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F.クープラン:クラヴサン組曲集第3巻+第4巻 〔全3回〕

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フランソワ・クープラン円熟期の連作、チェンバロ音楽の最高峰を至近距離で堪能するステュディオ・コンサート!

フランソワ・クープラン(1668-1733) 生誕350周年記念
クラヴサン組曲集第3巻+第4巻(全曲)連続演奏会 〔全3回〕

大井浩明(チェンバロ)

合同会社Opus55スタジオ(京王新線・幡ヶ谷駅徒歩6分) [東京都渋谷区幡ヶ谷3-8-10]
各公演 3000円(当日券のみ)


【第1回】 2018年7月29日(日)15時開演(14時45分開場)
S.ライヒ(1936- ):《ピアノ・フェイズ》(1967)、《クラッピング・ミュージック》(1972)、《ナゴヤ・マリンバ》(1994)
F.クープラン(1668-1733)
第13組曲(ロ短調) [(前奏曲) - 花開く百合 - 葦 - 胸飾りのリボン - フランスのフォリア、またはドミノ - 煉獄の魂]
第14組曲(ニ長調/ニ短調) [恋の小夜啼鳥 - 小夜啼鳥のドゥーブル - おびえた紅鶸 - 嘆き節の虫喰いたち - 勝ち誇る小夜啼鳥 - 七月 - キュテラ島の鐘 - 些細なもの]
第15組曲(イ短調/イ長調) [(前奏曲) - 摂政、またはミネルヴァ - ねんね、または揺り籠のクピードー - 散漫 - ショワジのミュゼット - タヴェルニのミュゼット - 温和と辛辣 - 花咲く果樹園 - シャブイユ公女、またはモナコのムーサ]
第16組曲(ト長調/ト短調) [類稀な気品、またはコンティ - ヒュメン=愛 - 処女たち - 愛らしいテレーズ - おどけ - 粗忽者 - レティヴィル]
第17組曲(ホ短調) [尊大、またはフォルクレ - 小さな風車 - 鐘 - クラント - バニョレの乳しぼりの少女たち]

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【第2回】 8月19日(日)15時開演(14時45分開場)
上野耕路(1960- ):《リベルタン組曲》(2018、委嘱新作初演) [プレアンビュール - フランス風序曲 - アリオーソ - ディヴェルティスマン - サラバンド - メヌエット - バデイヌリ]
F.クープラン(1668-1733)
第18組曲(ヘ短調/ヘ長調) [アルマンド:ヴェルヌイユ - ヴェルヌイエット - 修道女モニク - 騒々しさ - 感動 - ティク・トク・ショク、またはマイヨタン - 跛のガイヤール]
第19組曲(ニ短調/ニ長調) [(前奏曲) - カロタンとカロティーヌ、または縁日劇場の芝居 - カロティーヌ - うぶな娘 - ボンネット帽 - ドミニコ会修道士の癲狂 - ムーサ=プランティーヌ - つけぼくろ]
第20組曲(ト長調/ト短調) [王妃マリ - 道化役者 - ケルビムたち、または愛らしいラジュール - クルイイ、または小クープラン - 生意気なマドロン - 優しいジャヌトン - セジル - タンブーラン]
第21組曲(ホ短調) [(前奏曲) - ハートの女王 - 躍動 - クープラン - 喧嘩、ハープ風の曲 - 寸鉄]
第22組曲(ニ長調/ニ短調) [戦利品 - 戦利品の続きの第一エール - 夜明け、アルマンド - 鰻 - 足がらみ - 交差するメヌエット - 手品]

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【第3回】 9月16日(日)15時開演(14時45分開場)
F.ドナトーニ(1927-2000):《ドゥエット》(1975)
J.S.バッハ(1685-1750):《音楽の捧げ物 BWV1079》より「トリオソナタ ハ短調」(米沢典剛によるチェンバロ独奏版、初演)(1747/2017)
F.クープラン(1668-1733)
第23組曲(ヘ長調) [(前奏曲) - 大胆 - 編み物をする人たち - アルルカン - ディーロス島のゴンドラ - 山羊の足をしたサテュロス]
第24組曲(イ短調/イ長調) [大殿様たち、荘重なサラバンド - 若殿様たち、元は伊達男 - 人の心を射留める矢 - 花飾り - がらくた - 素敵なバビシュ、またはおどけた恋 - 美しいジャヴォット、かつての王女 - 両性具有、パッサカリアのテンポで]
第25組曲(変ホ長調/ハ長調/ハ短調) [妄想 - 神秘 - モンフランベール - 勝ち誇るムーサ - さまよう亡霊]
第26組曲(嬰へ短調) [病み上がり - ガヴォット - ソフィ - 刺々しさ - パントマイム]
第27組曲(ロ短調) [(前奏曲) - 至高、アルマンド - 芥子 - 中国人 - 機知]

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cf. 【フランソワ・クープラン「組曲(オルドゥル)」公演】

■F.クープラン:《王のコンセール》(クラヴサン曲集第3巻所収) 第1コンセール ト長調、 第2コンセール ニ長調、 第3コンセール イ長調、 第4コンセール ホ短調  [2012.06.20]

■F.クープラン:第1組曲 ト短調/ト長調、 第2組曲 ニ短調/ニ長調、第3組曲 ハ短調/ハ長調  [2014.06.09] [closed]

■F.クープラン:第4組曲 ヘ長調、 第5組曲 イ長調/イ短調、 第6組曲 変ロ長調  [2015.06.07] [closed]


■F.クープラン:「クラヴサン奏法」から8つの前奏曲、 第11組曲 ハ短調/ハ長調、 第12組曲 ホ長調/ホ短調  [2017.07.08]  [closed]

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by ooi_piano | 2018-06-23 10:20 | コンサート情報 | Comments(0)

6/30(土) & 7/1 (日) チェンバロフェステイヴァル出演(浜離宮朝日ホール)

  浜離宮朝日ホールで行われる「第5回チェンバロ・フェスティバル in 東京」(6/29~7/1)での私の演奏曲目は以下の通りです。フェスティバル全体のプログラムについては、こちらを御覧下さい。

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チェンバロ・フェスティバルin東京 第5回 「バッハへの道、バッハからの道」
5th Cembalo Festival in Tokyo "Roads to Bach, Roads from Bach"

6月30日(土)15時30分開演(15時10分開場) 「チェンバロ独奏による近現代のなりかたち」
Sat. 30th June 2018, 15h30 start Lecture concert #1 "Pathfinder in modern harpsichord heritage"
浜離宮朝日ホール(小ホール) 大井浩明(チェンバロ/お話)  森川郁子(ソプラノ)(※)
Hamarikyu Asahi Hall Hiroaki Ooi (harpsichord/lecture) Yuko Morikawa (soprano) (#)


■F.ブゾーニ(1866-1924):《前奏曲、フーガとフーガ・フィグラータ ~「平均律第1巻」による BV254》(1909)
Ferruccio Busoni (1866-1924) : "Preludio, Fuga, e Fuga figurata - Studie nach J.S.Bach's wohltemperiertem Clavier" (1909)
■F.F.ショパン(1810-1849):《フーガ イ短調》(1841)+《8度のカノン ヘ短調》(1839)[補筆/田中博幸(1977- )]
Fryderyk Franciszek Chopin (1810-1849) : Fuga a-moll i Canon w oktawie f-moll (dopisanie przez Hiroyuki Tanaka)
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●J.H.ダングルベール(1629-1691):《J.C.d.シャンボニエール氏の墓》(1672)
Jean-Henri d'Anglebert (1629-1691) : Tombeau de Monsieur de Chambonnières (1672)
●M..d.ファリャ(1876-1946):《C.ドビュッシーの墓 ~ハープ・リュートのための》(1920)
Manuel de Falla (1876-1946) : Tombeau de Claude Debussy (Homenaje para arpa-laúd) (1920)
E.デュンダル(1972- ):《S.シャルボニエール氏の墓 ~トルコ・マカーム音律による》(2018、チェンバロ・フェスティヴァル委嘱作品/世界初演)
Emre Dündar (1972- ) : "Tombeau de Monsieur Charbonnier" pour le clavier tempéré pour la zone poly-maqamique / "Bay Charbonnier’in Kabri" çoklu makam dizisel düzenli klavye için (2018, Commissioned by Cembalo Festival Tokyo, World Premiere)
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■L.ベリオ(1925-2003):チェンバロ独奏のための《循環(ラウンド)》(1965) [※ソプラノとの二重奏版、日本初演]
Luciano Berio (1925-2003) : "Rounds (to Antoinette Vischer)” for harpsichord (1965)  (Version with soprano, Japan Premiere)(#)
■尹伊桑(ユン・イサン)(1917-1995):《小陽陰》(1966) [E.ピヒト=アクセンフェルト(1914-2001)によるヒストリカル・チェンバロ版/日本初演]
Isang Yun : "Shao Yang Yin (für Antoinette Vischer)" (1966) (Neuausgabe für Cembalo von Edith Picht-Axenfeld, Japan Premiere)
■西村朗(1953- ):《トッカータ ~「フーガの技法」第9曲による》(2000/2018、チェンバロ版世界初演)
Akira Nishimura (1953- ) : "Toccata" (2000/2018, harpsichord version World Premiere)
■藤倉大(1977- ):《リターニング》(2006/2013/2018、チェンバロ版世界初演)
Dai Fujikura (1977- ) : "Returning" (2006/2013/2018, harpsichord version World Premiere)
■野平一郎(1953- ):チェンバロ独奏のための《邂逅》(2008)
Ichiro Nodaïra (1953- ) : "Rencontre" pour clavecin (2008)


森川郁子 Yuko Morikawa (soprano)
 桐朋学園大学卒業、同大学研究科2年修了。中世から近現代音楽まで幅広い分野で演奏活動を行う。 2015年、東京・春・音楽祭「大英博物館展」プレ・コンサートに出演。日伊修好150年記念オペラ「ジャパン・オルフェオ」等のバロックオペラに出演する他、数々の宗教曲でソリストを務める。女声アカペラアンサンブル レ・グラース、カペラッテ、ヴォーカルコンソート東京、アンサンブル・レニブス各メンバー。
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6月30日(土)18時開演(17時半開場) 浜離宮朝日ホール(音楽ホール)
Sat. 30th June, 18h start Hamarikyu Asahi Hall
古川聖(1959- ):《アリアと18の変換 ~ゴルトベルク変奏曲に基づく》(2018、チェンバロ・フェスティヴァル委嘱作品/世界初演)
Kiyoshi Furukawa (1959- ) : Clavier Ubung bestehend in einer ARIA mit verschiedenen Datenverarbeitungen vors Clavicimbal mit 2 Manualen (2018, commissioned by Cembalo Festival Tokyo, World Premiere)

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  現在、私たちは西洋音楽だけに限ってもグレゴリアンチャントから現代音楽までお望みのものを時代を超えに聴くことできる。しかし録音/複製技術の出現する前は他の時代の作品にふれる機会は少ないし、まして自分で弾く以外は同じ作品を何度も何度もくりかえし聴くということはなく、音楽聴取の様相はこ今日とはずいぶん違っていた。一般に変奏曲は大雑把にいうと様々な要素によって特徴付けられたテーマ=主題を脳科学の言うところの短期記憶に置いて、そのテーマをめぐり変奏が行われるわけであるが、この変換曲はゴールドベルク変奏曲を繰り返し聴くことを通して、その音楽を言わば長期記憶としてもつ現代特有の聴取を想定している。作曲はプログラマーの濵野峻行と開発したゲシュタルトエディターにデータとして個別の変奏曲を取り込み、それぞれに異なった変換手法を適用しその結果を吟味し楽譜に起すことにより行われた。(古川聖)

古川聖 Kiyoshi Furukawa, composer
  1959年東京生まれ。中学・高校時代に入野義郎氏に師事。高校卒業後渡独、ベルリン、ハンブルクの音楽アカデミーで尹伊桑(ユン・イサン)、ジェルジ・リゲティのもとで作曲を学ぶ。1991年に米国のスタンフォード大学で客員作曲家。独・カールスルーエのZKM(アート・アンド・メディア・センター)でアーティスト・イン・レジデンス。作品は、新しいメディアと音楽の接点において成立するものが多く、1997年のZKMの新館のオープニングでは委嘱を受け、マルチメディアオペラ『まだ生まれぬ神々へ』を制作・作曲。近年は理化学研究所内で脳波を使った視聴覚表現に関するプロジェクトを行った。社会の中で表現行為が起こる場、新しいアートの形を探して2002年より、新しいメディアを使ったワークショップを世界各国で行っている。東京芸術大学先端芸術表現科教授、同芸術情報センター長。CDに「数による音楽」(2007, FONTEC) 、「物質による音楽」(2009, FONTEC) 等。

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7月1日(日)15時30分開演(15時10分開場)  「チェンバロと電子音響の饗宴」
Sun. 1st July 2018, 15h30 start Lecture concert #2 "Marriage of harpsichord and electronics"
浜離宮朝日ホール(小ホール) 大井浩明(チェンバロ/お話) 有馬純寿(電子音響)
Hamarikyu Asahi Hall Hiroaki Ooi (harpsichord/lecture) Sumihisa Arima (electronics)

■L.フェラーリ(1929-2005):《左翼連合綱領(プログラム・コマン)》(1972、チェンバロ+電子音響)
Luc Ferrari (1929-2005) : "Programme Commun" pour clavecin et bande
■K.サーリアホ(1952- ):《秘密の花園 II》 (1984/86、チェンバロ+電子音響)
Kaija Saariaho (1952- ): "Jardin secret II" cembalolle ja nauhalle (1984/86)
■J.P.ラモー(1683-1764):《ため息》(1724)
Jean Philippe Rameau (1683-1764) : "Les Soupirs" (1724)
■ヤコブTV(1951- ):《ラモーのため息》(1995、チェンバロ+電子音響/日本初演)
Jacob Ter Veldhuis (1951- ) : "De Zuchten van Rameau (voor Annelie de Man)" (1995, Japan Premiere)
■K.シュトックハウゼン(1928-2007):オペラ『光の金曜日』より《クラヴィア曲第XVI番》(1995、チェンバロ+電子音響/東京初演)
Karlheinz Stockhausen : Klavierstück XVI (vom FREITAG aus LICHT) für Saitenklavier und Tonband (1995, Tokyo Premiere)

有馬純寿 Sumihisa Arima (electronics)
 1965年生まれ。エレクトロニクスやコンピュータを用いた音響表現を中心に、現代音楽、即興演奏などジャンルを横断する活動を展開。これまでに数多くの演奏会で音響技術や演奏を手がけ高い評価を得ている。第63回芸術選奨文部科学大臣新人賞芸術振興部門受賞。2012年より現代音楽アンサンブル「東京現音計画」を開始、第1回公演が第13回佐治敬三賞を受賞。現在、帝塚山学院大学人間科学部准教授。京都市立芸術大学非常勤講師。

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7月1日(日)18時開演(17時半開場) 浜離宮朝日ホール(音楽ホール)
Sat. 30th June, 18h start Hamarikyu Asahi Hall
I.クセナキス(1922-2001):《ホアイ Khoaï-Χοαί》(1976)
Iannis Xenakis (1922-2001) : "Khoaï" pour clavecin amplifié



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  2011年に創設されて以来第5回目を迎える「チェンバロ・フェスティバルin 東京」で、バロック以外の近現代曲が取り上げられるのは今回が初めてになると云う。昨年(2017年)は、5月にポーランド人女流チェンバロ奏者エルジュビエタ・ホイナツカ(1939-2017)が、9月にチェコ人女流チェンバロ奏者ズザナ・ルージチコヴァ(1927-2017)が他界し、同月に死後5年目にしてグスタフ・レオンハルト(1928-2012)のバッハ編曲集がNBAと同じ装丁で公刊された。今年(2018年)は、5月にアムステルダムで1960年以降の現代曲に特化した「アネリー・デ・マン記念チェンバロコンクール」が開催され、8月のブルージュ古楽コンクール(ベルギー)チェンバロ部門本選ではヨハン・ヘイス(1942-、審査委員長)による委嘱新作(2018)が課題曲となっている。9月にはワルシャワで古楽器によるショパンコンクールが初めて行われると聞く。古楽/古楽器、現代楽器/現代曲の垣根がますます取り払われる中、本レクチャーコンサートでは、「今、チェンバロで何が出来るか」を考える。

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  いわゆるチェンバロのためのメインレパートリーは、16世紀のカベソンやバードあたりを起点として、17世紀・18世紀に隆盛を迎え、下限はせいぜい、初版譜に「チェンバロまたはフォルテピアノ用」と書かれたベートーヴェン《ファンタジア風ソナタ Op.27》(1802)が関の山であろう。ハイドンやモーツァルトのクラヴィア曲は、モダンピアノよりチェンバロで弾いたほうが遥かにしっくり来る。ベートーヴェン《田園》ソナタ以降からチェンバロ指定が消えたのは、楽器の表現力というよりむしろ音域の問題だったのではないか。平行弦のウィーン式フォルテピアノで育ったショパンの演奏が、音量も表現も非常に「繊細」であったことが伝わっているが、フレスコバルディやモーツァルトの主題でフーガ集を上梓したアントニーン・レイハ(1770-1836)ほど凝ってはいないものの、一筆書きの対位法演習曲《フーガ》(1841)《カノン》(1839)でも、ショパンの才能の片鱗は伺えよう。
  世紀をまたいで、J.マスネ《メヌエット》(歌劇「テレーズ」の一部)(1907)、F.ブゾーニ《ソナチネ第3番「子供のために」》(1915)、ディーリアス《舞曲》(1919)などは、「チェンバロ用」と明記されているにもかかわらず、現代ではピアノで弾かれているのは、バッハ作品と同様である。自邸にドルメッチ=チッカリングのチェンバロを所蔵していたブゾーニは、バッハ校訂楽譜を編纂する一方、オルガン小曲集や《シャコンヌ》等のピアノ編曲、ひいては「フーガの技法」の未完のフーガに基づく大作《対位法的幻想曲》(1910)を作曲した。(その20年後、イギリスの作曲家カイホスルー・ソラブジ(1892-1988)によって、さらに10倍の規模を持つ《オプス・クラウィケンバリスティクム(鍵盤楽器の始源に捧げて)》へと結実する。)今回取り上げる《前奏曲、フーガとフーガ・フィグラータ》(1909)は、平均律第1巻ニ長調に基づく「シュトゥーディー(ネタ曲)」である。

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  ポーランド人女流チェンバロ奏者ヴァンダ・ランドフスカ(1879-1959)は、「コンサート仕様」のモダンチェンバロをプレイエル社に製作させ、マヌエル・デ・ファリャの室内オペラ《ペドロ親方の人形芝居》(1923)でチェンバロ独奏部を担当した後、ファリャとプーランクにチェンバロ協奏曲を委嘱した。ファリャは《人形芝居》でチェンバロと並んでハープ・リュートという楽器を用いたが、今年没後100年を迎えるドビュッシーを追悼した《ドビュッシーの墓》(1920)はこのハープリュートで初演(1921年1月)された。(現在ではもっぱらギターやピアノで演奏されている。)
  「墓(トンボー)」と称されるジャンルは、君主や盟友を悼むヨハン・ヤーコプ・フローベルガー(1616-1667)、フランス・チェンバロ音楽の始祖である恩師ジャック・シャンピオン・ド・シャンボニエール(1601-1672)を弔うダングルベール等に始まり、ジャン・マリー・ルクレール(1697-1764)のヴァイオリン・ソナタ(1734)を経て、第一次大戦で戦死した友人たちに捧げるラヴェル《クープランの墓》(1917)、デュカス・ルーセル・バルトーク・ファリャ・サティ・ストラヴィンスキー等による《ドビュッシーの墓》、そのデュカスを悼むメシアン《ポール・デュカスの墓》(1935)、そしてブーレーズ《ヴェルレーヌの墓》(1962)へと書き継がれてきた。
  エムレ・デュンダル(1972- )はイスタンブール出身の作曲家・指揮者・ピアニストで、現在イルディス工科大学(イスタンブール)、アナドル大学(エスキシュヒール)、ミマール・スィナン芸術大学(イスタンブール)で教鞭を執っている。今回の委嘱新作《シャルボニエール氏の墓》(2018)は、2015年1月のイスラム過激派による週刊シャルリー襲撃事件で落命した編集長ステファヌ・シャルボニエール(シャルブ)への追悼曲であり、チェンバロの上鍵盤と下鍵盤で異なったマカーム音律(アラビア音楽の旋法体系)が用いられる。

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  ベリオ《循環(ラウンド)》(1965)尹伊桑《小陽陰》(1966)リゲティ《連続体(コンティヌウム)》(1968)、そしてジョン・ケージ《HPSCHD(ハープシコード)》(1969)は、すべてスイス人女流チェンバロ奏者アントワネッテ・ヴィッシャー(1909-1973)による委嘱献呈作で、これらをもってチェンバロのための「現代音楽」が開始されたと言えよう。
  本来「ラウンド」は輪唱のことで、バッハ《ゴルトベルク変奏曲》でも第3変奏(同度のカノン)や第24変奏(8度のカノン)がそれにあたるが、ベリオ《ラウンド》はスコア全体を途中で上下回転(round)させて読譜し、一度弾いた音符やレジストレーションをすべて逆行させる仕掛けとなっている。同じタイトルのピアノ版(1967)は、リズムや音高などを完全に確定させた、チェンバロ原曲とはまったく独立した作品である。今回は、ベリオの最初の夫人であり、アーノンクール指揮の《オルフェオ》(1969)や《ポッペアの戴冠》(1974)でも名高い、アメリカ人歌手キャシー・バーベリアンが生前行ったソプラノとの二重奏版を紹介する。

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  昨年生誕100周年を迎えた尹伊桑(ユン・イサン)は、釜山近くの慶尚南道・統営(トンヨン)の出身。15歳で来日、大阪でチェロと音楽理論を学ぶ。21歳で再来日、東京で池内友次郎に3年間師事。戦後、釜山・統営・ソウルで教員として勤めた後、1956年6月に渡欧、パリ音楽院でトニー・オーバンに、翌年からはベルリン音大でヨーゼフ・ルーファー、ボリス・ブラッハーに師事。1963年に北朝鮮を初訪問。ドナウエッシンゲンで初演された管弦楽のための《礼楽(レアク)》(1966)で国際的評価を得る。1967年7月に朴正煕政権下の韓国中央情報部(KCIA)によって逮捕、裁判ののち、1969年2月に釈放。1971年に西ドイツ国籍に帰化、1974年からベルリン音大教授。細川俊夫、三輪眞弘、嶋津武仁、古川聖ら11名の日本人を含む多くの弟子を育てた。今年(2018年)3月末、文在寅政権下で遺灰の帰郷が「49年ぶりに」実現した。代表作に、オラトリオ《唵麼抳鉢訥銘吽(ああ蓮華の中の宝珠よ)》(1964)、ミュンヘン・オリンピック委嘱の歌劇《沈青》(1973)、交響詩《光州よ、永遠に!》(1981)、ベルリン・フィル100周年委嘱《交響曲第1番》(1982/83)、サントリーホール杮落委嘱《交響曲第4番「暗黒の中で歌う」》(1986)、金日成生誕75周年を祝うカンタータ《わが地、わが民族よ!》(1987)等。
  チェンバロ独奏のための《小陽陰》(1966)は、作曲者がKCIAに拉致された直後の1967年9月にヴィッシャーが録音、翌1968年1月にドイツ・フライブルクでエディト・ピヒト=アクセンフェルトにより舞台初演が行われた。元々、5本のペダルを持つモダン・チェンバロのために書かれたが、作曲者の遺志により、ピヒト=アクセンフェルトによるヒストリカル・チェンバロ版、ならびにアクセンフェルトの弟子であるハン・カヤ(韓伽倻)によるモダン・ピアノ版が1998年に出版された(2018年現在は絶版)。
  この曲に限らず、1950~1980年代にモダン・チェンバロのために書かれた作品群は、特に21世紀に入ってからは、楽譜上のさまざまな指示(たとえば足ペダルによるレジストレーション変更)を等閑視するかたちで、ヒストリカル・チェンバロで演奏されているのが現状である。ヒストリカル楽器に比べ、モダン・チェンバロは音色も音量も貧弱であり(音量が大きいというのは誤解)、重量がかさばるため運搬費用も倍以上かかり、使用頻度が低いためしばしばメンテナンスも不十分である。鍵盤の重さはむしろ軽く反応も鈍く、タッチによる表現の幅はヒストリカルとは比較にならない。ことこまかなレジストレーション指定(それはモダン思考に他ならない)も、聞き手にはさほど効果的には伝わらない。一方、クセナキス《ホアイ》(1976)等での、4フィート弦(1オクターヴ上)と16フィート弦(1オクターヴ下)を片手ずつ各々2段鍵盤を同時に押さえつつ急速な連打音を含む大量の音群が要求される場合などは、ヒストリカル楽器では処理困難となる。

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  日本人の古楽器奏者にとって、最も手軽にオーセンティシティ(真正性)を得られるのは、言うまでもなく日本人作曲家の新作初演である。特に作曲家が親族だったり同級生だったりすれば申し分ない。「譜面と直接向き合い、自分の頭で考える」という点では、古楽の演奏実践と全く同じ作業である。
  武満徹(1930-1996)には、《クラヴサンのために》(1948)という18歳の習作があるらしく、もし楽譜が現存していれば邦人作品としては最初期の一例となる。ホイナツカの委嘱で書かれた《夢みる雨》(1986)は、ヒストリカルへ移行する時代の趨勢を見据えた先見の明がありつつも、低音域の密集和音は明らかにモダンピアノの鐘の音をイメージしていた。「2つの鍵盤楽器のための」と題された《クロスハッチ》(1982)は、2段鍵盤チェンバロ1台、あるいは2台のチェンバロで演奏可能である。ホイナツカが委嘱した邦人作品としては、ほかに一柳慧《ミラージュ(蜃気楼)》(1998、笙とチェンバロ)がある。笙の三分損益法に合わせてチェンバロをピタゴラス調律にした演奏はまだ無いようである。
  日本人の国際的作曲家ということでは、例えば細川俊夫望月京藤倉大はチェンバロ曲を書いていない(古楽器アンサンブル除く)。ロンドン在住の藤倉大(1977- )《リターニング》(2006/2013)の指定はユニークで、「曲を通してピアニッシモの弱音であること」「習いたての子供のように『ペダルなしで』弾くこと」「同時に鳴らす音は3つまで」「基盤となるリズムのパターンも3つのみ」というルールに則っており、これらの書法への挑戦は作曲上の転機ともなったと云う。藤倉作品では、他に2オクターヴ半のトイピアノのための《ミリアンペア》(2010)もチェンバロ独奏可能である。
  西村朗(1953- )《トッカータ》(2000)は、J.S.バッハ没後250周年の全音出版社の記念コンサートのために書かれた。《フーガの技法》のコントラープンクトゥス・ノーヌス(対位第九)の主題が、まずB-A-C-Hの各音を主音とする調性で提示され、その後、B-A-C-Hという音型の変化に基づく主音列の調性へと移行する。曲の前半では、主題はストレッタ風に順次切迫して現れ、後半はその逆となる。
  ピアノに加えチェンバロでも演奏活動を行う、野平一郎(1953- )のチェンバロ独奏曲《邂逅 Rencontre》(2008)は、ライフワークであるピアノのための連作《間奏曲集》(1992- )と共通した語法を取りながらも、レオンハルト弟子のブリス・ポゼ(1965- )の《前奏曲集》(1999)等と比べると、ヒストリカル楽器としては珍しく頻繁なレジストレーション変更が特徴的である。なお、委嘱元の財団による「バッハと現代曲を組み合わせたシリーズ」では、20年間/200公演のうち、チェンバロ・リサイタルはわずか4回との事である。小ホール規模でバッハを弾くに相応しい楽器はまずはチェンバロである故、これは遺憾である。  
  現代作曲家にチェンバロに興味を持ってもらうには、ピアノよりもチェンバロのほうが華やかで麗しい音色を持つ、という科学的事実に気付かせる必要がある。それには、チェンバロを至近距離で(出来れば蓋の中に頭を突っ込んで)聴かせるのが一番であろう。西欧鍵盤音楽の基盤であるバッハからベートーヴェンのソナタ(の半数)までは、F1~F6の5オクターヴの音域内で書かれており、両端音域(あるいはバフストップ等の目先の効果)には拘っておらず、ダンパーペダルにも頼らず(チェンバロは既に残響豊かな楽器である)、迫力や強弱差ではなく語り口(修辞)そのものを音楽の主眼としている。一方、チェンバロ奏者側にも、「誰に委嘱するか」で見識を問われるのは、言うを俟たない。

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  チェンバロの音を聴くやいなや睡魔に襲われるクラシック/現代音楽ファンがいる一方で、ミュージック・コンクレートを含む電子音響に生理的嫌悪感を抱く古楽愛好家も一定数を占め、その二者を組み合わせたプログラミングが実現されることは稀である。
  リュク・フェラーリ《社会主義的音楽、あるいは左翼連合綱領(プログラム・コマン) Musique Socialiste, ou Programme Commun》は、1972年6月に社会党第一書記フランソワ・ミッテラン(当時)が共産党書記長ジョルジュ・マルシェと締結した左翼政府共同綱領に由来する。5年後に連合は決裂し、綱領は更新されなかった。
  カイヤ・サーリアホはフィンランド出身の女流作曲家で、近年来日を重ねている。チェンバロの音、それに彼女自身の声を音響素材として、パリのGRM(フランス音楽研究グループ)ならびにIRCAM(フランス国立音響音楽研究所)で製作された。初演は1986年7月、フィンランドのサヴォンリンナで、作曲家・チェンバロ奏者であるユッカ・ティエンスーが担当した。
  オランダ人作曲家ヤコブTV(ヤコブ・テル・フェルトハウス)《ラモーのため息》は、ジャン=フィリップ・ラモーのクラヴサン曲集(1724)第2組曲の《ため息》に触発され、オランダ人女流チェンバロ奏者アネリー・デ・マン(1943-2010)により献呈初演された。ルイ14世やアポリネールのテクストを含む、いわゆる「ラジカセ(boombox)物」の一つである。オプションで、クリスティン・ケルステンスによる映像が付加される。
  シュトックハウゼンの《クラヴィア曲 Klavierstück》のシリーズは、まず第1番~第11番(1952-1961)がピアノ独奏のために書かれた。約20年のブランクののち、連作オペラ《光 Licht》の抜粋として、特殊奏法やアクション等をともなったピアノ独奏のための第12番「試験」(『木曜日』より)、第13番「ルシファーの夢」(『土曜日』より)、第14番「誕生日のフォルメル」(『月曜日』より)、そしてシンセサイザーならびに電子音響のための第15番「サンティ・フー [シンセ狂](『火曜日』より)、第16番・第17番「彗星」(『金曜日』より)、第18番(『水曜日』より)、第19番(『日曜日』より)が独立曲とされた。鍵盤楽器の種類を越えて「クラヴィア」という言葉を使い続けるのは、もちろんバッハのClavierübung(クラヴィア練習曲集)を踏まえての事であろう。第16番でシュトックハウゼン自身が指定したSaitenklavierという言葉は、クルト・ザックス=ホルンボステル分類に拠れば、まさにチェンバロを意味する。
  私が経験した限りでは、ヒストリカル/モダン、あるいはチェンバロ/ピアノの楽器を変更することについて、西村・藤倉のご両所はもとより、シュトックハウゼン・クセナキス・ジョンケージ・リゲティらの御遺族・出版社が異を唱えることは無かった。「バッハもきっとそうだろう」という希望的憶測において、モダンピアノによる演奏は正当化されるのかもしれない。(大井浩明)


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【cf.】
■初期バロックと現代物を組み合わせたプログラミング例:
http://ooipiano.exblog.jp/20728954/ (チェンバロ)
http://ooipiano.exblog.jp/2784300/ (チェンバロ)

■ブルージュ古楽コンクールと現代曲課題



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Pourquoi ce titre ?
Avant ou après l’audition, la question reste posée, ou peut-on encore se poser la question (d’où le point d’interrogation). Comme reste posée, avant ou après les élections, la grande question du Socialisme.
(Je ne veux pas faire comparaisons, mais peut-on vivre en-dehors de l’actualité ?)
Que les réactionnaires condamnent devant lesq naïfs qui les écoutent volontiers, les régimes socialistes qui existent ailleurs, c’est la solution la plus avantageuse et la plus facile. Ce qui est plus difficile, c’est la construction d’une société originale qui ne soit pas basée sur le profit frauduleux. Et ça, ça regarde tout le monde, même les artistes.
(Je ne fais pas de politique, j'essaie de faire un métier qui devrait avoir une place dans la société.)
Participer à cette recherche, c’est depuis longtemps mon seul intérêt.
(Il faut bien dire que dans mon domaine, l’action bien que très modeste, a touteefois sa place, enfin je ne désespère pas.)
Comment cette préoccupation dominante pourrait-elle ne pas s’exprimer dans mon travail, je vous le demande ? Que je le veuille ou non, on ne peut dissocier les aspirations sociales et artistiques, comme on le fait trop souvent pour protéger les vieux privilèges.
Que ce soit directement comme cela peut se trouver dans le cinéma, ou indirectement comme dans ma musique, la question reste posée :
(Je la repose, et elle est double, profitons-en pendant qu’on a la parole.)
En particulier, y a-t-il une relation entre mon titre et ma pièce ?
En général, comment dans les activités artistiques, peut-on travailler à l’élaboration d’une société nouvelle ?
(Ça c’est la question. Moi je ne sais pas, mais je cherche, je cherche…)

Why this title?
Before or after hearing, the question remains, or can one still put the question (from where the question mark). As remains, before or after the elections, the great question of Socialism.
(I do not want to make comparisons, but can one live outside of the actuality?)
That the reactionaries condemn in front of the naive people who listens to them readily, the socialist modes, which exist elsewhere, is the most advantageous solution and the easiest one. What is more difficult is the construction of an original society, which is not based on the fraudulent profit. And that concerns everyone, even the artists.
(I am not a political; I try to make a profession that should have a place in the society.)
To take part in this research is since a long time my only interest.
(It should be said that in my field, the action although very modest, has however its place; finally I do not despair.)
How this dominant concern could not be expressed in my work, I ask you? Whether I want it or not, one cannot dissociate the social and artistic aspirations, like it is too often done to protect the old privileges.
Whether directly as that can be in the cinema, or indirectly as in my music, the question remains put:
(I ask it again, and this question is double, let us benefit from it while we can speak in liberty.)
In particular, is there a relation between my title and my piece?
In general, how in the artistic activities, can one work with the development of a new society?
(That is the question. I do not know, but I seek, I seek…)


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by ooi_piano | 2018-06-16 22:00 | コンサート情報 | Comments(0)

【増補】5/25(金)ストラヴィンスキー2台ピアノ作品集成

c0050810_20532062.jpg名録音誕生を応援するチケットレス・後払い方式のコンサート
ピティナ・ピアノ曲事典 公開録音コンサート
2018年5月25日(金) 18:30 開演(18:00開場)
浦壁信二+大井浩明(2台ピアノ)
入場料:後払い方式(※)


東音ホール 
(JR山手線/地下鉄都営三田線「巣鴨駅」南口徒歩1分)
【予約/お問い合わせ】 一般社団法人全日本ピアノ指導者協会(ピティナ) 本部事務局 〒170-8458 東京都豊島区巣鴨1-15-1 宮田ビル3F
TEL:03-3944-1583(平日10:00-18:00) FAX: 03-3944-8838
予約フォーム  チラシpdf



c0050810_09230354.jpg【演奏曲目】
ピアノと木管楽器のための協奏曲(1923/24)( 二台ピアノ版) 20分
Concerto for piano and wood winds (1923/24) [Two piano version]
  I. Largo / Allegro - II. Largo - III. Allegro
ピアノと管弦楽のためのカプリッチョ(1926/29)( 二台ピアノ版) 17分
Capriccio for piano and orchestra (1926/29) [Two piano version]
  I.Presto - II. Andante rapsodico - III. Allegro capriccioso ma tempo giusto
《詩篇交響曲》(1930)(ショスタコーヴィチによる四手ピアノ版、日本初演)20分
Symphony for Psalms (1930) [Transcription for four hands by D. Shostakovich, japanese premiere]
  I. 前奏曲:嗚呼ヱホバよ願はくは我が禱りを聽き給ヘ(詩篇38篇) - II. 二重フーガ:我耐へ忍びてヱホバを俟望みたり(詩篇39篇) - III. 交響的アレグロ: ヱホバを褒め讚へよ(詩篇150篇)

  (休憩15分 intermission 15min.)

二台ピアノのための協奏曲(1935)20分
Concerto for two pianos (1935)
  I. Con moto - II. Notturno (Allegretto) - III. Quattro variazioni - IV. Preludio e Fuga
ダンバートン・オークス協奏曲(1938)(二台ピアノ版) 16分
Dumbarton Oaks Concerto in E-flat (1938) [Two piano version]
  I.Tempo giusto - II. Allegretto - III. Con moto
二台ピアノのためのソナタ(1943) 10分
Sonata for two pianos (1943)
  I.Moderato - II. Thème avec variations - III. Allegretto
ロシア風スケルツォ(1944) 4分
Scherzo à la russe (1944) [Two piano version]
ピアノと管弦楽のためのムーヴメンツ(1958/59)(二台ピアノ版) 8分
Movements for piano and orchestra [Two piano version]
  I. - II. - III. - IV. - V.

(※)入場料:後払い方式・・・コンサート後に、好きな額を当日お配りする封筒にいれて頂きます。そのお金は演奏者ならびにピティナ・ピアノ曲事典への寄付金として大切に使わせて頂きます。 公開録音について



□浦壁信二 Shinji Urakabe, piano
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  1969年生まれ。4才の時にヤマハ音楽教室に入会、1981年国連総会議場でのJOC(ジュニア・オリジナル・コンサート)に参加し自作曲をロストロポーヴィッチ指揮ワシントンナショナル交響楽団と共演。1985年から都立芸術高校音楽科、作曲科に在籍後、1987年パリ国立高等音楽院に留学。和声・フーガ・伴奏科で1等賞を得て卒業、対位法で2等賞を得る。ピアノをテオドール・パラスキヴェスコ、伴奏をジャン・ケルネルに師事、その他ヴェラ・ゴルノスタエヴァ、イェルク・デームス等のマスタークラスにも参加。1994年オルレアン20世紀音楽ピアノコンクールで特別賞ブランシュ・セルヴァを得て優勝。ヨーロッパでの演奏活動を開始。その後拠点を日本に移し室内楽・伴奏を中心に活動を展開、国内外の多くのアーティストとの共演を果たしている。近年ソロでも活動の幅を拡げ、’03年CD「ストラヴィンスキーピアノ作品集」'12年「水の戯れ~ラヴェルピアノ作品全集~」'14年「クープランの墓~ラヴェルピアノ作品全集~」をリリース、それぞれレコード芸術誌に於て特選、準特選を得るなど好評を得ている。EIT(アンサンブル・インタラクティブ・トキオ)メンバー。現在、洗足学園音楽大学客員教授、ヤマハマスタークラス講師として後進の指導にも当たっている。

□大井浩明 Hiroaki Ooi, piano
  京都市出身。スイス連邦政府給費留学生ならびに文化庁派遣芸術家在外研修員としてベルン芸術大学(スイス)に留学、ブルーノ・カニーノにピアノと室内楽を師事。同芸大大学院ピアノ科ソリストディプロマ課程修了。ガウデアムス国際現代音楽演奏コンクール(1996)、メシアン国際ピアノコンクール(2000)入賞。朝日現代音楽賞(1993)、アリオン賞(1994)、青山音楽賞(1995)、村松賞(1996)、出光音楽賞(2001)、文化庁芸術祭賞(2006)、日本文化藝術賞(2007)、一柳慧コンテンポラリー賞(2015)等受賞。「ヴェネツィア・ビエンナーレ」「アヴィニョン・フェスティヴァル」「MUSICA VIVA」「ハノーファー・ビエンナーレ」「パンミュージック・フェスティヴァル(韓国・ソウル)」「November Music Festival(ベルギー・オランダ)」等の音楽祭に出演。アルトゥーロ・タマヨ指揮ルクセンブルク・フィルと共演したCD《シナファイ》はベストセラーとなり、ル・モンド・ドゥ・ラ・ミュジック"CHOC"グランプリを受賞。2010年からは、東京で作曲家個展シリーズ「Portraits of Composers (POC)」を開始、現在までに36公演を数える。公式ブログ: http://ooipiano.exblog.jp/



詩篇交響曲 第1楽章
Exaudi orationem meam, Domine, et deprecationem meam;  あゝヱホバよねがはくはわが祈をきゝ わが號呼に耳をかたぶけたまへ
auribus percipe lacrimas meas. Ne sileas, quoniam advena ego sum apud te, et peregrinus sicut omnes patres mei. わが涙をみて黙したまふなかれ われはなんぢに寄る旅客すべてわが列祖のごとく宿れるものなり
Remitte mihi, ut refrigerer prius quam abeam et amplius non ero. 我こゝを去てうせざる先になんぢ面をそむけてわれを爽快ならしめたまへ

第2楽章
Exspectans exspectavi Dominum, et intendit mihi. 我たへしのびてヱホバを俟望みたり ヱホバ我にむかひてわが號呼をきゝたまへり
Et exaudivit preces meas, et eduxit me de lacu miseriae et de luto faecis. Et statuit super petram pedes meos, et direxit gressus meos. また我をほろびの阱より泥のなかよりとりいだしてわが足を磐のうへにおきわが歩をかたくしたまへり
Et immisit in os meum canticum novum, carmen Deo nostro. Videbunt multi, et timebunt, et sperabunt in Domino. ヱホバはあたらしき歌をわが口にいれたまへり 此はわれらの神にさゝぐる讃美なり おほくの人はこれを見ておそれ かつヱホバによりたのまん

第3楽章
Alleluia. Laudate Dominum in sanctis ejus; laudate eum in firmamento virtutis ejus. ヱホバをほめたゝへよ その聖所にて神をほめたゝへよ その能力のあらはるゝ穹蒼にて神をほめたゝへよ
Laudate eum in virtutibus ejus; laudate eum secundum multitudinem magnitudinis ejus. その大能のはたらきのゆゑをもて神をほめたゝへよ その秀ておほいなることの故によりてヱホバをほめたゝへよ
Laudate eum in sono tubae… ラッパの聲をもて神をほめたゝへよ [筝と琴とをもて神をほめたゝへよ]
Laudate eum in tympano et choro; laudate eum in chordis et organo. つゞみと蹈舞とをもて神をほめたゝへよ 絃簫をもて神をほめたゝへよ
Laudate eum in cymbalis benesonantibus; laudate eum in cymbalis jubilationis. 音のたかき鐃鈸をもて神をほめたゝへよ なりひゞく鐃鈸をもて神をほめたゝへよ
Omnis spiritus laudet Dominum! Alleluia. 氣息あるものは皆ヤハをほめたゝふべし なんぢらヱホバをほめたゝへよ








ストラヴィンスキー《詩篇交響曲》とショスタコーヴィチ――大塚健夫

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  《詩篇交響曲 Symphony of Psalms》(1930) はイーゴリ・フョードロヴィチ・ストラヴィンスキー(1882-1971)がそれまでの作風から大きくギアを切り替えるセンセーショナルな合唱と管弦楽の作品である。弦楽器群にヴァイオリンとヴィオラはなく、フルート5本、オーボエ4本、トランペット5本、それにピアノ2台といった楽器の取り上げ方は、普通のオーケストラの編成と大きく異なる。「詩篇 Psalms」とは旧約聖書の一部で、カトリックのミサにおいて二人の朗読者が歌う詩篇にこたえるかたちで会衆が唱和することを答唱詩篇という。カトリック教会の共通言語であったラテン語が用いられたが、その後各国語の言葉が使われるようになり、ストラヴィンスキーはまずロシア語の歌詞を用いて書き始めたが、その後ラテン語に切り替え最終版とした。

  第1楽章: 冒頭Em(ホ短調)の和音のあとに、いきなりEから増五度はなれたBbをベースとするオクタトニックのアルペジオが始まる。当時なんともモダンな響きであったろうことは、現代の我々でも想像に難くない。それに続いてまずはチェロの高音部で始まる歌。舞踏カンタータ「結婚(儀礼)」(1917)の冒頭、kosa maya(露 коса моя,あたしの三つ編み髪)・・・もそうなのだが、ストラヴィンスキーの書く歌あるいは合唱の最初の部分は半音あるいは一度という狭い音程での動きに支配されている。
  第2楽章: C - Eb - B♮-Dの増五度の音程がちょっと無理な背伸びをするような主題をまずオーボエが切り出し、そのあと古典的で緻密なフーガが展開してゆくメロデイーの重なりの中に、控えめだが深い悲しみの思いが聞こえるようだ。
  第3楽章: 始まりの「アレルヤ」のゆっくりしたハーモニーはF6の和音からFm6を経てEbで終わる特徴的なもので、このあたりがすでに一般的な宗教音楽の域を超えている。テンポが速くなって、拍のアクセントを金管が刻み八分音符と三連符八分が絡んでくると、ストラヴィンスキーお得意の風を切るようなカッコいいスピード感が出る。そして再びまったりとしたテンポとなり最初の「アレルヤ」のコラールが出て、ゆっくりとした低音部のオスティナートに乗って歌は「主をほめたたえよ」を繰り返しながら、美しいハ長調の響きに終わる。

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  《詩篇交響曲》はボストン交響楽団の創立50周年を記念して委嘱された作品で、1930年12月19日、常任指揮者セルゲイ・クーセヴィツキー(1874-1951) によってアメリカ初演された。同じ演奏会でシェーンベルクの編曲によるバッハ《プレリュードとフーガ変ホ長調 BWV552》の管弦楽版も披露された。当時の現代音楽楽壇の寵児二人を同時に紹介したクーセヴィツキーの意図は明らかだ。その6日前の12月13日にアンセルメの指揮によりベルギーで《詩篇交響曲》はヨーロッパ初演され、ストラヴィンスキーは《ピアノと管弦楽のためのカプリッチョ》(1926/29)のピアノを自演してこの演奏会に参加している。
  今まであまり宗教的な作品に縁のなかったストラヴィンスキーがなぜこういう曲を書いたかについては、いくつかの説があって面白い。ヴェネツィアでの演奏会の前に手に腫れ物ができたのだが、教会へ行って祈りを捧げたら腫れがすっと引いたのをきかっけに宗教心に目覚めたという説がある。祖国を離れて十数年が経つストラヴィンスキーが異国の地にあって、自分は何者なのか、ロシア人かヨーロッパ人か、あるいはユーラシア人かというアイデンティティーを求めて悩んでいたであろう。病気が進み信心深くなっていた妻エカチェリーナのことや、多くの作品を一緒に手掛けてきたディアーギレフの急逝(1929)が大変なショックであったことが自伝に述べられている。なにかの心の拠り所を必死に求めていたことがこの作品を生んだのかもしれない。
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  アルテゥール・ルリエ(1892 - 1966)というヨーロッパに亡命し戦後米国で没したロシア人作曲家の《Concerto Spirituale》(1929)という合唱曲に影響を受けて書いたという説もある。ルリエは革命後のソヴィエト新政権のもと、ルナチャルスキー率いる人民啓蒙委員部(NARKOMPROS 1918-)の音楽部門の人民委員という要職にあったにも拘わらず、1921年に欧州に出国したあとソヴィエト・ロシアには戻らなかったので、その後のロシア・ソヴィエト音楽史からは完全に抹殺されていた。しかし近年米国の音楽学者リチャード・タラスキン(2017年に稲盛財団「京都賞」を受賞)による研究でその存在が明らかになってきた。彼は欧州で一時期ストラヴィンスキーのアシスタントの仕事をし、ロシア出身で欧州を経て米国に渡った指揮者クーセヴィツキーとも懇意で、後年この大指揮者の伝記も出版した。ルリエの《Concerto Spirituale》を聴くかぎり旋律や和声での《詩篇交響曲》との共通性は感じられないが、2台のピアノが入り弦楽器は低弦のみという特徴的な編成が共通している。ルリエは思想面でも大きな影響をストラヴィンスキーに与えたというが、その後は疎遠になっていった。ストラヴィンスキーは言うこと書くことともにかなり屈折した人であったから彼の本音に迫ることは難しいが、亡命先で生計を立てるための演奏活動に追われていた当時の彼にとって、ルリエを通じてクーセヴィツキーがより身近な存在となり、米国の名門オーケストラから委嘱されたことは経済的にも大きなラッキーであったことは確かだと思う。

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  ストラヴィンスキーより24歳若いドミートリー・ドミートリーヴィチ・ショスタコーヴィチ(1906 – 1975) は、ストラヴィンスキーの《結婚(儀礼)》のロシア初演(1926)において第二ピアノ(編成はピアノ4台、打楽器、声楽)を担当したことを後年まで誇りにしていた。そのあと《火の鳥》や《浄められた春(春の祭典)》よりも《詩篇交響曲》に最も強く惹かれていたというのは興味深い。1930年代の西側とのコンタクトが困難な時代、《詩篇交響曲》のスコアをレニングラードにいたショスタコーヴィチに届けたのが誰かは定かではないが、彼はそれを受け取るとすぐにピアノ四手版の編曲に着手した。第二次大戦でナチス・ドイツ軍がレニングラードに迫る中、モスクワへ疎開せざるを得なかったショスタコーヴィチは、携行できる荷物を制限され、持って行けたのは自身の第七交響曲の原稿、《マクベス夫人》、そして《詩篇交響曲》のスコアとピアノ四手編曲版だったという。このことからも彼のこのストラヴィンスキー作品への執着がわかる。ショスタコーヴィチは1955年3月に《詩篇交響曲》のスコアを愛弟子だったガリーナ・ウストヴォルスカヤ(1919 - 2006)にプレゼントしている。表紙にEdition Russe de Musique, Founds : S&N Koussevitsky(セルゲイ・クーセヴィツキーは、大商人の娘ナターリヤ・ウシュコーヴァと結婚して資金面のバックグラウンドを得ており、出版社の基金は夫妻の名前を冠している) と印刷されたこのスコアは現在ウストヴォルスカヤのギャラリーに保管されている
  ショスタコーヴィチはレニングラード音楽院の教授時代、管弦楽曲のピアノ連弾への編曲を通じて弟子たちに作曲を教えていた。2006年、作曲家生誕100年を記念した「プラウダ」紙のインタビューで、チホーン・フレンニコフ(1913 - 2007) はレニングラードへ行った際、ショスタコーヴィチと共に《詩篇交響曲》ピアノ四手版を一緒に演奏したと語っている
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  1940年にストラヴィンスキーは欧州から米国に渡り、最初は西海岸、そして晩年はニューヨークで過ごし1971年に没した。その間、たった一回だけ祖国ロシア、当時のソ連を訪れている。これを実現させたソ連側の人間の一人がフレンニコフだった。既にソ連音楽界の要職にあった彼がソ連音楽家代表団として1961年にロサンゼルスに来て、翌年1962年秋にストラヴィンスキーをソ連へ招待することに決めた。前述のタラスキンによれば、フレンニコフはストラヴィンスキーがこれを機会に祖国に戻って永住することを促し、果てはチャイコフスキーや「力強い仲間たち」の作曲家たちが眠るレニングラード(現サンクトペテルブルグ)のネフスキー寺院に葬りたかったのだ、とまで述べている。それはさておいてもフレンニコフという人はたいへんなソヴィエト・ロシア愛国者であったことは間違いなく、それゆえ彼の評価も賛否両論がある。話はややそれるが、筆者がモスクワに住んでいた1998年6月、第11回チャイコフスキー国際コンクールのオープニングにおいて、組織委員長を務めていたフレンニコフは「前回は日本のスポンサーにお世話になったが、今回はロシアの国家と企業の資金でコンクールは運営される」と高らかに宣言、大きな拍手が沸いたのをよく覚えている。
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  1962年10月のモスクワで行われたストラヴィンスキー歓迎レセプション(主催はソ連邦文化大臣に就任して間もないエカチェリーナ・フルツェヴァ(1910 – 1974):ソ連史上初めての女性政治局員、自由奔放でスキャンダラスな生涯を送った) と晩餐会にはショスタコーヴィチも招待され、これが二人の作曲家の人生でただ一度の言葉を交わす機会となった。ショスタコーヴィチは《詩篇交響曲》を初めて聴いたときの驚きと、その後自分で編曲までしたことを、はにかみながらストラヴィンスキーに語ったという。ショスタコーヴィチは1949年にソ連の文化人代表の一人としてニューヨークに派遣され、そこでストラヴィンスキーの作品について否定的なソ連の公式見解を述べざるを得なかったという苦い経験があった。モスクワではスターリン没後9年を経た「雪解け」の時期ではあったが、二人が忌憚のない意見を交換できるような状況ではまだなかったのであろう。ストラヴィンスキーの方も大いに「構えていた」に違いない。ストラヴィンスキーは生まれ故郷であるレニングラードにも来た。筆者がレニングラードに留学していた1982-3年当時はまだこの20年前の出来事を覚えている人たちが多くいて、彼らは「ストラヴィンスキーが自作を指揮したオーケストラは、ムラヴィンスキーの功労者芸術家集団(レニングラード・フィルハーモニー)ではなく、当時ワンランク下と位置付けられていたレニングラード交響楽団の方だった」と語ってくれた。
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  ショスタコーヴィチは回想録で「ストラヴィンスキーもペテルブルグ生まれであるのみならず、二人ともポーランドの血を受け継いだ家系という点でも共通、これはリムスキー=コルサコフも同じ」と語っている。1962年のレセプションでのショスタコーヴィチの「はにかみながらの語りかけ」は、ロシア出身の偉大な先輩作曲家へのできる限りの敬愛の表明だったのであろう。





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【浦壁信二+大井浩明 ドゥオ】

■2014年9月12日 http://ooipiano.exblog.jp/22474259/
 D.ショスタコーヴィチ:交響曲第4番ハ短調作品43 (1935/36) (作曲者による2台ピアノ版、日本初演)[全3楽章、約60分]
 A.スクリャービン:交響曲第4番作品54《法悦の詩》 (1908) (レフ・コニュスによる2台ピアノ版)[単一楽章、約20分]
(アンコール)B.バルトーク:《管弦楽のための協奏曲》より第4楽章「遮られた間奏曲」(1943、ヴェデルニコフ編)
 三宅榛名:《奈ポレオン応援歌》(1979)

■2015年3月13日 http://ooipiano.exblog.jp/23322462/
 A.オネゲル:交響曲第3番《典礼風》(1945/46)(ショスタコーヴィチによる2台ピアノ版、日本初演)[全3楽章、約30分]
  I. 怒りの日(Dies irae) - II. 深き淵より(De profundis clamavi) - III. 我らに平和を(Dona nobis pacem)
 O.メシアン:《アーメンの幻影》(1943)[全7楽章、約50分]
  I. 創造のアーメン - II. 星たちと環のある惑星のアーメン - III. イエスの苦しみのアーメン - IV. 願望のアーメン - V. 天使たち、聖人たち、鳥たちの歌のアーメン - VI. 審判のアーメン - VII. 成就のアーメン
(アンコール)A.オネゲル:《パシフィック231》(1923)(N.キングマン(1976- )による二台ピアノ版(2013)、世界初演)
 P.ブーレーズ:構造Ia (1951)
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■2015年5月22日  http://ooipiano.exblog.jp/24126209/
 G.マーラー:交響曲第2番ハ短調《復活》(1888/94) [全5楽章] (約80分) H.ベーン(1859-1927)による二台ピアノ版(1895) (日本初演)
  I. Maestoso - II.Andante con moto - III. In ruhig fließender Bewegung - IV.Urlicht - V. Im Tempo des Scherzos. Wild herausfahrend
 B.A.ツィマーマン:《モノローグ》(1960/64) [全5楽章]  (約20分)
  I.Quasi irreale - II. - III. - IV. - V.
(アンコール)G.マーラー:交響曲第3番第5楽章「天使たちが私に語ること」(J.V.v.ヴェスによる四手連弾版)

■2016年9月22日 《СТРАВИНСКИЙ ОСТАЕТСЯ》 http://ooipiano.exblog.jp/25947275/
 I.ストラヴィンスキー:《4つのエテュード》(1917)
  I. 踊り - II. 変わり者 - III. 雅歌 - IV. マドリード
 I.ストラヴィンスキー:舞踊カンタータ《結婚(儀礼)》(1917)
  花嫁の家で(おさげ髪) - 花婿の家で - 花嫁の出発 - 婚礼の祝宴(美しい食卓)
 I.ストラヴィンスキー:舞踊音楽《浄められた春(春の祭典)》(1913)
  〈大地讃仰〉 序奏 - 春の兆しと乙女たちの踊り - 誘拐 - 春の輪舞 - 敵の部族の戯れ - 賢者の行進 - 大地への口吻 - 大地の踊り
  〈生贄〉 序奏 - 乙女たちの神秘の集い - 選ばれし生贄への賛美 - 曩祖の召還 - 曩祖の祭祀 - 生贄の踊り
(アンコール)I.ストラヴィンスキー:《魔王カスチェイの兇悪な踊り》
 S.プロコフィエフ:《邪神チュジボーグと魔界の悪鬼の踊り》 (米沢典剛による2台ピアノ版

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■2017年4月28日 《Bartók Béla zenekari mesterművei két zongorára átírta Yonezawa Noritake》 http://ooipiano.exblog.jp/26516776/
 B.バルトーク=米沢典剛:組曲《中国の不思議な役人 Op.19 Sz.73》(1918-24/2016、世界初演)
    導入部 - 第一の誘惑と老紳士 - 第二の誘惑と学生 - 第三の誘惑と役人 - 少女の踊り - 役人が少女を追い回す
 B.バルトーク=米沢典剛:《弦楽器、打楽器、チェレスタのための音楽 Sz.106》(1936/2016、世界初演)
    I.Andante tranquillo - II.Allegro - III.Adagio - IV.Allegro molto
 B.バルトーク=米沢典剛:《管弦楽のための協奏曲 Sz.116》(1943/2016、世界初演)
  I.序章 - II.対の提示 - III.悲歌 - IV.遮られた間奏曲 - V.終曲
(アンコール) 星野源:《恋 (Szégyen a futás, de hasznos.)》(2016) (米沢典剛による2台ピアノ版)

■2017年9月20日 現代日本人作品2台ピアノ傑作選  https://ooipiano.exblog.jp/27397266/
 西風満紀子(1968- ):《melodia-piano I/II/III 》(2014/15、世界初演)
 一柳慧(1933- ): 《二つの存在》(1980)
 西村朗(1953- ): 《波うつ鏡》(1985)
 湯浅譲二(1929- ): 《2台のピアノのためのプロジェクション》(2004)
 南聡(1955- ): 《異議申し立て――反復と位相に関する2台のピアノのための協奏曲:石井眞木の思い出に Op.57》(2003/10、本州初演)


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【ストラヴィンスキー作品によるピアノリサイタル】

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■2016年8月20日@芦屋  https://ooipiano.exblog.jp/25870367/
ストラヴィンスキー:スケルツォ(1902) 2分
:4つのエチュード Op.7 (1908) 8分
  I. Con moto - II. Allegro brillante - III. Andantino - IV. Vivo
:バレエ音楽「火の鳥」より3つの場面(1910)〔グイド・アゴスティ(1901-1989)による独奏版〕 12分
  魔王カスチェイの凶悪な踊り - 子守歌 - 終曲
:ペトルーシュカからの3楽章(1911/21) 15分
  ロシアの踊り - ペトルーシュカの部屋 - 謝肉祭
:ドイツ人の行進曲の思い出(1915) 1分
:3つの易しい小品(1915) 4分
  行進曲 - ワルツ - ポルカ
:子供達のワルツ(1917)  1分
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ストラヴィンスキー:交響詩《夜鶯の歌》(1917)(作曲者による独奏版、日本初演) 21分
  故宮の祭礼 - 二羽の夜鶯(本物の夜鶯と機械仕掛けの夜鶯) - 皇帝の病気と快気
:11楽器のラグタイム(1917/18)(作曲者による独奏版) 4分
ムソルグスキー(1839-1881):《ボリス・ゴドノフ》序幕より民衆の合唱「なぜ我らを見捨てられるのか、我らが父よ!」(1869/1918)(ストラヴィンスキーによる独奏版、日本初演) 1分
ストラヴィンスキー:ピアノ・ラグ・ミュージック(1919) 3分
:管楽器のシンフォニー集――C.ドビュッシーの思い出に(1920)(アルトゥール・ルリエと作曲者による独奏版、日本初演) 8分
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中田粥:ピアノとエレクトロニクスのための《Pieces of Apparatus I》(2016、委嘱新作初演)  10分
ストラヴィンスキー:5本の指で(1921) 8分
  I. Andantino - II. Allegro - III. Allegretto - IV. Larghetto - V. Moderato - VI. Lento - VII. Vivo - VIII. Pesante
:ピアノ・ソナタ(1924) 9分
  I. - II. Adagietto - III.
:イ調のセレナード(1925) 12分
  頌歌 - ロマンス - ロンドレット - 終止曲
:タンゴ(1940) 3分
:仔象のためのサーカス・ポルカ(1943) 4分


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■2017年1月22日@東京  https://ooipiano.exblog.jp/26292708/
ストラヴィンスキー:ピアノソナタ 嬰へ短調(1903/04)〔全4楽章〕(日本初演) 28分
  I.Allegro - II. Scherzo, Vivo - III.Andante - IV.Finale. Allegro
:四つのエチュード Op.7 (1908) 8分
  I. Con moto - II. Allegro brillante - III. Andantino - IV. Vivo
:ペトルーシュカからの3楽章(1911/21) 15分
  ロシアの踊り - ペトルーシュカの部屋 - 謝肉祭
:交響詩《夜鶯の歌》(1917)(作曲者による独奏版、東京初演) 21分
  故宮の祭礼 - 二羽の夜鶯(本物の夜鶯と機械仕掛けの夜鶯) - 皇帝の病気と快気
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大蔵雅彦:《where is my》 (2016)(委嘱新作・世界初演) 4分
ストラヴィンスキー:11楽器のラグタイム(1917/18)(作曲者による独奏版) 4分
:《兵士の物語》による大組曲(1918)(作曲者による独奏版、日本初演) 25分
  I.兵士の行進 - II.兵士のヴァイオリン - III.王の行進曲 - IV.小コンセール - V.3つの舞曲(タンゴ/ワルツ/ラグタイム) - VI.悪魔の踊り - VII.コラール - VIII.悪魔の勝利の行進曲
:ピアノ・ラグ・ミュージック(1919) 3分
:管楽器のシンフォニー集――C.ドビュッシーの思い出に(1920)(アルトゥール・ルリエと作曲者による独奏版、東京初演) 8分
:コンチェルティーノ(1920)(アルトゥール・ルリエによるピアノ独奏版、日本初演) 6分
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:八重奏曲(1923)(アルトゥール・ルリエによるピアノ独奏版、日本初演) 16分
  I.シンフォニア - II.主題と変奏 - III.終曲
:ピアノ・ソナタ(1924) 9分
  I. - II. Adagietto - III.
:イ調のセレナード(1925) 12分
  頌歌 - ロマンス - ロンドレット - 終止曲
:タンゴ(1940) 3分
:仔象のためのサーカス・ポルカ(1943) 4分




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by ooi_piano | 2018-04-19 03:42 | コンサート情報 | Comments(1)

12/4(月)J.S.バッハ:クラヴィーアとヴァイオリンのためのソナタ 全6曲 BWV1014-1019

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2017年12月4日(月) 18時30分開演(18時開場)
東京オペラシティ 近江楽堂 一般5000円/学生4000円

ヨハン・セバスティアン・バッハ(1685 – 1750) : クラヴィーアとヴァイオリンのためのソナタ BWV1014 - 1019
第1番 ロ短調 BWV1014 [全4楽章] 約15分
  Adagio - Allegro - Andante - Allegro
第2番 イ長調 BWV1015 [全4楽章] 約13分
  (Dolce) - Allegro - Andante un poco - Presto
第3番 ホ長調 BWV1016 [全4楽章] 約17分
  Adagio - Allegro - Adagio ma non tanto - Allegro
 (休憩 15分)
第4番 ハ短調 BWV1017 [全4楽章] 約15分
  Largo - Allegro - Adagio - Allegro
第5番 ヘ短調 BWV1018 [全4楽章] 約16分
  (Lamento) - Allegro - Adagio - Vivace
第6番 ト長調 BWV1019 (最終版) [全5楽章] 約17分
  Allegro - Largo - Allegro - Adagio - Allegro


c0050810_13170294.jpg【お問い合わせ】 yurikaviolin@kvj.biglobe.ne.jp tel 03-6411-1977(辻) 
matsukiart@nifty.com tel 03-5353-6937(松木アートオフィス、火~日/10~17時)




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阿部千春  (バロックヴァイオリン)
  塩川庸子氏、尾島綾子氏、前澤均氏、金倉英男氏、村上和邦氏、菊地俊一氏に師事。武蔵野音楽大学卒業後、ドイツ・シュツットガルト国立音楽大学でスザンネ・ラウテンバッハー氏に師事。在日中より菊地俊一氏、永田仁氏を通して古楽に関心を持っており、1994年トロッシンゲン国立音楽大学古楽科に入学、バロックヴァイオリンをジョルジオ・ファヴァ氏に師事。ディプロム終了後、同大学院にてフランソワ・フェルナンデス、エンリコ・ガッティ、ジョン・ホロウェイ各氏のもとで研鑽を積む。
  1999年、ドイツ産業連盟・ドイツ財界文化部主催の”古楽・弦楽器コンクール”にて特別奨励賞を受賞。大学院修了後、スコラカントルム・バジリエンスィス(バロックヴァイオリン、ヴィオラ・ダモーレ)、ケルン国立音楽大学(古楽科室内楽専攻)に在籍。在学中より、オーケストラ/室内楽奏者、ソリストとして数多くの演奏会、CD、各地放送局の録音に参加、ヨーロッパ各国に活動範囲を広げる。現在、ドイツ・ケルンに在住。ヴィオラ・ダモーレ奏者としても活動。コンチェルトケルンでは演奏の他、資料研究も担当。国内においては2009年から2012年にかけて大井浩明氏とのモーツァルト・ヴァイオリンソナタ全曲シリーズを完結。2013年にはバッハのヴァイオリン無伴奏全曲演奏会を開催する。 公式サイト http://chiharu.de/ (ブログ随時更新中)






バッハのヴァイオリンソナタ集について―――阿部千春


曲集の成立・出典

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 Johann Sebastian Bach ヨハン・セバスティアン・バッハ( 1685 – 1750 ) の " クラヴィーアとヴァイオリンのためのソナタ " 6曲は、ケーテン時代 ( 1717 – 1723 ) の終わり頃、1720年以降にチクルスとしてまとめられたと考えられています。ヴァイマール時代から少しずつ書き溜めていたと見られ、ライプツィヒに移ってからも ( 1723 - )手を加えていったようです。宮廷での演奏、ライプツィヒではコレギウム・ムジクムでも活用されていたかと思われます。
無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータBWV1001 - 1006 には自筆譜が残っており1720年という年代が記されていますが、このソナタ集 BWV1014 - 1019 には自筆譜が残っていません。バッハ自身、また彼の相続者が管理に疎かったこともあり、19世紀半ばまでに室内楽のかなりの自筆譜が紛失しました。
 1802年に出版されたJohann Nicolaus Forkel ヨハン・ニコラウス・フォルケル ( 1749 – 1817 ) による最初のバッハ伝にはこのような記述があります。 「 この6曲はケーテン時代に完成された。彼のこの分野における最初のマイスター作品と言えるだろう。作品集を通してフーガ的技法が使われており、クラヴィーアとヴァイオリンとの間でのカノンは歌唱的で性格に富んでいる。ヴァイオリンパートにはプロ的技術が要求される。バッハはこの両方の楽器の技術的・音楽的可能性を熟知していた。」
 ヴァイマール ( 1708 – 1717 ) では1714年からコンサートマスターとして任命されたこともあるバッハは、当時オルガンの大家として有名でしたが、ヴァイオリン / ヴィオラの演奏にも精通していました。当時、通奏低音のレッスンでは先生がヴァイオリンで旋律を担当し生徒が伴奏していくという形がスタンダードだったと言われています。バッハがこの6曲の演奏に際して、ヴァイオリンパートを受け持ったことも十分考えられます。

 現存するもっとも古い出典は、1725年頃のバッハ本人と当時ライプツィヒ・トマス学校で学んでいた甥のJohann Heinrich Bach ヨハン・ハインリヒ・バッハ の手で書かれたチェンバロ譜で、ベルリン国立図書館に保管されています。この楽譜と一緒に保管されているヴァイオリンパート譜は、その数年後にブラウンシュヴァイクの宮廷音楽家Georg Heinrich Ludwig Schwaberg ゲオルク・ハインリヒ・ルードヴィヒ・シュヴァーベルク ( 1696 – 1772 ) がライプツィヒ滞在の折に紛失した譜の代わりとして書いたものです。

 バッハの次男Carl Philipp Emanuel Bach カール・フィリップ・エマヌエル・バッハ ( 1714 – 1788 ) が1774年に記しています。「 6曲のこのクラヴィーアトリオは敬愛なる父の作品の中でも特筆に値する仕事である。50年を隔ててなお素晴らしい作品と言える。」
彼は、父ヨハン・セバスティアンがこのチクルスを作曲した当時非常に斬新な手法だったチェンバロのオブリガート楽器としての室内楽での使用 ( チェンバロはそれまでは室内楽において通奏低音楽器としての扱いが普通だった )、音楽的内容の質、そして緩徐楽章における歌唱的な技法を高く評価しています。自身このスタイルを「旋律楽器とチェンバロのためのトリオ」と分類、同じ手法での作品を残しています。
 この手法は伝統的なトリオソナタの編成 ( 2つの上声と通奏低音 ) をヴァイオリンとチェンバロに振り分けたもので、6曲のソナタの大半がこの形をとっています。この手法には経済的効果もあり、腕の立つ2人の奏者によっての演奏は、同じ演奏効果をより少ないリハーサルによって可能にするものでした。また、バッハが活躍したドイツ・チューリンゲン / ザクセン / ベルリン地方で作られていたチェンバロは特に高音において音の伸びがよく、ヴァイオリンとの旋律的掛け合いの効果を狙うことができたと見られます。マニュアル指定が後の版にもないため、1段鍵盤の比較的小さい楽器を使ったことも考えられます。

 さらにこの編成での利点は、通奏低音の和声的なぶ厚い層が削減されることを通して全体の響きが軽くなり、対位法の構造がよりはっきりする点にあります。また、一つの旋律をチェンバロが担当することで、2 つの旋律楽器を用いた伝統的なトリオソナタ形式よりも旋律が絡み合い、より軽快さ、リズム / 構成の明確さを生み出します。


バロック時代におけるソナタの誕生と発展

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 器楽曲という分野は17世紀を通して大きな発展を遂げました。ルネサンス時代、主に声楽ポリフォニーが教会・宮廷において芸術音楽として演奏され、高い水準の対位法技法が確立させます。1600年頃、その複雑な構造とは違う、歌詞を簡潔な形で聞き手に伝えるモノディーの運動がイタリア・フィレンツェで興り、通奏低音という演奏習慣が確立されます。この頃機能が改良され性能が向上してきた楽器を用いての楽曲にも、このモノディー様式・通奏低音の習慣の影響が見られるようになりました。Michael Praetorius ミヒャエル・プレトリウス ( 1571 – 1621 ) の著書、Syntagma musicum 音楽大全 ( 1619 ) にソナタについての記述が見られます。「Sonata ソナタという語はCanzonen カンツォーネと同様、人の声ではなく、楽器を用いて演奏される曲に使われる。ただしこの二つの語には違いがある : ソナタは重々しく荘厳なモテットの様式で作曲される。一方カンツォーネは細かい音を用いた、新鮮で軽快、そして速い楽曲である。」
 特にヴァイオリンという楽器はその音域の広さと自由な表現の可能性とで、器楽の歴史上、大きな役割を担いました。器楽という意味で使われていたソナタという語は、次第に決まった形式を指すようになります。1700年に出版されたArcangelo Corelli アルカンジェロ・コレルリ ( 1653 – 1713 ) のヴァイオリンソナタ集作品5は18世紀を通して全ヨーロッパに大流行した作品集です。この作品5は前半6曲が教会ソナタ、後半5曲 ( 最後の12番はラ・フォリアの主題による変奏曲 ) は室内ソナタの形式が用いられています。
 教会ソナタ・室内ソナタの概念が定着したのは18世紀に入ってからです。Sébastien de Brossard セバスティアン・ド・ブロサール ( 1655 – 1730 ) の音楽辞典 ( 1703 ) には次のようにあります。「教会ソナタは教会という場にふさわしく荘厳な楽章で始まり、フーガを用いた速く生き生きとした楽章が続く。その後1楽章よりさらに厳然な楽章が奏され、最後は再び速い曲で締めくくられる。この最後の楽章は2番目のものよりさらに軽く流れるような曲で、フーガはあまり用いられない。」「室内ソナタは室内で奏されるのにふさわしく、小さな舞曲を集めたものである。プレリュードまたは小さなソナタ ( ソナティネ ) で始まり、同じ調性の舞曲が次々と演奏される。」
 アルカンジェロ・コレルリは教会ソナタ形式によるトリオソナタ集作品1、作品3において4楽章形式を用いました。作品5では教会ソナタ形式による前半6曲に5楽章形式を用いていますが、4楽章形式に速い楽章を挿入した拡張版と言えるでしょう。


バッハのソナタにおけるイタリア様式の影響

 バッハは "クラヴィーアとヴァイオリンのためのソナタ " 6曲のうち、1番から5番 ( BWV 1014 – 1018 ) に緩・急・緩・急の4楽章からなる教会ソナタ形式を使っています。第6番は他の5曲とは違い、室内ソナタ的な構造になっています。コレルリの作品5における5楽章形式の教会ソナタを前提にした可能性もあります。

 バッハが先達の作品を写譜し勉強していたことはよく知られていますが、ヴァイマール滞在中の1713-1714年頃、イタリアの最新の音楽に触れるチャンスがありました。当時のヴァイマール - ザクセン候Ernst August Iエルンスト・アウグスト1世 ( 1688 – 1748 ) の甥、Johann Ernst IVヨハン・エルンスト4世 ( 1696 – 1715 ) は音楽的才能に非常に恵まれており、1713年夏アムステルダム滞在の際、最新の出版譜を大量に購入し持ち帰ります。その中に1711年に出版されたAntonio Vivaldi アントニオ・ヴィヴァルディ ( 1678 – 1741 ) の協奏曲集 ”調和の霊感” 作品3がありました。ちょうどこの頃バッハの作風に顕著な変化が現れます。他の作曲家からの編曲のうち6曲は、ヴィヴァルディ・作品3からのものです。
 次男カール・フィリップ・エマヌエル・バッハが、1754年に出版された追悼文の中で触れているのが、父ヨハン・セバスティアンがヴィヴァルディから学んだ „musikalich denken“ ( 音楽的に考える: 音楽的思考 ) という新しいメソードです。バッハはヴィヴァルディの作品3を研究し、そのメソードを理解、発展させ、伝統的作曲技法の限界を超えた可能性を開拓、18世紀初頭に急速に発展した作曲法に大きな貢献を果たしました。ヴィヴァルディが作品3で導入した "Ordnung, Zusammenhang, Verhältnis“ ( 秩序 / 規律、連結、繋がり ) による音楽の組み立ては、簡潔明快さ・その単純さからくる自然のエレガンスと、知的に計算された複雑さ・多様性からのインテリゲンスという、美学的に両極端の2つの見地の組み合わせを可能にしました。アイデア / モチーフの組み立ての秩序を認識し、そのアイデア / モチーフの間を連携させ、全体の構築していく方法は、それまでの伝統的な作曲技法になかった可能性を広げます。バッハはこのヴィヴァルディが提示した新しい方法に、伝統的・厳格な対位法技法、内声部の旋律的な流れ ( これはバッハの通奏低音におけるレアリゼーションに典型的に示されています )、和声の緻密さを加え、これらを機能的、本質的に統括しました。
 ヴィヴァルディが提示した天才的な作曲システムと、それをさらに発展させたバッハの統括的なシステムはこの後18世紀の音楽史に大きな影響を与えていきます。

 バッハはクラヴィーアとヴァイオリンのためのソナタ6曲において、トリオソナタの書法による二重奏ソナタの形式をベースに、イタリアの新しい作曲のメソードを取り入れ、リトルネロ形式やコンチェルト形式を加えたチクルスを完成させたのでした。


ソナタ6番の成立にまつわる経過

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 第6番にはバッハ本人による3つの版が残されています。この3つの版に共通して使われているのが、第1楽章に置かれているアレグロ ( 初版ではヴィヴァーチェ、第2版ではプレスト )、ラルゴ、
アダージオの3つの楽章です。音楽学者Hans Eppsteinハンス・エップシュタインは、この3つの楽章は紛失したフルートとヴァイオリンと通奏低音のためのトリオソナタが元となっているのではとの仮定を提唱しています。音域、音型から、これはフルートとヴァイオリンではなく、2台のヴァイオリンのためのトリオソナタだったのではという意見もあります。

初版 : 1725年までに完成
Vivace
Largo
Cembalo Solo
Adagio
Violino solo è Basso
[Vivace ] Repetatur ab initio

 初版のCembalo Solo とviolino solo è Bassoは、同じ1725年に出版されたパルティータロ短調BWV830にCorrente 、Tempo di Gavottaとしてチェンバロソロ用に書き換えられています。その出版のためか、バッハはこの2曲の代わりにヴァイオリンとチェンバロによるカンタービレを入れ、第2版としました。

第2版 : 1725年 ( 又は1728年 ) 以降
Presto ( 初版の第1楽章と同じ )
Largo
Cantabile ma un poco adagio
Adagio
[Presto] ad Initio repetat(ur)

 Cantabile ma un poco adagio は結婚カンタータ „Herr Gott, Beherrscher aller Dinge"「主なる神、万物の支配者よ」BWV120a ( 1729年 ) のソプラノとヴァイオリンによるアリア"Leit, o Gott, durch deine Liebe" 「神よ、あなたの愛によってお導きください」から器楽ヴァージョンとして引用されました。ヴァイオリンパートはそのまま、ソプラノのパートはチェンバロの右手が担当します。ちなみにこのカンタータには別の版があります。( 1730年にアウグスブルク信仰告白で使われた版„Gott, man lobet dich in der Stille“ 「神よ、讃美はシオンにて静けく汝に上がり」BWV120bは紛失。1742年に市参事会員交代式で再演された版はBWV120として残っている)

最終版 : 1740年代 ?
Allegro ( 初版の第1楽章と同じ )
Largo
Allegro ( Cembalo solo )
Adagio
Allegro
 最終版でバッハはチェンバロソロを復活、新しく作曲してCantabileの代わりに付け加えます。最終楽章のアレグロは1731年以前に作曲されたと考えられる結婚カンタータ "Weichet nur, betrübte Schatten“ 「しりぞけ、もの悲しき影」BWV202のアリア "Phöbus eilt mit schnellen Pferden“「フェーブスは駿馬を駆り」の、通奏低音が担当する駿馬の足音の模倣音型を用いた楽章です。


クラヴィーアとヴァイオリンのためのソナタ BWV1014 - 1019

第1番 ロ短調 BWV1014
 6曲中で唯一リトルネロ形式を用いておらず、このソナタ集の中で成立が一番古い可能性があります。

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1楽章 アダージョ 6/4拍子 ロ短調                           
 独唱アリアの形を取り、オーケストラの前奏のようなチェンバロの3度音型で始まり、ヴァイオリンがその上でアリア的旋律を奏でます。後半はチェンバロとヴァイオリンの掛け合いになり、二重奏曲としての様相となります。ヨハネ受難曲、そしてロ短調ミサの冒頭と同じ調性での、哀愁に満ちたアリア。

2楽章 アレグロ 2/2拍子 ロ短調
 三部構成 ( 第6番の1楽章と同じく、ダ・カーポ形式 ) による、3声のフーガ。中間部は長調となり、主題が動機分解され展開。後の時代のソナタ形式を思い起こさせるスケールの大きな楽章です。

3楽章 アンダンテ 4/4拍子 ニ長調
 伸びやかなトリオソナタ形式のデュエット。ため息の音型も使われ、メランコリーな情感が漂います。

4楽章 アレグロ 3/4拍子 ロ短調
 二部構成の3声によるフーガ。8分音符の反復音型による強い性格の主題、16分音符のなめらかな対旋律がコントラストを成す楽章です。


第2番 イ長調 BWV1015

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1楽章 ( 速度表示なし ) 6/8拍子 イ長調
 3声による模倣対位法。ヴァイオリンパートにはDolceドルチェと書かれています。牧歌的な穏やかな楽章。

2楽章 アレグロ ( 1725年頃とされる原典、また他の18世紀の写譜にはアレグロ・アッサイとある )  3/4拍子 イ長調
 三部形式によるフーガの技法を用いたリトルネロ形式。中間部に協奏的な効果が用いられている、華やかな楽章です。

3楽章 アンダンテ・ウン・ポーコ ( 1725年頃の原典にはアンダンテ・センプレ ) 4/4拍子 嬰ヘ短調
 オスティナートとしての分散和音の伴奏による、2声の厳格なカノン。版によってはStaccato sempreとの記述があるリュートのような伴奏の上に、もの悲しげな旋律がカノンとして展開します。

4楽章 プレスト 4/4拍子 ( 1725年頃の原典、また他の多くの版で2、またはアラ・ブレーヴェ ) イ長調
 3声のフーガによる二部形式の楽章。3楽章とは打って変わり、朗らかな曲想。


第3番 ホ長調 BWV1016

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1楽章 アダージョ 4/4拍子 ホ長調
 分厚いオーケストラの響きを思い起こさせるチェンバロの5声の伴奏音型に、ヴァイオリンが堂々とアリアを奏でる、スケールの大きな楽章。音楽学者エッピシュタインは、1714年に作曲されたカンタータ " Weinen, Klagen, Sorgen, Zagen"「泣き、嘆き、憂い、怯え 」BWV 12のシンフォニアとの関連を指摘しています。チェンバロによる伴奏は、このカンタータにおけるヴァイオリンの伴奏音型からの転用と見られます。一種のオスティナートと解釈できます。

2楽章 アレグロ 2/2拍子 ホ長調
 1楽章とは一転してラフな感じのフーガの技法を用いたリトルネロ形式。三部からなります。

3楽章 アダージョ・マ・ノン・タント 3/4拍子 嬰ハ短調 
 ヴァイオリンとチェンバロの右手によるデュエット。バスの音型は1楽章と同様オスティナートと見ることができます。ここでは4小節に渡るオスティナート音型が階段状に使われています。

4楽章 アレグロ 3/4拍子 ホ長調
 オーケストラの響きを想定した、華麗なフィナーレ。リトルネロ形式によるフーガ。協奏曲の様式で、中間部には3連符の旋律と冒頭の16分音符の音型が競い合うがごとく交替で現れます。



第4番 ハ短調 BWV1017

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1楽章 ラルゴ ( 1725年頃の原典、また他の18世紀後半の写譜にはシチリアーナとの表示がある ) 6/8拍子 ハ短調
 シチリアーノのスタイルによるヴァイオリン独奏と通奏低音の二部形式。チェンバロによる16分音符の、シチリアーノ風の分散和音は、通奏低音のレアリゼーションの好例です。ヴァイオリンが奏でる旋律内の6度跳躍は、鎮魂歌のような曲に用いられる表現手段の一つで、後半では旋律内の跳躍が大きくなり、さらに強い表現となります。マタイ受難曲のアルトとヴァイオリンソロによるアリア、“Erbarme dich"「わが神よ、憐れみたまえ」を彷彿させる二部形式の楽章です。

2楽章 アレグロ 4/4拍子 ハ短調
 3声のリトルネロ形式によるフーガ。テーマに含まれる音程跳躍が3度、5度、8度、10度と広くなり、ダイナミックな効果を生んでいます。

3楽章 アダージョ ( 18世紀後半のコペンハーゲンに保管されている写譜にはアダージョ・マ・ノン・タント )  3/4拍子 変ホ長調
 1楽章と同じく、ヴァイオリンのソロと通奏低音のスタイル。チェンバロの分散和音はここでは8分音符による3連符で書かれています。旋律線にはエコー効果を狙った強弱の指定があります。また、分散和音の3連符に対して、旋律には付点のリズムが現れます。このような場合、同時代の音楽家たちの記述にあるように、緩徐楽章において付点のリズムは書かれてある通りに奏し、リズムを3連符に合わせることはなかったようです。旋律を浮かび出させる手法と言えるでしょう。

4楽章 アレグロ 2/4拍子 ハ短調
 二部形式のようなフーガ。2楽章の主題の変形とも取れる、やはり音程跳躍を使った主題を用いています。展開部においては、この主題とは性格の違う16分音符によるなめらかなテーマを用い、コントラストを出しています。



第5番 ヘ短調 BWV1018

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1楽章 ( 速度表示なし )  3/2拍子 ヘ短調
 18世紀の写譜の中にはラメントと記されているものもあり、哀愁に満ちた楽章です。チェンバロで同じ音型が音域を変えて繰り返され、オルガンによるプレリュード形式のひとつをとっています。モノトーンなチェンバロ音型にヴァイオリンの旋律がそれに分け入るように歌われます。
 チェンバロのこの音型は、モテット" Komm, Jesu, komm „ 「来れ、イエス、来れ」BWV229のモチーフと同じもので す。( „die Kraft ver-schwindt je mehr“ 「力がどんどん尽きていく…」という歌詞の箇所 )

2楽章 アレグロ 4/4拍子 ( 1725年頃の原典、また幾つかの他の写譜ではアラ・ブレーヴェ ) ヘ短調
 2楽章としては珍しく、繰り返し記号のついた反復二部形式をとっています。主題はヘンデルのように単純で直接的、力強く、後半で出てくるもう一つの新しいフーガ主題はそれに対しなめらかな16分音符から成っています。この二重フーガの技法はバッハの作品の中でも特別のものです。

3楽章 アダージョ 4/4拍子 ハ短調
 6曲中で唯一、3楽章に他の楽章と同じ短調を用いています。ここでは役割が交代し、ヴァイオリンが通奏低音のレアリゼーションを8分音符で伴奏、チェンバロは流れるような分散和音を奏でます。初版ではこの分散和音は16分音符でしたが、後に32分音符の音型に変更されました。

4楽章 ヴィヴァーチェ 3/8拍子 ヘ短調
 リトルネロ形式のフーガ。半音階進行とシンコペーションを用いたジーグと言えます。ラメントの最終楽章に速い舞曲の形式を用いたのは、“Totentanz“「死の舞踏」を意識したのかもしれません。



第6番 ト長調 BWV1019 ( 最終版 )
 第3楽章を中心としてシンメトリーな構造となっています。

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1楽章 アレグロ ( 初版ではヴィヴァーチェ、第2版ではプレスト 、18世紀後半の写譜にはモルト・ アレグロとあるものもある) 4/4拍子 ト長調
 イタリアの協奏曲の形式を用いた、華やかで軽快な楽章。リトルネロ形式で、ソロと合奏の交替効果を狙っています。他のソナタとは違って5楽章形式をとるこの6番のソナタで、バッハは冒頭に速い楽章を置きました。初版、第2版ではこの楽章が最終楽章としてもう一度演奏されます。

2楽章 ラルゴ 3/4拍子 ホ短調
 すべての版に共通して使われている楽章です。コレルリのトリオソナタの形式を模した、バスの8分音符の音型の上に模倣技法での上2声の掛け合いで始まり、4声部での反復進行と主題の模倣、そしてフリギア終始で3楽章へと続きます。

3楽章 アレグロ 4/4拍子 ホ短調
 チェンバロの独奏。2声部で書かれた二部形式。

4楽章 アダージョ 4/4拍子 ロ短調
 2楽章のように、コレルリのトリオソナタ形式を思い起こさせる始まりで、フーガ技法、半音階進行、シンコペーションを使ったトリオとなります。
 
5楽章 アレグロ ( 18世紀の写譜の中にはアレグロ・アッサイとあるものも ) 6/8拍子 ト長調
 ジーグとも言える、ギャロップの音型を用いた爽快な三部形式のフーガ。1楽章の性格を引き継ぎ、チクルスの締めくくりとなります。



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【過去の公演】
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朗読:濱田壮久神父 バロックバイオリン:阿部千春 オルガン:大井浩明  テオルボ:蓮見岳人
H.I.F.v.ビーバー(1644-1704):《ロザリオのソナタ》(全16曲、1674)
〈キリストの誕生〉 - 喜びの神秘 Der freudenreiche Rosenkranz -
  第1番「お告げ」 - 第2番「訪問」 - 第3番「降誕」 - 第4番「キリストの神殿への拝謁」 - 第5番「神殿における12歳のイエス」
〈受難〉 - 哀しみの神秘 Der schmerzhafte Rosenkranz -
 第6番「オリーヴ山での苦しみ」 - 第7番「むち打ち」 - 第8番「いばらの冠」 - 第9番「十字架を背負うイエス」 - 第10番「イエスのはりつけと死」
〈復活〉 - 栄光の神秘 Der glorreiche Rosenkranz -
 第11番「復活」 - 第12番「昇天」 - 第13番「聖霊降臨」 - 第14番「聖母マリアの被昇天」 - 第15番「聖母マリアの戴冠」 - 終曲「守護天使」


阿部千春(バロック・ヴァイオリン)+大井浩明(チェンバロ)
●ビアージョ・マリーニ (1594-1663):ヴァイオリンのための変奏ソナタ第3番 (1629)
●ジョバンニ・バッティスタ・フォンターナ (1589?-1631):ソナタ第6番 (1641)
●カルロ・ファリーナ (c.1600-1639):ソナタ “ラ・デスペラータ”(1628)
●マルコ・ウッチェリーニ (c.1610-1680):ソナタ第3番 “ラ・エブレア・マリナータ”(1645)
●ジョバンニ・アントニオ・パンドルフィ・メアッリ(1624-c.1687):ソナタ “ラ・クレメンテ” 作品3-5 (1660)
●アンジェロ・ベラルディ (c.1636-1694):カンツォーネ第1番作品7 (1670)
●アレッサンドロ・ストラデッラ (1639-1682):シンフォニア第6番(1670s)
●カルロ・アンブロジオ・ロナーティ (c.1645-c.1712):ソナタ第5番(1701)
●アルカンジェロ・コレッリ (1653-1713):ソナタ作品5-10 (1700)

2009年7月25日 W.A.モーツァルト:クラヴィーアとヴァイオリンのためのパリ・ソナタ集 (全6曲、1778)
阿部千春(クラシカル・ヴァイオリン) 大井浩明(フォルテピアノ)
●ト長調K.301 (293a) 全2楽章
●変ホ長調K.302 (293b) 全2楽章
●ハ長調 K.303 (293c) 全2楽章
●ホ短調 K.304 (300c) 全2楽章
●イ長調 K.305 (293d) 全2楽章
●ニ長調 K.306 (300l) 全3楽章

2010年10月13日 W.A.モーツァルト:クラヴィーアとヴァイオリンのためのアウエルンハンマー・ソナタ集 作品2 (全六曲) (1778/81)
阿部千春(クラシカル・ヴァイオリン) 大井浩明(フォルテピアノ)
●ヘ長調K.376(374d) 
●ハ長調K.296
●ヘ長調K.377 (374e)
●変ロ長調K.378 (317d)
●ト長調 K.379 (373a)
●変ホ長調 K.380 (374f)

2012年2月10日 ピリオド楽器によるモーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ全曲シリーズ 最終回
阿部千春(クラシカル・ヴァイオリン) 大井浩明(フォルテピアノ)
●ソナタ第40番 変ロ長調 K.454 (1784/1784出版)[全3楽章] Largo/Allegro - Andante - Allegretto
●フランスの歌《羊飼いの娘セリメーヌ》による12の変奏曲 ト長調 K.359(374a) (1781/1786出版)
●ソナタ第41番 変ホ長調 K.481 (1785/1786出版)[全3楽章]
●《泉のほとりで》による6つの変奏曲 ト短調 K.360(374b)(1781/1786出版)
●ソナタ第43番 ヘ長調 K.547 (1788)[全3楽章]
●ソナタ第42番 イ長調 K.526 (1787/1787出版)[全3楽章]
●ソナタ第39番 ハ長調 K.404(385d)(1782)[全2楽章]


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by ooi_piano | 2017-11-13 21:22 | コンサート情報 | Comments(0)

7/2(日)シベリウス交響曲第6番/第7番/「タピオラ」(ピアノ独奏版)

c0050810_18543645.jpgフィンランド独立100周年~シベリウス没後60周年記念

日本シベリウス協会 Japanin Sibelius Seura
《ピアノで紡ぐシベリウスの管弦楽の世界》
2017年7月2日(日) 14時
開演(13時30分開場)
マルシャリンホール(飯野病院7F 調布駅東口すぐ)

大井浩明(ピアノ独奏)    
新田ユリ(お話/指揮者・日本シベリウス協会会長)

シベリウス協会会員 1000円/一般 2000円
申込み: info[at]sib-jp.org (6月20日締切)



c0050810_18562452.jpg吉松隆:タピオラ幻景 Tapiola Visions Op.92 (2004) ピアノ(左手)のために──舘野泉に捧ぐ(約20分)
 I.光のヴィネット Vignette in Twilight - II.森のジーグ Gigue of Forest - III.水のパヴァーヌ Pavane for Water - IV.鳥たちのコンマ Commas of Birds - V.風のトッカータ Toccata in the Wind

●J.シベリウス(米沢典剛編曲):交響曲第6番 ニ短調 Op.104 (1923/2017、世界初演) (約30分)
 I.Allegro molto moderato - II.Allegretto moderato - III.Poco vivace - IV.Allegro molto

  (休憩15分)

●J.シベリウス(米沢典剛編曲):交響曲第7番 ハ長調 Op.105 (1924/2016、世界初演) (約20分)
 Adagio - Vivacissimo - Adagio - Allegro molto moderato - Allegro moderato - Presto - Adagio - Largamente molto - Affettuoso

●J.シベリウス(米沢典剛編曲):交響詩「タピオラ」 Op.112 (1925/2017、世界初演) (約18分)
 Largamente - Allegro moderato - Allegro


協会ページ  FBページ



《一筆書きの先は・・・》───新田ユリ

c0050810_19231264.jpg 同じ瞬間は二度とない・・・音の現場の真実。録音媒体などなかった昔は、聴衆の記憶により深く刻まれる工夫を作曲家たちは様式の中で行っていた。実際その昔、拍手喝采になった作品や楽章はその場で繰り返し演奏された。“同じことの繰り返し”これは、とても人工的なこと。自然界にはそれはあり得ない。

 交響曲第7番、弦楽器が全員で登りゆく音階の階段、その始まりは耳に届いてくるチェロの音ではない。耳を澄まし聞こえてくるティンパニが奏でる一つの音、“ト音―ソ”。そして続くラーシードーレーミーファーソ・・・遅れて半拍のズレを持って同様に階段を上るコントラバスが消えかけるころ、冒頭で確信的な“ソ”を奏でたティンパニがもう一度“ソ”を提示。前世紀の作品であれば迷いなく次は“ハ音―ド”にゆき、「弦楽器御一行様お疲れ様でした。到着駅“ド”でございます~このハ長調の街は・・」などと、やおらバチを拡声器に持ち替え喉を鳴らすティンパニ奏者の姿が目に浮かぶ。しかし、旅はそう簡単ではない。音階は穏やかなハ長調から逸脱し、さらに上り到着点は“変ホ音―ミ♭”。ハ長調の世界には通常存在しない音・・・これは曲が始まってわずかに3小節の時間の出来事。そしてその25分ほど後には、全員で“ド”の音に解決。C-Dur ハ長調の完成。無事にハ長調の街に到着。

 このシンプルな音の旅は途切れることなく、まるでフィンランド鉄道の車窓を見るかのように 変わらぬ風景の中いつの間にか目的地にたどり着く。列車シベリウス号の旅としようか・・・。

  ─・─・─

c0050810_19244615.jpg 交響曲の最後の三曲、第5番、第6番、第7番は着想が同じ時期と言われる。作曲のスケッチを調べるとその軌跡が残る。シベリウスを支え続けたカルペラン男爵が病の床に会った1918年、すでに第5番を書き上げたシベリウスは、その恩人を励ますために「新しい作品の構想がある」「それは人生の喜びと活力に満ちている」「ギリシャ風(Hellenic)ロンドを持つ」そんな未来への夢を記した手紙を送っている。ギリシャ風HellenicとはCarl Snoilsky(1841-1903)の詩、ギリシャ神話を基にしたSteropeに書いた歌を指す。そのスケッチ譜にはこの第7番につながるモチーフが登場。歌のスケッチも長い階段を上り下りしている。

 そして第7番を構築している間に、第8番の姿がそのスケッチに記されているという。しかし“シベリウス号”は、第8番にはたどり着かなかった。 

 最後の停車地はもう一つの路線、“交響詩”の終着、“タピオラ―森の神の棲むところ”となった。

 そこは人の手の届かぬ原始の森。

  ─・─・─

 「友など持たぬ方が賢明だ・・・人皆一人で死んでゆく・・・酒だけが唯一の友・・」1924年の11月、シベリウスがコペンハーゲンで第7番の演奏会を指揮し大成功を収めてまもなくの作曲家自身の言葉。

 60歳になろうとするシベリウス、後世の我々はこの後“30年の沈黙”の入り口に向かうことを知っているが、その事実の内側を知ることは許してもらえるだろうか・・・。

  ─・─・─

c0050810_19252651.jpg 1924年、第7番がストックホルムで3月24日に初演された時、この荘厳な究極の交響曲を指揮するマエストロ・シベリウスの心中はまったく穏やかならぬもの。この旅は愛妻アイノの最後通告ともとれるメッセージを受け取った後、一人旅となっていた。当時の夫シベリウスは手の震えを抑えるための飲酒が様々な悪影響を及ぼしていた。そして性格の弱さと飲酒癖という大作曲家が抱えていた大問題は第7番の完成にも時間を要することになり、“あなたの人生の伴侶”という署名を持って嘆願書のごとくシベリウスに改心を求めたアイノ夫人の行動は胸をうつものがある。しかしそれは第三者の意見、当事者の夫は、愛妻賢妻アイノの言葉に打ちのめされてしまった。それに加え、シベリウスより三歳若い作曲家、オスカル・メリカントが2月17日に亡くなった。メリカントはシベリウスの作品に親近感を持ち評価をしていた。この出来事もシベリウスに大きなダメージを与えた。

 それでも何とか3月2日にこの作品を完成させ、ストックホルムに渡った。かの地での成功を持って帰国したシベリウス。ところがヤルヴェンパーの地に帰るや否や「私の人生はまもなく終わる・・恐ろしい不安の始まり・・」などの言葉が記された。作曲の霊感が消えてゆくこと、体力の衰え、手の震えの問題、アイノ夫人との擦れ違い。

 そんな状況でも作曲家シベリウスを求める外からの声は増えてゆく。9月23日に、再びアイノ夫人は同行せず、シベリウスは一人でコペンハーゲンへ。そこではシャンパンだけを飲み、美食の楽しみもあったようだ。新たな交流も生まれ、やや上流志向のあるシベリウスにとっては居心地が良い旅の面もあった。コペンハーゲンでも大成功。しかし交響曲第7番を自ら指揮すること、それがシベリウスを疲労困憊させた。医師の勧めもありしばらく指揮活動は休止。再びシベリウスの魂は閉じこもり「酒が唯一の友達」この言葉が綴られることとなる。

  ─・─・─

 人生の一本道、立ち止まってしまったシベリウス。

 時折昔の作品を振り返りながらも、もう一歩踏み出した。そこが“タピオラ”森の神の棲むところ。

  ─・─・─

c0050810_19272315.jpg 最後の交響曲-第7番、そして最後の交響詩―タピオラ。

 この二つの作品のどちらも、初めの一音と最後の一音が多くを語る。

 “ト音―ソ”で始まり、ハ長調の世界を明朗な気分で清潔な大気の中を歩むはずが、たった一音の踏み外しからその先、一本道を多くの困難を体験しながら、停まることはあっても決して道を戻らず、楽器がまるでお互いに手を差し伸べつなぎ受け継ぐような見事な一筆書きの音符の先に、全員が“ハ音―ド”にたどり着く。

 一方の“タピオラ”も、やはりティンパニの一音が森の言葉を告げる。それは“ロ音―シ”。清冽で明解なハ長調は人の思考の整理を感じる。しかし“ロ音-シ”で始まり、最後にロ長調-H durの弦楽の響きが悠久の時間を描くとき、そこは人が完全には理解できない、そして踏み入ってはいけないもう一つの神秘の道が続いていることを気づかせてくれる。

  ─・─・─

 タピオラの森に姿が見えなくなったシベリウス号は、走り続けたのだろうか。

  ─・─・─

c0050810_19290100.jpg 見てないもの、聞いていないものが自分の周りにあふれている昨今。撮りダメした番組、とりあえずアイポッドに入れておいた無数の音楽、体験していない他人の情報の山。作品の人格がもし自立していたらいったい彼らはなんと発言しただろう・・・。

 一期一会のもの、その慣用句をヒト社会はあたたかく使う。しかし二度と会えないもの、二度と同じ状況がないことの連続の先に何があるのか・・・一筆書きの先・・・そこには厳しい自然の、命の掟がみえる。



初出/アイノラ交響楽団第10回定期演奏会プログラム
参考文献/Andrew Barnett "Sibelius"(2007, Yale University Press), Jean Sibelius Sämtliche Werke [JSW] Kritischer Bericht (Breitkopf und Härtel)






ラハティ地方の風景(写真/新田ユリ)
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【ピアノ独奏による交響曲/管弦楽曲公演】

■J.S.バッハ:マタイ受難曲 BWV 244 (S.ヤダスゾーン編独奏版) [2011.03.31] [closed]

■F.J.ハイドン:交響曲第100番 ト長調 『軍隊 Militärsinfonie』 (1793/94)、第101番 ニ長調 『時計 Die Uhr』 (1793/94)、第103番 変ホ長調 『太鼓連打 Mit dem Paukenwirbel』 (1793/94)、第104番 ニ長調 『ロンドン Londoner Symphonie』 (1795) [2013.05.07] [closed]

■W.A.モーツァルト:交響曲集
 ○交響曲第23番 ニ長調 K.181(162b) (1773)、第26番 変ホ長調 K.184(161a) (1773)、第31番 ニ長調『パリ』 K.297(300a) (1778)、第32番 ト長調『序曲』 K.318 (1779) [F.ブゾーニ編独奏版]、第33番 変ロ長調 K.319 (1779)、第34番 ハ長調 K.338 (1780) [2013.03.11] [closed]
 ○交響曲第25番 ト短調 K.183(173dB) (1773)、第29番 イ長調 K.201(186a) (1774) [2012.11.26] [closed]
 ○交響曲第35番ニ長調 《ハフナー》 KV 385 (1782)、第36番ハ長調 《リンツ》 KV 425 (1783) 、第38番ニ長調 《プラハ》 KV 504 (1786)(A.ホルン編独奏版) [2009.12.12] [closed]
 ○交響曲第39番変ホ長調 KV 543 (1788)、第40番ト短調 KV 550 (1788)、第41番ハ長調 《ジュピター》 KV 551 (1788) (A.ホルン編曲独奏版) [2009.11.21] [closed]
 ○セレナード第7番ニ長調K.250(248b) 『ハフナー・セレナード』 (1776) より第1/5/6/7/8楽章、セレナーデ第9番 ニ長調 K.320 『ポストホルン・セレナーデ』 (1779)、セレナーデ第13番『アイネ・クライネ・ナハトムジーク』ト長調 K.525 (1787) [2012.11.26] [closed]
 ○レクイエム ニ短調 K. 626 (1791) (Brissler編独奏版)、クラリネット五重奏曲 イ長調 K.581 (1789)(P.Wagner編独奏版) [2011.02.14] [closed]
 ○二台ピアノのための協奏曲(第10番)変ホ長調 K.365/316a (1779)(フンメル編独奏版)、ピアノ四重奏曲第1番ト短調 K.478 (1785)(独奏版)、《エジプト王ターモス》K.345/366a より終曲「そなたら塵芥の子らよ」(1779)(アルカン編独奏版)、ピアノ協奏曲第20番ニ短調 K.466 (1785)第1/第3楽章(アルカン編独奏版/アルカンによるカデンツァ付) [2013.04.08] [closed]
 ○歌劇《イドメネオ》K.366 (E.F.リヒター編独奏版) [2010.10.28]、歌劇《後宮からの誘拐》K.384 (R.メッツドルフ編独奏版) [2010.07.23]、オペラ・ブッファ《フィガロの結婚》K.492 (ピアノ独奏版) [2010.04.26]、歌劇≪ドン・ジョヴァンニ≫K.527 (ピアノ独奏版) [2010.06.22]、オペラ・ブッファ《女はみなこうしたもの》K.588 (R.メッツドルフ編独奏版) [2010.08.20]、歌芝居《魔笛》K.620 (ピアノ独奏版) [2010.05.31]、歌劇《皇帝ティトゥスの慈悲》K.621 (ピアノ独奏版) [2010.11.29] [closed]

■L.v.ベートーヴェン:交響曲集(F.リスト編)
 ○交響曲第1番ハ長調Op.21(1799/1800) R 128/1, SW 464/1、第2番ニ長調Op.36(1800/02) R 128/2, SW 464/2(使用楽器:1846年製ヨハン・バプティスト・シュトライヒャー) [2008.07.31]
 ○第9番ニ短調Op.125「合唱(Choral)」(1815/24) R 129/9, SW 464/9(使用楽器:1852年製エラール)[2009.03.25]


■R.ワーグナー:《神々の黄昏》第3幕「ジークフリートの葬送行進曲」(ブゾーニ編独奏版) [2012.12.23]、《ニュルンベルクのマイスタージンガー》前奏曲(タウジッヒ編連弾版) [2012.08.31]

■J.ブラームス:交響曲第1番ハ短調 Op.68 (1876)+第2番ニ長調 Op.73 (1877) (O.ジンガー編独奏版)+《大学祝典序曲 Op.80》(R.ケラー編独奏版) [2013.12.22]、交響曲第3番ヘ長調 Op.90 (1883)+交響曲第4番 ホ短調 Op.98 (1884/85) (O.ジンガー編独奏版)+《悲劇的序曲 Op.81》(R.ケラー編独奏版)[2013.12.29]

■A.ブルックナー:交響曲第7番(作曲者+ヒュナイス編独奏版)[2012.12.23]、交響曲第8番(シャルク編連弾版)[2015.04.05]、交響曲第9番(F.レーヴェ編独奏版)(その1その2) [2015.11.23]

■G.マーラー:交響曲第1番《巨人》(ステルヌ編独奏版) [2015.4.26]《花の章》(米沢典剛編独奏版) [2017.6.7]交響曲第2番《復活》(ベーン編二台ピアノ版) [2015.5.22]、交響曲第3番第2楽章(フリードマン編独奏版)/第3楽章(ヴェス編連弾版)/第4楽章(ステルヌ編独奏版)/第5楽章(ヴェス編連弾版)/第6楽章(ステルヌ編独奏版) [2015.01.17 / 2015.04.05 / 2015.04.26 / 2015.05.22]、交響曲第4番(ヴェス編連弾版) [2014.3.2]、交響曲第5番(ジンガー編独奏版/第4楽章杉山洋一編) [2014.12.21]、交響曲第6番《悲劇的》(ツェムリンスキー編連弾版) [2014.3.2]、交響曲第7番《夜の歌》(カゼッラ編連弾版) [2012.8.31]、交響曲第8番《千人の交響曲》(ヴェス編連弾版) [2015.04.05]、交響曲第9番(ブライアー編独奏版) [2015.7.12]、交響曲《大地の歌》《亡き子をしのぶ歌》《リュッケルト歌曲集》(作曲者編ピアノ伴奏版)(その1その2) [2015.12.13]、交響曲第10番(アダージョ)(スティーヴンソン編独奏版) [2015.4.26]

■C.ドビュッシー:牧神の午後への前奏曲(1891/94)(L.Borwick編独奏版)[2014.08.27]、舞踊詩「遊戯」(1912/13)(作曲者編独奏版)[2016.06.18]

■R.シュトラウス:《薔薇の騎士》終幕二重唱(1910)(グレインジャー編独奏版)[2016.04.17]、《サロメ》最終場面(1905)(ソラブジ編独奏版)+《4つの最期の歌》(1949)(作曲者編ピアノ伴奏版)[2016.06.17]、交響詩《ドン・ファン》(1888)(O.ジンガー編二台ピアノ版)[2004.03.06]

■A.シェーンベルク:《浄められた夜 Op.4》(1899)(ゲシュテール編独奏版)+室内交響曲第1番ホ長調 Op.9(1906)(シュトイアーマン編独奏版)+室内交響曲第2番変ホ短調 Op.38(1906/39)(米沢典剛編独奏版)[2016.10.10]、《管弦楽のための変奏曲 Op.31》(1928)(アンゾリーニ編独奏版)+《モーゼとアーロン》より「黄金の仔牛の踊り」(1932)(川島素晴編独奏版) [2015.10.25]、《映画の一場面のための伴奏音楽 Op.34》(1930)(米沢典剛編独奏版) [2016.11.16]、《月に憑かれたピエロ Op.21》(1912)(E.シュタイン編ピアノ伴奏版) [2010.07.31]、《ペトラルカのソネット Op.24-4》(1922/23)(F.グライスレ編ピアノ伴奏版)+《ワルシャワの生き残り》作品46 (1947) (K.フレデリック編ピアノ伴奏版) [2007.06.10]

■M.ラヴェル:「ダフニスとクロエ」第2組曲(1909/12)(L.ロック編連弾版)+舞踊詩「ラ・ヴァルス」(1919/20)(A.イハレフ編独奏版)[2016.07.16]




■A.ウェーベルン:管弦楽のための《パッサカリア Op.1》(1908)(杉山洋一編独奏版)[2014.02.23]、《交響曲 Op.21》(1928)(米沢典剛編独奏版)[2016.11.16]


A.オネゲル:交響曲第3番《典礼風》(ショスタコーヴィチ編二台ピアノ版)交響的断章「パシフィック231」(1923)(キングマン編二台ピアノ版) [2015.03.13]

D.ショスタコーヴィチ:交響曲第4番(作曲者編二台ピアノ版)[2014.9.12]、交響曲第5番第4楽章(L.アトフミヤン編連弾版)[2014.03.02]

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【動画】 ベートーヴェン作曲/F.リスト編曲:交響曲第3番変ホ長調Op.55「英雄(Eroica)」(1802/03) R 128/3, SW 464/3 より 第1楽章 Allegro con brio /使用楽器: ヨハン・バプティスト・シュトライヒャー (1846年ウィーン製) 85鍵(AAA~a4) アングロジャーマン・アクション


ウェーベルン(杉山洋一編):《管弦楽のためのパッサカリア Op.1》(1908/2014)

マーラー(米沢典剛編):《花の章》(1888/2017)

ストラヴィンスキー(米沢典剛編):舞踊カンタータ《結婚》(1917/2017)



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by ooi_piano | 2017-06-08 14:22 | コンサート情報 | Comments(0)

12月28日(水)&29日(木) ビーバー《ロザリオのソナタ集》全16曲@横浜

c0050810_14332910.jpg──朗読、バロックバイオリン、通奏低音の演奏で辿る聖母マリアの秘蹟──
H.I.F.v.ビーバー(1644-1704):《ロザリオのソナタ》(全16曲、1674) [二夜連続公演]
2016年12月28日(水)&29日(木) 18時30分開演(18時開場)
横浜・末吉町教会 (横浜市中区末吉町1丁目13)
 [京急線・日ノ出町駅出口から徒歩約4分/黄金町駅出口から徒歩約7分/ブルーライン伊勢佐木長者町駅6B出口から徒歩約8分]

[第一夜 12月28日(水)18時30分開演]
 〈キリストの誕生〉 - 喜びの神秘 Der freudenreiche Rosenkranz -
 第1番「お告げ」 - 第2番「訪問」 - 第3番「降誕」 - 第4番「キリストの神殿への拝謁」 - 第5番「神殿における12歳のイエス
 〈受難〉 - 哀しみの神秘 Der schmerzhafte Rosenkranz -
 第6番「オリーヴ山での苦しみ」 - 第7番「むち打ち」 - 第8番「いばらの冠」

[第二夜 12月29日(木)18時30分開演]
 第9番「十字架を背負うイエス」 - 第10番「イエスのはりつけと死
 〈復活〉 - 栄光の神秘 Der glorreiche Rosenkranz -
 第11番「復活」 - 第12番「昇天」 - 第13番「聖霊降臨」 - 第14番「聖母マリアの被昇天」 - 第15番「聖母マリアの戴冠」 - 終曲「守護天使」





c0050810_6592793.jpg【出演】
朗読:濱田壮久神父
バロックバイオリン:阿部千春
オルガン:大井浩明
テオルボ:蓮見岳人


【チケット】全自由席 一回券 5000円 一般通し券 8000円/学生券一回券 4000円 学生通し券 7000円
【申し込み・問い合わせ】 03-6411-1997 yurikaviolin[at]kvj.biglobe.ne.jp (辻)

チラシpdf  FB公式ページ  FBイベントページ



c0050810_12511257.jpg濱田壮久神父 (朗読)
  逗子市生まれ。慶應義塾大学総合政策学部を卒業後、東京カトリック神学院に入学。2007年司祭叙階。横浜司教館、千代田・八幡・静岡教会助任を経て2011年5月、ザンクトゲオルゲン哲学・神学大学大学院(ドイツ・フランクフルト)に留学。留学中、ケルン大司教区ケルン日本人共同体、デュセルドルフ日本人共同体、リンブルク教区フランクフルト日本人共同体、マインツ教区バード・ナウハイムフィリピン人共同体を司牧。2015年7月、松本カトリック教会協力司祭。2016年4月より港南カトリック教会、末吉町カトリック教会主任司祭、聖母幼稚園宗教主事。


c0050810_1251524.jpg阿部千春  (バロックヴァイオリン)
  塩川庸子氏、尾島綾子氏、前澤均氏、金倉英男氏、村上和邦氏、菊地俊一氏に師事。武蔵野音楽大学卒業後、ドイツ・シュツットガルト国立音楽大学でスザンネ・ラウテンバッハー氏に師事。在日中より菊地俊一氏、永田仁氏を通して古楽に関心を持っており、1994年トロッシンゲン国立音楽大学古楽科に入学、バロックヴァイオリンをジョルジオ・ファヴァ氏に師事。ディプロム終了後、同大学院にてフランソワ・フェルナンデス、エンリコ・ガッティ、ジョン・ホロウェイ各氏のもとで研鑽を積む。
  1999年、ドイツ産業連盟・ドイツ財界文化部主催の”古楽・弦楽器コンクール”にて特別奨励賞を受賞。大学院修了後、スコラカントルム・バジリエンスィス(バロックヴァイオリン、ヴィオラ・ダモーレ)、ケルン国立音楽大学(古楽科室内楽専攻)に在籍。在学中より、オーケストラ/室内楽奏者、ソリストとして数多くの演奏会、CD、各地放送局の録音に参加、ヨーロッパ各国に活動範囲を広げる。現在、ドイツ・ケルンに在住。ヴィオラ・ダモーレ奏者としても活動。コンチェルトケルンでは演奏の他、資料研究も担当。国内においては2009年から2012年にかけて大井浩明氏とのモーツァルト・ヴァイオリンソナタ全曲シリーズを完結。2013年にはバッハのヴァイオリン無伴奏全曲演奏会を開催する。


c0050810_1253398.jpg蓮見岳人  (リュート・テオルボ )
  奈良生まれ。京都大学文学部史学科卒業後、リュートを佐々木政嗣氏に師事。 1991年、ドイツに移り、ケルン音楽大学に入学、コンラート・ユングヘーネルに師事。 1997年首席卒業後、フランクフルト音楽大学で今村泰典氏に師事。さらに、ロルフ・リースルヴァント、ロバート・スペンサー、ロバート・バルトー各氏の講習会に参加。 室内楽をシェティル・ハウグザンド、ライナー・ツィッパリン、ミヒャエル・ショッパー、ミヒャエル・シュナイダーに師事。その後再びケルン音楽大学で歴史的室内楽の課程を修了、国家演奏家の資格を取得。
  西南ドイツ放送局交響楽団、ケルン・ギュルツェニヒ交響楽団、カールスルーエ・ヘンデルフェスティヴァル・オーケストラ、オランダ・ヒルヴェルスム放送室内管弦楽団(フランス・ブリュッヘン)、フローニンヘン・北オランダ交響楽団、アムステルダム歌劇場オーケストラ(ロイ・グッドマン)、エンスヘデ・オランダ交響楽団、オペラ・ネーデルランス、ケルン室内管弦楽団、コンチェルト・ケルンなどとこれまで共演。 ソロおよび通奏低音奏者として主にドイツ、オランダ、日本で幅広く活動している。



【使用楽器】
ヴァイオリン
作者不詳 南ドイツ 1700年頃
作者不詳 ブレシア? 1690年?
作者不詳 ブレシア/北イタリア 17世紀前半
作者不詳 ドイツ 1800年頃 (辻有里香氏所蔵)
テオルボ
M. Tieffenbrucker (1620年頃)モデル、2004年 Andreas von Holst 製作
バロックテオルボ(ニ短調調弦)として使用。
ポジティフオルガン
   ガルニエ社制作、1999年


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ハインリヒ・イグナツ・フォン・ビーバー:《ロザリオのソナタ集》
Heinrich Ignaz Franz von Biber: Rosenkranzsonaten


【第一夜】 12月28日(水)

「キリストの誕生」− 喜びの神秘 −
Der freudenreiche Rosenkranz

c0050810_6412089.jpg第1番 お告げ ニ短調
Die Verkündigungd-Moll
スコルダトゥーラなし senza scordatura : g - d' - a' - e"
Praeludium – Variatio / Aria allegro /Variatio / Adagio – Finale


c0050810_6413560.jpg第2番 訪問 イ長調
Die HeimsuchungA-Dur
スコルダトゥーラ scordatura : a - e' - a' - e"
Sonata (– Presto) – Allaman(de) – Presto          


c0050810_6415367.jpg第3番 降誕 ロ短調
Geburt Christih-Moll
スコルダトゥーラ scordatura : h - fis' - h' - d"
Sonata (– Presto – Adagio) – Courente / Double – Adagio


c0050810_642830.jpg第4番 キリストの神殿への拝謁 ニ短調
Darstellung im Tempel d-Moll
スコルダトゥーラ scordatura : a - d' - a' - d"
Ciacona ( /Adagio / Presto / Adagio )


c0050810_6423026.jpg第5番 神殿における12歳のイエス イ長調
Auffindung im TempelA-Dur
スコルダトゥーラ scordatura : a - e' - a' - cis"
Praeludium (– Presto ) – Allaman(de) - Guigue – Saraban(de) / Double




「受難」− 哀しみの神秘 −
Der schmerzhafte Rosenkranz

c0050810_6424714.jpg第6番 オリーヴ山での苦しみ ハ短調
Jesus am Ölberg c-Moll
スコルダトゥーラ scordatura : as - es' - g' - d"
Lamento


c0050810_643035.jpg第7番 むち打ち ヘ長調
Geißelung Christi F-Dur
スコルダトゥーラ scordatura : c' - f' - a' - c"
Allamanda / Variatio – Sarab(ande) / Variatio


c0050810_6431775.jpg第8番 いばらの冠 変ロ長調
Krönung Christi mit der DornenkroneB-Dur
スコルダトゥーラ scordatura : d' - f' - b' - d"
Sonata. Adagio (– Presto) – Guigue / Double. Presto / Double 2



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
12月29日(木)
「受難」− 哀しみの神秘 − (続)
Der schmerzhafte Rosenkranz

c0050810_6433466.jpg第9番 十字架を背負うイエス イ短調
Die Kreuztragung a-Moll
スコルダトゥーラ scordatura : c' - e' - a' - e"
Sonata – Courente / Double – Finale


c0050810_6434625.jpg第10番 イエスのはりつけと死 ト短調
Die Kreuzigung g-Moll
スコルダトゥーラ scordatura : g - d' - a' - d"
Praeludium – Aria / Variatio (– Adagio)




「復活」− 栄光の神秘 −
 Der glorreiche Rosenkranz

c0050810_644182.jpg第11番 復活 ト長調
Auferstehung Christi G-Dur
スコルダトゥーラ scordatura : g - g' - d' - d"
Sonata – Adagio – Surexit Christus hodie (Choralpartita) − Adagio


c0050810_644137.jpg第12番 昇天 ハ長調
Himmelfahrt Christi C-Dur
スコルダトゥーラ scordatura : c' - e' - g' - c"
Intrada – Aria Tubicinum – Allamanda – Courente / Double


c0050810_6443187.jpg第13番 聖霊降臨 ニ短調
Sendung des Heiligen Geistes d-Moll
スコルダトゥーラ scordatura : a - e' - cis" - e"
Sonata – Gavott(e) – Guigue – Sarabanda


c0050810_6444519.jpg第14番 聖母マリアの被昇天 ニ長調
Himmelfahrt Mariä D-Dur
スコルダトゥーラ scordatura : a - e' - a' - d"
(表示なし) – Grave / Adagio – Aria – Aria – Guigue


c0050810_645232.jpg第15番 聖母マリアの戴冠 ハ長調
Krönung Mariä im Himmel C-Dur
スコルダトゥーラ scordatura : g - c' - g' - d"
Sonata – Aria – Canzon – Sarabanda


c0050810_6452413.jpg終曲 パッサカリア 守護天使 ト短調
Passagalia Der Schutzengel g-Moll
スコルダトゥーラなし senza scordatura : g - d' - a' - e"
Passagalia



c0050810_6404028.jpg

 15のロザリオの秘跡をテーマにしたこのソナタ集は(16曲のソナタからなっています)音楽史上特異な位置を占める作品です。現在唯一残っている原典はドイツ・ミュンヘンのバイエルン州立図書館に保存されており、1905年に現代譜として出版されるまで忘れ去られていました。

 ハインリッヒ・イグナーツ・フランツ・フォン・ビーバー(1644 〜 1704) は、ヨハン・ハインリッヒ・シュメルツァー、ヨハン・ヤコブ・ワルター、ヨハン・パウル・ヴェストホーフに並ぶ17世紀のヴァイオリンの巨匠です。北ボヘミアのヴァルテンブルク (現チェコ) に生まれました。シュメルツァーの元で研鑽を積んだと言われ、1668年から1670年の間クロムニェジーシュ のカール・リヒテンシュタイン−カステルコルノ公に仕えていました。公の注文した楽器を受け取りに、当時一番とされていたヴァイオリン製作家シュタイナーの工房へ出発した彼は、そのまま無断でザルツブルクに向かいそこの宮廷楽団の仕事を得ます。作曲家としても活躍した彼は、宮廷のみならず教会のためにも作品を残しています。大司教庁1100年記念の1682年に書かれた53声部のザルツブルク大聖堂祝典ミサ曲は、イタリア建築様式の大聖堂の構造を生かしたヴェネチア・複合唱様式の傑作です。

 大司教の街ザルツブルクは地理的・政治的特殊性を生かし、文化の中心のひとつとして賑わっていました。前任者の絶対君主制を引き継いだ大司教マクシミリアン・ガンドルフ・フォン・クーエンブルク公の元では、権力の象徴としてレベルの高い楽団が結成されていました。ビーバーやムファットといった音楽家がそれぞれの持ち味を生かし活躍します。大司教は消防法や衛生法を作り市民生活の向上を図る一方、警察国家的な監視統制を敷いていました。1678年には109人が魔女狩りの犠牲として処刑され、1684年には1000人ものプロテスタント信者がザルツブルクから追放されました。
 富と権力への執着がエスカレートしていたローマ・カトリック教会への批判が高まる中、16世紀のキリスト教世界には宗教改革の波が押し寄せます。カトリック教会内においても、1534年のイエズス会の設立など、教会本来の宗教生活を取り戻そうとする運動が起こります。17世紀には反宗教改革の運動が盛んになり、その一環としてロザリオ信心会の設立が相次ぎました。
 ロザリオの祈りは13世紀に形がまとまり、初の信心会がドイツ・ケルンで1474年に結成されました。ザルツブルクでは1631年に設立され、大司教マクシミリアン・ガンドルフは1674年にそのメンバーとなります。イエズス会のギムナジウムで学んだビーバー自身も信仰熱心だったと思われ、1678年副楽長就任の際にその感謝の印としてロザリオのソナタ集を公に献呈したのではと推測されます。
 2008年、ザルツブルク大司教庁図書館でひとつの印刷物が発見されました。ロザリオ信心会入会の心得が記されている案内のようなもので、ビーバーがソナタ集に用いた15の秘跡の絵がそこにあります。長い間議論されてきたソナタ集の成立年も、この印刷物の発行年と同じ1678年とみられます。


 ロザリオの祈りは、カトリック教会において、天使祝詞「アヴェ・マリア」を繰り返し唱えながら福音書に記されているイエス・キリストの生涯などの信仰箇条を黙想していく祈りです。この信仰箇条を神秘 (玄義) と呼び、これは喜び・苦しみ・栄えの神秘と分けられています。2002年には教皇ヨハネ・パウロ2世によって「光の神秘」が付け加えられました。

 〈喜びの神秘〉 1. お告げ(受胎告知) 2. エリザベト訪問 3. 降誕 4. 主の奉献 5. 神殿にて

 〈苦しみの神秘〉 1. ゲッセマネの苦しみ 2. むち打ち 3. いばらの冠 4. 十字架 5. はりつけと死

 〈栄えの神秘〉 1. 復活 2. 昇天 3. 聖霊降臨 4. 聖母マリアの被昇天 5. 聖母マリアの戴冠 

 〈光の神秘〉 1. キリストの洗礼 2. カナの婚礼 3. 宣教のはじめ 4. 主の変容 5. 聖体の制定


 ヨハネ・パウロ2世教皇が2002年に公布した使徒的書簡『おとめマリアのロザリオ』によって、月・土曜日に「喜び」、火・金曜日に「苦しみ」、木曜日に「光」、日、水曜日に「栄え」の神秘が黙想されロザリオの祈りが捧げられるようになるまでは、月・木曜日は「喜び」、火・金曜日は「苦しみ」、日、水、土曜日は「栄え」の神秘が一週間ごとに各曜日に振り分けて黙想され、ロザリオの祈りが捧げられてきました。

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楽曲について

 このソナタ集は儀式に用いられる典礼音楽ではなく、私的な信心を目的にしたもので、17世紀における標題音楽の一例です。テーマとなる各神秘に関連した調性、形式、音型を用いて具体的・間接的にその情景を表しています。
 絵画的・直接的な描写は、例えば12番「昇天」冒頭のファンファーレ音型、7番「むち打ち」終わりの叩くような音型に見られます。特定のメロディー・形式の使用による情景推測の手法は、11番「復活」における復活祭賛歌「今日キリストは蘇られた」(surexit christus hodie)や、6番「オリーヴ山での苦しみ」冒頭の「ラメント」(Lamento)において使われています。3番「降誕」には9番「はりつけ」に出てくるモチーフの引用があり、誕生における”死への暗示”とも解せられます。1番「お告げ」の冒頭の音型は天使の到来を思い起こさせ、11番「復活」冒頭におけるモチーフの音高を変えての使用は天使との会話を暗示しています。

 チクルスの調性を見てみると、1番〜5番「喜びの神秘」、11番〜15番「栄えの神秘」にはシャープ系の調性が使用されています。ニ短調 (1番、4番、13番) は教会旋法のドリア調にあたり、伝統的な書法により調号は書かれていません (現在はフラットひとつで記されます) 。6番〜10番「苦しみの神秘」ではフラット系の調性が使用されています。イ短調で書かれている9番では、Finaleで属音による持続低音(ホ長調主和音) が使われています。これは教会旋法のフリギア調で哀しみ・苦しみの調として使われていました。

 特別な技法として、スコルダトゥーラ (変則調弦) が1番と16番を除く14曲に指定されています。

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 ヴィオラ・ダ・ガンバにも通じていたビーバーは、調弦法の変更には慣れていたと思われます。この技巧により、普通の調弦法 ( g - d'- a'- e" ソ、レ、ラ、ミ) では得ることのできない独特な響きを実現することができます。
 曲の調性に合わせた調弦法では開放弦が共鳴し楽器の鳴りがよくなります。また6番のような調弦法では共鳴しにくい抑えられた響きとなります。11番においては、4本の弦のうち真ん中の2本を駒の手前とペグボックスの中で交差させ、十字架の象徴としています。この調弦法によって隣り合わせの2本がオクターブとなり、メロディーのオクターヴでの演奏が簡単になります。

 またこのソナタ集には様々な形式の混合が見られます。アタナシウス・キルヒャーが言うところの「スティルス・ファンタスティクス」(Musurgia universalis 普遍音楽、1650年) による即興的なプレリュード (1番、5番、10番、14番) 、バリエーション形式の舞曲 (4番のシャコンヌ、16番のパッサカリア)。典礼を前提としていなかったのもあり、アルマンド、クーラント、サラバンド、ジーグ、ガヴォットといった舞曲を多く取り入れ、当時ドイツ語圏で組曲という意味としても使われた"Partia"の形をとっています。これらの舞曲には変奏 (Variatio, Double) がついているものもあります。また、アリアとそれに続く変奏もあり、11番は復活祭賛歌"surexit christus hodie"をテーマとしています。

 15の神秘の最後に付け加えられているパッサカリアには守護天使の絵がついています。g-f-es-d ( ソ、ファ、ミ♭、レ ) の4つの音をオスティナートバスとしての( 65回繰り返されます ) 変奏曲ですが、この4つの音から成るテトラコードには守護天使への賛歌 "Einen Engel Gott mir gegeben" (ケルン、1666年) や、賛美歌 " Süßer Jesus, süßer Christus " ("dolcis christe" グランチーニ作曲、1646年) との関連を見ることができます。
 1571年10月にレパントの海戦においてトルコ軍に対して勝利を収めたことを記念し、教皇ピオ5世が10月7日をロザリオの祝日と定めました ( 10月はロザリオの月とされています)。また1670年クレメンス10世が守護天使の祝日を10月2日とし、ロザリオの祝日と守護天使の祝日を一緒に祝う習慣があったと言われます。ビーバーはこの習慣に従い、最後に守護天使のパッサカリアを付け加えたのではと推測されます。(阿部千春)


本日の演奏について

 ピッチは時代・地域により異なっていました。1939年ロンドンでの国際会議で、a'=440Hzと定められ、現在では442〜443Hzがよく使われています。
  ビーバーの時代のハプスブルク圏では教会においてヴェネチアの高ピッチ、宮廷などその他でそれよりも半音低いピッチが使われることが多かったのですが、ザルツブルクにおいては高ピッチ(約465Hz) が一貫して使われていたようです(ブルース・ヘインズ著 "A history of performing pitch" より)。 本日の演奏ではこのピッチを採用しています。
 また使用するヴァイオリンには当時のセッティングと同様、金属の巻線なしでのガット弦、弓はザルツブルク大聖堂で発見された17世紀の弓のコピーを用い、当時に近い響きを想定しています。


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【過去の公演】
2015年9月7日 《17世紀イタリア・ヴァイオリン音楽の精華》
阿部千春(バロック・ヴァイオリン)+大井浩明(チェンバロ)

●ビアージョ・マリーニ (1594-1663):ヴァイオリンのための変奏ソナタ第3番 (1629)
●ジョバンニ・バッティスタ・フォンターナ (1589?-1631):ソナタ第6番 (1641)
●カルロ・ファリーナ (c.1600-1639):ソナタ “ラ・デスペラータ”(1628)
●マルコ・ウッチェリーニ (c.1610-1680):ソナタ第3番 “ラ・エブレア・マリナータ”(1645)
●ジョバンニ・アントニオ・パンドルフィ・メアッリ(1624-c.1687):ソナタ “ラ・クレメンテ” 作品3-5 (1660)
  (休憩)
●アンジェロ・ベラルディ (c.1636-1694):カンツォーネ第1番作品7 (1670)
●アレッサンドロ・ストラデッラ (1639-1682):シンフォニア第6番(1670s)
●カルロ・アンブロジオ・ロナーティ (c.1645-c.1712):ソナタ第5番(1701)
●アルカンジェロ・コレッリ (1653-1713):ソナタ作品5-10 (1700)


2009年7月25日 W.A.モーツァルト:クラヴィーアとヴァイオリンのためのパリ・ソナタ集 (全6曲、1778)
阿部千春(クラシカル・ヴァイオリン) 大井浩明(フォルテピアノ)

●ト長調K.301 (293a) 全2楽章
●変ホ長調K.302 (293b) 全2楽章
●ハ長調 K.303 (293c) 全2楽章
 (休憩)
●ホ短調 K.304 (300c) 全2楽章
●イ長調 K.305 (293d) 全2楽章
●ニ長調 K.306 (300l) 全3楽章


2010年10月13日 W.A.モーツァルト:クラヴィーアとヴァイオリンのためのアウエルンハンマー・ソナタ集 作品2 (全六曲) (1778/81)
阿部千春(クラシカル・ヴァイオリン) 大井浩明(フォルテピアノ)

●ヘ長調K.376(374d) 
●ハ長調K.296
●ヘ長調K.377 (374e)
 (休憩)
●変ロ長調K.378 (317d)
●ト長調 K.379 (373a)
●変ホ長調 K.380 (374f)


2012年2月10日 ピリオド楽器によるモーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ全曲シリーズ 最終回
阿部千春(クラシカル・ヴァイオリン) 大井浩明(フォルテピアノ)

●ソナタ第40番 変ロ長調 K.454 (1784/1784出版)[全3楽章] Largo/Allegro - Andante - Allegretto
●フランスの歌《羊飼いの娘セリメーヌ》による12の変奏曲 ト長調 K.359(374a) (1781/1786出版)
●ソナタ第41番 変ホ長調 K.481 (1785/1786出版)[全3楽章]
 (休憩)
●《泉のほとりで》による6つの変奏曲 ト短調 K.360(374b)(1781/1786出版)
●ソナタ第43番 ヘ長調 K.547 (1788)[全3楽章]
●ソナタ第42番 イ長調 K.526 (1787/1787出版)[全3楽章]
●ソナタ第39番 ハ長調 K.404(385d)(1782)[全2楽章]
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by ooi_piano | 2016-12-24 14:34 | コンサート情報 | Comments(0)

8/20(土) ストラヴィンスキー特集+中田粥新作初演 (その1)

連続ピアノリサイタル in 芦屋 2016 《先駆者たち Les prédécesseurs》

山村サロン (JR芦屋駅前・ラポルテ本館3階) 芦屋市船戸町4-1-301 http://www.y-salon.com/
チケット:全自由席 前売り¥2500 当日¥3000
予約/問い合わせ: 山村サロン 0797-38-2585 yamamura[at]y-salon.com
後援/一般社団法人 全日本ピアノ指導者協会(ピティナ)


c0050810_10102442.jpg【第三回】2016年8月20日(土)午後6時開演 (午後5時半開場)

●イーゴリ・ストラヴィンスキー(1882-1971):スケルツォ(1902) 2分
:4つのエチュード Op.7 (1908) 8分
  I. Con moto - II. Allegro brillante - III. Andantino - IV. Vivo
:バレエ音楽「火の鳥」より3つの場面(1910)〔グイド・アゴスティ(1901-1989)による独奏版〕 12分
  魔王カスチェイの凶悪な踊り - 子守歌 - 終曲
:ペトルーシュカからの3楽章(1911/21) 15分
  ロシアの踊り - ペトルーシュカの部屋 - 謝肉祭
:ドイツ人の行進曲の思い出(1915) 1分
:3つの易しい小品(1915) 4分
  行進曲 - ワルツ - ポルカ
:子供達のワルツ(1917)  1分


  (休憩10分)

●イーゴリ・ストラヴィンスキー:交響詩《夜鶯の歌》(1917)(作曲者による独奏版、日本初演) 21分
  故宮の祭礼 - 二羽の夜鶯(本物の夜鶯と機械仕掛けの夜鶯) - 皇帝の病気と快気
:11楽器のラグタイム(1917/18)(作曲者による独奏版) 4分
●モデスト・ムソルグスキー(1839-1881):《ボリス・ゴドノフ》序幕より民衆の合唱「なぜ我らを見捨てられるのか、我らが父よ!」(1869/1918)(ストラヴィンスキーによる独奏版、日本初演) 1分
●イーゴリ・ストラヴィンスキー:ピアノ・ラグ・ミュージック(1919) 3分
:管楽器のシンフォニー集――C.ドビュッシーの思い出に(1920)(アルトゥール・ルリエと作曲者による独奏版、日本初演) 8分

  (休憩10分)

●中田粥(1980- ):ピアノとエレクトロニクスのための《Pieces of Apparatus I》(2016、委嘱新作初演)  10分
●イーゴリ・ストラヴィンスキー:5本の指で(1921) 8分
  I. Andantino - II. Allegro - III. Allegretto - IV. Larghetto - V. Moderato - VI. Lento - VII. Vivo - VIII. Pesante
:ピアノ・ソナタ(1924) 9分
  I. - II. Adagietto - III.
:イ調のセレナード(1925) 12分
  頌歌 - ロマンス - ロンドレット - 終止曲
:タンゴ(1940) 3分
:仔象のためのサーカス・ポルカ(1943) 4分


c0050810_10114396.jpg中田粥:ピアノとエレクトロニクスのための《Pieces of Apparatus I》(2016、委嘱初演)
  この作品ではピアノを、振動を発生させる装置と捉え直す。楽器とはそもそも振動を聴覚化させる装置であって、音楽は振動が聴覚化した一つの現象にすぎない。そして譜面とはその現象を再現するためのものであるが、実際の演奏で再現されること自体は確率の問題である。この作品は楽器を装置と捉え直すことによって音楽の持つ、振動する現象という部分のみを抉り出す試みである。


c0050810_10122692.jpg中田粥 Kayu NAKADA, composer
  1980年東京生まれ。2006年洗足学園音楽大学音楽学部作曲科卒業。作曲作品に、交響曲《チッポのなぞなぞ》、室内楽《チッポのなぞなぞの答え》、木管五重奏曲《太陽とりさん》、《クールなカメレオンは自転車を想像する》、ヴァイオリン・フルート・ドラム・ギターのための《クールなカメレオンは自転車を想像する Ⅱ》等。舞台音楽の作曲、ミュージカルのバックバンド、即興演奏活動などを経て2013年、サーキットベンディングの一種、電子楽器数台分の剥き出しにされた回路基板を用い、「バグシンセ」「bugsynthesizer」と名付けてリアルタイムに電子回路をショートさせる方法で演奏活動を開始。参加グループ:《《》》(metsu)、相ieトtナ(略)、zzzt、そばうどん。 公式サイト: http://www.kayunakada.com




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ディアギレフと三人の作曲家たち
<ストラヴィンスキーをめぐって> もうひとりのwith Diaghilev賛 ─────山村雅治


Мы за все твои сироты Беззащитные, Ах да мы тебя-то Просим, молим со сле зами, Со горучими.
 われらは皆みなし児、よるべなきみなし児。ああ、われらは汝に願う、祈る、涙とともに、熱い涙とともに。     (ムソルグスキー『ボリス・ゴドゥノフ』冒頭合唱より)


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c0050810_8251939.gif  稀代の興行師・ディアギレフという呼び名にはいささかの抵抗がある。彼は興行師にはちがいないけれども、バレエ・リュスの公演を打つ年ごとに「あたらしい」ものを展開した興行師としては、彼はいつも金がなかった。公演に資金を出してくれるロシアの王族や貴族たちに絶えず無心していた。その名の通りの「興行師」なら、濡れ手に粟のぼろ儲けをしなければならない。しかし、かつて彼は一度も儲けたためしがなく、無一文のうちに生を閉じた。金があったのは生涯でただ一度、生後3ヶ月で亡くなった母の遺産を受け継いだときであり、一部を使えるようになった1891年からの学生時代であり、それも乳母を養い、義弟たちを育てるために費やさなければならなかった。
  1895年の夏、翌年から美術批評を書き、芸術に関わる仕事を始めることになる、まだ23歳だった彼は義母に手紙を書いている。そこには醒めた自己分析がある。「まず、僕は大ペテン師です。ただし天才的な。第二に、強力な誘惑者です。第三に、度胸があります。第四に、かなり理屈っぽいですが、主義主張はほとんどありません。第五に、才能はないみたいです。でも、僕は真の天職を見つけました。芸術家のパトロンになることです。いろいろ恵まれています。無いのは金だけです。Mais ça viendra (でも、いずれはいってくるでしょう)」。
  バレエ・リュスを率いることになったのちも、この楽天性は生涯かわらなかった。セルゲイ・ディアギレフ(Sergei Diaghilev 1872-1929)は「生活、そんなものは家来にまかせておけ」という芸術家の気質を生涯もっていた。そして、いつも金がない興行師であるよりも、「偉大な総合芸術の企画者・制作者」だった。

c0050810_8263620.jpg  バレエ・リュスのパリでの公演は1909年にはじまり、ディアギレフが没する1929年まで続いた。ディアギレフの熱い旋風が巻き込んでいった美術家は、初期のバクストやブノワから、やがてアンリ・マティス、ジョルジュ・ルオー、アンドレ・ドラン、パブロ・ピカソ、ジョルジュ・ブラック、モーリス・ユトリロ、ジョルジョ・デ・キリコ、マックス・エルンスト、ジョアン・ミロ、マリー・ローランサン、ココ・シャネルら、当時の絵画とファッションの前衛たちの名が並ぶ。
  また、作曲家・編曲家にはチャイコフスキー、ムソルグスキー、リムスキー=コルサコフ、ボロディン、チェレプニン、ストラヴィンスキー、プロコフィエフらロシアの作曲家のほか、ドビュッシー、ラヴェル、アーン、シュミット、フォーレ、サティらフランスの作曲家、ドイツの作曲家の音楽ではリヒャルト・シュトラウス、スペインのファリャも音楽を書いた。ディアギレフはシェーンベルクにもバレエ音楽を委嘱しようとしたが、これは果たせなかった。Diaghilev: A Life 1st Edition by Sjeng Scheijen Oxford University Press; 1 edition (September 1, 2010) 『ディアギレフ』シェング・スヘイエン著 鈴木晶訳 みすず書房刊を参照)。

  バレエの振付は、まず古典バレエを基礎にしたフォーキン。そしてニジンスキー(Vaslav Nijinsky 1890-1950)が「牧神の午後への前奏曲」で革命を起こした。ニジンスキーが去ってから加入したレオニード・マシーンは団の解散後「バレエ・リュス・ド・モンテカルロ」で活躍し、ジョージ・バランシンも同じくモンテカルロで活動。その後アメリカに渡りバレエ学校を設立し、現在の「ニューヨーク・シティ・バレエ団」を設立した。彼らのほかにも活動の場所をアジアに定めたダンサーたちもいる。上海バレエ・リュスには、やがて小牧正英が参加し、プリンシパルとして踊った。


2

c0050810_8273161.jpg  ディアギレフと彼に関わった芸術家たちとの関係のありかたはさまざまだった。
  ドビュッシー(Claude Achille Debussy 1862 -1918)の生理は、バレエ曲の新作を依頼した初対面のディアギレフを受け付けなかった。1909年7月、楽譜出版社のデュランに宛てて、手紙を書いている。「頼まれているバレエ曲が書けない。大体、18世紀イタリアを舞台にしたバレエをロシア人ダンサーが踊るなんて、ばかげているとしか思えない」。「ディアギレフはフランス語がよくできないので、会話はどこかぎくしゃくしたものになった」。また1912年、『遊戯』の制作過程でも「ニジンスキーと彼の子守り(ディアギレフ)がやってきた。すでに書いた部分を聞かせてくれと頼まれたが、断った。野蛮人どもが私の感性を嗅ぎ回るのは不愉快だ」。その名作をディアギレフの「数小節延ばした方がいい」という助言を受け入れて「格段に華麗に」仕上げることができても、なおドビュッシーは最後までロシア人への不信感を捨てなかった。ディアギレフのことを「石をも躍らせる恐ろしいが魅力ある男」といった彼でさえ。また、ラヴェル(Joseph-Maurice Ravel 1875-1937)は『ダフニスとクロエ』をようやくのこと上演したあと、『ラ・ヴァルス』を書いたがディアギレフにバレエ作品としての上演を却下されて、その後は関係が悪化した。

  ストラヴィンスキー(Igor Fyodorovich Stravinsky 1882 -1971)は残った。1910年の『火の鳥』から、ディアギレフが没してバレエ・リュスが終焉を迎える前年の1928年の『アポロ』まで、作品を書き続けた。それだけでなく、バランシンのバレエ団のために『カルタ遊び』(1937)、『アゴン』(1957)を書き続けた。
  1909年、バレエ・リュスを旗揚げしたあと、ディアギレフの最大の課題は、新しいロシアのバレエを創りあげることだった。ロシアの歴史、民話や伝説を題材にしての作品。アレクサンドル・アファナシエフの民話集をもとにした『火の鳥』の台本を、デイアギレフ、フォーキンらでつくりあげた台本を得て、まずリャードフに依頼したが、仕事が進まないのですぐに諦めた。イーゴリ・ストラヴィンスキーを思い出した。1909年春に、ペテルブルクの音楽院で管弦楽曲『花火』を、バレエ・リュスの振付師、主役ダンサーだったフォーキンとともに聴いて、彼を認めた。ディアギレフは深い感銘を受けた。「新しく、独創的だ。あの音づかいは大衆を驚愕させるだろう」と語っている。
  数年前からその名を知り、父・フョードル・ストラヴィンスキーはマリインスキー劇場のバス歌手であり、ディアギレフはその劇場につとめていたので親しみもあったのだろう。まもなく、イーゴリのもとにディアギレフの使いが訪れた。

  1910年6月25日 パリ、オペラ座『火の鳥』
  音楽/ストラヴィンスキー指揮/ピエルネ
  美術(装置・衣装)/ゴロヴィン、バクスト 
  振付/フォーキン 
  出演/カルサヴィナ、フィキーナ、フォーキン、ブルガコフ

c0050810_8283983.jpg  パリでの2回目のバレエ・リュスの演目は『謝肉祭』(シューマン)、『ジゼル』(アダン)、『シェエラザード』(リムスキー=コルサコフ)、『オリエンタル』(ロシアと北欧の音楽)に、誇らしい新作としてストラヴィンスキーの『火の鳥』が上演された。話題作はニジンスキーが踊り、バクストの美術が賞賛された『シェエラザード』だった。『火の鳥』の音楽は当時、「メロディがない。まったく音楽に聞こえない」と失笑する人もいたし、稽古中のダンサーたちには、ストラヴィンスキーが「ピアノを弾いているというよりは、壊している」ように見えた。しかし、初演時の観衆には熱狂的に迎えられ、ゴロヴィンの美術も当時のロシアの舞台美術の頂点といわれた。バレエにおいても音楽においても、バレエ・リュスは前衛芸術の世界に属していることが認められた。
  ドビュッシーも賞賛した。「完璧ではありませんが、いくつかの点ではひじょうに優れています。少なくとも、ダンスのおとなしい奴隷にはなっていません。ときどき、まったく聞いたことのないリズムの組み合わせが聞こえます。フランスのダンサーたちは、こんな音楽に合わせて踊るのは拒むでしょう。なるほどディアギレフは偉大な男であり、ニジンスキーは彼の預言者です」。やはり楽譜商デュランへの手紙で。 (つづく
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by ooi_piano | 2016-08-04 10:13 | コンサート情報 | Comments(0)

8/20(土) ストラヴィンスキー特集+中田粥新作初演 (その2)

つづき

3

  1911年6月13日 パリ、シャトレ座『ペトルーシュカ』
  音楽/ストラヴィンスキー指揮/モントゥー 
  美術/ブノワ
  振付/フォーキン
  出演/カルサヴィナ、ニジンスキー、フォーキン、オルロフ、チェケッティ、ショラール

c0050810_8583415.jpg  1911年1月、ニジンスキーが帝室マリインスキー劇場を解雇され、バレエ・リュスは夏休みだけではなく一年中公演できる体制になった。すでにパリだけではなく、前年にはベルリンで、この年はモンテカルロとロンドンでも開催。4月19日のモンテカルロ公演ではニジンスキーが初めての主役を『薔薇の精』(ウェーバーの音楽「舞踏への勧誘」)で踊り喝采を博した。これはニジンスキーに「その並外れた跳躍力を披露する機会をたっぷり与える」ために構想された作品で、以後、看板作品のひとつになった。
  5月からはローマ公演。6月の『ペトルーシュカ』の稽古も同時に進められていく。しかし、振付師フォーキンは、リズムが複雑でなかなか振付ができない。ストラヴィンスキーも朝から晩までピアノの前に座り作曲を続けている。指揮者のモントゥーは「他には誰もいなかった」という理由で選ばれたのだが「その曲と作曲家にすっかり魅了されていた」。
  本番の日が来た。ニジンスキーは、いよいよ大作の主役になって『ペトルーシュカ』を踊った。フォーキンの振付の源泉はスタニスラフスキー模倣的演劇技法であり、脇役の一人ひとりに至るまでの略歴を書き「役になりきり人物を生き返らせろ」と指示した。人形芝居小屋の人形ペトルーシュカ、バレリーナ、ムーア人が、小屋の主である老魔術師に生命を吹き込まれる。ペトルーシュカのバレリーナへの恋心、男盛りのムーア人はむき出しの男性性をもってバレリーナの目を奪う。ペトルーシュカの嫉妬。ムーア人は邪魔者のペトルーシュカを追い回し、ついに刀で斬り殺す。魔術師は彼を修理しようとするが、とつぜん芝居小屋の上にペトルーシュカの幽霊が現われる。魔術師にむかってこぶしを振り上げると魔術師は逃げ出してしまった。ニジンスキーに与えられた振付にはほとんど跳躍はなく、自分の役者としての才能だけが頼りだった。そして見事に成功した。


4

  1913年5月29日 パリ、シャンゼリゼ劇場『春の祭典』
  音楽/ストラヴィンスキー指揮/モントゥー
  振付/ニジンスキー
  美術/レーリッヒ
  出演/ピルツ

c0050810_8591983.jpg  『火の鳥』を書いているさなかに、ストラヴィンスキーは幻を見た。
  「サンクトペテルブルクで『火の鳥』の最後のページを仕上げていた頃のある日、束の間の幻をみた。私は他のことで頭がいっぱいだったので、その幻の出現には仰天した。空想の中で、私は荘厳な異教の儀式をみた。輪になって座った老賢者たちが、若い娘が死ぬまで踊るのをみていた。春の神を喜ばせるために、彼らは娘を生贄にしていたのだ」。(『ディアギレフ』シェング・スヘイエン著 鈴木晶訳)。引用元の書物には同じ内容の言葉に続いて「『春の祭典』の主題だった」。と付け加えられる。(Chroniques de ma vie by Igor Stravinsky , Éditions Denoël et Steele, 1935 。邦訳は『私の人生の年代記』イーゴリ・ストラヴィンスキー著 笠羽映子訳。スヘイエンはこの書をスティーヴン・ウォルシュが書いたとしている)。
  この幻を、彼はニコライ・レーリヒとともに新しいバレエ作品として構想しはじめた。ディアギレフも夢中になった。『ペトルーシュカ』から2年を経て、1913年に初演の日を迎えた。指揮者のモントゥーは、曲の完成(1912.11.17)後にディアギレフに呼ばれ、ストラヴィンスキーがピアノで弾くのを聴いた。
  「古いアップライト・ピアノはがたがた揺れ続けていた」「このままでは彼は爆発するか、失神してしまうだろう」「私自身も猛烈な頭痛がした」「この気の狂ったロシア人の曲なんか音楽じゃない」「とにかく部屋を逃げ出して、どこか静かな場所へ行き、痛む頭を休ませたかった。そのとき団長が私のほうを振り返って、にっこり笑った。『これは大傑作だ、モントゥー君、この曲は音楽に一大革命を起こし、君を有名にするだろう。だって君が指揮するんだからね』。むろん、私は指揮をした」。(『ディアギレフ』前掲書)。
  初演の夜に起きたのは、まさしく暴動だった。ストラヴィンスキーは回想する。
  「前奏曲の冒頭で、早くも嘲笑が起きた。私はむかついて席を立った。最初はまばらだった示威行為がしだいに客席全体に広がり、それが反対の示威行為を誘い、瞬く間に劇場全体が怒号に包まれた。公演の間じゅう、私は舞台袖のニジンスキーの横にいた。彼は椅子の上に仁王立ちになって、「16、17、18」と叫んでいた。ダンサーには独特の拍子の取り方があるのだ。当然ながら、あわれなダンサーたちは、客席からの騒音と、自分たちの足踏みの音で、何も聞こえないのだった」。「公演の後、私たちは興奮し、怒り、憤慨し、そして幸福だった。ディアギレフ、ニジンスキーとレストランに行った。ディアギレフの感想はただ、『私の狙い通りだ』」。

c0050810_902726.jpg  音楽について、ドビュッシーはすでに『ペトルーシュカ』について「この作品は、いわば音の魔法に満ちています。人形の魂が魔法の呪文で人間になるという神秘的な変容。それを理解しているのは、これまでのところ、きみだけです。きっときみはこれから『ペトルーシュカ』よりも偉大な作品を書くでしょうが、これはすでに金字塔です」と賛辞を送っていた。『春の祭典』についても「ラロワ邸でいっしょにきみの『春の祭典』を弾いたことを今でもよく覚えています。あのときの思い出は美しい悪夢のように頭にこびりついています。あのときに受けた衝撃をなんとか甦らせようとするのですが、なかなかできません」。
  『春の祭典』は、同時代の音楽家に深刻な影響を与えた点で『トリスタンとイゾルデ』以降の最も重大な事件だった。

  振付はニジンスキー。彼の振付作品として『牧神の午後への前奏曲』『遊戯』に続いての三作目になった。『牧神』を成功させた後もニジンスキーはマラルメの詩を読んでいなかったし、詩人の名前も知らなかった。『春の祭典』を振り付けるときにも、総譜を読めず楽器も演奏できないニジンスキーに、ストラヴィンスキーは「まず彼に音楽の初歩、つまり音価、拍子、テンポ、リズム以下もろもろの手ほどきから始めなければならなかった。稽古は難渋をきわめた。主役は妹ブロニスラヴァ・ニジンスカが妊娠してしまったため、急遽マリヤ・ピルツが代役となった。ピルツに対し、ニジンスキー自らが踊って見せた生贄の乙女の振付は実にすばらしく、それに比べて初演でのピルツの踊りは、ニジンスキーの「みすぼらしいコピー」に過ぎなかった。
  完成した作品は前2作と同じく、古典的なバレエとはまったく異なるものだった。いくつもの群舞の独自の動きが全体として不調和な舞台を創る。これは古典的なバレエを期待した人は戸惑う。作曲者にさえ理解を超えるものだった。
  1909年以来、バレエ・リュスとニジンスキーに魅了されていたハリー・ケスラー(ドイツの外交官で国際的に有名な芸術愛好家)は、この作品に圧倒された。「突然、まったく新しい光景が出現した。これまで一度も見たことのないような、心を鷲づかみにし、納得させる光景が。芸術における新しい野蛮性と、反芸術性とが、一度にやってきたのだ。すべての形式は破壊され、その混沌から新しい形式が突然に出現する」。
  ニジンスキーの振付には『牧神』とちがってエロティックな身振りはなかった。透けない生地の衣装もダンサーの体を覆い、肌も体の線も見せない。そして、ダンサーたちは舞台を走り回り、内股で腰を曲げ、首をかしげたまま回ったり飛び上がる。


5

c0050810_913855.jpg  上演後の8月15日、一座は座長ディアギレフだけをのこしてブエノス・アイレスに出航する。到着後の9月10日、ディアギレフへの嫌悪が頂点に達していたニジンスキーはバレリーナのロモラ・ド・プルスキーと結婚式を挙げた。この知らせを聞いたディアギレフは激怒する。同性愛者の男性は、若い青年の愛人が異性とつきあうことを許さない。道を女性とともに歩くこと、仲よさげに女性と喋ることすら許せない。いつも、いつまでも自分の「女」として仕えなければならない。ニジンスキーは掟を踏みにじったのだ。彼は即座にバレエ・リュスからの解雇を決断。その後、ニジンスキーは自分のバレエ団を結成して公演するが、当然のことながらディアギレフのマネジメントの能力はなく、惨憺たる失敗に終わった。バレエ・リュスには興行上の理由で1916年の北米ツアーで復帰して、ニジンスキーは『ティル・オイレンシュピーゲル』(リヒャルト・シュトラウス/音楽)に振付をして、踊った。シュトラウスはバレエ・リュスの作品として『ヨゼフの伝説』を1914年5月17日に初演) の振付をし、上演。しかし、すでに彼の精神は病魔に襲われはじめていた。自ら書きつけた舞踏譜は『牧神の午後への前奏曲』の一作だけだった。

  ニジンスキーは現代バレエを切り拓いた先駆者だった。のみならず、彼の古典バレエの約束を打ち破る踊りは、現代日本の「舞踏」にまで及んでいる。舞踏家、笠井叡は「ニジンスキーも『牧神の午後』以降は完全に舞踏です」と発言している。(『土方巽の舞踏』慶應義塾大学出版会刊)。そして「Butō」の研究家、アリクス・ド・モランは、土方巽の『疱瘡譚』を語るなかでニジンスキーにも触れている。「ニジンスキーの課題は、調和のとれた動きに基いたクラシックの語彙と手を切ることであった。ニジンスキーは足を内に向ける姿勢によって不具の醜くなった身体性を浮上させ、グロテスクの印を焼き付けることに成功したのだ」。(横山義志訳 同書)。


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c0050810_923178.jpg  ニジンスキーを失った1914年の新作は、5月17日のリヒャルト・シュトラウスの音楽によるバレエ『ヨゼフの伝説』と、ストラヴィンスキーのオペラ『ナイチンゲール』(夜鶯)だった。ディアギレフがニジンスキーに代わる主役を踊る男性バレエ・ダンサーとして新しく加入させたのは、やはり同性愛の愛人にしたレオニード・マシーンだった。
  シュトラウスの新作はさほど評判を呼ばず、一座の命運はオペラにかかった。リムスキー=コルサコフの『金鶏』をオペラ・バレエとしてフォーキンが振り付けた作品が、もうひとつのオペラだった。
  舞踊劇の形をとった『ナイチンゲール』(夜鶯)は、ハンス・クリスチャン・アンデルセンの童話にもとづくオペラ・バレエ。曲の一部は『火の鳥』以前に書かれ、残りは『春の祭典』以後に書いた。ストラヴィンスキーは作風の変化が速い。少し長い曲なので、繋ぎ目がわかってしまう。しかし、素晴らしい部分の繊細な音色感は美しく、フランス音楽(もちろんドビュッシーとラヴェル)から得た成果が聴きとれる。
  この年1914年に始まった第一次大戦は1918年まで終結せず、バレエ・リュスを構成していた人たちは、これまで通りには芸術活動ができにくくなる。また、ロシア革命が1917年に起きる。ディアギレフらは故国に帰ることができなくなった。

c0050810_934869.jpg  この間、ストラヴィンスキーのバレエ・リュス上演作は、1915年の『花火』。これは旧作を舞台作品に仕上げたもの。それだけだった。『ナイチンゲール』のバレエ改作版、『ナイチンゲールの歌』(夜鶯の歌)は、1916年に企画されて、公演が実現したのは1920年だった。アンリ・マティスが美術を担当した。振付はマシーン。音楽は20分程度に圧縮したもので、東洋の音階が魅力的だ。ストラヴィンスキーは1959年に来日し、この曲を演奏した。曲に自信があったのだろう。原作の童話は中国の皇帝の御殿と庭園が舞台になり、訪れる人が夜鶯(さよなきどり、ともいう)の声を賞賛し、皇帝も聞いて感動した。ある日、日本の皇帝から細工物の夜鶯が贈られる。宝石で飾られた夜鶯はいつも同じ節で美しい鳴き声を奏で、いつしか本物の夜鶯はいなくなってしまう……

  バレエ作品『プルチネルラ』も1920年の初演。ピカソが美術を受け持った。伝ペルゴレージの手稿や印刷譜からの18曲をストラヴィンスキーが編曲した。もう1913年ははるか昔に過ぎ去り、作風の変容は、編曲時1919年のストラヴィンスキーを先駆者ではなくしてしまっていた。この頃から1950年までの作風を、それまでの「原始主義」にかわる「新古典主義」と名付けられ、それ以後、若い友人で彼の仕事の協力者だったロバート・クラフトの示唆によってシェーンベルクの「十二音技法」を採り入れて、さらに「セリー主義」へと歩みを進めた。クラフトは書いている。「1952年3月8日。彼は遠回しにシェーンベルクの七重奏曲(作品29)に触れ、それが彼に強烈な印象を与えたという。40年ものあいだシェーンベルクを『実験的』『理論的』『時代遅れ』と片付けてきたので、シェーンベルクの音楽が実質的には自分自身の音楽よりもより豊かであるという認識に、衝撃を受けている」。(Stravinsky: Chronicle of a Friendship by Robrt Craft, Vanderbilt Univ. Pr. 1994 邦訳は『ストラヴィンスキー 友情の日々』ロバート・クラフト著 小藤隆志訳 青土社刊)。


7

c0050810_943890.jpg  バレエ・リュスの歩みを振り返ってみよう。1915年はリムスキー=コルサコフの旧作『雪娘』。1916年はフォーレの『ラス・メニナス』、そして、ンジンスキーの最後の『ティル』。1917年にはストラヴィンスキーの旧作『花火』。そしてディアギレフが最後に見出した若い才能、イーゴル・マルケヴィッチが評価してやまなかったサティの『バラード』。1918年に
  1921年、プロコフィエフの『道化師』が初演。ファリャ編曲による『クァドロ・フラメンコ』とともに。1922年はストラヴィンスキーの2作品。ニジンスカが踊ったバレエ『狐』とオペラ『マヴラ』。
  1923年6月23日に上演された新作バレエ・カンタータ『結婚』は、歌手を伴った作品で、これはしかし、往年の創造力が舞い戻ってきたかのような傑作のひとつになった。それもそのはずだ。構想は1912年には芽生えていて、1914年に着手された。1915年にはディアギレフに2場までの音楽を聴いてもらっていた。振付はソ連を亡命して1年足らずのブロニスラヴァ・ニジンスカ。美術と衣装はナターリヤ・ゴンチャローワ、指揮はエルネスト・アンセルメ。
  翌1924年は多くの作品が上演されたが、新しいものはミヨーの『青列車』。この舞台で新しく前年に入団したセルジュ・リファールが踊った。幕をピカソが描き、衣装はココ・シャネルだ。1925年は振付家にバランシンが入り、リエーティ作曲の『バラボー』が上演されるなど。1926年にはニジンスカとバランシンの振付作品。サテイ作曲・ミヨー編曲の「びっくり箱」も。1927年には、ストラヴィンスキーが復帰する。オペラ『オイディプス王』。サティの『メルキュール』、プロコフィエフの『鋼鉄の歩み』、ともにマシーンの振付で上演された。1928年、ストラヴィンスキーの『ミューズを導くアポロ』。1929年5月21日、プロコフィエフの『放蕩息子』をバレエ・リュスとしての最後の上演を果たした後、8月19日にディアギレフはベニスで生涯を閉じた。看取ったのは看護していたセルジュ・リファール、そして16日、晩年の忠実な秘書だったボリス・コフノが駆けつける。二人ともディアギレフが愛した青年だった。18日にはミシア・セールとココ・シャネルも最後の病床に間に合った。


8

c0050810_954973.jpg  ディアギレフが8月12日、病床で口ずさんだのは『トリスタン』と『悲愴交響曲』の一節だった。ストラヴィンスキーは8月21日に知らせを聞いて愕然とした。ここ数か月の冷えた関係に胸がかきむしられた。26日になってから、ようやくヌーヴェリに手紙を書いた。「手紙を書くのは辛いのです。沈黙したままでいたいと思います。それでも手紙を書けば、愛するセリョジャを突然に失って私が感じている鋭い痛みが、あなたにもわかってもらえるでしょう」……。ストラヴィンスキーの妻、ヴェラは「年齢とアメリカがストラヴィンスキーの性格を変える以前、あの人はディアギレフにしか心を開きませんでしたわ。そして留意した批評は、ディアギレフのものだけでした」と言った。((『ストラヴィンスキー 友情の日々』ロバート・クラフト著 小藤隆志訳 青土社刊)。

  ストラヴィンスキーにも世に別れを告げる時が来る。1971年3月31日、クラフトは「ラズモフスキー四重奏曲」と「悲愴交響曲」のレコードをかけ、ストラヴィンスキーは「チャイコフスキーの最高の音楽だ」と言って喜んだ。4月4日、重い病床の枕もとでクラフトは「悲愴交響曲」の最終楽章を流した。それがストラヴィンスキーが聴いただろう最後の音楽になった。4月6日に巨星は墜ちた。 

Да здравствует ! уж как на небе солнцу красному, Слава ! cлава !
 万歳! 空にはすでにかくも赤き太陽! 栄えあれ! 栄えあれ!
(ムソルグスキー『ボリス・ゴドゥノフ』冒頭合唱より)

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by ooi_piano | 2016-08-04 07:23 | コンサート情報 | Comments(0)

連続ピアノリサイタル in 芦屋 2016 《先駆者たち Les prédécesseurs》

連続ピアノリサイタル in 芦屋 2016 《先駆者たち Les prédécesseurs》

c0050810_1753814.jpg山村サロン (JR芦屋駅前・ラポルテ本館3階) 芦屋市船戸町4-1-301 http://www.y-salon.com/
チケット:全自由席 前売り¥2500 当日¥3000 3回通しパスポート¥7000
予約/問い合わせ: 山村サロン 0797-38-2585 yamamura[at]y-salon.com
後援/一般社団法人 全日本ピアノ指導者協会(ピティナ)



【第三回】2016年8月20日(土)午後6時開演 (午後5時半開場)
●中田粥(1980- ):ピアノとエレクトロニクスのための《Pieces of Apparatus I》(2016、委嘱新作初演)
●イーゴリ・ストラヴィンスキー(1882-1971):スケルツォ(1902)、4つのエチュード Op.7 (1908)、バレエ音楽「火の鳥」より3つの場面(1910)(G.アゴスティによる独奏版)、ペトルーシュカからの3楽章(1911/21)、ドイツ人の行進曲の思い出(1915)、3つの易しい小品(1915)(独奏版)、ムソルグスキー《ボリス・ゴドノフ》序幕より民衆の合唱「なぜ我らを見捨てられるのか、我らが父よ!」(1917)(ストラヴィンスキーによる独奏版、日本初演)、交響詩《夜鶯の歌》(1917)(作曲者による独奏版、日本初演)、11楽器のラグタイム(1917/18)(作曲者による独奏版)、ピアノ・ラグ・ミュージック(1919)、管楽器のシンフォニー集――C.ドビュッシーを悼んで(1920)(アルトゥール・ルリエと作曲者による独奏版、日本初演)、5本の指で(1921)、子供のワルツ(1922)、ピアノ・ソナタ(1924)、イ調のセレナード(1925)、タンゴ(1940)、仔象のためのサーカス・ポルカ(1943)




【第一回】2016年6月18日(土)午後6時開演 (午後5時半開場) 〔終了〕
●橋本晋哉(1971- ):ピアノ独奏のための《ゆたにたゆたに》(2016、委嘱新作初演)
●クロード・ドビュッシー(1862-1918):2つのアラベスク(1888/91)、スティリー風タランテラ(舞曲)(1890)、ベルガマスク組曲(1890/1901)、ピアノのために(1896)、版画(1903)、仮面(1904)、喜びの島(1904)、映像 第1集(1905)、同第2集(1907)、子供の領分(1906/08)、舞踊詩「遊戯」(1912/13)(作曲者による独奏版/日本初演)、12のエチュード集(1913/15)
 


【第二回】2016年7月16日(土)午後6時開演 (午後5時半開場) 〔終了〕
  [※] ・・・水本明莉(助演)
●小林純生(1982- ):ピアノ独奏のための《フーガ》(2016、委嘱新作初演)
●モーリス・ラヴェル(1875-1937):グロテスクなセレナード(1893)、古風なメヌエット(1895)、亡き王女のためのパヴァーヌ(1899)、水の戯れ(1901)、ソナチネ(1903/05)、鏡(1904/05)、夜のガスパール(1908)、ハイドンの名によるメヌエット(1909)、マ・メール・ロワ(1908/10)[※]、高雅で感傷的なワルツ(1911)、ダフニスとクロエ 第2組曲(1909/12)(L.ロックによる連弾版、日本初演)[※]、 …風に(1913)、クープランの墓(1914-17)、舞踏詩「ラ・ヴァルス」(1919/20)(作曲者による独奏版)



水本明莉 Akari MIZUMOTO (助演/7月公演)
c0050810_1754337.jpg  1993年生まれ。ピティナ・ピアノコンペティション全国決勝大会にてB級銀賞、E級金賞、F級ベスト賞、Jr.G級銀賞、G級銀賞受賞。第65回全日本学生音楽コンクール高校の部大阪大会第1位。第8回堺国際コンクール高校の部第1位。第21回宝塚ベガ音楽コンクールピアノ部門第3位。第15回いしかわミュージックアカデミーIMA音楽賞受賞。第13・14回浜松国際ピアノアカデミーに参加。第18回松方ホール音楽賞奨励賞受賞。第8回エトリンゲン青少年国際ピアノコンクール(ドイツ)特別賞受賞。第1回アジアピアノコンペティション第1位(マレーシア)。第5回メトロポリタン国際ピアノコンクール ドビュッシー賞受賞。リベイラン・プレート交響楽団(ブラジル)、ニューフィルハーモニック大阪、大阪チェンバーオーケストラと共演。2009年度ヤマハ音楽振興会音楽奨学支援奨学生。ピアノを永島香、クラウディオ・ソアレス、武田真理、服部久美子、チュンモ・カンの各氏に、作曲を大久保みどり氏に師事。現在、ニューヨークのジュリアード音楽院に在籍し、ジュリアン・マーティン氏に師事。



橋本晋哉 Shinya HASHIMOTO (委嘱作曲/6月公演)
c0050810_1755134.jpg  1971年生まれ。エリザベト音大博士課程を経てパリ国立高等音楽院修了。2002年アヴァン・セーヌ(フランス)第1位、日本現代音楽協会演奏コンクール第2位、2003年ガウデアムス国際現代音楽演奏コンクール特別賞、「東京現音計画」のメンバーとして第13回佐治敬三賞受賞。アンサンブル・イクトゥス、ミュージック・ファブリック、アンサンブル・アンテルコンタンポラン等での演奏、アゴラ音楽祭、レゾナンス音楽祭(IRCAM)への出演等。秋山和慶指揮東響とのB.シュテルンのテューバ協奏曲《生贄》日本初演、飯森範親指揮東響とのH.ラッヘンマンのテューバ協奏曲《ハルモニカ》日本初演、杉山洋一指揮都響とのM.スモルカのテューバ協奏曲《テューバのある静物画》日本初演など、テューバの超絶的ヴィルトゥオーソとして確固たる評価を得ている。16世紀フランス由来の古楽器「セルパン」を用いての古楽分野での活動も多い。作曲作品に、独唱のための《夜想曲》(2006)、フルート四重奏とセルパンのための《グリモワール》(2007)、バリトンとチューバのための《海峡》(2010)等。公式サイト: http://shinyahashimoto.net



小林純生 Sumio KOBAYASHI  (委嘱作曲/7月公演)
c0050810_1756664.jpg  1982年三重県菰野町生まれ。作曲を伊藤弘之と湯浅譲二に師事。日本音楽コンクール (2009)、 国際尹伊桑作曲賞 (2011)、 インターナショナル・ミュージック・トーナメント (2010)、 ICOMS国際作曲コンクール (2011)、 シンテルミア国際作曲コンクール (2012)、 アルヴァレズ室内オーケストラ作曲コンクール (2012)、 武満徹作曲賞 (2013)、 パブロ・カザルス国際作曲コンクール (2015)、サン・リバー賞(2015)、 ワイマール春の音楽祭作曲コンクール (2016)等に入賞・入選。ルーマニアのアイコン・アーツ現代音楽際 (2013) 、武生国際音楽祭 (2010、 2013、 2014)、韓国の統営市国際音楽祭 (2015) 、スロバキアのメロス・エトス国際現代音楽祭(2015)等で、アンサンブル・カリオペ、アンサンブルTIMF、イデー・フィクス・アンサンブル、東京シンフォニエッタ、東京フィルハーモニー交響楽団、ネクスト・マッシュルーム・プロモーション等により作品が演奏されている。現在は英国カンタベリーに在住、ケント大学博士課程で韻律論の研究に従事。公式サイト: http://sumiokobayashi.com/



中田粥 Kayu NAKADA  (委嘱作曲/8月公演)
c0050810_1757639.jpg  1980年東京生まれ。2006年洗足学園音楽大学音楽学部作曲科卒業。作曲作品に、交響曲《チッポのなぞなぞ》、室内楽《チッポのなぞなぞの答え》、木管五重奏曲《太陽とりさん》、《クールなカメレオンは自転車を想像する》、ヴァイオリン・フルート・ドラム・ギターのための《クールなカメレオンは自転車を想像する Ⅱ》等。舞台音楽の作曲、ミュージカルのバックバンド、即興演奏活動などを経て2013年、サーキットベンディングの一種、電子楽器数台分の剥き出しにされた回路基板を用い、「バグシンセ」「bugsynthesizer」と名付けてリアルタイムに電子回路をショートさせる方法で演奏活動を開始。参加グループ:《《》》(metsu)、相ieトtナ(略)、zzzt、そばうどん。 公式サイト: http://www.kayunakada.com


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by ooi_piano | 2016-07-26 00:32 | コンサート情報 | Comments(0)

8月14日(日) ラヴェル:ピアノ協奏曲@京都

洛星交響楽団楽友会演奏会
https://www.rakusei.gr.jp/blog/4472/ 
2016月8日14(日)14時開演(13時開場)
京都コンサートホール大ホール (自由席)
一般 1500円/高校生以下 500円
指 揮:山本貴嗣 Takashi Yamamoto
ピアノ:大井浩明 Hiroaki Ooi

●ロッシーニ/ウィリアム・テル序曲
  〔指揮:西尾望 演奏:洛星交響楽団(現役中学・高校生演奏)〕
●ラヴェル/ピアノ協奏曲 ト長調
●プロコフィエフ/交響曲第5番 変ロ長調 作品100

【主催】 洛星交響楽団楽友会(洛星中学・高等学校オーケストラ部OB) https://www.facebook.com/rakuseioborchestra
【問い合わせ】 080-4238-2016(担当:吉川)  rakuseiobconcert2016[at]gmail.com

c0050810_11332264.jpg山本貴嗣 Takashi Yamamoto, conductor
  洛星30期生。大阪大学人間科学部卒。幼少よりピアノとソルフェージュを学ぶ。洛星交響楽団でコントラバスを演奏、大阪外国語大学管弦楽団で学生指揮をつとめた。1995年〜2001年 けいはんなフィルハーモニー管弦楽団音楽監督。この間、同楽団のすべての演奏会とバレエ公演を指 揮。ザ・シンフォ ニーホールでの特別公演ではベルリオーズ、ラヴェル、イベールの作品を取り上げ好評を博した。2003年より長岡京市 民管弦楽団アドヴァイザリー・コンダクターとして、現在に至るまで数多くの演奏会を指揮してきており、長岡京音楽祭 「国民文化祭記念コンサート」にも2012年、2015年の二度に亘って登場した。一方、バレエ指揮ではプロのダンサーや演出家からの信頼が厚い。近年では「淡路島舞台芸術祭」でチャイコフスキー「白鳥の湖」全幕、兵庫県芸術文化センターでプロコフィエフ「ロミオとジュリエット」全幕の各公演を成功させた。合奏トレーナーとしても数々の楽団で活動しており、前回(2013年)の洛星交響楽団楽友会演奏会でもトレーナーを務めた。


c0050810_1134214.jpg西尾望 Nozomi Nishio, conductor
  相愛大学音楽学部卒業。森純子、斉藤建寛の諸氏に師事。卒業後、フリーのチェロ奏者としてオーケストラや室内楽等で活動を展開する傍ら、相愛大学オーケストラ指導教員、大阪芸術大学オーケストラ奏者を兼務する。2000年4月より洛星中学・高等学校に赴任、部創立者・小笠原義明氏の後任として洛星交響楽団常任指揮者となり、的確かつ情熱的な指導で高い評価を得ている。毎年4月に開催されるチャリティーコンサートでは、ショスタコーヴィチ:交響曲第5番《革命》、リムスキー=コルサコフ:交響組曲《シェヘラザード》、チャイコフスキー:交響曲第4番、シューベルト:交響曲第8番《グレート》等の大曲・難曲にも取り組んでいる。学外での活動としては、NPO法人オペラプラザ京都第9回公演においてモーツァルト:オペラ「魔笛」全二幕を指揮、一昨年8月京都コンサートホールにて行われたエルサレム・ユース・コーラス招聘コンサート、ならびに今年5月のロームシアター京都メインホール(旧京都会館第1ホール)での京都男声合唱団定期公演では、京都フィロムジカ管弦楽団と洛星交響楽団他の合同オーケストラも指揮し、絶賛を博した。
 〈ココロコミュ〉サイトでのロングインタビュー:http://www.cocorocom.com/labo/interview/nishio.php



c0050810_11355178.jpg洛星交響楽団楽友会
  洛星交響楽団楽友会は、洛星中学・高等学校オーケストラ部のOB会であり、3年に一度、会員であるオーケストラ部OBを中心にその家族や活動の趣旨に賛同するメンバーを集めて演奏会を開催している。今回は現役オーケストラ部の部員も数名参加しての演奏となる。
  1957年に洛星中学・高等学校オーケストラ部が小笠原義明先生を中心に有志で創設されて59年、OBには、佐々木真氏(3期生 元・東京交響楽団首席フルート奏者、日本フルート協会会長、日本演奏連盟理事)、 寺本義明氏(26期生 東京都交響楽団首席フルート奏者)、大井浩明氏(30期生 ピアニスト)、中田延亮氏(36期生 指揮者)など、数多くの演奏家を輩出している。
  演奏家のほかにも、故安井敏雄氏(5期生 元相愛大学音楽学部音楽マネジメント学科長)、中川真氏(大阪市立大学文学研究科教授、国際センター所長(音楽学))、岡田暁生氏(21期生 京都大学人文科学研究所教授(音楽学))、山田治生氏(25期生 音楽評論家)、故吉村渓氏(25期生 音楽評論家)、荒木源氏(26期生 小説家)(映画「オケ老人!」原作者)など、音楽の世界で活躍しているOBも数多い。
  1997年に 最初の演奏会を開催して以来、今回は7回目の演奏会となる。当初は、学校や同窓会の記念行事に合わせて不定期に演奏会を開催していたが、近年では概ね3年に一度の頻度で定期的に演奏会を開催しており、「第九」(2002年)、「巨人」(2010年)、「英雄の生涯」(2013年)など大曲にも取り組んでいる。
 

c0050810_11365255.jpgコンサートホールのアクセス
■電車でお越しの場合
  京都市営地下鉄烏丸線北山駅下車1番または3番出口 南へ徒歩5分
■車でお越しの場合
  北大路通から下鴨中通(府立大学前交差点)を北上、もしくは北山通りから下鴨中通(北山駅前交差点)を南下
  駐車場利用可:8:00~23:00、約100 台収容可能、30 分ごとに250 円、車高制限2.1m
■バスでお越しの場合 
  京都市バス、4系統もしくは北8系統で北山駅前バス停下車 南へ徒歩5分
  京都バス 京都コンサートホール前バス停下車
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by ooi_piano | 2016-07-10 10:34 | コンサート情報 | Comments(0)