Blog | Hiroaki Ooi


8/25(金) ソラブジ《オープス》& 古川聖《ノベレッテ集》完演
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(増補) 《時を得たメシアン Meantime Messiaen》

第1回・第2回公演 感想集 http://togetter.com/li/683198

チラシ PDFファイル http://twl.sh/1nQA4or
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[関連レクチャー@神戸大学]  「メシアン《20のまなざし》《4つのリズム・エチュード》楽曲分析と演奏法」
6月12日(木) 13:20-14:50、15:10-16:40 (2コマ) 神戸大学発達科学部(鶴甲キャンパスC棟111教室) 外部聴講問い合わせ: bunsay[at]kobe-u.ac.jp


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大井浩明リサイタル・シリーズ《時を得たメシアン Meantime Messiaen》
山村サロン(JR芦屋駅前) 全自由席 当日¥3000 (前売り¥2500、3回公演パスポート¥7000)
予約/問い合わせ: 山村サロン 0797-38-2585 yamamura@y-salon.com


第1回 2014年6月15日(日)午後6時開演(午後5半開場)
c0050810_6321431.gif●O.メシアン(1908-1992):《幼な子イエスに注ぐ20のまなざし》(全20曲、1944)
 ――ドン・コルンバ・マルミオン、モーリス・トエスカのテクスト朗読を伴うオリジナル原案版/日本初演(朗読・山村雅治)
    I.父のまなざし II.星のまなざし III.交換 IV.聖処女のまなざし V.子にそそぐ子のまなざし VI.その方によって万物はつくられた VII.十字架のまなざし VIII.いと高きところのまなざし IX.時のまなざし X.喜びの聖霊のまなざし XI.聖処女の初聖体拝領 XII.全能のことば XIII.降誕祭 XIV.天使たちのまなざし XV.幼な子イエスの口づけ XVI.預言者、羊飼いと東方三博士のまなざし XVII.沈黙のまなざし XVIII.恐るべき塗油のまなざし XIX.眠っていてもわたしの心は目覚めています XX.愛の教会のまなざし
喜多敏博(1967- ):《クエリー・レスポンス》~ピアノとライヴエレクトロニクスのための(委嘱新作初演、2014)

【FBイベントページ】

第2回 2014年7月13日(日)午後6時開演(午後5半開場)
c0050810_6332751.gifT.ミュライユ(1947- ):《夢によって吊るされ磨かれた片眼のように》(1967)、《河口》(1971/72)、《忘却の領土》(1977)、《別離の鐘と微笑み~O.メシアンの追憶に》(1992)、《マンドラゴラ》(1993)、《仕事と日々》(2002)
●坂本美蘭(1979- ):《魔韻》 (委嘱新作初演、2014)



第3回 2014年8月31日(日)午後5時開演(午後4半開場)
c0050810_6344579.jpg●O.メシアン(1908-1992):《鳥のカタログ》(全13曲、1956/58)
 I.黄嘴鴉 II.西高麗鶯 III.磯鵯 IV.顔黒砂漠鶲 V.森梟 VI.森雲雀 VII.葭切 VIII.姫告天子 IX.欧羅巴鶯 X.腰白磯鵯 XI.鵟 XII.黒砂漠鶲 XIII.大杓鷸
●F.クープラン(1668-1733):《お人好しの郭公》《恋する小夜啼鳥》《おじけた紅鶸》《嘆く頬白》《勝ち誇る小夜啼鳥》(1722)、J.P.ラモー(1683-1764):《鳥の囀り》(1724)/《雌鶏》(1728)、J.J.F.ダンドリュー(1682-1738):《鳥のコンセール》(1724)、L.C.ダカン(1694-1772):《燕》《郭公》(1735)、J.デュフリ(1715-1789):《鳩》(1748)、C.ジャヌカン(1485-1558):《鳥の歌》(1529)


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c0050810_6354262.jpg  私が20歳過ぎに京都で演奏活動を始めた当初は、現代音楽といえばまずはメシアンと武満徹でした。野村誠氏と《アーメンの幻影》や《時の終わりの四重奏》(私はチェロを担当)、ギターの金谷幸三氏とは3回にわたる武満徹作品個展などを開催したものです。1992年当時、金谷氏からは、武満の次はミュライユ個展をやろう、《忘却の領土》を是非弾いてくれ、と言われておりましたが、結局実現しないままに終わりました。

  20世紀末にメシアン・コンクールで入賞した後、21世紀に入ってからは協奏曲2曲(《異国の鳥たち》《神の臨在のための3つの小典礼》)を除いて、メシアン作品は一切弾いておりませんでした。メシアン生誕100年(2008年)の翌々年にイヴォンヌ・ロリオ夫人が逝去、さまざまな資料がパリ国立図書館へ移管され、自由に閲覧可能となったため、このところ新たな研究論文が次々に発表されています。(一方、なぜか「消滅」したらしい史料も多いとの事)。コジマ・ワーグナー、ヘレーネ・ベルクの先例を挙げるまでもなく、やっと「棺を蓋う」作業に入れる状態となったわけです。

c0050810_636167.gif  6月公演、メシアン《幼な子イエスにそそぐ20のまなざし》では、1944年のフランス国営ラジオのクリスマス番組に於ける「朗読とピアノ」での初演、というオリジナル原案に沿って、コルンバ・マルミオンとモーリス・トエスカのテクスト朗読を挿入しながら上演致します。翻訳ならびに朗読を担当して頂くのは、詩人・作家であり()、劇団「北辰旅団」では俳優としても活躍なさっている山村雅治氏(山村サロン主宰)です。今回の朗読上演にあたっては、平野貴俊氏(パリ社会科学高等研究院)ならびにエドワード・フォーマン氏(英ブリストル大学)の多大な御協力を仰ぎました。ピアノとライヴ・エレクトロニクスのための新作をお寄せ下さる喜多敏博氏(熊本大学教授)は、京大電気工学科での私の同級生で、有馬純寿氏等とともに先端芸術音楽創作学会の運営に携わっておられる事を知り、今回の委嘱へ至りました。
  フランスの作家、モーリス・トエスカは、今年5月25日(日)に生誕100周年を迎えたばかりです。トエスカのテクスト《12のまなざし》は、60年前に限定150部で出版されたもので、今回はパリ国立図書館から何とかファクシミリを入手致しました。フランスの古書サイトでは、一冊30万円くらいで売り出されているようです。
  公演日、6月15日(日)は、復活祭56日後の「聖三位一体の主日(Fête de la Sainte Trinité)」にあたり、生涯に渡って聖三位一体教会(Église de la Sainte-Trinité de Paris)のオルガニストを務めたメシアンが、父・子・聖霊を廻る様々な瞑想を描いた大作には、誠にふさわしいと申せましょう。

  7月公演のトリスタン・ミュライユ(1947年生)は、いわゆるスペクトル楽派の代表的な作曲家であり、戦後生まれではメシアン門下の筆頭弟子と言える存在です。オンド・マルトノ作品《マッハ2.5》や《南極征服》は演奏してきましたが、ピアノ曲をまとめて取り上げるのは今回が初めてです。眩惑的な2つの傑作《忘却の領土》《仕事と日々》のほか、師メシアンへの追悼作品も取り上げます。謎のトランスジェンダー美女、坂本美蘭氏によるピアノ弾き語りのための新作は、ミュライユに勝るとも劣らぬ程に聴き手をイントキシケイトする事でしょう。

c0050810_6363461.jpg  8月公演、メシアン《鳥のカタログ》(1956/58)は、実のところ、ブーレーズが3曲のピアノ・ソナタと《構造》第1巻を、シュトックハウゼンが最初の8つのピアノ曲を発表した後に書かれた作品であるため、演奏様式の選択には注意を要します。長大なチクルスでお客様が愛の眠りの園へ誘われる惧れがあるので、定期的にバロック音楽による鳥の目覚まし時計(Réveil des oiseaux)をあしらいました。一昨年のケージ《南のエチュード集》にサティを差し挟んだのと同様の趣向です。6月のメシアン《まなざし》がオルガニストの視点、7月のミュライユがオンディストの視点からの読み直しとするならば、8月の《鳥のカタログ》はクラヴシニストの視点からの再解釈となるでしょう。


過去の芦屋シリーズ・プログラム ●2011年 ●2012年 ●2013年
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by ooi_piano | 2014-07-28 18:47 | Chiersance2014 | Comments(0)

8/27(水) ドビュッシー:前奏曲集第1巻&第2巻(全24曲)

c0050810_16677.jpg2014年8月27日(水) 20時 (開場19時半)
カフェ・モンタージュ(京都) http://www.cafe-montage.com/prg/140827.html (地下鉄「丸太町」徒歩5分)

C.ドビュッシー(1862-1918):《前奏曲集》第1巻(1909/10) (全12曲)
  I.デルポイの舞姫たち - II.帆/ヴェール - III.野を渡る風 - IV.“音と香りは夕べの大気に漂う” - V.アナカプリの丘 - VI.雪の上の足跡 - VII.西風の見たもの - VIII.亜麻色の髪の乙女 - IX.遮られたセレナーデ - X.沈める寺 - XI.パックの踊り - XII.ミンストレル

同:《前奏曲集》第2巻(1912/13) (全12曲)
  I.霧 - II.枯葉 - III.葡萄酒の門 - IV.“妖精たちは良い踊り手” - V.ヒースの茂る荒地 - VI.“ラヴィーヌ将軍”~奇人 - VII.月の光が降り注ぐテラス - VIII.水の精 - IX.サミュエル・ピクウィック殿下を讃えて - X.カノプス壷 - XI.交代する3度 - XII.花火

使用楽器/1905年製NYスタインウェイ
使用エディション/デュラン社新全集版(2007年)


〔お問い合わせ〕 カフェ・モンタージュ 075-744-1070 montagekyoto[at]gmail.com 
〔予約フォーム〕 http://www.cafe-montage.com/mail/mail.html
入場料:2000円(全自由席) ※公演終了後にワイン付レセプションあり(無料)

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by ooi_piano | 2014-07-26 05:58 | Chiersance2014 | Comments(0)

7/19(土) 《ピアノで弾くバッハ Bach, ripieno di Pianoforte》第七回公演

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リサイタル・シリーズ 《ピアノで弾くバッハ Bach, ripieno di Pianoforte》第7回公演
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2014年7月19日(土)15時開演 (14時半開場)
タカギクラヴィア松濤サロン (東京都渋谷区松濤1-26-4 Tel. 03-3770-9611)
最寄駅/JR・東横線・地下鉄「渋谷駅」より徒歩10分、京王井の頭線「神泉駅」より徒歩3分
使用楽器:NYスタインウェイ

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c0050810_9521135.jpg■《おお神よ、慈しみ深き神よ》による様々なパルティータ BWV 767 (1703)
  Partita I - II- III- IV - V- VI - VII - VIII - IX

■カプリッチョ 変ロ長調 《最愛の兄の旅立ちにあたって》 BWV992 (1704)
  I. Arioso - Adagio 兄の旅立ちを引き止めようとする友人たちの甘い言葉 - II. (Andante) 異国で出会うであろう様々な出来事の想像 - III. Adagissimo 友人たちの嘆き - IV. (Andante con moto) 引き止め切れないと知った友人たちがやってきて別れを告げる - V. Aria di Postiglione 郵便馬車の御者のアリア - VI. Fugue 郵便馬車の角笛をまねたフーガ

■トッカータ ハ短調 BWV911 (1710)

■半音階的幻想曲とフーガ ニ短調 BWV 903 (1719)

■二声のインヴェンション BWV 772-786 (1723) [全15曲]
  I.ハ長調 - II.ハ短調 - III.ニ長調 - IV.ニ短調 - V.変ホ長調 - VI.ホ長調 - VII.ホ短調 - VIII.ヘ長調 - IX.ヘ短調 - X.ト長調 - XI.ト短調 - XII.イ長調 - XIII.イ短調 - XIV.変ロ長調 - XV.ロ短調


(休憩15分)


●H.ラッヘンマン《ニ短調インヴェンションBWV 775への第三声》(1723/1986)

■三声のシンフォニア BWV 787-801 (1723) [全15曲]
  I.ハ長調 - II.ハ短調 - III.ニ長調 - IV.ニ短調 - V.変ホ長調 - VI.ホ長調 - VII.ホ短調 - VIII.ヘ長調 - IX.ヘ短調 - X.ト長調 - XI.ト短調 - XII.イ長調 - XIII.イ短調 - XIV.変ロ長調 - XV.ロ短調

■《われらみな一なる神を信ず》によるフゲッタ(小コラール) BWV 681 (1739)

■《天にましますわれらの父よ》(初期稿による小コラール) BWV 683a (1739)

■4つのデュエット BWV 802-805 (1739)
  I.ホ短調 - II.ヘ長調 - III.ト長調 - IV.イ短調
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●お問い合わせ/(株)オカムラ&カンパニー tel 03-6804-7490(10:00~18:00 土日祝休) fax 03-6804-7489 info@okamura-co.com http://okamura-co.com/ja/events/piano-axis/

※タカギクラヴィアに直接チケットを申し込むと、隣接のカフェ(http://www.cafetakagiklavier.com/cafe_f.html)のドリンク券がつきます。

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c0050810_1014090.jpg  もしインターネット掲示板のYahoo知恵袋に古楽部門があったら、もっとも閲覧数を集めるQ&Aは、「バッハをピアノでどう弾くか」、という設問かもしれません。
  現代のピアノは洗練の行き着く先とも言えるし、末生りのカボチャとも言えます。昨日の淵を今日の瀬としていた息子たちに、父バッハが「私とともに歩まぬ者は私に背く者である」(ルカ第11章/マタイ第12章)、と色を作(な)したとは思えません。
  一方、モダンピアノ奏者が古楽器を弾くと、指先から出て来るのは所詮モダンピアノの音であるのも事実です。すなわち、奏者の頭の中で響いている音が指先からこぼれ出すだけなので、最終的にはインターフェースが何であるかは問題ではありません。私は現代作品を手がける者として、作曲様式に対応する演奏様式の取捨選択には、出来る限り敏感でいたいと思っています。恐ろしいことに、それは「聞けばすぐ分かる」ことですから。


c0050810_102128.jpg  昨今、「古楽アプローチ」というと、表現上でのある種のバイアスを意味することが多いようですが、本来は「自分の頭で考えてみよう」、というムーヴメントなはずです。古物営業法違反の疑いで逮捕されるならともかく、実体の無い「正調お古楽」の名取を目指して精進するのも空しい限りです。
  実のところ、モダン奏法と古楽奏法の音楽作りの手立ては80%くらいは重なっています。いわゆる《良い趣味 bon goût》と呼ばれる規範にしても、そもそも実態は同定不能ですし、恐らくモダン奏法内での個性差を大きく超えるものではありません。
  バッハ次男・モーツァルト父・クヴァンツ等の教則本、あるいは類似の指南書を読んで、いきなり実践へ移すのには無理があります。ギーゼキングやコルトーの奏法本を読んだ「だけ」で、ピアノが弾けるようにはならないのと一緒です。取っ掛かりとしては、口頭で目の前でやってもらうのを盗むのが一番早い。幾つかのスタイル(試行例)に慣れたら、あとは自分で自由に開拓してゆけば良いでしょう。

c0050810_9545467.jpg  古楽奏法の最大の長所は、バッハやモーツァルトと一応、「直通電話」がつながることです。彼らが何を喋っているかすぐには理解出来なくても、余計な通訳やら執事やらを介していないだけで、どれだけ無駄な遠回りを省ける事か。楽譜だけを見ていれば良い、と分かると、他人のアドバイス・演奏・録音に頼る気は失せます。楽譜と自分の成長・変化が直接リンクするので、「配られたカード」の優劣にやきもきする事なく、余計な「個性」の演出にも煩わされずに済みます。(その結果がマーケットに乗るかどうかは別問題。)
  すぐ分かる人、少々時間がかかる人、色々ですが、「年を食ってるから手遅れな人」はいません。古楽といえば、作品の成立経緯や使用エディション、調律法といったトピックに興味が集まりがちですけれども、いわゆる修辞学に代表されるtipsは大変便利で、バロック以降のすべての音楽に応用出来ます。かつては入手しにくかった初版ファクシミリも、ここ数年はimslp等で容易に閲覧・ダウンロードできるようになりました。音大で古楽器は必修副科にすべきと思いますが、まだまだ「政治」の敷居は消えていないようです。これも最終的には、学ぶ側のやる気次第です。


  では今、バッハでは現代楽器か古楽器、どちらを選びますか、と問われれば、個人的には、音色の絶対的優越性から後者を採ります。天然鯛を捨てて養殖ティラピアを好む人はいないでしょう。「ピアノとチェンバロ、音色が華やかで美しいのは?」とピアニストに質問したら、100人中100人がピアノと答えるでしょうが、残念ながら、正解はチェンバロです。「チェンバロのほうが音色が美しい」、という直感的な皮膚感覚を得るのに、私は5年ほど要しました。私の耳の悪さのせいか、チェンバロやオルガンに加え、ヴィオラダガンバやバロックリュート等も嗜んだあと、やっとその境地へ到達した次第です。
c0050810_9574627.jpg  さて厄介なことに、クラヴィコード・オルガン・チェンバロでバッハのクラヴィア曲を一通り学んだあとでも、ピアノでバッハを弾けるようになるとは限りません。交差弦の濁った鈍重な響きは、泥酔したデヴィ夫人が入れ歯をはずしてわめいているようなもので、何らかの「翻訳」を余儀なくされます。この翻訳作業は、歴史上存在し得なかった骨折り損に他ならず、それをいきなり押し付けられるピアノ初学者が、バッハ嫌い・ピアノ嫌い、ひいては音楽嫌いになるのも無理はありません。
  不幸にも、現代日本でバッハ演奏に最も使われる楽器がモダンピアノであるのも避けがたい現実ですので、ひとまず「翻訳」手続きについて整理していきしょう。かつてエマヌエル・バッハは、「クラヴィコードが上手く弾ける人はフリューゲル(チェンバロ)もうまいが、その逆は有り得ない(aber nicht umgekehrt.)」、と喝破しました。これに倣って、「《インヴェンション》をチェンバロ・クラヴィコードで公開演奏出来る人は、現代ピアノでも《インヴェンション》を弾ける可能性があるが、その逆は有り得ない」、と、そろそろ言い切っても良いでしょう。すなわち、ピアノで演奏された全てのバッハのディスクは参考にならず、各人が自分自身の正解を見つけ出して行くしかない。《トッカータ集》や《最愛の兄の旅立ちに寄せるカプリッチョ》のような初学者向きとされる作品でも、フレスコバルディ・フローベルガー・ブクステフーデ等の経験なしには、譜面の読み方さえ見当が付かないのでは無いでしょうか。
c0050810_1024074.jpg  言うまでもなく、バッハをピアノで弾くためには、ピアノの演奏技術に習熟しているのが大前提です。ペダル無しでバッハを弾きたい、と思ったときに、ペダル無しでピアノを弾けるテクニックを事前に持ち合わせている必要があります。「ピアノでバッハをどう弾くか」を示そうとして一流の古楽奏者がふにゃふにゃの指でモダンピアノをまさぐり失笑を買うのと同様に、ピアニストがチェンバロを弾いた際、ささくれたタッチと音色に自分で気付くことはありません。耳は指に騙されるのです。


  モダン楽器を使って、モダン奏法と古楽奏法を両立させている演奏家は、いるのでしょうか。
  います。オルガニストです。バッハ解釈で質問があったら、まずはオルガニストに訊くのが確実です。(同じ古楽奏者でも、チェンバリストはこの限りではないので、注意を要します。)残響豊かな聖堂でバッハを演奏するための、さまざまな発音法(打鍵/離鍵)や発話法(アゴーギク)は、オルガン学習ではいまや分かり易くメソッド化されており、「ピアノで弾くバッハ」に重要な指針を与えてくれます。
c0050810_9564158.jpg  へばりつく漆喰を振り払うのはあくまでも音響上のことで、指をばたばた上げ下げする必要はありません。リヒテル的レガート処理、グールド的スタッカート処理はもはや昭和の遺物であり、平成生まれは手を出してはいけません。オルガンを半年も弾いていれば、ダンパーペダルとおさらば出来るでしょう。長い音が重要な音であり、事前にその発声を準備すべし、強弱に頼らないアゴーギク表現は舌で転がして確認すべし、etcという程度の常識も、ピアノ業界では知られていないようです。
  もっとも、オルガンのタッチをそのままピアノの鍵盤に移行すると、音色がかっちんこっちんになる懼れがあります。最終的なタッチと音楽作りは、あくまでクラヴィコードが基本でしょう。《インヴェンション》や《フランス組曲》だけではなく、他のクラヴィア曲も頑張ってクラヴィコードで弾いてみると、ピアノでの「翻訳」作業に多くのヒントを得ることが出来ます。ピアノで弾いてはいけないバッハ作品の最右翼はゴルトベルク変奏曲でしょうが、一度無理矢理に一段クラヴィコードで弾いてみたところ、二段チェンバロだけに拘る必要は無いかも、と思えるようになりました。ポイントは、クラヴィコードをチェンバロ的にぶりぶり鳴らそうとするのではなく、あくまで静謐に、バロック・リュートと同様、自由に沈黙と行き来できる特性を生かす事です。

c0050810_1033682.gif  古楽演奏の要諦である拍節感の確保には、アーティキュレーションもさることながら、少なくとも数字(和声)が変わる瞬間に、バスとトレブルが良い音量バランスで明晰に鳴り響くことがポイントとなります。案外ピアニストがこれを嫌がるのは、メロディを前面に出すためにバスは出来るだけ薄く弾かないと、同業者から上手いと思ってもらえないからです。「ダンパーペダルが無い」「音量が小さい」のもさることながら、「低音域がデカい(高音域が薄い)」のが、ピアニストには耐えられないのかもしれません。
  複音楽でやたらと声部間でカメラをパンしたがるのは、ひとりピアニストだけの宿痾ではなく、オルガンでもリード管によるカントゥス・フィルムス(定旋律)がフルー管による他声部の「ツッコミ」を日陰へ押しやる悪習が残っています。ブーレーズ《第2ソナタ》(1948)序文に於ける、「すべての対位は等しく重要であり、主声部・副次声部の区別は無い」、という注意書きは、この慣行を揶揄したものでしょう。


c0050810_9585198.jpg  現在ピアノで弾かれるバッハ作品は、チェンバロやクラヴィコードの素早く減衰する音色を前提として音符が書かれています。古楽器に比べてピアノの音色は、立ち上がり(attack)がぼんやりしており、減衰(decay)が中途半端に遅く、減衰後の保持(sustain)は長すぎ、余韻(release)は短すぎます。このため、バッハの譜面に書かれている装飾音をピアノで「素敵に」響かせるのは、極めて困難です。もったいない限りですが、しばしば割愛を余儀なくされます。せめて音数を慎重に限定し、トラヴェルソやリュートのようにあどけない優雅さをもって添える程度にしないと、鍵盤に指をギュッと押し付けるやいなや、トリルが電気的に加速、音量までデカくなる悪循環に陥りがちです。ピアニストによる校訂譜などで、装飾記号をわざわざ32分音符などで書き直してありますが、勿論あれはガイドに過ぎず、真に受けてはいけません。モダン楽器でも、例えばトランペットやオーボエなどは適切な奏法で装飾を行っているのに対し、ピアノ・ヴァイオリン・フルートなどはしばしば2音の間を痙攣しているだけです。


c0050810_104924.jpg  大バッハ(あるいはフーガ等の楽式)に対して「身構えて」しまうのは、古楽奏者もモダン奏者も違いはありません。次男のファンタジアでは自由奔放に振舞っていたチェンバリストが、父バッハの平均律でがちがちに固まってしまう例は何度も見かけました。我々は日本人ですから、硬直したアーリア・モデルを恭しく踏襲する義理はありません。身の丈を忘れて高踏的に吟じ晦渋さを装えば、大作曲家への尊崇を表したことになるのでしょうか。ト短調シンフォニアやハ短調トッカータ(のアダージョ部)で、「だって涙が出ちゃう・・・」瞳を潤ませてみせるのも、あの精緻な対位法の綾取りにはふさわしくありません。
  そもそもバッハは、「聞けば分かる」ように明解に音符を書いています。例えばフーガ。声と声との雄弁な掛け合いによって、聴く者の中に何かを感応させる、という点では、つづまるところ漫才と一緒です。上岡龍太郎氏によると、「本当に面白い漫才は、1つのコンビに1本が普通、3本で一流。どんなに多くても5本が限度」。松本人志氏によると、「コントは30分でも思いつくが、本当に面白い漫才はどうやっても1ヶ月はかかる」そうです。バッハは、この作り込まれ練り上げられた「本当に面白い話芸」の台本を、次から次に書けた人でした。
  各曲の最初に出て来る旋律は「主題」と呼ばれ、これが漫才のボケにあたります。主題は、形を変えて何度も繰り返されます。世間に対して主題(ボケ)を分かりやすく解(ほぐ)すのが、対句(ツッコミ)です。逆に言うと、ツッコミを観察することによって、ボケに何を言わせたかったかを推定出来ます。フーガとは、面白い発想の話題に基づいて数人が雑談している光景です。声と声が「会話」をしている部分と、その間にある「ト書き」「余談(くすぐり)」部分の境目がはっきりしていなかったり、二人の声で一人、あるいは一人で二人の声を思わせる動きなどは、落語と一緒です。地味なお題(ボケ)の形を少しずつ変えながら、次から次へとネタを広げていくのは、まるで大喜利(おおぎり)(笑点)です。


c0050810_101633.jpg  拙ブログでは、大抵のトピックスについては延々と文字化作業を続けて参りましたが、例えば上記の「素敵な」「あどけない」装飾例など、チェンバロで目の前でやってみるに及(し)くはありません。個人レッスンも随時行っておりますので、ご興味の向きはメールフォームからお問い合わせ下さい。



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【2012年度(終了)】
2012年4月21日(土)平均律クラヴィア曲集第1巻(全24曲)
2012年7月28日(土)平均律クラヴィア曲集第2巻(全24曲)
2012年11月3日(土)シュトックハウゼン:自然の持続時間(全24曲)
【2013年度(終了)】
2013年4月20日(土)15時 パルティータ全6曲
2013年7月27日(土)15時 ゴルトベルク変奏曲、フランス序曲、イタリア協奏曲
2014年1月25日(土)15時 イギリス組曲全6曲
【2014年度】
2014月4月19日(土) フランス組曲(全6曲) (終了)
2014月7月19日(土) インヴェンションとシンフォニア(全曲)、最愛の兄へのカプリッチョ、半音階的幻想曲とフーガ、4つのデュエット他
2015年1月17日(土) フーガの技法(全曲)&音楽の捧げ物

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【予告】 《ピアノで弾くバッハ Bach, ripieno di Pianoforte》最終公演
2015年1月17日(土)15時開演  タカギクラヴィア松濤サロン
使用楽器:NYスタインウェイ

c0050810_22172280.png●J.S.バッハ:《音楽の捧げ物》BWV1079より
  《三声のリチェルカーレ》+《六声のリチェルカーレ》、《王の主題によるカノン的労作》~無窮カノン - 二声のカノン〈求めよ、さらば与えられん〉 - 四声のためのカノン - 二声の蟹行カノン - 二声の反行カノン - 二声の拡大・反行カノン〈音価が増す如く王の幸いもいや増さんことを〉 - 二声の螺旋カノン - 二声の同度カノン - 上五度のカノン的フーガ
●J.S.バッハ:《フーガの技法》BWV 1080 (全曲)
  コントラープンクトゥス・プリームス(対位第一) - コントラープンクトゥス・セクンドゥス(対位第二) - コントラープンクトゥス・テルティウス(対位第三) - コントラープンクトゥス・クァールトゥス(対位第四) - コントラープンクトゥス・クィーントゥス(対位第五) - コントラープンクトゥス・セクゥストゥス ア・クヮットロ イン・スティーロ・フランチェーゼ(対位第六、四声、フランス風) - コントラープンクトゥス・セプティムス ア・クヮットロ ペル・アウグメンターティオーネム・エト・ディーミヌーティオーネム(対位第七、四声、拡大と縮小による) - コントラープンクトゥス・オクターウス ア・トレ(対位第八、三声) - コントラープンクトゥス・ノーヌス ア・クヮットロ アッラ・デゥオデキマ(対位第九、四声、12度による) - コントラープンクトゥス・デキムス ア・クヮットロ アッラ・デキマ(対位第十、四声、10度による) - コントラープンクトゥス・ウンデキムス ア・クヮットロ(対位第十一、四声) - コントラープンクトゥス・インウェルスス・ドゥオデキムス ア・クヮットロ フォールマ・インウェルサ(転回対位第十二、四声、倒立形) ―フォールマ・レクタ(同、正立形) - コントラープンクトゥス・インウェルスス ア・トレ フォールマ・レクタ(転回対位、三声、正立形) ―フォールマ・インウェルサ(同、倒立形) - カノーネ・ペル・アウグメンターティオーネム・イン・コントラーリオー・モートゥー(拡大反行のカノン) - カノーネ・アッラ・オッターヴァ(8度のカノン) - カノーネ・アッラ・デキマ イン・コントラプント・アッラ・テルツァ(10度のカノン、3度の対位による) - カノーネ・アッラ・デゥオデキマ イン・コントラプント・アッラ・クィンタ(12度のカノン、5度の対位による) - フガ・ア・トレ・ソッジェッティ(三主題のフーガ) - コラール前奏曲《われ汝の御座の前に進み出で》
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by ooi_piano | 2014-07-17 09:37 | クラヴィコード様への五体投地 | Comments(0)

7/15(火)& 16(水) フォーレ:ピアノ五重奏曲(全2曲)

感想集 http://togetter.com/li/693927

c0050810_611416.jpg2014年7月15日(火)& 16日(水) 20時 (開場19時半)
カフェ・モンタージュ(京都) http://www.cafe-montage.com/prg/14071516.html (地下鉄「丸太町」徒歩5分)

■G.フォーレ:ピアノ五重奏曲 第1 番 ニ短調 作品89 (1895)
  I. Molto moderato
  II. Adagio
  III. Allegretto moderato

■G.フォーレ:ピアノ五重奏曲 第2 番 ハ短調 作品115(1921)
  I.Allegro moderato
  II.Allegro vivo
  III.Andante moderato
  IV.Allegro molto

ヴァイオリン:長原幸太 ヴァイオリン:佐久間聡一
ヴィオラ:中島悦子 チェロ:上森祥平
ピアノ:大井浩明

〔お問い合わせ〕 カフェ・モンタージュ 075-744-1070 montagekyoto[at]gmail.com 
〔予約フォーム〕 http://www.cafe-montage.com/mail/mail.html
入場料:2000円(全自由席) ※各公演終了後にワイン付レセプションあり(無料)


※14日(月)夜のリハーサル・カフェは祇園祭の宵々々山、15日(火)は宵々山、16日(水)は宵山です。混雑に御注意下さい。


c0050810_1321658.jpg長原幸太
1981年広島県呉市生まれ。東京芸大、ジュリアード音楽院に学ぶ。1998年日本音楽コンクール最年少優勝。小澤征爾、故・岩城宏之、秋山和慶、ゲルハルト・ボッセ等と共演。2007年大阪市「咲くやこの花賞」、2011年新日鉄音楽賞フレッシュアーティスト賞受賞。2004年から2012年まで大阪フィル・コンサートマスター。2014年秋より読売日本交響楽団コンサートマスター就任予定。

佐久間聡一
1982年生まれ。4歳からヴァイオリンを学ぶ。桐朋学園大で藤原浜雄、ミュンスターでHelge Slaatto、ハノーファーでUlf Schneiderに師事。桐朋学園オーケストラコンサートマスター、新日フィル契約団員、大阪フィル首席奏者等を歴任。2014年4月より広島交響楽団コンサートマスター。使用楽器は1703年Carlo Giuseppe TESTORE。

中島悦子 
京都市立芸大卒業、東京芸大大学院修士課程修了。ウィーン国立音大留学。オーストリア・シュタイヤー国際音楽祭、木曽音楽祭、別府アルゲリッチ音楽祭等に出演。オーギュスタン・デュメイ、前橋汀子、ゲヴァントハウスカルテット、ヘンシェルカルテット等と共演。現在、関西フィル特別契約首席奏者、ならびに神戸市室内合奏団団員。京都市立芸大、大阪音大非常勤講師。

上森祥平
東京藝大在学中に日本音楽コンクール優勝、併せて「松下賞」受賞。ベルリン芸大にてヴォルファング・ベッチャーに師事。2008年よりJ.S.バッハ無伴奏チェロ組曲全曲演奏会(朝日新聞社主催・浜離宮朝日ホール)を毎年開催。東京交響楽団、東京シティ・フィル、京都市響、大阪フィル、大阪交響楽団等と共演。京都府文化賞奨励賞受賞、京都市芸術文化特別奨励者。
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by ooi_piano | 2014-07-14 22:34 | Chiersance2014 | Comments(1)

7/13(日)ミュライユ公演 野々村禎彦氏寄稿「スペクトル派約説」

大井浩明リサイタル・シリーズ《時を得たメシアン Meantime Messiaen》
山村サロン(JR芦屋駅前)
2014年7月13日(日)午後6時


c0050810_952734.gif第2回公演 トリスタン・ミュライユ全ピアノ作品

●ミュライユ(1947- ):《夢によって吊るされ磨かれた片眼のように》(1967、日本初演)  約6分

●同:《河口》(1971/72)  約10分
  第1曲「河岸で」 - 第2曲「汽水域で」

●同:《忘却の領土》(1977)   約30分

(休憩 15分)

●ミュライユ:《告別の鐘と微笑み~O.メシアンの追憶に》(1992)  約3分

●同:《マンドラゴラ》(1993)  約10分

●同:《仕事と日々》(2002)  約30分
  I. - II. - III. - IV. - V. - VI. - VII. - VIII. - IX.

(※プログラムの一部に変更が御座います。)


c0050810_9524591.gifトリスタン・ミュライユは、1947年3月11日、仏ル・アーヴル生まれ。1966年、スコラ・カントルムのオンド・マルトノ・クラスに入学し、ジャンヌ・ロリオに師事。その演奏を聴いたメシアンから、作曲クラスの試験を受けることを勧められる。翌年、パリ国立高等音楽院作曲科に入学。1969/70年度は同音楽院オンドマルトノ科(モーリス・マルトノが教えた最終年度)にて第2メダルを、翌70/71年度はジャンヌ・ロリオが着任したクラスで第1メダルを獲得。1971年に作曲科を一等賞で卒業すると同時に、メディチ荘賞(旧・ローマ大賞)を受賞。クセナキス、シェルシ、そして何よりリゲティに私淑していた。音楽と並行して、フランス国立東洋言語文化研究所にて古典アラブ語および北アフリカ系アラブ語を、パリ政治学院にて経済科学も専攻する。1973年、ミカエル・レヴィナス、ロジェ・テシエと共に音楽家集団《旅程(イティネレール)》を設立。1980年よりIRCAM(フランス国立音響音楽研究所)にて研究を始め、1991年~97年は作曲を教えると同時に作曲援用プログラム《Patchwork》の開発にも従事。1997年~2011年、米コロンビア大学音楽学部教授。主な作品に、《大陸移動》(1973)、《マゼランの雲》(1973)、《記憶/侵食》(1975/76)、《ゴンドワナ》(1980)、《崩壊》(1982/83)、《セレンディブ》(1991/92) 、《流体力学》(1990/91)、《水の分断》(1995)、《冬の断章》(2000)、《都市伝説》(2006)、《残酷物語》(2007)、《七つの言葉》(2010)、ピアノ協奏曲《世界の幻滅》(2012)等。


《夢によって吊るされ磨かれた片眼のように》(1967)
1967年パリ音楽院入学試験のために作曲。36年後の2003年に出版、同年3月11日にニューヨーク・ミラー劇場でマリリン・ノンケンにより初演。タイトルは作曲者の父である詩人、ジェラール・ミュライユ(1925-2010)の詩の一節から採られた。

《河口》(1971/72) ~第1曲「河岸で」 - 第2曲「汽水域で」
1972年出版、1974年5月15日ラジオ・フランスの生放送でマリー=セシル・ミランにより初演。セリエリズムの美学の元に、形容しがたい不定形・不確定さを描こうとした過渡的な試みであり、20世紀の作曲家よりはむしろフランツ・リストの書法に影響されたと云う。

《忘却の領土》(1977)
1977年出版、1978年5月22日ローマの楽友協会(アカデミア・フィラルモニカ)にて、ミカエル・レヴィナスにより献呈初演。ピアノを打楽器ではなく、「共鳴による残響ならびにハンマーの直接のアクションにより振動する弦の集合体」として扱うため、打鍵音は連続体の中に点滅する瘢痕に過ぎず、作品の主眼はあくまで共鳴する響きの変遷にある。《その響きは連続した「領土」を描き、それらは消滅する周波数という「忘却」によって縁どられる》。

c0050810_953367.gif《告別の鐘と微笑み~O.メシアンの追憶に》(1992)
1992年4月27日に死去した師メシアンを偲び、ドイチュラント放送(旧ベルリンRIAS)の委嘱によりムジークテクステ誌のメシアン追悼号のために作曲。同年6月出版、7月14日ヴィレヌーヴ・レ・ザヴィニョンにてドミニク・ミーにより初演。作曲者が愛用してきた鐘の響きが、メシアン晩年作品に現れる微笑むような階調に応答された後、メシアンが早世した母を悼んだ前奏曲《苦悩の鐘と告別の涙》の引用で締め括られる。

《マンドラゴラ》(1993)
矢沢朋子とフランス文化省の共同委嘱、1993年出版、同年11月27日東京文化会館で初演。マンドラゴラは中世に魔術・錬金術で用いられた不老不死の薬効を持つ植物で、ホムンクルス(人造人間)の形をした根茎を持つ。罪人が吊るされた絞首台の下に芽吹き、月が満ちた真夜中に摘み取らなければならない。曲はラヴェル《絞首台》を下敷きにしている。漫画「のだめカンタービレ」でパリ留学中の主人公が練習したことで有名になった。

《仕事と日々》(2002)
ハーバード大学・フロム音楽財団の委嘱、2002年出版、2003年3月11日ニューヨーク・ミラー劇場にてマリリン・ノンケンにより初演。タイトルは、紀元前7世紀のギリシアの吟遊詩人、ヘシオドスの詩篇による。細部で関与し合う9つの断章から成る。《忘却の領土》にも現れたB-Cの9度音程のトレモロを中心に展開されるが、この共鳴を支える低音Fは最後まで登場せず、その結果、あたかも微分音調律を施されたような特殊な効果が発生する。


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メシアンと「スペクトル楽派」について(ミュライユを中心に) ―― 野々村 禎彦

c0050810_9542571.gif メシアンは、作曲家であるとともに音楽教師でもある。周知の通り、創作のみで生計を立てられる作曲家は現代では極めて稀であり、多くの作曲家は音楽学校の教師を生業としているわけだが、なかでもメシアンは破格の存在だった。作曲家としてのメシアンの同世代には松平頼則(1907-2001) やカーター(1908-2012)、少し上にはダラピッコラ(1904-75) やペトラッシ(1904-2003)、少し下にはケージ(1912-92) やナンカロウ(1912-97) がおり、綺羅星の中のひとつとも言えるが、優れた弟子を輩出したという点で彼に並ぶ教師は見当たらない。人数ではナディア・ブーランジェも凄いが、弟子たちの音楽史的な重要性では彼には及ばない。

 まず、戦後前衛第一世代を代表するクセナキス(1922-2001)、ブーレーズ(1925-)、シュトックハウゼン(1928-2007) という、作風も音楽性も全く異なる3人を育てただけで尋常ではない。毒舌とともに秀才ぶりでも知られたブーレーズや、当時の流行書法だった全面的セリー技法を採用し、同じ道の先を行くブーレーズからも指導を受けたシュトックハウゼンはまだしも、他の教師たちから嘲笑され見放された劣等生クセナキスに「君は数学を知っている、なぜそれを作曲に応用しないのか?」と的確に助言し、20世紀でも有数の作曲家に引き上げたのは教師の鑑。この世代の全面的セリー技法の使い手として、ブーレーズ以外にフランスで特筆すべきジョラス(1926-) とバラケ(1928-73)、ミュジック・コンクレートの代名詞アンリ(1927-) と異端の鬼才フェラーリ(1929-2005)、彼らの次世代フランスを代表するマーシュ(1935-)、アミ(1936-)、メファーノ(1937-) もみなメシアンに学んだ。マーシュとアミはサントリーホール国際作曲委嘱シリーズでも取り上げられ、メファーノはアンサンブル2e2mを創設した指揮者としても名高い。

c0050810_955625.gif メシアン門下生の系譜はさらに続き、ポスト戦後前衛世代になると今回取り上げる「スペクトル楽派」の作曲家たちジェラール・グリゼー(1946-98)、トリスタン・ミュライユ(1947-)、ミカエル・レヴィナス(1949-) が登場する。ブーレーズらの世代では、メシアンは和声や分析を教える若手改革派であり、ブーランジェやミヨーら大御所教授陣を尻目に彼のクラスに入り浸った作曲家たちにとっては、「革命の同志の兄貴」だった。その輪に溶け込めなかったアンリやフェラーリは、彼らを見返すべく新しい潮流に身を投じ、また期待が失望に変わるとブーレーズのように「売春宿の音楽」と批判に転じることになる。戦後前衛第二世代になると歳の差は親子ほどに広がり、彼の作曲界での評価も高まって、「普通の師弟関係」になる。しかし、ミュライユらの世代になると、彼は教授陣でも古株になり始め、作曲界での地位の確立とともに戦後前衛との距離も明白になって、「時代から超然とした老大家」という位置に変化している。あえてそのような作曲家に師事するのは作風に惚れ込んでいるからであり、今度は師の影響からいかに抜け出すかが大きな課題になる。

 1971年にはミュライユ、1972年にはグリゼーがローマ賞(正確にはパリ五月革命で廃止され、メディチ荘留学制度として実質的に復活したもの)を受賞し、2年間のローマ留学の間に現代音楽史の特異点と言えるシェルシ(1905-88) の音楽に出会ったことが、ふたりが師の影から羽ばたく契機になった。ひとつの音を果てしなく繰り返し、倍音構造に没入する即興演奏から素材を得るのがシェルシの「作曲」の特徴だが、師メシアンと同じく反復と音色探求を基調に、東洋趣味の強さまで共通していても、師とは似ても似つかない異様な音楽が生まれることは啓示だった。方法論さえ徹底すれば、感性まで取り替える必要はないはずだ。シェルシの即興をスペクトル分析や音響合成などの科学的アプローチに置き換え、リゲティ、シュトックハウゼン、クセナキスら「分析可能」な先人の書法を参照して「スペクトル楽派」の音楽は生まれた。ブレイクスルーにはシェルシの強烈な音楽が欠かせなかったが、「分析不可能」なので深入りはしない、という姿勢も優等生らしい。実際、楽派確立後の1975年にローマ賞を得たレヴィナスは、もはやシェルシのもとを訪れてはいない。

c0050810_9555622.gif 楽派成立当時の現代音楽の主流とは相当に隔たった音楽であり、スペクトル分析結果を加算合成で再現するためには自然倍音列に基づいた微分音調律も必要になるため、通常の現代音楽アンサンブルは彼らの音楽をなかなか取り上げなかった。そこで彼らは1973年に「アンサンブル・イティネレール」を自ら結成した。アンサンブル設立に関わり、今日でも広く知られているのは上記3人とユグ・デュフール(1943-) であり、彼らがスペクトル楽派の第一世代にあたる。ミュライユの父は詩人、レヴィナスの父はかの哲学者エマニュエル・レヴィナスであり、フランス知識層の人文学的伝統を受け継いでいるのもこの楽派の特徴だ。その中で、やや年長で哲学者でもあるデュフールが、楽派のスポークスマン的役割を担ったのは必然だった。「スペクトル楽派」という呼称も、デュフールが1979年の論文で使い始めたとされる。ただし、楽派の作曲家たちは、この呼称をあまり好んではいない。スペクトル分析の器楽曲への応用は、楽派結成当時でももはや目新しいアプローチではなく(彼らが《涅槃交響曲》(1957-58) など黛敏郎の先駆的作品を知っていたとは思えないが、チャウニングやリセのコンピュータ音楽草創期の試みは意識していたはずだ)、音響合成から視覚的要素の導入まで広がる、楽派の幅広い関心が矮小化されかねない。特にミュライユは、リアルタイム音響合成ソフトウェア「パッチワーク」の開発にも携わった技術者肌の職人なので、この呼称を忌み嫌った。彼の電子音楽へのスタンスは、「我々の世代はシェフェール(1910-95、ミュジック・コンクレートの創始者) よりもピンク・フロイドに多くを負っている」というものだけになおさら。

 また、アンサンブル・イティネレールを自ら創設するところからも想像される通り、作曲家=演奏家が少なくないのもこの楽派の特徴である。《忘却の領土》を初演したレヴィナスは、自作や楽派の作品のみならず、古典から現代まで幅広いレペートリーを持ち、フルタイムで活動するピアニストである。ミュライユも、ジャンヌ・ロリオの次世代を代表するオンド・マルトノ奏者であり、この楽器のための作品も多い。メシアン《トゥーランガリーラ交響曲》の録音を眺めると、まずロリオ姉妹、次いでピアノが当時の若手(最初のメシアンコンクールの入賞者たち)に代わり、ラトルやサロネンの世代になるとオンド・マルトノもミュライユに代わっている。野平一郎(1953-) は、スペクトル楽派第二世代を代表する作曲家のひとりであり、日本人では最初の楽派のメンバーとして、パリ音楽院留学中の1981年にピアニストとしてアンサンブル・イティネレールに入団している。楽派第一世代はメシアン周辺のフランスの作曲家のみだが、第二世代になるとフランスのユレル(1955-)、ルルー(1959-)、ダルバヴィ(1961-) らに加え、イタリアのフェデーレ(1953-)、カスタニョーリ(1958-)、ストロッパ(1959-)、ロミテッリ(1963-2004) ら、フィンランドのサーリアホ(1952-) やリンドベルイ(1958-)、オーストリアのハース(1953-)、スイスのジャレル(1958-)、英国のベンジャミン(1960-)、日本の野平や田中カレン(1961-) と、一挙に国際化した。楽派の研究活動が、ブーレーズが創設した音響・音楽研究所IRCAMのプログラムになったことが変化の大きな要因である。

c0050810_9562473.gif ここまで表・スペクトル楽派の歴史を眺めてきたが、その第一世代の同世代には、裏・スペクトル楽派と呼ぶべき作曲家たちも活躍し、この潮流をさらに豊かなものにした。まずは、ルーマニア出身のラドゥレスク(1942-2008) とドミトレスク(1944-)。ルーマニア民族音楽やビザンチン宗教音楽の倍音唱法をバックグラウンドに持ち、ラドゥレスクの場合は自然倍音列上の倍音唱法で構成されたシュトックハウゼン《シュティムンク》(1968) との出会い、ドミトレスクの場合はシェルシの音楽との出会いが決定的な契機となり、倍音構造に着目した作曲を始めた。表楽派は自然倍音列の比較的低次をアルペジオに開き、フランスの伝統に則した透明な書法を採るが、ふたりは自然倍音列のはるか高次にあたる、不均等調律された微分音がうごめく異様な音楽に辿り着いた。ラドゥレスクは70年代初頭にメシアンに師事して知遇を得、80年代初頭にはIRCAMのクラスに参加するなど、表楽派に近いところで活動して自らの音楽を広めようとしたが、ドミトレスクは表楽派初期のDIY精神を専ら参照し、1976年にはハイペリオン・アンサンブルを結成して独自路線を邁進した(結局、ラドゥレスクも1983年にルチェロ・アンサンブルを結成して同じ道に踏み込んだ)。ドミトレスクの慧眼はCDも自主制作し、実験的ポピュラー音楽のネットワークに乗せて頒布したことで、現代音楽業界よりもノイズ・ミュージック界隈で強く支持され、20枚を超えるCDで全貌を把握できる。

 もうひとつは、ケルンのフィードバック・スタジオを拠点とする作曲家たち。創設者のフリッチュ(1941-2010、ドイツ)は、シュトックハウゼンの即興性の強い作品を演奏する通称ケルン・アンサンブルに草創期からエレクトロニクス奏者として参加し、共同創設者のD.C.ジョンソン(1940-、米国) とゲールハール(1943-、米国) もシュトックハウゼンの助手を経てアンサンブルに参加した。《マントラ》(1970) 以降、シュトックハウゼンの関心の中心が緻密な作曲に回帰したことを受け、エレクトロニクス即興の伝統を守るために彼らはこのスタジオを始めた。アナログ回路による即興で用いられる音響効果は倍音構造のコントロールに他ならず、探求の方向はスペクトル楽派におのずと近づく。マイグアシュカ(1938-、エクアドル) やバーロウ(1945-、インド) ら即興時代のシュトックハウゼンに導かれて集まった作曲家たちは出身国も幅広い。またハーヴェイ(1939-2012、英国) やヴィヴィエ(1948-83、カナダ) がしばしばスペクトル楽派の作曲家として扱われるのは、エレクトロニクス即興への関心や1970年前後にシュトックハウゼンに師事した経歴など、フィードバック・グループとの関連に由来している。表楽派の歴史でシュトックハウゼンの名前が挙がるのは、《グルッペン》《カレ》など「空間音楽」のオーケストレーションを通じてだが、裏楽派におけるシュトックハウゼンは、表楽派でのシェルシ以上に本質的な位置を占めている。

c0050810_9575641.jpg 日本人では夏田昌和(1968-)、望月京(1969-) らが参加した、スペクトル楽派のその後を詳述する余裕はないが、ミュライユのその後は簡単にまとめておく。《忘却の領土》《夕暮れの13の諧調》(1978) で彼はひとつの頂点に達し、《崩壊》(1982-83) 以降は情報理論を積極的に取り入れて構造や推移の複雑化を図ったが、全盛期の瑞々しい音世界が無味乾燥な机上の空論に浸食されてゆく様子は痛々しい。そんな彼の転機になったのが、1997年に米国のコロンビア大学に移ったことだった。フェルドマンとケージが相次いで世を去り、新自由主義が広がる中で米国実験主義の基盤は急速に失われていったが、その荒野にはヨーロッパ前衛音楽への関心が静かに広がっていった。ポスト戦後前衛の二大潮流、「新しい複雑性」とスペクトル楽派を代表するファーニホウとミュライユは、米国に落ち着いてかつての輝きを取り戻した。ミュライユの場合、グリゼー追悼音楽《冬の断章》(2000) あたりが分水嶺となり、《仕事と日々》の充実は第二のピークと呼べるだろう。
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by ooi_piano | 2014-07-11 09:36 | Chiersance2014 | Comments(0)