
チラシpdf http://twitpic.com/aognn8
2012年8月29日(水)20時開演 (19時半開場)
カフェ・モンタージュ[京都市中京区夷川通柳馬場北東角]
地下鉄「丸太町」夷川東出口より徒歩5分 http://www.cafe-montage.com/
¥2000(40席限定)
予約/お問い合わせ:tel 075-744-1070 montagekyoto[at]gmail.com
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《Wybrane Nokturny Chopina, i przy nim był Froberger.》
~ショパン夜想曲撰――フローベルガーもまたそこに~
大井浩明(ピアノ/Steinway)
◆J.J.フローベルガー:ローマ王フェルディナンド4世陛下の崩御を悼む哀歌
◇F.F.ショパン:3つのノクターンOp.9 (1831)
◆J.J.フローベルガー:憂鬱をやり過ごすためにロンドンで書かれた嘆き歌
◇F.F.ショパン:3つのノクターンOp.15 (1832)
◆J.J.フローベルガー:来たるべき我が死を弔う黙祷
◇F.F.ショパン:2つのノクターンOp.27 (1835)
◆J.J.フローベルガー:ブランシュロシュ君の墓前に捧げる誄詞
◇F.F.ショパン:2つのノクターンOp.48 (1841)
◆J.J.フローベルガー:神聖ローマ皇帝フェルディナント3世陛下の痛切なる死に寄せる追悼曲
◇F.F.ショパン:2つのノクターンOp.62 (1846)
[◇ポーランド・ナショナル・エディション最新版(2010年)使用]
※終演後にドリンク付きレセプションあり(無料)

【ヨハン・ヤコプ・フローベルガー】
1616年5月18日ドイツ・シュトゥットガルト生〜1667年5月7日フランス・モンベリャール没。ヴュルテンベルク宮廷楽長の息子として生れ、ウィーンにオルガニストとして赴任したのち、20代前半の数年間ローマでフレスコバルディに学ぶ。ウィーン・ブリュッセルを経て、パリでは若きルイ・クープランやリュート奏者のブランシュロシュ、シャンボニエールらと交友した。当時のイタリア音楽とフランス音楽の諸要素を絶妙に溶け合わせながらも、バッハからモーツァルト・ベートーヴェンに至る18世紀ドイツ音楽、ひいてはショパンさえ予告するような、情熱的な表現も魅力である。
《来たるべき我が死を弔う黙祷(瞑想)》(跋語/メメント・モリ・フローベルガー)は、 組曲第20番の冒頭・アルマンド楽章として書かれ、彼の同種の標題音楽に倣って、自由なリズムで演奏される。
《ブランシュロシュ君の墓前に捧げる誄詞》は、フローベルガーの親友であり、著名なリュート奏者であったシャルル・フルーリ(ブランシュロシュ卿)がパリの自宅で階段から転落して死去した際、その追悼曲として書かれた。シャルル(「C」harles)の頭文字Cの最低音から開始され、左手で弔鐘が打ち鳴らされる中、ブランシュロシュ(「B」lancheroche)をあらわすBの最高音の悲痛な詠嘆へ到達し、再び最低音Cへ崩れ落ちてゆく。
リュートを模したチェンバロ表現の可能性はルイ・クープランの「拍節のない前奏曲」等へ受け継がれ、また「トンボー(墓)」と題されるジャンルは、ルクレールのヴァイオリン・ソナタを経て、ラヴェル「クープランの墓」や、デュカス・ルーセル・バルトーク・ファリャ・サティ・ストラヴィンスキー等による「ドビュッシーの墓」、そしてブーレーズ「プリ・スロン・プリ」における「墓(ヴェルレーヌの)」へ至っている。

Hans Leinberger "Eram quod es, eris quod sum." (1520)