Synthesising voices: Mozart’s clavier concertos nos. 15-18
1783年の終わりからの数年は、モーツァルトの人生において最も充実し、成功に満ちた時期だった。自身の定期公演でウィーンの聴衆に新作や即興演奏を披露する一方、貴族たちの主催する私的な演奏会でも彼の作品は好評を博し、鍵盤演奏の名人としての名声も確立された。委嘱も増え、作品の出版も次々と決まった。当代一流のフリーランス音楽家としての自負を固めたモーツァルトは、1784年の2月から、表紙に「Verzeichnüss aller meiner Werke(私の全作品カタログ)」と題したノートに自作の種類と日付、そして冒頭の数小節を記録することを始める(このノートは大英図書館に保管されている)。本公演で演奏されるのは、この年に作曲された6つのクラヴィア協奏曲のうちの4つである。
本シリーズの前公演で演奏されたK.413~415、そして449の4作品は、オーケストラでなく弦楽四重奏でも伴奏が可能であるとモーツァルト本人が記しており、その意味で室内楽的な性格であるといえる。これ以降のクラヴィア協奏曲では、しかし、独奏部にさらに技巧的に華麗な洗練が与えられるだけでなく、楽章の構成や器楽法もより交響的になっていく。ピアノ、弦楽器、そして管楽器が様々な関係を持ちながら有機的な全体を作りあげていくこれらの作品では、1782年に初演され、モーツァルトの生涯では最もポピュラなオペラとなった『後宮からの誘拐(Die Entführung aus dem Serail, K.384)』をはじめとする音楽劇作品で培われた、ドラマティックな音楽の息遣いと異なる音色の呼応を自在に操って統合する表現力が存分に発揮されている。
第15番変ロ長調(K.450)の第1楽章は管楽と弦楽の楽しげで気品ある対話で始まる。ピアノが登場する前の提示部では主調の変ロ長調が保たれるが、交響的で鮮やかな色使いのオーケストレーションによって退屈さを感じさせない。展開部は文字通りソロイストの独壇場で、主題を労作するというよりは、極めて単純な楽想から技巧的なパッセージが次々と自由に繰り出され、「ファンタジア風」という形容がよくあてはまる。再現部では弦楽の代わりにピアノが管楽との対話相手となり、主要な主題は登場した時とは異なる順番で再帰し、楽章に統一感を高めつつ自由な広がりを持たせる。
第2楽章は、敬虔で心が静まる聖歌のような主題が、細かい刺繍のようにきらびやかに飾られていくアンダンテの変奏曲。音楽学者アルフレート・アインシュタインはソナタ・ロンド形式のフィナーレを「狩のシーン」と一言で表しているが、冒頭にpで提示される主題は、燃えるような快活さの中にも優美な繊細さを秘めている。この主題が中間部で様々な楽器、声部でエコーされながら転調を繰り返して目まぐるしく展開する場面は、神秘的な森の深くへと翼を持つ白馬が駆けていくようだ。全曲を通して高い技量が要求される独奏パートからは鍵盤演奏の名人としてのモーツァルトの自信が感じられ、完全に独立した声部としての管楽器の豊かな扱い方は、気鋭の作曲家としてのモーツァルトのさらなる前進を示している。
K.450からたったの1週間後に完成した第16番ニ長調(K.451)の主題群は、個別にみると、明快であるが単純で、やや独創性に欠けるきらいがあるかもしれない。しかし、そのような「慣習的」な素材も、pとf、全音階と半音階、独奏ピアノとオーケストラといった対比が絶妙なバランス感覚で駆使された構成の中で展開し、全体としては威風堂々たる秩序が達成されており、これはベートーヴェンに至って絶頂を迎える古典的様式の一つの理想を体現するものとして重要である。
第1楽章は、第17番以下3つのクラヴィア協奏曲でも様々に開拓されるマーチのリズムで力強く幕を上げる。音階や和音の構成音を基にした主題はダイナミックだが、その下では保属音が確かに脈打っていて、情熱と節度が共存して音楽に威厳を与えている。展開部は短いが非常に自由で、鍵盤を駆け巡る右手のアルペジオが聴衆をまぶしく魅了する。官能的にたゆたいながら茶目な側面も垣間見せる主題が主役の第2楽章はシンプルなロンド。楽譜をみるとピアノが舌足らずに思われるような音数の少ない部分があるが、書かれているのは旋律の青写真であり、独奏者は適宜即興的に装飾を加え、カンタービレで歌い上げる。フィナーレではソナタ・ロンド形式の標準的な形に完璧に則って書かれており、この形式の統一された有機的構造を初めて獲得したのはベートーヴェンではなくモーツァルトであることが再確認できる。ロンド主題の最初の部分、三和音の構成音からなる動機が様々な声部にトスされながら転調を繰り返す展開部はジェットコースタのようにスリリングだ。
K.449と同じく鍵盤演奏の教え子、バーバラ・プロイヤーのために書かれた第17番ト長調(K.453)の性格を一言で表すのは難しい。親密だが気品にあふれ、牧歌的な素直さと都会的な洒脱が共存し、純粋な喜びや悲しみが表現されているが、それはつつましやかで決して大げさにならない。自信に満ちている一方、デリケートでしなやかな感性も感じさせる。うきうきするようなチャーミングさがあり、また優雅な平静をもたらすようでもある。このような複雑で美しい機微を凝縮したような第1楽章冒頭の主題はそよ風のようで、ヴァイオリンが通り過ぎるとそこに木管が小さな花を咲かす。独奏パートの技巧性はモーツァルトが自身のために書いた作品に比べてやや控え目だが、綿密にして大胆な調性操作によって構築される深みや立体感はモーツァルトの全作品の中でも突出している。例えば第1楽章の要所で登場するドミナントから半音上に進む偽終止的な進行は、楽章の内的均整を明らかにすると同時に、その部分に絶妙な浮遊感を与え、特に展開部の緊張度の高い転調の連続を準備、正当化する役割を果たす。
第2楽章の4つのセクションは音楽学者リチャード・タルースキンが「ほとんど文字通り一つの問い」と形容する5小節のモットーによって導入される。この未解決の楽想の最後でサスペンスを高めるフェルマータつきの休符は、楽章の形式的な区分を印すだけでなく、その後に続く異なる調の応答を劇的で厳しく、凛としたものにする。展開部に当たる部分の最後、嬰ハ短調にまでさまよった音楽を美しい詰め将棋のようにたった4小節で主調のハ長調に回帰させるパッセージ、またカデンツァの後でようやく訪れる、極めて巧妙かつ自然な「問い」の「解決」は、この独創的な作品の中でも圧巻だろう。モーツァルトの協奏曲で唯一変奏曲形式をとる第3楽章の主題は明朗、軽やかであり、モーツァルトはこれを当時飼っていたムクドリに覚えさせた(!)と手帳に記している。楽章のおよそ3分の1を占めるプレスト・フィナーレはオペラ・ブッファのスタイルで、神秘的な翳りを持って展開部の役割を果たす短調の第4変奏、軍隊風の勢いと華やかなカデンツァ風のパッセージが統合された第5変奏とともに作品全体をきびきびと引き締める。
1784年の冬から春にかけてのわずか3ヶ月間ほどで、モーツァルトはK.449、450、451、453の4つのクラヴィア協奏曲(第14~17番)に加え、父レオポルドへの手紙で自身の現時点での生涯最高傑作とした『ピアノと管楽のための五重奏曲(変ホ長調、K.452)』や、イタリア出身の女流ヴァイオリニスト、レジーナ・ストリナザッキとともに演奏するために作曲した『ヴァイオリンソナタ第40番(変ロ長調 K.454)』など、大規模で重要な作品を怒濤の勢いで完成させた。夏にはしかし、モーツァルトはかなり深刻な病気を患ってしまう。本公演を締めくくる第18番変ロ長調(K.456)は、病み上がりのモーツァルトが、その年の秋にパリで演奏ツアーをした盲目のピアニスト、マリア・テレジア・パラディスのために書いた作品である。オーケストラの規模こそ前作と同じものの、構想においても技巧においてもモーツァルトが自分で演奏するために書いた作品で聴けるような野心や光輝は影を潜め、代わりに女性的な柔らかな円(まど)かさが全曲を通して感じられる。
第1楽章冒頭、管弦楽の音色を豊かに使って奏される数々の主題はどれも余所行きのドレスを着た女の子のようにたおやかでやや遠慮がちである。第2主題こそ息の長い変ロ短調のパッセージによって緊張感を持って準備されるが、これ以外に特筆すべきドラマティックな仕掛けはなく、楽章全体としては物語というより、どの部分から観始めても愛らしい風景画のようだ。第2楽章はこれとは対照的で、哀惜のように悲痛な主題が5つの変奏とコーダを通して一つの悲劇を描き出す。嵐のように憤りが湧きあがる第3変奏の後、第4変奏のマジョーレでわずかに陽の光が射すものの、再び闇は事も無げに忍び寄る。同音連打と勢いよい跳躍が組み合わさった動機が幾つも登場するソナタ・ロンド形式のフィナーレでは、中盤のアインガング(即興的で短いカデンツァ)のすぐ後、ロ短調の猛々しい宣言からはじまる、6/8拍子と2/4拍子が交差しての悲嘆を含む短調の飛翔が特に聴き所だ。
Yuuki Ohta

本シリーズの前公演で演奏されたK.413~415、そして449の4作品は、オーケストラでなく弦楽四重奏でも伴奏が可能であるとモーツァルト本人が記しており、その意味で室内楽的な性格であるといえる。これ以降のクラヴィア協奏曲では、しかし、独奏部にさらに技巧的に華麗な洗練が与えられるだけでなく、楽章の構成や器楽法もより交響的になっていく。ピアノ、弦楽器、そして管楽器が様々な関係を持ちながら有機的な全体を作りあげていくこれらの作品では、1782年に初演され、モーツァルトの生涯では最もポピュラなオペラとなった『後宮からの誘拐(Die Entführung aus dem Serail, K.384)』をはじめとする音楽劇作品で培われた、ドラマティックな音楽の息遣いと異なる音色の呼応を自在に操って統合する表現力が存分に発揮されている。

第2楽章は、敬虔で心が静まる聖歌のような主題が、細かい刺繍のようにきらびやかに飾られていくアンダンテの変奏曲。音楽学者アルフレート・アインシュタインはソナタ・ロンド形式のフィナーレを「狩のシーン」と一言で表しているが、冒頭にpで提示される主題は、燃えるような快活さの中にも優美な繊細さを秘めている。この主題が中間部で様々な楽器、声部でエコーされながら転調を繰り返して目まぐるしく展開する場面は、神秘的な森の深くへと翼を持つ白馬が駆けていくようだ。全曲を通して高い技量が要求される独奏パートからは鍵盤演奏の名人としてのモーツァルトの自信が感じられ、完全に独立した声部としての管楽器の豊かな扱い方は、気鋭の作曲家としてのモーツァルトのさらなる前進を示している。

第1楽章は、第17番以下3つのクラヴィア協奏曲でも様々に開拓されるマーチのリズムで力強く幕を上げる。音階や和音の構成音を基にした主題はダイナミックだが、その下では保属音が確かに脈打っていて、情熱と節度が共存して音楽に威厳を与えている。展開部は短いが非常に自由で、鍵盤を駆け巡る右手のアルペジオが聴衆をまぶしく魅了する。官能的にたゆたいながら茶目な側面も垣間見せる主題が主役の第2楽章はシンプルなロンド。楽譜をみるとピアノが舌足らずに思われるような音数の少ない部分があるが、書かれているのは旋律の青写真であり、独奏者は適宜即興的に装飾を加え、カンタービレで歌い上げる。フィナーレではソナタ・ロンド形式の標準的な形に完璧に則って書かれており、この形式の統一された有機的構造を初めて獲得したのはベートーヴェンではなくモーツァルトであることが再確認できる。ロンド主題の最初の部分、三和音の構成音からなる動機が様々な声部にトスされながら転調を繰り返す展開部はジェットコースタのようにスリリングだ。

第2楽章の4つのセクションは音楽学者リチャード・タルースキンが「ほとんど文字通り一つの問い」と形容する5小節のモットーによって導入される。この未解決の楽想の最後でサスペンスを高めるフェルマータつきの休符は、楽章の形式的な区分を印すだけでなく、その後に続く異なる調の応答を劇的で厳しく、凛としたものにする。展開部に当たる部分の最後、嬰ハ短調にまでさまよった音楽を美しい詰め将棋のようにたった4小節で主調のハ長調に回帰させるパッセージ、またカデンツァの後でようやく訪れる、極めて巧妙かつ自然な「問い」の「解決」は、この独創的な作品の中でも圧巻だろう。モーツァルトの協奏曲で唯一変奏曲形式をとる第3楽章の主題は明朗、軽やかであり、モーツァルトはこれを当時飼っていたムクドリに覚えさせた(!)と手帳に記している。楽章のおよそ3分の1を占めるプレスト・フィナーレはオペラ・ブッファのスタイルで、神秘的な翳りを持って展開部の役割を果たす短調の第4変奏、軍隊風の勢いと華やかなカデンツァ風のパッセージが統合された第5変奏とともに作品全体をきびきびと引き締める。

第1楽章冒頭、管弦楽の音色を豊かに使って奏される数々の主題はどれも余所行きのドレスを着た女の子のようにたおやかでやや遠慮がちである。第2主題こそ息の長い変ロ短調のパッセージによって緊張感を持って準備されるが、これ以外に特筆すべきドラマティックな仕掛けはなく、楽章全体としては物語というより、どの部分から観始めても愛らしい風景画のようだ。第2楽章はこれとは対照的で、哀惜のように悲痛な主題が5つの変奏とコーダを通して一つの悲劇を描き出す。嵐のように憤りが湧きあがる第3変奏の後、第4変奏のマジョーレでわずかに陽の光が射すものの、再び闇は事も無げに忍び寄る。同音連打と勢いよい跳躍が組み合わさった動機が幾つも登場するソナタ・ロンド形式のフィナーレでは、中盤のアインガング(即興的で短いカデンツァ)のすぐ後、ロ短調の猛々しい宣言からはじまる、6/8拍子と2/4拍子が交差しての悲嘆を含む短調の飛翔が特に聴き所だ。
Yuuki Ohta