
京都文化博物館 別館ホール
(旧日本銀行京都支店、明治39年竣工/重要文化財)
2008年4月30日(水) 18時30分開演
使用楽器: ヨハン・アンドレアス・シュタイン (補修/調律: 山本宣夫)A=421Hz, Werckmeister III
《演奏曲目》
■ソナタ第5番ハ短調Op.10-1(1795/97)[全3楽章]
Allegro molto e con brio - Adagio molto - Finale: Prestissimo
■ソナタ第6番ヘ長調Op.10-2(1797)[全3楽章]
Allegro - Allegretto - Presto
■川上統:フォルテピアノ独奏のための《閻魔斑猫》(2008、委嘱新作初演)
Osamu KAWAKAMI : “Manticora” for Hammerfluegel (2008, commissioned work, world premiere)
【休憩】 (約10分)
■ソナタ第7番ニ長調Op.10-3(1797/98)[全4楽章]
Presto - Largo e mesto - Menuetto: Allegro - Rondo: Allegro
■ソナタ第8番ハ短調Op.13「悲愴(Pathétique)」(1798)[全3楽章]
Grave / Allegro di molto e con brio - Adagio cantabile - Rondo: Allegro
《プログラム・ノートにかえて》
このベートーヴェン・シリーズでは、「各々のソナタを書いていたベートーヴェンと(ほぼ)同年齢」の若手作曲家に、「各々のソナタを書いた際にベートーヴェンが使用・想定していた型のフォルテピアノ」のための新作を委嘱しております。
少年時代のベートーヴェンが親しんだ楽器は、まずはクラヴィコード、それにオルガンを少しで、新発明のフォルテピアノに触れられたのは彼が10代半ばを過ぎてからでした。すなわちそれまでは、「ダンパー・ペダル」など目にしたことも無ければ、響きを耳にしたことも無かったことになります。ピアノ・ソナタ全32曲の半数近くは、初版時に「チェンバロまたはフォルテピアノのための」と題されていたことも思い出さねばなりません。フォルテピアノの音域・ペダル・アクションの変遷は、その都度ベートーヴェンに少なからぬ霊感を生ぜしめました。
さて、モダン・チェンバロとは隔絶した音色を持つヒストリカル・モデルのチェンバロが登場したのが1970年頃とするならば、フォルテピアノやクラヴィコードはそれに遅れること10~20年、奏法開拓はさらにタイムラグがあり、「美しい古楽器の音色」が人口に膾炙しているとは言えない現状です。
今回新作をお願いした作曲家の方々にとって、例えばシュタインやワルターの玲瓏たる音色は、当時のベートーヴェンと同様、「未知」のものだったようです。未知の響きであるがゆえに、ベートーヴェンはモーツァルト・ハイドン的書法と遠慮なく手を切ることが出来、また現代の作曲家たちもラヴェルやシャリーノやミュライユの愚にも付かない二番煎じを回避することでしょう。
現代作品初演の現場で、作曲家からのリクエストを実現するために、古楽奏法のあの手この手を援用したことはありましたが、実のところ、今回の委嘱作曲家の何人かは「モダン・ピアノより初期フォルテピアノの音色のほうが好き(になった)」、と漏らしておりました。当然の反応だと思います。
もっとも、フォルテピアノはそれでもモダン・ピアノと相当似通っているので、まだアプローチがしやすい方かもしれません。私の三弦の師匠は、往時に膨大な量の「12音」の曲をやらされウンザリしたそうで、「楽器のことが分かっているのは牧野由多可 と小山清茂だけだ」、と述懐なさってました(是々非々)。私の笙のお師匠さんは、某現代曲について「笙が嫌がって悲鳴をあげている」、と形容しておられました。
かつて隆盛を誇ったモダン・チェンバロのためのレパートリーは、早くも舞台から消え去りつつあります。先年、金剛能楽堂で宗家と共演させて頂いたクセナキス《ホアイ》では、5本のレジストレーション・ペダルを持つモダン・チェンバロ(しかも「標準タイプ」のもの)の調達に、物凄く苦労しました。ユッカ・ティエンスー氏曰く、「フォルクレやラモーのクラヴサン曲が300年後の現代に復興したように、モダン・チェンバロのためのレパートリーも数百年後に誰かが再発見するだろう」。
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川上統:フォルテピアノ独奏のための《閻魔斑猫》(2008、委嘱新作)

さて、本題の大変読みにくいこの曲のタイトルは「エンマハンミョウ」と読む肉食昆虫です。まず、「ハンミョウ」という昆虫から説明いたしますと、この昆虫「ミチオシエ」という異名でも知られる虫で、近寄る度に跳ねて逃げ回るのですが、これがまるで道に導くかの如く逃げ回るのでこの異名がついています。小さめで、なかなか美しい昆虫です。
このエンマハンミョウという種類になるとハンミョウよりも数段大きく、またとても強力なハンターでもあります。サソリやムカデに匹敵する程の肉食性荒いです。大きな顎に眉間にシワが寄ったような悪人面構えで、閻魔の名に恥じません。動きもハンミョウに恥じず俊敏、挙動不審に獲物を狙い続け、仕留めます。しかし、挙動不審というのがまたポイントでして、猛然と襲い掛かったりボーッとしたり、震えたり、落ち着きのないところが他人とは思えません。
Manticoraというもう一つ言葉があるのですが、こちらはその学名に使われている言葉です。この名の意味は、ヨーロッパの伝承の怪物の名前です。顔は人間、体は獅子、そして尾は蠍という、怪物好きにはたまらない合成怪物です。生物の学名にはこうした神話や伝承の怪物の名を冠するものが多々あります。学名をつけた人には、きっとこのエンマハンミョウは合成怪物に見えたのでしょう。尻尾はないのですけどね・・・。
さてさて、閻魔でありヨーロッパの怪物であり、二つのイメージはどうにもちぐはぐながら、当の昆虫は至ってマイペースそうなところが気に入っています。そんな曲になると良いなと思い、フォルテピアノという肉食甲虫のような楽器、そして大井浩明さんという繊細な表情も機動力も素晴らしいピアニストさんに託しました。心より感謝申し上げます。(川上 統)
川上 統 Osamu KAWAKAMI
1979年生まれ。東京都出身、逗子在住。
神奈川県立横須賀高等学校卒業。東京音楽大学音楽学部音楽学科卒業、同大学院修了。
2003年、日本現代音楽協会主催・第20回現音作曲新人賞(第1位)受賞。これまでに作曲を池辺晋一郎、細川俊夫、久田典子、山本裕之の各氏に師事。
在学中から主に室内楽を中心に作曲・演奏活動を行い、現在に至る。生物に大きな関心があり、生物名をタイトルに持つ曲が多い。
演奏家としてはピアノ以外に、ヴァイオリニスト崔誠一氏率いるバンド「A’s」「A’space」ではエレキベースを、即興ユニット「trivandrum」ではチェロを担当する等(横浜zaim)、ジャンルを横断する活動を展開している。
昨年、逗子市文化プラザの主催企画「こどもフェスティバル」で総オリジナル曲による「どうぶつアンサンブルコンサート」をプロデュース、今年の夏にも引き続き絵本朗読とのプロジェクトが予定されている。
現在、東京音楽大学付属高等学校非常勤講師。

語彙の乏しい僕には今日の演奏の感動を伝える言葉がありません。
今日の演奏をプロだから当然という人もいるかもしれませんが、
僕はただただ「凄い」としか思えませんでした。
フォルテ・ピアノの生演奏を聴くのは初めてだったのですが、
予想以上に良い音だったと感じました。
今後の公演にも出来るだけ足を運びたいと思います。
今日の演奏をプロだから当然という人もいるかもしれませんが、
僕はただただ「凄い」としか思えませんでした。
フォルテ・ピアノの生演奏を聴くのは初めてだったのですが、
予想以上に良い音だったと感じました。
今後の公演にも出来るだけ足を運びたいと思います。
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本日の演奏、拝聴しました。本当に良かったです。
7番の第二楽章は、フォルテピアノという楽器へのベートーヴェンの恋文でしょうか?何とも熱烈な情愛を感じさせる曲だと思いました。
「閻魔斑猫」も興味深い曲でした。現代音楽はどちらかと言えば苦手なのですが、音色の軽やかさのおかげか、面白く聞くことができました。
次回も楽しみにしております。
7番の第二楽章は、フォルテピアノという楽器へのベートーヴェンの恋文でしょうか?何とも熱烈な情愛を感じさせる曲だと思いました。
「閻魔斑猫」も興味深い曲でした。現代音楽はどちらかと言えば苦手なのですが、音色の軽やかさのおかげか、面白く聞くことができました。
次回も楽しみにしております。
ご来場有難う御座います。
7番の第二楽章の一番良いところで、エンマハンミョウに誘われたのか、一匹の蝿がダンパーから鍵盤のあたりをお散歩なさってまして・・・
あと今回の発見は、モダン・ピアノとは逆に、本番中の汗で鍵盤が指に「くっついて」来てしまうことです(汗ですべるのではなく)。はねあがったままの鍵盤を、何度もワンコソバのように元に戻しながら演奏してました。古楽器ならでは、です。
7番の第二楽章の一番良いところで、エンマハンミョウに誘われたのか、一匹の蝿がダンパーから鍵盤のあたりをお散歩なさってまして・・・
あと今回の発見は、モダン・ピアノとは逆に、本番中の汗で鍵盤が指に「くっついて」来てしまうことです(汗ですべるのではなく)。はねあがったままの鍵盤を、何度もワンコソバのように元に戻しながら演奏してました。古楽器ならでは、です。