大井浩明 連続ピアノリサイタル
フランツ・リストの轍、その啓行と跛行
Hiroaki Ooi Matinékoncertek
Liszt Ferenc nyomában, látomásai és vívódásai
松山庵 (芦屋市西山町20-1) 阪急神戸線「芦屋川」駅徒歩3分
4000円(全自由席)
〔要予約〕 tototarari@aol.com (松山庵)
後援 全日本ピアノ指導者協会(PTNA) [
Ⅰ・
Ⅱ・
Ⅲ・
Ⅳ ]
【第1回】 2024年7月7日(日) 15時開演 (14時45分開場)
ロッシーニ(リスト編):歌劇《ヴィルヘルム・テル》序曲 S.552 (1829/42) 12分
I. 夜明け - II. 嵐 - III. 牧歌 - IV. スイス独立軍の行進
《遍歴時代(巡礼の年)》 第1年 スイス S.160 (1848/55) 45分
1. ヴィルヘルム・テルの聖堂 - 2. ヴァレンシュタットの湖 - 3. 牛追唄 - 4. 泉のほとりで- 5. 嵐 - 6. オーベルマンの谷 - 7. 羊追唄 - 8. 郷愁(傷愴と牛飼歌による) - 9. ジュネーヴの鐘(夜想曲)
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第2年 イタリア S.161 (1846/49) 49分
1. 婚礼 - 2. 沈思の人 - 3. サルヴァトール・ローザのカンツォネッタ - 4. ペトラルカのソネット 第47番 - 5. ペトラルカのソネット 第104番 - 6. ペトラルカのソネット 第123番 - 7. ダンテを読んで : ソナタ風ファンタジア
第2年補遺 ヴェネツィアとナポリ S.162 (1859) 16分
1. G.B.ペルキーニの「ゴンドラの金髪娘」による舟唄 - 2. ロッシーニ《オテロ》の船頭歌「猶大いなる苦患なし」(ダンテ)によるカンツォーネ - 3. G.L.コトローによるタランテラ
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第3年 S.163 (1867/82) 45分
1. アンジェリュス!(御告げの鐘) 守護天使への祈り - 2. エステ荘の糸杉に I : 哀歌 - 3. エステ荘の糸杉に II : 哀歌 - 4. エステ荘の噴水 - 5. ことごとは涙の粒(ハンガリー風の調べで) - 6. 葬送行進曲(メキシコ皇帝マクシミリアーノ1世の追憶に、1867年6月19日) - 7. 心臓を捧げよ
[使用エディション:新リスト全集 (1972/2019、ミュジカ・ブダペシュト社)]
![7/7(日)リスト《遍歴時代(巡礼の年)》全曲(約3時間) [2024/06/30 update]_c0050810_11543666.jpg](https://pds.exblog.jp/pds/1/202405/27/10/c0050810_11543666.jpg)
《Les Années de pèlerinage》は、フランツ・リスト(1811-1886)のピアノ独奏曲集である。訳語については「巡礼の年」が一般に流布されてきたが、そもそもはゲーテ(1749‐1832)の「ヴィルヘルム・マイスターの遍歴時代」(Wilhelm Meisters Wanderjahre)のフランス初版、"Les années de pélerinage de Wilhelm Meister" に由来しており、また信仰者が巡礼する聖地は作品と関わりがない。
曲集全体は、「第1年:スイス」、「第2年:イタリア」、「ヴェネツィアとナポリ(第2年補遺)」、「第3年」の4集からなる。20代から60代までに断続的に作曲したものを集めたもので、リストが訪れた地の印象や経験、目にしたものを書きとめた形をとっている。
先んじて書かれた《旅人のアルバム》 (Album d'un voyageur) S.156は、「第1年:スイス」の原型となる作品集だ。「印象と詩」 (Impressions et poésies) 、「アルプスの旋律の花々」 (Fleurs mélodiques des Alpes) 、「パラフレーズ」 (Paraphrases) の3部19曲からなる。1836年より第3部、第2部、第1部の順に出版され、1842年に《旅人のアルバム 第1年 スイス》としてまとめて出版された。
若いリストが1835年から1836年にかけてマリー・ダグー伯爵夫人と共に訪れたスイスの旅先を、「もっとも強い感動、もっとも鮮明な印象」を表現している。
第1部:印象と詩
1. リヨン Lyon
2a. ヴァレンシュタットの湖で Au lac de Wallenstadt
2b. 泉のほとりで Au bord d'une source
3. G*****の鐘 Les cloches de G*****
4. オーベルマンの谷 Vallée d'Obermann
5. ウィリアム・テルの聖堂 Chapelle de Guillaume Tell
6. 詩篇 Psaume
第1、6曲を除いて《遍歴時代 第1年》に引き継がれた。第1曲「リヨン」はフランスの街であるため除かれた。第3曲で、ジュネーヴ (Genève) をなぜ伏せ字にしたのかは不明である。
第2部:アルプスの旋律の花々
全9曲が無題である。このうち第2曲を《遍歴時代 第1年》の第8曲「郷愁」、第3曲を同第3曲「パストラール」へと改訂している。
第3部:パラフレーズ
1. F.フーバーの牛追い歌による即興曲 Improvisata sur le ranz de vaches de F. Huber
2. 山の夕暮れ Un soir dans les montagnes
3. F.フーバーの山羊追い歌によるロンド Rondeau sur le ranz de chèvres de F. Huber
フェルディナント・フーバー(第1、3曲)とエルネスト・クノップ(第2曲)の歌によるパラフレーズ。《遍歴時代 第1年》には引き継がれていない。
《遍歴時代 第1年:スイス》は、《旅人のアルバム》の第1部の5曲と第2部の2曲を改訂し、さらに2曲を追加した曲集になった。1855年、ショット社から出版された。
第1年 スイス S.160 (1848/55)
1 ヴィルヘルム・テルの聖堂 Chapelle de Guillaume Tell
ウィリアム・テルはシラー(1759‐1805)の戯曲によって知られるスイス独立の英雄。彼にゆかりの聖堂は湖のほとりにある質素な礼拝堂だ。リストはここに独立運動の勝利とよろこびと聖歌の歌声を聞いたのかもしれない。
2 ヴァレンシュタットの湖 Au lac de Wallenstadt
冒頭にバイロン(1788‐1824)の劇詩『チャイルド・ハロルドの遍歴』から一節が記されている。「湖は私が住んでいる俗世間とはまるで異なり、その静けさは私に教える。地上のわずらわしい水を捨てて、清純な泉を見つけるように、と」。リストとダグー伯爵夫人は淋しいこの湖を好んだ。
3 牛追唄 Pastorale
田園曲。アッペンツェルの牛飼いの歌。
4 泉のほとり Au bord d'une source
冒頭にシラーの詩の一節。「さざめく冷たさのなかで、若い自然のたわむれがはじまる」。水のきらめきがあざやかに表現され、華麗な技巧と詩的な楽想、ともに美しい。
5 嵐 Orage
冒頭にバイロンの一節が記されている。「おお、嵐よ。汝の行く先はどこか。汝は人間の息に似たものか。あるいは鷲のように高みに巣をもっているのか」。
6 オーベルマンの谷 Vallée d'Obermann
セナンクール(1770‐1846)の小説『オーベルマン』(1804)に基づく。小説は書簡体で、青年の人生への迷いや疑いがたたきつけるようにつづられる。《旅人のアルバム》のときにすでに完成されていた。若いリストが書いた会心の作品。 "Que veux-je? Que suis-je? Que demander à la nature?" (なにを俺は望むのか。俺はなにものなのだ。自然になにを望むのだ)
7 羊追唄 Eglogue
冒頭にバイロンの一節がある。「朝がふたたび明ける。さわやかな朝がすべての香気を吸いこみ、あらゆる花をあつめ、楽しいほほえみをもって雲を笑い、大地が墓などもっていないように、生きている」。
8 郷愁 Le mal du pays
セナンクール「オーベルマン」からの長大な引用が序文として掲げられている。村上春樹の小説(2013)では、この曲が重要なモチーフとして登場する。
9 ジュネーヴの鐘(夜想曲) Les cloches de Genève
1835年12月18日、リストとダグー伯爵夫人の間に長女ブランディーヌが生まれた。わが子の無事を祈る安らぎに満ちた音楽。
第2年 イタリア S.161 (1846/49)
1.婚礼 Sposalizio
ミラノのラファエロ(1483‐1520)の絵画「聖母の婚礼」による。聖ヨゼフと聖マリアの婚礼を描いた作品。
2. 沈思の人 Il penseroso
ミケランジェロ(1475‐1564)の彫刻「瞑想」に基づく。フィレンツェのサン・ロレンツォ教会にあるメディチ家の墓に刻まれた作品。
3. サルヴァトール・ローザのカンツォネッタ Canzonetta del Salvator Rosa
ローザ(1615‐1673)はイタリアの画家で詩人、歌手としても知られた。この作品は現在ではボノンチーニ作とされている。
4. ペトラルカのソネット 第47番 Sonetto 47 del Petrarca
ペトラルカ(1304-1374)はダンテ(1265‐1321)に続くイタリアの大詩人である。《カンツォニエーレ》はイタリア文学史上、不滅の輝きをはなつ。
祝福あれ、かの日、かの月、かの年よ、/ かの季節、かの時間、かの刻、かの瞬間よ / かの美しの国 二つの眸に縛られて / その眼と契り結びし かの処よ。
祝福あれ 初めての甘い苦しみ、 / “愛”と結ばれて受けたる苦しみ / わが身突き刺せる弓も 矢も / 心の底までとどいた深傷よ。
祝福あれ あまたの呼び声よ、 / わが女人の名呼び 撒き散る声よ / 溜息に 涙に 憧れに。
祝福あれ かの人の名声高める / あまたの草稿に 他処には眼もくれず / ひたすら馳せゆく女への想いよ。
5. ペトラルカのソネット 第104番 Sonetto 104 del Petrarca
平和な心がえられない 戦を挑む力なく / 恐れては望み 燃えては氷となる、 / 空高く翔けゆき 大地にひれ伏し / 虚空を摑み 世界をしかと抱き締める。
かのひとが捕える牢獄は 開きもせず 閉じもせず / 仕掛けた罠は 囚われ人を解きもせず 縛りもせず / “愛”の鎖は殺めもせず 解きもせず。 / わが生きるを希わず 邪魔者から救いもせず。
盲いて眺め 舌失くして泣き叫ぶ / 滅びるを切に願い 助けを乞う / 自らに愛想をつかせ 他人を愛す。
悲しみを糧として 涙でほほ笑む。 / 生きるも死ぬも どちらも嫌い、 / あなたゆえに 女よ このありさま。
6. ペトラルカのソネット 第123番 Sonetto 123 del Petrarca
地上で ふと眼にふれた天使の装い / 世にかけがえのない天上の美 / 想い返せば歓び溢れ 悲しみに沈み / 何処を見ても映るは 夢か影か煙のごと、
眼に入るは 太陽も幾千度妬みを味わう / 双眸の涙ぐむを、耳にするはその / ことばの 溜息まじりの囁きを、 / かくて山も動き 川さえも流れ止めるか
“愛” “思慮” “淑徳” “慈悲” “悲哀” / それらが涙ながらに奏でた 一曲の協奏曲 / いずこの世の人声よりも甘美にして、
天空も かかる和声に聞き惚れて / 梢にさえ 葉のひとひらのそよぎなく / 大気も風も 妙なる甘美に包まれており。
7. ダンテを読んで Après une Lecture du Dante
リストは1837年にコモ湖畔に滞在中、ダンテ(1265–1321)の《神曲》を読んで感銘を受けた。標題はユーゴーの詩集「内なる声」の中の一篇からとられており、ダンテ《神曲》の「地獄篇」の凄惨な情景を描き出している。
第2年補遺 ヴェネツィアとナポリ S.162 (1859)
1 G.B.ペルキーニの「ゴンドラの金髪娘」による舟唄 Gondoliera
ジョヴァンニ・バッティスタ・ペルキーニのカンツォネッタ「小さいゴンドラのブロンド娘」(La biondina in gondoletta) による舟歌。
2 ロッシーニ《オテロ》の船頭歌「猶大いなる苦患なし」によるカンツォーネ Canzone
ロッシーニ(1792‐1868)の歌劇『オテロ』の一節、「われ彼に 幸なくて幸ありし日しのぶより なほ大いなる苦患なし」(ダンテ《神曲》)に基づく。
3.G.L.コトローによるタランテラ Tarantella
タランテラはイタリア・ナポリの舞曲。激情的な舞曲に始まり、中間部は美しいカンツォーネとなる。
第3年 S.163 (1867/82)
1883年に出版された。多くはリストが挫折し精神的に憔悴しきっていた1877年に作曲されていて、1840年頃にほとんどの原曲がある、それまでの作品集とは40年ほどにも及ぶ隔たりがある。
1. アンジェリュス!(御告げの鐘) 守護天使への祈り Angélus! Prière aux anges gardiens
アンジェリュスとはカトリックの御告げの祈り、またはその時を知らせる鐘のこと。次女コジマとビューローとの間に生まれた初孫ダニエラ・フォン・ビューローに捧げられている。
2. エステ荘の糸杉に I : 哀歌 Aux cyprès de la Villa d'Este I: Thrénodie
エステ荘はティヴォリ公園にある16世紀の城館で、糸杉と噴水によって知られる。リストは枢機卿に三部屋を無期限で貸し与えられ、1877年8月に落ちついて創作に励んだ。「三日間にわたって糸杉の下にいた。糸杉がつきまとって、ほかのことは何も考えられない。その枝が歌い、泣く声がきこえる」と書いた。マリー・ダグー伯爵夫人は前年1876年に死んでいた。
3. エステ荘の糸杉に II : 哀歌 Aux cyprès de la Villa d'Este II: Thrénodie
リストの書簡によれば、この糸杉はエステ荘ではなく、ローマの教会の糸杉から霊感を受けたという。ミケランジェロ(1475‐1564)が植えたと言い伝えられていたが、1882年にそれは事実と異なることが明らかになり、当初の「ミケランジェロの糸杉」から現在の題に差し替えられた。
4. エステ荘の噴水 Les jeux d'eaux à la Villa d'Este
ラヴェル(1875‐1937)の「水の戯れ」やドビュッシー(1862‐1918)の「水の反映」といった、フランス印象主義音楽を予見する作品。主題が嬰へ長調からニ長調にうつる場面でヨハネ福音書(第4章 13‐14節)の言葉が記される。「私の与える水を飲むものはいつまでも渇きを知らないだろう。私が与える水はその人のなかで、永遠の命に湧き出る水の泉となる」。
5. ことごとは涙の粒(ハンガリー風の調べで) Sunt lacrymae rerum/En mode hongrois
1872年に作曲され、ハンス・フォン・ビューローに献呈。「ことごとは涙の粒」は、ウェルギリウス「アエネーイス」におけるトロイア陥落の場面に現れる一節である。元々は「ハンガリー哀歌」という曲名であったことから、トロイア陥落とハンガリー革命(1848-1849)の失敗を重ね合わせて、国に殉じた者たちに捧げた哀歌とした。
6. 葬送行進曲 Marche funèbre
1867年に作曲。銃殺されたメキシコ皇帝マクシミリアーノ1世の追悼のための葬送音楽で、皇帝の死後すぐに書かれている。
7 心臓を捧げよ Sursum corda
直訳すれば、カトリックでは「心をあげて主を仰がん」(ミサ序唱の初めの応唱の部分)。また「心を上に向けよ」(不幸などで沈み込んでいる人を勇気づける言葉)。(山村雅治)
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(予告)
【第2回】 2024年11月10日(日) 15時開演 (14時45分開場)
演奏会用大独奏曲 S.176 (1849)
ハンガリー狂詩曲第2番 S.244-2 (1847)
マイアベーア《ユグノー教徒》の主題による大幻想曲 S.412 (1842、最終版)
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スペインの歌による演奏会用大幻想曲 S.253 (1845)
バラード第2番 S.171 (1853)
死の舞踏 S.525 (1865) [作曲者編独奏版]
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ドニゼッティ《ルクレツィア・ボルジア》の回想 S.400 (1840)
半音階的大ギャロップ S.219 (1838)
モーツァルト《ドン・ジョヴァンニ》の回想 S.418 (1841)
【第3回】 2025年1月12日(日) 15時開演 (14時45分開場)
マイアベーア《悪魔のロベール》の回想 S.413 (1841)
ハンガリー狂詩曲第14番 S.244-14 (1846)
ギャロップ S.218 (1841)
ベルリオーズ《レリオ》の主題による交響的大幻想曲 S.120 (1834) [独奏版]
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J.S.バッハのカンタータ第12番《泣き 歎き 憂い 慄き》の通奏低音と《ロ短調ミサ》の「十字架に釘けられ」による変奏曲 S.180 (1862)
ハンガリー狂詩曲第6番 S.244-6 (1847)
モーツァルト《フィガロの結婚》と《ドン・ジョヴァンニ》の動機による幻想曲 S.697 (1842/1993) [L.ハワード補筆版]
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ベッリーニ《清教徒》の回想 S.390 (1836)
スケルツォと行進曲 S.177 (1851)
パガニーニによる超絶技巧練習曲集 S.140 (初版、1838) [全6曲]
【第4回】 2025年3月9日(日) 15時開演 (14時45分開場)
交響詩《前奏曲》 S.511a (1855/85) [作曲者/K.クラウザー編独奏版]
ハンガリー狂詩曲第12番 S.244-12 (1847)
パガニーニの「鐘」による華麗な大幻想曲 S.420 (1832)
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ベッリーニ《ノルマ》の回想 S.394 (1841)
スペインの主題「密輸業者」による幻想的ロンド S.252 (1836)
マイアベーア《預言者》のコラール「我らに救いを求めし者たちに」による幻想曲とフーガ S.259 (1850/97) [ブゾーニ編独奏版]
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オベール《ポルティチの唖娘》による華麗なるタランテラ S.386 (1869)
メンデルスゾーン《真夏の夜の夢》の「結婚行進曲」と「妖精の踊り」 S.410 (1850)
ハンガリー狂詩曲第15番 「ラコッツィ行進曲」 S.244-15 (1853)
管弦楽のない協奏曲 S.524a (1839)