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大井浩明 連続ピアノリサイタル
Hiroaki OOI Klavierrezitals
Robert Schumanns Fußspuren

松山庵 (芦屋市西山町20-1) 阪急神戸線「芦屋川」駅徒歩3分
4000円(全自由席)
〔要予約〕 tototarari@aol.com (松山庵)

後援 一般社団法人 全日本ピアノ指導者協会(PTNA) [ ]

チラシ 



【第2回公演】11月9日(日)15時開演(14時45分開場)

《交響的練習曲 Op.13 + WoO 6》(1834/37) [ファンテジー(遺作)6曲を含む全19曲版] 32分
 Thême d'un Amateur / Andante - Etude I Un poco più vivo - Etude II Andante - Fantaisie 3 - Fantaisie 4 - Etude III Vivace - Etude IV Allegro marcato - Fantaisie 10 - Etude V Scherzando - Fantaisie 6 - Etude VI Agitato - Etude VII Allegro molto - Etude VIII Sempre marcatissimo - Etude IX Presto possibile - Etude X Allegro con energia / Fantaisie 7 / Etude X - Fantaisie 8 - Etude XI Andante espressivo - Etude XII (Finale) Allegro brillante
《子供の情景 Op.15》(1838) 18分
 I. 見知らぬ国と人々について - II. 不思議なお話 - III. 鬼ごっこ - IV. おねだり - V. 満足 - VI. 重大な出来事 - VII. トロイメライ(夢) - VIII. 暖炉のそばで - IX. 木馬の騎士 - X. むきになって - XI. こわがらせ - XII. 眠る子供 - XIII. 詩人のお話
《アラベスク Op.18》(1838/39) 6分
 Leicht und zart - Minore I, Etwas langsamer - Tempo I - Minore II, Etwas langsamer - Zum Schluss

  (休憩)

《花の曲 Op.19》(1839) 7分
 I. Leise bewegt - II. Ein wenig langsamer - III. - II. - IV. - III. - II. - IV. - V. Lebhaft - II. Minore - IV. - II.
《フモレスケ Op.20》(1839) 25分
 Einfach - Hastig - Einfach und zart /Intermezzo - Innig - Sehr lebhaft - Mit einigem Pomp - Zum Beschluss
《4つの夜曲 Op.23》(1839) 17分
 I. Mehr lengsam, oft zurückhaltend - II. Markirt und lebhaft - III. Mit grosser Lebhaftigkeit - IV. Einfach / Adagio
《君に捧ぐ(献呈) Op.25-1 /S.566》(1840/48) [F.リスト編独奏版] 3分

  ---

《ウィーンの謝肉祭の道化 Op.26》(1840) 21分
 I. Allegro - II. Romanze - III. Scherzino - IV. Intermezzo - V. Finale
《3つのロマンス Op.28》(1839) 14分
 I. Sehr markiert - II. Einfach - III. Sehr markiert
《スケルツォ、ジーグ、ロマンスとフゲッテ Op.32》(1838/39) 11分
 I. Scherzo - II. Gigue - III. Romanze - IV. Fughette
《アンダンテと変奏曲 Op.46》(1843) [T.キルヒナー編独奏版、日本初演] 13分
 Andante espressivo - Var. I - Var. II Un poco più animato - Var. III - Var. IV Più animato - Var. V Più lento - Un poco più lento - Var. VI Più lento - Var. VII Animato - Var. VIII - Var. IX - Var. X Doppio movimento - Tempo primo


〈使用エディション〉 新シューマン全集 (2011/2014/2016)

11月9日(日)《ロベルト・シューマンの轍》第2回公演 [2025/11/03 update]_c0050810_13591273.jpg

倒錯した崇高――シューマンとフモール
山村雅治

 芸術や哲学の姿は時代とともに移りかわる。シューマンが生きた時代は大きな転換期だった。ベートーヴェンは1827年に、ヘーゲルは1831年に帰らぬ人になった。ヘーゲルは《美学講義》(1835)のなかで書いていた。
 「かつて芸術は絶対的なるものを意識するための唯一無二の方法だったが、人類はそうした段階をもはや突きぬけた。普遍的な形式や原則があらゆるものを決定する基準になり、すべてを執りしきった。だが芸術活動や芸術作品には概して、もっと血の通った要素が求められる。普遍的なものが規則や原則があらかじめ存在するのではなく、心情や感覚の動きと一体になって生命を帯びなければならないのだ」。

 そしてゲーテが1832年に世から去る。1820年代から1830年代の芸術思潮の転換期は「ゲーテに代表される芸術の時代の終焉」と形容された。
 ハイネによれば人びとは確信していた。「ゲーテの死とともにドイツでは新たな文学の時代が始まり、ゲーテとともに古きドイツは土の中に葬られた。文学における貴族の時代は終わりを迎え、市民の時代が幕を開ける。あるいは、個人の精神は終息し、万人の精神が産声をあげたのである」。

 こうした確信に同調できた人物のうちにシューマンもいた。彼はリストが編曲したピアノ版のベルリオーズ《幻想交響曲》の新奇なリズムに、「ゲーテ/モーツァルトによる芸術の時代の花冠を頭に戴きながら、神々のごとく軽やかに空を舞う」規則正しいリズムとは正反対のものを感じとっている。若い世代のフランスの芸術家たちは『エルナーニ』を上演したヴィクトル・ユゴーのもとにあつまった。ドイツでも「若きドイツ/青年ドイツ派」が生まれ、ジャン・パウルの作風に理想を見た。

 文学史のなかでジャン・パウルはどこにも位置づけられない。ロマン派の運動に加わらなかったし、ゲーテを信奉する一派ともかかわらなかった。同時代において完全に孤立した彼は、心と著作を切り離さなかった。「青年ドイツ派」の作家たちもまた実人生と作品のあいだに境界をもうけることはなかった。ジャン・パウルを崇拝したのは筋金入りの自由主義者たちだった。彼は「身分いやしき者たちの詩人」、「聖なる鐘のように真実が鳴りわたることは望めぬ苦難の時代の」フモリストと見られていた。

 フモリストは「フモール Humor」を表現する。フモールとはユーモア(おかしみ)のこと。フモリスト、ジャン・パウルの小説ははじめは諷刺からはじまった。その対象は人間の個別的・現実的な側面へ向かう。だから諷刺は感傷主義小説に代表される感情の文学の対極に位置する。権力者を対象とし、人間の愚行や社会の悪弊を暴く諷刺はまた、婉曲を含む高い表現技術を必要とする。諷刺は、理性と感情の統合によって人間の真実に迫ろうとするジャン・パウルにとって、人間研究を積み言語の研鑽を重ねる機会を提供した。

 さらに諷刺は、貧困に喘ぎ社会の底辺で生きるジャン・パウルにとって、圧倒的な力で自分に襲いかかってくる外界から自分の身を守り、生き延びるための手段でもあった。それは外界との断絶を生む。感傷主義小説の登場人物たちが現実との妥協を自分の美徳を汚す行為として拒絶するように、真理と正義の旗を掲げる諷刺家もまた、諷刺家である限り、世界の外側に立って世界と対峙しつづけなければならない。両者に共通するするのは、世界からの退場、すなわち、死である。諷刺に専念するなかで、ジャン・パウルの胸底で静かに醸成をつづけていた世界との和解を求める欲求は、自らの死への予感をきっかけに、ついに表に現れた。この和解への欲求こそ、ユーモアの精神であり、生への意志だった。

 ジャン・パウルはユーモアを「倒錯した崇高」と呼ぶ。ユーモアは有限を無限との対比によって滅ぼすが、自らを滅ぼされる有限のなかに含める。ユーモアの根底にあるのは、人間が死を定められた存在であるという意識であり、この死の意識から生まれる地上的存在物にたいする寛容の態度である。ユーモアは自己と他者を結ぶ宥和と寛容の精神である。ユーモアの獲得によってジャン・パウルは世界と和解し、小説家としての足場を確保した。「わたしもあなたもいずれ死ぬんじゃないか」という冷厳な事実から生まれる人間存在そのものを包みこむ笑いによって。
 若い音楽家たちも変わりゆく時代のなかにいた。
 「ハイドンは叙事的な表現が優っているという意味でゲーテに、モーツァルトは抒情的で憂愁とないまぜになった情熱のゆえにシラーになぞらえよう。そしてベートーヴェンはといえば、すべてを包みこむフモールという点でジャン・パウルに、さらには劇的性格のゆえにイギリスのシェイクスピアにくらべられる」。ベートーヴェンの世界観は、フモールの力によって一切の一面的な制約を破壊する。
 
 シューマンは少年時代から文学にも関心があった。父アウグストは書店、出版社を経営して自ら著作もなした。とりわけ魅せられたのがジャン・パウルの作品だった。シューマンは耽読し、傾倒のあまり、自分より傾倒の度合いの少ないものを敵対者と見なしかねないほどだった。シューマンはライプツィヒの学生時代に借りた下宿部屋にはジャン・パウルとベートーヴェンの肖像画が掲げられていた。1828年に18歳のシューマンはアフォリズム集を出した。《天才とは何か。その陶酔性と独創性、その他の性質について》。そのなかで書いている。
「天才のうちに秘められた最も大きな力とは、感傷とフモールが織りなす芸術の美にほかならない。こうした審美性はしばしばジャン・パウルの作品に見いだすことができるし、とくにベートーヴェン、シューベルトらに見いだすことができるだろう」。

 また1828年の日記にはこう書いた。「ベートーヴェンの音楽を聴くと、ジャン・パウルの小説の朗読を聞くような気がする。シューベルトはむしろノヴァーリスに近い」。
 S・ド・シル宛にはフモールの概念について説明したくだりがある。「フランス人は『フモレスケ』という用語を理解することはできないでしょう。あなたがたの言語が、夢想的な熱狂とフモールという、ドイツ国民性に根ざした二つの特性を適切に訳すのにぴったりの言語をもっていないのは不幸なことです。このフモールはいたずら者の機知と熱狂のまさに混ざりあったものなのです」。ジャン・パウルへの言及である。
 シューマンは音楽では「ロマン的フモール」はベートーヴェン《交響曲第7番》と晩年の作品全般においてはじめて現れた、という後期ロマン主義者たちの核心を共有していた。 

 「青年ドイツ派」のテオドール・ムント主宰の「文学的娯楽新聞」をシューマンは購読していたが、そこに掲載されたムントの言葉をみずから抜き書きしている。
 「哲学者たちはほかならぬ音楽から学びとることができよう。うわべには青春の浮薄な戯れをよそおいながらも、世界の深奥にある物事は言い表しうるのだと。というのも、音楽芸術の特質とは、旋律によって、遊びに夢中になる子供のようなあどけない姿を人びとに示そうとすることにほかならないからである。この子供は世故にたけた教養ある大人を前にして、みずからの胸にあふれる至福の思いをほとんど恥じてでもいるように、粒だったさまざまな音型の背後にいたずらっぽく身を隠すかと思えば、感傷に浸されて愛を求めるあまり、不可思議な音の仄めかしによって姿を現そうとする。こうして綾なす調べは、いかなる人の胸にも『僕のことをわかってくれる?』と静かに問いかけているのだが、万人に聞きとどけられるというにはほど遠い」。
 
11月9日(日)《ロベルト・シューマンの轍》第2回公演 [2025/11/03 update]_c0050810_13594291.jpg

 《フモレスケ Op.20》は1838年から1839年にかけて書かれた。シューマンの「フモール」が縦横に描かれる。ムントの言葉はこの曲への批評のようだ。ここに表現されているのは逆説であり、滑稽な音楽ではなく、もっとも研ぎ澄まされた内面の告白だ。この作品を書き上げたあとの1839年7月16日にシューマンとクララは、頑として二人の結婚を認めないクララの父親ヴィークを裁判所に訴える。これはシューマンとクララの最後の選択だった。シューマンは緊張の極に達していた。
 ジャン・パウルは《美学入門》で、フモールは「神が有限なものを光明によって打ち砕く」「破壊作用」を見いだしている。シューマンも「フモール」によって現実を打ち砕きたかったのだろう。

 シューマンの「ピアノの時代」は1829年から1830年にかけての長い時間に試行錯誤しながら、《アベッグ変奏曲 Op.1》を書いて始まった。これまでの変奏曲とは異なる作品に批評家は注目した。《パピヨン Op.2》にはジャン・パウル《生意気盛り》が反映している。《パガニーニのカプリスによる変奏曲 Op.3》、《間奏曲集 Op.4》《クララ・ヴィークのロマンスによる即興曲集 Op.5》《ダヴィッド同盟舞曲集 Op.6》《トッカータ Op.7》《アレグロ Op.8》《謝肉祭 Op.9》《パガニーニのカプリスによる6つの演奏会用練習曲 Op.10》とピアノ作品が書き続けられ、1833年から35年にかけて《ピアノ・ソナタ第1番 Op.11》が完成した。まだピアノ曲は続く。《幻想小曲集 Op. 12》があり、作品23まですべてがピアノ曲だった。

 《交響的練習曲 Op.13 [+ WoO 6] 》は1834年から37年にかけて作曲された。シューマンは1828年の夏からヴィークにピアノを師事し、当時9歳のクララとも親しくなった。シューマンは架空の女性ABEGGに恋をしたが、現実にいる女性にも恋をした。アマチュア音楽家フリッケン男爵がつくった作品から《交響的練習曲》の主題を採ったわけだが、シューマンは1834年8月に男爵の娘エルネスティーネと密かに婚約した。婚約解消は1837年。翌1838年には一気にシューマンとクララの愛が燃えあがる。
 初版は《主題と12の変奏曲》。改訂版は《主題と9曲の変奏曲とフィナーレ》。ほかに初期稿として「A草稿」と「B草稿」がある。この作品の下地にあったのはベートーヴェンの交響曲研究だった。

 《子供の情景 Op.15》は1838年の作品。クララと結ばれる前に書かれた。クララはこの曲を気に入っていた。シューマンは1838年3月17日のクララへの手紙に「あなたは前に『わたしはときどき子供のように見えるでしょう』と書いてきましたね。私はそこで30曲ほどの小品を書きました。12曲を選んで《子供の情景》と名づけました」と書いた。完成版は13曲。

 《アラベスク Op.18》《花の曲 Op.19》《フモレスケ Op.20》と一群をなす作品として1839年8月に出版された。2曲は規模が小さく緊密な曲になった。《アラベスク》はすべてが独特なやりかたで絡みあっている「草花模様」。《花の曲》は変奏曲だが変奏された各曲が小さな3部分構成になり、変形主題の輪が波紋のように、あるいは群生する花のように広がっていく。

 《4つの夜曲 Op.23》は「ピアノの時代」の最終作品になった。1839年、ヴィークへの訴訟を控えてシューマンは極度に切迫していた。シューマンの作品のなかでも異様なとりとめのなさがある。死を意識していた。《夜曲》とはいえロマンティックなノクターンとは一線を画した「生命の夜」のような魂の安息。兄の危篤の知らせと逝去の体験が曲を書いている時期にあった。もはやヴィークとの和解は不可能と考えたシューマンは、1839年6月15日、クララの同意を得て弁護士に訴訟手続きを依頼した。

 《君に捧ぐ(献呈) Op.25-1》は晴れてクララとの結婚が許された年、1840年に書かれた歌曲集『ミルテの花』の第1曲。1840年8月12日にシューマンとクララの結婚を許可する判決が下され、二人は9月12日にライプツィヒ近郊シェーネフェルトの教会で結婚式を挙げた。「君は僕の魂 僕の心/僕の歓び 僕の苦しみ/君は 僕の生きる世界/僕がただよう天国/僕の善き霊 より良き「私」!」で結ばれるリュッケルトの詩を、結婚の当日にクララに捧げた。1840年は「歌の年」。歌曲への創作意欲が爆発した。

 《ウィーンの謝肉祭の道化 Op.26》は1839年3月に書きはじめられて、終曲の第5曲は1840年冬に完成。謝肉祭ではあらゆる価値を転倒させることで現世の秩序を笑いとばす。道化は「フモール」そのものだ。並行して書かれていた《夜曲》とは対照的で、やはりシューマンのなかにはフロレスタンとオイゼヴィウスという両極に引き裂かれた性格が併存していた。とはいえ第4曲「間奏曲」は《夜曲》のなかに構想されていたのだから、「死を意識して生きる」というありようが身についていたのかもしれない。

 《3つのロマンス Op.28》にはクララとの結婚への希望を託した。2曲目は美しい愛の二重唱になった。《スケルツォ、ジーグ、ロマンスとフゲッテ Op.32》は、ロマン派の性格小品とバロックの舞曲が混合された作品。シューマンのバッハ研究が背景にある。

 《アンダンテと変奏曲 Op.46》は1843年の作品。原曲は2台のピアノ・2本のチェロ・ホルンの5重奏曲。「歌の年」の翌年1841年には管弦楽作品を集中して書き、1842年には室内楽に専念した。5重奏版は478小節で、296小節に切りつめられた2台ピアノ版はブラームスの愛好曲だった。本日は、シューマン夫妻やブラームスとも親しかった、テオドール・キルヒナー(1823-1904)による独奏版で弾かれる。

11月9日(日)《ロベルト・シューマンの轍》第2回公演 [2025/11/03 update]_c0050810_13593290.jpg

〔予告〕
【第3回公演】 2026年1月11日(日)15時開演(14時45分開場)
朗読:山村雅治(*)
《4つのフーガ Op.72》(1845)
《密輸業者 Op.74-10》(1849) [C.タウジヒ編独奏版]
《4つの行進曲 Op.76》(1849)
《春の訪れ Op.79-19 /S.569》(1849/74) [F.リスト編独奏版]
《森の情景 Op.82》(1848/49)
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《協奏的小品 Op.86》(1849/2025)[米沢典剛独奏版/初演]
《ただ憧れを知る者だけが Op.98-3 /S.569》(1849/74) [F.リスト編独奏版]
《色とりどりの小品 Op.99》(1836/49)
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《スペインの愛の歌 Op.138》より「前奏曲」「間奏曲(国民舞曲)」(1849)[作曲者編独奏版] 
《美しきヘートヴィヒ Op.106》(1849)(*)
《3つの幻想的小曲 Op.111》(1851)
《2つのバラード Op.122》(1852/53)(*)
《アルバムの綴り Op.124》(1832/45)


【第4回公演】 2026年3月22日(日)15時開演(14時45分開場)
《7つのフゲッタ形式によるピアノ曲 Op.126》(1853)
《朝の歌 Op.133》(1853)
《プロヴァンス地方の恋唄 Op.139-4/ S570》( 1852/1881) [F.リスト編独奏版]
《序奏と協奏的アレグロ Op.134》(1853/2025) [米沢典剛編独奏版/初演]
--- 
《ゲーテのファウストからの情景 WoO 3》序曲 (1853/82) [R.クラインミヒェル編独奏版]
《天使の主題による変奏曲 WoO24》(1854)
ブラームス:《シューマンの天使の主題による変奏曲 Op.23》(1861/78) [T.キルヒナー編独奏版]

〈使用エディション〉 新シューマン全集 (2020)



# by ooi_piano | 2025-10-24 00:26 | シューマンの轍 | Comments(0)
大井浩明 フォルテピアノリサイタル
Liszt Ferenc nyomában, látomásai és vívódásai
全自由席4,000円
お問い合わせ poc@artandmedia.com (アートアンドメディア株式会社)

〈使用楽器〉 1840年製エラール(Érard)社フォルテピアノ [80鍵、430Hz]
〈使用エディション〉 新リスト全集 (1972/2021、ミュジカ・ブダペシュト社)
チラシ



【第2回公演「射光のヴィルトゥオーゾⅠ」】 2025年11月15日(土)18時開演(17時半開場)


アレヴィ《ユダヤ教徒の女》の回想 S.409a (1835)  15分
第5幕 合唱「何たる愉悦、何たる喜び!彼らに鉄と火を浴びせよ!」 - 第3幕 エウドクシア王女のボレロ「我が優しい君主よ、この優美な額に」 - Var. I - Var. II, Quasi improvvisato - Finale

15世紀のフス教徒の歌 S.234 (1840)  8分

マイアベーア《ユグノー教徒》による大幻想曲 S.412 (第3版、1836/1842)  16分
第4幕 ラウルとヴァランティーヌの二重唱「ああ!どこへ行かれるのですか?」 - コラール「神は我がやぐら」

(休憩)

ベッリーニ《清教徒》の回想 S.390 (第2版、1836)  18分
第1幕第3場 アルトゥーロのカヴァティーナ「いとしい乙女よ、あなたに愛を」 - エルヴィーラのポロネーズ「私は愛らしい乙女」

ベッリーニ《ノルマ》の回想 S.394 (1841)  16分
 第1幕第1場 ドルイド教徒の合唱「ノルマが来るぞ」 - オロヴェーゾ「あの丘へ登れ、おおドルイド教徒たちよ」 - 同「御身の予言の力を」 - 第2幕第3場 ノルマ「ああ!あの子らを犠牲にしないで下さい」 - ノルマ「あなたが裏切った心が」 - ノルマ「父上、泣いておられるのですか?」 - 第2幕第2場 ノルマ「戦だ、戦だ!」

佐野敏幸(1972- ):शारदा वन्दना (2025、委嘱初演)  7分
I. - II.

(休憩)

神よ女王を守り給え S.235 (第2版、1841)  6分

ベートーヴェン《アテネの廃墟 Op.113》によるトルコ風奇想曲 S.388 (1846)  9分
第4曲「トルコ行進曲」 - 第3曲 回教僧の合唱「貴方は袖の襞に月を携え、それを打ち砕いた。カアバよ!ムハンマドよ!」

J.S.バッハのカンタータ第12番《泣き 歎き 憂い 慄き》の通奏低音と《ロ短調ミサ》の「十字架に釘けられ」による変奏曲 S.180 (1862)  16分
主題と43の変奏 - コラール「神の御業は全て善し」



"Liszt Ferenc nyomában, látomásai és vívódásai"
Hiroaki OOI, fortepiano
Shōtō Salon (1-26-4, Shōtō, Sibuya-ku, Tokyo) [Google Map https://shorturl.at/bgzJM]
Instrument: An original Hammerflügel by Érard [1840, Paris, 80 keys, 430Hz]
Edition: The New Liszt Complete Critical Edition (NLE), Editio Musica Budapest (1972/2021)
4,000 yen
reservation: poc@artandmedia.com(Art & Media Inc.)

Sat. 15 November 2025, 6pm start
Toshiyuki Sano (1972- ): Commissioned work for fortepiano (2025, world premiere)
Franz Liszt : Réminiscences de La juive S.409a (1835), Hussitenlied S.234 (1840), Réminiscences des Huguenots S.412 (3rd version, 1836/1842), Réminiscences des Puritains de Bellini S.390 (2nd version, 1837), Réminiscences de Norma S.394 (1841), God Save the Queen S.235 (2nd version, 1841), Capriccio alla turca sur des motifs de Beethoven S.388 (1846), Variationen über das Motiv von Bach S.180 (1862)

11/15(土)18時 1840年製エラールによる《リストの轍》第2回公演 [2025/11/06 update]_c0050810_19425986.jpg


佐野敏幸《शारदा वन्दना》(2025、委嘱初演)

この作品は、ピアノを「祭壇」として捉え、音を通して祈りを捧げるという発想から生まれた。基となったのは、インドの巨匠Ustad Allauddin Khan が創始したマイハール楽派(Maihar gharana)に伝わる讃歌《Shāradā(Hymn to Saraswatī)》である。
サラスワティ(Saraswatī)は、ヒンドゥー教において知恵・学問・芸術・音楽・言葉を司る女神であり、創造神ブラフマーの妃として知られる。サラスワティは宇宙を「音(ナーダ nāda)」によって秩序づけ、あらゆる創造の源泉に響く聖なる振動そのものを象徴する。聖なる河「サラスワティ川」の神格化としても信仰され、水が清め流すように、無知を洗い流し智慧を授ける存在とされた彼女のもう一つの名「ヴァーク(Vāk)」は「言葉」を意味し、詩人や学者、音楽家に霊感を与える。白衣をまとい、蓮に座し、手にヴィーナ(インドの弦楽器)を持つ姿は、純粋な知と音楽の流れを象徴する。
「シャーラダー(Shārada)」はサラスワティの別名であり、音楽・詩・韻律・旋律の流れを司る神格として崇められる。その名は「秋(śarada)の光明」に由来し、響きの成熟と調和を象徴する。

本作では、インド音楽の旋律体系ラーガ(rāga)のひとつ、ラーガ・バイラヴィ(Rāga Bhairavi)を基調としている。バイラヴィは朝の時間帯に演奏される伝統的なラーガで、精神の目覚めや新たな始まりを象徴する。さらに創作解釈として、バイラヴィはヒンドゥー教の女神としても描かれることがある。
女神バイラヴィは、破壊と変容、浄化と覚醒の力を象徴する存在であり、シヴァ神の力(シャクティ、Shakti)を体現するとも言われる。外的な闇を打ち砕き、内なる無明や煩悩を焼き尽くす火の力を持つ女神として信仰されてきた。その象徴的力を、ラーガ・バイラヴィの荘厳かつ沈潜する旋律に重ねることで、本作ではサラスワティの知と光、バイラヴィの浄化と覚醒の力が交錯する。

第1楽章はリズムを伴わないアーラープ(ālāp)の形式で始まり、音が祈りのように静かに立ちのぼる。終盤では多様なラーガを次々と用いる「ラーガマーラー(Rāgamālā)」の手法により、サラスワティの知と光、バイラヴィの浄化の力が交錯する音世界を表現する。
第2楽章は讃歌《Shāradā》を主題とし、16拍子に構成されている。全体を108小節としたのは、インドにおける聖なる数字に由来する。108は宇宙の周期や煩悩の数、神々の名の象徴とされ、サラスワティにも108の名が伝えられる。
ピアノという西洋楽器を「祭壇」と見立て、音楽を祈りの儀式として昇華する――この作品は、知と光の女神サラスワティへの讃歌であり、浄化と覚醒をもたらすバイラヴィの象徴的力への祈りでもある。二つの神性が融け合う瞬間を、音として描き出すことを目指した。(佐野敏幸)


佐野敏幸 Toshiyuki Sano /Santhosh, composer
11/15(土)18時 1840年製エラールによる《リストの轍》第2回公演 [2025/11/06 update]_c0050810_19354728.jpg
1972年愛知県豊橋市生まれ。京都大学理学部卒。13歳頃より独学でギターとピアノを始める。1992年、ギタリスト北口功氏に師事。同年、レオ・ブローウェル国際ギターコンクール入選。1995年、西洋音楽と自身のミスマッチを感じ始めていた頃にインド音楽に出会う。1996年、シタール奏者の田中峰彦氏の紹介により、Amit Roy氏に師事。より深くインド音楽を学ぶため、2000年よりAmit Roy氏のそばに移り住み研鑽を積む。楽器はシタールとスルバハール(大型で低音域のシタール)を奏する。2005年、タブラの巨匠Anindo Chatterjee氏との共演により、CD「Memory」を製作。作曲作品に、歌とピアノのための《Sandhyaprakash - meeting of the light》(2007)、チェンバロ独奏のための《GRS》(2009)などがある。





# by ooi_piano | 2025-10-18 19:32 | リストの轍 2025 | Comments(0)


大井浩明 フォルテピアノリサイタル
《フランツ・リストの轍》(全5回)
Liszt Ferenc nyomában, látomásai és vívódásai
全自由席4,000円
お問い合わせ poc@artandmedia.com (アートアンドメディア株式会社)

〈使用楽器〉 1840年製エラール(Érard)社フォルテピアノ [80鍵、430Hz]
〈使用エディション〉 新リスト全集 (1972/2021、ミュジカ・ブダペシュト社)
チラシ

10/11(土)18時 1840年製エラールによる《リストの轍》第1回公演 [2025/09/29 update]_c0050810_14380784.jpg10/11(土)18時 1840年製エラールによる《リストの轍》第1回公演 [2025/09/29 update]_c0050810_14381954.jpg


【第1回公演「パガニーニの励起」】 2025年10月11日(土)18時開演(17時半開場)

オベール《許婚》のチロルの歌による大幻想曲 S.385 (初版、1829) 15分
Introduction, Lento con molto espressione - Tema, Allegro「山人であれ羊飼であれ」(第2幕第1場) - Var.1 Vivace - Var.2 Presto - Var.3 Allegro molto - Var.4 Barcarolle, Allegretto con grazia - Finale, Presto

パガニーニ「ラ・カンパネラ」による華麗な大幻想曲 S.420 (1832) 15分
 [ Excessivement lent - Tema, Allegretto - Variations à la Paganini - Finale di bravura / Ritornello ]

呪詈 S.121 (1833/2025) [米沢典剛編独奏版、初演] 14分
[ Quasi moderato 「呪詈」 – Molto agitato – Calmato 「涙、苦悩」 / Un poco più animato – Un poco agitato – Vivo 「嘲弄」 / Energico nobilmente – Recitativo: Patetico: Senza tempo – Andante lacrimoso / Animato con agitazione – Stretto – Strepitoso ]

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ガルシア《計算高い詩人》の「密輸業者の私は」による幻想的ロンド [3つのサロン小品第2番] S.252 (1836) 11分
[ Rondo, molto animato quasi presto - Maggiore - Con moto - Adagio fantastico ]

半音階的大ギャロップ S.219 (1838) 3分

ピアノ協奏曲第2番 S.524a (独奏用初稿、1839) 19分
[ Lento assai, Adagio - Presto agitato assai - Stretto ]

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平野弦(1968- ): 山本リンダ「狙い撃ち」の回想 (2025、初演) 4分

《旅人のアルバム》第1部「印象と詩」より 「泉のほとりで」 S.156-2b (初版、1838) 4分

《シューベルトの12の歌曲》より第12曲「エレンの歌 第3番(アヴェ・マリア)」 S.558-12 (1838) 5分

パガニーニによる超絶技巧練習曲集 S.140 (初版、1838) [全6曲] 28分
第1番 ト短調「トレモロ」 Andante - Non troppo Lento (カプリス第5番+第6番)
第2番 変ホ長調「オクターヴ」 Andante - Andantino, capricciosamente (カプリス第17番)
第3番 変イ短調「ラ・カンパネラ」 Allegro moderato - Tempo giusto (協奏曲第2番第3楽章+協奏曲第1番第3楽章)
第4番 ホ長調「アルペジオ」 Andante quasi Allegretto (カプリス第1番)
第5番 ホ長調「狩り」 Allegretto (カプリス第9番)
第6番 イ短調「主題と変奏」 Quasi Presto (a Capriccio) (カプリス第24番)


10/11(土)18時 1840年製エラールによる《リストの轍》第1回公演 [2025/09/29 update]_c0050810_14440043.jpeg
平野弦 Gen HIRANO, composer
 1968年和歌山県新宮市生まれ。4歳からピアノを始める。私立国際海洋高校に第一期生として入学。東京藝術大学ピアノ科卒業。野村真理、神野明の各氏に師事。主な作品として、《花 ~テープ、チェロと舞踏のための》(1990)、《達也の骨と弦の骨 ~浜島達也とのコラボレーション・ヴィデオ》(1992)、《夜想曲"壊れた籠" ~左手のための》(1992)、《未知への展望 ~合唱、長唄とエレクトリック・チェンバロのための》(1993)、《前奏曲とフーガ》(1996)、《練習曲ヘ短調(第1稿・第2稿》(2006)等。

平野弦:《山本リンダ「狙い撃ち」の回想》(2025)
 私の名前が「弦」である理由は、父が趣味でヴァイオリンを弾いていたからで、ピアノは自分の伴奏をしてくれたらな、くらいの気持ちで、知人からディアパーソンのアップライト・ピアノを譲り受け(確か4歳の時だったか)、自由に使える「おもちゃ」として家庭に有ったのだった。
 ピアノが来る以前も幼児期の私は、手元にあったレコードを片っ端から盤面をガリガリに傷つけながら聞きまくり、父のコレクションを台無しにしてしまっていたが、「おもちゃ」を手にしてからは、耳にした曲を再現することに夢中になった。ジャンルは問わず、歌謡曲・CMソング・クラシック・・・なんでもアリだった。今で言う「耳コピ厨」だ。
 いわゆるクラシック音楽を習うようになっても、私に必要なのは楽譜よりレコードだった。とにかく楽譜を読むのが苦手で、それはずっと改善せず、芸大に入学してからも初見演奏が壊滅的に苦手で、ソルフェージュは一番ランクの低いクラスに放り込まれたのだった。しかし現代音楽には興味があったわけで、初演ともなれば耳コピなんぞ叶わないわけで、でも作曲科の連中は無理強いしてくるわけで・・・。アナタが思っているより多分アタシはずっとしんどい思いをしているのよ、とは言えないながら、何だカンだで非常に楽しかったのが事実だ。
 諸事情により、音楽からは久しく遠ざかっていたのだが、現在、読むことが苦手だった楽譜を「書く側」になり、自分の書いた物が他者に演奏されると言う新たな喜びを得ている。大井氏はその大きなきっかけを与えてくれたと感じている。(平野弦)




10/11(土)18時 1840年製エラールによる《リストの轍》第1回公演 [2025/09/29 update]_c0050810_14333547.jpg
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【第2回公演「射光のヴィルトゥオーゾⅠ」】 2025年11月15日(土)18時開演(17時半開場)

アレヴィ《ユダヤ教徒の女》の回想 S.409a (1835)
フス教徒の歌 S.234 (1840)
マイアベーア《ユグノー教徒》による大幻想曲 S.412 (第3版、1836/1842)

ベッリーニ《清教徒》の回想 S.390 (第2版、1836)
ベッリーニ《ノルマ》の回想 S.394 (1841)
佐野敏幸(1972- ):शारदा वन्दना (2025、初演)

神よ女王を守り給え S.235 (第2版、1841)
ベートーヴェン《アテネの廃墟》によるトルコ風奇想曲 S.388 (1846)
J.S.バッハのカンタータ第12番《泣き 歎き 憂い 慄き》の通奏低音と
《ロ短調ミサ》の「十字架に釘けられ」による変奏曲 S.180 (1862)


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【第3回公演「射光のヴィルトゥオーゾⅡ」】 2025年12月20日(土)18時開演(17時半開場)

ドニゼッティ《ルクレツィア・ボルジア》の回想 S.400 (1840)
ギャロップ S.218 (1841)
モーツァルト《ドン・ジョヴァンニ》の回想 S.418 (1841)

マイアベーア《悪魔のロベール》の回想 S.413 (1841)
モーツァルト《フィガロの結婚》と《ドン・ジョヴァンニ》の動機
による幻想曲 S.697 (1842/1993) [L. ハワード補筆版]
スペイン歌集(ロマンセロ) S.695c (1845)
金喜聖(1996- ):K-POPガールズ「GOLDEN」によるパラフレーズ (2025、初演)

スペインの歌による演奏会用大幻想曲 S.253 (1845)
メンデルスゾーン《真夏の夜の夢》の「結婚行進曲」と「妖精の踊り」 S.410 (1850)
オベール《ポルティチの唖娘》による華麗なるタランテラ S.386 (1869)


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【第4回公演「ショパンとの連接」】 2026年2月21日(土)18時開演(17時半開場)

ショパン「6つのポーランドの歌」 S.480 (1857/60)
「創世の六日間(ヘクサメロン)」変奏曲 S.392 (1837)
交響詩「前奏曲」 S.97 (1855/58) [C. タウジヒ編独奏版]

超絶技巧練習曲集 第7番~第12番 S.137 (ミラノ初版、1838)
三関健斗(1996- ):委嘱新作(2025、初演)

2つのポロネーズ S.223 (1852)
華麗なマズルカ S.221 (1850)
慰め S.172-3 (1850)
バラード第2番 S.170a (初稿、1853)
子守歌 S.174 (第2版、1862)
葬送、1849年10月 S.173-7 (1849)


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【第5回公演「ヴァイマールの黎明」】 2026年3月28日(土)18時開演(17時半開場)

ハンガリー狂詩曲第6番 S.244-6 (1847)
ハンガリー狂詩曲第14番 S.244-14 (1847)
演奏会用大独奏曲 S.176 (1849)
1qaz (1995-):委嘱新作(2025、初演)

F. キュームシュテット(1809-1858):リスト博士の主題による四声の演奏会用大フーガ Op.24 (1850)
スケルツォと行進曲 S.177 (1851)
マイアベーア《預言者》の「我らに救いを求めし者たちに」による
幻想曲とフーガ S.259 (1850/97) [F. ブゾーニ編独奏版]

交響詩「プロメテウス」 S.99 (1855/1905) [A. ストラダル編独奏版]
死の舞踏 - 「怒りの日」によるパラフレーズ S.525 (1853/65) [作曲者編独奏版]
レーナウ「ファウスト」からの2つのエピソード S.513a/514 (1860)

10/11(土)18時 1840年製エラールによる《リストの轍》第1回公演 [2025/09/29 update]_c0050810_14334377.jpg

"Liszt Ferenc nyomában, látomásai és vívódásai" (5 concerts)
Hiroaki OOI, fortepiano

Shōtō Salon (1-26-4, Shōtō, Sibuya-ku, Tokyo) [Google Map https://shorturl.at/bgzJM]
Instrument: An original Hammerflügel by Érard [1840, Paris, 80 keys, 430Hz]
Edition: The New Liszt Complete Critical Edition (NLE), Editio Musica Budapest (1972/2021)
4,000 yen
reservation: poc@artandmedia.com(Art & Media Inc.)

Sat. 11 October 2025, 6pm start
Gen Hirano (1968- ): Commissioned work for fortepiano (2025, world premiere)
Franz Liszt : Grande fantaisie sur la tyrolienne de l'opéra 'La fiancée' de Auber S.385 (1st version, 1829), Grande fantaisie de bravoure sur La clochette S.420 (1832), Malédiction S.121 (1833/2025, solo version by Noritake Yonezawa /world premiere), Rondeau fantastique sur un thème espagnol S.252 (1836), Grand galop chromatique S.219 (1838), Piano Concerto No. 2 S.524a (1st version for solo piano, 1839), Au bord d'une source S.156-2b (1st version, 1838), Ave Maria von F. Schubert S.558-12 (1838), Études d'exécution transcendante d'après Paganini S.140 (1st version, 1838)

Sat. 15 November 2025, 6pm start
Toshiyuki Sano (1972- ): Commissioned work for fortepiano (2025, world premiere)
Franz Liszt : Réminiscences de La juive S.409a (1835), Hussitenlied S.234 (1840), Réminiscences des Huguenots S.412 (3rd version, 1836/1842), Réminiscences des Puritains de Bellini S.390 (2nd version, 1837), Réminiscences de Norma S.394 (1841), God Save the Queen S.235 (2nd version, 1841), Capriccio alla turca sur des motifs de Beethoven S.388 (1846), Variationen über das Motiv von Bach S.180 (1862)

Sat. 20 December 2025, 6pm start
Heui Sung Kim (1996- ): Commissioned work for fortepiano (2025, world premiere)
Franz Liszt : Réminiscences de Lucrezia Borgia S.400 (1840), Galop S.218 (1841), Réminiscences de Don Juan S.418 (1841), Réminiscences de 'Robert le diable' S.413 (1841), Fantasie über Themen aus Mozarts Figaro und Don Giovanni S.697 (1842/1993, completed by Leslie Howard), Romancero espagnol S.695c (1845), Grosse Konzertfantasie über spanische Weisen S.253 (1845), Hochzeitsmarsch und elfentanz S.410 (1850), Tarantelle di bravura d'après la tarantelle de 'La muette de Portici' S.386 (1869)

Sat. 21 February 2026, 6pm start
Kento Miseki (1996- ): Commissioned work for fortepiano (2025, world premiere)
Franz Liszt : Sechs polnische Lieder von Fr. Chopin S.480 (1857/60), Hexaméron S.392 (1837), Les préludes S.97 (1855/58, piano solo version by Carl Tausig), Grandes études No.7-12 S.137 (Milano 1st edition, 1838), 2 Polonaises S.223 (1852), Mazurka brillante S.221 (1850), Consolations S.172-3 (1850), Ballade No.2 S.170a (1st version, 1853), Berceuse S.174 (2nd version, 1862), Funérailles S.173-7 (1849)

Sat. 28 March 2026, 6pm start
1qaz (1995- ): Commissioned work for fortepiano (2025, world premiere)
Friedrich Kühmstedt (1809-1858): Grosse vierstimmige Concert-Fuge über ein von Herrn Dr. Liszt gegebenes Thema Op.24 (1850)
Franz Liszt : Ungarische rhapsodie S.244-6 (1847), Ungarische rhapsodie S.244-14 (1847), Grosses Konzertsolo S.176 (1849), Fantasie und Fuge über den Choral Ad nos, ad salutarem undam S.259 (1850/97, piano solo version by Ferruccio Busoni), Prometheus S.99 (1855/1905, piano solo version by August Stradal), Totentanz S.525 (1853/65), Zwei Episoden aus Lenaus Faust S.513a/514 (1860)


*This is the first attempt in Japan to cover Liszt's major piano masterpieces in five concerts on the ancient instrument (fortepiano/ Hammerflügel) of Liszt's period.


10/11(土)18時 1840年製エラールによる《リストの轍》第1回公演 [2025/09/29 update]_c0050810_14335200.jpg


# by ooi_piano | 2025-09-21 04:44 | リストの轍 2025 | Comments(0)

音楽院時代の未出版の野心的習作から、戦後前衛音楽の扉を開いた初期傑作群を経て最晩年の帰趨まで、
ブーレーズ創作史の全貌を辿る4時間の旅

大井浩明ピアノリサイタル ~ピエール・ブーレーズ全ピアノ作品による(生誕100周年記念)
2025年9月18日(木)17時30分開演(17時開場)
豊洲シビックセンターホール(東京メトロ「豊洲」駅徒歩1分)

全自由席:一般 5,000円/学生 3,000円 https://teket.jp/10893/53339

9月18日(木)ブーレーズ全ピアノ作品リサイタル (※)17時30分開演 [2025/09/10 update]_c0050810_14324471.jpg9月18日(木)ブーレーズ全ピアノ作品リサイタル (※)17時30分開演 [2025/09/10 update]_c0050810_14325849.jpg


【第一部】 17時30分~
《左手のための主題と変奏》(1945、日本初演)  13分
Thème, Très lent - Var.1 Lent - Var.2 Lent - Var.3 Pas trop vite - Var.4 Modéré - Var.5 Scherzando - Var.6 Très agité - Var.7 Très égal et assez lent. Dans un grand crescendo - Var.8 Intermède. Très léger et assez vif. Net - Var.9 Modéré, très brusque - Var.10 Modéré, avec de violentes oppositions - Var.11 Assez vif, strident et exaspéré - Var.12 Très modéré, presque lent - Var.13 Très lent, simple

《3つの頌歌(プサルモディ)》(1945、日本初演) 23分
 1. Très modéré - 2. Vite, sans traîner - 3.Très lent

《前奏曲、トッカータとスケルツォ》(1944/45、日本初演) 26分
 1. Prélude / Très lent - 2. Toccata / Avec beaucoup de fougue - 3. Scherzo / Rapide

 (休憩10分)

【第二部】 18時40分頃~
《12の徒書(ノタシオン)》(1945) 10分
 1. Fantasque. Modéré - 2. Très vif - 3. Assez lent - 4. Rythmique - 5. Doux et improvisé - 6. Rapide - 7. Hiératique - 8. Modéré jusqu’à très vif - 9. Lointain. Calme - 10. Mécanique et très sec - 11. Scintillant - 12. Lent. Puissant et âpre

《フルートとピアノのためのソナチネ》(1946) 11分
 Très librement /Lent - Rapide - Très modéré presque lent - Tempo scherzando - Tempo rapide

《第1ソナタ》(1946) 10分
 1. Lent - 2. Assez large

《第2ソナタ》(1947) 30分
 1. Extrêmement rapide - 2. Lent - 3. Modéré, presque vif - 4. Vif

《構造 第1巻》(1951/52) 17分
 Ia / Très modéré - Ib / Très rapide - Ic / Assez rapide

 (休憩10分)

【第三部】 20時10分頃~
《第3ソナタ》(1956/57) 30分
 第3フォルマン(構成素):《コンステラシオン-ミロワール(星座-鏡像形)》 [メランジュ(混合体) - ポワン(点)3 - ブロック(塊)2 - ポワン2 - ブロック1 - ポワン1] - 第2フォルマン:《トロープ(修飾)》 [テクスト(文章) - パランテーズ(括弧) - グローズ(注釈) - コマンテール(解説)] - 第1フォルマン:《アンティフォニー(交唱)》 [アンティフォニーⅠ- アンティフォニーⅡ - シグラ(略語) - トレ・イニシャル(初期特性)》

《構造 第2巻》(1961) 20分
 Chapitre I – Chapitre II

《下書き断片》(1987) 1分

《内挿節(アンシーズ)》(1994/2001) 10分
 Libre. Lent, sans traîner - Prestissimo - Très lent puis Vif - Très lent

日めくりの一頁》(2005) 5分



(※)2011年ブーレーズ公演感想集 https://posfie.com/@kenhongou/p/3kHru0c



9月18日(木)ブーレーズ全ピアノ作品リサイタル (※)17時30分開演 [2025/09/10 update]_c0050810_02374875.jpg
神田寛明(フルート/客演) Hiroaki KANDA, flute
NHK交響楽団首席奏者・桐朋学園大学教授。東京藝術大学、ウィーン国立音楽大学にて学ぶ。1991年第5回日本フルートコンベンションコンクールおよび第8回日本管打楽器コンクールにおいて第1位。赤星恵一、金昌国、細川順三、ヴォルフガング・シュルツ、ハンスゲオルグ・シュマイザーの各氏に師事。大阪芸術大学客員教授、東京藝術大学講師。日本フルート協会特任理事。アジア・フルート連盟東京常任理事。神戸国際フルートコンクールをはじめ、国内外多くのコンクールにおいて審査員を務める。N響定期公演においてトン・コープマン氏とモーツァルトの協奏曲を演奏するなどソリストとしても活動する。音楽之友社より教本「上達の基本 フルート」を発表。CDの発表、フルートアンサンブル作品の編曲出版も多い。



9月18日(木)ブーレーズ全ピアノ作品リサイタル (※)17時30分開演 [2025/09/10 update]_c0050810_02375947.jpg
浦壁信二(ピアノ/客演) Shinji URAKABE, piano
1969年生まれ。4 才の時にヤマハ音楽教室に入会、1981年国連総会議場でのJOC(ジュニア・オリジナル・コンサート)に参加し自作曲をロストロポーヴィッチ指揮ワシントンナショナル交響楽団と共演。都立芸術高校作曲科を経て、1987 年パリ国立高等音楽院に留学。和声・フーガ・伴奏科で1 等賞を得て卒業、対位法で2 等賞を得る。ピアノをテオドール・パラスキヴェスコ、伴奏をジャン・ケルネルに師事、その他ヴェラ・ゴルノスタエヴァ、イェルク・デームス等のマスタークラスにも参加。1994 年オルレアン20 世紀音楽ピアノコンクールで特別賞ブランシュ・セルヴァを得て優勝。室内楽・伴奏を中心に、国内外の多くのアーティストとの共演を果たす一方、2012年CD「水の戯れ~ラヴェルピアノ作品全集1」、2014年「クープランの墓~ラヴェルピアノ作品全集2」をリリース、それぞれレコード芸術誌に於て特選、準特選を得た。現在、洗足学園音楽大学客員教授、東京音楽大学特任教授、ヤマハマスタークラス講師。





作曲家ブーレーズを生誕100年に総括する―――野々村 禎彦

9月18日(木)ブーレーズ全ピアノ作品リサイタル (※)17時30分開演 [2025/09/10 update]_c0050810_16284290.jpg
 ピエール・ブーレーズ(1925-2016)は、同世代で同じくオリヴィエ・メシアン(1908-1992)に師事したイアニス・クセナキス(1922-2001)やカールハインツ・シュトックハウゼン(1928-2007)と比べると、20歳代前半で時代の寵児になってエリートコースを歩んだように見えるが、クラシック音楽の基準ではさほどでもない。フランス南東部ロワール県の小都市モンブリゾンで生まれ、7歳でピアノを始めたのも中流階級の嗜みとしてであり、その後は鉄鋼技術者の父が望む理系エリートへの道を歩み始める。だが、エコール・ポリテクニーク入学を目指して近場で最大の都市リヨンの学校に進んで運命が変わる。オーケストラの演奏会やオペラの舞台に初めて接してクラシック音楽への興味が増し(作曲も始め)、同地のソプラノ歌手ニノン・ヴァラン(1886-1961, 《マラルメの3つの詩》の初演など生前のドビュッシーと活動し、その後はオペラ・コミック座などで活躍)にピアノの腕前を認められ、音楽院への進学を薦められた。父は反対したが、姉の援助でパリ音楽院受験準備を進め、1943年秋に入学した(父も最終的には認め、下宿探しを手伝って仕送りも行っていた)。

 当初目指していたピアノ科上級クラスには入れなかったが、1944年1月に和声科初級クラスに入り、数ヶ月後にはクラス随一の学生だと認められると、上級クラスを担当するメシアンに近づき、同時代の作曲法を教える課外授業に出入りするようになる。また同時期に対位法クラスを担当するアンドレ・ヴォラブール(1894-1980, ピアノ科で一等賞を得てオネゲルと結婚し、夫のピアノ曲演奏でも知られる)の知己を姪が同級生の縁で得て、彼が音楽院を去る2年後まで対位法を私的に学んだ。翌1945年1月にメシアンのクラスに入ると、6月に一等賞で修了している。彼がこのように長足の進歩を遂げた秘訣は、確立した理論は基本的に独学で身に付けて、講義は独善に陥っていないかを確認する機会として活用する、理系エリートを目指した時期に会得した学習法にあった。後の彼の「意志による独学者であるべき」という持論には、このような背景がある。

9月18日(木)ブーレーズ全ピアノ作品リサイタル (※)17時30分開演 [2025/09/10 update]_c0050810_16285484.jpg
 本日日本初演される習作3曲のうち《前奏曲、トッカータとスケルツォ》《3つの頌歌》はメシアンのクラス在籍時に書き始めたが、同時期にルネ・レイボヴィッツ(1913-1972)が振ったシェーンベルク《木管五重奏曲》を聴いて12音技法に初めて接し、早速独習した成果が《左手のための主題と変奏》である(手を動かしながら学ぶために書いたので、《3つの頌歌》よりも完成は早い)。1945年の秋にはメシアンの課外授業の仲間たちと、レイボヴィッツに12音技法と新ウィーン楽派の音楽を学ぶ私的セミナーを組織した。12音技法という新たな道具を手にしたことで、彼はメシアンの音楽に突き放して向き合えるようになった。こうして《12のノタシオン》は1945年末に一気に作曲された。先の習作3曲同様、この曲も習作扱いで封印されていたが、1970年代末から始まった数曲を管弦楽編曲する企画に際して封印は解かれ、その後長らく作品表の冒頭に置かれていた。彼の目が黒いうちは決して演奏されなかった先の3曲との違いは、素材との批評的な距離が取れているところで、その後の作品でも重要な側面である。

 パリ音楽院では、ある科(初級と上級がある場合は上級の科)で一等賞を取れば卒業扱いだが、引き続き在籍も可能である。ブーレーズの場合は、目指すのは教師ではなく作曲家なので作曲科で一等賞を取りたいが、当時の教授陣では望み薄なので、ヴォラブールに対位法を学んでいるうちは在籍することにした。多くの時間は作曲に費やしたが、《12のノタシオン》作曲前後にはギメ東洋美術館やパリ人類博物館でバリ島や日本やアフリカの民俗音楽に没頭していた。1946年1月にはヴォラブールとは別のフーガ・対位法クラスに入ってみたが、因襲的な講義なのですぐ出席しなくなり、メシアンの作曲科移籍を求める運動を組織したりもしている。

 彼の12音技法による作品は、《主題と変奏》は試し書き、《12のノタシオン》は小品集であり、次作《フルートとピアノのためのソナチネ》が最初の大曲になる。《12のノタシオン》でメシアンに向き合ったので、今度はシェーンベルク。複数部分を単一楽章に縫い合わせた重量感のある作品といえば室内交響曲第1番だが、表現主義的な性格も含めてモデルにしている。ピアノソナタ第1番はその直後に書かれており、シェーンベルクOp.11との関連を見る向きが多いが、断片化した素材を12音技法でつなぎ直した持続であり、シェーンベルクで言えばOp.19を経たOp.23と比較する方がふさわしい。彼はこれらの作品をレイボヴィッツに見せており、《ソナチネ》は好評だったので第1ソナタを献呈する予定だったが、気に入らず手直しすら行おうとしたので決裂した。以後の彼はレイボヴィッツを教条主義者として拒絶する。伝統的な旋律線が見え隠れする《ソナチネ》と極度に断片的な第1ソナタで世代の好みが分かれるのは致し方ないが、両作品とも1949年まで繰り返し改訂されており、第1ソナタの方が改変度は大きいことは注意を要する。1945-46年にかけて彼が1作ごとに急速に進歩したように見えるのは、最初期から顕著だった〝改訂癖〟の産物でもある。

9月18日(木)ブーレーズ全ピアノ作品リサイタル (※)17時30分開演 [2025/09/10 update]_c0050810_16290774.jpg
 1946年5月にヴォラブールに最後の対位法のレッスンを受け、彼のパリ音楽院生活は実質的に終わった。フーガ・対位法クラスの試験は1週間後だったが、その直前まで《変奏曲とロンド》という小品を書いてヴォラブールに献呈した。独習では掴めなかった対位法の真髄を2年かけて教えてくれた師への感謝を込めた、その時点では最も対位法的な(《ソナチネ》も第1ソナタも音数は多いが高々2声)曲で、後にピアノソナタ第2番第3楽章の原型になった。講義について行けなかったわけではないことを示すためだけに受けたフーガの試験で〝なぜか一等賞にはならなかった伝説の模範答案〟を残して去ってゆくあたりが彼らしい。学生生活を終えたら生計は自分で立てることになるが、ピアノの延長で習得したオンド・マルトノ(この電子楽器のための四重奏曲も作曲したが、撤回して他作品の素材に用いた)の腕を活かして、ベル・エポック時代に一世を風靡したミュージックホール、フォリー・ベルジェールの箱バンに入った。もちろんこの仕事は腰掛けで、同年10月にルノー=バロー劇団からオンド・マルトノ演奏を頼まれた機会を逃さず、同劇団の音楽監督に就任して1956年まで務めた。六人組などの音楽の指揮と編曲が主で創造的ではないが、それはミュージックホールの仕事と変わらない。少なくともクラシック曲の指揮経験にはなり、公演で世界各地にも行けるので、指揮者への準備としては悪くなかった。

 生活が安定して生まれた最初の(おそらく最大の)代表作がピアノソナタ第2番である。ソナタと名乗りながらソナタ形式を破壊することが中心的なコンセプトだが、主題や展開などの要素を抹消してもなお統一感を保つ鍵は強固な対位法構造であり、J.S.バッハの《クラヴィーア練習曲集第3巻》や《フーガの技法》を自ら研究して身に付けた。ヴォラブールに学んだ2年の成果であり、20世紀を代表する傑作のひとつはこうして生まれた。彼の作品の良し悪しを判定する基準として、〝改訂が行われていないほど良い〟があり、《ソナチネ》や第1ソナタでも出版までに数年にわたる改訂を経ているのに対し、第2ソナタは完成後は一切手が入っていない。後から手を加えたくなるのはコンセプトやリアリゼーションに瑕疵があるからだが、彼はそれを過去は過去と切り捨てて前に進めないタイプなのだ。

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 第2ソナタの前後にはルネ・シャールの詩に基づくふたつの作品がある。《婚礼の顔》と《水の太陽》である。前者は10打楽器奏者を含む4管編成の大管弦楽、ソプラノ、アルト、女声合唱のための約30分のカンタータであり、1946-47年の初稿、1951-52年の改訂稿を経て1957年に初演された。シェルヘンが指揮する予定だったが、彼の合唱指揮を見て譲り、彼が最初にオーケストラを指揮する機会にもなった。当時の彼のイメージとはギャップがある後期ロマン派風の響きが話題になったが、彼はオーケストレーションに問題があるとして長らく封印状態だった。1989年の再改訂で4分音を除くなど大きく手を入れて自ら録音し、以後はレパートリーに定着した。後者は元々は1948年に制作されたシャールの詩を含むラジオドラマであり、同年に詩の部分を抜き出してもう1篇加えた3独唱者と室内管弦楽版、1958年に混声合唱と管弦楽のための改訂版、1965年にソプラノ、混声合唱、管弦楽のための最終版に至って出版された。ドビュッシーと初期ストラヴィンスキー(新古典主義以前)という、彼の新ウィーン楽派以外のもうひとつ発想の源泉を伝える重要な作品だが、比較的大編成だが約10分というアンバランスさのため、演奏機会はあまり多くない。

 実のところ、ここまでで作曲家ブーレーズの本質的側面は出揃っている。発想の源泉は20世紀前半のウィーンとパリのモダニズムで、前者はピアノ曲、後者は声とアンサンブルのための曲で主に発揮された。前者は技法としては後者の曲でも用いられており、両者の交配は20世紀前半には考えられなかった。彼はこの時期にクレーなどの20世紀前半のモダニズム絵画にも出会っており、Le pays fertile : Paul Klee (1989) を読んでも、彼の芸術観は戦前・戦中のモダニズムで閉じている。ここで再び、同じくメシアンに師事したクセナキスやシュトックハウゼンと比べると、対ナチスドイツ(戦後は対英国軍)抵抗運動に参加して瀕死の重傷を負ったクセナキスや、最前線の野戦病院に勤務して有機物と無機物の境界が失われる極限状態を経験したシュトックハウゼンとは違い、彼は第二次世界大戦中に価値観が根幹から揺るがされるような体験はしていない。根本的な部分で彼らとは〝違う〟わけだが、この違いはどのような形で現れるのだろうか。

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 その意味でも、この時期に彼がジョン・ケージ(1912-1992)と親交を結んでいたのは興味深い。ケージは世代的にはレイボヴィッツと同じだが、芸術観では戦後米国の抽象表現主義も受け入れており、この点では彼よりも〝若い〟。他方、音楽観の根幹には青年時代にシェーンベルクから教えられた、秩序と構成を重視する姿勢が横たわっている。誤解含みでもあったが、ふたりは根本的な部分でわかり合えた。ふたりの関係は1949年6月にケージがブーレーズの部屋を訪れて始まった。バリ島やアフリカの民俗音楽を特徴付ける打楽器合奏に関心を持っていた彼は、それを西洋音楽を象徴するピアノ上にインストールして精緻に制御する、プリペアド・ピアノの発想に強く惹かれ、サロンでの紹介や演奏会を企画した。ケージも帰国後、第2ソナタの米国初演に奔走して実現した。深い絆で結ばれたふたりは頻繁に往復書簡を交わすようになる。

 第2ソナタに続く作品として、まず《弦楽四重奏のための書》(1948-49) が挙げられる。第2ソナタの基盤は音高のみを管理する伝統的な12音技法であり、それ以外の音楽要素は意志の力で制御して「ソナタ形式の破壊」を行っている。だが後期ヴェーベルンの作品では、音高とリズムを連動して管理する工夫がなされており、この曲で彼もその方向を試み始めた。またタイトルの「書」はマラルメの「書」概念にならった断片の入れ替え可能性を意味し、楽章の順序は奏者が自由に選べる。曲想はアンサンブル曲よりもピアノ曲に近いがピアノ曲よりも静的なのは、演奏順序を可変にするための配慮と理解できる。作曲者はいくつかの試演を経て演奏困難で指揮者が必要な失敗作と判断し、一度は撤回して弦楽合奏への編曲を始めたが、アルディッティ四重奏団やディオティマ四重奏団など全曲の通奏をこなす団体が現れ始めて撤回を撤回し、2012年に全6楽章の最終校訂を行った。なお、未完成だった第4楽章は作曲者死後の2017年にマヌリーが補筆完成した。この路線を受け継いだのが《ポリフォニーX》(1950-51) であり、1950年末のケージへの手紙では「24音の四分音音列を用い、7奏者の7グループが14ないし21の断片を対位法的に組み合わせ、リズム細胞の管理法は…」と雄大な構想を楽しげに披露している。だが、初演日程が決まって実務的な打ち合わせが始まると、四分音は取り止め、編成も18人に縮小…とスケールダウンされてゆき、彼の意欲も下がっていった。後述する《構造I》を書き始めると(この曲よりも〈構造Ia〉の方が先に完成)彼の関心はそちらに移り、初演にも立ち会わず(ルノー=バロー劇団の公演を優先)、初演の録音を聴いて撤回を決めた。教条的すぎるという判断だった。

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 《構造I》は《弦楽四重奏のための書》や《ポリフォニーX》に連なる作品だが微妙に系列が違い、この時期のヨーロッパ戦後前衛で大流行した総音列技法を用いた最初期の作品のひとつである。奥歯に物が挟まったような書き方になるのは、時系列は《構造I》で最初に書かれた〈Ia〉よりも、ベルギーの作曲家カレル・フイヴェールツ(1923-1993)が《2台のピアノのためのソナタ》(1950-51)を完成した方が微妙に早いからである。だが、ブーレーズが発想を横取りしたわけでもない。フイヴェールツはこの作品を1951年のダルムシュタット国際現代音楽夏期講習会で公にしたが、〈構造Ia〉はそれよりは早く、ふたりは独立に同じ発想に至っている。それまでのブーレーズはリズム細胞を音列化しようとしていたが、リズム細胞は複数の音符で構成され音列と音符が1対1対応しないので、音高などの1対1対応する音列との組み合わせ方が自明ではなく、作曲に時間がかかった。だが、音価で音列を作り、リズムは音価の並びから結果的に生成されると割り切れば、強度やアタックなどすべての音列が1対1対応になり、あとはほぼ自動生成になる。〈Ia〉は一晩で書いたと彼が豪語するのも、誇張ではないだろう。ただし音域は自由に選べる設定なので、彼らしい跳躍音程が頻出する譜面になっており、最低限の個性は刻印されている。このように全音楽要素に音列を均等に適用すると、生み出される音世界も均質で静的なものになる。フイヴェールツが総音列技法を用いた《Nummer》シリーズ(《2台ピアノのためのソナタ》=《Nummer 1》)にはそのような曲が並んでいるが、ブーレーズは《構造I》以前の試みの経験から、適用対象を絞ったり適用方法を不均等にしたりしてダイナミックな偏りが生じた状況の方が面白いと考えた。〈Ib〉〈Ic〉はそのような偏りをデザインした結果であり、その方が手間がかかるので完成は1952年までずれ込んだ。ちなみに《構造I》も第2ソナタ同様、完成後は一切手が入っていない。

 アルトと6楽器のための《主なき槌》(1953-55) は、ルネ・シャールの詩に基づく彼の作品でも特に知られ、一般的には彼の一番の代表作とされている。《構造I》の次の総音列技法による作品だが、ここでの音列操作は《構造I》のような厳密なものではなく、彼自身が「分析不可能」と述べるほどに元の音列から置き換えられている。このような〝感覚的修正〟自体は必ずしも批判されるべきものではないが、問題は何を〝修正〟しているかである。モダニズムの一般論として、未知の音響を得るためにシステムを用いるのであれば、その出力結果を〝修正〟するのは意味がわからない。目標とする既知の音響があり、それにそぐわないものを〝修正〟しているのである。この作品の目標は明確で、基本はシェーンベルク《月に憑かれたピエロ》、シュプレッヒシュティメではない滑らかな歌唱はドビュッシーの歌曲、民俗音楽風アンサンブルはストラヴィンスキー《狐》あたりが想定されているのだろう。ギターは日本の箏、シロリンバはアフリカのバラフォン、ヴィブラフォンはバリ島のガムランという楽器の見立ても、彼がパリ音楽院時代に愛聴していた民俗音楽そのものである。いずれも戦前どころか1910年代のモダニズムで、それだけでは古すぎるので総音列技法を介して後期ヴェーベルンのフィルターをかけたということかもしれない。この曲が1950年代ヨーロッパ戦後前衛の代表曲だとみなされているとしたら、その美学は戦前のモダニズム美学とさほど隔絶しておらず、この時期まではそのアップデートで十分通用したことの何よりの証拠である。なおこの曲も、初演を踏まえて1957年にわずかな改訂が行われたのみである。

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 ブーレーズが第2ソナタから《構造I》に向かった時期は、ケージがプリペアド・ピアノのための《ソナタと間奏曲》から《易の音楽》に向かった時期でもある。この時期のケージは東洋思想の影響で「自我の放棄」を目指しており、5×5の魔法陣で音高をシステマティックに生成して達成しようとした。ブーレーズはそれを音列を用いた音高管理の等価物とみなし、「我々は同じ道を歩いている」と考えた。だが、ケージの目的はあくまで「自我の放棄」であり、このシステムは偶然性に置き換えられる。《易の音楽》では、8×8通りの卦それぞれに短い断片を対応させ、易を立てて選んでゆく。だがブーレーズはこれを、魔法陣を8×8に拡大したものと捉えて激賞した。やがて、《4分33秒》などを通じてケージの真意を知ると、一転して「怠惰による偶然性」と非難するようになる。ケージの魔法陣システムとヨーロッパ戦後前衛の音列システムが等価だとしたら、魔法陣システムは偶然性に置き換えられる(実際、ブーレーズは区別がつかなかった)のだから、音列システムも偶然性に置き換えられることになる。究極のシステムだと思っていたものがサイコロを振るのと変わらないことになったら恐怖でしかない。何としても叩き潰さなければいけない!

 かくなる上は、ケージ流の偶然性を止揚する概念を提唱して上書きするしかない。そこでブーレーズは「管理された偶然性」を提唱した。すべてを偶然に委ねるのは不毛である、マラルメの「書」のように断片を並べる順序を読者に委ねる程度の偶然性が創造的だ、という主張であり、断片の演奏順序を演奏家に委ねたピアノソナタ第3番は、そのプロトタイプだった。だが、彼の創作史における「書」概念は、音列概念の拡張が主目的だった《弦楽四重奏のための書》ではおまけ的な扱いに過ぎなかった。ケージ流の偶然性へのカウンターとして担ぎ出すのは、そもそも無理がある。原理的にも、マラルメの「書」が成立するのは、詩の本を手元に置いて折々に眺めるからであり、演奏会で一回限り聴く状況では並べ換えの自由度は殆ど意味を持たない。せいぜい演奏家ごとに固定されたいくつかの「版」が生まれるだけである。ブーレーズも程なく問題点に気付き、《プリ・スロン・プリ》や《カミングスは詩人である》のような作品では演奏順序確定版を作る方向で改訂したが、プロトタイプの第3ソナタではそうもいかず、未完成作品として長らく放置されることになった。ケージは1958年にダルムシュタット国際現代音楽夏期講習会を初めて訪れたが、そこで「管理された偶然性」はケージの毒の防波堤になったわけではなく、むしろケージ訪問が追い風になって、「ケージ思想の簡略版」としてヨーロッパ現代音楽界で流行することになった。何のことはない、ケージの偶然性の音楽に真剣に向き合ってその毒に気付いたのはブーレーズだけで、心ならずも提唱した「管理された偶然性」概念と心中したのは徒労だったのである。

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 この流れの中で、《構造II》は地味ながら意義はある。音列技法における和声は偶発的に発生するもので、その連なりを管理するには別なシステムを持ち込むか、感覚的修正に頼るかだった。この曲を通じて、総音列技法の枠内で和声の連なりを管理できるようになったのは、大きな進歩である。美学的にも、ドビュッシーや初期ストラヴィンスキーと結びついているのは専ら声とアンサンブルのための曲だったが、これでピアノ曲とも結びついたことになる。《プリ・スロン・プリ》(1957-62) は「管理された偶然性」ありきでマラルメを召喚したのに、1984/89年の改訂で演奏順を確定したのでは何の意味があったのかと言いたくなるが、和声の連なりを管理する総音列技法を声とアンサンブルのための作品に導入したという点において、感覚的修正頼みだった《主なき槌》にはない意義は残っている。

 ヨーロッパ戦後前衛の潮目は1960年代半ばから変わり、電子音楽体験と戦後特有の美学が台頭する。第二次世界大戦中に価値観が根幹から揺るがされるような体験を経ているかどうかは、ここで効いてくる。あらためて同世代のメシアン弟子と比較すると、古代音楽の数学的モデル化とノイズ音楽の先駆をなす電子音楽に舵を切ったクセナキスや、ライヴエレクトロニクスと即興的要素の制御に焦点を移したシュトックハウゼンのように、新たな美学を打ち出す余力はもはやブーレーズには残っていなかった。ただし彼は、ジャン・バラケ(1928-1973)のように戦前の美学に殉じたわけではない。1963年のフランス国立放送管との《春の祭典》 の録音と《ヴォツェック》のフランス初演で指揮者として注目され、その後数年でBBC交響楽団とNYPの音楽監督に相次いで就任した彼は、むしろ巧みに活動の中心を切り替えて勝ち逃げに成功したのである。

 作曲家はピークが10年続けば一流、15年続けば超一流の世界である。彼は1946年から1962年まで約15年間ピークを維持しており(頂点は最初の5年だとしても)、その後の余生をとやかく言っても詮ない。1970年代の《ミュルティプル》や《メッサージェスキス》になると、常套音型の反復と堆積に終始する、趣味の作曲としか言いようのないものに退行している。素材に耽溺して、批評的距離は微塵も感じられない。IRCAM所長時代に大型コンピュータの4Xシステムのために《レポン》を作曲したことが刺激になり、その余波で《二重の影の対話》のような佳曲も生まれたが、4Xシステムが吐き出した合成音が、1970年代の彼と変わり映えしない装飾音型なのが問題だった。1992年のIRCAM所長退任後は、再び指揮が活動の中心になったが、作曲に割ける時間も増えた。だが書かれたのは、《内挿節》や《日めくりの一頁》のような救い難い曲だった。《レポン》作曲体験を経て、器楽的な4Xシステムが生成する「未来の音楽」が1970年代の自分と大差なかったことで、それで良いと思い込んでしまったのだろう。同世代のシュトックハウゼンとは違い、電子音楽のセンスがなかったことが、ここに来て致命傷になってしまった。



# by ooi_piano | 2025-09-08 14:38 | コンサート情報 | Comments(0)
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【New!】
A. ウェーベルン:《9楽器の協奏曲 Op.24》(1934/2024) [米沢典剛編独奏版]
川島素晴:《夢の迷宮 ~武満徹「ミロの彫刻のように」断片(1995)に基づく》(2025)
若松聡史:《暈色》(2024)
武満徹コレクション
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ヴィラ=ロボス:《5つの前奏曲集》 (1940/1959) [ジョゼ・ヴィエイラ・ブランダォン(1911-2002)編ピアノ版] 
ヴィラ=ロボス:《ショーロ第1番》(1920/1968) [オジマー・アマラオ・グルジェウ(1909-1992)編ピアノ版]
ヴィラ=ロボス:映画《アマゾンの森》より「感傷的なメロディ」(1958/2024) [米沢典剛編独奏版]
ヴィラ=ロボス編曲集プレイリスト
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杉山洋一:《断絶のバラード集》第2曲「ウクライナ・バラード」(2022/2024)
杉山洋一:《華(はな) ~西村朗の追憶に》(2023)(ピアノ独奏)
杉山洋一:《華(はな) ~西村朗の追憶に》(2023) (フォルテピアノ独奏)
A.ウェーベルン:《弦楽四重奏のための緩徐楽章》 (1905/2024) [米沢典剛編ピアノ独奏版]
H. マンシーニ(1924-1994): 《ひまわり》 (1970/2024) [神田晋一郎編]
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クセナキス:ピアノ協奏曲全3曲(大井浩明)プレイリスト
シューベルト編曲集プレイリスト
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●南聡(1955- ):《帽子なしで Op.63-4》(2023)
●F.グロリュー(1932-2023) :《ショパンのマズルカ風のモーツァルトのトルコ風ロンド》(1988)
■F.シューベルト:《連弾のためのソナタ ハ長調「グラン・ドゥオ」 D 812》(1824) [J.F.C.ディートリヒ/L.シュタルク編独奏版]
■F.シューベルト:《連弾のためのフーガ ホ短調 D 952》(1828) [J.F.C.ディートリヒ編独奏版]
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■F.シューベルト:弦楽四重奏曲第12番ハ短調 D 703 「四重奏断章」 (1820/2023) [米沢典剛編独奏版]
■F.シューベルト:《連禱(万霊節) D 343》 (1816/1926) [ゴドフスキー独奏版]
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■F.シューベルト:《八重奏曲 ヘ長調 D 803》(1824/1905、全6楽章) [J.B.バイス編連弾版] [+浦壁信二(ピアノ)]
■F.シューベルト:ピアノトリオ第2番 変ホ長調 D 929 より第2楽章+第3楽章 (1827/1875) [ルートヴィヒ・シュタルク(1831-1884)によるピアノ独奏版]
■F.シューベルト:《弦楽三重奏曲 D 471》(1816/2023) [米沢典剛によるピアノ独奏版]
■F.シューベルト:《さすらい人 D 493》(1816/1981) [フリードリヒ・グルダによるピアノ独奏版]
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■メンデルスゾーン(1809-1847):《弦楽八重奏曲 変ホ長調 Op.20》より終楽章「プレスト」 (1825) [作曲者編連弾版] [+浦壁信二(ピアノ)]
■米津玄師(1991- ):《KICK BACK》(2022) [金喜聖(キム・ヒソン)編曲による連弾版] [+浦壁信二(ピアノ)]

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一般社団法人全日本ピアノ指導者協会[PTNA]のYouTubeアカウント(+α)で公開されている動画一覧 大井浩明(ピアノ/フォルテピアノ/クラヴィコード/オルガン)

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【作曲家五十音順】
【あ】
■伊藤謙一郎(1968- ):《アエストゥス》(2018)
■入野義朗(1921-1980):《三つのピアノ曲》(1958)
奥村一(1925-1994):《さくらさくら》(1963)
■落晃子(1969- ):《八犬伝》(2021)
■P.オリヴェロス(1932-2016):《ノルウェーの木》(1989)
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【か】
■G.カペレン (1869-1934) :《君が代》(1904)
■姜碩煕(カン・スキ)(1934-2020):《ゲット・バック》(1989)
■喜多郎(1953- ):《絲綢之路》(1980)
■I.クセナキス(1922-2001):《シナファイ》(1969) (i) NJP 1996 Jul. - (ii) KSO 1996 Nov.(前半後半)- (iii) LPO 2002 Mar.  《エリフソン》(1974) LPO 2004 Jun.  《ケクロプス》(1986) TPO 2022 Feb.
■桑原ゆう(1984- ):《花のフーガ》(2019)
■J.コズマ(1905-1969):《枯葉》 (1945/1993)[武満徹編]
■L.ゴドフスキー(1870-1938):《天国のアナクレオンへ》(1780/1921)
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【さ】
■坂本龍一(1952- ):《エナジー・フロー》(1999)
■佐村河内守(新垣隆)(1970- ):《ドレンテ》(2011)
■G. シェルシ(1905-1988):《アデュー(お別れ)》(1978)
■清水卓也(1986- ):《町田のヤンキー》(2011)
■F.シューベルト(1797-1828):《弦楽三重奏曲 D 471》(1816/2023) [米沢典剛によるピアノ独奏版]  《さすらい人 D 493》(1816/1981) [フリードリヒ・グルダ編独奏版]  《連禱(万霊節) D 343》 (1816/1926) [ゴドフスキー独奏版] 弦楽四重奏曲第12番ハ短調 D 703 「四重奏断章」 (1820/2023) [米沢典剛編独奏版] 《八重奏曲 ヘ長調 D 803》(1824/1905、全6楽章) [J.B.バイス編連弾版] [+浦壁信二(ピアノ)]  《連弾のためのソナタ ハ長調「グラン・ドゥオ」 D 812》(1824) [J.F.C.ディートリヒ/L.シュタルク編独奏版] ピアノトリオ第2番 変ホ長調 D 929 より第2楽章+第3楽章 (1827/1875) [L.シュタルク編独奏版] 《連弾のためのフーガ ホ短調 D 952》(1828) [J.F.C.ディートリヒ編独奏版]
■R.シューマン(1810-1856):《夕べの歌 Op.85-12》(サン=サーンス編)
■D. D. ショスタコーヴィチ(1906-1975):《革命の犠牲者を追悼する葬送行進曲》(1918)  オペラ《ムツェンスク郡のマクベス夫人 Op.29》より第2幕間奏曲「パッサカリア」 (1932) [作曲者編独奏版]  《ピアノ五重奏曲 Op.57》より第2楽章「フーガ」(1940/2022) [米沢典剛編独奏版]  オラトリオ《森の歌 Op.81》より第7曲「栄光」(1949/2021) [米沢典剛編独奏版)  映画音楽《忘れがたき1919年》より「クラスナヤ・ゴルカの攻略」Op.89a-5 (1951/2022) [米沢典剛編2台ピアノ版] [+浦壁信二(pf)]  交響曲第10番第2楽章 Op.93-2 (1953) [作曲者による連弾版] [浦壁信二(pf)]  交響曲第13番《バビ・ヤール》第5楽章「出世」(1962/2022) [米沢典剛編独奏版] 《弦楽四重奏曲第15番 Op.144》より第1楽章「エレジー」(1974/2020) [米沢典剛編独奏版]
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■M.スコリク(1938-2020):《メロディ》(1981)
■鈴木悦久(1975- ): 《クロマティスト》(2004)  《ピアノの練習》(2019)
■武満徹(1930-1996):《二つのメロディ》(1948) 《二つの作品》(1949)  《二つのレント》(1950) 《さようなら(西村朗編)》(1953/2001)  《アルデールまたは聖女》(1956/57)  《うたうだけ》(1958) [作曲者によるピアノ編曲]  《MI・YO・TA(松尾賢志郎編)》 (1950s/2019) 《MI・YO・TA(神田晋一郎編)》 (1950s/2020) 《小さな空(杉山洋一編)》(1962/2009)  《さくら》(1973)  《インターナショナル》(1974) 《燃える秋》(1978) [作曲者によるピアノ編曲]   《クロス・ハッチ》(1982) [+浦壁信二(ピアノ)]  《すべては薄明の中で》(1988)  《ゴールデン・スランバー》(1990) 《枯葉》 (1993)[武満徹編] 《ミロの彫刻のように》(1995/.2025) [川島素晴による補筆完成版]
■棚田文紀(1961- ):《前奏曲》(2007/18)
■田村文生(1968- ):《きんこんかん》(2011)
■P.チャイコフスキー(1840-1893) :《弦楽四重奏曲第1番ニ長調 Op.11 第2楽章「アンダンテ・カンタービレ」》(1871/73) [K.クリントヴォルト編曲ピアノ独奏版]  交響曲第2番《ウクライナ》より第2楽章「行進曲」(1872/1942)[S.フェインベルク編独奏版]  歌曲集《6つのロマンス Op.16》より「ゆりかごの歌」「おお、あの歌を歌って」「それが何?」 (1873、作曲者自身によるピアノ独奏版) 《6つの小品 Op.19》より第4曲「夜想曲」(1873) 《「四季」(12の性格的描写) Op.37bis》(1876) 《弦楽セレナーデ》より第3楽章「エレジー」 Op.48-3(1880/1902) [M.リッポルトによるピアノ独奏版] 《子供のための16の歌 Op.54》より「春」「私の庭」「子供の歌」 (1881-83/ 1942) [S.フェインベルクによる独奏版] 《即興曲(遺作)》(1892/1894) [タネーエフ補筆]
■R.ディットリヒ(1861-1919):《さくら》(1894)
■寺内大輔(1974- ):《地層》(2014)
■C.ドビュッシー(1862-1918): 《舞踊詩「遊戯」》(1912/2005、J.E.バヴゼ編2台ピアノ版)[+浦壁信二(ピアノ)]  《白と黒で》(1915) [+浦壁信二(ピアノ)]
■冨田勲(1932-2016):《きょうの料理》(1957)
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【な】
■中川真(1951- ):《非在の声》(2020)
■長瀬弘樹(1975-2012):《見えない星》(2007)
■信時潔(1887-1965):《あかがり》(1920)
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【は】
■S.バーバー(1910-1981) (米沢典剛編):《弦楽四重奏曲第1番第2楽章「アダージョ」》(1936/2017)
■林廣守(1831-1896):《君が代》(1880) ノエル・ペリ(1865-1922)編曲(1905)  A.グラズノフ (1865-1936) [Op.96、米沢典剛編ピアノ版](1915/2019)  河村光陽(直則)(1897-1946):《君が代踊り》(1941)  溝部國光(1908-1996)編(1971)   小弥信一郎(1950- )編(1979)  三宅純(1958- )編(2016)  吉田光貴(1994- )編(2016)  久米由基(1960- )編(2018)  松尾賢志郎(1995- )編(2019)
■平井(保喜)康三郎(1910-2002): 幻想曲「さくらさくら」(1971)
■M.d.ファリャ(1876- 1946):《ヴォルガの舟歌》(1922)
■G.フォーレ(1845-1924):《さようなら Op.21-3》 (1878/2021) [横島浩編ピアノ独奏版] 《バイロイトの思い出 ~ワーグナー「ニーベルングの指環」のお気に入りの主題によるカドリーユ形式の幻想曲》(1880、A.メサジェ採譜)  《月の光》(1887/1927)(M.ボニによるピアノ独奏版)+C.ドビュッシー(1862-1918):「仮装舞踏組曲」より《月の光》(1880)  《消え去らぬ香り Op.76-1》 (1897/2021) [横島浩編ピアノ独奏版]  パリ音楽院ピアノ科初見試験課題曲 [女子学生用(1899)/男子学生用(1901)] 歌劇《ペネロープ》第1幕への前奏曲 (1913、作曲者編)  《チェロ・ソナタ第1番 ニ短調 Op.109》(1917)(全3楽章) 〔+上森祥平(チェロ)〕  《天守夫人(塔の奥方) Op.110》(1918) (ピアノ独奏版)  《幻想曲 Op.111》(1918、作曲者による2台ピアノ版) [+浦壁信二(ピアノ)]  《平和が来た Op.114》(1919/2021) [横島浩によるピアノ独奏版]  組曲《マスクとベルガマスク》 Op.112 (1919/2018) [米沢典剛編ピアノ独奏版] 《チェロ・ソナタ第2番 ト短調 Op.117》(1921)(全3楽章) 〔+上森祥平(チェロ)〕 「ディアーヌよ、セレネよ Op.118-3」(1921) ~歌曲集《幻想の水平線》より  《ピアノ三重奏曲 ニ短調 Op.120》(米沢典剛によるピアノ独奏版)(1923/2018) 《弦楽四重奏曲 Op.121》(G.サマズイユ編独奏版)
■G.プッチーニ(1858-1924)(=R.T.カッツ編):《弦楽四重奏曲 「菊」 嬰ハ短調》(1890/2017)
■J.ブラームス(1833-1897):交響曲第2番 Op. 73 第2楽章(1877/1915) [M.レーガー編独奏版]  《野の寂しさ Op.86-2》(1881/1907) [M.レーガー編独奏版]  《セレナード Op.106-1》(1885/1907) [M.レーガー編独奏版]  交響曲第4番 Op. 98 第2楽章 (1886/1916) [M.レーガーによるピアノ独奏版]  《メロディのように Op.105-1》(1888/1912) [M.レーガーによるピアノ独奏版]  《我が眠りは一層浅くなり Op.105-2》(1888/1906) [M.レーガー編独奏版] 《弦楽五重奏曲第2番 ト長調 Op.111》(1890/1920) [P.クレンゲルによるピアノ独奏版] 《クラリネット五重奏曲 Op.115》(1891/1904)[P.クレンゲルによるピアノ独奏版]  クラリネットソナタ第2番(Op.120-2) 第1楽章 (1894/2021) [米沢典剛編ピアノ独奏版] 《4つの厳粛な歌 Op.121》(1896/1912) [M.レーガーによるピアノ独奏版]  《一輪のバラが咲いて Op.122-8》(1896/1902) [ブゾーニ編独奏版]
■C.フランソワ (1939-1978)/J.ルヴォー(1940- ):《マイ・ウェイ》(夏田昌和によるピアノ独奏版)(1967/2014)
■L.ブローウェル(1939- ):《丘の愚者》(1976)
■L.v.ベートーヴェン(1770-1827): ソナタ第20番第2楽章(1795)  交響曲第3番《英雄》第1楽章(1803)(F.リストによる独奏版、前半後半) ソナタ第23番《熱情》第1楽章(1806)  弦楽四重奏のための《大フーガ》(1826)(L.ヴィンクラーによる独奏版、前半後半)(全てフォルテピアノ独奏)
■G.ペッソン(1958- ):《マストの上で(水兵の歌)》(2009)

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【ま】
■松下眞一(1922-1990): 《スペクトラ第4番》(1971)
■松平(工藤)あかね(1972- ):《ルグリにリフト》(2007)[+柴田暦(vocal)]
■G.マーラー(1860-1911) (米沢典剛編): 《花の章》(1888/2017)
■H.マンシーニ(1924-1994): 《ひまわり》 (1970/2024) [神田晋一郎編]
■三木たかし [渡邊匡] (1945-2009):《夜桜お七》(1994) [後藤丹編ピアノ独奏版]
■箕作秋吉(1895-1971):《さくらさくら Op.16-2》(1940)
■O.メシアン(1908-1992)(=米沢典剛編):《星の血の悦び》(1948) [+浦壁信二(ピアノ)]
■F.メンデルスゾーン(1809-1847):《弦楽八重奏曲 変ホ長調 Op.20》より終楽章「プレスト」 (1825) [作曲者編連弾版] [+浦壁信二(ピアノ)]
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【や】
■吉本光蔵(1863-1907):《君が代行進曲》(ca.1902)
■米沢典剛(1959- ):《君が代》(2021)
■米津玄師(1991- ):《KICK BACK》(2022) [金喜聖(キム・ヒソン)編曲による連弾版] [+浦壁信二(ピアノ)]
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【ら】
■L.J.A.ルフェビュール=ヴェリー(1817-1869):《H.ルベールの歌劇「ガイヤールのおやじ」による華麗な二重奏曲》(1852)[+金澤攝(ピアノ連弾)]
■C.ルル―(1851-1926):《分列式行進曲(扶桑歌)》(1886)
■M.レーガー(1873-1916):《クリスマスの夢~「聖しこの夜」による幻想曲》(1902) 《マリアの子守歌 Op.76-52》 (作曲者編ピアノ独奏版)(1904/1915) 《夜の歌 Op.138-3》(1914/2019) [ヴェンデリン・ビツァン編ピアノ独奏用パラフレーズ]  《ドイツ国歌によるフーガ》(1916、遺作)
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【わ】
■若尾裕(1948- ):《さりながら雪》(2019)
■若松聡史(1983- ):《暈色》(2024)
■R.ワーグナー(1813-1883):歌劇《ローエングリン》第1幕前奏曲(1848/2017)(B.ブライモ編) 歌劇《ローエングリン》第2幕より「エルザの大聖堂への入場」(F.リスト編) ヴェーゼンドンク歌曲集(1858/1917) [A.シュトラダルによるピアノ独奏版]  《トリスタンとイゾルデ》より「愛の場面」(1859/65)(タウジッヒ編) 《ジークフリート牧歌》(1870/1973) [G.グールド編ピアノ独奏版]  舞台神聖祝典劇『パルジファル』第1幕前奏曲(1857-82/1882)(A.ハインツ編) 《エレジー WWV93》(1881)
渡辺香津美(1953- ):《アストラル・フレイクス》(1980)


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# by ooi_piano | 2025-09-06 11:58 | 雑記 | Comments(0)

11/9(日)15時《シューマンの轍》第2回公演


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