2/24(土)「知命」作曲家特集/夏田昌和新作+伊藤謙一郎新作

ポック[POC]#36】 2018年2月24日(土)18時開演(17時半開場) 「知命」作曲家特集

大井浩明(ピアノ独奏)

JR渋谷駅徒歩8分、井の頭線神泉駅徒歩3分
3000円(全自由席)

【お問合せ】 合同会社opus55 Tel 050(5849)0302 (10~18時/水木休) Fax 03 (3377)4170 (24時間受付)
チケット予約フォーム http://www.opus55.jp/poc.html
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●原田敬子(1968- ):《NACH BACH》(2004、全24曲・通奏初演) 60分
  I.田崎悦子に II.中川賢一に III.ラースロ・シャーリに IV.フェルディナンド・デュボワに V.大宅裕に VI.ル・コルビュジェに VII.ジェームズ・テニーに VIII.稲垣聡に IX.間宮芳生に X.美加理に XI.アントン・ウェーベルンに XII.シュテファン・フッソングに XIII.ニューヨーク市に XIV.鈴木俊哉に XV.〈水のガムラン〉--廻由美子に XVI.吉村七重に XVII.〈間奏曲〉--子供時代に XVIII.三善晃に XIX.山根孝司に XX.ジェルジ・リゲティに XXI.ブライアン・ファーニホウに XXII.(From "BONE")--ジョージ・ヴァン・ダムに XXIII.(Bone Variation)--ジェルジ・クルタークに XXIV.未来に 

 (休憩10分)

●山口恭子(1969- ):《zwölf》(2001、日本初演) 4分
●望月京(1969-):《メビウス・リング》(2003) 7分
●田村文生(1968- ):《きんこんかん》(2011、委嘱作・東京初演) 10分
  I. きん - II. こん - III. かん
●山路敦司(1968- ):《通俗歌曲と舞曲 第一集》(2011、委嘱作・東京初演) 20分
  I. 滲んで消えてしまう理想 - II. 色褪せた世界を照らし出す僕らの胸に刻むように - III. 愛を誓う - IV. 乱反射 - V. 私のこと、答えはその - VI. ワンダーレボリューション

 (休憩10分)

●木下正道(1969- ):《「すべて」の執拗さのなかで、ついに再び「無」になること II 》(2011) 7分
●西風満紀子(1968- ):《wander-piano II (harmony go!) 》(2015、日本初演) 6分
●夏田昌和(1968- ):《ガムラフォニー II》(2009)、《センターポジション》(2018、委嘱新作初演) 15分
●伊藤謙一郎(1968- ):《アエストゥス》(2018、委嘱新作初演) 7分



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原田敬子:《NACH BACH I-XXIV》 (2004)
  突き抜けた個性と創造的スピリットを持ち合わせた音楽家、田崎悦子さん(ピアニスト)との出会いによって、全24曲70分の『NACH BACH』 を作曲することになりました。田崎さんとは2001年頃から、草津、ニューヨーク、東京、八ヶ岳などあちこちで、折に触れて濃い時間を共にしました。
  田崎さんは J.S. Bachの『平均律クラヴィーア集』を敬愛し、2004年のリサイタルシリーズでプログラミングするにあたり日々アイデアを練っておられて、ある日 「『平均律・・』に関係する作品を作ってほしい」、とリクエストを受けました。
  私は『平均律…』第一巻の各曲の、プレリュードかフーガのいずれかを任意で選び、各主題の音組織を全く自由に並び替えることで、各曲に対応する全24曲を作曲することにしました。特殊奏法を予め禁止されたので、ピアノという楽器は、当然ながら「12の音高」から逃れられない、いわば古典楽器となりました。そこで様々考え抜いた末、音高から逃れられないなら、敢えて音高を主役に作曲しようではないかと決めました(それで『平均律・・』の各曲の主題音列を並び替えるという手段をとった)。私にとっては、幼少期から10代を除き、音高が支配的ポジションを占める楽器での独奏曲作曲は難関です。いくら組み合わせが無限にあるとしても、音高から逃げられずに音楽の中身そのものを新たに創造することは至難で、逃げ場は一切ありませんでした。
  各曲は、私が影響を受けてきた、主に芸術関係者へのオマージュとして作られていて、演奏者と聴衆が、それらオマージュの人々と間接的に出会うことを意図しました。オマージュの人々の個性が、私に与えてくれたインスピレーションは計り知れなかったからです。そしてありったけの力で、真剣に、とことん遊んだ作品となりました。 (平均律クラヴィーア集第1巻の、どの曲がどのオマージュに関連しているかは非公表。)
  今回、音楽家として同期の大井浩明さんに取り上げて頂けるご縁に驚き感謝しています。そして今回が全24曲通奏としては初めての機会となります。(田崎さんは12曲ずつ2夜に分けて世界初演)。 (原田敬子)


原田敬子 Keiko Harada, composer   
  1990年代半ばより「演奏家の演奏に際する内的状況」に着目し、主に音楽的身振り、時間構造、音楽的テンションにおいて独自の作曲語法を追求している。作品は国内外の主要な音楽祭や放送局、アンサンブル、管弦楽団やソリストの指名により委嘱を受け、演奏の国際コンクール課題曲にも選定されている。日本音楽コンクール第1位、安田賞、Eナカミチ賞、山口県知事賞、芥川作曲賞、中島健蔵音楽賞、尾高賞ほかを受賞。国内外で異分野とのコラボレーション多数。作曲を川井學、三善晃、Brian Ferneyhoughに、ピアノと室内楽を間宮芳生、Gyorgy Kurtag に師事した。
  '15年 サントリー芸術財団主催、管弦楽作品による「作曲家の個展」、'16年 ISCM台湾支部の招聘で「臺北国際現代音楽祭」のテーマ作曲家として「室内楽曲の個展」に加え、新作の舞台作品が初演された。また日本の各地域で育まれた楽器や声のフィールドワークを行い、日本独自の美学や表現を、新たな響きと身体表現によって再発見する「伝統の身体・創造の呼吸」を開始('15)、第1回は鹿児島伝統の薩摩琵琶にとって約130年ぶりとなる新曲を作曲(西行法師 句)、鹿児島本土の人々の協力と支援の元、鹿児島市で初演。3枚目の自作品集CD「F.フラグメンツ」(ドイツWERGO、キングインターナショナル出版)は、レコード芸術「特選盤」となり、同アカデミー賞のファイナリスト、朝日新聞 推薦盤('14) 。'17年には4枚目の自作品集CD「ミッド・ストリーム」(WERGO)がブレーメン放送局の最後の現代音楽プロジェクトとして収録、リリースされた。
  ’18年以降は「伝統の身体・創造の呼吸」vol.2 として、世界自然遺産登録を目指す日本の南西地域の音楽(島唄・三線)をフォーカス、第1回は「喜界島」を特集。その他、日本とロシア主催「シアター・オリンピックス」委嘱を受け、振付家の金森穣氏と組み世界初演作品(舞踊 x 音楽)を発表予定。
  現在 東京音楽大学 (作曲芸術) 准教授、桐朋学園大学 非常勤講師。また桐朋学園大学附属音楽教室や静岡音楽館(AOI)などで毎年70名以上の子どもたち(小1〜高3)への作曲体験クラスや楽曲分析、楽曲解釈講座を担当している。作品は (株)全音楽譜出版社、(株)東京コンサーツ、Edition Wunn (ドイツ)が出版、管理。 https://www.keikoharada-music.com/



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山口恭子:《zwölf 》(2001)
  オランダ人ピアニスト、Marcel Wormsより「ブルースにインスパイアされた作品を」との依頼を受け、作曲。それまであまりジャズやブルースを聴き込んだことのなかった私にとっては難題であったが、それ以降、意識的に様々なジャンルの音楽を聴くようになる節目となった作品でもある。典型的なブルースの中核は、12小節から構成される。この作品もいわゆる12小節のテーマとその変奏で作られている。それ以外にも「zwölf(ドイツ語で12)」は重要な数字である。曲中ほぼすべての音は完全12度、完全5度、または完全4度に由来する。(山口恭子)

山口恭子 Yasuko Yamaguchi, composer
  1969年長崎県生まれ。1991年東京芸術大学作曲科卒業。2000年ロベルト・シューマン音楽大学作曲専攻修了。1989年第13回神奈川県芸術祭合唱曲作曲コンクール、1992年第8回現音作曲新人賞入選。2005年デュッセルドルフ市奨励賞(音楽部門)受賞。2016年ニーダーザクセン州・シュライヤーン村の芸術家の家にレジデンス、2018年にはドイツ文化省より奨学金を得て、イタリア・ヴェネツィアのドイツ研究センターにおけるレジデンスが決まっている。ノルトラインウェストファーレン芸術財団、デュッセルドルフ音楽堂等より委嘱多数。多くの作品がStudio Musikfabrik(ドイツ)、De Ereprijs(オランダ)、Ensemble Espai Sonor(スペイン)、新日本フィルハーモニー交響楽団、オーケストラ・アンサンブル金沢、東京シンフォニエッタ等の演奏団体により、ガウデアムス音楽週間1999(オランダ)、ミュンヘンビエンナーレ・クランクシュプーレン 2008(ドイツ)、ADEvantgarde 2009(ドイツ)、ミュージック・フロム・ジャパン・フェスティヴァル 2010(アメリカ)、rainy days 2012(ルクセンブルク)、Vertixe Sonora Vigo 2015(スペイン)等のフェスティヴァルで演奏されている。また2007年5月にドルトムントで、2008年9月にはデュッセルドルフで室内楽作品の個展が開かれた。現在フリーの作曲家としてドイツ・デュッセルドルフに在住。 http://www.yasukoyamaguchi.de/


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望月京:《メビウス・リング》(2003)
  オーストリア・クラングシュプーレン音楽祭委嘱。2003年9月13日インスブルックにてニコラス・ホッジスにより初演。
  メビウス・リングとは、帯の一端を180度ひねってもう一方の端と留めた輪のことで、この帯状の輪の表面上を辿ると、常に同じ表面上にありながら、ひねった 帯の裏と表を絶えず行き来するというパラドックスを発見したドイツの数学者アウグスト・フェルディナント・メビウスの名にちなんで名付けられました。
  私の《メビウス・リング》は、冒頭提示される拍動リズムに基づく変奏曲の連なりで、各変奏ごとにその拍動リズムから遠ざかろうとするものの、姿や速度を変えつつ常に原点に戻ってきてしまうというプロセスを繰り返します。(望月京)

望月京 Misato Mochizuki, composer
  1969年東京生まれ。東京藝術大学大学院作曲専攻およびパリ国立高等音楽院作曲科、楽曲分析科修了。1996~97年IRCAM(フランス国立音響/音楽の探究と調整研究所) 研究員。
  繊細さとダイナミズム、多彩な音色やバランス感覚に優れたユニークな作風が各地で注目を集め、ザルツブルク音楽祭、ウィーン・モデルン、ベルリン・ムジークビエンナーレ、ヴェネツィア・ビエンナーレ、サイトウ・キネン・フェスティバル(松本) など、数多くの主要音楽祭等で作品が初演/再演される。パリの秋芸術祭、アルス・ムジカ音楽祭(ブリュッセル)、アムステルダム・ムジークヘボウ、サントリーホール、ミラーシアター「作曲家の個展シリーズ」(ニューヨーク)などでは、オーケストラやアンサンブル作品による個展が開催され好評を博す。現在、国内外でもっとも活躍する作曲家のひとりである。
  講演や作曲の講師として招聘されることも多く、社会や芸術に対する幅広い興味や関心、知識に裏付けられた講義、また2008年より8年間読売新聞に連載した「音楽季評」をはじめとする執筆活動も高く評価されている。ダルムシュタット国際夏期講習会(ドイツ)、ロワイヨモン国際作曲セミナー、コレージュ・ド・フランス、ニース国際音楽研究センター、パリ・エコール・ノルマル音楽院、ウィーン芸術写真学校、ニューヨーク・コロンビア大学、アムステルダム音楽院、武生国際音楽祭等で講師を務める。
  1995年第64回日本音楽コンクール作曲部門第1位及び安田賞、2000年芥川作曲賞、2002年アルスムジカ音楽祭聴衆賞(ブリュッセル)、2003年芸術選奨文部科学大臣新人賞、出光音楽賞、 2005年尾高賞、2008年ユネスコ国際作曲家会議グランプリ(ダブリン)、2010年ハイデルベルク女性芸術家賞などを受賞。作品はドイツのBreitkopf & Härtel社より出版、Kairos(2002年)、Neos(2014年)の各レーベルよりCD作品集がリリースされている。2018年は、クロノスカルテット委嘱作品や新しい経済システムを考えるアニメと音楽のためのアンサンブル作品の作曲、また1月から6月まで日本経済新聞でのコラム連載(毎土曜夕刊)などが予定されている。現在、明治学院大学文学部芸術学科教授。 http://www.misato-mochizuki.com/



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田村文生:《Ding Dong Ding - きん こん かん》(2011、委嘱作・東京初演)

  私が過去にピアノ独奏のために作曲したものは、1994年に1曲、1996年1曲の僅か2曲と少ない。どちらも、ある種の限定を設定することから作曲が始められた。前者は、ピアノの音域(上半分のみ)と音の出現順を限定(一種の音列作法)、一方後者は、中央の1オクターブのみを用い、常に最高音と最低音で小節を開始する・・・という具合である。
  88個の鍵盤、合計200本近くの弦を持つ楽器が身近にどれだけあるだろうか?ピアノ曲とは「200人までの音楽」という潜在的なものの中からの抽出結果、ということになるかと思うが、良く考えてみると、音を出すための手は2本、指は10本、(クラスターでもなければ)それによって瞬時に発音できる音は、せいぜい15個以下ということになる。それを踏まえると、この楽器は(もちろん鍵盤楽器全般においても)特殊な演奏様式を持つ楽器と言えるかも知れない。しかしそれこそが「ピアニスティック」なものであると言えるだろう。その意味では、例えば、200(弦)対15(指)の関係によってイディオム化される「ピアニスティックなもの」に対して、15(弦)対15(指)で(あるいは200対200で)イディオム化されるそれは全く異なるであろうことは想像に難くない。
  いずれにせよ「作品」とは、楽器や演奏様式などの様々な側面に、ある種の「限定」を設定することによって異化された状態の表出であり、同時に、楽器そのものに対する、また、それを作品としてどのように記してゆくかという作者の見解を反映するものであろう。

 さて、この作品における限定とは何か。明白に音域が限定されているわけでもなく、特定の音階や音列への固執が本来的である訳でもないが、音高素材や展開の限定という意味ではミニマリズムからの、運動の限定という意味では点描主義的なものからの、そして、倍音を部分抽出したかのような響きは音響派からの、どれもある種の限定の要素が顕著に見られる音楽的傾向からの影響があるように思う、それらは以下のような点に要約されるであろう。

・限定された響きからの逸脱、響きの変調
・音響構造と旋律的・身体的運動の限定(あるいは排除)
・音程構造の限定と響きの単純な段階的推移

  木村カエラ「Ring a Ding Dong」を思わせるタイトル(・・・或いは和田アキ子やF.リストでも良いが・・・)は、作品を発想する際のアイデアや部分的な音響構造が、埼玉県川越市の「時の鐘」の音を周波数分析した結果に基づいていることに由来した、いわゆる、「カンパノロジー」的な発想を示している。微分音を含む音響構成を平均律で調律されたピアノによって再現すること自体が殆ど不可能であるが、鐘は、音響構成のヒントとして作品に反映されている。(田村文生)


田村文生 Fumio Tamura, composer
  東京都杉並区に生まれ、埼玉県川越市に育つ。東京藝術大学大学院およびGuildhall School of Music and Drama, London大学院修了。1995年から97年まで文化庁芸術家在外研修員としてイギリスにて研修。作曲を北村昭、近藤譲、松下功、R,サクストンの各氏に師事。これまでにVallentino Bucchi国際作曲コンクール(ローマ)、安宅賞、文化庁舞台芸術創作奨励特別賞、朝日作曲賞、国立劇場作曲コンクール、ジェネシスオペラ作曲賞(ロンドン)審査員特別賞などに入選・入賞。作品は、アジア音楽祭、東京の夏音楽祭、Spitalfields音楽祭(ロンドン)、The State of the Nation音楽祭(ロンドン)、アンジェリカ・フェスティバル(ボローニャ)、アジア作曲家協議会音楽祭(ソウル)2003、国際現代音楽協会(ISCM)世界音楽の日々(香港)など、各地で演奏されている。
  日本作曲家協議会、日本電子音楽協会、作曲家グループTEMPUS NOVUM、邦楽器アンサンブル日本音楽集団各団員・会員。現代音楽演奏団体Ensemble Contemporary α代表として現代音楽の演奏会企画・制作に携わる。教員として神戸大学、姫路市立生涯学習大学校、神戸シルバーカレッジ、神戸女学院大学に出没。  http://www.edu.kobe-u.ac.jp/hudev-bunsay/



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山路敦司:《通俗歌曲と舞曲 第一集より From "Popular Songs and Dances Vol.1"》(2011、委嘱作・東京初演)

  実は僕は現代音楽から興味を失ってしまっていて、かれこれ10年以上コンサートのための器楽曲を書いてなかったんです。その間何をしていたかというと、コンピュータミュージックやメディアアート、そして情報デザインの分野で作品を作ったり考えたりしていました。現代音楽は遠くから眺めていただけなんですけど、それでも自分が40歳を越えた時にもう一度現代音楽を書こうと、心の中でひっそりと決めていました。そして、40歳を越えてしまったなという時、丁度よいタイミングで大井君から作曲の委嘱を受けたんです。しかもTwitter経由で。かつて僕らが20代だった頃、大井君と初めて会った時に見せてくれた公演企画書というのがあって、当時、企画書を書いてプレゼンする演奏家がいるってことがとても新鮮だったわけですが、初対面の僕に向かって大井君は演奏会の企画意図を力説していたのです。どんな企画かっていうと、同世代というか同級生の作曲家によるオーセンティックな関係を探るということだった。40歳を越えた今、今回はその時と同じというか延長にある企画でした。喫茶店のテーブルの向こうで、すごい勢いで喋る20代の大井君がとっさに思い出された。僕は10年以上の月日を遠く思いながら、この委嘱を引き受けることにしました。ブランクの間に自分の中にあちこち散在しながら溜まってきたものどもを整理するために。そして現代音楽を作曲するリハビリも兼ねて。

  最初に大井君の演奏を聴いた時、その超絶技巧と音楽を読み解く力に圧倒されました。彼の巨体で鳴らされるクラスターが素晴らしく美しい響きだった。その後、彼もヨーロッパに留学し、現代音楽に留まらず古楽演奏にも活動の幅を広めたと聞きました。じゃあ今回の曲はクラスターと装飾音を素材として用いようと単純に考えました。大井君の「音響体」としてのダイナミックレンジと繊細さを引き出そうと考えたわけです。
  実際の作業工程としては、ピアノを初めて触る子供がよくやる即興演奏のような、あえて稚拙で単純なフィジカルなアイデアをスケッチし、それをコンピュータのアルゴリズムを使ったりして、デザインとして音楽をとらえるというスタンスでディテールを詰めていきました。言うまでもなく、僕が机上というかコンピュータの画面上で実際にどんな作業をしたのかなど、演奏の結果には何も関係ないことですけれど。でもそこには僕がこの10年の間にやってきたこと、建築家や現代美術作家とのコラボレーションで経験したことなどの影響もあるかと思います。
  僕の中にある既成的な構成感覚を捨てて突き放す。そしてまた引き戻すことを何度も繰り返しながらこの作品を完成させました。しかし結果的にはライヴでそれをも破壊させてしまうスリリングさと寛容さこそが、同時代における作曲家と演奏家のオーセンティックな関係だと思っているわけです。(山路敦司)


山路敦司 Atsushi Yamaji, composer
  クラシック、現代音楽の作曲家として活動する傍ら、映像音楽からポピュラー音楽まで幅広く手掛ける。特にコンピュータ音楽やノイズ音楽において多くの海外の音楽祭で作品が発表され高く評価されている。Cartier、Panasonic Latin America 等の企業CM音楽の他、クリエイティヴユニット・TOCHKA(トーチカ)とのコラボレーションによる一連のアニメーション作品は上海万国博覧会や世界中の映画祭で入選し上映されている。東京藝術大学大学院音楽研究科修士課程修了。スタンフォード大学Center for Computer Research in Music and Acoustics(CCRMA)客員研究員、国際情報科学芸術アカデミー(IAMAS)を経て、現在は大阪電気通信大学総合情報学部教授を務める。武満徹のポピュラー・ソングと映画音楽に関する実証研究により京都市立芸術大学にて博士号取得。映画『悲しき天使』(監督:大森一樹)で第2回おおさかシネマフェスティバル音楽賞受賞。デレク・ジャーマン監督の盟友として『カラヴァッジオ』『ラスト・オブ・イングランド』『BLUE』など多くの作品を手掛けた音楽家、サイモン・フィッシャー・ターナーとの協同作業による映像作品『Dies Irae』(監督:若桑江織)でミラノ・ファッションフィルム・フェスティヴァル入選。その他、ビデオゲーム『龍が如く』『けいおん!放課後ライブ!!』ほか長年に渡りゲーム音楽を多数手掛ける等、ニューメディアとしてのサウンド表現の可能性を追求しながら芸術とエンタテインメントの領域を横断する活動は多岐にわたる。 http://sushilab.jp


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木下正道:《「すべて」の執拗さのなかで、ついに再び「無」になること II 》(2011)
  この曲は2011年に、クラヴィアーレアからの委嘱で作曲し、同年11月20日に開催された演奏会「claviarea 10 コンテンポラリー・ピアニズム/くりかへす悦び」にて、中村和枝さんによって初演されました。
  タイトルは、エジプト生まれでフランス語で書くユダヤ系詩人である、エドモン・ジャベスの「書物への回帰」所収の詩句によります。
  冒頭の長三度+完全五度によるモチーフ、そしてその残響から、ゆっくりと滲み出すように音が生起して、空間を旋回していきます。また二種類のテンポ (四分音符= 42、63) を用い、それらがある時は漸次的に、またある時は唐突に変化しながら、上昇/下降を繰り返し続ける「時間の螺旋」を描きます。それらが互いに絡み合い、また反発しつつもひたすら進み、ある一つの場所に辿り着いたのもつかの間、音たちの風景は次第に沈黙に (豊穣さをもたらす前段階としての力を溜め込む場としてではなく、あくまでも荒涼、殺伐とした「枯れて、乾いた」寂寥の極致の場として) 支配され始め、全ては無へ向かって消尽して、静止して行きます。 (木下正道)

木下正道 Masamichi Kinoshita, composer
  1969年、福井県大野市生まれ。吹奏楽とハードロックの経験の後、東京学芸大学で音楽を学ぶ。武満徹作曲賞、現音新人賞などに入選。現在は、様々な団体や個人からの委嘱や共同企画による作曲、優れた演奏家の協力のもとでの先鋭的な演奏会の企画、通常とは異なる方法で使用する電気機器による即興演奏、の三つの柱で活動を展開する。武生国際音楽祭で出会った作曲家 (徳永崇、渡辺俊哉、星谷丈生) とともに、作曲家グループ「PATH」を結成、定期的に演奏会を開催。武生国際音楽祭「新しい地平」コーディネイター。
  ここ数年は年間15曲程度を作曲、初演。2018年はフルート四重奏曲、ピアノとエレクトロニクスの曲、オーケストラ曲、雅楽器のための曲等々を初演予定。また来る6月13日には若い世代の演奏家の協力を得て、全曲新作の個展を予定している (東京オペラシティ・近江楽堂)。


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西風満紀子:《wander-piano II (harmony go!) 》(2015、日本初演)
  近年、旋律について考えながら創作を続けている。
  wander - piano II (harmony go!) は和音のみで構成されており、異なる縦の響きの連続で一つの大きな流れ(旋律)を紡ぎあげるよう試みた。
  wander さまよう go 行く
  音の流れがどこへ向かうのか、ピアニストが探しながら歩み行くのを聴衆が寄り添うよう聴くことができればと願う。(西風満紀子)

西風満紀子 Makiko Nishikaze, composer
  和歌山県出身。ベルリン在住。作曲家、ピアニスト、サウンドパフォーマー。愛知県立芸術大学卒業後、ミルズカレッジ大学院(カリフォルニア)を経てベルリン芸術大学大学院修士課程修了。
  これまでドイツ国内をはじめ、カリフォルニア、オーストリア、イタリア、アイスランド、スイスなど各地のアーティスト・イン・レジデンスに招待されている。ベルリンの芸術アカデミー(Akademie der Künste)の奨励賞など様々な賞を受賞。ベルリン市、その他各地の機関から委嘱、助成を受けながら活動を展開中。様々な楽器や声のための作品のほか、最近は特殊な空間で上演する大掛かりなプロジェクトに取り組むことが多い (spatial music/ Räumliche Musik)。ppt (2013), morepianos I, II (2014) wanderlied (2015) など実験的なパフォーマンスを作品の中に取り入れ、通常のコンサートの枠を超えた表現方法を追及している。2018年は朝食をテーマにした新しいミュージックシアター、breakfast operaが実験音楽のアンサンブルDie Maulwerkerによってベルリンで上演される。
  またピアノ、クラヴィコード、チェンバロなど鍵盤楽器の自作自演も活動の中心である。古い鍵盤楽器のために特殊な新しい演奏技術を取り入れるのではなく、楽器そのものの特性を生かしつつ多様な音色を引き出せるような作品作りを試みている。楽器を使わない音のパフォーマーとしての活動も活発に行っており、ドイツ語の“musizieren”- 音楽すること、という言葉をモットーに、作曲と演奏・パフォーマンスを合わせた独自の創作活動を目指している。 http://www.makiko-nishikaze.de/


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夏田昌和:《Gamelaphony II》 (2009)
  この作品は、ピアニストの左右の手を独立した2つのガムラン・アンサンブルと看做し、その同時演奏によって複層的な時間感覚と複調的な旋法感覚による音楽体験を生み出そうと試みたものである。主部においては、リズム転調によって結び合わされる4つの基本テンポ(160、120、90、68)上において、2種の基本パルス(16分音符と8分音符の3連符)の2、3、4、5つというグルーピングによって生み出される、13種のヴァーチャルなテンポ感の26通りの組み合わせを、左右の手による2つのガムランが一つずつ試していく。また音高システムでは、ガムラン音楽にもともと見られるペログとスレンドロに近い2つにその変種3つを加えた計5種の5音音階が、左右のガムランに補完的に(互いの構成音が重複しないように)組み合わされる。
  微分音程によって12平均律の響きを越えることを創作の大きな柱としている私にとって、内部奏法もプリペアードも用いないピアノのために音楽を書くことはかなりの難題である。紛れもなく金属打楽器の一種であるピアノの鍵盤をある種のガムランに見立てることは、ドビュッシー以来珍しいことではない(中でもプーランクの素晴らしい2台ピアノの協奏曲や、リゲティのピアノ・エチュードを特に挙げたいと思う。)が、 私にとってはこの作品が書かれたのが主に夏であったこと、そしてこの季節になるときまってブラームスよりはガムランを聴きたくなることと関係していなくもない。
  飯野明日香さんよりの委嘱作品として書かれ、彼女のリサイタルで2009年に初演された。その後演奏上の困難さから4手連弾や2台ピアノの形でも何度か再演され、そちらは大変好ましい結果を得ている。ソロでこの難曲に大井さんが挑まれるは二度目であり(一度目は関西であったこともあり、私自身は聴けなかった)、その果敢な挑戦の行方を期待をもって見守りたいと思う。(夏田昌和)

夏田昌和:《センターポジション》(2018)
  昨年の夏、新作の構想をまだ全く練ってもいない頃に、大井氏から「”チラシ用の仮タイトル”が欲しい」とのご要望を頂いた。さすがに内容も何も決まっていない時点であったので「とりあえず<新作>にしておいて欲しい」と返したのだが、どうにも許してもらえず、かわりに氏の方から提案してきたタイトル候補の一つが<センターポジション>というものであった。氏曰く「Googleで『なつだ』で検索して、最初の画面から文字列を抽出した」そうである。(因にこの時提案された残りの候補3つは<赤帽急便> <きせつのうた> <全員集合>)
  ということで当初はあくまで”かりそめの”タイトルであったのだが、しかしそのうちに「このタイトルを出発点に音楽を構想してみたらこれ如何に?」と発想を転換し、そこで出来上がった(出来上がりつつある)のがこの楽曲である。ピアノの鍵盤は1オクターヴ内の12音が白鍵7つと黒鍵5つで構成され、レの音を中心に置くと白鍵・黒鍵の並びが左右(上下)対称となる。またこれを弾く人間の手も、鍵盤の上では親指同士が内側、小指が外側という左右対称の形となる。この構造をピアノの広い音域に敷衍し、真ん中付近の一点ニ音(D4)を「センターポジション」として左右(上下)対称の形を保ちつつ、全ての楽想を展開させることにした。(夏田昌和)


夏田昌和 Masakazu Natsuda, composer
  1968年東京生まれ。東京芸術大学及び大学院にて永冨正之、野田暉行、近藤譲の各氏に作曲を、パリ国立高等音楽院にてジェラール・グリゼイに作曲、ジャン・セバスティャン・ベローに指揮を学ぶ。同音楽院作曲科を審査員全員一致による首席一等賞及び音楽院卒業生協会によるEbersold賞を得て卒業。作曲と指揮の両分野において、出光音楽賞や芥川作曲賞をはじめとする様々な賞を国内外にて受賞し、アンサンブル・アンテルコンタンポランやフランス文化省、サントリー音楽財団他より数多くの作品委嘱を受ける。作品はISCM(横浜)やザグレブ・ミュージック・ビエンナーレ、メルツ・ムジーク(ベルリン)、マンカ音楽祭(ニース)、ミュージック・フロム・ジャパン(ニューヨーク)、アヴァンティ夏期音楽祭(フィンランド/ポルヴォ)、大邱国際音楽祭(韓国)、武生国際音楽祭(日本)、プレザンス(パリ)などにおいて紹介され、オランダ放送交響楽団、ベルリン交響楽団、新日本フィルハーモニー、東京交響楽団、アンサンブル2e2m、アンサンブル・アンテルコンタンポラン、アンサンブル・ルシェルシュ、アンサンブル・クール・シルキュイ、ジュリアード・パーカッション・アンサンブル、東京シンフォニエッタをはじめとした著名なオーケストラやアンサンブル、クロード・ドゥラングル(Sax.)やバリー・ウェッブ(Trb.)、セドリック・ティベルギアン(Pn.)などの優れたソリストによって、世界各地で幅広く演奏されている。
  指揮者としてもアンサンブル・コンテンポラリーαやアンサンブル・ヴィーヴォなどの団体と共に、数多くの邦人新作の初演や海外現代作品の紹介に携わり、その数は現在までに合わせて120曲を超えている。なかでもグリゼイの<Vortex Temporum I~III>や<境界を超えるための4つの歌>、ライヒの<Tehillim>といった大作の日本初演は特筆に値しよう。また市民オーケストラへも数多く客演し、若い世代の現代音楽演奏家の育成にも貢献してきた。
  主要な作品に、オーケストラ作品として <アストレーション>、<重力波>、室内オーケストラ作品として <巨石波>、<交差光>、<レ、ファ、ラによるタブロー>、<収斂>、室内楽作品として <西、あるいは秋の夕べの歌>(BIS-CD, Editions Henry Lemoine)、<ギャロップ>、<落下>、<二重にされた古の歌> 、声楽作品として <良寛の二つの詩>(BIS-CD)、<ノヴァーリスによる12声のコラール>、邦楽器作品として <啓蟄の音> などが挙げられる。指揮者の阿部加奈子と共に日仏現代音楽協会を設立し、初代事務局長を務めた。2013年にはオペラシティーリサイタルホールで大規模な室内楽個展が開催されると共に、ジパング・プロダクツよりCD「先史時代の歌 ~夏田昌和作品集」他がリリースされている。 http://imusika.com/musicians/natsuda.html


c0050810_20145552.png伊藤謙一郎:《アエストゥス》 (2018)
  この曲は、今回の演奏企画「『知命』作曲家特集」のために、大井さんから依頼を受けて書かれたものです。
  企画のお話を伺って、ふと、これまでの自身の「生い立ち」を振り返りました。その中での数々の必然・偶然の出来事の集積(そしてそれはまさに今も現在進行形なわけですが)が私にとって大きな意味をもっていることを改めて強く感じました。それとともに、さまざまな事象や出会いによって常に影響を受けて「変化」した(しつつある)自分と、生来の性格や志向に縛られた変え難い「不変」の自分がいて、「変わるもの」と「変わらないもの」を捉え直す機会ともなりました。
  タイトルの「AESTUS」(アエストゥス)は「炎」や「波」(あるいは「炎熱」「うねり」「情熱」「激情」など)を意味するラテン語ですが、この曲はそれらの様相を音で描こうとしたものではなく、作曲の基本的なアイデアを言葉に置き換えたに過ぎません。そのアイデアは、今から22年ほど前に書いた木管五重奏曲やピアノソロ曲(今回の曲はそれ以来の2作目になります)と共通する部分があり(もちろんそれらの作品を書いたときと今とでは創作における意識も姿勢も異なりますが)、さらにもう一歩推し進められないかという課題としていつも頭の片隅にありました。「炎」も「波」も一つの事象ながら、その形象は常に流動的です。作曲上のアイデアを表す言葉であるとともに、前述の「生い立ち」の一部分を成す20数年という時間の中での自身の創作での変化・不変のありようを象徴する言葉としてタイトルにしました。
  曲は、最小で1.1秒、最大で51秒の長さをもつ複数の断片を結合して構成されています。それらの断片をつくるにあたっては次のような外面的特徴をもつ7つの素材を単独で、あるいは断片の中での主要度・使用頻度の観点で「主素材」「副素材」に設定して組み合わせています。
  (1)連続的フレーズ(同音反復)
  (2)連続的パッセージ(音高変化)
  (3)分節的フレーズ(同音反復)
  (4)文節的パッセージ(音高変化)
  (5)短い持続性をもつロングトーン(同音反復)
  (6)短い持続性をもつロングトーン(音高変化)
  (7)長い持続性をもつロングトーン(音高維持)
  上記の素材は、さらに「前打音」「大幅な跳躍音型」「和音形態」といった副次的要素を特定の周期で伴って現れます。また、8つに区分した音域のどれを使用するかも厳格に適用し、「主素材」「副素材」の組み合わせがすべて異なるよう配置されています。
  なお、音高の要素としては、「AESTUS」の初めの3文字「A」「E」「S」からそれぞれ「A音」「E音」「Es音」を導き、この3つの音を曲全体の支配音と位置づけています。そして3つの音を核に複数の音列を作り、水平的(フレーズやパッセージ、断片の中心音)にも垂直的(音響体)にも限定性をもたせています。
  このような素材や諸要素を一定の規則で配置・変換することで、「変化」と「反復」のさまざまな様相が1つのテンポ(♪=126)での時間の流れの中で織り成され、かつ統一的な音楽表現を創出する試みを行っています。

  ところで、大井さんとの最初の出会いは、私が留学していたソウルで1995年の秋に行われた「パン・ミュージック・フェスティヴァル」で、演奏者として来韓された大井さんを金浦空港に迎えに伺った日でした。大井さんの滞在先となっていたソウル大学のゲストハウスまでの車中、大柄な体格でありながら(失礼!)、京都弁の軽妙な語り口で矢継ぎ早に初対面の私に話をしてくださる姿に強い印象を受けました。演奏は、さらにその印象を凌駕する衝撃的なものであったのは言うまでもありません。もちろん、大井さんとの出会いも私の「生い立ち」の中で大きな意味をもつものとして刻まれているのですが、今回このような形で作曲の機会をいただいたことに心から感謝申し上げる次第です。(伊藤謙一郎)


伊藤謙一郎 Ken-ichiro Ito, composer
  東京生まれ。1989年、尚美学園短期大学ピアノ専攻卒業。1994年、国立音楽大学作曲学科首席卒業(有馬賞受賞)。1995年から1998年までソウル大学校音楽大学大学院作曲科に学び、帰国ののち自作に関する修士論文を提出して2001年に修了。作曲をトーマス・マイヤー=フィービッヒ、大村哲弥、姜碩熙の各氏に師事。
  第1回東京国際室内楽作曲コンクール第3位入賞、第13回現音作曲新人賞、’97大田現代音楽祭(韓国)入選。
  主要作品に《Intentionale Figuren》[Fl.](1993年/初演:’97大田現代音楽祭)、《FRACTAL》[Fl. Ob. Cl. Hrn. Bsn.](1995-96年)、《Self-Similar Set》[Pf.](1996年/初演:第13回現音作曲新人賞)、《NOCTURNUM》[Vc.](1998年/初演:ソウル大学校音楽大学大学院修了演奏会)、《Glide-Grade-Grain》[Cl.](2010年/初演:現音・特別音楽展2011)があり、Pan Music Festival、2nd Arts Festival Dimension、アジア音楽祭などでも演奏されている。
  現在、東京工科大学メディア学部准教授。日本作曲家協議会会員。 http://www.teu.ac.jp/info/lab/teacher/index.html?id=1551




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cf. POC第1回~第5回公演における〈知命〉作曲家・全ピアノ作品集と演奏動画

【ポック[POC]#1】 2010/9/23
野村誠(1968- )《DVがなくなる日のためのインテルメッツォ》(2001) 、《ロシアンたんぽぽ》(2004/10、ピアノ版初演) 、《誰といますか》(2004/10、ピアノ版初演) 、《ベルハモまつり》(2009、東京初演) 、《六つの新しいバガテル ~松下眞一のタイトルによる空想作曲》(2010、委嘱新作初演) [VII. フーリエ変換 - VIII. アンダルシアに - IX. 月の光 - X. シャンソン - XI. 語れや、君、そも若き折、何をかなせし - XII. 主よ、主よ、そは現し世なり]

【ポック[POC]#2】 2010/10/16
●山本裕之(1967- ):《東京コンチェルト》(1993)、《フォールマ》(1996)、《月の役割》(1999)、《テレプシコーレ舞踏者》(2000)、《足の起源I/II》(2002/2004)、《ハウス・カスヤのための音楽》(2005)、《東京舞曲》(2010、委嘱新作初演)

【ポック[POC]#3】  2010/11/13
●伊左治直(1968- ):《墜落舞踏遁走曲》(1997)、《虹の定理》(1998/2002)、《魔法の庭》(2001)、《ガルシアは寒かった》(2006)、《海獣天国》(2010、委嘱新作初演)《ビリバとバンレイシ》(2010、委嘱新作初演)

【ポック[POC]#4】 2010/12/15
杉山洋一(1969- ):《君が微笑めば、それはより一層、澄んでゆく》(1995)、《間奏曲I./II./III./IV.「ロマンツァ」》(2000)、《ビオンディネッタ》(2006)、《翔る》(2007)、《間奏曲V》(2010、委嘱新作初演)

【ポック[POC]#5】 2011/1/29 
●田中吉史(1968- ):《TROS III》(1992、東京初演)、《eco lontanissima II》(1994/96)、《air varie》(2004)、モーツァルト《自分で自分が分からない K.492》(1786)+《air (de Cherubino)》(2005)、《松平頼暁のための傘》(2010、委嘱新作初演)


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●P.ブーレーズ:第2ソナタより第1楽章(1948)
●福井とも子(1960- ):《超ラセン》(1992、東京初演)
●山本裕之(1967- ):《東京コンチェルト》(1993、世界初演)
●夏田昌和(1968- ):《星々と生命の岸辺にて》(1992、改訂初演) ピアノ独奏+作曲者指揮による14人の土笛と打楽器
●大村久美子(1970- ):《揺曳の時》(1993、世界初演) 大井(笙)+吉田秀(コントラバス)+二ツ木千由紀(打楽器)
川島素晴(1972- ):《静寂なる癈癲の淵へ》(1992/93、改訂初演)
●A.シェーンベルク(シュトイアマン編):《浄夜》(1899)ピアノ・トリオ版 大井(ピアノ)+双紙正哉(ヴァイオリン)古川展生(チェロ)



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# by ooi_piano | 2018-01-28 00:34 | POC2017 | Comments(0)

Portraits of Composers (POC) 第32~第36回公演

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Portraits of Composers(POC) 第32~第36回公演

大井浩明(ピアノ)
JR渋谷駅徒歩8分、井の頭線神泉駅徒歩3分

3000円(全自由席) [3公演パスポート8000円 5公演パスポート12000円]
【お問合せ】 合同会社opus55 Tel 050(5849)0302 (10~18時/水木休) Fax 03 (3377)4170 (24時間受付)
チケット予約フォーム http://www.opus55.jp/poc.html


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c0050810_11215674.jpg【ポック[POC]#35】 2018年1月27日(土)18時開演(17時半開場) フィニッシー自選ピアノ代表作集
●木山光(1983- ):《ピアノ・ソナタ》(2017、委嘱新作初演)
●マイケル・フィニッシー(1946- ):《英吉利俚謡(イングリッシュ・カントリー・チューンズ)》(1977/1985)〔全8楽章 /I.緑なす草場 II.夏の盛りの朝ぼらけ III.花飾を君に贈ろう IV.5月と12月 V.嘘と奇蹟 VI.シーズ・オブ・ラヴ VII.愛おしい人 VIII.打てよ太鼓、吹けよ横笛〕、《ヴェルディ編曲集》(1972-2005)より「合唱付き七重唱: 見よ、この殿方はいかにして [エルナーニ]」 「ロマンツァ: 私はさまよい歩くみなしごに [運命の力]」、《音で辿る写真の歴史》(1995–2001)より終曲「陽光の食刻」(日本初演)、《「テレーズ・ラカン」から五つの断章》(1993/2005、日本初演)、《第三の政策課題(イギリスのEU離脱に抗して)》(2016、日本初演)、《ミュコノス》(2017、世界初演)



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【ポック[POC]#36】 2018年2月24日(土)18時開演(17時半開場) 知命作曲家特集
●山口恭子(1969- ):《zwölf》(2001、日本初演)
●望月京(1969-):《メビウス・リング》(2003)
●原田敬子(1968- ):《NACH BACH》(2004、全24曲・通奏初演)
●田村文生(1968- ):《きんこんかん》(2011、委嘱作・東京初演)
●山路敦司(1968- ):《通俗歌曲と舞曲 第一集》(2011、委嘱作・東京初演)
●木下正道(1969- ):《「すべて」の執拗さのなかで、ついに再び「無」になること II 》(2011)
●西風満紀子(1968- ):《wander-piano II (harmony go!) 》(2015、日本初演)
●夏田昌和(1968- ):《ガムラフォニー II》(2009)、《センターポジション》(2018、委嘱新作初演)
●伊藤謙一郎(1968- ):《アエストゥス》(2018、委嘱新作初演)



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【特別公演】 フェルドマン全ピアノ曲総攬・完結編

2018年4月15日(日)午後2時半開演(午後2時開場) 全自由席3000円 
えびらホール (品川区/東急旗の台駅より徒歩6分)
[要・事前予約] feldman2018@yahoo.co.jp (tel. 090-2474-9951)
(※プライベートホールの為、詳しい場所はチケット予約されたお客様のみにお知らせします

モートン・フェルドマン (1926-1987):《三和音の記憶(トライアディック・メモリーズ)》(1981) 80分
●同:《バニタ・マーカスのために》(1985) 70分
上野耕路(1960- ):《Volga Nights(たらこたらこたらこパラフレーズ)》(2018、委嘱新作初演)10分


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2017年9月20日(水)19時開演 東音ホール(巣鴨) 浦壁信二+大井浩明(2台ピアノ)

●ストラヴィンスキー(1882-1971):《結婚(儀礼)》(1917)
●一柳慧(1933- ):《二つの存在》(1981)
●西村朗(1953- ):《波うつ鏡》(1985)
●篠原眞(1931- ):《波状 B》(1997)
●南聡(1955- ):《異議申し立て――反復と位相に関する2台のピアノのための協奏曲:石井眞木の思い出に Op.57》(2003/10)
●湯浅譲二(1929- ):《2台のピアノのためのプロジェクション》(2004)
●西風満紀子(1968- ):《melodia-piano I/II/III》(2014/15、世界初演)
(終了)




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●川島素晴(1972- ):《アクション・ミュージック》(2017、委嘱新作初演)
●アレッシオ・シルヴェストリン(1973- ):《凍れる音楽》(2015、世界初演)
●ジャチント・シェルシ(1905-1988):《組曲第8番「ボト=バ」》(1952、東京初演)〔全6楽章〕、《アクション・ミュージック》(1955、東京初演)〔全9楽章〕、《組曲第11番》(1956、東京初演)〔全9楽章〕
(終了)


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【ポック[POC]#33】 2017年11月4日(土)18時開演(17時半開場) ウストヴォリスカヤ全ピアノソナタ集
●水野みか子:《植物が決める時》(2017、委嘱新作初演)
●ドミトリ・ショスタコーヴィチ(1906-1975):ピアノ・ソナタ第1番 (1926)
●ガリーナ・ウストヴォリスカヤ(1919-2006):ピアノ・ソナタ第1番 (1947)、ピアノ・ソナタ第2番 (1949)、ピアノ・ソナタ第3番 (1952)、ピアノ・ソナタ第4番 (1957)、ピアノ・ソナタ第5番 (1986)、ピアノ・ソナタ第6番 (1988) (終了)



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【ポック[POC]#34】 2017年12月22日(金)18時開演(17時半開場) フェルドマン主要ピアノ作品
●由雄正恒(1972- ):《セクシー・プライムズ》(2017、委嘱新作初演)
●シュテファン・ヴォルペ(1902-1972):《闘争曲(バトル・ピース) I~VII》 (1942/47、日本初演)
●モートン・フェルドマン (1926-1987):《天然曲(ネイチャー・ピース) I~V》(1951)、《変奏曲》(1951)、《交点 2》(1951)、《ピアノ曲》(1952)、《外延 3》(1952)、《合間 1~6》(1950/53)、《交点 3》(1953)、《三つの小曲》(1954)、《ピアノ曲》(1955)、《ピアノ曲A(シンシアに)/B》(1956)、《当近曲(ラスト・ピース) I~IV》(1959)、《ピアノ曲(フィリップ・ガストンに)》(1963)、《垂直の思考 4》(1963)、《ピアノ曲》(1964)、《ピアノ》(1977)、《マリの宮殿》(1986) (終了)



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POC2017:戦後前衛の裏側に踏み込む────野々村 禎彦

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 POCシリーズも今年度で7期目。前年度は19世紀生誕のモダニスト特集だったこともあり、もう「現代音楽」には戻ってこないのではないか? と不安だった方も少なくないだろうが、そんなことはない。ただし、何から何まで元通りではなく、若手・中堅作曲家への委嘱と組み合わせるスタイルは前年度を踏襲している。そして特集作曲家も戦後前衛の落ち穂拾いではなく、その枠組みを引っくり返した異能者揃い。戦後前衛の全貌をその前史も含めて辿ってきたのは、〈歓喜の歌〉よろしく、今年度のためだったのだ! 逆に、戦後前衛に物申せるのはこのレベルのアウトサイダーに限られ、チンケな折衷主義者の出る幕ではない、ということでもある。



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 まずはシェルシ。ダッラピッコラやペトラッシと同世代のイタリアの作曲家であり、マリピエロやカゼッラらとノーノやベリオらとの狭間の世代の存在と見る向きもありそうだが、とんでもない! 彼の音楽が広く知られるようになったのは1980年代に入ってからだが、微分音程のうなりに焦点を絞った誰にも似ていない音楽はその後数年で爆発的に演奏されてゆき、1988年に死を迎えた時点で「いまや20世紀後半の音楽は、シェルシ抜きでは考えられない」と評価されるまでになっていた。「メディチ荘で過ごしていると、変な老人が寄ってくるから気をつけろ」というローマ賞の先輩たちの忠告を守らなかったグリゼーとミュライユは、彼の音楽に導かれてスペクトル楽派の活動を始め、楽屋を訪れた「変な老人」の音楽に心酔して80年代の「シェルシ・ルネサンス」を牽引したのは、アンサンブル2e2mの主宰者メファーノ、アルディッティ弦楽四重奏団、チェロのウィッティ、コントラバスのレアンドル、ピアノのミカショフとシュレーダーら、錚々たる顔ぶれだった。

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 彼の死後程なく「ジャチント・シェルシ、それは私だ」と題するインタビューが音楽学雑誌に掲載され、1940年代半ば以降の彼の「作曲」は、即興演奏(の録音)を助手が譜面化したものだったと明かされたが、シェルシ名義の作品の評価が揺らぐことはなかった。その核心は微分音オルガンによる即興の録音を素材とする《1音に基づく4つの小品》(1959) 以降の作品であり、ピアノ独奏曲はその前史に位置付けられるが、これまで日本で主に取り上げられていたのは後期スクリャービンの面影が強い中庸を行く作品だった。ピアノのひとつの音を何時間も弾き続けて倍音構造に聴き入ることを通じて精神の平衡を取り戻した、というエピソードそのものの作曲復帰作《ピアノ組曲第8番》と、暴力性と瞑想性の両極を体現してピアノ独奏曲の時代を締め括る2曲《アクション・ミュージック》《ピアノ組曲第11番》という選曲は、彼の凄味をこの編成で体験するには最もふさわしい。

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 続くはウストヴォリスカヤ。ショスタコーヴィチが高く評価していた弟子の女流作曲家という扱いだったが、彼女の真価が知られるようになったのはシェルシよりも遅く、1990年代に入ってからである。シェルシの音楽の評価ポイントは、戦後前衛の音群音楽の抜本的アップグレードという、クセナキスの音楽と対をなすものだったが、ウストヴォリスカヤの根幹はあくまで調性音楽だった。だがそれは師の再生産に留まるものではなく、調性音楽の始源――後期モンテヴェルディがルネサンス音楽から訣別した瞬間に匹敵する暴力性を体現していた。旧ソ連の崩壊過程でグバイドゥーリナ、シュニトケ、ペルトらの演奏機会は増えたが、程なく新ロマン主義に飲み込まれて牙を抜かれていった。その中で、真のラスボスである「ハンマーを持った聖女」への関心が徐々に高まっていった。

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 シェルシのピークは1950年代末から1970年代初頭まで、戦後前衛の音群音楽のピークと時期は同じで、今回取り上げられるピアノ曲はその直前の姿を伝える。他方、ウストヴォリスカヤのピークは《コンポジション》3曲(1971, 1973, 1975) と交響曲第2番(1979)・第3番(1983) に絞られる。いずれもポスト前衛時代に書かれた特異な編成(例えば《コンポジション》第2番は、コントラバス8挺、ピアノ、巨大な木材とハンマー)のアンサンブル曲であり、「私の音楽は、生死を問わず誰の影響も受けていない」という言葉通りの音楽である。だが、彼女のピアノソナタ6曲が書かれたのは1947-57年と1986-88年、習作期を脱した直後と最晩年(交響曲第5番(1989-90) が彼女の最後の作品)であり、彼女のピークを想像するには少々物足りない。そこで、師ショスタコーヴィチが最も尖っていた時期のピアノソナタ第1番(1926) と並べて、彼女の異才を照らし出す形を取った。

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 そしてフェルドマン。ケージと並ぶニューヨーク楽派を代表する作曲家だが、「ケージは窓を開けた、私は少し閉めた」という言葉が、彼のスタンスを象徴している。ケージが易経に基づく偶然性の音楽を始めた1951年は、彼が図形楽譜に基づく作曲を始めた年でもあり、このふたつの手法が楽派の基本的語彙になった、ただし「偶然性」の理念は楽派で共有されても、ケージの音選択手法を採用したのはケージ自身のみで、他メンバーは専ら図形楽譜を採用した。ブラウンはジャズ畑出身、ウォルフも即興が得意なピアニストで、一音ごとに易を立てる家事労働のような地味な作業に耐えられたのはケージだけだった。フェルドマン以外は図形楽譜の自由度を高め続け、後にケージも可動プラスティック板に図形を描く「天才的発明家」らしい発想で参戦した。だがフェルドマンは1960年代まで、自由度を上げ下げする試行を地道に続けた。チューダーのような「図形楽譜解釈の専門家」以外にも弾いてほしかったからだが、この歩みを全曲演奏で追体験するのがPOC流である。

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 だが1970年代に入ると、彼は図形楽譜に限界を感じて五線譜に回帰する。ただしこれは米国実験主義からの「転向」ではなく、彼がイメージする音世界を図形楽譜を用いずに実現する書法を見つけた、と捉えるべきだろう。編成=タイトルで統一されているこの時期は、自ら「ベケットの時代」と呼ぶあたりからも想像される通り、無時間的な持続の微妙なテクスチャーの変化に的を絞った、極めて内省的な作風の時期である。この時期の中心は独奏楽器とアンサンブル(しばしばオーケストラ、彼に言わせれば「ペダルのないピアノ」)のための作品群だが、多くのピアノ曲を自ら初演してきた彼の出発点は引き続きピアノであり、アンサンブルを用いる意味は色彩を豊かにすることではなく、アタックの立ち上がりを消して滑らかな音表面を得ることだった。この時期を締め括る《ピアノ》は、いよいよ満を持して出発点に帰ってきた、このプログラムのクライマックスである。

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 ここで彼は作風を再び転換し、今度はペルシャ絨毯のような、少数の素材を果てしなく繰り返すが細部はその都度微妙に変化する、「記憶と忘却の対位法」の時期を迎える。数時間に及ぶ長大な作品も珍しくなくなり、編成は総じて小さくなる。記憶への引っかかりを重視すると、必然的に調性的な素材が用いられる。ピアノ曲にも《三和音の記憶》と《バニータ・マーカスのために》という大曲があり、近年は演奏機会も増えているが、今回取り上げられるのは《マリの宮殿》、長時間化から再び凝縮に向かい始めた最晩年の境地である。これで彼の全人生を辿った…ことにはならない。ケージと出会って図形楽譜を使い始める以前、ウォルペに師事していた時期が抜けている。今回はこの時期の素朴な調性音楽の代わりに、ウォルペの代表作《バトル・ピース》を日本初演する。12音技法による濃密な大曲であり、チューダーがブーレーズの第2ソナタやシュトックハウゼンの前衛時代の鍵盤曲を軒並み米国初演できたのは、このウォルペ作品で鍛えられていたからだった。

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 20世紀後半を代表する3人の次はフィニッシー。英国でファーニホウとともに「新しい複雑性」を始めた作曲家と紹介されがちだが、二人のスタンスは大きく異なる。ファーニホウが目指したのは、英国には存在しなかった戦後前衛第一世代の音楽を蘇らせることで、英国の保守性を早々に見限ってドイツで一時代を築いた。「新しい複雑性」の次世代を代表するバレットも英国を離れ、独自の活動をオランダで続けている。しかしフィニッシーは英国に残り、その保守性と折り合いながら活動を続ける道を選んだ。それが可能だったのは、彼が優れたピアニストだったことが大きい。保守的な同僚たちとは演奏家として関わり、創作では馴れ合わなかった。ピアノ曲を創作の中心に据えれば自分で演奏すれば良いので、演奏会企画でも馴れ合わずに済む。「新しい複雑性」とは言ってもピアニストらしくヴルトゥオーゾ志向が強いが、「英国音楽」の悪弊には染まらずに筋を通してきた。

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 今回は彼の自選プログラムだが、まず大井がプログラム案を送り、その改良案として選曲された。彼には全曲演奏すれば2時間ないし6時間という大曲がいくつもあり、昨年度のソラブジ回のようにそれ1曲という選択も有り得た。だが大井が求めたのは、代表作の《英国田舎唄》を中心に創作史を俯瞰するプログラムだった。彼のピアノ曲の一つの軸である「編曲もの」の代表として《ヴェルディ編曲集》抜粋、民衆音楽を素材にした最初の曲《テレーズ・ラカン》抜粋、全6時間の集大成的大作《音で辿る写真の歴史》の終曲、彼の知られざる軸である、政治参加の側面を代表する《政策課題》シリーズの最新作、この日のための新作。彼の全貌を体験できるまたとない機会である。

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 そして最後は大井の同年代アンソロジー。そもそもPOCの第1期は、戦後前衛世代と同世代の日本の作曲家を組み合わせるコンセプトだったが、この回はさらに細かく、同学年(1968年4月~1969年3月生)に限定した。当初は内外半々程度を想定していたが、曲を比較検討するうちに日本国内に絞った方が稔りが多いという結論に達した。現代音楽界において、日本が依然アウトサイダーなのは否めない。録音や委嘱に至るまで欧米の楽譜出版社中心に回っているこの業界で、この構造に組み込まれている日本の作曲家は一握りである。だがそれは、新自由主義の進行に伴う地盤沈下に巻き込まれずに済むということでもあった。今期のテーマは、形を変えながらどの回にも通底している。



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# by ooi_piano | 2018-01-26 21:37 | POC2017 | Comments(0)

1/27(土)フィニッシー自選ピアノ代表作集+木山光新作

ポック[POC]#35】 2018年1月27日(土)18時開演(17時半開場) フィニッシー自選ピアノ代表作集

大井浩明(ピアノ独奏)

JR渋谷駅徒歩8分、井の頭線神泉駅徒歩3分
3000円(全自由席)

【お問合せ】 合同会社opus55 Tel 050(5849)0302 (10~18時/水木休) Fax 03 (3377)4170 (24時間受付)
チケット予約フォーム http://www.opus55.jp/poc.html

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●マイケル・フィニッシー(1946- ):
《英吉利俚謡(イングリッシュ・カントリーチューンズ)》(1977/1985)〔全8楽章〕 45分
  I.緑なす草場
  II.夏の盛りの朝ぼらけ
  III.花飾を君に贈ろう
  IV.5月と12月
  V.嘘と奇蹟
  VI.シーズ・オブ・ラヴ
  VII.愛おしい人
  VIII.打てよ太鼓、吹けよ横笛

  (休憩10分)

《ヴェルディ編曲集》(1972-2005)より
  第5曲「合唱付き七重唱: 見よ、この殿方はいかにして [エルナーニ]」 5分
  第26曲 「ロマンツァ: 私はさまよい歩くみなしごに [運命の力]」  4分

《音で辿る写真の歴史》(1995–2001)より終曲「陽光の食刻」(日本初演)  30分

  (休憩10分)

●木山光(1983- ):《ピアノ・ソナタ》(2017、委嘱新作・世界初演)  8分

●マイケル・フィニッシー:《「テレーズ・ラカン」から五つの断章》(1993/2005、日本初演)  9分
  I. - II. - III. - IV. - V.

《第三の政策課題》(2016、日本初演)  7分
  I. 腐敗. 欺瞞. 無知. 不寛容. - II. 口先の. 破壊的で. 間抜けな. 党派 - III. 祖国は. 私を. 裏切った.

《ミュコノス》(2017、献呈新作・世界初演)  4分




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木山光:《ピアノ・ソナタ》(2017)  
  時代の精神的危機から起こる奇想性や退廃性、あるいは陰惨な美をパルミジャニーノの『凸面鏡の自画像』の様に増幅させた作品。パルミジャニーノ(Parmigianino, 1503-1540) は、マニエリスム初期、ローマなどで活躍したイタリアの画家。1520年頃から中部イタリアでは巨匠たちの様式の模倣が目的である芸術が出現し、「マニエラ」は芸術作品の主題となった。その結果、盛期ルネサンス様式の造形言語の知的再解釈が行われ、極端な強調、歪曲が行われるようになった。(木山光)

木山光 Hikari Kiyama, composer
   1983年岡山県出身。2002年、岡山県立岡山城東高等学校音楽コース卒業。2006年、東京音楽大学卒業。久留智之、糀場富美子、成田和子、久田典子、三木稔、Daniel Capelletti、Carlo Forlivesi、Claude Ledoux らに師事。The 2007 International Young Composers Meeting (Apeldoorn, The Netherlands.) 審査員 ルイ・アンドリーセンにて1位。The Prix de la ville de Boulogne-Billancourt 2011 賞を受賞(le Conservatoire à Rayonnement Régional (CRR) de Boulogne-Billancourt主催)。The Intenrational Ensemblia Composition Competition in Mönchengladbach 2009にて第2位と聴衆賞。Gaudeamus Prize 2006、2007、2008年度でファイナリスト。The Fifth International Jurgenson Competition for Young Composers in Moscowにてファイナリスト。


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《英吉利俚謡(イングリッシュ・カントリーチューンズ)》(1977/1985)
  この作品はエリザベス2世の銀禧紀念(即位25周年)である1977年に書かれた。私は音楽における「英国らしさ」(旋法性や特徴的な旋律型)、そして独特の気質(牧歌的、憂鬱、穏やかさ、錯雑、突発的な狂暴さ)を再検討した。また、諸様式の回覧よりは、ピアノのために「交響的」に書こうとした。8つの部分は俗謡由来の個々の副題を持つが、大きな単一楽章として通奏されるべく設計し、三つの所作単元を巡回している: (1)創案された旋法上の律。民謡的でもあり、ときおり五音音階的で、通常はト音あるいは変トを主音とする。 (2)最高音域あるいは最低音域での打楽器的拍動。 (3)ピアノの鍵盤の全88音における「不規則な」置換。最初の5つの部分ではこれらの型は互いに挟み込まれるが、残りの3つの部分では単離している。

《ヴェルディ編曲集》(1972-2005)より第5曲&第26曲
  この編曲集は、私が大学を卒業して4年後の1972年に始まり、《英吉利俚謡》《ガーシュイン編曲集》《ガーシュインふたたび》《所伝 I-IV》《音で辿る写真の歴史》といった大規模なピアノ連作を跨いで、完結まで34年の歳月を要した。ヴェルディの各オペラ(場合によっては初期稿と最終稿の双方)、弦楽四重奏、レクイエムから一曲ずつの編曲を集成している。当初の構想では、リスト・タウジヒ・ゴドフスキーの流儀を敢えて召喚した気軽なパロディだったが、これらは放棄され、一つのアリア、重唱、景、あるいは場面まるごとに基づくファンタジアの重ね書き(パリンプセスト)を、より野心的かつ劇的に追求した。ヴェルディ原曲の台本よりも、純粋に音楽的構造と展開を優先したが、これはブゾーニの有名な編曲論を参照している。すなわち、編曲とは作曲行為の諸相を横断するものであり、手が思考を転写し、演奏家が楽譜を転写し、聴衆は演奏を転写するのである。爰において、異なった(そして美学的に相反することもある)様式、旋法性(調性的であれ無調的であれ)、時代の語法(バロック、クラシック、現代)の交接の探求を眼目とした。第5曲は、歌劇《エルナーニ》の合唱付き七重唱「見よ、この殿方はいかにして」を素のまま左手に置き、その上に右手が独立した無調的カノンを紡ぐ。第26曲、《運命の力》第1幕第1場のレオノーラのロマンツァ「私はさまよい歩くみなしごに」は、冒頭から織り直され、やがてブゾーニの第1ソナチネのフーガ動機(《青年に》にも現れる)を暗示する。

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《音で辿る写真の歴史》(1995–2001)より終曲「陽光の食刻」
  曲名は、デレク・ジャーマンの構想中だった映画《Sod 'em》の脚本からの引用で、対象物を光が媒体間を超えて食刻する(転写=編曲する)という、写真の現像過程を効果的に説明したものである。この曲は5時間半を要する連作《音で辿る写真の歴史》の最終部にあたる。私の父は写真家であり、「代替現実」を創造的に発見するという観点を教えてくれた。切断、焦点の再整合、編集により、「光景」を踏査し、変容し、暴露し、突き放し、未視感化し、そしてしばしば等閑視するのである。「光景」を「音」に置き換えれば、それは私の「履歴」、すなわち一つの総目録、記憶の大海、さまざまな体験の思い出深い航跡である。また私の音楽知識の俯瞰でもある(誰しも持つ人生経験、来し方の比喩として)。ここでは多くの音楽的「ファウンド・オブジェクト」が暗示されているが、魚が回遊するマーラー第2交響曲を波乗りするベリオの《シンフォニア》を舗装している。

《「テレーズ・ラカン」から五つの断章》(1993/2005)
  私の舞台作品《テレーズ・ラカン》は、当初は男性歌手のみ(カウンターテナー2名とバリトン2名)で構想したが、最終的にゾラの小説と演劇を翻案し、女性・男性両方の登場人物の扮装で演じられた。作品は英国東部(サフォークとリンカンシャー)の後、ロンドンの仏語学校を巡演したが、楽器のアンサンブルにはどこも手狭だったので、ラカン夫人の小間物屋の階上の小さなアパートに家具としてピアノを置き、それを唯一の演技場とした。時代背景(1860年代半ば)は音楽上も示唆され、マイアベーアのオペラ《アフリカの女》が引用してある。(主人公の娘はアフリカの血を引くとされている。)

《第三の政策課題》(2016)
  この作品は、2016年6月23日のイギリス国民投票に対する回答である。人口の半数をやや超える票決により、政府の倣岸・不正確で欺瞞的な声明を受け、欧州連合(EU)を離脱することになった。以下の副題が、この政治情勢に対する私の気持ちを伝えよう。 (i) 「腐敗. 欺瞞. 無知. 不寛容.」 - (ii) 「私は衆愚政治に物申す(口先の. 破壊的で. 間抜けな. 党派.)」 - (iii) 「祖国は. 私を. 裏切った.」。 初演は2016年7月7日にロンドン大学シティ校でイアン・ペイスが行った。
  最初の2つの部分は、トーマス・アーンの仮装劇《アルフレッド大王》から「統べよ、ブリタニア」、ヘンリー・パーセルの歌劇《アーサー王》から「最も美しき島よ」に基づく。これらは作曲から300年経って、むしろ劣化し主戦的に響く。イギリス独立党(UKIP)の「島嶼ポピュリズム」 は人種差別と同性愛嫌悪を奉じ、ポーランド人移民労働者を排斥するキャンペーンは、地域社会の一定層に強く支持された。私の名親はポーランド人であり、第3の部分ではオスカル・コルベルク「ポーランド民衆歌集」所収のサンドミエシュ地方の旋律断片が用いられている。

《ミュコノス》(2017)
  この新作は、大井浩明のための感謝の贈り物であり、私の作品個展を開催してくれた彼の雅量と、他の多くの作曲家の作品の彼の見事な演奏に対して捧げられている。この曲を皮切りにして、ギリシアの民俗音楽の旋法性やリズムを反映した短いシリーズを始めるかもしれない。私は今夏、ミコノス島のデロス現代音楽アカデミーで教鞭を執る予定である。(マイケル・フィニッシー)



英国現代音楽史の中のフィニッシー―――野々村 禎彦

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 「現代音楽」の定義を形式的に「20世紀以降に生まれた作曲家の作品」とするならば、英国での端緒はウォルトン(1902-83) とティペット(1905-98) ということになる。彼らの音楽に紙数を割くつもりはないが、彼らの問題点に英国の状況の問題点は集約されているのは確かだ。ウォルトンは10代で「天才少年」としてもてはやされ、名声を確立した後は果てしなく保守化した。ティペットはそこまで退嬰的ではなかったが、英語圏ではメシアン(1908-92)、カーター(1908-2012) と並び称されているのは目を疑う。国力の優位が過大評価に繋がり、芸術家の成長を妨げてしまう。

 そもそも英国作曲界には、20世紀前半にもモダニズムと看做せる動きは皆無で、戦後前衛が育つ土壌自体が存在しなかった。ただ一人、スペイン内戦で人民戦線に与したために英国亡命を余儀なくされたロベルト・ジェラール(1896-1970) を除いて。彼は、12音技法開発直後のシェーンベルクに数年間師事したが、帰国後はカタルーニャ民族主義に傾倒しその影響は表面化しなかった。40年代の英国での創作も、民俗的素材を新古典主義で処理したものである。だが、民族主義路線の集大成となるオペラ《The Duenna》(1947-49) から12音技法を使い始め、50年代以降はセリー主義に専心して抽象化を進め、1955年以降は電子音楽も導入した。4曲の交響曲(1952-53/57-59/60/67)、カンタータ《ペスト》(1963-64)、2曲の弦楽四重奏曲(1950-55/61-62) などが代表作である。

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 20世紀前半の保守的な作品群は「英国音楽」と総称されて一部で愛好されているが、その末裔と看做されがちなブリテン(1913-76) は、そこに留まる器ではない。天才少年枠の初期はさておき、《シンフォニア・ダ・レクイエム》(1940) や《ラクリメ》(1950) は既にシリアスな強度を持ち、畢竟の大作《戦争レクイエム》(1960-61) を経て、能『隅田川』による教会寓話劇《カーリュー・リヴァー》(1964) と無伴奏チェロ組曲第1番(1964) から始まる極めて半音階的な作品群で異次元に突き抜けた。このような志向は、同時期に頭角を現したマンチェスター楽派にも見られない。

 ここで言及したマンチェスター楽派とは、マンチェスター王立音楽院とマンチェスター大学出身の作曲家:アレクサンダー・ゲール(1932-)、ハリソン・バートウィッスル(1934-)、ピーター・マックスウェル・デイヴィス(1934-2016)、エルガー・ハワース(1935-)、ジョン・オグドン(1937-89) が結成した作曲家集団である。ただしハワースとオグドンは作曲家よりも演奏家として知られている。ハワースはトランペット奏者としてはロイヤルフィル首席奏者を務めてロンドン・シンフォニエッタにも参加し、指揮者としてはその音楽監督を務め、バートウィッスル作品をはじめ現代音楽を得意とした。オグドンはピアニストとしては、ブゾーニやソラブジなどの名技的な作品を得意とした。

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 ゲールはシェーンベルクに学んだ作曲家=指揮者の父ワルターとともに、幼年期にドイツから亡命したユダヤ系作曲家であり、父譲りの12音技法とメシアンのもとで身に付けた語法の混合から出発したが、穏当な旋法的セリー書法に落ち着いた。穏健な作風の二世作曲家の存在は、楽派初期の認知に貢献した。P.M.デイヴィスは初期はペトラッシやバビットに師事してセリー書法を用いていたが、英国に戻ってからは劇場的な要素を用いた《狂った王のための8つの歌》(1969) などの表出的な作品で注目された。だが70年代に入ると急速に保守化し、交響曲第1番(1973-76) 以降は古典的形式に則った「新・新古典主義」に落ち着いた。晩年には英国王室の音楽顧問すら務めている。

 バートウィッスルは吹奏楽団のクラリネット奏者から音楽を始めた。その後作曲に転じ、米国留学中に書いたオペラ《パンチとジュディ》(1966-67) が出世作である。英国の伝統的な残酷大衆劇を大衆音楽の要素を取り入れて音楽化するスタンスは、ベリオ米国時代の代表作《迷宮II》(1963-65) をモデルにしている。その後も反復書法の導入など、ベリオの歩みを数年遅れで辿る傾向が続くが、80年代初頭の寡作期を経て、オペラ《オルフェウスの仮面》(1973-84) と《秘密の劇場》(1984) 以降は、無調だがクラシック音楽の伝統的な様式感に沿った作風に落ち着いた。創作の中心がオペラであることも含め、「英国アカデミズムの中では最も進歩的な存在」という位置付けになる。

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 このようにマンチェスター楽派と戦後前衛の距離は小さくないが、彼らと同世代で最も戦後前衛に近かったのがコーネリアス・カーデュー(1936-81) である。彼の音楽歴はブーレーズ《主なき槌》英国初演のギター奏者に始まり、シュトックハウゼンの助手を務めて全面的セリー技法を身に付け、ブラウンやフェルドマンの図形楽譜を研究して図形楽譜のカタログ的な大作《論文》(1963-67) を生み出し、集団即興グループAMMにピアニストとして参加し、アマチュア音楽家集団スクラッチ・オーケストラをハワード・スケンプトン(1947-) らと始めた。だが、70年代に入ると毛沢東主義に傾倒し、どの方向性もブルジョア的だったと自己批判して、民衆的な素材を伝統的な形式で展開する「新・社会主義リアリズム」に転向した。この姿勢は交通事故で急逝するまで変わらなかった。

 カーデューのキャリアの実験音楽寄りの部分をなぞったのがギャビン・ブライヤーズ(1943-) である。デレク・ベイリー(1930-2005)、トニー・オックスレー(1938-) との即興トリオ「ジョセフ・ホルブルック」で音楽を始め、アマチュア音楽家が泰西名曲を演奏するというコンセプトのポーツマス・シンフォニアを結成し、60年代末から70年代初頭にかけては初期テニーや初期グラスを思わせるコンセプチュアルなミニマル音楽を書いたが、《タイタニック号の沈没》(1969-72) と《イエスの血は決して私を裏切らない》(1972) ではそこに意味性を持ち込んだ。これらの曲はブライアン・イーノのオブスキュア・レーベルからリリースされて評価されたが、作風も環境音楽寄りに変化し、同レーベル消滅後も80年代まではその傾向が続く。だが90年代に入り、和声進行を取り入れ「マキシマル」化したグラスに後期ロマン派的要素を加味したマイケル・ナイマン(1944-) の音楽がブームになると、その流れで再び注目されたブライヤーズもその方向に軌道修正し、以後変化はない。

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 20世紀後半の英国音楽は、ポピュラー音楽界では米国をも牽引する影響力を持ったが、それ以外の分野で国際的に重要なのはまず自由即興音楽であり、ベイリーは死までの40年間、AMMと出身者は今日に至るまで、この分野の中心人物であり続けた。カーデューとブライヤーズは、一時期ではあるがこの分野に関わったという点でも特筆すべき存在である。カーデュー脱退後のAMMは迷走したが、80年代に入ってスクラッチ・オーケストラのメンバーでもあったピアニストのジョン・ティルバリー(1936-) が加わって安定した。ティルバリーはカーデューやスケンプトンらの作品をレパートリーにし、カーデューの評伝も著している。ブライヤーズも90年代以降に保守化するまでは、自由即興音楽界隈の音楽家たちと自作を録音しており、音楽の質のメルクマールにもなっている。

 このように、戦後前衛第二世代に相当する作曲家たちは軒並み保守化していったが、その次世代はこの顛末を予期したかのような方向性を打ち出していた。ブライアン・ファーニホウ(1943-) とマイケル・フィニッシー(1946-) は現代音楽祭でまとめて取り上げられることが多く、英語圏での新ロマン主義の総称である「新しい単純性」と対比して「新しい複雑性」と呼ばれた。ただし二人の姿勢はかなり異なる。ファーニホウは英国の現代音楽状況の問題点の源泉は全面的セリー技法の伝統の欠如にあると考え、意図的に「遅れて来た戦後前衛」として歩み始めた。管理された偶然性以降の「弾きやすく合理的」な譜面ではなく、初期シュトックハウゼンのような非合理音価が頻出する譜面を志向し、演奏不可能性の瀬戸際で生まれるオーラを追求した。彼は英国の保守性を早々に見限り、ドイツを拠点に新ロマン主義に抗する勢力を築き、ジャーナリステッィクな呼称通りの道に進んだ。

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 他方フィニッシーは、独自のセリー書法を無調性の拠り所にしているがファーニホウのような歴史意識はなく、ピアニストならではの超絶技巧志向が「複雑性」の根幹にある。《ヴェルディ編曲集》(1972-2005) や《ガーシュウィン・アレンジ集》(1975-88/89-90) のような超絶技巧編曲の伝統に沿った作品はその典型である。彼は主に英国内で活動を続けたが、現代音楽業界の保守性に絡め取られないよう、修行時代にはモダンダンスの伴奏で生計を立て、現代音楽演奏家としても自作以外は専ら同世代や年少世代の作品を取り上げた。《英吉利俚謡》(1977/82-85) は彼のピアノ書法の完成型かつ民俗音楽への関心の典型例であり、本日のこの他の自選曲は、西洋音楽史の総括/大衆音楽/政治参加といった彼のさまざまな関心を象徴している。彼は200曲以上をあらゆる編成のために作曲しているが、不定楽器のためのコンセプチュアルな作品も多く、実験音楽への関心も依然高い。

 「新しい複雑性」の次世代は、ファーニホウがクラーニヒシュタイン音楽賞を審査してプロモートした作曲家がまず挙げられる。英国ではジェームス・ディロン(1950-)、クリス・デンク(1953-)、リチャード・バレット(1959-) である。彼らも英国の保守性とは距離を取り、バレットはオランダ、デンクはオーストラリアに拠点を移し、ディロンはスコットランド出身を強調する。ディロンとデンクは保守化を免れられなかったがバレットは今のところ免れているのは、エレクトロニクス奏者として自由即興音楽の伝統と関わり続けたからだろう。ポール・オベルマイヤー(1964-) とのエレクトロニクスデュオFURTは作曲歴に匹敵するキャリアを持ち、2005年以降は即興音楽家を加えたfORCHとして、集団即興を組織化した《codex》シリーズ(2001-) などをレパートリーにしている。

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 彼らとは別系統の後継者としては、英国で「新しい複雑性」の紹介を主目的に結成されたアンサンブル・スオラーンの創設者リチャード・エムズレイ(1951-) とジェームス・クラーク(1957-) 、イクシオンの創設者アンドリュー・トゥーヴェイ(1962-) らが挙げられる。フィニッシーはこれらのアンサンブルにピアニストとして参加し、音楽監督や指揮者も務めている。彼は母国で次世代を育てるために英国に留まった(トゥーヴェイは作曲の弟子でもある)。ただし、ファーニホウに見出された作曲家たち(彼らの多くは「新しい複雑性」として括られることを好まない)とは対照的に、英国では初期ブーレーズの劣化版でもこの括りで認知されてしまうのが現状で、英国の問題点は根深い。

 ジョナサン・ハーヴェイ(1939-2012) は、世代的にはマンチェスター楽派に近いが、IRCAMで制作した電子音楽《死者を悼み、生者を呼ぶ》(1980) でようやく認知され、アンサンブルと電子音響のための《バクティ》(1982) が出世作となった遅咲きの作曲家であり、音楽的にはフィニッシーよりも年少、スペクトル楽派第二世代と看做すべきだろう。IRCAMと密接に関わる一方、「裏スペクトル楽派」のフィードバック・グループとも縁が深く、エレクトロニクス即興にも取り組み続けた。作曲家として認知される前にシュトックハウゼンの研究書を著し(1975)、ファーニホウの所属出版社での紹介文を早い時期に書く(1981) など、英国内に留まらないバランスの取れた目配りを続けてきた彼は、この楽派の同世代が軒並み保守化した90年代後半以降も安定した創作を続けた。

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 天才少年をもてはやす風潮は20世紀後半になっても変わらなかった。交響曲第1番(1967-68)・第2番(1970-71) を10代で書いて自ら指揮したオリヴァー・ナッセン(1952-)、10代半ばでメシアンに師事し、《平らな地平線に囲まれて》(1979-80) でプロムス登場最年少記録を持つジョージ・ベンジャミン(1960-)、20代初めまでの大半の作品がたちまちCD化されたトーマス・アデス(1971-) は、この枠で評価された。才気に溢れ完成度は高いが革新的とは言えない書法もこの枠の伝統通り。その後ベンジャミンはIRCAMで学び、スペクトル楽派第二世代のひとりとして自己を再定義した。作曲活動に加えてナッセンは指揮者として現代作品を中心に、アデスはピアニストとしてクラシック歌曲の伴奏や室内楽を中心に幅広く活動し、みな音楽家としては堅実な人生を歩んでいる。

 ヨーロッパ大陸の主要楽派や英国固有の楽派に身を寄せる作曲家が多い中、独自の道を歩むアウトサイダーも少数ながら存在する。尺八作品を創作の中心に据えたフランク・デニヤ(1943-) はその代表格だ。彼の選択は素朴な日本趣味ではなく、活動初期に民俗音楽学を専攻し、アジア・アフリカ諸国を数年間かけて実地調査した結果であり、英国在住の尺八奏者岩本喜一(1945-) との出会いも大きい。小編成作品を中心に、楽器の未知の可能性を探求する方向性は一貫している。またピアニスト=指揮者でもある彼は、米国の作曲家=トロンボーン奏者ジェームス・フルカーソン(1945-) とバートン・ワークショップをアムステルダムで結成し、実験主義音楽に的を絞って活動している。

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 ベネディクト・メイソン(1954-) の立ち位置も独特だ。活動初期は映画制作に取り組み、作曲に転じたのは30代に入ってからであり、音楽の制度自体を問い直す汎様式的かつ俯瞰的なスタンスは、しばしばカーゲルと比較される。コンサートホールの空間に着目し、個々の会場の音響特性を可聴化するために音楽を用いるという発想のサウンドインスタレーション的なシリーズは特にユニークだ。逆に、サイモン・ホルト(1958-) のように、書法の理論化を行わないナイーヴな作風の持ち主でも、アウトサイダーとしては受容されるのも英国の特徴である。武満徹や近藤譲の音楽が母国日本の次に(音楽学の研究対象としては日本以上に)受容されているのも、同様の背景によるのだろう。

 特異なスタンスの持ち主という点では、クリス・ニューマン(1958-) の右に出る者はいない。カーゲルに師事して決定的な影響を受け、初期にはパンクバンドを結成したりもしたが、ドイツに定住し画家を生業にした(生業にふさわしい、抽象と具象の狭間の地味で穏当な作風)ことで現代音楽業界の動向に左右されない足場を固め、「既存の音楽様式で意図的に下手に作曲する」という、現代美術を思わせるコンセプチュアルな方向を突き進む。このようなコンセプトには理解ある演奏家が欠かせないが、フィニッシーは彼の意図を深く汲んで録音にも積極的で、ピアノデュオも組んでいる。

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 フィニッシーが積極的に取り上げている作曲家では、ローレンス・クレーン(1961-) も興味深い。彼のコンセプトは調性音楽のありふれた語法のみで作曲することだが、その際に旋律やリズムの個性を極力排除しているのが特徴である。泰西名曲からミニマル音楽に至るまで、我々が聴いてきたのは個性的な癖で語法自体ではなかった、と気付かされる。現在音盤化されている作品は専らクラシック音楽の様式を持つが、彼はポピュラー音楽にも同様のコンセプトでアプローチしている。

 本稿で列挙した作曲家の大半は、作風によらず英国国外ないしクラシック音楽以外の分野で学んだ経験から出発している。英国の現代音楽状況の閉塞ぶりを物語るが、この状況への「新しい複雑性」第一世代の二人の姿勢は対照的だ。ファーニホウは基本的に「前途ある作曲家は一刻も早く英国を離れよ」であり、ヨーロッパ大陸で名声を確立しエピゴーネンが輩出する状況を前に、そこも見限って戦後前衛未開の地米国に拠点を移した。他方フィニッシーは、状況に積極的に関わって少しでも改善しようと演奏もマネジメントも献身的に行い、ISCM英国支部長も務めて同会名誉会員に選ばれた。彼は自筆人物紹介に、初リサイタルはスケンプトン、ナッセン、自作のほぼ全曲初演をフライブルクで行ったとわざわざ記している。ファーニホウが拠点にした都市での、「実験音楽も保守的な音楽も全部俺が引き受けた、俺は英国の作曲家=ピアニストだ」というマニフェストだったのだろう。



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# by ooi_piano | 2018-01-13 09:40 | POC2017 | Comments(0)