6/30(土) & 7/1 (日) チェンバロフェステイヴァル出演(浜離宮朝日ホール)

  浜離宮朝日ホールで行われる「第5回チェンバロ・フェスティバル in 東京」(6/29~7/1)での私の演奏曲目は以下の通りです。フェスティバル全体のプログラムについては、こちらを御覧下さい。

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チェンバロ・フェスティバルin東京 第5回 「バッハへの道、バッハからの道」
5th Cembalo Festival in Tokyo "Roads to Bach, Roads from Bach"

6月30日(土)15時30分開演(15時10分開場) 「チェンバロ独奏による近現代のなりかたち」
Sat. 30th June 2018, 15h30 start Lecture concert #1 "Pathfinder in modern harpsichord heritage"
浜離宮朝日ホール(小ホール) 大井浩明(チェンバロ/お話)  森川郁子(ソプラノ)(※)
Hamarikyu Asahi Hall Hiroaki Ooi (harpsichord/lecture) Yuko Morikawa (soprano) (#)


■F.ブゾーニ(1866-1924):《前奏曲、フーガとフーガ・フィグラータ ~「平均律第1巻」による BV254》(1909)
Ferruccio Busoni (1866-1924) : "Preludio, Fuga, e Fuga figurata - Studie nach J.S.Bach's wohltemperiertem Clavier" (1909)
■F.F.ショパン(1810-1849):《フーガ イ短調》(1841)+《8度のカノン ヘ短調》(1839)[補筆/田中博幸(1977- )]
Fryderyk Franciszek Chopin (1810-1849) : Fuga a-moll i Canon w oktawie f-moll (dopisanie przez Hiroyuki Tanaka)
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●J.H.ダングルベール(1629-1691):《J.C.d.シャンボニエール氏の墓》(1672)
Jean-Henri d'Anglebert (1629-1691) : Tombeau de Monsieur de Chambonnières (1672)
●M..d.ファリャ(1876-1946):《C.ドビュッシーの墓 ~ハープ・リュートのための》(1920)
Manuel de Falla (1876-1946) : Tombeau de Claude Debussy (Homenaje para arpa-laúd) (1920)
E.デュンダル(1972- ):《S.シャルボニエール氏の墓 ~トルコ・マカーム音律による》(2018、チェンバロ・フェスティヴァル委嘱作品/世界初演)
Emre Dündar (1972- ) : "Tombeau de Monsieur Charbonnier" pour le clavier tempéré pour la zone poly-maqamique / "Bay Charbonnier’in Kabri" çoklu makam dizisel düzenli klavye için (2018, Commissioned by Cembalo Festival Tokyo, World Premiere)
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■L.ベリオ(1925-2003):チェンバロ独奏のための《循環(ラウンド)》(1965) [※ソプラノとの二重奏版、日本初演]
Luciano Berio (1925-2003) : "Rounds (to Antoinette Vischer)” for harpsichord (1965)  (Version with soprano, Japan Premiere)(#)
■尹伊桑(ユン・イサン)(1917-1995):《小陽陰》(1966) [E.ピヒト=アクセンフェルト(1914-2001)によるヒストリカル・チェンバロ版/日本初演]
Isang Yun : "Shao Yang Yin (für Antoinette Vischer)" (1966) (Neuausgabe für Cembalo von Edith Picht-Axenfeld, Japan Premiere)
■西村朗(1953- ):《トッカータ ~「フーガの技法」第9曲による》(2000/2018、チェンバロ版世界初演)
Akira Nishimura (1953- ) : "Toccata" (2000/2018, harpsichord version World Premiere)
■藤倉大(1977- ):《リターニング》(2006/2013/2018、チェンバロ版世界初演)
Dai Fujikura (1977- ) : "Returning" (2006/2013/2018, harpsichord version World Premiere)
■野平一郎(1953- ):チェンバロ独奏のための《邂逅》(2008)
Ichiro Nodaïra (1953- ) : "Rencontre" pour clavecin (2008)


森川郁子 Yuko Morikawa (soprano)
 桐朋学園大学卒業、同大学研究科2年修了。中世から近現代音楽まで幅広い分野で演奏活動を行う。 2015年、東京・春・音楽祭「大英博物館展」プレ・コンサートに出演。日伊修好150年記念オペラ「ジャパン・オルフェオ」等のバロックオペラに出演する他、数々の宗教曲でソリストを務める。女声アカペラアンサンブル レ・グラース、カペラッテ、ヴォーカルコンソート東京、アンサンブル・レニブス各メンバー。
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6月30日(土)18時開演(17時半開場) 浜離宮朝日ホール(音楽ホール)
Sat. 30th June, 18h start Hamarikyu Asahi Hall
古川聖(1959- ):《アリアと18の変換 ~ゴルトベルク変奏曲に基づく》(2018、チェンバロ・フェスティヴァル委嘱作品/世界初演)
Kiyoshi Furukawa (1959- ) : Clavier Ubung bestehend in einer ARIA mit verschiedenen Datenverarbeitungen vors Clavicimbal mit 2 Manualen (2018, commissioned by Cembalo Festival Tokyo, World Premiere)

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  現在、私たちは西洋音楽だけに限ってもグレゴリアンチャントから現代音楽までお望みのものを時代を超えに聴くことできる。しかし録音/複製技術の出現する前は他の時代の作品にふれる機会は少ないし、まして自分で弾く以外は同じ作品を何度も何度もくりかえし聴くということはなく、音楽聴取の様相はこ今日とはずいぶん違っていた。一般に変奏曲は大雑把にいうと様々な要素によって特徴付けられたテーマ=主題を脳科学の言うところの短期記憶に置いて、そのテーマをめぐり変奏が行われるわけであるが、この変換曲はゴールドベルク変奏曲を繰り返し聴くことを通して、その音楽を言わば長期記憶としてもつ現代特有の聴取を想定している。作曲はプログラマーの濵野峻行と開発したゲシュタルトエディターにデータとして個別の変奏曲を取り込み、それぞれに異なった変換手法を適用しその結果を吟味し楽譜に起すことにより行われた。(古川聖)

古川聖 Kiyoshi Furukawa, composer
  1959年東京生まれ。中学・高校時代に入野義郎氏に師事。高校卒業後渡独、ベルリン、ハンブルクの音楽アカデミーで尹伊桑(ユン・イサン)、ジェルジ・リゲティのもとで作曲を学ぶ。1991年に米国のスタンフォード大学で客員作曲家。独・カールスルーエのZKM(アート・アンド・メディア・センター)でアーティスト・イン・レジデンス。作品は、新しいメディアと音楽の接点において成立するものが多く、1997年のZKMの新館のオープニングでは委嘱を受け、マルチメディアオペラ『まだ生まれぬ神々へ』を制作・作曲。近年は理化学研究所内で脳波を使った視聴覚表現に関するプロジェクトを行った。社会の中で表現行為が起こる場、新しいアートの形を探して2002年より、新しいメディアを使ったワークショップを世界各国で行っている。東京芸術大学先端芸術表現科教授、同芸術情報センター長。CDに「数による音楽」(2007, FONTEC) 、「物質による音楽」(2009, FONTEC) 等。

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7月1日(日)15時30分開演(15時10分開場)  「チェンバロと電子音響の饗宴」
Sun. 1st July 2018, 15h30 start Lecture concert #2 "Marriage of harpsichord and electronics"
浜離宮朝日ホール(小ホール) 大井浩明(チェンバロ/お話) 有馬純寿(電子音響)
Hamarikyu Asahi Hall Hiroaki Ooi (harpsichord/lecture) Sumihisa Arima (electronics)

■L.フェラーリ(1929-2005):《左翼連合綱領(プログラム・コマン)》(1972、チェンバロ+電子音響)
Luc Ferrari (1929-2005) : "Programme Commun" pour clavecin et bande
■K.サーリアホ(1952- ):《秘密の花園 II》 (1984/86、チェンバロ+電子音響)
Kaija Saariaho (1952- ): "Jardin secret II" cembalolle ja nauhalle (1984/86)
■J.P.ラモー(1683-1764):《ため息》(1724)
Jean Philippe Rameau (1683-1764) : "Les Soupirs" (1724)
■ヤコブTV(1951- ):《ラモーのため息》(1995、チェンバロ+電子音響/日本初演)
Jacob Ter Veldhuis (1951- ) : "De Zuchten van Rameau (voor Annelie de Man)" (1995, Japan Premiere)
■K.シュトックハウゼン(1928-2007):オペラ『光の金曜日』より《クラヴィア曲第XVI番》(1995、チェンバロ+電子音響/東京初演)
Karlheinz Stockhausen : Klavierstück XVI (vom FREITAG aus LICHT) für Saitenklavier und Tonband (1995, Tokyo Premiere)

有馬純寿 Sumihisa Arima (electronics)
 1965年生まれ。エレクトロニクスやコンピュータを用いた音響表現を中心に、現代音楽、即興演奏などジャンルを横断する活動を展開。これまでに数多くの演奏会で音響技術や演奏を手がけ高い評価を得ている。第63回芸術選奨文部科学大臣新人賞芸術振興部門受賞。2012年より現代音楽アンサンブル「東京現音計画」を開始、第1回公演が第13回佐治敬三賞を受賞。現在、帝塚山学院大学人間科学部准教授。京都市立芸術大学非常勤講師。

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7月1日(日)18時開演(17時半開場) 浜離宮朝日ホール(音楽ホール)
Sat. 30th June, 18h start Hamarikyu Asahi Hall
I.クセナキス(1922-2001):《ホアイ Khoaï-Χοαί》(1976)
Iannis Xenakis (1922-2001) : "Khoaï" pour clavecin amplifié



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  2011年に創設されて以来第5回目を迎える「チェンバロ・フェスティバルin 東京」で、バロック以外の近現代曲が取り上げられるのは今回が初めてになると云う。昨年(2017年)は、5月にポーランド人女流チェンバロ奏者エルジュビエタ・ホイナツカ(1939-2017)が、9月にチェコ人女流チェンバロ奏者ズザナ・ルージチコヴァ(1927-2017)が他界し、同月に死後5年目にしてグスタフ・レオンハルト(1928-2012)のバッハ編曲集がNBAと同じ装丁で公刊された。今年(2018年)は、5月にアムステルダムで1960年以降の現代曲に特化した「アネリー・デ・マン記念チェンバロコンクール」が開催され、8月のブルージュ古楽コンクール(ベルギー)チェンバロ部門本選ではヨハン・ヘイス(1942-、審査委員長)による委嘱新作(2018)が課題曲となっている。9月にはワルシャワで古楽器によるショパンコンクールが初めて行われると聞く。古楽/古楽器、現代楽器/現代曲の垣根がますます取り払われる中、本レクチャーコンサートでは、「今、チェンバロで何が出来るか」を考える。

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  いわゆるチェンバロのためのメインレパートリーは、16世紀のカベソンやバードあたりを起点として、17世紀・18世紀に隆盛を迎え、下限はせいぜい、初版譜に「チェンバロまたはフォルテピアノ用」と書かれたベートーヴェン《ファンタジア風ソナタ Op.27》(1802)が関の山であろう。ハイドンやモーツァルトのクラヴィア曲は、モダンピアノよりチェンバロで弾いたほうが遥かにしっくり来る。ベートーヴェン《田園》ソナタ以降からチェンバロ指定が消えたのは、楽器の表現力というよりむしろ音域の問題だったのではないか。平行弦のウィーン式フォルテピアノで育ったショパンの演奏が、音量も表現も非常に「繊細」であったことが伝わっているが、フレスコバルディやモーツァルトの主題でフーガ集を上梓したアントニーン・レイハ(1770-1836)ほど凝ってはいないものの、一筆書きの対位法演習曲《フーガ》(1841)《カノン》(1839)でも、ショパンの才能の片鱗は伺えよう。
  世紀をまたいで、J.マスネ《メヌエット》(歌劇「テレーズ」の一部)(1907)、F.ブゾーニ《ソナチネ第3番「子供のために」》(1915)、ディーリアス《舞曲》(1919)などは、「チェンバロ用」と明記されているにもかかわらず、現代ではピアノで弾かれているのは、バッハ作品と同様である。自邸にドルメッチ=チッカリングのチェンバロを所蔵していたブゾーニは、バッハ校訂楽譜を編纂する一方、オルガン小曲集や《シャコンヌ》等のピアノ編曲、ひいては「フーガの技法」の未完のフーガに基づく大作《対位法的幻想曲》(1910)を作曲した。(その20年後、イギリスの作曲家カイホスルー・ソラブジ(1892-1988)によって、さらに10倍の規模を持つ《オプス・クラウィケンバリスティクム(鍵盤楽器の始源に捧げて)》へと結実する。)今回取り上げる《前奏曲、フーガとフーガ・フィグラータ》(1909)は、平均律第1巻ニ長調に基づく「シュトゥーディー(ネタ曲)」である。

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  ポーランド人女流チェンバロ奏者ヴァンダ・ランドフスカ(1879-1959)は、「コンサート仕様」のモダンチェンバロをプレイエル社に製作させ、マヌエル・デ・ファリャの室内オペラ《ペドロ親方の人形芝居》(1923)でチェンバロ独奏部を担当した後、ファリャとプーランクにチェンバロ協奏曲を委嘱した。ファリャは《人形芝居》でチェンバロと並んでハープ・リュートという楽器を用いたが、今年没後100年を迎えるドビュッシーを追悼した《ドビュッシーの墓》(1920)はこのハープリュートで初演(1921年1月)された。(現在ではもっぱらギターやピアノで演奏されている。)
  「墓(トンボー)」と称されるジャンルは、君主や盟友を悼むヨハン・ヤーコプ・フローベルガー(1616-1667)、フランス・チェンバロ音楽の始祖である恩師ジャック・シャンピオン・ド・シャンボニエール(1601-1672)を弔うダングルベール等に始まり、ジャン・マリー・ルクレール(1697-1764)のヴァイオリン・ソナタ(1734)を経て、第一次大戦で戦死した友人たちに捧げるラヴェル《クープランの墓》(1917)、デュカス・ルーセル・バルトーク・ファリャ・サティ・ストラヴィンスキー等による《ドビュッシーの墓》、そのデュカスを悼むメシアン《ポール・デュカスの墓》(1935)、そしてブーレーズ《ヴェルレーヌの墓》(1962)へと書き継がれてきた。
  エムレ・デュンダル(1972- )はイスタンブール出身の作曲家・指揮者・ピアニストで、現在イルディス工科大学(イスタンブール)、アナドル大学(エスキシュヒール)、ミマール・スィナン芸術大学(イスタンブール)で教鞭を執っている。今回の委嘱新作《シャルボニエール氏の墓》(2018)は、2015年1月のイスラム過激派による週刊シャルリー襲撃事件で落命した編集長ステファヌ・シャルボニエール(シャルブ)への追悼曲であり、チェンバロの上鍵盤と下鍵盤で異なったマカーム音律(アラビア音楽の旋法体系)が用いられる。

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  ベリオ《循環(ラウンド)》(1965)尹伊桑《小陽陰》(1966)リゲティ《連続体(コンティヌウム)》(1968)、そしてジョン・ケージ《HPSCHD(ハープシコード)》(1969)は、すべてスイス人女流チェンバロ奏者アントワネッテ・ヴィッシャー(1909-1973)による委嘱献呈作で、これらをもってチェンバロのための「現代音楽」が開始されたと言えよう。
  本来「ラウンド」は輪唱のことで、バッハ《ゴルトベルク変奏曲》でも第3変奏(同度のカノン)や第24変奏(8度のカノン)がそれにあたるが、ベリオ《ラウンド》はスコア全体を途中で上下回転(round)させて読譜し、一度弾いた音符やレジストレーションをすべて逆行させる仕掛けとなっている。同じタイトルのピアノ版(1967)は、リズムや音高などを完全に確定させた、チェンバロ原曲とはまったく独立した作品である。今回は、ベリオの最初の夫人であり、アーノンクール指揮の《オルフェオ》(1969)や《ポッペアの戴冠》(1974)でも名高い、アメリカ人歌手キャシー・バーベリアンが生前行ったソプラノとの二重奏版を紹介する。

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  昨年生誕100周年を迎えた尹伊桑(ユン・イサン)は、釜山近くの慶尚南道・統営(トンヨン)の出身。15歳で来日、大阪でチェロと音楽理論を学ぶ。21歳で再来日、東京で池内友次郎に3年間師事。戦後、釜山・統営・ソウルで教員として勤めた後、1956年6月に渡欧、パリ音楽院でトニー・オーバンに、翌年からはベルリン音大でヨーゼフ・ルーファー、ボリス・ブラッハーに師事。1963年に北朝鮮を初訪問。ドナウエッシンゲンで初演された管弦楽のための《礼楽(レアク)》(1966)で国際的評価を得る。1967年7月に朴正煕政権下の韓国中央情報部(KCIA)によって逮捕、裁判ののち、1969年2月に釈放。1971年に西ドイツ国籍に帰化、1974年からベルリン音大教授。細川俊夫、三輪眞弘、嶋津武仁、古川聖ら11名の日本人を含む多くの弟子を育てた。今年(2018年)3月末、文在寅政権下で遺灰の帰郷が「49年ぶりに」実現した。代表作に、オラトリオ《唵麼抳鉢訥銘吽(ああ蓮華の中の宝珠よ)》(1964)、ミュンヘン・オリンピック委嘱の歌劇《沈青》(1973)、交響詩《光州よ、永遠に!》(1981)、ベルリン・フィル100周年委嘱《交響曲第1番》(1982/83)、サントリーホール杮落委嘱《交響曲第4番「暗黒の中で歌う」》(1986)、金日成生誕75周年を祝うカンタータ《わが地、わが民族よ!》(1987)等。
  チェンバロ独奏のための《小陽陰》(1966)は、作曲者がKCIAに拉致された直後の1967年9月にヴィッシャーが録音、翌1968年1月にドイツ・フライブルクでエディト・ピヒト=アクセンフェルトにより舞台初演が行われた。元々、5本のペダルを持つモダン・チェンバロのために書かれたが、作曲者の遺志により、ピヒト=アクセンフェルトによるヒストリカル・チェンバロ版、ならびにアクセンフェルトの弟子であるハン・カヤ(韓伽倻)によるモダン・ピアノ版が1998年に出版された(2018年現在は絶版)。
  この曲に限らず、1950~1980年代にモダン・チェンバロのために書かれた作品群は、特に21世紀に入ってからは、楽譜上のさまざまな指示(たとえば足ペダルによるレジストレーション変更)を等閑視するかたちで、ヒストリカル・チェンバロで演奏されているのが現状である。ヒストリカル楽器に比べ、モダン・チェンバロは音色も音量も貧弱であり(音量が大きいというのは誤解)、重量がかさばるため運搬費用も倍以上かかり、使用頻度が低いためしばしばメンテナンスも不十分である。鍵盤の重さはむしろ軽く反応も鈍く、タッチによる表現の幅はヒストリカルとは比較にならない。ことこまかなレジストレーション指定(それはモダン思考に他ならない)も、聞き手にはさほど効果的には伝わらない。一方、クセナキス《ホアイ》(1976)等での、4フィート弦(1オクターヴ上)と16フィート弦(1オクターヴ下)を片手ずつ各々2段鍵盤を同時に押さえつつ急速な連打音を含む大量の音群が要求される場合などは、ヒストリカル楽器では処理困難となる。

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  日本人の古楽器奏者にとって、最も手軽にオーセンティシティ(真正性)を得られるのは、言うまでもなく日本人作曲家の新作初演である。特に作曲家が親族だったり同級生だったりすれば申し分ない。「譜面と直接向き合い、自分の頭で考える」という点では、古楽の演奏実践と全く同じ作業である。
  武満徹(1930-1996)には、《クラヴサンのために》(1948)という18歳の習作があるらしく、もし楽譜が現存していれば邦人作品としては最初期の一例となる。ホイナツカの委嘱で書かれた《夢みる雨》(1986)は、ヒストリカルへ移行する時代の趨勢を見据えた先見の明がありつつも、低音域の密集和音は明らかにモダンピアノの鐘の音をイメージしていた。「2つの鍵盤楽器のための」と題された《クロスハッチ》(1982)は、2段鍵盤チェンバロ1台、あるいは2台のチェンバロで演奏可能である。ホイナツカが委嘱した邦人作品としては、ほかに一柳慧《ミラージュ(蜃気楼)》(1998、笙とチェンバロ)がある。笙の三分損益法に合わせてチェンバロをピタゴラス調律にした演奏はまだ無いようである。
  日本人の国際的作曲家ということでは、例えば細川俊夫望月京藤倉大はチェンバロ曲を書いていない(古楽器アンサンブル除く)。ロンドン在住の藤倉大(1977- )《リターニング》(2006/2013)の指定はユニークで、「曲を通してピアニッシモの弱音であること」「習いたての子供のように『ペダルなしで』弾くこと」「同時に鳴らす音は3つまで」「基盤となるリズムのパターンも3つのみ」というルールに則っており、これらの書法への挑戦は作曲上の転機ともなったと云う。藤倉作品では、他に2オクターヴ半のトイピアノのための《ミリアンペア》(2010)もチェンバロ独奏可能である。
  西村朗(1953- )《トッカータ》(2000)は、J.S.バッハ没後250周年の全音出版社の記念コンサートのために書かれた。《フーガの技法》のコントラープンクトゥス・ノーヌス(対位第九)の主題が、まずB-A-C-Hの各音を主音とする調性で提示され、その後、B-A-C-Hという音型の変化に基づく主音列の調性へと移行する。曲の前半では、主題はストレッタ風に順次切迫して現れ、後半はその逆となる。
  ピアノに加えチェンバロでも演奏活動を行う、野平一郎(1953- )のチェンバロ独奏曲《邂逅 Rencontre》(2008)は、ライフワークであるピアノのための連作《間奏曲集》(1992- )と共通した語法を取りながらも、レオンハルト弟子のブリス・ポゼ(1965- )の《前奏曲集》(1999)等と比べると、ヒストリカル楽器としては珍しく頻繁なレジストレーション変更が特徴的である。なお、委嘱元の財団による「バッハと現代曲を組み合わせたシリーズ」では、20年間/200公演のうち、チェンバロ・リサイタルはわずか4回との事である。小ホール規模でバッハを弾くに相応しい楽器はまずはチェンバロである故、これは遺憾である。  
  現代作曲家にチェンバロに興味を持ってもらうには、ピアノよりもチェンバロのほうが華やかで麗しい音色を持つ、という科学的事実に気付かせる必要がある。それには、チェンバロを至近距離で(出来れば蓋の中に頭を突っ込んで)聴かせるのが一番であろう。西欧鍵盤音楽の基盤であるバッハからベートーヴェンのソナタ(の半数)までは、F1~F6の5オクターヴの音域内で書かれており、両端音域(あるいはバフストップ等の目先の効果)には拘っておらず、ダンパーペダルにも頼らず(チェンバロは既に残響豊かな楽器である)、迫力や強弱差ではなく語り口(修辞)そのものを音楽の主眼としている。一方、チェンバロ奏者側にも、「誰に委嘱するか」で見識を問われるのは、言うを俟たない。

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  チェンバロの音を聴くやいなや睡魔に襲われるクラシック/現代音楽ファンがいる一方で、ミュージック・コンクレートを含む電子音響に生理的嫌悪感を抱く古楽愛好家も一定数を占め、その二者を組み合わせたプログラミングが実現されることは稀である。
  リュク・フェラーリ《社会主義的音楽、あるいは左翼連合綱領(プログラム・コマン) Musique Socialiste, ou Programme Commun》は、1972年6月に社会党第一書記フランソワ・ミッテラン(当時)が共産党書記長ジョルジュ・マルシェと締結した左翼政府共同綱領に由来する。5年後に連合は決裂し、綱領は更新されなかった。
  カイヤ・サーリアホはフィンランド出身の女流作曲家で、近年来日を重ねている。チェンバロの音、それに彼女自身の声を音響素材として、パリのGRM(フランス音楽研究グループ)ならびにIRCAM(フランス国立音響音楽研究所)で製作された。初演は1986年7月、フィンランドのサヴォンリンナで、作曲家・チェンバロ奏者であるユッカ・ティエンスーが担当した。
  オランダ人作曲家ヤコブTV(ヤコブ・テル・フェルトハウス)《ラモーのため息》は、ジャン=フィリップ・ラモーのクラヴサン曲集(1724)第2組曲の《ため息》に触発され、オランダ人女流チェンバロ奏者アネリー・デ・マンにより献呈初演された。ルイ14世やアポリネールのテクストを含む、いわゆる「ラジカセ(boombox)物」の一つである。オプションで、クリスティン・ケルステンスによる映像が付加される。
  シュトックハウゼンの《クラヴィア曲 Klavierstück》のシリーズは、まず第1番~第11番(1952-1961)がピアノ独奏のために書かれた。約20年のブランクののち、連作オペラ《光 Licht》の抜粋として、特殊奏法やアクション等をともなったピアノ独奏のための第12番「試験」(『木曜日』より)、第13番「ルシファーの夢」(『土曜日』より)、第14番「誕生日のフォルメル」(『月曜日』より)、そしてシンセサイザーならびに電子音響のための第15番「サンティ・フー [シンセ狂](『火曜日』より)、第16番・第17番「彗星」(『金曜日』より)、第18番(『水曜日』より)、第19番(『日曜日』より)が独立曲とされた。鍵盤楽器の種類を越えて「クラヴィア」という言葉を使い続けるのは、もちろんバッハのClavierübung(クラヴィア練習曲集)を踏まえての事であろう。第16番でシュトックハウゼン自身が指定したSaitenklavierという言葉は、クルト・ザックス=ホルンボステル分類に拠れば、まさにチェンバロを意味する。
  私が経験した限りでは、ヒストリカル/モダン、あるいはチェンバロ/ピアノの楽器を変更することについて、西村・藤倉のご両所はもとより、シュトックハウゼン・クセナキス・ジョンケージ・リゲティらの御遺族・出版社が異を唱えることは無かった。「バッハもきっとそうだろう」という希望的憶測において、モダンピアノによる演奏は正当化されるのかもしれない。(大井浩明)


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【cf.】
■初期バロックと現代物を組み合わせたプログラミング例:
http://ooipiano.exblog.jp/20728954/ (チェンバロ)
http://ooipiano.exblog.jp/2784300/ (チェンバロ)

■ブルージュ古楽コンクールと現代曲課題





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# by ooi_piano | 2018-06-16 22:00 | コンサート情報 | Comments(0)

ライヴ演奏動画集 (2018/06/08 update)

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一般社団法人全日本ピアノ指導者協会[PTNA]のYouTubeアカウント(+α)で公開されている動画一覧(作曲家五十音順) 
大井浩明(ピアノ/フォルテピアノ/クラヴィコード/オルガン)

■伊藤謙一郎(1968- ):《アエストゥス》(2018)
■I.クセナキス(1922-2001):《シナファイ》(1969) NJP 1996 Jul./KSO 1996 Nov.(前半後半)/LPO 2002 Mar.  《エリフソン》(1974)
■川上統(1979- ):《閻魔斑猫》(2008)
■川崎弘二(1970- ):《木賊》(2015)
■坂本龍一(1952- ):《エナジー・フロー》(1999)
■J.シベリウス(1865-1957) (=K.エクマン編): 弦楽四重奏のための《祝祭アンダンテ》(1922/1941)
■清水卓也(1986- ):《町田のヤンキー》(2011)
■A.シルヴェストリン(1973- ):《凍れる音楽》(2015、テイク1テイク2)
■鈴木悦久(1975- ): 《クロマティスト》(2004)
■I.ストラヴィンスキー(1882-1971)(米沢典剛編):舞踊カンタータ《結婚(儀礼)》(1917/2017) [+浦壁信二(ピアノ)]
■田村文生(1968- ):《きんこんかん》(2011)
■P.チャイコフスキー(1840-1893) (K.クリントヴォルト編): 《弦楽四重奏曲第1番ニ長調 Op.11 第2楽章「アンダンテ・カンタービレ」》(1871/73)   
■寺内大輔(1974- ):《地層》(2014)
■橋本晋哉(1971- ):《ゆたにたゆたに》(2016)
■S.バーバー(1910-1981) (米沢典剛編):《弦楽四重奏曲第1番第2楽章「アダージョ」》(1936/2017)
■G.プッチーニ(1858-1924)(=R.T.カッツ編):《弦楽四重奏曲 「菊」 嬰ハ短調》(1890/2017)
■L.v.ベートーヴェン(1770-1827): ソナタ第20番第2楽章(1795)  交響曲第3番《英雄》第1楽章(1803)(F.リストによる独奏版、前半後半) ソナタ第23番《熱情》第1楽章(1806)  弦楽四重奏のための《大フーガ》(1826)(L.ヴィンクラーによる独奏版、前半後半)(全てフォルテピアノ独奏)
■細川俊夫(1955- ): 《メロディア II》(1977/78)
■松下眞一(1922-1990): 《スペクトラ第4番》(1971)
■G.マーラー(1860-1911) (米沢典剛編): 《花の章》(1888/2017)


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# by ooi_piano | 2018-05-20 14:13 | 雑記 | Comments(0)

【増補】5/25(金)ストラヴィンスキー2台ピアノ作品集成

c0050810_20532062.jpg名録音誕生を応援するチケットレス・後払い方式のコンサート
ピティナ・ピアノ曲事典 公開録音コンサート
2018年5月25日(金) 18:30 開演(18:00開場)
浦壁信二+大井浩明(2台ピアノ)
入場料:後払い方式(※)


東音ホール 
(JR山手線/地下鉄都営三田線「巣鴨駅」南口徒歩1分)
【予約/お問い合わせ】 一般社団法人全日本ピアノ指導者協会(ピティナ) 本部事務局 〒170-8458 東京都豊島区巣鴨1-15-1 宮田ビル3F
TEL:03-3944-1583(平日10:00-18:00) FAX: 03-3944-8838
予約フォーム  チラシpdf



c0050810_09230354.jpg【演奏曲目】
ピアノと木管楽器のための協奏曲(1923/24)( 二台ピアノ版) 20分
Concerto for piano and wood winds (1923/24) [Two piano version]
  I. Largo / Allegro - II. Largo - III. Allegro
ピアノと管弦楽のためのカプリッチョ(1926/29)( 二台ピアノ版) 17分
Capriccio for piano and orchestra (1926/29) [Two piano version]
  I.Presto - II. Andante rapsodico - III. Allegro capriccioso ma tempo giusto
《詩篇交響曲》(1930)(ショスタコーヴィチによる四手ピアノ版、日本初演)20分
Symphony for Psalms (1930) [Transcription for four hands by D. Shostakovich, japanese premiere]
  I. 前奏曲:嗚呼ヱホバよ願はくは我が禱りを聽き給ヘ(詩篇38篇) - II. 二重フーガ:我耐へ忍びてヱホバを俟望みたり(詩篇39篇) - III. 交響的アレグロ: ヱホバを褒め讚へよ(詩篇150篇)

  (休憩15分 intermission 15min.)

二台ピアノのための協奏曲(1935)20分
Concerto for two pianos (1935)
  I. Con moto - II. Notturno (Allegretto) - III. Quattro variazioni - IV. Preludio e Fuga
ダンバートン・オークス協奏曲(1938)(二台ピアノ版) 16分
Dumbarton Oaks Concerto in E-flat (1938) [Two piano version]
  I.Tempo giusto - II. Allegretto - III. Con moto
二台ピアノのためのソナタ(1943) 10分
Sonata for two pianos (1943)
  I.Moderato - II. Thème avec variations - III. Allegretto
ロシア風スケルツォ(1944) 4分
Scherzo à la russe (1944) [Two piano version]
ピアノと管弦楽のためのムーヴメンツ(1958/59)(二台ピアノ版) 8分
Movements for piano and orchestra [Two piano version]
  I. - II. - III. - IV. - V.

(※)入場料:後払い方式・・・コンサート後に、好きな額を当日お配りする封筒にいれて頂きます。そのお金は演奏者ならびにピティナ・ピアノ曲事典への寄付金として大切に使わせて頂きます。 公開録音について



□浦壁信二 Shinji Urakabe, piano
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  1969年生まれ。4才の時にヤマハ音楽教室に入会、1981年国連総会議場でのJOC(ジュニア・オリジナル・コンサート)に参加し自作曲をロストロポーヴィッチ指揮ワシントンナショナル交響楽団と共演。1985年から都立芸術高校音楽科、作曲科に在籍後、1987年パリ国立高等音楽院に留学。和声・フーガ・伴奏科で1等賞を得て卒業、対位法で2等賞を得る。ピアノをテオドール・パラスキヴェスコ、伴奏をジャン・ケルネルに師事、その他ヴェラ・ゴルノスタエヴァ、イェルク・デームス等のマスタークラスにも参加。1994年オルレアン20世紀音楽ピアノコンクールで特別賞ブランシュ・セルヴァを得て優勝。ヨーロッパでの演奏活動を開始。その後拠点を日本に移し室内楽・伴奏を中心に活動を展開、国内外の多くのアーティストとの共演を果たしている。近年ソロでも活動の幅を拡げ、’03年CD「ストラヴィンスキーピアノ作品集」'12年「水の戯れ~ラヴェルピアノ作品全集~」'14年「クープランの墓~ラヴェルピアノ作品全集~」をリリース、それぞれレコード芸術誌に於て特選、準特選を得るなど好評を得ている。EIT(アンサンブル・インタラクティブ・トキオ)メンバー。現在、洗足学園音楽大学客員教授、ヤマハマスタークラス講師として後進の指導にも当たっている。

□大井浩明 Hiroaki Ooi, piano
  京都市出身。スイス連邦政府給費留学生ならびに文化庁派遣芸術家在外研修員としてベルン芸術大学(スイス)に留学、ブルーノ・カニーノにピアノと室内楽を師事。同芸大大学院ピアノ科ソリストディプロマ課程修了。ガウデアムス国際現代音楽演奏コンクール(1996)、メシアン国際ピアノコンクール(2000)入賞。朝日現代音楽賞(1993)、アリオン賞(1994)、青山音楽賞(1995)、村松賞(1996)、出光音楽賞(2001)、文化庁芸術祭賞(2006)、日本文化藝術賞(2007)、一柳慧コンテンポラリー賞(2015)等受賞。「ヴェネツィア・ビエンナーレ」「アヴィニョン・フェスティヴァル」「MUSICA VIVA」「ハノーファー・ビエンナーレ」「パンミュージック・フェスティヴァル(韓国・ソウル)」「November Music Festival(ベルギー・オランダ)」等の音楽祭に出演。アルトゥーロ・タマヨ指揮ルクセンブルク・フィルと共演したCD《シナファイ》はベストセラーとなり、ル・モンド・ドゥ・ラ・ミュジック"CHOC"グランプリを受賞。2010年からは、東京で作曲家個展シリーズ「Portraits of Composers (POC)」を開始、現在までに36公演を数える。公式ブログ: http://ooipiano.exblog.jp/



詩篇交響曲 第1楽章
Exaudi orationem meam, Domine, et deprecationem meam;  あゝヱホバよねがはくはわが祈をきゝ わが號呼に耳をかたぶけたまへ
auribus percipe lacrimas meas. Ne sileas, quoniam advena ego sum apud te, et peregrinus sicut omnes patres mei. わが涙をみて黙したまふなかれ われはなんぢに寄る旅客すべてわが列祖のごとく宿れるものなり
Remitte mihi, ut refrigerer prius quam abeam et amplius non ero. 我こゝを去てうせざる先になんぢ面をそむけてわれを爽快ならしめたまへ

第2楽章
Exspectans exspectavi Dominum, et intendit mihi. 我たへしのびてヱホバを俟望みたり ヱホバ我にむかひてわが號呼をきゝたまへり
Et exaudivit preces meas, et eduxit me de lacu miseriae et de luto faecis. Et statuit super petram pedes meos, et direxit gressus meos. また我をほろびの阱より泥のなかよりとりいだしてわが足を磐のうへにおきわが歩をかたくしたまへり
Et immisit in os meum canticum novum, carmen Deo nostro. Videbunt multi, et timebunt, et sperabunt in Domino. ヱホバはあたらしき歌をわが口にいれたまへり 此はわれらの神にさゝぐる讃美なり おほくの人はこれを見ておそれ かつヱホバによりたのまん

第3楽章
Alleluia. Laudate Dominum in sanctis ejus; laudate eum in firmamento virtutis ejus. ヱホバをほめたゝへよ その聖所にて神をほめたゝへよ その能力のあらはるゝ穹蒼にて神をほめたゝへよ
Laudate eum in virtutibus ejus; laudate eum secundum multitudinem magnitudinis ejus. その大能のはたらきのゆゑをもて神をほめたゝへよ その秀ておほいなることの故によりてヱホバをほめたゝへよ
Laudate eum in sono tubae… ラッパの聲をもて神をほめたゝへよ [筝と琴とをもて神をほめたゝへよ]
Laudate eum in tympano et choro; laudate eum in chordis et organo. つゞみと蹈舞とをもて神をほめたゝへよ 絃簫をもて神をほめたゝへよ
Laudate eum in cymbalis benesonantibus; laudate eum in cymbalis jubilationis. 音のたかき鐃鈸をもて神をほめたゝへよ なりひゞく鐃鈸をもて神をほめたゝへよ
Omnis spiritus laudet Dominum! Alleluia. 氣息あるものは皆ヤハをほめたゝふべし なんぢらヱホバをほめたゝへよ








ストラヴィンスキー《詩篇交響曲》とショスタコーヴィチ――大塚健夫

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  《詩篇交響曲 Symphony of Psalms》(1930) はイーゴリ・フョードロヴィチ・ストラヴィンスキー(1882-1971)がそれまでの作風から大きくギアを切り替えるセンセーショナルな合唱と管弦楽の作品である。弦楽器群にヴァイオリンとヴィオラはなく、フルート5本、オーボエ4本、トランペット5本、それにピアノ2台といった楽器の取り上げ方は、普通のオーケストラの編成と大きく異なる。「詩篇 Psalms」とは旧約聖書の一部で、カトリックのミサにおいて二人の朗読者が歌う詩篇にこたえるかたちで会衆が唱和することを答唱詩篇という。カトリック教会の共通言語であったラテン語が用いられたが、その後各国語の言葉が使われるようになり、ストラヴィンスキーはまずロシア語の歌詞を用いて書き始めたが、その後ラテン語に切り替え最終版とした。

  第1楽章: 冒頭Em(ホ短調)の和音のあとに、いきなりEから増五度はなれたBbをベースとするオクタトニックのアルペジオが始まる。当時なんともモダンな響きであったろうことは、現代の我々でも想像に難くない。それに続いてまずはチェロの高音部で始まる歌。舞踏カンタータ「結婚(儀礼)」(1917)の冒頭、kosa maya(露 коса моя,あたしの三つ編み髪)・・・もそうなのだが、ストラヴィンスキーの書く歌あるいは合唱の最初の部分は半音あるいは一度という狭い音程での動きに支配されている。
  第2楽章: C - Eb - B♮-Dの増五度の音程がちょっと無理な背伸びをするような主題をまずオーボエが切り出し、そのあと古典的で緻密なフーガが展開してゆくメロデイーの重なりの中に、控えめだが深い悲しみの思いが聞こえるようだ。
  第3楽章: 始まりの「アレルヤ」のゆっくりしたハーモニーはF6の和音からFm6を経てEbで終わる特徴的なもので、このあたりがすでに一般的な宗教音楽の域を超えている。テンポが速くなって、拍のアクセントを金管が刻み八分音符と三連符八分が絡んでくると、ストラヴィンスキーお得意の風を切るようなカッコいいスピード感が出る。そして再びまったりとしたテンポとなり最初の「アレルヤ」のコラールが出て、ゆっくりとした低音部のオスティナートに乗って歌は「主をほめたたえよ」を繰り返しながら、美しいハ長調の響きに終わる。

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  《詩篇交響曲》はボストン交響楽団の創立50周年を記念して委嘱された作品で、1930年12月19日、常任指揮者セルゲイ・クーセヴィツキー(1874-1951) によってアメリカ初演された。同じ演奏会でシェーンベルクの編曲によるバッハ《プレリュードとフーガ変ホ長調 BWV552》の管弦楽版も披露された。当時の現代音楽楽壇の寵児二人を同時に紹介したクーセヴィツキーの意図は明らかだ。その6日前の12月13日にアンセルメの指揮によりベルギーで《詩篇交響曲》はヨーロッパ初演され、ストラヴィンスキーは《ピアノと管弦楽のためのカプリッチョ》(1926/29)のピアノを自演してこの演奏会に参加している。
  今まであまり宗教的な作品に縁のなかったストラヴィンスキーがなぜこういう曲を書いたかについては、いくつかの説があって面白い。ヴェネツィアでの演奏会の前に手に腫れ物ができたのだが、教会へ行って祈りを捧げたら腫れがすっと引いたのをきかっけに宗教心に目覚めたという説がある。祖国を離れて十数年が経つストラヴィンスキーが異国の地にあって、自分は何者なのか、ロシア人かヨーロッパ人か、あるいはユーラシア人かというアイデンティティーを求めて悩んでいたであろう。病気が進み信心深くなっていた妻エカチェリーナのことや、多くの作品を一緒に手掛けてきたディアーギレフの急逝(1929)が大変なショックであったことが自伝に述べられている。なにかの心の拠り所を必死に求めていたことがこの作品を生んだのかもしれない。
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  アルテゥール・ルリエ(1892 - 1966)というヨーロッパに亡命し戦後米国で没したロシア人作曲家の《Concerto Spirituale》(1929)という合唱曲に影響を受けて書いたという説もある。ルリエは革命後のソヴィエト新政権のもと、ルナチャルスキー率いる人民啓蒙委員部(NARKOMPROS 1918-)の音楽部門の人民委員という要職にあったにも拘わらず、1921年に欧州に出国したあとソヴィエト・ロシアには戻らなかったので、その後のロシア・ソヴィエト音楽史からは完全に抹殺されていた。しかし近年米国の音楽学者リチャード・タラスキン(2017年に稲盛財団「京都賞」を受賞)による研究でその存在が明らかになってきた。彼は欧州で一時期ストラヴィンスキーのアシスタントの仕事をし、ロシア出身で欧州を経て米国に渡った指揮者クーセヴィツキーとも懇意で、後年この大指揮者の伝記も出版した。ルリエの《Concerto Spirituale》を聴くかぎり旋律や和声での《詩篇交響曲》との共通性は感じられないが、2台のピアノが入り弦楽器は低弦のみという特徴的な編成が共通している。ルリエは思想面でも大きな影響をストラヴィンスキーに与えたというが、その後は疎遠になっていった。ストラヴィンスキーは言うこと書くことともにかなり屈折した人であったから彼の本音に迫ることは難しいが、亡命先で生計を立てるための演奏活動に追われていた当時の彼にとって、ルリエを通じてクーセヴィツキーがより身近な存在となり、米国の名門オーケストラから委嘱されたことは経済的にも大きなラッキーであったことは確かだと思う。

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  ストラヴィンスキーより24歳若いドミートリー・ドミートリーヴィチ・ショスタコーヴィチ(1906 – 1975) は、ストラヴィンスキーの《結婚(儀礼)》のロシア初演(1926)において第二ピアノ(編成はピアノ4台、打楽器、声楽)を担当したことを後年まで誇りにしていた。そのあと《火の鳥》や《浄められた春(春の祭典)》よりも《詩篇交響曲》に最も強く惹かれていたというのは興味深い。1930年代の西側とのコンタクトが困難な時代、《詩篇交響曲》のスコアをレニングラードにいたショスタコーヴィチに届けたのが誰かは定かではないが、彼はそれを受け取るとすぐにピアノ四手版の編曲に着手した。第二次大戦でナチス・ドイツ軍がレニングラードに迫る中、モスクワへ疎開せざるを得なかったショスタコーヴィチは、携行できる荷物を制限され、持って行けたのは自身の第七交響曲の原稿、《マクベス夫人》、そして《詩篇交響曲》のスコアとピアノ四手編曲版だったという。このことからも彼のこのストラヴィンスキー作品への執着がわかる。ショスタコーヴィチは1955年3月に《詩篇交響曲》のスコアを愛弟子だったガリーナ・ウストヴォルスカヤ(1919 - 2006)にプレゼントしている。表紙にEdition Russe de Musique, Founds : S&N Koussevitsky(セルゲイ・クーセヴィツキーは、大商人の娘ナターリヤ・ウシュコーヴァと結婚して資金面のバックグラウンドを得ており、出版社の基金は夫妻の名前を冠している) と印刷されたこのスコアは現在ウストヴォルスカヤのギャラリーに保管されている
  ショスタコーヴィチはレニングラード音楽院の教授時代、管弦楽曲のピアノ連弾への編曲を通じて弟子たちに作曲を教えていた。2006年、作曲家生誕100年を記念した「プラウダ」紙のインタビューで、チホーン・フレンニコフ(1913 - 2007) はレニングラードへ行った際、ショスタコーヴィチと共に《詩篇交響曲》ピアノ四手版を一緒に演奏したと語っている
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  1940年にストラヴィンスキーは欧州から米国に渡り、最初は西海岸、そして晩年はニューヨークで過ごし1971年に没した。その間、たった一回だけ祖国ロシア、当時のソ連を訪れている。これを実現させたソ連側の人間の一人がフレンニコフだった。既にソ連音楽界の要職にあった彼がソ連音楽家代表団として1961年にロサンゼルスに来て、翌年1962年秋にストラヴィンスキーをソ連へ招待することに決めた。前述のタラスキンによれば、フレンニコフはストラヴィンスキーがこれを機会に祖国に戻って永住することを促し、果てはチャイコフスキーや「力強い仲間たち」の作曲家たちが眠るレニングラード(現サンクトペテルブルグ)のネフスキー寺院に葬りたかったのだ、とまで述べている。それはさておいてもフレンニコフという人はたいへんなソヴィエト・ロシア愛国者であったことは間違いなく、それゆえ彼の評価も賛否両論がある。話はややそれるが、筆者がモスクワに住んでいた1998年6月、第11回チャイコフスキー国際コンクールのオープニングにおいて、組織委員長を務めていたフレンニコフは「前回は日本のスポンサーにお世話になったが、今回はロシアの国家と企業の資金でコンクールは運営される」と高らかに宣言、大きな拍手が沸いたのをよく覚えている。
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  1962年10月のモスクワで行われたストラヴィンスキー歓迎レセプション(主催はソ連邦文化大臣に就任して間もないエカチェリーナ・フルツェヴァ(1910 – 1974):ソ連史上初めての女性政治局員、自由奔放でスキャンダラスな生涯を送った) と晩餐会にはショスタコーヴィチも招待され、これが二人の作曲家の人生でただ一度の言葉を交わす機会となった。ショスタコーヴィチは《詩篇交響曲》を初めて聴いたときの驚きと、その後自分で編曲までしたことを、はにかみながらストラヴィンスキーに語ったという。ショスタコーヴィチは1949年にソ連の文化人代表の一人としてニューヨークに派遣され、そこでストラヴィンスキーの作品について否定的なソ連の公式見解を述べざるを得なかったという苦い経験があった。モスクワではスターリン没後9年を経た「雪解け」の時期ではあったが、二人が忌憚のない意見を交換できるような状況ではまだなかったのであろう。ストラヴィンスキーの方も大いに「構えていた」に違いない。ストラヴィンスキーは生まれ故郷であるレニングラードにも来た。筆者がレニングラードに留学していた1982-3年当時はまだこの20年前の出来事を覚えている人たちが多くいて、彼らは「ストラヴィンスキーが自作を指揮したオーケストラは、ムラヴィンスキーの功労者芸術家集団(レニングラード・フィルハーモニー)ではなく、当時ワンランク下と位置付けられていたレニングラード交響楽団の方だった」と語ってくれた。
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  ショスタコーヴィチは回想録で「ストラヴィンスキーもペテルブルグ生まれであるのみならず、二人ともポーランドの血を受け継いだ家系という点でも共通、これはリムスキー=コルサコフも同じ」と語っている。1962年のレセプションでのショスタコーヴィチの「はにかみながらの語りかけ」は、ロシア出身の偉大な先輩作曲家へのできる限りの敬愛の表明だったのであろう。





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【浦壁信二+大井浩明 ドゥオ】

■2014年9月12日 http://ooipiano.exblog.jp/22474259/
 D.ショスタコーヴィチ:交響曲第4番ハ短調作品43 (1935/36) (作曲者による2台ピアノ版、日本初演)[全3楽章、約60分]
 A.スクリャービン:交響曲第4番作品54《法悦の詩》 (1908) (レフ・コニュスによる2台ピアノ版)[単一楽章、約20分]
(アンコール)B.バルトーク:《管弦楽のための協奏曲》より第4楽章「遮られた間奏曲」(1943、ヴェデルニコフ編)
 三宅榛名:《奈ポレオン応援歌》(1979)

■2015年3月13日 http://ooipiano.exblog.jp/23322462/
 A.オネゲル:交響曲第3番《典礼風》(1945/46)(ショスタコーヴィチによる2台ピアノ版、日本初演)[全3楽章、約30分]
  I. 怒りの日(Dies irae) - II. 深き淵より(De profundis clamavi) - III. 我らに平和を(Dona nobis pacem)
 O.メシアン:《アーメンの幻影》(1943)[全7楽章、約50分]
  I. 創造のアーメン - II. 星たちと環のある惑星のアーメン - III. イエスの苦しみのアーメン - IV. 願望のアーメン - V. 天使たち、聖人たち、鳥たちの歌のアーメン - VI. 審判のアーメン - VII. 成就のアーメン
(アンコール)A.オネゲル:《パシフィック231》(1923)(N.キングマン(1976- )による二台ピアノ版(2013)、世界初演)
 P.ブーレーズ:構造Ia (1951)
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■2015年5月22日  http://ooipiano.exblog.jp/24126209/
 G.マーラー:交響曲第2番ハ短調《復活》(1888/94) [全5楽章] (約80分) H.ベーン(1859-1927)による二台ピアノ版(1895) (日本初演)
  I. Maestoso - II.Andante con moto - III. In ruhig fließender Bewegung - IV.Urlicht - V. Im Tempo des Scherzos. Wild herausfahrend
 B.A.ツィマーマン:《モノローグ》(1960/64) [全5楽章]  (約20分)
  I.Quasi irreale - II. - III. - IV. - V.
(アンコール)G.マーラー:交響曲第3番第5楽章「天使たちが私に語ること」(J.V.v.ヴェスによる四手連弾版)

■2016年9月22日 《СТРАВИНСКИЙ ОСТАЕТСЯ》 http://ooipiano.exblog.jp/25947275/
 I.ストラヴィンスキー:《4つのエテュード》(1917)
  I. 踊り - II. 変わり者 - III. 雅歌 - IV. マドリード
 I.ストラヴィンスキー:舞踊カンタータ《結婚(儀礼)》(1917)
  花嫁の家で(おさげ髪) - 花婿の家で - 花嫁の出発 - 婚礼の祝宴(美しい食卓)
 I.ストラヴィンスキー:舞踊音楽《浄められた春(春の祭典)》(1913)
  〈大地讃仰〉 序奏 - 春の兆しと乙女たちの踊り - 誘拐 - 春の輪舞 - 敵の部族の戯れ - 賢者の行進 - 大地への口吻 - 大地の踊り
  〈生贄〉 序奏 - 乙女たちの神秘の集い - 選ばれし生贄への賛美 - 曩祖の召還 - 曩祖の祭祀 - 生贄の踊り
(アンコール)I.ストラヴィンスキー:《魔王カスチェイの兇悪な踊り》
 S.プロコフィエフ:《邪神チュジボーグと魔界の悪鬼の踊り》 (米沢典剛による2台ピアノ版

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■2017年4月28日 《Bartók Béla zenekari mesterművei két zongorára átírta Yonezawa Noritake》 http://ooipiano.exblog.jp/26516776/
 B.バルトーク=米沢典剛:組曲《中国の不思議な役人 Op.19 Sz.73》(1918-24/2016、世界初演)
    導入部 - 第一の誘惑と老紳士 - 第二の誘惑と学生 - 第三の誘惑と役人 - 少女の踊り - 役人が少女を追い回す
 B.バルトーク=米沢典剛:《弦楽器、打楽器、チェレスタのための音楽 Sz.106》(1936/2016、世界初演)
    I.Andante tranquillo - II.Allegro - III.Adagio - IV.Allegro molto
 B.バルトーク=米沢典剛:《管弦楽のための協奏曲 Sz.116》(1943/2016、世界初演)
  I.序章 - II.対の提示 - III.悲歌 - IV.遮られた間奏曲 - V.終曲
(アンコール) 星野源:《恋 (Szégyen a futás, de hasznos.)》(2016) (米沢典剛による2台ピアノ版)

■2017年9月20日 現代日本人作品2台ピアノ傑作選  https://ooipiano.exblog.jp/27397266/
 西風満紀子(1968- ):《melodia-piano I/II/III 》(2014/15、世界初演)
 一柳慧(1933- ): 《二つの存在》(1980)
 西村朗(1953- ): 《波うつ鏡》(1985)
 湯浅譲二(1929- ): 《2台のピアノのためのプロジェクション》(2004)
 南聡(1955- ): 《異議申し立て――反復と位相に関する2台のピアノのための協奏曲:石井眞木の思い出に Op.57》(2003/10、本州初演)


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【ストラヴィンスキー作品によるピアノリサイタル】

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■2016年8月20日@芦屋  https://ooipiano.exblog.jp/25870367/
ストラヴィンスキー:スケルツォ(1902) 2分
:4つのエチュード Op.7 (1908) 8分
  I. Con moto - II. Allegro brillante - III. Andantino - IV. Vivo
:バレエ音楽「火の鳥」より3つの場面(1910)〔グイド・アゴスティ(1901-1989)による独奏版〕 12分
  魔王カスチェイの凶悪な踊り - 子守歌 - 終曲
:ペトルーシュカからの3楽章(1911/21) 15分
  ロシアの踊り - ペトルーシュカの部屋 - 謝肉祭
:ドイツ人の行進曲の思い出(1915) 1分
:3つの易しい小品(1915) 4分
  行進曲 - ワルツ - ポルカ
:子供達のワルツ(1917)  1分
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ストラヴィンスキー:交響詩《夜鶯の歌》(1917)(作曲者による独奏版、日本初演) 21分
  故宮の祭礼 - 二羽の夜鶯(本物の夜鶯と機械仕掛けの夜鶯) - 皇帝の病気と快気
:11楽器のラグタイム(1917/18)(作曲者による独奏版) 4分
ムソルグスキー(1839-1881):《ボリス・ゴドノフ》序幕より民衆の合唱「なぜ我らを見捨てられるのか、我らが父よ!」(1869/1918)(ストラヴィンスキーによる独奏版、日本初演) 1分
ストラヴィンスキー:ピアノ・ラグ・ミュージック(1919) 3分
:管楽器のシンフォニー集――C.ドビュッシーの思い出に(1920)(アルトゥール・ルリエと作曲者による独奏版、日本初演) 8分
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中田粥:ピアノとエレクトロニクスのための《Pieces of Apparatus I》(2016、委嘱新作初演)  10分
ストラヴィンスキー:5本の指で(1921) 8分
  I. Andantino - II. Allegro - III. Allegretto - IV. Larghetto - V. Moderato - VI. Lento - VII. Vivo - VIII. Pesante
:ピアノ・ソナタ(1924) 9分
  I. - II. Adagietto - III.
:イ調のセレナード(1925) 12分
  頌歌 - ロマンス - ロンドレット - 終止曲
:タンゴ(1940) 3分
:仔象のためのサーカス・ポルカ(1943) 4分


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■2017年1月22日@東京  https://ooipiano.exblog.jp/26292708/
ストラヴィンスキー:ピアノソナタ 嬰へ短調(1903/04)〔全4楽章〕(日本初演) 28分
  I.Allegro - II. Scherzo, Vivo - III.Andante - IV.Finale. Allegro
:四つのエチュード Op.7 (1908) 8分
  I. Con moto - II. Allegro brillante - III. Andantino - IV. Vivo
:ペトルーシュカからの3楽章(1911/21) 15分
  ロシアの踊り - ペトルーシュカの部屋 - 謝肉祭
:交響詩《夜鶯の歌》(1917)(作曲者による独奏版、東京初演) 21分
  故宮の祭礼 - 二羽の夜鶯(本物の夜鶯と機械仕掛けの夜鶯) - 皇帝の病気と快気
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大蔵雅彦:《where is my》 (2016)(委嘱新作・世界初演) 4分
ストラヴィンスキー:11楽器のラグタイム(1917/18)(作曲者による独奏版) 4分
:《兵士の物語》による大組曲(1918)(作曲者による独奏版、日本初演) 25分
  I.兵士の行進 - II.兵士のヴァイオリン - III.王の行進曲 - IV.小コンセール - V.3つの舞曲(タンゴ/ワルツ/ラグタイム) - VI.悪魔の踊り - VII.コラール - VIII.悪魔の勝利の行進曲
:ピアノ・ラグ・ミュージック(1919) 3分
:管楽器のシンフォニー集――C.ドビュッシーの思い出に(1920)(アルトゥール・ルリエと作曲者による独奏版、東京初演) 8分
:コンチェルティーノ(1920)(アルトゥール・ルリエによるピアノ独奏版、日本初演) 6分
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:八重奏曲(1923)(アルトゥール・ルリエによるピアノ独奏版、日本初演) 16分
  I.シンフォニア - II.主題と変奏 - III.終曲
:ピアノ・ソナタ(1924) 9分
  I. - II. Adagietto - III.
:イ調のセレナード(1925) 12分
  頌歌 - ロマンス - ロンドレット - 終止曲
:タンゴ(1940) 3分
:仔象のためのサーカス・ポルカ(1943) 4分




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# by ooi_piano | 2018-04-19 03:42 | コンサート情報 | Comments(1)