6/12 三輪眞弘公開録音 他

c0050810_1501371.jpg人力音楽の極北を聴け! 楽譜出版記念イベント:「虹機械 公案-001」公開収録 - 大井浩明氏を迎えて – 
 HDII 高精細映像技術を用いた表現研究プロジェクト(録画)+上山朋子(録音)〕

2015年6月12日(金)19時開演 (開場18時半) 入場無料
情報科学芸術大学院大学[IAMAS] ギャラリー1(岐阜県大垣市加賀野4丁目1−7 ソフトピアジャパン・センタービル 3階)

【プログラム】
三輪眞弘:ピアノ独奏のための《虹機械 公案-001》(2015) (ピアノ/大井浩明) 公開収録

アフタートーク(三輪眞弘/大井浩明)

  今年1月に東京で開催された大井浩明ピアノリサイタル「POC#20」感想集)で初演された三輪眞弘教授作曲の超絶技巧ピアノ作品「虹機械 公案-001」。その楽譜出版を記念し、同作品のライブ演奏を録画(録音)すべく、世界的に活躍する大井浩明氏を本学に迎え公開収録イベントを行います。一瞬の休みもない疾風怒濤の音のうねりを、超人的な技巧と集中力で大井氏が一気に弾き通します!また、収録後は大井氏と作曲者である三輪眞弘教授によるアフタートークを行います。是非この貴重な公開収録の現場にお立ち会いください。
  *学外の方のご来場も歓迎します。その際は事前に三輪(mmiwa@iams.ac.jp)までご連絡ください。

 出版譜:三輪眞弘「虹機械 公案-001」Masahiro Miwa "Rainbow Machine Koan-001"
2015年6月1日初版発行、マザーアース株式会社(表紙:永原康史+平林美穂)No. M0123

  *当日会場での楽譜販売はいたしません。会場で楽譜を見ながら演奏を確認したいという方は事前に楽譜をお買い求めください。

c0050810_1511986.jpg三輪眞弘 Masahiro MIWA, composer
 1958年東京に生まれる。1974年東京都立国立高校入学以来、友人と共に結成したロックバンドを中心に音楽活動を始め、1978年渡独。ベルリン芸術大学で尹伊桑に、ロベルト・シューマン音楽大学(デュッセルドルフ)でギュンター・ベッカーに師事。1980年代後半からコンピュータを用いた作曲の可能性を探求し、特にアルゴリズミック・コンポジションと呼ばれる手法で数多くの作品を発表。1989年第10回入野賞第1位、2004年芥川作曲賞、2007年プリ・アルスエレクトロニカでグランプリ(ゴールデン・ニカ)、2010年芸術選奨文部科学大臣賞などを受賞。近著「三輪眞弘音楽藝術 全思考一九九八ー二〇一〇」出版、2012年9月にリリースされた新譜CD「村松ギヤ(春の祭典)」などをはじめ、活動は多岐にわたる。旧「方法主義」同人。「フォルマント兄弟」の兄。情報科学芸術大学院大学(IAMAS)教授。

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神戸大学(鶴甲第2キャンパス)公開レクチャー [兵庫県神戸市灘区鶴甲3-11]
2015年6月11日(木)
3限(13:20~) 「イタリア現代ピアノ音楽の潮流」 神戸大学発達科学部C棟106教室
4限(15:10~) 「モダンピアノによるバッハ演奏の諸問題」 神戸大学発達科学部C棟101教室
問い合わせ:田村(bunsay[at]kobe-u.ac.jp)

 ※ピアノでバッハをどう弾くか(その1)(その2)、 (その3)
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by ooi_piano | 2015-05-22 15:01 | POC2014 | Comments(0)

●上野耕路のしゃべられ対談 Vol.3 Guest:大井浩明
●『日本アカデミー賞』受賞の鬼才、“たらこ・たらこ・たらこ”生みの親によるめくるめくサントラの世界
●Yahooニュース 

c0050810_6331634.jpg  上野耕路が、5月16日(土)22:00よりWOWOW プライムにてスタートする連続ドラマW「夢を与える」の劇伴を担当。同ドラマのサウンドトラックが5月28日にリリースされる。

  「夢を与える」は綿矢りさの同名小説をドラマ化したもの。美しく健やかに育った主人公が、娘に夢を託す元モデルの母や周囲の人間の欲望の渦に巻き込まれ転落していく様子と、その中で成長していく姿を描く。主演を小松菜奈、菊地凛子の2人が務めるほか、夏帆、浅野和之、オダギリジョーといった俳優陣が出演。監督は犬童一心が務める。

  音楽を手掛けるのは戸川純らとともにゲルニカとして活動しており、近年では「ヘルタースケルター」「のぼうの城」「マエストロ!」といった映画の劇伴でも知られる上野耕路。上野はピアニストの大井浩明とともにスキャンダラスなドラマを盛り上げる。またドラマの主題歌には、菊地成孔プロデュースによる菊地凛子の音楽プロジェクト・Rinbjo produced by N/K a.k.a. 菊地成孔の新曲「dIS de rEAm」が使用される。

  CDリリースに先駆け、5月16日よりiTunes Storeほか各配信サイトではアルバムの配信が順次スタート。さらにmoraではハイレゾ音源の取り扱いも決定している。


c0050810_6521643.jpgガジェット通信

  犬童監督「(ドラマの内容がスキャンダラスだったので)最初は、嫌がられていたんです。ですから、ドラマになると決まった時には、自由にやらせてくれる、飲み込んでくれる方々に、すごく感謝しました。綿矢りささんには、原作が出て映像化をすぐにお願いしました。シナリオを見せて気に入ってもらえて。それからもう6年、やっと出来上がりが見せられるなというのが、また嬉しかったですね。」



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連続ドラマW「夢を与える」オリジナル・サウンドトラック/上野耕路
先行配信: 2015.5.16/CD: 2015.5.28 on sale
MMRC-002 /¥3,000(taxin)
発売元: music marketing research / BASiLiCA INC.

【CD】
●オフィシャル通販サイト (5/28発売開始)
●Amazon (6/4発売開始)

【配信】
iTunes (worldwide)
Music.jp
●Tapnow
Spotify (worldwide※日本以外)
●Amazon Music (worldwide)
●レコチョクオリコンミュージックストア
mora (ハイレゾ音源も取り扱い)
●oricon

c0050810_6531146.jpg収録曲
01. 嵐の朝への前奏曲 (☆)
02. 奈落
03. 時の経過 #1 (☆)
04. 幸せの幻影 (☆)
05. 屋根の上の空 (☆)
06. 幼いワルツ (★)
07. ガールタイム #1 (☆)
08. メイビー・イッツ・ユー (☆)
09. ガールタイム #2 (☆)
10. 喧噪のワルツ (★)
11. 蛇
12. 大切な思い出~メイビー・イッツ・ユー (☆)
13. 時の経過 #2 (★)
14. 濁ったワルツ (★)
15. おうまれだイエスさまが
16. メインテーマ
17. クリスマスソング
18. モノローグ
19. チェイス
20. 彼方からの眼差し (☆)
21. 後奏曲 (☆)
22. スターチーズCM
23. スターチーズ・サウンド・ロゴ

(★) ピアノ独奏/重奏
(☆) ピアノ/フェンダーローズ伴奏

WOWOWプライム 連続ドラマW「夢を与える」
毎週土曜日22:00~23:00(全4話)
※初回放送は5月16日
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by ooi_piano | 2015-05-21 06:38 | 雑記 | Comments(0)

c0050810_10451861.jpgピアノによるマーラー交響曲集
Mahlers Sinfonien am Klavier vorgetragen


【第二回公演】 2015年5月22日(金)19時開演(18時半開場)
浦壁信二+大井浩明/二台ピアノ

公園通りクラシックス (東京都渋谷区宇田川町19-5 東京山手教会B1F)
全自由席 3,000円  http://k-classics.net/
予約・問い合わせ tel. 080-6887-5957 book.k-clscs[at]ezweb.ne.jp

B.A.ツィマーマン:《モノローグ》(1960/64) [全5楽章]  (約20分)
  I.Quasi irreale - II. - III. - IV. - V.

  (休憩10分)

■G.マーラー:交響曲第2番ハ短調《復活》(1888/94) [全5楽章] (約80分)
 H.ベーン(1859-1927)による二台ピアノ版(1895) (日本初演)
  I. Maestoso - II.Andante con moto - III. In ruhig fließender Bewegung - IV.Urlicht - V. Im Tempo des Scherzos. Wild herausfahrend


c0050810_10461176.jpg  ケン・ラッセルの映画『マーラー』に、ユダヤ教徒であったマーラーがカトリックに改宗し、意気揚々と帰宅したところ弟オットーが(恐らく改宗した兄グスタフへの非難の意を込めて)自殺していた、というシーンがある。ラッセルの映画はもとより史実に忠実では無く、題材となった人物をもとにしたファンタジーという側面が強いが、弟オットーの自殺は1895年、マーラーのカトリックへの改宗は1897年であり、この二つを重ね合わせるのは完全にフィクションである。マーラーは改宗のしばらく後、ウィーンの宮廷科劇場の音楽監督に就任する。ウィーンは反ユダヤ的感情が強い保守的な街だった。カトリックへの改宗が、マーラーがウィーンの音楽界の頂点に上り詰めるための大いなる助けになったことは否めないだろう。ではマーラーは、ただ栄光の座を掴むために改宗したのだろうか。そのキリスト教信仰は、偽りのものだったのだろうか。

  《復活》終楽章には合唱が入っているが、マーラーがこの交響曲に合唱を使おうと思ったきっかけは、彼自身が手紙の中で述べた次のようなエピソードで広く知られている。1894年3月29日、ハンブルクにおいて行われた指揮者ハンス・フォン・ビューローの葬儀にマーラーが参列した際、そこで歌われたクロプシュトックの詩によるコラールを耳にして強い衝撃を受け、これを作曲中の交響曲の締めくくりに使用することを瞬時に思いつく。マーラー自身はこの瞬間のことを、芸術家が待ち望む「聖なる受胎」であると表現している。マーラーの初期の交響曲は、最初は別の曲のために構想された音楽がほぼそのまま転用されて交響曲の一部分になったり、作曲していくうちにどんどん構想が膨れ上がっていくなど、パッチワークされて出来上がった要素が強い。交響曲第2番は特にその傾向が顕著に現れているが、こうして膨れ上がった音楽をどう落としどころに持っていくか、マーラーは考えあぐねていた。一方、マーラーはこの交響曲をなんらかの宗教的なテキストによって締めくくろうという構想を早いうちから持っていたらしい。第1楽章は《葬礼》というタイトルで一つの独立した交響詩として構想されていた時期もあったのだが、このタイトルからして宗教的なヴィジョンや死生観といったものを想起させるし、それ以前に音楽それ自体が既に死や闇といったものを強く感じさせる。そこにビューローの葬儀で耳にしたクロプシュトックの詩が絶妙に適合したのである。

c0050810_1047517.jpg  もっとも、マーラーがクロプシュトックの詩をそのまま使用したかといえば、そうではない。詞の最初こそはクロプシュトックから取られたものだが、歌詞の半分以上は、実はマーラー自身によるものである。クロプシュトックの詩だけでは、マーラーはこの交響曲を十全に締めくくることが出来なかった。マーラーはクロプシュトックの詩を補うために古今東西の様々な文学作品に目を通したが、マーラーを満足させるものはそこには無かった。マーラーは、クロプシュトックの詩そのものにも、細部に手を加えている。結局、交響曲で歌われる歌詞は全編にわたってマーラー自身の思いが強く出たものになっており、マーラーは自分で歌詞をつけた合唱、としていた。あくまでクロプシュトックの詩は最初のきっかけとしてあり、マーラーは音楽だけではなく言葉においても自由に想像力を羽ばたかせたのである。

   してみると、全曲の終わり近くで合唱によって力強く歌われる加筆部分、 ”Sterben werd’ ich, um zu leben!”「生きるためにこそ私は死ぬのだ!」こそが、マーラー自身の叫びに他ならないだろうと考えられる。逆説的な生命への希求であり、しかし単純な死への恐怖ではない。死という観念に捕われることの多かったマーラーだったが、ここでは死に立ち向かうことによって死を乗り越えることを選んだのである。第5楽章、合唱が登場するのは終盤であり、そこに至るまでは壮絶な闘争の音楽となっている。それは「最後の審判」であり、黙示録の世界であった。合唱が登場する直前、天上から天使のラッパが轟く。フルートとピッコロによる鳥のさえずり。その直後、厳かに合唱が歌いだす。そこから音楽は終結に向かってドラマティックに盛り上がっていく。合唱が力の限り歌い上げ、鐘が打ち鳴らされた後、全曲は力強く終結する。

c0050810_10474310.jpg  管弦楽作品をピアノ連弾で演奏することは、19世紀前半には家庭の楽しみとして広く行われていた。ワーグナー以降は幾つものパートに分かれて巨大で複雑なものとなったオーケストラ全体の譜面から、音楽の骨格だけを抽出しそれを露にする、という、作品のパブリシティならびに新技法の研究用へと主眼が移っていった。マーラー自身、ブルックナーの交響曲第3番のピアノ編曲を手がけているが、これはウィーン大学でマーラーがブルックナーの和声学の講義を受け、その交流の中で生み出されたものだった。ヘルマン・ベーンはハンブルクの法律家であり、ブルックナーやラインベルガーに師事した作曲家・ピアニストである。マーラーとも親交を結び、この《復活》2台ピアノ版は、マーラーとベーンが二人でピアノを弾いて楽しんだこともあった、と伝えられている。ベーン自身の作品として後世に残るものは無いが、同時代の作品をピアノ用に編曲したものは、現在でもネット上で幾つか見ることが出来る。この《復活》ピアノ連弾版の楽譜の出版は1895年。オーケストラ全体のスコアの出版が1897年なので、それよりも早く世に出たことになる。《復活》全ての楽章のオーケストラによる初演は、1895年12月、マーラー自身の指揮によって行われた。

  ベーンによる《復活》の編曲譜には、原曲と同様に独唱と合唱パートも併記されている。もともとベーンの《復活》は、コンサートで演奏されることを前提にした編曲ではなく「音楽の骨格を露にする」こと(とベーン自身の楽しみのために)編曲された作品なので、特に音符の改変といったものはない。マーラーの原曲は大人数のオーケストラと合唱と二人の独唱者を必要とする、まずは音の質量で聴衆を圧倒するような作品であった。また、舞台上の演奏者とは別に舞台裏の演奏者を多く必要とする作品でもあり、「黙示録」の場面では、マーラー自身の指示によって、最後の審判を告げるラッパは舞台から遠く離れたところから鳴り響く。ベーンの《復活》は、舞台上のオーケストラはもちろん、そういった舞台裏のオーケストラもすべて二台のピアノでやらせている。本日の演奏は、独唱も合唱も無しで二台ピアノだけの演奏となる。原曲では合唱が登場するのは第5楽章の終盤部分で、交響曲全体からするとほんの一部分である。しかしその存在感は強烈で聞く者に強い印象を残す。前述した通り《復活》はパッチワークのような経緯で完成した作品だが、そうした経緯は楽章と楽章との間の関連が希薄であるという点に如実に現れている。マーラーの時代、交響曲というものは全体に一貫した関連が必要と考えられており、そのことはマーラーも強く意識していた。マーラー自身、完成した《復活》について、一つの交響曲にするのだったら楽章ごとの関連をもっと持たせておくべきだった、という意味のことを述べていた。しかし、最後の合唱はそういった「欠点」を覆い隠す効果を持っていて、いわば「終わり良ければすべて良し」に近いカタルシスを聞く者にもたらす。無論、そのような「力技」を可能にしたのはマーラーの天才に他ならないのだが、独唱も合唱も入らない2台ピアノのみの演奏は、それらのマーラーによる「力技」を全てはぎ取り、まさに「音楽の骨格を露にする」ものとなる。剥ぎ取られたものと残ったもの、どちらがより心に残るか。編曲という行為の危うさと醍醐味、それは背中合わせにあると言えるだろう。

c0050810_1048308.jpg  マーラーは神無き時代に神を求めた人間だった。作品に使われたテキストからも、マーラーがキリスト教の世界観に馴染み、これを身近なものと感じていたことは明らかであろう。マーラーの音楽に色濃く現れる「愛」「生と死」といったものは、キリスト教的なヴィジョンに基づくものであった。単に地位のためにマーラーの改宗が行われたと考えることは、少なからず無理がある。マーラーは複雑な人間で、また文学的な素養も極めて豊富に持っていた。マーラーはキリスト教的な種々のテキストを一字一句文字通りに受け取ることはしなかったが、それでも彼は極めてキリスト教的な人間であったと言って良い。(マーラーの同僚でかつライバルでもあったリヒャルト・シュトラウスは、キリスト教に強い反感を持ち、その作品からキリスト教的な要素は感じにくい。)

  B.A.ツィンマーマンもまた、神無き時代に神を求めた人間だった。ただ、マーラーの時代とマーラー自身は芸術という神をまだ信じることが出来たのだが、ツィンマーマンはそうでは無かったように思える。1918年生まれのツィンマーマンは、ナチスドイツや第二次世界大戦の災厄が直撃した世代に属する。第二次世界大戦後のドイツの芸術家は、「アウシュヴィッツ以降、詩を書くことは野蛮である」というテーゼに否応無く直面させられることとなった。この時代、かって芸術が纏っていた神聖さというベールは剥ぎ取られ、芸術という神もまた、死んだ。安易に人の人生を比較することは慎まなければならないが、しかし筆者はそれでも、マーラーよりもツィンマーマンの方が遥かに困難な人生を歩んだと言いたい欲求にかられる。そしてその分、神を求める心もより強く痛切なものだったのでは、と思えてならない。

c0050810_1049190.jpg  ツィンマーマン《モノローグ》では、グレゴリオ聖歌《来たれ、創造主なる聖霊よ》、バッハ《目覚めよと呼ぶ声が聞こえ》《天にましますわれらの父よ》、メシアン《天国を希求する魂の穏やかなアレルヤ》《父のみもとへ昇るキリストの祈り》等が次々と引用された後、終始線の傍らに「O.A.M.D.G.」という言葉が書き込まれている。「すべてをより大いなる神の栄光のために」。1970年8月、ツィンマーマンは自ら命を絶った。死を選ぶ前にその精神は既に病んでいたというが、死を選んだ真の理由は謎に包まれている。神の栄光を讃えたツィンマーマンに、神は祝福を与えたことはあっただろうか。そしてマーラー。マーラーがカトリックに改宗したのは1897年2月のこと。その改宗は、ビューローの葬儀が営まれたハンブルクの教会で行われた。弟オットーは2年前に自ら命を絶っており、帰宅したところでオットーの死体が待っている訳ではない。しかし、その弟の幻影は一生マーラーに纏わり付くこととなる。《復活》では死を語ることにより逆説的に生を歌い上げたマーラーだったが、《復活》以降、死はマーラーの音楽に取ってより重要な要素となっていく。愛、生と死、信仰、そして、神。マーラーとツィンマーマンも、人間に取って極めて根源的なそれらのものに向き合い、対決し、そしてその痕跡を自らの作品の中に残した芸術家だった。(中田れな)
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by ooi_piano | 2015-05-20 10:42 | コンサート情報 | Comments(0)