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  <title>Blog | Hiroaki Ooi</title>
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  <modified>2026-03-07T17:48:20+09:00</modified>
  <author><name>ooi_piano</name></author>
  <tabline>3/22（日）《ロベルト・シューマンの轍》第４回公演</tabline>
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    <title>2026年3月22日（日）《ロベルト・シューマンの轍》第４回公演　[2026/03/06 update]</title>
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    <issued>2026-02-23T14:28:00+09:00</issued>
    <modified>2026-03-07T17:48:20+09:00</modified>
    <created>2026-02-13T19:16:55+09:00</created>
    <author><name>ooi_piano</name></author>
    <dc:subject>未分類</dc:subject>
    <content type="html"><![CDATA[<br />
<br />
大井浩明　連続ピアノリサイタル<br />
ロベルト・シューマンの轍<br />
Hiroaki OOI Klavierrezitals<br />
Robert Schumanns Fußspuren<br />
<br />
<br />
松山庵 （芦屋市西山町20－1）　阪急神戸線「芦屋川」駅徒歩3分<br />
４000円（全自由席）<br />
〔要予約〕 tototarari@aol.com （松山庵）<br />
<br />
<br />
後援　一般社団法人 全日本ピアノ指導者協会(PTNA) [ Ⅰ ・Ⅱ]<br />
<br />
<br />
チラシ　表・裏<br />
<br />
<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202512/05/10/c0050810_08483717.jpg" alt="_c0050810_08483717.jpg" class="IMAGE_MID" height="356" width="500" /></center><br />
<br />
<br />
<br />
<br />
【第４回公演】 〈1853年のロベルト・シューマン〉<br />
2026年3月22日（日）15時開演（14時45分開場）<br />
<br />
<br />
《プロヴァンス地方の恋唄 Op.139-4/ S570》(1852/1881) [F.リスト編独奏版] 〔ブラームスに献呈〕　３分<br />
<br />
<br />
《ゲーテのファウストからの情景 WoO 3》序曲 (1853/1882) [R.クラインミヒェル編独奏版]　８分<br />
<br />
<br />
《7つのフゲッタ形式によるピアノ曲 Op.126》(1853)　１５分<br />
1. Nicht schnell, leise vorzutragen  - 2. Mässig  - 3. Ziemlich bewegt  - 4. Lebhaft - 5. Ziemlich langsam, empfindungsvoll vorzutragen  - 6. Sehr schnell  - 7. Langsam ausdrucksvoll<br />
<br />
<br />
《朝の歌 Op.133》(1853)　１５分<br />
I. Im ruhigen Tempo - II. Belebt, nicht zu rasch - III. Lebhaft - IV. Bewegt - V. Im Anfange ruhiges, im Verlauf bewegtes Tempo <br />
<br />
<br />
　　（休憩）<br />
<br />
<br />
《序奏と協奏的アレグロ Op.134》(1853/2025) [米沢典剛編独奏版/初演] 〔ブラームスに献呈〕　１３分<br />
I. Ziemlich langsam - II. Lebhaft <br />
<br />
<br />
《F.A.E.ソナタ（自由だが孤独に）》より「間奏曲とスケルツォ」(1853/2025) [ブラームスとの共作、米沢典剛編独奏版/初演]　８分<br />
<br />
<br />
《天使の主題による変奏曲 WoO24》(1854)　１１分<br />
Theme – Var.I - Var. II / Canonisch - Var.III / Etwas belebter - Var.IV - Var.V<br />
<br />
<br />
ブラームス：《シューマンの天使の主題による変奏曲 Op.23》(1861/1878) [T.キルヒナー編独奏版]　１６分<br />
Theme. Leise und innig - Var.1 L'istesso Tempo / Andante molto moderato - Var.2 - Var.3 - Var.4 - Var.5 Poco più animato - Var.6 Allegro non troppo - Var.7 Con moto / L'istesso tempo - Var.8 Poco più vivo - Var.9 - Var.10 Molto moderato, alla marcia<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
〈使用エディション〉 新シューマン全集 (2020)<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
-------<br />
Hiroaki OOI Klavierrezitals - Robert Schumanns Fußspuren<br />
March 22, 2026 (Sun) 3:00 PM Start (Doors open at 2:45 PM)<br />
https://ooipiano.exblog.jp/33867291/<br />
SHŌZAN-AN (20-1 Nishiyamachō, Ashiya City)　3-minute walk from Hankyu “Ashiyagawa” Station [Google Map https://maps.app.goo.gl/3fckoavsb26SVkYM6 ]<br />
¥4,000<br />
[Reservation] tototarari@aol.com (Shōzan-An)<br />
<br />
<br />
Robert Schumann (1810-1856): <br />
- Provenzalisches Lied Op. Op.139-4  (1852) [dedicated to Brahms] / S570(1881) [arr. Franz Liszt], Overture from "Szenen aus Goethes Faust" WoO 3 (1853/1882) [arr. Richard Kleinmichel (1846–1901)], 7 Klavierstücke in Fughettenform Op.126 (1853), Gesänge der Frühe Op.133 (1853)<br />
- Concert-Allegro mit Introduction Op.134 (1853) [dedicated to Brahms] / (2025) [arr. Noritake Yonezawa], F.A.E.-Sonate / II. Intermezzo (Schumann) + III. Scherzo (Brahms) 」(1853/2025) [arr. Noritake Yonezawa],  Thema mit Variationen (Geistervariationen) WoO 24 (1854), Brahms: Variationen über ein Thema von Robert Schumann Op.23 (1861/1878) [arr. Theodor Kirchner (1823–1903)]<br />
&lt;Edition: Neue Schumann-Ausgabe (2020)&gt;<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202602/13/10/c0050810_19124494.jpg" alt="_c0050810_19124494.jpg" class="IMAGE_MID" height="354" width="500" /></center><br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
1<br />
<br />
<br />
　1854年2月、ロベルト・シューマンは重い鬱病を発症した。自殺を試みる27日直前の数日間、ロベルトは何度もクララに自分たちの寝室から出ていってほしいと頼んだ。自分が彼女を傷つけてしまうかもしれないという理由で。浮橋からライン川へ身を投げる瞬間、ロベルトは自分の結婚指輪を水中に投げた。クララはこれを「至福の妄想」と考えた。「これによって、彼の指輪が私の指輪といっしょになれると思ったのだろう」と。ロベルトにとって、ライン川に溺れるという自分の姿は死のモティーフとして、早くも1829年5月13日の「旅の覚書」に現われた。またクララとの婚約期間中、二人の関係が最大の危機を迎えた1837年11月28日付のクララ宛の手紙にも取りあげられている。<br />
　「夢を見た。深い水の傍を歩いていると、不意にある思いにとらわれ指輪を水に投げ入れた。はてしない憧れがこみあげてきて、後を追って飛び込みたいと感じたんだ」。<br />
　たまたま通りかかった船の船頭に助けられたロベルトは、その船からも飛び込み、助けられた。2度にわたる自殺の試みから、彼は助かることを望んでいなかったことが判る。長女マリーは救助された父が人びとに抱きかかえられて家に連れ戻されたときのことを書いている。<br />
　「父の捜索が始められました。私が表に出ると、大勢の一団の人たちが騒ぎながら家のほうに近づいてくるのが見えました。それは二人の男の人に両腕を抱えられて、両手で顔を覆っている父だとわかりました」。<br />
<br />
<br />
　そのときシューマンの頭のなかには"Geistervariationen”が鳴っていただろう。日本語に直訳すれば《亡霊変奏曲》または《幽霊変奏曲》となるところだが、《精霊の変奏曲》、《天使の主題による変奏曲》と呼ばれることが多いようだ。クララの日記によれば、助けられた翌日2月28日、「彼はベッドから出て、再び一日じゅう机に向かって書き物をしていた。医師たちは彼に二人の看護人をつけた。ロベルトは今日ユンゲ嬢を通して、私に浄書した変奏曲を送ってきた」。クララは会えばロベルトがまた興奮する恐れがあるから、会わずに別のところにいた。<br />
　"Geistervariationen”は1853年から幻聴に悩まされていたシューマンは、1854年2月になってからは、邪悪な精霊におののき、精霊の声に恍惚となる状態が続く。幻聴は10日から17日までに頂点に達した。クララの日記によれば、「17日金曜日の夜、私たちがベッドに入ってほどなくロベルトは起きあがり、精霊が彼に歌ってくれたといって、ひとつの主題を書きとめた。書き終わると彼は横になり、一晩じゅうずっと目を見開いて点を見つめ、空想を口走った。彼は精霊が彼の周りを漂い、彼にこの世ならぬすばらしい啓示を、すべて音楽のかたちで表してくれているのだと固く信じていた」。「天使が歌う」旋律を聴いたシューマンは変ホ長調の旋律を書き写す。この世のものとは思われないその声は、やがて虎とハイエナの唸り声になって彼を苦しめるが、この幻聴のなかで書きとめた精霊の歌が、この「変奏曲」になった。シューマンが指揮を務めていたオーケストラのベッカーとの会話によればシューマンはこの旋律をシューベルトの霊によるものだと考えていたらしい。この《変奏曲》が最後の作品となり、クララに捧げられた。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
2<br />
<br />
<br />
　死の前年、ロベルトとクララのシューマン夫妻は二人の若い才能を知った。1853年に22歳のヴァイオリニスト、ヨーゼフ・ヨアヒムをまず8月30日に聴いて、言語障害をひきおこすほどに感銘を覚えたシューマンはヴァイオリンと管弦楽のための《幻想曲 Op.131》に着手し、9月21日にヴァイオリンのための小品を書きはじめるが、これが《ヴァイオリン協奏曲》に発展していく。そのヨアヒムの紹介状を持って9月30日にもうひとりの若い才能がシューマン家を訪れる。呼び鈴に応えて長女マリーが玄関に出た。ひとりの青年がリュックサックを背にして泥まみれの長靴で、まぶしそうに立っているのを見た。北の港町ハンブルクから来た20歳のヨハネス・ブラームスだった。彼がピアノ曲と歌曲などをシューマン夫妻に弾いてみせると、たちまち作曲家としてもピアニストとしてのブラームスに衝撃を覚えた。<br />
　ロベルトは10月8日にヨアヒムに書いた。「ヨアヒムへ。私がもっと若ければ、とつぜん思いがけずアルプスからデュッセルドルフに飛び降りてきたあの若鷲のために、いくつか詩を書いたことでしょう。あるいは彼はナイアガラのような壮大な流れにたとえられるかもしれない。その流れは高みから瀑布となり音を立てて落ちるときに最も美しい。そこでは波の上に虹がかかり、岸には蝶が飛びかい、うぐいすが歌いかわすのです。いま私は思います。ヨハネスは真の預言者です。彼は黙示を記すでしょう。それは何世紀のちにも多くのフィリシテ人が謎解くことができないような黙示なのです」。<br />
　翌日シューマンは《新しい道》と題した記事に着手して13日に仕上げる。記事は10月28日付の『音楽新報』に掲載された。<br />
　「何年もの歳月が過ぎた。それはほとんど私がこの雑誌に捧げた年月と同じほど、いわば10年ほどのもなる。この豊かな思い出のある領域で、かつては数々の発言をしてきたのだった。この10年、私は緊張した創作活動をおこなってきたのだが、しばしば音楽の新しい力を告げる数多くの才能に刺激を受けることもあった。私は最大の関心を傾けながら、いつか突然、ひとりの人物が現れるだろう、現われるにちがいないと思っていた。<br />
　時代の最高の表現を理想的に語るよう召命を受けた人。段階を追いその力を拓いて大家であることを示す人ではなく、ちょうどクロニオンの頭から飛びだしたときから完全武装していたミネルヴァのような人が。そして彼は来た。その揺りかごが優雅の女神と英雄に見守られていた若者が。彼の名はヨハネス・ブラームス。ハンブルクの生まれである。<br />
　もし、かれがその魔法の杖を振りおろし、合唱と管弦楽において大きな響きの力が彼に与えられるなら、精神の世界になお驚くべき光景が現れるだろう。<br />
　どんな時代にも、近しい精神のひそかな同盟というものが存在する。そこに属する盟友たちは、芸術の真理をますます明るく照らすために、いたるところ歓びと祝福を広げつつ、いっそうその環をしっかりと結べばいい」。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
3<br />
<br />
<br />
　1852年12月27日の日記でシューマンは記している。「今年のほぼ半分は、重い神経失調に倒れ病気のうちに過ぎた」。年末にも幻聴やめまい、さらにはリウマチの発作に見舞われた。しかし1853年を迎えた時期にもシューマンの創作意欲に衰えはなかった。元旦から2月までバッハ研究に打ち込み《無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ》にピアノ伴奏を付け、2月末から《無伴奏チェロ組曲》を研究し、3月中旬には合唱バラード《エーデンハルの幸福》にとりかかる。4月には「ニーダーライン音楽祭」のために祝典序曲《ラインの葡萄酒の歌 Op.123》を書く。<br />
　5月後半から6月はじめは、小品に向かう。まず《7つのフゲッタ形式によるピアノ曲 Op.126》を書いた。そして子どもたちのために《少年のための3つのソナタ Op.118》。<br />
　夏の終わりと秋にヨアヒムとブラームスに出会ったあとには、デュッセルドルフを訪れるヨアヒムのために、シューマンはブラームス、アルベルト・ディートリッヒと3人で、ヨアヒムのモットーである「Frei 自由に　Aber しかし　Einsam 孤独に」の頭文字FAEを主題にしたヴァイオリン・ソナタを構想した。ディートリッヒが第1楽章、シューマンが第2楽章と第4楽章、ブラームスが第3楽章を受け持った。シューマンはのちに第1、3楽章も自分で書いて《ヴァイオリン・ソナタ第3番》にした。この間、ブラームスはほぼ毎日シューマン家を訪れて、シューマンの創作意欲を刺激した。高揚感のなかでシューマンは10月中旬にクラリネットとヴィオラとピアノのための《おとぎ話 Op.132》、続いてヘルダーリンの詩に触発された後期ピアノ曲の傑作《朝の歌 Op.133》を書いている。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
4<br />
<br />
<br />
　クララは生涯ロベルトに尽くした。しかし、ロベルトとクララの関係には互いに音楽家であることの葛藤が影を射すこともあった。すでに12歳のクララのピアノ演奏によるショパンの作品2の演奏を聴き、ロベルトは彼女の方がピアニストとして自分より優れていることに気づいた。「クララはなんという存在だろう！　僕らのなかでも、彼女の話しぶりがいちばん機知に富んでいた。まだ背丈も1メートルそこそこなのに、成長ぶりは目覚ましく、僕を不安にするほどだ。少女のなかでは気分の変化もめまぐるしく、笑いと涙、死と生があざやかな対照をなして稲妻のように急激に交替するのだ」。<br />
　シューマンがクララとの結婚生活が始まったころ、自分が幸福の絶頂にあると感じていたことはたしかだ。長いあいだ待たされ、一時は見通しさえ失ったあとで、生涯の伴侶と定めた女性と結ばれたのだ。彼女の躍進と輝かしい名声を複雑な気持ちで見ていたこともたしかだ。彼女の活躍を心から願う一方で、結婚して一緒に生活を営むという自分のイメージを実現するのが難しくなることを恐れてもいた。結婚後、しばらくしてそうした問題は、予想したよりもさらに強い度合いで浮上し、年とともに増大していく。一方、クララがシューマンの天才を認識したのは出会いの当初からのことではなかった。ピアノ曲ばかりを書いていた最後の年1839年ごろになってはじめて、彼女は自分の恋人が音楽史上の偉人になるかもしれないと悟ったようだ。それ以降、彼女は自分の確信をしっかり握って手放さず、最も絶望的な状況にあっても、けっして迷わず、彼のためにできることをすべてなし、自分自身の芸術家としてのキャリアよりも彼の芸術活動を無条件に優先したのだった。<br />
<br />
<br />
　シューマンは結婚をめぐる法廷での対決にあたり、パリに演奏旅行中のクララに書いた。<br />
　「結婚したら、最初の一年は自分が芸術家であることを忘れて、もっぱら君自身と君の家と、君の夫のためにのみ生きてほしい。なんといっても妻という存在は女流芸術家よりも地位が高いのだから。それに君がもはや公共の場ではなしえぬことを、もし僕が代わりになしえたとすれば、それだけで僕の心の奥底の願いは充たされるのだ。ゆえに君はいつまでも今のままの芸術家であり続けることになるだろう。君の父親がこの世の至上の幸福と考えるような、三流紙でのちっぽけな名声など僕は軽蔑する」。<br />
　クララは返事をしたためた。自分の心を決める根本条件として、まさにそれを期待していたからだ。<br />
　「愛するロベルト、今日私は署名をしました。あなたが書いた手紙を受け取り、心の底からうっとりとして読んだのです。私の抱擁を受けてください。愛するわがよき夫よ。私にとって至高の人、私のすべて！」。<br />
　クララは愛によって、シューマンという難しい人間との生活を耐えぬき、経済状態が危なくなれば演奏活動によって家計を破綻から救い、8人の子どもを生み、そのうち7人を育てた。つきあいが下手で無口なシューマンを自分の仲立ちで助けて、彼と外界との関係を維持した。自分がピアノを弾いて練習につきあうことで指揮者としての彼を献身的に支えた。そして家庭内のありとあらゆる物質的、心理的、教育的な問題をほとんどひとりで解決した。作曲家シューマンがこれほど長く生きていくつもの健康障害や職業上の困難な問題を乗り越えてこれたのは、クララの想像を絶する忠実さとたくましさがあったからだろう。最晩年のロベルトの暗く沈んだ気分には苦しめられていたが、にもかかわらずかぎりなく彼を愛していた。<br />
<br />
<br />
　ロベルト没後のクララを支えたのはブラームスだった。ロベルトがブラームスから受けた感動はクララのものでもあり、ブラームスもクララに出会い、ロベルトの死までの二年半を自分の「ヴェルテルの時代」と名づけた。1855年8月12日に22歳のブラームスは、36歳のクララに書き送った。<br />
　「あなたがいなければ僕はどんなに不幸だったでしょう。僕は人が書物からではなく、魂からのみ学ぶことが可能な生命力を、たえずあなたから学ぶのです。あなたはいつも僕のそばで僕のよき天使として、いてくださらなければなりません。そうすれば僕がなりうべきものが確実に僕から成就するでしょう」。<br />
　ロベルトの死後、ブラームスは《シューマンの天使の主題による変奏曲 Op.23》（1861）を書いた。三女ユーリエに献呈して"Geistervariationen”の主題による4手用の変奏曲だ。翌1862年、ブラームスはヨアヒムにある危惧を手紙に書いた。「この曲の出版は、シューマン夫人はお気に召さないでしょう。もちろん私は夫人のお気持ちを害したくありません。心配はこの曲の出版に反対されはしないかということです」。<br />
　クララは夫ロベルトの名声を深く気遣っていた。狂気の人というレッテルは、中世ならば「神の声が聞こえる人」と尊敬さえされたが、近代は狂気が隔離される時代になった。ヴァジェレフスキーによる評伝『ロベルト・シューマン』（1857）によって、それが身近にいたヴァイオリニストの手になる一次資料にちがいはないものの、そこに記されたロベルトがテーブルを浮かせる交霊会に参加したことや、精神の病に投身自殺などから沸き起こる風評としての「つくられた逸話」によって歪められた。<br />
　ロベルトの尊厳を守るために、クララはロベルト最晩年の遺作の出版には慎重にならざるを得なかった。<br />
<br />
<br />
　"Geistervariationen”「天使の主題による変奏曲」の主題について、後年の研究で明らかになった事実がある。シューマン自身が書いた《ヴァイオリン協奏曲　ニ短調》（1853年9月から10月4日）の第2楽章にすでに現れていた。また、《少年のための歌のアルバム Op.79》（1849）の第20曲「春の訪れ」にも。1851年11月に、早世したブルグミュラー（弟）の交響曲第2番（遺作）の第3楽章のオーケストレーションを行ったが、その第1楽章が「天使の主題」に似ている。これらの美しい旋律がシューマンの頭のなかに閃くように現れ、旋回していたのだ。（山村雅治）<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202602/13/10/c0050810_19143267.jpg" alt="_c0050810_19143267.jpg" class="IMAGE_MID" height="354" width="500" /></center><br />
<br />
<br />
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<br />
<br />
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<br />
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]]></content>
  </entry>
  <entry>
    <title>3/28（土）18時　1840年製エラールによる「ヴァイマールの黎明」　[2026/03/06 update]</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://ooipiano.exblog.jp/34234604/" />
    <id>http://ooipiano.exblog.jp/34234604/</id>
    <issued>2026-02-22T12:51:00+09:00</issued>
    <modified>2026-03-07T01:13:19+09:00</modified>
    <created>2026-02-13T12:51:13+09:00</created>
    <author><name>ooi_piano</name></author>
    <dc:subject>リストの轍 2025</dc:subject>
    <content type="html"><![CDATA[大井浩明　フォルテピアノリサイタル<br />
《フランツ・リストの轍》（全5回）<br />
Liszt Ferenc nyomában, látomásai és vívódásai<br />
松濤サロン（渋谷区）<br />
全自由席4,000円<br />
お問い合わせ　poc@artandmedia.com （アートアンドメディア株式会社）<br />
<br />
<br />
〈使用楽器〉 1840年製エラール(Érard)社フォルテピアノ [80鍵、430Hz]<br />
〈使用エディション〉 新リスト全集 (1972/2021、ミュジカ・ブダペシュト社)<br />
チラシ 表・裏<br />
<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202602/13/10/c0050810_12491775.jpg" alt="_c0050810_12491775.jpg" class="IMAGE_MID" height="320" width="500" /></center><br />
<br />
<br />
【第5回公演「ヴァイマールの黎明 Die Dämmerung Weimars」】<br />
2026年3月28日（土）18時開演（17時半開場）<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
ハンガリー狂詩曲第６番 S.244-6 (1847)　７分<br />
Tempo giusto – Presto - Lassan (Andante) - Friska (Allegro)<br />
<br />
<br />
ハンガリー狂詩曲第14番 S.244-14 (1847)　１２分<br />
Lento quasi marcia funebre - Allegro eroico - Allegretto alla Zingarese - Vivace assai<br />
<br />
<br />
演奏会用大独奏曲 S.176 (1849)　１８分<br />
Allegro energico / Grandioso - Andante sostenuto - Allegro agitato assai - Andante, quasi marziale funebre / Allegro con bravura<br />
<br />
<br />
1qaz (1995-)：《トルコ月光行進曲》《ちょっとエモいトルコ行進曲》（2025、委嘱初演）　１０分<br />
<br />
<br />
（休憩）<br />
<br />
<br />
F.キュームシュテット（1809-1858）《リスト博士の主題による４声の演奏会用大フーガ Op.24》(1850)　１１分<br />
Introduction / Adagio - Fuge / Allegro maestoso<br />
<br />
<br />
スケルツォと行進曲 S.177 (1851)　１２分<br />
Allegro vivace, spiritoso (Scherzo) - Allegro moderato, marciale<br />
<br />
<br />
マイアベーア《預言者》の再洗礼派のコラール「我らに救いを求めし者たちに」<br />
による幻想曲とフーガ S.259 (1850/97) [ブゾーニ編独奏版]　２５分<br />
I. 幻想曲 - II. アダージョ - III. フーガ<br />
<br />
<br />
（休憩）<br />
<br />
<br />
交響詩「プロメテウス」 S.99 (1855/56) [A. ストラダル編独奏版]　１３分<br />
Allegro energico ed agitato assai - Andante (Recitativo) - Allegro molto appassionato - Allegro moderato (Fuge) - Stretto, Più animato<br />
<br />
<br />
グレゴリオ聖歌「怒りの日」による《死の舞踏》 S.525 (1853/65) [作曲者編独奏版]　１６分<br />
序奏 - グレゴリオ聖歌「怒りの日」主題 - 変奏１ Allegro moderato - 変奏２　L'istesso tempo - 変奏３ Molto vivace - 変奏４ (Canonique) Lento - 変奏５ (Fugato) Vivace - Cadenza - 変奏６ Sempre allegro, ma non troppo<br />
<br />
<br />
レーナウ《ファウスト》からの２つのエピソード S.513a/514 (1860)   ２５分<br />
I. 夜の行列（聖トマス・アクィナスの聖体讃歌「吾が舌よ、榮光に滿てる御身の秘蹟を謳え」による幻想曲）  - II. 村の居酒屋の踊り（メフィスト・ワルツ第１番）<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
[使用エディション：新リスト全集 (1972/2019、ミュジカ・ブダペシュト社)]<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202602/13/10/c0050810_12503961.jpg" alt="_c0050810_12503961.jpg" class="IMAGE_MID" height="334" width="500" /></center><br />
<br />
<br />
"Liszt Ferenc nyomában, látomásai és vívódásai"<br />
Hiroaki OOI, fortepiano<br />
Shōtō Salon (1-26-4, Shōtō, Sibuya-ku, Tokyo) [Google Map https://shorturl.at/bgzJM]<br />
Instrument: An original Hammerflügel by Érard [1840, Paris, 80 keys, 430Hz]<br />
Edition: The New Liszt Complete Critical Edition (NLE), Editio Musica Budapest (1972/2021)<br />
4,000 yen<br />
reservation: poc@artandmedia.com（Art &amp; Media Inc.）<br />
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&lt; Die Dämmerung Weimars &gt;<br />
Sat. 28 March 2026, 6pm start<br />
1qaz (1995- ) : "Turkish Moonlight March" "A slightly emo-ish march" (2025, Commissioned works, World Premiere)<br />
Friedrich Kühmstedt (1809-1858): Grosse vierstimmige Concert-Fuge über ein von Herrn Dr. Liszt gegebenes Thema Op.24 (1850)<br />
Franz Liszt (1811-1886) : Ungarische rhapsodie S.244-6 (1847), Ungarische rhapsodie S.244-14 (1847), Grosses Konzertsolo S.176 (1849), Fantasie und Fuge über den Choral Ad nos, ad salutarem undam S.259 (1850/97, piano solo version by Ferruccio Busoni), Prometheus S.99 (1855/1905, piano solo version by August Stradal), Totentanz S.525 (1853/65), Zwei Episoden aus Lenaus Faust S.513a/514 (1860)<br />
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<img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202602/27/10/c0050810_02571399.jpg" alt="_c0050810_02571399.jpg" align="right" class="IMAGE_RIGHT" height="330" width="330" />　YouTubeというプラットフォームにおいて、音楽はまず「情報」として処理される。そこでは、タイトルとサムネイルがすべてを支配する。どんなに緻密な和声や技巧を凝らしたところで、クリックという「門」を通過しなければ、その音はこの世に存在しないも同等だ。近年のJ-POPがイントロを消失させ、冒頭数秒に強烈なフックを配置するようになったのは、ストリーミングという媒体において「スキップ」という審判を回避するための適応進化である。音楽史の文脈から見れば異質な変容だが、今の時代、プラットフォームのアルゴリズムに選別され、レコメンド（おすすめ）という名の「押し付け」の循環に居座ることこそが、音楽が「公に生存する」ための、ひとつの避けては通れないプロトコルなのである。<br />
　ここで、ひとつの残酷な問いが浮かび上がる。「音楽的な面白さと、プラットフォーム上の数値には相関があるのか？」<br />
　私の見解はこうだ。「良い音楽が必ず人気になるわけではないが、人気な音楽は何かしら人を魅了した項目（変数）を持っている」。再生数、高評価、登録者数……可視化された数値は、かつて本屋やCDショップのポップが担っていた「推奨」という能動的な行為を、AIによる「最適化」という受動的な体験へと変質させた。現代のリスナーにとって「聴きたい曲を探す」という行為はすでに機能不全に陥っており、検索欄はもはや形骸化している。私たちは、プラットフォームが提示する「数値的魅力の高い動画」をただ浴びるように消費し、その数値を唯一の客観的な評価基準として内面化していく。<br />
　しかし、私がこの戦場に身を投じた根源は、決して高尚な志ではない。もともとは「脳内に浮かんだ突拍子もない着想を、誰かに見てほしい」という、極めて素朴な、あるいは幼稚な欲求から始まっている。そこには「良い音楽を作りたい」という高潔な意思よりも、衝動的なアイデアを即座に社会へ放り込む「無責任な発信」への快楽があった。かつてならば門前払いを食らっていたはずのこうした個人の創作が、インターネットというインフラによってダイレクトに市場と接続された。これは現代のITがもたらした最大の功績であり、同時に「音楽の氾濫」を招いた最大の功罪でもある。<br />
　ある日、唐突に「トルコ“行進曲”を行進不能にしたらどうなるか？」という着想を得て、実行に移した。自分でも手応えはあったが、そこに「再生数」という具体的な数字が伴ったとき、私のクリエイティビティは変質した。人間というのは強欲な生き物だ。一度その数値がもたらす快楽に魅了されると、次はいかにしてその「数字を最大化するか」というゲームに没頭し始める。<br />
　当初、ここまで「トルコ行進曲」という一曲に固執するつもりはなかった。しかし、膨大な情報が濁流となるYouTubeにおいて埋没を避けるには、万能な音楽家であることよりも、「一点突破の変人」としてタグ付けされるほうが圧倒的に有利である。これがいわゆる「ジャンル特化型」への転換――再生数を伸ばすためのイメージ戦略である。「良い音楽」を追求すること以上に、「アルゴリズムに認識されやすい、尖ったアイコンになること」を優先した結果なのだ。<br />
　この歪な構造を、既存の批評家は「もはや芸術ではない」と断じるかもしれない。だが、それは単に評価軸が二極化したに過ぎない。「音楽に精通した人間が面白いと思う音楽」と、「大衆がクリックしたくなる、数値が伸びる音楽」。これら二つの軸がテクノロジーによって露骨に可視化されたのだ。音楽が飽和する現代において、出会いの難しさを突破するために“数値”という共通言語による格付けが必要とされてしまうのは、ある種の一興、あるいは必然ではないだろうか。<br />
　今回の二つの作品――ベートーヴェンの熱量を情報の奔流へと圧縮した『トルコ月光行進曲』、そして現代の「エモさ」というテンプレートをハックした『ちょっとエモいトルコ行進曲』――は、そんな欲望と戦略の交差点から生まれた。これらは純粋な音楽的探求であると同時に、いかにして「30秒の壁」を突破し、視聴者の意識をハックするかという、YouTube的な力学の産物でもある。<br />
　クリックもスキップもできないコンサートホールという特殊な空間において、これらの「デジタルな偏執」が、生身の肉体を通じてどう響くのか。それは私にとっても、自分自身の初期衝動を問い直すための、スリリングな実験場なのである。（1qaz [いちくあず]　https://www.youtube.com/@1qaz927 ）<br />
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]]></content>
  </entry>
  <entry>
    <title>2/21（土）18時　1840年製エラールによる《リストとショパンの連接》 [2026/02/13 update]</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://ooipiano.exblog.jp/34136876/" />
    <id>http://ooipiano.exblog.jp/34136876/</id>
    <issued>2026-02-13T19:18:00+09:00</issued>
    <modified>2026-02-14T01:42:42+09:00</modified>
    <created>2026-02-03T08:52:02+09:00</created>
    <author><name>ooi_piano</name></author>
    <dc:subject>リストの轍 2025</dc:subject>
    <content type="html"><![CDATA[<br />
<br />
大井浩明　フォルテピアノリサイタル<br />
《フランツ・リストの轍》（全5回）<br />
Liszt Ferenc nyomában, látomásai és vívódásai<br />
松濤サロン（渋谷区）<br />
全自由席4,000円<br />
お問い合わせ　poc@artandmedia.com （アートアンドメディア株式会社）<br />
<br />
<br />
〈使用楽器〉 1840年製エラール(Érard)社フォルテピアノ [80鍵、430Hz]<br />
〈使用エディション〉 新リスト全集 (1972/2021、ミュジカ・ブダペシュト社)<br />
チラシ 表・裏<br />
<br />
<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202602/03/10/c0050810_09075149.jpg" alt="_c0050810_09075149.jpg" class="IMAGE_MID" height="313" width="500" /></center><br />
<br />
<br />
【第４回公演「ショパンとの連接 Connexities with Chopin」】 <br />
2026年2月21日（土）18時開演（17時半開場）<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
ショパン「６つのポーランド歌曲」 S.480 (1857/60)　１８分<br />
I. 願い [主題と3つの変奏] (1829)  - II. 春 (1838) - III. 指環 (1836) - <br />
IV. 酒場の唄 (1830) - V. 私の愛しい人 (1837) - VI. 家路 [許婚] (1831)<br />
<br />
<br />
ベッリーニ《清教徒》の行進曲による「創世の六日間（ヘクサメロン）」変奏曲 S.392 (1837)　２０分<br />
序奏 - 主題 - 第1変奏（S.タールベルク） - 第2変奏 - 第3変奏（P.ピクシス） - <br />
第4変奏（H.ヘルツ） - 第5変奏(C.チェルニー） - 第6変奏（F.ショパン） - 終曲<br />
<br />
<br />
ラマルティーヌによる交響詩《前奏曲》 S.511 (1855/59) [C.タウジヒ編独奏版]　１７分<br />
I.星辰 - II.愛 - III.嵐 - IV.田園画 - V.勝利<br />
<br />
<br />
（休憩）<br />
<br />
<br />
超絶技巧練習曲集（第2稿） 第7番～第12番 S.137 (ミラノ初版、1838) [ショパンに献呈]　４０分<br />
7. Allegro deciso - 8. 「衆魔殿」Presto strepitoso - 9. Andantino -<br />
10. Presto molto agitato - 11. Lento assai - 12. Andantino<br />
<br />
<br />
三関健斗(1996- )：《雲を喰らい尽くす》(2026、委嘱初演)　１０分<br />
<br />
<br />
（休憩）<br />
<br />
<br />
２つのポロネーズ S.223 (1852)  ２０分<br />
I. Moderato （憂鬱なポロネーズ） - II. Allegro pomposo con brio<br />
<br />
<br />
華麗なマズルカ S.221 (1850)　４分<br />
<br />
<br />
慰め S.172-3 (1850)　５分<br />
<br />
<br />
バラード第２番 S.170a (1853、初稿)　１４分<br />
<br />
<br />
子守歌 S.174 （第2版、1862)　１０分<br />
<br />
<br />
葬送、1849年10月 S.173-7 (1849)　１１分<br />
<br />
<br />
Joseph Kriehuber (1800-1876) : "Ein Matinée bei Liszt" (1846)<br />
（左から）Joseph Kriehuber, Hector Berlioz (1803-1869), Carl Czerny (1791-1857), Franz Liszt, Heinrich Wilhelm Ernst (1814-1865)<br />
<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202602/03/10/c0050810_09094614.jpg" alt="_c0050810_09094614.jpg" class="IMAGE_MID" height="357" width="500" /></center><br />
<br />
"Liszt Ferenc nyomában, látomásai és vívódásai"<br />
Hiroaki OOI, fortepiano<br />
Shōtō Salon (1-26-4, Shōtō, Sibuya-ku, Tokyo) [Google Map https://shorturl.at/bgzJM]<br />
Instrument: An original Hammerflügel by Érard [1840, Paris, 80 keys, 430Hz]<br />
Edition: The New Liszt Complete Critical Edition (NLE), Editio Musica Budapest (1972/2021)<br />
4,000 yen<br />
reservation: poc@artandmedia.com（Art &amp; Media Inc.）<br />
<br />
<br />
<br />
&lt; Connexities with Chopin - Συνάφεια με τον Σοπέν &gt;<br />
Sat. 21 February 2026, 6pm start<br />
Kent Miseki (1996- ): "Devour the clouds" for fortepiano (2026, Commissioned Work, World Premiere)<br />
Franz Liszt (1811-1886) : 6 Polish Songs S.480 (1857/60), Hexaméron Variations S.392 (1837), Symphonic poem "Les Préludes" S.97 (1854/59) [arr. by C.Tausig], Grandes études S.137 (Milan first edition, 1838) [dedicated to Chopin], 2 Polonaises S.223 (1852), Mazurka brillante S.221 (1850), Consolations S.172-3 (1850), Ballade No.2 S.170a (1853, 1st version), Berceuse S.174 (1862, 2nd version), Funérailles S.173-7 (1849)<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
三関健斗《雲を喰らい尽くす Devour the clouds》（2026、委嘱初演）<br />
私たちは日常のなかで、絶えず言葉を交わしている。そこでは意味がやり取りされる以前に、声の強弱や速度、重なり、遮断といった、純粋に音としての現象が先行している。インターネット上のコミュニケーションには物理的な音は存在しないにもかかわらず、発話は時間的な密度や断続、同時多発性として知覚され、しばしば過密な「音の集合」を想起させる。本作は、このように実際の音の有無を超えて立ち現れる、日常的で非均質なコミュニケーションのあり方を出発点として構想された。<br />
用いられる音型の多くは、会話に含まれるリズムや抑揚、間合いから着想を得ている。それらは旋律として展開されるのではなく、音程構造によってグルーピングされたトーン・クラスターを中心として配置される。各トーン・クラスターには固有の色彩が与えられ、音楽はそれらを軸としながら、配置や重なり、変容によって進行していく。クラスターの多用に伴い、演奏者の身体的な身振りそのものもまた、演奏技法の拡張として音楽の構造に組み込まれている。（三関健斗）<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
三関健斗　Kent MISEKI, composer<br />
<img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202602/03/10/c0050810_08544613.jpg" alt="_c0050810_08544613.jpg" align="right" class="IMAGE_RIGHT" height="300" width="300" />1996年札幌市生まれ。様々な楽器のための音楽から建物全体を使ったインスタレーション作品まで作曲活動は多岐にわたる。発音の際に伴う大小さまざまなノイズや、音そのものが連続することによって生み出される関係性、拡張的な奏法への関心を根幹に置きつつ、多層的な分野への興味を結び付けながら創作を展開している。コレクティブ「CDs」所属。近作に、ホルンとコントラバスのための《Air I》(2021)、マリンバ独奏のための《「ナハトムジーク」による昼のさざめき II》（2021）、ヴィブラフォン独奏のための《Swing-by "ex-partition" V》(2021)、二十五絃箏、コントラバス、ハープのための《Parallel, Parallax》(2022)、コントラバス独奏のための《その発響現象によって音響拡大され》(2022)、スネアドラム5重奏のための《ノイズ付きコラール/スクランブル交差点上で》（2024)等。 YouTubeチャンネル<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202602/14/10/c0050810_01422263.jpg" alt="_c0050810_01422263.jpg" class="IMAGE_MID" height="369" width="500" /></center><br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
]]></content>
  </entry>
  <entry>
    <title>2026年1月11日（日）《ロベルト・シューマンの轍》第３回公演　[2026/01/03 update]</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://ooipiano.exblog.jp/33867291/" />
    <id>http://ooipiano.exblog.jp/33867291/</id>
    <issued>2025-12-29T05:40:00+09:00</issued>
    <modified>2026-01-04T02:08:55+09:00</modified>
    <created>2025-11-23T19:44:58+09:00</created>
    <author><name>ooi_piano</name></author>
    <dc:subject>シューマンの轍</dc:subject>
    <content type="html"><![CDATA[<br />
<br />
大井浩明　連続ピアノリサイタル<br />
ロベルト・シューマンの轍<br />
Hiroaki OOI Klavierrezitals<br />
Robert Schumanns Fußspuren<br />
<br />
<br />
松山庵 （芦屋市西山町20－1）　阪急神戸線「芦屋川」駅徒歩3分<br />
４000円（全自由席）<br />
〔要予約〕 tototarari@aol.com （松山庵）<br />
<br />
<br />
後援　一般社団法人 全日本ピアノ指導者協会(PTNA) [ Ⅰ ・Ⅱ]<br />
<br />
<br />
チラシ　表・裏<br />
<br />
<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202512/05/10/c0050810_08483717.jpg" alt="_c0050810_08483717.jpg" class="IMAGE_MID" height="356" width="500" /></center><br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
【第3回公演】  2026年1月11日（日）15時開演（14時45分開場）<br />
朗読：山村雅治 (*)　<br />
<br />
<br />
《4つのフーガ Op.72》(1845)　１１分<br />
I. Nicht schnell - II. Sehr lebhaft  - III. Nicht schnell und sehr ausdrucksvoll - IV. Im mäßigen Tempo<br />
<br />
<br />
《スペインの歌芝居 Op.74》より「密輸業者」(1849/62) [C.タウジヒ編独奏版]　２分<br />
<br />
<br />
《4つの行進曲 Op.76》(1849)　１５分<br />
I. Mit größter Energie - II. Sehr kräftig - III. Sehr mäßig - IV. Mit Kraft und Feuer<br />
<br />
<br />
《子供のための歌のアルバム Op.79》より「春の訪れ S.569」(1849/74) [F.リスト編独奏版]　２分<br />
<br />
<br />
《森の情景 Op.82》(1848/49)　２０分<br />
I. 森の入り口 - II. 待ち伏せる狩人 - III. 孤独な花 - IV. 禁足地 - V. 懐かしい風景 - VI. 宿 - VII. 予言の鳥 - VIII. 狩の歌 - IX. 別れ <br />
<br />
<br />
　　（休憩）<br />
<br />
<br />
《協奏的小品 Op.86 （原曲：4本のホルンと管弦楽のためのコンツェルトシュテュック）》(1849/2025)[米沢典剛独奏版、初演]　１７分<br />
I. Lebhaft - II. Romanze. Ziemlich langsam - III. Sehr lebhaft<br />
<br />
<br />
《ゲーテ「ヴィルヘルム・マイスター」に基づくリートと歌 Op.98》より「ただ憧れを知る者だけが S.569」(1849/74) [F.リスト編独奏版]　３分<br />
<br />
<br />
《色とりどりの小品 Op.99》(1836/49)　３５分<br />
〈３つの小品〉 I. - II. - III. ／ 〈アルバムの綴り〉 IV. - V. - VI. - VII. - VIII. ／ IX. ノヴェレッテ - X. 前奏曲 - XI. 行進曲 - XII. 夕べの音楽 - XIII. スケルツォ - XIV. 速い行進曲<br />
<br />
<br />
　　（休憩）<br />
<br />
<br />
《スペインの愛の歌 Op.138》より「前奏曲」「間奏曲（国民舞曲）」(1849)[作曲者編独奏版]　３分<br />
<br />
<br />
《美しきヘートヴィヒ Op.106 （詩：F.ヘッベル）》(1849) (*)　５分<br />
<br />
<br />
《3つの幻想的小曲 Op.111》(1851)　１０分<br />
I. Sehr rasch, mit leidenschaftlichem Vortrag - II. Ziemlich langsam - III. Kräftig und sehr markirt<br />
<br />
<br />
《２つのバラード Op.122 （詩：F.ヘッベル/P.B.シェリー）》(1852/53) (*)　８分<br />
I. 荒野の少年のバラード - II. 難民<br />
<br />
<br />
《アルバムの綴り Op.124》(1832/45)　２５分<br />
1. 即興曲 - 2.哀しみの予感 - 3. 小スケルツォ - 4.ワルツ - 5. 幻想的舞曲 - 6. 小さな子守歌 - 7. 田舎風舞曲（レントラー） - 8. 終わりなき悲哀 - 9. 即興曲 - 10. ワルツ - 11. ロマンス - 12. ブルラ（ブルレスカ） - 13. ラルゲット - 14. 幻視 - 15. ワルツ - 16. まどろみの歌 - 17. エルフ（妖精） - 18. 伝言 - 19. 幻想的小品 - 20. カノン<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
〈使用エディション〉 新シューマン全集 (2020)<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
-------<br />
Hiroaki OOI Klavierrezitals - Robert Schumanns Fußspuren<br />
January 11, 2026 (Sun) 3:00 PM Start (Doors open at 2:45 PM)<br />
https://ooipiano.exblog.jp/33867291/<br />
SHŌZAN-AN  (20-1 Nishiyamachō, Ashiya City)　3-minute walk from Hankyu “Ashiyagawa” Station [Google Map https://maps.app.goo.gl/3fckoavsb26SVkYM6 ]<br />
¥4,000 <br />
[Reservation] tototarari@aol.com (Shōzan-An)<br />
<br />
<br />
Robert Schumann (1810-1856): <br />
- Vier Fugen Op. 72 (1845), Der Kontrabandiste (1849/72)[arr.C.Tausig], Vier Märsche Op. 76 (1849), Frühlings Ankunft Op.79-20 (1849/74) [arr. F. Liszt], Waldszenen.Op. 82 (1849)<br />
- Konzertstück Op.86 (1849/2025, Premiere)[arr. N.Yonezawa], Nur wer die Sehnsucht kennt Op.98a-3 (1849/74) [arr. F. Liszt], Bunte Blätter Op. 99 (1836/49)<br />
- Spanische Liebeslieder Op.138 [Vorspiel + Intermezzo] (1849), Schön Hedwig, Op.106 (1849) [Declamation : Masaharu Yamamura], Drei Fantasiestücke Op. 111 (1851), 2 Balladen Op.122 [Declamation : Masaharu Yamamura],  Albumblätter Op.124 (1832/45)<br />
&lt;Edition: Neue Schumann-Ausgabe(2020)&gt;<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202511/23/10/c0050810_19435423.jpg" alt="_c0050810_19435423.jpg" class="IMAGE_MID" height="333" width="500" /></center><br />
<br />
<br />
<br />
<br />
《きみは花のよう》から《レクイエム》へ　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
山村雅治<br />
<br />
<br />
　作品番号を付けた最初の23曲はすべてピアノ独奏のための音楽だった。1829年以来、ひたすらピアノという鍵盤楽器に身をささげてきた若い作曲家は、ほかのジャンルには見向きもしない一心不乱さにおいてショパンと肩を並べていた。「歌の年」1840年を半年後に控えた1839年にも、シューマンは声楽曲を「器楽作品よりも下位に置き、偉大な芸術とは見なしてこなかった」と書いている。「自分が生きているあいだ、この考えを翻すつもりはない、と。<br />
<br />
<br />
　習作時代に歌曲は書かれなかったわけではない。宗教合唱曲の作曲を試みもし、学生のときには歌曲も熱心につくっていた。これらのなかのいくつかの部分はピアノのための作品に転用された。<br />
　だからこそいっそう1840年2月16日/22日付のクララ宛の手紙には驚かされる。<br />
 「とりあえず、これだけは伝えておこう。僕は楽譜帳6冊分の歌曲やバラード、大小さまざまな4世の作品を仕上げた。いくつかは君も大いに気に入ると思うよ。ああ、クララ、歌のために書くことはなんという喜びだ！ 長いあいだ、僕はこの幸せを知らずに過ごしてきたんだ」。<br />
<br />
<br />
　歓喜にはちきれる叫びは1840年の最初の数か月に、猛然と湧きあがった創作意欲に駆られて書き上げたいくつかの歌曲集について発せられたものだ。ブラームスによれば、ハイネの詩「きみは花のよう」が「歌の年」に書いた最初の作品だった。歌曲集《ミルテの花 Op.25》の第24曲に置かれた。《ミルテの花》はリュッケルト、ゲーテ、バーンズ、バイロン、ハイネなど6人の詩に曲がつけられた。彼らのなかでハイネは1830年代にパリからの記事や本によって、ドイツの若い芸術家たちに最も持続的な影響を及ぼした文学者だった。<br />
<br />
<br />
　すでに1828年にシューマンは、ハイネと知り合っていた。大学入学を控えた候補生のときのミュンヘンへの旅で、シューマンは「不平屋の厭世家」としてハイネをとらえていたところ、ハイネが「人間味あふれるギリシャのアナクレオンのごとく、親しげに」自分に歩み寄ってくれたのだ。<br />
　「彼は口のまわりにだけ、辛辣で皮肉な微笑みを浮かべていたが、この微笑みは実人生の些細な煩いを超越した至高の微笑みであり、卑小な人間たちへの嘲りなのである。『旅の絵本』に見られるあの辛辣な風刺、魂の内奥から身体の隅々にまで染みわたるかのような生への憤怒さえもが、彼の話しぶりに大きな魅力を添えていた」。<br />
<br />
<br />
　シューマンの目に、ハイネは「大いなる絶望」という世界と人生をつらぬく感情を代表する人物と映っていた。ハイネの「奇抜な趣向」や「灼けつくようなような皮肉」に惹かれると同時に、異様で不気味なものと感じた。判り、認める。しかし、シューマン自身は、「全体が最後に調和し、宥和が達成されないような」芸術作品は「解決に至らぬ不協和音と同じだ」と断罪した。<br />
<br />
<br />
　ベルリオーズの《幻想交響曲》への批評にもこの屈折がある。最後の一行「そしてさらに、滂沱の涙はいつのまにか真珠へと変容を遂げたのである」は、印刷に際して削除した。<br />
　ゲーテの「ファウスト」を音楽にするにあたって、ベルリオーズとシューマンは扱う場面がまるでちがった。ベルリオーズではメフィストフェレスが活躍し、ファウストは地獄の底に突き落とされて死んでしまう。Dämonisch（日本語ではデモーニッシュと表記される）な表現をベルリオーズは自家薬籠中のものにした。<br />
　シューマンはちがった。まず作曲にとりかかったのは「ファウスト」の最終場面で、ファウストは救済される。そしてその前の神秘の「合唱」。メフィストフェレスはファウストの死の場面しか出てこない。<br />
<br />
<br />
　最終場面について、マルセル・ブリオンは激賞している。<br />
　「この曲の〈神秘の合唱〉を聴くと、天上の平安の国へと、またすべて人間的なものを超越し、真の精神の光を目の当たりにさせる晴朗なエクスタシーへと導かれ、高められるように感ずる。シューマンの作曲した教会音楽すら、これほどの神聖な情感、神的な直感に達してはいない。シューマンは見事な簡潔さで天使の合唱によって天上の喜びを称えさせ、厳かにも甘美な和音の響きの中で聖母マリアを顕現させる」。<br />
<br />
<br />
　シューマンは、ハイネが言い表した「世界を両断する巨大な裂け目」はよく認識していた。しかし、「社会に走る亀裂」は修復可能であると確信していた。彼にとって、実人生と芸術創造はこうした希望なしには考えられなかった。「さまざまな矛盾こそが、見透かされ、嘲笑される」という可能性をよりどころとした彼の音楽。<br />
　「実人生における苦痛は、音楽における不協和音に相当する。不協和音はそれ自体、大きな魅力を持つものの、聴き手の心は解決を志向するのである」（1838年8月23日）。<br />
<br />
<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202512/08/10/c0050810_18271113.jpg" alt="_c0050810_18271113.jpg" class="IMAGE_MID" height="359" width="500" /></center><br />
<br />
　かくして、魅かれていたけれども怖れていた「ハイネの思想」からは身を遠ざけるようになった。ジャン・パウルのフモールの概念と、ハイネの刻印を帯びた皮肉（イロニー）はしだいに分離していった。<br />
　ハイネは「歌の本」などの抒情詩を初め、多くの旅行体験をもとにした紀行や文学評論、政治批評を執筆した。1831年からはパリに移住して多数の芸術家と交流を持ち、その中には作曲家エクトル・ベルリオーズ、フレデリック・ショパン、フランツ・リスト、ジョアキーノ・ロッシーニ、フェリックス・メンデルスゾーン、リヒャルト・ワーグナー、作家オノレ・ド・バルザック、ヴィクトル・ユーゴー、ジョルジュ・サンド、アレクサンドル・デュマらが含まれる。<br />
<br />
<br />
　ハイネは1832年、ゲーテの死を受けて、「ドイツ近代文学の歴史のために」を執筆した。このころより青年ドイツ派の作家ハインリヒ・ラウベと交流を持つようになるが、1835年にドイツ連邦議会により青年ドイツ派の出版が禁止され、ハイネは彼らの筆頭に上げられてしまう。<br />
<br />
<br />
　1843年、パリで25歳のカール・マルクスと親交を結び、1845年のマルクスの出国まで頻繁に会う。マルクスはハイネの「ドイツ冬物語」（13年ぶりのドイツ旅行を題材にしたもの）の出版の手助けをするなど援助に努め、ハイネもマルクスに多くの詩を読み聞かせて意見を求めた。1844年、シレジアの窮乏した織物工が起こした蜂起を題材にした時事詩「シレジアの職工」を発表、社会主義者の機関紙でフリードリヒ・エンゲルスの激賞を受ける。ハイネは彼らのプロレタリア革命など共産主義思想の着想に多大な影響を与えた。文学史的にはロマン派の流れに属するが、政治的動乱の時代を経験したことから、批評精神に裏打ちされた風刺詩や時事詩も多く発表している。<br />
<br />
<br />
　とはいえ愛誦していたハイネの「抒情詩」は別だった。ハイネの愛をうたいあげる抒情詩は文句なく美しかった。シューマンは、「歌の本」に収録された作品群から《詩人の恋》《リーダークライス Op.24》《二人の擲弾兵》など多くの歌曲を書いた。<br />
　1833年の「ライプツィヒの生活帳」には、「H.ハイネの詩にもとづいて音楽による詩をまとめ、これをハイネに捧げる」と書きとめた。ハイネの詩を下敷きにピアノによる「詩」を書こうと考えていた。もとになった詩は、おそらくは添え書きとして付されて聴衆は黙読したり、あるいは演奏前に朗読することを予想していただろう。<br />
<br />
<br />
　詩を音楽に置き換えるという発想は、ロマン派の時代には中心になる課題だった。ピアノ・パートと歌の声部の関係はシューベルトから一歩踏み出して、両者はきわめて密接に結びついている。「詩をかぶせたピアノ作品」にさえ聞こえる場合がしばしばある。ピアノ作品にも歌詞をつけたくなるような旋律が出てくることがある。1845年、フランツ・ブレンデルはシューマンの音楽の歴史上の意義を早くもみつけようとし、彼の歌曲が「ある意味で、ピアノのための性格的小品の延長上にある」と見抜いていた。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
「きみは花のよう」　ハイネ<br />
<br />
<br />
きみは花のように<br />
とても優しく、美しく、清らかだ<br />
きみを見つめると、切ない思いが<br />
ぼくの心に忍び込んでくる。<br />
<br />
<br />
ぼくはこの手を<br />
きみの頭にのせて<br />
神に祈りたくなってしまう<br />
きみを清らかで、美しく、優しいままでいさせて下さいと<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
　シューマンはクララとの愛の日々に酔い、せき止められていた大滝が流れ落ちるように、1840年には来る日もくる日も「歌」を書いた。彼はシューベルトの後継者ではなかった。完全に新しい歌曲の時代を先駆けていた。噴きあがる創造の高揚のなかに、古今未踏の領域に足を踏み入れていると感じていた。「魂の言語としての音楽芸術は、いまだ始まったばかりだ」。<br />
　「人間の声だけではすべてを再現できない」。「歌詞の細かなニュアンスを浮き彫りにする」ためには、なによりも器楽の役割が重要になる。ピアノは声楽パートにおのが身を「絡みあわせて」、ひとつの統一体をなさねばならない。ピアノが歌曲全体にかかわるさまは、「縁どり」「支え」「伴奏」といったものではなく、全体の流れはピアノ・パートのなかに凝縮されている。<br />
　<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202512/08/10/c0050810_18273224.jpg" alt="_c0050810_18273224.jpg" class="IMAGE_MID" height="365" width="500" /></center><br />
<br />
<br />
　7年間にわたる中断ののち、1847年にシューマンは《ロマンツェとバラード》（メーリケ詩）によって歌曲創作の第2期を迎える。愛をうたいあげる抒情詩ではなく、政治や社会を採りあげている、きわめて多声的な書法が用いられている。後期の歌曲創作は1849年と1850年が中心になり、1852年の《メアリー・ステュアート女王の詩 Op.135》で終止符が打たれた。独唱歌曲は大量の声楽曲の一部にすぎなくなり、合唱によるバラードやロマンツェ、そしてオラトリオという新しいジャンルの作品を生んだ。音楽はあまねく理解され、できるだけ社会の現実にはたらきかけるものにあってほしい。歌曲は合唱曲の様式に近づいていく。音楽の構造を簡潔に切りつめ、歌詞が朗読のように聞き取れるようにする。もはや「詩の細かいニュアンス」をすくいあげようとする意図が前面に押し出されることはない。《楽園とペリ》以来、合唱作品でなかで追及されてきた方向が、いまや逆にピアノ伴奏による歌曲にも影響を及ぼしていく。<br />
　<br />
　シューマンが劇的な朗読様式を強く求めるようになったことも確かだろう。《美しいヘドウィッヒ Op.106》（ヘッベル詩）において「語られる歌曲」にきわまり、1852年にはバラード2篇《荒野の少年》（ヘッベル詩）と《逃亡者たち》（シェリー詩）でさらに推し進められる。リート（歌曲）にとどまらず「メロドラマ」様式の可能性をシューマンは探っていた。<br />
　<br />
　歌曲様式のドラマへの接近は、もうひとつの「歌芝居」（Liederspiel リーダーシュピール）への取り組みにもつながった。1849年の《スペインの歌芝居 Op.74》と《スペインの愛の歌 Op.138》と《愛の戯れ Op.101》（リュッケルト詩）の３作品を同じ年につくっている。この「歌芝居」は、筋と音楽のつくりが簡素であるという点でジングシュピール（Singspiel、モーツァルト《魔笛》など）を上回っている。このように「歌の年」1840年に生みだされた一連の歌曲とはちがい、後期の歌曲はひとつの固有のジャンルにとどまらない、より広い表現手段としての「声楽」の試みが広がった。<br />
<br />
<br />
　創作活動の終わりに、シューマンは宗教音楽の大作を書いた。まず《ミサ曲 ハ短調 Op.147》が1852年2月13日から3月30日にかけて大部分が作曲され、その後1853年3月23日に「オッフェルトリウム」が付け加えられて現在の形となった。作曲者の死から6年後の1862年に、クララ・シューマンの呼びかけで全曲初演が実現した。出版も1862年まで持ち越された。<br />
　そして《レクイエム 変ニ長調 Op.148》は、作品番号ではシューマンの最後の楽曲になっている。出版は死後の1864年。しかし本曲は完全に忘れられ、初演は1976年まで行われなかった。祈祷文を使用した純粋なレクイエムとしてはこの作品が唯一の作品。おだやかな慰安を求めるような広やかな響きが意外だった。ほかの作曲家のレクイエムのような旋律の強さは避けられている。終曲へ進むにつれて沁みこんでくる悲しみの翳。無視されてきたのは、「晩年の精神の病が影を落としているとみなされたため」とされている。しかしこの曲に狂気の影はない。楽譜に向かうシューマンの精神に狂いはなかった。<br />
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<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202512/08/10/c0050810_18274730.jpg" alt="_c0050810_18274730.jpg" class="IMAGE_MID" height="274" width="500" /></center><br />
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<br />
〈予告〉<br />
【第4回公演】<br />
2026年3月22日（日）15時開演（14時45分開場）<br />
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《7つのフゲッタ形式によるピアノ曲 Op.126》(1853)<br />
《朝の歌 Op.133》(1853)<br />
　　---<br />
《プロヴァンス地方の恋唄 Op.139-4/ S570》(1852/1881) [F.リスト編独奏版] 〔ブラームスに献呈〕<br />
《序奏と協奏的アレグロ Op.134》(1853/2025) [米沢典剛編独奏版/初演] 〔ブラームスに献呈〕<br />
《F.A.E.ソナタ（自由だが孤独に）》より「間奏曲とスケルツォ」(1853/2025) [ブラームスとの共作、米沢典剛編独奏版/初演]<br />
　　---<br />
《ゲーテのファウストからの情景 WoO 3》序曲 (1853/1882) [R.クラインミヒェル編独奏版] <br />
《天使の主題による変奏曲 WoO24》(1854)<br />
ブラームス：《シューマンの天使の主題による変奏曲 Op.23》(1861/1878) [T.キルヒナー編独奏版]<br />
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]]></content>
  </entry>
  <entry>
    <title>12/20（土）18時　1840年製エラールによる《リストの轍》第3回公演 [2025/12/14 update]</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://ooipiano.exblog.jp/33860397/" />
    <id>http://ooipiano.exblog.jp/33860397/</id>
    <issued>2025-11-16T12:02:00+09:00</issued>
    <modified>2025-12-14T20:00:37+09:00</modified>
    <created>2025-11-13T01:01:02+09:00</created>
    <author><name>ooi_piano</name></author>
    <dc:subject>リストの轍 2025</dc:subject>
    <content type="html"><![CDATA[大井浩明　フォルテピアノリサイタル<br />
《フランツ・リストの轍》（全5回）<br />
Liszt Ferenc nyomában, látomásai és vívódásai<br />
松濤サロン（渋谷区）<br />
全自由席4,000円<br />
お問い合わせ　poc@artandmedia.com （アートアンドメディア株式会社）<br />
<br />
<br />
〈使用楽器〉 1840年製エラール(Érard)社フォルテピアノ [80鍵、430Hz]<br />
〈使用エディション〉 新リスト全集 (1972/2021、ミュジカ・ブダペシュト社)<br />
チラシ 表・裏<br />
<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202511/13/10/c0050810_01081002.jpg" alt="_c0050810_01081002.jpg" class="IMAGE_MID" height="318" width="500" /></center><br />
<br />
<br />
<br />
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【第3回公演「射光のヴィルトゥオーゾⅡ」】 2025年12月20日（土）18時開演（17時半開場）<br />
<br />
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<br />
ドニゼッティ《ルクレツィア・ボルジア》の回想 S.400 (1840)　２３分<br />
I. アルフォンソ公、ルクレツィア、ジェンナーロの三重唱「侯爵夫人の嘆願により」（第1幕終曲） - II. オルシーニ「幸せになる秘訣は（乾杯の歌）」 / ルクレツィアとジェンナーロの二重唱「ああ、あなたのお母様を愛して Ama tua madre」 / 終結部<br />
<br />
<br />
ギャロップ S.218 (1841、遺作)　６分<br />
<br />
<br />
モーツァルト《ドン・ジョヴァンニ》の回想 S.418 (1841)　１６分<br />
石像「貴様の笑いも夜明けまでには終わろうぞ」「もはや必要ないのだ、人間の食べ物は」（第2幕） - ジョヴァンニとツェルリーナの二重唱「お手をどうぞ」（第1幕） - 石像「お前はわしを夕食に招いた」（第2幕） - 「シャンパンの歌」（第1幕）<br />
<br />
<br />
　　（休憩）<br />
<br />
<br />
マイアベーア《悪魔のロベール》の回想 S.413 (1841)　１０分<br />
第3幕「地獄のワルツ」 - 「黒い悪魔たちよ、亡霊たちよ、天を忘れよ」（合唱）／「私の栄光は消え去り」（ベルトラン）／「喇叭を鳴らせ、旗を讃えよ」（騎士団の合唱）<br />
<br />
<br />
モーツァルト《フィガロの結婚》と《ドン・ジョヴァンニ》の動機による幻想曲 S.697 (1842/1993、遺作) [L.ハワード補筆版]　２０分<br />
第1幕フィガロ「もう飛ぶまいぞ、この色気の蝶々」 - 第2幕ケルビーノ「恋の悩み知る君は」 - 《ドン・ジョヴァンニ》第1幕終結部（メヌエット＋コントルダンス＋ワルツ）<br />
<br />
<br />
スペイン風主題による残翰 S.695c (1845、遺作)　１７分<br />
5r (vivace) - 6r (ファンダンゴ /リトルネロ) - 6v - 7r -7v - 9r - 9v - 10r -10v -8r - 11v 「エル・プエルトの雄牛たち」 - 12r -12v -13r - 13v - 14r - 14v - 15r - 15v - 16v - 16r 「ファンダンゴ風メヌエットと変奏」 - 18r - 18v - 17r - 18v - 19r - 19v - 20r - 21v - 21v - 22r - 1r (アラゴンのホタ) - 1v - 2r - 3r - 3v - 4r - 4v<br />
<br />
<br />
金喜聖(1996- )：K-POPガールズ「GOLDEN」によるパラフレーズ (2025、初演)　４分<br />
<br />
<br />
　　（休憩）<br />
<br />
<br />
スペインの歌による演奏会用大幻想曲 S.253 (1845、遺作)　１４分<br />
ファンダンゴ - カチューチャ（19世紀アンダルシア地方のボレロ） - アラゴンのホタ<br />
<br />
<br />
メンデルスゾーン《真夏の夜の夢》の「結婚行進曲」と「妖精の踊り」 S.410 (1850)　１０分<br />
<br />
<br />
オベール《ポルティチの唖娘》による華麗なるタランテラ S.386 (第2版、1846/69)　１０分<br />
導入部 - 第3幕「タランテラ」 - 第4幕終曲「Allegro marziale」 - Stretta, vivace assai<br />
<br />
<br />
<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202511/13/10/c0050810_01091103.jpg" alt="_c0050810_01091103.jpg" class="IMAGE_MID" height="656" width="500" /></center><br />
<br />
<br />
"Liszt Ferenc nyomában, látomásai és vívódásai"<br />
Hiroaki OOI, fortepiano<br />
Shōtō Salon (1-26-4, Shōtō, Sibuya-ku, Tokyo) [Google Map https://shorturl.at/bgzJM]<br />
Instrument: An original Hammerflügel by Érard [1840, Paris, 80 keys, 430Hz]<br />
Edition: The New Liszt Complete Critical Edition (NLE), Editio Musica Budapest (1972/2021)<br />
4,000 yen<br />
reservation: poc@artandmedia.com（Art &amp; Media Inc.）<br />
<br />
<br />
Sat. 20 December 2025, 6pm start<br />
Heui Sung Kim (1996- ): Paraphrase on the theme of HUNTR/X “Golden” (from K-Pop Demon Hunters) for fortepiano (2025, Commissioned Work, World Premiere)<br />
Franz Liszt (1811-1886) : Réminiscences de Lucrezia Borgia S.400 (1840), Galop S.218 (1841), Réminiscences de Don Juan S.418 (1841), Réminiscences de 'Robert le diable' S.413 (1841), Fantasie über Themen aus Mozarts Figaro und Don Giovanni S.697 (1842/1993, completed by Leslie Howard), Klavierstück über spanische Themen [Fragment] (Zongoradarab spanyol témákra [Töredék]) S.695c (1845), Grosse Konzertfantasie über spanische Weisen S.253 (1845), Hochzeitsmarsch und elfentanz S.410 (1850), Tarantelle di bravura d'après la tarantelle de 'La muette de Portici' S.386 (1869)<br />
<br />
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金喜聖《K-POPガールズ「GOLDEN」によるパラフレーズ》 (2025、委嘱初演)<br />
<img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202511/29/10/c0050810_23515510.jpg" alt="_c0050810_23515510.jpg" align="right" class="IMAGE_RIGHT" height="200" width="200" />　Netflix映画《K-POPデーモン・ハンターズ》(2025年6月公開）は、K-POPガールズグループ「HUNTR/X」（ハントリックス）がアイドル活動の裏で人々を脅かすデーモンと戦う、ミュージカル要素を取り入れたファンタジーアニメである。主人公たちはその力を結集し、ライバルの悪霊系ボーイズグループ「サジャ・ボーイズ」と、舞台と舞台裏で対決する。クライマックスや重要な絆の場面で繰り返し使用される劇中歌「GOLDEN」は、アイドルソングとしては異例の３オクターヴの音域を駆使し、ビルボードHOT100やイギリスのオフィシャルシングルチャートで1位、韓国国内外の主要音楽チャートでも首位を獲得する異例の大ヒットを記録し、K-POP史上初の「グラミー賞」（2026年2月発表）主要４部門にノミネートされている。<br />
　本作では、19世紀ロマン主義が持つお決まりの表現の上に、現代のポピュラーなメロディーを重ねることで、パラフレーズという手法そのものを掘り下げている。もとの曲と、その上に載せられた新しい様式とのあいだには、緊張感がある。ロマン派時代の技巧的な表現―たとえば特有の音の厚みや強弱の身振り―を、ひとつの形式として利用しているのだ。もっともその下には、原曲の構造がちゃんと残っていて、新しいスタイルの中に完全に溶けきってはいない。この作品は、いわば音楽のパリンプセスト（重ね書きされた羊皮紙写本）、ちょっとした時代錯誤のパフォーマンスでもあり、音楽の「格」をめぐる問いかけでもある。現代のメロディーをフランツ・リストの演奏会のような場―1840年製エラールのC1からG7の音域内で―に置くことで、「芸術音楽」と「大衆音楽」の境目を探っている。（金喜聖）<br />
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金喜聖 Heui Sung Kim, composer<br />
<img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202511/19/10/c0050810_11491317.png" alt="_c0050810_11491317.png" align="right" class="IMAGE_RIGHT" height="240" width="240" />　金喜聖（キム・ヒソン、김희성）は、1996年韓国忠清北道生まれの作曲家・ピアニスト。英バース大学建築学科卒、ソウル藝術大学校に学ぶ。クラシックピアノの技巧と、ジャズ、Jポップ、ドラムンベース、ハイパーポップといった多様なジャンルの和声語法を融合させることに力を入れている。2013年に解説したYouTubeチャンネル（登録者数12,500人）では、現在までに131本の動画を公開。代表的なオリジナル曲に、《ピアノソナタ第4番》(2019)、《The Thingymajig》(2022)、《Pineapple Train》(2023)、《奚琴とピアノのための「前奏曲」》(2024)等。<br />
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<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202511/29/10/c0050810_22590992.jpg" alt="_c0050810_22590992.jpg" class="IMAGE_MID" height="393" width="500" /></center><br />
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グランド・オペラとピアノ編曲<br />
上山典子（静岡文化芸術大学教授）<br />
<br />
<br />
18世紀後半の古典派と19世紀ロマン主義の時代は、音楽史的に類似性（あるいは連続性）が強く、時代を特徴づけるジャンルの多くを共有する。しかし歴史的には啓蒙主義の18世紀と対立するこの新しい世紀、音楽美学や思想、精神性には明らかな変化がみられるようになった。その根幹は理性を徹底した合理主義への反動であり、感情や直感、強烈な表現力と創造力を重視する絶対主観主義の姿勢であった。そして創作には、調和のとれた形式や普遍的規範よりも、強烈なオリジナリティーが求められるようになった。<br />
また、無限の彼方や未知なるものへの憧れを特徴とするロマン的傾向は、あらゆる芸術分野のなかでも、音楽に最も強烈に示された。例えばドイツでは世紀初頭以降、ことばを用いない純粋器楽、特に交響曲のジャンルに高い美的地位が与えられ、器楽優位の思考としていわゆる絶対音楽の理念が生まれた。それは非物質的な音素材で無限なものを表現する芸術であり、天才の所業にふさわしい崇高な創造行為とみなされた。同じくロマン的言語で語るピアノ曲も、無限の憧憬を呼び起こす詩的音楽、無言歌として愛奏された。一方のフランスでは、18世紀を通して確立された音楽最高のジャンルとしてのオペラが依然として不動の地位にあり、1830年頃にはロマン主義時代にふさわしいグランド・オペラが花開いた。<br />
こうしたロマン主義の精神に特徴づけられる19世紀は、近代音楽史の幕開けとみなされる。18世紀までのほとんどの音楽家は宮廷や教会などに雇われる身だったが、フランス革命以降、社会における音楽家の地位と立場は大きく変化した。この変化はやがて、音楽と大衆との関係にも明白に表れるようになり、市民階級の趣味や動向が日々の音楽文化を形成するようになっていった。このような近代的音楽生活の象徴が、都市部を中心に日常的に開かれるようになった公開演奏会である。<br />
芸術音楽が市民階級にも普及するようになったこの時代、入場料を受け取る演奏会には不特定多数の聴衆が集まるようになった。音楽家には時代の流行や人々の嗜好に合わせた工夫が求められ、名人芸的な演奏が絶大な人気を集めた。その先駆的存在が、大衆はもちろんのこと、多くの音楽家たちにも衝撃を与えたヴァイオリニスト、ニコロ・パガニーニである。そしてそのパガニーニに触発されてピアノ界のパガニーニを目指し、彼に勝るとも劣らぬ効果で世間を熱狂の渦に巻き込んだフランツ・リスト、国際的に活動するピアニストの先駆けとなったフリードリヒ・カルクブレンナー、超絶技巧のピアノ演奏でリストと人気、名声を分かち合ったジキスモント・タールベルクなど、高度な技巧で人々を魅了するカリスマ的なヴィルトゥオーソ・ピアニストが相次いで誕生した。<br />
こうしたピアニストたちの活躍により、19世紀前半には近代的リサイタルのシステムが確立したが、演奏会のプログラムは現代とは大きく異なっていた。例えば、1830～40年代にヴィルトゥオーソ・ピアニストとしてヨーロッパ中を駆けめぐったリストの演奏曲目を見てみると、ピアノのためのオリジナル曲はわずかで、およそ8割が編曲で占められていた。人気上位は、いずれもリスト自身が手がけた同時代のオペラ編曲やフランツ・シューベルトの歌曲編曲である。もちろんこの時代には、そのリストをはじめとする天才作曲家が次々と現れ、数々のオリジナル作品を生み出していた。しかし19世紀前半、市民階級が主な聴衆となった会場で人々を熱狂させた演奏曲目は、少なくとも数の上では、オリジナル曲よりも編曲が圧倒していたといえるだろう。<br />
一方、音楽は大規模なコンサート会場だけでなく家庭やサロンなどの空間でも鳴り響き、家族や客人の愉しみのためのピアノ曲や歌曲のジャンルが人気を得た。こうした市民音楽の流行は楽譜出版業の急速な発展をもたらし、ピアノを保有する裕福な家庭の子女や音楽愛好家向けのピアノ曲（性格的小品、練習曲、連弾曲、歌曲編曲など）が大量に出回った。ヨーロッパ音楽文化の発信地から遠隔の地に至るまで、人気作曲家による流行りの音楽が楽譜という媒体を介して、遍く、しかも比較的手ごろな値段で届けられるようになったのである。<br />
また、オペラ劇場や演奏会における最新の動向を人々に伝える音楽雑誌の出版も盛んになり、音楽批評、音楽ジャーナリズムの分野も確立された。ブルジョワ市民が主な読者層となった定期刊行物は、都市によって多少の差はあるものの、演奏会レビューやオペラ関連の記事に多くの紙面を割いた。特にパリにおいては、注目オペラの初演に対して20～30もの個別記事が掲載されるのが常だった。<br />
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<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202511/29/10/c0050810_23020613.jpg" alt="_c0050810_23020613.jpg" class="IMAGE_MID" height="354" width="500" /></center><br />
<br />
<br />
このように、19世紀の市民音楽文化は新たな市場を次々と生み出し、音楽を介した経済活動を活性化させた。ここで、市民社会に解放された近代音楽生活の特筆すべき現象であるブルジョワ層の台頭、公開演奏会の日常化、ヴィルトゥオーソ・ピアニストの誕生、そして楽譜出版の興隆など、いずれの現象とも密接な関係があるものとして、「編曲」の存在に注目する必要が出てくる。<br />
実際、19世紀は西洋音楽史上、編曲が最も盛んに作られ、流通し、消費された時期である。多種多様な演奏形態の編曲が作られ、楽譜出版業の拡大と共に、市場には無数の編曲譜が出回った。なかでも楽器の改良と普及、ヴィルトゥオーソ・ピアニストの登場、公開演奏会の発達に音楽サロンの興隆といったさまざまな社会文化史的要因を背景に、この黄金期を支えたのは明らかにピアノのための編曲だった。そして、親しみやすい旋律や人気の場面に基づくオペラ編曲（いわゆる原曲に「忠実」な編曲よりも、華麗なパラフレーズ、ファンタジー、変奏曲など）は、その花形だった。<br />
世紀初頭、こうした編曲の第一の大義には、原曲の形で聴くことの出来ない同時代の曲をより多くの人々に届ける作品の普及が挙げられたが、やがてそれは当初の目的とはかならずしも関係なく、ピアニストにとっては演奏会やサロンで欠くことの出来ないレパートリーとなった。また、原曲を上回る勢いと幅広さで社会に供給された編曲の印刷譜は、家庭にピアノを所有する音楽愛好家やブルジョワ階級の楽譜購買意欲に応える市場の人気商品になった。<br />
大衆向けの編曲が大量に生産された結果、編曲者の名前さえ不明の、決して質の高くない楽譜が氾濫したことも事実であった。しかしオペラ編曲は編曲者、楽譜出版業者、そして楽譜購入者、すなわち供給者・流通業者・需要者のすべてに利をもたらす市民社会の一大人気商品であり、当時の音楽家にとって、その作成に従事することは不可避であり、時代の使命でもあった。<br />
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<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202511/29/10/c0050810_23015417.jpg" alt="_c0050810_23015417.jpg" class="IMAGE_MID" height="355" width="500" /></center><br />
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七月王政期の記念碑的ジャンル、グランド・オペラは、パリのオペラ座を出発点に、ヨーロッパ中の舞台、音楽、美術を圧倒し、ひいては文化、人々をも支配した。なかでもその典型とみなされる《悪魔のロベール》は驚異的な人気を博し、1831年のオペラ座初演以降、1893年までの60年余りにわたりほとんど休みなく758回も上演され、オペラ上演史上空前の大ブームを巻き起こした。また翌年には早くもロンドン、ベルリン上演を開拓すると、以降は破竹の勢いで、ウィーン、プラハ、フィレンツェ、サンクト・ペテルブルク、ジェノヴァ、マドリードなどヨーロッパ主要都市の舞台を征服し、《悪魔のロベール》とその作曲者ジャコモ・マイヤベーアはあの「ロッシーニ旋風」に匹敵する、そして時期的・地域的広がりの観点からはそれを遥かに凌ぐ成功を収めた。<br />
もちろんマイヤベーアの当時の評判は、この一作に頼るものではない。1836年の初演以降、第二次世界大戦まで定番レパートリーの地位を確保し、オペラ座で800回以上も上演された《ユグノー教徒》は、彼の最高傑作と謳われる。そして《預言者》もまた、1849年の初演以降何十年にもわたり、国内外のあらゆる主要劇場のレパートリーでありつづけた。こうしたグランド・オペラの盛隆は、パリこそがオペラ文化の中心地であることを知らしめるとともに、マイヤベーアをヨーロッパ随一の人気オペラ作曲家に認定するものとなった。プロイセン・アカデミー会員やフランス学士院会員としての栄誉、各国で授与された名誉の数々は、当時の誰をも、マイヤベーアが国際的なオペラ作曲家として不朽の名声を得たものと確信させた。<br />
では、19世紀の音楽文化を牽引したグランド・オペラの主要な観客は、一体どのような人々だったのだろうか。公開演奏会が一般化した1830年代だが、音楽、美術、演劇などの総合芸術として上演に多数の人員を要する豪奢なオペラは、依然として一般市民には縁遠いジャンルであった。この時期、新しい聴衆の開拓と取り込みに熱心だったオペラ座には、確かに半世紀前では考えられなかった市民階級が大量になだれ込むようになっていたが、それでも、観客のほとんどは、「貴族ではないとしても、社会的特権階級であったことは否めない」。彼らは（少なくとも表面上は）18世紀の宮廷文化さながら、貴族風の品位と権力を保持し続けており、パリに限らずオペラ劇場というものは、こうした階級の「社交の場」とほとんど同義語であった。労働者階級はもちろんのこと、中産階級であっても、すべての人々がオペラ劇場に気軽に足を運べるようになったわけではなかった。<br />
加えて、オペラの上演は圧倒的に大都市で行われていた。つまり、贅の限りを尽くした演出でグランド・オペラを上演できるのは豪華絢爛な大劇場に限られており、ヨーロッパ全地域の人々がオペラ座やスカラ座、そのほか各地の宮廷劇場に集ったわけではなかった。大規模で華やかな最新のグランド・オペラを日常的に堪能していた紳士淑女とは、依然として存在した特権階級や亡命貴族、そして産業や商業の発展で大成功を収めた都市部のブルジョワ最上層だったのである。<br />
だからと言って、19世紀ヨーロッパの文化現象とも言われるグランド・オペラが、一般市民階級に馴染みのない存在だったわけではない。ロジャー・パーカーは次のように指摘している――「都市の劇場で公開上演されるオペラが、こんにち的な意味合いで『一般的な』（popular）楽しみとは決して呼ばれえないが、しかしこの［19世紀前半］、劇場での普及が示すよりも、はるかに幅広い現象となっていた」。その現象を可能にしたものとは、パロディーや改作を含む舞台演劇、そしてヨーロッパ中に広まった無数の「編曲」であった。確かに、社交の場としてのオペラ劇場に集ったのは貴族や都市の新興ブルジョワ階級だったものの、多くの一般市民は原曲オペラの片鱗に触れる機会を、演奏会ホールや家庭で響くピアノのための編曲を通して得ていた。オペラ編曲は日常的にオペラ劇場に通うことは出来ない、あるいは都市の劇場とは縁遠い市民階層に、日々の音楽生活を豊かに彩る「一般的な」楽しみを提供するものだったのである。<br />
しかし、ピアノ1台で演奏する編曲が、音楽、台本、演出、舞台、衣裳、合唱、バレエなどさまざまな芸術の集大成であり、上演においては「ビジュアル効果」が作品の評価に大きな影響を与えるグランド・オペラの代替になりえたのだろうか。例えば、豪華な衣裳と壮大な舞台美術、ガス灯をはじめとする前代未聞のハイテク装置など、多額の経費を費やしたスペクタクルな演出で観客を魅了した《悪魔のロベール》は、聴くだけでなく、見なくてはならない劇的でロマン的な大オペラである。<br />
そこで登場したのが、いわゆるピアノ譜としての編曲ではなく、「オペラ・ファンタジー」、「オペラ変奏曲」、そして「追想」（Réminiscences）や「挿絵」（Illustrations）といった、新しい時代の新しい手法によるオペラ編曲だった。それは音符対音符の単なる置き換えではなく、原曲を創造的に扱い、さまざまなレベルの奏者と演奏シーンを想定して作られた、19世紀ブルジョワ市民音楽文化の産物だった。アマチュア奏者向けの編曲は市民階級の家庭で大量に消費される一方、超絶技巧を要する編曲は、多くの場合、編曲者自身が演奏会で披露し、会場を大いに盛り上げた。このように、オペラ編曲は原曲をしのぐほどの勢いでヨーロッパ中に広がり、オペラ座の聴衆にはならなかった市民階層にまで浸透してゆくことになった。編曲の素材となった原曲のほとんどは同時代の大人気オペラだったことから、こうした編曲は当時の劇場レパートリー、人々の趣味を直接反映するものだったといえるだろう。<br />
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<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202511/29/10/c0050810_23041571.jpg" alt="_c0050810_23041571.jpg" class="IMAGE_MID" height="334" width="500" /></center><br />
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各地で旋風を巻き起こしたグランド・オペラは、都市のオペラ劇場での上演のほか、ヴィルトゥオーソ・ピアニストたちによる編曲を介してさらに広範囲の、より多様な階層の人々にも届けられた。まさにこのグランド・オペラ全盛期の1830～40年代、ピアニストとしてヨーロッパ中を舞台に演奏旅行を繰り広げたリストは、王侯貴族、ブルジョワ階級、そして一般市民にもオペラ編曲の演奏を届けていった。なかでも1841年に相次いで完成した《悪魔のロベール追想》、《ノルマ追想》、そして《ドン・ジョヴァンニ追想》はいずれも独創的な傑作であり、各地の演奏会で欠かせないレパートリーとして活用された。原曲オペラの初演年や人気・知名度を考えると、これらの編曲作成が原曲の普及を第一の目的としたものでないことは明らかである。それは間違いなくリスト自身の演奏レパートリー用であり、事実、きわめて高度なヴィルトゥオーソ作品となっている。しかし「こうした編曲は、リストが作曲家としての能力も持ち合わせていることを世間に認知させる役割も果たしていた」と指摘されるように、オペラ編曲が有する表面的華やかさと創造的で豊かな音楽性が並存しうることを示している。<br />
ここで、リストの演奏会曲目に注目していこう。《悪魔のロベール追想》は1841年3月27日、パリ、エラールのサロンで、一席20フランという、当時としては「とてつもなく高い、まったくもって普通ではない」入場料の演奏会で初演された。プログラムは《ギヨーム・テル序曲》で開始し、《ランメルモールのルチア追想》、シューベルトの歌曲編曲《セレナード》と《アヴェ・マリア》、ピアノ・オリジナル曲として《マゼッパ》と《半音階的大ギャロップ》が続き、完成したばかりの《悪魔のロベール追想》で締めくくられ、大興奮と鳴りやまぬ拍手で大成功を収めた。およそ二週間後の4月13日にもリストはほぼ同じプログラムで演奏会を行い、人々の熱狂は再び最高潮に達した。<br />
さらに、4月25日の「ベートーヴェンの記念碑建立の資金集めのための演奏会」は、エクトール・ベルリオーズの指揮で、ピアノ協奏曲第5番 変ホ長調をはじめとするオール・ベートーヴェン・プログラムで構成されるはずだった。しかし演奏会のさいごに聴衆が熱望したのは《悪魔のロベール追想》で、リストがそれに応じたことは、ちょっとした物議を醸す事態となった。<br />
こうしたオペラ編曲がプログラムの骨格を占める演奏会は、グランド・オペラの中心地に限ったことではなかった。それらがドイツでのコンサートでも重要なレパートリーであったことは、マイケル・サフルの研究によっても実証されている。1840～45年の間にドイツで行われたリストの演奏会レパートリーを調査したサフルの統計によると、上位10曲のうち8曲が編曲で、そのうち6曲がオペラ編曲、2曲がシューベルトの歌曲編曲だった。演奏頻度第1位はリストのショーピース《半音階的大ギャロップ》で、約70回にのぼった。第2位は1838年に編曲した《魔王》で、65回以上登場していた。そして以下は、華麗なオペラ編曲が続く――第3位《ドン・ジョヴァンニ追想》55回以上、第4位《悪魔のロベール追想》50回以上、第5位《ランメルモールのルチア追想》40回以上、第6位《ギヨーム・テル序曲》約40回、第8位《清教徒追想》35回以上、第10位は《へクサメロン》で30回以上演奏されていた。<br />
都市別で見てみると、のちにリストが宮廷楽長に就任することになるヴァイマルでも、プロイセン王国の首都ベルリンでも、プログラムの中心は《ヘクサメロン》、《魔王》、《ドン・ジョヴァンニ追想》、《ギヨーム・テル序曲》、《悪魔のロベール追想》、《半音階的大ギャロップ》だった。1841年末から2か月にわたる伝説的なベルリン・ツアーの初回、12月27日にジングアカデミーでの演奏会に出向いた同地の名士カール・アウグスト・ファルンハーゲン・フォン・エンゼは、会場が猛烈な喝采に包まれたこと、そしてボックス席の国王ヴィルヘルム4世をはじめ、王国の貴族たち、マイヤベーア、フェーリクス・メンデルスゾーン、ガスパーレ・スポンティーニ、音楽批評家のルートヴィヒ・レルシュタープらが聴衆として居合わせたことを記録している。このベルリンでリストが巻き起こした旋風と熱狂の渦は、ハインリヒ・ハイネによって呈された「リストマニア」（Lisztmania）の用語で知られる。<br />
海を越えたイギリスでもこの傾向は変わらず、1840年代、同地では少なくとも《半音階的大ギャロップ》、《ヘクサメロン》、《悪魔のロベール追想》、《ランメルモールのルチア追想》、《ユグノー教徒》、《ノルマ追想》がレパートリー化されていた。<br />
リストのオペラ編曲はマルセイユの港から運ばれてきたボワスロ社のピアノを通して、イベリア半島にも届けられた。1844年10月22日、33歳の誕生日にマドリードに到着したリストは同地で4度の演奏会を開催し、再び大成功を収めた。プログラムはもっぱら《ドン・ジョヴァンニ追想》、《ノルマ追想》、《清教徒》、そして《半音階的大ギャロップ》で構成されており、即興演奏も行われた。翌年初頭、リスボンに移動したリストは12回の演奏会に登場し、華やかなオペラ編曲で人々を魅了した。<br />
このように、ヴィルトゥオーソ・ピアニスト時代の演奏曲目は、リスト自身が手がけたオペラ編曲がすべての中心だった。同じ都市で複数回行われる演奏会シリーズの場合、各回の演奏曲目は多少変更されていたが、オペラ編曲はかならず演奏されており、なかでも《ドン・ジョヴァンニ追想》、《悪魔のロベール追想》、《ノルマ追想》、《ランメルモールのルチア追想》、《ヘクサメロン》、《ギヨーム・テル序曲》から複数曲が、ほぼ例外なく取り入れられていた。さらに、アンコール曲の定番は、ブラヴーラの典型と言われるリストの《半音階的大ギャロップ》だったが、《悪魔のロベール追想》が追加されることもしばしばだった。当時の聴衆の人気を背景に、オペラ編曲は演奏会レパートリーとして不可欠の位置、そして不動の地位にあり、リストが演奏会に登場するたびに、これらの曲はさらに多くの人々の耳に届けられていった。<br />
実際、どれほどの聴衆がリストのオペラ編曲を耳にしたのだろうか。1841年7月上旬にハンブルクで行われた北ドイツ音楽祭の聴衆は4千人以上、翌年4月に行われたサンクト・ペテルブルクの演奏会でも、貴族協会の大ホールに駆けつけた聴衆はおよそ3千人にのぼった。マドリードでのコンサートは、「いまだかつてピアニストがソロの演奏会を開催したことはなかったほどの大劇場」というテアトロ・シルコで、一公演あたり2,000フランの巨額出演料で開催された。そのほかパリのイタリア座、ベルリンのジングアカデミー、ヴァイマル宮廷劇場、ウィーン楽友協会ホールなどいずれの会場でも、《悪魔のロベール追想》をはじめとするグランド・オペラの編曲が演奏された。リストの演奏会は通常ではオペラ上演やオーケストラの公演を行うような大劇場で行われることもしばしばで、聴衆が千人を超えることも珍しくはなかった。例えばフレデリック・ショパンがまさに同時期に、パリ・サロンの親密な社交空間で行っていたような「限定された」客人向けの演奏会とは、層も数もまったく様相が異なっていたのである。<br />
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[初出：「《悪魔のロベール》とパリ・オペラ座」（上智大学出版、2019）]<br />
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<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202512/14/10/c0050810_19595821.jpg" alt="_c0050810_19595821.jpg" class="IMAGE_MID" height="328" width="500" /></center><br />
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]]></content>
  </entry>
  <entry>
    <title>11/15（土）18時　1840年製エラールによる《リストの轍》第2回公演 [2025/11/11 update]</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://ooipiano.exblog.jp/33844669/" />
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    <issued>2025-11-11T09:29:00+09:00</issued>
    <modified>2025-11-11T09:29:53+09:00</modified>
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    <author><name>ooi_piano</name></author>
    <dc:subject>リストの轍 2025</dc:subject>
    <content type="html"><![CDATA[大井浩明　フォルテピアノリサイタル<br />
《フランツ・リストの轍》（全5回）<br />
Liszt Ferenc nyomában, látomásai és vívódásai<br />
松濤サロン（渋谷区）<br />
全自由席4,000円<br />
お問い合わせ　poc@artandmedia.com （アートアンドメディア株式会社）<br />
<br />
<br />
〈使用楽器〉 1840年製エラール(Érard)社フォルテピアノ [80鍵、430Hz]<br />
〈使用エディション〉 新リスト全集 (1972/2021、ミュジカ・ブダペシュト社)<br />
チラシ 表・裏<br />
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【第2回公演「射光のヴィルトゥオーゾⅠ」】 2025年11月15日（土）18時開演（17時半開場）<br />
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<br />
アレヴィ《ユダヤ教徒の女》の回想 S.409a (1835)　　１５分<br />
第５幕 合唱「何たる愉悦、何たる喜び！彼らに鉄と火を浴びせよ！」 - 第3幕 エウドクシア王女のボレロ「我が優しい君主よ、この優美な額に」 - Var. I - Var. II, Quasi improvvisato - Finale<br />
<br />
<br />
15世紀のフス教徒の歌 S.234 (1840)　　８分<br />
<br />
<br />
マイアベーア《ユグノー教徒》による大幻想曲 S.412 (第3版、1836/1842)　　１６分<br />
第4幕 ラウルとヴァランティーヌの二重唱「ああ！どこへ行かれるのですか？」 - コラール「神は我がやぐら」<br />
<br />
<br />
（休憩）<br />
<br />
<br />
ベッリーニ《清教徒》の回想 S.390 (第2版、1836)　　１８分<br />
第1幕第3場 アルトゥーロのカヴァティーナ「いとしい乙女よ、あなたに愛を」 - エルヴィーラのポロネーズ「私は愛らしい乙女」<br />
<br />
<br />
ベッリーニ《ノルマ》の回想 S.394 (1841)　　１６分<br />
　第1幕第1場 ドルイド教徒の合唱「ノルマが来るぞ」 - オロヴェーゾ「あの丘へ登れ、おおドルイド教徒たちよ」 - 同「御身の予言の力を」 - 第2幕第3場 ノルマ「ああ！あの子らを犠牲にしないで下さい」 - ノルマ「あなたが裏切った心が」 - ノルマ「父上、泣いておられるのですか？」 - 第2幕第2場 ノルマ「戦だ、戦だ！」<br />
<br />
<br />
佐野敏幸(1972- )：शारदा वन्दना  (2025、委嘱初演)　　７分<br />
I. - II.<br />
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（休憩）<br />
<br />
<br />
神よ女王を守り給え S.235 (第2版、1841)　　６分<br />
<br />
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ベートーヴェン《アテネの廃墟 Op.113》によるトルコ風奇想曲 S.388 (1846)　　９分<br />
第4曲「トルコ行進曲」 - 第3曲 回教僧の合唱「貴方は袖の襞に月を携え、それを打ち砕いた。カアバよ！ムハンマドよ！」<br />
<br />
<br />
J.S.バッハのカンタータ第12番《泣き 歎き 憂い 慄き》の通奏低音と《ロ短調ミサ》の「十字架に釘けられ」による変奏曲 S.180 (1862)　　１６分<br />
主題と43の変奏 - コラール「神の御業は全て善し」<br />
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"Liszt Ferenc nyomában, látomásai és vívódásai" <br />
Hiroaki OOI, fortepiano<br />
Shōtō Salon (1-26-4, Shōtō, Sibuya-ku, Tokyo) [Google Map https://shorturl.at/bgzJM]<br />
Instrument: An original Hammerflügel by Érard [1840, Paris, 80 keys, 430Hz]<br />
Edition: The New Liszt Complete Critical Edition (NLE), Editio Musica Budapest (1972/2021)<br />
4,000 yen<br />
reservation: poc@artandmedia.com（Art &amp; Media Inc.）<br />
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Sat. 15 November 2025, 6pm start<br />
Toshiyuki Sano (1972- ): Commissioned work for fortepiano (2025, world premiere)<br />
Franz Liszt : Réminiscences de La juive S.409a (1835), Hussitenlied S.234 (1840), Réminiscences des Huguenots S.412 (3rd version, 1836/1842), Réminiscences des Puritains de Bellini S.390 (2nd version, 1837), Réminiscences de Norma S.394 (1841), God Save the Queen S.235 (2nd version, 1841), Capriccio alla turca sur des motifs de Beethoven S.388 (1846), Variationen über das Motiv von Bach S.180 (1862)<br />
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<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202510/18/10/c0050810_19425986.jpg" alt="_c0050810_19425986.jpg" class="IMAGE_MID" height="754" width="500" /></center><br />
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佐野敏幸《शारदा वन्दना》（2025、委嘱初演）<br />
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この作品は、ピアノを「祭壇」として捉え、音を通して祈りを捧げるという発想から生まれた。基となったのは、インドの巨匠Ustad Allauddin Khan が創始したマイハール楽派（Maihar gharana）に伝わる讃歌《Shāradā（Hymn to Saraswatī）》である。<br />
サラスワティ（Saraswatī）は、ヒンドゥー教において知恵・学問・芸術・音楽・言葉を司る女神であり、創造神ブラフマーの妃として知られる。サラスワティは宇宙を「音（ナーダ nāda）」によって秩序づけ、あらゆる創造の源泉に響く聖なる振動そのものを象徴する。聖なる河「サラスワティ川」の神格化としても信仰され、水が清め流すように、無知を洗い流し智慧を授ける存在とされた彼女のもう一つの名「ヴァーク（Vāk）」は「言葉」を意味し、詩人や学者、音楽家に霊感を与える。白衣をまとい、蓮に座し、手にヴィーナ（インドの弦楽器）を持つ姿は、純粋な知と音楽の流れを象徴する。<br />
「シャーラダー（Shārada）」はサラスワティの別名であり、音楽・詩・韻律・旋律の流れを司る神格として崇められる。その名は「秋（śarada）の光明」に由来し、響きの成熟と調和を象徴する。<br />
<br />
<br />
本作では、インド音楽の旋律体系ラーガ（rāga）のひとつ、ラーガ・バイラヴィ（Rāga Bhairavi）を基調としている。バイラヴィは朝の時間帯に演奏される伝統的なラーガで、精神の目覚めや新たな始まりを象徴する。さらに創作解釈として、バイラヴィはヒンドゥー教の女神としても描かれることがある。<br />
女神バイラヴィは、破壊と変容、浄化と覚醒の力を象徴する存在であり、シヴァ神の力（シャクティ、Shakti）を体現するとも言われる。外的な闇を打ち砕き、内なる無明や煩悩を焼き尽くす火の力を持つ女神として信仰されてきた。その象徴的力を、ラーガ・バイラヴィの荘厳かつ沈潜する旋律に重ねることで、本作ではサラスワティの知と光、バイラヴィの浄化と覚醒の力が交錯する。<br />
<br />
<br />
第1楽章はリズムを伴わないアーラープ（ālāp）の形式で始まり、音が祈りのように静かに立ちのぼる。終盤では多様なラーガを次々と用いる「ラーガマーラー（Rāgamālā）」の手法により、サラスワティの知と光、バイラヴィの浄化の力が交錯する音世界を表現する。<br />
第2楽章は讃歌《Shāradā》を主題とし、16拍子に構成されている。全体を108小節としたのは、インドにおける聖なる数字に由来する。108は宇宙の周期や煩悩の数、神々の名の象徴とされ、サラスワティにも108の名が伝えられる。<br />
ピアノという西洋楽器を「祭壇」と見立て、音楽を祈りの儀式として昇華する――この作品は、知と光の女神サラスワティへの讃歌であり、浄化と覚醒をもたらすバイラヴィの象徴的力への祈りでもある。二つの神性が融け合う瞬間を、音として描き出すことを目指した。（佐野敏幸）<br />
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<br />
佐野敏幸 Toshiyuki Sano /Santhosh, composer<br />
<img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202510/18/10/c0050810_19354728.jpg" alt="_c0050810_19354728.jpg" align="right" class="IMAGE_RIGHT" height="233" width="308" />1972年愛知県豊橋市生まれ。京都大学理学部卒。13歳頃より独学でギターとピアノを始める。1992年、ギタリスト北口功氏に師事。同年、レオ・ブローウェル国際ギターコンクール入選。1995年、西洋音楽と自身のミスマッチを感じ始めていた頃にインド音楽に出会う。1996年、シタール奏者の田中峰彦氏の紹介により、Amit Roy氏に師事。より深くインド音楽を学ぶため、2000年よりAmit Roy氏のそばに移り住み研鑽を積む。楽器はシタールとスルバハール（大型で低音域のシタール）を奏する。2005年、タブラの巨匠Anindo Chatterjee氏との共演により、CD「Ｍemory」を製作。作曲作品に、歌とピアノのための《Sandhyaprakash - meeting of the light》(2007)、チェンバロ独奏のための《GRS》(2009)などがある。<br />
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]]></content>
  </entry>
  <entry>
    <title>11月9日（日）《ロベルト・シューマンの轍》第２回公演 [2025/11/03 update]</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://ooipiano.exblog.jp/33843477/" />
    <id>http://ooipiano.exblog.jp/33843477/</id>
    <issued>2025-10-24T00:26:00+09:00</issued>
    <modified>2025-11-03T05:30:23+09:00</modified>
    <created>2025-10-16T18:58:44+09:00</created>
    <author><name>ooi_piano</name></author>
    <dc:subject>シューマンの轍</dc:subject>
    <content type="html"><![CDATA[<br />
<br />
大井浩明　連続ピアノリサイタル<br />
ロベルト・シューマンの轍<br />
Hiroaki OOI Klavierrezitals<br />
Robert Schumanns Fußspuren<br />
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<br />
松山庵 （芦屋市西山町20－1）　阪急神戸線「芦屋川」駅徒歩3分<br />
４000円（全自由席）<br />
〔要予約〕 tototarari@aol.com （松山庵）<br />
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<br />
後援　一般社団法人 全日本ピアノ指導者協会(PTNA) [ Ⅰ ・Ⅱ]<br />
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チラシ　表・裏<br />
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【第2回公演】11月9日（日）15時開演（14時45分開場）<br />
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<br />
《交響的練習曲 Op.13 + WoO 6》(1834/37) [ファンテジー（遺作）6曲を含む全19曲版]　３２分<br />
　Thême d'un Amateur / Andante - Etude I Un poco più vivo - Etude II Andante - Fantaisie 3 - Fantaisie 4 - Etude III Vivace - Etude IV  Allegro marcato - Fantaisie 10 - Etude V  Scherzando - Fantaisie 6 - Etude VI Agitato - Etude VII Allegro molto - Etude VIII Sempre marcatissimo - Etude IX Presto possibile - Etude X Allegro con energia / Fantaisie 7 / Etude X - Fantaisie 8 - Etude XI Andante espressivo - Etude XII (Finale) Allegro brillante<br />
《子供の情景 Op.15》(1838)　１８分<br />
　I. 見知らぬ国と人々について - II. 不思議なお話 - III. 鬼ごっこ - IV. おねだり - V. 満足 - VI. 重大な出来事 - VII. トロイメライ（夢） - VIII. 暖炉のそばで - IX. 木馬の騎士 - X. むきになって - XI. こわがらせ - XII. 眠る子供 - XIII. 詩人のお話<br />
《アラベスク Op.18》(1838/39)　６分<br />
　Leicht und zart - Minore I, Etwas langsamer - Tempo I - Minore II, Etwas langsamer - Zum Schluss<br />
<br />
<br />
　　（休憩）<br />
<br />
<br />
《花の曲 Op.19》(1839)　７分<br />
　I. Leise bewegt - II. Ein wenig langsamer - III. - II. - IV. - III. - II. - IV. - V. Lebhaft - II. Minore - IV. - II.<br />
<br />
《フモレスケ Op.20》(1839)　２５分<br />
　Einfach - Hastig - Einfach und zart /Intermezzo - Innig - Sehr lebhaft - Mit einigem Pomp - Zum Beschluss<br />
《4つの夜曲 Op.23》(1839)　１７分<br />
　I. Mehr lengsam, oft zurückhaltend - II. Markirt und lebhaft - III. Mit grosser Lebhaftigkeit - IV. Einfach / Adagio<br />
《君に捧ぐ（献呈） Op.25-1 /S.566》(1840/48) [F.リスト編独奏版]　３分<br />
<br />
<br />
　　---<br />
<br />
<br />
《ウィーンの謝肉祭の道化 Op.26》(1840)　２１分<br />
　I. Allegro - II. Romanze - III. Scherzino - IV. Intermezzo - V. Finale<br />
《3つのロマンス Op.28》(1839)　１４分<br />
　I. Sehr markiert - II. Einfach - III. Sehr markiert<br />
《スケルツォ、ジーグ、ロマンスとフゲッテ Op.32》(1838/39)　１１分<br />
　I. Scherzo - II. Gigue - III. Romanze - IV. Fughette<br />
《アンダンテと変奏曲 Op.46》(1843) [T.キルヒナー編独奏版、日本初演]　１３分<br />
　Andante espressivo - Var. I - Var. II Un poco più animato - Var. III - Var. IV Più animato - Var. V Più lento -  Un poco più lento - Var. VI Più lento - Var. VII Animato - Var. VIII - Var. IX - Var. X Doppio movimento - Tempo primo<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
〈使用エディション〉 新シューマン全集 (2011/2014/2016) <br />
<br />
<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202510/17/10/c0050810_13591273.jpg" alt="_c0050810_13591273.jpg" class="IMAGE_MID" height="401" width="500" /></center><br />
<br />
<br />
倒錯した崇高――シューマンとフモール<br />
山村雅治<br />
<br />
<br />
　芸術や哲学の姿は時代とともに移りかわる。シューマンが生きた時代は大きな転換期だった。ベートーヴェンは1827年に、ヘーゲルは1831年に帰らぬ人になった。ヘーゲルは《美学講義》（1835）のなかで書いていた。<br />
　「かつて芸術は絶対的なるものを意識するための唯一無二の方法だったが、人類はそうした段階をもはや突きぬけた。普遍的な形式や原則があらゆるものを決定する基準になり、すべてを執りしきった。だが芸術活動や芸術作品には概して、もっと血の通った要素が求められる。普遍的なものが規則や原則があらかじめ存在するのではなく、心情や感覚の動きと一体になって生命を帯びなければならないのだ」。<br />
<br />
<br />
　そしてゲーテが1832年に世から去る。1820年代から1830年代の芸術思潮の転換期は「ゲーテに代表される芸術の時代の終焉」と形容された。<br />
　ハイネによれば人びとは確信していた。「ゲーテの死とともにドイツでは新たな文学の時代が始まり、ゲーテとともに古きドイツは土の中に葬られた。文学における貴族の時代は終わりを迎え、市民の時代が幕を開ける。あるいは、個人の精神は終息し、万人の精神が産声をあげたのである」。<br />
<br />
<br />
　こうした確信に同調できた人物のうちにシューマンもいた。彼はリストが編曲したピアノ版のベルリオーズ《幻想交響曲》の新奇なリズムに、「ゲーテ／モーツァルトによる芸術の時代の花冠を頭に戴きながら、神々のごとく軽やかに空を舞う」規則正しいリズムとは正反対のものを感じとっている。若い世代のフランスの芸術家たちは『エルナーニ』を上演したヴィクトル・ユゴーのもとにあつまった。ドイツでも「若きドイツ／青年ドイツ派」が生まれ、ジャン・パウルの作風に理想を見た。<br />
<br />
<br />
　文学史のなかでジャン・パウルはどこにも位置づけられない。ロマン派の運動に加わらなかったし、ゲーテを信奉する一派ともかかわらなかった。同時代において完全に孤立した彼は、心と著作を切り離さなかった。「青年ドイツ派」の作家たちもまた実人生と作品のあいだに境界をもうけることはなかった。ジャン・パウルを崇拝したのは筋金入りの自由主義者たちだった。彼は「身分いやしき者たちの詩人」、「聖なる鐘のように真実が鳴りわたることは望めぬ苦難の時代の」フモリストと見られていた。<br />
<br />
<br />
　フモリストは「フモール Humor」を表現する。フモールとはユーモア（おかしみ）のこと。フモリスト、ジャン・パウルの小説ははじめは諷刺からはじまった。その対象は人間の個別的・現実的な側面へ向かう。だから諷刺は感傷主義小説に代表される感情の文学の対極に位置する。権力者を対象とし、人間の愚行や社会の悪弊を暴く諷刺はまた、婉曲を含む高い表現技術を必要とする。諷刺は、理性と感情の統合によって人間の真実に迫ろうとするジャン・パウルにとって、人間研究を積み言語の研鑽を重ねる機会を提供した。<br />
<br />
<br />
　さらに諷刺は、貧困に喘ぎ社会の底辺で生きるジャン・パウルにとって、圧倒的な力で自分に襲いかかってくる外界から自分の身を守り、生き延びるための手段でもあった。それは外界との断絶を生む。感傷主義小説の登場人物たちが現実との妥協を自分の美徳を汚す行為として拒絶するように、真理と正義の旗を掲げる諷刺家もまた、諷刺家である限り、世界の外側に立って世界と対峙しつづけなければならない。両者に共通するするのは、世界からの退場、すなわち、死である。諷刺に専念するなかで、ジャン・パウルの胸底で静かに醸成をつづけていた世界との和解を求める欲求は、自らの死への予感をきっかけに、ついに表に現れた。この和解への欲求こそ、ユーモアの精神であり、生への意志だった。<br />
<br />
<br />
　ジャン・パウルはユーモアを「倒錯した崇高」と呼ぶ。ユーモアは有限を無限との対比によって滅ぼすが、自らを滅ぼされる有限のなかに含める。ユーモアの根底にあるのは、人間が死を定められた存在であるという意識であり、この死の意識から生まれる地上的存在物にたいする寛容の態度である。ユーモアは自己と他者を結ぶ宥和と寛容の精神である。ユーモアの獲得によってジャン・パウルは世界と和解し、小説家としての足場を確保した。「わたしもあなたもいずれ死ぬんじゃないか」という冷厳な事実から生まれる人間存在そのものを包みこむ笑いによって。<br />
　若い音楽家たちも変わりゆく時代のなかにいた。<br />
　「ハイドンは叙事的な表現が優っているという意味でゲーテに、モーツァルトは抒情的で憂愁とないまぜになった情熱のゆえにシラーになぞらえよう。そしてベートーヴェンはといえば、すべてを包みこむフモールという点でジャン・パウルに、さらには劇的性格のゆえにイギリスのシェイクスピアにくらべられる」。ベートーヴェンの世界観は、フモールの力によって一切の一面的な制約を破壊する。<br />
　<br />
　シューマンは少年時代から文学にも関心があった。父アウグストは書店、出版社を経営して自ら著作もなした。とりわけ魅せられたのがジャン・パウルの作品だった。シューマンは耽読し、傾倒のあまり、自分より傾倒の度合いの少ないものを敵対者と見なしかねないほどだった。シューマンはライプツィヒの学生時代に借りた下宿部屋にはジャン・パウルとベートーヴェンの肖像画が掲げられていた。1828年に18歳のシューマンはアフォリズム集を出した。《天才とは何か。その陶酔性と独創性、その他の性質について》。そのなかで書いている。<br />
「天才のうちに秘められた最も大きな力とは、感傷とフモールが織りなす芸術の美にほかならない。こうした審美性はしばしばジャン・パウルの作品に見いだすことができるし、とくにベートーヴェン、シューベルトらに見いだすことができるだろう」。<br />
<br />
<br />
　また1828年の日記にはこう書いた。「ベートーヴェンの音楽を聴くと、ジャン・パウルの小説の朗読を聞くような気がする。シューベルトはむしろノヴァーリスに近い」。<br />
　S・ド・シル宛にはフモールの概念について説明したくだりがある。「フランス人は『フモレスケ』という用語を理解することはできないでしょう。あなたがたの言語が、夢想的な熱狂とフモールという、ドイツ国民性に根ざした二つの特性を適切に訳すのにぴったりの言語をもっていないのは不幸なことです。このフモールはいたずら者の機知と熱狂のまさに混ざりあったものなのです」。ジャン・パウルへの言及である。<br />
　シューマンは音楽では「ロマン的フモール」はベートーヴェン《交響曲第7番》と晩年の作品全般においてはじめて現れた、という後期ロマン主義者たちの核心を共有していた。　<br />
<br />
<br />
　「青年ドイツ派」のテオドール・ムント主宰の「文学的娯楽新聞」をシューマンは購読していたが、そこに掲載されたムントの言葉をみずから抜き書きしている。<br />
　「哲学者たちはほかならぬ音楽から学びとることができよう。うわべには青春の浮薄な戯れをよそおいながらも、世界の深奥にある物事は言い表しうるのだと。というのも、音楽芸術の特質とは、旋律によって、遊びに夢中になる子供のようなあどけない姿を人びとに示そうとすることにほかならないからである。この子供は世故にたけた教養ある大人を前にして、みずからの胸にあふれる至福の思いをほとんど恥じてでもいるように、粒だったさまざまな音型の背後にいたずらっぽく身を隠すかと思えば、感傷に浸されて愛を求めるあまり、不可思議な音の仄めかしによって姿を現そうとする。こうして綾なす調べは、いかなる人の胸にも『僕のことをわかってくれる？』と静かに問いかけているのだが、万人に聞きとどけられるというにはほど遠い」。<br />
　<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202510/17/10/c0050810_13594291.jpg" alt="_c0050810_13594291.jpg" class="IMAGE_MID" height="435" width="500" /></center><br />
<br />
<br />
　《フモレスケ Op.20》は1838年から1839年にかけて書かれた。シューマンの「フモール」が縦横に描かれる。ムントの言葉はこの曲への批評のようだ。ここに表現されているのは逆説であり、滑稽な音楽ではなく、もっとも研ぎ澄まされた内面の告白だ。この作品を書き上げたあとの1839年7月16日にシューマンとクララは、頑として二人の結婚を認めないクララの父親ヴィークを裁判所に訴える。これはシューマンとクララの最後の選択だった。シューマンは緊張の極に達していた。<br />
　ジャン・パウルは《美学入門》で、フモールは「神が有限なものを光明によって打ち砕く」「破壊作用」を見いだしている。シューマンも「フモール」によって現実を打ち砕きたかったのだろう。<br />
<br />
<br />
　シューマンの「ピアノの時代」は1829年から1830年にかけての長い時間に試行錯誤しながら、《アベッグ変奏曲 Op.1》を書いて始まった。これまでの変奏曲とは異なる作品に批評家は注目した。《パピヨン Op.2》にはジャン・パウル《生意気盛り》が反映している。《パガニーニのカプリスによる変奏曲 Op.3》、《間奏曲集 Op.4》《クララ・ヴィークのロマンスによる即興曲集 Op.5》《ダヴィッド同盟舞曲集 Op.6》《トッカータ Op.7》《アレグロ　Op.8》《謝肉祭 Op.9》《パガニーニのカプリスによる6つの演奏会用練習曲 Op.10》とピアノ作品が書き続けられ、1833年から35年にかけて《ピアノ・ソナタ第1番 Op.11》が完成した。まだピアノ曲は続く。《幻想小曲集 Op. 12》があり、作品23まですべてがピアノ曲だった。<br />
<br />
<br />
　《交響的練習曲 Op.13 [+ WoO 6] 》は1834年から37年にかけて作曲された。シューマンは1828年の夏からヴィークにピアノを師事し、当時9歳のクララとも親しくなった。シューマンは架空の女性ABEGGに恋をしたが、現実にいる女性にも恋をした。アマチュア音楽家フリッケン男爵がつくった作品から《交響的練習曲》の主題を採ったわけだが、シューマンは1834年8月に男爵の娘エルネスティーネと密かに婚約した。婚約解消は1837年。翌1838年には一気にシューマンとクララの愛が燃えあがる。<br />
　初版は《主題と12の変奏曲》。改訂版は《主題と9曲の変奏曲とフィナーレ》。ほかに初期稿として「A草稿」と「B草稿」がある。この作品の下地にあったのはベートーヴェンの交響曲研究だった。<br />
<br />
<br />
　《子供の情景 Op.15》は1838年の作品。クララと結ばれる前に書かれた。クララはこの曲を気に入っていた。シューマンは1838年3月17日のクララへの手紙に「あなたは前に『わたしはときどき子供のように見えるでしょう』と書いてきましたね。私はそこで30曲ほどの小品を書きました。12曲を選んで《子供の情景》と名づけました」と書いた。完成版は13曲。<br />
<br />
<br />
　《アラベスク Op.18》《花の曲 Op.19》は《フモレスケ Op.20》と一群をなす作品として1839年8月に出版された。2曲は規模が小さく緊密な曲になった。《アラベスク》はすべてが独特なやりかたで絡みあっている「草花模様」。《花の曲》は変奏曲だが変奏された各曲が小さな3部分構成になり、変形主題の輪が波紋のように、あるいは群生する花のように広がっていく。<br />
<br />
<br />
　《4つの夜曲 Op.23》は「ピアノの時代」の最終作品になった。1839年、ヴィークへの訴訟を控えてシューマンは極度に切迫していた。シューマンの作品のなかでも異様なとりとめのなさがある。死を意識していた。《夜曲》とはいえロマンティックなノクターンとは一線を画した「生命の夜」のような魂の安息。兄の危篤の知らせと逝去の体験が曲を書いている時期にあった。もはやヴィークとの和解は不可能と考えたシューマンは、1839年6月15日、クララの同意を得て弁護士に訴訟手続きを依頼した。<br />
<br />
<br />
　《君に捧ぐ（献呈） Op.25-1》は晴れてクララとの結婚が許された年、1840年に書かれた歌曲集『ミルテの花』の第1曲。1840年8月12日にシューマンとクララの結婚を許可する判決が下され、二人は9月12日にライプツィヒ近郊シェーネフェルトの教会で結婚式を挙げた。「君は僕の魂　僕の心／僕の歓び　僕の苦しみ／君は　僕の生きる世界／僕がただよう天国／僕の善き霊　より良き「私」！」で結ばれるリュッケルトの詩を、結婚の当日にクララに捧げた。1840年は「歌の年」。歌曲への創作意欲が爆発した。<br />
<br />
<br />
 　《ウィーンの謝肉祭の道化 Op.26》は1839年3月に書きはじめられて、終曲の第5曲は1840年冬に完成。謝肉祭ではあらゆる価値を転倒させることで現世の秩序を笑いとばす。道化は「フモール」そのものだ。並行して書かれていた《夜曲》とは対照的で、やはりシューマンのなかにはフロレスタンとオイゼヴィウスという両極に引き裂かれた性格が併存していた。とはいえ第4曲「間奏曲」は《夜曲》のなかに構想されていたのだから、「死を意識して生きる」というありようが身についていたのかもしれない。<br />
<br />
<br />
 　《3つのロマンス Op.28》にはクララとの結婚への希望を託した。２曲目は美しい愛の二重唱になった。《スケルツォ、ジーグ、ロマンスとフゲッテ  Op.32》は、ロマン派の性格小品とバロックの舞曲が混合された作品。シューマンのバッハ研究が背景にある。<br />
<br />
<br />
　《アンダンテと変奏曲 Op.46》は1843年の作品。原曲は2台のピアノ・2本のチェロ・ホルンの5重奏曲。「歌の年」の翌年1841年には管弦楽作品を集中して書き、1842年には室内楽に専念した。5重奏版は478小節で、296小節に切りつめられた2台ピアノ版はブラームスの愛好曲だった。本日は、シューマン夫妻やブラームスとも親しかった、テオドール・キルヒナー(1823-1904)による独奏版で弾かれる。<br />
<br />
<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202510/17/10/c0050810_13593290.jpg" alt="_c0050810_13593290.jpg" class="IMAGE_MID" height="356" width="500" /></center><br />
<br />
<br />
〔予告〕<br />
【第3回公演】 2026年1月11日（日）15時開演（14時45分開場）<br />
朗読：山村雅治(*)<br />
《4つのフーガ Op.72》(1845)<br />
《密輸業者 Op.74-10》(1849) [C.タウジヒ編独奏版]<br />
《4つの行進曲 Op.76》(1849)<br />
《春の訪れ Op.79-19 /S.569》(1849/74) [F.リスト編独奏版]<br />
《森の情景 Op.82》(1848/49)<br />
   ---<br />
《協奏的小品 Op.86》(1849/2025)[米沢典剛独奏版/初演]<br />
《ただ憧れを知る者だけが Op.98-3 /S.569》(1849/74) [F.リスト編独奏版]<br />
《色とりどりの小品 Op.99》(1836/49)<br />
   ---<br />
《スペインの愛の歌 Op.138》より「前奏曲」「間奏曲（国民舞曲）」(1849)[作曲者編独奏版]　<br />
《美しきヘートヴィヒ Op.106》(1849)(*)<br />
《3つの幻想的小曲 Op.111》(1851)<br />
《２つのバラード Op.122》(1852/53)(*)<br />
《アルバムの綴り Op.124》(1832/45)<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
【第4回公演】 2026年3月22日（日）15時開演（14時45分開場）<br />
《7つのフゲッタ形式によるピアノ曲 Op.126》(1853)<br />
《朝の歌 Op.133》(1853)<br />
《プロヴァンス地方の恋唄 Op.139-4/ S570》( 1852/1881) [F.リスト編独奏版]<br />
《序奏と協奏的アレグロ Op.134》(1853/2025) [米沢典剛編独奏版/初演]<br />
   ---　<br />
《ゲーテのファウストからの情景 WoO 3》序曲 (1853/82) [R.クラインミヒェル編独奏版]<br />
《天使の主題による変奏曲 WoO24》(1854)<br />
ブラームス：《シューマンの天使の主題による変奏曲 Op.23》(1861/78) [T.キルヒナー編独奏版]<br />
<br />
<br />
〈使用エディション〉 新シューマン全集 (2020) <br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
]]></content>
  </entry>
  <entry>
    <title>10/11（土）18時　1840年製エラールによる《リストの轍》第1回公演　[2025/09/29 update]</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://ooipiano.exblog.jp/33785918/" />
    <id>http://ooipiano.exblog.jp/33785918/</id>
    <issued>2025-09-21T04:44:00+09:00</issued>
    <modified>2025-09-29T10:40:43+09:00</modified>
    <created>2025-07-15T13:15:26+09:00</created>
    <author><name>ooi_piano</name></author>
    <dc:subject>リストの轍 2025</dc:subject>
    <content type="html"><![CDATA[<br />
<br />
<br />
<br />
大井浩明　フォルテピアノリサイタル<br />
《フランツ・リストの轍》（全5回）<br />
Liszt Ferenc nyomában, látomásai és vívódásai<br />
松濤サロン（渋谷区）<br />
全自由席4,000円<br />
お問い合わせ　poc@artandmedia.com （アートアンドメディア株式会社）<br />
<br />
<br />
〈使用楽器〉 1840年製エラール(Érard)社フォルテピアノ [80鍵、430Hz]<br />
〈使用エディション〉 新リスト全集 (1972/2021、ミュジカ・ブダペシュト社)<br />
チラシ 表・裏<br />
<br />
<br />
<img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202509/07/10/c0050810_14380784.jpg" alt="_c0050810_14380784.jpg" align="left" class="IMAGE_LEFT" height="565" width="400" /><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202509/07/10/c0050810_14381954.jpg" alt="_c0050810_14381954.jpg" align="left" class="IMAGE_LEFT" height="565" width="400" /><br />
<br />
<br />
【第1回公演「パガニーニの励起」】 2025年10月11日（土）18時開演（17時半開場）<br />
<br />
<br />
オベール《許婚》のチロルの歌による大幻想曲 S.385 (初版、1829)　１５分<br />
Introduction, Lento con molto espressione - Tema, Allegro「山人であれ羊飼であれ」（第2幕第1場） - Var.1 Vivace - Var.2 Presto - Var.3 Allegro molto - Var.4 Barcarolle, Allegretto con grazia - Finale, Presto<br />
<br />
<br />
パガニーニ「ラ・カンパネラ」による華麗な大幻想曲 S.420 (1832)　１５分<br />
　[ Excessivement lent - Tema, Allegretto - Variations à la Paganini - Finale di bravura / Ritornello ]<br />
<br />
<br />
呪詈 S.121 (1833/2025) [米沢典剛編独奏版、初演]　１４分<br />
[ Quasi moderato 「呪詈」 – Molto agitato – Calmato 「涙、苦悩」 / Un poco più animato – Un poco agitato – Vivo 「嘲弄」 / Energico nobilmente – Recitativo: Patetico: Senza tempo – Andante lacrimoso / Animato con agitazione – Stretto – Strepitoso ]<br />
<br />
<br />
---<br />
<br />
<br />
ガルシア《計算高い詩人》の「密輸業者の私は」による幻想的ロンド [３つのサロン小品第2番]  S.252 (1836)　１１分<br />
[ Rondo, molto animato quasi presto - Maggiore - Con moto - Adagio fantastico ]<br />
<br />
<br />
半音階的大ギャロップ S.219 (1838)　３分<br />
<br />
<br />
ピアノ協奏曲第2番 S.524a (独奏用初稿、1839)　１９分<br />
[ Lento assai, Adagio - Presto agitato assai - Stretto ]<br />
<br />
<br />
---<br />
<br />
<br />
平野弦(1968- )： 山本リンダ「狙い撃ち」の回想 (2025、初演)　４分<br />
<br />
<br />
《旅人のアルバム》第1部「印象と詩」より 「泉のほとりで」 S.156-2b  (初版、1838)　４分<br />
<br />
<br />
《シューベルトの12の歌曲》より第12曲「エレンの歌 第3番（アヴェ・マリア）」 S.558-12 (1838)　５分<br />
<br />
<br />
パガニーニによる超絶技巧練習曲集 S.140 (初版、1838) ［全６曲］　２８分<br />
第1番 ト短調「トレモロ」 Andante - Non troppo Lento （カプリス第5番＋第6番）<br />
第2番 変ホ長調「オクターヴ」 Andante - Andantino, capricciosamente　（カプリス第17番）<br />
第3番 変イ短調「ラ・カンパネラ」 Allegro moderato - Tempo giusto　（協奏曲第2番第3楽章＋協奏曲第1番第3楽章）<br />
第4番 ホ長調「アルペジオ」 Andante quasi Allegretto　（カプリス第1番）<br />
第5番 ホ長調「狩り」 Allegretto　（カプリス第9番）<br />
第6番 イ短調「主題と変奏」 Quasi Presto (a Capriccio)　（カプリス第24番）<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202509/07/10/c0050810_14440043.jpeg" alt="_c0050810_14440043.jpeg" align="right" class="IMAGE_RIGHT" height="304" width="252" />平野弦　Gen HIRANO, composer<br />
　1968年和歌山県新宮市生まれ。4歳からピアノを始める。私立国際海洋高校に第一期生として入学。東京藝術大学ピアノ科卒業。野村真理、神野明の各氏に師事。主な作品として、《花　～テープ、チェロと舞踏のための》(1990)、《達也の骨と弦の骨　～浜島達也とのコラボレーション・ヴィデオ》(1992)、《夜想曲"壊れた籠"　～左手のための》(1992)、《未知への展望　～合唱、長唄とエレクトリック・チェンバロのための》(1993)、《前奏曲とフーガ》(1996)、《練習曲ヘ短調（第1稿・第2稿》(2006)等。<br />
<br />
<br />
平野弦：《山本リンダ「狙い撃ち」の回想》(2025)<br />
　私の名前が「弦」である理由は、父が趣味でヴァイオリンを弾いていたからで、ピアノは自分の伴奏をしてくれたらな、くらいの気持ちで、知人からディアパーソンのアップライト・ピアノを譲り受け（確か4歳の時だったか）、自由に使える「おもちゃ」として家庭に有ったのだった。<br />
　ピアノが来る以前も幼児期の私は、手元にあったレコードを片っ端から盤面をガリガリに傷つけながら聞きまくり、父のコレクションを台無しにしてしまっていたが、「おもちゃ」を手にしてからは、耳にした曲を再現することに夢中になった。ジャンルは問わず、歌謡曲・CMソング・クラシック・・・なんでもアリだった。今で言う「耳コピ厨」だ。<br />
　いわゆるクラシック音楽を習うようになっても、私に必要なのは楽譜よりレコードだった。とにかく楽譜を読むのが苦手で、それはずっと改善せず、芸大に入学してからも初見演奏が壊滅的に苦手で、ソルフェージュは一番ランクの低いクラスに放り込まれたのだった。しかし現代音楽には興味があったわけで、初演ともなれば耳コピなんぞ叶わないわけで、でも作曲科の連中は無理強いしてくるわけで・・・。アナタが思っているより多分アタシはずっとしんどい思いをしているのよ、とは言えないながら、何だカンだで非常に楽しかったのが事実だ。<br />
　諸事情により、音楽からは久しく遠ざかっていたのだが、現在、読むことが苦手だった楽譜を「書く側」になり、自分の書いた物が他者に演奏されると言う新たな喜びを得ている。大井氏はその大きなきっかけを与えてくれたと感じている。（平野弦）<br />
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<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202507/15/10/c0050810_14333547.jpg" alt="_c0050810_14333547.jpg" class="IMAGE_MID" height="666" width="500" /></center><br />
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━<br />
【第2回公演「射光のヴィルトゥオーゾⅠ」】 2025年11月15日（土）18時開演（17時半開場）<br />
<br />
<br />
アレヴィ《ユダヤ教徒の女》の回想 S.409a (1835)<br />
フス教徒の歌 S.234 (1840)<br />
マイアベーア《ユグノー教徒》による大幻想曲 S.412 (第3版、1836/1842)<br />
<br />
<br />
ベッリーニ《清教徒》の回想 S.390 (第2版、1836)<br />
ベッリーニ《ノルマ》の回想 S.394 (1841)<br />
佐野敏幸(1972- )：शारदा वन्दना (2025、初演)<br />
<br />
<br />
神よ女王を守り給え S.235 (第2版、1841)<br />
ベートーヴェン《アテネの廃墟》によるトルコ風奇想曲 S.388 (1846)<br />
J.S.バッハのカンタータ第12番《泣き 歎き 憂い 慄き》の通奏低音と<br />
《ロ短調ミサ》の「十字架に釘けられ」による変奏曲 S.180 (1862)<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━<br />
【第3回公演「射光のヴィルトゥオーゾⅡ」】 2025年12月20日（土）18時開演（17時半開場）<br />
<br />
<br />
ドニゼッティ《ルクレツィア・ボルジア》の回想 S.400 (1840)<br />
ギャロップ S.218 (1841)<br />
モーツァルト《ドン・ジョヴァンニ》の回想 S.418 (1841)<br />
<br />
<br />
マイアベーア《悪魔のロベール》の回想 S.413 (1841)<br />
モーツァルト《フィガロの結婚》と《ドン・ジョヴァンニ》の動機<br />
による幻想曲 S.697 (1842/1993) [L. ハワード補筆版]<br />
スペイン歌集（ロマンセロ） S.695c (1845)<br />
金喜聖(1996- )：K-POPガールズ「GOLDEN」によるパラフレーズ (2025、初演)<br />
<br />
<br />
スペインの歌による演奏会用大幻想曲 S.253 (1845)<br />
メンデルスゾーン《真夏の夜の夢》の「結婚行進曲」と「妖精の踊り」 S.410 (1850)<br />
オベール《ポルティチの唖娘》による華麗なるタランテラ S.386 (1869)<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━<br />
【第4回公演「ショパンとの連接」】　2026年2月21日（土）18時開演（17時半開場）<br />
<br />
<br />
ショパン「６つのポーランドの歌」 S.480 (1857/60)<br />
「創世の六日間（ヘクサメロン）」変奏曲 S.392 (1837)<br />
交響詩「前奏曲」 S.97 (1855/58) [C. タウジヒ編独奏版]<br />
<br />
<br />
超絶技巧練習曲集 第7番～第12番 S.137 (ミラノ初版、1838)<br />
三関健斗(1996- )：委嘱新作(2025、初演)<br />
<br />
<br />
２つのポロネーズ S.223 (1852)<br />
華麗なマズルカ S.221 (1850)<br />
慰め S.172-3 (1850)<br />
バラード第２番 S.170a (初稿、1853)<br />
子守歌 S.174 （第2版、1862)<br />
葬送、1849年10月 S.173-7 (1849)<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━<br />
【第5回公演「ヴァイマールの黎明」】　2026年3月28日（土）18時開演（17時半開場）<br />
<br />
<br />
ハンガリー狂詩曲第６番 S.244-6 (1847)<br />
ハンガリー狂詩曲第14番 S.244-14 (1847)<br />
演奏会用大独奏曲 S.176 (1849)<br />
1qaz (1995-)：委嘱新作（2025、初演）<br />
<br />
<br />
F. キュームシュテット（1809-1858）：リスト博士の主題による四声の演奏会用大フーガ Op.24 (1850)<br />
スケルツォと行進曲 S.177 (1851)<br />
マイアベーア《預言者》の「我らに救いを求めし者たちに」による<br />
幻想曲とフーガ S.259 (1850/97) [F. ブゾーニ編独奏版]<br />
<br />
<br />
交響詩「プロメテウス」 S.99 (1855/1905) [A. ストラダル編独奏版]<br />
死の舞踏 - 「怒りの日」によるパラフレーズ S.525 (1853/65) [作曲者編独奏版]<br />
レーナウ「ファウスト」からの２つのエピソード S.513a/514 (1860)<br />
<br />
<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202507/15/10/c0050810_14334377.jpg" alt="_c0050810_14334377.jpg" class="IMAGE_MID" height="750" width="500" /></center><br />
<br />
<br />
"Liszt Ferenc nyomában, látomásai és vívódásai" (5 concerts)<br />
Hiroaki OOI, fortepiano<br />
<br />
<br />
Shōtō Salon (1-26-4, Shōtō, Sibuya-ku, Tokyo)  [Google Map https://shorturl.at/bgzJM]<br />
Instrument: An original Hammerflügel by Érard [1840, Paris, 80 keys, 430Hz]<br />
Edition: The New Liszt Complete Critical Edition (NLE), Editio Musica Budapest (1972/2021)<br />
4,000 yen<br />
reservation: poc@artandmedia.com（Art &amp; Media Inc.）<br />
<br />
<br />
Sat. 11 October 2025, 6pm start<br />
Gen Hirano (1968- ): Commissioned work for fortepiano (2025, world premiere)<br />
Franz Liszt : Grande fantaisie sur la tyrolienne de l'opéra 'La fiancée' de Auber S.385 (1st version, 1829), Grande fantaisie de bravoure sur La clochette  S.420 (1832), Malédiction  S.121 (1833/2025, solo version by Noritake Yonezawa /world premiere),  Rondeau fantastique sur un thème espagnol S.252 (1836),  Grand galop chromatique S.219 (1838), Piano Concerto No. 2  S.524a (1st version for solo piano, 1839), Au bord d'une source S.156-2b (1st version, 1838),  Ave Maria von F. Schubert S.558-12 (1838), Études d'exécution transcendante d'après Paganini S.140  (1st version, 1838)<br />
<br />
<br />
Sat. 15 November 2025, 6pm start<br />
Toshiyuki Sano (1972- ): Commissioned work for fortepiano (2025, world premiere)<br />
Franz Liszt : Réminiscences de La juive  S.409a (1835), Hussitenlied S.234 (1840), Réminiscences des Huguenots S.412 (3rd version, 1836/1842), Réminiscences des Puritains de Bellini S.390 (2nd version, 1837), Réminiscences de Norma S.394 (1841), God Save the Queen S.235 (2nd version, 1841),  Capriccio alla turca sur des motifs de Beethoven S.388 (1846), Variationen über das Motiv von Bach S.180 (1862)<br />
<br />
<br />
Sat. 20 December 2025, 6pm start<br />
Heui Sung Kim (1996- ): Commissioned work for fortepiano (2025, world premiere)<br />
Franz Liszt : Réminiscences de Lucrezia Borgia S.400 (1840), Galop S.218 (1841), Réminiscences de Don Juan S.418 (1841), Réminiscences de 'Robert le diable' S.413 (1841), Fantasie über Themen aus Mozarts Figaro und Don Giovanni S.697 (1842/1993, completed by Leslie Howard), Romancero espagnol S.695c (1845), Grosse Konzertfantasie über spanische Weisen S.253 (1845), Hochzeitsmarsch und elfentanz S.410 (1850), Tarantelle di bravura d'après la tarantelle de 'La muette de Portici' S.386 (1869)<br />
<br />
<br />
Sat. 21 February 2026, 6pm start<br />
Kento Miseki (1996- ): Commissioned work for fortepiano (2025, world premiere)<br />
Franz Liszt : Sechs polnische Lieder von Fr. Chopin S.480 (1857/60), Hexaméron S.392 (1837), Les préludes S.97 (1855/58, piano solo version by Carl Tausig), Grandes études No.7-12 S.137 (Milano 1st edition, 1838), 2 Polonaises S.223 (1852), Mazurka brillante S.221 (1850), Consolations S.172-3 (1850), Ballade No.2 S.170a (1st version, 1853), Berceuse S.174 (2nd version, 1862), Funérailles S.173-7 (1849)<br />
<br />
<br />
Sat. 28 March 2026, 6pm start<br />
1qaz (1995- ): Commissioned work for fortepiano (2025, world premiere)<br />
Friedrich Kühmstedt (1809-1858): Grosse vierstimmige Concert-Fuge über ein von Herrn Dr. Liszt gegebenes Thema Op.24 (1850)<br />
Franz Liszt : Ungarische rhapsodie S.244-6 (1847), Ungarische rhapsodie S.244-14 (1847), Grosses Konzertsolo S.176 (1849), Fantasie und Fuge über den Choral Ad nos, ad salutarem undam S.259 (1850/97, piano solo version by Ferruccio Busoni), Prometheus S.99 (1855/1905, piano solo version by August Stradal), Totentanz S.525 (1853/65), Zwei Episoden aus Lenaus Faust S.513a/514 (1860)<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
*This is the first attempt in Japan to cover Liszt's major piano masterpieces in five concerts on the ancient instrument (fortepiano/ Hammerflügel) of Liszt's period.<br />
<br />
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<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202507/15/10/c0050810_14335200.jpg" alt="_c0050810_14335200.jpg" class="IMAGE_MID" height="701" width="500" /></center><br />
<br />
<br />
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]]></content>
  </entry>
  <entry>
    <title>9月18日（木）ブーレーズ全ピアノ作品リサイタル （※）17時30分開演　[2025/09/10 update]</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://ooipiano.exblog.jp/33782856/" />
    <id>http://ooipiano.exblog.jp/33782856/</id>
    <issued>2025-09-08T14:38:00+09:00</issued>
    <modified>2025-09-10T11:19:59+09:00</modified>
    <created>2025-07-10T15:53:13+09:00</created>
    <author><name>ooi_piano</name></author>
    <dc:subject>コンサート情報</dc:subject>
    <content type="html"><![CDATA[<br />
音楽院時代の未出版の野心的習作から、戦後前衛音楽の扉を開いた初期傑作群を経て最晩年の帰趨まで、<br />
ブーレーズ創作史の全貌を辿る4時間の旅<br />
<br />
<br />
大井浩明ピアノリサイタル　～ピエール・ブーレーズ全ピアノ作品による（生誕100周年記念）<br />
2025年9月18日（木）17時30分開演（17時開場）<br />
豊洲シビックセンターホール（東京メトロ「豊洲」駅徒歩1分）<br />
客演： 浦壁信二（東京音楽大学特任教授）、神田寛明（NHK交響楽団首席フルート奏者）<br />
<br />
<br />
全自由席：一般 5,000円／学生 3,000円 https://teket.jp/10893/53339<br />
問い合わせ： アートアンドメディア㈱　https://artandmedia.com/inquiry<br />
チラシpdf<br />
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<br />
<img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202509/08/10/c0050810_14324471.jpg" alt="_c0050810_14324471.jpg" align="left" class="IMAGE_LEFT" height="569" width="400" /><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202509/08/10/c0050810_14325849.jpg" alt="_c0050810_14325849.jpg" align="left" class="IMAGE_LEFT" height="571" width="400" /><br />
<br />
<br />
<br />
【第一部】　17時30分～<br />
《左手のための主題と変奏》(1945、日本初演) 　１３分<br />
   Thème, Très lent - Var.1 Lent - Var.2 Lent - Var.3 Pas trop vite - Var.4 Modéré - Var.5 Scherzando  - Var.6 Très agité - Var.7 Très égal et assez lent. Dans un grand crescendo - Var.8 Intermède. Très léger et assez vif. Net - Var.9 Modéré, très brusque - Var.10 Modéré, avec de violentes oppositions - Var.11 Assez vif, strident et exaspéré - Var.12 Très modéré, presque lent - Var.13 Très lent, simple<br />
<br />
<br />
《３つの頌歌（プサルモディ）》(1945、日本初演）　２３分<br />
　1. Très modéré - 2. Vite, sans traîner - 3.Très lent<br />
<br />
<br />
《前奏曲、トッカータとスケルツォ》(1944/45、日本初演）　２６分<br />
　1. Prélude / Très lent - 2. Toccata / Avec beaucoup de fougue - 3. Scherzo / Rapide<br />
<br />
<br />
 　（休憩10分）<br />
<br />
<br />
【第二部】　18時40分頃～<br />
《12の徒書（ノタシオン）》(1945)　１０分<br />
　1. Fantasque. Modéré - 2. Très vif - 3. Assez lent - 4. Rythmique - 5. Doux et improvisé - 6. Rapide - 7. Hiératique - 8. Modéré jusqu’à très vif - 9. Lointain. Calme - 10. Mécanique et très sec - 11. Scintillant - 12. Lent. Puissant et âpre<br />
<br />
<br />
《フルートとピアノのためのソナチネ》(1946)　１１分<br />
　Très librement /Lent - Rapide - Très modéré presque lent - Tempo scherzando - Tempo rapide<br />
<br />
<br />
《第１ソナタ》(1946)　１０分<br />
　1. Lent - 2. Assez large<br />
<br />
<br />
《第２ソナタ》(1947)　３０分<br />
　1. Extrêmement rapide - 2. Lent - 3. Modéré, presque vif - 4. Vif<br />
<br />
<br />
《構造 第1巻》(1951/52)　１７分<br />
　Ia / Très modéré - Ib / Très rapide - Ic / Assez rapide<br />
<br />
<br />
　（休憩10分）<br />
<br />
<br />
【第三部】　20時10分頃～<br />
《第３ソナタ》(1956/57)　３０分<br />
　第3フォルマン（構成素）：《コンステラシオン-ミロワール（星座-鏡像形）》 [メランジュ（混合体） - ポワン（点）３ - ブロック（塊）２ - ポワン２ - ブロック１ - ポワン１]  - 第2フォルマン：《トロープ（修飾）》 [テクスト（文章） - パランテーズ（括弧） - グローズ（注釈） - コマンテール（解説）]  -  第1フォルマン：《アンティフォニー（交唱）》 [アンティフォニーⅠ- アンティフォニーⅡ - シグラ（略語） - トレ・イニシャル（初期特性）》<br />
<br />
<br />
《構造 第2巻》(1961)　２０分<br />
　Chapitre I – Chapitre II<br />
<br />
<br />
《下書き断片》（1987)　１分<br />
<br />
<br />
《内挿節（アンシーズ）》(1994/2001)　１０分<br />
　Libre. Lent, sans traîner - Prestissimo - Très lent puis Vif - Très lent<br />
<br />
<br />
《日めくりの一頁》(2005)　５分<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
（※）2011年ブーレーズ公演感想集　https://posfie.com/@kenhongou/p/3kHru0c<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202509/08/10/c0050810_02374875.jpg" alt="_c0050810_02374875.jpg" align="right" class="IMAGE_RIGHT" height="368" width="253" />神田寛明（フルート／客演）　Hiroaki KANDA, flute<br />
NHK交響楽団首席奏者・桐朋学園大学教授。東京藝術大学、ウィーン国立音楽大学にて学ぶ。1991年第5回日本フルートコンベンションコンクールおよび第8回日本管打楽器コンクールにおいて第1位。赤星恵一、金昌国、細川順三、ヴォルフガング・シュルツ、ハンスゲオルグ・シュマイザーの各氏に師事。大阪芸術大学客員教授、東京藝術大学講師。日本フルート協会特任理事。アジア・フルート連盟東京常任理事。神戸国際フルートコンクールをはじめ、国内外多くのコンクールにおいて審査員を務める。N響定期公演においてトン・コープマン氏とモーツァルトの協奏曲を演奏するなどソリストとしても活動する。音楽之友社より教本「上達の基本 フルート」を発表。CDの発表、フルートアンサンブル作品の編曲出版も多い。<br />
<br />
<br />
<br />
<img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202509/08/10/c0050810_02375947.jpg" alt="_c0050810_02375947.jpg" align="right" class="IMAGE_RIGHT" height="337" width="253" />浦壁信二（ピアノ／客演）　Shinji URAKABE, piano<br />
1969年生まれ。4 才の時にヤマハ音楽教室に入会、1981年国連総会議場でのJOC（ジュニア・オリジナル・コンサート）に参加し自作曲をロストロポーヴィッチ指揮ワシントンナショナル交響楽団と共演。都立芸術高校作曲科を経て、1987 年パリ国立高等音楽院に留学。和声・フーガ・伴奏科で1 等賞を得て卒業、対位法で2 等賞を得る。ピアノをテオドール・パラスキヴェスコ、伴奏をジャン・ケルネルに師事、その他ヴェラ・ゴルノスタエヴァ、イェルク・デームス等のマスタークラスにも参加。1994 年オルレアン20 世紀音楽ピアノコンクールで特別賞ブランシュ・セルヴァを得て優勝。室内楽・伴奏を中心に、国内外の多くのアーティストとの共演を果たす一方、2012年CD「水の戯れ～ラヴェルピアノ作品全集１」、2014年「クープランの墓～ラヴェルピアノ作品全集２」をリリース、それぞれレコード芸術誌に於て特選、準特選を得た。現在、洗足学園音楽大学客員教授、東京音楽大学特任教授、ヤマハマスタークラス講師。<br />
<br />
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<br />
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作曲家ブーレーズを生誕100年に総括する―――野々村 禎彦<br />
<br />
<br />
<img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202507/10/10/c0050810_16284290.jpg" alt="_c0050810_16284290.jpg" align="right" class="IMAGE_RIGHT" height="243" width="320" />　ピエール・ブーレーズ（1925-2016）は、同世代で同じくオリヴィエ・メシアン（1908-1992）に師事したイアニス・クセナキス（1922-2001）やカールハインツ・シュトックハウゼン（1928-2007）と比べると、20歳代前半で時代の寵児になってエリートコースを歩んだように見えるが、クラシック音楽の基準ではさほどでもない。フランス南東部ロワール県の小都市モンブリゾンで生まれ、7歳でピアノを始めたのも中流階級の嗜みとしてであり、その後は鉄鋼技術者の父が望む理系エリートへの道を歩み始める。だが、エコール・ポリテクニーク入学を目指して近場で最大の都市リヨンの学校に進んで運命が変わる。オーケストラの演奏会やオペラの舞台に初めて接してクラシック音楽への興味が増し（作曲も始め）、同地のソプラノ歌手ニノン・ヴァラン（1886-1961, 《マラルメの3つの詩》の初演など生前のドビュッシーと活動し、その後はオペラ・コミック座などで活躍）にピアノの腕前を認められ、音楽院への進学を薦められた。父は反対したが、姉の援助でパリ音楽院受験準備を進め、1943年秋に入学した（父も最終的には認め、下宿探しを手伝って仕送りも行っていた）。<br />
<br />
<br />
　当初目指していたピアノ科上級クラスには入れなかったが、1944年1月に和声科初級クラスに入り、数ヶ月後にはクラス随一の学生だと認められると、上級クラスを担当するメシアンに近づき、同時代の作曲法を教える課外授業に出入りするようになる。また同時期に対位法クラスを担当するアンドレ・ヴォラブール（1894-1980, ピアノ科で一等賞を得てオネゲルと結婚し、夫のピアノ曲演奏でも知られる）の知己を姪が同級生の縁で得て、彼が音楽院を去る2年後まで対位法を私的に学んだ。翌1945年1月にメシアンのクラスに入ると、6月に一等賞で修了している。彼がこのように長足の進歩を遂げた秘訣は、確立した理論は基本的に独学で身に付けて、講義は独善に陥っていないかを確認する機会として活用する、理系エリートを目指した時期に会得した学習法にあった。後の彼の「意志による独学者であるべき」という持論には、このような背景がある。<br />
<br />
<br />
<img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202507/10/10/c0050810_16285484.jpg" alt="_c0050810_16285484.jpg" align="left" class="IMAGE_LEFT" height="219" width="331" />　本日日本初演される習作3曲のうち《前奏曲、トッカータとスケルツォ》《3つの頌歌》はメシアンのクラス在籍時に書き始めたが、同時期にルネ・レイボヴィッツ（1913-1972）が振ったシェーンベルク《木管五重奏曲》を聴いて12音技法に初めて接し、早速独習した成果が《左手のための主題と変奏》である（手を動かしながら学ぶために書いたので、《3つの頌歌》よりも完成は早い）。1945年の秋にはメシアンの課外授業の仲間たちと、レイボヴィッツに12音技法と新ウィーン楽派の音楽を学ぶ私的セミナーを組織した。12音技法という新たな道具を手にしたことで、彼はメシアンの音楽に突き放して向き合えるようになった。こうして《12のノタシオン》は1945年末に一気に作曲された。先の習作3曲同様、この曲も習作扱いで封印されていたが、1970年代末から始まった数曲を管弦楽編曲する企画に際して封印は解かれ、その後長らく作品表の冒頭に置かれていた。彼の目が黒いうちは決して演奏されなかった先の3曲との違いは、素材との批評的な距離が取れているところで、その後の作品でも重要な側面である。<br />
<br />
<br />
　パリ音楽院では、ある科（初級と上級がある場合は上級の科）で一等賞を取れば卒業扱いだが、引き続き在籍も可能である。ブーレーズの場合は、目指すのは教師ではなく作曲家なので作曲科で一等賞を取りたいが、当時の教授陣では望み薄なので、ヴォラブールに対位法を学んでいるうちは在籍することにした。多くの時間は作曲に費やしたが、《12のノタシオン》作曲前後にはギメ東洋美術館やパリ人類博物館でバリ島や日本やアフリカの民俗音楽に没頭していた。1946年1月にはヴォラブールとは別のフーガ・対位法クラスに入ってみたが、因襲的な講義なのですぐ出席しなくなり、メシアンの作曲科移籍を求める運動を組織したりもしている。<br />
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　彼の12音技法による作品は、《主題と変奏》は試し書き、《12のノタシオン》は小品集であり、次作《フルートとピアノのためのソナチネ》が最初の大曲になる。《12のノタシオン》でメシアンに向き合ったので、今度はシェーンベルク。複数部分を単一楽章に縫い合わせた重量感のある作品といえば室内交響曲第1番だが、表現主義的な性格も含めてモデルにしている。ピアノソナタ第1番はその直後に書かれており、シェーンベルクOp.11との関連を見る向きが多いが、断片化した素材を12音技法でつなぎ直した持続であり、シェーンベルクで言えばOp.19を経たOp.23と比較する方がふさわしい。彼はこれらの作品をレイボヴィッツに見せており、《ソナチネ》は好評だったので第1ソナタを献呈する予定だったが、気に入らず手直しすら行おうとしたので決裂した。以後の彼はレイボヴィッツを教条主義者として拒絶する。伝統的な旋律線が見え隠れする《ソナチネ》と極度に断片的な第1ソナタで世代の好みが分かれるのは致し方ないが、両作品とも1949年まで繰り返し改訂されており、第1ソナタの方が改変度は大きいことは注意を要する。1945-46年にかけて彼が1作ごとに急速に進歩したように見えるのは、最初期から顕著だった〝改訂癖〟の産物でもある。<br />
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<img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202507/10/10/c0050810_16290774.jpg" alt="_c0050810_16290774.jpg" align="right" class="IMAGE_RIGHT" height="282" width="321" />　1946年5月にヴォラブールに最後の対位法のレッスンを受け、彼のパリ音楽院生活は実質的に終わった。フーガ・対位法クラスの試験は1週間後だったが、その直前まで《変奏曲とロンド》という小品を書いてヴォラブールに献呈した。独習では掴めなかった対位法の真髄を2年かけて教えてくれた師への感謝を込めた、その時点では最も対位法的な（《ソナチネ》も第1ソナタも音数は多いが高々2声）曲で、後にピアノソナタ第2番第3楽章の原型になった。講義について行けなかったわけではないことを示すためだけに受けたフーガの試験で〝なぜか一等賞にはならなかった伝説の模範答案〟を残して去ってゆくあたりが彼らしい。学生生活を終えたら生計は自分で立てることになるが、ピアノの延長で習得したオンド・マルトノ（この電子楽器のための四重奏曲も作曲したが、撤回して他作品の素材に用いた）の腕を活かして、ベル・エポック時代に一世を風靡したミュージックホール、フォリー・ベルジェールの箱バンに入った。もちろんこの仕事は腰掛けで、同年10月にルノー＝バロー劇団からオンド・マルトノ演奏を頼まれた機会を逃さず、同劇団の音楽監督に就任して1956年まで務めた。六人組などの音楽の指揮と編曲が主で創造的ではないが、それはミュージックホールの仕事と変わらない。少なくともクラシック曲の指揮経験にはなり、公演で世界各地にも行けるので、指揮者への準備としては悪くなかった。<br />
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　生活が安定して生まれた最初の（おそらく最大の）代表作がピアノソナタ第2番である。ソナタと名乗りながらソナタ形式を破壊することが中心的なコンセプトだが、主題や展開などの要素を抹消してもなお統一感を保つ鍵は強固な対位法構造であり、J.S.バッハの《クラヴィーア練習曲集第3巻》や《フーガの技法》を自ら研究して身に付けた。ヴォラブールに学んだ2年の成果であり、20世紀を代表する傑作のひとつはこうして生まれた。彼の作品の良し悪しを判定する基準として、〝改訂が行われていないほど良い〟があり、《ソナチネ》や第1ソナタでも出版までに数年にわたる改訂を経ているのに対し、第2ソナタは完成後は一切手が入っていない。後から手を加えたくなるのはコンセプトやリアリゼーションに瑕疵があるからだが、彼はそれを過去は過去と切り捨てて前に進めないタイプなのだ。<br />
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<img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202507/10/10/c0050810_16292334.jpg" alt="_c0050810_16292334.jpg" align="left" class="IMAGE_LEFT" height="302" width="288" />　第2ソナタの前後にはルネ・シャールの詩に基づくふたつの作品がある。《婚礼の顔》と《水の太陽》である。前者は10打楽器奏者を含む4管編成の大管弦楽、ソプラノ、アルト、女声合唱のための約30分のカンタータであり、1946-47年の初稿、1951-52年の改訂稿を経て1957年に初演された。シェルヘンが指揮する予定だったが、彼の合唱指揮を見て譲り、彼が最初にオーケストラを指揮する機会にもなった。当時の彼のイメージとはギャップがある後期ロマン派風の響きが話題になったが、彼はオーケストレーションに問題があるとして長らく封印状態だった。1989年の再改訂で4分音を除くなど大きく手を入れて自ら録音し、以後はレパートリーに定着した。後者は元々は1948年に制作されたシャールの詩を含むラジオドラマであり、同年に詩の部分を抜き出してもう1篇加えた3独唱者と室内管弦楽版、1958年に混声合唱と管弦楽のための改訂版、1965年にソプラノ、混声合唱、管弦楽のための最終版に至って出版された。ドビュッシーと初期ストラヴィンスキー（新古典主義以前）という、彼の新ウィーン楽派以外のもうひとつ発想の源泉を伝える重要な作品だが、比較的大編成だが約10分というアンバランスさのため、演奏機会はあまり多くない。<br />
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　実のところ、ここまでで作曲家ブーレーズの本質的側面は出揃っている。発想の源泉は20世紀前半のウィーンとパリのモダニズムで、前者はピアノ曲、後者は声とアンサンブルのための曲で主に発揮された。前者は技法としては後者の曲でも用いられており、両者の交配は20世紀前半には考えられなかった。彼はこの時期にクレーなどの20世紀前半のモダニズム絵画にも出会っており、Le pays fertile : Paul Klee (1989) を読んでも、彼の芸術観は戦前・戦中のモダニズムで閉じている。ここで再び、同じくメシアンに師事したクセナキスやシュトックハウゼンと比べると、対ナチスドイツ（戦後は対英国軍）抵抗運動に参加して瀕死の重傷を負ったクセナキスや、最前線の野戦病院に勤務して有機物と無機物の境界が失われる極限状態を経験したシュトックハウゼンとは違い、彼は第二次世界大戦中に価値観が根幹から揺るがされるような体験はしていない。根本的な部分で彼らとは〝違う〟わけだが、この違いはどのような形で現れるのだろうか。<br />
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<img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202507/10/10/c0050810_16293348.jpg" alt="_c0050810_16293348.jpg" align="right" class="IMAGE_RIGHT" height="333" width="220" />　その意味でも、この時期に彼がジョン・ケージ（1912-1992）と親交を結んでいたのは興味深い。ケージは世代的にはレイボヴィッツと同じだが、芸術観では戦後米国の抽象表現主義も受け入れており、この点では彼よりも〝若い〟。他方、音楽観の根幹には青年時代にシェーンベルクから教えられた、秩序と構成を重視する姿勢が横たわっている。誤解含みでもあったが、ふたりは根本的な部分でわかり合えた。ふたりの関係は1949年6月にケージがブーレーズの部屋を訪れて始まった。バリ島やアフリカの民俗音楽を特徴付ける打楽器合奏に関心を持っていた彼は、それを西洋音楽を象徴するピアノ上にインストールして精緻に制御する、プリペアド・ピアノの発想に強く惹かれ、サロンでの紹介や演奏会を企画した。ケージも帰国後、第2ソナタの米国初演に奔走して実現した。深い絆で結ばれたふたりは頻繁に往復書簡を交わすようになる。<br />
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　第2ソナタに続く作品として、まず《弦楽四重奏のための書》(1948-49) が挙げられる。第2ソナタの基盤は音高のみを管理する伝統的な12音技法であり、それ以外の音楽要素は意志の力で制御して「ソナタ形式の破壊」を行っている。だが後期ヴェーベルンの作品では、音高とリズムを連動して管理する工夫がなされており、この曲で彼もその方向を試み始めた。またタイトルの「書」はマラルメの「書」概念にならった断片の入れ替え可能性を意味し、楽章の順序は奏者が自由に選べる。曲想はアンサンブル曲よりもピアノ曲に近いがピアノ曲よりも静的なのは、演奏順序を可変にするための配慮と理解できる。作曲者はいくつかの試演を経て演奏困難で指揮者が必要な失敗作と判断し、一度は撤回して弦楽合奏への編曲を始めたが、アルディッティ四重奏団やディオティマ四重奏団など全曲の通奏をこなす団体が現れ始めて撤回を撤回し、2012年に全6楽章の最終校訂を行った。なお、未完成だった第4楽章は作曲者死後の2017年にマヌリーが補筆完成した。この路線を受け継いだのが《ポリフォニーX》(1950-51) であり、1950年末のケージへの手紙では「24音の四分音音列を用い、7奏者の7グループが14ないし21の断片を対位法的に組み合わせ、リズム細胞の管理法は…」と雄大な構想を楽しげに披露している。だが、初演日程が決まって実務的な打ち合わせが始まると、四分音は取り止め、編成も18人に縮小…とスケールダウンされてゆき、彼の意欲も下がっていった。後述する《構造I》を書き始めると（この曲よりも〈構造Ia〉の方が先に完成）彼の関心はそちらに移り、初演にも立ち会わず（ルノー＝バロー劇団の公演を優先）、初演の録音を聴いて撤回を決めた。教条的すぎるという判断だった。<br />
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<img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202509/08/10/c0050810_02125420.jpg" alt="_c0050810_02125420.jpg" align="left" class="IMAGE_LEFT" height="330" width="222" />　《構造I》は《弦楽四重奏のための書》や《ポリフォニーX》に連なる作品だが微妙に系列が違い、この時期のヨーロッパ戦後前衛で大流行した総音列技法を用いた最初期の作品のひとつである。奥歯に物が挟まったような書き方になるのは、時系列は《構造I》で最初に書かれた〈Ia〉よりも、ベルギーの作曲家カレル・フイヴェールツ（1923-1993）が《2台のピアノのためのソナタ》（1950-51）を完成した方が微妙に早いからである。だが、ブーレーズが発想を横取りしたわけでもない。フイヴェールツはこの作品を1951年のダルムシュタット国際現代音楽夏期講習会で公にしたが、〈構造Ia〉はそれよりは早く、ふたりは独立に同じ発想に至っている。それまでのブーレーズはリズム細胞を音列化しようとしていたが、リズム細胞は複数の音符で構成され音列と音符が1対1対応しないので、音高などの1対1対応する音列との組み合わせ方が自明ではなく、作曲に時間がかかった。だが、音価で音列を作り、リズムは音価の並びから結果的に生成されると割り切れば、強度やアタックなどすべての音列が1対1対応になり、あとはほぼ自動生成になる。〈Ia〉は一晩で書いたと彼が豪語するのも、誇張ではないだろう。ただし音域は自由に選べる設定なので、彼らしい跳躍音程が頻出する譜面になっており、最低限の個性は刻印されている。このように全音楽要素に音列を均等に適用すると、生み出される音世界も均質で静的なものになる。フイヴェールツが総音列技法を用いた《Nummer》シリーズ（《2台ピアノのためのソナタ》＝《Nummer 1》）にはそのような曲が並んでいるが、ブーレーズは《構造I》以前の試みの経験から、適用対象を絞ったり適用方法を不均等にしたりしてダイナミックな偏りが生じた状況の方が面白いと考えた。〈Ib〉〈Ic〉はそのような偏りをデザインした結果であり、その方が手間がかかるので完成は1952年までずれ込んだ。ちなみに《構造I》も第2ソナタ同様、完成後は一切手が入っていない。<br />
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　アルトと6楽器のための《主なき槌》(1953-55) は、ルネ・シャールの詩に基づく彼の作品でも特に知られ、一般的には彼の一番の代表作とされている。《構造I》の次の総音列技法による作品だが、ここでの音列操作は《構造I》のような厳密なものではなく、彼自身が「分析不可能」と述べるほどに元の音列から置き換えられている。このような〝感覚的修正〟自体は必ずしも批判されるべきものではないが、問題は何を〝修正〟しているかである。モダニズムの一般論として、未知の音響を得るためにシステムを用いるのであれば、その出力結果を〝修正〟するのは意味がわからない。目標とする既知の音響があり、それにそぐわないものを〝修正〟しているのである。この作品の目標は明確で、基本はシェーンベルク《月に憑かれたピエロ》、シュプレッヒシュティメではない滑らかな歌唱はドビュッシーの歌曲、民俗音楽風アンサンブルはストラヴィンスキー《狐》あたりが想定されているのだろう。ギターは日本の箏、シロリンバはアフリカのバラフォン、ヴィブラフォンはバリ島のガムランという楽器の見立ても、彼がパリ音楽院時代に愛聴していた民俗音楽そのものである。いずれも戦前どころか1910年代のモダニズムで、それだけでは古すぎるので総音列技法を介して後期ヴェーベルンのフィルターをかけたということかもしれない。この曲が1950年代ヨーロッパ戦後前衛の代表曲だとみなされているとしたら、その美学は戦前のモダニズム美学とさほど隔絶しておらず、この時期まではそのアップデートで十分通用したことの何よりの証拠である。なおこの曲も、初演を踏まえて1957年にわずかな改訂が行われたのみである。<br />
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<img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202509/08/10/c0050810_02154855.jpg" alt="_c0050810_02154855.jpg" align="right" class="IMAGE_RIGHT" height="300" width="203" />　ブーレーズが第2ソナタから《構造I》に向かった時期は、ケージがプリペアド・ピアノのための《ソナタと間奏曲》から《易の音楽》に向かった時期でもある。この時期のケージは東洋思想の影響で「自我の放棄」を目指しており、5×5の魔法陣で音高をシステマティックに生成して達成しようとした。ブーレーズはそれを音列を用いた音高管理の等価物とみなし、「我々は同じ道を歩いている」と考えた。だが、ケージの目的はあくまで「自我の放棄」であり、このシステムは偶然性に置き換えられる。《易の音楽》では、8×8通りの卦それぞれに短い断片を対応させ、易を立てて選んでゆく。だがブーレーズはこれを、魔法陣を8×8に拡大したものと捉えて激賞した。やがて、《4分33秒》などを通じてケージの真意を知ると、一転して「怠惰による偶然性」と非難するようになる。ケージの魔法陣システムとヨーロッパ戦後前衛の音列システムが等価だとしたら、魔法陣システムは偶然性に置き換えられる（実際、ブーレーズは区別がつかなかった）のだから、音列システムも偶然性に置き換えられることになる。究極のシステムだと思っていたものがサイコロを振るのと変わらないことになったら恐怖でしかない。何としても叩き潰さなければいけない！<br />
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　かくなる上は、ケージ流の偶然性を止揚する概念を提唱して上書きするしかない。そこでブーレーズは「管理された偶然性」を提唱した。すべてを偶然に委ねるのは不毛である、マラルメの「書」のように断片を並べる順序を読者に委ねる程度の偶然性が創造的だ、という主張であり、断片の演奏順序を演奏家に委ねたピアノソナタ第3番は、そのプロトタイプだった。だが、彼の創作史における「書」概念は、音列概念の拡張が主目的だった《弦楽四重奏のための書》ではおまけ的な扱いに過ぎなかった。ケージ流の偶然性へのカウンターとして担ぎ出すのは、そもそも無理がある。原理的にも、マラルメの「書」が成立するのは、詩の本を手元に置いて折々に眺めるからであり、演奏会で一回限り聴く状況では並べ換えの自由度は殆ど意味を持たない。せいぜい演奏家ごとに固定されたいくつかの「版」が生まれるだけである。ブーレーズも程なく問題点に気付き、《プリ・スロン・プリ》や《カミングスは詩人である》のような作品では演奏順序確定版を作る方向で改訂したが、プロトタイプの第3ソナタではそうもいかず、未完成作品として長らく放置されることになった。ケージは1958年にダルムシュタット国際現代音楽夏期講習会を初めて訪れたが、そこで「管理された偶然性」はケージの毒の防波堤になったわけではなく、むしろケージ訪問が追い風になって、「ケージ思想の簡略版」としてヨーロッパ現代音楽界で流行することになった。何のことはない、ケージの偶然性の音楽に真剣に向き合ってその毒に気付いたのはブーレーズだけで、心ならずも提唱した「管理された偶然性」概念と心中したのは徒労だったのである。<br />
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<img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202509/08/10/c0050810_02155694.jpg" alt="_c0050810_02155694.jpg" align="left" class="IMAGE_LEFT" height="300" width="300" />　この流れの中で、《構造II》は地味ながら意義はある。音列技法における和声は偶発的に発生するもので、その連なりを管理するには別なシステムを持ち込むか、感覚的修正に頼るかだった。この曲を通じて、総音列技法の枠内で和声の連なりを管理できるようになったのは、大きな進歩である。美学的にも、ドビュッシーや初期ストラヴィンスキーと結びついているのは専ら声とアンサンブルのための曲だったが、これでピアノ曲とも結びついたことになる。《プリ・スロン・プリ》(1957-62) は「管理された偶然性」ありきでマラルメを召喚したのに、1984/89年の改訂で演奏順を確定したのでは何の意味があったのかと言いたくなるが、和声の連なりを管理する総音列技法を声とアンサンブルのための作品に導入したという点において、感覚的修正頼みだった《主なき槌》にはない意義は残っている。<br />
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　ヨーロッパ戦後前衛の潮目は1960年代半ばから変わり、電子音楽体験と戦後特有の美学が台頭する。第二次世界大戦中に価値観が根幹から揺るがされるような体験を経ているかどうかは、ここで効いてくる。あらためて同世代のメシアン弟子と比較すると、古代音楽の数学的モデル化とノイズ音楽の先駆をなす電子音楽に舵を切ったクセナキスや、ライヴエレクトロニクスと即興的要素の制御に焦点を移したシュトックハウゼンのように、新たな美学を打ち出す余力はもはやブーレーズには残っていなかった。ただし彼は、ジャン・バラケ（1928-1973）のように戦前の美学に殉じたわけではない。1963年のフランス国立放送管との《春の祭典》 の録音と《ヴォツェック》のフランス初演で指揮者として注目され、その後数年でBBC交響楽団とNYPの音楽監督に相次いで就任した彼は、むしろ巧みに活動の中心を切り替えて勝ち逃げに成功したのである。<br />
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　作曲家はピークが10年続けば一流、15年続けば超一流の世界である。彼は1946年から1962年まで約15年間ピークを維持しており（頂点は最初の5年だとしても）、その後の余生をとやかく言っても詮ない。1970年代の《ミュルティプル》や《メッサージェスキス》になると、常套音型の反復と堆積に終始する、趣味の作曲としか言いようのないものに退行している。素材に耽溺して、批評的距離は微塵も感じられない。IRCAM所長時代に大型コンピュータの4Xシステムのために《レポン》を作曲したことが刺激になり、その余波で《二重の影の対話》のような佳曲も生まれたが、4Xシステムが吐き出した合成音が、1970年代の彼と変わり映えしない装飾音型なのが問題だった。1992年のIRCAM所長退任後は、再び指揮が活動の中心になったが、作曲に割ける時間も増えた。だが書かれたのは、《内挿節》や《日めくりの一頁》のような救い難い曲だった。《レポン》作曲体験を経て、器楽的な4Xシステムが生成する「未来の音楽」が1970年代の自分と大差なかったことで、それで良いと思い込んでしまったのだろう。同世代のシュトックハウゼンとは違い、電子音楽のセンスがなかったことが、ここに来て致命傷になってしまった。<br />
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]]></content>
  </entry>
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    <title>ライヴ演奏動画集　(2025/11/19 update)</title>
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    <author><name>ooi_piano</name></author>
    <dc:subject>雑記</dc:subject>
    <content type="html"><![CDATA[<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202411/30/10/c0050810_06075780.jpg" alt="_c0050810_06075780.jpg" class="IMAGE_MID" height="400" width="500" /></center><br />
【New!】冬木透（蒔田尚昊）：《帰ってきたワンダバ》(2006) [＋神田寛明(fl)]P. ブーレーズ：フルートとピアノのための《ソナチネ》(1946/49) [＋神田寛明(fl)]---A. ウェーベルン:《9楽器の協奏曲 Op.24》(1934/2024) [米沢典剛編独奏版]川島素晴:《夢の迷宮 ~武満徹「ミロの彫刻のように」断片(1995)に基づく》(2025) 若松聡史:《暈色》(2024) ●武満徹コレクション---ヴィラ=ロボス：《5つの前奏曲集》 (1940/1959) [ジョゼ・ヴィエイラ・ブランダォン(1911-2002)編ピアノ版]　ヴィラ=ロボス：《ショーロ第1番》(1920/1968) [オジマー・アマラオ・グルジェウ(1909-1992)編ピアノ版]ヴィラ=ロボス：映画《アマゾンの森》より「感傷的なメロディ」(1958/2024) [米沢典剛編独奏版]●ヴィラ＝ロボス編曲集プレイリスト---杉山洋一:《断絶のバラード集》第2曲「ウクライナ・バラード」(2022/2024)杉山洋一:《華(はな)  ～西村朗の追憶に》(2023)（ピアノ独奏）杉山洋一:《華(はな)　～西村朗の追憶に》(2023) （フォルテピアノ独奏）A.ウェーベルン：《弦楽四重奏のための緩徐楽章》 (1905/2024) [米沢典剛編ピアノ独奏版]H. マンシーニ(1924-1994)： 《ひまわり》 (1970/2024) [神田晋一郎編]----●クセナキス：ピアノ協奏曲全3曲（大井浩明）プレイリスト<br />
●シューベルト編曲集プレイリスト<br />
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●南聡(1955- ):《帽子なしで Op.63-4》(2023)<br />
●F.グロリュー(1932-2023) ：《ショパンのマズルカ風のモーツァルトのトルコ風ロンド》(1988)■F.シューベルト：《連弾のためのソナタ ハ長調「グラン・ドゥオ」 D 812》(1824) [J.F.C.ディートリヒ/L.シュタルク編独奏版]■F.シューベルト：《連弾のためのフーガ ホ短調 D 952》(1828) [J.F.C.ディートリヒ編独奏版]----■F.シューベルト：弦楽四重奏曲第12番ハ短調 D 703 「四重奏断章」 (1820/2023) [米沢典剛編独奏版] ■F.シューベルト：《連禱（万霊節） D 343》 (1816/1926) [ゴドフスキー独奏版] ----■F.シューベルト：《八重奏曲 ヘ長調 D 803》（1824/1905、全6楽章） [J.B.バイス編連弾版] [＋浦壁信二（ピアノ）]■F.シューベルト：ピアノトリオ第2番 変ホ長調 D 929 より第2楽章＋第3楽章 (1827/1875) [ルートヴィヒ・シュタルク(1831-1884)によるピアノ独奏版]■F.シューベルト：《弦楽三重奏曲 D 471》(1816/2023) [米沢典剛によるピアノ独奏版]■F.シューベルト：《さすらい人 D 493》(1816/1981) [フリードリヒ・グルダによるピアノ独奏版]---■メンデルスゾーン(1809-1847)：《弦楽八重奏曲 変ホ長調 Op.20》より終楽章「プレスト」 (1825) [作曲者編連弾版] [＋浦壁信二（ピアノ）]■米津玄師(1991- )：《KICK BACK》(2022)  [金喜聖(キム・ヒソン)編曲による連弾版] [＋浦壁信二（ピアノ）]<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202411/30/10/c0050810_06093659.jpg" alt="_c0050810_06093659.jpg" class="IMAGE_MID" height="628" width="500" /></center><br />
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───────────────────────────────────────一般社団法人全日本ピアノ指導者協会[PTNA]のYouTubeアカウント（＋α）で公開されている動画一覧　大井浩明（ピアノ／フォルテピアノ／クラヴィコード／オルガン）<br />
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【プレイリスト】<br />
●シューベルト編曲集　●委嘱作品／編曲プレイリスト　●大井浩明＋浦壁信二ピアノドゥオ集　●米沢典剛編曲集　●ウクライナ関連作品集　●韓国関連曲集　●「ピアニスト＝作曲家」作品集　●ワーグナー編曲集　●ブラームス編曲集　●チャイコフスキー編曲集　●サンサーンス編曲集　●レーガー編曲集　●フォーレ編曲集　●ドビュッシー編曲集　●ショスタコーヴィチ編曲集　●行進曲集　●さくらさくら編曲集　●君が代編曲集　●京大出身作曲家集　●BGM用プレイリスト　〇杉山洋一鍵盤作品集<br />
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【作曲家五十音順】<br />
【あ】<br />
■M.A.アムラン(1961- )：《サーカス・ギャロップ》(1994/2014)  [金喜聖（キム・ヒソン）編2台ピアノ版]<br />
■A.アレクサンドロフ(1883-1946)：《ボリシェヴィキ党歌》(1938)<br />
<br />
■李成賢（イ・ソンヒョン）(1995- )：《遺聞（ユムン）～W.フェントン「君が代」に基づく》(2019)<br />
<br />
■池辺晋一郎(1943- )：《黄金の日日》(1977) 　《峠の群像》(1981) 　  《独眼竜政宗》(1986) 　  《エデュイエ・ブギ》(1990) 　  《君の名は》(1991) 　《八代将軍吉宗》(1994) 　《元禄繚乱》(1999) 　   《J.S.の声のほうへ》(2000)<br />
<br />
■伊左治直(1968- )： 《舟歌》(1996)・《夢の散歩》(2002)・《子守歌》(2002)・《魔法の庭》(2001)　　《墜落舞踏遁走曲》(1997)　　《海獣天国》(2010)　　《ビリバとバンレイシ》(2010)〔＋伊左治直（パフォーマンス）〕　<br />
■石川芳：《さくらさくら》(2016)<br />
<br />
■石川高(1963- )：《何処で私は道を踏みはずしたのか。何を私は行ったのか。なすべきことの何を私は成し遂げないでしまったか。》(2011) （三分損益律オルガンと笙のための）　〔＋石川高（笙）〕<br />
<br />
■和泉宏隆(1958- )：《オーメンズ・オブ・ラヴ》(1985) [麻緒岳典（石川芳）によるピアノ独奏版] <br />
<br />
■井上武士(1894-1974)：《チューリップ》 （夏田昌和によるピアノ独奏版）(1932/2012) <br />
<br />
■伊藤謙一郎(1968- )：《アエストゥス》（2018）<br />
<br />
■今堀拓也(1978- )：《同期 - サンクロニザシオン》(2003) 〔＋パトリツィア・コパチンスカヤ（ヴァイオリン）〕 <br />
■入野義朗(1921-1980)：《三つのピアノ曲》(1958)<br />
<br />
■H.ヴィラ=ロボス(1887-1959)：《ショーロ第1番》(1920/1968) [オジマー・アマラオ・グルジェウ(1909-1992)編ピアノ版]　練習曲第11番+第12番》(ユリア・バルによるピアノ独奏版)(1929/2013)　《山のメロディー(ベロオリゾンテの信仰の山)》(1938)　《ニューヨーク・スカイライン》(1939)　《5つの前奏曲集》 (1940/1959) [ジョゼ・ヴィエイラ・ブランダォン(1911-2002)編ピアノ版]　　映画《アマゾンの森》より「感傷的なメロディ」(1958/2024) [米沢典剛編独奏版]<br />
<br />
■A.ウェーベルン(1883-1945)：《弦楽四重奏のための緩徐楽章》 (1905/2024) [米沢典剛編ピアノ独奏版]　《管弦楽のためのパッサカリア Op.1》(1908/2013) [杉山洋一編独奏版]　《9楽器の協奏曲 Op.24》(1934/2024) [米沢典剛編独奏版]<br />
■上野耕路(1960- )：《ブレーメン(ブレヘメン)》(1981)　《ウンタマギルー》(1989) 　《パルティータ》(2015) （中全音律オルガン独奏）　ジェフスキ「不屈の民変奏曲」のためのカデンツァ（2声のカノンと４声のフーガ） (2016)　《Volga Nights（たらこたらこたらこパラフレーズ）》(2018） <br />
■H.ヴォルフ(1860-1903):《メーリケ歌曲集》より第12曲「隠棲」(1888/1904) [M.レーガー編独奏版]　《メーリケ歌曲集》より第46曲「ヴァイラの歌」(1888/1904) [M.レーガー編独奏版]<br />
<br />
■S.ヴォルペ(1902-1972)：《前奏曲と小フーガ（リリー・クレー夫人のために）》(1924)<br />
<br />
■大石泰(1951- )： 《ピアニストと打楽器奏者のための音楽》(1979) 〔＋渡邊理恵（打楽器）〕<br />
<br />
<br />
■太田順也[Zun] (1977- )：《さくらさくら ～Japanize Dream... （東方妖々夢）》(2003)<br />
<br />
■大村久美子(1970- )： 《ゲルミナツィオン》(2003) 〔＋パトリツィア・コパチンスカヤ（ヴァイオリン）〕<br />
■岡野貞一(1878-1941)：《ふるさと》（夏田昌和によるピアノ独奏版）(1914/2014)<br />
<br />
■岡野勇仁(1972- )：《木々は萌え、そよ風》(2007)[＋柴田暦(vocal)] <br />
<br />
■奥村一(1925-1994):《さくらさくら》(1963)<br />
<br />
■尾崎豊(1965-1992)：《I love you》(1983)　[A.スルタノフ編独奏版]<br />
<br />
■落晃子(1969- )：《八犬伝》(2021)<br />
<br />
■P.オリヴェロス(1932-2016)：《ノルウェーの木》(1989)<br />
-----------------------<br />
【か】<br />
■片岡由紀(1970- )：《架空CMソング集 ~「アトラス」「カモメの極上麦茶」「ダチョウの宅急便」》(2007)[＋柴田暦(vocal)]<br />
■金澤攝(1959- )：《葬送後退曲》(1975) 　《烏枢沙摩》(2018) 　<br />
■B.カニーノ(1935- )：《カターロゴ》(1977) 　《カターロゴ第2番「怒りの日？」》(2022)<br />
■G.カペレン (1869-1934) :《君が代》(1904)<br />
<br />
■河合拓始(1963- )：《オーガンザ》(2005) （オルガン独奏）　《アゼィリア、セギディーリャ》(2007)[＋柴田暦(vocal)]<br />
<br />
■川上統(1979- )：フォルテピアノ独奏のための《閻魔斑猫》(2008)　チェンバロ独奏のための《花潜（ハナムグリ）》 (2009) 　《赤蜻蛉日記》 (2020)<br />
<br />
<br />
■川崎弘二(1970- )：《木賊》(2015)<br />
<br />
■川島素晴(1972-)：《アクション・ミュージック　I-IV》(2017)　　《鏡は横にひび割れて》(2019)　　《マルシュ・リュネール》(2019)　《夢の迷宮 ~武満徹「ミロの彫刻のように」断片(1995)に基づく》(2025)<br />
■川原伸司(1950- )：《瑠璃色の地球》(1986)（水野修孝編ピアノ独奏版）<br />
<br />
■姜碩煕（カン・スキ）(1934-2020)：《ゲット・バック》(1989) <br />
<br />
■G.カンチェリ(1935-2019):映画《ミミノ(Мимино/მიმინო/Միմինո》より「黄色い葉」 (1977)<br />
<br />
■神田晋一郎(1976- )：《たばこの煙》(2007)[＋柴田暦(vocal)] <br />
<br />
■喜多郎(1953- )：《絲綢之路》(1980)<br />
■J.ギンペル(1906-1989)：《オッフェンバック「軍隊の二人の男」(1859)による演奏会用パラフレーズ》(1942)<br />
<br />
■I.クセナキス(1922-2001)：《シナファイ》(1969) (i) NJP 1996 Jul. - (ii) KSO 1996 Nov.（前半 ・後半）- (iii) LPO 2002 Mar.　   《エリフソン》(1974) LPO 2004 Jun.　　《ケクロプス》(1986) TPO 2022 Feb. <br />
<br />
■桑原ゆう(1984- )：《花のフーガ》(2019)<br />
<br />
■A.ケテルビー(1875-1959) ：《日本の屏風から》(1934)<br />
<br />
■A.グラズノフ(1865-1936)： 《ヴォルガの舟歌　Op.97》 [A.ジロティ(1863-1945)による独奏版]<br />
■F.グロリュー(1932-2023) ：《ショパンのマズルカ風のモーツァルトのトルコ風ロンド》(1988)<br />
<br />
<br />
■剣持秀紀(1967- )：《ピンチェ》（2015)<br />
<br />
■E.ゴーティエ(1575-1651)：《メザンジョーの墓》（クラヴィコード独奏）<br />
<br />
■小坂直敏(1953- )： 《ハイブリッド・コラージュ　― ピアノと電子音響のための》(2015)<br />
■古関裕而(1909-1989)：《オリンピック・マーチ》(1964) 　《スポーツショー行進曲》(1949)<br />
<br />
■J.コズマ(1905-1969)：《枯葉》 (1945/1993)[武満徹編]<br />
<br />
■L.ゴドフスキー(1870-1938)：《天国のアナクレオンへ》(1780/1921)<br />
<br />
■小林純生(1982- )：《フーガ ～モーリス・ラヴェルを頌して》(2016)<br />
-----------------------<br />
【さ】<br />
■財津和夫(1948- )：《青春の影》(1974) （水野修孝編ピアノ独奏版）<br />
■坂本龍一(1952- )：《エナジー・フロー》(1999)<br />
■佐近田展康(1961-)：《ニューセンチュリーソング》(2000/2005) <br />
<br />
■佐藤聡明(1947- )：《コラール（「アダムの堕落によりすべては朽ちぬ」に基づく）》(2000)<br />
<br />
■佐野敏幸(1972- )：《ションディプラカーシュ ～光の境界》(2007)[＋柴田暦(vocal)] <br />
<br />
■佐村河内守（新垣隆）(1970- )：《ドレンテ》(2011)<br />
■C.サン=サーンス(1835-1921)：歌劇「サムソンとダリラ」第2幕より ダリラのアリア《あなたの声に心は開く》(1877/2005)（W.リンゲンベルク編）　　歌劇「サムソンとダリラ」第3幕より バレエ音楽《バッカナール》(1877)（作曲者編）　《フランス風軍隊行進曲》(作曲者編ピアノ独奏版)(1880)　《白鳥》(1886/1927)（ゴドフスキー編）　《白鳥》 (1886/2019)（G.ファウル編） [米沢典剛によるピアノ版]　　《交響曲第3番 ハ短調 Op.78 「オルガン付」 ～F.リストの追憶に》（1886/87、作曲者による2台ピアノ版）<br />
■A.シェーンベルク(1874-1951)：《月に憑かれたピエロ（第3部）》（E.シュタインによるピアノ伴奏版）[＋柴田暦(vocal)]　　オペラ《モーゼとアーロン》第2幕第3場より「黄金の仔牛の踊り」（川島素晴によるピアノ独奏版） (1932/2007)<br />
<br />
■G. シェルシ(1905-1988):《アデュー(お別れ)》(1978)<br />
■篠原眞(1931- )：《四つの小品》(1951/2017) 　《アンデュレーションＢ〈波状Ｂ〉》 (1997)　[＋浦壁信二（ピアノ）]　　《２４のブレヴィティーズ[簡潔]》(2015)　<br />
■しばてつ(1959- )：「君が代」逆行形による変奏曲（2007/2019)<br />
<br />
■J.シベリウス(1865-1957) ：　弦楽四重奏のための《祝祭アンダンテ》(1922/1941)（＝K.エクマン編）　　《フリーメーソンの儀式音楽》より「冒頭の讃歌」Op.113-1 (1927) <br />
■清水卓也(1986- )：《町田のヤンキー》(2011)<br />
<br />
■F.シューベルト(1797-1828)：《弦楽三重奏曲 D 471》(1816/2023) [米沢典剛によるピアノ独奏版]　　《さすらい人 D 493》(1816/1981) [フリードリヒ・グルダ編独奏版]　 《連禱（万霊節） D 343》 (1816/1926) [ゴドフスキー独奏版]　弦楽四重奏曲第12番ハ短調 D 703 「四重奏断章」 (1820/2023) [米沢典剛編独奏版]　《八重奏曲 ヘ長調 D 803》（1824/1905、全6楽章） [J.B.バイス編連弾版] [＋浦壁信二（ピアノ）]　　《連弾のためのソナタ ハ長調「グラン・ドゥオ」 D 812》(1824) [J.F.C.ディートリヒ/L.シュタルク編独奏版]　ピアノトリオ第2番 変ホ長調 D 929 より第2楽章＋第3楽章 (1827/1875) [L.シュタルク編独奏版]　《連弾のためのフーガ ホ短調 D 952》(1828) [J.F.C.ディートリヒ編独奏版]<br />
■R.シューマン(1810-1856)：《夕べの歌 Op.85-12》(サン=サーンス編)<br />
<br />
■R.シュトラウス(1864-1949)：《万霊節 Op.10-8》(1883/1903) [M.レーガー編独奏版]　　《ツェツィーリエ Op.27-2》(1894/1903) [M.レーガー編独奏版]　《明日! Op.27-4》(1894/1899) [M.レーガー編独奏版]　《オリンピック讃歌》(1934/2019) (米沢典剛によるピアノ独奏版)　《メタモルフォーゼン（変容）》(1945/2017)　（米沢典剛によるピアノ独奏版）　歌劇《カプリッチョ》より「月の光の音楽」(1941/2019)(米沢典剛によるピアノ独奏版）<br />
■D. D. ショスタコーヴィチ(1906-1975)：《革命の犠牲者を追悼する葬送行進曲》(1918)　　オペラ《ムツェンスク郡のマクベス夫人 Op.29》より第2幕間奏曲「パッサカリア」 (1932) [作曲者編独奏版]　　《ピアノ五重奏曲 Op.57》より第2楽章「フーガ」(1940/2022) [米沢典剛編独奏版]　　オラトリオ《森の歌 Op.81》より第7曲「栄光」(1949/2021) [米沢典剛編独奏版)　 映画音楽《忘れがたき1919年》より「クラスナヤ・ゴルカの攻略」Op.89a-5 (1951/2022) [米沢典剛編2台ピアノ版] [＋浦壁信二(pf)] 　交響曲第10番第2楽章 Op.93-2 (1953) [作曲者による連弾版] [浦壁信二(pf)] 　交響曲第13番《バビ・ヤール》第5楽章「出世」(1962/2022) [米沢典剛編独奏版]　《弦楽四重奏曲第15番 Op.144》より第1楽章「エレジー」(1974/2020) [米沢典剛編独奏版]<br />
------<br />
<br />
■F.F.ショパン(1810-1849)：《ドンブロスキのマズルカ（ポーランドは未だ滅びず）》(1835)（マリウシュ・デュバイ補筆版）<br />
<br />
■A.シルヴェストリン(1973- )：《凍れる音楽》(2015、テイク１／テイク２)<br />
■V.シルヴェストロフ(1937- )：《ウクライナへの祈り》(2014)<br />
■杉山洋一(1969- )：《嬉遊曲II》(2001) （二台ピアノのための）〔＋B.カニーノ（ピアノ）〕　《間奏曲V》(2010)　　《間奏曲IX「スーパーパッサカリア」》(2014) 　《華(はな) ～西村朗の追憶に》(2023)（ピアノ独奏）　《華(はな)　～西村朗の追憶に》(2023) （フォルテピアノ独奏） 《断絶のバラード集》第2曲「ウクライナ・バラード」(2022/2024)<br />
<br />
■H.スケンプトン(1947- )：《カンパネッラ》(1981) 　《星芒》(1996)　《モノグラム》(1997)<br />
■M.スコリク(1938-2020):《メロディ》(1981)<br />
<br />
■鈴木淳史(1970- )：《取り引きに、筆写で耐えた》(2007)[＋柴田暦(vocal)] <br />
<br />
■鈴木光介(1979- )：《Even Be Hot　ホットこともありえます》（2008、全7曲）<br />
<br />
■鈴木悦久(1975- )： 《クロマティスト》(2004)　　《ピアノの練習》(2019)<br />
■I.ストラヴィンスキー(1882-1971)：　：バレエ音楽《狐》より「行進曲」(1916、作曲者編)　舞踊カンタータ《結婚（儀礼）》(1917/2017) [＋浦壁信二（ピアノ）]（米沢典剛編2台ピアノ版）　　《ヴォルガの舟歌》(1917)　　《星条旗》(1941)<br />
■J.S.スミス(1750-1836)：《星条旗》(ラフマニノフ編、1780/1918)　《星条旗》(ゴドフスキー編、1780/1921)　《星条旗》(ストラヴィンスキー編、1780/1941)<br />
■瀬戸口藤吉(1868-1941)：《軍艦行進曲》(1900/2019) [米沢典剛による独奏版]　《愛國行進曲》(1937/2020)[米沢典剛編独奏版]<br />
<br />
■D.ゼミソン(1980- )：《霞を抜けて》(2018)<br />
■陝北民歌：《東方紅（東方ヴァージョン）》（米沢典剛によるピアノ版、2019） <br />
<br />
<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202411/30/10/c0050810_06092005.jpg" alt="_c0050810_06092005.jpg" class="IMAGE_MID" height="375" width="500" /></center><br />
-----------------------<br />
【た】<br />
<br />
■高橋悠治(1938- )： 《光州1980年5月》(1980)　　《さまよう風の痛み》(1982)<br />
<br />
<br />
■高橋裕(1953- )：《シンフォニック・カルマ》(1990/2020、米沢典剛による2台ピアノ版）　《晩照　～金澤希伊子先生に捧ぐ》(2019)　　フォルテピアノ独奏のための《濫觴》(2020)<br />
<br />
■滝廉太郎(1879-1903):《花》(ござ[茣蓙]編曲独奏版)(1899/2017)<br />
<br />
■武満徹(1930-1996)：《二つのメロディ》(1948)　《二つの作品》(1949) 　《二つのレント》(1950)　《さようなら（西村朗編）》(1953/2001)　　《アルデールまたは聖女》(1956/57)　 《うたうだけ》(1958) [作曲者によるピアノ編曲]  　《MI・YO・TA（松尾賢志郎編）》 (1950s/2019)　《MI・YO・TA（神田晋一郎編）》 (1950s/2020)　《小さな空（杉山洋一編）》(1962/2009) 　《さくら》(1973)　　《インターナショナル》(1974)　《燃える秋》(1978) [作曲者によるピアノ編曲] 　　《クロス・ハッチ》(1982) [＋浦壁信二（ピアノ）]　　《すべては薄明の中で》(1988) 　《ゴールデン・スランバー》(1990)　《枯葉》 (1993)[武満徹編]　《ミロの彫刻のように》(1995/.2025) [川島素晴による補筆完成版]<br />
■田中吉史(1968- )： 《TROS III》(1992/97)　　《松平頼曉のための傘》(2011)　<br />
■棚田文紀(1961- ）：《前奏曲》(2007/18) <br />
<br />
■田村文生(1968- )：《きんこんかん》(2011)<br />
<br />
■P.チャイコフスキー(1840-1893) ：《弦楽四重奏曲第1番ニ長調 Op.11 第2楽章「アンダンテ・カンタービレ」》(1871/73) [K.クリントヴォルト編曲ピアノ独奏版]　　交響曲第2番《ウクライナ》より第2楽章「行進曲」(1872/1942)[S.フェインベルク編独奏版]　　歌曲集《6つのロマンス Op.16》より「ゆりかごの歌」「おお、あの歌を歌って」「それが何？」 (1873、作曲者自身によるピアノ独奏版)　《6つの小品 Op.19》より第4曲「夜想曲」(1873)　《「四季」(12の性格的描写) Op.37bis》(1876)　《弦楽セレナーデ》より第3楽章「エレジー」 Op.48-3(1880/1902) [M.リッポルトによるピアノ独奏版]　《子供のための16の歌 Op.54》より「春」「私の庭」「子供の歌」 (1881-83/ 1942) [S.フェインベルクによる独奏版]　《即興曲(遺作)》(1892/1894) [タネーエフ補筆]<br />
■陳銀淑(1961- )： 《ピアノのためのエチュード集　第２番「連鎖」・第３番「自由なスケルツォ」・第４番「音階」（オリジナル版）》(1994)<br />
<br />
<br />
■筒見京平(1940- )：《魅せられて》(1979)（tOmozo編独奏版）<br />
■R.ディットリヒ(1861-1919)：《さくら》(1894)<br />
<br />
■J.テニー(1934-2006)：《ドゥ ユー ウォント トゥ ノウ ア シークレット》(1992)　《ラヴ・ミー・ドゥ》(1992)<br />
■寺内大輔(1974- )：《地層》(2014)<br />
■P. ドゥゲートゥル(1848-1932)：　《インターナショナル Op.15-1》(1933) [A.ゴリデンヴェイゼル編]　《インターナショナル》(1974) [武満徹編]<br />
<br />
■都倉俊一(1948- )：《渚のシンドバッド》(1977) [青山しおり編独奏版] 　《サウスポー》(1978)[tOmozo編独奏版] <br />
<br />
■戸島美喜夫(1937-2020)：《鳥のうた（カタルニア民謡）》 (1982)<br />
<br />
■C.ドビュッシー(1862-1918): 《舞踊詩「遊戯」》(1912/2005、J.E.バヴゼ編2台ピアノ版）[＋浦壁信二（ピアノ）] 　《白と黒で》(1915) [＋浦壁信二（ピアノ）]<br />
■冨田勲(1932-2016)：《きょうの料理》(1957)<br />
-----------------------<br />
【な】<br />
<br />
■中川真(1951- )：《非在の声》（2020）<br />
<br />
■長瀬弘樹(1975-2012)：《見えない星》(2007)<br />
<br />
■中山晋平(1887-1952):《ゴンドラの歌》 [伊藤賢(1985- )/SwZap編独奏版] (1915/2020)　《大平壌行進曲》(1932)<br />
<br />
■夏田昌和(1968- )：《ガムラフォニー II》 (2009)　《てふてふ》(2012) 　《ザ・デイ・アフター・イエスタデイ》(2015) <br />
■成田為三(1893-1945)：「君が代」変奏曲(1942)<br />
<br />
■西村朗(1953- )：《夜光》(1999) 　《武満徹「さようなら」独奏版》(1953/2001)　《アリラン幻想曲》(2002)　<br />
<br />
<br />
<br />
■野平一郎(1953- )：《林の中の散歩道》(1985)　　《日本古謡によるパラフレーズ》（さくらさくら／ずいずいずっころばし）(1987)　間奏曲第2番「イン・メモリアム・Ｔ （武満徹の追憶に）」(1998)　 《響きの歩み》(1999/2000) 　 《間奏曲第3番「半音階の波」》(2006)  《間奏曲第7番》(2014)<br />
<br />
■信時潔(1887-1965)：《あかがり》(1920)<br />
<br />
■野村誠(1968- )：《パニック青二才》(2003)（2台ピアノのための）〔＋鈴木貴彦（ピアノ）〕　《DVがなくなる日のためのインテルメッツォ》(2001) 　　《体重減らそう》(2007、ヒュー・ナンキヴェルとの共作)[＋柴田暦(vocal)] 　《ベルハモまつり》(2009)<br />
-----------------------<br />
【は】<br />
<br />
■J.S.バッハ(1685-1750)：無伴奏ヴァイオリンソナタ第3番BWV1005より「フーガ」「ラルゴ」(サン=サーンス編、1720/1862)　 《3声のインヴェンション BWV775》(H.ラッヘンマン編、1723/1985) 　《フーガの技法　BWV1080》(1742/49)より　第９番「12度の転回対位法による二重フーガ」・第１０番「10度の転回対位法による二重フーガ」・第１１番「4声の三重フーガ」（クラヴィコード独奏）　<br />
■S.バーバー(1910-1981) （米沢典剛編）：《弦楽四重奏曲第1番第2楽章「アダージョ」》(1936/2017)<br />
■L.バーンスタイン(1918-1990)（＝米沢典剛編）：《バルコニー・シーン》(1957)[＋浦壁信二（ピアノ）] 　《フィナーレ》(1957)[＋浦壁信二（ピアノ）]<br />
<br />
■林光(1931-2012)：《国盗り物語》(1972) （寺西千秋によるピアノ独奏版） 　《徳利小（とぅっくいぐゎ）》(1979)　《アリラン2002》(2002)<br />
■林廣守（1831-1896)：《君が代》(1880)　ノエル・ペリ(1865-1922)編曲(1905) 　A.グラズノフ (1865-1936) [Op.96、米沢典剛編ピアノ版](1915/2019) 　河村光陽（直則）(1897-1946)：《君が代踊り》(1941)　　溝部國光(1908-1996)編(1971) 　 小弥信一郎(1950- )編(1979) 　三宅純(1958- )編(2016) 　吉田光貴(1994- )編(2016) 　久米由基(1960- )編(2018) 　松尾賢志郎(1995- )編(2019) <br />
■R. ピアナ(1971- )：《フニクリ・フニクラによる即興》(1880/2017)<br />
■A.ピアソラ(1921-1992)：《ストリート・タンゴ》(1987) [米沢典剛編によるピアノ版]<br />
<br />
■久石譲(1950-)：　《 「風の谷のナウシカ」より組曲５つのメロディー》(1984) 〔＋上森祥平（チェロ）〕　《もののけ姫》より「アシタカとサン」（伊左治直編）(1997)<br />
<br />
■H.ビュッセル(1872-1973)：《日本の歌による即興曲（君が代） Op.58》(1915) <br />
<br />
■平井(保喜)康三郎(1910-2002)： 幻想曲「さくらさくら」(1971)<br />
<br />
■平野弦(1968- ):《天才バカボンの主題によるフーガ》(1992)　《HYPERCALIFRAGILISTICSADOMASOCHISM (ハイパーカリフラジリスティックサドマゾキズム)》(2022)<br />
■M.d.ファリャ(1876- 1946)：《ヴォルガの舟歌》(1922)<br />
<br />
■M.フィニッシー(1946- )：《ミュコノス》（2017）　  《トゥー・オブ・アス》(1990)　《果てなき日々のグレイス》(2019/20)<br />
<br />
■P. ブーレーズ：フルートとピアノのための《ソナチネ》(1946/49) [＋神田寛明(fl)]<br />
<br />
■G.フォーレ(1845-1924)：《さようなら Op.21-3》 (1878/2021)　[横島浩編ピアノ独奏版]　《バイロイトの思い出 ～ワーグナー「ニーベルングの指環」のお気に入りの主題によるカドリーユ形式の幻想曲》(1880、A.メサジェ採譜) 　《月の光》(1887/1927)（M.ボニによるピアノ独奏版）＋C.ドビュッシー(1862-1918)：「仮装舞踏組曲」より《月の光》(1880)　　《消え去らぬ香り Op.76-1》 (1897/2021) [横島浩編ピアノ独奏版]　　パリ音楽院ピアノ科初見試験課題曲 [女子学生用(1899)/男子学生用(1901)]　歌劇《ペネロープ》第1幕への前奏曲　(1913、作曲者編）　 《チェロ・ソナタ第１番　ニ短調 Op.109》(1917)（全３楽章） 〔＋上森祥平（チェロ）〕 　《天守夫人（塔の奥方）　Op.110》(1918) （ピアノ独奏版） 　《幻想曲 Op.111》（1918、作曲者による２台ピアノ版） [＋浦壁信二（ピアノ）] 　《平和が来た Op.114》(1919/2021) [横島浩によるピアノ独奏版]　　組曲《マスクとベルガマスク》 Op.112 (1919/2018)　[米沢典剛編ピアノ独奏版]　《チェロ・ソナタ第２番　ト短調 Op.117》(1921)（全３楽章） 〔＋上森祥平（チェロ）〕　「ディアーヌよ、セレネよ Op.118-3」(1921) ～歌曲集《幻想の水平線》より　　《ピアノ三重奏曲　ニ短調　Op.120》（米沢典剛によるピアノ独奏版）(1923/2018)　《弦楽四重奏曲 Op.121》（G.サマズイユ編独奏版）<br />
■福島康晴(1970- )： 《モノローグ》(2015) （中全音律オルガン独奏）<br />
<br />
<br />
■藤井一興(1955- ):《ル・モン・サン・ミシェル》(2020)<br />
<br />
■G.プッチーニ(1858-1924)（＝R.T.カッツ編）：《弦楽四重奏曲 「菊」 嬰ハ短調》(1890/2017) <br />
<br />
■冬木透（蒔田尚昊）(1935- )：ウルトラセブンの歌（1967) [＋浦壁信二（ピアノ）] 　《帰ってきたワンダバ》(2006) [＋神田寛明(fl)]　《チャイニーズ・ラプソディ（義勇軍行進曲）》(1935/2007) 　《君が代パラフレーズ》(1880/2007)<br />
■J.ブラームス(1833-1897)：交響曲第2番 Op. 73 第2楽章(1877/1915) [M.レーガー編独奏版]　 《野の寂しさ Op.86-2》(1881/1907) [M.レーガー編独奏版] 　《セレナード Op.106-1》(1885/1907) [M.レーガー編独奏版]　　交響曲第4番 Op. 98 第2楽章 (1886/1916) [M.レーガーによるピアノ独奏版] 　《メロディのように Op.105-1》(1888/1912)　[M.レーガーによるピアノ独奏版] 　《我が眠りは一層浅くなり Op.105-2》(1888/1906)　[M.レーガー編独奏版]　《弦楽五重奏曲第2番 ト長調 Op.111》(1890/1920) [P.クレンゲルによるピアノ独奏版]　《クラリネット五重奏曲 Op.115》(1891/1904)[Ｐ．クレンゲルによるピアノ独奏版]　 クラリネットソナタ第2番(Op.120-2) 第1楽章 (1894/2021) [米沢典剛編ピアノ独奏版]　《4つの厳粛な歌 Op.121》(1896/1912)　[M.レーガーによるピアノ独奏版]　　《一輪のバラが咲いて Op.122-8》(1896/1902) [ブゾーニ編独奏版]<br />
<br />
■C.フランク(1822-1890)：《交響的変奏曲》(1885/1932) [G.サマズイユによるピアノ独奏版]<br />
<br />
■C.フランソワ (1939-1978)／J.ルヴォー(1940- )：《マイ・ウェイ》（夏田昌和によるピアノ独奏版）(1967/2014)<br />
<br />
■R.フリエール（グリエール）(1876-1956):《ブリヤート=モンゴル・ソ連社会主義自治共和国のための英雄的行進曲 Op.71》(1936/2022) [米沢典剛編ピアノ独奏版]<br />
■G.フレスコバルディ(1583-1643)： 《使徒のミサ》(1635)より「信仰宣言の後の半音階的リチェルカーレ」 （中全音律オルガン独奏）　　《聖母のミサ》(1635)より「（分かる者には分かるところの）歌唱用の第5声部を伴うリチェルカーレ」 （中全音律オルガン独奏）　《聖母のミサ》(1635)より「（この曲を弾く者は頗る為になるところの）ベルガマスカ」 （中全音律オルガン独奏）<br />
■L.ブローウェル(1939- )：《丘の愚者》(1976)<br />
<br />
■L.v.ベートーヴェン(1770-1827)：　ソナタ第20番第2楽章(1795)　　交響曲第3番《英雄》第1楽章(1803)（F.リストによる独奏版、前半・後半）　ソナタ第23番《熱情》第1楽章(1806)　 弦楽四重奏のための《大フーガ》(1826)（L.ヴィンクラーによる独奏版、前半・後半）（全てフォルテピアノ独奏）<br />
■G.ペッソン(1958- )：《マストの上で(水兵の歌)》(2009)<br />
<br />
<br />
■A.ペルト(1935- )：《アリーナへ》(1976) 　《アリヌシカの快復のための変奏曲》(1977) <br />
<br />
■H.ベルリオーズ(1803-1869)：叙情的モノドラマ《レリオ、あるいは生への回帰 Op.14bis》 より第IV曲「しあわせの歌」(1831) [米沢典剛によるピアノ独奏用編曲]<br />
<br />
■細川俊夫(1955- )： 《メロディア II》(1977/78)　　《ピアノ独奏のための「さくら」》(2007)<br />
<br />
<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202411/30/10/c0050810_06085488.jpg" alt="_c0050810_06085488.jpg" class="IMAGE_MID" height="625" width="500" /></center><br />
-----------------------<br />
【ま】<br />
<br />
■前山田健一（ヒャダイン）(1980- )：《カカカタ☆カタオモイ-C》(2011) (marasy編ピアノ独奏版）　《カカカタ☆カタオモイ-C》(2011/2019) [金喜聖編2台ピアノ版]<br />
■ギヨーム・ド・マショー(ca.1300-1377)： 三声の蟹カノン《わが終わりはわが初め》(ca.1350/2017)（米沢典剛編ピアノ独奏版）<br />
<br />
■松尾賢志郎(1995- )：《なにがでるかな？》(2019) 　　《マルシュ・リュネール》(2019)<br />
<br />
■松下眞一(1922-1990)： 《スペクトラ第４番》(1971)<br />
■松平（工藤）あかね(1972- )：《ルグリにリフト》(2007)[＋柴田暦(vocal)]<br />
<br />
■松平頼則(1907-2001)： 組曲《美しい日本》(1969)より第1曲「前奏曲」・第2曲「朗詠的な幻想（七夕）」・第3曲「わらべ唄（手まり唄）　　同・第4曲「草刈り唄」・第5曲「平曲のパラフレーズ（横笛）」・第6曲「箏曲風の終曲（茶音頭）」<br />
■松村禎三(1929-2007)：《初見課題曲》(1970s) 　《巡禮 - ピアノのための - I, II, III》(1999/2000) 　《三橋鷹女の俳句によせて》(2002) <br />
<br />
■松村牧亜(1975- ):《Sakuratango (ピアノ・ソロ・ヴァージョン)》(2017)<br />
<br />
■黛敏郎(1929-1997)：《スポーツ行進曲》(1953)  　《「天地創造」のテーマ》(1966)   　《「栄誉礼冠譜」および「祖国」》(1986)(Fortis934編ピアノ独奏版)　　《ROKUDAN（六段）》(1989) [八橋検校(1614-1685)による]<br />
■G.マーラー(1860-1911) （米沢典剛編）： 《花の章》(1888/2017)<br />
■H.マンシーニ(1924-1994)： 《ひまわり》 (1970/2024) [神田晋一郎編]<br />
■三河郷(1928-2007)：《デビルマンのうた》(1972/2021) [米沢典剛による独奏版]<br />
<br />
■三木たかし [渡邊匡] (1945-2009)：《夜桜お七》(1994) [後藤丹編ピアノ独奏版]<br />
<br />
■水野みか子(1958- )：《醒める河で ―ピアノと電子音響のための》(2004)<br />
■箕作秋吉(1895-1971):《さくらさくら Op.16-2》(1940)<br />
<br />
■港大尋(1969- )：《アリランは何処へいく》(2002)<br />
<br />
■湊真一(1965- )：《六花（りっか）のトッカータ 第1024番》(2015)<br />
■南聡(1955- ):《帽子なしで Op.63-4》(2023)<br />
■宮尾幹成(1979- )：《オリヴィエ・メシアンの墓への小品》(2014)<br />
■宮川泰(1931-2006)：《宇宙戦艦ヤマト》(1974、宮川晶（彬良）による２台ピアノ版） [＋浦壁信二（ピアノ）]  <br />
<br />
■宮城道雄(1894-1956)：《さくらさくら変奏曲》(1923) [市花真弓編ピアノ独奏版]　《君が代変奏曲》(1927/2019)（米沢典剛によるピアノ独奏版）　<br />
■三宅榛名(1942- )：《鉄道唱歌ビッグ変奏曲大人用》(1981)　《鳥の影》(1984) 　　《イェスタディ》(1990) 　　《オルランド・ディ・ラッソのモテットに基づく『御業を待ち望む』》(2001) （二台ピアノのための）〔＋B.カニーノ（ピアノ）〕<br />
■三善晃(1933-2013)：《きこえるかしら》 (1979)　《さめない夢》 (1979)　《ひとりぼっちで（花と花とは）》 (1979) 　《スクリアビン風の詩曲（ポエム） I / II》 (2002)　《むすんでひらいて》(2011)　《さくら さくら》(2011) 　《あんたがたどこさ》(2011)　《通りゃんせ》(2011) 　《ずいずい　ずっころばし》(2011)　<br />
<br />
■三輪眞弘(1958- )： 《三つの小品　～「第1番」「第3番」》(1976)　　《レット・イット・ビー＝アジア旅行》(1990)　　《海ゆかば》(2014)　《虹機械 公案-００１》(2015)<br />
■O.メシアン(1908-1992)（＝米沢典剛編）：《星の血の悦び》(1948) [＋浦壁信二（ピアノ）]<br />
<br />
■F.メンデルスゾーン(1809-1847)：《弦楽八重奏曲 変ホ長調 Op.20》より終楽章「プレスト」 (1825) [作曲者編連弾版] [＋浦壁信二（ピアノ）]<br />
<br />
■C. モンテヴェルディ(1567-1643)：オペラ《ポッペーアの戴冠》より終曲の二重唱「ただあなただけを見つめ」 (1642/2016) [E.デルッキによるピアノ独奏版]<br />
■F.モンポウ(1893-1987)：《歌と踊り第13番　（鳥の歌＋賢い猟師）》(1972)<br />
<br />
-----------------------<br />
【や】<br />
<br />
■矢代秋雄(1929-1976)：《スケルツォ》(1958/2019)（米沢典剛によるピアノ独奏版）<br />
<br />
■山口雅敏(1976- ):《エピタフィア Эпитафия》(2022)<br />
<br />
■山田耕筰(1886-1965)：《御大典奉祝前奏曲 ～「君が代」を主題とせる》（米沢典剛によるピアノ独奏版、1915/2019)　《さくらさくら》(1922) 　《からたちの花》（1925/1928、作曲者によるピアノ独奏版） 　《あげよ日の丸 - オリンピック応援歌》(1936/2019) （米沢典剛編独奏版） 　《ヒロシマ　～一九四九年八月六日に寄するうた》(1949/2019) （米沢典剛編独奏版） 　[篠原眞編曲]赤とんぼ（1927/2002/2019) （米沢典剛編独奏版） 　[三善晃編曲]赤とんぼ（1927/1977/2019) （米沢典剛編独奏版） 　[三宅榛名編] 赤とんぼ変奏曲（1927/1981)<br />
<br />
■山本裕之(1967- )： 《東京コンチェルト》(1993)　　《ハウス・カスヤのための音楽》(2005)　　《東京舞曲》(2010)<br />
■湯浅譲二(1929- )：《ポンポンてね》(1960)　《川》(1960s) 　《じゃあね》(1960s) 　《耳をすましてごらん》(1972) 　《藍より青く》(1972) 　《わたりどり》(1973) 　《徳川慶喜》(1997)（米沢典剛編独奏版）　《レナの子守歌》(1960s/2005) 　《おやすみなさい》(2013)<br />
<br />
■由雄正恒(1972- )： 《連.弾.指.》(2004)（ピアノとコンピュータ）　《セクシー・プライムズ》(2017、全5楽章）　<br />
■吉田恭(1972- )： 《アイ・ガット・リズム・アンド・プレイド・テニス・ウィズ・ミスター・シェーンベルク》(2004) （二台ピアノのための）〔＋鈴木貴彦（ピアノ）〕<br />
■吉松隆(1953- )： 《シリウスの伴星によせる　Op.1》(1974)<br />
■吉本光蔵(1863-1907)：《君が代行進曲》(ca.1902)<br />
<br />
■米沢典剛(1959- )：《君が代》(2021)<br />
■米津玄師(1991- )：《KICK BACK》(2022) [金喜聖(キム・ヒソン)編曲による連弾版] [＋浦壁信二（ピアノ）]<br />
<br />
-----------------------<br />
【ら】<br />
<br />
■T.ライリー(1935- )：《海象供養》（追憶のウォルラス） (1991/93) <br />
■H.ラッヘンマン(1935- )：《3声のインヴェンション BWV775》(1985)　《マルシュ・ファタール》(2016/17)　　《ベルリンのさくらさくら》(2016/17)　<br />
■S.ラフマニノフ(1873-1943):《6手のためのロマンス》(1891/2022) [米沢典剛編独奏版]　《ここは素晴らしい場所 Op.21-7》 (1902/2004) [V.アシュケナージ編独奏版] 　《徹夜祷》より「今こそ主よ」 Op.37-5 (1915)（作曲者によるピアノ独奏版）　:《ああ Op.38-6》(1916/2022)  [米沢典剛編独奏版]　　　《星条旗》(1918)<br />
■F.リスト(1811-1886)：《R.W. - ヴェネツィア S.201》(1883)　《ワーグナーの墓に S.202》(1883)<br />
<br />
■L.J.A.ルフェビュール＝ヴェリー(1817-1869)：《H.ルベールの歌劇「ガイヤールのおやじ」による華麗な二重奏曲》(1852)[＋金澤攝(ピアノ連弾)] <br />
■C.ルル―(1851-1926)：《分列式行進曲(扶桑歌)》(1886)<br />
■M.レーガー(1873-1916)：《クリスマスの夢~「聖しこの夜」による幻想曲》(1902)　《マリアの子守歌 Op.76-52》 (作曲者編ピアノ独奏版)(1904/1915)　《夜の歌 Op.138-3》(1914/2019) [ヴェンデリン・ビツァン編ピアノ独奏用パラフレーズ]　　《ドイツ国歌によるフーガ》(1916、遺作)-----------------------<br />
【わ】<br />
■若尾裕(1948- )：《さりながら雪》(2019)■若松聡史(1983- ):《暈色》(2024)■R.ワーグナー(1813-1883)：歌劇《ローエングリン》第1幕前奏曲(1848/2017)（B.ブライモ編）　歌劇《ローエングリン》第2幕より「エルザの大聖堂への入場」（F.リスト編）　ヴェーゼンドンク歌曲集(1858/1917) [A.シュトラダルによるピアノ独奏版] 　《トリスタンとイゾルデ》より「愛の場面」(1859/65)（タウジッヒ編）　《ジークフリート牧歌》(1870/1973) [G.グールド編ピアノ独奏版]　　舞台神聖祝典劇『パルジファル』第1幕前奏曲(1857-82/1882)（A.ハインツ編）　《エレジー WWV93》(1881)■渡辺香津美(1953- ):《アストラル・フレイクス》(1980)<br />
<br />
<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202411/30/10/c0050810_06090565.jpg" alt="_c0050810_06090565.jpg" class="IMAGE_MID" height="625" width="500" /></center><br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
]]></content>
  </entry>
  <entry>
    <title>6月15日（日）《ロベルト・シューマンの轍》第1回公演 [2025/07/06 update]</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://ooipiano.exblog.jp/33746464/" />
    <id>http://ooipiano.exblog.jp/33746464/</id>
    <issued>2025-06-08T06:47:00+09:00</issued>
    <modified>2025-07-08T05:07:31+09:00</modified>
    <created>2025-05-22T09:53:08+09:00</created>
    <author><name>ooi_piano</name></author>
    <dc:subject>シューマンの轍</dc:subject>
    <content type="html"><![CDATA[<br />
<br />
大井浩明　連続ピアノリサイタル<br />
ロベルト・シューマンの轍<br />
Hiroaki OOI Klavierrezitals<br />
Robert Schumanns Fußspuren<br />
<br />
<br />
松山庵 （芦屋市西山町20－1）　阪急神戸線「芦屋川」駅徒歩3分<br />
４000円（全自由席）<br />
〔要予約〕 tototarari@aol.com （松山庵）<br />
<br />
<br />
後援　一般社団法人 全日本ピアノ指導者協会(PTNA) [ Ⅰ ・Ⅱ]<br />
<br />
<br />
チラシ　表・裏<br />
<br />
<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202505/22/10/c0050810_09564463.jpg" alt="_c0050810_09564463.jpg" class="IMAGE_MID" height="356" width="500" /></center><br />
<br />
<br />
【第1回公演】2025年6月15日（日）15時開演（14時45分開場）<br />
<br />
<br />
《アベッグ変奏曲 Op.1》(1829/30)　７分<br />
　TEMA, Animato - Var.I - Var.II - Var.III - Cantabile, non troppo lento - FINALE alla Fantasia, Vivace<br />
《蝶々 Op.2》(1829/30)　１４分<br />
　Introduzione, Moderato - 1. - 2. - 3. - 4. Presto - 5. - 6. - 7. Semplice - 8. - 9. Prestissimo - 10. Vivo / Piú lento - 11. - 12. Finale<br />
《パガニーニの奇想曲による６つの練習曲 Op.3》(1832)　１２分<br />
　1. (カプリス第5番） - 2. （カプリス第9番） - 3. （カプリス第11番） - 4. （カプリス第13番） - 5. (カプリス第19番） - 6. （カプリス第16番）<br />
《6つの間奏曲 Op.4》(1832)　１９分<br />
　1. Allegro quasi maestoso - 2. Presto a capriccio - 3. Allegro marcato - 4. Allegro semplice - 5. Allegro moderato - 6. Allegro<br />
<br />
<br />
  （休憩）<br />
<br />
<br />
《変奏曲 ト長調 「神とともに」 Anh. F7》(1831/32) [遺作、未出版]　４分<br />
<br />
<br />
《ヒンメル「アレクシスに貴女を送るわ」によるカノン WoO 4》(1832/33)　１分<br />
<br />
<br />
《シューベルト：あこがれのワルツ D365-2 による変奏曲 Anh. F24》(1833/34) [遺作、2000年出版/A.ボイデ編]　７分<br />
Maestoso (Scènes mignonnes) - Variation 1, L'istesso tempo - Ritornell 1, Piú lento - Variation 2 - Ritornell 2 - Variation 3, Burla - Ritornell 3 - Variation 4 - Ritornell 4 - Variation 5 - Thema<br />
<br />
<br />
<br />
《パガニーニの奇想曲による6つの演奏会用練習曲 Op.10》(1833)　２４分<br />
　1. （カプリス第14番） - 2. （カプリス第6番） - 3. （カプリス第10番） - 4. （カプリス第4番） - 5. （カプリス第2番） - 6. （カプリス第3番）<br />
<br />
<br />
　　（休憩）<br />
<br />
<br />
《ベートーヴェン：交響曲第7番第2楽章の主題による自由な変奏曲形式の練習曲 WoO 31》(1831/35) [遺作、1976年出版]　１５分<br />
　主題（F. カルクブレンナー編、1837） - C1 Un poco maestoso - C2 - C3 - C4 Molto Moderato - C5 - C6 Presto - C7 （第九） - A6 Passionato - A7 Idee aus Beethoven （田園） - A10 Prestissimo - A11 Legato teneramente - B4 - B5 Cantando - B7 - B3<br />
<br />
<br />
《ショパン：夜想曲第6番 Op.15-3による変奏曲 Anh. F26》(1835/36) [遺作、1992年出版/J.ドラハイム編]　４分<br />
<br />
<br />
<br />
《幻想小曲集 Op.12 + WoO 28》(1837)　２６分<br />
　I. 夕べに - II. 飛翔 - III. なぜ？ - IV. 気まぐれ - V. 夜に - VI. 説話 - VII. 夢の縺れ - VIII. 歌の終わり - IX. （燃え盛って）<br />
<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202505/22/10/c0050810_09561272.jpg" alt="_c0050810_09561272.jpg" class="IMAGE_MID" height="356" width="500" /></center><br />
<br />
<br />
<br />
<br />
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━<br />
〔予告〕<br />
【第2回公演】11月9日（日）15時開演（14時45分開場）<br />
《交響的練習曲 Op.13 + WoO 6》(1834/37)<br />
《子供の情景 Op.15》(1838)<br />
《アラベスク ハ長調 Op.18》(1838/39)<br />
　　<br />
《花の曲 Op.19》(1839)<br />
《フモレスケ Op.20》(1839)<br />
《4つの夜曲 Op.23》(1839)<br />
《君に捧ぐ Op.25-1 /S.566》(1840/48) [F.リスト編独奏版]<br />
<br />
<br />
《ウィーンの謝肉祭の道化 Op.26》(1840)<br />
《3つのロマンス Op.28》(1839)<br />
《4つの小品 Op.32》(1838/39)<br />
《アンダンテと変奏曲 Op.46》(1843) [T.キルヒナー編独奏版]　<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
【第3回公演】 2026年1月11日（日）15時開演（14時45分開場）<br />
朗読：山村雅治(*)　<br />
《4つのフーガ Op.72》(1845)<br />
《密輸業者 Op.74-10》(1849) [C.タウジヒ編独奏版]<br />
《4つの行進曲 Op.76》(1849)<br />
《春の訪れ Op.79-19 /S.569》(1849/74) [F.リスト編独奏版]<br />
《森の情景 Op.82》(1848/49)<br />
<br />
<br />
《協奏的小品 Op.86》(1849/2025)[米沢典剛独奏版/初演]<br />
《ただ憧れを知る者だけが Op.98-3 /S.569》(1849/74) [F.リスト編独奏版]<br />
《色とりどりの小品 Op.99》(1836/49)<br />
　<br />
《スペインの愛の歌 Op.138》より「前奏曲」「間奏曲（国民舞曲）」(1849)[作曲者編独奏版]　<br />
《美しきヘートヴィヒ Op.106》(1849)(*)<br />
《3つの幻想的小曲 Op.111》(1851)<br />
《２つのバラード Op.122》(1852/53)(*)<br />
《アルバムの綴り Op.124》(1832/45)<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
【第4回公演】2026年3月22日（日）15時開演（14時45分開場）<br />
《7つのフゲッタ形式によるピアノ曲 Op.126》(1853)<br />
《朝の歌 Op.133》(1853)<br />
《プロヴァンス地方の恋唄 Op.139-4/ S570》( 1852/1881) [F.リスト編独奏版]<br />
《序奏と協奏的アレグロ Op.134》(1853/2025) [米沢典剛編独奏版/初演]<br />
　　<br />
《ゲーテのファウストからの情景 WoO 3》序曲 (1853/82) [R.クラインミヒェル編独奏版]<br />
《天使の主題による変奏曲 WoO24》(1854)<br />
ブラームス：《シューマンの天使の主題による変奏曲 Op.23》(1861/78) [T.キルヒナー編独奏版]<br />
<br />
<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202505/30/10/c0050810_14101043.jpg" alt="_c0050810_14101043.jpg" class="IMAGE_MID" height="354" width="500" /></center><center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202505/30/10/c0050810_16003446.jpg" alt="_c0050810_16003446.jpg" class="IMAGE_MID" height="354" width="500" /></center><br />
]]></content>
  </entry>
  <entry>
    <title>2025年3月29日（土）POC第56回公演 〈投機者II  ショスタコーヴィチ〉　[2025/03/16 update]</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://ooipiano.exblog.jp/33685016/" />
    <id>http://ooipiano.exblog.jp/33685016/</id>
    <issued>2025-03-14T20:14:00+09:00</issued>
    <modified>2025-03-16T09:43:24+09:00</modified>
    <created>2025-02-20T00:00:04+09:00</created>
    <author><name>ooi_piano</name></author>
    <dc:subject>POC2024</dc:subject>
    <content type="html"><![CDATA[大井浩明 POC [Portraits of Composers] 第52～第56回公演<br />
《先駆者たち Les prédécesseurs IV》<br />
松涛サロン（東京都渋谷区松濤1-26-4）<br />
<br />
4,000円（全自由席）<br />
お問い合わせ　poc@artandmedia.com （アートアンドメディア株式会社）<br />
チラシpdf<br />
<br />
<br />
<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202502/20/10/c0050810_00023343.jpg" alt="_c0050810_00023343.jpg" class="IMAGE_MID" height="452" width="500" /></center><br />
<br />
<br />
【POC第56回公演】<br />
2025年3月29日（土）17時開演（16時半開場） 松涛サロン<br />
〈投機者Ⅱ ショスタコーヴィチ　～没後50周年記念〉<br />
<br />
<br />
●P.I.チャイコフスキー(1840-1893)：《管弦楽組曲第1番 ニ短調 Op.43》より「フーガ」(1879/1886) [G.L.カトワール(1861-1926)による独奏版/日本初演]　４分<br />
■D.D.ショスタコーヴィチ(1906-1975)： 24の前奏曲とフーガ Op.87 (1951)<br />
　第1番 ハ長調 - 第2番 イ短調 - 第3番 ト長調 - 第4番 ホ短調　　２０分<br />
　第5番 ニ長調 - 第6番 ロ短調 - 第7番 イ長調 - 第8番 嬰ヘ短調　　２７分<br />
　第9番 ホ長調 - 第10番 嬰ハ短調 - 第11番 ロ長調 - 第12番 嬰ト短調　　２５分<br />
<br />
<br />
　　（休憩　１５分）<br />
<br />
<br />
●鈴木悦久(1975- )：《ドミニサイド・ダンス Dominicide Dance》（2024、委嘱初演）　１０分<br />
■D.D.ショスタコーヴィチ(1906-1975)： 24の前奏曲とフーガ Op.87 (1951)<br />
　第13番 嬰ヘ長調 - 第14番 変ホ短調 - 第15番 変ニ長調 - 第16番 変ロ短調　　２６分<br />
　第17番 変イ長調 - 第18番 ヘ短調 - 第19番 変ホ長調 - 第20番 ハ短調　　２４分<br />
　第21番 変ロ長調 - 第22番 ト短調 - 第23番 ヘ長調 - 第24番 ニ短調　　２７分<br />
<br />
<br />
[使用エディション：ショスタコーヴィチ新全集版(2015)]<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
（※）2023年1月芦屋公演　https://ooipiano.exblog.jp/32821983/<br />
<br />
<br />
（＃）ショスタコーヴィチのフーガ作品等 演奏動画集　https://www.youtube.com/playlist?list=PLiLOOaD1cYsNXuSf0fkLeUVmFY78UTNLo<br />
　交響曲第10番第2楽章 Op.93-2 (1953) [作曲者による連弾版]、映画音楽《忘れがたき1919年》より「クラスナヤ・ゴルカの攻略」Op.89a-5 (1951/2022) [米沢典剛編2台ピアノ版]、交響曲第13番《バビ・ヤール》第5楽章「出世」(1962/2022) [米沢典剛編独奏版]、オラトリオ《森の歌 Op.81》より第7曲「栄光」(1949/2021) [米沢典剛編独奏版)、オペラ《ムツェンスク郡のマクベス夫人 Op.29》より～第2幕第4場から第5場への間奏曲「パッサカリア」 (1932) [作曲者編独奏版]、《ピアノ五重奏曲 Op.57》より第2楽章「フーガ」(1940/2022) [米沢典剛編独奏版]、《弦楽四重奏曲第15番 Op.144》より第1楽章「エレジー」(1974/2020) [米沢典剛編独奏版]、《革命の犠牲者を追悼する葬送行進曲》(1918)<br />
<br />
<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202502/20/10/c0050810_00041453.jpg" alt="_c0050810_00041453.jpg" class="IMAGE_MID" height="745" width="500" /></center><br />
<br />
<br />
<br />
<br />
鈴木悦久：《ドミニサイド・ダンス Dominicide Dance》（2024）　<br />
<img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202502/28/10/c0050810_04431636.jpg" alt="_c0050810_04431636.jpg" align="left" class="IMAGE_LEFT" height="292" width="271" />　矛盾を抱えたまま進めば、いずれ躓く。敬愛と忠誠は、やがて支配と従属へと変わり、脆い感情は憎しみに侵されていく。だが、バランスを取ることは簡単ではない。どちらかに傾いた天秤は、いずれ底を打ち、安定を求める。従属の居心地の良さを知りながらも、唯一の抗いは、振り切れた針の先に目盛りがないこと。その先には、計ることのできない関係の重みがある。<br />
　誘惑の影を踏みながら踊る《ドミニサイドダンス》。その先に待つのは、陶酔した醜悪な夜明けだ。均衡が崩れるとき、壊れるのはどちらなのか。<br />
　光と闇の境界線が、新たな救いを映し出す。だが、それを照らす者の正体を知らない今だけが、破綻せずにいられる瞬間なのかもしれない。（鈴木悦久）<br />
<br />
<br />
<br />
<img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202502/19/10/c0050810_23554431.jpg" alt="_c0050810_23554431.jpg" align="right" class="IMAGE_RIGHT" height="350" width="350" />鈴木悦久 Yoshihisa SUZUKI, composer<br />
　1975年生まれ。昭和音楽大学で打楽器を、情報科学芸術大学院大学(IAMAS)で作曲を学ぶ。1998年から打楽器奏者として、2004年から作曲とメディアアートを主軸とした活動を展開。ISEA2004（フィンランド）、Sounding Taipei2004（台湾）、岐阜おおがきビエンナーレ2008(岐阜)、ノイケルン48時間（ドイツ）他にて作品発表。アルスエレクトロニカ2006デジタルミュージック部門入賞(オーストリア)。現在、名古屋学芸大学メディア造形学部映像メディア学科兼大学院メディア造形研究科准教授。JSSA先端芸術音楽創作学会会長。JSEM日本電子音楽協会理事。<br />
<br />
<br />
 <br />
【主要作品】<br />
極東のうた (2003) [ヴィブラフォン二重奏]<br />
Ring-Quartet (2003) [マリンバ四重奏]<br />
Sein und Zeit#2 (2004) [コンピュータ, 打楽器ソロ] w/赤松正行<br />
TeAshi (2004) [打楽器六重奏]<br />
Marimba Pleasure (2008) [マリンバ二重奏]<br />
Suite for Disklavier (2008) [コンピュータ, 自動演奏ピアノ]<br />
Adagio for Disklavier (2009) [コンピュータ, 自動演奏ピアノ]<br />
h-ear (2009) [ミキシングボード]<br />
干渉 (2010) [ミキシングボード]<br />
Etude (2012) [フィクストメディア音楽]<br />
風の共鳴 (2013) [コンピュータ, フルート]<br />
Feedback Trio (2014) [フィクストメディア音楽]<br />
Grain Flakes (2016) [フィクストメディア音楽]<br />
Grain (2017) [コンピュータ, カリンバ]<br />
Grain #2 “Overlay” (2018) [コンピュータ, カリンバ, オーディオビジュアル]<br />
ピアノ練習 (2019) [ピアノソロ]<br />
スケーラブル カウンターライン - 打楽器奏者とコンピュータのための – (2019) [コンピュータ, 鍵盤打楽器ソロ]<br />
review (2020) [コンピュータ, 打楽器ソロ]<br />
Conversation (2020) [コンピュータ, 小太鼓, 自動演奏ピアノ]<br />
ELEVEN (2020) [フィクストメディア音楽]<br />
monologue for Percussionist (2021) [コンピュータ, 小太鼓]<br />
極夜 – 白夜 (2021) [フィクストメディア音楽]<br />
夜の地球儀 (2021) [フィクストメディア音楽]<br />
Deastema 2 (2021) [コンピュータ, 打楽器, ピアノ] w/ 水野みか子<br />
ピアノの庭遊び (2022) [コンピュータ, ピアノ]<br />
トラックメイク (2023) [コンピュータ]<br />
Improvisation from Today (2024) [モジュラーシンセサイザー]<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
鈴木悦久作品プレイリスト<br />
https://www.youtube.com/playlist?list=PLC5rM-kf0TSHBxuhm_Jf4v-B7-tHBC6K1<br />
1. Electronic Garden for (sound) Object (2023) [コンピュータ, ブザー, ピアノ]<br />
2. ピアノ練習 (2019) [ピアノソロ]<br />
3. Eleven (2021) [フィクストメディア音楽]<br />
4. Marimba Pleasure (2008) [マリンバ二重奏]<br />
5. Yoshihisa Suzuki solo Performance @Berlin Gallery ZERO (2007) [No input mixing board]<br />
6. 自動演奏ピアノのためのアダージオ (2009) [コンピュータ, 自動演奏ピアノ] <br />
7. 自動演奏ピアノのための組曲 (2008) [コンピュータ, 自動演奏ピアノ] <br />
8. クロマティスト - VS Version (2005) [コンピュータ, 自動演奏ピアノ]<br />
9. 集・tsu-do-hi (2004) [ビブラフォン二重奏]<br />
10. 環・カルテット (2003) [マリンバ四重奏] <br />
11. 極東のうた (2003) [ビブラフォン二重奏] <br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202503/14/10/c0050810_20142403.jpg" alt="_c0050810_20142403.jpg" class="IMAGE_MID" height="708" width="500" /></center><br />
<br />
<br />
<br />
<br />
]]></content>
  </entry>
  <entry>
    <title>3月23日（日）ジョアン・ミロ展コンサート＠東京都美術館（2025/3/18 update)</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://ooipiano.exblog.jp/33685028/" />
    <id>http://ooipiano.exblog.jp/33685028/</id>
    <issued>2025-03-12T19:57:00+09:00</issued>
    <modified>2025-03-18T08:40:30+09:00</modified>
    <created>2025-02-20T00:44:58+09:00</created>
    <author><name>ooi_piano</name></author>
    <dc:subject>コンサート情報</dc:subject>
    <content type="html"><![CDATA[<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202502/20/10/c0050810_00501219.jpg" alt="_c0050810_00501219.jpg" class="IMAGE_MID" height="353" width="500" /></center><br />
<br />
<br />
東京・春・音楽祭　SPRING FESTIVAL IN TOKYO<br />
ミュージアム・コンサート<br />
「ミロ展」記念コンサート Vol.3<br />
https://www.tokyo-harusai.com/program_info/miro_3/<br />
<br />
2025年3月23日（日）14時開演（13時半開場）<br />
東京都美術館 講堂　https://www.tobikan.jp/<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
【現代音楽とミロ　～ミロに影響を受けた二人の作曲家】<br />
<br />
<br />
■ジョン・ケージ(1912-92)：《易の音楽》(1951) [全4巻]<br />
John Cage (1912–92) : Music of Changes (1951)<br />
<br />
<br />
■武満徹(1930-1996)：《クロッシング》（1962、独奏版世界初演）<br />
Toru Takemitsu (1930-1996) : Crossing for pianist(s) (1962, World Premiere of solo version)<br />
<br />
<br />
<br />
 <br />
■川島素晴(1972- )：《夢の迷宮 ～武満徹「ミロの彫刻のように」断片(1995)に基づく》（2025、委嘱新作/世界初演）<br />
Motoharu Kawashima (1972–) :  "Labyrinth of Dreams  - after Toru Takemitsu's 'Comme la sculpture de Miró' ” (2025, Commissioned work / World Premiere)<br />
<br />
<br />
 <br />
ピアノ：大井浩明<br />
Piano : Hiroaki Ooi<br />
<br />
<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202502/20/10/c0050810_00502706.jpg" alt="_c0050810_00502706.jpg" class="IMAGE_MID" height="353" width="500" /></center><br />
<br />
<br />
<br />
<br />
川島素晴：《夢の迷宮　～武満徹「ミロの彫刻のように」断片（1995）に基づく》（2025、委嘱新作・世界初演）<br />
　武満徹（1930-1996）は、亡くなる前年の1995年に、自身の別荘と同じ御代田の地に開館したメルシャン軽井沢美術館（2011年閉館）の最初の展覧会、「ミロ、夢の迷宮」展を鑑賞した。10月5日に癌の闘病から退院し、御代田の別荘に行ってから会期末11月19日まで約１ヶ月の間のどこかで、無理を押してでも観たのだ。そしてそこで観たミロ晩年の彫刻群に触発され、フルートとハープの二重協奏曲《ミロの彫刻のように》を作曲しはじめていた。「La lune（月）」と名付けられた第１楽章の冒頭、たった６小節しか存在しないが、衰えのない筆致で詳細がメモされており、卓抜で繊細なオーケストレーションの構想が垣間見える。その先を武満に成り代わって書き継ぐとすればおこがましいが、この断片から自由に夢想することなら許されよう。<br />
　武満は前述の展覧会に接してエッセイ『晩年のミロの陰影』を遺しており、かねてよりミロに傾倒していた武満が、このときは「個体としての魅力を湛えたそれぞれの色彩が私が思っていたほど単純なものではなく、深い多義性を秘めた、なにか不可思議な有機体のように感じられた」とのこと。これはそのまま、武満の晩年の音楽が目指した姿に重なる。その他、明るさの中の翳りにも言及があり、恐らくは死を意識していたであろう武満自身の晩年をミロの晩年に重ねたこれら文章の全てをここに引用することはできないが、私自身はその全文を噛み締めながら、そして「ミロ、夢の迷宮」展のカタログを観ながら、音を紡いだ。<br />
　なお、「迷宮」とは、ミロが晩年にマーグ財団の庭に創った、迷路のように無数の陶板や彫刻で満たされた空間である。一方、武満は、しばしば夢を自身の音楽構造になぞらえた。武満が観た展覧会名「夢の迷宮」は、そのまま、武満作品の音楽体験とも一致するだろう。武満が遺した断片にはじまり、迷宮に迷い込むかのように、夢想しつつ進む。（川島素晴）<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202503/14/10/c0050810_21305020.jpg" alt="_c0050810_21305020.jpg" align="right" class="IMAGE_RIGHT" height="460" width="345" />川島素晴 Motoharu Kawashima, composer<br />
　東京芸術大学、同大学院修士課程にて作曲を近藤譲、松下功に師事。1992年秋吉台国際作曲賞、1996年ダルムシュタット・クラーニヒシュタイン音楽賞、1997年芥川作曲賞、2009年中島健蔵音楽賞、2017年一柳慧コンテンポラリー賞等を受賞。作品は国内外で演奏されており、2024年には多賀城創建1300年を記念した委嘱作品、オペラ《いしぶみの譜－多賀城創世記ー》を自らの指揮により初演した。「アンサンブル東風」の作曲／指揮メンバーとしての活動の他、指揮、ピアノ、打楽器、声等、自作や現代音楽作品を中心に、様々な演奏活動にも携わっている。「いずみシンフォニエッタ大阪」コンサート・アドバイザー等、現代音楽の企画・解説に数多く携わり、2016年9月にはテレビ朝日系列「タモリ倶楽部」の現代音楽特集にて解説者として登壇。以後、様々な番組に出演してきた。（一社）日本作曲家協議会副会長。（一社）日本音楽著作権協会正会員。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
◆野々村禎彦《ジョン・ケージ素描》（上・下）(2012)<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
ジョン・ケージ《易の音楽》(1951)　《易（えき）の音楽 Music of Changes》というタイトルは、古代中国の占辞集『易経』の英訳〈変化の本 Book of Changes〉の捩（もじ）りである。音／ノイズ、強弱、テンポ、持続、同時に起こる出来事（沈黙／単音／集合体／星座）の重なり具合、といった諸要素が、易に由来する図表と、三枚の硬貨(change)を同時に投げて裏の数から卦を立てる六爻占術の擲銭法によって、偶有的に作曲された。図表には、使い捨てされ流転する要素（変易/change）と、繰り返し使われる要素（不易）が含まれる。　不確定性の先行例としては、ムジカ・フィクタ（半音階的変位）を奏者に委ねたJ.オケゲム《お好みの旋法によるミサ》や、作曲法を知らなくても無限に曲を生成出来る《音楽のサイコロ遊び》（モーツァルトK.516fはその一例）がある。ケージ自身は、個人の嗜好や芸術の文脈・伝統からの解放を宣言しているが、いわゆる結合術(ars combinatoria)を完全に度外視しているわけでは無い。　1950年初頭、ケージがブーレーズ《第2ソナタ》の初演をしてくれる代役ピアニストを探していたところ、モートン・フェルドマンからデイヴィッド・チューダーを紹介された。1950年12月18日、ブーレーズのオリジナル自筆譜をケージが譜めくりする中、チューダーは《第2ソナタ》のアメリカ初演を行い、大きな反響を呼んだ。その翌年（1951年）の3月、クリスチャン・ウォルフから譲られた『易経』英語版を基に、ケージは《易の音楽》第1巻の作曲に着手する。「好きな音だけを選んでいると、ある種の甘さが出て来る事に気付きました・・・砂糖が多すぎるのです」「実際『易経』は、どうしても良い答えを得たいと思う人達には、全く悲しい運命を告げる。もし占筮によって不幸になったり、結果に満足出来ないとしても、少なくともそれを受け入れることによって自らを改め、自らを変える機会をもつことが出来る」。　師カウエルの提案に従い、12台のラジオ受信機のための《心象風景第4番》の作曲を暫く平行させることで、ケージは容赦ない易の結果に耐えた。同年5月2日にニューヨーク・コロンビア大学で《心象風景第4番》が初演される。《易の音楽》第1巻はその直後、5月16日にニューヨークで完成した。ただちに献呈者チューダーによって、7月5日にコロラド州ボルダーで第1巻のみ初演。その翌週の13日の金曜日、ロサンゼルスで師シェーンベルクが他界する。第2巻は8月2日、第3巻は10月18日、第4巻は12月13日に脱稿。その19日後、1952年1月1日にニューヨーク・チェリーレーン劇場で、チューダーによる全曲初演が行われた。以降、チューダーとの協働作業が長く続くことになる。　「演奏家は己を捨て、易によって導かれた『フランケンシュタインの怪物』との非人間的な一体化を要請される」（1958年、ダルムシュタットでの講演）が、一方、「多くの箇所で記譜が不合理(irrational)と思われるだろう。その場合、奏者は自身の裁量(discretion)を行使してよい。」（1960年、Peters社出版譜序文）とケージは付記している。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
「やがては、誰しも騒音も聞こえぬ所へ行かねばならぬのだから、せめて生きている間は、騒音でも何でも聞こえることに感謝しなければならぬと思う」　宮城道雄(1894～1956)<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202502/20/10/c0050810_02225204.jpg" alt="_c0050810_02225204.jpg" class="IMAGE_MID" height="480" width="500" /></center><br />
<br />
<br />
<br />
<br />
]]></content>
  </entry>
  <entry>
    <title>3月9日（日）《フランツ・リストの轍》第4回公演　（2025/03/03 update）</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://ooipiano.exblog.jp/33679682/" />
    <id>http://ooipiano.exblog.jp/33679682/</id>
    <issued>2025-02-26T02:58:00+09:00</issued>
    <modified>2025-03-03T06:14:12+09:00</modified>
    <created>2025-02-12T08:08:06+09:00</created>
    <author><name>ooi_piano</name></author>
    <dc:subject>コンサート情報</dc:subject>
    <content type="html"><![CDATA[<br />
<br />
大井浩明　連続ピアノリサイタル<br />
フランツ・リストの轍、その啓行と跛行<br />
<br />
<br />
Hiroaki Ooi Matinékoncertek<br />
Liszt Ferenc nyomában, látomásai és vívódásai<br />
<br />
<br />
松山庵 （芦屋市西山町20－1）　阪急神戸線「芦屋川」駅徒歩3分<br />
４000円（全自由席）<br />
〔要予約〕 tototarari@aol.com （松山庵）<br />
<br />
<br />
後援　全日本ピアノ指導者協会(PTNA) [Ⅳ]<br />
<br />
<br />
チラシ　表・裏<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
【第４回公演】2025年３月９日（日） 15時開演（14時45分開場）<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
交響詩《前奏曲》 S.511a (1855/85) [作曲者/K.クラウザー編独奏版]　１７分<br />
　[ I.星辰 - II.愛 - III.嵐 - IV.田園画 - V.勝利 ]<br />
<br />
<br />
ハンガリー狂詩曲第12番 S.244-12 (1847)　１０分<br />
　[ Introduzione, Mesto - Allegro zingarese - Stretta, Vivace ]<br />
<br />
<br />
パガニーニ《ラ・カンパネラ》による華麗な大幻想曲 S.420 (1832)　１５分<br />
　[ Excessivement lent - Tema, Allegretto - Variations à la Paganini - Finale di bravura / Ritornello ]<br />
<br />
<br />
　---<br />
ベッリーニ《ノルマ》の回想 S.394 (1841)　１６分<br />
　[ 第1幕第1場 ドルイド教徒の合唱「ノルマが来るぞ」 - オロヴェーゾ「あの丘へ登れ、おおドルイド教徒たちよ」 - 同「御身の予言の力を」 - 第2幕第3場 ノルマ「ああ！あの子らを犠牲にしないで下さい」 - ノルマ「あなたが裏切った心が」 - ノルマ「父上　泣いておられるのですか？」 - 第2幕第2場 ノルマ「戦だ、戦だ！」 ]<br />
<br />
<br />
マヌエル・ガルシア《計算高い詩人》の「密輸業者の私は」による幻想的ロンド S.252 (1836、ジョルジュ・サンドに献呈)　１１分<br />
　[ Rondo, molto animato quasi presto - Maggiore - Con moto - Adagio fantastico ] <br />
<br />
<br />
マイアベーア《預言者》の再洗礼派のコラール「我らに救いを求めし者たちに（アド・ノス、アド・サルタレム・ウンダム）」による幻想曲とフーガ S.259 (1850/97)　[ブゾーニ編独奏版]　２５分<br />
　[ I. 幻想曲 - II. アダージョ - III. フーガ ]<br />
<br />
<br />
　---<br />
オベール《ポルティチの唖娘》による華麗なるタランテラ S.386 (1869)　１０分<br />
　[ 導入部 - 第3幕「タランテラ」 - 第4幕終曲「Allegro marziale」 - Stretta, vivace assai ] <br />
<br />
<br />
メンデルスゾーン《真夏の夜の夢》の「結婚行進曲」と「妖精の踊り」 S.410 (1850)　１０分<br />
<br />
<br />
ハンガリー狂詩曲第15番 「ラコッツィ行進曲」 S.244-15 (1853)　６分<br />
　[ Allegro animato, tumultuoso - Tempo di marcia animato - Un poco meno allegro ]<br />
<br />
<br />
ピアノ協奏曲第2番（独奏用初期稿） S.524a (1839)　１９分<br />
　[ Lento assai, Adagio - Presto agitato assai - Stretto ]<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
[使用エディション：新リスト全集 (1972/2019、ミュジカ・ブダペシュト社)]<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202502/12/10/c0050810_08140718.jpg" alt="_c0050810_08140718.jpg" class="IMAGE_MID" height="401" width="500" /></center><br />
<br />
<br />
<br />
<br />
リストと交響詩―――山村雅治<br />
<br />
<br />
　フランツ・リストは19世紀最高のピアニストとして名高い。同時にピアノ音楽に超絶技巧を用いた作曲家としても。大きな手をもち、力に充ちたな演奏とすぐれた技術で聴衆の心を鷲づかみにする彼の演奏会にはいつもあふれるほど人が押し寄せ、偶像的な存在だった。1848年からはワイマール宮廷楽長に就任した。リストはワイマールで作曲に専念した。ヴィルトゥオーゾ・ピアニストとしてのキャリアを終え、指揮活動と作曲に専念するようになった。ワイマール時代は作曲家としては最も活躍した時代だ。ほとんどの交響曲や交響詩など管弦楽、合唱のための作品の大部分はこの時代に作られている。過去に作った作品を大規模に改訂することも多かった。<br />
　ベルリオーズが《幻想交響曲》で表現した標題音楽をさらに凝縮した交響詩を創始し、ワーグナーらとともに新ドイツ派と呼ばれた。音楽史における進歩主義的発想と、音楽と文学の相互関係を力説した。彼らはよく本を読んだ。神話や聖書、ギリシャ・ローマの古典からシェイクスピア、またゲーテをはじめとする彼らの時代の文学まで。　<br />
　「交響詩」という形式は音楽史上リストが初めて提唱した。1854年4月19日の《タッソー》上演パンフレットでその語が使われた。それまでの「交響曲」に対し、管弦楽曲にそれに対応する詩を結びつけ、詩の形式と音楽の形式を融合させることで、作曲家の想念が聴き手により正確に伝わるようになるとリストは考えた。リストが創始した交響詩は、その後もスメタナやリヒャルト・シュトラウスをはじめとする多くの作曲家によってさまざまな作品が花開くジャンルとなった。<br />
<br />
<br />
　《レ・プレリュード》は、リストが作曲した13曲の交響詩のなかで最も演奏される機会の多い曲。『レ・プレリュード』は日本では「前奏曲」と訳される。フランス語の原題は〈Les Préludes〉であり、複数形（単数ならLe Prélude）。この理由は、冒頭に掲げた標題の一部のように、リストは「人生は死後に対する前奏曲である」と捉え、数あまたの人生をあらわしているからだ。正式名称として「ラマルティーヌの詩による交響詩《レ・プレリュード》」と記している。アルフォンス・マリー・ルイ・ド・プラ・ド・ラマルティーヌ（Alphonse Marie Louis de Prat de Lamartine、1790年10月21日 - 1869年2月28日）は、フランスの詩人、著作家、政治家。ロマン派の代表的詩人で、フランスにおける近代抒情詩の祖といわれ、ヴェルレーヌや象徴派にも大きな影響を与えている。また2月革命前後に政治家としても活躍した。<br />
　作曲の経緯はすこし複雑だった。もともとは交響詩としてではなく、フランスの詩人ジョゼフ・オートラン（1813-1877）の詩に基づく男声合唱曲《四大元素》の序曲として作曲された。《四大元素》は「北風」、「大地」、「波」、「星々」の四部からなる合唱曲で、それらには歌詞がついていた。たとえば、《レ・プレリュード》の冒頭に登場し、最も重要な主題は《四大元素》の「星々」にもみられ、「hommes pars sur ce globe qui roule（この回転する地球上に散らばっている人間たち）」という歌詞が対応している。ところが、リストは何らかの理由でこの序曲を《レ・プレリュード》という独立した交響詩として発表した。標題もオートランの詩からではなく、オートランの師にあたるアルフォンス・ド・ラマルティーヌの詩から着想を得て、自身で新しく書き直したものだ。<br />
　《四大元素》は男声合唱に、ピアノまたはオーケストラによる伴奏を伴う。交響詩《前奏曲》の原型が聴こえる。もちろん異なる旋律も多いが、全体的には交響詩《前奏曲》の合唱曲版という感がある。交響詩《前奏曲》も、人生を４つの時期に分けて描き出すような作品だ。静かな導入、嵐、憩い、勝利。オートランとラマルティーヌ。作詞者もタイトルも異なるが、リストの作曲の目的は、人生、あるいは世界といったものを構成する要素をそれぞれ音楽で表現し、統一的な世界観を描き出すことだった。<br />
<br />
<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202502/12/10/c0050810_08250506.jpg" alt="_c0050810_08250506.jpg" class="IMAGE_MID" height="220" width="500" /></center><br />
<br />
<br />
　《レ・プレリュード》はリスト自身の記した標題に基づき、「緩・急・緩・急」と続く４部からなる。以下のそれぞれの部の冒頭に、標題の対応する部分を示す。<br />
<br />
<br />
第１部　人生のはじまり─愛<br />
　「─われわれの人生とは、その厳粛な第１音が死によって奏でられる未知の歌への前奏曲にほかならないのではないか？　愛はあらゆる存在の夜明けの光である」。<br />
　弦楽器の疑問符のようなピチカートに続き、重要な主題が弦楽器のユニゾンで示される。この主題は全曲を通してさまざまなかたちに変奏されていく。初めは生まれたてのように少し不安げに聞こえるが、だんだんと跳躍の幅を広げて緊張を増していき、頂点で12/8拍子に移行して低音楽器群の朗々とした歌へと引き継がれる。<br />
　そののち、冒頭の主題が穏やかなかたちに変形されてチェロ、ホルンに現れ、人生のはじまりの暖かい時期を示すようだ。続いてヴィオラとホルンが奏でる愛のテーマもやはり冒頭の主題の変形である。これは《四大元素》の「大地」でも歌われる。<br />
<br />
<br />
第２部　嵐<br />
　「─しかしどんな運命においても、嵐によって、幸せな幻影はそのひと吹きで吹き飛ばされ、祭壇は雷でこわされてしまう」。<br />
　チェロによって弱音で冒頭の主題が奏でられるが、ここでは嵐を予感させる仄暗い色である。弦楽器のトレモロや半音階での昇降、減七の和音が嵐への緊張感を高める。<br />
　嵐がはじまるとトロンボーンが大きな風圧をもって冒頭の主題を鳴らし、たたきつける雨粒や雷のような鋭い音型も各楽器に現れる。そして、ホルン、トランペットがファンファーレのような音型を奏し、嵐の激しさは頂点に達する。<br />
<br />
<br />
第３部　田園<br />
　「─嵐によって深く傷つけられた魂は、田園の静かな生活の中で過ぎ去った嵐の記憶を慰めようとする」。<br />
　嵐が収まり、穏やかにオーボエとヴァイオリンがテーマを再現する。そして6/8拍子となりホルンから木管楽器群へと素朴な旋律があらわれ、愛のテーマも再び登場してともにうたい、のどかな田園風の音楽となる。<br />
<br />
<br />
第４部　戦い<br />
　「─しかし人は自然の懐に抱かれる静けさにいつまでも浸っていることに耐えられず、『トランペットの警笛』が鳴れば危険な戦いの地へと赴き、自己の意識と力を取り戻す」。<br />
　第３部の田園風の穏やかな気分は徐々に高揚していき、トランペットによるファンファーレが現れるのをきっかけに音楽は前進する勢いをもって、2/2拍子の行進曲へ移行する。テーマがいずれも行進曲風のリズムに変形されて登場し、第１部の12/8拍子が再現されてクライマックスを迎える。<br />
<br />
<br />
　リストが全編を書いた標題の冒頭部分さえラマルティーヌが書いたものではない。ラマルティーヌの「瞑想詩集」(Méditations poétiques)の原文は、全12章375行からなる長大な詩だ。そのうち、リストが引用したのは、自身が符をつけた「トランペットが警報を発する」という、たった1行だけだ。<br />
　リストは、1855年に発表した「ベルリオーズと彼のハロルド交響曲」という論文の中で次のように述べている。「芸術における形式とは精神的内容の器、想念をおおうもの、魂にとっての肉体なのだから、形式はきわめて繊細に、内容とぴったり合っていなければならない」。交響詩《レ・プレリュード》はこのようなリストの理想を具現化したもので、標題と密接に結びついた見事な変奏は、次々とあざやかな景色を描くのにとどまらず、リストの精神的な理想をも反映した壮大な作品である。初演は1854年2月23日、ワイマールでリスト指揮によっておこなわれた。<br />
<br />
<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202502/12/10/c0050810_08251352.jpg" alt="_c0050810_08251352.jpg" class="IMAGE_MID" height="225" width="500" /></center><br />
<br />
<br />
　リストは交響詩を13曲書いた。12曲まではツィクルスとして書かれた。「詩的素材」「音楽内在的な構造要素」ともに堅固な構造をもつツィクルスとして。<br />
<br />
<br />
〈第1番〉 人、山上にて聞きしこと<br />
　ヴィクトル・ユーゴーの詩に基づいている。詩人は山のなかで二つの声を聴く。ひとつは広大な、力強く秩序のある自然の声であり、もうひとつは苦悩と慟哭に充ちた人間の声だ。二つの声は闘いのうちに、ついに神聖な歌のなかに解消される。<br />
〈第2番〉 タッソー、悲劇と勝利<br />
　ゲーテの戯曲による。ヴェネチアの船頭の歌からとられたタッソーの主題が中心となり、タッソーの悲劇をあらわした第一部から、後半の第二部には高らかな勝利が謳いあげられる。<br />
〈第3番〉 前奏曲　上記の通り。<br />
〈第4番〉 オルフェウス<br />
　　最初はグルックの歌劇の序曲として作曲された。交響詩としての序文にリストは書いている。<br />
　　「過去と同様に今日においても、人間性自体には、残忍、野蛮、肉欲という本能が認められるが、それを和らげ、穏やかにし、気高くすることが芸術の使命である。オルフェウス、すなわち芸術は、メロディーと和音が織りなす波長を発していなければならない。それは互いに傷つけあい、個人の心と社会の内部で血を流しあうような対立するものに対して、やわらかく抗しがたい光のように響く。。オルフェウスはエウリディーチェのために泣いた。彼女は悪と不幸によって無と帰された理想の象徴だ。……彼は彼女を地上に連れて帰ることはできなかった！　われわれは二度と野蛮な時代を目の当たりにすることがないように！」。<br />
〈第5番〉 プロメテウス<br />
　　プロメテウスは人類に火をもたらしたことでゼウスの怒りをかい、罰を受けたギリシャの神だ。　　<br />
リストは1835年に著作「芸術家の立場と社会的身分」を出した。芸術家がもつべき社会的使命の具体例としてゼウスの秩序に縛られつつも、天界の火を人間社会に与えたプロメテウスをあげている。この曲の序文では「耐えることで勝利に至る深い痛みこそがこの作品を形成する」。<br />
〈第6番〉マゼッパ<br />
　　ヴィクトル・ユーゴーの詩を標題にもつ。不義ゆえに裸のまま暴れ馬にくくりつけられて野に放たれたマゼッパは生きのびて、ウクライナのコサック兵になり、やがて首長にまでのぼりつめる。第二部では、マゼッパを困難に立ち向かう詩人に置き換えて、その勝利を謳いあげる。<br />
〈第7番〉 祭典の響き<br />
　　シラーの戯曲「芸術への忠誠」が上演されたときに序曲として書かれた。しかし、標題は書かれていない。一説によれば同棲していたヴィトゲンシュタイン伯爵夫人と正式に結婚することを想定し、そのための祝典音楽として書いた、という。<br />
〈第8番〉 英雄の嘆き<br />
　　1830年、フランスで7月革命に接して「革命交響曲」を書こうとして実現しなかった。1850年になって、第一楽章をもとにして「英雄の嘆き」が完成した。長大な葬送行進曲。<br />
〈第9番〉 ハンガリー<br />
　　1840年にピアノのために「ハンガリー風英雄行進曲」を書いた。そのなかの二つの主題をもとにして1854年に「ハンガリー」が完成した。かつての「ハンガリー狂詩曲」がより深まった哀しみの詠嘆と離れた国を愛する情熱が讃歌に結晶していく。<br />
〈第10番〉 ハムレット<br />
　　もともとは1856年にシェイクスピアの戯曲上演の序曲として作曲された。交響詩として完成されたのは1858年。リストは「ハムレットを優柔不断ではなく、周到に機会を待つ才能ある王子として読み、オフィーリアは不安ゆえに狂気へ至った女性として読んだ。凱旋する終結部ではなく、葬送のモデラートで閉じられる。<br />
〈第11番〉 フン族の戦い<br />
　　カウルバッハの絵「フン族の戦い」に刺激を受けて音楽であらわした。アッティラが率いるフン族とキリスト教徒の戦い。激しい戦争の騒乱に対比される敬虔なグレゴリオ聖歌。戦いが終わるとオルガンが響き、キリスト教徒の勝利を謳いあげる。<br />
〈第12番〉 理想<br />
　　1857年にワイマールに建てられたゲーテとシラーの像の除幕式のために書かれた。同時に初演された「ファウスト交響曲」はゲーテのために。「理想」はシラーの詩に基づいている。多感な青年の生涯が描かれているもので、リストは「躍進」「幻滅」「希求」「礼賛」と副題をつけている。<br />
〈第13番〉 揺篭から墓場まで<br />
　　この曲だけはかなり遅れて1882年にローマで作曲されている。リストの生前には演奏されることがなかった。リストの弟子、ズィヒー・ミハーイ伯爵の絵に基づいて作曲された。薄いテクスチュアや和声などがワイマール時代とは異なる晩年の様式を示している。「揺りかご」「存在のための闘争」「墓へ、未来の命の揺りかご」の三つの部分からなる。<br />
　　<br />
<br />
<br />
　　生きる苦しみから戦いを経て、解放へ。「詩的素材」が交響詩全曲に通底するのは「闇から光」へ導かれて歩む人間の姿であり、リストの音楽は「本質として宗教的」なのだった。<br />
　<br />
<br />
<br />
<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202502/12/10/c0050810_08252290.jpg" alt="_c0050810_08252290.jpg" class="IMAGE_MID" height="283" width="500" /></center><br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
]]></content>
  </entry>
  <entry>
    <title>2025年2月22日（土）POC第55回公演 〈投機者Ⅰ ヒンデミット〉 [2025/02/20 update]</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://ooipiano.exblog.jp/33674269/" />
    <id>http://ooipiano.exblog.jp/33674269/</id>
    <issued>2025-02-19T21:24:00+09:00</issued>
    <modified>2025-02-28T00:31:25+09:00</modified>
    <created>2025-02-04T11:48:05+09:00</created>
    <author><name>ooi_piano</name></author>
    <dc:subject>POC2024</dc:subject>
    <content type="html"><![CDATA[<br />
<br />
大井浩明 POC [Portraits of Composers] 第52～第56回公演<br />
《先駆者たち Les prédécesseurs IV》<br />
松涛サロン（東京都渋谷区松濤1-26-4）<br />
<br />
4,000円（全自由席）<br />
お問い合わせ　poc@artandmedia.com （アートアンドメディア株式会社）<br />
チラシpdf<br />
<br />
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<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202502/04/10/c0050810_15314521.jpg" alt="_c0050810_15314521.jpg" class="IMAGE_MID" height="375" width="500" /></center><br />
<br />
<br />
<br />
<br />
【POC第55回公演】 2025年2月22日（土）18時開演（17時半開場）<br />
〈投機者Ⅰ ヒンデミット〉<br />
<br />
<br />
<br />
P.ヒンデミット(1895-1963)：<br />
《３章の練習曲 Op.37-1》(1924/25)　１０分<br />
　I. Schnelle Viertel, durchaus sehr markiert zu spielen - II. Langsame Viertel / Prestissimo - III. Rondo, Äußerst lebhaft<br />
<br />
<br />
《自動ピアノのためのトッカータ》(1925/2023) [米沢典剛編独奏版、世界初演] 　３分<br />
<br />
<br />
交響曲《画家マティス》(1934/2016) [作曲者/米沢典剛編独奏版、世界初演]　２８分<br />
　I. 天使の合奏 - II. 埋葬 - III. 聖アントニウスの誘惑<br />
<br />
<br />
《C.M.v.ウェーバーの主題による交響的変容》より「トゥーランドット」(1943/2020) [米沢典剛編独奏版、世界初演]　７分<br />
<br />
<br />
根本卓也(1980- )：《歩哨兵の一日 Ein Tag von einer Schildwache》(2024、委嘱初演)　６分<br />
<br />
<br />
　（休憩）<br />
<br />
<br />
《ルードゥス・トナーリス（調の手習い） ～対位法・調性およびピアノ奏法の演習》(1943、全25曲)　５５分<br />
　I. 前奏曲 / II. 第1フーガ（ハ調） - III. 第1間奏曲 / IV. 第2フーガ（ト調） - V. 第2間奏曲 / VI. 第3フーガ（ヘ調） - VII. 第3間奏曲 / VIII. 第4フーガ（イ調） - IX. 第4間奏曲 / X. 第5フーガ（ホ調） - XI. 第5間奏曲 / XII. 第6フーガ（変ホ調） - XIII. 第6間奏曲 / XIV. 第7フーガ（変イ調） - XV. 第7間奏曲 / XVI. 第8フーガ（ニ調） - XVII. 第8間奏曲 / XVIII. 第9フーガ（変ロ調） - XIX. 第9間奏曲 / XX. 第10フーガ（変ニ調） - XXI. 第10間奏曲 / XXII. 第11フーガ（ロ調） - XXIII. 第11間奏曲 / XXIV. 第12フーガ（嬰ヘ調） - XXV. 後奏曲<br />
<br />
<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202502/04/10/c0050810_15320469.jpg" alt="_c0050810_15320469.jpg" class="IMAGE_MID" height="307" width="500" /></center><br />
<br />
<br />
<br />
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<br />
<br />
<img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202502/04/10/c0050810_15313257.jpg" alt="_c0050810_15313257.jpg" align="left" class="IMAGE_LEFT" height="341" width="227" />根本卓也　Takuya Nemoto, composer<br />
　東京藝術大学大学院修士課程（指揮）及び、国立リヨン高等音楽院古楽科（通奏低音）修了。新国立劇場他、国内の主要オペラ団体で音楽スタッフとして業界を支えつつ、バロック·チェロ奏者山本徹とのデュオ「ジュゴンボーイズ」を中心にチェンバロ奏者としても活動。オルガンのための連弾作品《Thème et Variations》(2010)が出版(Editions Delatour)されたのを機に、本格的に作曲に取り組む。近作に、オペラ《景虎》（2018、妙高文化振興事業団委嘱）、カンタータ《お前は俺を殺した》（2020、低音デュオ委嘱）、モノオペラ《寡婦アフロディシア》（2021、清水華澄委嘱）、舞台音楽《ばらの騎士》（2024、静岡県舞台芸術センター（SPAC））等。<br />
<br />
<br />
根本卓也：《歩哨兵の一日》(2024、委嘱初演）<br />
　ヒンデミットは1918年、第一次世界大戦末期に従軍している。最初は軍楽隊員だったが、後に歩哨兵として前線にも配備された。ラヴェルもそうだったが、人々は当時こぞって愛国心から戦地へと赴いた。彼の《クープランの墓》は、戦死した知人の墓碑銘だし、すでに末期の直腸癌だったドビュッシーは、最晩年の作品《家なき子のクリスマス》（”Noël des enfants qui n'ont plus de maison”）で、「フランスの子どもたちに勝利を与え給え！」と自作の詞を締めくくっている。シェーンベルクは42歳にして従軍しているし、アルバン・ベルクも丁度《ヴォツェック》の作曲中に入隊している。<br />
　日本人にとって、第一次世界大戦はあまり印象が強くないが、ヨーロッパ人にとっては（ナチス・ドイツのそれとは全く別の意味で）真のトラウマを残した戦争だったようだ。『ロード・オブ・ザ・リング』三部作のピーター・ジャクソン監督によるドキュメンタリー、『彼らは行きていた』（”They Shall Not Grow Old”）などを見ると、「塹壕戦」という未知の世界へのイメージが、多少なりとも持てるかもしれない。<br />
<br />
<br />
　They shall grow not old, as we that are left grow old;<br />
　残された我々は老いていくが<br />
　Age shall not weary them, nor the years condemn.<br />
　彼らは歳月に疲れ果て、衰えゆくこともない<br />
　At the going down of the sun and in the morning<br />
　陽が沈み、また昇るたび<br />
　We will remember them. <br />
　彼らを思い起こそう<br />
　（Lawrence Binyon ”For the fallen”（1914）より）<br />
　<br />
　ヒンデミットがアルザスでバスドラムを叩いている頃に完成させたのが、《弦楽四重奏曲第２番 Op.10》だ。第２楽章は「主題と変奏」と題されているが、その半ばほどに「遅いマーチのテンポで―遠くから聞こえてくる音楽のように」と指示された変奏がある。チェロがドラム風のリズムでピッツィカートを奏する上で、軍楽隊のパロディであろう明るいメロディが聞こえてくる。やがて彼はフランドルの塹壕で地獄を見ることになる。<br />
<br />
<br />
　「おれはこの頭の中に戦争を捕まえたんだ。そいつはいまだってこの頭の中に閉じ込めてある。」（ルイ＝フェルディナン·セリーヌ『戦争』）<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
根本卓也作品プレイリスト<br />
《兵士の告白》（2020、詩：谷川俊太郎）［Ms, Pf］<br />
　１．大小 - ２．死 - ３．誰が… - ４．兵士の告白 - ５．くり返す<br />
《智恵子抄》（2023、詩：高村光太郎）［S, B, Pf］<br />
　1、梅酒 - 2、レモン哀歌 - 3、間奏曲 - 4、亡き人に<br />
《見舞い》（2022、詩：谷川俊太郎）［S, T, Pf］<br />
《そのあと》（2023、詩：谷川俊太郎）［Ms, 2Vn, b.c.(Fg, Vc, Cb, Cemb, barock Harp)］<br />
《歌》（2019）［箏］<br />
《死の遁走～パウル・ツェランの詩に寄せて》(2014) [4面の25絃箏]<br />
《チャコーナ》(2018) [Vn, Vc, Cemb]  <br />
《アリア》（2019）[Vn, Vc, Cemb]  <br />
《春の臨終》（2014/2019、詩：谷川俊太郎）［Ms, Vc, b.c.(Cemb)］<br />
《願い》（2015/2019、詩：谷川俊太郎）［Ms, b.c.(Vc, Cemb)］<br />
《あなた》（2016、詩：谷川俊太郎）［S, Cemb, コンテンポラリーダンス］<br />
《…後》（2020、詩：根本卓也）［S］<br />
《島》（2017、詩：岸井大輔）［演技と語りを伴うCemb］<br />
《お前は俺を殺した》（2019、詩：佐々木治己）［B、Tu］<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
パウル・ヒンデミット素描――野々村禎彦<br />
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<img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202502/04/10/c0050810_15274004.jpg" alt="_c0050810_15274004.jpg" align="right" class="IMAGE_RIGHT" height="308" width="228" />　戦間期ドイツを代表する作曲家＝ヴィオラ奏者のパウル・ヒンデミット（1895-1963）は、フランクフルト近郊ハーナウで生まれ育った。父は画家を目指したが果たせず、その技術を活かして装飾職人になった人物で、子供たちを芸術家にして夢を継がせようとした。パウルを長男とする三兄弟は音楽を選び、家庭内合奏（弦楽三重奏）で腕を磨いた。フランクフルトのホッホ音楽院（現在はフランクフルト音楽・舞台芸術大学）に進んで引き続きヴァイオリンを学び、1916年にはフランクフルト歌劇場管弦楽団のコンサートマスターに就いた。また同年からヴァイオリンの師アドルフ・レブナーの弦楽四重奏団の第2ヴァイオリン奏者（後にヴィオラ奏者）になった。同音楽院では作曲と指揮もアルノルト・メンデルスゾーンとベルンハルト・ゼクレスに学んだ。メンデルスゾーンは大作曲家フェリックスの親類であり、ゼクレスは多くの弟子を育て、指揮者ロスバウトは同期、社会学者＝音楽評論家アドルノは後輩にあたる。作曲と指揮の師ふたりともユダヤ人であり、ユダヤ人音楽家との縁は当時から深い。なお、弟のルドルフ（1900-74）もホッホ音楽院に進み、チェロ奏者＝作曲家として活動を続けた。<br />
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<img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202502/04/10/c0050810_15275410.jpg" alt="_c0050810_15275410.jpg" align="left" class="IMAGE_LEFT" height="330" width="221" />　彼のフランクフルトでの本格的な活動は、第一次世界大戦後に始まった。作曲家としてはまず、《殺人者、女たちの望み》（1919）、《ヌシュ・ヌシ》（1920）、《聖スザンヌ》（1921）という表現主義的な小オペラ（いずれも1幕物）に集中的に取り組んだ。職人の父が望んだ通り子供たちは芸術家になったが、あくまで職人気質の芸術家であり、自分の書きたいものを追求するよりも時流に沿って技術を発揮する道を選んだ。また演奏家としてはヴィオラに専念することを決め、ヴァイオリンとヴィオラに同じ重みで独奏曲を書いて（ヴァイオリンにはソナタ4曲と無伴奏ソナタ3曲、ヴィオラにはソナタ3曲と無伴奏ソナタ4曲）自らのレパートリーを増やした。さらに1921年、ドナウエッシンゲン音楽祭が室内音楽祭として始まり、彼は弦楽四重奏曲第3番（1920）を出品したが演奏を拒否され、初演のために自ら弦楽四重奏団を結成した。ベルリンフィルのコンサートマスターを務めていたリッコ・アマールを第1ヴァイオリンに迎え、自身がヴィオラ、弟のルドルフがチェロを弾くアマール四重奏団である。1922年に常設団体になると1933年に解散するまで約500公演を行った（ただしルドルフは1927年、彼も1929年に退団）。ヒンデミット作品は重要なレパートリーであり、《ミニマックス》（1923）や《保養所の二流楽団が朝7時に湯治場で初見演奏した「さまよえるオランダ人」序曲》（1925）のような冗談音楽もこの団体のために書かれた。自作に限らず同時代音楽を積極的に取り上げており、ヴェルディの弦楽四重奏曲やバルトーク第2番を初録音したのは彼らである。<br />
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<img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202502/04/10/c0050810_15280689.jpg" alt="_c0050810_15280689.jpg" align="right" class="IMAGE_RIGHT" height="330" width="285" />　彼は程なく新即物主義に作風を転じ、《室内音楽》シリーズ（1922-27）が最初の代表作になった。ドイツ圏の音楽における表現主義は新ウィーン楽派の無調書法と密接な関連があり、それへの反発から第一次世界大戦後にラテン圏の音楽では新古典主義が台頭した。新即物主義はドイツ圏の音楽における新古典主義の対応物であり、ヒンデミットの歩みは節操がなく見えてしまうが、表現主義も新即物主義も音楽にとどまらない広がりを持った概念であり、ドイツ圏における新即物主義概念の出発点は建築だった。建築においては表現主義も新即物主義もモダニズムの一部であり、鉄筋コンクリートとガラスという新素材の使い方の違いにすぎない。モニュメンタルな建築において伝統的素材では実現できない斬新な構造を実現するために使うのが表現主義、集合住宅などにおいてシンプルな構造美と機能性を求めて使うのが新即物主義であり、同じ建築家が表現主義から新即物主義に移行する例も少なくなかった。ヒンデミットの場合もこれと同様で、拡張された調性をオペラの感情表現に使う場合は表現主義、小編成アンサンブルに使う場合は新即物主義という使い分けの結果であり、職人気質の作風と矛盾はない。作風転換後のオペラでも、《カルディヤック》（1926）のような表現主義的な題材にはそれにふさわしい音楽を付け、《今日のニュース》（1928-29）のような軽い時事オペラでようやく全面的に新即物主義に振り切っている。ただし、どちらの路線とも時流に合わせた背伸びの部分はあり、過渡期に書かれた歌曲集《マリアの生涯》(1922-23) の穏やかな対位法表現が彼の本領だろう。<br />
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<img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202502/04/10/c0050810_15281619.jpg" alt="_c0050810_15281619.jpg" align="left" class="IMAGE_LEFT" height="330" width="232" />　彼は1927年にベルリン高等音楽院作曲科教授に任命されてベルリンに活動の中心を移すが、これにはプロイセン科学文化教育省音楽部部長レオ・ケステンベルクが深く関わっている。ケステンベルクは1925年にシェーンベルクをプロイセン芸術アカデミー作曲マスタークラス教授に任命し、生活の安定が創作の充実に直結した稔り多いベルリン時代を生んだ立役者だが、ヒンデミットを任命した背景は全く異なっている。ケステンベルクはエリート音楽家の選抜に特化した旧来の音楽教育を改革し、民衆自身が主体的に音楽に関わる共同体を作ろうとしていた。「実用音楽」に関わり始めたヒンデミットには、その旗振り役を期待していたのである。「実用音楽」はドイツに特有の概念であり、固有の目的を持つ音楽のことで、それを持たない「芸術音楽」が美学的に格上だとする考え方へのアンチテーゼとして持ち出される。ドナウエッシンゲン音楽祭の常連になったヒンデミットは、1923年から企画側に回り、1926年には「機械音楽」特集として自動演奏楽器のための音楽を集めた。今回生楽器版が取り上げられる《自動ピアノのためのトッカータ》（1926）はこのために制作された。同音楽祭は翌1927年から保養地バーデン・バーデンでの開催に変更され、「実用音楽」の演奏指導を通じて音楽共同体を作ろうとする指導者組織「音楽ギルド」の首脳会議「全国指導者週間」と同地で共同開催されることになった。両組織の考え方の隔たりは大きく、共同開催は翌1928年限りで終わったが、「音楽ギルド」の人々のために彼が書いたさまざまな実用音楽（Op.43-45, 1926-29）は、組織内では一定の評価は受けた。ヒンデミットの試行はその後も続き、1929年のバーデン・バーデン音楽祭では聴衆参加の《教育劇》（1929）をブレヒトと共作した。彼が参加したブレヒトの教育劇には、音楽をヴァイルと共作した《リンドバーグの飛行》（1929）もあるが、「芸術活動と社会主義活動は同じもの」だと考えるブレヒトと、あくまで音楽と政治は切り離して考える彼の溝は埋まらなかった。<br />
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<img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202502/04/10/c0050810_15284125.jpg" alt="_c0050810_15284125.jpg" align="right" class="IMAGE_RIGHT" height="307" width="190" />　1930年の書簡で彼は「ここ数年、私はコンサート音楽からはほとんど離れてしまっていて、もっばらアマチュアや子供、ラジオあるいは機械楽器などのための音楽を書いてきました。私はこうした活動を、コンサートのための音楽より重要だと考えています。なぜなら後者はプロの音楽家向けの技術訓練以上のものではありませんし、音楽の発展にはほとんど寄与しないからです」と書いている。実用音楽の重要性を自らに言い聞かせるような文面である。少なくとも、1932年6月20日にプレーン城で1日がかりで開かれたアマチュア音楽ワークショップのための音楽を丸ごと作曲した《プレーン音楽の日》（1932）までは、実用音楽が彼の創作活動の中心になっていた。このような場にも彼は指揮者やヴィオラ奏者として参加したが、この時期にヴィオラ奏者としては、ヴォルフスタール（後にゴールドベルクに交代）、フォイアーマンとの弦楽三重奏団が評判になっていた（フランクフルトで結成したアマール四重奏団は1929年に脱退）。オペラ《画家マティス》（1933-35）は久々の伝統的形式の大作であり、16世紀ドイツの画家マティアス・グリューネヴァルト（本名マティス・ゴートハルト・ナイトハルト）が筆を置いてドイツ農民戦争に加わるが、幻滅して再び筆を取る姿を描いており、実用音楽に身を投じた数年間を投影しているかのようだ。その素材を用いた交響曲版（1934）はナチス政権下でも初演時には高く評価されたが、本体はオペラだと告知されると状況は一変した。《聖スザンナ》《今日のニュース》など旧作オペラの「不道徳性」や、ユダヤ人音楽家と弦楽三重奏団を組んでいることなど、新作とは無関係な音楽外の諸問題で批判が始まり、オペラの上演は禁止された。交響曲版の初演も指揮したベルリン国立歌劇場音楽監督フルトヴェングラーの抗議文が火に油を注ぎ、結局フルトヴェングラーは解任され、ヒンデミットも大学を追われてトルコに移住し、スイスを経て1940年に米国に亡命した。<br />
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<img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202502/04/10/c0050810_15454088.jpg" alt="_c0050810_15454088.jpg" align="left" class="IMAGE_LEFT" height="321" width="300" />　彼の実用音楽はシンプルゆえに尖った室内楽が中心だが、その後は一種諦めたかのような穏やかな書法の大編成作品が中心になる。亡命生活に入ってもこの傾向は変わらず、《気高い幻想》（1938）や《ウェーバーの主題による交響的変容》（1943）は特によく知られる。実用音楽の探求が一段落すると彼は独自の音楽理論の開発に取り組み、《ルードゥス・トナーリス》（1942）はその集大成にあたる。J.S.バッハの平均律クラヴィーア曲集を意識しており、彼の理論では長短調は区別しないのでフーガ12曲で全調性が尽くされ、12曲の並びはCに始まりG (3/2) ー F (4/3) ー A (5/3) ー E (5/4) …と徐々に不協和度が上がってゆき、最後に三全音のF#が来る。性格小品11曲がフーガの間に挟まれ、前奏曲と後奏曲（前奏曲の反逆行形）が全体を包む。この大作は、オラトリオ《遅咲きのライラックが前庭に咲いたとき》（1946）と並ぶ米国時代の代表作である。<br />
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