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3月1日《フランス組曲》

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大井浩明 チェンバロ連続リサイタル
J.S.バッハ/フランス組曲(全6曲)&イギリス組曲(全6曲)

3月1日《フランス組曲》_c0050810_19442095.jpg

[使用楽器:18世紀フレミッシュモデル(ルッカースラヴァルマン) 二段鍵盤 久保田彰製作 1996年]
【第一夜】2010年3月1日(月)
J.S.バッハ:フランス組曲 Französische Suiten (全6曲)

山村サロン (JR芦屋駅前ラポルテ本館3F) tel. 0797-38-2585  yamamura[at]y-salon.com
当日券のみ・全自由席3000円

3月1日《フランス組曲》_c0050810_19454086.jpgルイ・クープラン(1626-1661):小節線の無い前奏曲 ニ短調
J.S.バッハ:フランス組曲 第1番 ニ短調 BWV 812
Allemande - Courante - Sarabande - Menuett I/II - Gigue

ルイ=ニコラ・クレランボー(1676-1749):小節線の無い前奏曲 ハ短調
J.S.バッハ:フランス組曲 第2番 ハ短調 BWV 813
Allemande - Courante - Sarabande - Air - Menuett I/II - Gigue

シャルル(またはフランソワ)・デュパール(1667頃-1740頃):序曲 ロ短調
J.S.バッハ:フランス組曲 第3番 ロ短調 BWV 814
Allemande - Courante - Sarabande - Menuett /Trio - Anglaise - Gigue

3月1日《フランス組曲》_c0050810_19461234.jpgJ.S.バッハ:前奏曲 変ホ長調 BWV 998
J.S.バッハ:フランス組曲 第4番 変ホ長調 BWV 815
Allemande - Courante - Sarabande - Gavotte - Air - Gigue

ジャン=アンリ・ダングルベール(1629-1691):小節線の無い前奏曲 ト長調
J.S.バッハ:フランス組曲 第5番 ト長調 BWV 816
Allemande - Courante - Sarabande - Gavotte - Bourrée - Loure - Gigue

J.S.バッハ:前奏曲 ホ長調 BWV 854
J.S.バッハ:フランス組曲 第6番ホ長調 BWV 817
Allemande - Courante - Sarabande - Gavotte - Polonaise - Bourrée - Menuett - Gigue

《フランス組曲》プログラム・ノート

3月1日《フランス組曲》_c0050810_445322.jpg  1717年から6年間にわたってJ. S. バッハが宮廷楽長(Kapellmeister)として仕えたアンハルト=ケーテン侯レーオポルトは、彼自身音楽を愛し、理解した良きパトロンだった。レーオポルトはカルヴァン主義者だったので、礼拝時に必要以上に華美な音楽を必要としなかった。その結果、“ケーテン時代”のバッハの作品の多くは世俗音楽となったが、その一方で、様々な作曲技法の掲示と演奏技術の向上とを目的とする鍵盤楽器のための作品が積極的に制作されはじめたのもこの頃である。バッハ自身が作曲技巧の極意を学び取ったのも、ブクステフーデを初めとする17世紀の数々の先達によるオルガンを含む鍵盤楽器のための作品群からであり、これらの楽器を彼が教育目的に用いたのはごく自然なことだ。1723年にバッハがライプツィヒの聖トーマス教会の音楽監督(Kantor)に就任したすぐ後に彼に学んだH. N. ゲルバーによると、バッハのレッスンは、元々彼の長男のヴィルヘルム・フリーデマンのために書かれた《インヴェンションとシンフォニア》に始まり、長短全24調を網羅した前奏曲とフーガから成る《平均律クラヴィーア曲集》によって締めくくられたという。可能な限り音楽的多様性に富んだ作品群を、技巧の段階的な発展に合わせて導入するという方式だ。 このように、バッハにとっては、作曲法と演奏法とは相即不離の関係にあったのである。 本リサイタルで二夜にわたって演奏される《フランス組曲》と《イギリス組曲》は、このような“バッハ・メソッド”の比較的早い段階で課題となる作品である。

3月1日《フランス組曲》_c0050810_46365.jpg  《イギリス組曲》はヴァイマル時代後期には既に部分的に着手されていたとみられるが、《フランス組曲》はそれよりも数年遅れて、1720年代の前半に作曲されたようだ。1730年代にも改訂は続けられ、演奏のための“決定稿”を特定するのは文献学的に困難である。最新のバッハ全集(Neue Bach-Ausgabe, V/8)には二つの異なる版が収められているが、装飾音の取捨選択をはじめ、演奏者の創造的解釈が試される点は多い。「フランス」というタイトルはバッハの死後に冠されたものである。 最初のバッハの伝記(1802年出版)を著したことで知られるJ. N. フォルケルは、作品がフランス風の様式で書かれていることから《フランス組曲》という名前が定着したと書いているが、これは不正確だ。どちらかというとむしろ《イギリス組曲》の方が《フランス組曲》よりフランス風である。

  《パルティータ》を含むバッハの鍵盤組曲はすべて、アルマンド(ドイツ)・クーラント(イタリア)・サラバンド(スペイン)・ジーグ(イギリス)と、4つの国の舞曲を緩・急・緩・急の順で並べる配列を基礎としており、このような“バロック組曲”の形式を確立したのは、17世紀の南ドイツの作曲家、フローベルガーであるとされている。バッハの時代には、この枠組みにギャランテリィエン(Galanterien)と呼ばれる楽章を加えることが頻繁に行われ、《フランス組曲》の場合、サラバンドの後に最大で4楽章挿入されている。演奏時には組曲そのものの前に即興的な前奏曲(プレリュード)を置くことも慣習的に行われており、リュート音楽の場合にはここで奏者が調弦を確かめることもあった。《イギリス組曲》ではバッハ本人が各曲のために前奏曲を作曲しているが、《フランス組曲》にはそれがない。そこで、今回の演奏では、17世紀のフランスの作曲家の作品あるいはバッハ自身の前奏曲が各曲の前に置かれている。

3月1日《フランス組曲》_c0050810_471083.jpg  17世紀中盤のフランスでは、豊かな装飾音とアルペジオによって織られたリュートのための音楽を基礎とする、独特のチェンバロ(仏語では「クラヴサン」)音楽のイディオムが、シャンボニエールによって開拓された。“小節線の無い前奏曲(Prélude non mesuré)”という形式は、このフランス・クラヴサン楽派のスタイルを最大限活かすためにルイ・クープランが発案したもので、彼はダングルベールと共にシャンボニエールの弟子であった。18世紀に入るとこの伝統はルイ・クープランの甥、フランソワ・クープラン(“大クープラン”)によってさらに洗練されるが、クレランボーは彼の同時代人である。このようなフランス独自のクラヴサン書法と序曲付きのバロック組曲という形式を統合したのが、主にイギリスで活躍したデュパールによる《クラヴサンのための6つの組曲》で、バッハはこの作品の写譜を所持していたことがわかっており、特に《イギリス組曲》の構成にその影響が見受けられる。また、組曲第6番の前にはバッハ本人の《平均律クラヴィーア曲集》第1巻からホ長調の前奏曲(BWV854)が演奏されるが、この配置は前述のゲルバーの所持していた筆写譜に拠るもので、 最新のバッハ全集(Neue Bach-Ausgabe, V/8)でも採用されている演奏順である。

3月1日《フランス組曲》_c0050810_482480.jpg  1番(ニ短調)は、すべての楽章において比較的厳格な対位法を用いている点で、他の5曲のどれよりも《イギリス組曲》に近似している。アルマンドは即興的でフローベルガーを思わせるが、フランス風の付点のリズムも随所で効果的に使われている。クーラントでは最初に模倣によって掲示される短い動機が後半で反行(上下転回)するが、これは《イギリス組曲》におけるクーラントと同様である。サラバンドの冒頭のメロディは、後半の初め、異なる和音の下に左手によって呻吟するように反復される。ロンド的な構造で連なる2つのメヌエットの後に終曲のジーグが来る。複雑で細かい付点のリズムや装飾音が多用されている点ではフランス序曲風の厳かさが示唆されるが、その一方で自筆譜はアラ・ブラーヴェ(2/2拍子)で記譜されている。

  第1番に比して、第2番(ハ短調)はずっとギャラント的で、ゆったりと流れる8分音符のバスの上を優美にソプラノがひらめくアルマンドの空気感は《フランス組曲》全体の性格をよく示している。クーラントの終結部の手前、クライマックスのハ音まで上昇するパッセージはバッハが初期稿を改訂した際に新たに挿入されたものである。サラバンドは、《ゴルトベルク変奏曲》のそれを遠く喚起するような自由なアリア。4つ目の楽章は「エール(Air)」と冠されているが、この言葉はもともと「ふし」というほどの意味で、バッハは、特定の種類の舞曲として同定できないような組曲の楽章を一般にこの名前で呼んでいたようである。2つあるメヌエットのうち最初の方は、版によってスラーのつけられ方が異なり、演奏者の選択により性格が変わってくる。ジーグは一貫してフランス舞曲の一種であるカナリー(Canarie)に特徴的なスキップするような付点のリズムで構成されている。

3月1日《フランス組曲》_c0050810_495292.jpg  アウフタクトの一六分音符3つが導く冒頭の動機が巧妙に展開される第3番(ロ短調)のアルマンドはガラス細工のように繊細な音楽である。クーラントは6/4拍子。要所で挿入されるヘミオラのつくるリズムの揺らぎが心地よい。瞑想的なサラバンドに続くメヌエットのトリオは三声で書かれていて、第1番のメヌエットのように対位法的である。アングレーズはガヴォットのような素朴さを備えているが、後者のようにアップビートからの開始はしない。明るく輝くようなジーグに伝統的な舞曲のリズムはほとんど残っておらず、二声の二部形式のソナタ(この時代では独奏の器楽曲という程度の意味)とみて差し支えない。

  《フランス組曲》の後半3曲は長調である。第4番(変ホ長調)ではフローベルガーやダングルベールの影響は次第に影を潜め、より親しみやすいスタイルが試みられており、同時期に草稿が始められていたと考えられる《パルティータ》を予感させる部分も多くある。後の幾つかの前奏曲に見られるように、アルマンドのアルペジオはくつろいだ安定感をもって奏でられる。3/4拍子の上に1拍3連のリズムのメロディを基調とするクーラントはフランス的なものともイタリア的なものとも違っており、バッハの発明である。解決を切望するような上昇音型が右手と左手に交互に現れるサラバンドの後に置かれたガヴォットは温和であり、続くエールは軽やかに走る16分音符のパターンによってこれを変奏したかのようだ。ジーグは角笛の呼び声の音型を主題とするフーガで、明るく気品にあふれて曲を締めくくる。

3月1日《フランス組曲》_c0050810_4112312.jpg  第5番(ト長調)は、バッハのクラヴィーア曲の中でも最も優美な作品だ。アルマンドとクーラントではヴァイオリン的な流麗な音型が活用され、特にアルマンドの前半の最後で一時的にニ短調に翳る部分などは実に奥ゆかしい。クーラントは実質的には2声のインヴェンションで、冒頭に掲示される主題は後半の終わりで反行形であらわれる。サラバンドは一つ一つの音を吟味するような幽玄な歌で、バッハ本人の自筆譜に装飾が細かく指定されている珍しい例であり、チェンバロやクラヴィコードなどの楽器固有の音響特性や演奏技術の効果に極めて繊細な注意を払っていたバッハのこだわりが読み取れる。続くガヴォットとブーレははきはきとしたリズムで親しみやすく人気も高いが、これらの舞曲の伝統的な形式とは一線を画している。バッハがルールを組曲に取り入れたのは、ここを除けばホ長調の《無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ》(BWV1006;リュートのための編曲はBWV1006a)だけである。後から加筆されたとされる16分音符のパッセージには、冒頭の主題や終結部の和声などの典雅さを引き立たせる効果がある。終曲のジーグはアルペジオ的な主題が輝かしく展開するフーガで、チェンバロの異なる音域の性格を巧みに活かした書法の表現力が聴き所だ。

  《フランス組曲》を締めくくる第6番(ホ長調)は、時系列的にも最後に作曲されたものである。対位法的に密なテクスチャは引き続き制限され、高揚感のある瀟洒な雰囲気が全曲を貫いている。クラヴィコードで演奏してもおもしろいだろう。アルマンドでは、基礎となる音型の微妙な操作と、それが登場する音域による音色の変化の妙が楽しい。クーラントは伸びやかに駆け巡る単旋律的なメロディによって紡ぎだされる。続くサラバンドはバッハの他の同形式の作品と比べるとやや単純である。しかし、この楽章に関してはバッハの実際の演奏に基づくと見られる装飾が指示された写譜が2種類残っており、それぞれに効果的である。ガヴォットの主題は3度と6度で並行して進み、フレーズの最後に現れる16分音符+付点8分音符の音型が印象的だ。ポロネーズは演奏の容易な形式として18世紀を通じて好まれたが、バッハが鍵盤作品のために書いたポロネーズはこの1曲のみである。3拍子の2拍目にアクセントが付く点を除けば、この時代のポロネーズは19世紀のポロネーズとの関連性は薄く、音楽的にはメヌエットに近い。ブーレも快活だが、“小さなメヌエット(Petit Menuet)”を挟んで続く終曲ジーグはさらに明朗である。伝統的なフーガの書法を避けて、冒頭の主題はオクターヴ下で模倣される。ヴァイオリン的によどみなく流れる旋律によって、インヴェンションに見られるような形で左右の手が応答を交わす。なお、“小さなメヌエット”は初期の多くの写譜ではジーグの後に付されているが、ポロネーズの後に置かれてトリオ的に扱われることもある。これをジーグの前に持ってくることによって、一つの組曲を比較的長く、テンポの速い曲で結ぶというバッハの組曲における構造的均整を保つことができる。

Yuuki Ohta
Commented by at 2010-03-02 01:27
東京ではこのプログラム、開催されないんでしょうか?
芦屋だけみたいなのですっごく残念!
by ooi_piano | 2010-02-28 03:33 | コンサート情報 | Comments(1)

Blog | Hiroaki Ooi


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