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アルカン関係ツイートまとめ

英国アルカン協会会報(2021年9月号、第102巻)の英文インタビュー(pp.12-15)


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【第5回】2021年2月27日(土)18時開演(17時半開場)
大井浩明(フォルテピアノ独奏)

2/27(土)1843年製プレイエルによるアルカン《12の短調エチュード(全曲)》+C.レンナース新作 (2022/02/13 Update)_c0050810_17054967.jpg
松濤サロン(東京都渋谷区松濤1-26-4) 渋谷駅徒歩10分、神泉駅徒歩2分
全自由席 5000円
お問い合わせ pleyel2020@yahoo.co.jp (エッセ・イオ)〔要予約〕

使用楽器:プレイエル社1843年製80鍵フォルテピアノ(430Hz) [タカギクラヴィア(株)所蔵]






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●C.V.アルカン(1813-1888): 《短調による12の練習曲 Op.39》(1857)
Charles-Valentin Alkan : Douze études dans toutes les tons mineurs Op.39

〈第一部〉 15分
I.風のように Comme le vent. Prestissimamente
II.モロッソス格で En rhythme molossique. Risoluto
III.悪魔的スケルツォ Scherzo diabolico. Prestissimo

〈第二部〉 27分
IV.~VII.ピアノ独奏による交響曲(全4楽章) Symphonie pour piano seul
  第1楽章 Allegro Moderato - 第2楽章 ある善き人物の死に寄せる葬送行進曲 (Andantino) - 第3楽章 メヌエット - 第4楽章 Presto

〈第三部〉 55分
VIII.~X.ピアノ独奏による協奏曲(全3楽章) Concerto pour piano seul
  第1楽章 Allegro Assai - 第2楽章Adagio - 第3楽章 Allegretto alla barbaresca

〈第四部〉 30分
◇クロード・レンナース(Claude Lenners)(1956- ):フォルテピアノ独奏のための《パエトーン Phaeton》(2020、委嘱新作初演)
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XI.序曲 Ouverture. Maestoso-Lentement-Allegro
XII.アイソーポスの饗宴(主題と25の変奏) Le Festin d’Ésope. Allegretto senza licenza quantunque




クロード・レンナース:フォルテピアノ独奏のための《パエトーン》(2020)
  アポロンの息子パエトーンは、父と彼の関係を証明するため、周囲の制止を振り切って太陽の馬車を駆り出した。ゼウスでさえ制御するのが難しい馬車は暴走し、まず馬が高く走り過ぎて地上は凍り、それから近付き過ぎて大火災となった。やむなくゼウスは雷でこれを撃ち落とし、パエトーンは絶命した。パエトーンは、分を弁えぬ人類の傲慢さの比喩であり、現代でも軍拡や環境破壊、原子力問題にその具体例を見出すことが出来る。(クロード・レンナース)

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クロード・レンナース Claude Lenners, composer
  ルクセンブルク大学人文科学学部で音楽学を、ルクセンブルク音楽院で作曲を学ぶ。ローマ・メディチ荘滞在(1989-91)、デュティユ作曲賞第1位(1991)、ダルムシュタット講習会奨学生賞(1992)、第14回入野賞(1993)等。作品は、ルクセンブルクフィル、トゥール歌劇場管、ザールブリュッケン放送響、アンテルコンタンポラン、ルシェルシュ、アクロシュノート、ASKO、アルテルエゴ(ローマ)等の団体や、多くのソリストによって演奏され、ルモワーヌ社、アルフォンス・ルデュック社他から出版されている。1992年以来、ルクセンブルク音楽院で作曲、楽曲分析、コンピュータ音楽の教授を務める。





Ch.-V.アルカン:人物と練習曲について――上田泰史(音楽学)

「アルカンは、ショパン、 ヘラー、リスト、タールベルクの華麗な流派のいずれにも関係してはいるものの、直接これらの模範を映し出してはいない。アルカンは彼自身で完結しており、その美点と 欠点によってのみ、ほかの誰でもない、彼なのだ。彼は固有の言語で考え、語りかける。」

  この人物評は、パリ音楽院ピアノ科教授アントワーヌ=フランソワ・マルモンテルが、後年に同窓生のアルカンを振り返って書いたものである。独創性は、ロマン主義に与する音楽家にとって不可欠の条件だった。それは、ロマン的精神が外的世界よりも内的世界を重視するからであり、また個々の内面的差異の現れによって作品の価値を測るという新しい基準が通用するようになったからである。
  ロマン主義運動は、伝統的に認められてきた公式の慣習に背を向け、想像力が創作の主導権を奪取したときに、花開いた。音楽におけるこの運動は1820年の後半から30年代というごく短い期間に爆発し、ヨーロッパ中へと波及した。ロマン主義の素地はフランス大革命(1789年)で作られ、七月革命(1830)が起爆剤となった。19世紀前半の自由主義を求める急進的な政治運動と連動しているだけに、ロマン主義の芸術運動も、理論的基盤の整備を待たずに、創作的表出が先行した。
  創作における変化はまず文学で起こり、音楽、絵画など他ジャンルへと拡がっていった。文学青年のベルリオーズやシューマンがそれぞれフランスとドイツでロマン主義の旗振り役となったのは、偶然ではない。ベルリオーズの10歳年下で、シューマンの3歳年下のシャルル=ヴァランタン・アルカン(1813~1888)を育んだのは、ロマン主義のゆりかごとしてのパリだった。


ロマン主義×宗教

  だが、彼の芸術的素地の形成にはもう少し複雑な背景がある。一つは、モランジュ家(註1)が信仰していたユダヤ教である。ヤーウェ(ヤハウェ)に捧げられた謹厳な信仰とロマン主義は、アルカンの創作を加速させた二つの軸を成している。これらは一見相反するように見える。信仰は伝統や慣習を重んじるが、ロマン主義は旧い慣習の打破を目指すからである。しかし、宗教とロマン主義は往々にして個々の教義とは衝突するものの、永遠なるものを目指すという点で精神的な親和性がある(註2)。アルカンの場合、時に芸術(音楽)が信仰の領域を侵しているように見えることさえある。ユダヤ教徒でありながらプロテスタントの讃美歌に主題を求めたり(足鍵盤付ピアノのための《ルターのコラール〈我らの神は堅き砦〉に基づく即興曲》)、《大ソナタ》ではカトリックの聖体の祝日に歌われる聖歌を引用したりしている。アルカン伝の著者ブリジット・フランソワ=サペは、彼の創作にエキュメニズム(広義での宗教統一運動)の理想を見ている。いずれにせよ、アルカンはロマン主義×宗教という二つの内面的領域の交わる世界を生きた、典型的なロマン主義の音楽家である。

註1 アルカンという姓は、父の名アルカン・モランジュから採られている。彼の姉弟はみなアルカン姓を名乗った。姉弟全員が音楽家となったので、シャルル=ヴァランタンは終生「アルカン長男Alkan aîné」と署名した。
註2 若くして信仰篤いヴィオラ奏者・オルガン奏者のクレティアン・ユランやラムネー神父と交わり、長じてカトリックの下位聖職者となったリストの場合にも当てはまる。


パリ国立音楽院での学習時代

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  宗教とロマン主義という内なる熱源を具現するには、現実世界で駆動する機械が必要だった。その一つが、ピアノである。19世紀前半、産業革命はパリに蒸気機関車と鉄道をもたらし、ピアノには金属製のフレームをもたらした。エラール、プレイエル、パープといったピアノ製造者たちは気温や湿度変化から受ける影響を最小化する工夫を凝らし、また大きな会場での演奏に耐えるよう弦長と張力を増強するなど、楽器の改変に勤しんだ。
  ところで、アルカンの父はパリのマレ地区で私塾を営み、音楽や文法を教えていた。そこには後にパリ音楽院のピアノ教授のポストをめぐり争うこととなるマルモンテルなど、パリ音楽院の級友となる子どもたちが集まっていた。アルカンは当然、ここでピアノを始めたはずである。6歳でパリ音楽院のソルフェージュ科に登録し、翌年にはジョゼフ・ヅィメルマンの受け持つピアノ科に登録した(この年、人前でヴァイオリンも弾いている)。ピアノ科のレッスン室にはエラールがあり、週に数回、若い学生がピアノを囲んで代わる代わる演奏した。1824年の修了選抜試験で一等賞を得て、10代前半にして音楽界に華々しくデビューする。和声・伴奏科も修了したアルカンは作曲の勉強にも勤しんだ。ケルビーニの愛弟子で、かつて作曲教授資格試験に合格したことのあるヅィメルマン師には、ピアノのみならず作曲理論も師事し、学士院が主催する作曲コンクール(ローマ大賞コンクール)にも2度挑戦した。1832年に書いたカンタータ《エルマンとケティ》は選外佳作に選ばれた。さらにオルガン科では1834年に一等賞を得ている。この華々しい受賞歴は、アルカンに音楽家としての多方面での活躍を約束した。
  しかし、アルカンはピアノに専心した。それは、単にピアノの演奏やレッスンで収益が見込めたというだけではなく、ピアノこそが自らを突き動かす表出的欲求を引き受けてくれる手段だったからだろう。その内発的な力は、1828年に出会ったリストとのライバル関係によっても増幅された。
  アルカンのピアノ作品の出版は、1826年に遡る(《シュタイベルトの主題による変奏曲》作品1)。産業化が進むせわしい都会で、アルカンはスピードに対する嗜好を培った。1828年に出版されたロッシーニ風の《乗合馬車》作品2は、1844年に《鉄道》作品27へと「工業化」を遂げた。これは単なる外的事象の描写ではなく、ロマン主義的自己の表現である。技術革命がもたらした、人力をはるかに凌駕するテクノロジーは、超人たることを望んだファウストが己の魂と引き換えに手にした魔術の比喩であり、蒸気機関車のスピードと威容は、ピアニストの超越的願望に充分に応え得る主題だった。


ロマン的なものと古典的なもの

  ピアノを通して、若きアルカンは熱烈な信仰心も吐露している。《アレルヤ》作品25、《前奏曲集》作品31および《歌曲集》作品38/38bisの幾つかの曲には、ヘブライ聖書の詩編やソロモンの雅歌からの引用、あるいは「祈り」といった言葉が題名に用いられている。前述の通り、彼の宗教的関心は音楽的領域においてはキリスト教にも拡大されている。その一方で、古くから変わらぬ善きもの、真なるもの、美なるものの探究を通して、アルカンの眼差しはギリシャ古典文芸にも注がれていた(《大ソナタ》におけるアイスキュロスの悲劇、《全ての短調による12の練習曲》におけるアイソーポス[イソップ]の寓話)。
  古きものへの関心は、バッハ、ヘンデル、グルックといった音楽における古典への愛着にも通じている。1847年、アルカンは《音楽院の想い出》と題して、古典音楽の牙城として知られたパリ音楽院演奏協会のレパートリーから抜粋した6曲のトランスクリプションを刊行した。マルチェッロ、グルック、ハイドン、グレトリ、モーツァルトの作品を収めるこのトランスクリプション集の制作に当たり、アルカンは原曲の楽譜テクストを丹念に辿りながら、かつピアノの効果を損なわない「手ごろな難しさの」編曲を目指した。「全てを聴かせながらも、どのパートが際立たせられなくてはならないか、どのようにそのパートがあるべきか、さらに、それらがどのように伴われ、光が当てられ、あるは陰に残されるべきなのかということを知ること、こうしたことがこの[編曲の]技術(中略)なのである。」(楽譜序文より)出版はされなかったものの、この年にはベートーヴェンの《ピアノ協奏曲第5番》の緩徐楽章やグルックのオペラ《アルセスト》より〈大司祭たちの行進〉のピアノ独奏用編曲も手がけている。
  これと対照を成すように、アルカンは33歳までのロマン主義的創作の総決算として《大ソナタ》作品33(1847刊)を発表した。20歳から50歳まで、人間の人生を10年毎に4つに区切り、これを次第に遅くなる第1楽章から第4楽章に割り当てた。第2楽章と第4楽章はそれぞれゲーテの『ファウスト』を、第4楽章はアイスキュロスの『縛られたプロメテウス』を題材にしている。前者はロマン主義の神話であり、後者は古代ギリシャの神話である。


練習曲

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  1848年、アルカンの旧師ヅィメルマンは、教育における影響力の低下と同僚からの敵意を受けて、院長オベールに辞表を提出した。ヅィメルマンの後任人事が始まると、アルカンを含むヅィメルマン門下の4名が院長の指名を受けた。アルカン、ラコンブ、プリューダン、マルモンテルのうち、マルモンテルは作曲の業績が殆ど無かった。だが教育実績とおそらく人柄から、院長オベールやヴィクトル・ユゴーの後ろ盾を得ていた。一方のアルカンは比類無い実績にも拘わらず、むしろその強烈なロマン的作風からか、院長の好意を得ていなかった。彼を育てたヅィメルマン師には指名権も任命権もなかった。アルカンはジョルジュ・サンドを介して任命権を持つ大臣に接触し直訴を試みたが、おそらくマルモンテルに対する攻撃的な文面が裏目に出たのだろう、教授のポストにはマルモンテルが任命された。この年に出版された意欲作《全ての長調による12の練習曲》作品35(1848)も、結局のところパリ音楽院での教授職獲得に貢献することはなかった。
  この一件は子ども時代から続くマルモンテルとの仲を決定的に引き裂いた。さらに翌年、親友ショパンの死の報も受けて、彼は表向きの音楽活動をほぼ中止した。1851年からは出版も中断し、以後6年間、作品45以外、ピアノ曲は出版しなかった。この沈黙は、社会に対する不信感の表示であったが、同時に作曲と出版準備に捧げられた雌伏でもあった。アルカンは、打ち砕かれた栄達への期待を創作へと差し向け、創作者としての才能を世に問うことを願ったのである。

  1857年、作品37から47(43, 44は欠番)に至る作品群が沈黙を破った。1846年から書き溜められた《全ての短調による12の練習曲》作品39はアルカンの創作史上のみならず、練習曲というジャンル史上超弩級の作品である。長調による作品35と同様、この練習曲集もアルカン作品に好意的な評を寄せてきた博識の音楽史家フランソワ=ジョゼフ・フェティスに献呈された。その規模は12曲からなる練習曲としては前例がなく、ロマン主義的な題材(風、悪魔)、ならびに古典的な形式(スケルツォ、交響曲、協奏曲、序曲、変奏曲)を包摂している。「ピアノのベルリオーズ」(ハンス・フォン・ビューロー)という形容に違わず、アルカンはこの練習曲で究極の技巧と管弦楽的な効果を徹底して追究した。演奏時間は通奏するとおよそ120分前後を要する。ショパンの作品10と25が各々約30分、リストの《超絶技巧練習曲集》が約65分であることを考えれば、これが如何に長大であるかが分かるだろう。この長さの理由は練習曲というジャンルの中に交響曲、協奏曲、序曲といった、大規模な規範的ジャンルを取り込んだことが一因である。12曲が形作る大伽藍は、19世紀に「シリアスな」と形容されたアカデミックな器楽ジャンルの一覧を成している。かくてアルカンは、社会的挫折からくる憂鬱を創作へと昇華したのだった。
  作中にはベートーヴェンとショパンの回想が垣間見られる。「ある善き人物の死に寄せる葬送行進曲」と銘打たれた〈交響曲〉の第二楽章(葬送行進曲)は、ベートーヴェンの《交響曲第3番「英雄」》の「ある偉人の思い出を記念して」という標示を喚起する。協奏曲はトゥッティ部分にも想定される楽器の指示が入念に書き込まれ、ピアノのカデンツァもすべて記譜されている(第一楽章だけで約30分を要する)。ポロネーズをフィナーレに配したこの協奏曲は、亡き友ショパンの回想とも見られるが、同時に「野蛮な(Alla barbaresca)」荒々しさが際立っている。終曲〈アイソーポス[イソップ]の饗宴〉は8小節の主題に25の変奏が続く。この主題は、アルカンが1842年に編曲したモーツァルトの《交響曲第40番》(K 550)のメヌエットに由来するとされるが(R. Smith)、近年では食事の前に歌われるユダヤ教の感謝の歌との関連も指摘されている(A. Kessous Dreyfuss)。「饗宴(festin)」は豪勢な食事のことでもあるから、これはありそうな説である。

  アルカンは1888年に74歳で没した。彼の音楽はその後、演奏と作曲の両領域に長い影を投じている。演奏の領域において、アルカン作品は第二次世界大戦まではパリ音楽院定期試験でも時折弾かれていた。父の夢を引き継いでパリ音楽院教授となった息子エリ=ミリアン・ドラボルドを中心として、イジドール・フィリップ、マルグリット・ロン、コルトーらのクラスの生徒がパリ音楽院の試験でアルカンの曲を弾いている。特にドラボルドとフィリップはコスタラ社から刊行されたアルカン作品集の校訂を担当した(もっとも、彼らの仕事は初版プレートに注釈なしに手を加えるという作業に留まっている)。同じ頃、フランス以外では、フェルッチョ・ブゾーニ(1866-1924)が、アルカン作品をレパートリーとし、ベルリンで演奏した。彼はアルカンをショパン、シューマン、リスト、ブラームスと並ぶ、ベートーヴェン以降のピアノ音楽の大家として称揚している。ブゾーニを尊敬し、『ピアノ・ソナタ第二番』を彼に献呈した英国の作曲家兼ピアニスト、カイホスルー・シャプルジ・ソラブジ(1892-1988)もやはりアルカンの独自性を称揚した。
  創作の領域において、ソラブジが1940年代に作曲した100曲の《超越的練習曲》や《私一人で、オーケストラなしで演奏する、気晴らしのための協奏曲》(第3楽章はアルカンOp.39-3〈悪魔的スケルツォ〉と同表題)は、練習曲及び協奏曲というジャンルを独自の視点で捉えたアルカンの着想を継承している。やはり英国の作曲家で1946年生まれのマイケル・フィニッシーの作品にもアルカンの影が見える。《アルカン=パガニーニ》(1997)の冒頭の楽想記号「アッラ・バルバレスカ」は、アルカンの作品39-10のそれと同じである。

  第二次大戦後、アルカンの音楽が録音されラジオで流れ始めると、アルカンに熱中する音楽家や愛好家が各地に現れた。1977年には英国でアルカン協会(Alkan Society)が設立された。アルカンの祖国フランスでは8年遅れて1985年にアルカン協会(Société Alkan)が設立された。2010年以降、アテネでもアルカンとその師ヅィメルマンを記念してアルカン=ヅィメルマン国際音楽協会が設立され、アルカンとその時代への関心は拡がりを見せている。
  さてアルカンの作品39が通演されるこの貴重な機会に、一人の演奏家によるこの作品の通演記録(一回のコンサートで全12曲が演奏された記録)を整理しておきたい。

①中村攝(1959- ):1984年3月1日、石川県文教会館(金沢)
②中村攝:1984年3月12日、スタジオ・ルンデ(名古屋)
③中村攝:1984年4月6日、虎ノ門ホール(東京)
④ジャック・ギボンズ(1962- ):1995年1月18日、ホーリーウェル・ミュージック・ルーム(オックスフォード)
⑤ジャック・ギボンズ:1996年2月15日、クイーン・エリザベス・ホール(ロンドン)
テッポ・コイヴィスト(1961- ):2007年(ヘルシンキ)
⑦ジャック・ギボンズ:2013年8月25日、ホーリーウェル・ミュージック・ルーム(オックスフォード)
⑧ヴィンチェンツォ・マルテンポ(1985- ):2013年11月2日、横浜みなとみらいホール(横浜)
⑨ジャック・ギボンズ:2013年12月15日、マーキン・コンサート・ホール(ニューヨーク)

  上記9公演のうち、4公演が日本で行われていることは特筆すべきだろう。金澤(中村)攝氏の全曲演奏は、中でも抜きん出て早い時期に行われている。1983年、当時25歳の金澤氏はM.ポンティが弾く抜粋盤LPを聴いて公開演奏を決意し、全曲暗譜で3公演に臨んだ。敬愛するブゾーニを介して、かねてよりアルカンやゴドフスキーにも関心を寄せていた故・園田高弘氏は東京公演に臨席し、「初めてアルカンの真価を知った」と激賞を惜しまなかった。金澤氏はその後ほどなくして名古屋(スタジオ・ルンデ)で姉妹作《全ての長調によるエチュード》Op.35 も通演している。
  チェンバロ・フォルテピアノ・オルガンといった歴史的鍵盤楽器にも通暁する大井氏による本日の公演は、1857年の作曲以来、おそらく当時のフォルテピアノで通演される世界初演」の可能性がある。ダブル・エスケープメント機構(註)を備えるエラールのピアノではなく、シングル・エスケープメントのプレイエルがどこまでアルカンの大作に応えてくれるだろうか、興味は尽きない。アルカンの衣鉢を継ぐ大作、ソラブジ《オプス・クラウィケンバリスティクム Opus Clavicembalisticum》(1930) の日本初演や、またフィニッシーの難曲《イングリッシュ・カントリー・チューンズ》、更には献呈初演を含むピアノ作品個展を開催した大井氏、また金澤攝氏への委嘱曲も初演(YouTubeで視聴可能)した大井氏の、2021年から逆照射されるアルカンへの眼差しにも注目したい。

 註:この機構は、打鍵されたハンマーが二段階で元の位置に下りる仕組みで、急速な連打において高い効果を発揮する。中期以降のアルカンは、エラールのピアノを好んで弾いた。




【関連リンク】

◎『ピティナピアノ曲事典』
・作曲家解説
・アルカン, シャルル=ヴァランタン :大ソナタ 第1番 Op.33
・アルカン, シャルル=ヴァランタン :片手ずつ、および両手のための3つの大練習曲 [Op.76]

◎ブログ
・金澤攝「ピアノ・エチュード大観」後編 第6景 シャルル・ヴァランタン・アルカン 1」
・金澤攝「ピアノ・エチュード大観」後編 第6景 シャルル・ヴァランタン・アルカン 2」

◎楽譜
・アルカン・ピアノ曲集 I(カワイ出版)
・アルカン・ピアノ曲集 II(カワイ出版)

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◎動画
ピアノ曲事典の歩き方 第2回 練習曲の「1830年とロマン主義」
上田泰史 × 実方康介

【目次/要約】
・導入
0:53​ 1830年をテーマにした理由
2:20​ ロマン主義/ロマン派とは「ここにはないものをありありと描く」芸術的態度
6:29​ 「ロマン」の原義はロマンス諸語で書かれた物語
8:11​ ブルクミュラー「貴婦人の乗馬」=中世の騎士道?!
・第1部:社会的背景
14:30​ ロマン主義を促進した背景(フランス大革命~七月王政)
18:22​ フランス大革命が音楽家のステイタスに変化をもたらした
19:30​ 恐怖政治の時代にピアノの即興で命拾いした名手エレーヌ・ド・モンジュルー
21:27​ パリ音楽院の学生は革命祭典で活躍
22:11​ 第一共和政⇒第一帝政(ナポレオン)⇒王政復古(揺り戻し)⇒七月王政
24:34​ 七月王政時代は自由主義と産業の発展がピアノ音楽文化に力を与えたーショパンやリストの世代のメンタリティ
・第2部:作曲家の内面的変化
29:50​ 1830年、ロマン主義の創作が表面化する(シューマン、ベルリオーズ)
32:03​ ピアニストたちの変化:リスト(19歳)のリアクション
35:22​ ショパン(20歳)のリアクションー「革命」エチュードのイメージを探る
38:38​ ポーランド11月蜂起の失敗に対する心情/援護してくれないフランス政府への怨恨
39:42​ ショパンの内面に巻き起こったロマン主義的イメージを読む
42:12​ ショパンが体験した「感情の死」と憂鬱(メランコリー)
47:42​ 「憂鬱」= ロマン主義のキーワード
48:24​ ロマン主義芸術家と「青白い肌」
51:13​ リストに献呈されたショパンの《練習曲集》作品10:献辞が「F. Liszt」ではなく「J. Liszt」の理由
52:53​ リストは「リッツ」と発音されていた?
・まとめ
53:27​ ロマン主義は、世界認識のモードの変化をもたらした―芸術家は、「ロマン主義的な自我」を意識し、振る舞うようになっていった。その画期が1830年だった。


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アルカン関係ツイートまとめ

英国アルカン協会会報(2021年9月号、第102巻)の英文インタビュー(pp.12-15)
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中村(金澤)攝:アルカン12の短調練習曲 作品39(通奏世界初演)

金沢 1984年3月1日(木)PM6:45 石川県文教会館
名古屋 1984年3月12日(月)PM6:45 スタジオ・ルンデ
東京 1984年4月6日(金)PM6:45 国立教育会館虎ノ門ホール

2/27(土)1843年製プレイエルによるアルカン《12の短調エチュード(全曲)》+C.レンナース新作 (2022/02/13 Update)_c0050810_22343255.png
 1974年8月、15才で単身パリに赴いた私は名目上のピアノ研修をそこそこに多くの作曲家の作品を片っぱしから調べていた。私に作曲家を決意せしめたのはベルント・アロイス・ツィンマーマン(1918~1970)の音楽だった。――いうまでもなくオペラ「兵士たち―Die Soldaten」の作曲者である。――同年秋、ニッコロ・カスティリオーニ(1932~)のオーケストラ作品「詩の中の冬――Inverno in ver」の初演に接し、深い感銘を受ける。私はこの二作家の作品を徹底的に研究することから始めて、大きな影響を受ける一方、ブルーノ・マデルナ(1920~1973)、フランコ・ドナトーニ(1927~)、リュック・フェラーリ(1929~)、マウリチオ・カーゲル(1931~)等の作品にも強い共感を持つようになっていった。そのような私にとってモーツァルトやベートーヴェン、シューベルト等のピアノ作品のレッスンなど、どうでも良いことであった。しかしその後、ツィンマーマンの師、フィリップ・ヤルナッハ(1892~)の作品に注目したことから、やがてフェルッチョ・ブゾーニ(1866~1924)を知り、ヒンデミット、ウェーベルン、ストラヴィンスキーへと興味の対象は次第に時代を遡り拡張されてゆく。その折、私が至高の芸術と目しているジャン・フランチェスコ・マリピエロ(1882~1973)の音楽にめぐり合う。この時点で自分の共鳴する作曲家たちの作品が演奏会やレコードで全く取り上げられないことへの不満に堪えかねて、こうした作品を紹介することを目的としたピアニスト、指揮者を志す。(作曲家としての姿勢は依然として変わりがない。) 私はただちに他者への師事をやめて1978年4月帰国し、以来独学で研鑽を積んだ。私にピアニストを決意させた直接の動機はフェルッチョ・ブゾーニとその弟子、エゴン・ペトリの演奏録音を聴いたことによる。特にブゾーニは作曲家としてだけでなく、ピアニストとしても私に古典の生き生きとした生命を説き示したのである。また、ブゾーニからの手づるをたぐって行くと、これもピアニストとして著名ながら作曲家としての実態は全く知られていないアントン・ルービンシュタインに繋がっている。この上さらに遡ったところに存在しているのが、今回のシャルル・ヴァランタン・アルカンなのである。
  彼は私が今後取り上げていこうと考えている19世紀以降の作曲家約60名のうち最古参にあたっている。今もって正当な評価を広く認識されていないこれらの作曲家たちの殆んど全作品に目を通し、その中から逸する事の出来ない名作を厳選してその作曲家にとって理想的な演奏と録音で後世に伝えようとすることは大変な作業である。(無論これはオーケストラ作品、劇作品を含んでいる。)その尨大な数を思うに、とても私の一生で手に負えるものではないことは明白である。この点、多くのよき協力者の出現を願うばかりである。たとえ少数でも真摯で意欲的な聴き手のために、私は最善を尽したいと考えている。
昭和59年1月24日  中村 攝


  ブゾーニの著作に於て既にアルカンの名は知らされていたものの、私が彼の音楽に着手したのはアントン・ルービンシュタインのピアノ協奏曲第5番の献呈者にその名を見い出した後のことである。これはまだ僅か一年たつかたたないかという最近のことであって、現在の所、編曲を含めて約100曲あると思われるアルカンの作品中まだ半数も私は目を通していない。しかし種々の文献から推察するに、この「12の短調練習曲」が彼の最大の代表傑作であることは論断してよいと思う。
  アルカン―シャルル・ヴァランタン・モランジュ―は1813年11月30日、ユダヤ人を両親としてパリに生れた。後に彼の友人となるショパンは3年、リストは2年先に生れている。(これはベートーヴェンの第七交響曲が初演された頃にあたる。)彼が亡くなったのは1888年で、同じくリストは2年先に亡くなっている。つまりこの両者は殆ど同時代を生きていたが、その生涯は明暗を分けるものであった。リストを恐れさせたという超人的な手腕を持ちながら世人とは隔絶した、閉鎖的な生涯を貫いたアルカン。まさに謎の隠者といえよう。近年、ヨーロッパで著しい注目を集めるようになったが、神秘のヴェールは永遠に剥がれることはないであろう。巨匠的趣向という点を除けば当代の風潮とは別世界の音楽である。彼は2曲のピアノ協奏曲、少数の歌曲、室内楽、オルガン曲のほかはピアノ曲しか作らなかった。この点、ショパンと非常に共通している。作品番号は76まで見られるが抜けている数字も多く、番号が前後したり、重複していたりして作曲年代を追う上では余り参考にならない。12の短調練習曲が出版されたのは1857年、即ち彼の40代半ばのことである。この年は10曲の作品が出版された。これは翌々年の1859年に14曲が出版されたのに次いで多い数である。まぎれもなく彼の創作活動の最盛期がこの時期であったことを示している。
  12の長調練習曲作品35(1848年出版)と好一対として書かれた短調練習曲は四楽章形式の「交響曲」と三楽章形式の「ピアノ協奏曲」を含む、ピアノ音楽史上屈指の超難曲、超大作である。また12の全調性で一曲ずつ書かれていて、このうち全体の中枢に位置する「協奏曲」はアルカン自身、演奏を行うことがなかった。全曲の演奏がかつて行われたかどうかは疑わしいところである。


略歴
1959 金沢市に生れる。
1962 神田俊子について、ピアノを学び始める。
1969 独学で作曲活動開始。作曲家を志望する。
1970-74 東京で宮沢明子に師事。
1974-78 パリでフローレンシア・ライツィンに師事。
1975 最初のLP録音(1977年オーディオ・ラボ制作。自作、プロコフィエフ他)
1978 無名作品の紹介を目的とした演奏家を決意し、帰国して独学を始る。東京でヒンデミットと自作によるリサイタル開催。 ヒンデミットピアノ曲全曲録音を行う。(1979年オーディオ・ラボ制作。四枚組)
1979 ラ・ロシェル現代音楽祭国際コンクール2位入賞。
1980-81 金沢で9回にわたる研究発表「ピアノによる研修シリーズ'80→'81」開催。
1982 名古屋の「スタジオ・ルンテ」にて毎月作曲家別にピアノ作品を紹介する「中村の世界」開始。
1978年以来毎年、研修、資料蒐集のため渡欧。


代表作品
1975 室内オーケストラのための夜曲「マデルナを讃えて」
1976 大オーケストラのためのマイクロシンフォニー
1976-78 語り手、児童合唱と11人の器楽奏者のための日本昔話「さるとおじぞうさま」
1977 プリペアドビアノ4手のための「寸志I」
1977-1978 11楽器のためのシンフォニエッタ
1977-78 室内オーケストラのための「寸志II」
1979 オーケストラのための供物「甘露」
1980-81 勇ましきチェロと13人の器楽親衛隊のための「英雄舞曲」
1982 ピアノのための「普陀洛音頭」
1983-84 バス独唱とオーケストラのための「大黒天和讃」他




# by ooi_piano | 2021-02-19 01:12 | Pleyel2020 | Comments(0)


1843年製プレイエルによる《ピアノ音楽の革命》(全5回公演) (2022/02/14 update)_c0050810_14290832.jpg1843年製プレイエルによる《ピアノ音楽の革命》(全5回公演) (2022/02/14 update)_c0050810_14292136.jpg1843年製プレイエルによる《ピアノ音楽の革命》(全5回公演)
大井浩明(フォルテピアノ独奏)
松濤サロン(東京都渋谷区松濤1-26-4)
使用楽器:プレイエル社1843年製80鍵フォルテピアノ [タカギクラヴィア(株)所蔵]
全自由席 5000円
お問い合わせ pleyel2020@yahoo.co.jp (エッセ・イオ)〔要予約〕
チラシpdf https://bit.ly/31jEDAA



1843年製プレイエルによる《ピアノ音楽の革命》(全5回公演) (2022/02/14 update)_c0050810_14152577.png

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【第5回公演】 2021年2月27日(土)18時開演(17時半開場)
●C.V.アルカン(1813-1888): 《短調による12の練習曲 Op.39》(1857)
 ~I.風のように II.モロッソス格で III.悪魔的スケルツォ IV.~VII.ピアノ独奏による交響曲(全4楽章) VIII.~X.ピアノ独奏による協奏曲(全3楽章) XI.序曲 XII.アイソーポスの饗宴
クロード・レンナース(Claude Lenners)(1956- ):フォルテピアノ独奏のための《パエトーン》(2020、委嘱新作初演)


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(終了)【第1回公演】 2020年10月23日(金)19時開演(18時半開場) (※)須田祥子(客演/東京フィルハーモニー交響楽団ヴィオラ首席奏者)
●H.ベルリオーズ(1803-1869): 《幻想交響曲 ~ある芸術家の生涯の出来事》 S.470 (1830/36、F.リストによるピアノ独奏版)[全5楽章]、《交響曲「イタリアのハロルド」》 S.472 (1834/36、F.リストによるピアノ独奏版)[全4楽章] (※)
高橋裕(1953- ):フォルテピアノ独奏のための《濫觴》(2020、委嘱新作初演)

【アンコール】
〇N.パガニーニ《ヴィオラと管弦楽のためのソナタ》(1834)

――――
(終了)【第2回公演】 2020年11月13日(金)19時開演(18時半開場)
●F.F.ショパン(1810-1849): 12の練習曲Op.10 (1829/32)、12の練習曲Op.25 (1832/36)、3つの新しい練習曲 B.130 (1839)、ピアノソナタ第2番Op.35《葬送》(1837/39)、ピアノソナタ第3番Op.58 (1844)、前奏曲嬰ハ短調Op.45 (1841)
●鈴木光介(1979- ):フォルテピアノ独奏のための《マズルカ》(2020、委嘱新作初演)

【アンコール】
〇C.V.アルカン:練習曲《相似的無窮動 Op.76-3》(1838)
〇ショパン/ゴドフスキー(生誕150周年):練習曲第47番《誂い》

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(終了)【第3回公演】 2020年12月11日(金)19時開演(18時半開場)
●R.シューマン(1810-1856):《謝肉祭 - 4つの音符による滑稽譚 Op.9》 (1833/35)、《クライスレリアーナ - ピアノのための幻想曲集 Op.16》(1838)、《幻想曲 Op.17(初稿)》(1836/39)

【アンコール】
〇ショパン《「お手をどうぞ」による変奏曲 Op.2》(1827、独奏版)
〇シューマン《ピアノソナタ第3番終楽章(Green/Moyerによるオリジナル草稿補筆版)》(1835、日本初演) 

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【第4回公演】 2021年1月30日(土)18時開演(17時半開場)
●F.リスト(1811-1886): 《超越的演奏のための12の練習曲(決定稿)》 S.139 (1851)、《ピアノソナタ ロ短調(初稿)》 S.178 (1852/53)
アダム・コンドール(Ádám Kondor)(1964- ):フォルテピアノ独奏のための《5つの超越的前奏曲》(2020、委嘱新作初演)

【アンコール】
〇リスト《ドン・ジョヴァンニの回想 S.418》(1841)
〇アルカン《2つの室内フーガ「泣くジャン、笑うジャン」》(1840)

1843年製プレイエルによる《ピアノ音楽の革命》(全5回公演) (2022/02/14 update)_c0050810_14160510.png



1843年製プレイエルによる《ピアノ音楽の革命》(全5回公演) (2022/02/14 update)_c0050810_16321877.gif  「ピアノ音楽の革命」――これが本シリーズのテーマだ。採り上げられる19世紀の作曲家はベルリオーズ、リスト、ショパン、シューマン、アルカン。錚々たる顔ぶれである。奏者としては慎ましいギタリストだったベルリオーズとピアニストへの道を断念したシューマンを除く三名は、ピアノのヴィルトゥオーゾである。彼らは皆、1810年代の前半に誕生している。この年代には、1811年生まれのフェルディナント・ヒラー、1812年生まれのジギスモント・タールベルク、1814年生まれのアドルフ・フォン・ヘンゼルトもいる。

  「1810年世代」は、続く一世紀のピアノ音楽の景色を一変させた。その背景には、1820年代から30年代にかけて起こった芸術思潮の大転換がある。この転換は、産業革命の結果大きな変化を遂げたピアノの製造と普及といった外的理由だけからは説明できない。それは、精神的な改革によって実現されたのである。

1843年製プレイエルによる《ピアノ音楽の革命》(全5回公演) (2022/02/14 update)_c0050810_16335510.gif  彼らの青春時代に、一体何が起こったのか?それは、器楽をめぐる美学上の革命だった。それまで鍵盤楽器のための音楽といえば、何よりもまずソナタであった(ソナタの原義は「器楽」である)。人々はソナタで演奏技術を磨き、ソナタで聴衆に語りかけた。ピアノ曲は、いまだ「歌詞のないロマンス(無言歌)」ではなく、いわば「言葉のない弁論」と見做されていた。ソナタは修辞学をモデルとして作曲され、演奏されていた。そこには発想(主題)があり、それらの巧妙な配置があり、論駁(展開)があり、確証(主調の確立)があった。作曲家(=奏者自身)がそのようにして書いたソナタを、奏者は解釈と身振りの力を借りつつ披露し、聴き手を感動させ、説得した。だが、このような器楽の在り方は批判にも晒されていた。「ソナタよ、お前は私に何を求めているのか」――フォントネルはこう問いかけた。明快な意味を持たない器楽よ、お前は言葉を伴う音楽に優ることはできない、と。

  ところが1800年を過ぎると、器楽の地位は俄かに向上していく。人々の「聴く耳」に変化が起きたのだ。ドイツの作家・批評家E. T. A. ホフマンは、ベートーヴェンの《交響曲第五番》に寄せた批評で、こんなことを書いている。

〈器楽曲は他の芸術の援助も混入も一切拒否して、音楽芸術にしかない独自のものを純粋に表現しているのである。この音楽こそあらゆる芸術のうちで最もロマン的なもの――唯一純粋にロマン的な芸術と言ってよいだろう。――オルフェウスの竪琴は冥府の門を開いたのである。〉(鈴木潔訳)

1843年製プレイエルによる《ピアノ音楽の革命》(全5回公演) (2022/02/14 update)_c0050810_16344179.gif  ホフマンにとって器楽は、言語の具体的な指示機能に依存することなく聴く者に深い夢を見させることのできる芸術だった。同じくドイツの作家レルシュタープも、ベートーヴェンの《幻想曲風ソナタ》Op.27-2(通称「月光」)を聴くとき、もはやそこに奏者(=弁論者)の姿を見出さない。彼の想像力は異界を飛翔し、山岳に囲繞された月下の湖、霊ごとく水面を漂う白鳥を目撃し、廃墟から漏れ聞こえるエオリアン・ハープの神秘的な調べを聴いた。
  ピアノは修辞学の器から、ロマン主義的精神の器に創り直されたのである。

  1814年、ナポレオンの失脚に続くアンシャン・レジームへの揺り戻しによって、ロマン主義はフランスで新たな局面を迎える。大革命と帝政により社会的立場を脅かされた人々が、心の中に「密やかな逃げ場所」を求め始めたのだ。かくて王党派の作家たちは、復古王政時代、民衆の趣味に寄り添う新たなフランス国民文学の確立に邁進した。シャトーブリアンは『ルネ』で血縁関係の分断や現実逃避といったテーマを扱いながら、「世紀病」や「あてどない情熱」と呼ばれる近代的憂鬱の典型を示した(ベルリオーズが《幻想交響曲》の標題で「ある著者」と言っているのはシャトーブリアンのこと)。

1843年製プレイエルによる《ピアノ音楽の革命》(全5回公演) (2022/02/14 update)_c0050810_16360686.gif  王党派の文学者たちが創り出した葛藤と逃避のトポスは、さまざまな形で芸術作品に表れることとなった。都市から隔絶された田園、スイスの山岳地帯、ベネツィアの干潟、墓場、サバト・・・ロマン主義者たちが描くこうした世界は、単なる外界の模倣ではなく、内面化された主観的世界である。そのために、ベルリオーズは冒頭からいきなり主人公にアヘンを多量投与しなければならなかった。ベルリオーズがコール・アングレにランズ・デ・ヴァーシュ(牛追い歌)を吹かせたとしても、それは羊飼いがそのように吹いたからではない。遠雷は、もはや神々が引き起こす気象現象として聴かれるのではない。それは主人公の心理的反映であり、聴き手の主観的経験として生きられるのだ。

  1830年の七月革命とともに、ピアノのロマン主義は一気に開花した。主観的自然や超自然的イメージは、ピアニスト兼作曲家たちにもあらゆる誇張を許した。リストの想像力は、ダグー夫人との恋愛とスイスへの「巡礼」(という名の逃避行)、ラムネー神父によってもたらされた宗教=社会的啓示、そして超人パガニーニの洗礼を経て、魔界から天国に至るまで縦横無尽に駆け巡った。もはや、ピアノはピアノとして鳴り響いてはいけない。未知なる技巧と表現力によって、彼方の音を地上に響かせなければならなかった。リストはベルリオーズ、ショパン、ヒラー、アルカンらとパリで親交を深め、文芸における「若きフランス」よろしくユゴーの「醜は美なり」という旗印に従った。

  ショパンは、「ピアノのベルリオーズ」アルカンのように、言葉と音楽を接近させることを好まなかったが、二人の親友は「凡庸なものへの嫌悪」(A. マルモンテル)で結ばれていた。ショパンが《ピアノ・ソナタ 第二番》作品35の終楽章で見せる異様さは、アルカンの〈風〉(作品15-2、全3曲をリストに献呈)とも響き合っている。

1843年製プレイエルによる《ピアノ音楽の革命》(全5回公演) (2022/02/14 update)_c0050810_16380886.gif  シューマンはショパンの作品2への批評で「諸君、脱帽せよ、天才が現れた」と称賛したが――もっともショパンは続くシューマンの詩的な解釈に面喰らった――、ショパンの第二ソナタの終楽章を評して「彼の最も狂気じみた4人の子供を無理矢理一緒にした」「墓場に吹きすさぶ風」(第4楽章)と書いたとき、おそらく、そこにアルカンの影を感じ取ったのではないだろうか。ちなみに、クララ・ヴィークは1839年の春に単身パリを訪れアルカンの演奏を聴いており、作曲家としての才能を高く評価した。もしかしたら、フィアンセによるこの称賛も、ロベルトのアルカン嫌いを助長する要因になったのかもしれない。

  ショパンとリストはシューマンと互いに献呈のやりとりがあるのに、アルカンだけは遂にシューマンと作品を献呈しあうことはなかったし、会うこともなかった。もしシューマンがアルカンの円熟期、つまり1857年以降の作品まで見ていたら、彼は「フランスの辞書には魂という言葉はない」という前言を撤回しただろうか。(上田泰史/音楽学)



上田泰史 Yasushi UEDA, musicology
1843年製プレイエルによる《ピアノ音楽の革命》(全5回公演) (2022/02/14 update)_c0050810_14173466.jpg
 金沢市出身。2016年に東京藝術大学大学院音楽文化学研究科にて論文「パリ国立音楽院ピアノ科における教育――制度、レパートリー、美学(1841~1889)」(東京藝術大学)で博士号を取得。同年にパリ=ソルボンヌ大学にて博士論文 "Pierre Joseph Guillaume Zimmerman (1785-1853): l'homme, le pédagogue, le musicien" で同大学博士号(音楽・音楽学)を審査員満場一致で取得。在学中、日本学術振興会より育志賞を受ける。著書に『「チェルニー30番」の秘密――練習曲は進化する』(春秋社)、『パリのサロンと音楽家たち――19世紀の社交界への誘い』(2017)。東京藝術大学楽理科非常勤助手を経て、2018年4月より日本学術振興会特別研究員(SPD)を務める。東京藝術大学、国立音楽大学、大妻女子大学ほか非常勤講師。

【著書/論考 リンク集】
●世界遺産・富岡製糸場の「幻のピアノ」を求めて 第1回第2回第3回







# by ooi_piano | 2021-02-01 19:39 | Pleyel2020 | Comments(0)
【第4回】2021年1月30日(土)18時開演(17時半開場)
大井浩明(フォルテピアノ独奏)

1/30(土)1843年製プレイエルによるリスト《超絶技巧練習曲集(全12曲)》《ロ短調ソナタ》+A.コンドール新作_c0050810_17054967.jpg
松濤サロン(東京都渋谷区松濤1-26-4) 渋谷駅徒歩10分、神泉駅徒歩2分
全自由席 5000円
お問い合わせ pleyel2020@yahoo.co.jp (エッセ・イオ)〔要予約〕

使用楽器:プレイエル社1843年製80鍵フォルテピアノ(430Hz) [タカギクラヴィア(株)所蔵]





1/30(土)1843年製プレイエルによるリスト《超絶技巧練習曲集(全12曲)》《ロ短調ソナタ》+A.コンドール新作_c0050810_09200419.jpg
■F.リスト(1811-1886): 《超越的演奏のための12の練習曲(最終稿)》 S.139 (1851)
I. 「前奏曲」 - II. (イ短調)

〇アダム・コンドール(Ádám Kondor)(1964- ):フォルテピアノ独奏のための《5つの超越的前奏曲 Öt transzcendens prelűd》(2020、委嘱新作初演)
第1前奏曲 Andantino

■ III. 「風景」 - IV. 「マゼッパ」

〇第2前奏曲 Tempo flessibile, ma non lento

■ V. 「鬼火」 - VI. 「幻影」

〇第3前奏曲 Parlando

■ VII. 「英雄」 - VIII. 「荒ぶる狩り」

〇第4前奏曲 Presto

■ IX. 「回想」 - X.(ヘ短調)

〇第5前奏曲 Presto

■ XI. 「夕暮の諧調」 - XII. 「雪嵐」


  (休憩)

■F.リスト: 《ピアノソナタ ロ短調(初稿)》 S.178 (1852/53)
  Lento assai- Allegro energico - Grandioso - Cantando espressivo - Pesante - Recitativo - Andante sostenuto - Quasi Adagio - Allegro - Stretta (quasi presto) - Presto - Prestissimo


  [使用エディション:新リスト全集版]



アダム・コンドール:フォルテピアノ独奏のための《5つの超越的前奏曲》(2020)
  F.リストの超越的練習曲集は、ある面でブーレーズ作品に於ける抑制出来ない興奮ぶりを連想させる。そこで、私はその解毒剤的な前奏曲集を着想した。各曲は、簡明な作法と論理的構造に基づき、明確な音楽素材の可能性を探索した。それゆえ、この5つの前奏曲はリストの練習曲集と組み合わせて演奏されるのが最も望ましい。大井浩明の非凡な才腕を念頭に作曲され、彼に献呈されている。(アダム・コンドール)

アダム・コンドール Ádám Kondor, composer
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  バルトーク音楽高校(ブダペスト)を経て、リスト・フェレンツ音楽大学で作曲をミクローシュ・コチャールとシャーンドル・ソコライに師事。また室内楽をジェルジ・クルターク、シャーンドル・ヴェーグに学んだ。1998年ソロス財団、1999年独エデンコーベン芸術財団より助成を受ける。さまざまな編成の多数の作品が、世界各地で演奏されている。近作に《ピアノ協奏曲》(2017/ブダペスト初演)、《ヴァイオリン協奏曲》(2018/ウィーン初演)、《フルートとクラリネットのための二重協奏曲》(2020)等。2020年秋よりハンガリー科学アカデミー会員。2013年~2016年、タイに在住した。





『ファウスト』とピアノ・ソナタ―――上田泰史

  他の芸術諸ジャンルと同様、神話は音楽の継承と創造の土台となってきた。「神話」という言葉を神(々)と人間の物語に限らず、各時代の人々が共有し、文化に根を下ろした語りとして捉えるなら、キリスト教にとどまらず古典ギリシア・ローマの神話や詩学、啓蒙思想、種々の文学作品も一種の神話である。ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテの戯曲『ファウスト』は、ベートーヴェン、シューベルトからマーラーに至るまで、19世紀を生きた音楽家たちにとっての比類無いロマン主義の神話だった。


ロマン主義の神話「ファウスト」

  ファウスト博士をめぐる物語はゲーテの創作ではなく、ドイツに古くから伝わる説話である。この人物は16世紀に実在したと云われる錬金術師で、学を極め尽くしてなお悟り宇宙の本質を悟り得ないことに絶望して悪魔に魂を預け、人間のあらゆる欲望を満たした後に地獄に落ちるという、ドン・ジョヴァンニのような反キリスト教的存在である。この物語は、人形劇を通して民間にも広く浸透した。しかし18世後半、啓蒙主義運動の中で、ファウスト博士は欲望に駆られた悪魔的存在というイメージを脱ぎ捨て、究極の知識を追究する超人として語り直されるようになった。そこで、救済されるファウストという結末が用意された。救われるファウスト像は、まずドイツ啓蒙思想家・劇作家ゴットホルト・エフライム・レッシングによって構想され、ゲーテがファウスト第二部でそれを永続的なものとした。救済されるファウストを描いた音楽としては、マーラーの《交響曲第8番》がよく知られているが、シューマンのオラトリオ《ゲーテの『ファウスト』からの情景》も、『ファウスト』第二部を扱った、決して多くはない作品の一つである。


「ファウスト」熱

  ゲーテの『ファウスト』はすでに1770年代に初稿(Urfaust)が書かれ、時を経て第一部が1808年に、第二部が1833年に遺作として出版された。この戯曲は諸外国でも翻訳された。フランスではまず文芸・政治評論家スタール夫人の『ドイツ論』(1813年)でドイツ的想像力の驚くべき産物として『ファウスト』第一部が紹介されたが、書物の性格上、要約的な紹介に留まった。続いて1823年にルイ=サントレール、1827年にアルベール・シュタッフェールによる仏訳が出た。後者にはウジェーヌ・ドラクロワがグロテスクな挿絵を提供したことでも知られる。これらの翻訳では時事風刺的で難解な「ヴァルプルギスの夜」が省かれていた。しかし1828年、弱冠19歳のネルヴァルがこの情景を含めた第一部の全訳を上梓して、これが若い音楽家たちの心を捉えた。
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E.ドラクロワによる挿絵(「ヴァルプルギスの夜」にマルグリートの姿を垣間見るファウスト)/ Paris, Petit Palais (CC0)


  ロッシーニはF.ヒラーへの手紙で「『ファウスト』への真の熱狂」がパリを席圏していると報告し、ベルリオーズやグノーは一時期ファウストを携帯してパリの街を歩いていた。ベルリオーズは《『ファウスト』からの8つ情景》(1829年部分初演)をゲーテに送りさえした(ゲーテは音楽家の友人に意見を求め、結局関心を示さなかった)。劇場ではファウストの劇が音楽付きで上演され、1830年4月にはシュポーアのオペラ《ファウスト》、そして7月の革命を挟んで同年12月にはベルリオーズの《幻想交響曲》第5楽章〈サバトの夜の夢〉が鳴り響いた。翌年にはルイーズ・ベルタンのイタリア語オペラ《ファウスト》が、そして年末にはヒラーの《ファウスト序曲》が初演された。
  ドイツでは1829年にヴァーグナーがライプツィヒで『ファウスト』を観劇し「ファウスト熱」に冒された。彼はまず合唱とピアノの為の《ゲーテの『ファウスト』による7曲》(1831)を書き、10年後、パリで《ファウスト序曲》を書いたがパリ初演は叶わなかった(後に1844年、ドレスデンでメンデルスゾーンの《最初のヴァルプルギスの夜》の前に初めて演奏された)。シューマンは第二部の結末に心を打ち振るわせ、1844年から1853年の長きに亘って《『ファウスト』からの情景》に取り組んだ。


神と悪魔

  リスト少年が父とともにパリに到着したのは、『ファウスト』第一部の仏訳がパリで出た1823年12月のことである。音楽以外の教養に関しては独学ではあったが、リストはパリでファウスト熱を肌で感じることができただろう。既に神童として名を馳せていたリスト少年は、世俗の輝きだけでなく、すでに深い信仰心、永遠なるものへの憧れを心に宿していた。リストは、後にベルリオーズの《イタリアのハロルド》を初演することになるクレティアン・ユランがオルガニストを務めていた教会に通い、神秘的な音色に耳を澄ませた。
 『ファウスト』は、キリスト教とロマン主義を橋渡しする重要な役目を果たした。この戯曲は、神と悪魔(メフィストフェレス)がファウストの魂を賭けるところに始まり(第一部)、創造主による悪魔払いとファウストの救済で終わる(第二部)。戯曲冒頭の神と悪魔の対話で、神は善なる人間は迷うにせよ、正しい道を忘れない、と述べる。一方の悪魔は、森羅万象はいずれ滅びるのだから、初めから無い方が良いのだとその本領を語り、創造という神の崇高な役目を認めない「否定の霊」である。ファウストは悪魔の力を借りて自在に振る舞い、無垢な乙女マルグリート(グレートヒェン)とその親族を破滅させる。だが第二部では奇術を弄して栄達を実現し、最後は為政者として人々の為に灌漑工事を指揮する。人々の働く姿に感動して自ら鋤を手に壕を掘るが、これが墓穴となって息絶える。
  一方では、決して尽きることのない欲望を追究し自己膨張を続ける巨人ファウストは、無限への憧憬を原動力とするロマン主義と握手することができる。その意味で、超人ファウストはロマン主義の英雄に他ならない。他方、神の被造物として神的なファウストの側面もまた、天上的永遠へと開かれている。メフィストフェレスが現出させる世界は一見果てしないようだが、結局のところファウストの寿命によって終焉を迎える。悪魔が見せる無限的(夢幻的)世界は、永遠的実体の「映像」にすぎない。確かにロマン主義の芸術家は、「醜は美なり」というヴィクトル・ユゴーのモットーに共感しメフィスト的題材を好んだ一方で、ファウストに内在する聖性にも注目していた。リストやアルカンがメフィストフェレスとして超人的演奏技巧を追究した一方で、両者が生涯に亘り創造主に――前者はキリスト教者として、後者はユダヤ教者として――祈りを捧げたことは、偶然ではない。


リストの《ピアノ・ソナタ》とアルカンの《大ソナタ》の間隙
 
  1840年、フランスではファウスト第二部のネルヴァル訳も刊行され、それまでにドイツとフランスで『ファウスト』はピアニストたちにとっても完全なバイブルとなった。C. M. v. ウェーバーの弟子ユリウス・ベネディクトは1836年に、自作《ゲーテのファウストに基づく大幻想曲》をベルリオーズの居る前で演奏し(楽譜所在は不明)、シャルル=ヴァランタン・アルカンは1847年に《ピアノのための大ソナタ》作品33の第二楽章に〈ファウストのように〉という題名を与えた。この楽章は後半に「神秘の合唱」としてのフガートが置かれ、それに神の顕現、メフィストの退散、マルグリートの動機と共に上昇するファウストの姿が描かれている。ピアノ作品としては『ファウスト』第二部の結末を描いた最初の作品と見られる点で、この作品はピアノ音楽史的にも『ファウスト』をめぐる文化史的にも、注目に値する(リスト後年の《ファウスト交響曲》では、「神秘の合唱」は声楽を伴って表現される)。
  アルカンの伝記作家たちは、これまでに何度もリストの《ピアノ・ソナタ》ロ短調とアルカンの《大ソナタ》作品33との音楽的関連性を指摘してきた。充分な紙幅がないため簡単な指摘に留めるが、アルカンのファウストの主題は複付点のリズム動機と低音域のスタッカートによる同音反復動機で構成される。リストのソナタの主題も同じ要素含んでいる。
1/30(土)1843年製プレイエルによるリスト《超絶技巧練習曲集(全12曲)》《ロ短調ソナタ》+A.コンドール新作_c0050810_09273360.jpg
譜例1 アルカン《大ソナタ》作品33(30歳:ファウストのように)

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譜例2 リスト《ソナタ》ロ短調 アレグロ冒頭の主題


  アルカンの同音反復主題は、その後第3主題としてマルグリート的性格に変じるが、この同一動機による性格変容もリストのソナタのcantando espressivo(第153小節~)で同じように生じる。
 他方、リスト研究者たちはアルカンのソナタとリストのロ短調ソナタの類似に気づいてはいても、それらの関連性を確信するには至っていない。それ以前に、そもそもリストのロ短調ソナタに隠された標題があるのかどうかについて長い議論が行われており、各人各様の立場を取っている。『ファウスト』になぞらえる解釈(Ott 1981)、自伝としての解釈(Raabe 1931/68)、ミルトンの《失楽園》に即したの解釈(Szász 1984)、あるいはプログラムは想定していないとする説(Winklhofer 1980)等々。
  リストが周囲にソナタの「意味」を明かすことがなかったため、彼がどのようなプロットを想定したのかは分からないし、あるいはしなかったかもしれない。とはいえ、この作品を聴いた人々が何らかの典型的な物語を想起することは自然であるし、リストは様々な文学的題材から、善悪の相克を音楽的に抽象したのかもしれない。とはいえ、アルカンとリストのソナタの音楽的近似性が、興味をそそられる主題であることに変わりはない。リストのロ短調ソナタの完成は1853年2月とされるが、最近の研究では1849年の時点ですでに――ゲーテの「ファウスト初稿」のように――原型が存在したことが、ほぼ確実視されている。それはリストが同年の春にヴァイマルで友人らに内々に演奏したとされ、これを聴いたフリートリヒ・キュームシュテットFriedrich Kühmstedt(1809-1851)は《リスト博士の主題による4声の演奏会用大フーガ》作品24を書いて1850年に出版した。このフーガの主題は、今日知られているロ短調ソナタの主題に一致している。他にも、1969年以降に今日では行方不明になっているソナタの1849年のスケッチに、ソナタのandante sostenutoの楽想が書き留められていたという。リストが1849年にソナタの構想に着手していたという事実は、アルカンのソナタの出版(1847年末)からリストが「ロ短調ソナタ」に取りかかるまでの期間が、一年半足らずであることを物語っている。
  完成後、リストは出版前に内々でこのソナタを人前で弾いた。1853年6月、ヴァイマルで宮廷楽長の座にあったリストを、ブラームスが訪ねた。そこに居合わせたアメリカの作曲家ウィリアム・メイソンの回想によれば、リストは「ロ短調ソナタ」を完成させたアルテンブルク館にブラームスを招き、リストがこの新作を弾くのを聴いた。ところが、ブラームスは演奏中に居眠りをしていたという・・・。だが寛大なリストは二人の若い訪問客をそのまましばらく館に逗留させた。
  1854年の春、リストはこの少なからず「アルカン風」のソナタを、10年以上も前に《幻想曲》作品17を献呈してくれたシューマンへの献辞とともに出版した。だが同年2月、シューマンの精神は不安定極まりなく、2月にライン川に身を投げ自殺未遂を起こしていた。折角の献呈にも拘わらず、シューマンはすぐに精神病院に入れられ、ソナタの出版を知ることはなかった。ただし妻のクララ・シューマンは版元から楽譜を受け取っていた。日記に書き留めた評価は「盲目の騒音に過ぎない」という辛辣なものだった。


リストとアルカン

  シューマン、リスト、アルカンの三者は、青春時代から互いを知っていた。シューマンとアルカンは直接会ったことはないが、シューマンは楽譜を通して彼の音楽を知り、アルカンの《悲愴的ジャンルの3つの断章》作品15に手厳しい批評を書いたことがある。それ以後、シューマンはアルカンに公然と反応することもなかった。一方のアルカンはシューマン作品を好んで弾いた。
  リストとアルカンが公の場で互いの曲を弾いたという記録は見当たらないが、両者は生涯に亘り一定の距離を取りながら相互的関心を保った。1836年、リストがジュネーヴ音楽院の教職を去るときに、後任として彼がポストを打診したのはアルカンだったし(アルカンはこの招待を断った)、翌年には、リストはシューマンを苛立たせたアルカンの作品15を「何度も読み、読み返した」上で、かなり好意的な評を書いた。この作品15はリストに献呈されており、マルグリート的なヒロインを題材にしている。しかし後の《大ソナタ》とは異なり、強弱や楽想指示を全く書き入れずに出版した。この行為は、「ロマン主義的な音楽」というのはこのようなものだろう、君には指示がなくても分かるだろう、という、皮肉めいた敬意とも読める。「悲愴的ジャンル」という言葉にも風刺的ニュアンスを読み取ることができる(「ジャンル」と言う言葉は、対象を客観化するから)。時代は下って1865年にリストがカトリックの下位聖職者に叙された翌年、アルカンはリストに新作《ルターのコラール「神は我らの堅き砦」に基づく即興曲》作品69を贈った。更に後、晩年のリストはマスタークラスで生徒たちにアルカンの作品を弾かせている。1884年には〈イソップの饗宴〉作品39-12を生徒に提案し、「余りに知られていない作曲家だ」と口にしたという。
  長い音楽的交流の一時期、フランス二月革命の直後、何がリストをソナタへと駆り立てたのか。証拠は見つからないかもしれないし、想像は妄想なのかもしれない。しかし、ドキュメントと想像の間隙を見つける時に、解釈という行為は成り立つ。多様な解釈へと誘う作品には、やはり魔的な魅力が宿っている。リストのソナタは、そのような作品である。








薄暮(くれがた)の曲―――シャルル・ボドレエル

時こそ今は水枝(みづえ)さす、こぬれに花の顫(ふる)ふころ。
花は薫じて追風に、不断の香の炉に似たり。
匂も音も夕空に、とうとうたらり、とうたらり、
ワルツの舞の哀れさよ、疲れ倦みたる眩暈(くるめき)よ。

花は薫じて追風に、不断の香の炉に似たり。
痍(きず)に悩める胸もどき、ヴィオロン楽の清掻(すががき)や、
ワルツの舞の哀れさよ、疲れ倦みたる眩暈(くるめき)よ、
神輿の台をさながらの雲悲みて艶(えん)だちぬ。

痍(きず)に悩める胸もどき、ヴィオロン楽の清掻(すががき)や、
闇の涅槃に、痛ましく悩まされたる優心(やさごころ)。
神輿の台をさながらの雲悲みて艶(えん)だちぬ、
日や落入りて溺るゝは、凝(こご)るゆふべの血潮雲(ちしほぐも)。

闇の涅槃に、痛ましく悩まされたる優心(やさごころ)、
光の過去のあとかたを尋(と)めて集むる憐れさよ。
日や落入りて溺るゝは、凝(こご)るゆふべの血潮雲(ちしほぐも)、
君が名残のたゞ在るは、ひかり輝く聖体盒(せいたいごう)。

(上田敏訳)




Harmonie du soir / Charles BAUDELAIRE (1821 - 1867)

Voici venir les temps où vibrant sur sa tige
Chaque fleur s'évapore ainsi qu'un encensoir ;
Valse mélancolique et langoureux vertige !

Chaque fleur s'évapore ainsi qu'un encensoir ;
Le violon frémit comme un coeur qu'on afflige ;
Valse mélancolique et langoureux vertige !
Le ciel est triste et beau comme un grand reposoir.

Le violon frémit comme un coeur qu'on afflige,
Un coeur tendre, qui hait le néant vaste et noir !
Le ciel est triste et beau comme un grand reposoir ;
Le soleil s'est noyé dans son sang qui se fige.

Un coeur tendre, qui hait le néant vaste et noir,
Du passé lumineux recueille tout vestige !
Le soleil s'est noyé dans son sang qui se fige...
Ton souvenir en moi luit comme un ostensoir !













# by ooi_piano | 2021-01-17 08:34 | Pleyel2020 | Comments(0)
1月9日(土)15時 シュトックハウゼン《マントラ》関西初演(2021/01/07 Update)_c0050810_23231649.png
芦屋市制施行80周年 ルナ・ホール開館50周年記念コンサート
1970年の音を聴く 
2台のピアノと電子音響のための
シュトックハウゼン 『マントラ』(1970年)

[出演]浦壁信二(ピアノ) 大井浩明(ピアノ) 有馬純寿(電子音響)

チラシpdf


1月9日(土)15時 シュトックハウゼン《マントラ》関西初演(2021/01/07 Update)_c0050810_22355902.jpg
ルナ・ホール開館の1970年、作曲家シュトックハウゼンが大阪万博に来日、構想、作曲した現代音楽の伝説的傑作、関西初演

[日時]2020年1月9日(土) 3:00PM開演(2:15PM開場)
[会場]芦屋市民センター ルナ・ホール(〒659-0068 兵庫県芦屋市業平町8-24)
JR芦屋駅、阪急芦屋川駅より徒歩約7分、阪神芦屋駅から徒歩約8分
[料金]一般前売 3,000円(当日3,500円)  
高・大・大学院生 2,000円(当日同料金)
小・中学生 1,500円(当日同料金)
※未就学児のご入場はご遠慮ください


プログラム

【第1部】
W.A.モーツァルト(1756-1791):2台のピアノのためのソナタ ニ長調K.448 (1781)  23分
 W.A.Mozart: Sonata for two pianos in D major, K.448 (1781)
  I. Allegro con spirito - II. Andante - III. Molto Allegro

A. ジョリヴェ(1905-1974):「パチンコ」 (1970) 2分
 A.Jolivet: “Patchinko” for two pianos (1970)

西村 朗(1953-):「波うつ鏡」(1985) 5分 
 A. Nishimura: “Vibrancy Mirrors” for two pianos (1985)

  〔第1ピアノ 浦壁信二、第2ピアノ 大井浩明〕


  〈休憩〉


【第2部】
K.シュトックハウゼン(1928-2007):2台のピアノと電子音響のための「マントラ」(1970) 70分
 K.Stockhausen: “MANTRA”for two pianos and electronics (1970)

  〔第1ピアノ 大井浩明、 第2ピアノ 浦壁信二、 エレクトロニクス 有馬純寿〕



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[チケット取り扱い]
・芦屋市民センター事務所(ルナ・ホール南隣、芦屋市業平町8-24 9:00-17:30(日・祝は17:00まで)、火曜休)
・芦屋市役所売店(市役所南館地下1階 9:30-17:00平日のみ)
・ローソンチケット(Lコード56705)
・市民センターWEB予約 (HPアドレス http://www.city.ashiya.lg.jp/kouminkan/shijigyou.html

[お問い合わせ]ルナ・ホール事業担当 TEL.0797-35-0700

※2020年6月6日に予定していた公演の延期公演です。 6月6日のチケットをお持ちの方は当日お使いいただけます。

主催 芦屋市・芦屋市教育委員会
後援 大阪・神戸ドイツ連邦共和国総領事館
協力 帝塚山学院大学、Stockhausen-Stiftung für Musik / Kürten


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 芦屋市民センター ルナ・ホールは、ル・コルビュジェの弟子、坂倉準三率いる坂倉建築研究所により設計され、ホワイエに芦屋で誕生した具体美術協会の創始者、吉原治良デザインの白い巨大な円環を擁した近代建築で、1970年に開館しました。
 2台のピアノと電子音響のための「マントラ」は、20世紀ドイツが生んだ大作曲家、カールハインツ・シュトックハウゼンが、同じ1970年、大阪万博での演奏のために来日、ドイツ館での連日の演奏のさなかに構想し、その後の作曲へのターニングポイントともなった代表作のひとつ。2人のピアニストが超絶技巧のピアノパートの演奏を繰り広げながら、打楽器を鳴らし、電子音を同時に操作する、緻密に作曲された難曲で、演奏時間は約70分。壮大な交響曲にも匹敵する、音楽史上で伝説的な超大作です。膨大なリハーサルを要すとあって、これまで日本で演奏される機会はまれでした。作曲から50年を経て、関西での初演となります。
 ピアニスト浦壁信二と大井浩明は2014年以来ドゥオを結成し、マーラー、R.シュトラウス、ショスタコーヴィチ、バルトーク、ストラヴィンスキー等のピアノ版の世界初演/日本初演に加え、ブーレーズ、バートウィッスル、ツィマーマンから邦人作品に至る幅広いプログラミングで10公演の共演を重ねています。今回が初の関西公演となります。電子音響の第一人者である有馬純寿を迎えて強力かつ完全な布陣での演奏。2台のピアノと打楽器、そして電子音響が織りなす豪華絢爛な音の宇宙を存分にご堪能ください。



出演者プロフィール
浦壁 信二(ピアノ)Shinji Urakabe, piano
 1969年生まれ。4才の時にヤマハ音楽教室に入会、1981年国連総会議場でのJOC(ジュニア・オリジナル・コンサート)に参加し自作曲をロストロポーヴィッチ指揮ワシントンナショナル交響楽団と共演。1985年から都立芸術高校音楽科、作曲科に在籍後、1987年パリ国立高等音楽院に留学。和声・フーガ・伴奏科で1 等賞を得て卒業、対位法で2等賞を得る。ピアノをテオドール・パラスキヴェスコ、伴奏をジャン・ケルネルに師事、その他ヴェラ・ゴルノスタエヴァ、イェルク・デームス等のマスタークラスにも参加。1994年オルレアン20 世紀音楽ピアノコンクール(フランス)で特別賞ブランシュ・セルヴァを得て優勝。ヨーロッパでの演奏活動を開始。その後拠点を日本に移し室内楽・伴奏を中心に活動を展開、国内外の多くのアーティストとの共演を果たしている。近年ソロでも活動の幅を拡げ2012年CD「水の戯れ~ラヴェルピアノ作品全集Ⅰ」、2014年「クープランの墓~ラヴェルピアノ作品全集 II」をリリース、それぞれレコード芸術誌に於て特選、準特選を得るなど好評を得ている。EIT(アンサンブル・インタラクティブ・トキオ)メンバー。現在、洗足学園音楽大学客員教授、ヤマハマスタークラス講師として後進の指導にも当たっている。


有馬 純寿(電子音響)Sumihisa Arima, electronics
1965年生まれ。エレクトロニクスやコンピュータを用いた音響表現を中心に、ジャンルを横断する活動を展開。ソリストや室内アンサンブルのメンバーとして「サントリーホール サマーフェスティバル」「コンポージアム」などの現代音楽祭をはじめ数多くの演奏会で電子音響の演奏や音響技術を手がけ高い評価を得ている。第63回芸術選奨文部科学大臣新人賞芸術振興部門を受賞。2012年より国内外の現代音楽シーンで活躍する演奏家たちと現代音楽アンサンブル「東京現音計画」をスタート、その第1回公演が第13回佐治敬三賞を受賞した。東京シンフォニエッタメンバー。現代音楽作品の電子音響の演奏以外では、一柳慧、湯浅譲二、杉山洋一をはじめとする作曲家との共同作業や、スガダイロー、石若駿などジャズミュージシャンや、国内外の実験的音楽家とのセッションも積極的に行っている。また、会田誠、小沢剛らとの「昭和40年会」をはじめ美術家とのコラボレーションも多く、最近では「瀬戸内国際芸術祭2013、2016」に参加し、香川県男木島にてインスタレーションの展示やワークショップなどを行ったほか、昨年10月にはソウルにて韓国の同世代の美術家たちとのプロジェクト「50|50」 を行った。現在、帝塚山学院大学人間科学部情報メディア学科准教授。京都市立芸術大学非常勤講師。


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『マントラ』関連講演会
「1970年の音を聴く 大阪万博でのシュトックハウゼンと武満徹を中心に」  
講師:川崎 弘二(電子音楽研究)
1970年大阪生まれ。著書に「日本の電子音楽」「黛敏郎の電子音楽」、12年に「篠原眞の電子音楽」、「武満徹の電子音楽」等。相愛大学音楽学部非常勤講師。

2021年1月9日(土) 13:00-14:00
会場:芦屋市民センター本館(ルナ・ホール南隣)4F 401室  
先着50名(予約不要) 参加費無料 直接会場へ 
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(C) Stockhausen Foundation


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【関連リンク集】

●シュトックハウゼン:クラヴィア曲第17番(日本初演)他 感想集曲目解説 [2011.3.25]
●シュトックハウゼン:クラヴィア曲第1番~第11番+第18番(日本初演)感想集 曲目解説 シュトックハウゼン素描(野々村 禎彦) [2012.1.29]
●「1977年東京で――《暦年》世界初演」 (木戸敏郎) 前編 後編
●「三人称の雅楽《リヒト》」(木戸敏郎) 前編 後編

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(C) Stockhausen Foundation


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【浦壁信二+大井浩明 ドゥオ】


■2014年9月12日 http://ooipiano.exblog.jp/22474259/

 D.ショスタコーヴィチ:交響曲第4番ハ短調作品43 (1935/36) (作曲者による2台ピアノ版、日本初演)[全3楽章、約60分]

 A.スクリャービン:交響曲第4番作品54《法悦の詩》 (1908) (レフ・コニュスによる2台ピアノ版)[単一楽章、約20分]

(アンコール)B.バルトーク:《管弦楽のための協奏曲》より第4楽章「遮られた間奏曲」(1943、ヴェデルニコフ編)

 三宅榛名:《奈ポレオン応援歌》(1979)


■2015年3月13日 http://ooipiano.exblog.jp/23322462/

 A.オネゲル:交響曲第3番《典礼風》(1945/46)(ショスタコーヴィチによる2台ピアノ版、日本初演)[全3楽章、約30分]

  I. 怒りの日(Dies irae) - II. 深き淵より(De profundis clamavi) - III. 我らに平和を(Dona nobis pacem)

 O.メシアン:《アーメンの幻影》(1943)[全7楽章、約50分]

  I. 創造のアーメン - II. 星たちと環のある惑星のアーメン - III. イエスの苦しみのアーメン - IV. 願望のアーメン - V. 天使たち、聖人たち、鳥たちの歌のアーメン - VI. 審判のアーメン - VII. 成就のアーメン

(アンコール)A.オネゲル:《パシフィック231》(1923)(N.キングマン(1976- )による二台ピアノ版(2013)、世界初演)

 P.ブーレーズ:構造Ia (1951)


■2015年5月22日  http://ooipiano.exblog.jp/24126209/

 G.マーラー:交響曲第2番ハ短調《復活》(1888/94) [全5楽章] (約80分) H.ベーン(1859-1927)による二台ピアノ版(1895) (日本初演)

  I. Maestoso - II.Andante con moto - III. In ruhig fließender Bewegung - IV.Urlicht - V. Im Tempo des Scherzos. Wild herausfahrend

 B.A.ツィマーマン:《モノローグ》(1960/64) [全5楽章]  (約20分)

  I.Quasi irreale - II. - III. - IV. - V.

(アンコール)G.マーラー:交響曲第3番第5楽章「天使たちが私に語ること」(J.V.v.ヴェスによる四手連弾版)


■2016年9月22日 《СТРАВИНСКИЙ ОСТАЕТСЯ》 http://ooipiano.exblog.jp/25947275/

 I.ストラヴィンスキー:《4つのエテュード》(1917)

  I. 踊り - II. 変わり者 - III. 雅歌 - IV. マドリード

 I.ストラヴィンスキー:舞踊カンタータ《結婚(儀礼)》(1917)

  花嫁の家で(おさげ髪) - 花婿の家で - 花嫁の出発 - 婚礼の祝宴(美しい食卓)

 I.ストラヴィンスキー:舞踊音楽《浄められた春(春の祭典)》(1913)

  〈大地讃仰〉 序奏 - 春の兆しと乙女たちの踊り - 誘拐 - 春の輪舞 - 敵の部族の戯れ - 賢者の行進 - 大地への口吻 - 大地の踊り

  〈生贄〉 序奏 - 乙女たちの神秘の集い - 選ばれし生贄への賛美 - 曩祖の召還 - 曩祖の祭祀 - 生贄の踊り

(アンコール)I.ストラヴィンスキー:《魔王カスチェイの地獄踊り》

 S.プロコフィエフ:《邪神チュジボーグと魔界の悪鬼の踊り》 (米沢典剛による2台ピアノ版)


■2017年4月28日 《Bartók Béla zenekari mesterművei két zongorára átírta Yonezawa Noritake》 http://ooipiano.exblog.jp/26516776/

 B.バルトーク=米沢典剛:組曲《中国の不思議な役人 Op.19 Sz.73》(1918-24/2016、世界初演)

    導入部 - 第一の誘惑と老紳士 - 第二の誘惑と学生 - 第三の誘惑と役人 - 少女の踊り - 役人が少女を追い回す

 B.バルトーク=米沢典剛:《弦楽器、打楽器、チェレスタのための音楽 Sz.106》(1936/2016、世界初演)

    I.Andante tranquillo - II.Allegro - III.Adagio - IV.Allegro molto

 B.バルトーク=米沢典剛:《管弦楽のための協奏曲 Sz.116》(1943/2016、世界初演)

  I.序章 - II.対の提示 - III.悲歌 - IV.遮られた間奏曲 - V.終曲

(アンコール) 星野源:《恋 (Szégyen a futás, de hasznos.)》(2016) (米沢典剛による2台ピアノ版)


■2017年9月20日 現代日本人作品2台ピアノ傑作選  https://ooipiano.exblog.jp/27397266/

 ストラヴィンスキー(1882-1971):舞踊カンタータ《結婚(儀礼)》(1917/2017、米沢典剛による2台ピアノ版) 花嫁の家で(おさげ髪) - 花婿の家で - 花嫁の出発 - 婚礼の祝宴(美しい食卓)

 西風満紀子(1968- ):《melodia-piano I/II/III 》(2014/15、世界初演)

 一柳慧(1933- ): 《二つの存在》(1980)

 西村朗(1953- ): 《波うつ鏡》(1985)

 篠原眞(1931- ): 《アンデュレーションB [波状]》(1997)

 湯浅譲二(1929- ): 《2台のピアノのためのプロジェクション》(2004)

 南聡(1955- ): 《異議申し立て――反復と位相に関する2台のピアノのための協奏曲:石井眞木の思い出に Op.57》(2003/10、本州初演)

(アンコール) 武満徹(1930-1996):《クロスハッチ》(1982)


■2018年5月25日 ストラヴィンスキー2台ピアノ作品集成 https://ooipiano.exblog.jp/29413702/

ピアノと木管楽器のための協奏曲(1923/24)( 二台ピアノ版)

  I. Largo / Allegro - II. Largo - III. Allegro

ピアノと管弦楽のためのカプリッチョ(1926/29)( 二台ピアノ版)

  I.Presto - II. Andante rapsodico - III. Allegro capriccioso ma tempo giusto

《詩篇交響曲》(1930)(ショスタコーヴィチによる四手ピアノ版、日本初演)

  I. 前奏曲:嗚呼ヱホバよ願はくは我が禱りを聽き給ヘ(詩篇38篇) - II. 二重フーガ:我耐へ忍びてヱホバを俟望みたり(詩篇39篇) - III. 交響的アレグロ: ヱホバを褒め讚へよ(詩篇150篇)

二台ピアノのための協奏曲(1935)

  I. Con moto - II. Notturno (Allegretto) - III. Quattro variazioni - IV. Preludio e Fuga

ダンバートン・オークス協奏曲(1938)(二台ピアノ版)

  I.Tempo giusto - II. Allegretto - III. Con moto

二台ピアノのためのソナタ(1943)

  I.Moderato - II. Thème avec variations - III. Allegretto

ロシア風スケルツォ(1944)

ピアノと管弦楽のためのムーヴメンツ(1958/59)(二台ピアノ版)

  I. - II. - III. - IV. - V.


■2018年11月30日 米英近現代作品コンピレーション https://ooipiano.exblog.jp/29850225/

G.ガーシュイン(1898-1937)/P.グレインジャー(1882-1961):歌劇《ポギーとベス》による幻想曲 (1934/1951)

  I. 序曲 Overture - II. あの人は行って行ってしまった My Man's Gone Now - III. そんなことどうでもいいじゃない It Ain't Necessarily So - IV. クララ、君も元気出せよ Clara, Don't You Be Down-Hearted - V. なまず横丁のいちご売り Oh, Dey's So Fresh And Fine - VI. サマータイム Summertime - VII. どうにもとまらない Oh, I Can't Sit Down - VIII. お前が俺には最後の女だベス Bess, You Is My Woman Now - IX. ないないづくし Oh, I Got Plenty O' Nuttin - X. お天道様、そいつが俺のやり方 Oh Lawd, I'm On My Way

L.バーンスタイン(1918-1990)/J.マスト(1954- ): ミュージカル「ウェストサイド・ストーリー」より 《シンフォニック・ダンス》 (1960/1998)

 I. プロローグ - II. サムウェア - III. スケルツオ - IV. マンボ - V. チャ・チャ - VI. クール(リフとジェッツ) - VII.決闘 - VIII. フィナーレ

H.バートウィッスル(1934- ):《キーボード・エンジン――二台ピアノのための構築》(2017/18、日本初演)

J.アダムズ(1947- ):《ハレルヤ・ジャンクション》(1996)

N.カプースチン(1937- ):《ディジー・ガレスピー「マンテカ」によるパラフレーズ》(2006)

(アンコール)メシアン:《星の血の喜び》(1948)(米沢典剛による2台ピアノ版)


■2019年5月31日 調性音楽の仄暮~2台ピアノによる協奏曲集 https://ooipiano.exblog.jp/30257234/

G.フォーレ:《幻想曲 ト長調 Op.111》(1919、アルフレッド・コルトーに献呈)

  I. Allegro moderato - II. Allegretto - III. Allegro moderato

K.シマノフスキ:《交響曲第4番 Op.60 「協奏的交響曲」》 (1932、アルトゥール・ルービンシュタインに献呈) [グジェゴシュ・フィテルベルクによる2台ピアノ版]

  I. Moderato - tempo commodo - II. Andante molto sostenuto - III. Allegro non troppo, ma agitato ed ansioso

スクリャービン:《ピアノ協奏曲 嬰へ短調 Op.20》 (1897) 全3楽章

  I. Allegro Moderato - II. Andante - III. Allegro

スクリャービン:《交響曲第5番 Op.60 「プロメテウス(火の詩)」》(1910) [レオニード・サバネーエフによる2台ピアノ版]



■2019年11月22日〈超人とアンチクリスト〉 https://ooipiano.exblog.jp/30557627/

R.シュトラウス:交響詩《ツァラトゥストラはこのように語った!》 作品30 (1896、オットー・ジンガーによる二台ピアノ版、日本初演)

  導入部(ツァラトゥストラの序説) - 背後世界論者について - 大いなる憧れについて - 歓楽と情欲について - 墓の歌 - 学問について - 病の癒えゆく者 - 舞踏の歌 - 夢遊病者の歌

R.シュトラウス:《アンチクリスト ~ アルプス交響曲》 作品64 (1915/2019、米沢典剛による二台ピアノ版、世界初演)

  夜 - 日の出 - 登り道 - 森に入る - 小川沿いに歩く - 滝 - 幻影 - 花咲く草原で - アルムの牧場で - 道に迷い茂みと藪を抜ける - 氷河で - 危険な瞬間 - 頂上で - 幻視 - 霧が立ちのぼる - しだいに日がかげる - 哀歌 - 嵐の前の静けさ - 雷雨と嵐、下山 - 日没 - 終了 - 夜

(アンコール)冬木透:《ウルトラセブンのテーマ》(米沢典剛による2台ピアノ版)


1月9日(土)15時 シュトックハウゼン《マントラ》関西初演(2021/01/07 Update)_c0050810_23241577.jpg

# by ooi_piano | 2021-01-07 18:01 | コンサート情報 | Comments(0)

6/12(日)チャイコフスキー交響曲第4・5・6番(ピアノ独奏版)


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