★10月4日 POC#11 ラッヘンマン+ホリガー公演 感想集 http://togetter.com/li/385150
【紹介番組】 ラヂオつくば 84.2MHz 「つくばタイムス・ドッピオ」
10/31(水) 24:00~24:30(=11/1(木) 午前0時~0時半)
ジョン・ケージ《ある風景の中で In a landscape》(1948)(ピアノ)、同《夢 Dream》(1948)(チェンバロ)の演奏のほか、11/3(土)シュトックハウゼン《自然の持続時間》公演、11/15(木)ケージ《易の音楽》公演についてのインタビューが放送されます。放送電波はつくば市内しか届きませんが、インターネットでのサイマル放送がエリア制限なくお聴きいただけます。(サイマル放送(Windowsパソコン)での聴き方)
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プリペアド・ピアノとは、ピアノの金属弦の間に、ボルトやナット、木、ゴムなどを挿入して、ガムラン・アンサンブルのような玄妙な音色を出す手法です。今年生誕100周年を迎えるアメリカの作曲家ジョン・ケージ(1912~1992)が、「バレエの伴奏を依頼されたが打楽器アンサンブルを雇う予算が無い」「舞台にピアノはある」「本番まで時間は無い」という条件下で、苦肉の策で発明しました。高価なドラムセットやターンテーブルを口真似で代用するボイス・パーカッション(ヒューマン・ビートボックス)と同様の貧者の発想ですが、瓢箪から駒で、一躍ジョン・ケージの名前をアメリカ国内はもとより、ヨーロッパでも広く知らしめました。もっとも、モーツァルト・ベートーヴェン時代の華奢なフォルテピアノにさえ、ダンパーに紙などを挟んで音色を変える機構が装備されていましたので、古式ゆかしい流儀とも言えます。
適切な手順を踏めば、楽器を傷付けることはありません。プリペアド・ピアノ作品の音符自体は、サティ程度の簡単なものですので、プリパレーション作業さえやってしまえば、初心者や子供でも気軽に楽しむ事が出来ます。かつては、R.バンガー著『ウェル・プリペアド・ピアノ』という入門書の邦訳が全音から出版されていましたが、残念ながら現在廃版で、古書でも手に入りにくいようです。
私のプリペアド・ピアノ初挑戦は、1989年ジョン・ケージが京都賞で来日した際、京大西部講堂でアメリカ実験音楽ばかり3日間演奏しまくった時です。野村誠氏と二人で藤島啓子女史のお宅へお邪魔し、具体的なやり方を色々とアドヴァイス頂きました。「Lace rubberはブラジャーの紐が使えるのよ」。《Two Pastorals》(1952)で使う珍妙なUボルトも見せてもらいました(確か弦に挟んで撥でゴーンと叩く)。そんな特殊な素材をわざわざ発注しないと弾けないなんて、と思いましたが、こないだ東急ハンズで普通に見かけました。当時、野村誠氏は重度のプリパレーションを要する《孤島の娘達 Daughters of the Lonesome Isle》(1945)を演奏し、かつそのプリパレーションに基づく自作も発表してましたので、決して専門家のみに許された秘儀ではなく、素人でも十分アプローチ可能な技法と言えます。
先だって《ソナタとインタリュード》(1948)を演奏した際、中川賢一・及川夕美の両氏にも裏技を幾つか御教示頂きました。それらも踏まえつつ、以下、大まかなガイドラインを説明します。(言うまでもありませんが、文責は私にあります。)

プリパレーションの一例として、「中央C音の3つの弦(左から右へI-II-III)とすると、ダンパーから14.5インチの地点のI-II弦間にボルトを、6.5インチの地点のI-II-III弦間にゴムを挟め」、と楽譜に指定してある場合。
まず、挟み方の大原則は、「ダンパーペダルを開放した(=右ペダルを踏み込んだ)状態で行う」、「マイナスドライバーやヘラ等で弦間を広げて挿入する」、の2点です。常時ダンパーペダルを開放するためには、小さな木片をペダルに差し挟んでおくと便利です。木片サイズは楽器によってまちまちなので、調律師の方に相談してみましょう。ペダルの前側だけではなく、後ろ側に挟む手もあります。特定の鍵盤のダンパーを下げておくには、鍵盤の根元にクサビ型に切った消しゴムを挟み込む、という手法もあります(《南のエチュード集》)。弦間を広げるのはマイナスドライバー(ねじ回し)で充分安全ですが、たとえば製菓用のプラスチックのヘラや、調律用の鹿革付き木製ヘラでも代用出来ます。ボルトなどが落下した際のために、長めのピンセットも常備しましょう。弦に直接触れてしまうのが気になる場合は、ヴァイオリニストが練習後に行うように、弦を布で拭くと良いでしょう(・・と書いたったわ)。
プリパレーション位置は、全てインチ単位(1インチ = 2.54 センチメートル)で指定されています。いちいち換算するのも面倒ですし、視覚的にも分かりにくいので、インチ定規が便利です。日本国内では販売が禁止されている、というのはデマで、amazonで普通に入手出来ますし、イケアに行けば無料で配布されているそうです。「inch measure」で画像検索すれば、プリントアウト用のインチ定規がネット上に存在します(縮尺注意)。
ただし、このインチ指定の取り扱いは、実は中々厄介です。ケージの指定はスタインウェイのベビコン(フルコンでは無い)を前提としたものですが、同じ型の楽器でもそれぞれに個性があり、また、金属バーや交差弦の位置が各々違うため、指定の位置にプリペアしにくいケースもまま見られます。位置のわずかなズレ、素材のちょっとした違いで、音色はまったく変わります。長時間弾いていてもボルトがズレずに安定する位置、という現実的な要請もあります。つづまるところ、その場その場で臨機応変に対応するしかありません。
ケージ自身、第一作の《バッカナール》(1940)では最高音を除いて「挟む位置は経験による」と書き、《アモレス》(1943)序文では「ネジのサイズは経験による」と書き、1951年の《プリペアド・ピアノ協奏曲》までの諸作では位置を仔細に指定していましたが、1954年に書かれた《34分46.776秒》と《31分57.9864秒》では、演奏しながら次々とプリパレーション位置の変更や素材の加減を要求するに至ります。この2大作ののち、ケージはもっぱら図形楽譜や文章での指示に移行し(不確定性の時代)、記譜作品に戻ってくるのは20年後(1970年代中盤)の事でした。なお、《アモレス》序文は、1頁余りの短さながら、ケージ自身が具体的なプリパレーションや音響を指定した、という点で、フレスコバルディ:トッカータ集序文に匹敵する重要参考文献です。
余談ながら、もしケージが現代の醜悪な交差弦のモダン・ピアノではなく、19世紀的な平行弦の楽器を所蔵していたなら、中央C以下の弦交差部も制限無く自在にプリペア出来、かつ音域毎に際立ちの良い音色である事を前提に、全く違った作風のプリペアド・ピアノ作品を書いたと思います。
「ちょうどいい感じのプリパレーション」の理想像は侃々諤々です。ノイズがメインではなく、「歌うような、ひとつのまとまった音(single note)」とケージは言っていたそうです。一説に謳われる、倍音偏重ではなく必ず基音が聴こえるべき、という論拠は見つかりませんでした。後年になればなるほど、ケージ自身はどんなプリパレーションも許容していました(例えばマーガレット・レン=タン)。プリパレーション(=音色の決定/オーケストレーション)は演奏解釈そのものですので、奏者自身で作業を行うのは当然の前提です。弦に異物を挿入している(=ミュートしている)ため、タッチとペダリングにはより繊細さが求められます。最終的な音色は、プリパレーション6割・タッチ4割くらいの比重で決まると思います。自分自身でプリパレーションすれば、譜面のペダル指定がいかに重要かも思い知る事でしょう。私自身は、1800年前後のイギリス式のオリジナルのフォルテピアノ(=タッチが不如意にばらばら)をイメージしながら弾きました。ケージの言葉、「ピアノあるいは『プリペアド・ピアノ』ではなく、何か別のものをイメージしながら弾け」(《アモレス》序文)。

ボルトについて。細長い円柱形がボルト(bolt)で、先が細く捩じ切られているのがネジ(screw)です。ピアノの弦の隙間はおおよそ3mmですので、直径は3mm~5mm、長過ぎると響板へ触れますので長さは2cm~4cmのものが標準となります。高音部では直径3mmで短めのもの、中央~低音部では直径4mm~5mmで長目のもの、同じ弦でも手前より奥のほうが太めのものが良いでしょう。直径が大きすぎるとダンピング(消音)に支障が発生します。金具屋では、それぞれのサイズのものが12本入り100円程度で分売されていますので、まずは数種類買ってみて、色々試してみましょう。予算が3000円あれば、買い物は一度で済みます。「なんべん金物屋に行ったか分からないわ~」、などという専門家のコメントに牽制されてはいけません。ケージが「中くらい(medium)のボルト」「長い(long)ボルト」と指定している場合、直径の大小よりも長さ(=重さ)による音色の違いを意図しているようです(残響が長い)。
ゴム素材のお勧めは、ジャム瓶のゴムパッキンです(写真は、短くカットしたものを折り曲げて挿入しているところ)。消しゴム、版画用ゴムも使えます。東急ハンズ等の「ゴム担当」の方に訊いてみると、色々可能性を教えて下さいます。「プラスチック」は、下敷きを細長くカットし、小さく折り曲げて揉みほぐし、弦と弦の間に編み込むように挿入。あるいはタッパーのフタ。「木」「竹」は箸が便利です。または木製洗濯バサミ。1セント硬貨は1円玉で代用。Weatherstrip(窓の隙間ふさぎ)は、ピアノ用の赤いフェルトで代用。当時から誤解を招いたのか、ケージ自身「fibrous material(繊維素材)である」と何度か注記してます。調律師さんにお願いするか、手芸屋へ。弦間よりも太目のものを。ミスタッチ防止用の「安全ミュート」としても使えます。圧倒的に便利なのは練り消しゴムで、最低音域の一本弦や、素早い着脱に打って付けです。
ケージ自身は、ボルト・ネジのサイズ等々は譜面に一度も具体的に記すことはありませんでした。繰り返しになりますが、素材選択、プリパレーション位置調整は、演奏解釈の一部に他なりません。「ピアノのプリパレーション素材は、海岸を歩きながら貝殻を拾うように選り集められた」(ジョン・ケージ)。昔のLP写真も、イコノグラフィー程度に参照出来るでしょう。
なお、ケージ自身が《ソナタとインタリュード》を再演する際、主催者側には、「プリパレーション作業に少なくとも三時間かかり、演奏前の練習に2~3時間が必要」、と伝えていたようです。
※日本国内の演奏会場における内部奏法に関してのツイート集はこちら
※プリパレーション材料についての追加ツイート集はこちら
※コンサートホール所蔵の楽器管理は過敏な一方、教育現場の楽器管理は悲惨なほど放置されている件(仲道郁代氏サイト、2012年10月23日記事)

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◇◆ ジョン・ケージ生誕100周年記念
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2012年11月15日(木)19時開演 代々木上原・けやきホール
●J.ケージ(1912-1992):プリペアド・ピアノのための《34分46.776秒》(1954)、易の音楽(1951) (全4巻、通奏東京初演)
(2012年6月 ケージ《ソナタとインタリュード》+《易の音楽》 感想集)
2013年1月26日(土) 17時開演 代々木上原・けやきホール
●J.ケージ(1912-1992):南のエテュード集(1974-75) (全32曲/全4集、通奏日本初演)(約3時間30分)
(2012年7月 ケージ「南のエチュード第1巻&第2巻」+フェルドマン「バニタ・マーカスのために」感想集)
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【紹介番組】 ラヂオつくば 84.2MHz 「つくばタイムス・ドッピオ」
10/31(水) 24:00~24:30(=11/1(木) 午前0時~0時半)
ジョン・ケージ《ある風景の中で In a landscape》(1948)(ピアノ)、同《夢 Dream》(1948)(チェンバロ)の演奏のほか、11/3(土)シュトックハウゼン《自然の持続時間》公演、11/15(木)ケージ《易の音楽》公演についてのインタビューが放送されます。放送電波はつくば市内しか届きませんが、インターネットでのサイマル放送がエリア制限なくお聴きいただけます。(サイマル放送(Windowsパソコン)での聴き方)
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プリペアド・ピアノとは、ピアノの金属弦の間に、ボルトやナット、木、ゴムなどを挿入して、ガムラン・アンサンブルのような玄妙な音色を出す手法です。今年生誕100周年を迎えるアメリカの作曲家ジョン・ケージ(1912~1992)が、「バレエの伴奏を依頼されたが打楽器アンサンブルを雇う予算が無い」「舞台にピアノはある」「本番まで時間は無い」という条件下で、苦肉の策で発明しました。高価なドラムセットやターンテーブルを口真似で代用するボイス・パーカッション(ヒューマン・ビートボックス)と同様の貧者の発想ですが、瓢箪から駒で、一躍ジョン・ケージの名前をアメリカ国内はもとより、ヨーロッパでも広く知らしめました。もっとも、モーツァルト・ベートーヴェン時代の華奢なフォルテピアノにさえ、ダンパーに紙などを挟んで音色を変える機構が装備されていましたので、古式ゆかしい流儀とも言えます。
適切な手順を踏めば、楽器を傷付けることはありません。プリペアド・ピアノ作品の音符自体は、サティ程度の簡単なものですので、プリパレーション作業さえやってしまえば、初心者や子供でも気軽に楽しむ事が出来ます。かつては、R.バンガー著『ウェル・プリペアド・ピアノ』という入門書の邦訳が全音から出版されていましたが、残念ながら現在廃版で、古書でも手に入りにくいようです。
私のプリペアド・ピアノ初挑戦は、1989年ジョン・ケージが京都賞で来日した際、京大西部講堂でアメリカ実験音楽ばかり3日間演奏しまくった時です。野村誠氏と二人で藤島啓子女史のお宅へお邪魔し、具体的なやり方を色々とアドヴァイス頂きました。「Lace rubberはブラジャーの紐が使えるのよ」。《Two Pastorals》(1952)で使う珍妙なUボルトも見せてもらいました(確か弦に挟んで撥でゴーンと叩く)。そんな特殊な素材をわざわざ発注しないと弾けないなんて、と思いましたが、こないだ東急ハンズで普通に見かけました。当時、野村誠氏は重度のプリパレーションを要する《孤島の娘達 Daughters of the Lonesome Isle》(1945)を演奏し、かつそのプリパレーションに基づく自作も発表してましたので、決して専門家のみに許された秘儀ではなく、素人でも十分アプローチ可能な技法と言えます。
先だって《ソナタとインタリュード》(1948)を演奏した際、中川賢一・及川夕美の両氏にも裏技を幾つか御教示頂きました。それらも踏まえつつ、以下、大まかなガイドラインを説明します。(言うまでもありませんが、文責は私にあります。)

プリパレーションの一例として、「中央C音の3つの弦(左から右へI-II-III)とすると、ダンパーから14.5インチの地点のI-II弦間にボルトを、6.5インチの地点のI-II-III弦間にゴムを挟め」、と楽譜に指定してある場合。
まず、挟み方の大原則は、「ダンパーペダルを開放した(=右ペダルを踏み込んだ)状態で行う」、「マイナスドライバーやヘラ等で弦間を広げて挿入する」、の2点です。常時ダンパーペダルを開放するためには、小さな木片をペダルに差し挟んでおくと便利です。木片サイズは楽器によってまちまちなので、調律師の方に相談してみましょう。ペダルの前側だけではなく、後ろ側に挟む手もあります。特定の鍵盤のダンパーを下げておくには、鍵盤の根元にクサビ型に切った消しゴムを挟み込む、という手法もあります(《南のエチュード集》)。弦間を広げるのはマイナスドライバー(ねじ回し)で充分安全ですが、たとえば製菓用のプラスチックのヘラや、調律用の鹿革付き木製ヘラでも代用出来ます。ボルトなどが落下した際のために、長めのピンセットも常備しましょう。弦に直接触れてしまうのが気になる場合は、ヴァイオリニストが練習後に行うように、弦を布で拭くと良いでしょう(・・と書いたったわ)。
プリパレーション位置は、全てインチ単位(1インチ = 2.54 センチメートル)で指定されています。いちいち換算するのも面倒ですし、視覚的にも分かりにくいので、インチ定規が便利です。日本国内では販売が禁止されている、というのはデマで、amazonで普通に入手出来ますし、イケアに行けば無料で配布されているそうです。「inch measure」で画像検索すれば、プリントアウト用のインチ定規がネット上に存在します(縮尺注意)。
ただし、このインチ指定の取り扱いは、実は中々厄介です。ケージの指定はスタインウェイのベビコン(フルコンでは無い)を前提としたものですが、同じ型の楽器でもそれぞれに個性があり、また、金属バーや交差弦の位置が各々違うため、指定の位置にプリペアしにくいケースもまま見られます。位置のわずかなズレ、素材のちょっとした違いで、音色はまったく変わります。長時間弾いていてもボルトがズレずに安定する位置、という現実的な要請もあります。つづまるところ、その場その場で臨機応変に対応するしかありません。
ケージ自身、第一作の《バッカナール》(1940)では最高音を除いて「挟む位置は経験による」と書き、《アモレス》(1943)序文では「ネジのサイズは経験による」と書き、1951年の《プリペアド・ピアノ協奏曲》までの諸作では位置を仔細に指定していましたが、1954年に書かれた《34分46.776秒》と《31分57.9864秒》では、演奏しながら次々とプリパレーション位置の変更や素材の加減を要求するに至ります。この2大作ののち、ケージはもっぱら図形楽譜や文章での指示に移行し(不確定性の時代)、記譜作品に戻ってくるのは20年後(1970年代中盤)の事でした。なお、《アモレス》序文は、1頁余りの短さながら、ケージ自身が具体的なプリパレーションや音響を指定した、という点で、フレスコバルディ:トッカータ集序文に匹敵する重要参考文献です。
余談ながら、もしケージが現代の醜悪な交差弦のモダン・ピアノではなく、19世紀的な平行弦の楽器を所蔵していたなら、中央C以下の弦交差部も制限無く自在にプリペア出来、かつ音域毎に際立ちの良い音色である事を前提に、全く違った作風のプリペアド・ピアノ作品を書いたと思います。
「ちょうどいい感じのプリパレーション」の理想像は侃々諤々です。ノイズがメインではなく、「歌うような、ひとつのまとまった音(single note)」とケージは言っていたそうです。一説に謳われる、倍音偏重ではなく必ず基音が聴こえるべき、という論拠は見つかりませんでした。後年になればなるほど、ケージ自身はどんなプリパレーションも許容していました(例えばマーガレット・レン=タン)。プリパレーション(=音色の決定/オーケストレーション)は演奏解釈そのものですので、奏者自身で作業を行うのは当然の前提です。弦に異物を挿入している(=ミュートしている)ため、タッチとペダリングにはより繊細さが求められます。最終的な音色は、プリパレーション6割・タッチ4割くらいの比重で決まると思います。自分自身でプリパレーションすれば、譜面のペダル指定がいかに重要かも思い知る事でしょう。私自身は、1800年前後のイギリス式のオリジナルのフォルテピアノ(=タッチが不如意にばらばら)をイメージしながら弾きました。ケージの言葉、「ピアノあるいは『プリペアド・ピアノ』ではなく、何か別のものをイメージしながら弾け」(《アモレス》序文)。

ボルトについて。細長い円柱形がボルト(bolt)で、先が細く捩じ切られているのがネジ(screw)です。ピアノの弦の隙間はおおよそ3mmですので、直径は3mm~5mm、長過ぎると響板へ触れますので長さは2cm~4cmのものが標準となります。高音部では直径3mmで短めのもの、中央~低音部では直径4mm~5mmで長目のもの、同じ弦でも手前より奥のほうが太めのものが良いでしょう。直径が大きすぎるとダンピング(消音)に支障が発生します。金具屋では、それぞれのサイズのものが12本入り100円程度で分売されていますので、まずは数種類買ってみて、色々試してみましょう。予算が3000円あれば、買い物は一度で済みます。「なんべん金物屋に行ったか分からないわ~」、などという専門家のコメントに牽制されてはいけません。ケージが「中くらい(medium)のボルト」「長い(long)ボルト」と指定している場合、直径の大小よりも長さ(=重さ)による音色の違いを意図しているようです(残響が長い)。
ゴム素材のお勧めは、ジャム瓶のゴムパッキンです(写真は、短くカットしたものを折り曲げて挿入しているところ)。消しゴム、版画用ゴムも使えます。東急ハンズ等の「ゴム担当」の方に訊いてみると、色々可能性を教えて下さいます。「プラスチック」は、下敷きを細長くカットし、小さく折り曲げて揉みほぐし、弦と弦の間に編み込むように挿入。あるいはタッパーのフタ。「木」「竹」は箸が便利です。または木製洗濯バサミ。1セント硬貨は1円玉で代用。Weatherstrip(窓の隙間ふさぎ)は、ピアノ用の赤いフェルトで代用。当時から誤解を招いたのか、ケージ自身「fibrous material(繊維素材)である」と何度か注記してます。調律師さんにお願いするか、手芸屋へ。弦間よりも太目のものを。ミスタッチ防止用の「安全ミュート」としても使えます。圧倒的に便利なのは練り消しゴムで、最低音域の一本弦や、素早い着脱に打って付けです。
ケージ自身は、ボルト・ネジのサイズ等々は譜面に一度も具体的に記すことはありませんでした。繰り返しになりますが、素材選択、プリパレーション位置調整は、演奏解釈の一部に他なりません。「ピアノのプリパレーション素材は、海岸を歩きながら貝殻を拾うように選り集められた」(ジョン・ケージ)。昔のLP写真も、イコノグラフィー程度に参照出来るでしょう。
なお、ケージ自身が《ソナタとインタリュード》を再演する際、主催者側には、「プリパレーション作業に少なくとも三時間かかり、演奏前の練習に2~3時間が必要」、と伝えていたようです。
※日本国内の演奏会場における内部奏法に関してのツイート集はこちら
※プリパレーション材料についての追加ツイート集はこちら
※コンサートホール所蔵の楽器管理は過敏な一方、教育現場の楽器管理は悲惨なほど放置されている件(仲道郁代氏サイト、2012年10月23日記事)
