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11月13日 第八回公演

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大井浩明 Beethovenfries
16 Dec 1770 - 26 Mar 1827
第八回公演《律の調べの今めきたるを》


京都文化博物館 別館ホール
(旧日本銀行京都支店、明治39年竣工/重要文化財)
2008年11月13日(木) 18時30分開演


使用楽器:
Jones-Round & Co., 1805年 ロンドン製 68鍵 イギリス式シングルエスケープメントアクション (修復:山本宣夫)
Muzio Clementi 1800年頃 ロンドン製 68鍵 イギリス式シングルエスケープメントアクション (フォルテピアノ・ヤマモトコレクション提供)

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《演奏曲目》

L.v.ベートーヴェン: ソナタ第22番ヘ長調Op.54(1804)
In Tempo d'un Menuetto - Allegretto

同: ソナタ第23番ヘ短調Op.57「熱情(Appassionata)」(1804/05)
Allegro assai - Andante con moto - Allegro ma non troppo /Presto

鈴木純明:フォルテピアノのための《白蛇、境界をわたる》(2008、委嘱初演)
Jummei SUZUKI: Le serpent blanc, franchir les frontières (2008, création mondiale)

   【休憩15分】

L.v.ベートーヴェン:ソナタ第24番嬰ヘ長調Op.78「テレーゼ(À Thérèse)」(1809)
Adagio cantabile /Allegro ma non troppo - Allegro vivace


同: ソナタ第25番ト長調Op.79(1809) 「かっこう(Kuckuck)」(ソナチネ)
Presto alla tedesca - Andante - Vivace


同: ソナタ第26番変ホ長調Op.81a「告別(Das Lebewohl)」(1809)
Ⅰ.「告別」Das Lebewohl (Les Adieux) Adagio -Allegro
Ⅱ.「不在」Abwesenheit (L'Absence) Andante espressivo, In gehender Bewegung, doch mit viel Ausdruck
Ⅲ.「再会」Das Wiedersehen (Le Retour) Vivacissimamente, Im lebhaftesten Zeitmasse




《白蛇、境界をわたる》

11月13日 第八回公演_c0050810_0153339.jpg 「罪」や「誘惑」、「陰謀」の象徴として、西洋の音楽や絵画でしばしば出現する「蛇」。旧約聖書では、禁断の果実をアダムとイブが食べる場面が描かれているが、この人類の「原罪」のきっかけを作ったのが、他ならぬ「蛇」であった。
  さて、音楽のなかで「蛇」はどのように扱われているのか。バロック音楽を見てみよう。その象徴的な意味も込めて、あたかも曲がりくねる「蛇」のような、旋回する音型が用いられることに注目したい。例えば、J.S.バッハのカンタータ。円弧を描き、迂回する音の動き、音楽修辞学において「チルクラツィオCirculatio」と呼ばれるフィグールは、「蛇」を形象模写したものであり、「罪」や「蛇」の歌詞に合わせてこの音型が、しばしば低音楽器によって現れる。さらに、「蛇」の独特な姿は、楽器の構造にも応用されている。およそ16世紀末から、単旋律聖歌の補強として用いられた管楽器「セルパン」は、その名もフランス語で「serpent 蛇」を意味する。長い管にある指孔を6つの指で押さえるための方策が、管そのものを奇妙な形に曲がりくねらせ、そして蛇にしてしまうあたり、フランス人独特のユーモアだ。西洋において悪魔の化身とされていた「蛇」が、楽器に化けて教会に存在していたとは、ことさら興味深い話であろう。
  キリスト教において「負」のイメージを持つ蛇であるが、他の文化圏ではどのような存在であるのか。例えば古代ギリシャでは、始まりも終わりもない、完全性の象徴として、世界を取り巻く大海に、自らの尾をくわえて輪を作る「蛇」(あるいは竜)である、「ウロボロス」が描かれている。また日本では、古来より蛇は縁起の良いものとして考えられ、「神の御使い」として蛇を崇める風習が、各地に残されている。縄文土器には蛇の文様が多く見られるが、生命力の強い蛇を描くことで、古代の日本人はそこに、豊饒の祈願を込めたのであろう。
  そして、岩国市だけに生息する、希少な白蛇のことを書かねばならない。《白蛇、境界をわたる》は、この白蛇との出会いによって生まれた。
  今夏、私は初めて岩国を訪れる機会があり、そこで見た白蛇が、幼少のある記憶を呼び起こしたのである。私が小学生の頃、ある日突然、家族で蛇を飼うことになった。私はそのシマヘビを「Julie」と名付けた。しかし、このJulie、1ヶ月も経たずに忽然と姿を消してしまう。窮屈なケースに閉じこめられていたJulieは、その強靱な力で重石が置かれた蓋をこっそりと押しのけてしまい、逃げ出してしまったのだ。後日、聞いたところによると、同じアパートの住人が偶然、くねくねと地を這う蛇を見つけて捕まえた後、近くの川に放したらしい。
  《白蛇、境界をわたる》は、この他愛もないエピソードに由来している。曲はベートーヴェンのピアノ・ソナタ第26番「告別」から、第1楽章冒頭の「別離」を表す下行音型を模して静かに始まる。そしてこの下行音形が、途中、「境界」となるメゾ・フォルテの挿入句を挟みつつ、常に変形されながら進み、最後に幾つかの「チルクラツィオ」のフィグールによって、「蛇」が暗示される。私にとって岩国で見た白蛇は、30年前のJulieとの再会であり、Julieは境界をわたる《白蛇》となって、私の前に「retour (再来)」した。


11月13日 第八回公演_c0050810_23361245.jpg鈴木 純明 Jummei SUZUKI  
 1970年、東京都台東区生まれ。2000年、東京藝術大学大学院作曲専攻修了。1997年に渡仏。1999〜2001年、文化庁派遣在外研修員。2001年、パリ国立高等音楽院作曲科及び、2002年、同管弦楽科修了。2005年に帰国。作曲を宍戸睦郎、原博、野田暉行、一柳慧、廣瀬量平、野平一郎、Gérard Grisey、Marco Stroppa、Philippe Leroux、管弦楽法をMarc-André Dalbavie、楽曲分析をMichaël Levinasの各氏に師事。第64回日本音楽コンクール、第18回日本交響楽振興財団
作曲賞、ガウデアムス国際音楽週間‘99、第31回ブールジュ国際電子音楽コンクール、第3回ISCMフランス支部主催「新しい音楽フォーラム」入選等。最近では、セルパンとクラヴサンのための《ヨハン・セルパン・バッハ〜教会カンタータ第40番による(2006)》(橋本晋哉委嘱作品)や、6声と6つの古楽器のための《De profundis(2006)》(モンテカルロ芸術の春委嘱作品)など、古楽器を用いた新作も発表している。現在、洗足学園音楽大学、桐朋学園大学、東京音楽大学非常勤講師。フランス著作権協会(SACEM)会員。Ensemble Contemporary α所属。




英国系フォルテピアノのすすめ
                            明石拓爾


11月13日 第八回公演_c0050810_0194044.jpg   フォルテピアノ製作において歴史的にイギリス系とウィーン系の二大勢力が拮抗していたことは広く知られている。
   しかし現在演奏に使用されている楽器は、古典派に限ればおそらく九割以上が南ドイツ・ウィーン系のウィーン・アクションを持つ楽器と思われる。それはフォルテピアノの古典派演奏が、ウィーンの三巨匠(ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン)への興味から扱われていた事情によるもので、演奏される曲目ももっぱら3巨匠の作品に限られている。すなわちこの分野では、いまだ19世紀以来の強力なキャノニズムの流れの中にあり、私たちは古典派期ピアノ音楽の魅力を充分享受できていないのではないだろうか。

   三巨匠とイギリス系ピアノとのかかわりについてはよく知られている。ハイドンは英国滞在中にロングマン&ブロドリップのピアノを購入している。3曲の「ロンドンソナタ」は英国ピアノを念頭に置いて書かれたと考えられている。ベートーヴェンはエラールとブロードウッドのピアノを所有したが、それは彼のインスピレーションの源となった。モーツァルトと英国ピアノとのかかわりははっきりしないが、ロンドンを訪れた幼児期やフランス滞在の際、英国製スクエアピアノに出会った可能性が指摘されている。
  しかしウィーン三巨匠のせまい窓から覗き見たのみでは、英国ピアノが二大勢力の一方だったと言われてもピンと来るはずもない。英国ピアノとはいったいどのような楽器で、どこの誰が弾いていたのだろうか。

  18世紀の英国は音楽史の教科書でも触れられることが少ない「暗黒地帯」といえるが、実際は18世紀を通じて常にホットで独特な音楽環境が存在していた。いち早く市民革命を経験し、社会の安定と経済の活況で力をつけた富裕中産階級はこぞって「良い趣味」の音楽を求めた。公開演奏会が成立するとともに、熱心な音楽ファンは当然自らも演奏した。その富に引き寄せられるようにヨーロッパ中から集まった優秀な音楽家たちが旺盛な音楽活動を支え、楽器製作者もまた腕を振るったのである。
  英国式ピアノは、こうした18世紀後半の英国の豊かな音楽環境の中で生まれ育った楽器であった。

  英国式ピアノの特徴については、今日までウィーン式との対比で様々なことが言われてきた。音はサステインが長く、高音が豊かである。タッチが深く重い。ダンパーの効きが弱い。音量はあるが表情の豊かさに劣る、云々。多くは同時代の評判(フンメル、モシェレスなど)に基づくものだが、現代においては実際の楽器に触れたり、演奏を聴く機会はウィーン式に比べ極端に少ない。今までのところむしろ楽器学や楽器製作者の関心が先行している感があり、先入観によらない認識や評価はまだこれからと言えよう。

  今後J.C.バッハ、クレメンティ、J.L.ドゥセックといったビッグネームの作品が日常的にフォルテピアノ演奏会のプログラムに載るようになる日はそう遠くないだろう。またピアノ協奏曲、伴奏付きソナタといった魅力的な分野の発掘が進むことも期待される。18世紀のピアノ音楽文化全体の再評価に伴い、英国ピアノの魅力も再発見されていくに違いない。
by ooi_piano | 2008-11-13 00:09 | コンサート情報 | Comments(0)

Blog | Hiroaki Ooi


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