池内友次郎(1906~91)、平尾喜四男(1907~53)といった作曲家らの存在が目を引くが、韓国ではベルリンに留学した蔡東鮮[チェ・ドンソン](1901~53)を除き、ほぼ皆無である。

 例えば、童謡《故郷の春》の作曲でも知られる洪蘭玻[ホン・ナンパ](1898~1941)は1918年から20年にかけて東京音楽学校(現 東京藝術大学)でヴァイオリンを学び、韓国の国歌《愛国歌》を作曲した安益泰[アン・イクテ](1906~65)は開学したばかりの東京高等音楽学院(現 国立音楽大学)でチェロを学んだのちアメリカに渡り、シンシナティ音楽院とフィラデルフィアのトピース音楽学校で引き続きチェロを学んだ。1935年にはカーティス音楽院で作曲と指揮を学び、翌36年にはベルリンに留学している。しかし、彼らの活動が西洋音楽の伝統と真正面から対峙した大きな「うねり」となることはなく、それは尹がヨーロッパ留学に向かうときまで待たなくてはならない。

c0050810_22193336.jpg 1956年6月。40才を目前にしていまだ自身の音楽の方向性を定められずにいた尹は、焦りの気持ち抱えながら留学のため韓国を離れた。パリ音楽院でトニー・オーバンに作曲を、エクリチュールをピエール・ルヴェルに学んだが、その後ドイツに移り、ベルリン芸術大学で作曲をボリス・ブラッハーに、12音技法をヨーゼフ・ルーファーに師事した。その後、ドイツでの精力的な創作活動を通して作曲家としての地位を築き上げているさなか、さきのKCIAの事件が起き、ソウルに強制的に連行されたのであった。1969年にようやくドイツに戻ることができて、すぐにハノーヴァー音楽大学に出講することになったが、翌70年に尹は、ソウルで出会った姜をハノーヴァーに呼び寄せている。このとき、姜は36才になっていた。

 ここで、姜の西洋音楽との出会いは尹と大きく異なることを紹介しておこう。
 尹の場合、最初に親しんだ楽器は13才のときに手にしたヴァイオリンだった。その後、チェロに巡り会い、それは尹の生涯で自身を象徴する楽器となった。すでに10代でいくつかの作曲を試み、大阪ではチェロと作曲を学んでいる。韓国に一時帰国したのち、20代の初めには東京で池内友次郎に師事している。

c0050810_22195787.jpg 姜の西洋音楽との出会いは、姜自身、予期しないものだった。このときの自身の状態を姜は「突然変異」と語っているが、20才のある日、音楽に対する興味が急に沸き上がってきたという。それまでは、クラシックの有名な曲をいくつか耳にした程度で、音楽の知識も作曲家の名前も知らなかったし、尹のような楽器の経験すらなかった。その状況にあって、姜はソウル大学校音楽大学作曲科への入学を目指した。入学試験までの3ヶ月あまりの間、まずは楽典から学び始め、和声、音楽理論、聴音、ピアノなどすべての入試科目を独習し、試験に臨んだ。このとき、定員7名に対して47名の受験者がいたが、結局8名が合格となり、その中に姜も含まれていたのである。合格者には姜のほか、白秉東[ペク・ビョンドン](1936~)、李康淑[イ・ガンスク](1936~)ら、その後の韓国の音楽界を牽引していく俊才たちが名を連ねていた。特に姜は、入学当初から白と親しく、ソウル大入学から半世紀が過ぎた今も、その互いの友情と信頼は揺るぎないものである。

 ハノーヴァーの話に戻そう。ハノーヴァーで尹の教えを受けたのは姜以外に白秉東と崔仁讃[チェ・インチャン](1923~)、彼らから一学期遅れて留学した金正吉[キム・ジョンギル](1934~)で、この四人が、尹が教えた韓国人の弟子すべてである。白と崔、金はハノーヴァー留学を終えて韓国に戻ったが、姜は引き続きドイツにとどまり、ベルリン音楽大学で尹とボリス・ブラッハーに、ベルリン工科大学通信工学科でフリッツ・ヴィンケルに電子音楽を学んだ。ここでの経験が、《モザイコ》(1981)をはじめとする80年代の一連の電子音楽作品群につながっている。姜はその後、82年にソウル大に招かれるまで創作の拠点をドイツにおき、韓国に帰国後は、白、金とともに、ソウル大の作曲教授として多くの優れた作曲家たちを育てた。

* * * 

c0050810_22203936.gif さて、尹と姜の関係を中心に見てきたが、ここで姜の韓国での活動、そして隣国である日本との関係に目を向けてみたい。
 ソウルでの尹のレッスンでは作曲の指導のほか、韓国での現代音楽の今後について少なからぬ示唆を受けていた。その一つが国際的な現代音楽祭の開催であった。尹は、韓国の現代音楽の水準を高めるためには、世界各国の現代音楽の情報をリアルタイムに得られる場が必要と考えていた。そして、姜にその思い託し、音楽祭の開催を勧めたのである。

 姜の行動は機敏で、ドイツに戻る尹を見送ってから5ヶ月後の1969年9月には、「ソウル現代音楽ビエンナーレ」という名称で早くも第1回の演奏会を開いている。これが、現在も行われている「パン・ミュージック・フェスティヴァル」の前身である。このとき演奏されたのは、エドガー・ヴァレーズ(1883~1965)の《オクタンドル》(1924)や、アール・ブラウン(1926?2002)、ローマン・ハウベンシュトック=ラマティ(1919?94)らの作品であった。また、姜の友人である白南準[ペク・ナムジュン](1932~2006)が姜の委嘱によるパフォーマンス作品を上演したが、その内容から大きな話題を呼んだ(この作品が白の韓国デビューとなった)。姜をはじめ、多くの若手作曲家・演奏家が、いかにこの音楽祭に意気込んでいたかが窺えよう。

c0050810_22213298.gif 1971年には第2回が、そして75年に「スペース ’75」という名称で第3回が開催された。76年からは「パン・ミュージック・フェスティヴァル」と名を変えて、毎年開かれるようになった。韓国の現代音楽界が大きく動き始めるのはこのころからである。78年には、それまで以上に新作の紹介に力を入れ、クラウス・フーバー(1924~ )、ジェルジュ・クルターク(1926~ )らのほか、フライブルク音楽大学に留学していた朴英姫[パク・ヨンヒ](1945~ )のクラリネットと弦楽三重奏のための《出会いⅠ》(1977)が演奏されている。

 さて、大阪万博からの委嘱で姜が《禮彿》、《生成’69》、《原音》を作曲したことはさきに触れたが、秋山邦晴は湯浅譲二とともに録音で流されているこれらの作品を韓国館で聴き、その独創的な音楽に強い衝撃を受けたという。このとき姜は来日していないため日本の作曲家たちと会うことはなかったが、秋山が音楽評論家として姜を多方面に紹介したこともあって、その後、湯浅のほか武満徹、一柳慧らをはじめとする日本の作曲家たちとの親交が深められていったのである。そして、姜を通じて韓国の現代音楽界の状況を知ることができるようになったほか、「パン・ミュージック・フェスティヴァル」に日本の作曲家や演奏家が招かれ、音楽を通した両国の文化交流が盛んになっていった。そこには、秋山と同様、姜の親友である音楽評論家、石田一志の献身的なはたらきがあったことは特に強調されるべきであろう。日本と韓国を何度も往復し、両国の橋渡しをしてきた彼の存在は非常に大きい。なお、1996年に秋山が亡くなってちょうど1年後の1997年8月17日、姜と石田の呼びかけにより、「本日休演・秋山邦晴」と題した秋山の追悼演奏会が開かれたことも記憶にとどめておこう。この演奏会のために、姜は秋山を偲んで、クラリネット、ヴァイオリン、チェロ、ピアノのための《伝説》(1997年)を作曲している。

* * * 

c0050810_2222382.jpg 再び姜の活動に目を向けよう。10年以上にわたるドイツでの生活を終えて、彼は1982年に韓国に帰国した。母校のソウル大学校音楽大学作曲科の教授として赴任を要請されたためである。この帰国には、すでにソウル大教授の要職にあった白秉東の強い説得があった。そして、着任した姜はここで、一人の学生、陳銀淑(1961~ )に出会う。彼女は、在学中に書いた《Gestalten》(1984)のISCMカナダ大会への入選を皮切りに、翌年には3本のチェロのための《Spektra》(1985)でガウデアムス国際作曲コンクール第1位をはじめとする数々の作曲賞を受賞し、2004年には《ヴァイオリン協奏曲》(2001年)でグロマイヤー賞を受賞するなど、国際的な評価を受けている。ジェルジ・リゲティ(1923?2006)に師事するため1985年にハンブルクに留学して以降、ドイツに定住し、ベルリンを拠点に現在も旺盛な創作を続ける彼女の活動は常に高い注目を浴び、一作ごとに大きな反響を呼んでいる。

c0050810_22222523.jpg 帰国してからの姜は、韓国とヨーロッパを行き来し「パン・ミュージック・フェスティヴァル」の芸術監督(~1992)、ISCM副委員長(1984~90)、ソウルオリンピック閉会式の音楽監督(1988)、ISCMソウル大会実行委員長・芸術監督(1997)などの要職を務めながら、ソウル大作曲科教授(~2000)として陳をはじめとする多くの俊英を育てた。現在ISCM韓国支部会長を務める白勝寓[ペク・スンウ](1963~ )や、弱冠29才でソウル大教授に就任した李信雨[イ・シヌ](1969~ )も姜の弟子である。特に李は、大学3年次に作曲したフルート、クラリネット、ピアノのための《空間》(1990)でISCMおよびガウデアムス国際作曲コンクールに入賞し、20代前半ですでに完成度の高い作品を創り上げている。1991年にイギリスに渡り、ロイヤル・アカデミーでマイケル・フィニシーに師事した彼女は、その後、無伴奏チェロのための《Expression》(1992)、木管五重奏のための《Micropolyphony》(1993?94)、管弦楽のための《詩篇20》(1994?96/98改訂)などの作品で、韓国を代表する作曲家の一人としてその存在を強く印象づけた。なお、李信雨のソウル大作曲科受験時の指導をしたのは、陳銀淑であったことを付け加えておこう。李に続くものとして、チョ・ヒョナ、イ・ビョンム、イ・ドフンといった作曲家たちがいる。彼らは1995年以降、ソウル大の姜クラスに学び、李をはじめとする先輩作曲家たちからも世界各国の動向に関する情報を得て、その後はドイツやフランスに留学、現在はヨーロッパ各地で活発な創作活動を行っている。

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c0050810_22233985.jpg こうして韓国の作曲界を俯瞰すると、韓国を離れ、ドイツに身を置きながら西洋音楽と自国の音楽言語とを融合させるべく努力し、韓国人として初めて国際的な活躍をした「尹伊桑」、ヨーロッパの最先端の現代音楽の情報を韓国にもたらし、数々の優れた弟子を育てた「姜碩熙」、そして透徹した論理的思考さらに徹底させ、それまでにない新しい音楽表現の境地を切り拓いた「陳銀淑」という3人の作曲家をメルクマールとする系譜が浮かび上がってくる。それはまるで一筋の「河」のようだ。韓国語で「河(川)」のことを「カン」(江)と言い、同じ発音で「強い」という意味もある。ベートーヴェンは「バッハは小川ではなく大海である」と語ったが、「姜」の名前と「河」の流れ、そしてピアノのための《ソナタ・バッハ》(1986)を結びつけるのは、あまりにも無邪気な言葉遊びだろうか? しかし、「姜碩熙」という作曲家の存在が大きな河の流れを生み出したことは論をまたないだろう。
 ここで、尹、姜、朴、陳という世代の異なる四人の韓国人作曲家の作品を一度に聴くことは、その流れに身を委ねる川下りにも似たスリリングな体験となるに違いない。
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by ooi_piano | 2011-12-15 22:10 | POC2011 | Comments(0)

感想集 http://togetter.com/li/231194
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★9月23日クセナキス公演の感想集 http://togetter.com/li/191754
★10月22日リゲティ公演の感想集 http://togetter.com/li/203576
★11月23日ブーレーズ公演の感想集 http://togetter.com/li/217773
★POC2011関連のリンク http://ooipiano.exblog.jp/i9/
★在日本大韓民国民団・民団新聞記事 http://www.mindan.org/shinbun/news_bk_view.php?page=1&subpage=2681&corner=6

〈前売〉 学生2,000円 一般2,500円 〈当日〉 学生2,500円 一般3,000円
【チケット取り扱い】 ローソンチケット 0570-084-003 Lコード:39824
ヴォートルチケットセンター 03-5355-1280 (10:00~18:00土日祝休)
【お問い合わせ】お問い合わせ 株式会社オカムラ&カンパニー
tel 03-6804-7490 (10:00~18:00 土日祝休)
fax 03-6804-7489 info@okamura-co.com

【ポック#9】 韓国現代ピアノ作品を集めて
2011年12月23日(祝) 午後6時開演 (午後5時30分開場) 白寿ホール
大井浩明(ピアノ)、有馬純寿(電子音響)

■尹伊桑(ユン・イサン 윤이상)(1917-1995)/5つの小品 (1958)、小陽陰(1966)、間奏曲A(1982)
■朴琶案泳姫(パク=パーン・ヨンヒ 박-파안 영희)(1945- )/波紋(1971)、のどの渇き(2008)
■陳銀淑(チン・ウンスク 진은숙)(1961- )/ピアノのためのエテュード集(1994-2003)(初版+改訂版 全曲による通奏世界初演) 
   I.インC (初版+改訂版)、II.連鎖 (初版+改訂版)、III.自由なスケルツォ (初版+改訂版)、IV.音階 (初版+改訂版)、V.トッカータ ~大井浩明のために、VI.粒子 ~P.ブーレーズのために

--(休憩15分)--

■姜碩煕(カン・ソッキ 강석희)(1934- )/ピアノ・スケッチ(1968)(日本初演)、アペックス(1972)(日本初演)、インヴェンツィオ~ピアノと電子音響のための(1984)(日本初演)、ソナタ・バッハ (1986)

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[POC#9] Anthology of Korean Piano Works
Fri, 23 Dec 2011 start 6:00 p.m. / open 5:30 p.m. Hakuju Hall, Tokyo
Hiroaki OOI, piano - Sumihisa ARIMA, electronics
Isang YUN: Fünf Stücke, Shao Yang Yin, Interdium A
Younghi PAGH-PAAN: Pa-mun, Mich dürstet/I thirst
Unsuk CHIN: Klavieretüden ~ I. In C (original & revised versions), II.Sequenzen(original & revised versions), III.Scherzo ad libitum(original & revised versions), IV.Scalen(original & revised versions), V.Toccata für Hiroaki Ooi, VI.Grains for Pierre Boulez
[intermission 15 minutes]
Sukhi KANG: Piano Sketch, Apex, INVENTIO--musicae clavichordii et sonorum artificiosorum (with Sumihisa ARIMA, electronics), Sonate BACH


c0050810_21433324.jpg 尹伊桑(ユン・イサン、1917年9月17日 - 1995年11月3日)は、釜山近くの慶尚南道・統営(トンヨン)の出身。15歳で来日、大阪でチェロと音楽理論を学ぶ。21歳で再来日、東京で池内友次郎に3年間師事。戦後、釜山・統営・ソウルで教員として勤めた後、1956年6月に渡欧、パリ音楽院でトニー・オーバンに、翌年からはベルリン音大でヨーゼフ・ルーファー、ボリス・ブラッハーに師事。1963年に北朝鮮を初訪問。ドナウエッシンゲンで初演された管弦楽のための《礼楽(レアク)》(1966)で国際的評価を得る。1967年7月に韓国中央情報部(KCIA)によって逮捕、裁判ののち、1969年2月に釈放。1971年に西ドイツ国籍に帰化、1974年からベルリン音大教授。ハンブルク芸術アカデミーならびにベルリン芸術アカデミー会員。1987年西ドイツ政府大功労十字勲章。細川俊夫、三輪眞弘、嶋津武仁、古川聖ら11名の日本人を含む多くの弟子を育てた。代表作に、オラトリオ《唵麼抳鉢訥銘吽(ああ蓮華の中の宝珠よ)》(1964)、ミュンヘン・オリンピック委嘱の歌劇《沈青》(1973)、《チェロ協奏曲》(1976)、交響詩『光州よ、永遠に!』(1981)、ベルリン・フィル100周年委嘱『交響曲第1番』(1982/83)、サントリーホール杮落委嘱『交響曲第4番 《暗黒の中で歌う》』(1986)、金日成生誕75周年を祝うカンタータ《わが地、わが民族よ!》(1987)等。
c0050810_21441350.jpg  《5つの小品》(1958)は、公式作品リストの冒頭に挙げられた、ベルリン音大在籍中の作品。1959年オランダ・ビルトホーフェンに於けるガウデアムス現代音楽祭で、ヘルマン・クロイトにより初演。《小陽陰》(1966)はアントワネッテ・ヴィッシャーより委嘱、同氏に献呈。1967年9月にヴィッシャーが録音、1968年1月12日にドイツ・フライブルクでエディト・ピヒト=アクセンフェルトにより舞台初演が行われた。元々、5本のペダルを持つモダン・チェンバロのために書かれたが、作曲者の遺志により、ピヒト=アクセンフェルトによるヒストリカル・チェンバロ用版、ならびにアクセンフェルトの弟子であるハン・カヤ(韓伽倻)によるモダン・ピアノ版が1998年に出版された(2011年現在は絶版)。《間奏曲A》(1982)は、1982年5月6日に東京で高橋アキにより初演、同氏に献呈。初演者のファーストネームに由来したと思しきA音が、主要音(ハウプト・トーン)として多様な変容を見せつつ強靭な生命力を持続する。


c0050810_21463051.jpg 姜碩煕(カン・ソッキ、カン・スキ、カン・ソクヒ、1934年10月22日- )は、ソウル生まれ。ソウル工科専門学校で学んだ後、ソウル音大作曲科を1960年に卒業。1969年にパン・ミュージック・フェスティヴァルを創設。1970年に渡独、ハノーファーで尹伊桑に、ベルリン音大でボリス・ブラッハーに師事。1975年からソウル大講師、1982年~2000年ソウル大教授。1985年~1990年ISCM副委員長に就任(アジア人初)、のちに名誉会員。日本へは尚美学園大学客員教授として定期的に来日。代表作に管弦楽のための《カテナ》(1974~75)、フルート独奏と合奏のための《萬波》(1982)、ソウル・オリンピック開会式と閉会式のための電子音楽《プロメテウスの到来》(1988)、カンタータ《緑輝く地球上の平和》(1992)、東京室内歌劇場委嘱の歌劇《超越》(1995)、仏プレザンス音楽祭のクセナキス特集の一環で初演された《ピアノ協奏曲》(1998)、大關嶺音楽祭委嘱のヴァイオリン独奏と14弦楽器のための《平昌(ピョンチャン)- 四季》(2006)等。
  《ピアノ・スケッチ》(1968)は短い3曲からなる。イ・ソンギョン(Lee Sung-Kyun)に献呈、ソウル・明洞芸術劇場で初演。第2曲は、1966年12月9日に韓国最初の電子音楽である《原色の饗宴》とともに発表された。《アペックス》は1972年4月ブレーメンにて完成、山下豊子に献呈。前作とは異なり、不確定的な記譜法が採られている。ピアノと電子音響のための大作《インヴェンツィオ》(1984)は、18音からなる主題が、パッサカリア、10の変奏曲を経て、終曲フーガへと変容してゆく。《ソナタ・バッハ》(1986)は、J.S.バッハ歿後300年記念年における、ベルリン・ホリゾント音楽祭の委嘱作品《サクセッション》のピアノ独奏版。パク・ウニ夫人(Eunhee Park)に献呈。B-A-C-Hの音名象徴を、4部から成る全体構成や倍音列システムにまで織り込んである。 


c0050810_21465619.jpg 朴泳姫(パク=パーン・ヨンヒ Younghi Pagh-Paan 1945年10月30日- )は、忠清北道清州(チョンジュ)市出身。姓であるパク(朴)に加えられたパーン(琶案)という言葉は、韓国人哲学者・金容沃(キム・ヨンオク 1948- )が贈った芸号で、「机の横に置かれた琵琶」という意味であるとともに、同じ発音で「破顔」の含意もあり、自身の音楽を聴いて人々が顔をほころばせて喜ぶことを願って併記しているとの事である。
 ソウル大学で学んだのち、1974年に独政府給費DAAD留学生として渡独。フライブルク音大で作曲をクラウス・フーバー(後に彼女はフーバーと結婚)、楽曲分析をブライアン・ファーニホウ、ピアノをエディット・ピヒト=アクセンフェルトに師事。ドナウエッシンゲン音楽祭で初演された管弦楽のための《SORI》(1979)で国際的に知られるようになる。1994年よりブレーメン音大作曲科教授。自身の設立したアトリエ・ノイエ・ムジークの音楽監督。韓国民俗音楽と西欧前衛語法の融合を探求している。ボズヴィル現代音楽フォーラム第一位(1978)、ユネスコ国際作曲家会議第1位(1979)に始まり、ハイデルベルク女性作曲家賞(1995)、ベルリン芸術アカデミー会員(2009)に至る、数々の受賞歴がある。90年代以降、秋吉台や武生の音楽祭のために数度来日。作品はミュンヘン・リコルディ社から出版されている。
 《パムン(波紋)》は、ソウル大学大学院修了作品であり、韓国時代の最後の作品となった。1971年6月25日、ソウルでキム・ユンジョン(Yoon-Jung Kim)により初演。2004年リコルディ社より出版。《のどの渇き》は、2008年10月29日東京、11月13日ソウルでハン・カヤ(韓伽倻)により初演、2010年リコルディ社より出版。済州島四・三事件(1948年)により韓氏の祖父母が殺害され両親が日本へ渡ってから、60周年を記念する鎮魂曲として委嘱された。十字架上のキリストの最後の7つの言葉に基づくシリーズの一環で、タイトルは第五の言葉(ヨハネ福音書19章28節) に由来する(「この後イエス萬(よろづ)の事の終りたるを知りて、――聖書の全うせられん爲に――『われ渇く』と言ひ給ふ。/Darnach, da Jesus wußte, daß schon alles vollbracht war, daß die Schrift erfüllt würde, spricht er: Mich dürstet!)。「肉体ではなく精神の渇き、海に漕ぎ出す漁師たちの力強い歌、済州島(チェジュド)の風土等が背景にある」(作曲者)。


c0050810_21473564.jpg 陳銀淑(チン・ウンスク Unsuk Chin 1961年7月14日- )は、ソウル生まれ。ソウル大学で姜碩煕に師事。在学中の1985年、3台のチェロのための《スペクトラ》でガウデアムス国際作曲賞第1位(アジア人初)。独政府給費DAAD留学生として渡欧、ハンブルク音大でジェルジ・リゲティに師事(1985-88)。ポスト・セリエル書法で書かれた当時の作品を、時代遅れだとリゲティに非難され、3年間作曲が出来なくなる。1988年にベルリンへ居を移し、ベルリン工科大学電子音楽スタジオにて、8台ピアノのための《無限への階梯》(1989)をはじめとする7作品を制作。ソプラノとアンサンブルのための《折句―言葉遊び》(1991)で国際的知名度を得る。1995年にブージー・アンド・ホークス社と契約、全作品の楽譜を同社より出版。1999年以降ケント・ナガノと交流を深め、バイエルン国立歌劇場でのオペラ《不思議の国のアリス》(2007)を含めて、5作品が彼によって初演されている。ヴィヴィアネ・ハークナーとナガノによって初演されたヴァイオリン協奏曲(2002)はグロマイヤー作曲賞を受賞、テツラフ/ラトル/ベルリン・フィル(2005)を含めた全世界のオーケストラにより再演されている。他に、IRCAM委嘱作品《ザイ Xi(種/核)》によりブルージュ電子音楽国際コンクール第1位(1999)、A.シェーンベルク賞(2005)、ハイデルベルク女性作曲家賞(2007)等。韓国民俗音楽を含めた特定の文化と自作との関連性を否定している。
 ピアノのための練習曲集は全12曲が予定され、現在までに6曲が完成している。そのうち4曲は、2003年に簡易版(改訂版)が作成され、現在取り上げられるのはもっぱらこのヴァージョンである。第1番《インC》は、1998年バリ島滞在中でのガムラン体験に触発されたもの。バッハ平均律、ショパン・ドビュッシー練習曲集と同様に、曲集の劈頭を「ハ調」が飾る。第2番~第4番は米ウォッシュバーン大学(Washburn University)からの委嘱作品。東京オペラシティ財団委嘱の第5番《トッカータ》は、第1番同様、C音の倍音列に基づく。英サウス・バンク・センターでのブーレーズ生誕75周年記念コンサートのために書かれた第6番《粒子》は、波形合成の一方式である「グラニュラー・シンセシス(微粒合成)」の翻案。
c0050810_2148214.jpg  【初演データ】 第1番―[初版]1999年5月25日ハノーファー/大井浩明、[改訂版]2003年12月16日東京/大井浩明。第2番―[初版]1995年6月15日ベルリン/ディン・シャオリ(北京出身でアメリカに学んだ中国人ピアニスト)、[改訂版]2003年12月16日東京/大井浩明。第3番―[初版]1996年2月11日米カンザス州トピカ/ディン・シャオリ、[改訂版]2003年12月16日東京/大井浩明。第4番―[初版]1996年2月11日米カンザス州トピカ/ディン・シャオリ、[改訂版]2003年12月16日東京/大井浩明。第5番―2003年12月16日東京/大井浩明。第6番―2000年3月26日ロンドン/ロルフ・ハインド。


在日本大韓民国民団・民団新聞記事
http://www.mindan.org/shinbun/news_bk_view.php?page=1&subpage=2681&corner=6
http://www.mindan.org/kr/newspaper/read_artcl.php?newsid=11300

오이 히로아키씨, 한국 전위 피아노작품 소개 연주회

일본, 유럽 등에서 활약하는 일본인 피아니스트 오이 히로아키(大井浩明)씨는 한국 현대피아노작품을 소개하는 리사이틀 공연 'Portra its of Composers' POC #9을 23일 도쿄 시부야구(澁谷區)의 하쿠쥬(白壽)홀에서 개최한다.

9월부터 내년 1월까지 매월 1회 전 5회에 걸친 연주회 시리즈로, 전후, 현대음악의 기점이 된 전위 피아노작품군을 체계적으로 소개하고 있다. 이번에는 윤이상(尹伊桑, 1917~1995), 강석희(姜碩熙, 1934~), 박파안영희(朴琶案泳姬, 1945~), 진은숙(陳銀淑, 1961~)의 작품을 연주한다.

특히 강석희의 '피아노 스케치', '아벡스', '인벤티오~피아노 전자음향을 위한'은 일본 첫공연. 당일은 강씨를 초청한다.

18시 공연 시작. 예매 일반 2500엔, 학생 2000엔. 당일 일반 3000엔, 학생 2500엔. 티켓은 로손티켓(전화 0570-084-003) L코드: 39824.
문의: 오카무라&컴퍼니(전화 03-6804-7490) 평일 10~18시.

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by ooi_piano | 2011-12-15 21:36 | POC2011 | Comments(0)

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by ooi_piano | 2011-12-10 08:42 | 雑記 | Comments(0)