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汎用クラヴィア奏法試論βーーーおおまかな組織化(その2)


(承前)
汎用クラヴィア奏法試論βーーーおおまかな組織化(その2)_c0050810_130826.jpg    指が動いてくれない、という壁を突破するためには、「ピアノをどうやって弾くか(奏法認識)」というソフト側と、「体をやわらかくしておく(大枠)」のハード側、その両側からトンネルを掘り進み開通させるのが賢明だと思います。第1部で述べたのが前者で、これから述べるのが後者です。もしこの世に完全無欠な鍵盤奏法というものが存在するなら、年をとろうが何をしようが指は回り続けるでしょうし、ピアノのみならずくチェンバロもクラヴィコードもオンド・マルトノでもこなせる筈です。また、いかなる手の変位も体が柔軟に受け流すことが出来るなら、あらゆる体操選手はピアニストへ転職可能でしょう。
   第1部の、指先成分をゼロへ持ち込む奏法については、私は寡聞にして文章化された前例を知りません。(もっとも、それに近い弾き方をしている奏者は少なからずいます。)第2部での体法関連については、幾つかのキーワードで検索すれば山のようにヒットしますので、私などが上から目線でぐだぐだ申し上げる筋合いは本来御座いません。諸歴史的鍵盤楽器も視野に入れた「汎用」を目指しつつ、また自分自身やclosed beta test等で見かけた典型例なども盛り込みながら、おおよそのラインをまとめてみます。「2-a 勝手に筋肉が動いてくれるための準備体勢」、「2-b 各部位を連動させるための導入エクササイズ」、「2-c それでも筋肉が動いてくれない場合」、「2-d 変化のプロセス素描」、の4部に分かれます。


2-a 勝手に筋肉が動いてくれるための準備体勢

汎用クラヴィア奏法試論βーーーおおまかな組織化(その2)_c0050810_132544.gif   この項では、筋肉が滑らかに連動するための準備体勢(姿勢による下拵え)について、概観していきます。
   前出記事1-bにおいて、「適切な姿勢で椅子に座っていれば、I.B.(-5)の状態で指を鍵盤に置いた際、手首の角度は水平に近づき、肘は押し出され、肩甲骨は外転する」、と述べました。肩甲骨というのは、背中上部の両端(うなじと脇の間)にある、翼のような骨です。腕を動かす際、本来肩甲骨は前後・左右・上下におのずと回転する筈のものです。
   いかなる時も肩甲骨が自由に宙を舞い続けていてくれれば話は早いのですが、頭を背骨の上に乗せてバランスを取る筋肉、肩甲骨をぐるぐる回す筋肉、手を上へ持ち上げていく筋肉等々が、まるで多面ルービックキューブのように錯綜しており、それらが何かの不都合で一旦絡まって(固まって)しまうと、案外簡単に肩は動かなくなります。肩甲骨と肘(ひじ)は連動しているため、「指は回るけど重みがかけられない」、「重みをかけると指先が固まる」、「一部の指は回るけどポジション移動がしにくい」、等々の事態が発生して来ます。指が回らない原因が、まさか肩や背中の筋肉の不具合とは思いにくいので、硬直の悪循環の冥府魔道を彷徨うことになります。
   筋肉が適切に動いてくれない場合、やはり「正しい姿勢」というものに立ち返るのが結局近道なのは、認めなければなりません。PCの画面を切り替えたり、ボタンを押して反応が返ってくるのを待つ際、ひとは20秒以上は我慢出来ないそうです。正しい姿勢、すなわち最小限のタスクで体を支えるための大枠を設定して、あとは筋肉が勝手に動き出してくれるのをじっと待つ。それが最も賢明だと頭では分かっていても、目先のラクさに引き摺られてしまうのも我々の性(さが)です。
   「朝起きてすぐの20秒」、「大金払っての20秒」、「にっちもさっちも行かない場合の20秒」なら何とか我慢出来るかもしれません。正しい体勢のポイントとなるのは、呼吸、首周り、腰周りの3つです。
   

●呼吸について
汎用クラヴィア奏法試論βーーーおおまかな組織化(その2)_c0050810_1342014.jpg   胸に硬いクッションをあててうつ伏せに寝、全身をリラックスさせると、呼吸する胸とクッションの押し引きに連動して、体のさまざまな部分が緩やかに動いていることが分かります。これが脱力の基本です。
   普通に呼吸しているだけで体のどこかに硬直が発生するとしたら、それは息を吸うときでしょう。「空気を吸わなくちゃ」、と妙に意識すると、かえってつまらない部位をリキませてしまう。解決法としては、まずは息をゆっくりと吐(は)き切ってしまうことです。そうすると、何もしなくても空気は体へ勝手に入り込んで来る。呼吸の順番は字義通り、「吸って吐く」ではなく、「吐いて吸う」である、と考えれば、呼吸時の硬直は避けられます。息を吐き切っていく際、そして吐き切った際の筋肉のバランスも、よく覚えておきましょう。
   通常、就寝時には自然な呼吸(=肩を上下させない腹式呼吸)が行われていますが、起床して活動するにつれ、それが不規則になって来ます。「吸って吐く」を頭で意識し出すと、ますます不自然になる。息の出し入れを意識したときに、筋肉の連動がおかしなことにならないよう、自然な呼吸パターンを静かにウォッチングしてみましょう。呼吸のパターンは、性別・年齢等々によって人それぞれだそうです。××式呼吸法に無理に合わせようとして硬直を招くのでは、意味がありません。 

●首周りのリラックスについて
汎用クラヴィア奏法試論βーーーおおまかな組織化(その2)_c0050810_1316699.jpg   肩甲骨を硬直から解き放つためには、まずは首周りを徹底的にリラックスさせることです。それには、頭が軽やかに背骨の上でバランスを取っている必要があります。首周りで一番ネックになるのは何と言っても、両耳の後ろから項(うなじ)にかけての部位です。知らず知らずのうちに、このあたりを萎縮させていると、いつしか猛毒が全身に回ります。逆に言うと、全身の解毒(げどく)をしたければ、首元から手をつけるべきでしょう。
   人間の頭部は体重の1~2割を占めるほどの、かなり重たい物体です。電車で居眠りをすれば、首がダランと倒れるのは自然なことです。一方、肩周りが自由に動くためには顔は真正面を向いているべきですから、ダランと垂れた首を引き上げ、背骨の上に乗せるための筋肉は、最小限使用しなければなりません。
   背骨をホウキの柄、頭蓋骨をカボチャ(球体)とすると、ホウキはカボチャに突き刺さっており、その先端はカボチャの中心に到達しています。カボチャの中心は両耳の真ん中、鼻の穴の奥あたりです。前述の通り、肩甲骨や上腕が自在に動くためには、か細いホウキの上で重たいカボチャが軽やかにバランスを取っている必要があります。人間の眼は前方を見ているので、どうしても頭の後方は意識が回りにくい。横から眺めて、他人の耳が球体の真ん中に付いているのは当たり前であっても、自分の耳は何となく頭のかなり後ろのほうにあるような気がしている。そうすると、頭の後半球の重みをいつしか度外視するため、気付くと前かがみになっている。これを解決するには、リドリー・スコットの「エイリアン」のように、自分の後頭部がうしろへ長く垂れ下がっているようにイメージすることです。そうすれば、自然にアゴは引っ込み、カボチャをホウキの上に上手い具合に乗せることが出来る。喉元を緊張させてアゴを「引き締める」のは、本末転倒です。頭の天辺に紐がついていて吊り下げられている感じ、という形容も体感されて来るでしょう。筋肉の説明ではなく骨の位置関係から述べているのは、そのほうが効率的にリラックス出来るからです。
汎用クラヴィア奏法試論βーーーおおまかな組織化(その2)_c0050810_1322396.jpg   余りにも猫背が長年の癖になっている場合、腰を反らせたり背中の下部を突っ張らせずに「姿勢を正しく」することは、いわば真後ろへ向かって体を落下させるに等しい恐怖です。ゆえに猫背は治らず、首周りの硬直もなかなか取れない。良い姿勢を習慣付けていけば、いきなり筋肉が滑らかに動かなくとも、少なくとも筋肉の突っ張りを感じ取れるようにはなって来ます。これは不必要な硬直をほぐしていくための、非常に重要なステップです。一見ラクなダラけた体勢は、そのじつ自分の背骨そのものに寄りかかるに等しく、肩凝り・腰痛の原因となります。いわゆる姿勢の良い人は、見た目の美しさや倫理的規範にしたがって姿勢を正しくしているのではなく、単にラクだから背筋を伸ばしているのです。「正しい姿勢」とは、筋肉の不必要な硬直を起こさないために、体の各部位の重みが適切なバランスを取れる体勢のことであり、結果としての外見の美しさは二義的なものです。
   おおよそのカボチャとホウキの位置関係を感じ取るためには、半仰臥位(セミスパイン)が手っ取り早いでしょう。厚めの硬い本を枕に仰向けに寝、膝を立てます。膝を曲げることによって、股関節周りが緩められます。背中は床にべったり付いているので、床が無ければ体は地球の中心へ落下していくことでしょう。その背中のラインの延長線上より、少し前(上)に頭がある。後頭部の一点が本(枕)で支えられることにより、顔は真正面(天井)を見、首周りはリラックスしています。この体勢を90度回転させたものが、おおよその「正しい姿勢」の指標となり得ます。ストレッチポールを背中にあてがっているイメージも有用かもしれません(購入しないまでも)。

   体全体をリラックスさせ、何かに背中を預けている状態の喩えとしては、巨大な阿修羅に背後から両脇を支え上げられ、「高い高い」をされている、というイメージは如何でしょうか。便宜上、このとき阿修羅は三面八臂(三つの顔に八つの腕)とします。「高い高い」をしながら、同時に阿修羅は別の腕で我々の尺骨を下から持ち上げ、手首の位置を上下左右に動かします。猫背のままだとしんどいので、我々の背筋は自然に伸びるでしょうし、空中に吊り上げられているため腰から足首まではダランと垂れたままです。重要なのは、体を支える阿修羅の腕と、手首を支え動かす阿修羅の腕は別物、ということです。阿修羅の右腕4本をr1、r2、r3、r4とすると、r1は脇を差し込んで骨格の大枠を支える係、r2は前腕中央を下から持ち上げ移動させる係、そしてr3とr4は肩甲骨の両側(背中側と胸側)を手の平で包んで、縮む・伸びるを優しくサポートします。右手が高音域へ移動する(体から離れる)ときは、背中側r3がグッと支え、胸側r4は伸びる筋肉に掌を添え暖める。逆に右手が低音域方向へ移動する際は、今度は胸側r4がアクションの内側(へこむ側)をグッと支え、背中側r3は伸びる背筋を柔らかく介護している。アクションと同じ側の筋肉が縮む際、見えない手によってグッと支えられ、それに「もたれている」、と感じられれば、アクションの反対側の筋肉が共縮することなく伸び、かくして「ちょうどよいバランス」を思い出せるようです。因みに、阿修羅の三つの頭は、「支える筋肉」、「縮む筋肉」、「伸びる筋肉」をそれぞれ管轄しています。
   繰り返しになりますが、「正しい姿勢」とは、手や足を動かしても、ホウキの上でカボチャが軽やかにバランスを取れている状態のことです。無意識に首周りを硬直させたくなる心理的背景については、次章(2-b)で触れます。

●腰周りのリラックスについて
汎用クラヴィア奏法試論βーーーおおまかな組織化(その2)_c0050810_18422861.gif   腰周りがリラックスするためには、まず骨盤を立てて坐骨で座ることです。坐骨というのは、骨盤の一番下にある2つの突起です(図参照)。坐骨で座る、とは、頭蓋骨を乗せた背骨の重みを、骨盤が効率よく支える、ということです。
   背骨は背中の皮膚近くではなく、胴体の真ん中を通っています。前かがみになって胴体前後のバランスが崩れるのを避けるために、背筋を伸ばし、背骨から前、すなわち胴体の前半分の重みを、鼠蹊部(股)に乗せていきましょう。いわゆる「丹田」の場所については諸説あるようですが、臍から3~5cm下、皮膚から数センチ下の体内に、風呂場の吸水口のようなものがあって、呼吸のみならず、体の重みもそこに吸い込まれてゆく、とイメージすると、自然に下腹部が折り畳まれていきます。骨盤を寝かせることなく、肛門を少し絞ってみるのも良いでしょう。首周りのリラックスと腰周りのリラックスは相互補完関係にあるので、どちらかが出来れば良い、というものではありません。すなわち、「腰を入れる」ことは、指回りにもつながってきます。
汎用クラヴィア奏法試論βーーーおおまかな組織化(その2)_c0050810_13185861.jpg  坐骨で座れているかどうかを判別するためには、腿を少しあげ前後左右に動かしてみて、腰周りの安定性を確かめるのと良いでしょう。腰周りがリラックス出来ていないと、演奏中に足が不要にバタバタ動いたり、腿(もも)がリキんで競(せ)り上がってきたりします。初期フォルテピアノでは、両足の太腿で鍵盤裏側(下面)の「膝レバー(膝ペダル)」を操作しなければなりませんし、オルガンの足鍵盤では持ち上げた足を前後左右へ自在に滑り下ろす必要があります。坐骨で座れていないと、太腿をあげるたびに上半身がグラつき、膝レバー・足鍵盤の操作のみならず、手鍵盤にも深刻な影響を与えます。モダン・ピアノですと、肩周りをかためて鍵盤を押さえ付け、腰周りを固めてガチガチの足首でペダルを踏み付けても、一応音は出せるため、かくして各人各様の気侭な「演奏スタイル」が生まれます。
   余談ながら、膝レバー付き初期フォルテピアノの場合、レパートリー的にダンパーペダルを使用する箇所が少ない上、「補助ペダル」なる道具も不必要、かつ鍵盤も弾きやすく軽い、といった点で、子供の教育用には打って付けだと思います。シュタイン・モデルで、インヴェンションからベートーヴェン悲愴までカヴァー出来ます。
汎用クラヴィア奏法試論βーーーおおまかな組織化(その2)_c0050810_13201367.gif  さて、立った状態から椅子へ座る際の座り方、また椅子からの立ち上がり方についても、十分注意が必要です。これには、足を開いて腰を上げ下ろしする、相撲の腰割り(wide-stance squat)が一番でしょう。両足を肩幅より広く、逆ハの字型に開いて立ちます。爪先と膝は同じ方向になるよう、内股を緩め股関節を調節します。(この、股関節~膝~爪先を「逆ハの字型」に揃えることが、肩甲骨面の「逆ハの字」同様、最も重要なポイントだと思います。)顔を真正面に向け、背骨は地面と垂直のまま、太腿が床と平行になるまで、息を吸いながら腰を下ろして(しゃがんで)いきます。そして、息を吐き出しながら元に戻します。普通のスクワットと違ってお尻を突き出さないように、また膝が爪先より内側(の角度)に入って来ないようにします。先述の丹田呼吸、肛門閉めも意識してみましょう。膝を90度以上曲げるのは有害のようです。最初は壁に沿ってやったり、慣れてきたら頭の後ろや胸の前で両手を組む、などのヴァリアントもあります。腰の上げ下げを最も邪魔するのは、意外にも肩周りの硬直のようです。I.B.のチェックが目的ですので、筋肉の微細な突っ張りを一つ一つ丁寧にほぐし、観察していきましょう。突っ張りが無ければ、上半身全体が錘(おもり)となり、まるでフタを取った便器に尻が落ち込んでいくような重心移動を体感出来ます。

(この項続く)
by ooi_piano | 2009-11-07 09:11 | クラヴィコード様への五体投地 | Comments(0)

6月15日(日)《ロベルト・シューマンの轍》第1回公演


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