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Хироаки Ои Фортепианные концерты
Сны о России

松山庵(芦屋市西山町20-1) 阪急神戸線「芦屋川」駅徒歩3分
4000円(全自由席)
〔要予約〕 tototarari@aol.com (松山庵)
チラシpdf 



【第2回公演】 2022年8月7日(日)15時開演(14時45分開場)

S.V.ラフマニノフ(1873-1943)

8/7(日)ラフマニノフ《24の前奏曲集》《18の練習曲集》_c0050810_15133212.jpg
●前奏曲ヘ長調 Op.2 (1891) 3分

●24の前奏曲集 Opp.3-2 / 23 / 32 (1892-1910) 70分
  I. 嬰ハ短調 - II. 嬰ヘ短調 - III. 変ロ長調 - IV. ニ短調 - V. ニ長調 - VI. ト短調 - VII. 変ホ長調 - VIII. ハ短調 - IX. 変イ長調 - X. 変ホ短調 - XI. 変ト長調 - XII. ハ長調 - XIII. 変ロ短調 - XIV. ホ長調 - XV. ホ短調 - XVI. ト長調 - XVII. ヘ短調 - XVIII. ヘ長調 - XIX. イ短調 - XX. イ長調 - XXi. ロ短調 - XXII. ロ長調 - XXIII. 嬰ト短調 - XXIV. 変ニ長調

(休憩)

■山口雅敏(1976- ):《エピタフィア Эпитафия》(2022、委嘱初演) 7分

●練習曲集《音の絵 Op.33》(1911) 27分
  I. ヘ短調 - II. ハ長調 - III. ハ短調 - IV. イ短調〈赤頭巾と狼(初版)〉 - V. ニ短調〈カラータイマー〉 - VI. 変ホ短調 - VII. 変ホ長調〈市場の情景〉- VIII. ト短調 - IX. 嬰ハ短調

●前奏曲ニ短調(遺作) (1917) 2分

●練習曲集《音の絵 Op.39》(1917) 38分
  I. ハ短調 - II. イ短調〈海とかもめ〉- III. 嬰へ短調 - IV. ロ短調 - V. 変ホ短調 - VI. イ短調〈赤頭巾と狼(改訂版)〉- VII. ハ短調〈葬送行進曲〉- VIII. ニ短調 - IX. ニ長調〈東洋風行進曲〉

[使用エディション:ラフマニノフ新全集版(2017)]



山口雅敏 Masatoshi Yamaguchi, composer
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  兵庫県立西宮高校音楽科を経て、東京音楽大学卒業、同大学研究生修了。フランス国立ヴィルダブレイ音楽院の最高過程を金賞を得て卒業、また同大学院を最優秀で修了。エコール・ノルマル音楽院や、ベルギー在住のピアニスト、アラン・ヴァイス氏のもとでも研鑚を積む。フランスでの第6回メドックアキテーヌ・ピアノコンクール第3位。日本音楽指導者協会第9回ピアノコンクール全国大会第1位最優秀賞。東京と大阪でソロリサイタルを開催し2018年には、ウィーンのエロイカ・ザールにてWienerKlassikQuintettと共演しモーツァルト「ピアノ協奏曲第23番k.488」を演奏した。音楽誌「ムジカノーバ(音楽之友社)」や新聞への記事、書評の執筆を行う。論文も多数刊行されている。また、ピアノ連弾編曲が楽譜集「PIANO STYLEプレミアムセレクション」(リットーミュージック)に収録され、付属CDの演奏を創刊号より担当している。伊賀あゆみとのピアノデュオでも活動し、超絶技巧を駆使した演奏と、複雑な手の交差、アクロバットな体の動きを用いた見た目にも楽しい連弾作品や、世界(日本)初演となる珍しい作品の発掘、山口の採譜によるV.ホロヴィッツの編曲を華麗にリメイクした作品などのオリジナル編曲を中心に演奏し、「進化系デュオ」と評される。これまでにグレインジャー音楽祭、ラ・フォール・ジュルネ・オ・ジャポン・エリアコンサート、サントリー・ブルーローズ・ホール、紀尾井ホールでのスルタノフ記念コンサートなどに出演し、日本各地でコンサートを行うほか、文化庁の派遣によるピティナ学校クラスコンサートも行っている。また「4Hands EVOLUTION 進化系ピアノ連弾 」(VIRTUS CLASSICS)、「Homage to HOROWITZ on 4 Hands ホロヴィッツへのオマージュ」(T&K Entertainment/レコード芸術誌準特選盤)、「ショスタコーヴィチ交響曲第11番 1905年連弾版<世界初録音>」(VIRTUS CLASSICS/レコード芸術誌特選盤)の3枚のCDをリリース。モスクワのスクリャービン記念博物館でのコンサートや、クラクフでの音楽祭(SfogatoFestival)にも出演する。現在、神戸女子大学、大阪総合保育大学、兵庫大学非常勤講師。

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ラフマニノフを捉え直す―――野々村 禎彦

  セルゲイ・ラフマニノフ(1973-1943) という作曲家=ピアニストを音楽史に位置付ける際に最初に参照点になるのは、モスクワ音楽院同期のライバルだった作曲家=ピアニスト、アレクサンドル・スクリャービン(1872-1915) である。ラフマニノフはモスクワ音楽院修了時にピアノ・作曲両部門の金賞(=大金賞)を得たが、スクリャービンはピアノ部門の金賞のみに留まった。ラフマニノフはロシア革命を逃れて米国に亡命し、主にピアニストとして活動を続けて十分な数の録音を残した。スクリャービンは生来虚弱で、上唇の潰瘍から感染した敗血症のため早逝し、ピアノ演奏音源は残されていない。

  伝記的事実の表面だけ眺めると、ラフマニノフの方が幸福な人生だったように見えるが、必ずしもそうではない。ラフマニノフとスクリャービンは共に多くの取り巻きに囲まれ、当人同士の関係は良好でも、取り巻き同士は激しく対立していた。ラフマニノフの取り巻きにはヴィルトゥオーゾとして熱狂する女性が多かった。スクリャービンの取り巻きには神秘主義まで含めて崇拝する文字通りの「信者」が多かったが、無調化以降の作風を高く評価しつつも問題点も指摘し、取り巻きのスノビズムには批判的だった音楽評論家サバネーエフのような真の理解者もいた。スクリャービンの死を受けて、ラフマニノフは遺族のために連続演奏会を企画したが、スクリャービンの取り巻きは彼の解釈を厳しく批判し、ショックを受けた彼は1年以上作曲ができなくなった(これを乗り越えてピアノ曲の最高傑作《音の絵第2集》(1916) を書き上げた)。米国亡命後はピアニストとしては成功したが、新古典主義全盛の音楽界の中で作曲家としての自信は衰えるばかりで、《鐘》(1913) や《徹夜祷》(1915) に匹敵する作品が書かれることはなかった。

  20世紀初頭における無調化は、新ウィーン楽派周辺のみならず、R.シュトラウスやシベリウスも巻き込んだ大きな潮流だった。その中でスクリャービンは、長3度・完全4度・増4度を堆積した「神秘和音」で「無調」のトーンを作り、持続音(ピアノ独奏曲ではアルペジオとトリルで代用)で時間を分節する、という単純だが明確な方法論を打ち出した。神秘和音の構成音は全音音階に極めて近く、その影響圏は「印象派風」の括りに埋もれがちだったが、「無調的な構成音と持続音による分節」まで拡大すれば、その影響圏は一挙に広がる。ロシア・アヴァンギャルドの作曲家の多くはこの意味ではスクリャービンの影響下にあり、シェルシもピアノ即興に基づく作品群で参照した。即興音楽における「無調」表現の現実的処方箋として、広義のスクリャービン流「無調」は広がっており、その影響は今日においてもまだ過去のものにはなっていない。

  他方ラフマニノフは、この潮流には全く与しなかった。米国亡命後に新古典主義に向かうこともなく、しかし同時代の潮流を批判するでもなく、「時代遅れ」という非難も甘んじて受け入れていた。死後の前衛の時代には扱いはさらに悪くなり、非専門家による一過性の人気だと切り捨てられた。この時代は、彼とスクリャービンの音楽を共に得意とするホロヴィッツのようなヴィルトゥオーゾが一世を風靡した時代でもあるわけだが、むしろ彼らの音楽がアクチュアリティを失い、差異が透明化された結果と見做せる。新ロマン主義の時代のラフマニノフ評価は、前衛の時代の批判をそのまま裏返した称賛に過ぎず、評価の枠組は変わらなかった。

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  ここまで眺めてきたラフマニノフの評価軸には、抜け落ちているものがある。ピアニストとしてのラフマニノフである。彼の自己認識はあくまで作曲家であり、ピアノ演奏は生計を立てる手段に過ぎなかった(バルトークと同様)ので、そうなるのも無理はない。だが、SPやピアノロールに数多く残された彼の録音の復刻を一聴すれば、認識は一変するはずだ。彼は十度を楽に掴める大きな手と異常に柔軟な指関節を持ち、この身体的メリットを活かして楽曲の対位法構造を徹底的に抽出してモダニズムを体現した。この目的には伝統的な調性音楽の方が都合が良く、自作自演を前提にする限り、作曲家ラフマニノフは19世紀の語法を革新する必要は全くなかった。自作以外の主要レパートリーはショパンとベートーヴェンであり、ヴィルトゥオーゾ志向の作曲家=ピアニストにありがちな、表面的な技巧に淫するレパートリーへの嗜好は微塵もない。

  それならば、彼がなぜ自作に自信が持てなかったのかもわかる。彼の作曲上のライバルはスクリャービンなどではなく、クラシック鍵盤音楽史の最高峰をなす作曲家たちだったのである。そんな彼がJ.S.バッハをはじめとするバロック鍵盤音楽には手を出さなかったのは、ロマン派的な要素を求める嗜好も大きいのだろうが、新古典主義が「バッハに帰れ」をスローガンにしていたので忌避したという面もあるだろう。むしろ彼が手を付けなかったおかげで、この分野は20世紀後半に発展する余地があった。ヴェデルニコフやアファナシエフのような、対位法表現を表看板にしてJ.S.バッハを最重要レパートリーにするピアニストたちが、リスペクトするピアニストの筆頭にラフマニノフを挙げているのは必然である。

  スクリャービンのピアニズムの核心は精妙なペダル操作から生み出される音色表現だったと伝えられており、その信奉者たちはラフマニノフの演奏スタイルを「足はペダルに乗せているだけ」などと揶揄した。彼らがラフマニノフのスクリャービン解釈に批判的だったのもそのあたりが背景にある。だが、ラフマニノフのピアニズムの核心が対位法構造の表現ならば、ダンパーペダルの多用はそれを濁らせるだけである。彼が自らの演奏様式に自覚的だったとすれば、自作自演を前提に書かれたピアノ曲はその演奏様式も前提にしているはずだ。「対位法表現の器」として捉え直すことで、ラフマニノフの音楽に新たな扉が開かれるに違いない。「早すぎた代表作」〈前奏曲嬰ハ短調〉op.3-2の桎梏を、ショパンにならった全調性の24曲に溶け込ませて乗り越えた《24の前奏曲》(1892/1901-03/10) と、ロシア時代のピアノ曲の集大成《音の絵》(1911/16, op.33-4とop.39-6は本来は同一曲だが、今回取り上げるのは作曲年による創作様式の変化を織り込んだ補作版)。相手に不足はないはずだ。



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# by ooi_piano | 2022-06-15 05:22 | Сны о России 2022 | Comments(0)
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大井浩明ピアノリサイタル――をろしや夢寤 
Хироаки Ои Фортепианные концерты
Сны о России



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松山庵(芦屋市西山町20-1) 阪急神戸線「芦屋川」駅徒歩3分
4000円(全自由席)
〔要予約〕 tototarari@aol.com (松山庵)

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【第1回】 2022年6月12日(日)15時開演(14時45分開場)

P.I.チャイコフスキー(1840-1893)

●ピアノ協奏曲第1番変ロ短調Op.23冒頭(1875/1942) [P.グレインジャー編独奏版] 4分
交響曲第4番ヘ短調Op.36 (1878) 45分
 I. Andante sostenuto - Moderato con anima - II. Andantino in modo di Canzona - III. Scherzo. Pizzicato ostinato. Allegro - IV. Finale. Allegro con fuoco

  (休憩)

●《「ドゥムカ」 ハ短調 ~ロシアの農村風景 Op.59》(1886) 7分
交響曲第5番ホ短調Op.64 (1888) 50分
 I. Andante/Allegro con anima - II. Andante cantabile con alcuna licenza - III. Valse. Allegro moderato (#) - IV. Finale. Andante maestoso/Allegro vivace

  (休憩)

●バレエ音楽《胡桃割人形》より「花のワルツ」Op.71 (1892) [S.タネーエフ編独奏版] 7分
交響曲第6番ロ短調『悲愴』Op.74 (1893) 45分
 I. Adagio/Allegro non troppo - II. Allegro con grazia - III. Allegro molto vivace (#) - IV. Adagio lamentoso

[ヘンリク・パフルスキ(1859-1921)編曲によるピアノ独奏版(1897/1901)]
[(#)... サムイル・フェインベルク(1890-1962)によるピアノ独奏版(1942)]




〇チャイコフスキー編曲集プレイリスト https://www.youtube.com/playlist?list=PLiLOOaD1cYsPDuMWl-Ha9GM8K1QKuS913
《弦楽四重奏曲第1番ニ長調 Op.11 第2楽章「アンダンテ・カンタービレ」》(1871/73) [K.クリントヴォルト編曲ピアノ独奏版]、交響曲第2番《ウクライナ》より第2楽章「行進曲」(1872/1942)[S.フェインベルク編独奏版]、歌曲集《6つのロマンス Op.16》より「ゆりかごの歌」「おお、あの歌を歌って」「それが何?」 (1873、作曲者自身によるピアノ独奏版)、《6つの小品 Op.19》より第4曲「夜想曲」(1873)、《「四季」(12の性格的描写) Op.37bis》(1876/全12曲)、《弦楽セレナーデ》より第3楽章「エレジー」 Op.48-3(1880/1902) [M.リッポルトによるピアノ独奏版]、《子供のための16の歌 Op.54》より「春」「私の庭」「子供の歌」 (1881-83/ 1942) [S.フェインベルクによる独奏版]、《即興曲(遺作)》(1892/1894) [タネーエフ補筆]

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をりしもあれ、チャイコフスキー ――大塚健夫

  チャイコフスキーのピアノ協奏曲第一番、作品23の冒頭、あの誰もが知っている荘厳な旋律は、ドーピング事件以来ロシアの第二の国歌ともいえる曲になっている。当の協奏曲においてこの旋律は序奏部のみに使われ、その後一度も出てこない。何という贅沢な使われ方なのか。この旋律に魅了されていつまた出てくるか出てくるかと期待している聴衆は終楽章が終わってとてもがっかりとさせられる・・・といったようなことをかつて書いた。ところがこの序奏の最初に使われている「ファ・レb・ド・シb」という下降音型は、その後もいくつかの場所に繰り返して出てくる、という英国の音楽学者 デービット・ブラウン (1929-2014) の学説があることを筆者は最近知った。しかもこの変ニ長調の4音の階名(ミ・ド・シ・ラ)は作曲家の名と姓のラテン文字表記、〈pEtr CHAikovsky〉(E-C-H-A)を象徴している、いうのだ。ここまで来ると何か「謎解き、ピアノ協奏曲」みたいだが、このブラウンという人、兵役でロシア語を学び諜報部隊 (Intelligence Corps) に所属した経歴があり、暗号解読者としてさもありなんという気もしてくる。スパイでもあった文豪サマセット・モームの音楽評論家版といったところか。さらに言うと、一時期チャイコフスキーの婚約者であった(結婚には至らず)ベルギーの歌姫 Désirée Artôt (1835-1907) のイニシャルが、I楽章第2主題の最初の下降音型「レb-ラ♮」に表れているという。作曲家が本当にそう考えていたのかは確認のしようがないけれども、少なくとも「ファ・レb・ド・シb」という下降音型はチャイコフスキーのお気に入りだったのだろうと思う。第四交響曲のII楽章 アンダンテ(変ロ短調)の冒頭の3音の前にファの音を置くと「(ファ)・レb・ド・シb」になるのもその一例。

   第四交響曲はI楽章が続く三つの楽章に比べると抜きん出て長い。まだLPレコードの時代、ロマン派の交響曲の殆どはA面がI,II楽章、B面がIII, IV楽章という風に収まっていてII楽章が終わるとレコードをひっくり返していたのだけれども、「チャイコの4番」はA面はI楽章のみ、残りがB面に詰め込まれていたものである。I楽章のリズムについては、当時としては斬新な手法が取られている。展開部でブラス・セクションの咆哮にも負けじと、8分の9拍子(16分音符で18個/一小節)の中、弦楽器は16分音符 x 4 のフレーズを執拗に繰り返すところは、 4x3=12=6x2の「小ヘミオラ」が, 12x3 =36=9x4の「大ヘミオラ」に組み込まれていると言えるし、また8分の9拍子の中で延々と続くシンコペーションは、聴く人の耳を強拍と弱拍を入れ替えた感覚に誘導し、長いフレーズが終わるところで予期せぬ字余り(字足らず)感を味わう、というのもチャイコフスキーとしては一つの実験だったのではないかと思う。それだけ気合を入れて書かれた長いI楽章なのだ、と。
   第四交響曲は、作曲された時期(1877-78)が作曲家自身の束の間に終わった不幸な結婚とか、パトロンであったフォン・メック夫人との文通がたけなわだったことに重なることもあり、作曲家個人の精神状態から曲の解明を試みようとする文献は多くある。一方でこの時期は、オスマン・トルコがロシアの同胞国であるセルビア・モンテネグロに侵攻し、ロシアが「同じスラヴの仲間」(汎スラヴ主義)という建前からトルコに宣戦した露土戦争と重なる。本音は帝政ロシアが地中海への開かれた通路を求めたという考察もあるが、それはさておき第四交響曲初演(1878年2月、モスクワ、ニコライ・ルビンシュテイン指揮)の翌月にロシアは勝利する。友好国の領土を巡って戦争が行われ、国内は愛国心で高揚する一方で戦線では多くの死者が出る、という当時の国内の雰囲気がこの交響曲には反映されているのかもしれない。『アンナ・カレーニナ』の最終章には、アンナが鉄道自殺を遂げたあとヴロンスキーが露土戦争に参加すべく義勇兵としてセルビアに向かう場面がある。義勇兵、汎スラヴ主義・・・過去のものだと思っていた言葉が亡霊のごとく蘇ってきたのが2014年以降の現在のロシアだ。ちなみにヴロンスキーは「義勇兵 доброболец」としてロシアの帝国軍に入隊したが、ドンバス紛争で再び使われるようになった「国民義勇兵 ополченец」という言葉は国軍には所属しない民兵であって、政府はロシア軍による直接の軍事介入を否定した。
   III楽章からはヘ長調に転じ、IV楽章ではロシア民謡の主題が出てくる。1790年に音楽の知識のある啓蒙学者たちによって採集されたフォークロア・ソング、女性たちによる輪舞のうた、『白樺一本、野に立てり』。我らが日本人は誰だかわからないが「のはらに しらかば いっぽん・・」という原文に忠実な訳詞をつけた。さらにもう一つ替え歌がある。これはまだソ連時代、左翼の学生も多くいたであろう大学のオーケストラで流行った読み人知らずの歌詞で「おれたち共産党員・・きみたち共産党員・・みーんな共産党員・・」。「みーんな共産党員」のところがきちんと音価と合っており、見事だ。

  ピアノ独奏に使われる編曲譜は大部分がポーランド出身のヘンリク・パフルスキ(1859-1921) によるもの。父はフォン・メックの夫が所有していた鉄道会社の土地測量技師であり、ヘンリクはピアニストに、兄はヴァイオリニストになる。教育者としてのヘンリクは1886年から晩年までモスクワ音楽院で教鞭をとり、その作品は後年まで音楽院ピアノ科の教材として使われている。
  兄のヴラディスワフはフォン・メック家の子供たちの教師、その後フォン・メック夫人の秘書、そして彼女の娘婿となった。フォン・メック夫人は18人の子供を産み、うち7人は早世している。
  
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  今回唯一演奏されるオリジナルのチャイコフスキーのピアノ曲《ドゥームカ、ピアノのためのロシアの農村風景》作品59(1886年)は、フランスのピアニスト・教育家であったマルモンテル(1816–1898)に献呈され、フランスの出版社Makkarから発売された珍しい小品。チャイコフスキーの殆どの作品は、エストニア出身のピョートル・ユルゲンソンが起業したユルゲンソン出版社(1861–1918、革命後国に接収され国営『ムズィカ』となる)が版権とともに押さえていたが、《ドゥームカ》についてもユルゲンソンがその後に出版権を得ている。2004年、ユルゲンソン出版新社がモスクワで再登記された。
 「ドゥームカ думка」とは語源はウクライナ語で「思考」を意味する。メランコリックな緩徐部分と、速いテンポの中間部を持つ構成で、ドヴォルザークも《スラヴ舞曲》ほかでよく用いた音楽様式。

  第五交響曲は第四から十年を経た1888年に書かれている。第四のような「頭でっかち」ではなく、四つの楽章が均整の取れた構造であり、なにより『運命の動機』と言われる主題の一貫性はとてもわかり易い。一方で第四のような大胆な冒険はなりをひそめ、保守的なタッチを書かれたとも言われ、最終楽章のフィナーレについては虚しいハッピーエンドと辛口の批評をする人たちもいた。
   わたくし事で恐縮だが筆者は高校時代にこの第五交響曲に出逢い、ロシアの音楽、さらにはロシア語、ロシア語文化に惹かれてゆき今日に至っている。当時の自分がこの曲のどこに一番「シビれた」のかと言えば、やはりII楽章だろう。グレン・ミラーはII楽章の第一主題に魅せられてマック・デイヴィッドが書いた、というかコピーした《Moon Love》(1939)という曲をフォックストロットのリズムでレコード化したが、筆者がシビれたのは第二主題がクライマックスを迎えるところ、ベース・ラインがコントラバスとバストロンボーン、チユーバによってF#から半音も交えながら1オクターヴ下のF#まで下降して行くのに積み重なってゆくコードの多彩な変化のところだった。高校時代に千住明らとジャズ・バンドをやっていた筆者は、このPoco piu Mosso のところのベース・ラインとコードをコピーして「オータム・イン・レニングラード」という駄作を書いた。これはスタンダード・ジャズの定番、ヴァーノン・デューク作詞作曲《Autumn in New York》のパロディである。ちなみにデュークは本名をウラヂーミル・ドゥケーリスキーと言い、ロシア帝国ミンスク県(現在のベラルーシ)生まれのロシア人米国移民である。

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  《くるみ割り人形》からの「花のワルツ」は、タネーエフ編曲版で披露される。セルゲイ・タネーエフ(1856–1915) はモスクワ音楽院でニコライ・ルビンシュテインとチャイコフスキーに認められ、1885年からは音楽院長を務めた。作曲の師であるチャイコフスキーの多くの管弦楽作品をピアノ用に編曲したことに加え、未完に終わったオペラ《ロメオとジュリエット》(1869年に《幻想序曲 ロメオとジュリエット》として世にでた)からの二重唱の場面を師の没後にオーケストラ版に編曲している(ネーメ・ヤルヴィの録音あり)。一方で、第四交響曲の初演のあとでは「I楽章が長過ぎる。交響詩に三つの楽章をくっつけたようなものだ」と歯に衣着せぬコメントもしていて、7時間かけてこの交響曲の細かなコメントを書いて弟子のスクリャービンに送ったという逸話も語り継がれている。

   第五交響曲から5年を経て第六交響曲『悲愴』が発表され、その九日後にチャイコフスキーは53歳で死去する。このことから彼を悲劇の作曲家と捉える傾向があるけれども、すでに最後の数年はロシアのみならず欧米でもその名声は確立され、チャイコフスキーの膨大な書簡の研究者である伊藤恵子の言葉を借りれば「人間国宝」的な存在になっていた。葬儀に際してもロシア皇室は迷いなく国葬を命じた。生前にこのような高い評価を得ていたことはシャイであったとされるチャイコフスキー本人もその栄誉を認識していたと思う。また彼のホモセクシュアルについては多くの知人たちが認めているけれども、スクリャービン、ラフマニノフが学んだニコライ・ズヴェーレフ(1832–1893)のように知る人ぞ知る男色家であり、弟子の少年たちを家に住まわせて多くがその犠牲になったというような人と比べれば大人しい方ではなかったか。

  死去する年(1893年)のチャイコフスキーのロシア内外での活動を挙げてみる。
  1月 ブリュッセルで自作演奏会を指揮。そのあとオデッサ(現ウクライナ、オデーサ)で演奏会。
  3月 ハリコフ(現ウクライナ、ハリキウ)で第二交響曲と『1812年』序曲を指揮。(チャイコフスキーはウクライナの音楽アカデミーの発展に尽力した。キエフには1913年に音楽院が創設され、1940年に「チャイコフスキー記念」という名称になっている。)
  6月 英国ケンブリッジ大学に赴き名誉博士号授与式(ブラームス、ヴェルディは辞退し、チャイコフスキーの他にはブルッフ、グリーク、サン=サーンス、それにイタリアのボーイトに授与された。記念演奏会では『フランチェスカ・ダ・リミニ』を指揮して披露。)
  9月 ハンブルグの劇場でマーラーの指揮による自作《イオランタ》を観る。
  10月16日、第六交響曲初演。20日レストランで食事、25日死去。28日、カザン大聖堂で国葬。アレクサンドル・ネフスキー修道院墓地に埋葬。

  大作曲家の死因はコレラであったとされるが、自殺説、コレラではなかった説、主治医による不適切な治療説・・・いろいろある。「人間国宝チャイコフスキーが高名な医者の手当もむなしく、コレラで世を去った。当時のコレラは衛生設備にめぐまれない下層階級の病気だったから、さまざまな噂をよんだ」(伊藤恵子『チャイコフスキー』)というのが当時のロシアの受け止め方をよく表していると思う。

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〈公演予告〉

【第2回】2022年8月7日(日)15時開演(14時45分開場)
S.V.ラフマニノフ(1873-1943): 24の前奏曲集 Opp.3-2 / 23 / 32 (1892-1910)、 18の練習曲集《音の絵》Opp.33 / 39 (1911-1917)
山口雅敏(1976- ):《エピタフィア Эпитафия》(2022、委嘱初演)
[使用エディション:ラフマニノフ新全集版(2017)]

【第3回】 2022年10月1日(土)15時開演(14時45分開演)
S.S.プロコフィエフ(1891-1953):ピアノソナタ第3番イ短調 Op.28「古い手帳から」(1917)、ピアノソナタ第6番イ長調 Op.82 「戦争ソナタ」(1940)、ピアノソナタ第7番変ロ長調 Op.83「スターリングラード」(1942)、ピアノソナタ第8番変ロ長調 Op.84「戦争ソナタ」(1944)

【第4回】 2023年1月7日(土)15時開演(14時45分開演)
D.D.ショスタコーヴィチ(1906-1975): 24の前奏曲とフーガ Op.87 (1951)
[使用エディション:ショスタコーヴィチ新全集版(2015)]

【番外編】 2023年3月(東京) ロシア・アヴァンギャルド特集(N.A.ロスラヴェツ/A.V.スタンチンスキー/S.Y.フェインベルク/N.B.オブーホフ/A.-V.ルリエー/B.M.リャトシンスキー/A.V.モソロフ)+委嘱新作


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連続リサイタル《をろしや夢寤 Сны о России》 (2022/06/06 update)_c0050810_13242667.jpg




# by ooi_piano | 2022-06-07 02:03 | Сны о России 2022 | Comments(0)
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【New!】
■チャイコフスキー(タネーエフ補筆):《即興曲(遺作)》(1892/1894)

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■M.スコリク(1938-2020):《メロディ》(1981)
■V.シルヴェストロフ(1937- ):《ウクライナへの祈り》(2014)

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■サン=サーンス(L.ゴドフスキー編):《白鳥》(1886/1927)
■サン=サーンス(G.ファウル編):《白鳥》 (1886/2019) [米沢典剛によるピアノ版]
■R.シューマン(サン=サーンス編):《夕べの歌 Op.85-12》
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一般社団法人全日本ピアノ指導者協会[PTNA]のYouTubeアカウント(+α)で公開されている動画一覧 大井浩明(ピアノ/フォルテピアノ/クラヴィコード/オルガン)

【作曲家五十音順】
【あ】
■A.アレクサンドロフ(1883-1946):《ボリシェヴィキ党歌》(1938)
■伊藤謙一郎(1968- ):《アエストゥス》(2018)
■入野義朗(1921-1980):《三つのピアノ曲》(1958)
奥村一(1925-1994):《さくらさくら》(1963)
■落晃子(1969- ):《八犬伝》(2021)
■P.オリヴェロス(1932-2016):《ノルウェーの木》(1989)
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【か】
■姜碩煕(カン・スキ)(1934-2020):《ゲット・バック》(1989)
■喜多郎(1953- ):《絲綢之路》(1980)
■I.クセナキス(1922-2001):《シナファイ》(1969) NJP 1996 Jul. / KSO 1996 Nov.(前半後半)/LPO 2002 Mar.  《エリフソン》(1974)  《ケクロプス》(1986) TPO 2022 Feb.
■桑原ゆう(1984- ):《花のフーガ》(2019)
■剣持秀紀(1967- ):《ピンチェ》(2015)
■J.コズマ(1905-1969):《枯葉》 (1945/1993)[武満徹編]
■L.ゴドフスキー(1870-1938):《天国のアナクレオンへ》(1780/1921)
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【さ】
■坂本龍一(1952- ):《エナジー・フロー》(1999)
■佐村河内守(新垣隆)(1970- ):《ドレンテ》(2011)
■清水卓也(1986- ):《町田のヤンキー》(2011)
■R.シューマン(1810-1856):《夕べの歌 Op.85-12》(サン=サーンス編)
■M.スコリク(1938-2020):《メロディ》(1981)
■鈴木悦久(1975- ): 《クロマティスト》(2004)  《ピアノの練習》(2019)
■棚田文紀(1961- ):《前奏曲》(2007/18)
■田村文生(1968- ):《きんこんかん》(2011)
■P.チャイコフスキー(1840-1893) :《弦楽四重奏曲第1番ニ長調 Op.11 第2楽章「アンダンテ・カンタービレ」》(1871/73) [K.クリントヴォルト編曲ピアノ独奏版]  交響曲第2番《ウクライナ》より第2楽章「行進曲」(1872/1942)[S.フェインベルク編独奏版]  歌曲集《6つのロマンス Op.16》より「ゆりかごの歌」「おお、あの歌を歌って」「それが何?」 (1873、作曲者自身によるピアノ独奏版) 《6つの小品 Op.19》より第4曲「夜想曲」(1873) 《「四季」(12の性格的描写) Op.37bis》(1876) 《弦楽セレナーデ》より第3楽章「エレジー」 Op.48-3(1880/1902) [M.リッポルトによるピアノ独奏版] 《子供のための16の歌 Op.54》より「春」「私の庭」「子供の歌」 (1881-83/ 1942) [S.フェインベルクによる独奏版] 《即興曲(遺作)》(1892/1894) [タネーエフ補筆]
■R.ディットリヒ(1861-1919):《さくら》(1894)
■寺内大輔(1974- ):《地層》(2014)
■冨田勲(1932-2016):《きょうの料理》(1957)
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【な】
■中川真(1951- ):《非在の声》(2020)
■長瀬弘樹(1975-2012):《見えない星》(2007)
■信時潔(1887-1965):《あかがり》(1920)
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【は】
■橋本晋哉(1971- ):《ゆたにたゆたに》(2016)
■S.バーバー(1910-1981) (米沢典剛編):《弦楽四重奏曲第1番第2楽章「アダージョ」》(1936/2017)
■林廣守(1831-1896):《君が代》(1880) ノエル・ペリ(1865-1922)編曲(1905)  A.グラズノフ (1865-1936) [Op.96、米沢典剛編ピアノ版](1915/2019)  河村光陽(直則)(1897-1946):《君が代踊り》(1941)  溝部國光(1908-1996)編(1971)   小弥信一郎(1950- )編(1979)  三宅純(1958- )編(2016)  吉田光貴(1994- )編(2016)  久米由基(1960- )編(2018)  松尾賢志郎(1995- )編(2019)
■平井(保喜)康三郎(1910-2002): 幻想曲「さくらさくら」(1971)
■M.d.ファリャ(1876- 1946):《ヴォルガの舟歌》(1922)
■G.フォーレ(1845-1924):《さようなら Op.21-3》 (1878/2021) [横島浩編ピアノ独奏版] 《バイロイトの思い出 ~ワーグナー「ニーベルングの指環」のお気に入りの主題によるカドリーユ形式の幻想曲》(1880、A.メサジェ採譜)  《月の光》(1887/1927)(M.ボニによるピアノ独奏版)+C.ドビュッシー(1862-1918):「仮装舞踏組曲」より《月の光》(1880)  《消え去らぬ香り Op.76-1》 (1897/2021) [横島浩編ピアノ独奏版]  パリ音楽院ピアノ科初見試験課題曲 [女子学生用(1899)/男子学生用(1901)] 歌劇《ペネロープ》第1幕への前奏曲 (1913、作曲者編)  《チェロ・ソナタ第1番 ニ短調 Op.109》(1917)(全3楽章) 〔+上森祥平(チェロ)〕  《天守夫人(塔の奥方) Op.110》(1918) (ピアノ独奏版)  《幻想曲 Op.111》(1918、作曲者による2台ピアノ版) [+浦壁信二(ピアノ)]  《平和が来た Op.114》(1919/2021) [横島浩によるピアノ独奏版]  組曲《マスクとベルガマスク》 Op.112 (1919/2018) [米沢典剛編ピアノ独奏版] 《チェロ・ソナタ第2番 ト短調 Op.117》(1921)(全3楽章) 〔+上森祥平(チェロ)〕 「ディアーヌよ、セレネよ Op.118-3」(1921) ~歌曲集《幻想の水平線》より  《ピアノ三重奏曲 ニ短調 Op.120》(米沢典剛によるピアノ独奏版)(1923/2018) 《弦楽四重奏曲 Op.121》(G.サマズイユ編独奏版)
■G.プッチーニ(1858-1924)(=R.T.カッツ編):《弦楽四重奏曲 「菊」 嬰ハ短調》(1890/2017)
■J.ブラームス(1833-1897):交響曲第2番 Op. 73 第2楽章(1877/1915) [M.レーガー編独奏版]  《野の寂しさ Op.86-2》(1881/1907) [M.レーガー編独奏版]  《セレナード Op.106-1》(1885/1907) [M.レーガー編独奏版]  交響曲第4番 Op. 98 第2楽章 (1886/1916) [M.レーガーによるピアノ独奏版]  《メロディのように Op.105-1》(1888/1912) [M.レーガーによるピアノ独奏版]  《我が眠りは一層浅くなり Op.105-2》(1888/1906) [M.レーガー編独奏版] 《弦楽五重奏曲第2番 ト長調 Op.111》(1890/1920) [P.クレンゲルによるピアノ独奏版] 《クラリネット五重奏曲 Op.115》(1891/1904)[P.クレンゲルによるピアノ独奏版]  クラリネットソナタ第2番(Op.120-2) 第1楽章 (1894/2021) [米沢典剛編ピアノ独奏版] 《4つの厳粛な歌 Op.121》(1896/1912) [M.レーガーによるピアノ独奏版]  《一輪のバラが咲いて Op.122-8》(1896/1902) [ブゾーニ編独奏版]
■C.フランソワ (1939-1978)/J.ルヴォー(1940- ):《マイ・ウェイ》(夏田昌和によるピアノ独奏版)(1967/2014)
■L.ブローウェル(1939- ):《丘の愚者》(1976)
■L.v.ベートーヴェン(1770-1827): ソナタ第20番第2楽章(1795)  交響曲第3番《英雄》第1楽章(1803)(F.リストによる独奏版、前半後半) ソナタ第23番《熱情》第1楽章(1806)  弦楽四重奏のための《大フーガ》(1826)(L.ヴィンクラーによる独奏版、前半後半)(全てフォルテピアノ独奏)
■G.ペッソン(1958- ):《マストの上で(水兵の歌)》(2009)
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【ま】
■松下眞一(1922-1990): 《スペクトラ第4番》(1971)
■松平(工藤)あかね(1972- ):《ルグリにリフト》(2007)[+柴田暦(vocal)]
■G.マーラー(1860-1911) (米沢典剛編): 《花の章》(1888/2017)
■三木たかし [渡邊匡] (1945-2009):《夜桜お七》(1994) [後藤丹編ピアノ独奏版]
■箕作秋吉(1895-1971):《さくらさくら Op.16-2》(1940)
■O.メシアン(1908-1992)(=米沢典剛編):《星の血の悦び》(1948) [+浦壁信二(ピアノ)]
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【や】
■吉本光蔵(1863-1907):《君が代行進曲》(ca.1902)
■米沢典剛(1959- ):《君が代》(2021)
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【ら】
■L.J.A.ルフェビュール=ヴェリー(1817-1869):《H.ルベールの歌劇「ガイヤールのおやじ」による華麗な二重奏曲》(1852)[+金澤攝(ピアノ連弾)]
■C.ルル―(1851-1926):《分列式行進曲(扶桑歌)》(1886)
■M.レーガー(1873-1916):《クリスマスの夢~「聖しこの夜」による幻想曲》(1902) 《マリアの子守歌 Op.76-52》 (作曲者編ピアノ独奏版)(1904/1915) 《夜の歌 Op.138-3》(1914/2019) [ヴェンデリン・ビツァン編ピアノ独奏用パラフレーズ]  《ドイツ国歌によるフーガ》(1916、遺作)
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【わ】
■若尾裕(1948- ):《さりながら雪》(2019)
■R.ワーグナー(1813-1883):歌劇《ローエングリン》第1幕前奏曲(1848/2017)(B.ブライモ編) 歌劇《ローエングリン》第2幕より「エルザの大聖堂への入場」(F.リスト編) ヴェーゼンドンク歌曲集(1858/1917) [A.シュトラダルによるピアノ独奏版]  《トリスタンとイゾルデ》より「愛の場面」(1859/65)(タウジッヒ編) 《ジークフリート牧歌》(1870/1973) [G.グールド編ピアノ独奏版]  舞台神聖祝典劇『パルジファル』第1幕前奏曲(1857-82/1882)(A.ハインツ編) 《エレジー WWV93》(1881)
渡辺香津美(1953- ):《アストラル・フレイクス》(1980)




# by ooi_piano | 2022-06-06 18:54 | 雑記 | Comments(0)

公開録音コンサート 《 \重・厚・長・大☆MAX!/ 》
浦壁信二+大井浩明(2台ピアノ)
2022年5月19日(木)19:00開演(18:30開場)
東音ホール(JR山手線/地下鉄都営三田線「巣鴨駅」南口徒歩1分)
入場料: 3500円
peatrix予約ページ https://pubrec220519.peatix.com/


5/19(木) マックス・レーガー:二台ピアノのための全作品 (Opp. 86/96/114/132a)  [5/11 update]_c0050810_05213486.jpeg
マックス・レーガー(1873-1916):
《L.v.ベートーヴェン「11のバガテルOp.119」終曲の主題による12の変奏曲とフーガ 変ロ長調 Op. 86》 (1904) 22分
 Theme. Andante - I. Un poco più lento - II. Agitato - III. Andantino grazioso - IV. Andante sostenuto - V. Appassionato - VI. Andante sostenuto - VII. Vivace - VIII. Sostenuto - IX. Vivace - X. Poco vivace - XI. Andante con grazia - XII. Allegro pomposo - Fuga: Allegro con spirito

《W.A.モーツァルトのピアノソナタ第11番「トルコ行進曲付き」K.331 の主題による8つの変奏曲とフーガ イ長調 Op.132a》 (1914) 24分
Theme: Andante grazioso - I. L'istesso tempo (quasi un poco più lento) - II. Poco agitato (Più mosso) - III. Con moto - IV. Vivace - V. Quasi presto - VI. Sostenuto (quasi Adagietto) - VII. Andante grazioso - VIII. Moderato - Fuge: Allegretto grazioso

  (休憩)

《序奏、パッサカリアとフーガ ロ短調 Op.96》(1906) 18分

《ピアノ協奏曲 ヘ短調 Op.114》 (1910、作曲者編2台ピアノ版)[全3楽章] 40分
  I. Allegro moderato
  II. Largo con gran espressione
  III. Allegretto con spirito



【浦壁+大井ピアノドゥオ動画プレイリスト】
ストラヴィンスキー《結婚》、武満徹《クロスハッチ》、篠原眞《波状B》、フォーレ《幻想曲 Op.111》、メシアン《星の血の悦び》、バーンスタイン《トゥナイト》、宮川泰《宇宙戦艦ヤマト》、冬木透《ウルトラセブン》等

レーガー《マリアの子守歌》(作曲者編独奏版、レーガー最大のヒット曲)、《ドイツ国歌によるフーガ》(1916、遺作)、《夜の歌 Op.138-3》(W.ビツァン編によるパラフレーズ)、《「聖しこの夜」による幻想曲》(1902)、ブラームス《4つの厳粛な歌 Op.121》(レーガー編独奏版)、ブラームス:交響曲第2番第2楽章/同第4番第2楽章(レーガー編独奏版)、ブラームス《メロディーのように Op.105-1》(レーガー編独奏版)

5/19(木) マックス・レーガー:二台ピアノのための全作品 (Opp. 86/96/114/132a)  [5/11 update]_c0050810_13512899.jpg


# by ooi_piano | 2022-05-17 11:22 | Comments(0)

8月7日(日)ラフマニノフ《24の前奏曲集》+《18の練習曲集》


by ooi_piano