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2/23(土)権代敦彦・自選ピアノ代表作集+川島素晴《マルシュ・リュネール》他

Portraits of Composers [POC] 第41回公演
権代敦彦・自選ピアノ代表作集
大井浩明(ピアノ)

2019年2月23日(土)18時開演(17時半開場)
松涛サロン(東京都渋谷区松濤1-26-4) Google Map
JR渋谷駅徒歩8分、井の頭線神泉駅徒歩3分

3000円(全自由席)
【予約・お問い合わせ】 エッセ・イオ essai-Ïo poc2018@yahoo.co.jp


○R.シュトラウス(1864-1949)/川島素晴編:歌劇「サロメ」より《七つのヴェールの踊り》(1905/2019、委嘱初演) 10分
●権代敦彦(1965- ):《十字架の道/光への道 op.48》(1999) 15分
□川島素晴(1972- ):《複数弦によるホケット》(2019、委嘱初演) 3分
●権代敦彦:《青の刻 op.97》(2005) 13分
□川島素晴:《手移り》(2019、委嘱初演) 4分
●権代敦彦:《耀く灰 op.111》(2008) 13分

 (休憩15分)

□川島素晴:《ジャンプ》(2019、委嘱初演) 2分
●権代敦彦:《無常の鐘 op.121》(2009) 7分
□川島素晴:《ポリル》(2019、委嘱初演) 3分
●権代敦彦:《カイロス―その時 op.128》(2011) 11分
□川島素晴:《マルシュ・リュネール》(2019、委嘱初演) 4分
●権代敦彦:《時の暗礁 op.146》(2015) 13分



権代敦彦 Atsuhiko Gondai, composer
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  1965年9月6日東京都生まれ。少年期にメシアンとバッハの音楽の強い影響のもとに作曲を始める。また、この頃欧米のキリスト教文化に触れ、高校卒業後にカトリックの洗礼を受ける。桐朋学園大学音楽学部作曲科を経て、90年同大学研究科修了後、DAAD奨学生として、フライブルク音楽大学現代音楽研究所に留学。91年よりIRCAMでコンピュータ音楽を研究。94年よりイタリア・カステロ市の芸術奨学金を得て同地にて研修。作曲を末吉保雄、K.フーバー、S.シャリーノに、コンピュータ音楽をP.マヌリに、オルガンをZ.サットマリーに師事。95年~99年渋谷ジァン・ジァンにおいて原田敬子と「東京20世紀末音楽集団演奏シリーズ/→2001」を、97年~99年横浜県立音楽堂において「権代敦彦シリーズ・21世紀への音楽」を制作。カトリック教会のオルガニスト、桐朋学園大学作曲科非常勤講師(95年~)もつとめている。日本音楽コンクール作曲部門第1位(1987)、V.ブッキ国際作曲コンクール第1位(1991)、セロツキ記念国際作曲家コンペティション第2位(1992)、バーロウ基金作曲賞(1993)、芥川作曲賞(1996)、出光音楽賞(1996)、中島健蔵音楽賞(1999)、芸術選奨文部科学大臣新人賞(2002)、尾高賞(2016)等。近作に、大教大附池田小無差別殺傷事件を鎮魂するメゾソプラノと管弦楽のための《子守歌》(2005)、東日本大震災を追悼する5奏者のための《クロノス ―時の裂け目―》(2011)/ピアノのための《カイロス―その時》(2011)/ピアノのための《指の呪文 Op.135》(2013)/児童合唱とオルガンのための《iki・iki》(2017)、セウォル号沈没事故を追悼するヴィブラフォン協奏曲《セウォル~海から》(2018)等。




川島素晴 Motoharu Kawashima, composer
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  1972年東京生れ。東京芸術大学および同大学院修了。1992年秋吉台国際作曲賞、1996年ダルムシュタット・クラーニヒシュタイン音楽賞、1997年芥川作曲賞、2009年中島健蔵音楽賞、2017年一柳慧コンテンポラリー賞等を受賞。1999年ハノーファービエンナーレ、2006年ニューヨーク「Music From Japan」等、作品は国内外で演奏されている。1994年以来「そもそも音楽とは『音』の連接である前に『演奏行為』の連接である」との観点から「演じる音楽(Action Music)」を基本コンセプトとして作曲活動を展開。自作の演奏を中心に、指揮やパフォーマンス等の演奏活動も行う。いずみシンフォニエッタ大阪プログラムアドバイザー等、現代音楽の企画・解説に数多く携わり、2016年9月にはテレビ朝日「タモリ倶楽部」の現代音楽特集にて解説者として登壇、タモリとシュネーベル作品で共演した。また執筆活動も多く、自作論、現代音楽、新ウィーン楽派、トリスタン和音等、多岐にわたる論考のほか、曲目解説、コラム、エッセイ等も多数発表している。日本作曲家協議会副会長。国立音楽大学准教授、東京音楽大学および尚美学園大学講師。






「アカデミズム」の終焉――川島素晴

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 日本の作曲界に於いて「アカデミズム」という語を字義通り解釈するなら、大学での教育(その大半は師匠が弟子に継承していくものとしてある)を通じて形成される音楽書法の伝統、といった意味合いになるだろうか。少なくとも、1980年代末に大学受験を控えていた頃の私にとってはそのような認識であり、入学前から「いかにして自分自身の表現、全く新しい音楽様式を形成するか」という理想を追い求めていた私としては、それは鬱陶しく、忌み嫌うべき対象だった。そしてその想いは、1991年に実際に東京藝術大学に入ってみてもさほど変わらなかった。
 当時の東京藝術大学作曲科は3つの講座に分かれていて、入学後のカリキュラムも微妙に異なっていた。主としてフランス仕込みの先生方(あるいはそういった先生の直弟子筋)が担当していた第1講座では、入学してからも和声、対位法、フーガ等の勉強を継続し、それらの試験も課せられていた。受験勉強で強いられるエクリチュールの修練に必要悪以上の意味を見出していなかった自分としては、そういう学習を乗り越えてせっかく大学に入ったにも関わらず、そのようなエクリチュールの学習から逃れられない第1講座になど死んでも入るものか、と心に決めて入学した。その点、第2講座、第3講座にはどちらもそのような習慣は無かったが、松村禎三等が所属していた第3講座では、古式ゆかしい日本の現代音楽が放つ抹香臭さを浴び続け、それを是と思い込むための洗脳を受けねばならないことに辟易することは明白で、もちろん敬遠させて頂いた。
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 かくして、外野からは、最も自由度が高く、在学生や卒業生も先進的な人物を多数輩出しているように見えた(実際には佐藤眞らによる放任主義の賜物なわけだが…)第2講座を希望した。(というよりは、担当教員の希望欄には講座名ではなく教員名を書くので、実のところ近藤譲、松下功という名前を記しただけである。)その結果、入学当初は松下功に師事することとなる。その後、途中で(当時は非常勤だった松下功が担当できる学生数に限りがあったため)近藤譲に移ることとなるのだが、そういった経緯の中、第2講座のはずが、教員ごと第3講座に飛ばされたり、また戻ったりということがあった。松下功、近藤譲はともに南弘明の弟子筋である。電子音楽を主たる領域として活動していた南弘明にしてみれば、そもそも第2も第3もない。そしてもちろん、松下功や近藤譲のような人だって、そういったカテゴライズの外側にいたわけだ。ようは大学の数合わせの都合で時折第3講座の一員となったわけだが、その頃には最早(というよりは当初から)、講座の概念などどうでもいいと思うに至っていた。むしろ、そうやって流浪の民として講座を横断するくらいが健全である。そういえば、第3講座で義務付けられていた定期的な試演会に参加して《孤島のヴァイオリン》という、ヴァイオリンを孤島に漂着したオブジェと見立て打楽器として演奏する作品の自作自演を行ったことがあったが、試演会の後にはお歴々勢揃いの批評会というのがあって、そこで松村禎三と議論したことも、今となっては良い思い出である。
 その後、衰退の一途を辿った第3講座に、従来なら第1講座の先生であるはずの人物が入り込む。つまり第3講座は、事実上の吸収合併が進むのである。そして遂には、全ての教員がフランス仕込み、即ちかつての第1講座系の教員になってしまった。その、まるでどこぞの国の政界再編のような顛末は卒業後のことなので、私としては他人事ではあったが、しかし、東京藝大作曲科が「アカデミズム」を脱するどころか、最もアカデミックな系統の牙城として長らく定着している現状を全く憂えないと言えば嘘になる。もちろん、私が学生時代だった1990年代とは「アカデミズム」の範囲は著しく異なっている。かつてのようにエクリチュール修練の延長で20世紀前半の書法までがキャパシティだった時代からは格段の進歩である。野平一郎をはじめとする最先端のフランス音楽を識る人物が、ヨーロッパ前衛の書法を余すことなく施すようになってはいるのだろう。しかしその一本道のみを是とする画一的な教育システムには、空恐ろしい想いを禁じざるを得ない。かつては同じ作曲科学生にも様々な個性が集った。今は、そういう機能を音楽環境創造科等の新しい学科が担っているともいえるが、作曲を専門に学ぶ意識で集う学生に向けた環境やカリキュラムにも、多様性は不可欠なのではあるまいか。

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 …等とのたまう私自身も、いつの間にやら教員の側に立ち、「アカデミズム」の端くれを担うようになってしまった。私が現在所属している国立音楽大学は、昔は長らく「全員が」入学後2年間、エクリチュール「しか」勉強しないカリキュラムになっていた。福士則夫が主任となって以後、その悪しき伝統は改善され、現在では全学年で作曲作品の提出とその実演審査が実行されている。オリジナル作品を次々書かせる方向は、その後を継承した私が更にドラスティックに改革し、現在のカリキュラムは、とにかく書いて音にするということを徹底するものになった。それも、様々なジャンル、編成を4年間で一通り経験できるようになっている。実験音楽を含む現代音楽の様々な側面を学ぶのみならず演奏実践も経験する。毎年たくさんの講師を招いて最先端の創作、演奏実践を学べる。一方で映画音楽方面、エクリチュール方面の各スペシャリストを志向する向きにも手厚いカリキュラムが組まれ、多様な指向性にも対応している。そう、これぞ作曲科のあるべき姿!というべき理想像を体現しつつあるのだ。

 …と、ここまで書いて気付く。これぞまさしく「アカデミズム」じゃないか。

 ここで、POCシリーズ第39回公演「日本アカデミズムの帰趨」に寄せられた野々村禎彦が寄稿した『POC流・日本「アカデミズム」小史』の一部を振り返ろう。

アカデミズムの対象は徐々に広がってゆくもので、(中略)前衛志向が強いと見做されてきた八村義夫(1938-85)、甲斐説宗(1938-78)、川島素晴(1972-)らも、そろそろアカデミズムに分類されても良い時期かもしれない。(中略)教職に就くことが作曲家には普通になっており、それだけではアカデミズムの要件にはならない。自らの作風ないし美学を受け継いだ弟子が楽壇で評価されるサイクルの当事者のみが、アカデミズムと呼ぶにふさわしい。(中略)川島は「演じる音楽」のコンセプトを真摯に受け止めて、極端なコンセプトの重要性を理解する弟子を育てつつあることで、アカデミズムの要件を満たす。

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 どうやら私は、自分自身が忌み嫌っていた「アカデミズム」の中の人に成り下がってしまったわけだ。例えば、野々村の指摘する「極端なコンセプトの重要性」というのも、それを創作上の必須要件などと諭しているようでは「旧世代のアカデミスト」なのかもしれないから気をつけねば…。
 このように、中の人になってみて痛感するのは、より良くしようともがけばもがくほど、強固なアカデミズムが構築されてしまうということである。それが完璧であればあるほど、危険でもある。ここで強調しておきたいことは、私は、学生各人の示す多様な方向性を、その方向を延ばすことにのみ専心するのであり、画一的な美学や教育システムを押し付けることだけはしないようにしているつもりである。そのような教育姿勢は、アカデミーに於けるカリキュラムの充実とは異なる地平の問題である。野々村の指摘は、野々村の目に映じる人物のみがたまたまそう見えているだけなのではないかと思う。クセナキスにとってのメシアンが、「アカデミズム」の軸を通して連なる存在ではないのと同様、私は私の「アカデミズム」を継承させたいと考えたことは無い。(例えば、私と同じ考えに基づく「演じる音楽」を実践したがる学生がいれば、それはむしろ止めに入るであろう。)

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 話は変わるが、ここ最近の教員経験で気付かされたことがある。アメリカからの留学生やタイからの留学生を担当していると、伝統的な音感からみたら特殊と思える音感を共有している現象が見られるのである。そしてそれは、比較的エクリチュールの修練の浅い(あるいはそれと実作とを完全に切り離すタイプの)日本人学生にも共通していることがある。
 例えば、フレーズの終止部分にやたらと完全4度が置かれる、といった、いわゆる伝統的な和声教育を受けると生理的レヴェルで忌避するように刷り込まれた運びを、全く厭わない音感である。そこで気付いたのは、古いゲーム機を通じて経験されるゲーム音楽の特性への親和性である。12平均律によるシンプルな電子音で、少ない声部数でできた音楽では、長3度を奏でると第5倍音との微妙な音程の差に由来する「うなり」が生じてしまうため、生理的にそういった音程を終止に置きたがらない傾向がある。楽音によって生じるうなりは心地良い範囲なのだが、電子音同士によるうなりは耳障りが悪い。一方、完全5度は調和し過ぎてしまい、声部の隠蔽が著しい。すると必然的に、終止部分には完全4度を選ぶことが多くなる。伝統的な音楽教育を受けた「アカデミック」な者であれば、どうしてもその先入観から、そのような終止は避けようとする。しかし、音楽教育と無縁な者でも参入できたゲーム音楽の世界では、自らの聴感覚に従って選んだ自由な音運びが行われ、伝統的な耳では忌避したくなる音程の運びが自然に行われるようになる。そのようなゲームが世界的にヒットすれば、それは世界中の若者の耳に感覚的に定着する。ゲーム機の再生音源が進化し、オーケストラサウンド等が自在に再生されるようになった現在でも、その感覚だけは継承され、その方向で発展していった部分もある。そのような方向で形成された音感覚を持ってしまった人口は、クラシック音楽の聴取経験によって育まれる音感覚がベースである人口の比ではないであろう。そしてそのような新しく定着してしまった音感覚を、我々はどういう権限で否定でき得るであろうか。
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 このような傾向を見るだに、作曲媒体が異なることによって生じた、新しい音楽理論体系が世界レヴェルで生じてしまったことを認めざるを得ない。圧倒的な数の力の前には、伝統教育は屈するしかないし、そもそも、その音響特性を鑑みるなら、ゲーム音楽としては、そのような音感こそを是と言うべきである。
 今、欧米やアジア諸国の多くの音楽大学では、日本の作曲学生が学ぶような伝統的な和声教育を課していない。であるから、先に示した留学生たちの音感覚は、クラシック音楽の伝統によって育まれたそれではない、全く別の感性の延長にあり、そしてそれが伝統教育によって矯正されることなく自然に育まれたものなのであろう。である以上、それを矯正してまでして、ガラパゴス化した日本的和声教育を施す意味など皆無である。それどころか、今我々は、このような世界の現実を直視し、各世代、個人が経験したそれぞれの世界に偏在する音から導かれる感覚を前提とした、それぞれなりの音楽理論体系を導くことをこそ求められている。国籍すらボーダーレスな時代、各人の生きた環境、ライフスタイル等により、それは全く異なっていくであろう。画一的なメソッド(=アカデミズム)など、存在し得る道理が無いのである。
 つまるところ、私が今、「アカデミズム」の中の人として言い得ることは、こうである。
 画一的「アカデミズム」の終焉こそ、アカデミーが導くべき至上命題なのである。

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by ooi_piano | 2019-01-28 10:52 | POC2018 | Comments(0)

Blog | Hiroaki Ooi


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