Blog | Hiroaki Ooi


9/20(水) 現代日本人作品2台ピアノ傑作選
by ooi_piano
検索
ブログパーツ
以前の記事
ライフログ

<   2013年 08月 ( 4 )   > この月の画像一覧


クセナキス《エリフソン》と《ホアイ》

※9年前、アルケミスタ・武田浩之氏のメルマガ用に、《エリフソン》と《ホアイ》の相関関係について書いた記事が長らくリンク切れになっていたのですが、サルヴェージ先を御教唆頂きました。念のためにブログにも転載しておきます。


クセナキスのチェンバロ独奏曲《ホアイ》(1976)と第2ピアノ協奏曲《エリフソン》(1974)の間の素材援用について

c0050810_1595844.jpgつい先日(2004年6月8日夜〜9日昼)、アルトゥーロ・タマヨ指揮ルクセンブルク・フィルと、ヤニス・クセナキスの第2ピアノ協奏曲《エリフソン〜ピアノ独奏と88人の奏者のための》(1974)の世界初録音を行ってきました。私にとっては、2002年5月に収録した「シナファイ」に続く、2枚目のCDとなります。

樹形曲線(樹木や稲妻や血管の枝分かれ)をそのまま音楽におきかえたスコアは非常に「バロック的」であり、また、20世紀チェンバロ作品の最高傑作《ホアイ》(1976)と大変緊密な関連があるので、その話題を少々させて下さい。極小時価での螺旋の微細な絡み具合にじっくり取り組む、フランス・バロックのクラヴサン音楽の経験が非常に役立ったのも、事実です。

【解題と「参考録音」】

c0050810_1282477.gif《エリフソン(エリフソニオス)》(原義は「大地の力」)とは、神話上のアテネ王の名前とされています。アテーナー女神が武器を注文しにヘーパイトスを訪れた時、いきなり強姦されかかり、脚にふりかかったヘーパイトスの精液を女神が毛で拭き取り地に投げ捨てたところ、大地がみごもって生まれたのがエリフソニオスでした。アテーナーは神々に秘して箱の中でエリフソニオスを育てていましたが、ケクロプス王の娘達が好奇心にかられて箱を覗き、蛇の姿をした赤子を見て発狂・投身。長じてエリフソニオスは、ケクロプスの後を襲ってアテネ王となり、水のニンフのプラークシテアーを娶りました。

現在に至るまで、サラベール出版社が頒布している《エリフソン》の唯一の参考録音は、1974年5月21日にヴァンセンヌ植物園でミシェル・タバシュニク指揮ORTF管弦楽団、独奏クロード・エルフェで世界初演されたときのライヴです。スコアの完成が遅れたとは言え、3ヶ月前には到着していた筈の冒頭ページからして完全に滅茶苦茶、というのは、ダグラス・マッジの「シナファイ」LPのほうが遥かに良心的と言えるくらいのレベルです。十数年前に藤田現代音楽資料館でスコアを見ながらこの録音を初めて聞いてみた時には、なにやら轟々としたノイズのみで、作品に全く興味を覚えられなかったのも当然でした。(しかも演奏終了後はブラヴォーの嵐だったりするので大笑いです)。サラベールによる清書譜のクレジットは1974年ですから、数度あったらしいエルフェによる再演では、確実に清書譜を使用している筈なので、「片目の作曲家の譜面が汚くて読みづらい」などという莫迦げた釈明は通用しません。

なお、スコアの遅れ具合についてのエルフェ氏のコメントは、ヨーロッパでのインタビューに比べると、日本人向けのインタビュー(「ミュージック・トゥデイ・クォータリー」)では話が大袈裟に(〜すなわちエルフェ氏に都合が良いように)なっております。現代音楽を得意とする別の仏人演奏家のインタビューでも、似たようなケースを見かけましたが、要は我々は舐められてるんですね。

もっとも、クセナキス関連の日本語文献は、大体そんな程度のものかもしれません。

【日本初演までの経緯】

c0050810_1511403.jpg2001年6月に私がこの《エリフソン》を日本初演したのは、偶然の成り行きでした。

同年2月にクセナキスが死去し、たまたま、その僅か10日後に出光音楽賞受賞の通知を頂き、授賞セレモニーで東京シティ・フィルと数十分、希望曲を演奏することになりました。自分で好きにコンチェルトの選曲を出来る機会など、めったにありません。まずは追悼演奏として、クセナキス《エリフソン》を、それに望月京さんの二重協奏曲《ホメオボックス》の両日本初演を挙げました。望月作品については、ベルリンでの世界初演(2001年3月)の直前の頃の話です。

当初この授賞演奏会で指揮予定であった、選考委員の岩城宏之氏から、「現代音楽のエキスパートと言うけれど、音楽に区別があるなんてオカシイ。ボクは大井さんのモーツァルトが聞きたい」との御意見があり、(因みにその3年前に同賞を受賞した木ノ脇道元氏にも同じ科白を仰ったそうな)、「それだったらシティ・フィルみたいなモダンオケじゃなくて、バッハ・コレギウム・ジャパンか東京バッハ・モーツァルト・オケを雇って、フォルテピアノ・自作即興カデンツァで弾き振りしたい」などと私がゴネておりましたらば、氏は13回目の入院(癌手術)で急遽出演不能になってしまいました。(受賞演奏会自体にはお見えになってました。)

代わりに第1回出光賞受賞者でもある沼尻竜典氏にタクトをお願いすることとなり、また、最終的には望月作品ではなくメシアン「異国の鳥たち」が選ばれました。

クセナキスとメシアンの両作品はオーチャードホールで公開録画され、テレビ朝日系「題名のない音楽会」でその一部が、インタビューや練習風景とともに放映されました。羽田健太郎氏のインタビューで、「大井さんは現代ピアノ音楽のエキスパートでおられるのですが、御自宅ではなんと、チェンバロでバロック音楽を楽しまれることもあるそうです」、とのコメントがあり、「いえ、実は今チェンバロに専念してるんですけど・・・」と申し上げたら、その部分はまるごとカットになりました。


【ルクセンブルク・フィルとクセナキス作品全集】

c0050810_1512184.jpgルクセンブルク・フィルはここ数年、相当数のクセナキス作品を演奏し続けてきたせいで、すっかりこの作曲家の様式に慣れ切っているとはいえ、《エリフソン》収録では、オケの練習をいれても3+3時間のセッションでほぼ録音完了、という異常な速さでした。・・・もっとも、最初から最後までピアノが弾きまくっているような曲ではありましたが。

まず6月8日(火)の夜のセッションで、ひとまず第220小節まで終了(午後6時半〜9時半)。翌日、9日(水)は午前中3時間のセッションで、最後(第385小節)までのテイクを幾つか収録しました。この日の午後に予備のセッション3時間ぶんは確保してありましたが、結局いくつかの小部分の手直し程度で20分間で終了(午後3時)。シェーンベルク「期待」とプーランク「人間の声」で、ジェシー・ノーマンとの来日公演を終えたばかりの、アルトゥーロ・タマヨ氏の棒も、いつもながらに冴えておりました。

かつてタマヨ/ルクセンブルク・フィルのコンビによる、クセナキス「ジョンシェ〜藺の茂る地」(1977)や「リケンヌ〜地衣類」(1983)の凄まじいライヴに接したことがあります。ハジけ切れる打楽器奏者数名を確保出来るなら、あれこそ「小学生のための音楽教室」や、あるいは「1万人の第九」の前座などにピッタリの選曲だと確信しました。

----

《エリフソン》は、『クセナキス管弦楽全集・第4輯』として、《アタ〜89奏者のための》(1989)、《アクラタ〜16管楽器のための》(1964-65)、《シルモス〜36弦楽器のための》(1959)、《クリノイディ〜71奏者のための》(1991)とカップリングされ、パリのTIMPANIレーベルから、今年(2004年)10月にリリース予定です。


【エリフソンとホアイの相関関係について】

c0050810_15132376.jpg《エリフソン》では、絡み合い、枝分かれし、増殖するメロディー線の束(樹形曲線)が、方眼紙上で相似的変換・回転・歪曲を施されたアラベスクを、作曲の基盤としています。バッハの無伴奏ヴァイオリン・チェロ曲では暗示されるだけだったものが、どんどん帰納されて、線的多声法の一般化に至った、と考えれば良いでしょう。それにしても、accel./rit.する同一音の重ね合わせを分配しただけの「シナファイ」同様、シンプルなアイデアで一品作ってしまう力量には脱帽です。

《エリフソン》と《ホアイ》の同一素材箇所を比べてみると、大別して、

(1)…同じグラフから作成したらしく曲線が似ているもの[移高形]
(2)…音高はほぼ同じだが、奏法が同音連打などに変化しているもの
(3)…最終結果の譜面としてもほぼ同一のもの、の3つのタイプに分類されます。


《ホアイ》で想定されている5本ペダル付きのモダン・チェンバロは、ヒストリカル・チェンバロやモダン・ピアノに比べて同音連打が非常に容易であり(和音でも)、また長い音符が良く響かないという特性を持っています。上記の(2)は、ピアノのために書かれた譜面をチェンバロ用に変換したもの、と捉えることが出来るでしょう。(2)や(3)のケースでは、譜面は相当似ているものの、チェンバロとピアノで同じ指使いを使うわけにはいかなくなります。とまれ、素材はバラバラに配置されていることもあり、聴覚上で対応関係を識別するのは非常に困難なはずです。

オルガン独奏のための《グメーオール》(1974)は、《エリフソン》と同じ年に書かれ、ほぼ同一の書法で貫かれているにもかかわらず、全く共通した素材は見られません。してみると、「面白げ」な樹形図パターンが少ないから使い回している、という仮説も成り立たなくなります。

なお、《ホアイ》出版譜の致命的ミスプリントについてユッカ・ティエンスー氏と雑談した際、ソプラノとアンサンブルのための《アカンソス》のピアノ・パートにも《ホアイ》と類似したパッセージが出てくると伺いました(私は未確認)。

余談ながら、ピアノとヴァイオリンのための《ディフサス》(1979)の第124〜131小節は、ピアノ独奏のための《エヴリアリ》(1973)の第143〜150小節の順序を変え、一部音高移動させたものに等しいですし、《ケクロプス》(1986)には、《ミスツ》(1980)とほぼ同一の箇所が現れます。

フランソワ=ベルナール・マーシュの《コルワール》(1971)(チェンバロ+電子音響のための)は、追って書かれたクセナキスの《エヴリアリ》(1973)や《ホアイ》(1976)にそっくりな響きを先取りしています。1958年以来クセナキスの親友だったというマーシュ氏にそのことを申し上げたら、「彼が私から意識的に借用したのは、植木鉢を楽器として使う、というアイデアだけだったと思う。あと、《カッサンドラ》という題の曲を、彼の同じタイトルの曲より私が10年前に書いたくらい。」とのことでした。

【該当箇所・対応表】

c0050810_15145144.jpg以下、《エリフソン》と《ホアイ》の素材が共通している部分を、気づいた範囲で列挙致します。

「E 1-5 / K 176-180」とは、エリフソン(Erikhthon)第1小節〜第5小節が、ホアイ(Khoai)第176小節〜第180小節に対応していることを示しています。各々の箇所について、前者(エリフソン)を基準として簡単な比較も行いました。ここに挙げた以外の短い断片でも、「指の記憶」が呼び起こされるものが幾つかありましたが、今回は対応箇所を見つけることが出来ませんでした。

------

E 1-5 (冒頭5小節) / K 176-180
長い音価は同音連打で細分化。《ホアイ》ではこの部分がクライマックス的山場である。

E 22-30 / K 166-173
最初は3全音下の音程で始まるが、最後の8拍分では同一音程。細部で様々な差異がある。

E 37-43 / K 215-221
完全4度ないし5度下へ。細部でリズムに差異。

E 199-204 / K 111-117
2オクターヴ下に。細部での音選択やトレモロによる音価の細分化に、興味深い差異が見られる。

---
c0050810_15105471.jpgE 258-259 / K 92-93
上声部の3拍分。以下、《エリフソン》第258小節〜276小節の該当箇所は、いわば《シナファイ》的なトレモロ奏法によっている。

E 263 / K 153
上声部の一部を2オクターヴ下に。

E 264 / K 157
音高も完全に同一。

E 268 / K 95-96
1オクターヴ下に(3拍分)

E 269-270 / K 164-165
4拍半分のうち、最後の1拍分は音域が1オクターヴ下へ変更。

E 270 / K 90-91
上声部の2拍分。

E 271 / K 88
上声部のみを1オクターヴ下に。

E 272-273 / K 163
上声部のみを1オクターヴ下へ。

E 275-276 / K 160
1拍半分。

---

E 357-362 / K 82-87
音域は1オクターヴ下に。長い音価はトレモロで同音連打に。

E 371-374 / K 316-319
冒頭の和音はトレモロで細分化。

E 374-378 / K 297-301
1オクターヴ下へ。幾つかの声部の加減が見られる。

E 377-381 / K 309-313
前項(エリフソン第374〜378小節)の部分で未使用だった声部を使用。

E 381-385 (最後の5小節) / K 275-279
ほぼ完全に同一の譜面。


【終わりに】

c0050810_15152518.jpg…などという、愚にもつかない指摘であっても、もっと無内容な音楽学テーズが跋扈する世の中とあっては、お茶請けくらいにはなるでしょうか。

ところで、エリフソンは神話上の人物でもあり、また後世トロイ王の名前でもありました。クセナキス《エリフソン》の追い込み練習中に、アガメムノンの亡霊が数千年の眠りから目覚めて我がコンピュータに侵入、メールの送受信が全く不可能となったことを付記しておきます。
[PR]

by ooi_piano | 2013-08-30 15:25 | プロメテウスへの道 | Comments(0)

ベートーヴェン:後期弦楽四重奏曲第13番~第16番(ピアノ独奏版) 日本初演

c0050810_0495511.jpg○関連ツイートまとめ http://togetter.com/li/520372
○このシリーズについて http://ooipiano.exblog.jp/20319824/

ベートーヴェン:弦楽四重奏曲全曲ツィクルス(全6回公演)
~ヴィンクラー、タウジッヒ、アルカン、サンサーンス、ルビンシテインらによるピアノ独奏版~

ピアノ独奏:大井浩明
入場料:2000円(全自由席) ※各公演終了後にワイン付レセプションあり(無料)
カフェ・モンタージュ(京都) http://www.cafe-montage.com/ (地下鉄「丸太町」徒歩5分)
〔お問い合わせ〕 カフェ・モンタージュ 075-744-1070 montagekyoto[at]gmail.com 〔予約フォーム〕 http://www.cafe-montage.com/mail/mail.html

c0050810_125423.gif【第五回公演】 8月28日(水)20時 (19時半開場)
L.v.ベートーヴェン(1770-1827)
●弦楽四重奏曲 第13番 変ロ長調 作品130 (1825/26) [約35分]
 第1楽章 Adagio, ma non troppo / Allegro - 第2楽章 Presto (#) - 第3楽章 Andante con moto, ma non troppo. Poco scherzoso - 第4楽章 Alla danza tedesca (ドイツ舞曲風に). Allegro assai - 第5楽章 Cavatina(カヴァティーナ). Adagio molto espressivo (※) - 第6楽章 Allegro

●《大フーガ ~ 時に自由に、時に精緻に Große Fuge - Tantôt libre, tantôt recherchée》 変ロ長調 作品133 (1825/26) [約17分]
 Overtura(序奏) - Allegro(第一部) - Meno mosso e moderato(第二部) - Allegro molto e con brio(第三部)

●弦楽四重奏曲 第14番 嬰ハ短調 作品131 (1826) [約35分]
 第1楽章 Adagio ma non troppo e molto espressivo (自由なフーガ) - 第2楽章 Allegro molto vivace - 第3楽章 Allegro moderato / Adagio - 第4楽章 Andante ma non troppo e molto cantabile / Più mosso / Andante moderato e lusinghiero / Adagio / Allegretto / Adagio, ma non troppo e semplice / Allegretto (主題と6つの変奏) - 第5楽章 Presto (スケルツォ) (★) - 第6楽章 Adagio quasi un poco andante - 第7楽章 Allegro

ルイ・ヴィンクラー(1820-1886)編曲によるアンリ・リトルフ社版(ブラウンシュヴァイク、1865年刊)
 (#)A.ルビンシテイン(1829-1894)編曲
 (※)C.V.アルカン(1813-1888)編曲
 (★)C.タウジッヒ(1841-1871)編曲



----------
【最終公演】 9月1日(日)15時 (14時半開場)
L.v.ベートーヴェン(1770-1827)
●弦楽四重奏曲 第15番 イ短調 作品132 (1825) [約42分]
 第1楽章 Assai sostenuto / Allegro - 第2楽章 Allegro ma non tanto - 第3楽章 “リディア旋法による、病より癒えたる者の神への聖なる感謝の歌 Heiliger Dankgesang eines Genesenen an die Gottheit, in der lydischen Tonart” Molto Adagio / “新しい力を得て Neue Kraft fühlend (Andante)” - 第4楽章 Alla Marcia(行進曲風に), assai vivace - 第5楽章 Allegro appasionata - Presto

●弦楽四重奏曲 第16番 ヘ長調 作品135 (1826) [約22分]
第1楽章 Allegretto - 第2楽章 Vivace (★) - 第3楽章 Lento assai, cantante e tranquillo (主題と4つの変奏) - 第4楽章 『ようやくついた決心 Der schwer gefaßte Entschluß』 “かくあるべきか? Muß es sein? - Grave ma non troppo tratto” — “かくあるべし! Es muß sein! - Allegro”

ルイ・ヴィンクラー(1820-1886)編曲によるアンリ・リトルフ社版(ブラウンシュヴァイク、1865年刊)
 (★)C.タウジッヒ(1841-1871)編曲


c0050810_1262180.gif 《絶対的に現代的な楽曲。永久に現代的な楽曲 An absolutely contemporary piece of music that will be contemporary forever.》(I.ストラヴィンスキー、「大フーガ」について)

 《その内面の悲劇を周囲の人々の目に隠していたこの複雑な魂は、その感情、興奮、傷ついた希望、反抗、憂鬱、何物にも屈しない力と歓喜への意志といったものが相ぶつかり合う波濤から自らを開放するために、最も柔軟で最も内面的な多声音楽を必要としたのである。彼の思考の最も細やかな屈折にもよく従ってゆける媒体としては、驚くべき流動性と四オクターヴから五オクターヴにわたる音域を持ち、四つの旋律線が相等しい尊厳を所持するこの弦楽四重奏という形式以上のものは考えられなかった。この四つの楽器の合奏は、同じ一つの魂の中に存在するさまざまな声、どんな人でも自分の中に持っているさまざまな人格の間の論争を反映する。弦楽四重奏は、これと同じころ、ベートーヴェンが壮麗な極彩色で駆使した管弦楽より、その音色の変化ある統一性によって、複雑な魂の統一を保持し、確立させるのにずっと適していた。それは、彼のさまざまな欲望、矛盾し合う激情、自分自身との対話、混乱に満ち遅々としている前進、内心の戦い、こういったすべてのものの分析のために驚くほど役に立つことになる。》(R.ロラン「ベートーヴェン研究~後期の四重奏曲」)
[PR]

by ooi_piano | 2013-08-26 17:23 | Beethovenfries2013 | Comments(0)

8/24(土) シュトックハウゼン《光》三部作一挙上演

感想集 http://togetter.com/li/556896

大井浩明・連続ピアノリサイタル2013 in 芦屋
Hiroaki OOI Klavierabend-Reihe
《STOCKHAUSEN UND DANACH》

c0050810_5563659.jpg

山村サロン (JR芦屋駅前)
〒659-0093 芦屋市船戸町4-1-301 (ラポルテ本館3階)
チケット:全自由席 前売り¥2500 当日¥3000
予約/問い合わせ: 山村サロン 0797-38-2585 yamamura (at) y-salon.com
[チラシpdf http://twitdoc.com/20SS]

第1回公演 藤倉大とシュトックハウゼンによる初期ピアノ曲群 [2013.6.15]
第2回公演 細川俊夫の全ピアノ作品とラッヘンマンの大作 [2013.7.13]

【第3回】 8月24日(土)18時開演(17時30分開場)
――――パフォーマンスを伴うシュトックハウゼン《光》三部作一挙上演

ピアノ/大井浩明  協力/田中裕行(大阪大学産業科学研究所)

●K.シュトックハウゼン:クラヴィア曲 第XIV 《誕生日のフォルメル》 (1984/オペラ『光の月曜日』より  (約6分)
●三宅榛名:《Come back to music》 (1973/2013) 改訂版初演 (約7分)
●K.シュトックハウゼン:クラヴィア曲 第XII 《試験》 (1979/オペラ『光の木曜日』より) (約22分)
  1.Examen - 2.Examen - 3.Examen

(休憩15分)

●K.シュトックハウゼン:クラヴィア曲 第XIII 《ルシファーの夢》 (1981/オペラ『光の土曜日』より) (約34分)
  導入部 - I.Formelzyklus - II.Formelzyklus - III.Formelzyklus - IV.Formelzyklus - V.Formelzyklus - „Die einfache Melodie“

三宅榛名 〈Come back to music〉 (2013年改訂版)
c0050810_5424712.gif  できうれば、音楽へのノスタルジーをこめて。
  音のひびきが、次の音をつむぎ出し、その危ういひびきから繰り出される音楽が、次第に姿をあらわす。曲は、ただよいつつ揺れ動くテンポや微妙な音色の多様性が込められているため、演奏者には自発的なアプローチがより求められる。
  今回の改訂版は、中間部のダイナミックスの変更と、過分に弾きにくかった箇所をいくらかシンプルに直した。(三宅榛名)

三宅榛名 Haruna Miyake, composer
  作曲家およびピアニストとして現代音楽の分野で活躍。ニューヨークのジュリアード音楽院作曲科を卒業。ヴィンセント・パーシケッティに師事。「弦楽オーケストラの詩曲」でベンジャミン賞(1964)を受賞。ニューヨーク作曲家フォーラムにおいてデビューし、リンカーンセンター・タリーホールのオープニング・コンサートシリーズで「Six Voices in June」(1969)を委嘱されるなど、ニューヨークで作曲家のキャリアを始める。オーケストラから、アンサンブル、ヴォイス、邦楽器まで多岐にわたる作品書いている。
  ピアニストとしては、クラシック、現代音楽、即興音楽の分野で活動し、フレデリック・ジェフスキ、ジョン・ゾーン、ウェイン・ショーター、リチャード・ストルツマン、セルゲイ・クリョーヒンなどさまざまなミュージシャンと、また、舞踏家・大野一雄、能楽家・観世栄夫などとも共演している。
  これまで、ロッケンハウス音楽祭、ハイデルベルク音楽祭、ニューヨークのミュージック・フロム・ジャパン音楽祭、ソウルのパン・ムジーク・フェスティバルなどの国際音楽祭に作曲家、あるいはピアニストとして招待されている。

主要作品
〈君は最初の通りを...〉4人の打楽器奏者のための(1987)
〈プレイ・タイム〉ウインド・オーケストラ、ピアノ/シンセサイザーのための(1989)
〈スノウ・ヴォイス〉6人の女声、アコーディオン、ピアノのための(1996・東京の夏音楽祭委嘱)
〈滅びた世界から 耶利米亜(エレミヤ)哀歌より〉(1997・国立劇場「仏教・声明」公演委嘱)
〈風の夜〉オルガンのための(2006・みなとみらいホール委嘱)


----------------

c0050810_5433214.gif  シュトックハウゼンの《鍵盤曲 Klavierstücke》のシリーズは、まず第I番~第XI番(1952-1961)がピアノ独奏のために書かれた。約20年のブランクののち、連作オペラ『光 Licht ~一週間の七つの日』(1977-2003、全7作)の抜粋として、特殊奏法やアクション等をともなったピアノ独奏のための第XII番《試験》(『木曜日』第1幕第3場)(1979/83)、第XIII番《ルシファーの夢》(『土曜日』第1場)(1981)、第XIV番《誕生日のフォルメル》(『月曜日』第2幕第2場)(1984)、そして電子的クラヴィア(elektronisches Klavier)と電子音響のための第XV番《サンティ・フー [シンセ狂]》(『火曜日』第2幕終結部)(1991)、第XVI番(『金曜日』第2幕)(1995)、第XVII番《彗星》(『金曜日』第2幕)(1994/99)、電子的クラヴィア独奏のための第XVIII番《水曜日のフォルメル》(『水曜日』より)(2004)、第XIX番(『日曜日』終結部)(2001/2003)が独立曲として切り出された。
  クラヴィア曲第XII番《試験》は、1981年3月ミラノ・スカラ座で初演されたオペラ『光の木曜日』(1978-1981)の「ミヒャエルの青年時代」「ミヒャエルの地球一周旅行」「ミヒャエルの帰郷」の全3幕のうち、第1幕第3場「試験」にあたる。ピアノ独奏版は1983年6月9日、ジュネーヴ近郊ヴェルニエにて、三女マイエラ・シュトックハウゼン(1961- )により献呈初演。付点16分音符+32分音符+8分音符(=3:1:4)に三分割されたE音が、そのまま拡大され3つの「試験」の大枠となる。オリジナル版のピアノ伴奏パートに加えて、第1の試験ではテノール歌手、第2の試験ではトランペット奏者、第3の試験ではダンサーによって演じられる主役ミヒャエル、ならびにソプラノ・バス・ダンサーによる「審査員」等も、独奏版へ盛り込まれた。
c0050810_559712.gif  クラヴィア曲第XIII番《ルシファーの夢》は、1984年5月ミラノで初演されたオペラ『光の土曜日』(1981-83)の「ルシファーの夢」「ルシファーの鎮魂歌としてのカティンカの歌」「ルシファーの踊り」「ルシファーの別れ」の全4幕のうち、冒頭の第1幕にあたる。バス歌手を伴うオリジナル版は1981年11月19日メッスで、バス歌手のパートを除いたピアノ独奏版は1982年6月10日にトリノのレージョ劇場で、各々マイエラ・シュトックハウゼンにより献呈初演。「魔法の精霊(Zauberspuk)のように」演奏される、「楽しい微笑を誘うチャーミングな曲芸」や補助楽器は、ときに観客からの強い抗議、ひいてはホール出入り禁止の事態を招き、「このユーモアが作品の主要な特質としてすぐに理解されないことは私にとって不思議なことです」と作曲者は訝る。約35分の演奏時間は、全19作のクラヴィア曲の中で最長である。
c0050810_16141730.jpg  クラヴィア曲第XIV番《誕生日のフォルメル》は、1988年5月ミラノで初演されたオペラ『光の月曜日』(1984-88)の「エーファの最初の出産」「エーファの二度目の出産」「エーファの魔法」の全3幕のうち、第2幕第2場「ピアノ曲を伴う受胎」にあたる。1984年8月7日~8日に独キュルテンで作曲されたピアノ独奏版は、1985年3月31日にバーデン・バーデンでのP.ブーレーズ60歳記念演奏会で、またピアノ・少女合唱と管弦楽のための最終ヴァージョンは1988年4月7日にケルンで、各々ピエール=ロラン・エマール(セキセイインコ役)により初演。ブーレーズ60歳の「誕生日」へ献呈されている。
[PR]

by ooi_piano | 2013-08-21 05:27 | Stockhausenfries2013 | Comments(0)

8/22(木)シューベルト《グラン・ドゥオ》他 + 8/25(日)シューベルト《美しい水車小屋の娘》他

感想集 http://togetter.com/li/554699

c0050810_6521561.jpg8月22日(木)20時開演(19時半開場)
Cafe Montage (京都)
ピアノ4手連弾: 平井千絵+大井浩明

●F.シューベルト:アレグロ イ短調 D947 《人生の嵐》(1828)
●F.シューベルト:ロンド イ長調 D951 《グラン・ロンド》(1828)
●F.シューベルト:ソナタ ハ長調 D812 《グラン・デュオ》(Zseliz, 1824年6月) [全4楽章] Allegro moderato - Andante - Scherzo /Allegro vivace - Allegro vivace /più lento /più mosso
 [新シューベルト全集(ベーレンライター社)使用]

FBイベント・ページ、 8/23(金)平井氏のソロ公演(ショパン、グリンカ他)

-----------------------------
c0050810_6545285.jpg8月25日(日)20時開演(19時半開場) Cafe Montage (京都)
青戸知(バリトン)、大井浩明(ピアノ)、三浦基(劇団地点/演出)、安部聡子(劇団地点/朗読)

●J.S.バッハ:カンタータ第82番BWV82よりアリア《我満ち足りて Ich habe genug》(1717)、マタイ受難曲BWV244よりレチタティーヴォとアリア《清めよ我が心 Mache dich, mein Herze, rein》(1727/36)
●F.シューベルト:歌曲集《美しい水車小屋の娘》D795 (1823)より
  「どこへ?」「止まれ!」「小川への言葉」「仕事を終えた宵の集いで」「知りたがる男」「苛立ち」
●G.マーラー:歌曲集《さすらう若人の歌》(1885/96) [全4曲]
 「恋人の婚礼の時」「朝の野を歩けば」「僕の胸の中には燃える剣が」「恋人の青い目」

FBイベント・ページ


c0050810_6564725.jpg  シューベルト~マーラーは、文字通り「さすらう若人」つながり。長短(躁鬱)の遽しい交替、鳴く鳥、突如始まる一人合点の独白。「Am Feierabend」と「 Ich hab' ein glühend Messer」の終止。
  バッハ~シューベルトは、《小川(バッハ)への言葉 Danksagung an den Bach》の結語「Nach Arbeit ich frug, Nun hab ich genug」、レチタティーヴォとアリア。
  青戸知~三浦基は、フィリップ・グラス《流刑地にて》(東京室内歌劇場)、劇団地点《駆込ミ訴ヘ》(KAAT神奈川芸術劇場)。青戸知~大井浩明は、 デュトワ指揮N響第1507回定期の前半後半のソリスト。三浦基~大井浩明は、佐々木敦『批評時空間』つながり。
[PR]

by ooi_piano | 2013-08-17 07:00 | Beethovenfries2013 | Comments(0)