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大井浩明ピアノリサイタル――をろしや夢寤 
Хироаки Ои Фортепианные концерты
Сны о России



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松山庵(芦屋市西山町20-1) 阪急神戸線「芦屋川」駅徒歩3分
4000円(全自由席)
〔要予約〕 tototarari@aol.com (松山庵)

チラシpdf 





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【第1回】 2022年6月12日(日)15時開演(14時45分開場)

P.I.チャイコフスキー(1840-1893)

●ピアノ協奏曲第1番変ロ短調Op.23冒頭(1875/1942) [P.グレインジャー編独奏版] 4分
交響曲第4番ヘ短調Op.36 (1878) 45分
 I. Andante sostenuto - Moderato con anima - II. Andantino in modo di Canzona - III. Scherzo. Pizzicato ostinato. Allegro - IV. Finale. Allegro con fuoco

  (休憩)

●《「ドゥムカ」 ハ短調 ~ロシアの農村風景 Op.59》(1886) 7分
交響曲第5番ホ短調Op.64 (1888) 50分
 I. Andante/Allegro con anima - II. Andante cantabile con alcuna licenza - III. Valse. Allegro moderato (#) - IV. Finale. Andante maestoso/Allegro vivace

  (休憩)

●バレエ音楽《胡桃割人形》より「花のワルツ」Op.71 (1892) [S.タネーエフ編独奏版] 7分
交響曲第6番ロ短調『悲愴』Op.74 (1893) 45分
 I. Adagio/Allegro non troppo - II. Allegro con grazia - III. Allegro molto vivace (#) - IV. Adagio lamentoso

[ヘンリク・パフルスキ(1859-1921)編曲によるピアノ独奏版(1897/1901)]
[(#)... サムイル・フェインベルク(1890-1962)によるピアノ独奏版(1942)]



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をりしもこそあれ、チャイコフスキー ――大塚健夫

  チャイコフスキーのピアノ協奏曲第一番、作品23の冒頭、あの誰もが知っている荘厳な旋律は、ドーピング事件以来ロシアの第二の国歌ともいえる曲になっている。当の協奏曲においてこの旋律は序奏部のみに使われ、その後一度も出てこない。何という贅沢な使われ方なのか。この旋律に魅了されていつまた出てくるか出てくるかと期待している聴衆は終楽章が終わってとてもがっかりとさせられる・・・といったようなことをかつて書いた。ところがこの序奏の最初に使われている「ファ・レb・ド・シb」という下降音型は、その後もいくつかの場所に繰り返して出てくる、という英国の音楽学者 デービット・ブラウン (1929-2014) の学説があることを筆者は最近知った。しかもこの変ニ長調の4音の階名(ミ・ド・シ・ラ)は作曲家の名と姓のラテン文字表記、〈pEtr CHAikovsky〉(E-C-H-A)を象徴している、いうのだ。ここまで来ると何か「謎解き、ピアノ協奏曲」みたいだが、このブラウンという人、兵役でロシア語を学び諜報部隊 (Intelligence Corps) に所属した経歴があり、暗号解読者としてさもありなんという気もしてくる。スパイでもあった文豪サマセット・モームの音楽評論家版といったところか。さらに言うと、一時期チャイコフスキーの婚約者であった(結婚には至らず)ベルギーの歌姫 Désirée Artôt (1835-1907) のイニシャルが、I楽章第2主題の最初の下降音型「レb-ラ♮」に表れているという。作曲家が本当にそう考えていたのかは確認のしようがないけれども、少なくとも「ファ・レb・ド・シb」という下降音型はチャイコフスキーのお気に入りだったのだろうと思う。第四交響曲のII楽章 アンダンテ(変ロ短調)の冒頭の3音の前にファの音を置くと「(ファ)・レb・ド・シb」になるのもその一例。

   第四交響曲はI楽章が続く三つの楽章に比べると抜きん出て長い。まだLPレコードの時代、ロマン派の交響曲の殆どはA面がI,II楽章、B面がIII, IV楽章という風に収まっていてII楽章が終わるとレコードをひっくり返していたのだけれども、「チャイコの4番」はA面はI楽章のみ、残りがB面に詰め込まれていたものである。I楽章のリズムについては、当時としては斬新な手法が取られている。展開部でブラス・セクションの咆哮にも負けじと、8分の9拍子(16分音符で18個/一小節)の中、弦楽器は16分音符 x 4 のフレーズを執拗に繰り返すところは、 4x3=12=6x2の「小ヘミオラ」が, 12x3 =36=9x4の「大ヘミオラ」に組み込まれていると言えるし、また8分の9拍子の中で延々と続くシンコペーションは、聴く人の耳を強拍と弱拍を入れ替えた感覚に誘導し、長いフレーズが終わるところで予期せぬ字余り(字足らず)感を味わう、というのもチャイコフスキーとしては一つの実験だったのではないかと思う。それだけ気合を入れて書かれた長いI楽章なのだ、と。
   第四交響曲は、作曲された時期(1877-78)が作曲家自身の束の間に終わった不幸な結婚とか、パトロンであったフォン・メック夫人との文通がたけなわだったことに重なることもあり、作曲家個人の精神状態から曲の解明を試みようとする文献は多くある。一方でこの時期は、オスマン・トルコがロシアの同胞国であるセルビア・モンテネグロに侵攻し、ロシアが「同じスラヴの仲間」(汎スラヴ主義)という建前からトルコに宣戦した露土戦争と重なる。本音は帝政ロシアが地中海への開かれた通路を求めたという考察もあるが、それはさておき第四交響曲初演(1878年2月、モスクワ、ニコライ・ルビンシュテイン指揮)の翌月にロシアは勝利する。友好国の領土を巡って戦争が行われ、国内は愛国心で高揚する一方で戦線では多くの死者が出る、という当時の国内の雰囲気がこの交響曲には反映されているのかもしれない。『アンナ・カレーニナ』の最終章には、アンナが鉄道自殺を遂げたあとヴロンスキーが露土戦争に参加すべく義勇兵としてセルビアに向かう場面がある。義勇兵、汎スラヴ主義・・・過去のものだと思っていた言葉が亡霊のごとく蘇ってきたのが2014年以降の現在のロシアだ。ちなみにヴロンスキーは「義勇兵 доброболец」としてロシアの帝国軍に入隊したが、ドンバス紛争で再び使われるようになった「国民義勇兵 ополченец 」という言葉は国軍には所属しない民兵であって、政府はロシア軍による直接の軍事介入を否定した。
   III楽章からはヘ長調に転じ、IV楽章ではロシア民謡の主題が出てくる。1790年に音楽の知識のある啓蒙学者たちによって採集されたフォークロア・ソング、女性たちによる輪舞のうた、『白樺一本、野に立てり』。我らが日本人は誰だかわからないが「のはらに しらかば いっぽん・・」という原文に忠実な訳詞をつけた。さらにもう一つ替え歌がある。これはまだソ連時代、左翼の学生も多くいたであろう大学のオーケストラで流行った読み人知らずの歌詞で「おれたち共産党員・・きみたち共産党員・・みーんな共産党員・・」。「みーんな共産党員」のところがきちんと音価と合っており、見事だ。

  ピアノ独奏に使われる編曲譜は大部分がポーランド出身のヘンリク・パフルスキ(1859-1921) によるもの。父はフォン・メックの夫が所有していた鉄道会社の土地測量技師であり、ヘンリクはピアニストに、兄はヴァイオリニストになる。教育者としてのヘンリクは1886年から晩年までモスクワ音楽院で教鞭をとり、その作品は後年まで音楽院ピアノ科の教材として使われている。
  兄のヴラディスワフはフォン・メック家の子供たちの教師、その後フォン・メック夫人の秘書、そして彼女の娘婿となった。フォン・メック夫人は18人の子供を産み、うち7人は早世している。
  
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  今回唯一演奏されるオリジナルのチャイコフスキーのピアノ曲《ドゥームカ、ピアノのためのロシアの農村風景》作品59(1886年)は、フランスのピアニスト・教育家であったマルモンテル(1816–1898)に献呈され、フランスの出版社Makkarから発売された珍しい小品。チャイコフスキーの殆どの作品は、エストニア出身のピョートル・ユルゲンソンが起業したユルゲンソン出版社(1861–1918、革命後国に接収され国営『ムズィカ』となる)が版権とともに押さえていたが、《ドゥームカ》についてもユルゲンソンがその後に出版権を得ている。2004年、ユルゲンソン出版新社がモスクワで再登記された。
 「ドゥームカ думка」とは語源はウクライナ語で「思考」を意味する。メランコリックな緩徐部分と、速いテンポの中間部を持つ構成で、ドヴォルザークも《スラヴ舞曲》ほかでよく用いた音楽様式。

  第五交響曲は第四から十年を経た1888年に書かれている。第四のような「頭でっかち」ではなく、四つの楽章が均整の取れた構造であり、なにより『運命の動機』と言われる主題の一貫性はとてもわかり易い。一方で第四のような大胆な冒険はなりをひそめ、保守的なタッチを書かれたとも言われ、最終楽章のフィナーレについては虚しいハッピーエンドと辛口の批評をする人たちもいた。
   わたくし事で恐縮だが筆者は高校時代にこの第五交響曲に出逢い、ロシアの音楽、さらにはロシア語、ロシア語文化に惹かれてゆき今日に至っている。当時の自分がこの曲のどこに一番「シビれた」のかと言えば、やはりII楽章だろう。グレン・ミラーはII楽章の第一主題に魅せられてマック・デイヴィッドが書いた、というかコピーした《Moon Love》(1939)という曲をフォックストロットのリズムでレコード化したが、筆者がシビれたのは第二主題がクライマックスを迎えるところ、ベース・ラインがコントラバスとバストロンボーン、チユーバによってF#から半音も交えながら1オクターヴ下のF#まで下降して行くのに積み重なってゆくコードの多彩な変化のところだった。高校時代に千住明らとジャズ・バンドをやっていた筆者は、このPoco piu Mosso のところのベース・ラインとコードをコピーして「オータム・イン・レニングラード」という駄作を書いた。これはスタンダード・ジャズの定番、ヴァーノン・デューク作詞作曲《Autumn in New York》のパロディである。ちなみにデュークは本名をウラヂーミル・ドゥケーリスキーと言い、ロシア帝国ミンスク県(現在のベラルーシ)生まれのロシア人米国移民である。

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  《くるみ割り人形》からの「花のワルツ」は、タネーエフ編曲版で披露される。セルゲイ・タネーエフ(1856–1915) はモスクワ音楽院でニコライ・ルビンシュテインとチャイコフスキーに認められ、1885年からは音楽院長を務めた。作曲の師であるチャイコフスキーの多くの管弦楽作品をピアノ用に編曲したことに加え、未完に終わったオペラ《ロメオとジュリエット》(1869年に《幻想序曲 ロメオとジュリエット》として世にでた)からの二重唱の場面を師の没後にオーケストラ版に編曲している(ネーメ・ヤルヴィの録音あり)。一方で、第四交響曲の初演のあとでは「I楽章が長過ぎる。交響詩に三つの楽章をくっつけたようなものだ」と歯に衣着せぬコメントもしていて、7時間かけてこの交響曲の細かなコメントを書いて弟子のスクリャービンに送ったという逸話も語り継がれている。

   第五交響曲から5年を経て第六交響曲『悲愴』が発表され、その九日後にチャイコフスキーは53歳で死去する。このことから彼を悲劇の作曲家と捉える傾向があるけれども、すでに最後の数年はロシアのみならず欧米でもその名声は確立され、チャイコフスキーの膨大な書簡の研究者である伊藤恵子の言葉を借りれば「人間国宝」的な存在になっていた。葬儀に際してもロシア皇室は迷いなく国葬を命じた。生前にこのような高い評価を得ていたことはシャイであったとされるチャイコフスキー本人もその栄誉を認識していたと思う。また彼のホモセクシュアルについては多くの知人たちが認めているけれども、スクリャービン、ラフマニノフが学んだニコライ・ズヴェーレフ(1832–1893)のように知る人ぞ知る男色家であり、弟子の少年たちを家に住まわせて多くがその犠牲になったというような人と比べれば大人しい方ではなかったか。

  死去する年(1893年)のチャイコフスキーのロシア内外での活動を挙げてみる。
  1月 ブリュッセルで自作演奏会を指揮。そのあとオデッサ(現ウクライナ、オデーサ)で演奏会。
  3月 ハリコフ(現ウクライナ、ハリキウ)で第二交響曲と『1812年』序曲を指揮。(チャイコフスキーはウクライナの音楽アカデミーの発展に尽力した。キエフには1913年に音楽院が創設され、1940年に「チャイコフスキー記念」という名称になっている。)
  6月 英国ケンブリッジ大学に赴き名誉博士号授与式(ブラームス、ヴェルディは辞退し、チャイコフスキーの他にはブルッフ、グリーク、サン=サーンス、それにイタリアのボーイトに授与された。記念演奏会では『フランチェスカ・ダ・リミニ』を指揮して披露。)
  9月 ハンブルグの劇場でマーラーの指揮による自作《イオランタ》を観る。
  10月16日、第六交響曲初演。20日レストランで食事、25日死去。28日、カザン大聖堂で国葬。アレクサンドル・ネフスキー修道院墓地に埋葬。

  大作曲家の死因はコレラであったとされるが、自殺説、コレラではなかった説、主治医による不適切な治療説・・・いろいろある。「人間国宝チャイコフスキーが高名な医者の手当もむなしく、コレラで世を去った。当時のコレラは衛生設備にめぐまれない下層階級の病気だったから、さまざまな噂をよんだ」(伊藤恵子『チャイコフスキー』)というのが当時のロシアの受け止め方をよく表していると思う。

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〈公演予告〉

【第2回】2022年8月7日(日)15時開演(14時45分開場)
S.ラフマニノフ(1873-1943): 24の前奏曲集 Opp.3-2 / 23 / 32 (1892-1910)、 18の練習曲集《音の絵》Opp.33 / 39 (1911-1917)
山口雅敏(1976- ):《エピタフィア Эпитафия》(2022、委嘱初演)
[使用エディション:ラフマニノフ新全集版(2017)]


【第3回】 2022年10月1日(土)15時開演(14時45分開演)
S.プロコフィエフ(1891-1953):ピアノソナタ第3番イ短調 Op.28「古い手帳から」(1917)、ピアノソナタ第6番イ長調 Op.82 「戦争ソナタ」(1940)、ピアノソナタ第7番変ロ長調 Op.83「スターリングラード」(1942)、ピアノソナタ第8番変ロ長調 Op.84「戦争ソナタ」(1944)


【第4回】 2023年1月7日(土)15時開演(14時45分開演)
D.ショスタコーヴィチ(1906-1975): 24の前奏曲とフーガ Op.87 (1951)
[使用エディション:ショスタコーヴィチ新全集版(2015)]


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# by ooi_piano | 2022-05-20 11:21 | Сны о России 2022 | Comments(0)

公開録音コンサート 《 \重・厚・長・大☆MAX!/ 》
浦壁信二+大井浩明(2台ピアノ)
2022年5月19日(木)19:00開演(18:30開場)
東音ホール(JR山手線/地下鉄都営三田線「巣鴨駅」南口徒歩1分)
入場料: 3500円
peatrix予約ページ https://pubrec220519.peatix.com/


5/19(木) マックス・レーガー:二台ピアノのための全作品 (Opp. 86/96/114/132a)  [5/11 update]_c0050810_05213486.jpeg
マックス・レーガー(1873-1916):
《L.v.ベートーヴェン「11のバガテルOp.119」終曲の主題による12の変奏曲とフーガ 変ロ長調 Op. 86》 (1904) 22分
 Theme. Andante - I. Un poco più lento - II. Agitato - III. Andantino grazioso - IV. Andante sostenuto - V. Appassionato - VI. Andante sostenuto - VII. Vivace - VIII. Sostenuto - IX. Vivace - X. Poco vivace - XI. Andante con grazia - XII. Allegro pomposo - Fuga: Allegro con spirito

《W.A.モーツァルトのピアノソナタ第11番「トルコ行進曲付き」K.331 の主題による8つの変奏曲とフーガ イ長調 Op.132a》 (1914) 24分
Theme: Andante grazioso - I. L'istesso tempo (quasi un poco più lento) - II. Poco agitato (Più mosso) - III. Con moto - IV. Vivace - V. Quasi presto - VI. Sostenuto (quasi Adagietto) - VII. Andante grazioso - VIII. Moderato - Fuge: Allegretto grazioso

  (休憩)

《序奏、パッサカリアとフーガ ロ短調 Op.96》(1906) 18分

《ピアノ協奏曲 ヘ短調 Op.114》 (1910、作曲者編2台ピアノ版)[全3楽章] 40分
  I. Allegro moderato
  II. Largo con gran espressione
  III. Allegretto con spirito



【浦壁+大井ピアノドゥオ動画プレイリスト】
ストラヴィンスキー《結婚》、武満徹《クロスハッチ》、篠原眞《波状B》、フォーレ《幻想曲 Op.111》、メシアン《星の血の悦び》、バーンスタイン《トゥナイト》、宮川泰《宇宙戦艦ヤマト》、冬木透《ウルトラセブン》等

レーガー《マリアの子守歌》(作曲者編独奏版、レーガー最大のヒット曲)、《ドイツ国歌によるフーガ》(1916、遺作)、《夜の歌 Op.138-3》(W.ビツァン編によるパラフレーズ)、《「聖しこの夜」による幻想曲》(1902)、ブラームス《4つの厳粛な歌 Op.121》(レーガー編独奏版)、ブラームス:交響曲第2番第2楽章/同第4番第2楽章(レーガー編独奏版)、ブラームス《メロディーのように Op.105-1》(レーガー編独奏版)

5/19(木) マックス・レーガー:二台ピアノのための全作品 (Opp. 86/96/114/132a)  [5/11 update]_c0050810_13512899.jpg


# by ooi_piano | 2022-05-17 11:22 | Comments(0)
ライヴ演奏動画集 (2022/05/16 update)_c0050810_06093908.jpg

【New!】
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■M.スコリク(1938-2020):《メロディ》(1981)
■V.シルヴェストロフ(1937- ):《ウクライナへの祈り》(2014)

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■サン=サーンス(L.ゴドフスキー編):《白鳥》(1886/1927)
■サン=サーンス(G.ファウル編):《白鳥》 (1886/2019) [米沢典剛によるピアノ版]
■R.シューマン(サン=サーンス編):《夕べの歌 Op.85-12》
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ライヴ演奏動画集 (2022/05/16 update)_c0050810_06090907.jpg

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一般社団法人全日本ピアノ指導者協会[PTNA]のYouTubeアカウント(+α)で公開されている動画一覧 大井浩明(ピアノ/フォルテピアノ/クラヴィコード/オルガン)

【作曲家五十音順】
【あ】
■A.アレクサンドロフ(1883-1946):《ボリシェヴィキ党歌》(1938)
■伊藤謙一郎(1968- ):《アエストゥス》(2018)
■入野義朗(1921-1980):《三つのピアノ曲》(1958)
奥村一(1925-1994):《さくらさくら》(1963)
■落晃子(1969- ):《八犬伝》(2021)
■P.オリヴェロス(1932-2016):《ノルウェーの木》(1989)
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【か】
■姜碩煕(カン・スキ)(1934-2020):《ゲット・バック》(1989)
■喜多郎(1953- ):《絲綢之路》(1980)
■I.クセナキス(1922-2001):《シナファイ》(1969) NJP 1996 Jul. / KSO 1996 Nov.(前半後半)/LPO 2002 Mar.  《エリフソン》(1974)
■桑原ゆう(1984- ):《花のフーガ》(2019)
■剣持秀紀(1967- ):《ピンチェ》(2015)
■J.コズマ(1905-1969):《枯葉》 (1945/1993)[武満徹編]
■L.ゴドフスキー(1870-1938):《天国のアナクレオンへ》(1780/1921)
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【さ】
■坂本龍一(1952- ):《エナジー・フロー》(1999)
■佐村河内守(新垣隆)(1970- ):《ドレンテ》(2011)
■清水卓也(1986- ):《町田のヤンキー》(2011)
■R.シューマン(1810-1856):《夕べの歌 Op.85-12》(サン=サーンス編)
■M.スコリク(1938-2020):《メロディ》(1981)
■鈴木悦久(1975- ): 《クロマティスト》(2004)  《ピアノの練習》(2019)
■棚田文紀(1961- ):《前奏曲》(2007/18)
■田村文生(1968- ):《きんこんかん》(2011)
■P.チャイコフスキー(1840-1893) (K.クリントヴォルト編): 《弦楽四重奏曲第1番ニ長調 Op.11 第2楽章「アンダンテ・カンタービレ」》(1871/73)
■R.ディットリヒ(1861-1919):《さくら》(1894)
■寺内大輔(1974- ):《地層》(2014)
■冨田勲(1932-2016):《きょうの料理》(1957)
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【な】
■中川真(1951- ):《非在の声》(2020)
■長瀬弘樹(1975-2012):《見えない星》(2007)
■信時潔(1887-1965):《あかがり》(1920)
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【は】
■橋本晋哉(1971- ):《ゆたにたゆたに》(2016)
■S.バーバー(1910-1981) (米沢典剛編):《弦楽四重奏曲第1番第2楽章「アダージョ」》(1936/2017)
■林廣守(1831-1896):《君が代》(1880) ノエル・ペリ(1865-1922)編曲(1905)  A.グラズノフ (1865-1936) [Op.96、米沢典剛編ピアノ版](1915/2019)  河村光陽(直則)(1897-1946):《君が代踊り》(1941)  溝部國光(1908-1996)編(1971)   小弥信一郎(1950- )編(1979)  三宅純(1958- )編(2016)  吉田光貴(1994- )編(2016)  久米由基(1960- )編(2018)  松尾賢志郎(1995- )編(2019)
■平井(保喜)康三郎(1910-2002): 幻想曲「さくらさくら」(1971)
■M.d.ファリャ(1876- 1946):《ヴォルガの舟歌》(1922)
■G.フォーレ(1845-1924):《さようなら Op.21-3》 (1878/2021) [横島浩編ピアノ独奏版] 《バイロイトの思い出 ~ワーグナー「ニーベルングの指環」のお気に入りの主題によるカドリーユ形式の幻想曲》(1880、A.メサジェ採譜)  《月の光》(1887/1927)(M.ボニによるピアノ独奏版)+C.ドビュッシー(1862-1918):「仮装舞踏組曲」より《月の光》(1880)  《消え去らぬ香り Op.76-1》 (1897/2021) [横島浩編ピアノ独奏版]  パリ音楽院ピアノ科初見試験課題曲 [女子学生用(1899)/男子学生用(1901)] 歌劇《ペネロープ》第1幕への前奏曲 (1913、作曲者編)  《チェロ・ソナタ第1番 ニ短調 Op.109》(1917)(全3楽章) 〔+上森祥平(チェロ)〕  《天守夫人(塔の奥方) Op.110》(1918) (ピアノ独奏版)  《幻想曲 Op.111》(1918、作曲者による2台ピアノ版) [+浦壁信二(ピアノ)]  《平和が来た Op.114》(1919/2021) [横島浩によるピアノ独奏版]  組曲《マスクとベルガマスク》 Op.112 (1919/2018) [米沢典剛編ピアノ独奏版] 《チェロ・ソナタ第2番 ト短調 Op.117》(1921)(全3楽章) 〔+上森祥平(チェロ)〕 「ディアーヌよ、セレネよ Op.118-3」(1921) ~歌曲集《幻想の水平線》より  《ピアノ三重奏曲 ニ短調 Op.120》(米沢典剛によるピアノ独奏版)(1923/2018) 《弦楽四重奏曲 Op.121》(G.サマズイユ編独奏版)
■G.プッチーニ(1858-1924)(=R.T.カッツ編):《弦楽四重奏曲 「菊」 嬰ハ短調》(1890/2017)
■J.ブラームス(1833-1897):交響曲第2番 Op. 73 第2楽章(1877/1915) [M.レーガー編独奏版]  《野の寂しさ Op.86-2》(1881/1907) [M.レーガー編独奏版]  《セレナード Op.106-1》(1885/1907) [M.レーガー編独奏版]  交響曲第4番 Op. 98 第2楽章 (1886/1916) [M.レーガーによるピアノ独奏版]  《メロディのように Op.105-1》(1888/1912) [M.レーガーによるピアノ独奏版]  《我が眠りは一層浅くなり Op.105-2》(1888/1906) [M.レーガー編独奏版] 《弦楽五重奏曲第2番 ト長調 Op.111》(1890/1920) [P.クレンゲルによるピアノ独奏版] 《クラリネット五重奏曲 Op.115》(1891/1904)[P.クレンゲルによるピアノ独奏版]  クラリネットソナタ第2番(Op.120-2) 第1楽章 (1894/2021) [米沢典剛編ピアノ独奏版] 《4つの厳粛な歌 Op.121》(1896/1912) [M.レーガーによるピアノ独奏版]  《一輪のバラが咲いて Op.122-8》(1896/1902) [M.レーガー編独奏版]
■C.フランソワ (1939-1978)/J.ルヴォー(1940- ):《マイ・ウェイ》(夏田昌和によるピアノ独奏版)(1967/2014)
■L.ブローウェル(1939- ):《丘の愚者》(1976)
■L.v.ベートーヴェン(1770-1827): ソナタ第20番第2楽章(1795)  交響曲第3番《英雄》第1楽章(1803)(F.リストによる独奏版、前半後半) ソナタ第23番《熱情》第1楽章(1806)  弦楽四重奏のための《大フーガ》(1826)(L.ヴィンクラーによる独奏版、前半後半)(全てフォルテピアノ独奏)
■G.ペッソン(1958- ):《マストの上で(水兵の歌)》(2009)
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【ま】
■松下眞一(1922-1990): 《スペクトラ第4番》(1971)
■松平(工藤)あかね(1972- ):《ルグリにリフト》(2007)[+柴田暦(vocal)]
■G.マーラー(1860-1911) (米沢典剛編): 《花の章》(1888/2017)
■三木たかし [渡邊匡] (1945-2009):《夜桜お七》(1994) [後藤丹編ピアノ独奏版]
■箕作秋吉(1895-1971):《さくらさくら Op.16-2》(1940)
■O.メシアン(1908-1992)(=米沢典剛編):《星の血の悦び》(1948) [+浦壁信二(ピアノ)]
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【や】
■吉本光蔵(1863-1907):《君が代行進曲》(ca.1902)
■米沢典剛(1959- ):《君が代》(2021)
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【ら】
■L.J.A.ルフェビュール=ヴェリー(1817-1869):《H.ルベールの歌劇「ガイヤールのおやじ」による華麗な二重奏曲》(1852)[+金澤攝(ピアノ連弾)]
■C.ルル―(1851-1926):《分列式行進曲(扶桑歌)》(1886)
■M.レーガー(1873-1916):《クリスマスの夢~「聖しこの夜」による幻想曲》(1902) 《マリアの子守歌 Op.76-52》 (作曲者編ピアノ独奏版)(1904/1915) 《夜の歌 Op.138-3》(1914/2019) [ヴェンデリン・ビツァン編ピアノ独奏用パラフレーズ]  《ドイツ国歌によるフーガ》(1916、遺作)
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【わ】
■若尾裕(1948- ):《さりながら雪》(2019)
■R.ワーグナー(1813-1883):歌劇《ローエングリン》第1幕前奏曲(1848/2017)(B.ブライモ編) 歌劇《ローエングリン》第2幕より「エルザの大聖堂への入場」(F.リスト編) ヴェーゼンドンク歌曲集(1858/1917) [A.シュトラダルによるピアノ独奏版]  《トリスタンとイゾルデ》より「愛の場面」(1859/65)(タウジッヒ編) 《ジークフリート牧歌》(1870/1973) [G.グールド編ピアノ独奏版]  舞台神聖祝典劇『パルジファル』第1幕前奏曲(1857-82/1882)(A.ハインツ編) 《エレジー WWV93》(1881)
渡辺香津美(1953- ):《アストラル・フレイクス》(1980)




# by ooi_piano | 2022-05-16 19:23 | 雑記 | Comments(0)

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大井浩明(ピアノ独奏)
松濤サロン(東京都渋谷区松濤1-26-4)
全自由席 5000円
〈要予約〉pleyel2020@yahoo.co.jp (エッセ・イオ)
チラシpdf 


【最終回】2022年3月24日(木)19時開演(18時30分開場) 〈レーガー主要ピアノ作品〉

●F.リスト(1811-1886): 《B-A-C-Hの主題による幻想曲とフーガ S.529》(1871) 11分


■M.レーガー:《J.S.バッハの昇天祭カンタータ「ただキリストの昇天にのみ」 BWV 128-4 〈主の全能は計り知れず〉の主題による14の変奏曲とフーガ ロ短調 Op.81》(1904) 30分
 Thema: Andante - I. L‘istesso tempo - II. Sempre espress. ed assai legato - III. Grave assai - IV. Vivace - V. Vivace - VI. Allegro moderato - VII. Adagio - VIII. Vivace - IX. Crave e sempre molto espressivo - X. Poco vivace - XI. Allegro agitato - XII. Andante sostenuto- XIII. Vivace - XIV. Con moto - Fuge: Sostenuto

  (休憩)

●林加奈(1973- ):《そっかー》(2022、委嘱初演) 6分

■M.レーガー:《G.P.テレマン「食卓の音楽」第3集序曲〈メヌエット〉の主題による23の変奏曲とフーガ 変ロ長調 Op.134》(1914) 31分
  Thema: Tempo di Minuetto - I. L‘istesso Tempo - II. L‘istesso Tempo - III. L‘istesso Tempo - IV. L‘istesso Tempo - V. Non troppo vivace - VI. Non troppo vivace - VII. Quasi Tempo primo - VIII. Tempo primo - IX. Non troppo vivace - X. Quasi Adagio - XI. Quasi Adagio - XII. Poco Vivace - XII.I Tempo primo - XIV. Meno vivace - XV. Andante - XVI. Adagio - XVII. Poco Andante - XVIII. Tempo primo - XIX. Poco vivace - XX. Poco vivace - XXI. Vivace - XXII. Vivace - XXIII. Poco Andante Molto Adagio (Überleitung) - Fuge: Vivace con spirit



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林加奈:ピアノフォルテのための《そっかー》(2022)

  最近しょっちゅう言っている言葉が「そっかー」です。自分は聞くよりしゃべっているような気もしていましたが、今は、人生の中で人の話を聞く時期みたいなものなのかもしれないです。日々の暮らしが「そっかー」を主軸とした会話で満ちているその様子を、音のつながりや重なりといった、フォルテピアノのおしゃべり感に託しました。
  曲は、2種類の師弟関係と2種類の親子関係で構成されています。友人関係が構成に組み込まれなかったのは、作曲の時期がコロナ禍だったことが影響しています。出かけることをだいぶ自粛しているので、家族間と仕事で出会う人とのおしゃべりはあっても、仕事とかは抜きの友人関係でたっぷりおしゃべりする機会はぐっと減りました。話す相手が変わると随分おしゃべりのトーンが変わるものだなあと改めて思います。
  レーガーが現代に生きていて、自分と友達だったりして、おしゃべりする機会があったら、自分はきっとたくさんの「そっかー」を発していることでしょう。(林加奈)


林加奈 Kana HAYASHI, composer
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  アーティスト(音楽家・美術家・紙芝居師)。東京生まれ。女子美大付属高校、東京藝大絵画科油画専攻卒、同大学院修了。在学中から併行して音楽活動も開始する。鍵盤ハーモニカ・おもちゃ楽器演奏・即興歌・音遊びなどでソロや様々なグループで演奏活動やワークショップを行う。絵から発想した物語に音楽や実演を加えた紙芝居パフォーマンスや「絶叫紙芝居」なども展開しアーティストのみならず子どもや学生や知的障害者など様々な人たちとのコラボレーションにより総合芸術作品を作るプロジェクトを数多くプロデュースする。アクリル画・油画・線画などでの展覧会や雑誌のイラストなども手がける。
  作曲作品に、鍵ハモ五重奏のための《いかにしてカレー》(2001)、《犬が行く》(2003)、マリンバ/鍵ハモ/ピアノのための《好転反応》(2006)、フォルテピアノのための《好転反応 II》(2006)等。2006年NHK教育テレビの音楽番組「あいのて」の挿入歌として1年間放映された「ワニバレエ」など歌手としても活動。演劇プロデュースユニット Moratorium Pantsメンバー。京都女子大、京都精華大非常勤講師を歴任。著書に「創造性を育む 音楽あそび・表現あそび」(共著・音楽之友社)「音・リズム・からだ」(共著/民衆社)。 




レーガー概観―――本郷健一

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  1910年代、旧世界は第一次大戦を断層として瓦解した。音楽もまた時代と軌を一にし、古い響きを捨てようとした。
  パリでは有力な作曲家たちが競ってバレ・リュスに曲を提供したが、その斬新さゆえ、時には大きな物議を醸した。1913年のストラヴィンスキー『春の祭典』初演時の騒動は今なお語り草である。音楽の破天荒なリズムと激しい不協和音が聴衆の嘲笑と怒りの元となった騒ぎだったらしい。
  ストラヴィンスキーは後年、面白いことを言っている。「不協和音はそれだけで独立したものとなったわけでありまして、もうなにも他の和音を準備したり、予告したりするものではなくなったのであります」 「音楽の磁極はもはや狭い意味での調性組織の中心点には存在しなくなっております。・・・すなわち私たちは長短両調が絶対的な価値を持っているなどとはもはや信じないのであります。なぜならこの調性組織はたんに、音楽学者のいわゆるハ音の上に立つ音階なるものに基づいているにすぎないからであります」。
  こう述べるに当たりストラヴィンスキーが引き合いに出すのは、シェーンベルクだ。「今までに彼の作品はしばしば烈しい反対や、嘲笑の的になっております。しかし・・・シェーンベルクは自分にふさわしい音楽の組織を用いているのでありまして、彼はその音楽組織の内容ではまったく論理的で、つじつまがあっております」。
  そのシェーンベルクが重視した同時代の作曲家が、マックス・レーガーである。
  1918年から21年にかけて113回にわたり開催した〈音楽の私的演奏会〉で、レーガーの作品を23曲、延べ62回とり上げている。同シリーズの中でシェーンベルク自身のものが13作、延べ31回演奏されたのに比べても段違いに多い。シェーンベルクがレーガーに大きな意義を見出していたことを、この数字は物語っている。

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  シェーンベルクは作品10以降、自作に「調」を記しておらず、伝統から離れる姿勢を前面に打ち出していたと言える。一方、レーガーは終生、自作に「調」を明記していた。作品番号を付した最後の作品であるクラリネット五重奏曲Op.146も、「イ長調」をうたっている。
  1896年、レーガーはオルガン独奏曲《組曲第1番 ~J.S.バッハの亡き魂に Op.16》を、ブラームスに送る。ブラームスは好意あふれる返信をしたため、その後二人は写真を交換した。同年、ブラームスは作品番号を付した最後の作品、オルガン独奏曲《11のコラール変奏曲 Op.122》を書いたが(作曲者の死後1902年に出版)、同じカテゴリの作品ながら、ブラームスの平板な書きぶりに比べ、23歳のレーガーが書いた組曲は一曲一曲を壮麗な音楽に仕立てていて、翌年には死去する巨匠の来し方と、次代の作曲家の行く末のあいだの、くっきりした陰影を見せつけている。
  レーガーのオルガン書法は、2年後の1898年、同い齢の名オルガニスト、カール・シュトラウベと出会うことによって深化した。1903年までに、レーガーはシュトラウベの演奏需要に応じ、オルガンのための作品を26曲書いている。主要な創作カテゴリであるオルガン曲(全43曲)の半数以上を、この時期に集中的に作曲した事になる。

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  シェーンベルクが十二音技法で「調」からの解放を目指したのとは異なり、レーガーには結局「調」から離れる考えはなかった。1903年に著した《転調学習への補遺 Beiträge zur Modulationslehre》 では、プロかアマチュアかを問わず音楽を学ぶ人に、一つの調からあらゆる調への転調方法を、古典的なカデンツに倣った譜例や解説で示した。方法は全部で100挙げてあり、うち入口となるハ長調に対しては、(異名同音調を含め)40を示している。
  これが実際、レーガーの作曲に欠かせない技術にもなっていた。自在すぎて把握しにくい転調や、ときにデュナーミクの激しい落差を叩きつける書法などが原因したものか、レーガー作品への理解は得られにくかった。「曖昧模糊としたものに多くの労力を費やし苦痛を感じ続けることに価値があるとは思えない。しかし、火曜日の夜に計り知れない情熱を込めて演奏された、マックス・レーガーの⦅トリオ Op.102》という名の奇怪な作品を見ても明らかだが、近頃の音楽とはそんな類のものだ」(NYサン紙、1908年)。
  それでも、1912年作の《マリアの子守歌 Maria Wiegenlied op.76-52》が、出版するや10万部を売り上げるベストセラーになったりもし、彼は決して売れない作曲家ではなかった。指導者としての生活も多忙を極め、1905年からはミュンヘン王立音楽院で、1907年からはライプツィヒ音楽院で、作曲法の教鞭をとった。1911年からは、かつてハンス・フォン・ビューローが君臨していたマイニンゲン宮廷管弦楽団の音楽監督となり、「一ヶ月のうち25回別のベッドで眠る」、つまり演奏旅行でほぼ毎日宿泊先が違ったほどの多忙な日程をこなした。宮廷楽団での経験は彼の管弦楽創作を豊かにし、1913年までに5作、および後期ロマン派的ジャンルである管弦楽伴奏つき声楽曲4作を成さしめている。
  無理がたたったのだろう、1914年3月、ハーゲンでの演奏会のあと、レーガーは卒中の発作に倒れた。マイニンゲンでの職も、この年に辞すこととなった。健康の回復をはかりながら作曲したもののひとつが、《モーツァルトの主題による変奏曲とフーガ Op.132》(管弦楽版とピアノ版)である。
  1914年は、第一次世界大戦がはじまった年でもあった。ドイツ兵がさらされた悲惨な結果をまのあたりにした衝撃から、レーガーは翌年、戦争で倒れたドイツの英雄たちの追憶にと、フリートリヒ・ヘッベルの詩を用いた簡素な《レクイエム Op.144b》を作り、また16年までにかけて、同様の趣旨に基づくオルガン曲《7つの小品 Op.145》を書いた。
  1916年が、レーガーの死の年になった。5月11日夕方、ライプツィヒでの仕事を終えて新聞を読んでいるとき心筋梗塞に見舞われ、レーガーは43歳で息を引き取ったのだった。レーガーの肉体は、大戦敗北によるドイツ帝国の瓦解に先立って消滅した。

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  レーガーは、没後まもなくは世界的に知られた作曲家だった。まだドイツと戦火を交えていたロシアでも追悼演奏会が開かれていたほどだ。一方、ドイツ語圏外では死後急速に忘れられることとなった。彼の生前の名声がオルガン音楽・教会を軸にしており、この点でマーラーやR.シュトラウスと異なる土俵に立っていたことも大きいのかも知れない。
  レーガーの記憶を世に留めることに力を尽くしたのは、1902年にレーガーの妻となったエルザだ。その活動が、こんにちのマックス・レーガー研究所の礎となっている。優れたバッハ演奏に驚嘆した叔父からレーガーを紹介されたものの、酒浸りの印象しか持てず、プロポーズを一度は断っている。それでもその才能には魅かれるところがあったのだろう、レーガーが歌曲の伴奏を素晴らしく務めたのを見た後、バイロイトで鑑賞した『パルジファル』で、クンドリが主人公のために犠牲を払うのを目の当たりにするや、芸術への奉仕としてレーガーの妻になると決意したと云う。夫婦に実子はなく、二人の女子を養子に迎えている。渋面の写真ばかり残るレーガーが、子供たちと共に写ったものでは暖かな笑顔を見せているのが、なんとも印象深い。


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# by ooi_piano | 2022-02-14 02:47 | Rosewood2021 | Comments(0)

6/12(日)チャイコフスキー交響曲第4・5・6番(ピアノ独奏版)


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