Blog | Hiroaki Ooi


8/25(金) ソラブジ《オープス》& 古川聖《ノベレッテ集》完演
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11/4(月・祝) ベートーヴェン×フォルテピアノ 第四回公演 《月光》《田園》《葬送》《幻想曲風》

第1回~第3回公演 感想まとめ等: http://togetter.com/li/568921

ベートーヴェン:ピアノソナタ全32曲連続演奏会(全8回)  
~様式別・時代順のフォルテピアノ(古楽器)による~


淀橋教会・小原記念チャペル(東京都新宿区百人町1-17-8)
JR総武線・大久保駅「北口」下車徒歩1分、JR山手線・新大久保駅下車徒歩3分
3000円(全自由席) [3公演パスポート8000円 5公演パスポート13000円]

【お問合せ】 合同会社opus55 Tel 03(3377)4706 (13時~19時/水木休) Fax 03 (3377)4170 (24時間受付) http://www.opus55.jp/

FBイベントページ https://www.facebook.com/events/313503112121363/


第四回公演

使用楽器 ヨハン・ロデウィク・ドゥルケン(1795年頃、FF-g3)
[A=430Hz、1/6ヴァロッティ不等分律] 調律 太田垣至


c0050810_13344079.jpg〈チェンバロまたはピアノ=フォルテのための幻想曲風ソナタ
ジュリエッタ・グィッチャルディ伯爵令嬢へ、
ルイジ・ヴァン・ベートーヴェンにより作曲献呈、作品27第2 〉



《演奏曲目》

ソナタ第12番変イ長調Op.26「葬送(Trauer)」(1800/01)[全4楽章]
Andante con Variazione - Scherzo: Allegro molto - MARCIA FUNEBRE sulla morte d'un Eroe - Allegro

ソナタ第13番変ホ長調Op.27-1 《幻想曲風ソナタ》(1800/01)[全3楽章]
Andante/Allegro/Andante - Allegro molto e vivace - Adagio con espressione/Allegro vivace

    【休憩、約15分】

ソナタ第14番嬰ハ短調Op.27-2 《幻想曲風ソナタ》 「月光(Mondschein)」(1801)[全3楽章]
Adagio sostenuto - Allegretto - Presto agitato

ソナタ第15番ニ長調Op.28「田園(Pastorale)」(1801)[全4楽章]
Allegro - Andante - Scherzo: Allegro vivace - Rondo: Allegro ma non troppo

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《フォルテピアノとの出逢い》 ―――正田朝子

c0050810_13481595.jpg 「これはいけるかもしれない。」私はその時、フォルテピアノのレクチャーコンサートの会場で、モーツァルトの演奏に釘付けになっていた。今まで体験したことのない、鮮やかな音がフォルテピアノから紡ぎだされていた。私が長い間ずっと、自分のモーツァルト演奏に持っていた不満が解消されるかもしれないという光が、射し込んで来た。「この楽器を弾いてみたい!」。

 それまでも、フォルテピアノに接する機会がないわけではなかった。オーストリアやドイツを旅行した際には、モーツァルトやベートーヴェンなど作曲家ゆかりの記念館や楽器博物館で、何度か目の当たりにした。最初は、「え、これが、こんな華奢な楽器が、ベートーヴェンが使っていたモノ?!」と肩すかしをくらった感じだった。幼少の頃からピアノを習って来たけれど、「ベートーヴェンの作曲は楽器の発達とともに」などと本で読んだりもしていたけれど、当時作曲家が実際にどんな楽器を使っていたのか、正直あまり考えたことがなかったのだ。実物を目の前にすると、「てことは、後期のソナタも、こんな小さな楽器で弾いていたんだ・・・」とその大きさが意外に思えた。

 ただし、そういう博物館では、生の音はなかなか聴くことができない。なので日本で、何回かレクチャーコンサートに足を運んでみたりもした。ただ、そういう場だとクラヴィコードから始まって様々な楽器を紹介することが多かったり、広い会場で楽器が遠かったりで、なんとなく「こんな楽器もあるんだぁ、この楽器はこんな音かぁ」で終わってしまっていた。だが、この日のレクチャーコンサートは、モーツァルトに的をしぼって解説と演奏をしてくれて、フォルテピアノならではのモーツァルトの響きを楽しむことができた。パラパラと本当に軽やかなタッチ、弱音ペダルを使った時のハッとするような暗くくぐもった音色。そして語りかけてくるようなアーティキュレーションや間合いなど。私はそれまで、モーツァルトを弾きながら「きっと楽譜にはもっと素敵で面白いことが書かれているはずだと思うのに、それがわからない、掘り出せない」と、自分の演奏のつまらなさにウンザリ、がっかりしていた。どうやれば、生き生きとした演奏になるのか。四角四面でない、かといってロマン派的なアプローチは何か違う、何かもっと「語る」ような演奏はどうしたらできるのか。…というようなことを、ぼんやりと感じ続けていた。それがこの日のレクチャーコンサートの演奏を聴いて、「自分はこんな演奏がしたいんだ、こういう手法(?)を学びたい!」と興奮してしまったのである。

c0050810_13493958.jpg 実は私はこれより前に、本当に少しだけチェンバロをかじったことがあるのだが、その時も「今まで現代ピアノで苦労してバッハとか弾いていたのは、何だったの?」と思ったのだった。チェンバロならば、各声部が立ち上がるように現れてくれるし、なんかもったりしていたパッセージがくっきりと輪郭を描いてくれる。この楽器を使えば、表現したいことがとても楽にできそうだということを思い知らされたのだった。もちろんそれと、自分がチェンバロを弾けるようになるということとは、別物なのだが・・・。

 そんなわけで、このレクチャーコンサート以来、フォルテピアノを弾いてみたいという願いがおさまらず、迷ったけれど思いきってレッスンに行くことにしてしまった。全くの初心者だし、誰か知り合いに先生を紹介してもらったわけでもないし、我ながら無謀というか「先生に失礼かも・・・」と思わないでもなかった。もちろん自宅にフォルテピアノなどあるはずもないし、近い将来買える予定もない。けれど、チェンバロを習っていた時もやはり自宅に楽器がなくてもレッスンはしてもらえたし、きっとなんとかなるだろうとわりと楽観的に門を叩いたのだった。そこはアマチュアの強さ(図々しさ)と言われれば、そうなんだろうと思う。

 念願かなって、レッスンの初回。恐る恐る、フォルテピアノの鍵盤を押すと、「え、これで終わり?!」。鍵盤がとても浅いのだ。誤解を恐れずに言うと、おもちゃのピアノみたい。現代ピアノの感覚で弾くと、あっという間に音が割れてしまう。現代ピアノでの指の感覚からすると、弱音域くらいの狭い範囲で微妙に調整していく感じだ。どのくらいが適切なのか、先生にアドヴァイスをいただきながら、手探りで弾いていく。制御にものすごく神経を使い、気づいたら汗をかいていた。脱力どころの話ではない。息も止まっていたかもしれない(笑)。

 こんなおっかなびっくりのスタートだったが、レッスンに通うたびに、私はフォルテピアノの魅力の虜になってしまった。

c0050810_13502778.jpg まずは何と言っても、その軽やかなタッチ。「ころころと転がるような」というのは、こんな音色のことを言うのかと思う。そして更に、チェンバロのようにちょっとしたアーティキュレーションをつけやすいので、パッセージにぐっと表情が出てくる。このアーティキュレーションのつけ方は、チェンバロを習っていた時に教わったのと似ていることも多く、「なるほど、奏法というものは連続しているんだなあ」と納得した。考えてみれば当たり前だが、クラヴィコードもチェンバロもフォルテピアノも同時期に存在していたことがあるわけで、作曲家や演奏家は、これらの楽器をごく普通に弾き分けていたのだよなあと。ならば、全く断絶した奏法のわけがないよなあと。私が新鮮だったのは、「弾きにくい音型というのは、弾きにくいというそのことに意味がある」というようなこと。現代ピアノでは、少なくとも私は、弾きにくい箇所でもインテンポで弾けるように頑張ってさらうのが当たり前だったと思う。でもそうではなくて、間に合わないならばそういう時間が必要な音型ということで、間があいてもいい、間があかないとおかしい、それによって自然な流れができてくるんだと言われ、ハッとさせられた。そう考えると、いろいろなパッセージの音型の見え方が今までと違って来た。まあつまりは、自分は本当に読譜力がないということを、痛感しているわけだ。

 次の魅力は、音色の不均一さ。「不均一」と言うとマイナスイメージを抱きがちだが、そうではない。フォルテピアノは音域によって音色が均質でないので、高音は高音らしく低音はとても低音らしく、響いてくれるのだ。現代ピアノで弾くと「なんとなく全部中音域(実際、現代ピアノでは中音域になってしまうし)」という曲も、すごくダイナミックに響くのだ。恥ずかしながら、「あ、この曲のこの音は、もう最高音に近かったのか」と初めて意識したり、また低音の響きに圧倒されたり、それはそれは弾いていて楽しいのである。全体の音量は現代ピアノよりも小さいけれど、聴いた時の印象ははるかにスケールが大きいと思う。

 それからペダルの効果もすごい。フォルテピアノは音の減衰が早いので、ダンパーペダルを踏んでも現代ピアノのように音が濁らない。なので、ペダル踏みっぱなしにしていても、全然大丈夫なのである。この響き具合がなんとも魅力的。その昔、ベートーヴェンの楽譜とかでペダル記号に疑問を感じたこともあったけれど、フォルテピアノなら可能なんだと改めて思った次第だ。あとはなんといっても弱音ペダル。これを踏むと、ガラッと雰囲気が変わって、ぞくぞくしてしまう。現代ピアノだと弱音ペダルはなんだか単にボケた音になるだけな気がして、私は積極的に踏むことはなかった。だけど、フォルテピアノの弱音ペダルは、本当に「使わなきゃ損」だ。

c0050810_1351107.jpg フォルテピアノのレッスンに通い始めてほんのちょっと、入口に立ったところの私が実感として思いつくフォルテピアノの魅力はこんなところだが、これからもまだまだ楽しみが見つけられそうでワクワクしている。そのうち、ソロだけでなく弦楽器などとのアンサンブルもやってみたいなあと思ったりしている。フォルテピアノが伴奏をしているチェロソナタを生で聴いたのだが、フォルテピアノの音量だと全くチェロの邪魔をすることがなく、とてもバランスが良かったのだ。フォルテピアノが思いっきり弾いているのに、チェロがかき消されることなく朗々と響いていて、非常に心地よかった。このバランスを、一度自分でも体感してみたい。

 けれど自分はアマチュアで、当然のことだが現代ピアノを弾く機会が圧倒的に多い。「フォルテピアノじゃなきゃモーツァルトやベートーヴェンを弾く気にならない」とか言ってみたいけど、そうそう言えない(笑)。だから、フォルテピアノの弾き方を現代ピアノに少しでも反映させることができたらいいな、とも考える。チェンバロやフォルテピアノの奏法が連続しているのなら、フォルテピアノと現代ピアノの奏法も連続しているのだろうと思うのだが、まだ自分の中でうまくつながっていない。それでも、現代ピアノでモーツァルトを弾く時にもフォルテピアノの音が思い浮かべられるようになっただけでも、自分としては進歩なのかもしれない。また、私はチェンバロよりもフォルテピアノの方が弾きやすいと感じるので、それもフォルテピアノが現代ピアノと連続しているということなのかもしれない。

 と言いつつ実は、「次はやっぱりクラヴィコードも弾いてみたい」とも思っていたりするのである。バッハやモーツァルト、ベートーヴェンも愛用していたというからには、弾いてみたらまた目からウロコなことがありそうだなあと、期待してしまうというもの。「弾いてみたい」と思っているだけなら誰にも迷惑をかけないし、まあ気長に温めておこうと思っている。
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by ooi_piano | 2013-10-30 13:38 | Beethovenfries2013 | Comments(0)

10/27(日) 湯浅譲二全ピアノ曲 + 10/30(水) イギリス組曲全曲(クラヴィコード独奏)

湯浅譲二全ピアノ曲・感想集 http://togetter.com/li/582757

○カフェ・モンタージュ(京都) http://www.cafe-montage.com/ (地下鉄「丸太町」徒歩5分)
〔お問い合わせ〕 カフェ・モンタージュ 075-744-1070 montagekyoto[at]gmail.com 〔予約フォーム〕 http://www.cafe-montage.com/mail/mail.html
○入場料:2000円(全自由席) ※各公演終了後にワイン付レセプションあり(無料)
FBイベントページ(追加情報等) https://www.facebook.com/events/215429498631735/
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■湯浅譲二(1929- ):全ピアノ作品演奏会
10月27日(日) 15時開演(14時半開場)

大井浩明/ピアノ独奏、有馬純寿/電子音響(※)、湯浅譲二/ゲスト

【第一部】
●二つのパストラール (1952) 約5分
●スリー・スコア・セット (1953) 約8分
●セレナード[ド]のうた (1954) 約3分

【第二部】
●内触覚的宇宙 (1957) 約7分
●プロジェクション・トポロジク (1959) 約10分
●ピアノのためのプロジェクション・エセムプラスティク(1962)+ホワイトノイズのためのプロジェクション・エセムプラスティク(1964)(同時演奏、※) 約8分

【第三部】
●オン・ザ・キーボード (1972) 約8分
●「夜半日頭」に向かいて ~ピアノと電子音響(1984) (※) 約20分
●内触覚的宇宙 II ~トランスフィギュレーション~ (1986) 約12分

【第四部】
●サブリミナル・ヘイ・J (1990) 約4分
●メロディーズ (1997) 約7分
●バレエ音楽《サーカス・バリエーション》より「ワルツ」(1954/2012) 約3分


c0050810_5435232.jpg  湯浅譲二は1929年8月12日、福島県郡山市に生まれる。作曲は独学。慶応大学医学部進学コース在学中より音楽活動に興味を覚えるようになり、やがて芸術家グループ<実験工房>に参加、作曲に専念する(1952)。以来、オーケストラ、室内楽、合唱、劇場用音楽、インターメディア、電子音楽、コンピュータ音楽など、幅広い作曲分野で活躍、作品は国際的に広く演奏されている。
  ベルリン映画祭審査特別賞(61)、イタリア賞(66、67)、サン・マルコ金獅子賞(67)、尾高賞(72、88、97、03)、文化庁芸術祭大賞(73、83)、飛騨古川音楽大賞(95)、京都音楽賞大賞(95)、サントリー音楽賞(96)、芸術選奨文部大臣賞(97)、紫綬褒章(97)、日本芸術院賞・恩賜賞(99)、旭日小綬章(07)等、受賞多数。
  1981年より94年まで、カリフォルニア大学サン・ディエゴ校(UCSD)教授として、教育と研究の場でも活躍。現在、UCSD名誉教授、日本大学芸術学部大学院客員教授、国際現代音楽協会(ISCM)名誉会員。

  処女作《二つのパストラール》(1952年5~6月作曲/1981年出版)は、「Pastorale A/ Largo deciso」(自然の中に流れる厳粛な精神)、「Pastorale B/ Moderato」(自然の中に流れる活動的な精神)の2曲からなる。1952年8月9日東京で松浦豊明により初演。第2作《スリー・スコア・セット》は、1953年9月実験工房公演にて松浦豊明により初演。「プレリュード」「コラール」「フィナーレ」の短い3曲からなる。《セレナード/〔ド〕のうた(Serenade, Chant pour "Do")》(1954年作曲/1981年出版)は、連打されるドに基づく即興曲。作曲当時は公開されなかった。
  《内触覚的宇宙》は、1957年6月22日実験工房ピアノ作品演奏会にて園田高弘により初演。「内触覚的」とは、原始的な洞窟絵画のように「外的な観察によってではなく内的な感覚(sensation)によってフォルムが描きとられてゆく型の芸術」[Herbert Read “Icon and idea”(1955)]を示している。同タイトルのシリーズは、ピアノ曲(1957/1986)・二十弦筝と尺八(1990)・チェロとピアノ(1997)・オーケストラ(2002)の五曲を数える。《プロジェクション・トポロジク》は、1959年8月19日軽井沢にて園田高弘により初演。プロジェクション第1(静的な時間空間)、同第2(浮動的な時間空間、偶発するエネルギー)、同第3(静的な形の中に浮動的な時間空間エネルギーの交替)、の3部からなる。《ピアノのためのプロジェクション・エセンプラスティック》は1961年12月作曲、翌年2月23日に武満徹《コロナ》やクセナキス《ヘルマ》とともに高橋悠治により初演。同タイトルにはピアノのためのもの(図形楽譜)と、ホワイトノイズを素材にした電子音響作品があり、両者は音楽の考え方(細かいものが寄り集まって全体を作る= ἕν + πλαστικός)が共通している。今回は初の同時演奏を試みる。
   《オン・ザ・キーボード》は高橋アキの委嘱、1972年2月15日初演。タイトルは、鍵盤とペダルのみによる新しい世界の開拓を指すと同時に、内部奏法に否定的である日本楽壇への揶揄も込められている。《「夜半日頭(やはん・じっとう)」に向かいて》は、1984年春カリフォルニア大学音楽実験センター(CME、サンディエゴ)にて作曲、同年6月3日にNYリンカーン・センターにてアラン・ファインバーグ(ピアノ)により初演。世阿弥『九位』の能実践の喩え、「夜半、日頭明らかなり」(新羅では真夜中に太陽が煌々と照っている)に縁る。《内触覚的宇宙II・トランスフィギュレーション》は高橋アキの委嘱、1986年2月21日に横浜で初演。巨大なリゾネーター(響鳴体)としてのピアノという楽器のソノリティの変幻、変遷(トランスフィギュレーション)を時間軸に従って聴き込んでゆく。
  《サブリミナル・ヘイ・J》 (1990)は高橋アキのビートルズ・コレクション(東芝EMI)の委嘱。ポリクロニックな多層的時間のうちに、「Hey Jude」とHey Joe(作曲者自身)が意識と潜在意識の間を懐かしく往復する。《メロディーズ》 (1997)は里見暁美により1997年7月11日に委嘱初演。作曲者の敬愛するバッハ(BACH)と、BRAH(M)S(没後100年)、FRA(NZ) SCHUBER(T)(生誕200年)をメロディに置き換えたものが、順次浮き彫りにされる。バレエ音楽《サーカス・バリエーション》より「ワルツ」(2012)は、ショット出版社社長ペーター・ハンザー=シュトレッカー博士の70歳を記念して、26ヶ国・70人の所属作曲家に「我々の時代の舞曲」をテーマに新作ピアノ曲を委嘱した、《ペトルーシュカ・プロジェクト》の一環として、旧作を書き直したものである。

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感想集 http://togetter.com/li/585237

■J.S.バッハ:イギリス組曲 Englische Suiten (全6曲) ~クラヴィコード独奏による
10月30日(水)20時開演(19時半開場)

c0050810_455959.jpg●第1番イ長調 BWV 806
Prélude - Allemande - Courante I/II - Sarabande - Bourrée I/II - Gigue

●第2番イ短調 BWV 807
Prélude - Allemande - Courante - Sarabande - Bourrée I/II - Gigue

●第3番ト短調 BWV 808
Prélude - Allemande - Courante - Sarabande - Gavotte - Gigue

●第4番ヘ長調 BWV 809
Prélude - Allemande - Courante - Sarabande - Menuett I/II - Gigue

●第5番ホ短調 BWV 810
Prélude - Allemande - Courante - Sarabande - Passepied I/II - Gigue

●第6番ニ短調 BWV 811
Prélude - Allemande - Courante - Sarabande /Double - Gavotte I/II - Gigue

  《イギリス組曲》の各曲の正確な作曲年代はわかっていないが、1720年代の前半に作曲されたと見られる《フランス組曲》より数年早く、ヴァイマル時代後期には既に着手されていたとみられる。バッハは1730年代もこれらの作品の改訂を続け、また現存する写譜にはバッハ以外の人間による装飾音も施されており、このうちのどれがバッハの演奏やレッスンに基づくものかは判断が難しい。《イギリス組曲》も《フランス組曲》も、 演奏のための“決定稿”と呼べるようなバッハの清書自筆譜は残っていないのである(《平均律クラヴィーア曲集》第2巻なども同様)。「イギリス」というタイトルはバッハによるものはなく、初期の史料にも見られない。バッハの最初の伝記(1802年出版)の筆者であるJ. N. フォルケルは、これら6つの組曲はあるイギリス人貴族のために作曲されたので《イギリス組曲》として知られているとするが、これは証拠に乏しい。音楽そのものに関しては、後述するように《イギリス組曲》にイギリス的な要素はほとんどないと言ってよい。

  バッハの鍵盤組曲はすべて、アルマンド(ドイツ)・クーラント(イタリア)・サラバンド(スペイン)・ジーグ(イギリス)と、4つの国の舞曲を緩・急・緩・急の順で並べる配列を基礎としており、このような“バロック組曲”の形式を確立したのは、17世紀の南ドイツの作曲家、フローベルガーであるとされている(バッハの組曲では、この枠組みにギャランテリィエン(Galanterien)と呼ばれる楽章が幾つか加えられる)。しかし、18世紀にこのジャンルがチェンバロのための音楽を代表するようなものになるまで発展したのは、シャンボニエールからフランソワ・クープラン(“大クープラン”)に至るまでのフランスの作曲家達の功績によるところが大きい。18世紀フランスの美学では“良い趣味(le bon goût)”と呼ばれる定義の難しい微妙な概念が一つの理想として論じられた。バッハがこのスタイルを学んだのは、主にイギリスで活躍したフランスの作曲家デュパールや、前述のクープランなどの作品からである。もちろん、バッハの作品群はそういった伝統の単純な模倣ではない。彼の組曲では、フランス的なホモフォニックで比較的自由な様式と、ドイツの伝統的な様式である模倣的対位法による和声の強い構築感との統合が試みられており、また、《イギリス組曲》第2~5番のプレリュードではイタリアの管弦楽書法であるリトルネロ形式の“協奏曲(concerto)”のスタイルがとられている(最後の2曲ではそれにフーガが融合される)。このように、各国の様々なジャンルやスタイルを実験的に組み合わせることによって、バッハは、後に後期バロックの代名詞ともなるような彼独特のイディオムを築き上げたのである。
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by ooi_piano | 2013-10-28 23:32 | POC2012 | Comments(0)

10/31(木)玉井菜採 + 11/2(土)千々岩英一

感想集 http://togetter.com/li/585237

○カフェ・モンタージュ(京都) http://www.cafe-montage.com/ (地下鉄「丸太町」徒歩5分)
〔お問い合わせ〕 カフェ・モンタージュ 075-744-1070 montagekyoto[at]gmail.com 〔予約フォーム〕 http://www.cafe-montage.com/mail/mail.html
○入場料:2000円(全自由席) ※各公演終了後にワイン付レセプションあり(無料)
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■エネスコ+ヤナーチェク:ヴァイオリン・ソナタ集
10月31日(木) 20時開演(19時半開場)

ヴァイオリン:玉井菜採 ピアノ:大井浩明

●L.ヤナーチェク:ヴァイオリンソナタ(1914) [全4楽章]
●G.エネスコ:ヴァイオリンソナタ第3番 op.25《ルーマニア民謡風》(1926) [全3楽章]

玉井 菜採  Natsumi Tamai
 京都生まれ。桐朋学園大学在学中に「プラハの春」国際音楽コンクールヴァイオリン部門第1位、併せて審査委員長特別賞であるヨセフ・スーク賞を受賞。
  アムステルダムのスヴェーリンク音楽院にてヘルマン・クレバース氏に、ミュンヘン音楽大学にてアナ・チュマチェンコ氏に師事。J・S・バッハ国際コンクール最高位をはじめ、ポストバンクスヴェーリンクコンクール第1位、エリザベート王妃国際コンクール第5位、フォーヴァルスカラシップ・ストラディヴァリウスコンクール第1位、シベリウス国際ヴァイオリンコンクール第2位など、数々のコンクールに優勝、入賞。
 これまでにソリストとして、ブルノフィル、ロイヤル・フランダースフィル、ベルギー放響、ヘルシンキフィル、ロシアナショナル管弦楽団、スロヴァキアフィル、N響、日本フィル、京響、大阪センチュリー交響楽団、関西フィル、大阪フィル等、国内外のオーケストラと共演。ヨーロッパ各地、国内でリサイタルを開催。また紀尾井シンフォニエッタ東京、東京クライスアンサンブルのメンバー、アンサンブルofトウキョウのソロヴァイオリニストとしても幅広く活躍している。平成14年度文化庁芸術祭賞新人賞、関西クリティッククラブ奨励賞、ABC音楽賞クリスタル賞、京都府文化賞奨励賞など多数の賞を受賞。
  現在、東京藝術大学准教授。


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■G.フォーレ:全ヴァイオリン作品
11月2日(土) 20時開演(19時半開場)

ヴァイオリン:千々岩英一 ピアノ:大井浩明

●G.フォーレ:ヴァイオリンソナタ第1番イ長調Op.13 (1875/76) [全4楽章]
●同:子守唄 Op.16
●同:ロマンス Op.28
●同:初見試奏曲
●同:アンダンテ Op.75
●同:ヴァイオリンソナタ第2番ホ短調Op.108 (1916/17) [全3楽章]

千々岩英一 Eiichi CHIJIIWA
  東京芸術大学を卒業後、フランス政府給費留学生としてパリ国立高等音楽院に学び、審査員全員一致の一等賞を得て卒業。田中千香士、数住岸子、ピエール・ドゥカン、フィリップ・ヒルシュホルン、ワルター・レヴィンの各氏に師事。
  これまでにソリストとしてドナウエッシンゲン音楽祭(ツァグロセク指揮フランス国立管弦楽団)、パリ・シャトレ座のパリ管弦楽団定期演奏会、ストラスブール・ムジカ音楽祭、ラジオフランス現代音楽祭(エッシェンバッハ指揮パリ管弦楽団)、などに出演したほか、室内楽奏者としてベルリン芸術週間、「パリの秋」音楽祭、ルーヴル、オルセー美術館室内楽シリーズ、イギリス・オールドバラ音楽祭、メキシコ・セルヴァンティーノ音楽祭、ブリュッセル・アルスムジカ音楽祭、フィンランド・クフモ音楽祭、ワシントン・ケネディセンターなどで演奏。
  学生時代から前衛音楽の作曲家との共同作業に興味を抱き、数多くの新作初演を手がけてきている。CDはマルク・アンドレ・ダルバヴィの協奏曲(エッシェンバッハ指揮パリ管、仏Naive)無伴奏アルバムSolo Migration(パリの芸術家、移民たち、無伴奏の20世紀 仏Indésens)などが出ている。
  1998年、パリ管弦楽団・副コンサートマスターに就任、現在に至る。パリ市立音楽院でも教鞭を執る。2011年、フランス文化省より芸術文化勲章シュヴァリエを授与された。使用楽器は1740年製オモボノ・ストラディヴァリ「フライシュ」。
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by ooi_piano | 2013-10-28 02:09 | コンサート情報 | Comments(0)

10/14(月・祝) ベートーヴェン×フォルテピアノ 第三回公演 第9番~第11番、第19~20番《ソナチネ》

第1回・第2回公演 感想まとめ等: http://togetter.com/li/568921

ベートーヴェン:ピアノソナタ全32曲連続演奏会(全8回)  
~様式別・時代順のフォルテピアノ(古楽器)による~


淀橋教会・小原記念チャペル(東京都新宿区百人町1-17-8)
JR総武線・大久保駅「北口」下車徒歩1分、JR山手線・新大久保駅下車徒歩3分
3000円(全自由席) [3公演パスポート8000円 5公演パスポート13000円]

【お問合せ】 合同会社opus55 Tel 03(3377)4706 (13時~19時/水木休) Fax 03 (3377)4170 (24時間受付) http://www.opus55.jp/
第三回公演
2013年10月14日(月・祝)19時/淀橋教会・小原記念チャペル

使用楽器  アントン・ヴァルター(1790年頃、FF-f3)
[A=430Hz、1/6ヴァロッティ不等分律]
調律 太田垣至

c0050810_2442264.jpg〈ピアノ=フォルテのための大ソナタ、
ロシア帝国陸軍旅団准将デ・ブロウネ伯爵閣下へ、
ルイ・ヴァン・ベートーヴェンにより作曲献呈、作品22〉



[演奏曲目]

ソナタ第19番ト短調Op.49-1(1797)[全2楽章](ソナチネ)
Andante - Rondo: Allegro

ソナタ第20番ト長調Op.49-2(1796)[全2楽章](ソナチネ)
Allegro, ma non troppo - Tempo di Menuetto

ソナタ第9番ホ長調Op.14-1(1798)[全3楽章]
  Allegro - Allegretto - Rondo: Allegro comodo

       (休憩15分)

ソナタ第10番ト長調Op.14-2(1799)[全3楽章]
Allegro - Andante - Scherzo: Allegro assai

ソナタ第11番変ロ長調Op.22(1799/1800)[全4楽章]
Allegro con brio - Adagio con molta espressione - Menuetto - Rondo: Allegretto

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c0050810_310223.gif  「ブルージュ古楽コンクールで、なぜか現代曲が予選課題になり、参加者が激減した」、という噂を聞いたのは3年前のことです。キャリアアップを放棄するほど現代曲が嫌いなのか、と残念に思いました。ところが今年夏、「ブルージュの予選曲が、ついに図形楽譜になった」と知り、コンクール当局の鼻息に驚きました。
  噂の真偽を検証すべく、実際の参加者数を調べてもらいました。フォルテピアノ部門の推移は以下の通りです(カッコ内は日本人): 1992年30人(3人)、1995年26人(5人)、1998年29人(4人)、2001年33人(5人)、2004年52人(13人)、2007年41人(9人)、2010年24人(7人)、2013年30人(6人)。
  確かに2010年で激減してました。この年に課題曲となったのは、ベルギー人作曲家アネリス・ファン・パレス(1975- )による委嘱新作。今年(2013年)は第2次予選で、あろうことか、クリスチャン・ウルフ(1934- )《一人、二人、あるいは三人のために》(1964)とコーネリアス・カーデュー(1936-1981)《メモリーズ・オブ・ユー》(1964)のいずれかを、5オクターヴの初期フォルテピアノで弾かせた由(ただし「約5分程度で」)。文章と図形の指示による不確定作品が指定される事は、現代音楽コンクールでも前代未聞ですが、「奏法がよく分からないものに挑む」という点で、古楽コンクールの予選課題にはぴったり、とも言えます。2010年にくらべて、2013年の参加人数がやや盛り返しているのも興味深い。
  1964年創設、半世紀の歴史を誇る古楽コンクールで、現代曲が課題となったのは2009年のオルガン部門、ベルギー人作曲家フランク・ニュイツ(1957- )が初めてでした。もっとも、早くも1974年の時点で、G.リゲティへ委嘱する、という話はあったそうです。チェンバロ独奏のための《連続体(コンティヌウム)》は1968年作曲、1970年出版。クープラン《ティク・トク・ショク》とバッハ《幻想曲BWV572》の翻案とは言え、流石に古楽器学生には荷が重過ぎるでしょう。その後、1978年に書かれた《ハンガリー風ロック》《ハンガリー風パッサカリア》の二作は、ずっと取っ付き易い。ストラーチェやモンテヴェルディといった初期イタリア・バロックのチャコーナを模した、陽気な4小節単位のオスティナート音型(8分の2+2+3+2拍子)の上下に、技巧的なディミニューションが飛び交う前者はそこそこ厄介ですが、一方、中全音律における8つの純正な長3度と短6度の音程が、パッヘルベルのカノンと同様にパッサカリアとして繰り返される後者は、古楽学生にもuser-friendlyでしょう。

 (※)オランダでは、「全て1960年以降に作曲された」現代曲に特化したチェンバロ演奏コンクールも既に存在しているそうです(http://www.admf.nl/NL/competition.html)。
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  5年前に京都で開催したベートーヴェン・シリーズでは、「各々のソナタを書いていたベートーヴェンと(ほぼ)同年齢」の若手作曲家に、「各々のソナタを書いた際にベートーヴェンが使用・想定していた型のフォルテピアノ」のための新作を委嘱しました。少年時代のベートーヴェンが親しんだ楽器は、まずはクラヴィコードやチェンバロ、それにオルガンを少しで、新発明のフォルテピアノに触れられたのは彼が10代半ばを過ぎてからです。フォルテピアノの音域・ペダル・アクションの変遷は、その都度ベートーヴェンに少なからぬ霊感を生ぜしめましたが、新作委嘱はその歴史的再現、というわけです。
  モダン・チェンバロとは隔絶した音色を持つヒストリカル・モデルのチェンバロが登場したのが1950年代前半、フォルテピアノやクラヴィコードはそれに遅れること20~30年、奏法開拓やコンセンサスの拡がりにはさらにタイムラグがあり、まだまだ「美しい古楽器の音色」が人口に膾炙しているとは言えません。フォルテピアノのための新作をお願いした作曲家の方々にとっても、例えばシュタインやワルターの玲瓏たる音色は、当時のベートーヴェンと同様、「未知」のものだったようです。未知の響きであるがゆえに、ベートーヴェンはモーツァルト・ハイドン的書法と遠慮なく手を切ることが出来ました。現代作品初演の現場で、作曲家からのリクエストを実現するために、古楽奏法のあの手この手を援用したことはありましたが、意外にも、委嘱作曲家の何人かは「モダン・ピアノより初期フォルテピアノの音色のほうが好き(になった)」、と漏らしておられました。
   もっとも、フォルテピアノはそれでもモダン・ピアノと相当似通っているので、まだアプローチがしやすい方かもしれません。私の三弦の師匠は、往時に膨大な量の「12音」の曲をやらされウンザリしたそうで、「楽器のことが分かっているのは牧野由多可 と小山清茂だけだ」、と述懐なさってました(是々非々)。私の笙のお師匠さんは、某現代曲について「笙が嫌がって悲鳴をあげている」、と形容しておられました。ことほどさように、古楽器/伝統楽器の扱いは難儀です。

c0050810_3103967.jpg   フォルテピアノのための新作を書くにあたり、注目に値するアプローチを見せてくれたのが鈴木光介さんです。ベートーベンと違うタイプの曲を目指し、ある種の「箸休め的」な音楽を作るより、ベートーベンと同じベクトルで切り結ぶような関係が作れないか。自分はアカデミックな作曲法を知らない、ベートーベンのような音楽をゼロから作ることは出来ない。自分で考えるフレーズには限界がある。ということを踏まえて、なにか、自動的に不思議なフレーズを作りたい。しかも、「現代音楽っぽい」ものにしたくない。もっとポップなものにしたい。素材はいわば何でも良かったので、ベートーベンの偉業をひとまず借用することにした。今は便利な時代で、「ベートーベン ピアノソナタ MIDI」で検索すれば、MIDIデータが簡単に手に入る。それを用いて、ソナタのフレーズを自由に編集することで新たな音楽を模索してみた、・・・と。
   手法としてはコラージュあるいはカットアップと呼ばれるものですが、切り刻み方と編集手法が容赦無いため(そこにこそ独創性が現れる)、中々にユニークな結果となりました。小道を散歩してたら、いつの間にか既視感を感じつつ変な場所に出てきてしまった鬼胎。まさに現代日本文化の面目躍如です。この鈴木光介作品を練習中に、余りの複雑さに目の焦点が合わなくなり、防音スタジオの分厚い扉の取っ手で小指を押し潰しそうになりました。「ベートーヴェン以外の原料は一切使用してない」こともあり、是非、ブルージュでも活用して頂きたいところです。(H.O.)

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【次回公演予告】

2013年(平成25年)------------------
■第4回 11月4日(月・祝)19時 ソナタ第12~15番 [作品26《葬送》、27-1《幻想曲風》、27-2《月光》、28《田園》]
■第5回 12月6日(金)19時 ソナタ第16~18、21番 [作品31-1, 31-2《テンペスト》, 31-3, 53《ワルトシュタイン》]

2014年(平成26年)------------------
■第6回 1月17日(金)19時 ソナタ第22~26番 [作品54, 57《熱情》、78《テレーゼ》、79《かっこう》、81a《告別》]
■第7回 2月14日(金)19時 ソナタ第27~29番 [作品90, 101, 106《ハンマークラヴィア》]
■最終回 3月21日(金・祝)19時 ソナタ第30~32番 [作品109, 110, 111]

各回19時開演/18時30分開場
3000円(全自由席) [3公演パスポート8000円 5公演パスポート13000円]
お問合せ 合同会社opus55 http://www.opus55.jp/
Tel 03(3377)4706 (13時~19時/水木休) Fax 03 (3377)4170 (24時間受付)

【関連公演】
■2014年3月5日(水)20時 カフェ・モンタージュ(京都) 《クラヴィコードによる1780年代》
L.v.ベートーヴェン:3つの選帝侯ソナタWoO47 (1782/83)、全ての長調にわたる2つの前奏曲 Op.39(1789)
C.P.E.バッハ:幻想曲嬰ヘ短調「C.P.E. バッハの情念」H300/Wq.67 (1787)
W.A.モーツァルト:幻想曲 ニ短調 KV397(385g) (1782)、ロンド イ短調 KV511 (1787)、アダージョ ロ短調 KV540 (1788)
(以上クラヴィコード独奏)
お問い合わせ: カフェ・モンタージュ tel 075-744-1070 www.cafe-montage.com
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by ooi_piano | 2013-10-11 02:48 | Beethovenfries2013 | Comments(0)

《時代楽器によるベートーヴェン》東京公演

Fortepiano × Beethoven
NHK-BSで放映された《大井浩明 時代楽器で弾くベートーベン》、待望の東京公演!

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ベートーヴェン:ピアノソナタ全32曲連続演奏会(全8回)  
~様式別・時代順のフォルテピアノ(古楽器)による~


淀橋教会・小原記念チャペル(東京都新宿区百人町1-17-8)
JR総武線・大久保駅下車徒歩1分、JR山手線・新大久保駅下車徒歩3分

各回19時開演/18時30分開場
3000円(全自由席) [3公演パスポート8000円 5公演パスポート13000円]

【お問合せ】 合同会社opus55 Tel 03(3377)4706 (13時~19時/水木休) Fax 03 (3377)4170 (24時間受付) http://www.opus55.jp/
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チラシpdf 表(http://twitdoc.com/28AH)裏(http://twitdoc.com/28AJ)

2013年(平成25年)------------------
■第1回 9月16日(月・祝)19時 ソナタ第1番~第4番 [作品2-1, 2-2, 2-3, 7《想い人》]
■第2回 9月23日(月・祝)19時 ソナタ第5番~第8番 [作品10-1, 10-2, 10-3, 13《悲愴》]
■第3回 10月14日(月・祝)19時 ソナタ第9~11、19~20番 [作品49-1, 49-2《ソナチネ》、14-1, 14-2, 22]
■第4回 11月4日(月・祝)19時 ソナタ第12~15番 [作品26《葬送》、27-1《幻想曲風》、27-2《月光》、28《田園》]
■第5回 12月6日(金)19時 ソナタ第16~18、21番 [作品31-1, 31-2《テンペスト》, 31-3, 53《ワルトシュタイン》]

2014年(平成26年)------------------
■第6回 1月17日(金)19時 ソナタ第22~26番 [作品54, 57《熱情》、Op.78《テレーゼ》、Op.79《かっこう》、Op.81a《告別》]
■第7回 2月14日(金)19時 ソナタ第27~29番 [作品90, 101, 106《ハンマークラヴィア》]
■第8回 3月21日(金・祝)19時 ソナタ第30~32番 [作品109, 110, 111]


使用楽器 1790年アントン・ワルター、1795年ヨハン・ロデウィク・ドゥルケン、1802年ブロードウッド(5オクターヴ半)、1814年ブロードウッド(スクエア・ピアノ)他
助成 ローム ミュージック ファンデーション

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  本シリーズは、2008年4月~2009年3月に京都文化博物館ホールで行われた「大井浩明 Beethovenfries」(全13公演)のうち、クラヴィア・ソナタ全8回についての東京公演にあたります。本邦初となった、様式順・時代別のフォルテピアノを弾き分ける試みは大きな話題となり、ライヴCD(5枚)のリリースやi-Tunesでの音源公開、さらにはNHK-BS「クラシック倶楽部」にて《大井浩明 時代楽器で弾くベートーヴェン》として、ダイジェスト番組が繰り返し放映されました。

  ベートーヴェン存命時(1800年前後)、フォルテピアノという楽器は見違えるような変革、発展を遂げます。バッハやモーツァルトと同様に、ベートーヴェンは新しく作り出されてゆく楽器に強い興味を持ち続け、アクション機構や音域、多彩なペダル機能の効果を、その都度、自作品に取り入れていきました。その多くは、記号や文字で仔細に楽譜に書き込まれているものの、作曲者死後約50年を経過してから現在の形に整えられた鉄骨製のモダン・ピアノでは、再現不能な指定も多く、実際には数々の妥協を強いられているのが現状です。

  音楽史上「新約聖書」あるいは「六法全書」にまで喩えられる傑作群にもかかわらず、今までこの種のチクルスが敬遠されてきたのには幾つか理由が考えられます。まず第一に、国内でのオリジナル楽器の調達の難しさ。ついで、数年毎に変わっていった当時のフォルテピアノのアクション機構に対応するために、非常に特殊な打鍵技巧が要求されること。恣意的な編纂が介入した「新ベートーヴェン全集」はクラヴィア作品については中断されたままであり、畢竟、作曲当時の初版ならびに部分的に遺された自筆譜から、奏者自身がテクストを校訂しなければなりません。

  そして、問題をややこしくしているのは、フォルテピアノの「進化」はモダンへ向かって一直線に驀進したわけでもなく、またベートーヴェン自身の希望どおりに「応答」したわけでもないどころか、彼の天才的イマジネーションは、当時のフォルテピアノの限界も現代のピアノの制約も遥かに凌駕してしまっている点です。

  ベートーヴェンのクラヴィア・ソナタを古楽器で演奏する場合、「作曲年当時に既に存在し作曲作業に使われたタイプの楽器」ではなく、「作曲から5~20年経過したタイプの楽器」が用いられるのが通例です。製作時期が5年遅いだけで技術的には遥かに弾き易くなりますが、そうすると作曲時点での燃えるような実験精神は十全に伝わりません。今回のチクルスではあえて前者を選択し、それに従って「番号順(作曲順)」で弾き進めていきます。交響曲や弦楽四重奏曲群に比べてみても、自家薬籠中のクラヴィアという楽器のために、初期から最晩年に至るまで一貫して、いかにベートーヴェンが前衛的なアイデアを注ぎ込み続けたか、その暴れっぷりを是非お楽しみ下さい。

※2008/09年ツィクルス時の記事・・・《初期》第一回第二回第三回第四回第五回、《中期》第六回第七回第八回第九回第十回、《後期》第十一回 、第十二回(その1その2)、第十三回
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by ooi_piano | 2013-10-11 02:35 | Beethovenfries2013 | Comments(0)

J.S.バッハによるクラヴィコード演奏法・教授法について (上)

※9年前、アルケミスタ・武田浩之氏のメルマガ用に執筆した文章のサルヴェージ第3弾です(未改訂)。この奏法論は、音量の小さいクラヴィコードをいかにチェンバロ的にブンブン鳴らし切るか、に主目的を置いているように思われ、現在では私は賛同しません。ただ、クラヴィコードのタッチに慣れる一過程としては有効かもしれません。



J.S.バッハによるクラヴィコード演奏法・教授法について

c0050810_2274131.jpg昨年末(2003年)スイスで行われた、ミクローシュ・シュパーニ氏の講習会に参加し、そこで筆者(大井)が『たまたま知るところとなったもの』(>J.S.Bachの言葉)を、御紹介したいと思う。以下の4つの部分からなる。主部は、(iii)のグリーペンケルルによる手記の部分であり、それ以外は補足に過ぎない。

(i) 前口上(大井)・・・・グリーペンケルルの手記[(iii)]本文の概説や、巷間のクラヴィコード奏法、近代的ピアノ奏法との比較などを行う。(ii)のシュパーニによる序文・脚注は、読者対象をクラヴィコード奏者に設定しているので、それに対する補足となっている。

(ii) 序文(シュパーニ)・・・・オランダ『国際クラヴィコード』誌へ(iii)が掲載された時(2000年11月)に、シュパーニが寄せた序文。グリーペンケルルの手記が書かれた経緯、内容説明など。(2004年6月17日更新)

(iii) 本文(グリーペンケルル)・・・・1819年に発表された、グリーペンケルルの手記の拙訳。これはもともと、「半音階的幻想曲とフーガ」の校訂版への序文として出版されたもので、まず「バッハ・タッチ」についての詳細な説明があり、そののちフォルケルによる「半音階的幻想曲」の演奏解釈について述べられている。(2004年6月21日更新)

(iv) 解説(大井)・・・・シュパーニの講習会に参加し、彼がどのようなタッチを行っていたかの目撃レポート。(iii)の本文はかなり明瞭に記述してあるが、理解の一助になれば。(2004年6月22日更新)

参考リンク http://www.clavichord.info/engl/linkeng.htm 



前口上(大井浩明)

1.この手記までの流れ

c0050810_2261899.jpg大バッハの長男W.F.バッハ(1710-84)、ならびに次男C.P.E.バッハ(1714-88)から直接情報を得た、伝記作者J.N.フォルケル(1749-1818/テュルクより一歳年長)に拠れば、大バッハは初学者にまず「彼独自の打鍵法を教える」ことに集中したと云う。すなわち、「全ての指がクリアで美しいタッチを習得するまで」、「ある種の練習課題をあてがい」、数ヶ月間続けさせた。そののち、この練習課題の音型を使った作品〜《6つの小プレリュード集》や《2声のインヴェンション》等〜へと教えを進めていった。フォルケルの弟子であったF.C.グリーペンケルル(1782−1849/パガニーニと同い年)が、1819年に出版した《半音階的幻想曲とフーガ》の校訂版への序文で、その実例について具体的に触れている。

シュパーニによる脚注にもあるように、この覚書は欧米のオルガン雑誌で、近年少なくとも3度(1983年に2度、1988年に1度)発表されている。しかしながら、オルガニストのみならず、クラヴィコーディストにもほとんど認知されていないらしい。

なお、このグリーペンケルルの弟子であるピアノ教師、E.エッゲリンク(1813-1885/ワーグナーと同い年)による、《初学者と上級者のためのヨハン・ゼバスティアン・バッハの流儀に基づく基礎的で迅速なクラヴィア演奏教育の手引きと研究》(1850)でも、このメソッドについての言及があると云う。

2.シュパーニ氏経歴

1962年ハンガリー生れのクラヴィコード奏者。もともとチェンバロ出身で、ブダペストで学んだのちインマゼールに(チェンバロを)師事。パリとナントの国際チェンバロコンクールで優勝。目下BISレーベルに、C.Ph.Eバッハの独奏作品ならびに協奏曲の全曲レコーディングを、クラヴィコードとタンジェント・ピアノで行っている。つい先日(2004年春)にもパリ国立高等音楽院でチェンバロとフォルテピアノを中心としたマスタークラスを行い、「バッハ・タッチ」についても触れたとのこと。

彼のクラヴィコード演奏は、タンジェントが決してビビらず音自体に安定性があり、豊かな響きと音量を持ち、またそれらから導かれる芯のある美しい音色と音楽作りが印象的であった。80人程度の聴衆のためのリサイタルを聞いたが、音量には全く問題が無かった(一説には、PA無しで300人でも鑑賞可能だと云う)。驚くべきことに、彼はクラヴィコード・チェンバロ・フォルテピアノ・スタインウェイを、同時に、しかも美しく演奏していた。

3.クラヴィコード講習会

c0050810_2282427.jpg講習会はC.Ph.E.バッハのクラヴィア作品がテーマだった。会場にはチェンバロ、フォルテピアノ、スタインウェイ・グランドピアノの他に、スイス・クラヴィコード協会の提供による新旧・大小6種類のクラヴィコードが陳列され、受講者は自由に楽器を選択することが出来た。また、クラヴィコードが描かれた当時の絵画多数も同時に展示されていた。シュパーニのリサイタルやレッスンで主に使用された楽器は、クリスティアン・ゴットロープ・フーベルト(18世紀後半)の専有弦型モデル(5オクターヴ)を、トマス・シュタイナー(バーゼル)がコピーしたものだった。なお、取り上げられたエマヌエル作品は、ソナタ集よりト長調Wq.50-2、ロンド・イ短調Wq.56-4、ト長調Wq58-1、ハ短調Wq.59-2、ニ短調Wq.61-2等々であった。

私(大井)の場合、最初に「自分はチェンバロ奏者であり、出来ればクラヴィコードのための『タッチ』が知りたい」と言ったため、一応作品は演奏したものの、3日間で数時間受けたレッスンは、事実上「タッチ原則」についてのトレーニング——グリーペンケルルの[譜例1]の如く、ひたすら人差指と中指で2音を弾くような——のみに費やされた。
以前はクラヴィコードを弾く時、高音域での小指や、和音の中声部を弾く中指などが、どうしてもビリつきがちであったが、これはトレーニング後に著しく改善された。また、このトレーニングを「ラクダのように」指先へ覚え込ませることは、チェンバロ演奏におけるタッチ制御、ならびに複数の鍵盤楽器間でのタッチの互換性について、後述のような示唆を与えることとなった。
講習会中に、「このようなタッチは、貴方のオリジナルなのか」と問うたところ、「これはグリーペンケルルの覚書に言及されているものだ」とシュパーニ氏は答え、後日その原文を送って下さった。

4.「バッハ・タッチ」の特徴

c0050810_2291384.jpg【1】「手を丸めて」、「指を鍵盤に垂直に立てて(小指は関節を伸ばして外側には傾けず、親指は軽く曲げて)」、「鍵盤の手前端を弾いて」、

【2】なおかつ、「指を高く上げずに小さな動きで」、「指の付け根と手首と肘は同じ高さで(手首が凹まないで)」、「肘や手首が硬くならずに」、等という指示は、ラモーやサンランベールやクープランの教本にも見られる、典型的な打鍵法である。4-3によるトリルや、2-3の繰り返しによる上昇音階などの「歴史的指使い」は、【1】のような「丸めた手」を前提にしている。

【3】また、J.S.バッハのクラヴィア演奏についてクヴァンツやフォルケルが描写したような、「打鍵ののち、指を鋭く曲げて、指先をキーの前部へ滑らせ、急激に引く」モーションは、エマヌエル・バッハ言うところの「シュネレン」に似ている。キー上に置いたおはじきを、指先で手前へ飛ばすような動き・作用であり、打鍵後に指を真上へ「持ち上げる」のでは無い。遅いパッセージにおいても、キーの手前方向へ「滑りあげる」こと。『バッハ・タッチ』においては、特殊効果としての「シュネレン」というよりは、次項(【4】)で述べる「指先がキーを手前へ引っ張っていた」結果の、事後的な慣性運動と捉えるべきだろう。

【4】以上に加えて、グリーペンケルルの手記は、「ゆるめた手・肘・腕から指先へ伝わる重みを、指先がキーを引っ張る力で支える(=すなわち指の根元が支点になっている)」、「指先へ伝わる重みは、ゆるめた肘によって、加減あるいは一定保持される」という、画期的な指摘を行っている。曰く、「腕からの重みと、指の弾力性の結合こそが、バッハ・タッチの要諦なのである」。クラヴィコードの発音原理上、「キーの底までしっかり弾く」タッチは最低条件であろう。こういった内的な「重みの移動」は、外からは見えないが、音質には如実に現れる。外見上は指先のみの、モショモショした動きである。

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上記の【2】と【4】を組み合わせて、手は丸めずに指を前方へゆったりと伸ばした弾き方が、1905年にブラウトハウプトが発表した近代的「重力奏法」と呼ばれるものである。[——しかし今でも、「指先がキーを引っ張る力で重みを支える」点については、言及されないことが殆どである。——]

クラヴィコード演奏に関してのこの『バッハ・タッチ』の利点は、なによりもまずタンジェントが安定するため、音程・音量・音色に関する諸問題が一挙に解決することである。これは、発音直後に、すみやかにキーを不動保持する状態へ持ち込めることに因る。【3】と【4】を両立させることが、『バッハ・タッチ』修得の第一歩となる。加えて、肩からの重みを利用しつつ指先を微細にコントロールするため、鍵盤の重みにタッチが左右されにくくなり、楽器間をある程度自由に往来することが可能となる。オルガノ・プレーノの重たいタッチなどとの互換性も念頭に置きながら、考案されたのかもしれない。

このようなタッチの発明が、逆にクラヴィコード製造そのものへも相互的に影響を及ぼした、というシュパーニの指摘は興味深い。クラヴィコードのみならず、時代を遥かに下ったモダン・ピアノにさえ、このタッチが適用出来る所以であろう。

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クラヴィコードでは、指で触れたとき出る音が小さく、タッチも軽いので、チェンバロ同様「鍵盤の戻りを感じながら」奏していると、どうしてもフニャフニャした「さぐり弾き」になりがちである。ここに、アフォーダンスの罠がある。もちろん「さぐり弾き」でも「それなりの音」は出るが、果たしてその音は「伸びがあり歌うような音」だろうか?

楽器そのものがその奏法や様式を教えてくれる、などということは、クラヴィコードにとってのJ.S.バッハ、あるいは電子楽器オンド・マルトノにとってのジャンヌ・ロリオがごとき、例外的偉才にのみ可能なのではないだろうか。シュパーニ氏のクラヴィコード演奏は、安定して表情・音量豊かな音を持ち、ダイナミック・レンジもモダンピアノと同程度に幅広いものであった。この楽器が、平均律クラヴィア曲集のような「複雑な」作品にも、十分対応出来ることが察せられた。

#もちろんこの指訓練課題は、なによりも「最初の2ヶ月」の初学者を対象としたものであり、指の形を保つ筋肉の「質」がしっかりすれば、基本形からどんどん離れて、指を伸ばし手の甲を下げ「撫でるように」弾いたり、あるいは、「引っ掻く」モーション無しに十分離鍵がコントロール出来たり、ということも考えられるだろう。指を立てようが伸ばそうが、脱力した手・腕の重みを活用する原則は変わらない。バッハがフリーデマンに与えた装飾音一覧表が、あくまで初学者のための教育目的の凡例集であるのと同様、音楽的要求に従って臨機応変に対処すべきであろう。

5.この文書の信憑性について

c0050810_2295038.jpg私はシュパーニ氏の弾いたクラヴィコード、チェンバロ、フォルテピアノ、スタインウェイの素晴らしい音色を実際に聴いたので、彼の提唱・賛同するこのグリーペンケルル・メソッドを信用する次第である。短期間のトレーニングで、タンジェントの安定性に成果が見られたのも事実である。覚書に残された、一見凡庸に見える幾つかの記述から、打鍵法という不定形なものを「復元」したシュパーニ氏の直観と努力には、頭が下がる。これこそ音楽考古学と呼ぶにふさわしい。

なお、この『バッハ・タッチ』はグリーペンケルル以降「絶滅」していたわけではなく、西洋音楽演奏の伝統の中で、細々とではあるが命脈はつないで来たはずである。例えば、私の師事したB.カニーノ(ピアノ)やDベルナー(チェンバロ)の演奏で、この「バッハ・タッチ」と似たような指の動きを見た記憶がある。

しかしそれは、彼らの本能的嗜好がたまたま導き出したものなのだろう。全ての指がクリアで美しいタッチを持つための、「『歴史的タッチ』の修得法」をはっきり言語化・メソッド化したものは、筆者の知る限り、このグリーペンケルルの覚書のみである。

それにしても、この基礎トレーニングの直後に、すぐさまインヴェンションやシンフォニアを弾かされた息子達や弟子達も、いい迷惑である。エマヌエルが《クラヴィーア奏法試論》で、くどいほど指使いパターンを挙げ、とっつき易いプローベシュテュックを多数付け加えたのも、頷ける。

6.本文の翻訳について

(III)の本文では、『バッハ・タッチ』訓練法の該当部分のみの抄訳も考えたが、「半音階的幻想曲」の奏法解説を含め、1819年という時点で書かれた興味深いドキュメントとして、全訳してみた。章付けは訳者によるものである。不備の御指摘など頂ければ、ウェブ発表の利点を生かして、どんどん改訂・加筆していきたいと思う。なお、多大な御教唆を下さった清水穣氏(同志社大学助教授)に、この場をお借りして御礼申し上げる。



(II) 《グリーペンケルルの手記による、ヨハン・セバスチャン・バッハのクラヴィコード演奏法》/
ミクローシュ・シュパーニ (訳:大井浩明)


〜オランダ『国際クラヴィコード』連盟誌 第4輯下巻(2000年11月)より〜

c0050810_2302542.gifバッハ・イヤーである2000年に、貴誌に何を寄稿すべきか色々迷った末、結論として、何より以下の文献をクラヴィコード奏者の皆さんに御紹介したいと思う。

フリードリヒ・コンラッド・グリーペンケルルは1782年に生まれた。彼は哲学と教育学を修め、生涯を通じて哲学・数学、ならびにゲルマン学の教鞭を執った。彼はオルガン等の鍵盤楽器も演奏したが、彼の名を不朽にしたのは、1844年9月にペータース社からバッハのオルガン作品集第1巻を出版したことだった。この世評高く入念な校訂版は、世界中のオルガニストに幾世代にも渡って使用された。一方、それを遡る1819年に、グリーペンケルルがバッハの半音階的幻想曲とフーガの単行譜を出版したことは、余り知られていない。その序文で、グリーペンケルルは、バッハ一門——すなわちバッハの息子や弟子、そして孫弟子によって注意深く保持されてきた鍵盤技術について詳述している。この序文は、バッハ自身が用い教えた鍵盤技術(特にクラヴィコードのための)の真正で根拠ある記述として注目される。実のところ、グリーペンケルルはフリーデマン・バッハとフォルケル〔注1〕を通して、バッハの孫弟子にあたるからである。フォルケルはフリーデマンと交友があり、レッスンを受けたことが確実視されている。グリーペンケルルによれば、フォルケルは「バッハ・タッチ」をフリーデマンに師事した。そして、グリーペンケルルはフォルケルからレッスンを受け、それを継承したのである。したがって、グリーペンケルルが半音階的幻想曲の校訂譜を公刊した狙いは、彼が耳にしたこの作品のフォルケルの演奏法を紹介するためであった。

もしグリーペンケルルの序文が真正で独自な情報を含むと認められるならば(それは後述するように、多くの傍証がある)、これこそバッハのクラヴィコード演奏法ならびに教授法についての、現存する最も重要な情報源であるのみならず、クラヴィコード奏法に関する史上最も重要な文献であると推定しても、やり過ぎでは無いだろう。次に受け入れるべきことは、グリーペンケルルがバッハのクラヴィコード技術について語っている内容である。

c0050810_231142.jpgこの文章を注意深く読めば、グリーペンケルルによって記述されているテクニックは、あらゆる鍵盤楽器にあてはまるが、しかし明らかに最も適当のはクラヴィコードだと分かる。グリーペンケルルの入念で詳細な記述を読めば、誰でもかなり容易に彼の語るテクニックに習熟でき、そして試してみればその効能がクラヴィコードに最も顕著であるとを認めるだろう。もし効果が現れたなら(効果があると私は言わせてもらうが!)、クラヴィコードがバッハお気に入りの楽器だった〔注2〕、というフォルケルの言葉の信憑性を受け入れるもう一つの理由(この理由は重要だ)を持つに至る!かくしてグリーペンケルルの文章は、一般に推察されるよりもずっと、フォルケルの記述全てが信用に価するものだと証明してゆく。その上、グリーペンケルルの文章は、フォルケルのバッハ伝記に見られるバッハの演奏技術の描写と全く一致しているのだ。

その計り知れない重要性と、近年に少なくとも3度にわたる公刊を経ている〔注3〕にも関わらず、鍵盤楽器奏者の間でグリーペンケルルの文章はあまり知れ渡っていない。バッハのオルガン作品集第1巻でグリーペンケルルは、半音階的幻想曲への序文やフォルケルの伝記を参照しながら、バッハのテクニックについて簡潔な描写を繰り返している。にも関わらず、オルガニストにもバッハ・タッチはほとんど知られていない。本稿を通じて、あらゆる鍵盤楽器奏者がこの決定的な典拠を知る機会を提供したいと思う。

グリーペンケルルはバッハのタッチを描写するだけではなく、それを実際に習得するためのメソッドを開陳している。「インヴェンション」発祥についてのフォルケルの言葉を、我々は幾度読んだことだろう。 《最初バッハは弟子たちに指の訓練課題を与えた。それは数ヶ月ほどの練習を要するものであるが、同時に、勉強をもっと面白くするために、訓練課題を元にした小品をバッハは作曲した》。グリーペンケルルの文章は、バッハの訓練が実際にどのようなものであったかを示す唯一の文献である。この手引きには、あきらかに鍵盤楽器教育に関する深い洞察力が見てとれる。また、実に迅速な進歩を保証するものだから、バッハ一門の信ずべき伝統との関連の、追加証明になると私は思う。バッハの音楽に必要なテクニックを得るために、ここまで明確で徹底的な手段を、バッハ本人以外の誰が示せるだろうか?

c0050810_232733.jpgこの本文を実行に移すことで、我々は本当にバッハ・タッチを習得出来るのだろうか?グリーペンケルルのメソッドは、少なくともその目標に数段階近づく可能性を与えてくれる。グリーペンケルルの訓練課題を試みるクラヴィコード奏者は、あるテクニックを達成することが出来るが、それは確実で信頼できるタッチを保証し、また美しくしっかりした音に結実するものである。私見では、このテクニックには個人個人によって微妙な変種が考えられるが、それは手の形がそれぞれ違うからであり、それはバッハの時代も同様であった。このバッハ・タッチを会得出来たバッハ一門の演奏家の数は知られていない。 しかし18世紀ドイツの鍵盤演奏技術へのバッハの巨大な影響は否定出来ない。18世紀後半に製作されたドイツのクラヴィコードの最も優れた雛型は全て、多かれ少なかれバッハ一門、あるいは少なくともザクセン=テューリンゲン地方の音楽的環境と遺産に関連付けられることは、驚くべき事実である。疑いなく、J.S.バッハが発展させ教えた打鍵法のおかげで、クラヴィコードという楽器が会得されその繊細さが十全に発揮出来るようになったため、クラヴィコードを称揚する多数の奏者が輩出した。

バッハこそは、中央ドイツにおけるクラヴィコード奏法(そして恐らくクラヴィコード製作についても)の父であった〔注4〕。

バッハの打鍵法は、その時代の演奏実践とは明らかに全く違っていたため、バッハが現代鍵盤楽器奏法の父であるという口頭伝承は、少なくとも部分的には本当だと言えそうである。 ここでは必要と考えられる幾つかの注釈を付けて、グリーペンケルルの文章をそのまま上梓する。注意深く研究しないと、本当に大事な点がハッキリしない書き方がしてある。折に触れ再読するたびに、さらなる情報が審(つまび)らかとなるだろう。文章の推移を用心深く分析されるよう、御忠告する。そして、良いクラヴィコードで試してみることが不可欠である。

添付した半音階的幻想曲のグリーペンケルル校訂版は、バッハの伝統による演奏実践について、多くのことを明らかにしている。この作品について、そしてその演奏についてのグリーペンケルルの見解は、非常に興味深い。にも関わらず、グリーペンケルル校訂版によってこの作品を弾く前に、最新の信頼すべき版を調べることをお勧めする。特に幻想曲において、グリーペンケルルの目的は原典資料に基づいた正確な譜面を提供すると云うよりも、フォルケルが演奏したそのままの似せ絵を再現することであった。それゆえ、このグリーペンケルル校訂版は、原典版ではなく、当時の演奏実践のドキュメントとしてのみ使用すべきである。今回割愛したフーガ部分については、事実上演奏に関する提言は含まれていない。また原典資料や、今日我々が「音楽学的に正しい」と呼ぶ版からは、細部において逸脱している。


【脚注/シュパーニ】

c0050810_233163.jpg[注1] ヨハン・ニコラウス・フォルケルは1749年に生まれ、音楽史家・理論家・作曲家・鍵盤奏者、そしてクラヴィコードの熱烈な守護者であった。彼のもっとも著名な出版物は、最初のバッハ伝記である、《ヨハン・ゼバスティアン・バッハの生涯、芸術、作品について》であり、1802年にライプツィヒで出版された。

[注2] バッハのお気に入りの楽器がクラヴィコードであったというフォルケルの報告の信頼性は、何度も疑問視されてきた。しかし、W.Fr.とC.P.E.バッハ兄弟(フォルケルは彼らから情報を収集した)が自分達の父親について偽の肖像を描いたと仮定する理由はほとんどない(そのような事態はしばしば発生したが)。 J.S.バッハの偉大な息子の双方は、彼らの父親ならびに父親の成し遂げたものを崇敬していた。バッハの息子達が父親の音楽的遺産を拒否し、新しい技術と様式を頑固に採用したという伝説は、ロマン派時代の所産であり、息子たちにさえ異議をとなえられた、誤解されし天才としてJ.S.バッハを捏造している。 このことは後世のチェンバロ奏者たちに、フォルケルの報告を否定させ、クラヴィコードで弾くことを企てもしないうちに、バッハの音楽におけるクラヴィコードの重要性を否定させるに至った。(すまない、チェンバロ仲間たちよ。)

[注3] 
エヴァルト・コーイマン「バッハの鍵盤技術」 《オルガンHet Orgel》誌 第79巻、1983年第1号
エヴァルト・コーイマン「バッハの鍵盤技術に関する一つの史料」 《オルガン芸術 Ars Organi》誌 第31年次第1巻、1983年3月
クウェンティン・フォールクナー「J.S.バッハの鍵盤楽器に関するグリーペンケルル〜翻訳と注釈」 《アメリカのオルガニスト American Organist》誌 第22巻第1号、1988年1月、第63−65頁

[注4] 17世紀から18紀初頭までの小さな共有弦式のクラヴィコードでは、どっしり弦を張った大型の専有弦式の型で弾いた時に比べると、バッハ・タッチは余り明白ではない。バッハによる演奏技術の革新は、明らかに1720〜30年代のクラヴィコード製作の変遷への適切な反応であったし、おそらく相乗的にその変化へ新たな推進力を与えたのである。

(この項続く)
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by ooi_piano | 2013-10-11 02:34 | クラヴィコード様への五体投地 | Comments(0)

J.S.バッハによるクラヴィコード演奏法・教授法について (中)

《半音階的幻想曲の演奏に関する幾つかの所見》 F.C.グリーペンケルル

1.【はじめに】----------

c0050810_24271.jpgバッハ一門は、たとえそれが極めて難しいバッハ作品であっても、一門特有の打鍵法によってのみ到達出るようなレベルにおける、演奏の清潔さ、軽やかさ、そして自由さを追い求めている。この演奏法はフォルケルの小冊子「J.S.バッハの生涯、芸術、作品」に描写されているが、これはまことに本物の、かつ明快な手ほどきである。それゆえ、このやり方に真剣に取り組み、ガチガチの先入観で誤った方向へ遁走せぬような分別ある者ならば、演奏手本や口頭レッスンなしでも、完璧に修得が可能であった。この訓練の要旨は以下のとおりである。

2.【バッハ・タッチの原理】----------

手の仕組みは、つかむ、という動作に向いている。つかむとき、親指を含むすべての指は手の内側へ曲がり、手に潜在する強さと安定性は、この動きで最も発揮される。他のあらゆる種類の指の動きは不自然であるか、あるいは、指を曲げないまま打鍵する動作のように、付随する筋肉の大部分が使われないままである。それゆえつかむという動作に沿って手を動かすあらゆる運動は、手の自然なありように適っているため、容易に、自由に、確実に遂行できるはずである。

いま述べた手の仕組みは、鍵盤楽器の打鍵において最も顕著に活かされる。上鍵と下鍵[注:現在のピアノにおける黒鍵と白鍵]の2列が上下にずらされて並び、それぞれのキーは同じ幅と長さを持っている。しかし、指の長さは同じではない。まずはこの事実により、同一平面上に指先が揃い、各指が互いに等距離となってだいたい一直線上にくる箇所にまで指を曲げることが、必要となる。指先を完全に一直線上に揃えることは大抵の手にとっては無理がかかることであるから、指先の並びを少し円弧状にすることは有益でさえある。なぜなら、親指を例外として、弱い指というのは短い指でもあり、たいていの鍵盤楽器の仕組みでは、[指を曲げて]キーの手前側の端を弾けば、[てこの原理から]最も楽にキーが作用するのであり、[打鍵する場所が]キーの奥になればなるほどより多くの力が要るからである。それに対して、手をどの位置でも内側に曲げていき、各々の指が[キーの底を]を垂直に打鍵するようにし、そして指の根元の関節が決してへこまず常に手首・下腕・肘とともに直線をなすようにすると、この意図された動きには非常に有益であろう。

しかしながら、指によって強さと柔軟さが違うので、指を曲げるだけではない人為的補助が必要である。その補助無しには、たとえ最大限の努力で絶え間なく精勤したとしても、何人も薬指と小指が弱い、という自然の障害に打ち勝てない。J.S.バッハは補助として、手と腕の重みを利用することを考え出した。誰でも[指先に伝わる]腕の重みというものは、同じ強さを保持したり、あるいは全く意のままに難なく増減することが出来る。この重みを支えられないほど、指は弱いものではない。薬指と小指は、各指が本来持つ弾力性を活かしさえすれば、人差し指や中指と同じ強さで重みを支えることも、また同様に重みを鍵盤へ伝えることも出来る。 打鍵時における、手の重みと[指の]弾力性の最も深遠なる結び付きこそが、バッハ芸術における鍵盤演奏法で最も本質的なことである。[この文章が全文で最も強調されて印字されている]。これは以下のやり方で達成出来る。

3.【バッハ・タッチの第一歩】----------

c0050810_252688.jpgまず指を一本、キーの上に置き、[軽すぎず重すぎない]適切な腕の重みを「支え」として利用しよう。 硬直したり堅くなったりしないように、つねに指を引っ込められるつもりでいること。そのとき、引っ込めようという意図に対して、比較的強められた手と腕の重みがそれを妨げず、また逆に、指を引っ込めるために用いられる力が、腕の重みに対して弱すぎないようにして、指が遅滞なく手の中へ戻ることが出来るようにせよ。手首が指の付け根と同じ高さ、そして指の第2関節よりはかなり高い位置にあって不動状態を保ってないと、このポジションは不可能である。正しいポジションのためには、小指は関節を伸ばしてほとんどキーに直立し、親指は[内側に軽く]曲げられキー上に置かれる。と同時に、他のあらゆる部分の関節はゆるめられている[注5]。肘の関節は自由に解き放たれ、打鍵中でない他の[4本の]指は、最寄りのキーから約6ミリ(4分の1インチ)ほど上空に静かに待機している。 もしキーから指までの距離がもっと大きければ、望むべき静けさは失われ、有害で不必要な緊張が出てしまう。1番目の指の次に、2番目の指(どれでもよい)で打鍵しようとする時、2番目の指が1番目同様に、つかみながら[腕の重みを]支えられるような形になるように意識せよ。よって、2番目の指は打鍵する前に、すでに打鍵予定のキーの上空に一定の緊張をもって待機していること。それから、1番目の指に(記述したごとく)先だって働いていた支えの力を、最大速度とともに2番目の指に移すのである。そのためには、1番目の指を素早く弾力性をもって引っ込め[=シュネレン]、2番目の指を同じ重さでもってキーの上へ跳ね乗せるしかない[注6]。いま述べられた動作が、速度と正確さと繊細さをもって実践される限り、このやり方で発音された音は、地上的・肉体的な不自由さを持たず、あたかも大気のなかから自由に、聖霊がごとくに立ち現れたかのように鳴り響くであろうことは間違いない。しかし、この立ち現れ方こそが真の目的であり、演奏者の名技性に少なからず寄与するのだ。学習者がいま述べたやり方を、隣り合ったり離れたりしている左右両手の様々な指すべてで成し遂げられれば、そしてあらゆる考えられる変化形——強弱を変えたり、速くあるいは遅く、デタシェで弾いたりスラーにしたり[注7]でき、そしてそれが繊細さと確実性をもち、なんら不必要な肉体的努力をせずに済むようになるならば、彼はJ.S.バッハのタッチを手に入れているのだ。フォルケルが得たように、そして多くの人が彼から修得したように。

4.【種々の訓練課題】----------

初心者、あるいは熟達した者も、最も効率よくこの動作の練習を開始するには、以下のようにすること。

意図的な加圧や減圧無しに下腕の重みが機能するためには、最初は、肘の関節が全くゆるんでくつろいでなければならない。 このやり方で、各々の手で、様々な隣接する2音の練習を行う。

c0050810_14365136.jpg[譜例1]




c0050810_14372325.jpg[譜例2]




c0050810_14374350.jpg[譜例3]



まず人差指と中指の2本で始める。ゆっくりとそして素早く移動出来るまで必要なだけじっくりと続ける。そののち、親指と人差指、中指と薬指、薬指と小指の組み合わせで、同じ練習に取り組むが、その時、手のポジションを変えたり、長さの短い上鍵[黒鍵]で親指と小指を避けたりしないこと。ここで、人差指と中指に薬指を加え、以下のような上昇下降パッセージを。

c0050810_1438779.jpg[譜例4]


最初はゆっくり始め、それが努力無しに出来るようになれば、徐々に速くしてゆく。このようにして、親指・人差指・中指の組み合わせの他に、中指・薬指・小指も練習すること。指ごとのタッチの違いがもはや区別できなくなり、全てが完全に均等で独立しているように響くまで続ける。今度は薬指が必要な次の課題をさらうこと。

c0050810_14382417.jpg[譜例5]


親指・人差指・中指・薬指の組み合わせから始めて、それから人差指・中指・薬指・小指の組み合わせを。 そのあとに全5指のための次のような音型を。

c0050810_14384327.jpg[譜例6]


ほぼ全ての鍵盤流派に見られるように、移調も行うこと。長さの短い上鍵[黒鍵]の打鍵は、特別な練習が必要で、そのためには次のような音型を利用すること。

c0050810_14385942.jpg[譜例7]


最終的に全ての音階と分散和音で行う。 左手も[右手に]対応した指使いで同じ練習をすること。まず最初は左手だけで、それから右手と一緒に[注8]。


親指を使わず、残りの4本の指で練習しているとき、絶対に親指はキーの下にだらんと垂らしてはならず、キーの上空で打鍵を待機しているべきである。加えて、親指・人差指・中指の3指で練習中に、薬指と小指が空中へ突き上がっていたり、手の内側へ折り畳められたりすべきではない。 このような状況では、薬指と小指は同様にキーの上空に適当な距離をもって静かに待機しているべきである。

ここで述べられた練習を、下腕(肘から手首まで)の自然な重みと、まったく緩んだ肘の関節をもって行ったのちに、肘関節を使って加圧・減圧しながら、この重みを強くしたり弱くしたりすること。 最初は完全に同じ強さで、それから連続する音を徐々にcresc./decresc.する。大きくなり消えてゆく強度(フォルテとピアノ)のコントロールが、余計な努力無しに出来るようになるまで、そして特に指を打ちつけることなくフォルテが出せるようになるまで、これらの練習を続けること。

5.【訓練課題の次のステップ】----------

c0050810_261037.jpgこの準備課程を一通りをすませるには、初学者でも専心・熱心さ・才能に恵まれれば、2ヶ月を超える時間は要しないだろう。。引き続いて、J.S.バッハ自身による練習用小品が選ばれなければならない。なぜなら彼以外には僅かの作曲家しか左手に旋律線を割り当てていないからだ。もっとも適切なのは、インヴェンションの第1番と第6番である。その次に第12番、第11番、第5番が来る[注9]。また、半音階的幻想曲の32分音符の走句や、同種のものが援用されるべきである。学習者は自分が練習したいと思う各々の小品を、注意深く最初から最後まで見てみるべきであり、また最良の指使い、つまり最も快適な指使いについて熟考すべきであり、何物も偶然に任せてはならない。そしてその上で、最初から作品全体を難なく通して弾けるのが確信できるほどに、ゆっくりしたテンポで始めること。練習を続ければ、テンポは自然に速めてゆくことが出来よう。また、最初の作品の困難さがすっかり習熟されるまでは、次の曲へ急ぐべきではない。 この指示に従えない者は誰でも、疑いなく壁にぶつかっていたものだし、学習時間を倍増させ、自由さ・確実さ・自信をもって演奏する術を学ぶことはなかった。 加えるに、手の訓練を始めるにあたっては、フォルテピアノよりもクラヴィア[注10]が遥かに良い。なぜなら打鍵法の誤り全てがずっと容易に聞き取れるし、楽器よりも奏者に[結果が]左右されるからである。 [クラヴィコードから]フォルテピアノへ移行するのは全く難しく無い。というのは、フォルテピアノの打鍵法は[クラヴィコードと]同様でほとんど変更しなくてよい上に、不注意に弾いてもそれほど目立たないからである。これに異を唱える人は、おそらくクラヴィアを使い切れていないのだ、ただのフォルテピアノ演奏家が皆そうであるように。

学習者が、自らに課す音楽的訓練に真摯であり、J.S.バッハの全鍵盤作品について完全なる見識を得ることが不可欠だと思うならば、上級者向けの作品にいきなり取り組む前に、彼はまず初学者向けの傑作の全てを一通り学ぶことを決意すべきである。この初学者向けの作品群に分類されるものとして、なかんづく6つの小前奏曲集があり、その後に15の2声インヴェンション、そして15の3声シンフォニアが挙げられる。これら36曲すべてを同時に修得したものは誰でも、良い鍵盤奏者としての自信がつくだろうし、古今の鍵盤音楽でも歯が立たない曲はわずかだろう。J.S.バッハの4声と5声のフーガについては特別な準備作業を要するが、これにはバッハの4声コラールを入念で精巧にさらうことで切り抜けられる。

6.【メカニックから音楽へ】----------

この段階まででは、これで十分である。さて、我々はバッハ自身の打鍵法について語らねばならぬ。なぜなら精緻な演奏の追い求めるにはそれは欠くことが出来ないものであり、特に半音階的幻想曲とフーガにおいては、それ無しでは十分正確に演奏出来ないからだ。

打鍵法というものは、[言葉を]発音することにこそ比較出来る。美しい音楽的雄弁術のためには、演奏法のメカニズム全体を完全に制御した明晰さ・正確さ・確実性・容易さ以上のものが必要である。バッハの音楽作品の大部分は、あらゆる時代を通じて純粋な芸術的労作であるから、客観的に取り扱われねばならない。その演奏にあたっては、いかなる感傷性や気取り、流行、主観的・個人的なものは、一切行ってはならない。自らの心を芸術作品それ自体によって純粋に導かせる感受性も素養ももたずに、自分の感受性ないしその時代の[流行の]感性や表現法に、これらの作品は引き込む者は、誰でも間違いなく作品をゆがめ損傷するであろう。純粋に客観的な芸術表現は、しかし、なにより極めて難事であり、少数の者のみによって達成されないし理解されない。客観性の欠落は往々にして、美しい芸術作品への没頭から生じる、慎み深い理解と純粋な楽しみのかわりに、あやまった虚飾を発生させる[注11]。これら全ては、特に半音階的幻想曲について当てはまる。 この作品においては、現代のクラヴィア奏者が皆、自分の感覚に疑念を覚えるのも無理は無い。真の演奏の轍(わだち)にしっかり乗り入れるためには、表題ページに示されたとおりの伝統による幾つかの忠言を我慢して聞かねばならない。

7.【半音階的幻想曲のアルペジオ部】----------

c0050810_27162.jpgここで私は、我が至らなさが及ぶ限り、そして言葉と符号で可能な限りにおいて、その伝統を忠実に伝えようと思う。多言を割愛するため、ここに書かれていることを、理性をもって実践しようという全ての人に忠告しておくが、この校訂版を以前の版と一音符ずつ比べれば見出される異稿形は、思い上がった改竄としてではなく、連綿と伝えられてきた誠実な演奏を示唆するものとして、見なして頂きたい。


幻想曲の最初の2ページ、そして第3ページのアルペッジョ部まで[第1〜第26小節]は、音符が弾き潰れたりしない明瞭さと、揺ぎ無い和声感覚にもとづいて増減する濃淡をもって、一定の急速なテンポで、出来るだけ華麗にそして軽く演奏されなければならない。3連符に分割されたニ短調の和音を経た最初のアルペッジョへ移行する箇所だけはゆっくり開始し、アルペッジョを弾くための速さになるまで徐々に速くしてゆく。 他のアルペジオ部の間の経過句でも、同様である。

白い音符で書かれた和音によって示唆されているアルペッジョは、C.Ph.E.バッハの《正しいクラヴィーア奏法試論》によると、指を打鍵後もそのままにしておいて[=フィンガー・ペダル]、どの和音も2回上へ下へと分散させる、とある。しかしここでは例外的に、1回だけ上下させ、それぞれのアルペッジョの締めくくりの和音は一回上へ弾いて止めるほうが良い。指がキーを押さえ続けることは、レガートという言葉の追加によって示されている。言うまでも無いことだが、タッチは安定して繊細であり、また、速度と強さについては、明確な和声感覚による殆ど感知出来ないほどの漸次的変化を伴っており、そしてなかんづく和音の間は最大限に滑らかに連結されるべきである。和音の移り変わりについては、たいてい、先行する和音の、下から数えて最後から2番目の音から、次に続く和音の最初の音へと導かれるものである。しかしこれは常に必要なわけではない。先入観や軽率さに邪魔されることなく、これらのアルペッジョを学ぶ者なら、上記のようなことは全て、そしてさらに言葉で言い得る以上のことも、おのずと分かってくるものだ。白い音符のあいだに挿入された4分音符を見て、多くの人々は混乱するかもしれない。しかしここの解釈としてありうるのは一つだけであり、それによれば困難は何もないのだ。つまり、小節線は無視してよく、そして、この4分音符は、一つの音が変化した以外、その直前と全く同和音を繰り返すことの、短縮表現にすぎないのである。

8.【半音階的幻想曲のレチタティーヴォ部とコーダ】----------

レチタティーヴォの演奏一般については、周知であろう。ただ、ここでのレチタティーヴォが短音価の音符で記譜されているために、往々にして奏者は速い店舗で弾きがちであるから、ここで付言しておかなければならないが、これらの音符は、音価の合計を4拍の中に収めることのみを目的としているのである。表面的に視覚されるリズムは、ここでは音楽思考の内なるリズムとは全く異なっており、短い音価であっても、隣接した長い音価の音符と同じか、あるいはより遅いテンポでさえ弾くべきである。例えば最初のレチタティーヴォの終わりの64分音符のように。各々のレチタティーヴォ部分の最初の音は、短く示されているが、これはスタッカートにしたり緊迫させたりするのではなく、単に各々の部分が余拍で始まっており、2番目の音符こそにアクセントがあることを示している。レチタティーヴォ部分を分かち、また繋げている一つ一つの和音は、低音から上へとアルペッジョで弾かれるが、これはその箇所ごとの音楽的意味が求めるのに従い、時には強く、時には弱く、時には素早く、時には遅く、均等なタッチで奏すること。残りについては、指示も十分過ぎるほど書き込まているので、芸術的感覚をもって真摯に探求すれば、おのずと明らかであろう。

Senza misuraという言葉から最後までの持続低音(オルゲルプンクト)[第75〜79小節]は、極めて自由に、そして実に即興的な装飾音を伴って奏されるが、 しかしそれは、このような演奏のための作品と流儀に完全に精通している者だけが、敢行してよいものだ。J.S.バッハ自身は、和音間に見られる個々の音型を通じて、このような装飾音を指示した。その上に小さく印刷されている譜例は、参考として、フォルケルがときに自ら演奏し、また教えていたやり方である。両者の例を見れば、可能な装飾音の自由度の限界が知られよう。行間が読めない人々に申し上げたいのは、この結末部分の要諦は、これらの装飾的挿入句ではなく、和音の近くで半音ずつ下がってゆく8分音符であることである。各々の挿入句は、それゆえ8分音符の方へ流れ込んでゆくものであり、それ自身でなにか独立していると考えるべきではない。最後の和音は一番上の音から下へアルペジオし、徐々にリタルダンドする。

9.【半音階的フーガ】----------

c0050810_28183.jpgフーガにおいて必要だったは、僅かな修正と符号追加だけであった。 近年の鍵盤音楽の流儀でテンポを規定し、いくつかの誤植を改善し、また古い記譜法のせいで読譜が困難であった箇所を、別の書き方に直して容易にした。技量と自由さと清潔さをもってこの作品を弾こうとするものは誰でも、C.Ph.E.バッハが父から学んだ運指法に慣れるべきである。それによると、走句を最も楽に弾ける指使いが、一番良い指使いである。親指と小指は、そのほうが楽で必然性があるなら、どんどん上鍵[黒鍵]にも使うべきだ。多くの新興理論家たちによる偏向した規則付けに反して、長い指の下に短い指をくぐらせ、そして短い指の上から長い指を越させても良いのだ。J.S.バッハはこのような指使いを練習するための小品を書いた。例えば2声インヴェンションの第5番であり、それは親指と小指を上鍵[黒鍵]に慣れさせるためのものである。その上、ほんの僅かな例外を除いて、このような運指法を使わずにバッハの偉大な鍵盤作品を上手く容易に弾くことは出来ない。


末筆ながら、ドイツ精神から流れ出た最も卓越した芸術作品の一つの演奏法についてのこの記述に、誰か立腹する者がいないよう望まれる。私の説明に半可通や欠落や誤謬を見出した人は、それを率先して誠実に強く批判してくれて構わないが、この素晴らしい芸術作品への愛と暖かさをも兼ね備えたものであって欲しい。正しい演奏法についての真正なるご指導ご教示は誰もが必要とするところのものであり、我々の側としてもそれを心からの感謝をもって受け止める所存である。


1819年4月10日 ブラウンシュヴァイクにて
F.グリーペンケルル

(この項続く)
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by ooi_piano | 2013-10-11 02:33 | クラヴィコード様への五体投地 | Comments(0)