Blog | Hiroaki Ooi


9/20(水) 現代日本人作品2台ピアノ傑作選
by ooi_piano
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4/3(金) フォーレ:歌曲集《幻想の水平線》《蜃気楼》他

まとめ http://togetter.com/li/761909

@カフェ・モンタージュ(京都) (地下鉄「丸太町」徒歩5分)
http://www.cafe-montage.com/prg/150403.html
〔お問い合わせ〕 カフェ・モンタージュ 075-744-1070 montagekyoto[at]gmail.com 
〔予約フォーム〕 http://www.cafe-montage.com/mail/mail.html
入場料:2000円(全自由席) ※公演終了後にワイン付レセプションあり(無料)
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2015年4月3日(金)午後8時開演(午後7時半開場)
《ガブリエル・フォーレ Gabriel Fauré (1845-1924):歌曲撰集》

鎌田直純(バリトン) Naoyoshi KAMATA, artiste lyrique
大井浩明(ピアノ) Hiroaki OOI, accompagnateur

●リディア Lydia Op.4-2 (1870)
●月の光 Clair de lune Op.46-2 (1887)
●ひそやかに En sourdine Op.58-2 (1891)

◇夜想曲第6番変ニ長調 Op.63 (1894) 〔ピアノ独奏〕

●消え去らぬ香り Le Parfum impérissable Op.76-1 (1897)
●アルペジオ Arpège Op.76-2 (1897)
蜃気楼(ミラージュ) Mirages, Op.113 (1919)  ~水の上の白鳥 / 水の中の影 / 夜の庭 /踊り子
Cygne sur l'eau / Reflets dans l'eau / Jardin nocturne / Danseuse

◇夜想曲第13番ロ短調 Op.119 (1921) 〔ピアノ独奏〕

幻想の水平線 L'horizon chimérique Op.118 (1921) ~海は果てしなく / 私は乗った / ディアーヌよ、セレネよ / 船たちよ、お前たちへの愛は・・
La mer est infinie / Je me suis embarqué / Diane, Séléné / Vaisseaux, nous vous aurons aimés


c0050810_16551265.jpg鎌田直純(バリトン) Naoyoshi KAMATA
  東京藝術大学卒業、同大学院修了、畑中良輔、中村浩子の各氏に師事。大学院在学中の82年、歌劇『ぺレアスとメリザンド』(クロード・ドビュッシー)のペレアス役に抜擢される。同年渡欧。パリ・エコール・ノルマル音楽院首席修了。カミーユ・モラーヌに師事、またスイスのバーゼル・スコラ・カントルムにおいてルネ・ヤーコプスに師事し古楽唱法を学ぶ。第21回フランシスコ・ヴィニャス国際コンクール(バルセロナ)などに入賞、プレーヌ・アトランティック国際声楽コンクール1位。パリを中心に演奏活動をする。92年に帰国後、東京オペラ・プロデュース公演の歌劇『ロミオとジュリエット』(シャルル・グノー)、二期会公演の歌劇『ホフマン物語』(ジャック・オッフェンバック)など多数の舞台に出演。とくに新国立小劇場における若杉弘指揮による東京室内歌劇場公演の典礼劇『魂と肉体の劇』(エミリオ・デ・カヴァリエーリ)への主演は好評を博した。ジャン・フルネ指揮による東京都響の定期演奏会『ぺレアスとメリサンド』のぺレアス、『レクイエム』(ガブリエル・フォーレ)のCDでバリトン・ソロを歌う。フランス歌曲を中心に、オペラ、宗教曲、新作の初演など幅広い活動をしている。2012年には京都フランス歌曲協会公演、沢則行による人形とのコラボレーションによる『ペレアスとメリザンド』(抜粋)に主演。二期会、日本フォーレ協会、日本セヴラック協会、コンセールC会員。東京藝術大学、桐朋学園大学、国立音楽大学、相愛大学等の講師、和歌山大学教授を経て、現在、東京学芸大学教授。




───────────────────
cf.
G.フォーレ:全ヴァイオリン作品 [2013.11.2]
G.フォーレ:ピアノ五重奏曲(全2曲)  [2014.7.15]
G.フォーレ:全チェロ作品  [2014.12.23]
F.クープラン:《王宮のコンセール集》(全4曲)  [2012.6.20]
J.P.ラモー:《コンセールによるクラヴサン曲集》(全5曲)  [2013.2.2]
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by ooi_piano | 2015-02-22 16:57 | Chiersance2014 | Comments(0)

4/1(水) 《不屈の民》変奏曲(TPUWNBD!)+《毛沢東詞三首》

感想集 http://togetter.com/li/809882
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@カフェ・モンタージュ(京都) (地下鉄「丸太町」徒歩5分)
〔お問い合わせ〕 カフェ・モンタージュ 075-744-1070 montagekyoto[at]gmail.com 
〔予約フォーム〕 http://www.cafe-montage.com/mail/mail.html
入場料:2000円(全自由席) ※公演終了後にワイン付レセプションあり(無料)

2015年4月1日(水)午後8時開演(午後7時半開場)

大井浩明(ピアノ) Hiroaki OOI, piano

c0050810_3412812.png●フレデリック・ジェフスキー(1938- )《「不屈の民」変奏曲》(チリの抵抗歌 "人民連合党は絶対負けない!" による36の変奏)(1975)
 Frederic Rzewski: "The People United Will Never Be Defeated!" (36 Variations on ¡El pueblo unido, jamás será vencido! / "TPUWNBD!")
●高橋悠治(1938- ):《毛沢東詞三首》(1975) 〔大柏地 1933年夏 - 梅をうたう 1962年12月 - 郭沫若同志にこたえる 1963年1月9日〕
 Yuji Takahashi : Three poems of Mao Tse-Tung [ Tapoti / Ode to the Plum Tree / Reply to Comrade Kuo Mo-Jo ]


《・・・西洋音楽の作曲技術や、そのほかの高度の成果は、革命的プロレタリア反帝国主義文化の出現とともに消滅したり、そのような文化のすでに存在している形式にただとりかえられるようなものではない。反対に、革命文化がすでに数多くの想像力にみちたやり方で示したように、西洋音楽の要素が伝統的な大衆的な素材と組み合わされて革命的な文脈の中で革新的な形式を生産したとすれば、西洋音楽の最も進歩した領域でも、クラシック音楽で訓練された作曲家には馴染みの洗練された手法で大衆的なスタイルの要素を同化する能力を持つに至ると考えられる。ただし、一方が他方を支配するのではなく、他方の言語の真正で自然な延長として機能するようなやり方でなければならない。こうして未来の世界革命音楽の基盤が作られる。・・・》(フレデリック・ジェフスキー「私有か集団か? Private or Collective?」(1974))

《・・・私は「不屈の民」変奏曲は1970年代に日本全国で弾いた。通常のコンサートのみならず、労働者や政治活動家のために、ときには原曲の朗読や歌と組み合わせた。私は全音楽譜出版社から公刊を手配したが、これは後日禍根を残すこととなった。当時レコーディングもした。我々は毛沢東主義者であり、少なくとも急進派左翼のたぐいであった。(・・・)1960年代には私はヨーロッパで、クセナキス・ブーレーズ・メシアン・ケージを弾く極めて少数のピアニストの一人だった。(・・・)今は他の人々が取ってかわった。私は自分をパイオニアだと考えている。毛沢東が詩《詠梅》で言うように、「美しくも、春を争わず/ただその訪れを告げる/山に花咲き誇るときは/その中で微笑む」。》(高橋悠治、2003年

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Salvador Dalí: Alucinación parcial. Seis apariciones de Lenin sobre un piano de cola (1931)




¡El pueblo unido, jamás será vencido! (人民連合党は絶対負けない!/不屈の民)
詩:セルヒオ・オルテガ (1969)

c0050810_3423077.jpgDe pie, cantar que vamos a triunfar
avanzan ya banderas de unidad
y tu vendras marchando junto a mi,
y asi veras
tu canto y tu bandera florecer,
la luz de un rojo amanecer
anuncia ya la vida que vendra.

De pie, luchar el pueblo va a triunfar
sera mejor la vida que vendra
a conquister nuestra felicidad
y en un clamor
mil voces ed combate se alzaran
diran cancio de libertad
con decision la patria vencera.

Y ahora el pueblo que se alza en la lucha
con voz de gigante
gritando adelante

(lara lara lara lara lara)
¡El Pueblo Unido Jamás Será Vencido!



c0050810_3441971.jpg立て、歌え、我々は勝つ
連合党の旗はいま翻る
ともに行進しよう
君の歌と旗が花開くのを見よ
い暁の光が来るべき世界を告げる

立ち上がれ、戦え、民衆は勝つ
世の中は良くなる
幸福を勝ち取れ
闘う大勢の喚声が湧き起こり
自由の歌をうたう
決然として祖国は勝つ

そして今人民は戦いに立ち上がる
巨人の声で叫ぶ: 前進だ!

(ララララララララ~)
人民連合党は絶対負けない!
人民連合党は絶対負けない!



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c0050810_3452222.jpgBandiera Rossa (赤旗/進め人民)
歌詞:カルロ・トゥッズィ

Avanti o popolo, alla riscossa,Bandiera rossa, Bandiera rossa.
Avanti o popolo, alla riscossa,Bandiera rossa trionferà.
Bandiera rossa la trionferà
Bandiera rossa la trionferà
Bandiera rossa la trionferà
Evviva il comunismo e la libertà.


進め人民、奪還せよ
赤い旗 赤い旗
進め人民、奪還せよ
赤い旗は勝つ

赤い旗は勝つ
赤い旗は勝つ
赤い旗は勝つ
共産主義と自由に万歳


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c0050810_347229.jpgSolidaritätslied (連帯の歌/前進だ忘れるな)
歌詞:ベルトルト・ブレヒト

Vorwärts, und nie vergessen
Worin unsre Stärke besteht!
Beim Hungern und beim Essen
Vorwärts, nicht vergessen
Die Solidarität!

Auf, ihr Völker dieser Erde!
Einigt euch in diesem Sinn:
Daß sie jetzt die eure werde
Und die große Nährerin.
Vorwärts, …

Schwarzer, Weißer, Brauner, Gelber!
Endet ihre Schlächterein!
Reden erst die Völker selber
Werden sie schnell einig sein.
Vorwärts, …

Wollen wir es schnell erreichen
Brauchen wir noch dich und dich.
Wer im Stich läßt seinesgleichen
Läßt ja nur sich selbst im Stich.
Vorwärts, …

c0050810_348888.jpgUnsre Herrn, wer sie auch seien
Sehen unsre Zwietracht gern
Denn solang sie uns entzweien
Bleiben sie doch unsre Herrn.
Vorwärts, …

Proletarier aller Länder
Einigt euch, und ihr seid frei.
Eure großen Regimenter
Brechen jede Tyrannei!

Vorwärts, und nie vergessen
Die Frage an jeden gestellt
Willst Du hungern oder essen:
Wessen Morgen ist der Morgen?
Wessen Welt ist die Welt?



c0050810_3484788.jpg
前進、忘れるんじゃない
我らの力のありかを!
飢えていても食えていても
前進、決して忘れるな
連帯を!

起て、世界の人民!
ひとつになろう
世界を、豊かな大地を
獲得するために

黒、白、褐色、黄色の民!
殺戮をやめよう!
人民自らが語り合えば
たちまちひとつだ

目標に早く達するために
必要なのはきみやあなた
仲間を見捨てるのは
自分を見捨てること

c0050810_3492968.jpg我々のご主人さま(Herr)は、それが誰であろうが
団結を好まない
分断している間は
彼らはご主人さまであり続ける

全世界のプロレタリアよ、
団結すれば自由になれる
連帯を組めば
独裁は粉砕だ!

前進、決して忘れるな
飢えていても食えていても
はっきり問い質せ:
明日は誰のものだ?
世界はだれのものだ?


-------------------------
c0050810_3495851.jpg毛沢東:《大柏地》

赤橙黃綠青藍紫、
誰持彩練當空舞?
雨后復斜陽、
關山陣陣蒼。

當年鏖戰急、
彈洞前村壁。
裝點此關山、
今朝更好看。




c0050810_351270.jpg大柏地 (中国江西省瑞金县の北部の地名) 1933年夏

赤、橙、黄、緑、青、藍、紫、
誰が七色の絹をもち、空に舞う?
雨のあとに、日は傾き、
国境の山は一瞬ごとに蒼く映える。

あの年の激しい戦い、
村の壁には弾丸の跡。
この山を飾り、
今日さらに美しい。



-------------------
c0050810_3515119.jpg毛沢東:《詠梅》

  読陸游詠梅詞、反其意而用之。

風雨送春帰、
飛雪迎春到。
已是懸崖百丈氷、
猶有花枝俏。

俏也不争春、
只把春来報。
待到山花爛漫時、
她在叢中笑。




c0050810_3522159.png梅を詠う 1962年12月 

   陸游の梅のうたを詠み、
   その内容を反転してここに使う。

風と雨は行く春を送り、
吹雪はかえる春を迎える。
高い崖には百丈の氷柱、
なお花咲く枝は美しい。

美しくも、春を争わず、
ただその訪れを告げる。
山に花咲き誇るときは、
その中で微笑む。


-------------
c0050810_353937.jpg毛沢東:《和郭沫若同志 一九六三年一月九日》

小小寰球,
有幾個蒼碰壁。
嗡嗡叫,
幾聲凄厲,
幾聲抽泣。
縁槐誇大國,
蚍蜉撼樹談何易。
正西風落葉下長安,
飛鳴鏑。

多少事,
從來急;
天地轉,
光陰迫。
一萬年太久,
只爭朝夕。
四海翻騰雲水怒,
五洲震盪風雷激。
要掃除一切害人蟲,
全無敵。


c0050810_3533468.jpg郭沫若同志にこたえる 1963年1月9日

小さな小さな地球、
何匹かのにぶつかる。
ぶんぶんうなり、
ときには叫び、
ときには泣く。
槐(えんじゅ)にが、大国を誇り、
大蟻が木を揺り動かそうとするか。
まさに西風は長安に落葉を散らし、
鏑矢は飛ぶ。

沢山のことが、
これまでに急ぎあらわれ、
天はめぐり、
時は迫る。
一万年は余りに長い。
朝夕を争う。
四海は沸きたち、雲と水が荒れ狂い、
五大陸が揺れ、風と雷は激しい。
すべての害虫を一掃するときだ。
敵対するものはない。

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by ooi_piano | 2015-02-20 17:24 | コンサート情報 | Comments(0)

【増補】 3/28(土) フレスコバルディ《音楽の花束》全曲

感想集 http://togetter.com/li/810311

バッハからリゲティに至る西洋音楽史に決定的影響を与えたオルガン作品の金字塔!

■ジローラモ・フレスコバルディ(1583-1643):《音楽の花束 Fiori musicali ~トッカータ、キリエ、カンツォーナ、カプリッチョ、リチェルカーレのさまざまな作品》(1635年ヴェネツィア出版) (全曲、約80分)
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○フレスコバルディ:『主日のミサ Messa della Dominica』 (1635)
  前奏のトッカータ - 主日のキリエ - キリエ - クリステ - 他の旋法のクリステ - 他の旋法のクリステ - 他の旋法のクリステ - 他の旋法のキリエ - 他の旋法のキリエ - 他の旋法のキリエ - 最後のキリエ - 他の旋法のキリエ - 他の旋法のキリエ - 使徒書簡の朗読の後のカンツォーナ - 信仰宣言の後のリチェルカーレ - 聖体奉挙のための半音階的トッカータ - 聖体拝領後のカンツォーナ

●福島康晴:中全音律オルガンのための《モノローグ》(2015、委嘱新作・世界初演)
Yasuharu FUKUSHIMA: "Monologo" per organo accordato sul temperamento mesotonico (2015, commissioned work, world premiere)


○フレスコバルディ:『使徒のミサ Messa delli Apostoli』 (1635)
  前奏のトッカータ - 使徒のキリエ - キリエ - キリエ - クリステ - クリステ - キリエ - キリエ - キリエ - 使徒書簡の朗読の後のカンツォーナ - リチェルカーレの前のトッカータ - 信仰宣言の後の半音階的リチェルカーレ - もう一つのリチェルカーレ - 聖体奉挙のためのトッカータ - 明瞭な低音の助奏をもつリチェルカーレ - 聖体拝領後の四声のカンツォーナ

●三宅榛名:中全音律オルガンのための《記憶のオルガン》(2004)〔日本オルガン研究会30周年委嘱作品〕
Haruna MIYAKE: "Organ in the memory" for baroque organ tuned in meantone (2004, commissioned by the Japan Organ Society)

(休憩20分)

●上野耕路:中全音律オルガンのための《パルティータ》(2015、委嘱新作・世界初演)
Koji UENO: "Partita" for baroque organ tuned in meantone (2015, commissioned work, world premiere)
~〈プロローグ〉-〈ルール〉-〈第1スケルツォ〉-〈第2スケルツォ〉-〈トリオ〉-〈第2スケルツォ〉-〈第1スケルツォ〉-〈メヌエット〉-〈フーガ〉
~ Prologo - Loure - Scherzo I - Scherzo II - Trio - Scherzo II - Scherzo I - Menuetto - Fuga


○フレスコバルディ:『聖母のミサ / Messa della Madonna』 (1635)
  前奏のトッカータ - 聖母のキリエ - キリエ - クリステ - クリステ - キリエ - キリエ - 使徒書簡の朗読の後のカンツォーナ - クレドの後のリチェルカーレ - リチェルカーレの前のトッカータ - リチェルカーレ - (分かる者には分かるところの)歌唱用の第5声部を伴うリチェルカーレ - 聖体奉挙のためのトッカータ - (この曲を弾く者は頗る為になるところの)ベルガマスカ - ジロルメタによるカプリッチョ


大井浩明(オルガン) Hiroaki OOI, organista

c0050810_11355970.jpg2015年3月28日(土)午後3時開演(午後2時半開場) Saturday, 28th March 2015, 3 P.M.
日本基督教団・本郷教会(東京都杉並区上荻4-24-5、JR西荻窪北口より徒歩10分)
Hongo-Church, Nishi-Ogikubo
全自由席 3000円

使用楽器   初期バロックオルガン(カルロ・プラーティ 1660年モデル)
調律法    1/4中全音律(Temperamento mesotonico)
楽器提供/調律/カルカント  石井賢
Instrument offered and tuned by Masaru ISHII (Kalkant)


FBイベントページ


上野耕路:中全律オルガンのための《Partita》(2015、委嘱新作・世界初演)
c0050810_138115.jpg この曲はPrologo - Loure - Scherzo I - Scherzo II - Trio - Scherzo II - Scherzo I - Menuetto - Fugaという各部から出来ています。
 Prologoはフランス風序曲の遅い部分のような複付点8分と32分のリズムが特徴的なのったりした曲です。
 Loureは9/8を3/4+3/8に分割した変則的なリズムで厳密にはLoureとは言い難いものかもしれません。12平均率的に言うと移調を数えない4和音の種類は43種類に及ぶのですが、それら43種類の4和音が全て出てくるという曲です。中全律でその43種類の4和音を聴いてみたいという誘惑に勝てませんでした
 Scherzo I - Scherzo II - Trio - Scherzo II - Scherzo Iは一連なりで、Trioを挟んだScherzoという構図です。ヴェーベルン的な逆行形と反行形が同じになるセリーを何種類か使っています。これもLoureの43種類の4和音のように、12平均律でない音律で12音列を聴いてみたいという好奇心から生まれました。
 Menuettoは、冒頭のPrologoもそうなのですが今回演奏されるオルガンの写真からふと思い浮かんだメロディを使っています。このMenuettoからフランス近代音楽的な雰囲気を感じる方もいるかもしれません。
 最後のFuga、テーマはやはり逆行形と反行形が同じセリーを使っていますがハーモナイズは調性的な曲です。このFugaの形態は今回のオルガンの造形からインスパイアされました。
 こうして全体を見渡すと、オルガンのイメージから触発されたものと音楽理念的なものが並列されて行き最後にその二つが融合するという流れになっている曲であるかのようです。(上野耕路)

上野耕路 Koji UENO, compositore
c0050810_11364414.jpg  千葉県出身。日大藝術学部在学中に、「8 1/2」、サエキけんぞうらと「少年ホームランズ」「ハルメンズ」を、戸川純・太田螢一と「ゲルニカ」を結成、1982年に『改造への躍動』でYENレーベルからデビュー。1985年、無声映画のための『Music For Silent Movies』をリリース。1986/87年、坂本龍一の映画音楽プロジェクトへ参加、『子猫物語』『オネアミスの翼』『ラストエンペラー』などを手がける。高嶺剛監督「ウンタマギルー」(1989)で第44回毎日映画コンクール音楽賞。14奏者のための《日本民謡組曲》(1990、国立劇場委嘱)、邦楽器アンサンブルのための《Sinfonietta Rurale》(1992)・《稲の王》(1996)(日本音楽集団委嘱)、6奏者のための《Connotations》(1993、ポール・ドレッシャー・アンサンブル(サンフランシスコ)委嘱)等。NHKテレビドラマ『幻蒼』(1995)で第32回プラハ国際テレビ祭でチェコ・クリスタル賞。1999年、全音楽譜出版社より『上野耕路 ピアノ作品集』を出版。2000年より日本大学藝術学部にて、映画音楽の講義を受け持つ。2004年、キユーピー「たらこパスタソース」のCM音楽が話題を呼ぶ。2009年、リコーダー四重奏のための《クァルテット・パストラーレ》初演。犬童一心監督『ゼロの焦点』(2009)で第33回日本アカデミー賞優秀音楽賞。2011年、音楽的側面の集大成とも言えるアルバム『エレクトロニック・ミュージック』を配信開始。蜷川実花監督『ヘルタースケルター』(2012)音楽監督。犬童一心・樋口真嗣監督『のぼうの城』(2012)で第36回日本アカデミー賞優秀音楽賞。2014年、NHKアニメ「ナンダカベロニカ」、NHKBSドラマ「プラトニック」等。16人編成のバンド「上野耕路オーケストラ」でも活動を展開している。 http://kojiueno.com/

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福島康晴:中全音律オルガンのための《モノローグ》(2015、委嘱新作・世界初演)
 純正の長3度を多く持った中全音律は、後期ルネッサンスから初期バロックの作品を演奏するには欠かせない音律である。しかし純正の長3度を全ての調に配置することは不可能で、必ず濁った響きの長3度が生まれてしまう。この作品では、その美しい3度の響きと濁った3度の世界を頻繁に行き来する。それは、劇中のモノローグのように自問自答し、考えを巡らす様である。(福島康晴)

福島康晴 Yasuharu FUKUSHIMA, compositore
c0050810_11371514.jpg  東京音楽大学大学院作曲家修了。作曲を西村朗、北爪道夫、小山順子、音楽学を金澤正剛の各氏に師事。1989年、日本現代音楽協会新人賞入選。1991年、伊左治直・杉山洋一・新垣隆と共に音楽祭『冬の劇場』を開始。1994年、Stella nova Tokyo「アジアの伝統、アジアの現代」にて委嘱作初演。1998年より作曲家と古楽器演奏家による『ARCOBALENO アルコバレーノ』を結成し、ルネッサンス・バロック音楽と現代作品の融合を試みる。2000年、第3回アーミデイル国際作曲コンクールで『5つの練習曲 Cinque studi』が第1位入賞。作品は国内だけでなくドイツ、オーストラリア、イタリアなどでも演奏されている。
  2006年に渡欧、イタリア・ミラノ市立音楽院においてルネサンス対位法をディエゴ・フラテッリに学ぶ。これまでに声楽をビアンカ・マリア・カゾーニ、ヴィンチェンツォ・マンノ、アントネッラ・ジャネーゼの各氏に師事。演技指導をデーダ・クリスティーナ・コロンナ、アンサンブルをマーラ・ガラッシより薫陶を受ける。また、モンテヴェルディ周辺の音楽理論・演奏慣習をロベルト・ジーニ(ヴィオラ・ダ・ガンバ)に師事。2009年にミケランジェロ・グランチーニ(1605-60)の論文とコンサートにより、最高点・褒賞付きで卒業。主宰するアンサンブル・グランチーニの演奏は、イタリア国営放送ラジオ”Rai 3"で生中継が行われた。これまでにモンテヴェルディ『ポッペーアの戴冠』のネローネ役、カヴァッリ『ラ・カリスト』のメルクーリオ役、ペーリ『エウリディーチェ』のオルフェオ役、コルナッキオーリ『からかわれたディアーナ』のエンディミオーネ役(スペイン・ヒホン)、2008年にはプラハ・エステート劇場においてモンテヴェルディ『オルフェオ』の牧人役を演じる。「カンティンバンコ Cantimbanco」(ヴェローナ)に参加したディスク(TC570201)のほか、CD録音多数。昨年、イタリア・バロック音楽を専門に演奏するプロフェッショナルな団体エクス・ノーヴォ室内合唱団を起ち上げ、そのオリジナリティー溢れるプログラミングと質の高い演奏に期待が寄せられている。http://exnovochamberchoir.com


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三宅榛名:《記憶のオルガン》(2004)
  東京芸術劇場大ホールの、ルネッサンス・オルガンのために作曲。特殊な調律のこのオルガンと、現代的な思考が無理なく共存する音楽を実現させたいと考えた。オルガンが秘めている遥か昔の記憶を現代に呼び寄せながら、また現代も過去に吸い寄せられてゆくような、いわば相互のタイムスリップから生まれた空間がこの曲の居場所だ。〈日本オルガニスト協会30周年記念・フェスティバル2004〉の委嘱による。(三宅榛名)

三宅榛名 Haruna MIYAKE, compositrice
c0050810_11374160.jpg  ジュリアード音楽院作曲科を卒業。ヴィンセント・パーシケッティに師事。《弦楽オーケストラの詩曲》でベンジャミン賞(1964)受賞。ニューヨーク作曲家フォーラムにおいてデビューし、リンカーンセンター・タリーホールのオープニング・コンサートシリーズで《Six Voices in June》(1969)を委嘱されるなど、作曲家のキャリアを始める。オーケストラからアンサンブル、ヴォイス、邦楽器まで多岐にわたる作品を書いている。 ピアニストとしては、クラシック、現代音楽、即興音楽の分野で活動し、フレデリック・ジェフスキ、ジョン・ゾーン、ウェイン・ショーター、リチャード・ストルツマン、セルゲイ・クリョーヒンなどさまざまなミュージシャンと、また、舞踏家・大野一雄、能楽家・観世栄夫などとも共演している。これまで、ロッケンハウス音楽祭、ハイデルベルク音楽祭、ニューヨークのミュージック・フロム・ジャパン音楽祭、ソウルのパン・ムジーク・フェスティバルなどの国際音楽祭に作曲家、あるいはピアニストとして招待されている。 主要作品:《君は最初の通りを...》~4人の打楽器奏者のための(1987)、《プレイ・タイム》~ウインド・オーケストラ、ピアノ/シンセサイザーのための(1989)、《スノウ・ヴォイス》~6人の女声、アコーディオン、ピアノのための(1996・東京の夏音楽祭委嘱)、《滅びた世界から 耶利米亜(エレミヤ)哀歌より》(1997・国立劇場「仏教・声明」公演委嘱)、《風の夜》~オルガンのための(2006・みなとみらいホール委嘱)、他。


石井賢 Masaru ISHII, alzamantici /tiraregistri
  東京都出身。早稲田大学法学部卒業。声楽を淡野弓子、Z.ファンダステーネ、グレゴリオ聖歌歌唱を橋本周子、G.ヨッピヒ、C.ホンメルの各氏に師事。スウェーデン/イェテボリ国際オルガンアカデミー、ドイツ/シュタインフェルト国際オルガン週間などに参加。またオルガン調律・調整をOrgelmakerij van der Putten(オランダ)にて学ぶ。キャノンズ・コンサート室内合唱団(ヘンデルフェスティバルジャパン専属)メンバー。国際ハインリヒ・シュッツ協会、日本イタリア古楽協会各会員。オルガンを伴う声楽演奏、特に交互唱演奏(Alternatimpraxis)に積極的に取り組む。2003年アンロー(オランダ)、2004年グラウホフおよびナウムブルク(ドイツ)、2005年タンガーミュンデ(ドイツ)、2007年ノルデン(ドイツ)の各地において17~18世紀建造の歴史的楽器を用いたオルガンコンサート(オルガン:松波久美子氏)に独唱者として出演。2003年東京藝術大学公開講座でハラルド・フォーゲル氏(オルガン)と独唱者として共演。2008年神奈川県立音楽堂バロックオペラ〈モンテヴェルディ/オルフェオ〉公演(音楽監督:濱田芳通氏)に牧人・精霊役で出演。

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cf.
日本=イタリア国際交流年2001 ブルーノ・カニーノ&大井浩明
2001/11/05東京、11/07名古屋、11/09京都
第一部
●三宅榛名:オルランド・ディラッソのモテトによる『御業を待ち望む』(1989)〔カニーノ+大井〕
●ロレンツォ d.P. :スクアルチャルーピ写本より『心知らずや吾人』(1300年代)〔大井独奏(※)〕
●G.フレスコバルディ:使徒のためのミサ曲より『信経のあとの半音階的リチェルカーレ』(1635)〔大井独奏(※)〕
●A.サヴィーニョ:『いまわのきわの歌』(1914)日本初演〔カニーノ独奏〕
●F.ドナトーニ:『リーマ(韻)』(1984)日本初演〔カニーノ独奏〕
●G.プッチーニ(Y.ミカショフ編):歌劇「トスカ」より『歌に生き、恋に生き』(1900)〔大井独奏〕
●B.カニーノ:『ラグを書くにゃあ良い日和』(1983)日本初演〔大井独奏〕
第二部
●杉山洋一:嬉遊曲Ⅱ-2台ピアノ(2001)委嘱新作世界初演〔カニーノ+大井〕
●ヤコポ d.B. :ファエンツァ写本より『驕れる鷲よ、高貴なる被造物、神の鳥よ』(1300年代)〔大井独奏(※)〕
●G.フレスコバルディ:トッカータ第2集より『第5トッカータ』(1627)〔大井独奏(※)〕
●G.ロッシーニ:『オッフェンバック風小カプリッチョ』『我が最後の旅路の行進曲と回想』『楽しい汽車の小旅行』(1857~68)〔カニーノ独奏、ナレーション:柴田暦〕
●N.カスティリオーニ:『グリーグ頌 カニーノに捧ぐ』(1981)日本初演〔カニーノ+大井〕
アンコール/F.ブゾーニ:モーツァルト協奏曲第19番終楽章による協奏的二重奏曲(1919) 〔カニーノ+大井〕
  (※可変調律のローランド社製電子パイプオルガン使用)
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■大井浩明 チェンバロ・リサイタル 《天使は励ましの御言葉もて》
2004/03/14京都、06/30東京
【第1部〜中全音律のイタリアン・チェンバロで】
●フローベルガー《来たるべき我が死を弔う黙祷》
●三宅榛名《カム・バック・トゥ・ミュージック〜チェンバロ版(2004)》(委嘱作品/東京初演) 
●ジェズアルド《王のシャンソン》 
●ダングルベール《パッサカリア》
●ボールドウィン《天使は励ましの御言葉もて》
●ロッシ《第七トッカータ》 
●ブル《主の御名に於いて 第IX》
●フレスコバルディ《パッサカリアによる100のパルティータ》
【第2部〜ジャーマン・チェンバロで】
●伊左治直《機械の島の旅(夜明け)(2004)》(委嘱新作/東京初演)
●ムファト《パッサカリア》
●高橋悠治《糸車打令》
●バード《パヴァンとガリアード第5番》
●ナンカロウ《自動ピアノのためのスタディ 第6番「カウボーイ」&第15番「カノンX」》
●フローベルガー《ブランシュロシュ君の墓前に捧げる誄詞》


■京の華舞台 - 伝統芸能への誘い - 古都五宴 /参の宴 《心と技の共鳴》
2005/10/07 金剛能楽堂(京都市上京区烏丸今出川下ル)
▼第一部:仕舞《清経》(世阿弥作)(金剛永謹、他)
▼第二部:チェンバロ独奏(大井浩明)

●G.フレスコバルディ:《モニカによる11のパルティータ》
●J.ボールドウィン: 《天使は励ましの御言葉もて(セルモーネ・ブランドー)》
●F.クープラン:第2オルドゥル~前奏曲/クーラント/幸福な思い/ラ・ガルニエ/蝶々
●J-N-P.ロワイエ:《スキタイ人の行進》
▼第三部:謡曲《石橋》(金剛永謹、大井浩明、他)
[前シテ]● M.マレー(生誕349年記念):《サント・コロンブ氏を偲んで》
シテ「・・・向ひは文殊の浄土清涼山・・・」
地謡「・・・笙笛琴箜篌夕日の雲に聞え・・・」
[間狂言(中入)]● I.クセナキス:《ホアイ》(1976)
地謡「・・・獅子團乱旋の舞楽の砌、牡丹の英匂ひ充ち満ち大筋力の獅子頭・・・」
[退場] ●A.フォルクレ:《ラ・シルヴァ》

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by ooi_piano | 2015-02-17 00:33 | All'Italiana2015 | Comments(0)

【増補】 3/13(金) オネゲル《典礼風》+メシアン《アーメンの幻影》

感想集 http://togetter.com/li/683198

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  終戦70周年記念 ピースフルコンサート2015 《我らに平和を》
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 "J'ai voulu symboliser la réaction de l'homme moderne contre la marée de barbarie, de stupidité, de souffrance, de machinisme, de bureaucratie qui nous assiège ... J'ai figuré musicalement le combat qui se livre dans son cœur entre l'abandon aux forces aveugles qui l'enserrent et l'instinct du bonheur, l'amour de la paix, le sentiment du refuge divin". -Arthur Honegger
 「私がこの曲に表そうとしたのは、もう何年も私たちを取り囲んでいる蛮行、愚行、苦悩、機械化、官僚主義の潮流を前にした現代人の反応なのです。周囲の盲目的な力にさらされる人間の孤独と彼を訪れる幸福感、平和への愛、宗教的な安堵感との間の戦いを、音楽によって表そうとしたのです」 (アルテュール・オネゲル)

c0050810_16121226.jpgアルテュール・オネゲル:交響曲第3番《典礼風》(1945/46)(ショスタコーヴィチによる2台ピアノ版、日本初演)[全3楽章、約30分]
  I. 怒りの日(Dies irae) - II. 深き淵より(De profundis clamavi) - III. 我らに平和を(Dona nobis pacem)

■オリヴィエ・メシアン:《アーメンの幻影》(1943)[全7楽章、約50分]
  I. 創造のアーメン - II. 星たちと環のある惑星のアーメン - III. イエスの苦しみのアーメン - IV. 願望のアーメン - V. 天使たち、聖人たち、鳥たちの歌のアーメン - VI. 審判のアーメン - VII. 成就のアーメン


浦壁信二(pf) + 大井浩明(pf)
チラシpdf
  
2015年3月13日(金)19時開演(18時半開場)
公園通りクラシックス(東京都渋谷区宇田川町19-5 東京山手教会B1F)
全自由席 3,000円  http://k-classics.net/schedule/detail.php?id=4371

【予約・問い合わせ】 tel. 080-6887-5957 book.k-clscs[at]ezweb.ne.jp (公園通りクラシックス)

  ※2014年9月ショスタコーヴィチ公演  感想集


c0050810_15274370.jpg  オーケストラのような大編成のために書かれた音楽作品をピアノ用に編曲する場合、そこには何らかの意図や目的があるだろうが、ショスタコーヴィチは専ら自作を知らしめるための手段としてこの種の編曲を行った。
  当時のソ連では交響曲などの新作は事前に作曲家同盟内で公開演奏に値するかどうかを議論することが通例だったが、その際の“試演”は連弾ないしは2台ピアノで行われた。ごく親しい仲間を自宅に招いて新作のお披露目をする時などは直接総譜を見ながらピアノを弾いたと伝えられるショスタコーヴィチも、そのように作品の運命を左右しかねない場での演奏に際しては、事前に演奏用の楽譜を準備した。ショスタコーヴィチ自身と友人の作曲家ヴァインベルグとの演奏でレコード録音もされた交響曲第10番の2台ピアノ用編曲は、こうした「知らしめる」目的の代表例である。また、昨年9月12日に浦壁と大井が日本初演を行った交響曲第4番の編曲も、初演に至る紆余曲折の中で重要な役割を果たした。
  一方、ショスタコーヴィチが様々な楽曲を「知る」目的で行った編曲も、僅かではあるが残されている。その背景には、自身が専門教育を受けた時の原体験がある:

c0050810_15281883.jpg  レニングラード音楽院の卒業試験のさいわたしは、やはり作曲家だった友だちとピアノ連弾用に編曲された楽譜を初見で連弾していた。友だちは何度か間違いをおかした。当時音楽院の院長だったグラズノフが突然その友だちにたずねた。
  「君はこれがどんな曲だか知っていますか」
  彼は頭を横にふった。
  「君は?」
  恥ずかしいがわたしも知らなかった。
  それはシューベルトの第3交響曲だった。
  「なんて君たちは幸せなんだろう」とグラズノフはうらやましげにため息をついた。「どんなにたくさんの満足が将来に残されていることか!」
(『ショスタコーヴィチ自伝』, pp.51~52)


c0050810_1529728.jpg  プラウダ批判後、交響曲第5番で名誉を回復した1937年から、ジダーノフ批判を受けて失職した1948年まで、ショスタコーヴィチは母校のレニングラード音楽院などで教鞭を執った。作曲法や管弦楽法の修得にあたってショスタコーヴィチが重視したのは、古今の楽曲に知悉することであった。教職就任の翌年には「作曲家が偉大な先人のことを熟知し、それに学んでこそ、独自の音楽語法、創作スタイルをみつけることができる。(中略)作曲法をどういうふうに教えるのが正しいか。たえずわたしと生徒たちは、『実作する』だけでなく、古典音楽を学ぶようにこころがけている。」(『ショスタコーヴィチ自伝』, pp.88~89)と述べている。
  このように楽曲を学ぶ手段として、ショスタコーヴィチはピアノの重要性を強調していた。教職を離れた後の1955年にも、次のように語っている:「作曲家は誰でもピアノに習熟することが必要である。連弾でき、総譜が自由に読めれば、古典音楽、現代音楽の研究ははるかに楽になる。作品を研究するということは、たった一度ひいて、つぎに移るという意味ではない。それは、その作品が気に入ったら何日もひきつづき、くりかえしひいてみるということだ。それは結局、その作曲家の秘密にふれることを意味する。(中略)自分以外の人のすぐれた音楽を研究すればするほど、自分自身の音楽も結局は独創的なものとなる。(中略)若い音楽家の教育のためには、古典音楽の連弾、総譜の読みとりが大きな役に立つ。たとえばシューマンやシューベルトの交響曲は、わが国ではめったに演奏されない。それならばなぜそれらの総譜をみず、それを連弾しようとしないのか。一般に読譜のできない音楽家ほど頼りないものがあろうか」(『ショスタコーヴィチ自伝』, pp.230~231)。
c0050810_15295978.jpg  ショスタコーヴィチが手掛けたこの種の編曲で現存するのは、ストラヴィンスキーの詩篇交響曲、オネゲルの交響曲第3番「典礼風」、マーラーの交響曲第10番の3曲だけだが、いずれもその成立背景はほぼ全く明らかではない。ただ、ショスタコーヴィチの最初の弟子の一人であり、一時は愛人関係にもあったウストヴォーリスカヤが「彼は私にマーラーの交響曲(筆者注:これが上述の第10番かどうかは、現時点で未出版のために確認できない)をプレゼントしてくれました。ストラヴィンスキーもよく弾いてくれました。彼がストラヴィンスキーの『詩篇交響曲』を編曲した音楽を聴いたことがあります。」(ヘーントワ:『驚くべきショスタコーヴィチ』, p.190)と回想していることから、基本的には自身が関心を抱いた作品を学生達と共に勉強する意図で編曲がなされたのではないかと推察される。
  1943年以降はモスクワ音楽院で教授職を務めていたショスタコーヴィチがレニングラード音楽院に正式に復職したのは、1947年2月のことだった。同年5月に第1回プラハの春国際音楽コンクールに出席するためにプラハを訪れたショスタコーヴィチは、プラハの春音楽祭にも参加した。「フェスチバルの演奏で興味ぶかかったのは、オネゲルの新作交響曲を指揮したフランスのシャルル・ミュンシ(中略)だった。オネゲルの交響曲は、思想の重要性と情緒の深さとをめざしている点で光っていた」(『ショスタコーヴィチ自伝』, p.167)。ここで言及されている「オネゲルの新作交響曲」というのが、1946年に初演されたばかりの交響曲第3番「典礼風」である。帰国後、自身が感銘を受けたオネゲルの最新作をショスタコーヴィチ自らが4手用に編曲し、最先端の教材として学生に紹介した、というのが、おそらくはこの編曲の成立に至る経緯なのだろう。
  オリジナルの総譜がピアノでどのように再現されているかという編曲の技術的な側面に対する興味はもちろんだが、気鋭の作曲家であったショスタコーヴィチと才能豊かな若き学生たちとが集った音楽院の教室のアカデミックな雰囲気に思いを馳せ、20世紀の古典の一つである「典礼風」を、いま一度新鮮な気持ちで聴くのも一興であろう。(工藤庸介


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c0050810_20511312.jpg  「《アーメンの幻影》が初演された当時、パリはドイツ軍による占領下のただ中にあった。演奏会はその間も活発に催されていたが、オペラ座ではカラヤン率いるベルリン国立歌劇場がヴァーグナーのオペラを上演し、演奏会プログラムからはユダヤ系作曲家の作品が排除されるなど、音楽界の様相は次第に戦時色を濃くしていった。こうした状況を受けて1942年に始まったのが、『フランス新評論』や『プレイアッド叢書』の刊行で知られるガリマール社主催によるプレイアッド演奏会シリーズである。同社社長ガストン・ガリマールは、パリの名士たちが集う一種のサロンを作りたいと願っていた。演奏会の運営を担っていたガリマールの友人ドゥニーズ・テュアルは、1942年秋に聖トリニテ教会で偶然耳にしたメシアンの演奏に心を奪われ、プレイアッド演奏会のための作品を彼にぜひ委嘱したいと申し出た。この委嘱を快諾したメシアンは早速作曲に取りかかり、1943年3月中旬に《アーメンの幻影》を完成、4月半ばにはロリオとの練習を開始した。1943年5月10日にシャルパンティエ画廊で行われた初演は、オネゲル、プーランク、ヴァレリー、コクトー、ディオールといった名だたる文化人が見守るなかで行われ、第1ピアノをロリオ、第2ピアノをメシアンが担当した。楽譜は1950年3月にデュラン社から出版されている。
  《アーメンの幻影》は、メシアンが独自のピアノ音楽の書法の探究に乗り出すきっかけとなった作品である。1930年代、メシアンは作曲家グループ「ラ・スピラル」および「若きフランス」で自作を含めた同時代音楽の普及に携わり、フランスの新進作曲家のひとりとして名を馳せた。しかし、第2次世界大戦中の1940年、メシアンはドイツ軍の捕虜として拘束され、ドレスデン近郊の収容所で生活を送る。記念碑的作品《時の終わりのための四重奏曲》が作曲されたのはこの時である。1941年パリに戻ったメシアンは、パリ音楽院の和声クラス教授として教育活動に携わる傍ら、自らの音楽語法の解説書『わが音楽技法』を執筆し、自らの語法の体系化を試みる。戦争体験後のこうした再出発の時期にメシアンが出会ったのが、当時パリ音楽院で学んでいたイヴォンヌ・ロリオである。ロリオの高度な音楽的資質に刺戟を受けたメシアンは、それまで主としてオルガン作品で扱ってきた神学的なテーマを演奏会用のピアノ音楽に導入するというアイディアを得る。こうしてメシアンは、14年前の《前奏曲集》以来となるピアノ曲集の作曲に取り組み、続いて大作《神の臨在への3つの小典礼曲》と《幼な子イエスにそそぐ20のまなざし》を比較的短い間で書き上げたのである。」 (平野貴俊


c0050810_2052285.jpg浦壁信二 Shinji URAKABE, piano
  1969年生まれ。4歳からヤマハ音楽教室に入会。’81年のJOC(ジュニアオリジナルコンサート)国連コンサートに参加、ロストロポーヴィッチ指揮ワシントン・ナショナル交響楽団と自作曲を共演、その他にも各地で自作曲を多数のオーケストラと共演した。’85年都立芸術高校音楽科(作曲科)に入学。
  ’87年渡仏しパリ国立高等音楽院に入学、J.リュエフ、B.ド・クレピー、J.ケルネル、M.メルレの各氏に師事。和声・フーガ・伴奏の各科で一等賞、対位法で二等賞を得る。ピアノをT.パラスキヴェスコに師事。その他、V.ゴルノスタエヴァ、J.デームス両氏等のマスタークラスを受講。
  ’94年オルレアン20世紀音楽ピアノコンクールで優勝(日本人初)、同時にブランシュ・セルヴァ特別賞受賞。一躍注目を浴び、ヨーロッパ各地でリサイタルを行う。‘96年2月仏SolsticeレーベルよりCD「スクリャービン ピアノ曲集」をリリース、ル・モンド・ドゥ・ラ・ミュージック、チューン各誌で絶賛を博す。
  ‘95~’03年にはヤマハマスタークラスで後進の指導に当たり、数々の国際コンクール入賞・優勝者を輩出。’07年トッパンホールにて「20世紀のスタンダードから」と題してリサイタルを開催。’10年にはEIT(アンサンブル・インタラクティヴ・トキオ)のスロヴェニア、クロアチア公演に参加した。12年4月トッパンホールにてリサイタル「浦壁信二 ラヴェル」を開催。NHK-FMや「名曲アルバム」を始め、TV、ラジオに多数出演。アウローラ・クラシカルよりCD《ストラヴィンスキー作品集》《水の戯れ~ラヴェル:ピアノ作品全集 I》《クープランの墓~ラヴェル:ピアノ作品全集 II》をリリース、「レコード芸術」誌をはじめ高評価を得る。室内楽奏者として、内外のアーティストからの信頼も篤い。
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by ooi_piano | 2015-02-16 01:33 | Chiersance2014 | Comments(0)

2/22(日)POC#21 南聡公演・曲目解説

感想集 http://togetter.com/li/789447
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大井浩明 Portraits of Composers [POC]
第21回公演 南聡「ピアノソナタ」全曲公演
2015年2月22日(日)18時開演(17時半開場) 
両国門天ホール

【演奏曲目】

南聡(1955- )

●ソナタ1《隠喩の窓辺》 Op.19 (1989) [全1楽章] 約10分 
●ソナタ2《昼の注解/鳥籠の中の変貌》 Op.25 (1992) [全4楽章] 約15分
●ソナタ3《甘き春の残痕》 Op.30 (1995) [全3楽章] 約16分
 (休憩15分)
●ソナタ4《間-用語(禁止)》 Op.37 (1997) [全7楽章] 約13分
●ソナタ5《帯 II》 Op.46 (2000) [全2楽章] 約20分

FBイベントページ



南聡 Satoshi MINAMI, composer
c0050810_22333167.jpg  1955年生まれ。東京芸術大学大学院音楽研究科修士課程修了。在学中作曲を野田暉行、黛敏郎に師事。 1982年今日の音楽国際作曲コンクール入選。 1983年日本音楽コンクール作曲部門2位(1位空位)。 1983年より八村義夫の周辺に集まった、中川俊郎、久木山直、内藤明美らと同人グループ「三年結社」を結成活動。 1986年北海道に移住。 1988年日本現代音楽協会と日本フィルの共催コンサートで初演された、独奏ハープを伴うオーケストラのための《譬えれば・・・の注解》によって注目される(2003年アジア音楽祭に入選)。 1990 年環太平洋作曲家会議に参加。 1991 年オーケストラのための《彩色計画Ⅴ》の初演が評価され村松賞。1992年3人の独奏と3群のための《歓ばしき知識の花園Ⅰ b 》にて文化庁舞台芸術奨励賞。同年ケルンでの日本音楽週間 92 に湯浅譲二、藤枝守らとともに招かれ、室内アンサンブルのための《昼Ⅱ》の委嘱初演と自作に関する講演を持つ。以降いくつかの音楽祭等に招待された。 2001年ISCM 世界音楽の日々に3楽器のための《帯 / 一体何を思いついた?》 (1998)が入選。また、翌 2002 年にも8人の奏者のための《日本製ロッシニョール》 (1994) が入選した。現在、北海道教育大学岩見沢校准教授として後進の指導にあたる。日本現代音楽協会理事、北海道作曲家協会会長、日本作曲家協議会会員。


c0050810_22391851.jpg●ピアノソナタ1 《隠喩の窓辺》 op.19  Window by the Metaphor/Piano Sonata 1 (1989)
  大楽勝美の委嘱により作曲。彼のリサイタルにて初演され彼に献呈された。19世紀のロマン主義音楽がピアノに与えた表現術を再調査し再構成することを作曲の目的とした。そのことによって、よくある現代のピアノ曲のメカニカルな語り口から抜け出すことを考えた。そのため、別々に準備された5種類の音楽の断片がモザイク状に積み上げられており、ちょうどテレビのチャンネルを内容と関係なく切り替え続けるような状態を音楽として表現している。したがって、各楽節部分を大胆に弾き分けることが肝要になる。また、ソステヌートペダルの効果を多様に用いた曲でもあり、この効果によって各部分が色分けされる。曲の中に含まれる「エピソード」は別々の自作からの引用で あり、この部分はこの曲の「窓」から見える切り取られた風景を意味する。そのためこの部分は情景的に演奏されるべきである。切り刻まれてばらばらになったソナタのモザイクのイメージ。


●ピアノソナタ2 《昼の注解 /鳥籠の中の変貌2》 op.25 Annotation of Le Midi/Metamorphosis in the Bird Cage 2/Piano Sonata 2 (1992)
  渋谷淑子の委嘱により作曲。彼女のリサイタルにて初演され彼女に献呈された。4つの楽章からなるが、いずれの楽章も道化じみた一種の変身物語としての性格を持つ。そのため、この曲の基調は軽やかで明るく茶目っ気の精神にある。第1楽章、微妙なニュアンスから途方もない音楽的変化のために。前半 CAGE の音がひそかに浮き出させるところから始まり、最後はポップコーンがはじけるように音が飛び散って BACH の4音に終わる。ここには二人の作曲家の名前がある。第2楽章は「昼の注解」という題の単独曲として演奏可能。流動する雲のような楽想から明快な拍節構造ができるまでが、この楽章の変身の構図。この楽章ひとつで他の楽章とのバランスを取っている。第3楽章、引用された原型への帰納的変身。最初から原曲を弾くのと同じ気分で演奏するが、よりおおげさに、かつやや遅めのテンポで。「・・・すると魔法がとけて美しい王子様の姿になりました・・」といった雰囲気のほんの一口もののデザート楽章。第4楽章はアメーバー状に性格を変化させていく快速フィナーレ楽章。それでもこの曲が鳥籠(ある限定された枠の暗喩)の中の出来事でしかない、という暗示として CAGE の4音が低音で示され Bird から B と D 音が曲尾で引き出される。お釈迦様の手のひらで暴れる孫悟空をイメージしてもかまわない。なおこの曲は、第1楽章、第4楽章、第3楽章の順で演奏した場合、「鳥籠の中の変貌2」というタイトルの曲になる。


c0050810_22401594.jpg●ピアノソナタ3 《甘き春の残痕》 op.30 Vestigial Wreckage of “Veri Dulcis”/Piano Sonata 3 (1995)
  中嶋香の委嘱によって作曲。彼女のリサイタルにて初演され彼女に献呈された。A「トッカータ」B「アダージオ:主題のない変奏曲」C「ハーモニゼイション」の 3 つの楽章からなる。いずれの楽章も素材として過去の自作、 5人の奏者のための《歌の影より》 (1985) の第 4 曲を素材にしている。この素材の曲は、万葉集の中の一首「ぬばたまの その夜の梅を たわすれて 折らずきにけり 思いしものを」を歌詞にして中世カルミナの「甘き春 (Veri Dulcis) 」が引用され綴り合わされていた。原曲の《歌の影より》ではこの「甘き春」は明確に聴取できたのに対し、このソナタではよりひそやかなモチーフとなった。これがタイトルの由来である。A楽章では、最初に無音で押さえてソステヌートペダルで保持される音型が「甘き春」の同音反復を省略したものである。この楽章では徐々に背後に残響として香のように「甘き春」が立ち上る仕掛けになっている。B楽章は原曲前半部分の4つの変奏とコーダ。「甘き春」は和音として65小節目より引き延ばされる。C楽章は単純な和音列だが、完全協和音からクラスターまでの変化が尺八の清濁の変化を輪切りにしたようなイメージの音楽。


●ピアノソナタ4 《間―用語(禁止)》 op.37 Inter-Diction/Piano Sonata 4 (1997)
  門光子の委嘱により作曲、彼女のリサイタルで初演され彼女に献呈された。相互に関連しあった7つのバガテル楽章よりなる。演奏順序は固定されていないし、また切り出していくつかのピアノ小品」になる。1楽章+2楽章の連結で《閃光器官c》、後半5+6+7楽章で《3つのデプロイメント》、7楽章単独で《首飾り》である。各楽章はモビールのように関連性を持ちつつも時間軸上浮遊している。たとえば 2楽章は1楽章のドゥーブルであり、 7楽章結尾では主題再現がなされているなどなどである。曲名は、ある体系による楽想の間に異なる体系より引き出された楽想が各楽章にひそむように仕組まれていることによる。これはロラン・バルトの「悦楽は言い表せられない(内部で語られる)、禁じられている ( 間で語られる) 」といった意味遊びに刺激されたものである―禁じられたものは外では語られない。曲中の秘密の遊戯は、この曲の主題音程とリズムを作る2つの重要な数列は、 96 年度の日本政府の赤字の国民一人当たりの平均値と税金の国民一人当たりの平均値だった。この数列は比較的口当たりの良い響きとしてしか聴衆につたわらない。 3 楽章は「矛盾の内包」 4 楽章は「抜け道」、そして終楽章の「首飾り」は「首をしめるもの」の寓意を持つ。しかし、これらの寓意は隠れていなくてはならない、この音楽の表層は無邪気であり軽やかでなくてはならない。


c0050810_22412727.jpg●ピアノソナタ5 《帯II》 Obi-II /Piano Sonata 5 (2000)
  大楽勝美デビュー 25 周年記念ピアノリサイタル《リンカーネイション》 2000年12月6日札幌サンプラザホールにおいて初演された。第1楽章アレグロ・セッコ、第2楽章アンダンテの2つの楽章よりなっている。そういう意味では、ベートーヴェンの一番最後のソナタが意識されることになった。共通項を暗示させながら、いかに異質をなすか、細部の組織構造はどのような方法で組み立てるか、そして、今日性とどう折り合いをつけるか、作曲にあたって劉怡しなければならなかったポイントは以上のものだったと思う。性格的に2つの楽章は対比されている。しかし、両楽章とも同じ終止楽想を持つ。そして双方とも対位法的意識が強く働いている。第1楽章はメカニカルでその運動的な音型は基本的には単純である。しかし、その中で表情の多様性も同時に求められている。第2楽章は、冒頭のロンターノ・エ・プラチードと表記(この表記はリゲティを想起させるかもしれない)した単旋律が回遊しながら進んでいく。そのため、古典的なパッサカリアのような変奏曲に近い様相となっている。対位法の扱いも線的であり、そういう意味では、反動的に先祖返りしたような音楽といえる。それでも、音の選択方法、配置方法の微妙な異質感によって、この曲の存在意義を示したいと思った。もうひとつ全く個人的なことだが、この“彼方へ”もしくは“彼方から”の単旋律は近年亡くなった親しい人たちへのたむけの歌でもある。タイトルは、この曲の形からきている。全く柄の違う2つの「帯」状の音の流れといった程度の意味であるが・・・・



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今、5つのソナタに対しての、さらなる記述(2015年2月1日) ─────南聡

c0050810_22424415.jpg  「ソナタ」はどのように意識されたか?
  最初の《隠喩の窓辺》を作曲したときは、「ソナタ」という名称は意識していなかった。
  《“昼”の注解 / 鳥籠の中の変貌2》の完成後、副題にピアノソナタと入れた時に、《隠喩の窓辺》を1番にした。理由は《隠喩の窓辺》が前後して作曲したピアノ独奏曲《彩色計画Ⅰ》とキャラクターが違いすぎたため、完全な違うグループに所属する音楽として、「ピアノソナタ」というシリーズを構想することにしたことによる。したがって1番は最も「ソナタ」が意識されていないソナタといえるし、それが単一楽章の理由でもある。
  2番は多楽章形態にしたとき、「ソナタ」という用語を意識した。4楽章だが、二つのグループ(1+3+4楽章による《鳥籠の変貌2》と 2楽章の《昼の注解》)の組み合わせによって出来ている。この組み合わせの概念に、全ての楽章が変容(変奏?)というモチーフによる形態にもかかわらず、ソナタが伝統として持つ、「二項対立から発展する音楽」の意匠を通じ合わせようともしていた。
  3番は、「トッカータ」と「ヴァリエーション」という故意にソナタ形式を外した2つの主楽章と結尾楽章よりなっている。直接的ではないが、バロック的感覚というものも自分の中では意識されていた。「トッカータ」は、本来の意味の「接触」というニュアンスより派生した。音として発音されない《甘き春》の音型に音楽は進行とともに“触れていく”ということを暗示している。「ヴァリアツィオーネン・オーネ・テーマ」は過剰にかつ大仰にゴテゴテ装飾するという方向に意味を持ちたかったのだが、これもバロック的という発想のほうに比重がある。この3番に二項対立の概念を求めるとしたら、この2つの主楽章にあるだろう。
c0050810_22433310.jpg  4番は全体では、方向性を失った音楽だが、一番「ソナタ形式」が意識されている。III、V‐VI-VII楽章のグループがそれにあたる。各楽章の中に、タイトルと関係させて、異なる組織が混じり込ませている形態も「対立する二項」と捉えても差し支えない。短いがこの曲のIV楽章が尋常でない難しさで、指定のテンポはかなり困難である(抜け道などは大体困難なものなのである)。この曲を書いた時の国の赤字状況は、現在の状況から比べると実にかわいいものだった。それでもこのままでは「やばい」という意識はすでにあったわけであり、その後補正全くできなかった、という事実から考えると、今日ふたたび演奏する意義はとてもアイロニックで面白いと思う。
  5番をシリーズの最後にする意図は全然なかったが、今世紀にはいり、書く機会がなくそのまま15年すぎてしまったにすぎない。 2 楽章にしたのは、今まで 2楽章タイプの曲がなかったことによる。 2つの楽章の最後に同一楽想を置いたのは、異なる物語が最後で同じ結末になるようなイメージを考えたことによる。この同一楽想には「狂人がやかましく鳴らす教会の鐘の音」というかなり映画的な具体的イメージを持っていた。この曲の楽想で、かなりピアノの古典的ヴィルティオージティ風音型に接近させることにしたのは、当時の、マンネリ感からの脱却のため、基本に一度戻ろうという意識と、「さて、21世紀にはいってどうしたものか」という感覚によるものだと、今思う。




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「ソナタ」以外のピアノ作品概説

c0050810_22445357.jpg■彩色計画Ⅰ op.17-1  Coloration Project Ⅰ (1989)  未出版
  嶋津明美の委嘱により作曲。彼女によって初演された。テンポ設計に演奏家が設定する仕掛けの部分がある。この曲にオーケストラパートが加えられた曲として、《彩色計画 Ib》がある。この曲のほうは、ピアノとオーケストラのための《彩色計画 Ⅹ》の第1楽章部分でもある。

■状況上の妖精/静かなる化合 op.41 Circumstantial Faiy/Quiescent Combination (1998) マザーアース社刊 M0904
  ケルンを拠点に活躍するピアニスト、クリスティ・ベッカーの50歳のお祝いのために作曲。彼女に献呈された。多様な性格の断片が、きわどいバランスで組み合わされている。奏者はこの多様な性格の断片を弾き分けて色彩感を作っていくことが求められる。この奇妙なタイトルは、この曲の性格を暗示する表情記号のようなもの。この4つの単語の質感の差異も同様である。約6分。

c0050810_22462641.jpg■ジグザグバッハ op.45-4 Zigzag Bach (2000) 全音楽譜出版「PIANO 2000」収録(CD付)
  J.S.バッハをテーマにした小品を全音より委嘱され作曲。「四人組とその仲間たち」のコンサートによって初演された。《平均律クラヴィーア曲集第1巻》のハ長調のプレリュードを礎にして《音楽の捧げ物》の中の一部が植え込まれた形をしており、この曲の音はすべてバッハの作品に由来する。加工方法はB-A-C-Hの名前による。まず音程として、短2度下行、短3度上行、再び短2度下行のジグザグ運動に全体を仕掛けていく。たとえばプレリュードが一和声ごとにこの音程関係にずらして加工し、色調に変化を与える。拍節は2-1-3-8の数列に置き換えられて利用される。タイトルはこれらのアイディアに由来する。約3分。

■折り込み図Ⅰ(s通過)op.52-2 Inset diagrams-Ⅰ(Transit-s)(2006) 全音楽譜出版「PIANO2006」(CD付)
  全音楽譜出版社の企画したショスタコーヴィッチ生誕100年記念企画のコンサートのために作曲。リムスキー・コルサコフの《金鶏》とシュニトケの《合奏協奏曲第1番》の部分がショスタコーヴィッチの《ピアノ協奏曲第2番》《交響曲第15番》の一部とともに素材として使われている。ショスタコーヴィッチの生年にリムスキー・コルサコフは当時の政治体制を暗に批判したオペラ「金鶏」を作曲し、ショスタコーヴィッチ没後ペレストロイカとなり反体制派の作曲家たちが頭角をあらわした。彼の生涯はその間のソ連とともに横たわっている、ということをこの小品は示している。楽想としては諧謔的である。約5分。

c0050810_22475031.jpg■ピアノサラダ Piano Salad (1987-2002) マザーアース社受託販売(CD付)
  さまざまな機会に書かれた調性のある小品23曲を5つの組曲にまとめたもの。小学校高学年から大人のピアノ愛好家のための小品集で、組曲として演奏しても、ばらばらにして単独で演奏しても、また初見問題として活用してもかまわない。風変わりなタイトルが付いている曲が多い。
  第1組曲は「あなたのジョンの散歩気分」「暖炉にて(雪の降る夜には・・)」「鎌倉ツィゴイネル」「レモン交換器はいかが?」「テレビの中の桃太郎、あるいはテノール歌手」「バイバイソング」の標題音楽的傾向の6曲。
  第2組曲は「月並みダンス」「我が心のパンケーキ」「踊るネコとオジさん」「ヒョウタンな日々(マルコの舟歌)」「サーカス日記」の舞曲的傾向の5曲。
  第3組曲は「3つのインヴェンション(ご婦人向き、殿方用、あとの祭りのカンツォン)」「庭の道化師たち」「小舞曲」「バラード」の4曲。
  第4組曲は「オーバード」「カエルの姫君ピュルシェリーとハゼの婿殿」「インテルメッツォ(ほら、そこにヴォルフガングが・・・」「羊飼いの歌」の対位法的な傾向の4曲。
  第5組曲は「コンソレーション1」「コンソレーション2」「キャプリース」「王様の持っているデクノボー」の後期ロマン派的な楽想の4曲。各曲とも1分から3分程度の曲で各組曲とも10分未満の所要時間。


■独奏ピアノとオーケストラのための《彩色計画Ⅹ》op.35 Coloration Project Ⅹ (1989-2007)  未出版
 《彩色計画Ⅰb》《ブリッジ》《フィナーレ》の3作より構成されている。この3作の関係は序破急が意識されている。協奏交響曲的な規模の大きな作品。京都22世紀クラブ委嘱。約28分。


c0050810_22491344.gif■異議申し立て・反復と位相に関する2台のピアノのための協奏曲 op.57 The Lodgment an Objection. Concerto for 2pianos about Repetition and Phase / in Memory of Maki Ishii (2003/10)
  単一楽章によるかなり長大な持続感の中で変容続ける楽想の作品。トリプルコンサート委嘱。約22分。

■歌の影より Op.13 From behind the Songs (1985) [sop, hp, vn, vc, pf] 日本作曲家協議会刊 JFC-8607
  万葉集をテキストにした4つの曲よりなる官能的色調の作品。録音/JFC出版FPCD1084。約20分

■歓ばしき知識の花園Ⅱ op15-3 The Garden of Joyful Intellection Ⅱ (1988) [fl, vn, pf] 日本作曲家協議会刊 JFC-8802
  3群に分割されたオーケストラと3人の独奏者のための作品から切り出された曲。集中度の高い技巧的作品。約7分。

■2つの間奏曲 op.15-2/4 2 Intermezzi (1987/89) [vn/gt, or fl/pf] 日本作曲家協議会刊 JFC-9002
  1曲目はヴァイオリンとギターの二重奏、2曲目は1曲目にフルートとピアノの二重奏が絡んだもの。それぞれ単独で演奏可能。約18分。

■月の自叙伝 op.20 The Moon Autobiography (1990) [vc, pf] 日本作曲家協議会刊 JFC-9311
  4楽章からなる作品。月に纏わる数字のデータや音楽の部分が素材として使われている曲。約18分。

c0050810_22504255.gif■日本製ロッシニョール op.29 “Le Rossignol” made in Japan (1994) [fl, ob, cl, pf, gt, perc, vn, vc] 日本作曲家協議会刊 JFC-0011
  イタリアのロゴスアンサンブルのドイツツアーのために作曲。2002年に国際現代音楽協会主催の世界音楽の日々に入選した。ストラヴィンスキーの夜鶯を引用素材に、引用素材からの加算して異化させた楽章と減算して異化させた楽章が対峙させられている曲。約13分。

■遠近術の物語 op.33 The Perspective Story (1995) [cl, va, pf] 全音楽譜出版
  ベートーヴェンの16番のソナタを物差しにして楽想を埋め込んでいる作品。約13分。

■歌曲集 Songs (1999-2007) [vo, pf] 全音楽譜出版
  1999年から2007年のいろいろな時期に書かれた歌曲をまとめたもの。7つの歌曲集全22曲収録して全音より出版。最後の歌曲集以外はすべて調性があり、《真っ赤なソング》や《ユーレイ鑑賞協会の歌》などのコミカルな曲や「音楽悪魔の辞典」をテキストにした《6つの項目》といったアイロニーの強い曲などもある。
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by ooi_piano | 2015-02-13 22:30 | POC2014 | Comments(0)

2/22(日)POC#21 野々村禎彦氏寄稿「日本のポスト戦後前衛世代について」

日本のポスト戦後前衛世代について ────────野々村 禎彦

c0050810_235221.jpg ヨーロッパのポスト戦後前衛世代は、ラドゥレスク(1942-2008)、ファーニホウ(1943-) らに始まり、グリゼー(1946-98)、ミュライユ(1947-)、シャリーノ(1947-) らベビーブーム世代でピークを迎え、ディロン(1950-)、ゲレーロ(1951-97)、サーリアホ(1952-) らから第二世代に入り、リンドベルイ(1958-)、バウクホルト(1959-)、ビローネ(1960-) らに至る作曲家たちの総称である。整理に便利な概念なのでPOCシリーズの解説では多用しているが、まだ一般的ではない。新しい複雑性やスペクトル楽派などのいくつかの潮流と、アペルギス(1945-)、シャリーノ、モネ(1947-)、ゲレーロ、デュサパン(1955-)、バウクホルトらの一匹狼に大きく分かれ、潮流で整理すると60年代生まれ以降の世代にも連綿と続いているように見えるが、バレット(1959-)、ピサロ(1961-) らまで下ると実験的ポピュラー音楽との境界が消失することが、世代区分の根拠になる。

 ただし、一見戦後前衛の反復に見えるポスト戦後前衛の諸潮流には、根本的な違いがある。戦後前衛は本質的にインターナショナルな運動だったのに対し、ポスト戦後前衛の諸潮流の始まりは国ごとのローカルな事情によるところが大きい。新しい複雑性は、戦後前衛第一世代を持たなかった英国でその欠落を埋める運動として始まり、ファーニホウのドイツ移住と戦後前衛の衰退が重なった結果、戦後前衛の失地回復運動として旧大陸でもリアリティを持った。スペクトル楽派は、アカデミズムの保守性が際立っていたフランスにおける、五月革命を起爆剤にした遅れてきた前衛運動(実際、五月革命でローマ賞の制度のみならず選考委員も一新され、楽派第一世代の受賞につながった)に他ならない。どちらの運動も、第一世代は発祥国の局地的なサークルとして始まったが、第二世代に至ってアカデミズムに組み込まれ、海外留学が容易になったことも背景に一挙に国際化した。

c0050810_236121.jpg 以上を前提に、今回は日本のポスト戦後前衛世代を取り上げるが、上記前提から明らかなように、日本に第一世代は存在しない。近藤譲(1947-) を第一世代の一匹狼と捉える向きもあろうが(その方が一般的かもしれないが)、POC#17の総説で述べた通り、近藤とその同世代の米国実験音楽に強い影響を受けた作曲家たちは、戦後前衛第二世代の最後とみなすのが適切だと筆者は考えている。他方、世代の切れ目を象徴するのは横島浩(1961-)、鈴木治行(1962-) らであり、こちらはヨーロッパと変わらない。またこの世代は、千野秀一(1951-)、灰野敬二(1952-) から内橋和久(1959-)、大友良英(1959-) まで、日本の実験的ポピュラー音楽の黄金世代であり(秋田昌美(1957-) を筆頭に、いわゆる「ジャパノイズ」を世界に広めた世代でもある)、ポスト戦後前衛に関する情報の鎖国状態が長く続いた特殊状況下でも、世代の切れ目は一致するのは自然な成り行きである。

 戦後前衛との切り分けが難しい「ドイツ音響作曲」や、米国実験主義の一側面を継承したヴァンデルヴァイザー楽派も含め、ポスト戦後前衛の諸潮流はみなヨーロッパ発であり、インターネット普及以前の日本では、この潮流の一員に加わるのは留学することとほぼ同義だった。特に日本では、本来この潮流とは異質な電子音楽でも同様の状況だった。80年代に入る頃から電子音楽の中心課題は大型コンピュータを用いた音響合成に移ったが、日本のナショナルセンターだったNHK電子音楽スタジオは、この変化に全く対応できなかったことに由来する。上原和夫(1949-) は70年代初頭から15年余りニューヨークで音楽活動を続ける間にこの変化を受け入れ、莱孝之(1954-) はユトレヒト音大ソノロジー研究所でコンピュータ音楽を草創期から学び、古川聖(1959-) はベルリン工大でコンピュータ音楽を学んだ後、カールスルーエ・ZKMでアルゴリズム作曲の研究を続けている。

 スペクトル楽派第二世代の野平一郎(1953-) と田中カレン(1961-) にはPOC#16の総説でも触れたが、野平は当時のIRCAMの花形研究だったリアルタイム音響合成にも深く関わり、《挑戦への14の逸脱》(1990-91/93) など、ヨーロッパ時代の代表作では積極的に利用している。また彼はアンサンブル・イティネレールのピアニストとしてスペクトル楽派を中心に現代作品演奏を数多く行い、このような経験の違いが共通する出自と経歴を持つ田中との帰国後の活動の違いにつながっている。その後のスペクトル楽派は日本の伝統的なフランス系アカデミズムと相性の良い方向に向かったこともあり、日本からは多くの作曲家が参加したが、これは本稿の対象ではない。

c0050810_2374146.jpg  ドイツの前衛音楽にはいくつかの整理法がある。筆者の「ドイツ音響作曲」は、噪音を組織化する方向性を総音列技法を核とする戦後前衛世代の主流とは別系統とみなし、ヘスポス(1938-) やハイン(1938-) のような非アカデミックな作曲家も含む形でまとめる試みだが、アカデミズムに限ると、カルコシュカ(1923-2009) とケレメン(1924-) に始まりラッヘンマン(1935-) が引き継いだシュトゥットガルト音大出身者を指す「シュトゥットガルト楽派」と、K.フーバー(1924-) がフライブルク音大に移りファーニホウも加わってからの門下生を指す「フライブルク楽派」を双璧とみなすことが多い。だが、特徴的な語法よりも師弟関係を重視する整理法はそもそも前衛音楽にはそぐわない上、カルコシュカとラッヘンマンに学んだシュパーリンガー(1944-) がK.フーバーの後任としてフライブルク音大教授になり、K.フーバーに学んだ細川俊夫(1955-) が後にラッヘンマンに傾倒し親交を結んだ例を見ても、両「楽派」の対立図式でドイツの状況を捉える見方には限界がある。

 この意味でも重要な細川は、日本の音大には馴染めずベルリン芸大の尹伊桑(1917-95) のもとで作曲を本格的に学び始めた。武満徹にも通じる初期の抒情的な作風は、彼の音楽の核になっている。その後師事したK.フーバーは、普遍性重視の尹とは対照的に、非ヨーロッパの作曲家には自国の伝統に目を向けるよう指導し(彼の弟子から妻になった朴泳姫(1945-) の作風は典型的)、細川は笙の和音を音楽の基層で鳴り続ける「母胎音響」とする書法を確立した。尾高賞を最初に受賞した《遠景I》(1987) はこの時期の代表作だが、《断章》シリーズ(1988-89) と《鳥たちへの断章》シリーズ(1990-91) でそこから離れ始め、《Landscape I》(1992) でノーノ《断章、静寂…ディオティマへ》(1980)、《Vertical Time Study I》(1992) でラッヘンマン《アレグロ・ソステヌート》(1989) を参照して次の時期に入る。またこの時期の彼は、秋吉台国際20世紀音楽セミナー&フェスティバルの音楽監督としてポスト戦後前衛の動向を日本の若手に積極的に伝えようとした。音楽祭最終年の1998年にはノーノ《プロメテオ》(1981-84/85)、東響コンポーザー・イン・レジデンス時代の2000年にはラッヘンマン《マッチ売りの少女》(1990-97/2000) の日本初演を監修している。

c0050810_239641.jpg 二度目の尾高賞受賞作、ハープ協奏曲《回帰》(2001) は、細川の創作歴の大きな節目になった。彼はこの年から武生国際音楽祭の音楽監督に就任し、武生国際作曲ワークショップをその中に組み込んだが、クラシックや伝統邦楽が中心の音楽祭の一環であるため、秋吉台とは自ずと性格も異なる。西村朗によるインタビュー(2005) でも、ヨーロッパの現代音楽祭を「非人間的」「末梢的」「音楽として喜びがない」と批判しており、《回帰 Re-turning》というタイトルはそのような文脈にふさわしい。ウィーンフィルやベルリンフィルからの委嘱作も、通常のクラシックコンサートの中で演奏されることを前提に書かれており、近年の細川作品を「戦後前衛」に連なる音楽と捉えるのは、彼にとっても本意ではないだろう。ただしこの「回帰」は一般的な伝統回帰であり、「本来の自分」への回帰ではなかった。「東洋はしょせん別枠」なヨーロッパではこの差異は問題ではないのだろうが、《断章》《鳥たちへの断章》シリーズを記憶していると、思いは複雑にならざるを得ない。

 三輪眞弘(1958-) は、細川と同じく尹のもとで作曲を本格的に学び始めた。その後シューマン音大でも学ぶが、以後の創作に本質的な影響を与えたのは、バーロウ(1945-) から私的に学んだアルゴリズム作曲だった。高校時代にプログレバンドで活動していた頃も、シンセサイザーの華やかな音色には全く興味が持てなかったという嗜好の持ち主だけに、彼は大型コンピュータによる音響合成には惹かれず、パソコンのプログラミングを独習してこの方向に進んだ。日本での出世作《歌えよ、そしてパチャママに祈れ!》(1989) は、ボリビア民謡の素材をアンサンブル編成に変換したアルゴリズム作曲作品だが、オリジナル曲のエンドレステープを演奏中にラジカセで流し続ける。初期代表作の《東の唄》(1992) は五音音階から日本民謡風の旋律を自動生成するシリーズのひとつで、ピアノのリアルタイムサンプリングとプレイヤーピアノによる再生、リアルタイム作曲とサンプリング音声による歌唱まで同一のプログラムで管理する一見徹底したコンセプトを持つが、音楽の中心はラヴェル《クープランの墓》の引用。このような脱中心的な仕掛けが彼の真骨頂だ。

c0050810_2394415.jpg フォルマント合成の試みに通俗的な衣をまとわせた過渡期を経て彼はアルゴリズム作曲に戻るが、コンピュータによる演算結果を音響化する従来方式ではなく、アルゴリズムを人力で行えるほど単純化して演算の過程を音響化し、「音楽的」な演算過程を持つアルゴリズムの探索にコンピュータを用いる「逆シミュレーション音楽」というコンセプトを提唱した。最後に人力演算の由来とされる祭祀的伝統を捏造し、「人間的な営み」から音楽が生まれた体裁を整えることも、コンセプトの一部だ。この斬新な発想は国際的に高く評価され、2007年のアルス・エレクトロニカ・デジタル音楽部門でゴールデン・ニカ賞(最高賞)を受賞した。ただしコンセプトの面白さと音楽の面白さにはズレがあり、翌年の芥川作曲賞を受賞した《村松ギヤ・エンジンによるボレロ》(2003) の核心は、弦楽器の三分音の上下行を直前の音符との相対音高で指定した結果、時間とともに誤差が蓄積して壮大なクラスターに至る、作曲者の意図せざる側面にある。《59049年カウンター》(2014) がこの路線での現在までの集大成だが、冒頭の濃密な音響が全く展開せずに続くうちに感覚が麻痺してくる異様な時間体験。この無時間性を乗り越える試みが、POC#20での委嘱新作を含む「新調性主義」である。

 この世代では、藤枝守(1955-) もアルゴリズム作曲に取り組んだ。彼の基本的発想はクラシックの既存の旋律をアルゴリズムで装飾して変容させてゆくことで、デビュー作の《フォーリング・スケール》シリーズ、初期代表作の《遊星の民話》シリーズとも、米国UCSDに留学し湯浅譲二らに学ぶ以前からの路線である。彼は留学中にパーチ、ハリソンら純正律志向の米国実験音楽の影響(音楽学者として米国実験音楽を研究するパートナー柿沼敏江の影響でもある)を強く受け、『響きの考古学』(音楽之友社, 1998) を著す。帰国後はDTMソフトを用いた電子音即興等を経て、植物の葉の電位変化をMIDI信号に変換する、銅金裕司の「プラントロン」システムの出力信号の音楽化という新たな発想を得た。当初は出力信号を電子音化したサウンドインスタレーションの形態を取ったが、やがて出力を器楽化した《植物文様》シリーズが創作の中心になった。純正調律した楽器の共鳴を経験して電子音響への関心は薄れ、さまざまな純正調律の響きの差異の提示がコンセプトになった。

c0050810_23105659.jpg この世代で海外留学を経ていない前衛的な作曲家として、まず挙げられるのは中川俊郎(1958-) だろう。三善晃に師事しその作風を忠実に継承したアカデミックな作曲家はこの世代に少なくないが、中川は三善譲りの堅実な書法は専らCM音楽の職人芸に生かし、カーゲル(1931-2008) の強い影響下に、劇場性や引用を全面的に取り込んだ創作を進めた。武満、湯浅ら「日本の戦後前衛」は(ヨーロッパ滞在組の松下眞一らも)カーゲルを嫌悪し、細川によるヨーロッパの潮流の紹介ではカーゲルは「旧世代」なので対象から外され、その音楽に向き合ったのはアカデミズムの異端者たちだった。中川はピアニストとしても現代音楽演奏を中心に活動を続け(もちろん、カーゲル作品は彼の重要なレパートリーのひとつ)、劇場性や即興性の比重が高い作品のリアリゼーションを自ら行えることのメリットは大きい。ただし多芸多才な中川にとってのカーゲル的な要素は、アカデミックな音楽性を手っ取り早く異化して独自性を確保するための道具であり、母国アルゼンチンでは映写技師だった、二重のアウトサイダーならではの西洋文明や芸術制度への疑義までは共有していない。

 他方、今回の主人公の南聡(1955-) は、アカデミズムの異端としてカーゲルと同じ問題意識で創作を進めてきた(むしろ彼はカーゲルを直接的には意識していない)。東京藝大では野田暉行(1940-) と黛敏郎(1929-97) に学んだが、オリジナルな作曲家は師匠の影響を受けるものではない(近藤譲への長谷川良夫(1907-81) と南弘明(1934-) の影響を取り沙汰する意味がないように)。この経歴と、1986年から北海道教育大学で教鞭を執り続けたため作品発表も音楽著述も道内が多く、東京圏での演奏機会は日本現代音楽協会関係の催しが主だったこともあり、正当な評価には時間を要した。その際に大きな役割を果たしたのは、コジマ録音からリリースされた3枚の作品集(2010/12/13) であり、特に《昼》(2012) は同年度のレコードアカデミー賞現代音楽部門を受賞した。

c0050810_2312838.jpg 南作品を特徴付けるのは、中世の世俗音楽から自作に至る、クラシックの既存作品の徹底的な引用と、作品ごとに考案される数理的操作である。ただし、彼の引用には素材の意味性を利用する意図はなく、「無からの創造」が結果的にロマン主義の亡霊を呼び寄せることを警戒し、素性の知れた素材に基づいて作曲を進めるためのものである。従って彼の数理的操作は引用と矛盾するものではなく、むしろ既存の素材を客観的に操作するためには不可欠である。ピアノソナタのシリーズは軒並み引用の比重が大きいが、ソナタ4番の社会風刺のような隠れた意図を埋め込む際にも数理的操作は用いられ、アンサンブル作品では数理的操作の比重が大きい作品も少なくない(《鏡遊戯》(2010) はそのような傾向の作品集)。南の姿勢は、出世作《喩えれば…の注解》(1986/88) から一貫しており、創作ペースはその時々の公務や体調によって影響されるが、作品の質と密度は近作でも揺るぎない。ポスト戦後前衛の時代様式の後追いに汲々とせずとも、個人様式を貫けば一匹狼として国際的水準に達することは可能であり、時代様式の限界が露わになってようやく、時代は南に追いついた。
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by ooi_piano | 2015-02-13 20:53 | POC2014 | Comments(0)

【予告】 POC 第16回~第21回公演

チラシ表 http://twl.sh/VFX8L2  チラシ裏 http://twl.sh/VFXxxk
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9月26日付・日本経済新聞で御紹介頂きました。http://www.nikkei.com/article/DGKDZO77517790V20C14A9BC8000/

9/21ミュライユ公演 感想まとめ http://togetter.com/li/724725
10/19近藤譲公演 感想まとめ http://togetter.com/li/738137
11/23リーム+12/14西村朗公演 感想まとめ http://togetter.com/li/760105

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大井浩明 Portraits of Composers [POC]
大井浩明(ピアノ+オンドマルトノ独奏)


両国門天ホール (130-0026 東京都墨田区両国1-3-9 ムラサワビル1-1階)
JR総武線「両国」駅西口から徒歩5分、大江戸線「両国」駅A4・A5出口から徒歩10分

3000円(全自由席) [3公演パスポート8000円 全公演パスポート15000円]
【お問合せ】 合同会社opus55 Tel 03(3377)4706 (13時~19時/水木休) Fax 03 (3377)4170 (24時間受付) http://www.opus55.jp/

c0050810_5241464.jpg【ポック[POC]#16】 ~ミュライユ全鍵盤作品 2014年9月21日(日)18時開演(17時半開場) 助演:長谷綾子[※]
●トリスタン・ミュライユ(1947- ):《夢によって吊るされ磨かれた片眼のように》(1967)、《マッハ2.5》(1971)[※]、《拡がる鏡》(1971)[※]、《河口》(1971/72)、《ガラスの虎》(1974)[※]、《忘却の領土》(1977)、《南極征服》(1982)、《別離の鐘と微笑み~O.メシアンの追憶に》(1992)、《マンドラゴラ》(1993)、《仕事と日々》(2002)


c0050810_525225.jpg【ポック[POC]#17】 ~近藤譲全ピアノ曲 2014年10月19日(日)18時開演(17時半開場)
●近藤譲(1947- ):《クリック・クラック》(1973)、《視覚リズム法》(1975)、《形は影にしたがう》[ピアノ独奏版] (1975)、《歩く》(1976)、《撚りII》(1980)、《記憶術のタンゴ》(1984)、《ピアノのための舞曲「ヨーロッパ人」》(1990)、《早春に》[ピアノ独奏版] (1993)、《高窓》(1996)、《夏の小舞曲》(1998)、《メタフォネーシス》(2001)、《リトルネッロ》(2005)、《イン・ノミネ<レスニェフスキー風子守唄>》(2006)、《長短賦》(2009)、《テニスン歌集》(2011)、《ギャマット》(2013)、《観想》(2013)


c0050810_5262238.jpg【ポック[POC]#18】 ~W.リーム「ピアノ曲」全曲 2014年11月22日(土)18時開演(17時半開場)  助演:法貴彩子 [※]
●ヴォルフガング・リーム(1952- ):ピアノ曲第1番Op.8a(1970)、同第2番Op.8b(1971、日本初演)、同第3番Op.8c[ピアノ連弾](1971/99、日本初演)[※]、同第4番(1974、日本初演)、同第5番《墓》(1975)、同第6番《バガテル集》(1977/78)、同第7番(1980)、《再習作(ナッハシュトゥディー)》(1992/94、日本初演)


c0050810_527116.jpg【ポック[POC]#19】 ~西村朗ピアノ作品撰集 2014年12月14日(日)18時開演(17時半開場)
●西村朗(1953- ):《三つの幻影》(1994)、《タンゴ》(1998)、《オパール光のソナタ》(1998)、《アリラン幻想曲》(2002)、《薔薇の変容》(2005)、《神秘の鐘》(2006)、《カラヴィンカ》(2006)


c0050810_5324329.jpg【ポック[POC]#20】 ~細川俊夫/三輪眞弘全ピアノ曲 2015年1月25日(日)18時開演(17時半開場)
●細川俊夫(1955- ):《メロディアII》(1977/78)、《夜の響き》(1994/96)、《ピエール・ブーレーズのための俳句》(2000/03)、《舞い》(2012)、《エチュード集》(2011/13)
●三輪眞弘(1958- ):《3つの小品》 (1978)、《公現/幻》 (1985)、《レット・イット・ビー(アジア旅行)》(1990)、《語られた音楽が語るとき》(2000)、《虹機械》より第2部「武装した人」(2008)、《虹機械第2番「七つの照射」》(2008)


c0050810_5313686.jpg【ポック[POC]#21】 ~南聡「ピアノソナタ」全曲 2015年2月22日(日)18時開演(17時半開場)
●南聡(1955- ):ソナタ第1番《隠喩の窓辺》Op.19 (1989)、ソナタ第2番《昼の注解/鳥籠の中の変貌》Op.25 (1992)、ソナタ第3番《甘き春の残痕》Op.30 (1995)、ソナタ第4番《間-用語(禁止)》Op.37 (1997)、ソナタ第5番《帯 II》Op.46 (2000)



POC2014:戦後前衛の先に広がる豊穣を聴く ――野々村 禎彦

c0050810_6413018.jpg  日本前衛音楽のゴッドファーザー松平頼則(1907年生)から大井と同年生まれ(1968年生)の作曲家たちまで、プログラムの出発点と終着点をあらかじめ示して始まったPOCシリーズも今年度で4期目。昨年度はフォルテピアノによるベートーヴェン・ソナタ全曲演奏会東京公演で休んだ代わりに、例年よりも1回多い全6回ヴァージョンで帰ってきた。このシリーズは、「現代音楽」の歴史を鍵盤曲の全曲演奏で振り返るのが基本コンセプトだが、今期取り上げる作曲家は全員が戦後生まれ、1947年から1958年まで。いよいよシリーズも佳境を迎える。現代音楽を代表する作曲家を大別すると、大トレンドの代表者と際立つ個性の一匹狼にまず分かれる。ポスト戦後前衛世代で言えば、「新しい複雑性」の代表ファーニホウ(1943年生)とイタリアの一匹狼代表シャリーノ(1947年生)は既に第3期で取り上げた。今期で彼らに対応するのが、「スペクトル楽派」の代表ミュライユ(1947年生)と日本の一匹狼代表近藤譲(1947年生)である。

c0050810_6415890.jpg  グリゼー(1946年生)とミュライユは、ローマ大賞を受賞しローマに留学した際に、現代音楽史の特異点とも言えるシェルシ(1905年生)の音楽に出会った。ひとつの音を果てしなく繰り返して倍音構造に没入する即興演奏から素材を得るのがシェルシの「作曲」の特徴だが、師メシアンと同じく反復と音色探求が基調でも、かくも異様な音楽が存在するという啓示は、彼らが師の影響から羽ばたく契機になった。結局、シェルシの即興をスペクトル分析や音響合成などの科学的アプローチに置き換えたのが、「スペクトル楽派」の音楽に他ならない。ふたりの音楽性は見事なまでに相補的で、大編成の原理的な探求を得意にしたのがグリゼー、小編成のプラクティカルな探求を得意にしたのがミュライユだった。従って、鍵盤曲ではミュライユがスペクトル楽派の代表になる。またミュライユは、ジャンヌ・ロリオに続く世代を代表するオンド・マルトノ奏者でもあり、この楽器のための作品も多い。ピアノとオンド・マルトノ独奏曲を網羅したミュライユの音世界の核心を伝えるプログラムは、どちらの楽器にも精通した大井ならでは。

c0050810_6423681.gif  かつて近藤譲は、最も影響を受けた作曲家として、ヴェーベルン、《アゴン》以降のストラヴィンスキー、偶然性以前のケージ、フェルドマンを挙げていた。ヨーロッパ・セリー主義のハードコアを志向するが戦後前衛のセリー主義ではなく、米国実験主義を志向するがケージ流の苛烈な偶然性ではない。このスタンスは、「時代様式」至上主義者には中途半端に見えるかもしれないが、歴史を俯瞰して自らの感性に適った先人を見出し、その先を探求する姿勢こそが「前衛」と呼ぶにふさわしい。実際、彼は「最後の前衛作曲家」を自認しているという。また、絶対音感は持っていないと公言する近藤は、まずピアノに向かって作曲する。かつて主宰していたムジカ・プラクティカでは、井上郷子参加以前は自作のピアノパートはしばしば自分で弾いていた。従って、井上もまだライヴでは試みていないピアノ曲全曲演奏は、近藤の音楽の核心に至るための一番の早道である。

c0050810_6434138.jpg  ポスト戦後前衛のトレンドを語る際、「新ロマン主義」あるいは「新表現主義」「新しい単純性」は無視できない。この用語が元々指していた界隈は、ヘンツェ(1926年生、折衷主義的なオペラの大家)に師事したドイツ圏の作曲家たちだが、オイルショック以降の世界的不況を背景に広まったこのトレンドは、ルトスワフスキ(1913年生)、尹伊桑(1917年生)ら年長世代や戦後前衛世代の伝統志向の作曲家たち(リゲティ、ブーレーズ、ベリオ、武満徹、ペンデレツキ…、ただし彼らの多くは自認していない)も巻き込んで一大勢力になった。W.リーム(1952年生)と西村朗(1953年生)は、自他ともにこのトレンドの東西代表と認められている。

c0050810_6444296.jpg  ただし、あるトレンドの「代表者」は、往々にして異端者でもある。このふたりは早熟で知られ、W.リームは10代後半には既に戦後前衛の諸技法を身に着けていた。その先を探求するために、戦後前衛の本丸シュトックハウゼンの門を叩いたが、折しも師は《シュティムンク》《マントラ》など、調性的な素材の可能性を探求していた時期であり、W.リームもこの関心を受け継いだ。すなわち彼の新ロマン主義は、折衷主義の対極にある。大編成作品では往々にして粗製濫造のW.リームだが、《ピアノ曲》シリーズと弦楽四重奏曲にはその時点の総力を注ぎ込んできた。J.S.バッハ、ベートーヴェン、シュトックハウゼン、ラッヘンマン作品の全曲演奏を重ねてきた大井にとっても、この全曲演奏はドイツ音楽解釈の総決算になりそうだ。また西村の場合は、20代半ばで日本アカデミズムの頂点に立ち、その後を見据えて採用したのが、東アジアの民族音楽(《ヘテロフォニー》《ケチャ》シリーズ)と新ロマン主義だった。すなわち彼の新ロマン主義は、ガラパゴス化を深める日本アカデミズムとの訣別宣言だった。実際、W.リームと西村の弦楽四重奏曲は、戦後前衛音楽演奏のチャンピオン、アルディッティ四重奏団の最重要レパートリーに他ならない。

c0050810_6453487.jpg  近藤と西村は、武満が「日本の前衛音楽」の首領として君臨していた時期から広く知られており、一般に「日本のポスト戦後前衛」の代表者と看做されているのはむしろ、細川俊夫(1955年生)と三輪眞弘(1958年生)である。細川は90年代初頭からまず秋吉台国際現代音楽祭、次いで武生国際音楽祭を通じて新しい複雑性やスペクトル楽派などの国際的なトレンドを積極的に紹介し、アカデミズムも「前衛音楽」側も長らく鎖国状態だった日本の状況に風穴を開け、多くの後進を育てた。三輪はクラーレンス・バーロウ(1945年生)譲りのアルゴリズム作曲を人文学の文脈に落とし込む巧みなコンセプトと、現代音楽と実験的ポピュラー音楽の最先端が切れ目なく繋がった今日の状況を予見したスタンスで、細川とは全く異なった角度から多くの後進を育てた。このふたりは一見あらゆる面で対照的だが、尹伊桑のもとで音楽を専門的に学び始めたこと、武満が主催したMusic Today作曲コンクールへの入選を機に日本で知られ始めたことなど、共通点も思いの外多い。

c0050810_646644.jpg  音楽史的観点から今期POCの聴きどころを眺めてきたが、今期の作曲家の顔ぶれは、大井の個人史的にも大きな意味を持っている。ヨーロッパ留学以前の彼が、関西の作曲家を紹介する演奏会シリーズを始めた時、最初に取り上げたのが西村であり(《ピアノ・ソナタ》世界初演を含む、1994年時点での全曲演奏)、Portraits of Composers というシリーズ名及び「ポック」と読ませる略称は、この時西村が命名した。また彼は、朝日現代音楽賞受賞記念コンサートで近藤譲《ペルゴラ》を委嘱初演したが、リハーサルで近藤から「もっとシューベルトのように弾いて欲しい」と注文されたのが、独学を止めて留学を決意する最後の一押しになったという。なお、彼は若手作曲家への委嘱及び作品演奏を活動初期から積極的に行ってきたが、その多くは今回取り上げる作曲家たちの弟子筋にあたり、彼らのルーツを辿る意味合いもある。

c0050810_6465110.jpg  なお、ここまで南聡(1955年生)には触れなかったのには理由がある。日本のアカデミズムでは突出して先鋭的な作風の持ち主ながら、80年代半ばから北海道教育大学で教鞭を執り、以後は作品発表も音楽著述も主に道内で行ってきたため、日本の表舞台ではなかなか認知されなかった。だが、かつてのヨーロッパの大トレンドも過去のものとなったここ数年、彼の評価は急速に高まってきた。作品集はコンスタントに音盤化され、2013年にはレコードアカデミー賞現代音楽部門も受賞した。折衷主義と無縁の、真のポストモダニズムを体現したカーゲル(1931年生)も既に世を去り、その精神を今日に伝えているのは、直弟子のバウクホルト(1959年生)の他には南だけかもしれない。これまで南とは直接の接点はなかった大井が、大トリに南のソナタ全曲を選んだことは、今期一番のサプライズと言えそうだ。ただし、彼の留学時代の師カニーノはカーゲルの作品解釈に定評があり、また彼はポストモダン的傾向の強い三宅榛名、野村誠、伊左治直や南とは縁の深い杉山洋一の作品もレパートリーにしている。サプライズに留まらない化学反応に期待したい。
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by ooi_piano | 2015-02-11 17:46 | POC2014 | Comments(0)